特許異議申立
2025-700634
グラフト共重合体樹脂
- 審判番号
- 2025-700634
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-211447
- 登録番号
- 7601630
- 請求日
- 2025年06月17日
- 審決日
- 2026年02月19日
- 公報発行日
- 2026年05月29日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】日本エイアンドエル株式会社
- 【権利者代理人】長谷川 芳樹
- 【権利者代理人】清水 義憲
- 【権利者代理人】酒巻 順一郎
- 【異議申立人】山田 友則
- 審判長/審判官
- 審判長 細井 龍史
- 審判官 松本 直子
- 審判官 藤井 勲
- 分類
- P1651.113-YAA(C08F) / P1651.121-YAA(C08F) / P1651.536-YAA(C08F) / P1651.537-YAA(C08F)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第1項、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第2号、特許法第120条の5第5項、特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7601630号発明「グラフト共重合体樹脂」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7601630号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。
特許第7601630号の請求項1に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7601630号(以下「本件特許」という。)に係る出願は、令和2年12月21日の出願(特願2020-211447)であって、令和6年12月9日にその特許権の設定登録(請求項の数1)がされ、同年同月17日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、令和7年6月17日に、本件特許の請求項1に係る特許に対して、特許異議申立人 山田 友則(以下「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされた。
以後の手続は以下のとおりである。
令和7年 9月19日付け 取消理由通知
同年11月18日 訂正請求書及び意見書の提出(特許権者)
同年12月 1日付け 手続補正指令書(方式)
同年 同月 8日 手続補正書(方式)の提出(特許権者)
同年 同月16日付け 訂正請求があった旨の通知
(特許法第120条の5第5項)
令和8年 1月19日 意見書の提出(申立人)
第2 訂正の適否についての判断
令和7年12月8日提出の手続補正書(方式)による同年11月18日提出の訂正請求書の補正は、特許法第120条の5第9項において準用する同法第133条第1項の規定により、訂正請求書について補正をすべきことを命じられた場合において、当該命じられた事項についてしたものであり、同法第131条の2第1項ただし書第3号に該当するものである。
1 訂正の内容
令和7年12月8日に手続補正された同年11月18日提出の訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)は、「特許第7601630号の特許請求の範囲を本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを求める。」ことを請求の趣旨とするものであって、その訂正の内容は以下のとおりである。
<訂正事項1>
特許請求の範囲の請求項1に、
「当該グラフト共重合体樹脂中に含まれるグラフト共重合体の、メチルエチルケトン及びトルエンの混合溶剤(質量比1:1)に対する膨潤度が8.0以上であり、」とあるのを、
「当該グラフト共重合体樹脂中に含まれるグラフト共重合体の、メチルエチルケトン及びトルエンの混合溶剤(質量比1:1)に対する膨潤度が8.0以上25.0以下であり、」と訂正する(下線は訂正箇所である。以下同様。)。
<訂正事項2>
特許請求の範囲の請求項1に、
「ビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%である、グラフト共重合体樹脂。」とあるのを、
「ビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%であり、
ビニル系単量体におけるアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリルアルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、10~30質量%である、グラフト共重合体樹脂。」と訂正する。
2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的について
訂正事項1は、訂正前の請求項1において、「当該グラフト共重合体樹脂中に含まれるグラフト共重合体の、メチルエチルケトン及びトルエンの混合溶剤(質量比1:1)に対する膨潤度」が、「8.0以上」と特定されていたのを、「8.0以上25.0以下」と上限を設定し、数値範囲を限定するものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項1は、本件特許の願書に添付した明細書における「本実施形態のグラフト共重合体樹脂中に含まれるグラフト共重合体の、メチルエチルケトン及びトルエンの混合溶剤(質量比1:1)に対する膨潤度は8.0以上であり、好ましくは9.0以上であり、より好ましくは10.0以上である。当該要件を満たすことにより、グラフト共重合体樹脂の耐溶剤性が向上する。上記膨潤度の上限は特に限定されないが、例えば、25.0以下とすることができる。」(【0029】)という記載に基づいて、膨潤度の上限を特定するものであるから、本件特許の願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
(2)訂正事項2
ア 訂正の目的について
訂正事項2は、訂正前の請求項1において、「ビニル系単量体」について、「アルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリルアルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、10~30質量%である」と特定し、ビニル系単量体の構成を限定するものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項2は、本件特許の願書に添付した明細書における「グラフト共重合体樹脂中のグラフト共重合体の膨潤度は、例えば、以下の方法の一部又は全部を採用することにより、上記所定の範囲に調整することができる。
(A)ゴム状重合体の製造時にt-ドデシルメルカプタンを添加する。
(B)グラフト重合に用いられるビニル系単量体における、アルキル基の炭素数が4以上である(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量を調整して、例えば10~30質量%とする。
(C)ゴム状重合体の製造の際に用いる乳化剤として、例えばロジン酸又はその誘導体を用いる。」(【0030】)という記載に基づいて、ビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルのうち、アルキル基の炭素数が4以上である(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量を10~30質量%と特定するものであるから、本件特許の願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものであり、上記のとおり数値範囲を限定するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
3 訂正の適否についての判断のまとめ
以上のとおり、本件訂正は、特許法120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、また、同法同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、本件訂正は適法なものであり、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。
第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正が認められたため、本件特許の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。また、本件特許の願書に添付した明細書を、「本件明細書」ともいう。
「【請求項1】
(メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位を含むゴム状重合体に、芳香族ビニル系単量体及び(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含むビニル系単量体をグラフト重合してなるグラフト共重合体樹脂であって、
当該グラフト共重合体樹脂中に含まれるグラフト共重合体の、メチルエチルケトン及びトルエンの混合溶剤(質量比1:1)に対する膨潤度が8.0以上25.0以下であり、
ビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%であり、
ビニル系単量体におけるアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、10~30質量%である、グラフト共重合体樹脂。」
第4 申立書に記載した申立ての理由、証拠方法及び取消理由通知の概要
1 申立書に記載した申立ての理由の概要及び証拠方法
(1)申立人が提出した申立書に記載された申立理由は、以下のとおりである。
ア 申立理由1-1、1-2(甲第1号証又は甲第2号証を主引例とする新規性)
本件特許の請求項1に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明であるから、当該発明に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
イ 申立理由2-1、2-2(甲第1号証又は甲第2号証を主引例とする進歩性)
本件特許の請求項1に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、当該発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
ウ 申立理由3(サポート要件)
本件特許の請求項1に係る特許は、下記(ア)及び(イ)の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
(ア)本件発明は、「(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%である」ことが規定されているが、発明の詳細な説明には、「耐溶剤性をより向上させる観点」から、「5~30質量%であることが好ましい」(【0027】)ことが記載されているものの、それによりなぜ課題を解決できるかといった説明は一切なされておらず、本件発明の構成要件を満たす具体的なグラフト共重合体樹脂(A-2)及び(A-7)における上記含有量は共に10質量%であり、さらに、グラフト共重合体樹脂(A-2)を用いたグラフト共重合体樹脂パウダー(B-2)は、耐薬総合評価が「○」であるから、含有量が5~30質量%の範囲であれば、耐溶剤性に関する課題を解決できると認識し得るとはいえない。
(イ)本件発明は、「膨潤度が8.0以上」であることが規定されているが、上記膨潤度が8.0以上であることで、「耐溶剤性が向上する」(【0029】)ことは記載されているものの、それによりなぜ課題を解決できるかといった説明は一切なされておらず、膨潤度11.5及び17.1であるグラフト共重合体樹脂(A-2)及び(A-7)の結果からも、また、グラフト共重合体樹脂(A-1)~(A-10)の膨潤度の値と「耐薬総合評価」と対比したとしても、耐溶剤性は膨潤度が高いほど優れるともいえず、膨潤度が8.0以上により課題が解決できると認識し得るとはいえない。
また、本件発明は、「膨潤度」の上限が規定されていないが、グラフト共重合体が膨潤する現象は、物質が溶媒を吸収して膨らむ現象であり(甲4、甲5参照)、分子鎖同士の空隙(網状高分子の網の中)に溶剤が入り込み、膨れ上がる現象であって(甲3参照)、膨潤度が高まれば高まるほど、グラフト共重合体における分子鎖同士の間隔(空隙)が広がる傾向にあると推認されるから、「膨潤度が8.0以上」であれば、その上限にかかわらず、一様に課題が解決できると推認することはできない。
エ 申立理由4(実施可能要件)
本件特許の請求項1に係る特許は、下記(ア)及び(イ)の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
(ア)発明の詳細な説明には、本件発明における「膨潤度」を調整する方法として、(A)~(C)の方法が開示されており(【0030】)、本件発明の構成要件を満たす具体的なグラフト共重合体樹脂(A-2)は、上記(B)の方法を採用し、グラフト共重合体樹脂(A-7)は、上記(A)及び(B)の方法を採用している。
