特許異議申立
2025-701066
二次電池バインダー、スラリー、電極、二次電池の製造方法、及び二次電池
- 審判番号
- 2025-701066
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2024-137836
- 登録番号
- 7684497
- 請求日
- 2025年11月12日
- 審決日
- 2026年07月16日
- 公報発行日
- 2026年08月28日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】住友精化株式会社
- 【権利者代理人】松谷 道子
- 【権利者代理人】式見 真行
- 【権利者代理人】畠中 省伍
- 【異議申立人】永田 怜
- 審判長/審判官
- 審判長 涌井 智則
- 審判官 畑中 博幸
- 審判官 ▲吉▼澤 雅博
- 分類
- P1652.113-Y (H01M) / P1652.121-Y (H01M) / P1652.537-Y (H01M)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第1項、特許法第29条第2項、特許法第29条第1項第3号、特許法第36条第6項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7684497号発明「二次電池バインダー、スラリー、電極、二次電池の製造方法、及び二次電池」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7684497号の請求項1~3、6~12に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7684497号の請求項1~12に係る特許についての出願は、令和6年8月19日の出願であって、令和7年5月19日にその特許権の設定登録がなされ、同年5月27日に特許掲載公報が発行された。その後、本件特許の請求項1~3、6~12に係る特許に対して特許異議の申立てがなされたものであり、以後の手続の概要は以下のとおりである。
令和7年11月12日 :特許異議申立人永田 怜(以下、「異議申立人」という。)により請求項1~3、6~12に係る特許に対する特許異議の申立て
令和8年 3月 2日付け:取消理由通知
同年 5月 1日 :特許権者による意見書の提出
第2 本件発明
本件特許の請求項1~12に係る発明(以下、「本件発明1」~「本件発明12」といい、併せて「本件発明」という。)は、特許請求の範囲の請求項1~12に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
水系高分子を含み、
水に前記水系高分子を2質量%の濃度で溶解させたときに得られた水溶液のNa濃度が0.05質量%以上0.25質量%以下であり、
前記水系高分子の電解液吸液率(25℃)が8.0%以下であり、前記電解液の組成は、エチレンカーボネート/ジメチルカーボネート比が、1/1 v/v%であり、
水に前記水系高分子を2質量%の濃度で溶解させたときに得られた水溶液の25℃でのpHが6.5以上8.5以下である、二次電池バインダー。
【請求項2】
前記電解液吸液率(25℃)が2%以上6.5%以下である、請求項1に記載の二次電池バインダー。
【請求項3】
前記水系高分子が酸性官能基含有繰り返し単位を有するビニル系重合体である、請求項1又は2に記載の二次電池バインダー。
【請求項4】
前記水系高分子は、
式:
-[CH2-C(R1)(C(=O)R2)]-
[式中、
R1は、水素原子又はCH3であり、
R2は、NH2、OM(Mは水素原子又は対カチオンである。)、O(CH2)nOH、NH(CH2)nOH(nは、それぞれ独立して、1以上6以下)である。]
で表される繰り返し単位(1)、及び
式:
-[CH2-CH(OH)]-
で表される繰り返し単位(2)
から選択される繰り返し単位を含む、請求項1又は2に記載の二次電池バインダー。
【請求項5】
前記水系高分子において、
前記繰り返し単位(1)及び前記繰り返し単位(2)から選択される前記繰り返し単位の量が40mol%以上であり、
酸性官能基含有繰り返し単位の量が0.8mol%以上であり、
非イオン性繰り返し単位の量が40mol%以上である、請求項4に記載の二次電池バインダー。
【請求項6】
SBRを含む、請求項1又は2に記載の二次電池バインダー。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の二次電池バインダー、及び水を含む、スラリー。
【請求項8】
さらに電極活物質を含む、請求項7に記載のスラリー。
【請求項9】
請求項7に記載のスラリーを塗工する工程を含む、二次電池の製造方法。
