特許異議申立
2025-700586
血漿による胎児または腫瘍のメチロームの非侵襲的決定
- 審判番号
- 2025-700586
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2023-167714
- 登録番号
- 7594817
- 請求日
- 2025年06月04日
- 審決日
- 2025年09月18日
- 公報発行日
- 2025年10月31日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】ザ チャイニーズ ユニバーシティ オブ ホンコン
- 【権利者代理人】青木 篤
- 【権利者代理人】三橋 真二
- 【権利者代理人】鶴田 準一
- 【権利者代理人】渡辺 陽一
- 【権利者代理人】中村 和広
- 【権利者代理人】南山 知広
- 【異議申立人】KEY 弁理士法人
- 審判長/審判官
- 審判長 中村 浩
- 審判官 植原 克典
- 審判官 北田 祐介
- 分類
- P1651.121-Y (C12Q)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7594817号発明「血漿による胎児または腫瘍のメチロームの非侵襲的決定」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7594817号の請求項1~19に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7594817号の請求項1~19に係る特許についての出願は、平成25年 9月20日(パリ条約による優先権主張 2012年 9月20日、2013年 3月15日、2013年 6月 3日 いずれも(US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする特願2015-532250号の一部を、新たな特許出願とした特願2018-061744号の一部を、新たな特許出願とした特願2020-055387号の一部を、新たな特許出願とした特願2021-188060号の一部を、令和 5年 9月28日にさらに新たな特許出願としたものであって、令和 6年11月27日に特許の設定登録がされ、同年12月 5日に特許掲載公報が発行された。その特許に対し、令和 7年 6月 4日に特許異議申立人 KEY弁理士法人(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、同年 7月 2日に特許異議申立書の手続補正書(方式)が提出されたものである。
第2 本件発明
本件特許の請求項1~19に係る発明(以下、項番に従い「本件発明1」などという。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1~19に記載された事項によって特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
ヒト生物の血漿試料を分析する方法であって、前記血漿試料は無細胞DNAを含み、前記方法は、以下:
前記血漿サンプルから複数の無細胞DNA分子を分析する工程、ここで、前記無細胞DNA分子を分析することは、
配列リードを介して無細胞DNA分子をヒトゲノムの一部にマッピングすることにより、ヒト生物のゲノムにおける無細胞DNA分子の位置を決定すること、
無細胞DNA分子が、複数のCpG島に組織化された複数のCpG部位のうちの1つ以上のCpG部位でメチル化されているかどうかを判定すること、ここで、各CpG島は1つ以上のCpG部位を含む、
を含み、
メチル化されている複数のCpG島の各々における、それぞれの無細胞DNA分子の数をコンピューター装置によって決定する工程、
複数のCpG島でメチル化されている無細胞DNA分子のそれぞれの数に基づいて、メチル化レベルをコンピューター装置によって計算する工程、
メチル化レベルをカットオフ値とコンピューター装置によって比較する工程、ならびに
前記比較に基づいて癌のレベルの分類をコンピューター装置によって決定する工程、
を含む、方法。
【請求項2】
前記カットオフ値は、がんが存在するかどうかを示し、前記分類は、がんが存在するかどうかである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記無細胞DNA分子が前記1つ以上のCpG部位においてメチル化されているか否かを決定することが、メチル化認識配列決定を実施することからなる、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