しかし、上記(A)の方法は、ゴム状重合体の製造条件やt-ドデシルメルカプタンの含有量等は何ら特定されておらず、実施例は(A-7)の一例のみであり、また、グラフト共重合体樹脂(A-3)~(A-6)及び(A-8)の製造条件を踏まえたとしても、上記(A)の方法を採用して、本件発明の樹脂を生産すべく、ゴム状重合体の具体的な製造条件やt-ドデシルメルカプタンの含有量等を決定するに際し、膨潤度8.0以上とする条件を見いだすためには、過度の試行錯誤を要する。
また、上記(B)の方法を採用したグラフト共重合体樹脂(A-2)及び(A-7)は、いずれもアルキル基の炭素数が4以上のアクリル酸ブチルの含有量が10重量%であり、アルキル基の炭素数と膨潤度の関係、含有量と膨潤度の関係、アルキル基の炭素数と含有量との関係等は、出願時の技術常識を踏まえても理解できないから、上記(B)の方法を採用して本件発明のグラフト共重合体樹脂を生産すべく、アルキル基の炭素数と含有量を決定するに際し、膨潤度8.0以上とする条件を見いだすためには、過度の試行錯誤を要する。
さらに、発明の詳細な説明には、乳化剤としてロジン酸又はその誘導体を用いる際の含有量や、ゴム状重合体の製造条件は何ら特定されておらず、上記(C)の方法を実際に採用した実施例はなく、ゴム状重合体の製造時に不均化ロジン酸カリウムを用いているグラフト共重合体樹脂(A-9)及び(A-10)の2例のみから、上記の含有量や製造条件等を決定する指針は得られないから、上記(C)の方法を採用して本件発明に係る樹脂を生産すべく、乳化剤の含有量やゴム状重合体の具体的な製造条件を決定するに際し、膨潤度8.0以上とする条件を見いだすためには、過度の試行錯誤を要する。
加えて、上記(A)~(C)の各方法の関係についてみると、(A)及び(C)はゴム状重合体の製造時に関する方法、(B)はグラフト重合に用いられるビニル系単量体に関する方法であり、それらが共通して膨潤度の調整に寄与するといえるのか、発明の詳細な説明と技術常識をもってしても不明であり、上記(A)~(C)の各方法と、請求項1の他の構成要件との相互関係が不明瞭である。
(イ)グラフト共重合体樹脂の膨潤度について、本件発明では、「8.0以上」と規定されているが、上限については上記ウ(イ)のとおり推測され、発明の詳細な説明には、グラフト共重合体の膨潤度の作用について記載もないから、実施例として効果が示されているグラフト共重合体樹脂(A-7)の膨潤度「17.1」を超えた範囲については、その作用効果が不明であり、「その物を使用できる」ように記載されているとはいえない。
オ 申立理由5(明確性)
本件特許の請求項1に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
・「膨潤度」とは、「規定の潤滑油および燃料油に,一定の温度,時間浸漬したときの容積変化率または重量変化率で示される」(甲4)、「これらの値は・・・温度,溶媒組成などの外部条件により変化する」(甲5)というように、浸漬する溶剤の温度や時間等によって変動するものであるが、本件発明におけるグラフト共重合体の「膨潤度」について、発明の詳細な説明(【0031】、【0055】)には、浸漬する溶剤の温度についての記載が一切なく、グラフト共重合体を膨潤させる際の温度が定まらないところ、一般的に、溶剤の温度が高まれば分子鎖の動きは活発になり、分子鎖の柔軟性が向上、溶剤が浸透しやすく、膨潤度は高まる傾向にあると推認されるから、温度が定まっていない条件で求められる膨潤度の値は一値に決まらず、「膨潤度が8.0以上」なる要件で規定された本件発明の範囲の外縁が不明確である。
(2)申立人が申立書に添付して提出した証拠方法
申立人が申立書に添付して提出した証拠方法は、以下のとおりである。
甲第1号証:国際公開第98/47961号
甲第2号証:特開2009-132776号公報
甲第3号証:古川淳二、山下晋三、「膨潤の理論」、日本ゴム協会誌、日本ゴム協会発行、1957年、30巻、12号、955~967頁
https://www.jstage.jst.go.jp/article/gomu1944/30/12/30_955/_pdf
甲第4号証:「第2版 標準化学用語辞典」、社団法人日本化学会編、丸善株式会社、平成17年3月31日発行、641頁「膨潤」、「膨潤度」の項
甲第5号証:「高分子辞典 第3版」、社団法人高分子学会編、朝倉書店、2005年6月30日発行、581頁「膨潤」、「膨潤度」の項
(以下「甲第1号証」等を「甲1」等と表す。)
2 取消理由通知に記載した取消理由の概要
令和7年9月19日付けの取消理由通知に記載した取消理由の概要は、以下のとおりである。
(1)取消理由1-1、1-2(新規性)
本件特許の請求項1に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1又は甲2に記載された発明であるから、当該発明に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(2)取消理由2-1、2-2(進歩性)
本件特許の請求項1に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1又は甲2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、当該発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(3)取消理由3(サポート要件)
本件特許の請求項1に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
・本件発明の「膨潤度」については、本件明細書の記載を参照しても、実施例において具体的に確認された「膨潤度が10.2~17.1」の範囲を超える「膨潤度が8.0以上」であるグラフト共重合体樹脂について、実施例の具体的な記載がなくとも、「耐薬品性、特に耐溶剤性が向上したゴム強化熱可塑性樹脂を提供すること」という本件発明の課題が解決できることについて、理論的に説明されているとはいえない。
そして、膨潤度が高まれば高まるほど、グラフト共重合体における分子鎖同士の空隙が広がる傾向にあるのが、本件特許出願時の技術常識であるといえるところ、本件明細書の記載の測定方法により耐溶剤性評価を行う場合、グラフト共重合体の膨潤度が高いほど分子鎖同士の空隙が広がることを踏まえれば、膨潤度がある一定の値を超えると、試験片が割れる荷重の最小値が低くなっていき、割れやすくなると推測される。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明及び本件特許出願時の技術常識を考慮しても、実施例の「膨潤度が10.2~17.1」の範囲を超える「膨潤度が8.0以上」であるグラフト共重合体樹脂について、上記課題を解決できるとは推認できない。
(4)取消理由4(実施可能要件)
本件特許の請求項1に係る特許は、下記の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
・本件発明が「膨潤度が8.0以上」であることにより、「耐溶剤性が向上する」理由について、理論的な説明はされておらず、本件明細書の実施例に記載の17.1よりも大きい膨潤度を有するグラフト共重合体樹脂が、【0030】に示される上記(A)~(C)の方法を採用することにより、実施例と同様に製造できるかどうかは明らかではなく、そのような樹脂を製造するための条件設定について、本件特許出願時の技術常識があったともいえないから、当該樹脂を製造するために、どのように条件を調整すれば良いか指針が示されているとはいえず、当業者は過度の試行錯誤を要することになる。
また、上記(3)で述べた技術常識を踏まえると、仮に、本件明細書の【0030】に示される上記(A)~(C)の方法の少なくとも一つを採用することにより、17.1よりも大きい膨潤度を有するグラフト共重合体樹脂を製造することができたとしても、これを耐薬品性、特に耐溶剤性が向上したゴム強化熱可塑性樹脂として使用できるとはいえない。
(5)取消理由5(明確性)
本件特許の請求項1に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
・「膨潤度」は、浸漬する溶剤の温度や時間等によって変動するものであることが本件特許出願時の技術常識であるところ、本件明細書の【0055】の測定方法には、浸漬する溶剤の温度についての記載が一切なく、温度が定まっていない条件で求められる膨潤度の値は、一義的に定まる値であるとはいえないから、「膨潤度8.0以上」という要件で特定される本件発明は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるといえる。
第5 当審の判断
以下に述べるように、当審において通知した取消理由通知の取消理由及び申立書に記載した申立理由によっては、本件発明に係る特許は取り消すことはできない。
事案に鑑み、最初に、本件明細書の記載内容について説明し、続いて、取消理由5、1~4の順に判断する。
1 本件発明に関する本件明細書の記載について
(1)本件明細書(【0011】~【0027】)には、本件発明のグラフト共重合体樹脂の組成について、ゴム状重合体として、「耐溶剤性をより向上させる観点から、(メタ)アクリル系ゴム状重合体が好ましく、(メタ)アクリル酸アルキルエステル由来の構成単位を含む(メタ)アクリル系ゴム状重合体がより好ましく、アルキル基の炭素数が4以上である(メタ)アクリル酸アルキルエステル由来の構成単位を含む(メタ)アクリル系ゴム状重合体が更に好ましい」こと(【0011】)、グラフト重合に用いられるビニル系単量体として、「芳香族ビニル系単量体」を含み、「更にシアン化ビニル系単量体及び/又は(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含むことが好まし」く、「(メタ)アクリル酸アルキルエステルとしては、上記と同様のものを好適に用いることができる」こと(【0025】)、「グラフト重合に用いられるビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量は、耐溶剤性をより向上させる観点から、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%であることが好ましい」こと(【0027】)等が記載されている。
(2)また、本件明細書には、「当該グラフト共重合体樹脂中に含まれるグラフト共重合体の、メチルエチルケトン及びトルエンの混合溶剤(質量比1:1)に対する膨潤度」(以下、単に「膨潤度」という。)について以下の記載がある。
「【0029】
本実施形態のグラフト共重合体樹脂中に含まれるグラフト共重合体の、メチルエチルケトン及びトルエンの混合溶剤(質量比1:1)に対する膨潤度は8.0以上であり、好ましくは9.0以上であり、より好ましくは10.0以上である。当該要件を満たすことにより、グラフト共重合体樹脂の耐溶剤性が向上する。上記膨潤度の上限は特に限定されないが、例えば、25.0以下とすることができる。
【0030】
グラフト共重合体樹脂中のグラフト共重合体の膨潤度は、例えば、以下の方法の一部又は全部を採用することにより、上記所定の範囲に調整することができる。
(A)ゴム状重合体の製造時にt-ドデシルメルカプタンを添加する。
(B)グラフト重合に用いられるビニル系単量体における、アルキル基の炭素数が4以上である(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量を調整して、例えば10~30質量%とする。
(C)ゴム状重合体の製造の際に用いる乳化剤として、例えばロジン酸又はその誘導体を用いる。
【0031】
本明細書中、グラフト共重合体とは、グラフト共重合体樹脂にアセトンを加え、その後遠心分離等により不溶分と溶解液を分別し、不溶分として分離されるものをいう。グラフト共重合体の、メチルエチルケトン及びトルエンの混合溶剤(質量比1:1)に対する膨潤度は、グラフト共重合体をメチルエチルケトン及びトルエンの混合溶剤(質量比1:1)中で十分に膨潤させた膨潤後のグラフト共重合体の重量を、乾燥により混合溶剤を除いた後のグラフト共重合体の重量で除することにより求めることができる。具体的には、実施例に記載の方法で、グラフト共重合体樹脂からのグラフト共重合体の分離し、分離されたグラフト共重合体の膨潤度を求めることができる。」
「【0055】
<グラフト共重合体樹脂中に含まれるグラフト共重合体の膨潤度測定>
グラフト共重合体樹脂パウダー(B-1)~(B-10)について、グラフト共重合体樹脂中に含まれるグラフト共重合体の膨潤度測定を行った。
具体的には、グラフト共重合体樹脂パウダー4.0gを秤量し、アセトン50mLを加え16時間放置し、その後、遠心分離(20000rpm・1時間)により不溶分と溶解液を分別した。
分別した不溶分を室温で一昼夜真空乾燥させ測定サンプルとした。不溶分は、グラフト共重合体に相当する。
サンプル1gをメチルエチルケトン/トルエン溶液(重量比1/1)50mlに16時間含侵させ、遠心分離(12000rpm・40分)の後に沈殿物の重量Aを測定した。
沈殿物をドラフト内で2時間静置し、更に80℃で3時間乾燥させた後、得られた乾燥物の重量Bを測定した。以下の式に基づいて、グラフト共重合体の膨潤度を求めた。
膨潤度(SI)=(沈殿物の重量A)/(乾燥物の重量B)」