【請求項10】
請求項1または2に記載の二次電池バインダー又は前記二次電池バインダーに由来する成分を含む電極。
【請求項11】
請求項8に記載のスラリーの加熱乾燥物を含む電極。
【請求項12】
請求項10に記載の電極を備える、二次電池。」
第3 令和8年3月2日付け取消理由通知に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
令和8年3月2日付け取消理由通知に記載した取消理由の概要は次のとおりである。
(1)取消理由1(新規性)
請求項1~3、7~12に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1~3、7~12に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
(2)取消理由2(進歩性)
請求項6に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
記
甲第1号証:特開2020-205257号公報
2 甲第1号証の記載事項、甲1発明
(1)甲第1号証には、以下の事項が記載されている(なお、下線は、当審で付与したものである。)。
「【0023】
[リチウムイオン電池用熱架橋性バインダー水溶液:水溶液ともいう]
本開示は、単量体群100モル%に対して、
(メタ)アクリルアミド基含有化合物(a)を2~60モル%、
不飽和カルボン酸、及び不飽和スルホン酸からなる群から選択される1つ以上の不飽和酸又はその無機塩(b)を10~50モル%、並びに
炭素数2~4のヒドロキシアルキル基を有するヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート(c)を15~78モル%含む単量体群の重合物である水溶性ポリ(メタ)アクリルアミド(A)((A)成分ともいう)を含み、pHが5~7である、リチウムイオン電池用熱架橋性バインダー水溶液を提供する。」
「【0105】
<分散体(エマルジョン)>
1つの実施形態において、上記リチウムイオン電池用バインダー水溶液は、分散体(エマルジョン)を含む。
【0106】
分散体(エマルジョン)は、スチレン-ブタジエン系共重合体ラテックス、・・・等が例示される。」
「【0137】
上記スラリーには、水溶性ポリ(メタ)アクリルアミド(A)以外のバインダーを使用してもよい。1つの実施形態において、全バインダー中の水溶性ポリ(メタ)アクリルアミド(A)90質量%以上(例えば、95、99質量%以上、100質量%等)が好ましい。」
「【0147】
乾燥手段も特に限定されず、温度は好ましくは80~200℃程度、より好ましくは90~180℃程度であり、雰囲気は乾燥空気又は不活性雰囲気であればよい。適切な温度で乾燥をすることで、リチウムイオン電池用熱架橋性バインダーである水溶性ポリ(メタ)アクリルアミド(A)の架橋が進行し、充放電サイクルに伴う耐スプリングバック性が発現する。」
「【0190】
1.(A)成分の製造
実施例1-1
撹拌機、温度計、還流冷却管、窒素ガス導入管を備えた反応装置に、イオン交換水1200g、50%アクリルアミド水溶液100g(0.70mol)、80%アクリル酸63.4g(0.70mol)、アクリル酸2-ヒドロキシエチル69.8g(0.60mol)、メタリルスルホン酸ナトリウム0.32g(0.0020mol)を入れ、窒素ガスを通じて反応系内の酸素を除去した後、55℃まで昇温した。そこに2,2’-アゾビス-2-アミジノプロパン二塩酸塩(日宝化学株式会社製 製品名「NC-32」)1.7g、イオン交換水15gを投入し、80℃まで昇温し3時間反応を行った。その後、中和剤として48%水酸化ナトリウム水溶液52.7g(0.63mol)を入れ撹拌し、固形分濃度が13%となるようにイオン交換水を入れ、水溶性ポリアクリルアミドを含有する水溶液を得た。この溶液の25℃でのpHは6.0であった。」
「【0198】
【表1】
[図:0001438301000001.jpg]
」
「【0216】
実施例3-1
<スラリーの作製>
市販の自転公転ミキサー(製品名「あわとり練太郎」、シンキー(株)製)を用い、該ミキサー専用の容器に、実施例1-1で得られた水溶性ポリ(メタ)アクリルアミド(A)を含む、リチウムイオン電池用熱架橋性バインダー水溶液を固形分換算で5質量部と、D50が5μmの一酸化ケイ素粒子(「CC粉末」、(株)大阪チタニウムテクノロジーズ製)を20質量部と、天然黒鉛(伊藤黒鉛工業株式会社製 製品名「Z-5F」)を80質量部とを混合した。そこにイオン交換水を固形分濃度40%となるように加えて、当該容器を上記ミキサーにセットした。次いで、2000rpmで10分間混練後、1分間脱泡を行い、電極用スラリーを得た。
【0217】
