特許異議申立
2025-700261
燃料電池用ガス拡散複合材及び固体高分子形燃料電池
- 審判番号
- 2025-700261
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2024-539330
- 登録番号
- 7551202
- 請求日
- 2025年03月03日
- 審決日
- 2026年01月07日
- 公報発行日
- 2026年04月24日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】国立大学法人九州大学
- 【権利者代理人】森 博
- 【異議申立人】弁理士法人 朝日奈特許事務所
- 審判長/審判官
- 審判長 木村 貴俊
- 審判官 ▲吉▼澤 雅博
- 審判官 畑中 博幸
- 分類
- P1651.113-YAA(H01M) / P1651.121-YAA(H01M)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第29条第2項、特許法第126条第5項、特許法第29条第1項、特許法第120条の5、特許法第120条の5第4項、特許法第29条第1項第3号、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7551202号発明「燃料電池用ガス拡散複合材及び固体高分子形燃料電池」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7551202号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-7〕について訂正することを認める。
特許第7551202号の請求項1~3、6及び7に係る特許を維持する。
特許第7551202号の請求項4及び5に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7551202号(以下、「本件特許」という。)の請求項1~7に係る特許についての出願は、令和6年3月15日(優先日 令和5年3月16日)を国際出願日とする出願であって、令和6年9月6日にその特許権の設定登録がされ、同年9月17日に特許掲載公報が発行された。
その特許についての本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和 7年 3月 3日 :特許異議申立人 弁理士法人 朝日奈特許事務所(以下、「申立人」という。)による請求項1~7に係る特許に対する特許異議の申立て
令和 7年 6月23日付け:取消理由通知
令和 7年 8月 8日 :特許権者による意見書及び訂正請求書(以下、この訂正請求書による訂正請求を「本件訂正請求」という。)の提出
令和 7年10月28日 :申立人による意見書(以下、この意見書を「意見書」という。)の提出
第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
本件訂正請求は、「特許第7551202号の特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~7について訂正することを求める。」というものであり、その訂正の内容は、以下のとおりである。(下線部は訂正箇所を示す。)
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に
「以下の構造(A)~(E)のいずれかである燃料電池用ガス拡散複合材。
構造(A):前記微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面を被覆した構造
構造(B):前記微多孔炭素層が前記多孔基材シートの両面を被覆した構造
構造(C):前記微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面を被覆し、かつ、前記微多孔炭素層の一部が前記多孔基材シート内部に浸透した構造であって、当該微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面から反対面まで到達していない構造
構造(D):前記微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面を被覆し、かつ、前記微多孔炭素層の一部が前記多孔基材シート内部に浸透した構造であって、当該微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面から反対面まで到達している構造
構造(E):前記微多孔炭素層に前記多孔基材シートの全部が埋設した構造」
と記載されているのを、
「以下の構造(B),構造(D)または構造(E)のいずれかである燃料電池用ガス拡散複合材。
構造(B):前記微多孔炭素層が前記多孔基材シートの両面を被覆した構造
