特許異議申立
2026-700179
バイオマス資源由来ポリエステルエラストマーを使用した難燃性樹脂組成物
- 審判番号
- 2026-700179
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2025-504547
- 登録番号
- 7737641
- 請求日
- 2026年02月27日
- 審決日
- 2026年06月29日
- 公報発行日
- 2026年07月31日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】東洋紡エムシー株式会社
- 【権利者代理人】風早 信昭
- 【権利者代理人】浅野 典子
- 【異議申立人】弁理士法人 朝日奈特許事務所
- 審判長/審判官
- 審判長 岩田 行剛
- 審判官 加藤 幹
- 審判官 藤井 勲
- 分類
- P1651.121-Y (C08L)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7737641号発明「バイオマス資源由来ポリエステルエラストマーを使用した難燃性樹脂組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7737641号の請求項1~8に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7737641号の請求項1~8に係る特許についての出願は、2024年(令和6年)11月22日(優先日主張 令和5年12月25日)を国際出願日とする特願2025-504547号であって、令和7年9月3日にその特許権の設定登録(請求項の数8)がされ、同年同月11日に特許掲載公報が発行された。
その後、この特許に対し、令和8年2月27日に特許異議申立人 弁理士法人朝日奈特許事務所(以下「申立人」という。)は、特許異議の申立て(対象請求項:請求項1~8)を行った。
第2 本件特許発明
特許第7737641号の請求項1~8の特許に係る発明は、それぞれ、願書に添付した特許請求の範囲の請求項1~8に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下「本件発明1」~「本件発明8」といい、これらをあわせて「本件発明」という。)。
「【請求項1】
ソフトセグメントがバイオマス資源由来であるバイオマス資源由来ポリエステルエラストマーと、難燃剤と、熱安定剤とを含有し、難燃剤の含有割合がポリエステルエラストマー100質量部に対して5質量部以上100質量部以下であるポリエステルエラストマー樹脂組成物であって、バイオマス資源由来ポリエステルエラストマーは、融点が150~230℃、ガラス転移温度が-70~10℃、分子量1000未満のオリゴマー含有率が2.5質量%以下、還元粘度が1.2dl/g以上であり、熱安定剤の含有割合は、ポリエステルエラストマー100質量部に対して0.1~5質量部であり、ポリエステルエラストマー樹脂組成物のバイオベース度が8~100%であり、ポリエステルエラストマー樹脂組成物の比重が1.20以上であり、ポリエステルエラストマー樹脂組成物の引張破断伸びが200%以上であり、ポリエステルエラストマー樹脂組成物のメルトフローレート(MFR)値が、JIS K7210に規定された熱可塑性プラスチックの流れ試験方法に準拠して、融点+20℃、荷重2.16kgで測定すると、1~20g/10分であり、JIS K7210記載の試験法(A法)に準拠し、ポリエステルエラストマーの融点+20℃、2160gで測定したポリエステルエラストマー樹脂組成物のメルトフローレート(MFR:g/10min)の、ポリエステルエラストマー樹脂組成物の投入45分後のMFR値(MFR45)と投入5分後のMFR値(MFR5)の差(ΔMFR:MFR45-MFR5)が25以下であることを特徴とするポリエステルエラストマー樹脂組成物。
【請求項2】
バイオマス資源由来ポリエステルエラストマーが、芳香族ジカルボン酸と脂肪族及び/又は脂環族ジオールを構成成分とするポリエステルからなるハードセグメントと、脂肪族ポリエーテルを構成成分とするソフトセグメントが結合したポリエステルエラストマーであって、前記芳香族ジカルボン酸と前記脂肪族及び/又は脂環族ジオールは化石燃料資源由来であり、前記脂肪族ポリエーテルはバイオマス資源由来であることを特徴とする請求項1に記載のポリエステルエラストマー樹脂組成物。
【請求項3】
