特許異議申立
2025-700413
minor BCR-ABL1遺伝子を検出する方法
- 審判番号
- 2025-700413
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2022-166992
- 登録番号
- 7569828
- 請求日
- 2025年04月14日
- 審決日
- 2025年07月17日
- 公報発行日
- 2025年08月29日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】大塚製薬株式会社
- 【権利者代理人】松谷 道子
- 【権利者代理人】櫻井 陽子
- 【異議申立人】渡辺 伸子
- 審判長/審判官
- 審判長 小暮 道明
- 審判官 田中 晴絵
- 審判官 中村 勇介
- 分類
- P1651.121-Y (C12Q)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7569828号発明「minor BCR-ABL1遺伝子を検出する方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7569828号の請求項1に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7569828号の請求項1に係る発明についての出願は、平成30年4月25日(優先権主張 2017年4月26日(JP)日本国)を国際出願日とする特願2019-514563号の一部を令和4年10月18日に特願2022-166992号として分割出願としたものであって、令和6年10月9日にその特許権の設定登録がされ、令和6年10月18日に特許公報が発行された。
その後、その特許に対し、令和7年4月14日に、特許異議申立人渡辺伸子(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされた。
第2 本件発明
特許第7569828号の請求項1に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、「本件発明」という。また、本件特許の設定登録時の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。
【請求項1】
対象におけるminor BCR-ABL1遺伝子を検出する方法であって、
(1)BCR遺伝子のエクソン2~14の一部の塩基配列またはそれに相補的な塩基配列を有する修飾核酸の存在下で、対象から得られた核酸試料を鋳型とし、BCR遺伝子のエクソン1の一部の塩基配列を有するフォワードプライマー、ABL1遺伝子のエクソン2~11の一部に相補的な塩基配列を有するリバースプライマー、および、minor BCR-ABL1 mRNA由来のPCR産物のいずれかの鎖に結合するプローブを用いて、PCRを行う工程、ここで、核酸試料は、BCR遺伝子のエクソン2~14の一部に相補的な塩基配列を有する修飾核酸の存在下で対象のRNA試料を逆転写することにより得られたcDNAである、および、
(2)PCRにより核酸が増幅された場合に、対象がminor BCR-ABL1遺伝子を有すると判定する工程、
を含む方法。
第3 申立理由の概要
申立人が申し立てた理由(以下、「申立理由」という。)は、特許異議申立書における主張からみて、甲1号証を主引例とする進歩性欠如、及び甲8号証を主引例とする進歩性欠如であると認められ、その概要及び証拠方法は、次のとおりである。
1 申立理由1(甲1号証を主引例とする進歩性の欠如)
本件発明は、甲1号証に記載された発明(以下「甲1発明」という。)及び甲2~7号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易になし得るものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、上記発明に係る特許は同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
2 申立理由2(甲8号証を主引例とする進歩性の欠如)
本件発明は、甲8号証に記載された発明(以下「甲8発明」という。)及び甲2~7号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易になし得るものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、上記発明に係る特許は同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。