構造(D):前記微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面を被覆し、かつ、前記微多孔炭素層の一部が前記多孔基材シート内部に浸透した構造であって、当該微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面から反対面まで到達している構造
構造(E):前記微多孔炭素層に前記多孔基材シートの全部が埋設した構造」
に訂正する(請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2,3,6,7も同様に訂正する。)。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項4を削除する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項5を削除する。
なお、訂正請求書の請求の理由に明記はないものの、請求の趣旨から以下の訂正事項4を有することは明らかである。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項7に「請求項1から6のいずれかに記載の燃料電池用ガス拡散複合材である固体高分子形燃料電池。」と記載されているのを「請求項1から3のいずれか、または請求項6に記載の燃料電池用ガス拡散複合材である固体高分子形燃料電池。」に訂正する。
2 一群の請求項について
訂正前の請求項1~7は、請求項2~7が訂正の請求の対象である請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する関係にあり、一群の請求項を構成する。
よって、本件訂正請求は、一群の請求項〔1-7〕について請求されたものである。
3 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1の「燃料電池用ガス拡散複合材」の構造について、「構造(A)」及び「構造(C)」を削除し、択一的記載である「構造(A)~(E)のいずれか」を、「構造(B),構造(D)または構造(E)のいずれか」とするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
訂正事項1は、択一的記載を削除する訂正であるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。
(2)訂正事項2及び3について
ア 訂正の目的
訂正事項2及び3に係る訂正は、訂正前の請求項4及び5を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
訂正事項2及び3は、請求項を削除する訂正であるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。
(3)訂正事項4について
ア 訂正の目的
訂正事項4は、訂正前の請求項7が「請求項1から6のいずれか」一項を引用する記載であったところ、上記訂正事項2及び3による訂正によって請求項4及び5が削除されたことに伴い、削除された請求項4及び5を引用しているという不明瞭な状態を解消するために「請求項1から3のいずれか、または請求項6」のいずれか一項を引用する記載としたものであるといえ、特許法第120条の5第第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。
イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
訂正事項4は上述のとおり、削除された請求項4及び5の引用という不明瞭な状態を正すものであって、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
(4)独立特許要件について
本件特許異議の申立ては、訂正前の全ての請求項である請求項1~7に係る特許に対して申立てられたものであるから、訂正後の請求項1~7に係る発明について、特許法第120条の5第9項で準用する同法126条第7項の独立特許要件は課されない。
4 まとめ
以上のとおり、訂正前の請求項〔1-7〕に対応する訂正後の請求項〔1-7〕は、特許法第120条の5第4項に規定される「一群の請求項」である。
また、本件訂正請求の訂正事項1~4は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」及び第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものであって、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に適合するものである。
したがって、特許請求の範囲の請求項の記載を、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-7〕について訂正することを認める。
第3 訂正後の請求項1~7に係る発明