バイオマス資源由来ポリエステルエラストマーのバイオマス資源由来の脂肪族ポリエーテルが、ポリテトラメチレンエーテルグリコールであることを特徴とする請求項2に記載のポリエステルエラストマー樹脂組成物。
【請求項4】
ポリエステルエラストマー樹脂組成物を10℃/分で室温から450℃まで昇温した時の3%重量減少温度が300℃以上であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載のポリエステルエラストマー樹脂組成物。
【請求項5】
UL94によって測定される難燃性評価がV-2、V-1、またはV-0であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載のポリエステルエラストマー樹脂組成物。
【請求項6】
請求項1~3のいずれかに記載のポリエステルエラストマー樹脂組成物を用いた電線・ケーブル被覆材。
【請求項7】
請求項1~3のいずれかに記載のポリエステルエラストマー樹脂組成物を用いた電子機器部品。
【請求項8】
請求項1~3のいずれかに記載のポリエステルエラストマー樹脂組成物を用いたモノフィラメント。」
第3 特許異議申立理由の概要
1 特許異議申立理由の要旨
申立人が提出した特許異議申立書において主張する特許異議申立理由の要旨は、次のとおりである。
・申立理由1(甲第1号証を主引例とする進歩性欠如)
本件特許の請求項1~8に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第1号証~甲第10号証に記載された事項に基づいて、本件特許の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、請求項1~8に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
2 証拠方法
申立人は、証拠として、以下の文献を提出する。
甲第1号証:特開2007-45952号公報
甲第2号証:特表2012-504672号公報
甲第3号証:今中弘、「特集 熱可塑性エラストマー ポリエステル系熱可塑性エラストマー」、日本ゴム協会誌、第57巻、第11号、第694頁~第703頁(1984)
甲第4号証:特開平10-316765号公報
甲第5号証:特開2004-244458号公報
甲第6号証:特開昭52-4551号公報
甲第7号証:国際公開第2017/104707号
甲第8号証:特開平5-156135号公報
甲第9号証:特表2020-533434号公報
甲第10号証:新川桂太郎ら、「ヨーロッパにおける難燃エラストマーの開発動向 ~ジエチルホスフィン酸金属塩を用いた熱可塑性ポリエステルエラストマーの難燃化~」、日本ゴム協会誌、第92巻、第6号、第223頁~第226頁(2019)
甲第1号証等を、その番号に従って、以下「甲1」等という。
第4 当審の判断
当審においては、申立人がした特許異議の申立ての理由によって、本件特許の請求項1~8に係る特許を取り消すことはできないと判断する。その理由は以下のとおりである。
1 申立理由1(進歩性欠如)について
(1)甲1に記載された発明
甲1には、融解ピーク温度が170℃~230℃の結晶性芳香族ポリエステル樹脂(A)20~80重量%、及び融解ピーク温度が170℃~220℃の熱可塑性ポリエステルエラストマー(B)80~20重量%からなるポリエステル樹脂成分100重量部[(A)および(B)の合計は100重量%]に対して、表面をリン酸エステルで処理した水酸化マグネシウム(C)30~70重量部、及びメラミンシアヌレート(D)5~20重量部を含有してなる難燃性ポリエステル樹脂組成物であることが記載されており(請求項1)、これを具体化した実施例2(表5)に着目し、表1~4の配合成分を用いて難燃性ポリエステル樹脂組成物のペレット(【0042】)について、その測定されたメルトインデックス、引張破断伸度とともに整理すると、次の発明が記載されていると認める。
「ポリブチレンテレフタレート(1) 30重量部
ポリエステルエラストマー(2) 70重量部
水酸化マグネシウム(1) 60重量部
メラミンシアヌレート(1) 5重量部
をドライブレンドし、次いで30mmΦの二軸押出機を用い、溶融混練できる温度にて押し出し操作を行い、押し出したストランドを水槽で冷却後、ペレタイザーでカッティングして得た、ASTM D1238法 (230℃、2.16kgf)で測定したメルトインデックスが12g/10分、JIS K7113法(JIS2号3mm厚試験片)で測定した引張破断伸度が220%である難燃性ポリエステル樹脂組成物のペレット。