メチル化認識配列決定を行うことが、メチル化認識大規模並列配列決定を行うことを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
メチル化認識配列決定を実施することにより、3900万~14200万リードが生成される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
メチル化認識配列決定を行うことは、以下:
無細胞DNA分子を亜硫酸水素ナトリウムで処理する工程;および
処理された無細胞DNA分子の塩基配列を決定する工程、
を含む、請求項2に記載の方法。
【請求項7】
無細胞DNA分子を重亜硫酸ナトリウムで処理することが、5-ヒドロキシメチルシトシンを検出するためのTet補助亜硫酸水素塩配列決定または酸化的亜硫酸水素塩配列決定の一部である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
メチル化認識配列決定を行うことが、少なくとも60,000個の無細胞DNA分子の配列決定を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記分類がヒト生物に癌が存在することを示し、前記方法は、メチル化レベルを他のヒト生物から決定された対応する値と比較することにより、ヒト生物に関連する癌のタイプを同定することをさらに含み、前記他のヒト生物の少なくとも2人が異なるタイプの癌を有すると同定される、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記カットオフ値が、健康な生物から得られた生物学的サンプルから確立された基準メチル化レベルからの特定の距離である、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記特定の距離は、参照メチル化レベルからの特定の標準偏差の数である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記カットオフ値が、血漿試料が検査される前に得られたヒト生体の以前の生物学的試料から決定された参照メチル化レベルから確立される、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
メチル化レベルをカットオフ値と比較することが、
メチル化レベルと参照メチル化レベルとの差を決定する工程;および
前記差をカットオフ値に対応する閾値と比較する工程、
を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
前記複数のCpG部位が複数の染色体上に存在する、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
前記複数のCpG島が、参照群と比較して高度メチル化CpG島であると判定される、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
前記メチル化レベルが、メチル化プロファイルについて計算される、請求項1に記載の方法。
【請求項17】
前記複数の無細胞DNA分子を分析することが、少なくとも1000万個の配列リードを分析することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項18】
請求項1~17のいずれか1項に記載の方法を実行するようにプロセッサを制御するための複数の命令を保存するコンピューター可読媒体であって、前記命令はで定義された工程を含む、コンピューター可読媒体。
【請求項19】
少なくともプロセッサ及びメモリを含む、請求項1~17のいずれか1項に記載の方法を実行するための手段を含む、コンピューター装置。」
第3 特許異議申立の理由の概要
申立人が、本件発明1~19に係る特許に対して申し立てた特許異議申立理由(以下、「申立理由」という。)の概要及び証拠方法は、次のとおりである。
1 申立理由(甲第1号証を主引例とする進歩性欠如)
本件発明1~19は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証~甲第6号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件発明1~19に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
2 証拠方法
甲第1号証:国際公開第2012/031329号