本件訂正請求により訂正された請求項1~7に係る発明((以下、それぞれ「本件発明1」~「本件発明7」という。また、「本件発明1」~「本件発明7」をまとめて、「本件発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1~7に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
導電性材料からなる多孔基材シートと、粒子状及び/又は繊維状の炭素材料及び撥水性樹脂を含む微多孔炭素層と、を有する燃料電池用ガス拡散複合材であって、
前記多孔基材シートは、導電性材料からなる複数の貫通孔を有するシート状部材であり、
前記多孔基材シートの材質が、カーボン材料であり、
前記多孔基材シートの形態が、メッシュシート、パンチングシート又はエキスパンドシートであり、
前記多孔基材シートの厚みが5μm以上100μm以下であり、
前記燃料電池用ガス拡散複合材の全体厚みが5μm以上100μm以下であり、
以下の構造(B),構造(D)または構造(E)のいずれかである燃料電池用ガス拡散複合材。
構造(B):前記微多孔炭素層が前記多孔基材シートの両面を被覆した構造
構造(D):前記微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面を被覆し、かつ、前記微多孔炭素層の一部が前記多孔基材シート内部に浸透した構造であって、当該微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面から反対面まで到達している構造
構造(E):前記微多孔炭素層に前記多孔基材シートの全部が埋設した構造
【請求項2】
前記多孔基材シートの厚みが5μm以上60μm以下である請求項1に記載のガス拡散複合材。
【請求項3】
前記多孔基材シートが、カーボンメッシュである請求項1に記載のガス拡散複合材。
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
前記微多孔炭素層を構成する粒子状及び/又は繊維状の炭素材料が、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、及びこれらの混合物である請求項1に記載の燃料電池用ガス拡散複合材。
【請求項7】
固体高分子電解質膜と、前記固体高分子電解質膜の一方面に接合されたカソード触媒層と、前記固体高分子電解質膜の他方面に接合されたアノード触媒層と、を有する膜電極接合体と、前記カソード触媒層と前記アノード触媒層のそれぞれに積層された一対のガス拡散層と、前記ガス拡散層を介して前記膜電極接合体を挟持する一対のセパレータと、を備え、前記一対のガス拡散層の少なくとも一方が、請求項1から3のいずれか、または請求項6に記載の燃料電池用ガス拡散複合材である固体高分子形燃料電池。」
第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
令和7年6月23日付け取消理由通知に記載した取消理由の概要は、次のとおりである。
(1)理由1(新規性)
請求項1~7に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の引用文献1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、請求項1~7に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
(2)理由2(進歩性)
請求項1~7に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1~7に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
記
引用文献1:特開2022-121912号公報
引用文献2:国際公開第2019/087246号
2 引用文献の記載事項
(1)引用文献1及び引用発明
ア 引用文献1には、図面とともに以下の事項が記載されている。(下線は当審において付与した。以下同じ。)
「【請求項1】
経糸および緯糸から形成されている炭素繊維製織物と、導電性粒子としてカーボンナノチューブおよびカーボンブラックを含有するマイクロポーラス層と、を有して、前記炭素繊維製織物および前記マイクロポーラス層が積層されている燃料電池用ガス拡散層であって、前記マイクロポーラス層の表面から視認できる前記カーボンナノチューブの割合が全表面積に対して7.0%~13.5%の範囲であることを特徴とする燃料電池用ガス拡散層。」
「【技術分野】
【0001】
本発明は、車両,船舶,航空機等で使用される燃料電池用途の炭素繊維製ガス拡散層(GDL)に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題の関心の高さから新たなエネルギー源として、家庭用や車両用として燃料電池が注目されており、その構成は、高分子膜の両面に電極が接合された膜・触媒接合体と燃料ガス、酸化剤ガスを電極反応域に導くガス拡散層とガス導入・排出溝を持つセパレータやシール材等からなる単位ユニットが繰り返し積層されている。
