特許異議申立
2025-700614
保持部材
- 審判番号
- 2025-700614
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2024-017237
- 登録番号
- 7602077
- 請求日
- 2025年06月11日
- 審決日
- 2025年09月08日
- 公報発行日
- 2025年10月31日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】日本特殊陶業株式会社
- 【権利者代理人】田邊 淳也
- 【権利者代理人】木村 祐介
- 【異議申立人】田中 康司
- 審判長/審判官
- 審判長 梶尾 誠哉
- 審判官 打出 義尚
- 審判官 緑川 隆
- 分類
- P1651.113-Y (H01L) / P1651.121-Y (H01L) / P1651.536-Y (H01L) / P1651.537-Y (H01L)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第2号、特許法第36条第6項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7602077号発明「保持部材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7602077号の請求項1~5に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7602077号(以下「本件特許」という。)の請求項1~5に係る特許についての出願は、令和6年2月7日に出願され、同年12月9日にその特許権の設定登録がされ、同年同月17日に特許掲載公報が発行された。その後、本件特許に対し、令和7年6月11日に特許異議申立人 田中康司(以下「異議申立人」という。)は、特許異議の申立てを行った。
第2 本件特許発明
本件特許の請求項1~5に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」~「本件特許発明5」という。)は、特許請求の範囲の請求項1~5に記載された事項により特定される次のとおりのものである(なお、請求項1におけるA、B及びCは、異議申立人が付したものであって、以下、それぞれ「構成要件A」、「構成要件B」及び「構成要件C」という。)。
「【請求項1】
A 保持部材であって、
第1部材と、
第2部材と、
前記第1部材と前記第2部材とを接着する接着部材と、を備え、
B 前記接着部材をせん断するせん断方向に沿って前記第1部材と前記第2部材とを引っ張っている際の温度を引張時温度(℃)とし、前記せん断方向に沿って前記第1部材と前記第2部材とを引っ張っている際に前記接着部材に生じている応力を引張応力(MPa)としたとき、前記引張応力(MPa)の値は、前記引張時温度(℃)を1度上昇させるごとに-0.006MPa以上、かつ、0MPa未満の範囲内で変化し、
C 前記引張応力(MPa)の値は、前記接着部材の厚みと前記引張時温度(℃)とを説明変数とした重回帰分析によって作成された前記引張応力(MPa)の予測式のうち前記引張時温度(℃)の係数であることを特徴とする、保持部材。
【請求項2】
請求項1に記載の保持部材であって、
前記接着部材は、側鎖の少なくとも一部に芳香族炭化水素基を備えたシリコーン樹脂を含むことを特徴とする、保持部材。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の保持部材であって、
前記接着部材は、アルミナを主成分としたフィラーを含むことを特徴とする、保持部材。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の保持部材であって、
前記接着部材は、シリコーン樹脂と、フィラーと、を含み、
前記フィラーには、前記シリコーン樹脂100重量部に対して、2重量部以上、かつ、15重量部以下のカーボンブラックが含まれていることを特徴とする、保持部材。
【請求項5】
請求項1または請求項2に記載の保持部材であって、
前記せん断方向に沿って前記第1部材と前記第2部材とを引っ張ることで破断させた際のひずみ量を前記接着部材の厚みで除することにより算出されるせん断ひずみについて、常温における前記せん断ひずみをγ0とし、180℃で加熱時間3000時間加熱後の前記せん断ひずみをγ1とし、(γ1-γ0)/γ0を前記せん断ひずみの変化率としたとき、前記変化率の値が-0.5以上、かつ、0.5未満の値であることを特徴とする、保持部材。」
第3 申立理由の概要
1 異議申立人の提出した証拠
異議申立人は、次の甲第1号証~甲第3号証(以下、それぞれ「甲1」~「甲3」という。)を証拠として提出している。
甲第1号証(甲1):特開2020-167403号公報
甲第2号証(甲2):特開2020-26116号公報