[証拠方法]
甲1号証:
特表2006-519601号公報
甲2号証:
Leukemia,1999,Vol.13,Issue 12,p1901-1928
甲3号証:
Journal of Molecular Diagnostics,2004 November,Vol.6,No.4,p343-347
甲4号証:
特表2006-528482号公報
甲5号証:
国際公開2014/051076号公報
甲6号証:
米国特許第6391592号明細書
甲7号証:
特表2017-501683号公報
甲8号証:
EntroGen社製BCR-ABL P190 (mbcr)One-Step Detection Kitの説明書
https://buhlmannlabs.com/wp-content/uploads/2015/01/13073l_CH_BCRABL_pl90.pdf
検索日:2025年3月28日
第4 認定事実
甲1~8号証の記載の概要は次のとおりである。なお、英文で記載された証拠の日本語への翻訳は、断りのない限り、当審で行っている。また、下線は当審による。
1 甲1号証
(1)甲1号証の記載
本件優先日前に頒布された刊行物である甲1号証には、
「白血病患者における微小残存病変検出のための融合遺伝子転写産物の増幅による実時間定量的逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応(RQ-PCR)法において、
(i)増幅可能な適正化された患者サンプルを続く分析のために選択する工程と、
(ii)逆転写(RT)反応を実施するための最適条件を規定する工程と、
(iii)RQ-PCRプロトコルのための最適条件を規定する工程と、
(iv)データ分析のための標準化された手技を確立する工程と
を包含することを特徴とする方法。」(【請求項1】)が記載されている。
また、甲1号証には、対象となる融合遺伝子がBCR-ABL m-bcrであって、その際のフォワードプライマー、プローブおよびリバースプライマーの配列が、それぞれ、配列番号20(ENF402) 、配列番号21(ENP541) および配列番号22(ENR561) であること(【請求項9】)、及び融合遺伝子がBCR-ABL M-bcrであって、その際のフォワードプライマー、プローブおよびリバースプライマーの配列が、それぞれ、配列番号23(ENF501)、配列番号21(ENP541)および配列番号22(ENR561)であることが記載されている(【請求項10】)。
さらに、甲1号証には、
「工程(ii)が、
全RNA 1μgをH2O 10μl中に加え、
70℃で10分間にわたってインキュベートし、
氷冷し、下記試薬を20μlの最終容積まで加え;
逆転写酵素(MMLVまたはSupercriptIまたはIIのいずれか):100U
RTバッファ:(用いられたRTアーゼによる)
DNTP:1Mm
DTT:10Mm
ランダム・ヘキサマー:25μM
RNAアーゼインヒビター:20U
下記条件でインキュベートし、
室温で10分間;
42℃で45分間;そして、
99℃で3分間
該RT工程後に4℃に該サンプルを置き、そして、
最終cDNAをH2O 30μlで希釈する
ことからなる」と記載されている(【請求項15】)。
また、甲1号証には、
「工程(iii)が、
サンプルを
最終容積:25μl;
5μlの最終cDNA(100ngのRNAに等価);
プライマー:各300nM;
プローブ:200nM(ただし、AML1-ETOプローブについては100nM);
マスター・ミックス:12.5μl(1X)
となるようにし、
下記により上記サンプルをインキュベートし;
50℃で2分:および
95℃で10分
続いて下記を50サイクル行う;
95℃で15秒;および
60℃で1分
ことにより実施される」ことが記載されている(【請求項16】)。
そして、甲1号証には、実施例4及び5において、それぞれ、具体的にBCR-ABL m-bcr融合遺伝子及びBCR-ABL M-bcr融合遺伝子の転写産物をRQ-PCR法によって増幅し、検出したことが記載されている。
実施例4では、BCR-ABL m-bcr融合遺伝子の転写産物を検出するために、ENF402(BCRエクソン1に位置される)、ENR561およびプローブENP541(両方とも、ABLエクソン2に位置される)を用いたことが記載されている(段落【0143】)。