甲第2号証:Nature Biotechnology, 2010年9月19日, 第28巻, 第10号, p.1106-1114, オンラインメソッド
甲第3号証:International Journal of Oncology, 2012年5月8日, 第41巻, p.629-638
甲第4号証:Clinical Chemistry, 2004年1月1日, 第50巻, 第1号, p.88-92
甲第5号証:EPMA Journal, 2010年6月9日, 第1巻, p.503-512
甲第6号証:Bioinformatics, 2012年4月6日, 第28巻, 第11号, p.1487-1494
(以下、「甲第1号証」~「甲第6号証」を、それぞれ「甲1」~「甲6」という。)
第4 甲1、2の記載
甲1、2には、以下の事項が記載されている。甲1、2は英文で記載されているため、当審による訳文で示す。下線は当審による。
1 甲1:国際公開第2012/031329号
甲1ア
「請求の範囲
1.癌性疾患またはその素因を示す被験者の細胞のゲノムにおけるエピジェネティックプロファイルを同定する方法であって、前記方法は、(i)細胞運命決定、(ii)転写因子活性、(iii)DNA結合、(iv)細胞内局在、および(v)転写調節因子活性に関連する1つ以上の遺伝子座から選択される1つ以上の遺伝子座内若しくはその近傍、又は、1つ以上のこれらの遺伝子座中の1~16個の領域におけるエピジェネティックプロファイルの、対照に対する変化をスクリーニングすることを含み、1つ以上の遺伝子座内若しくはその近傍、又は、領域内におけるエピジェネティックプロファイルの変化は、癌性疾患の存在又はその発症傾向を示す、方法。
・・・
4.請求項1に記載の方法であって、エピジェネティックプロファイルはメチル化の程度またはメチル化部位の分布である、方法。
5.請求項1に記載の方法であって、選択された遺伝子座または遺伝子座内の領域の数は、どの対象が癌に罹患しているか、あるいは罹患していないかを決定するために必要な信頼度のパーセンテージレベルによって決定される、方法。
6.請求項5に記載の方法であって、100%の信頼水準が必要とされる場合、エピジェネティックプロファイルは16の異なる遺伝子座で、または1又はそれ以上の遺伝子座内の16の領域で決定される、方法。
・・・」(請求の範囲)
甲1イ
「[0023]エピジェネティックプロファイルは、被験者の細胞または細胞サブポピュレーションのゲノムにおいて決定される。検査対象となる細胞は、血液細胞、脳脊髄液(CSF)細胞、骨髄細胞、口腔細胞、直腸スワブまたは糞便由来の細胞など、多岐にわたる。出生前組織および胎児由来の細胞も検査可能である。さらに、全血、血清、又は血漿中に循環する無細胞DNAまたはRNAも検査可能である。循環DNAまたはRNAは、尿、膿、呼吸液、リンパ液、糞便、胆汁、唾液、痰、精液、膣分泌物、脳脊髄液、脳液、腹水、乳汁、泌尿生殖器からの分泌物、組織又は臓器(例:肺)の洗浄液など、他の体液でも検査可能である。」([0023])
甲1ウ
「[0027]本開示はまた、表2に列挙された1つ以上の遺伝子座におけるエピジェネティックプロファイルを用いて、癌性疾患のエピジェネティックプロファイルを同定するためのアッセイを構築することを教示する。エピジェネティックプロファイルには、DNAまたはRNA中のシトシン塩基を含む任意の塩基のメチル化程度などのエピジェネティック変化の程度の決定が含まれる。シトシンには、CpGおよびCpNpGアイランドおよびショア、ならびに非CpGおよびCpNpGアイランドおよびショアに含まれるシトシンが含まれる。「遺伝子座」または「遺伝子座」には、コード領域および非コード領域(例えば、プロモーター領域、5’非コード領域、エクソン、イントロン、および3’非コード領域)が含まれる。遺伝子座に含まれる領域には、そのコード配列、プロモーター、および上流または下流の調節エレメントが含まれ、典型的には転写開始部位または転写終結シグナルから約1000kb以内にある。したがって、この1000kbの領域は、遺伝子座の近位領域とみなされる。」([0027])
甲1エ
「[0085]エピジェネティックプロファイルがメチル化に関連する限りにおいて、メチル化は、アイランド、ショア、又は核酸の他の領域を問わず、シトシンを含む遺伝子座のDNAまたはRNA内またはその近傍のいずれの部位でも起こり得る。本明細書において使用される用語「シトシン」または「C」、「CpGアイランド」、「CpNpGアイランド」、「アイランド・ショア」および「ショア」はすべて、表2または表3、より具体的には表2または表3に列挙された遺伝子座から上流または下流に約1000kbまでの距離にある遺伝子座内または領域内、ならびに遺伝子座内および上流および下流のエンハンサーエレメント内を含む。複数の遺伝子座をスクリーニングしてもよいし、1つ以上の遺伝子座内の複数の領域をスクリーニングしてもよい。」([0085])