甲第3号証(甲3):特開2020-23088号公報
2 特許異議の申立理由
異議申立人の主張は、概略、以下のとおりである。
(1)申立理由1(新規性)
本件特許発明1~3は、甲1に記載されたものであるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものである。
(2)申立理由2(進歩性)
本件特許発明1~3は、甲1に記載の発明に基づいて当業者が容易になし得たものであり、本件特許発明4~5は、甲1~2に記載の発明に基づいて当業者が容易になし得たものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
(3)申立理由3(新規性)
本件特許発明1~3は、甲3に記載されたものであるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものである。
(4)申立理由4(進歩性)
本件特許発明1~3は、甲3に記載の発明に基づいて当業者が容易になし得たものであり、本件特許発明4~5は、甲3、甲2に記載の発明に基づいて当業者が容易になし得たものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
(5)申立理由5(明確性)
本件特許発明1~5は、明確ではないから、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
(6)申立理由6(サポート要件)
本件特許発明1~5は、発明の詳細な説明に記載したものでないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
(7)申立理由7(実施可能要件)
発明の詳細な説明は、本件特許発明1~5を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
第4 異議申立人の提出した証拠の記載
1 甲1について
甲1には、以下の記載がある。
「【0027】
図1は、実施形態に係る静電チャックを例示する模式的断面図である。
図1に表したように、静電チャック110は、セラミック誘電体基板11と、ベースプレート50と、接合層60と、を備える。」
「【0038】
ベースプレート50は、セラミック誘電体基板11を支持する部材である。セラミック誘電体基板11は、接合層60を介してベースプレート50の上に固定される。つまり、接合層60は、セラミック誘電体基板11と、ベースプレート50と、の間に設けられている。」
以上の記載によれば、甲1には次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。
「セラミック誘電体基板11と、
ベースプレート50と、
セラミック誘電体基板11と、ベースプレート50と、の間に設けられている接合層60と、を備える、静電チャック110。」
2 甲2について
甲2には、以下の記載がある。
「【0031】
静電チャック100は、対象物(例えばウェハW)を静電引力により吸着して保持する装置であり、例えば半導体製造装置の真空チャンバー内でウェハWを固定するために使用される。静電チャック100は、所定の配列方向(本実施形態では上下方向(Z軸方向))に並べて配置されたセラミックス部材10およびベース部材20を備える。セラミックス部材10とベース部材20とは、セラミックス部材10の下面S2(図2参照)とベース部材20の上面S3とが上記配列方向に対向するように配置される。静電チャック100は、さらに、セラミックス部材10の下面S2とベース部材20の上面S3との間に配置された接着部材30を備える。静電チャック100は、特許請求の範囲における複合部材に相当する。」
「【0050】
本実施形態の接着部材30に添加される炭素粉末としてカーボンブラックを採用したとき、カーボンブラックの添加量は、接着剤組成物(すなわち、接着部材30)において、付加硬化型シリコーン樹脂100重量部に対して2重量部以上、20重量部以下である。当該カーボンブラックの添加量が2重量部未満であると、高温下で使用した後におけるゴム硬度の上昇度合いが高くなり、また、高温下で使用した後におけるせん断接着歪みの低下度合いが大きくなる傾向がある。これは、付加硬化型シリコーン樹脂を劣化するラジカルを捕捉し、付加硬化型シリコーン樹脂の硬化劣化を抑制することが十分にできないためである。また、当該添加量が20重量部を超えると、カーボンブラックの表面を被覆する付加硬化型シリコーン樹脂の量が多く、接着部材全体におけるカーボンブラックとカーボンブラックとの間を流動可能な付加硬化型シリコーン樹脂の量が少ないため、樹脂の粘度が高くなり、硬化した時点すなわち高温下で使用する前から柔軟性が低下する傾向がある。