すなわち、本件発明における「膨潤度」とは、【0031】に記載されるように、「グラフト共重合体樹脂にアセトンを加え、その後遠心分離等により不溶分と溶解液を分別し、不溶分として分離される」ものである「グラフト共重合体」を、「メチルエチルケトン及びトルエンの混合溶剤(質量比1:1)中で十分に膨潤させた膨潤後のグラフト共重合体の重量を、乾燥により混合溶剤を除いた後のグラフト共重合体の重量で除する」ことにより求められるものであり、具体的な測定方法が【0055】に記載されている。
そして、【0029】には、「膨潤度が8.0以上25.0以下」という要件を満たすことにより、「グラフト共重合体樹脂の耐溶剤性が向上する」ことが記載されており、【0030】には、膨潤度の調整方法として、「グラフト共重合体樹脂中のグラフト共重合体の膨潤度は、例えば、以下の方法の一部又は全部を採用することにより、上記所定の範囲に調整することができる。
(A)ゴム状重合体の製造時にt-ドデシルメルカプタンを添加する。
(B)グラフト重合に用いられるビニル系単量体における、アルキル基の炭素数が4以上である(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量を調整して、例えば10~30質量%とする。
(C)ゴム状重合体の製造の際に用いる乳化剤として、例えばロジン酸又はその誘導体を用いる。」(【0030】の(A)~(C)各方法について、以下単に「上記(A)の方法」~「上記(C)の方法」ということがある。)と記載されている。
(3)また、本件明細書の実施例には、【0036】~【0054】の製造方法によりグラフト共重合体樹脂A-1~A-10及びグラフト共重合体樹脂パウダーB-1~10を製造すること、該グラフト共重合体樹脂パウダーB-1~10の膨潤度を上記【0055】の測定方法により測定し、【0056】の下記表2に示される値であったことが示されている。
「【0056】
【表2】
[図:0001435197000001.jpg]
」
そして、【0057】~【0059】には、下記【0058】のとおり、「グラフト共重合体樹脂パウダーの耐溶剤性評価」を行ったところ、【0059】の下記表3の「耐薬総合評価」のとおりの結果を得たことが記載されている。
「【0058】
(グラフト共重合体樹脂パウダーの耐溶剤性評価)
表3に記載の添加量で、グラフト共重合体樹脂パウダー(B-1)~(B-10)及び共重合体(C-1)を混合した後、40mm二軸押出機を用いて240℃にて溶融混練してペレット化することで熱可塑性樹脂組成物のペレットを得た。得られたペレットを用い、プレス機にて縦10cm×横2cm×厚さ0.2cmの試験片を作製した。評価としては片持ち梁冶具を使用して試験片を固定した側に溶剤を塗布し、反対側に荷重(800gと600g)をかけ3分間観察し、以下の基準で評価した。その結果を表3に示す。なお、溶剤としては、ヘキサン/エタノール=1/1(重量比)を用いた。
◎:800gと600gの試験で割れない。
〇:800gの試験では割れるが、600gの試験では割れない。
×:600gの試験で割れる。
【0059】
【表3】
[図:0001435197000002.jpg]
」
すなわち、本件明細書の実施例には、上記(A)の方法を採用して製造した、架橋アクリルブチルゴムラテックス(a-2)~(a-6)を用いて得られたグラフト共重合体樹脂パウダー(B-3)~(B-6)及び(B-8)について、膨潤度が10.2~16.1となることが示されている。
同様に、上記(B)の方法を採用して得られたグラフト共重合体樹脂パウダー(B-2)について、膨潤度が11.5となることが示されている。
さらに、上記(C)の方法を採用して製造した、架橋アクリルブチルゴムラテックス(a-7)及び(a-8)を用いて得られたグラフト共重合体樹脂パウダー(B-9)及び(B-10)について、膨潤度が10.5又は16.0となることが示されている。
そして、上記(A)の方法を採用して製造した、架橋アクリルブチルゴムラテックス(a-5)を用い、かつ、上記(B)の方法を採用して得られたグラフト共重合体樹脂パウダー(B-7)について、膨潤度が17.1となることが示されている。
一方、上記(A)~(C)の方法のいずれも採用せずに、架橋アクリルブチルゴムラテックス(a-1)を用いて得られたグラフト共重合体樹脂パウダー(B-1)については、膨潤度が7.7となり、「膨潤度が8.0以上25.0以下」という要件を満たさないことが示されている。
そして、上記表2及び表3によれば、実施例1~9では、「膨潤度が10.2~17.1」であるグラフト共重合体樹脂パウダー(B-2)~(B-10)を共重合体(C-1)と混合し、溶融混練したペレットから得られる試験片の「耐薬総合評価」が「◎:800gと600gの試験で割れない」又は「○:800gの試験では割れるが、600gの試験では割れない」であったのに対し、「膨潤度が7.7」であるグラフト共重合体樹脂パウダー(B-1)を同様に用いた試験片の「耐薬総合評価」は「×:600gの試験で割れる。」であったことも示されている。
このうち、本件発明の具体例として、上記(B)の方法を採用して得られたグラフト共重合体樹脂パウダー(B-2)については、膨潤度が11.5であり、当該パウダー(B-2)を用いた試験片(実施例1)の「耐薬総合評価」は「○」であったこと、また、上記(A)及び上記(B)の方法を採用して得られたグラフト共重合体樹脂パウダー(B-7)については、膨潤度が17.1であり、当該パウダー(B-7)を用いた試験片(実施例6)の「耐薬総合評価」は「◎」であったことが示されている。
2 取消理由5及び申立理由5(明確性)について
申立理由5は、明確性要件についてのものであるから、取消理由5と併せて検討する。
(1)明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけではなく、本件明細書の記載を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
そこで、検討する。
(2)明確性要件の判断
ア 上記1(2)のとおり、本件明細書(【0031】)の記載によれば、本件発明における「膨潤度」とは、「グラフト共重合体樹脂にアセトンを加え、その後遠心分離等により不溶分と溶解液を分別し、不溶分として分離される」ものである「グラフト共重合体」を、「メチルエチルケトン及びトルエンの混合溶剤(質量比1:1)中で十分に膨潤させた膨潤後のグラフト共重合体の重量を、乾燥により混合溶剤を除いた後のグラフト共重合体の重量で除する」ことにより求められるものであり、具体的な測定方法は、【0055】に示されるとおりである。
ここで、「膨潤度」とは、「ゴムの耐油性の目安.ゴムを規定の潤滑油および燃料油に,一定の温度,時間浸漬したときの容積変化率または重量変化率で示される.」(甲4の641頁「膨潤度」の項)ものであり、「基準体積(重量)からどの程度膨潤するかを表す数値で,ゲル化時の体積V0のゲルを溶媒に入れたときに,ゲルの体積がVになったとすると,V/V0で定義される.また,ゲルの膨潤状態と乾燥状態の重量比(または含水率)として定義されることもある.これらの値は膨潤比[swelling ratio]とも呼ばれ,温度,溶媒組成などの外部条件により変化する.」(甲5の581頁「膨潤度」の項)というように、浸漬する溶剤の温度や時間等によって変動するものであることが本件特許出願時の技術常識であるところ、本件明細書の【0055】に記載の具体的な測定方法には、浸漬する溶剤の温度、すなわち、「アセトン50mLを加えて16時間放置」する際の温度について特段記載されておらず、それ以外の条件については具体的に記載されている。
イ そこで浸漬する溶剤の温度について検討すると、「アセトン50mLを加えて16時間放置」する際に加熱又は冷却等の操作を行うことが特段記載されていないことや、その後の不溶分を乾燥させる工程は「室温」で行っていることも踏まえると、特に指定がなければ、「アセトン50mLを加えて16時間放置」する間も室温で行われていると考えるのが自然である。
また、JIS K 6258:2016(https://kikakurui.com/k6/K6258-2016-01.html参照)は、「加硫ゴム及び熱可塑性ゴム-耐液性の求め方」についての日本工業規格であって、「加硫ゴム及び熱可塑性ゴムを各種液体に浸せきし,浸せき前と浸せき後との各種特性の変化を測定することによって,加硫ゴム及び熱可塑性ゴムの各種液体に対する耐液性を求める方法について規定する」(「1 適用範囲」)ものであるが、その7.1には以下の記載がある。
「7.1 浸せき温度
浸せき温度は,製品の使用目的及び試験目的に応じて,JIS K 6250の11.2.1(標準試験温度及び標準試験湿度)及び11.2.2(その他の試験温度)から選択する。
高温下では,ゴムの酸化,試験用液体の揮発又は分解,試験用液体中の添加剤によるゴムへの劣化効果を大きく増加させるため,試験温度の選択は,非常に重要である。
使用条件での再現を目的として,実際に用いている液体に浸せきして試験する場合,試験条件は,その使用温度と同じにするか,又はそれよりも少し高い試験温度をJIS K 6250の11.2.2から選択する。」
そして、JIS K 6250:2019(https://kikakurui.com/k6/K6250-2019-01.html参照)は、「ゴムの物理試験方法に関わる試験片の,保管,状態調節及び試験条件(温度,湿度,時間)並びに識別方法,作製方法及び寸法測定方法」(「1 適用範囲」)について規定するものであり、その11.2.1には、試験温度について、
「11.2.1 標準試験温度及び標準試験湿度
標準試験温度及び標準試験湿度は,箇条6で規定している試験室の標準温度及び試験室の標準湿度とする。」と記載され、6.1には、
「6.1 試験室の標準温度
試験室の標準温度は,(23±2)℃とする。ただし,受渡当事者間の取決めによって(27±2)℃としてもよい。必要なときは,許容差を±1℃とする。
注記 一般に,23℃は温暖地域での試験室の標準温度であり,27℃は熱帯又は亜熱帯地域での試験室の標準温度である。」と記載されている。
上記のとおり、加硫ゴム及び熱可塑性ゴムの耐液性の求め方について規定するJIS規格において、浸漬温度については、「高温下では,ゴムの酸化,試験用液体の揮発又は分解,試験用液体中の添加剤によるゴムへの劣化効果を大きく増加させるため,試験温度の選択は,非常に重要」であり、「浸せき温度は,製品の使用目的及び試験目的に応じて,JIS K 6250の11.2.1(標準試験温度及び標準試験湿度)及び11.2.2(その他の試験温度)から選択する」と記載され、「標準試験温度」が「(23±2)℃」であることが規定されており、「一般に,23℃は温暖地域での試験室の標準温度」であることも記載されている。
そうすると、「膨潤度」の値が、浸漬する溶剤の温度や時間等によって変動するものであることが本件特許出願時の技術常識であるにもかかわらず、本件明細書の【0055】に、浸漬する溶剤の温度について特段記載されていないとすれば、熱可塑性ゴムの耐液性の求め方における標準試験温度である(23±2)℃で行っていると解するのが自然である。また、特許権者も令和7年11月18日提出の意見書(以下「特許権者意見書」という。13~14頁)において自認するものであるから、本件発明における「膨潤度」の定義は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
そして、その他に、本件発明について不明確とする点を見いだせない。
ウ したがって、本件発明に関して、特許請求の範囲の記載だけではなく、本件明細書の記載を考慮し、また、本件特許出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。
(3)申立人の主張について
ア 申立人は、申立書(48~49頁)において、上記第4の1(1)オの点を主張し、これに補足して、令和8年1月19日提出の意見書(以下「申立人意見書」という。2~7頁)において、概略以下の主張をしている。
(ア)本件発明の「膨潤度」について、甲3の「5.膨潤試験の実際」(958頁右欄)には、「膨潤試験温度および時間:・・・普通30℃でよく行われる」との記載があり、「(23±2)℃」が技術常識とする特許権者の主張は誤りである。また、JIS規格を根拠として、「標準温度(23±2)℃」を採用することが技術常識であるという特許権者の主張は何ら根拠がなく、仮にJIS規格を採用したとしても、JIS K 6258:2016の7.1、11.2及びJIS K 6250の2019年の規格6.1によれば、試験温度は(-85±2)℃から(300±2)℃まで、非常に広範な中から選択することができ、使用条件での再現を目的とする場合は実使用温度における膨潤度が特定の範囲内であることが求められることが容易に理解できるから、膨潤度を測定する際の浸漬する溶剤の温度は依然として定まっているとはいえない。さらに仮に、「標準温度(23±2)℃」である場合であっても、21~25℃の範囲で膨潤度の数値が何ら変化せず常に同一の値であることを保証するものではない。
(イ)本件発明のビニル系単量体における(メタ)アクリル酸エステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、「5質量%以上10質量%未満」である場合、「アルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸エステルの含有量」が「10~30質量%」との含有量は取り得ないから、本件発明1は、発明特定事項の内容に技術的な欠陥があり、不明確である。
イ 上記アの主張について検討する。
(ア)「膨潤度」(上記ア(ア)及び上記第4の1(1)オ)について