甲1オ
「[0090]任意のメチル化アッセイ、例えば、亜硫酸水素塩シーケンシング(例えば、WO 2005/038051を参照)、メチル化特異的融解曲線分析(MS-MCA)、高解像度融解(MS-HRM)[Dahl et al, Clin Chem 53(4):790-793, 2007; Wojdacz et al, Nucleic Acids Res. 35(6)e41, 2007]、MALDI-TOF MS(Tost et al, Nucleic Acids Res 31(9):e50, 2003)、メチル化特異的MLPA(Nygren et al, Nucleic Acids Res. 33(14):e128, 2005)、メチル化DNA沈殿/濃縮およびメチル化感受性制限酵素(COMPARE-MS)[Yegnasubramanian et al, Nucleic Acids Res. 34(3)e19, 2006]又はメチル化感受性オリゴヌクレオチドマイクロアレイ(Gitan et al, Genome Res. 12(1): 158-164, 2002)、Infinium(Bibikova et al, Genome Research 16:383-393, 2006)およびMethylLight(Trinh et al, 2001 上記; Shivapunkar et al, 2005 上記; WO 00/70090; US Patent No. 6,331,393)、メチル化DNAを標的とした抗体およびタンパク質結合ドメインを介した方法、並びに単一分子リアルタイムシーケンシング(Pac Biosciences; Flushberg et al, Nat Methods 7(6):461-465, 2010)を使用することができる。マルチプレックスメチル化に基づくPCRアッセイおよびマルチプレックスキットも使用が想定されている。Laird 2010(上記)およびHansen et al 2011(上記)も参照のこと。亜硫酸水素塩処理前のDNA増幅に用いられるプライマーは、亜硫酸水素塩処理されたDNAを増幅する場合、改変が必要となる場合がある。」([0090])
甲1カ
「[0103]したがって、本開示は、真核細胞または細胞群のゲノム中の表2または表3に列挙された1つ以上の遺伝子座内の部位のメチル化プロファイルであって、メチル化の程度またはレベルを含むメチル化プロファイルを教示するものであり、その方法は、細胞または細胞群からゲノムDNAまたはRNAのサンプルを採取すること、制限酵素消化されたDNAもしくはRNA、または亜硫酸水素塩処理されたDNAもしくはRNAを、表2または表3に列挙された1つ以上の遺伝子座内の1つ以上の領域を増幅するように選択されたプライマー、または亜硫酸水素塩処理されたDNAまたはRNAを増幅することができる改変プライマーを用いて増幅反応に供すること、そして、増幅されたDNAまたはRNAをメチル化検出手段に供して、対照に対するメチル化の程度を決定することを含み、対照に対するメチル化の変化は、癌性の病理学的状態を示す。対照は、正常な被験者または既知の疾患状態を有する被験者であり得る。」([0103])
甲1キ
「[0126]本開示はさらに、メチル化の程度の変化状態(もしあれば)を、経時的または治療および/または行動修正に応じてモニタリングするコンピュータープログラムおよびハードウェアを教示する。これにはMRDのモニタリングが含まれる。このようなコンピュータープログラムは、疾患の進行、介入への反応をモニタリングする上で重要な有用性を有し、治療法または処置の修正を導く可能性がある。このコンピュータープログラムは、メチル化の増加と病気の進行との関連性を理解するのにも役立つ。
[0127]したがって、本開示によれば、選択された遺伝子座またはその近傍のメチル化レベルに指標値が割り当てられ、機械可読記憶媒体に保存され、この記憶媒体はデータを処理して、対象の疾患の進行の程度またはメチル化の変化を提供することができる。
[0128]したがって、別の態様において、本開示は、対象における癌に関連する病理学的状態の進行を評価するためのコンピュータープログラム製品を教示し、この製品は以下を含む:
(1)表2または3に記載されている1つ以上の遺伝子座の1つ以上の領域におけるメチル化またはその他のエピジェネティック変化の程度に値を割り当てること;