<負極材料の作製>
得られたスラリーを銅箔からなる集電体の表面に、乾燥後の膜厚が80μmとなるように コンマコーター(ヒラノテクシード社製、機種TM-MC)を用いて均一に塗布し乾燥温度80℃、乾燥時間1分間のライン速度でコートし、負極用材料を得た。得られた負極用材料を所定の大きさに切り出し、水分濃度、ゲル分率、電極表面のタック性、クラック、剥離、エッジの欠けを下記の方法で評価した。
・・・(中略)・・・。
【0227】
<負極の作製>
得られた負極活物質層の密度が1.5g/cm3になるようにロールプレス機によりプレス加工し、所定の形状に切り取り、負極用電極を得た。
・・・(中略)・・・。
【0233】
<リチウムイオン電池の作製>
上記の負極と正極の間にポリプロピレン製多孔膜からなるセパレータ(CS TECH CO.,LTD製、商品名「Selion P2010」)を矩形状シート(55mm×155mm、厚さ25μm)により挟装して極板群とした。この極板群を100℃、0.3Pa、24時間で乾燥させて得られた極板群を二枚一組のラミネートフィルムで覆い、三辺をシールした後、袋状となったラミネートフィルムに電解液を注入した。電解液としてエチレンカーボネート/エチルメチルカーボネート=1/1(質量比)の溶媒に、LiPF6を1mol/Lの濃度で溶解した溶液を用いた。その後、残りの一辺をシールすることで、四辺が気密にシールされ、極板群及び電解液が密閉されたラミネート型リチウムイオン二次電池を得た。なお、正極及び負極は外部と電気的に接続可能なタブを備え、このタブの一部はラミネート型リチウムイオン二次電池の外側に延出している。」
「【0238】
A 水溶性ポリ(メタ)アクリルアミド(バインダー)」
(2)甲第1号証に記載された上記記載事項により、次のことがいえる。
ア 段落【0023】によれば、甲第1号証には、水溶性ポリ(メタ)アクリルアミドを含むリチウムイオン電池用熱架橋性バインダー水溶液が記載されている。
また、段落【0137】、【0147】、【0238】によれば、水溶性ポリ(メタ)アクリルアミドはバインダーであり、段落【0190】、【0216】、【0217】、【0227】、【0233】によれば、該バインダー水溶液は、リチウムイオン二次電池用であるといえる。
イ 段落【0190】によれば、甲第1号証に記載された実施例1-1に着目すると、水溶性ポリアクリルアミドを含有する水溶液は、反応装置に、イオン交換水1200g、50%アクリルアミド水溶液100g(0.70mol)、80%アクリル酸63.4g(0.70mol)、アクリル酸2-ヒドロキシエチル69.8g(0.60mol)、メタリルスルホン酸ナトリウム0.32g(0.0020mol)を入れ、55℃まで昇温し、そこに2,2’-アゾビス-2-アミジノプロパン二塩酸塩(日宝化学株式会社製 製品名「NC-32」)1.7g、イオン交換水15gを投入し、80℃まで昇温し3時間反応を行った後、中和剤として48%水酸化ナトリウム水溶液52.7g(0.63mol)を入れ撹拌し、固形分濃度が13%となるようにイオン交換水を入れて得られ、該水溶液の25℃でのpHは6.0であるといえる。
ウ 段落【0198】の【表1】によれば、甲第1号証に記載された実施例1-1のB型粘度は3,000mPa・s、重量平均分子量は70万である。
(3)よって、上記(2)によれば、甲第1号証に記載された実施例1-1に着目すると、甲第1号証には次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。
「バインダーである水溶性ポリ(メタ)アクリルアミドを含むリチウムイオン二次電池用熱架橋性バインダー水溶液であって、
水溶性ポリアクリルアミドを含有する水溶液は、反応装置に、イオン交換水1200g、50%アクリルアミド水溶液100g(0.70mol)、80%アクリル酸63.4g(0.70mol)、アクリル酸2-ヒドロキシエチル69.8g(0.60mol)、メタリルスルホン酸ナトリウム0.32g(0.0020mol)を入れ、55℃まで昇温し、そこに2,2’-アゾビス-2-アミジノプロパン二塩酸塩(日宝化学株式会社製 製品名「NC-32」)1.7g、イオン交換水15gを投入し、80℃まで昇温し3時間反応を行った後、中和剤として48%水酸化ナトリウム水溶液52.7g(0.63mol)を入れ撹拌し、固形分濃度が13%となるようにイオン交換水を入れて得られ、
該水溶液の25℃でのpHは6.0、B型粘度は3,000mPa・s、重量平均分子量は70万である、
リチウムイオン二次電池用熱架橋性バインダー水溶液。」
3 取消理由に対する判断
(1)取消理由1(新規性)について
ア 本件発明1について
(ア)対比
a 甲1発明の「水溶性ポリ(メタ)アクリルアミド」は、本件発明1の「水系高分子」に相当する。