上記(2)イに示したJIS規格は、加硫ゴム及び熱可塑性ゴムの技術分野における標準的な測定方法を示しているから、当業者がこれを参照して実験条件を設定することは通常行うことといえる。また、1957年の論文である甲3に記載の温度が、本件特許出願時においても当業者にとって標準的な温度条件であるという根拠も見いだせない。
また、製品の使用目的及び試験目的に応じて、標準試験温度以外の「その他の試験温度」から選択する可能性があるとしても、「膨潤度」の値が、浸漬する溶剤の温度や時間等によって変動するものであることが本件特許出願時の技術常識であるにもかかわらず、「その他の試験温度」から選択した場合、その試験温度を何ら明示しないということは、本件明細書の【0055】に、その他の試験条件を具体的に記載していることからみれば、かえって不自然である。
さらに、JIS規格における「±2℃」という誤差は、当業者が標準的な誤差として許容しているものであるから、そのような誤差の規定があることにより、本件発明の「膨潤度」の値が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとする根拠を見いだせない。
(イ)「(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量」(上記ア(イ))について
本件発明は、「ビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%であり」、かつ、「ビニル系単量体におけるアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、10~30質量%である」ことを特定するものであるから、両者を同時に満たすことが本件発明に該当する要件であることを明確に理解できる。
そうすると、本件発明のビニル系単量体における(メタ)アクリル酸エステルの含有量として、「5質量%以上10質量%未満」という範囲が記載されているとしても、「炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸エステルの含有量」が、「10~30質量%」の範囲内でない場合には、本件発明に該当しないことは明確に理解できるから、本件発明が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
したがって、上記アの主張は採用できない。
(4)取消理由5及び申立理由5のまとめ
以上のとおり、本件発明は明確であるから、取消理由5及び申立理由5(明確性)については理由がない。
3 取消理由1-1及び2-1並びに申立理由1-1及び2-1(甲1を主引例とする新規性及び進歩性)について
申立理由1-1及び2-1は、甲1を主引例とする新規性及び進歩性についてのものであるから、取消理由1-1及び2-1と併せて検討する。
(1)甲1に記載された発明
甲1には、「熱可塑性樹脂(A)および中空ゴム部とグラフト鎖を有するグラフト共重合体粒子(B)を重量比A/Bで2/98~90/10の範囲で含む耐衝撃性が改良された熱可塑性樹脂組成物。」(請求項1)が記載され、「グラフ卜共重合体粒子(B)が、中空ゴム部10~95重量%と該ゴム部にグラフト共重合可能なビニル系単量体を重合してなるグラフト鎖5~90重量%とからなる粒子である」(請求項2)ことも記載されている。
上記グラフ卜共重合体粒子(B)として、具体的に示されているもののうち、グラフト共重合体粒子(III-8)及びグラフト共重合体粒子(III-9)(19頁5~18行、21頁12行~22頁2行、25頁14行~28頁10行(表2))に着目すると、以下の発明が記載されているものと認める。
「以下の製法で得られた中空ゴム粒子(II-2)のラテックス25部(固形分)、水250部を重合機に入れ窒素置換し、65℃に昇温した後、ジオクチルスルホコハク酸ナトリウム0.8部(固形分)、エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム0.004部、硫酸第一鉄塩(7水塩)0.001部、ホルムアルデヒドスルホキシル酸ナトリウム0.2部を加え、アクリロニトリル(AN)18部、スチレン(ST)52部、アクリル酸メチル(MA)5部、t-ドデシルメルカプタン(TDM)0.4部及びクメンハイドロパーオキサイド(CHP)0.3部の混合液を5時間かけて連続追加し、連続追加開始1.5時間後にジオクチルスルホコハク酸ナトリウム0.5部(固形分)、3時間後にジオクチルスルホコハク酸ナトリウム0.5部(固形分)を追加し、さらに2時間の後重合を行って、得られた中空グラフト共重合体粒子(III-8)。
<中空ゴム粒子(II-2)の製法>
重合機に、以下の製法で得られたゴムラテックス(I-1)2部(固形分)と水250部を仕込み混合し、これにアクリル酸ブチル(BA)100部、メタクリル酸アリル(ALMA)1.2部、ジオクチルスルホコハク酸ナトリウム1部(固形分)、水200部の混合物を、ホモジナイザーにより微分散して加え、室温で2時間撹拌し、重合機内を窒素置換した後、エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム0.005部、硫酸第一鉄(七水塩)0.002部、パラメンタンハイドロパーオキサイド0.8部、ホルムアルデヒドスルホキシル酸ナトリウム0.2部を加え、40℃で2時間重合して、平均粒子径190nmの中空ゴム粒子(II-2)のラテックスを得た。
<ゴムラテックス(I-1)の製法>
耐圧重合機(100リットル)に水200部を仕込み、重合機内を脱気し、窒素置換した後、オレイン酸ナトリウム3.5部、リン酸三カリウム0.4部、β-ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物のナトリウム塩0.2部、エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム0.005部、硫酸第一鉄(七水塩)0.002部、t-ドデシルメルカプタン10部、スチレン(St)25部、ブタジエン(Bd)75部を仕込み、50℃に昇温した後、パラメンタンハイドロパーオキサイド0.1部、ホルムアルデヒドスルホキシル酸ナトリウム0.1部を加えて、15時間重合して、平均粒子径が60nmのコア用の重合体(スチレン-ブタジエンゴム)ラテックス(I-1)を得た。」(以下「甲1-1発明」という。)
「以下の製法で得られた中空ゴム粒子(II-3)のラテックス35部(固形分)、水250部を重合機に入れ窒素置換し、65℃に昇温した後、ジオクチルスルホコハク酸ナトリウム0.8部(固形分)、エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム0.004部、硫酸第一鉄塩(7水塩)0.001部、ホルムアルデヒドスルホキシル酸ナトリウム0.2部を加え、アクリロニトリル(AN)13部、スチレン(ST)37部、メタクリル酸メチル(MMA)10部、メタクリル酸グリシジル(GMA)5部、t-ドデシルメルカプタン(TDM)0.05部及びクメンハイドロパーオキサイド(CHP)0.3部の混合液を5時間かけて連続追加し、連続追加開始1.5時間後にジオクチルスルホコハク酸ナトリウム0.5部(固形分)、3時間後にジオクチルスルホコハク酸ナトリウム0.5部(固形分)を追加し、さらに2時間の後重合を行って、得られた中空グラフト共重合体粒子(III-9)。
<中空ゴム粒子(II-3)の製法>
重合機に、以下の製法で得られたゴムラテックス(I-1)4部(固形分)と水250部を仕込み混合し、これにアクリル酸ブチル(BA)100部、メタクリル酸アリル(ALMA)0.8部、ジオクチルスルホコハク酸ナトリウム1部(固形分)、水200部の混合物を、ホモジナイザーにより微分散して加え、室温で2時間撹拌し、重合機内を窒素置換した後、エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム0.005部、硫酸第一鉄(七水塩)0.002部、パラメンタンハイドロパーオキサイド0.8部、ホルムアルデヒドスルホキシル酸ナトリウム0.2部を加え、40℃で2時間重合して、平均粒子径110nmの中空ゴム粒子(II-3)のラテックスを得た。
<ゴムラテックス(I-1)の製法>
耐圧重合機(100リットル)に水200部を仕込み、重合機内を脱気し、窒素置換した後、オレイン酸ナトリウム3.5部、リン酸三カリウム0.4部、β-ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物のナトリウム塩0.2部、エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム0.005部、硫酸第一鉄(七水塩)0.002部、t-ドデシルメルカプタン10部、スチレン(St)25部、ブタジエン(Bd)75部を仕込み、50℃に昇温した後、パラメンタンハイドロパーオキサイド0.1部、ホルムアルデヒドスルホキシル酸ナトリウム0.1部を加えて、15時間重合して、平均粒子径が60nmのコア用の重合体(スチレン-ブタジエンゴム)ラテックス(I-1)を得た。」(以下「甲1-2発明」という。)
(2)甲1-1発明を主引用発明とした場合の対比・判断
ア 本件発明と甲1-1発明とを対比する。
甲1-1発明の「中空ゴム粒子(II-2)」は、「コア用の重合体(スチレン-ブタジエンゴム)ラテックス(I-1)」2部に対して、「アクリル酸ブチル(BA)」100部、「メタクリル酸アリル(ALMA)」1.2部を加えて重合したものであるから、本件発明の「ゴム状重合体」に相当し、上記「アクリル酸ブチル(BA)」及び「メタクリル酸アリル(ALMA)」は、本件発明の「(メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位」に相当する。
そうすると、甲1-1発明の「中空ゴム粒子(II-2)」は、本件発明の「(メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位を含むゴム状重合体」に相当する。
次に、甲1-1発明の「中空グラフト共重合体粒子(III-8)」は、グラフト鎖(甲1の表2参照)を形成するために、「中空ゴム粒子(II-2)」の存在下、「アクリロニトリル(AN)18部、スチレン(ST)52部、アクリル酸メチル(MA)5部、t-ドデシルメルカプタン(TDM)0.4部及びクメンハイドロパーオキサイド(CHP)0.3部の混合液」を加えて重合したものであるから、本件発明の「グラフト共重合体樹脂」に相当する。そして、上記混合液のうち、「アクリロニトリル(AN)」、「スチレン(ST)」及び「アクリル酸メチル(MA)」は、本件発明の「ビニル系単量体」に相当し、「スチレン(ST)」及び「アクリル酸メチル(MA)」は、それぞれ、本件発明の「芳香族ビニル系単量体」及び「(メタ)アクリル酸アルキルエステル」に相当する。
そして、甲1-1発明において、ビニル系単量体に相当する「アクリロニトリル(AN)18部、スチレン(ST)52部、アクリル酸メチル(MA)5部」のうち、アクリル酸メチル(MA)の含有量は、ビニル系単量体全量を基準として、約6.7質量%(=5/(18+52+5)×100)であるから、本件発明の「ビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%」であるものに相当する。
そうすると、甲1-1発明の「アクリロニトリル(AN)18部、スチレン(ST)52部、アクリル酸メチル(MA)5部、t-ドデシルメルカプタン(TDM)0.4部及びクメンハイドロパーオキサイド(CHP)0.3部の混合液」を加えて重合した「中空グラフト共重合体粒子(III-8)」は、本件発明の「芳香族ビニル系単量体及び(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含むビニル系単量体をグラフト重合してなるグラフト共重合体樹脂」であって、「ビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%である、グラフト共重合体樹脂」に相当する。
以上を踏まえると、本件発明と甲1-1発明とは、
「(メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位を含むゴム状重合体に、芳香族ビニル系単量体及び(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含むビニル系単量体をグラフト重合してなるグラフト共重合体樹脂であって、
ビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%である、グラフト共重合体樹脂。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点1A>
グラフト共重合体樹脂について、本件発明においては、「当該グラフト共重合体樹脂中に含まれるグラフト共重合体の、メチルエチルケトン及びトルエンの混合溶剤(質量比1:1)に対する膨潤度が8.0以上25.0以下」であると特定されているのに対し、甲1-1発明においては、そのような特定がない点
<相違点1B>
ビニル系単量体について、本件発明においては、「ビニル系単量体におけるアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、10~30質量%である」と特定されているのに対し、甲1-1発明においては、ビニル系単量体としてアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含まない点
イ 相違点についての判断
(ア)まず、甲1-1発明は、ビニル系単量体がアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含まないから、少なくとも相違点1Bは実質的な相違点である。