(2)その値をコードに変換する手段;
(3)当該コードをコンピュータ読み取り可能な媒体に保存することを意味する。
[0129]関連する態様において、本開示は、表2または3に列挙された1つ以上の遺伝子座内の1つ以上の領域におけるメチル化またはその他のエピジェネティック変化の程度と癌状態の進行との間の関連性を評価するためのコンピューターを提供し、このコンピューターは以下を含む:
(1)表2または3に列挙された1つ以上の遺伝子座の1つ以上の領域におけるメチル化またはその他のエピジェネティック変化の程度と関連付けられた値を含む機械可読データが符号化されたデータ記憶材料を含む機械可読データ記憶媒体;
(2)前記値をコードに変換する手段;
(3)当該コードをコンピュータ読み取り可能な媒体に保存する手段。
[0130]関連する態様において、本開示は、表2または3に記載される1つ以上の遺伝子座内、または表2または3に記載される1つ以上の遺伝子座内の1~16の領域内におけるメチル化またはその他のエピジェネティック変化の程度と癌疾患状態の進行との間の関連性を評価するためのコンピュータにまで及び、このコンピュータは、機械可読データ内に符号化されたデータ記憶材料を含む機械可読データ記憶媒体を備え、機械可読データは、表2または3に記載される1つ以上の遺伝子座の1つ以上の領域内におけるメチル化またはその他のエピジェネティック変化の程度という特徴と関連付けられた値を含む。
[0131]本開示はまた、以下のものを備えるコンピューターを教示する:
(1)機械可読データを処理するための命令コードを格納する作業メモリ;
(2)機械可読データを処理してメチル化またはその他のエピジェネティックパターンの変化または疾患の進行に関する指導的または情報的なデータを提供するための作業メモリおよび機械可読データ記憶媒体に結合された中央処理装置;
(3)中央処理装置に接続され、データを受信するための出力ハードウェア。
[0132]本発明のコンピューターシステムは、MALDI-TOF装置などの検出システムにリンクすることもできる。」([0126]~[0132])
甲1ク
「[0173]図7は、B細胞性ALL症例85例から生成されたSEQUENOM EpiTYPER DNAメチル化結果のヒートマッププロットであり、対応する白血病期および寛解期骨髄サンプル、対照群(ドナー)、および癌細胞株(REH)が対象となっている。Infinium解析によって選択された16個のプローブを含む合計103個のCpG部位のDNAメチル化データが示されている(x軸)。ALLのサブタイプに関わらず、白血病期骨髄サンプル85例中77例(91%)でDNAの高メチル化が観察され、白血病に関連するDNAメチル化シグネチャーの存在が確認された。」([0173])
2 甲2:Nature Biotechnology, 2010年9月19日, 第28巻, 第10号, p.1106-1114, オンラインメソッド
甲2ア
「DNAメチル化は、真核生物の遺伝子発現の制御において重要な役割を果たしている。DNAメチル化は有糸分裂後にも引き継がれ、経時的に安定しているが、細胞分化、疾患、環境の影響に応じてパターンが頻繁に変化する。ゲノム規模でDNAメチル化をマッピングする方法がいくつか開発されている。本稿では、遺伝的に無関係な胚由来の2つのヒト胚性幹細胞株と、同一ドナーから採取した結腸腫瘍と隣接する正常結腸組織の対応ペアを解析することにより、これらのアプローチのうち4つをベンチマークした。解析の結果、メチル化DNA免疫沈降シーケンス法(MeDIP-seq)、メチル化DNA捕捉法(MmethylCap-seq)、縮小表現型亜硫酸水素塩シーケンス法(RRBS)、およびInfinium Human Methylation27アッセイは、いずれも正確なDNAメチル化データを生成することが明らかになった。しかし、これらの方法は、サンプルペア間で差次的にメチル化されている領域を検出する能力が異なっている。私たちは4つの方法の長所と短所を強調し、エピゲノム症例対照研究の設計に関する実用的な推奨事項を示す。」(1106ページ左欄1~19行)
甲2イ
「縮小表現型亜硫酸水素塩シーケンシング(RRBS)