実施例5では、BCR-ABL M-bcr融合遺伝子の転写産物を検出するために、BCRエクソン13(エクソンb2)上に位置されるフォワードプライマーENF501を用いたことが記載され(段落【0151】)、実施例4で用いられたENR561およびプローブENP541(両方とも、ABLエクソン2に位置される)は、実施例5においても共通して用いられたことが記載されている(段落【0143】)。
(2)甲1発明
請求項1の(ii)の「RT反応を実施するための最適条件を規定する工程」は、請求項15に規定される工程であるところ、その規定される工程からみて、(ii)の工程は、要するに、「サンプル中のRNAを逆転写(RT)反応することによって、cDNAを生成する工程」であるといえる。
また、請求項1の(iii)の「RQ-PCRプロトコルのための最適条件を規定する工程」は、請求項16に規定される工程であるところ、その規定される工程からみて、(iii)の工程は、要するに、「PCRによりcDNAを鋳型として増幅する工程」であるといえる。
以上を踏まえると、前記(1)に示された事項からみて、甲1号証には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認める。
「白血病患者における微小残存病変検出のためのBCR-ABL m-bcr融合遺伝子転写産物の増幅による実時間定量的逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応(RQ-PCR)法において、
(i)増幅可能な適正化された患者サンプルを続く分析のために選択する工程と、
(ii)サンプル中のRNAを逆転写(RT)反応することによって、cDNAを生成する工程と、
(iii)PCRによりcDNAを鋳型として増幅する工程と、
(iv)データ分析のための標準化された手技を確立する工程と
を包含し、前記RQ-PCR法に用いられるフォワードプライマー、プローブおよびリバースプライマーの配列が、それぞれ、ENF402、ENP541およびENR561である方法。」
2 甲2号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲2号証には、minor BCR-ABLのmRNAを逆転写及び増幅するために、BCR遺伝子のエクソン1の一部の塩基配列を有するフォワードプライマー(BCR-e1-A)、及びABL1遺伝子のエクソン3の一部に相補的な塩基配列を有するリバースプライマー(ABL-a3-B)を用いてBCR-ABL転写産物の増幅にあたって、「RT-PCRの第1段階の後、臭化エチジウム染色されたアガロースゲル上に視覚化された増幅産物は予測された分子サイズの単一のバンドのみを示した(図9及び表11)。しかしながら、BCR-ABL転写産物のp190タイプとp210タイプとを共に発現する被検患者では、非常に高分子量のバンド(約1800bp)が観測できた。このバンドは、p210タイプの転写産物におけるBCRエクソン1とABLエクソン3との間に含まれるcDNA配列全体の増幅に相当する。最終的に、ネステッドRT-PCR反応の後、ゲル上に約500bpのバンドが観察でき、RT-PCRの第1段階に由来する増幅産物を表している。」ことが記載されている(申立人による甲2号証の部分翻訳による)。
3 甲3号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲3号証には、「M-BCRのすべてのバリアントを増幅させることが可能なBCR遺伝子のエクソンb1(e12)に特異的なプライマーを選択した。マイナーBCR及びマイクロBCR領域におけるブレークポイントの検出のためにそれぞれe1とe19に特異的なプライマーを選択した」こと、「mRNA(p190BCR-ABL、p210BCR-ABL、又はp230BCR-ABLをコードする)を確実に同定できるようにプライマーを選択した。t(9:22)とq(34:11)との間の相互転座によって生ずるあらゆる転写産物の中にこのエクソン(注釈:c-ABL中のa3のこと)は存在することから、リバースプライマーは唯― (c-ABL中のa3)のものである」こと、「エクソンe1はそれぞれの転写産物に存在し、b1はp210BCR-ABL及びp230BCR-ABLをコードする転写産物に存在する。したがって、e1プライマーを使用することで、M-BCR及びμ-BCR転写産物は理論的には増幅され、検出され得るものであり、μ-BCR転写産物はb1プライマーを使用することで検出され得る」ことが記載されている。(申立人による甲3号証の部分翻訳による)。