【0003】
中でも、ガス拡散層は一般的に1mm以下の炭素繊維製の薄いシート状に形成された部材(カーボンペーパ等)で、外部からの水素を含む燃料ガス或いは酸素を含む酸化剤ガスの2つの反応ガスを電極触媒層に円滑に供給できる機能を有する。ガス拡散層の表面には、マイクロポーラス層(多孔質平滑層:MPL層)が形成されており、膜・触媒接合体と直接接触することにより内部で発生する水蒸気を外部へ排出する役目を担っている。」
「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、ガス拡散層の基材が炭素繊維製織物である場合、カーボンペーパに比べて起伏の大きい表面が形成されている。そのため、炭素繊維製織物である基材上にマイクロポーラス層を形成させると、起伏の激しい表面の凹部に嵌まり込み、マイクロポーラス層の一部が陥没するという問題があった。
・・・略・・・
【0010】
そこで、本発明においては炭素繊維製織物を基材とする場合に、マイクロポーラス層の厚みを薄くしても発電特性が維持できる燃料電池用ガス拡散層を提供することを課題とする。」
「【0014】
本発明の実施の形態の一例について図面を用いて説明する。本発明の一実施形態である燃料電池用ガス拡散層の顕微鏡(倍率:5000倍)による断面写真を図1に示す。本発明の燃料電池用ガス拡散層は、図1の断面写真に示すようにマイクロポーラス層(図1の上層部分)および炭素繊維製織物(図1の下層部分)の計二層から形成されている。該マイクロポーラス層は所定の厚みを有する層状の物質であり、炭素繊維製織物は経糸と緯糸から構成されている。
【0015】
なお、マイクロポーラス層の厚みは10~40μm、好ましくは13~30μmとする。
また、炭素繊維製織物とマイクロポーラス層の合計の目付としては30~70g/m2、好ましくは30~57g/m2とする。
【0016】
次に、本発明の燃料電池用ガス拡散層を形成するマイクロポーラス層について説明する。該マイクロポーラス層には導電性粒子としてカーボンナノチューブ(重量比率:40%)およびカーボンブラック(重量比率:60%)含有されている燃料電池用ガス拡散層の拡大写真を図2に示す。なお、図2はマイクロポーラス層の表面側から撮影した写真である。
【0017】
マイクロポーラス層にカーボンナノチューブ40%、カーボンブラック60%(表面積中の13.5%)をそれぞれ含有した燃料電池用ガス拡散層は、図2に示すようにマイクロポーラス層のみが一面に形成されており、マイクロポーラス層の下層部にある炭素繊維製織物は写っていない。また、図2の拡大写真中央部において任意の2点間における高低差を測定した結果、その高低差は約4μm(最高点:1563.80μm、最低点:1559.36μm)であり、ほぼ平滑な状態と言える。
【0018】
前述した課題を解決するために、本発明の燃料電池用ガス拡散層を経糸および緯糸から形成される炭素繊維製織物および導電性物質としてカーボンナノチューブおよびカーボンブラックを含有するマイクロポーラス層を積層する。
【0019】
カーボンナノチューブやカーボンブラック等の導電性物質を含有するマイクロポーラス層の形成方法について説明する。まず、カーボンナノチューブなど導電性物質、少量の分散剤や増粘剤、水溶性のフッ素系ポリマー(PTFE、FEP,PFA等)からなるインク(マイクロポーラス層用インク)を調合する。このマイクロポーラス層用インクを転写法やスクリーン印刷法で炭素繊維製織物に積層した後、焼成することで結着させる。」
「【0023】
(実施例1)
燃料電池用ガス拡散層の一部を形成するマイクロポーラス層中の導電性物質の含有量を変化させて、発電面積が1cm2である1Dセル(試験体)を製作して、その過加湿特性等を測定したので、その試験結果について説明する。1Dセル(試験体)の製作については、基材となる炭素繊維製織物(目付:25g/m2)上にフッ素素樹脂中に導電性物質を所定量含有したマイクロポーラス層を形成することで製作した。
【0024】
マイクロポーラス層中の導電性物質はカーボンナノチューブ(直径:150nm、長さ:6μm、アスペクト比:40)およびカーボンブラック(平均粒子径:0.5μm)を所定の比率で配合し、本実施例においては全導電物質(カーボンナノチューブおよびカーボンブラックの総和)中におけるカーボンナノチューブの割合(重量比率:%)として算出した値を表1に示す。ここで、使用したマイクロポーラス層の目付けは各水準ともに15g/m2、厚みは30μm、最大表面粗さは12μmとした。」
「【図1】
[図:0001434147000001.jpg]
」
イ 上記記載事項について検討する。