(イ)次に、相違点1A及び相違点1Bについてまとめて検討する。
本件発明における「膨潤度」の定義については、上記1(2)及び2(2)において述べたとおりである。
そして、本件明細書の【0029】には、「膨潤度が8.0以上25.0以下」という要件を満たすことにより、「グラフト共重合体樹脂の耐溶剤性が向上する」ことが記載されており、【0030】には、膨潤度の調整方法として、「グラフト共重合体樹脂中のグラフト共重合体の膨潤度は、例えば、以下の方法の一部又は全部を採用することにより、上記所定の範囲に調整することができる。
(A)ゴム状重合体の製造時にt-ドデシルメルカプタンを添加する。
(B)グラフト重合に用いられるビニル系単量体における、アルキル基の炭素数が4以上である(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量を調整して、例えば10~30質量%とする。
(C)ゴム状重合体の製造の際に用いる乳化剤として、例えばロジン酸又はその誘導体を用いる。」(下線は当審において付した。以下同様。)と記載されている。
また、本件明細書の実施例(【0036】~【0059】)には、上記1(3)のとおり記載されており、表2等の記載によれば、【0030】に示される上記(A)~(C)の方法の少なくとも一つを採用することにより、「膨潤度が8.0以上25.0以下」の範囲内にある「膨潤度が10.2~17.1」のグラフト共重合体樹脂を製造することができることを理解できる。
一方、甲1には、「グラフト鎖を構成するビニル系単量体としては、芳香族ビニル化合物、シアン化ビニル化合物、(メタ)アクリル酸エステル化合物、塩化ビニルなどがあげられる。・・・(メタ)アクリル酸エステル化合物としては、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸ブチル、メタクリル酸2-エチルヘキシル、メタクリル酸ステアリルなどの炭素数1~18のアルキル基を有する少なくとも1種のメタクリル酸エステル、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチル、アクリル酸2-エチルヘキシル、アクリル酸ステアリルなどの炭素数1~18のアルキル基を有する少なくとも1種のアクリル酸エステルがあげられる。」(12頁3~22行)と記載されているものの、アルキル基の炭素数が4以上である(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量の好ましい範囲や含有量を調整することについては記載されておらず、また、甲1には膨潤度を調整することについても記載されていない。
また、甲1の表2(27頁)には、中空ゴム粒子(II-3)に、グラフト鎖を形成するために、スチレン(ST)10部、メタクリル酸メチル(MMA)30部、メタクリル酸ブチル(BMA)5部及びクメンハイドロパーオキサイド(CHP)0.3部の混合液」を加えて重合させ、グラフト共重合体粒子(III-3)を製造したことが記載されている。しかし、グラフト共重合体粒子(III-3)は、炭素数が4であるメタクリル酸ブチル(BMA)の含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、約11質量%(=5/(10+30+5)×100)ではあるものの、メタクリル酸メチル(MMA)とメタクリル酸ブチル(BMA)の合計含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、約78質量%(=(30+5)/(10+30+5)×100)であるから、本件発明における「(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%」という特定を満たしていないものである。
そうすると、グラフト共重合体粒子(III-3)を参考にしたとしても、甲1-1発明において、「(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%」である範囲において、さらに「ビニル系単量体におけるアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、10~30質量%である」と特定することが、甲1の記載から動機付けられるとはいえず、また、甲1-1発明において、ビニル系単量体として、アルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルを用い、その含有量を調整することにより、膨潤度を調整する動機付けもない。
以上のことから、甲1-1発明において、さらに、「ビニル系単量体におけるアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、10~30質量%である」と特定し、かつ、「膨潤度が8.0以上25.0以下」であるものとすること、つまり、相違点1A及び1Bに係る特定事項を満たすものとすることを、当業者が容易に想到することができたとはいえない。
ウ 本件発明の効果について
本件発明の効果は、「耐溶剤性が向上したゴム強化可塑性樹脂を提供することができる」(【0007】)というものである。
そして、上記イ(イ)において述べたように、本件明細書の【0029】には、「膨潤度が8.0以上25.0以下」という要件を満たすことにより、「グラフト共重合体樹脂の耐溶剤性が向上する」ことが記載されており、【0030】には、上記(A)~(C)の方法の少なくとも一つを採用することにより、膨潤度を調整できることが記載されている。
そして、上記1(3)において述べたとおり、本件発明の具体例として、上記(B)の方法を採用して得られたグラフト共重合体樹脂パウダー(B-2)については、膨潤度が11.5であり、当該パウダー(B-2)を用いた試験片(実施例1)の「耐薬総合評価」は「○」であったこと、また、上記(A)の方法を採用して製造した、架橋アクリルブチルゴムラテックス(a-5)を用い、かつ、上記(B)の方法を採用して得られたグラフト共重合体樹脂パウダー(B-7)については、膨潤度が17.1であり、当該パウダー(B-7)を用いた試験片(実施例6)の「耐薬総合評価」は「◎」であったことが示されており、本件発明の効果が具体的に確認されている。
これに対し、甲1には、膨潤度と耐溶剤性の関係性について記載も示唆もされていないことから、本件発明の効果は当業者が予測し得るものではない。
エ 小括
したがって、本件発明は、甲1-1発明ではなく、また、甲1-1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
(3)甲1-2発明を主引用発明とした場合の対比・判断
ア 本件発明と甲1-2発明とを対比する。
甲1-2発明の「中空ゴム粒子(II-3)」は、「コア用の重合体(スチレン-ブタジエンゴム)ラテックス(I-1)」4部に対して、「アクリル酸ブチル(BA)」100部、「メタクリル酸アリル(ALMA)」0.8部を加えて重合したものであるから、本件発明の「ゴム状重合体」に相当し、甲1-2発明の上記「アクリル酸ブチル(BA)」及び「メタクリル酸アリル(ALMA)」は、本件発明の「(メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位」に相当する。
そうすると、甲1-2発明の「中空ゴム粒子(II-3)」は、本件発明の「(メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位を含むゴム状重合体」に相当する。
次に、甲1-2発明の「中空グラフト共重合体粒子(III-9)」は、グラフト鎖(甲1の表2参照)を形成するために、「中空ゴム粒子(II-3)」の存在下、「アクリロニトリル(AN)13部、スチレン(ST)37部、メタクリル酸メチル(MMA)10部、メタクリル酸グリシジル(GMA)5部、t-ドデシルメルカプタン(TDM)0.05部、及びクメンハイドロパーオキサイド(CHP)0.3部の混合液」を加えて重合したものであるから、本件発明の「グラフト共重合体樹脂」に相当する。そして、上記混合液のうち、「アクリロニトリル(AN)」、「スチレン(ST)」、「メタクリル酸メチル(MMA)」及び「メタクリル酸グリシジル(GMA)」は、本件発明の「ビニル系単量体」に相当し、「スチレン(ST)」及び「メタクリル酸メチル(MMA)」は、それぞれ、本件発明の「芳香族ビニル系単量体」及び「(メタ)アクリル酸アルキルエステル」に相当する。
そして、甲1-2発明において、ビニル系単量体に相当する「アクリロニトリル(AN)13部、スチレン(ST)37部、メタクリル酸メチル(MMA)10部、メタクリル酸グリシジル(GMA)5部」のうち、メタクリル酸メチル(MMA)の含有量は、ビニル系単量体全量を基準として、約15.4質量%(=10/(13+37+10+5)×100)であるから、本件発明の「ビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%」に相当する。
そうすると、甲1-2発明の「アクリロニトリル(AN)13部、スチレン(ST)37部、メタクリル酸メチル(MMA)10部、メタクリル酸グリシジル(GMA)5部、t-ドデシルメルカプタン(TDM)0.05部及びクメンハイドロパーオキサイド(CHP)0.3部の混合液」を加えて重合した「中空グラフト共重合体粒子(III-9)」は、本件発明の「芳香族ビニル系単量体及び(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含むビニル系単量体をグラフト重合してなるグラフト共重合体樹脂」であって、「ビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%である、グラフト共重合体樹脂」に相当する。
以上を踏まえると、本件発明と甲1-2発明とは、
「(メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位を含むゴム状重合体に、芳香族ビニル系単量体及び(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含むビニル系単量体をグラフト重合してなるグラフト共重合体樹脂であって、
ビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%である、グラフト共重合体樹脂。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点1A’>
グラフト共重合体樹脂について、本件発明においては、「当該グラフト共重合体樹脂中に含まれるグラフト共重合体の、メチルエチルケトン及びトルエンの混合溶剤(質量比1:1)に対する膨潤度が8.0以上25.0以下」であると特定されているのに対し、甲1-2発明においては、そのような特定がない点
<相違点1B’>
ビニル系単量体について、本件発明においては、「ビニル系単量体におけるアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、10~30質量%である」と特定されているのに対し、甲1-2発明においては、ビニル系単量体がアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含まない点
イ 相違点についての判断
(ア)まず、甲1-2発明は、ビニル系単量体がアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含まないから、少なくとも相違点1B’は実質的な相違点である。
(イ)次に、相違点1A’及び相違点1B’についてまとめて検討すると、上記(2)イで述べたのと同様の理由により、甲1-2発明において、「ビニル系単量体におけるアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、10~30質量%である」と特定し、かつ、「膨潤度が8.0以上25.0以下」であるものとすること、つまり、相違点1A’及び相違点1B’に係る特定事項を満たすものとすることを、当業者が容易に想到することができたとはいえない。
ウ 本件発明の効果についても、上記(2)ウと同様である。
エ 小括
したがって、本件発明は、甲1-2発明ではなく、また、甲1-2発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
(4)申立人の主張について
ア 申立人は、申立人意見書(2~7頁)において、概略以下の主張をしている。
(ア)特許権者意見書(5~6頁)には、本件発明について、「ビニル系単量体におけるアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸エステルが10~30質量%である」との特定事項により、耐薬総合評価に優れることが主張され、実施例6の効果を、実施例5の効果を比較していることから、本件発明は、耐溶剤性評価を行った際の結果が「◎」となる程度まで求めるものであるといえる。
(イ)相違点1Aに関し、本件明細書の【0030】の「(A)」の方法において、ゴム状重合体の詳細についての開示や、t-ドデシルメルカプタンをどの程度添加するかについての記載は一切ないところ、甲1-1発明において、t-ドデシルメルカプタンを添加して製造されるゴムラテックス(I-1)を用いて、(メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位を含むゴム状重合体である中空ゴム粒子(II-1)を製造している以上、中空ゴム粒子(II-1)の製造工程においてt-ドデシルメルカプタンが添加されていることに変わりはなく、上記(A)の方法に該当するから、相違点1Aは実質的な相違点ではない。