これに対し、当該添加量が付加硬化型シリコーン樹脂100重量部に対して2重量部以上、20重量部以下であれば、高温下で使用した後におけるゴム硬度の上昇度合いが小さくなり、また、高温下で使用した後におけるせん断接着歪みの低下度合いが小さくなる傾向がある。また、当該添加量が付加硬化型シリコーン樹脂100重量部に対して2重量部以上、20重量部以下であれば、接着部材全体におけるカーボンブラックとカーボンブラックとの間を流動可能な付加硬化型シリコーン樹脂の量を良好に確保することができるため、樹脂の粘度が高くなることを抑制することができる。これにより、接着剤組成物から接着シートを作製する際に、シート厚みのばらつきを小さくすること(シート厚みのばらつき低減)が容易となり、また、接着剤組成物から作製された接着ペーストをセラミックス部材10やベース部材20に塗布する際に、より均一に塗布すること(塗布ムラの低減)が容易となる。シート厚みのばらつき低減や、塗布ムラの低減が容易となることにより、接着部材30全体において、熱伝達が均一化し、ひいては、セラミックス部材10の温度分布の均一化が容易となる。当該添加量は、より好ましくは、付加硬化型シリコーン樹脂100重量部に対して3重量部以上、15重量部以下であり、さらに好ましくは、付加硬化型シリコーン樹脂100重量部に対して5重量部以上、10重量部以下である。」
3 甲3について
甲3には、以下の記載がある。
「【0027】
静電チャック100は、対象物(例えばウェハW)を静電引力により吸着して保持する装置であり、例えば半導体製造装置の真空チャンバー内でウェハWを固定するために使用される。静電チャック100は、所定の配列方向(本実施形態では上下方向(Z軸方向))に並べて配置されたセラミックス部材10およびベース部材20を備える。セラミックス部材10とベース部材20とは、セラミックス部材10の下面S2(図2参照)とベース部材20の上面S3とが上記配列方向に対向するように配置される。静電チャック100は、さらに、セラミックス部材10の下面S2とベース部材20の上面S3との間に配置された接着部材30を備える。静電チャック100は、特許請求の範囲における複合部材に相当する。」
以上の記載によれば、甲3には次の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されている。
「セラミックス部材10と、
ベース部材20と、
セラミックス部材10の下面S2とベース部材20の上面S3との間に配置された接着部材30と、を備える、静電チャック100。」
第5 当審の判断
事案に鑑みて、申立理由5から判断し、そのほかの申立理由6、1~4、7についてこの順に判断する。
1 申立理由5(明確性)について
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(1)構成要件Bの「前記せん断方向に沿って前記第1部材と前記第2部材とを引っ張っている際に前記接着部材に生じている応力を引張応力(MPa)とした」との記載について
ア 特許請求の範囲における当該記載の構成について、異議申立人は、せん断方向に沿って第1部材と第2部材とを「引っ張っている際」との表現は、接着部材が破断する直前のような特定のタイミングを表すものではなく、例えば、第1部材と第2部材とを比較的弱い力で引っ張っている期間の全体をも広く含む表現であるから、「前記せん断方向に沿って前記第1部材と前記第2部材とを引っ張っている際に前記接着部材に生じている応力」、すなわち、「引張応力(MPa)」の大きさは、引張時温度(℃)に対して一意的に定まるようなものではなく、第1部材と第2部材を引っ張るよう外部から加えられている外力の大きさによって定まるはずであり、このような「引張応力(MPa)」が、「前記引張時温度(℃)を1度上昇させるごとに-0.006MPa以上、かつ、0MPa未満の範囲内で変化」するという請求項1の記載は、当業者にはその意味を理解し難い記載となっており、不明確である旨主張する(特許異議申立書の39ページの4-5-2)。
イ 確かに、異議申立人の主張するとおり、特許請求の範囲の記載では、「引っ張っている際」との表現は、どのような期間やタイミングを意味するのか理解することができない。そこで、願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)を参照すると、当該記載に対応して、本件明細書の段落0026には下記の事項が記載されている。
「この試験片TP1を用いて、接着部材30Gをせん断するせん断方向SDに沿って第1部材201と第2部材202とを引っ張っている際の温度を引張時温度(℃)とし、せん断方向SDに沿って第1部材201と第2部材202とを引っ張っている際に接着部材30Gに生じている応力を引張応力(MPa)とする。詳細には、引張応力(MPa)は、試験片TP1を引っ張って破断させた際の荷重(N)を接着面積で除することによって算出される。」