4 甲4号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲4号証には、逆転写物の増幅のための方法において、RNAの逆転写反応工程では、「少なくとも1つの望ましくないmRNAの逆転写を選択的に抑制するための、少なくとも1種の分子種の存在下で実施し、該分子種は前記望ましくないmRNAの逆転写を防止すること」、及びcDNAの増幅工程では、「少なくとも1つの望ましくないmRNAの逆転写産物の増幅を選択的に抑制するための、少なくとも1種の分子種の存在下で実施し、前記分子種は、前記望ましくないmRNAより製造される1本鎖または2本鎖のcDNAの増幅を防止すること」が記載されている(【請求項1】、【請求項4】、【請求項5】)。
さらに、甲4号証には、前記分子種がmRNAまたはcDNA鎖のうちの1本に相補的な核酸アナログであり、核酸アナログとしては、PNA、LNAまたはGripNAであることが記載されている(【請求項19】、【請求項20】)。
5 甲5号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲5号証には、検査試料において、対象核酸中の検出標的部位における、挿入、欠失、転座等の塩基配列の相違を有する標的核酸を検出するための方法であって、該標的核酸は検出非標的核酸に対する塩基配列の相違を少なくとも1つ有する検出標的核酸であり、検出非標的核酸における該検出標的部位の塩基配列に相補的な塩基配列を有するクランプ核酸を用いる核酸増幅法によって、検査試料中の検出標的核酸における該検出標的部位の少なくとも一部を含む領域を選択的に増幅させる工程、および増幅された核酸を検出する工程、を含む方法が記載されている([請求項1]、[請求項9])。
また、甲第5号証に記載の技術は、塩基配列の相違を有する核酸が検出する対象である技術であって、核酸はDNAまたはRNAであり、好ましい対象の遺伝子として、ABL/BCR融合遺伝子が例示されている(段落[0036])。
さらに、甲第5号証には、核酸増幅法としてRT-PCR法を含む様々なPCR法が例示され、プライマー、逆転写酵素を用いることも記載されている(段落[0095]、[0116]、[0117])。
6 甲6号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲6号証には、ポリメラーゼ連鎖反応による核酸増幅工程の間に望ましくない核酸配列の増幅をブロックするための方法において、試料にPNA等のブロッキング分子を加えることで望ましくない核酸配列をブロックし、ブロックされていない核酸配列を非特異的に増幅する方法、が記載されている(請求項1~3)。
7 甲7号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲7号証には、標的核酸をリアルタイムで検出するための一つ以上の検出プローブ(detection probe)及び野生型遺伝子または望まない遺伝子の増幅を抑制するクランピングプローブ(clamping probe)を含むプローブ混合体が記載され(【請求項1】)、前記検出プローブまたはクランピングプローブは核酸類似体であって、オリゴヌクレオチド(oligonucleotide)、PNA(peptide nucleic acids)及びLNA(Locked nucleic acid)であることが記載されている(【請求項2】)。また、甲7号証には、標的核酸としてmRNA等が例示されている(段落【0024】)。
8 甲8号証
(1)甲8号証の記載
甲8号証は、EntroGen社の「BCR-ABL P190 (mbcr)One-Step Detection Kit」に関する説明書であって、「22番染色体上のブレークポイントはBCR遺伝子の第1イントロン(マイナーブレークポイントクラスター領域; mbcrとしても知られる)に生じ、9番染色体上のブレークポイントはABL遺伝子のエクソン1と2の間に生じる(e1a2)。