また、仮に相違点1Aが実質的な相違点であるとしても、本件発明で規定されている膨潤度が「8.0以上25.0以下」の範囲において、耐溶剤性評価の結果は「◎」(実施例6)と「○」(実施例1)の双方が含まれ、相違点1Aに関する数値限定の臨界的意義として、有利な効果の顕著性が認められるとはいえないから、相違点1Aは数値範囲の最適化又は好適化に過ぎず、甲1-1発明に接した当業者が相違点1Aに想到するに至る動機付けがある。
(ウ)相違点1Bに関し、甲1(8頁3~17行)には、「アルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステル」に該当するアクリル系ゴムが記載され、また、甲1の表2(27頁)に記載されているグラフト共重合体粒子(III-3)は、「アルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、10~30質量%」を満たす(11質量%)ことを踏まえれば、甲1-1発明に接した当業者は、ビニル系単量体に含まれる(メタ)アクリル酸アルキルエステルとして、アルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルを採用するに何ら困難性はなく、また、その含有量を10~30質量%とすることも極めて容易に想到できるものである。
また、本件発明の技術的範囲に含まれる実施例1及び6はいずれも、上記含有量が10質量%であり、10~30質量%における上限及び下限の臨界性は認められない。
したがって、甲1-1発明に接した当業者が相違点1Bに想到するに至る動機付けがある。
(当審注:申立人は、甲1-2発明に対しても、上記(ア)~(ウ)と同様に主張している。)
イ 上記アについて検討する。
(ア)耐溶剤性評価の結果(上記(ア))について
本件明細書の「耐薬総合評価」についての特許権者意見書(5~6頁)の主張は、「相違点1B」の特定により、所定の「膨潤度」が得られやすく、効果がより好適に奏されることについて、相違点1Bの特定の有無においてのみ相違する実施例6と実施例5を例に挙げて比較したものであり、本件発明の効果又は課題解決の程度を、耐溶剤性評価が「◎」となる程度まで求めるものとまでは解されない。
(イ)相違点の判断(上記(イ)及び(ウ))について
上記(2)イ及び(3)イにおいて述べたとおり、本件発明と甲1-1発明又は甲1-2発明は、少なくとも相違点1B又は1B’において実質的に相違する。
そして、甲1-1発明又は甲1-2発明における中空ゴム粒子(II-2)又は(II-3)の製法が、本件明細書の【0030】の「(A)」の方法に該当するか否かにかかわらず、甲1-1発明又は甲1-2発明において、さらに、「ビニル系単量体におけるアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、10~30質量%である」と特定し、かつ、「膨潤度が8.0以上25.0以下」であるものとすること、つまり、相違点1A及び1B又は相違点1A’及び1B’に係る特定事項を満たすものとすることは、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。
申立人は、相違点1A及び相違点1Bに、効果の臨界的意義がないから、数値範囲の最適化又は好適化である旨の主張もしているが、上記(2)イ及び(3)イにおいて述べたとおり、甲1-1発明又は甲1-2発明において、ビニル系単量体として、アルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルを用い、その含有量を調整することにより、膨潤度を調整する動機付けはないから、効果の臨界的意義を検討するまでもなく、相違点1A及び1B又は相違点1A’及び1B’について、当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって、上記アの主張は採用できない。
(5)取消理由1-1及び2-1並びに申立理由1-1及び2-1のまとめ
以上のとおり、本件発明は、甲1に記載された発明ではなく、また、甲1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、取消理由1-1及び2-1並びに申立理由1-1及び2-1(甲1を主引例とする新規性及び進歩性)については理由がない。
4 取消理由1-2及び2-2並びに申立理由1-2及び2-2(甲2を主引例とする新規性及び進歩性)について
申立理由1-2及び2-2は、甲2を主引例とする新規性及び進歩性についてのものであるから、取消理由1-2及び2-2と併せて検討する。
(1)甲2に記載された発明
甲2には、「ポリ乳酸樹脂(L)5~70重量部、非共役ジエン系ゴム含有グラフト共重合体(G)10~60重量部、(メタ)アクリル酸エステル系硬質重合体(M)1~50重量部、α-メチルスチレン-アクリロニトリル共重合体(A)5~84重量部からなることを特徴とする熱可塑性樹脂組成物(ただし、(L)、(G)、(M)、(A)の合計は100重量部である)。」(請求項1)が記載されており、その構成成分である「非共役ジエン系ゴム含有グラフト共重合体(G)」は、「非共役ジエン系ゴム状重合体にビニル系単量体を重合して得られるもの」であり、「特にアクリル系ゴム状重合体が好ましい」(【0007】)こと、「グラフト重合に用いられるビニル系単量体としては、スチレン系単量体、シアン化ビニル系単量体、(メタ)アクリル酸メチル単量体などが挙げられる」(【0008】)ことが記載されている。
上記非共役ジエン系ゴム含有グラフト共重合体(G)として、具体的に示されているもののうち、ゴム含有グラフト共重合体G2(【0017】、【0019】)に着目すると、以下の発明が記載されているものと認める。
「ステンレス製耐圧重合反応機に、減圧下で純水47.2部、オレイン酸カリウム1.5部、ナフタレンスルホン酸ナトリウムのホルマリン縮合物0.8部、水酸化カリウム0.20部、以下の製法で得られたゴム状重合体2を固形分で55部、ブドウ糖0.10部、硫酸第一鉄0.005部を仕込んで十分攪拌しながら65℃に昇温した後、クメンハイドロパーオキサイド0.07部を仕込み65℃で重合を開始し、開始直後からスチレン30部とメチルメタクリレート5部、アクリロニトリル10部、t-ドデシルメルカプタン0.20部の混合物を3時間にわたって連続添加し、重合転化率が66%を越えた時点でt-ブチルハイドロパーオキサイド0.05部を仕込み、反応温度を70℃に上げて反応を2時間以上継続し、重合転化率が98%を超えたことを確認して槽内温度を40℃以下に冷却し、得られたラテックス状のゴム含有グラフト共重合体を多量のメタノール中に投入して沈殿させ、150メッシュのステンレス製金網に流した後、先ず適量のメタノール、次に多量の純水で洗浄し、減圧下で含水率が1重量%以下になるまで乾燥させて得られた、パウダー状のゴム含有グラフト共重合体G2。
<ゴム状重合体2の製法>
ステンレス製耐圧重合反応機に、減圧下で純水135部、アルケニルコハク酸カリウム1.1部、ナフタレンスルホン酸ナトリウムのホルマリン縮合物0.2部、水酸化カリウム0.03部、ブチルアクリレート92部、スチレン5部、アリルメタクリレート3部、t-ドデシルメルカプタン0.25部、ブドウ糖0.15部、硫酸第一鉄0.005部を仕込んで撹拌しながら62℃に昇温した後、t-ブチルハイドロパーオキサイド0.1部を仕込み62℃で重合を開始し、62℃に温度を保ちながら反応を継続し、重合転化率65%を越えた時点で、ブドウ糖0.02部とクメンハイドロパーオキサイド0.05部を添加し、70℃に昇温して反応を継続し、重合転化率が98%を超えたことを確認して槽内温度を35℃以下に冷却し、燐酸アグロメ法によって重合体粒子を肥大化させ、平均粒子径380nmのラテックス状のゴム状重合体2を得た。」(以下「甲2発明」という。)
(2)対比・判断
ア 本件発明と甲2発明とを対比する。
甲2発明の「ゴム状重合体2」は、「ブチルアクリレート」92部、「スチレン」5部及び「アリルメタクリレート」3部を重合したものであり、上記「ブチルアクリレート」及び「アリルメタクリレート」は、本件発明の「(メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位」に相当する。
そうすると、甲2発明の「ゴム状重合体2」は、本件発明の「(メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位を含むゴム状重合体」に相当する。
次に、甲2発明の「ゴム含有グラフト共重合体G2」は、「ゴム状重合体2」の存在下、グラフト重合に用いられるビニル系単量体として、「スチレン30部とメチルメタクリレート5部、アクリロニトリル10部」を用いて重合したものであるから、本件発明の「グラフト共重合体樹脂」に相当し、上記「スチレン」、「メチルメタクリレート」及び「アクリロニトリル」は、本件発明の「ビニル系単量体」に相当し、「スチレン」及び「メチルメタクリレート」は、それぞれ、本件発明の「芳香族ビニル系単量体」及び「(メタ)アクリル酸アルキルエステル」に相当する。
そして、甲2発明において、ビニル系単量体に相当する「スチレン30部とメチルメタクリレート5部、アクリロニトリル10部」のうち、メチルメタクリレートの含有量は、ビニル系単量体全量を基準として、約11.1質量%(=5/(30+5+10)×100)であるから、本件発明の「ビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%」に相当する。
そうすると、甲2発明の「スチレン30部とメチルメタクリレート5部、アクリロニトリル10部」を用いて重合した「ゴム含有グラフト共重合体G2」は、本件発明の「芳香族ビニル系単量体及び(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含むビニル系単量体をグラフト重合してなるグラフト共重合体樹脂」であって、「ビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%である、グラフト共重合体樹脂」に相当する。
以上を踏まえると、本件発明と甲2発明とは、
「(メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位を含むゴム状重合体に、芳香族ビニル系単量体及び(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含むビニル系単量体をグラフト重合してなるグラフト共重合体樹脂であって、
ビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%である、グラフト共重合体樹脂。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点2A>
グラフト共重合体樹脂について、本件発明においては、「当該グラフト共重合体樹脂中に含まれるグラフト共重合体の、メチルエチルケトン及びトルエンの混合溶剤(質量比1:1)に対する膨潤度が8.0以上25.0以下」であると特定されているのに対し、甲2発明においては、そのような特定がない点
<相違点2B>
ビニル系単量体について、本件発明においては、「ビニル系単量体におけるアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、10~30質量%である」と特定されているのに対し、甲2発明においては、ビニル系単量体としてアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含まない点
イ 相違点についての判断
(ア)まず、甲2発明は、ビニル系単量体がアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含まないから、少なくとも相違点2Bは実質的な相違点である。
(イ)次に、相違点2A及び相違点2Bについてまとめて検討する。
甲2には、「【0007】
本発明における非共役ジエン系ゴム含有グラフト共重合体(G)とは、非共役ジエン系ゴム状重合体にビニル系単量体を重合して得られるものであり、該非共役ジエン系ゴム状重合体としては、エチレン-プロピレン共重合体、エチレン-プロピレン-非共役ジエン共重合体、エチレン-ブテン-1-非共役ジエン共重合体等のエチレン-プロピレン系ゴム状重合体やアクリル系ゴム状重合体が例示されるが、特にアクリル系ゴム状重合体が好ましい。
該アクリル系ゴム状重合体は、メチルアルコールを除くアルキルアルコールの(メタ)アクリル酸エステルを90~99重量%、複数のビニル基を有する単量体を1~10重量%、その他共重合可能なビニル系単量体0~9重量%から構成される。メチルアルコールを除くアルキルアルコールの(メタ)アクリル酸エステルとしては、エチルアクリレート、ブチルアクリレート、2-エチルヘキシルアクリレートなどが挙げられる。特にブチルアクリレートが好ましい。・・・
【0008】
非共役ジエン系ゴム含有グラフト共重合体(G)のグラフト重合に用いられるビニル系単量体としては、スチレン系単量体、シアン化ビニル系単量体、(メタ)アクリル酸メチル単量体などが挙げられる。・・・
(メタ)アクリル酸メチル単量体は、メチルアクリレートとメチルアクリレートであるが。特にメチルメタクリレートが好ましい。」と記載されている。