ウ すなわち、本件明細書には、「せん断方向SDに沿って第1部材201と第2部材202とを引っ張っている際に接着部材30Gに生じている応力」である「引張応力(MPa)」は、「試験片TP1を引っ張って破断させた際の」ものであることが記載されている。
そうすると、特許請求の範囲に記載された「引張応力(MPa)」は、「引っ張って破断させた際の」応力であると解することができるから、不明確であるとはいえない。
(2)構成要件Cの「前記引張応力(MPa)の値は、前記接着部材の厚みと前記引張時温度(℃)とを説明変数とした重回帰分析によって作成された前記引張応力(MPa)の予測式のうち前記引張時温度(℃)の係数である」との記載について
ア 特許請求の範囲における当該記載の構成について、異議申立人は、引張応力(MPa)の値が、引張応力(MPa)の予測式中に現れる係数であることを示すものであり、その物理的な意義を当業者が理解し難い要件となっているから、不明確である旨主張する(特許異議申立書の39~41ページの4-5-3)。
イ そこで検討するに、異議申立人の主張するとおり、引張応力(MPa)の値や、引張時温度(℃)の係数について、特許請求の範囲の記載では、直ちにその意味を理解することができない。そこで、本件明細書を参照すると、当該記載に対応して、本件明細書の段落0032~0033には下記の事項が記載されている。
「【0032】
図5(A)、図5(B)および図5(D)の各線分を求める際に用いた複数の測定データから重回帰分析を行って、実施例1の接着部材、比較例1の接着部材および比較例4の接着部材の引張応力(MPa)に関する予測式を作成した。引張応力(MPa)をTsとし、接着部材の厚みをTh(μm)とし、引張時温度をTe(℃)としたとき、Tsの予測式は以下の通りであった。
実施例1の接着部材:Ts=-0.0015Th-0.0052Te+2.8387
比較例1の接着部材:Ts=-0.0027Th-0.0071Te+3.7062
比較例4の接着部材:Ts=-0.0023Th-0.0073Te+3.7143
【0033】
実施例1の接着部材の予測式に関して、Thの値を一定としたとき、Tsの値は、Teの値が1増加するごとに-0.0052変化する。すなわち、引張応力(MPa)の値は、引張時温度(℃)を1度上昇させるごとに-0.0052Mpa変化する(-0.006MPa以上、かつ、0MPa未満の範囲内で変化する)。一方、比較例1(比較例4)の接着部材の予測式に関しては、Thの値を一定としたとき、Tsの値は、Teの値が1増加するごとに-0.0071(-0.0073)変化する。すなわち、引張応力(MPa)の値は、-0.006MPa以上、かつ、0MPa未満の範囲内で変化しない。このように「性能評価1」は、接着部材の厚み(Th)と引張時温度(Te)とを説明変数とした重回帰分析によって作成された引張応力(Ts)の予測式のうち引張時温度(Te)の係数の値に基づく評価である。すなわち、試験片TP1に含まれる接着部材が異なれば、Tsの予測式において、接着部材の厚み(Th)の係数、引張時温度(Te)の係数および切片の値はいずれも異なり、そのうちの引張時温度(Te)の係数の値に基づいて、「性能評価1」は実施される。」
ウ すなわち、本件明細書には、「引張応力(MPa)の値」の「引張時温度(℃)を1度上昇させるごと」の「変化」(「-0.0052」や「-0.0071(-0.0073)」)が、「接着部材の厚み(Th)と引張時温度(Te)とを説明変数とした重回帰分析によって作成された引張応力(Ts)の予測式のうち引張時温度(Te)の係数の値」であることが記載されている。
そうすると、特許請求の範囲における「前記引張応力(MPa)の値は、前記接着部材の厚みと前記引張時温度(℃)とを説明変数とした重回帰分析によって作成された前記引張応力(MPa)の予測式のうち前記引張時温度(℃)の係数である」とは、「前記引張応力(MPa)の値の前記引張時温度(℃)を1度上昇させるごとの変化は、前記接着部材の厚みと前記引張時温度(℃)とを説明変数とした重回帰分析によって作成された前記引張応力(MPa)の予測式のうち前記引張時温度(℃)の係数である」と解することができるから、不明確であるとはいえない。
(3)以上のとおり、特許請求の範囲の記載のみならず、本件明細書の記載を考慮すれば、異議申立人の主張する構成は不明確とはいえないから、特許請求の範囲の記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
よって、本件特許発明1~5は、明確である。
2 申立理由6(サポート要件)について
異議申立人は、上記1(1)及び(2)で検討した構成が、本件明細書の発明の詳細な説明には記載されていないから、本件特許発明1~5は、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない旨主張する。