各成分の詳細は以下のとおり。
・ポリブチレンテレフタレート(1)
ジュラネックス700FP(ウィンテックポリマー社製、融解ピーク温度223℃)
・ポリエステルエラストマー(2)
プラクセルBL8501(ダイセル化学工業社製、融解ピーク温度215℃)
・水酸化マグネシウム(1)
キスマ5J(協和化学社製、表面処理剤:リン酸エステル)
・メラミンシアヌレート(1)
MC-610(日産化学工業社製)」(以下「甲1発明」という。)
(2)本件発明1について
ア 本件発明の技術的意義について
本件明細書には、多様な分野で使用されているポリエステルエラストマーにおいて、その原料である化石燃料資源をバイオマス資源に代える試みがなされているところ、バイオマス資源由来原料には、精製工程で除去しきれなかった不純物が含まれており、バイオマス資源由来原料の割合を増加させると、上記不純物の量も増加してしまい、反応を阻害して、還元粘度が上昇せず、またオリゴマー、異物、設計と異なるポリマーなどが副生してしまい、成形安定性をもたらさなかったこと、さらにポリエステルエラストマー組成物に難燃剤を添加するにあたって、両者の相溶性が低く、また比重の違いも大きいため、分散性が悪く、機械的特性が低下し、成形品の外観が悪化すること等(【0002】~【0009】)が記載されいる。
そして、本件発明1に係る発明特定事項については、本件明細書には以下のとおり記載されている。
バイオマス資源由来ポリエステルエラストマーについて、融点を150℃~230℃とすることで、耐熱老化性、成形性(結晶性)の機能を満足し、ガラス転移温度を上昇させず、ポリエステルエラストマーとしての反発弾性、柔軟性、低温機械特性の性能を満足すること(【0027】)、製造にあたり、縮重合の時間を従来より長くして、還元粘度を上昇させて滞留安定性を確保すること(【0029】)、ガラス転移温度は低温機械特性の指標であって、ガラス転移温度を-70~10℃とすることにより、ポリエステルエラストマーの反発弾性、柔軟性、低温機械特性の機能を発現すること(【0032】)、分子量1000未満のオリゴマー含有率を2.5質量%以下として、組成物の製造時のコンパウンドにおいてポリエステルエラストマー組成物の溶融張力を十分に上げて、高精度成形性、低温機械特性等の性能を得ること(【0033】)、還元粘度は分子量の指標であって、還元粘度を1.2dl/g以上とすることにより、ポリエステルエラストマーとしての長期耐久性(耐熱老化性、耐水性)を発現すること(【0031】)が記載されている。
ついで、ポリエステルエラストマー樹脂組成物は、上記バイオマス資源由来ポリエステルエラストマーと、難燃剤、熱安定剤を含有し、難燃剤はハロゲン系難燃剤、非ハロゲン系難燃剤を使用でき、難燃性の効果と物性の低下の観点で適量含有させること(【0036】)、熱安定剤はコンパウンドや成形の際の熱酸化分解を防止するために使用され、熱酸化分解の防止効果と機械特性の低下の観点で適量含有させること(【0041】)が記載されている。さらに、上記ポリエステルエラストマー組成物について、バイオベース度は8~100%で、ソフトセグメントのみにバイオマス資源由来の原料として脂肪族ポリエーテルを使用することにより、そして適切な重縮合の反応時間と温度を採用することにより、着色がなく、化石燃料資源由来ポリエステルエラストマーが有する優れた低温機械特性などを保持できること(【0030】)、比重が1.20以上であることにより、難燃剤の含有量として適切で、組成物中への分散性がよく、機械的特性や製造時の安定生産性に優れること(【0065】)、引張破断伸びが200%であることにより、ケーブルや電線等の被覆材として用いたときに求められる可とう性などの機械特性が良好で、耐水老化性や押出成形性に優れ、組成物中の難燃剤の分散性が良いこと(【0062】)、JIS K7210に規定された熱可塑性プラスチックの流れ試験方法に準拠して、融点+20℃、荷重2.16kgで測定したメルトフローインデックス(MFR)が1~20g/10分であることで、押出成形が可能となること(【0066】)、樹脂組成物を投入して45分後のMFR値(MFR45)と投入5分後のMFR値(MFR5)の差(ΔMFR:MFR45-MFR5)は滞留安定性の指標であり、0~25g/10分であることにより、滞留安定性に優れ、成形時に溶融粘度の低下が抑制され、安定した押出成形ができ、ケーブルやホースに成形する場合に厚みが均一となること(【0066】)、上記のように構成されているので、ポリエステルエラストマー樹脂組成物は、バイオマス度の高いバイオマス資源由来のポリエステルエラストマーを使用しているにもかかわらず、化石燃料資源由来ポリエステルエラストマーが有する優れた機械特性、滞留安定性、押出成形性、及び難燃性を保持することが可能であること(【0070】)が記載されている。