すなわち、甲2には、「非共役ジエン系ゴム状重合体」である「アクリル系ゴム状重合体」の単量体については、「ブチルアクリレート、2-エチルヘキシルアクリレートなどが挙げられる。特にブチルアクリレートが好ましい」と記載されているものの、「グラフト重合に用いられるビニル系単量体」については、「(メタ)アクリル酸メチル単量体」と記載されるのみで、「アルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステル」を用いることは記載されていない。
また、甲2の実施例において、甲2発明(ゴム含有グラフト共重合体G2)の他に例示されているゴム含有グラフト共重合体G1も、グラフト重合に用いられるビニル系単量体は、スチレン及びアクリロニトリルであるので、グラフト重合に用いられるビニル系単量体として「アルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステル」は例示されていない。
加えて、甲2には膨潤度を調整することについても記載も示唆もされていない。
そうすると、甲2発明において、ビニル系単量体として、アルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルを用い、その含有量を調整することにより、膨潤度を調整する動機付けはない。
以上のことから、甲2発明において、さらに、「ビニル系単量体におけるアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、10~30質量%である」と特定し、かつ、「膨潤度が8.0以上25.0以下」であるものとすること、つまり、相違点2A及び2Bに係る特定事項を満たすものとすることを、当業者が容易に想到することができたとはいえない。
ウ 本件発明の効果については、上記1(2)ウと同様である。
エ 小括
したがって、本件発明は、甲2発明ではなく、また、甲2発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
(3)申立人の主張について
ア 申立人は、申立人意見書(7~10頁)において、概略以下の主張をしている。
(ア)相違点2Aについては、特許権者は何ら主張をしておらず、実質的な相違点とはいえないし、仮に実質的な相違点であるとしても、上記相違点1Aと同様である。
(イ)相違点2Bに関し、甲2(【0007】~【0009】)には、「ブチルアクリレート、2-エチルヘキシルアクリレートなどが挙げられる」ことが記載され、また、甲2発明は、グラフト重合に用いられるビニル系単量体におけるメチルメタクリレートの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、約11質量%であるから、メチルメタクリレートのメチル基をブチル基に置き換えた、アルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルを採用さえすれば本件発明1に想到する。
また、メチルメタクリレートを用いてグラフト共重合体の製造を行う当業者であれば、メチルメタクリレートに代えて、またこれと併用して、(メタ)アクリル酸ブチル等の炭素数が4以上である(メタ)アクリル酸アルキルエステルを選択する程度のことは容易に想到し得る技術常識に過ぎず、その根拠も多数存在する。
イ 上記(ア)及び(イ)についてまとめて検討する。
上記(2)イ(ア)において述べたとおり、本件発明と甲2発明は、少なくとも相違点2Bにおいて実質的な相違点を有する。
そして、甲2には、「グラフト重合に用いられるビニル系単量体」については、「(メタ)アクリル酸メチル単量体」と記載されるのみで、「アルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステル」については記載されていないところ、たとえ、甲2に、「非共役ジエン系ゴム状重合体」である「アクリル系ゴム状重合体」の単量体として、「ブチルアクリレート、2-エチルヘキシルアクリレートなど」が挙げられていることや、申立人意見書(10頁)に提示の参考文献を参照し、グラフト共重合体を形成するビニル系単量体として、(メタ)アクリル酸ブチル等が周知であることを考慮したとしても、(メタ)アクリル酸ブチル等のアルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルが膨潤度に影響することについての根拠を見いだせないから、甲2発明において、ビニル系単量体として、アルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルを用い、その含有量を調整することにより、膨潤度を調整することについて動機付けがあるとはいえない。
したがって、上記アの主張は採用できない。
(4)取消理由1-2及び2-2並びに申立理由1-2及び2-2のまとめ
以上のとおり、本件発明は、甲2に記載された発明ではなく、また、甲2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、取消理由1-2及び2-2並びに申立理由1-2及び2-2(甲2を主引例とする新規性及び進歩性)については理由がない。
5 取消理由3並びに申立理由3(サポート要件)について
申立理由3は、サポート要件についてのものであるから、取消理由3と併せて検討する。
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
そこで、検討する。
(2)サポート要件の判断
ア 本件発明が解決しようとする課題
発明の詳細な説明の【0005】によると、本件発明の解決しようとする課題(以下「本件発明の課題」という。)は「耐薬品性、特に耐溶剤性が向上したゴム強化熱可塑性樹脂を提供すること」である。
イ 検討
(ア)発明の詳細な説明には、上記1(1)のとおり、本件発明のグラフト共重合体樹脂の組成について、ゴム状重合体として、「耐溶剤性をより向上させる観点から、(メタ)アクリル系ゴム状重合体が好ましく、(メタ)アクリル酸アルキルエステル由来の構成単位を含む(メタ)アクリル系ゴム状重合体がより好ましく、アルキル基の炭素数が4以上である(メタ)アクリル酸アルキルエステル由来の構成単位を含む(メタ)アクリル系ゴム状重合体が更に好ましい」こと(【0011】)、グラフト重合に用いられるビニル系単量体として、「芳香族ビニル系単量体」を含み、「更にシアン化ビニル系単量体及び/又は(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含むことが好まし」く、「(メタ)アクリル酸アルキルエステルとしては、上記と同様のものを好適に用いることができる」こと(【0025】)、「グラフト重合に用いられるビニル系単量体における(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量は、耐溶剤性をより向上させる観点から、ビニル系単量体全量を基準として、5~30質量%であることが好ましい」こと(【0027】)が記載されている。
(イ)また、発明の詳細な説明には、「膨潤度」について、上記1(2)のとおりの記載があり、本件発明における「膨潤度」とは、【0031】に記載されるように、「グラフト共重合体樹脂にアセトンを加え、その後遠心分離等により不溶分と溶解液を分別し、不溶分として分離される」ものである「グラフト共重合体」を、「メチルエチルケトン及びトルエンの混合溶剤(質量比1:1)中で十分に膨潤させた膨潤後のグラフト共重合体の重量を、乾燥により混合溶剤を除いた後のグラフト共重合体の重量で除する」ことにより求められるものであり、具体的な測定方法は、【0055】に示されるとおりである。
そして、発明の詳細な説明の【0029】には、「膨潤度が8.0以上」という要件を満たすことにより、「グラフト共重合体樹脂の耐溶剤性が向上する」こと、上限は例えば「25.0以下」であることが記載されており、【0030】には、膨潤度の調整方法として、「グラフト共重合体樹脂中のグラフト共重合体の膨潤度は、例えば、以下の方法の一部又は全部を採用することにより、上記所定の範囲に調整することができる。
(A)ゴム状重合体の製造時にt-ドデシルメルカプタンを添加する。
(B)グラフト重合に用いられるビニル系単量体における、アルキル基の炭素数が4以上である(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量を調整して、例えば10~30質量%とする。
(C)ゴム状重合体の製造の際に用いる乳化剤として、例えばロジン酸又はその誘導体を用いる。」と記載されている。
(ウ)さらに、発明の詳細な説明の実施例(【0036】~【0059】)には、上記1(3)のとおりの記載があり、表2等の記載によれば、上記(A)の方法を採用して得られたグラフト共重合体樹脂パウダー(B-3)~(B-6)及び(B-8)については、上記(B)又は(C)の方法を採用せずとも、膨潤度が10.2~16.1となること、上記(B)の方法を採用して得られたグラフト共重合体樹脂パウダー(B-2)については、上記(A)又は(C)の方法を採用せずとも、膨潤度が11.5となること、さらに、上記(C)の方法を採用して得られたグラフト共重合体樹脂パウダー(B-9)及び(B-10)については、上記(A)又は(B)の方法を採用せずとも、膨潤度が10.5又は16.0となること、そして、上記(A)及び(B)の方法を採用して得られたグラフト共重合体樹脂パウダー(B-7)については、上記(C)の方法を採用せずとも、膨潤度が17.1となることが示されている。
一方、上記(A)~(C)の方法のいずれも採用せずに得られたグラフト共重合体樹脂パウダー(B-1)については、膨潤度が7.7となり、「膨潤度が8.0以上25.0以下」という要件を満たさないことが示されている。
上記の実施例の記載からみて、【0030】に示される上記(A)~(C)の方法の少なくとも一つを採用することにより、「膨潤度が8.0以上25.0以下」の範囲内にある「膨潤度が10.2~17.1」のグラフト共重合体樹脂を実際に製造することができることを理解できる。
加えて、発明の詳細な説明の表2及び表3の記載によれば、実施例1~9では、「膨潤度が10.2~17.1」であるグラフト共重合体樹脂パウダー(B-2)~(B-10)を共重合体(C-1)と混合し、溶融混練したペレットから得られる試験片の「耐薬総合評価」が「◎:800gと600gの試験で割れない」又は「○:800gの試験では割れるが、600gの試験では割れない」であったのに対し、「膨潤度が7.7」であるグラフト共重合体樹脂パウダー(B-1)を同様に用いた試験片の「耐薬総合評価」は「×:600gの試験で割れる。」であったことも示されており、耐薬品性(耐溶剤性)の向上効果が具体的に確認されている。
このうち、本件発明の具体例として、上記(B)の方法を少なくとも採用して得られ、ビニル系単量体としてアクリル酸ブチル(BA)を10質量%含むグラフト共重合体樹脂パウダー(B-2)は、膨潤度が11.5で、耐薬総合評価が「○」(実施例1)であり、グラフト共重合体樹脂パウダー(B-7)は、膨潤度が17.1で、耐薬総合評価が「◎」(実施例6)であることが記載されている。
この実施例1~9について詳細にみると、表3の耐薬総合評価が「◎」であるものは、グラフト共重合体樹脂パウダーの膨潤度が「10.5~17.1」(「16.1」(実施例2)、「14.7」(実施例3)、「13.0」(実施例4)、「17.1」(実施例5)、「10.5」(実施例8)、「16.0」(実施例9))であり、「○」であるものは、膨潤度が「10.2~11.5」(「11.5」(実施例1)、「11.4」(実施例5)、「10.2」(実施例7))であり、「×」であるものは、膨潤度が「7.7」(比較例1)であることから、一部の例外はあるものの、膨潤度が大きいほど、耐薬総合評価に優れる傾向があることが見て取れる。
以上の実施例の記載を踏まえると、「膨潤度が10.2~17.1」のグラフト共重合体樹脂を用いた場合に、耐薬品性(耐溶剤性)の向上効果が確認されており、膨潤度が大きいほど、耐薬総合評価に優れる傾向があることが見て取れるから、「膨潤度が10.2~17.1」を含む「膨潤度が8.0以上25.0以下」の範囲において、一定程度の耐薬品性(耐溶剤性)の向上効果が得られることが認識できるといえる。
(エ)そうすると、芳香族ビニル系単量体及び所定含有量のアルキル基の炭素数が4以上である(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含むビニル系単量体をグラフト重合してなるグラフト共重合体樹脂であって、「膨潤度が8.0以上25.0以下」であることが特定された本件発明は、発明の詳細な説明の記載により、当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。
(3)申立人の主張について
ア 申立人は、申立書(36~40頁)において、上記第4の1(1)ウ(ア)及び(イ)の点を主張し、これに補足して、申立人意見書(10~12頁)において、概略以下の点を主張する。
(ア)特許権者意見書における主張によれば、【0058】に記載の耐溶剤性評価を行った際の結果が「◎」となる程度までの効果を求めるものであるが、実施例1(膨潤度11.5)は、耐溶剤性評価が「○」であり、課題を解決できているとはいえない。加えて、特許権者は、各実施例の膨潤度の数値と耐薬総合評価の説明(◎○×)をしているに過ぎず、サポート要件の充足性について適切な主張はなされていない。
仮に、耐溶剤性評価が「○」であっても課題解決できると認められる場合であっても、比較例1(膨潤度7.7、耐溶剤性評価:×)から、膨潤度がわずか0.3向上して8.0となるだけで、評価が「×」から「○」になるとは理解できず、同様に、膨潤度が17.1超25.0以下の範囲内であれば、試験片が割れる荷重の最小値が低くなって、割れやすくなるといった現象が起きないといった説明も特許権者からは何らなされていない。