しかしながら、上記1(1)及び(2)のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、いずれの構成も記載されている。
よって、本件特許発明1~5は、発明の詳細な説明に記載したものである。
3 申立理由1(新規性)及び申立理由2(進歩性)について
(1)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲1発明を対比する。
(ア)甲1発明の「セラミック誘電体基板11」、「ベースプレート50」及び「セラミック誘電体基板11と、ベースプレート50と、の間に設けられている接合層60」は、それぞれ、本件特許発明1の「第1部材」、「第2部材」及び「前記第1部材と前記第2部材とを接着する接着部材」に相当する。
(イ)甲1発明の「静電チャック110」は、本件特許発明1の「保持部材」に相当する。
(ウ)上記(ア)及び(イ)より、本件特許発明1と甲1発明とは、以下の一致点、相違点を有する。
[一致点]
「保持部材であって、
第1部材と、
第2部材と、
前記第1部材と前記第2部材とを接着する接着部材と、を備える(構成要件A)、保持部材。」
[相違点]
本件特許発明1は、「前記接着部材をせん断するせん断方向に沿って前記第1部材と前記第2部材とを引っ張っている際の温度を引張時温度(℃)とし、前記せん断方向に沿って前記第1部材と前記第2部材とを引っ張っている際に前記接着部材に生じている応力を引張応力(MPa)としたとき、前記引張応力(MPa)の値は、前記引張時温度(℃)を1度上昇させるごとに-0.006MPa以上、かつ、0MPa未満の範囲内で変化し」(構成要件B)、「前記引張応力(MPa)の値は、前記接着部材の厚みと前記引張時温度(℃)とを説明変数とした重回帰分析によって作成された前記引張応力(MPa)の予測式のうち前記引張時温度(℃)の係数である」(構成要件C)のに対して、甲1発明は、そのようなものではない点。
イ 判断
(ア)新規性について
本件特許発明1と甲1発明とは、上記相違点を有するから、本件特許発明1は、甲1発明ではない。
(イ)進歩性について
構成要件Cの「前記引張応力(MPa)の値は、前記接着部材の厚みと前記引張時温度(℃)とを説明変数とした重回帰分析によって作成された前記引張応力(MPa)の予測式のうち前記引張時温度(℃)の係数である」ことは、異議申立人が申立理由1及び申立理由2の主張の根拠とする甲1及び甲2、後述の申立理由3及び申立理由4の主張の根拠とする甲3のいずれにも記載されておらず、上記相違点に係る構成が本件特許の出願時に周知技術であったともいえないから、甲1発明において、上記相違点に係る構成を採用することは、当業者であっても容易に想到し得るものではない。
したがって、本件特許発明1は、当業者が甲1発明及び甲2の記載に基づいて容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(ウ)異議申立人の主張について
異議申立人は、上記相違点に係る構成の構成要件Cについて、「構成要件Cは、なんら新たな構成を特定するような要件とはなっておらず、構成要件Bと同一の内容を、別の表現で特定しなおしただけのもの、ということができる」から、構成要件Cは甲1に実質的に記載されている旨主張する。
しかしながら、上記1(2)のとおり、構成要件Cは、「前記引張応力(MPa)の値の前記引張時温度(℃)を1度上昇させるごとの変化は、前記接着部材の厚みと前記引張時温度(℃)とを説明変数とした重回帰分析によって作成された前記引張応力(MPa)の予測式のうち前記引張時温度(℃)の係数である」という構成要件であって、重回帰分析によって作成された引張応力(MPa)の予測式のうち引張時温度(℃)の係数などの構成が特定されていない構成要件Bと同一の内容であるとはいえないから、構成要件Cが甲1に実質的に記載されているということはできない。
したがって、異議申立人の主張は採用できない。
(2)本件特許発明2~5について
本件特許発明2~5は、本件特許発明1を限定した発明であり、甲1発明と対比すると、少なくとも、上記相違点を有するところ、本件特許発明1が上記(1)イのとおり、甲1発明及び甲2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない以上、本件特許発明2~5も甲1発明及び甲2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
4 申立理由3(新規性)及び申立理由4(進歩性)について
(1)新規性について
上記3(1)イ(イ)のとおり、構成要件Cは、甲3に記載されていないから、本件特許発明1~5と、甲3発明を対比すると、上記相違点を有する。
したがって、本件特許発明1~5は、甲3発明ではない。
(2)進歩性について
上記3(1)イ(イ)のとおり、構成要件Cは、甲1~3のいずれにも記載されておらず、上記相違点に係る構成が周知技術であったともいえないから、甲3発明において、上記相違点に係る構成を採用することは、当業者であっても容易に想到し得るものではない。