RRBS22は、臨床検体および少量のインプットDNA22用に最適化された、以前に発表されたプロトコル57に従って実施された。主な手順は以下の通りである。(i)合計50ng(ES細胞)または1μg(結腸検体)のゲノムDNAを5U~20UのMspI(New England Biolabs、NEB)で最大16時間消化した。(ii)消化DNAの末端修復およびアデニル化は、10Uのクレノウ断片(3’→5’エキソ、NEB)、2μlのプレミックスヌクレオチド三リン酸(1mM dGTP、10mM dATP、1mM 5’メチル化dCTP)からなる20μlの反応液中で実施した。反応物は30℃で30分間インキュベートし、続いて37℃でさらに30分間インキュベートした。(iii)プレアニールした5-メチルシトシン含有Illuminaアダプターを、1μlの濃縮T4リガーゼ(NEB)、1~2μlの 15μMアダプターを含む20μlの反応液で、16℃で16~20時間、アデニル化DNA断片とライゲーションした。(iv)挿入サイズが40~120bpおよび120~220塩基対の断片のゲルベース選択は、以前に説明したように実行した22。(v)ホルマリン固定およびパラフィン包埋組織から単離されたDNA用に指定されたプロトコルに従って、EpiTect Bisulfite Kit(Qiagen)による亜硫酸水素塩処理を実施した。亜硫酸水素塩変換率を最大化するために、2ラウンドの変換を実施した。最終的に亜硫酸水素塩処理されたDNAは、予熱(65℃)したEBバッファー20μl×2で溶出した。(vi)最終的なライブラリ富化に必要なPCRサイクル数を決定するため、亜硫酸水素塩処理済みDNA 0.5μl、Illumina PCRプライマーLPX1.1および2.1をそれぞれ0.2μM、PfuTurbo Cx Hotstart DNAポリメラーゼ(Stratagene社)0.5Uを含む分析用PCR反応液(10μl)を調製した。サーモサイクラーの条件は、95℃で5分、サイクル数(10~20)は95℃で20秒、65℃で30秒、72℃で30秒、その後72℃で7分とした。 PCR産物は4~20%ポリアクリルアミドCriterion TBEゲル(Bio-Rad社製)で泳動し、SYBR Greenで染色して可視化した。最終ライブラリは、25μlのPCR反応液8回分で作製した。各反応液には、亜硫酸水素塩処理したテンプレート2~3μl、PfuTurbo Cx Hotstartポリメラーゼ1.25U、Illumina LPX1.1および2.1 PCRプライマー各0.2μMが含まれていた。ライブラリはPCR増幅され、既報22の通りIllumina Genome Analyzer IIでシーケンスされた。シーケンスリードは、RRBSデータ用に開発されたカスタムアライメントソフトウェア11を用いて、ヒトゲノムのNCBI36(hg18)アセンブリにアライメントされた。」(オンラインメソッド1ページ左欄から右欄にかけての段落)
第5 当審の判断
本件発明1~19に係る特許は、以下のとおり、申立人による申立理由(甲1を主引用例とした進歩性の欠如)によっては取り消すことができない、と判断する。
1 甲1に記載された発明
甲1には上記のとおり、「癌性疾患またはその素因を示す被験者の細胞のゲノムにおけるエピジェネティックプロファイルを同定する方法であって、前記方法は、(i)細胞運命決定、(ii)転写因子活性、(iii)DNA結合、(iv)細胞内局在、および(v)転写調節因子活性に関連する1つ以上の遺伝子座から選択される1つ以上の遺伝子座内若しくはその近傍、又は、1つ以上のこれらの遺伝子座中の1~16個の領域におけるエピジェネティックプロファイルの、対照に対する変化をスクリーニングすることを含み、1つ以上の遺伝子座内若しくはその近傍、又は、領域内におけるエピジェネティックプロファイルの変化は、癌性疾患の存在又はその発症傾向を示す、方法。」が記載されている(甲1ア)。ここで、エピジェネティックプロファイルの、対照に対する変化をスクリーニングするにあたって、その前段階としてエピジェネティックプロファイルが決定されることは明らかである。
甲1には、エピジェネティックプロファイルが試料中のゲノムDNAのメチル化の程度又はメチル化部位の分布であること(甲1ア、ウ、エ、カ、ク)、ヒト試料を用いて複数の遺伝子座又はその近傍についてゲノムDNAのメチル化の程度を分析し、対照に対する変化をスクリーニングすること(甲1ア、エ、カ、ク)も記載されている。
また、生物試料を分析して得られた試験結果データについてコンピューターを用いて解析を行うことは本願優先日時点の技術常識であるし、甲1にも、コンピューターを用いて処理することや、コンピューターシステムを検出システムにリンクすることについての記載があるから(甲1キ)、甲1には、上記方法を実施するにあたって、得られたデータをコンピューターを使用して処理することが記載されているに等しいといえる。
そうすると、甲1には、以下の発明が記載されていると認められる。