これによりBCRのエクソン1とABLのエクソン2が結合し、構成的に活性なキナーゼドメインを持つ190kDaの融合タンパク質が生成する」こと、「慢性骨髄性白血病(CML)および急性リンパ性白血病(ALL)の患者における微小残存病変(MRD)の評価のため、IM治療前、治療中、治療後にBCR-ABL発現の検出と定量化に定量リアルタイムPCRの使用が推奨されている」こと、「BCR-ABL P190(mbcr)ワンステップ検出キットは、単一のチューブ内での再現性の高いファーストストランドcDNA合成とそれに続くリアルタイムPCRのために構成されている。検証された複数のプライマー、加水分解プローブ、およびホットスタートDNAポリメラーゼの組み合わせにより、BCR-ABL P190(mbcr)ワンステップ検出キットは、特異的が高くかつ超高感度な結果を1つの工程でもたらすこと」、「BCR-ABL P190(mbcr)ワンステップ検出キットは、血液または骨髄から単離されたトータルRNAを用いてe1a2融合遺伝子転写産物を検出及び定量するための試薬を提供する」ことが記載されている(申立人による甲8号証の部分翻訳による)。
(2)甲8発明
前記(1)に示された事項からみて、甲8号証には、次の発明(以下、「甲8発明」という。)が記載されていると認める。
「慢性骨髄性白血病(CML)および急性リンパ性白血病(ALL)の患者における微小残存病変(MRD)の評価のためにBCR-ABL P190(mbcr)をワンステップで検出する方法であって、血液または骨髄から単離されたトータルRNAを用いて、複数のプライマー、加水分解プローブ、およびホットスタートDNAポリメラーゼの組み合わせにより、ファーストストランドcDNA合成とそれに続くリアルタイムPCRを行う方法。」
第5 当審の判断
1 申立理由1(甲1号証を主引例とした進歩性の欠如)について
(1)本件発明
ア 対比
本件発明と甲1発明を対比する。
甲1発明の「BCR-ABL m-bcr」は、本件発明の「minor BCR-ABL1遺伝子」に相当する。
甲1発明の「ENF402」及び「ENR561」は、各々BCRエクソン1及びABLエクソン2に位置されるものであって、前者がフォワードプライマー、後者がリバースプライマーであることも考慮すれば、それぞれ本件発明の「BCR遺伝子のエクソン1の一部の塩基配列を有するフォワードプライマー」、「ABL1遺伝子のエクソン2~11の一部に相補的な塩基配列を有するリバースプライマー」に相当する。
また、「minor BCR-ABL1 mRNA由来のPCR産物」には、ABLエクソン2が存在しており、甲1発明の「ENP541」は、ABLエクソン2に位置されるプローブであるから、本件発明の「minor BCR-ABL1 mRNA由来のPCR産物のいずれかの鎖に結合するプローブ」に相当する。
そして、甲1発明は、白血病患者における微小残存病変検出のためのRQ-PCR法に係るものであって、フォワードプライマーENF402及びリバースプライマーENR561を用いたRQ-PCR法により「BCR-ABL m-bcr融合遺伝子転写産物の増幅」をするものであるから、甲1発明において、当該フォワードプライマー及びリバースプライマーと一緒に用いられるプローブ「ENP541」により核酸が検出された場合には、BCR-ABL m-bcr融合遺伝子という白血病患者における微小残存病変が検出されたと判定する、すなわち、BCR-ABL m-bcr融合遺伝子が検出されたと判定するといえる。
以上からみて、本件発明と甲1発明の一致点及び相違点は次のとおりである。
(一致点)
「対象におけるminor BCR-ABL1遺伝子を検出する方法であって、
(1)対象から得られた核酸試料を鋳型とし、BCR遺伝子のエクソン1の一部の塩基配列を有するフォワードプライマー、ABL1遺伝子のエクソン2~11の一部に相補的な塩基配列を有するリバースプライマー、および、minor BCR-ABL1 mRNA由来のPCR産物のいずれかの鎖に結合するプローブを用いて、PCRを行う工程、
ここで、核酸試料は、対象のRNA試料を逆転写することにより得られたcDNAである、および、
(2)PCRにより核酸が増幅された場合に、対象がminor BCR-ABL1遺伝子を有すると判定する工程、
を含む方法。」
(相違点1)
PCRを行う際に、本件発明は「BCR遺伝子のエクソン2~14の一部の塩基配列またはそれに相補的な塩基配列を有する修飾核酸の存在下」で行うのに対し、甲1発明はこのような特定がない点。
(相違点2)
「対象のRNA試料を逆転写することにより得られたcDNA」である核酸試料について、本件発明は、「BCR遺伝子のエクソン2~14の一部に相補的な塩基配列を有する修飾核酸の存在下」で対象のRNA試料を逆転写することにより得られたものであるのに対し、甲1発明はこのような特定がない点。