さらに、本件明細書の実施例では、本件発明1の発明特定事項を有するポリエステルエラストマー(A1、A2、A6)と、化石燃料資源由来ポリエステルエラストマー(A3)、還元粘度とオリゴマー含有率を満たさないバイオ資源由来ポリエステルエラストマー(A4)、オリゴマー含有率を満たさないバイオ資源由来ポリエステルエラストマー(A5)、ガラス転移温度を満たさないバイオ資源由来ポリエステルエラストマー(A7)を用い、スクリュー径、L/D、バレル数の異なる3種の同方向二軸押出機を用い、スクリュー回転数と吐出量を変えながら、表2において、参考例1、実施例1~8、比較例1~8に示すポリエステルエラストマー樹脂組成物ペレットを作製して評価したことが記載されている。詳細には、実施例1~8は、ポリエステルエラストマー樹脂組成物の機械特性(引張破断伸び及び引張破断強度)だけでなく、滞留安定性(ΔMFR)、難燃性(UL-94:V-2以上、ばらつき)、ゲル化物の評価、押出成形性(脈動、平滑性)に優れていたこと、比較例1と参考例1の対比から、同じ重合条件、組成物配合、溶融混練条件により作成した場合でも、バイオマス資源由来のポリエステルエラストマー樹脂組成物(比較例1)は、化石燃料資源由来のポリエステルエラストマー樹脂組成物(参考例1)と比べて、機械特性、滞留安定性、押出成形性(平滑性)に劣っていたこと、還元粘度の低いポリエステルエラストマー(A4)を用いた比較例2では、比較例1や参考例1と比べて機械特性、滞留安定性、押出成形性に大きく劣っていたこと、比較例1と比べてスクリュー回転数を上げて練りを強化した比較例5では、機械特性、滞留安定性はさらに向上するものの、混練時のせん断発熱により難燃剤が熱分解し、押出成形性が悪化し、加えて、難燃剤の樹脂への食い込みが悪くなり、難燃剤含有量のバラツキや分散不良が発生したこと、比較例1と比べてスクリュー回転数を下げ、L/Dを上げることにより緩やかに時間をかける溶融混練条件に設定した実施例1では、ポリマーの増粘性と難燃剤の分散性がともに大幅に向上し、機械的特性、押出成形性が化石燃料資源由来のポリエステルエラストマーを使用する参考例1と同等になったこと、実施例1と同様に溶融混練条件を設定しても、還元粘度が低くオリゴマー含有率の高いポリエステルエラストマー(A4)を用いた比較例6、還元粘度は同等だがオリゴマー含有率の高いポリエステルエラストマー(A5)を用いた比較例7では、機械的特性と押出成形性は参考例1から大きく劣っていたこと、実施例4と比べて比重が1.20未満になるまで難燃剤の含有量を減らした比較例8では、V-2が未達となったこと、ソフトセグメント比率が高く、還元粘度の高いポリエステルエラストマー(A2)を用いた実施例2では、増粘剤を含まないにもかかわらず、引張破断伸びと押出成形性に優れていたこと、比較例1、実施例1のポリエステルエラストマー(A1)をポリエステルエラストマー(A2)に変更した実施例3、4では、引張破断伸びがさらに向上したこと、実施例1の組成物に加水分解防止剤を加えた実施例5では、滞留安定性が向上し、実施例1の組成物の難燃剤(B1)をノンハロ難燃剤(B2)に変更した実施例6では、機械的特性と押出成形性に優れていたが、難燃性はV-2にとどまったこと(【0105】)、ソフトセグメント比率が高く、還元粘度の高いポリエステルエラストマー(A2)を用いた実施例2では増粘剤を含まないにもかかわらず、引張破断伸びと押出成形に優れたこと、比較例1、実施例1のポリエステルエラストマー(A1)をポリエステルエラストマー(A2)に変更した実施例3、4では引張破断伸びがさらに向上したこと(【0106】)が記載されている。
これらの記載によると、本件発明1は、バイオマス資源由来ポリエステルエラストマーが精製しきれなかった不純物を含んだとしても、化石燃料資源由来ポリエステルエラストマーの代替となりえる機械特性を有するように、融点、ガラス転移温度、オリゴマー含有率、還元粘度を調製したポリエステルエラストマーとし、これに難燃剤、熱安定剤を適量含有して適切に溶融混練を行って得たポリエステルエラストマー樹脂組成物であれば、組成や溶融混練条件が相補的に作用して、バイオベース度を高く設定しても、ポリエステルエラストマー樹脂組成物の比重、引張破断伸び、MFR及びΔMFRを満たして、機械特性、滞留安定性、押出成形性、及び難燃性を保持したものとなるという、技術的意義を有するものである。