「ヒト試料を用いて癌性疾患またはその素因を示すヒト被験者の細胞のゲノムDNAにおけるエピジェネティックプロファイルを同定する方法であって、前記試料はゲノムDNAを含み、ゲノムDNAにおけるエピジェネティックプロファイルは、メチル化の程度又はメチル化部位の分布であり、前記方法は、(i)細胞運命決定、(ii)転写因子活性、(iii)DNA結合、(iv)細胞内局在、および(v)転写調節因子活性に関連する1つ以上の遺伝子座から選択される複数の遺伝子座内又はその近傍におけるエピジェネティックプロファイルを決定し、エピジェネティックプロファイルの対照に対する変化をスクリーニングすることを含み、複数の遺伝子座内又はその近傍におけるエピジェネティックプロファイルの変化は、癌性疾患の存在又はその発症傾向を示し、コンピューターを使用して処理される、方法。」(以下、「甲1発明」という。)
2 本件発明1について
(1)対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「ヒト試料を用いて癌性疾患またはその素因を示すヒト被験者の細胞のゲノムにおけるエピジェネティックプロファイルを同定する」ことは、ヒト試料を分析することにほかならないから、甲1発明の「ヒト試料を用いて癌性疾患またはその素因を示すヒト被験者の細胞のゲノムにおけるエピジェネティックプロファイルを同定する方法」は、本件発明1の「ヒト生物の血漿試料を分析する方法」と、「ヒト生物の試料を分析する方法」である限りにおいて一致する。
甲1発明の「試料はゲノムDNAを含み」は、本件発明1の「血漿試料は無細胞DNAを含み」と、「試料はDNAを含み」という限りにおいて一致する。
甲1発明において試料中の複数のDNA分子が分析対象となることは明らかである。
甲1発明は複数の遺伝子座を分析対象とするものであるから(甲1ア、エ、カ、ク)、甲1発明における、「メチル化の程度又はメチル化部位の分布」である「エピジェネティックプロファイルを決定」する工程は、本件発明1の「無細胞DNA分子が、」「各CpG島は1つ以上のCpG部位を含む」「複数のCpG島に組織化された複数のCpG部位のうちの1つ以上のCpG部位でメチル化されているかどうかを判定する」工程と、「DNA分子が、複数の部位でメチル化されているかどうかを判定する」工程である限りにおいて一致する。
甲1発明の「メチル化の程度又はメチル化部位の分布」である「エピジェネティックプロファイル」は、本件発明1の「メチル化レベル」に相当する。また、甲1発明において、エピジェネティックプロファイルを決定する際に、エピジェネティックプロファイルをコンピューターによって計算する工程が含まれることは明らかである。そうすると、甲1発明における、「エピジェネティックプロファイル」の「決定」は、「メチル化レベルをコンピューター装置によって計算する工程」を含むものといえる。
甲1発明において、スクリーニングの対象である「エピジェネティックプロファイルの対照に対する変化」は、「対照に対する変化」であるのだから、エピジェネティックプロファイルを対照と「比較」することによって取得されるものであることが当業者に明らかである。また、当該比較工程が、コンピューターを使用して処理されることも明らかである。そして、本件発明1の「カットオフ値」と、甲1発明の「対照」とは、「比較対象」である限りにおいて一致する。
そうすると、本件発明1と甲1発明は、
「ヒト生物の試料を分析する方法であって、
前記試料はDNAを含み、
前記サンプルから複数のDNA分子を分析する工程、ここで、前記DNA分子を分析することは、
DNA分子が、複数の部位でメチル化されているかどうかを判定すること、を含み、
メチル化レベルをコンピューター装置によって計算する工程、
メチル化レベルを比較対象とコンピューター装置によって比較する工程
を含む、方法。」
である点で一致し、以下の点で相違している。
(相違点1)
本件発明1は、試料が「血漿試料」であり「無細胞DNAを含」む一方、甲1発明は、試料が血漿試料であることが特定されておらず、無細胞DNAを含むことも特定されていない点。
(相違点2)
本件発明1では、「配列リードを介して無細胞DNA分子をヒトゲノムの一部にマッピングすることにより、ヒト生物のゲノムにおける無細胞DNA分子の位置を決定すること」が特定されている一方、甲1発明ではこのような特定がない点。
(相違点3)
本件発明1では、「メチル化されているかどうかを判定する」対象が「各CpG島は1つ以上のCpG部位を含む」「複数のCpG島に組織化された複数のCpG部位のうちの1つ以上のCpG部位」と特定されている一方、甲1発明ではこのような特定がない点。