(ア)【請求項1】及び【0016】の記載から、引用文献1には「経糸および緯糸から形成されている炭素繊維製織物と、導電性粒子としてカーボンナノチューブおよびカーボンブラックを含有するマイクロポーラス層と、を有して、前記炭素繊維製織物および前記マイクロポーラス層が積層されている燃料電池用ガス拡散層」が記載されている。
(イ)【0019】の記載から、引用文献1の「マイクロポーラス層」は「カーボンナノチューブなど導電性物質、少量の分散剤や増粘剤、水溶性のフッ素系ポリマー(PTFE、FEP,PFA等)からなる」「マイクロポーラス層用インクを転写法やスクリーン印刷法で炭素繊維製織物に積層した後、焼成することで結着させることにより形成され」ることが記載されている。
(ウ)【0014】、【0018】及び図1の断面写真から、引用文献1の「燃料電池用ガス拡散層」は、経糸および緯糸から形成されている炭素繊維製織物の上にマイクロポーラス層が積層されて、マイクロポーラス層および炭素繊維製織物の計二層から形成されており、【0017】の記載から、マイクロポーラス層のみが一面に形成されている点が記載されている。
(エ)上記記載を総合勘案すると、引用文献1には「燃料電池用ガス拡散層」について、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。
「経糸および緯糸から形成されている炭素繊維製織物と、導電性粒子としてカーボンナノチューブおよびカーボンブラックを含有するマイクロポーラス層と、を有して、前記炭素繊維製織物および前記マイクロポーラス層が積層されている燃料電池用ガス拡散層であって、
マイクロポーラス層はカーボンナノチューブなど導電性物質、少量の分散剤や増粘剤、水溶性のフッ素系ポリマー(PTFE、FEP,PFA等)からなるマイクロポーラス層用インクを転写法やスクリーン印刷法で炭素繊維製織物に積層した後、焼成することで結着させることにより形成され、
マイクロポーラス層および炭素繊維製織物の計二層から形成され、マイクロポーラス層のみが一面に形成されている、
燃料電池用ガス拡散層。」
(2)引用文献2
ア 引用文献2には、図面とともに以下の事項が記載されている。
「[請求項1] 経糸および緯糸が交織されて形成された燃料電池ガス拡散層用炭素繊維織物であって、前記経糸または前記緯糸の一方の糸が実質的に無撚糸であり、前記燃料電池ガス拡散層用炭素繊維織物の片面において、前記無撚糸と交織されている他方の糸の上になる前記無撚糸の本数が前記他方の糸の下になる前記無撚糸の本数より多いことを特徴とする燃料電池ガス拡散層用炭素繊維織物。」
「[0058] 本発明材および比較材の各炭素繊維織物によるGDLを用いて燃料電池セル(以下、「セル」という)を作製し、そのセルの発電性能を測定したので、その測定結果について説明する。本測定に使用したGDLは、2種類の本発明材(本発明材1および2)および2種類の比較材(比較材1および2)の各炭素繊維織物を用いたものとした。本発明材1は、図1および図2に示す綾織(1本の経糸が3本の緯糸を乗り越えた後で2本の緯糸の下をくぐる織り方)のGDLであり、経糸のみが実質的に無撚りであるものとした。また、本発明材2は、発明材1と同様に図1および図2に示す綾織のGDLであり、経糸および緯糸が共に実質的に無撚りであるものとした。
[0059] これに対して、比較材1は本発明材1と同一の糸で同一ピッチの平織り(1本の経糸が1本の緯糸を乗り越えた後で1本の緯糸の下をくぐる織り方)の炭素繊維織物によるGDLであり、経糸のみが実質的に無撚りであるものとした。比較材2は本発明材2と同一の糸で同一ピッチの平織りの炭素繊維織物によるGDLであり、経糸および緯糸が共に実質的に無撚りであるものとした。本測定で用いた各GDL(本発明材および比較材)の特徴を表1に示す。
[0060]
[表1]
[図:0001434147000002.jpg]
」
3 取消理由についての当審の判断
(1)理由1(新規性)について
ア 本件発明1について
(ア)対比
a 引用発明の「経糸および緯糸から形成されている炭素繊維製織物」は、本件発明1の「導電性材料からなる多孔基材シート」に対応する。
ここで、本件発明1の「メッシュシート」は「構成材料の細線を編んで形成されたシート状部材であり、その編まれた細線の間の空間がメッシュを厚さ方向に貫通する貫通空間(貫通孔)となる」(本件特許明細書【0028】)から、引用発明の「経糸および緯糸から形成されている炭素繊維製織物」は、「導電性材料からなる複数の貫通孔を有するシート状部材であり」、「材質が、カーボン材料であり」、「形態が、メッシュシートであ」る点で、本件発明1の「導電性材料からなる多孔基材シート」と一致する。
しかしながら、多孔基材シートの厚みについて、本件発明1では、「前記多孔基材シートの厚みが5μm以上100μm以下であり、」と特定されているのに対し、引用発明では、「炭素繊維製織物」の厚みについて特定されていない点で相違する。