イ 判断
(ア)相違点1について
a 甲1~3号証に関して
前記第4の1(1)に示すとおり、甲1号証には、BCR-ABL m-bcr融合遺伝子の転写産物をRQ-PCR法によって増幅し、検出したことに加えて、BCR-ABL M-bcr融合遺伝子の転写産物をRQ-PCR法によって増幅し、検出したことも記載されており、甲1号証からは、BCR-ABL m-bcr融合遺伝子の転写産物を増幅する際に、BCR-ABL M-bcr融合遺伝子の転写産物も増幅され、問題が生じることは読み取れない。
前記第4の2に示すとおり、甲2号証は、BCR-ABL転写産物のp190タイプ(当審注:minor BCR-ABL1のこと。)とp210タイプ(当審注:Major BCR-ABL1のこと。)を共に発現する被検患者において、p190タイプの転写産物を増幅するプライマーによって、p210タイプの転写産物も増幅されたことが記載されている。しかしながら、甲2号証には、p210タイプの転写産物の増幅を抑え、p190タイプの転写産物のみを増幅することが課題であることは記載されておらず、p190タイプ及びp210タイプの転写産物は、臭化エチジウム染色されたアガロースゲル上に、それぞれ約500bp、約1800bpのバンドとして視覚化され、識別されているため、このような課題が存在することは示唆されていない。
前記第4の3に示すとおり、甲3号証には、p190BCR-ABL(当審注:minor BCR-ABL1のこと。)をコードする転写産物を増幅するプライマーによって、p210BCR-ABL(当審注:Major BCR-ABL1のこと。)をコードする転写産物も理論的には増幅され、検出され得ることは記載されているものの、実際に増幅されることで、問題が生じたことは記載も示唆もされていない。
以上のとおり、甲1~3号証の記載を検討しても、甲1発明において、BCR-ABL m-bcr融合遺伝子転写産物に対するPCRを行う際に、BCR-ABL M-bcr融合遺伝子転写産物の増幅を避けようとする動機付けがあるとはいえず、したがって、当該PCRを「BCR遺伝子のエクソン2~14の一部の塩基配列またはそれに相補的な塩基配列を有する修飾核酸の存在下」で行う動機付けがあるとはいえない。
b 甲4~7号証に関して
前記第4の4~7に示すとおり、甲4号証に記載の「分子種」、甲5号証に記載の「クランプ核酸」、甲6号証に記載の「ブロッキング分子」、甲7号証に記載の「クランピングプローブ」は、それぞれ、望まないmRNAの逆転写又は望まないDNAの増幅を抑えようとするものであるから、いずれも、本件発明の「修飾核酸」に相当するといえる。
甲4~7号証には、本件発明の「修飾核酸」に相当するものが記載されているものの、前記aのとおり、甲1発明において、BCR-ABL m-bcr融合遺伝子の転写産物を増幅する際に、BCR-ABL M-bcr融合遺伝子の転写産物も増幅されてしまい、BCR-ABL m-bcr融合遺伝子の転写産物のみを増幅したいという課題が存在するとはいえないから、甲1発明に甲4~7号証に記載された修飾核酸を採用する動機はない。
c 相違点1についての小括
前記a、bで検討したとおり、甲1~7号証の記載をみても、甲1発明において、PCRを行う際に、「BCR遺伝子のエクソン2~14の一部の塩基配列またはそれに相補的な塩基配列を有する修飾核酸の存在下」で行うこと(相違点1)を、当業者が容易に想到し得たと判断することはできない。
(イ)相違点2について
前記相違点1と同様に、甲1~7号証の記載をみても、甲1発明において、サンプル中のRNAを逆転写(RT)反応する際に、「BCR遺伝子のエクソン2~14の一部の塩基配列またはそれに相補的な塩基配列を有する修飾核酸の存在下」で行うこと(相違点2)を、当業者が容易に想到し得たと判断することはできない。
(ウ)小括
前記(ア)及び(イ)で検討したとおり、本件発明は、甲1発明及び甲1~7号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(2)申立人の主張