したがって、本件特許発明1~5は、当業者が甲3発明及び甲2の記載に基づいて容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(3)異議申立人の主張について
異議申立人は、上記相違点に係る構成の構成要件Cについて、上記3(1)イ(ウ)と同様の主張をするが、異議申立人の主張が採用できないことも、上記3(1)イ(ウ)のとおりである。
5 申立理由7(実施可能要件)について
(1)判断
物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから、物の発明について実施可能要件を充足するためには、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を製造し、使用することができる程度の記載があることを要する。
そこで検討するに、本件明細書の段落0018及び0025には、本件特許発明1~5に対応する、実施形態及び実施例1~2の接着部材の成分や割合が記載され、段落0032~0034には、その性能評価の工程が記載されている。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が、本件特許発明1~5に係る「保持部材」を過度の試行錯誤を要することなく、製造し、使用することができる程度の記載があるといえるから、本件明細書の発明の詳細な説明は、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえる。
よって、発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしている。
(2)異議申立人の主張について
異議申立人は、本件明細書の段落0032に記載された「実施例1の接着部材」のTeの係数である「-0.0052」は、段落0031に記載された「線分La1」の傾きである「-0.0071」と明らかに異なる値となっているため、本件明細書に記載された予測式を得るためには、一般的に知られている「重回帰分析」とは異なる方法を用いる必要があると推察されるところ、本件明細書の発明の詳細な説明には、「実施例1の接着部材:Ts=-0.0015Th-0.0052Te+2.8387」という予測式を得るための重回帰分析の具体的な方法について一切記載されていないから、発明の詳細な説明は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確にかつ十分に記載したもの」とはなっていない旨主張する。
そこで検討するに、異議申立人の主張する段落0031に記載された「線分La1」の傾きである「-0.0071」については、本件明細書の段落0028に「線分La1,La2は、実施例1の接着部材を用いた試験片TP1の引張応力(MPa)を測定した際に得られた複数の測定データから、最小二乗法で求められた回帰直線に相当する。」と記載されており、線分La1、La2は、引張時温度(℃)を説明変数とし、引張応力(MPa)を目的変数とする回帰直線(なお、このような回帰直線を推定することは、いわゆる「単回帰分析」と呼ばれる。)であって、「線分La1」の傾きは、単回帰分析の結果、得られるものである。
一方、異議申立人の主張する本件明細書の段落0032に記載された「実施例1の接着部材」のTeの係数である「-0.0052」については、本件明細書の段落0032に「図5(A)、図5(B)および図5(D)の各線分を求める際に用いた複数の測定データから重回帰分析を行って、実施例1の接着部材、比較例1の接着部材および比較例4の接着部材の引張応力(MPa)に関する予測式を作成した。」と記載されており、「実施例1の接着部材:Ts=-0.0015Th-0.0052Te+2.8387」という予測式は、接着部材の厚みTh(μm)及び引張時温度Te(℃)を説明変数とし、引張応力Ts(MPa)を目的変数とする重回帰分析の回帰式であって、「実施例1の接着部材」のTeの係数は、重回帰分析の結果、得られるものである。
そうすると、異議申立人の主張する「実施例1の接着部材」のTeの係数である「-0.0052」は重回帰分析の結果であり、「線分La1」の傾きである「-0.0071」は単回帰分析の結果であるから、異議申立人が主張するように、これらの値が異なっていたとしても何ら矛盾はなく、むしろ普通のことであるといえる。
したがって、異議申立人の主張は前提を欠き、採用できない。
第6 むすび
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び異議申立人の提出した証拠によっては、本件特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-700614