b 引用発明の「導電性粒子としてカーボンナノチューブおよびカーボンブラック」、「フッ素系ポリマー(PTFE、FEP,PFA等)」及び「マイクロポーラス層」は本件発明1の「粒子状及び/又は繊維状の炭素材料」、「撥水性樹脂」及び「微多孔炭素層」に相当することは明らかである。
すると、引用発明の「導電性粒子としてカーボンナノチューブおよびカーボンブラックを含有するマイクロポーラス層」は、本件発明1の「粒子状及び/又は繊維状の炭素材料及び撥水性樹脂を含む微多孔炭素層」に相当する。
c 引用発明の「燃料電池用ガス拡散層」は、本件発明1の「燃料電池用ガス拡散複合材」に対応する。
しかしながら、燃料電池用ガス拡散複合材の全体厚みについて、本件発明1では、「前記燃料電池用ガス拡散複合材の全体厚みが5μm以上100μm以下であり、」と特定されているのに対し、引用発明では、「燃料電池用ガス拡散層」の厚みについて特定されていない点で相違する。
d 引用発明の「燃料電池用ガス拡散層」は「前記炭素繊維製織物および前記マイクロポーラス層が積層されて」おり、「マイクロポーラス層および炭素繊維製織物の計二層から形成され、マイクロポーラス層のみが一面に形成されている」ことから、「マイクロポーラス層」が「炭素繊維製織物」の片面を被覆した構造であることは明らかである。
ここで、引用文献1の【0019】の記載のように、「マイクロポーラス層用インク」を炭素繊維製織物に積層した際には、そのインクの一部が炭素繊維製織物の貫通孔に浸透することは明らかであるし、また、引用文献1の図1を参酌すると、「マイクロポーラス層」の一部が「炭素繊維製織物」に浸透していると認められるから、「マイクロポーラス層」の一部が「炭素繊維製織物」内部に浸透した構造であるとも認められる。
しかしながら、引用文献1には、「炭素繊維製織物」の内部に浸透した「マイクロポーラス層」が、どこまで到達してるのかについては記載されていない。
また、引用文献1には、「マイクロポーラス層」が「炭素繊維製織物」の両面を被覆した構造や、「マイクロポーラス層」に「炭素繊維製織物」の全部が埋設した構造についても記載されていない。
したがって、燃料電池用ガス拡散複合材の構造について、本件発明1は「構造(B):前記微多孔炭素層が前記多孔基材シートの両面を被覆した構造 構造(D):前記微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面を被覆し、かつ、前記微多孔炭素層の一部が前記多孔基材シート内部に浸透した構造であって、当該微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面から反対面まで到達している構造 構造(E):前記微多孔炭素層に前記多孔基材シートの全部が埋設した構造」「のいずれかである」のに対し、引用発明はそのように特定されていない点で相違する。
e 以上から、本件発明1と引用発明とは、以下の点で一致及び相違する。
【一致点】
導電性材料からなる多孔基材シートと、粒子状及び/又は繊維状の炭素材料及び撥水性樹脂を含む微多孔炭素層と、を有する燃料電池用ガス拡散複合材であって、
前記多孔基材シートは、導電性材料からなる複数の貫通孔を有するシート状部材であり、
前記多孔基材シートの材質が、カーボン材料であり、
前記多孔基材シートの形態が、メッシュシートである燃料電池用ガス拡散複合材。
【相違点】
相違点1 多孔基材シート及び燃料電池用ガス拡散複合材の厚みについて、本件発明1は「前記多孔基材シートの厚みが5μm以上100μm以下であり、」及び「前記燃料電池用ガス拡散複合材の全体厚みが5μm以上100μm以下であり、」と特定されているのに対し、引用発明では、「炭素繊維製織物」及び「燃料電池用ガス拡散層」の厚みについて特定されていない点。
相違点2 燃料電池用ガス拡散複合材の構造について、本件発明1は「構造(B):前記微多孔炭素層が前記多孔基材シートの両面を被覆した構造 構造(D):前記微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面を被覆し、かつ、前記微多孔炭素層の一部が前記多孔基材シート内部に浸透した構造であって、当該微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面から反対面まで到達している構造 構造(E):前記微多孔炭素層に前記多孔基材シートの全部が埋設した構造」「のいずれかである」のに対し、引用発明はそのように特定されていない点。
(イ)判断
本件発明1と引用発明とは、少なくとも上記相違点2において相違するから、本件発明1は、引用文献1に記載された発明ではない。
イ 本件発明2~7について
本件発明2、3、6及び7は請求項1を引用するものであり、少なくとも上記相違点2に係る発明特定事項を有するものであるから、本件発明1についての判断と同様に、本件発明2、3、6及び7は、引用文献1に記載された発明ではない。
なお、本件訂正請求により請求項4及び5は削除されたので、上記取消理由の対象でなくなった。
ウ まとめ