申立人は、「甲1発明における検出方法においてminor BCR-ABL1遺伝子の転写産物のみを正確に測定するためには、用いられるプライマーにより逆転写され、増幅される可能性のある遺伝子、すなわち、Major BCR-ABL1遺伝子(及びμBCR-ABL1遺伝子)の転写産物の逆転写及び増幅を抑制することが自明の課題」であり、「非測定対象配列の逆転写及び/又は増幅を抑制するために、核酸アナログ(本件特許における修飾核酸)を用いることにより、解決を図ることもまたよく知られた事項」であるため、「核酸アナログを用いることで周知の課題解決を図ることに特段の困難性はありません」と主張している。
しかしながら、前記(1)aで検討したとおり、甲1発明において、BCR-ABL m-bcr融合遺伝子の転写産物を逆転写、増幅する際に、BCR-ABL M-bcr融合遺伝子の転写産物も同様に逆転写及び増幅されてしまうことで問題が生じるため、BCR-ABL M-bcr融合遺伝子の転写産物の逆転写及び増幅を抑制したいという課題が存在したとはいえないことから、前記申立人の主張は採用できない。
(3)申立理由1の結論
以上検討したところによると、申立理由1は理由がない。
2 申立理由2(甲8号証を主引例とした進歩性の欠如)について
(1)本件発明
ア 対比
本件発明と甲8発明を対比する。
甲8発明の「BCR-ABL P190(mbcr)」は、本件発明の「minor BCR-ABL1遺伝子」に相当する。
甲8発明は、単離されたトータルRNAを出発物質として、cDNA合成とそれに続くPCRを行うものであるから、甲8発明の「複数のプライマー」は、RNAからcDNAへの逆転写と、PCRにより当該cDNAを増幅するためのものであるといえる。そうすると、甲8発明の「複数のプライマー」には、少なくともフォワードプライマーとリバースプライマーが含まれる。
そして、甲8発明は「BCR-ABL P190(mbcr)をワンステップで検出する方法」であって、「加水分解プローブ」はmbcrの増幅物を検出するために用いていることから、minor BCR-ABL1 mRNA由来のPCR産物のいずれかの鎖に結合するといえ、「加水分解プローブ」により核酸が検出された場合に、BCR-ABL m-bcr融合遺伝子が検出されたと判定するといえる。
以上からみて、本件発明と甲8発明の一致点及び相違点は次のとおりである。
(一致点)
「対象におけるminor BCR-ABL1遺伝子を検出する方法であって、
(1)対象から得られた核酸試料を鋳型とし、フォワードプライマー、リバースプライマー、および、プローブを用いて、PCRを行う工程、
ここで、核酸試料は、対象のRNA試料を逆転写することにより得られたcDNAである、および、
(2)PCRにより核酸が増幅された場合に、対象がminor BCR-ABL1遺伝子を有すると判定する工程、
を含む方法。」
(相違点1)
フォワードプライマー、リバースプライマー及びプローブについて、本件発明のフォワードプライマーは「BCR遺伝子のエクソン1の一部の塩基配列を有する」こと、リバースプライマーは「ABL1遺伝子のエクソン2~11の一部に相補的な塩基配列を有する」こと、プローブは「minor BCR-ABL1 mRNA由来のPCR産物のいずれかの鎖に結合する」ことが特定されているのに対し、甲8発明はそのような点が特定されていない点。
(相違点2)
PCRを行う際に、本件発明は「BCR遺伝子のエクソン2~14の一部の塩基配列またはそれに相補的な塩基配列を有する修飾核酸の存在下」で行うのに対し、甲8発明はそのような点が特定されていない点。
(相違点3)
「対象のRNA試料を逆転写することにより得られたcDNA」である核酸試料について、本件発明は、「BCR遺伝子のエクソン2~14の一部に相補的な塩基配列を有する修飾核酸の存在下」で対象のRNA試料を逆転写することにより得られたものであるのに対し、甲8発明はそのような点が特定されていない点。
イ 判断
(ア)相違点1について
前記第4の8に示すとおり、minor BCR-ABL1遺伝子は、ブレークポイントが、BCR遺伝子の第1イントロン及びABL遺伝子のエクソン1と2の間に生じるものであるから、minor BCR-ABL1遺伝子をPCRにより増幅するためには、「BCR遺伝子のエクソン1の一部の塩基配列」と「ABL1遺伝子のエクソン2~11の一部に相補的な塩基配列」を有するプライマーを用いることが必要である。さらに、minor BC R-ABL1遺伝子の増幅産物をプローブにより検出するためには、プローブが「minor BCR-ABL1 mRNA由来のPCR産物のいずれかの鎖に結合する」必要がある。