(イ)本件発明1は、「アルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量が、ビニル系単量体全量を基準として、10~30質量%」であることを発明特定事項とするが、本件明細書には「炭素数4以上である(メタ)アクリル酸アルキルエステル」を加えることによる作用機序の説明はなく、その具体例は、(メタ)アクリル酸ブチル、ヘキシル、2-エチルヘキシル及びオクチルの僅か4化合物であり(【0012】)、また、実施例は(メタ)アクリル酸ブチル(実施例1及び6)の1化合物のみであり、そのうち実施例1は評価結果が「○」であるにも関わらず、(メタ)アクリル酸アルキルエステルにおけるアルキル基の炭素数が「4以上」と下限のみ設定され、多様な炭素数にまで拡張ないし一般化できるとはいえない。
さらに、その含有量(10~30質量%)についても、実施例1及び6における含有量は10質量%の1点のみであるが、原料の割合が変化すれば、重合体の物性は変化することは技術常識であり、かつ、【0056】表2の結果からも明らかであるところ、10質量%を超えて30質量%以下までの範囲においても同様に課題を解決できるとはいえない。
イ 検討
(ア)効果の評価及び「膨潤度」(上記ア(ア)及び第4の1(1)ウ(イ))について
まず、上記3(4)イ(ア)において述べたとおり、本件明細書の「耐薬総合評価」についての特許権者意見書(5~6頁)の主張は、本件発明と甲1発明との間の「相違点1B」の特定により、所定の「膨潤度」が得られやすく、効果がより好適に奏されることについて、相違点1Bの特定の有無においてのみ相違する実施例6と実施例5を例に挙げて比較したものであり、本件発明の効果又は課題解決の程度を、耐溶剤性評価が「◎」となる程度まで求めるものとまでは解されず、「◎」となる程度でなければ、本件発明の課題が解決できたとはいえない旨を主張するものでもない。
そして、上記(2)イにおいて述べたように、発明の詳細な説明の実施例において、「膨潤度が10.2~17.1」のグラフト共重合体樹脂を用いた場合に、「◎」又は「○」という耐薬品性(耐溶剤性)の向上効果が確認されており、膨潤度が大きいほど、耐薬総合評価に優れる傾向があることが見て取れるから、「膨潤度が10.2~17.1」を含む「膨潤度が8.0以上25.0以下」の範囲において、一定程度の耐薬品性(耐溶剤性)の向上効果が得られることが認識できるといえる。
申立人は、実施例1(膨潤度11.5)の耐溶剤性評価が「○」であることや、膨潤度が下限の8.0や、17.1超25.0以下である場合において、本件発明の課題を解決できない可能性のあることを述べるにとどまり、具体的な根拠を提示して、本件発明の課題が解決できないことを立証しているわけではない。
(イ)「アルキル基の炭素数が4以上の(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量」(上記ア(イ)及び第4の1(1)ウ(ア))について
上記(2)イにおいて述べたように、発明の詳細な説明の【0029】には、「膨潤度が8.0以上25.0以下」という要件を満たすことにより、「グラフト共重合体樹脂の耐溶剤性が向上する」ことが記載されており、実施例の結果も踏まえると、【0030】に示される上記(A)~(C)の方法の少なくとも一つを採用することにより、「膨潤度が8.0以上25.0以下」の範囲内にある「膨潤度が10.2~17.1」のグラフト共重合体樹脂を実際に製造することができることを理解できるところ、その具体例として、上記(B)の方法を少なくとも採用して得られ、ビニル系単量体としてアクリル酸ブチル(BA)を10質量%含むグラフト共重合体樹脂パウダー(B-2)及び(B-7)が開示されている。
そうすると、当業者であれば、上記(B)の方法を採用して、アルキル基の炭素数が4以上である(メタ)アクリル酸アルキルエステルの含有量を10~30質量%の範囲で調整して、所定の膨潤度を有するグラフト共重合体樹脂が得られることを認識できる。
申立人は、実施例において具体的な評価が確認されているのが、実施例1及び6の(メタ)アクリル酸ブチルが10質量%であるもののみであるから、それ以外の炭素数及び含有割合である場合において、本件発明の課題を解決できない可能性のあることを述べるにとどまり、具体的な根拠を提示して、本件発明の課題が解決できないことを立証しているわけではない。
したがって、上記アの主張は採用できない。
(4)取消理由3及び申立理由3についてのまとめ
以上のとおり、本件発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるから、取消理由3及び申立理由3(サポート要件)は理由がない。
6 取消理由4及び申立理由4(実施可能要件)について
申立理由4は、実施可能要件についてのものであるから、取消理由4と併せて検討する。
(1)実施可能要件の判断基準
上記第3のとおり、本件発明は物の発明であるところ、発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、物の発明にあっては、当業者が発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産でき、かつ、使用できる程度の記載があることを要する。
そこで、検討する。
(2)実施可能要件の判断
発明の詳細な説明(上記1も参照)には、本件発明のグラフト共重合体樹脂の組成について、具体的に記載されており(【0010】~【0027】)、グラフト共重合体樹脂の製造方法並びに「膨潤度」の定義及び調整方法についても具体的に記載されている(【0028】~【0031】)。
そして、上記1(3)及び上記5(2)イ(ウ)において述べたように、実施例(【0036】~【0059】)の記載からみて、【0030】に示される上記(A)~(C)の方法の少なくとも一つを採用することにより、「膨潤度が8.0以上25.0以下」の範囲内にある「膨潤度が10.2~17.1」のグラフト共重合体樹脂を実際に製造することができることを理解でき、また、「膨潤度が10.2~17.1」のグラフト共重合体樹脂を用いた場合に、耐薬品性(耐溶剤性)の向上効果が確認されており、膨潤度が大きいほど、耐薬総合評価に優れる傾向があることが見て取れるから、「膨潤度が10.2~17.1」を含む「膨潤度が8.0以上25.0以下」の範囲において、一定程度の耐薬品性(耐溶剤性)の向上効果が得られることが認識できるといえる。そして、本件発明の具体例として、上記(B)の方法を少なくとも採用して得られ、ビニル系単量体としてアクリル酸ブチル(BA)を10質量%含むグラフト共重合体樹脂パウダー(B-2)は、膨潤度が11.5で、耐薬総合評価が「○」(実施例1)であり、グラフト共重合体樹脂パウダー(B-7)は、膨潤度が17.1で、耐薬総合評価が「◎」(実施例6)であることが記載されている。
したがって、本件発明について、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が、本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産でき、かつ、使用できる程度の記載があるといえる。
よって、発明の詳細な説明の記載は、本件発明について実施可能要件を満たしている。
(3)申立人の主張について
ア 申立人は、申立書(40~48頁)において、上記第4の1(1)エ(ア)及び(イ)の点を主張し、これに補足して、申立人意見書(12~15頁)において、概略以下の点を主張する。
(ア)本件明細書には、本件発明について、耐薬総合評価が「◎」となるようにはどのように実施すればよいか、実施例6以外の記載はなく、実施例1の耐薬総合評価が「○」であるのに対し、どうすれば「◎」とできるか、当業者は理解できない。
(イ)特許権者意見書において、特許権者が、「t-ドデシルメルカプタン」を添加する工程(タイミング)や添加量の特定が必要であると述べていることに照らせば、本件発明における膨潤度の全範囲にわたって実施可能であるとは到底いえるものではない。
(ウ)特許権者意見書において、上記(A)の方法の検証に用いられているグラフト共重合体樹脂(A-1)と(A-5)の組合せと、(A-2)と(A-6)の組合せによる平均効果は約1.3であり、同様に、上記(B)の検証に用いられているグラフト共重合体樹脂(A-1)と(A-2)の組合せと、(A-5)と(A-6)の組合せによる平均効果は約1.2であるから、これを乗じたとしても約1.5にしかならず、特許権者が上記(A)及び(B)の方法を採用したことによる効果が約2.2倍とする数値は極めて恣意的なものであり、上記(A)~(C)の方法を採用したことにより、膨潤度を調整できる(向上できる)とする前提すら疑わしいから、発明の詳細な説明は、膨潤度が「8.0以上25.0以下」との全範囲にわたって、過度の試行錯誤を要することなく、グラフト共重合体樹脂を製造できる程度に記載されたものとは到底いえない。
イ 検討
(ア)本件発明の効果の評価(上記ア(ア))について
上記5(3)イ(ア)において述べたとおり、特許権者意見書(5~6頁)の主張は、本件発明の効果の程度を、耐溶剤性評価が「◎」となる程度まで求めるものとまでは解されず、「◎」となる程度でなければ、本件発明の課題が解決できたとはいえない旨を主張するものでもなく、また、発明の詳細な説明の実施例において、「膨潤度が10.2~17.1」のグラフト共重合体樹脂を用いた場合に、「◎」又は「○」という耐薬品性(耐溶剤性)の向上効果が確認されており、膨潤度が大きいほど、耐薬総合評価に優れる傾向があることが見て取れる。
(イ)上記(A)~(C)の方法の条件設定(上記ア(イ)及び第4の1(1)エ(ア))について
上記(A)~(C)の各方法と本件発明の他の構成要件との相互関係についての理論的説明が、発明の詳細な説明に記載されていないとしても、上記(2)において述べたとおり、発明の詳細な説明の実施例の結果も踏まえると、【0030】に示される上記(A)~(C)の方法の少なくとも一つを採用することにより、「膨潤度が8.0以上25.0以下」の範囲内にある「膨潤度が10.2~17.1」のグラフト共重合体樹脂を実際に製造することができることを理解できる。
そして、【0030】に、上記(A)~(C)の方法の条件が詳細に説明されていないとしても、実施例に、上記(A)~(C)の方法の製造条件がそれぞれ具体的に示されているから、上記(A)の方法における「t-ドデシルメルカプタン」の添加量やタイミング、上記(B)の方法における「アルキル基の炭素数が4以上である(メタ)アクリル酸アルキルエステル」の炭素数や含有量、上記(C)の方法における「乳化剤」としての「ロジン酸又はその誘導体」については、上記各実施例の製造条件を参考にして、当業者が適宜決定し得るものであり、過度の試行錯誤を要するとまではいえない。
(ウ)「膨潤度」(上記ア(ウ)及び第4の1(1)エ(イ))について
まず、特許権者意見書の12頁では、上記(A)又は(B)の方法の採用の有無を比較して、各グラフト共重合体樹脂の膨潤度の比を記載しているところ、膨潤度の比の計算に用いている樹脂の組み合わせのうち、「(A-2)と(A-6)の組み合わせ」及び「(A-5)と(A-6)の組み合わせ」という記載は、発明の詳細な説明の表2の膨潤度と照らし合わせると、それぞれ「(A-2)と(A-7)の組み合わせ」及び「(A-5)と(A-7)の組み合わせ」の誤記であることが明らかである。そして、これらが誤記であることを前提とすると、特許権者意見書において計算されるとおり、「(A-2)と(A-7)の組み合わせ」及び「(A-5)と(A-7)の組み合わせ」の膨潤度の比は約1.5である。また、膨潤度の比が約2.2倍とされている点についても、上記(A)の方法及び(B)の方法を採用した(A-7)と、いずれの方法も採用しない(A-1)の膨潤度の比に基づくものと解される。このように、特許権者意見書には誤記があったとはいえ、上記ア(ウ)の申立人が主張する計算値が妥当であるともいえないから、当該計算値を前提とする主張は採用できない。
また、本件発明は、膨潤度が「8.0以上25.0以下」と特定されており、上記5(2)イにおいて述べたとおり、実施例の記載を踏まえると、「膨潤度が10.2~17.1」のグラフト共重合体樹脂を用いた場合に、耐薬品性(耐溶剤性)の向上効果が確認されており、膨潤度が大きいほど、耐薬総合評価に優れる傾向があることが見て取れるから、「膨潤度が10.2~17.1」を含む「膨潤度が8.0以上25.0以下」の範囲において、一定程度の耐薬品性(耐溶剤性)の向上効果が得られることが認識できるといえ、【0030】及び実施例の記載を参照して、本件発明のグラフト共重合体樹脂を製造及び使用することについて、過度の試行錯誤を要するとはいえない。
(4)取消理由4及び申立理由4についてのまとめ
以上のとおり、発明の詳細な説明は、当業者が本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるといえるから、取消理由4及び申立理由4(実施可能要件)は理由がない。
第6 むすび
上記第5のとおり、本件特許の請求項1に係る特許は、当審で通知した取消理由通知及び特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては取り消すことはできない。
さらに、他に本件特許の請求項1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-700634