以上のとおりであるから、本件特許の請求項1~3、6及び7に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものではない。
(2)理由2(進歩性)について
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と引用発明とを対比すると、上記「(1)ア(ア)」に記載したとおり、上記相違点1及び2において相違する。
(イ)判断
事案に鑑み、上記相違点2について検討する。
燃料電池用ガス拡散複合材の構造として、「構造(B):前記微多孔炭素層が前記多孔基材シートの両面を被覆した構造 構造(D):前記微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面を被覆し、かつ、前記微多孔炭素層の一部が前記多孔基材シート内部に浸透した構造であって、当該微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面から反対面まで到達している構造 構造(E):前記微多孔炭素層に前記多孔基材シートの全部が埋設した構造」は、引用文献1及び引用文献2に記載も示唆もされていない。
よって、本件発明1は、引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
イ 本件発明2~7について
本件発明2、3、6及び7は請求項1を引用するものであり、少なくとも上記相違点2に係る発明特定事項を有するものであるから、本件発明1についての判断と同様に、本件発明2、3、6及び7は、引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
なお、本件訂正請求により請求項4及び5は削除されたので、上記取消理由の対象でなくなった。
ウ まとめ
以上のとおりであるから、本件特許の請求項1~3、6及び7に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。
第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議の申立ての理由について
1 申立理由の概要
取消理由通知において採用しなかった特許異議の申立ての理由の概要は次のとおりであると認められる。
請求項1~7に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証~甲第5号証に記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、請求項1~7に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、請求項1~7に係る特許は取り消すべきものである。
記
甲第1号証:特開2022-121912号公報(引用文献1と同じ。)
甲第2号証:国際公開第2019/087246号(引用文献2と同じ。)
甲第3号証:特開2021-136056号公報
甲第4号証:国際公開第2018/061833号
甲第5号証:特開2018-156818号公報
2 甲号証の記載事項の概要
(1)甲第1号証及び甲第1発明
甲第1号証に記載された事項は、上記「第4 2(1)」に記載したとおりのものであり、甲第1号証に記載された発明(以下、「甲第1発明」という。)は、上記「第4 2(1)イ(エ)」に引用発明として記載されたとおりのものである。
(2)甲第2号証
甲第2号証に記載された事項は、上記「第4 2(2)」に記載したとおりのものである。
(3)甲第3号証
申立人が提出した甲第3号証の、請求項1、【0003】、【0086】~【0093】及び表2には、実施例1~4に基づく以下の事項(以下、「甲第3号証に記載された事項」という。)が記載されている。
「含浸部分のマイクロポーラス層の厚みが5.0~7.7μmであり、非含浸部分のマイクロポーラス層の厚みが15.0~20.0μmであるガス拡散層。」
(4)甲第4号証
申立人が提出した甲第4号証の、請求項1、[0002]、[0066]~[0077]及び表1には、実施例1~4に基づく以下の事項(以下、「甲第4号証に記載された事項」という。)が記載されている。
「微多孔層の厚みが27~31μmであり、しみこみ部分の厚みが10~15μmであるガス拡散電極。」
(5)甲第5号証
申立人が提出した甲第5号証の、請求項1、【0002】、【0061】~【0071】及び表1には、実施例1~4に基づく以下の事項(以下、「甲第5号証に記載された事項」という。)が記載されている。
「微多孔層の厚みが25~33μmであり、しみこみ部分の厚みが15~22μmであるガス拡散電極。」
3 当審の判断
(1)本件発明1について
本件発明1と甲第1発明との相違点は上記「第4 3(1)ア(ア)e」に記載した上記相違点1及び2のとおりである。