イ 対比
本件発明1と甲1発明を対比する。
(ア)一般的に、ポリエステルエラストマーとは、ハードセグメントとソフトセグメントを有するブロックコポリマーであり、甲1発明の「ポリエステルエラストマー(2)」である「プラクセルBL8501(ダイセル化学工業社製)」は、「プラクセル」シリーズであるから、少なくともε-カプロラクトンをソフトセグメントに有するものと解される(https://evessio.s3.amazonaws.com/customer/b8ca999f-7ffb-4698-90b7-9628f7143875/event/fce9bdb4-ebf0-4b88-91a9-f60760252362/responses/074bd2c6-9c18-4376-bdaa-80ea363f574a/Daicel-PLACCELENG.pdf)。
そして、甲1には、融解ピーク温度170℃~220℃の範囲にある熱可塑性ポリエステルエラストマーの中でも、ポリブチレンテレフタレートやポリエチレンテレフタレートおよびポリエチレンナフタレート等の融点が200℃~300℃の芳香族ポリエステルをハードセグメントとし、脂肪族のポリエステル、ポリエーテルおよびポリカーボネートの群から選ばれた少なくとも1種をソフトセグメントとして含むポリエステルエラストマーが好ましいこと(【0017】)が記載されていることから、甲1発明の「ポリエステルエラストマー(2)」は、融解ピーク温度215℃であり、脂肪族ポリエステル、ポリエーテル及びポリカーボネートの群から選ばれた少なくとも1種をソフトセグメントとして含むものと解される。
そうすると、甲1発明の「ポリエステルエラストマー(2)」と、本件発明1の「ソフトセグメントがバイオマス資源由来であるバイオマス資源由来ポリエステルエラストマー」であって、その「融点が150~230℃、ガラス転移温度が-70~10℃、分子量1000未満のオリゴマー含有率が2.5質量%以下、還元粘度が1.2dl/g以上であ」ることとは、「融点が150~230℃」である「ソフトセグメントを有するポリエステルエラストマー」である限りにおいて一致する。
(イ)甲1には、水酸化マグネシウム及びメラミンシアヌレートが難燃性を得るために使用されていることから、甲1発明の「水酸化マグネシウム(1)」、「メラミンシアヌレート(1)」は難燃剤であり、本件発明1の「難燃剤」に相当する。
そして、甲1発明において、「ポリエステルエラストマー(2)」70重量部に対して、「水酸化マグネシウム(1)」60重量部、「メラミンシアヌレート(1)」5重量部を含有していることから、本件発明1の「難燃剤の含有割合がポリエステルエラストマー100質量部に対して5質量部以上100質量部以下である」ことに相当する。
(ウ)甲1発明である「難燃性ポリエステル樹脂組成物のペレット」は、本件発明1の「ポリエステルエラストマー樹脂組成物」に相当する。
以上から、本件発明1と甲1発明とは、
「ソフトセグメントを有するポリエステルエラストマーと、難燃剤とを含有し、難燃剤の含有割合がポリエステルエラストマー100質量部に対して5質量部以上100質量部以下であるポリエステルエラストマー樹脂組成物であって、ポリエステルエラストマーは、融点が150~230℃であることを特徴とするポリエステルエラストマー樹脂組成物。」の点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点1>
「融点が150~230℃」である「ソフトセグメントを有するポリエステルエラストマー」に関し、本件発明1は「バイオマス資源由来であるバイオマス資源由来ポリエステルエラストマー」であって、「ガラス転移温度が-70~10℃、分子量1000未満のオリゴマー含有率が2.5質量%以下、還元粘度が1.2dl/g以上であ」るの対し、甲1発明は「ポリエステルエラストマー(2)」がバイオマス資源由来エラストマーであることが不明であり、かつ、その「ガラス転移温度」、「分子量1000未満のオリゴマー含有率」、「還元粘度」が不明である点
<相違点2>
本件発明1は「熱安定剤」を含有し、その含有割合が「ポリエステルエラストマー100質量部に対して0.1~5質量部であ」るのに対し、甲1発明は「熱安定剤」を含有することが不明である点
<相違点3>
本件発明1は「ポリエステルエラストマー樹脂組成物のバイオベース度が8~100%であ」るのに対して、甲1発明は「バイオベース度」が不明である点