そうすると、甲8発明において、フォワードプライマーは「BCR遺伝子のエクソン1の一部の塩基配列を有」し、リバースプライマーは「ABL1遺伝子のエクソン2~11の一部に相補的な塩基配列を有」し、プローブは「minor BCR-ABL1 mRNA由来のPCR産物のいずれかの鎖に結合する」ものといえるから、相違点1は実質的な相違点ではない。
(イ)相違点2について
a 甲8、2及び3号証に関して
前記第4の8に示すとおり、甲8号証には、BCR-ABL P190(mbcr)をワンステップで検出する方法が記載されているが、他のBCR-ABLが検出されてしまい、BCR-ABL P190(mbcr)が正確に検出できないという課題は記載も示唆もされていない。
そして、前記1(1)イ(ア)aで検討したとおり、甲2号証には、p210タイプ(当審注:Major BCR-ABL1のこと。)の転写産物の増幅を抑え、p190タイプ(当審注:minor BCR-ABL1のこと。)の転写産物のみを増幅するとの課題が存在することは示唆されておらず、また、甲3号証にも、P210 BCR-ABL(当審注:Major BCR-ABL1のこと。)の転写産物の増幅を抑え、P190 BCR-ABL(当審注:minor BCR-ABL1のこと。)の転写産物のみを増幅することが課題であることは記載も示唆もされていない。
以上のとおり、甲8、2及び3号証の記載を検討しても、甲8発明において、BCR-ABL m-bcr融合遺伝子転写産物に対するPCRを行う際に、BCR-ABL M-bcr融合遺伝子転写産物の増幅を避けようとする動機付けがあるとはいえず、したがって、当該PCRを「BCR遺伝子のエクソン2~14の一部の塩基配列またはそれに相補的な塩基配列を有する修飾核酸の存在下」で行う動機付けがあるとはいえない。
b 甲4~7号証に関して
前記1(1)イ(ア)bで検討したとおり、甲4~7号証には、本件発明の「修飾核酸」に相当するものが記載されているものの、前記aのとおり、甲8発明において、BCR-ABL P190(mbcr)の転写産物を増幅する際に、他のBCR-ABLの転写産物も増幅されてしまい、BCR-ABL P190(mbcr)の転写産物のみを増幅したいという課題が存在するとはいえないから、甲8発明に甲4~7号証に記載された修飾核酸を採用する動機はない。
c 相違点2についての小括
前記a、bで検討したとおり、甲2~8号証の記載をみても、甲8発明において、PCRを行う際に、「BCR遺伝子のエクソン2~14の一部の塩基配列またはそれに相補的な塩基配列を有する修飾核酸の存在下」で行うこと(相違点2)を、当業者が容易に想到し得たと判断することはできない。
(ウ)相違点3について
前記相違点2と同様に、甲2~8号証の記載をみても、甲8発明において、サンプル中のRNAを逆転写(RT)反応する際に、「BCR遺伝子のエクソン2~14の一部の塩基配列またはそれに相補的な塩基配列を有する修飾核酸の存在下」で行うこと(相違点3)を、当業者が容易に想到し得たと判断することはできない。
(エ)小括
前記(ア)~(ウ)で検討したとおり、本件発明は、甲8発明及び甲2~8号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(2)申立人の主張
申立理由において、申立人は、「甲8発明の方法で用いられることが自明なminor BCR-ABL1測定用のプライマーを用いると、Major BCR-ABLの転写産物も逆転写・増幅することも自明です。一方、こうした課題に対して、非測定対象配列の逆転写及び増幅を抑制するために、核酸アナログ(本件特許における修飾核酸)を用いることにより、解決を図ることもまたよく知られた事項です。そして、そのような状況において、核酸アナログを用いることで周知の課題解決を図ることに特段の困難性はありません」と主張している。
しかしながら、前記(1)aで検討したとおり、甲8発明において、BCR-ABL P190(mbcr)の転写産物を逆転写、増幅する際に、他のBCR-ABLの転写産物も同様に逆転写及び増幅されてしまい、それにより問題が生じるため、PCR及び逆転写において、「BCR遺伝子のエクソン2~14の一部の塩基配列またはそれに相補的な塩基配列を有する修飾核酸」を用いる動機付けが存在したとはいえないことから、前記申立人の主張は採用できない。
(3)申立理由2の結論
以上検討したところによると、申立理由2は理由がない。
3 むすび
以上からみて、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-700413