そして、少なくとも上記相違点2に係る燃料電池用ガス拡散複合材の構造は、「第4 3(2)ア(イ)」に記載したとおり、甲第1号証及び甲第2号証に記載も示唆もされていない。
また、甲第3号証~甲第5号証に記載された事項を見ても、上記相違点2に係る構成は記載されていない。
よって、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された事項並びに甲第3号証~甲第5号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(2)本件発明2~7について
本件発明2、3、6及び7は請求項1を引用するものであり、少なくとも上記相違点2に係る発明特定事項を有するものであるから、本件発明1についての判断と同様に、本件発明2、3、6及び7は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された事項並びに甲第3号証~甲第5号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
なお、本件訂正請求により請求項4及び5は削除されたので、上記特許異議の申立ての理由の対象でなくなった。
(3)申立人の主張について
ア 申立人は、意見書において新たに甲第6号証(国際公開第2015/125748号)を提出し、「ここで、甲6発明は、甲1発明と同様に、ガス拡散電極基材の技術分野に属し、かつ、それぞれのマイクロポーラス部によって奏される効果も甲1発明のマイクロポーラス孔と同様である。そうすると、当業者は、甲1発明の燃料電池用ガス拡散複合材において、甲6発明を適宜参照し、構造(D)を採用して構成要件1Iを具備させることについて、何ら困難ではない。」(意見書第4頁下から3行~第5頁2行)と主張している。
イ しかしながら、本件発明の「構造(D)」は訂正前の請求項1に記載されていた事項であり、その訂正前の請求項1に記載されていた事項に対して新たな文献を提示する上記主張は、訂正の請求の内容に付随して生じたものとはいえない。
すると、申立人の主張は、特許異議申立書に記載のない、実質的に新たな理由及び証拠を提示するものであり、採用できない。
ウ なお、申立人の甲第6号証に基づく主張を採用しても、甲第6号証は「マイクロポーラス部(A)が形成されている側の電極基材表面から反対側の電極基材表面近傍までマイクロポーラス部(B)が連続して存在する」(請求項1)ものであり、また、甲第6号証の図1は、「[図1] マイクロポーラス部が電極基材に形成されている状態を示すガス拡散電極基材の断面模式図である。」([0013])と記載の記載から「模式図」にすぎないものであるから、甲第6号証に「当該微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面から反対面まで到達している構造」が開示されていることが一見して明らかであるともいえない。
エ 仮に、甲第6号証に「当該微多孔炭素層が前記多孔基材シートの片面から反対面まで到達している構造」(以下、「甲第6号証に記載された事項」という。)が開示されていたとしても、甲第1号証は「炭素繊維製織物を基材とする場合に、マイクロポーラス層の厚みを薄くしても発電特性が維持できる燃料電池用ガス拡散層を提供することを課題とする。」(【0010】)ものである一方、甲第6号証は、その課題が「高温での耐ドライアップ性を持ちながら、低温かつ高加湿条件においてもガス拡散性と排水性が良好であるため、耐フラッディング性に優れ、機械特性、導電性、熱伝導性を大きく損なうことなく、低温から高温の広い温度範囲にわたって高い発電性能を発現可能なガス拡散電極基材、膜電極接合体および燃料電池を提供することである。」([0008])ものであり、基材も「電極基材として、導電性の多孔体、具体的には、炭素繊維織物、炭素繊維不織布、炭素繊維抄紙体などの炭素繊維を含む多孔体や、発泡焼結金属、金属メッシュ、エキスパンドメタルなどの金属多孔体が用いられ」([0019])るものであるから、前提とする基材の構成や課題が異なり、甲第1発明に甲第6号証に記載された事項を適用する動機がない。
オ よって、本件発明1~3、6及び7は、甲第1号証に記載された発明及び甲第6号証並びに他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
第6 むすび
以上のとおり、取消理由通知に記載した理由又は特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1~3、6及び7に係る特許を取り消すことはできない。
そして、他に本件特許の請求項1~3、6及び7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また、請求項4及び5に係る特許は、上記のとおり、訂正により削除された。これにより、請求項4及び5に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-700261