<相違点4>
本件発明1は「ポリエステルエラストマー樹脂組成物の比重が1.20以上であ」るのに対して、甲1発明は「比重」が不明である点
<相違点5>
本件発明1は「ポリエステルエラストマー樹脂組成物の引張破断伸びが200%以上であ」るのに対して、甲1発明は「JIS K7113法(JIS2号3mm厚試験片)で測定した引張破断伸度が220%」である点
<相違点6>
本件発明1は「ポリエステルエラストマー樹脂組成物のメルトフローレート(MFR)値が、JIS K7210に規定された熱可塑性プラスチックの流れ試験方法に準拠して、融点+20℃、荷重2.16kgで測定すると、1~20g/10分であ」るのに対し、甲1発明は「ASTM D1238法(230℃、2.16kgf)で測定したメルトインデックス」が「12g/10分」である点
<相違点7>
本件発明1は「K7210記載の試験法(A法)に準拠し、ポリエステルエラストマーの融点+20℃、2160gで測定したポリエステルエラストマー樹脂組成物のメルトフローレート(MFR:g/10min)の、ポリエステルエラストマー樹脂組成物の投入45分後のMFR値(MFR45)と投入5分後のMFR値(MFR5)の差(ΔMFR:MFR45-MFR5)が25以下であ」るのに対し、甲1発明は「ΔMFR」が不明である点
ウ 検討
上記イに示したように、相違点を便宜的に7つあげているが、上記アに示したように、本件発明の技術的意義に鑑みるに、7つの相違点が相補的に関係し合って、機械特性、滞留安定性、押出成形性、及び難燃性を保持したバイオマス資源由来ポリエステルエラストマー樹脂組成物が得られるものであるから、相違点1~7をまとめて検討するのが妥当である。
そこで、相違点1~7をまとめて「本件相違点」といい、以下に検討する。
まず、甲1発明の「ポリエステルエラストマー(2)」は、上記イ(ア)に示したように、「プラクセル」シリーズであるから、化石燃料資源由来ポリエステルエラストマーであって、バイオマス資源由来ポリエステルエラストマーではない。それゆえ、甲1発明である「ポリエステルエラストマー樹脂組成物のペレット」も、バイオマス資源由来ポリエステルエラストマー樹脂組成物ではない。
そうではあるが、近年の地球環境に対する気運の高まりから、化石燃料資源からバイオマス資源への転換が強く求められていることを受けて、甲1発明の「ポリエステルエラストマー(2)」を構成するソフトセグメントを、甲2に記載された事項(特に、特許請求の範囲参照。)に基づいて、バイオマス資源由来にすることは当業者が容易に想到し得た可能性があるとまではいえる。
しかしながら、甲1発明は、化石燃料資源由来ポリエステルエラストマーを用いることを想定したものであるし、甲2には、ソフトセグメントとしてバイオマス資源由来の原料を使用することが記載されていたとしても、上記原料の不純物がもたらす問題については具体的に何も記載されていないため、バイオマス資源に由来する不純物がもたらす問題(上記1(2)ア参照。)を解決しようとする動機付けはない。
そして、甲1発明の「難燃剤」について、甲1には、表面処理をした、ハロゲン化合物やリン化合物を含有しない難燃剤を用いて、良好な耐熱性、耐加水分解性、押出加工性を有し、電線被覆用途に好適であるポリエステルエラストマー樹脂組成物を得ること(【0007】【0008】)が記載されているだけであって、本件発明1のように、難燃性や押出成形性のほか、ポリエステルエラストマー樹脂組成物中での比重や引張破断伸びに影響を与えることについては何ら記載されていない。
さらに、「ΔMFR」についてであるが、甲1には、「ΔMFR」に関する記載や示唆は見当たらない。
ここで、「ΔMFR」の概念及びその調整方法について、本件明細書には「ΔMFR」は滞留安定性の指標であって、その数値範囲を外れると、滞留安定性に劣り、成形時に溶融粘度の低下が抑制されず安定した押出成形ができないこと(【0066】)、この調整には、特に限定されないが所定量の増粘剤を配合することが好ましいこと(【0067】)が記載されているところ、増粘剤は本件発明1の発明特定事項ではないし、実施例2では、増粘剤を配合せずとも、バイオマス資源由来ポリエステルエラストマーの還元粘度を高くすることでΔMFRを満たすこと(【0106】)が記載されており、本件発明1のバイオマス資源由来ポリエステルエラストマー樹脂組成物であれば、その一成分であるバイオマス資源由来ポリエステルエラストマーの還元粘度によってもΔMFRを調整できるから、この点においても相補的な関係にあることが理解できる。