(相違点4)
本件発明1は「メチル化されている複数のCpG島の各々における、それぞれの無細胞DNA分子の数をコンピューター装置によって決定する工程、複数のCpG島でメチル化されている無細胞DNA分子のそれぞれの数に基づいて、メチル化レベルをコンピューター装置によって計算する工程」を含むが、甲1発明は「メチル化レベルをコンピューター装置によって計算する工程」を含むに留まる点。
(相違点5)
本件発明1はメチル化レベルを「カットオフ値」と比較する工程を含むが、甲1発明は、メチル化レベルを対照と比較している点。
(相違点6)
本件発明1は、メチル化レベルの比較対象との「比較に基づいて癌のレベルの分類をコンピューター装置によって決定する工程」を含むのに対し、甲1発明は、比較によって示される変化自体が、癌性疾患の存在又はその発症傾向を示すものである点。
(2)相違点についての検討
事案に鑑み、上記相違点のうち相違点4から検討する。
甲1には、エピジェネティックプロファイルとして、CpGアイランド(CpG島)のメチル化を分析することは記載されているものの(甲1ウ、エ、カ、ク)、メチル化されている複数のCpG島の各々における、それぞれのDNA分子の数を決定することや、複数のCpG島でメチル化されているDNA分子のそれぞれの数に基づいて、メチル化レベルを計算することは記載も示唆もされておらず、この点が本願優先日前の周知技術であったとも認められない。上記のとおり、甲1には亜硫酸水素塩シーケンシング等の配列解読手段を含む種々のメチル化アッセイを採用することについて示唆があるものの(甲1オ)、亜硫酸水素塩シーケンシング等の配列解読手段では、配列解読前にDNA分子の増幅を行うことが通常であり(必要であれば甲2イも参照。)、さらに配列解読時のバイアス等も存在することから、配列解読の結果得られるリード数は、試料中の対応するDNA分子の数とは必ずしも一致しないということが本願優先日前の技術常識である。また、甲1に記載されたメチル化アッセイ手段の中に、実施することで必然的にメチル化されたDNA分子の数が決定される手段は存在しない。そうすると、甲1に、配列解読手段を含む種々のメチル化アッセイを採用することについて示唆があることをもって、メチル化されている複数のCpG島の各々における、それぞれのDNA分子の数を決定することや、複数のCpG島でメチル化されているDNA分子のそれぞれの数に基づいて、メチル化レベルを計算することについての記載や示唆があるとはいえない。また、甲1ア~クを含む甲1の全体を見ても、上記事項の記載や示唆はされていない。
また、甲2ア、イを含む甲2~甲6にも、メチル化されている複数のCpG島の各々における、それぞれのDNA分子の数を決定することや、複数のCpG島でメチル化されているDNA分子のそれぞれの数に基づいて、メチル化レベルを計算することは記載も示唆もされていない。
そうすると、甲1~6及び本願優先日前の周知技術に基づいて、当業者が相違点4に係る構成を容易に想到し得たとはいえない。
よって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明、並びに、甲1~6に記載された事項及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において、上記相違点4に係る構成の容易想到性について、本件発明1の「DNA分子の数」は、配列リードから得られるものとされており(本件特許明細書[0286])、これは、甲1の「亜硫酸水素塩シーケンシング」を実施して得られるリード数と同じものであると述べているが、上記のとおり、亜硫酸水素塩シーケンシングにおいては通常、配列解読前にDNA分子の増幅が行われ、配列解読時のバイアス等も存在することから、そのリード数は本件発明1の「DNA分子の数」とは一致しない。
よって、申立人の主張は採用できない。
3 本件発明2~19について
本件発明2~19は、本件発明1の発明特定事項を全て含む発明であるから、本件発明1と同様の理由により、甲1に記載された発明、並びに、甲1~6に記載された事項及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
4 小括
以上のとおりであるから、申立理由(甲1を主引用例とした進歩性の欠如)は理由がない。
第6 むすび
以上のとおりであるから、本件発明1~19に係る特許は、特許異議申立の理由によっては、取り消すことはできない。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-700586