これらの記載を念頭に、甲1を再度見ると、甲1も良好な耐熱性、押出加工性等を有する電線被覆用途に好適な難燃性樹脂組成物を提供することを目的とし(【0007】)、実施例で「<電線被覆押出加工性>」と題して、組成物をプラストミル単軸押出機により、φ1mm銅線に被覆押出成形した際の押出状況を評価しているが、甲1発明の「ポリエステルエラストマー(2)」は、ガラス転移温度、オリゴマー含有率、還元粘度が不明であり、これらを機械特性の観点から最適化することは記載されていない。そして、甲1には、滞留安定性についてはもちろんのこと、押出加工性に関連して滞留安定性を想起させるようなことも記載されていない。その上、甲1には、その他の添加剤として増粘剤が例示もされていない(【0038】)。そうすると、甲1に記載された良好な耐熱性は、「ΔMFR」(滞留安定性)とは異なるものであるから、本件発明1のように、ΔMFR(滞留安定性)に着目して、それを適切な範囲にしたり、上述の相補的な関係で調製したりすることを窺い知ることができないものである。
また、甲2~10のいずれにも、「ΔMFR」(滞留安定性)を想起させることが記載されていない。
以上のとおり、本件相違点のいくつかの観点から検討を試みたとしても、本件発明1が所望の比重、引張破断伸び、MFR及びΔMFRとなるように、バイオマス資源由来ポリエステルエラストマー樹脂組成物を構成する組成及びそれを製造する溶融混練条件を最適化するにあたって、甲1~10に記載された事項から有用な知見を得ることができない。
また、バイオマス資源由来原料の使用割合を高めても、化石燃料資源由来ポリエステルエラストマーが有する優れた機械特性、滞留安定性、押出成形性、及び難燃性を保持することができるという(【0014】)、本件発明1の効果を当業者は予測することはできない。
したがって、本件相違点のように構成することは、当業者が容易に想到し得たことではない。
エ 申立人の主張について
申立人は、一般的に、滞留時間が長くなるほど、加熱滞留による樹脂の熱分解が進行し、粘度が下がってMFR値が大きくなるから、ΔMFRが小さいほど熱分解しにくいことを意味するのであって、本件明細書では、難燃剤や熱安定剤を所定量加えることで熱分解を抑えており(【0036】、【0041】)、甲1発明に難燃剤や熱安定剤を所定量加えることは容易である旨主張をしている。
そこで検討する。
本件明細書では、「ΔMFR」は所定量の増粘剤を配合することで調整すること(【0066】)、増粘剤はポリエステルエラストマーの末端基と反応し得る官能基を有し、ポリエステルエラストマーの持つ水酸基或いはカルボキシル基と反応し得る官能基を有する反応性化合物であること(【0046】)、増粘剤を添加する場合、少ないと目標とした分子鎖延長効果が不十分であり、多すぎると増粘効果が過剰となり、成形性に悪影響を与えるか、成形体の機械的特性に影響を与えること(【0048】)、さらに還元粘度の高いポリエステルエラストマー(A2)を用いた実施例2では増粘剤を含まないにもかかわらず、引張破断伸びと押出成形性に優れていること(【0106】)、本件明細書の比較例2、同6は、難燃剤と熱安定剤を含有するにもかかわらず、「ΔMFR」は上限の25%を超えていることが記載されている。
これらの記載によると、「ΔMFR」の調整は、増粘剤によるポリエステルエラストマーの架橋形成によるものか、還元粘度の高いポリエステルエラストマーを用いることで行っているものであり、難燃剤や熱安定剤の添加によるものではないことが分かる。
したがって、当該主張は妥当でなく、採用できない。
オ 小括
以上から、本件発明1は、甲1に記載された発明及び甲1~10に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
(3)本件発明2~8について
本件発明2~8は、本件発明1を引用するものであり、本件発明1の発明特定事項を全て有するものであるから、上記(2)イで検討したのと同様の理由により、本件発明2~8は、甲1に記載された発明及び甲1~10に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
第5 むすび
したがって、本件特許異議の申立ての理由及び証拠方法によっては、本件特許の請求項1~8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1~8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2026-700179