b 本件発明1は、「水に前記水系高分子を2質量%の濃度で溶解させたときに得られた水溶液のNa濃度が0.05質量%以上0.25質量%以下であ」るのに対し、甲1発明は「Na濃度」について記載されていない点で相違する。
c 本件発明1は、「前記水系高分子の電解液吸液率(25℃)が8.0%以下であり、前記電解液の組成は、エチレンカーボネート/ジメチルカーボネート比が、1/1 v/v%であ」るのに対し、甲1発明は「電解液吸液率」について記載されていない点で相違する。
d 本件発明1は「水に前記水系高分子を2質量%の濃度で溶解させたときに得られた水溶液の25℃でのpHが6.5以上8.5以下である」のに対し、甲1発明は「固形分濃度が13%となるようにイオン交換水を入れて得られ」た「水溶液の25℃でのpHは6.0である」点で相違する。
e 甲1発明の「リチウムイオン二次電池用熱架橋性バインダー水溶液」に含まれる「バインダー」は、本件発明1の「二次電池バインダー」に相当する。
上記a~eによれば、本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。
(一致点)
「水系高分子を含む、二次電池バインダー。」
(相違点1)
本件発明1は、「水に前記水系高分子を2質量%の濃度で溶解させたときに得られた水溶液のNa濃度が0.05質量%以上0.25質量%以下であ」るのに対し、甲1発明は「Na濃度」について記載されていない点。
(相違点2)
本件発明1は、「前記水系高分子の電解液吸液率(25℃)が8.0%以下であり、前記電解液の組成は、エチレンカーボネート/ジメチルカーボネート比が、1/1 v/v%であ」るのに対し、甲1発明は「電解液吸液率」について記載されていない点。
(相違点3)
本件発明1は「水に前記水系高分子を2質量%の濃度で溶解させたときに得られた水溶液の25℃でのpHが6.5以上8.5以下である」のに対し、甲1発明は「固形分濃度が13%となるようにイオン交換水を入れて得られ」た「水溶液の25℃でのpHは6.0である」点。
そうすると、本件発明1と甲1発明とは、下記(イ)において述べるように、少なくとも相違点3は実質的な相違点である。
したがって、本件発明1は甲1号証に記載された発明であるとはいえない。
(イ)異議申立人の主張について
a 異議申立人は、異議申立書において、上記相違点3に関し概略次のように主張する。
「甲第1号証 実施例1-1(0190段落)について、固形分濃度13%水溶液の25℃でのpHが6.0であった旨記載されている。この値から計算すると、固形分濃度2%水溶液のpHは6.69となる(導出過程は下記のとおり)。
・・・(中略)・・・。
<導出過程>
水以外から生じる水素イオンH+のモル濃度をc(mol/L)とする。
水の電離により生じる水素イオンH+のモル濃度(=水酸化物イオンOH-のモル濃度)をx(mol/L)とする。
水のイオン積をKw(=1.0×10-14(mol/L)2)とする。
[図:0001438301000002.jpg]
pHが6.0の固形分13%水溶液を固形分濃度2%に希釈するため、
c=(2/13)×(1.0×10-6.0)
≒1.5×10-7.0となる。
よって、
[H+]=[1.5×10-7.0+{(1.5×10-7.0)2+4×(1.0×10-14)}(1/2)]/2
≒2.0×10-7.0
pH=-log10[H+]
=-log10[2.0×10-7.0]
≒6.69」
b 異議申立人の上記主張について検討する。
(a)異議申立人は、甲第1号証の実施例1-1は、固形分濃度13%水溶液の25℃でのpHが6.0であることから、固形分濃度2%水溶液のpHを計算すると、6.69となる旨主張する。
(b)ここで、異議申立人の主張する上記計算式(上記aの「<導出過程>」を参照。)に基づいて、本件明細書(段落【0087】を参照。)に記載された実施例1(以下、「本件実施例1」という。)における固形分濃度2%水溶液のpHについて算出する。
(b-1)本件実施例1に関し、本件明細書の段落【0087】には以下のとおり記載されている。
「【0087】
〔実施例1〕
密閉可能な内容積500mlのバイアル瓶に、アクリルアミド35.3g(0.49mol)、メタリルスルホン酸ナトリウム0.2g(0.001mol)、アクリル酸35.3g(0.49mol)、アクリル酸2-ヒドロキシエチル48.6g(0.42mol)、2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]二塩酸塩(富士フイルム和光純薬工業 製品名「VA-044」)1.36gおよびイオン交換水210.0gを添加して混合し、単量体水溶液を調製し、脱酸素した。
上記とは別に、攪拌機、温度計、N2ガス導入管、還流冷却機および滴下ロートを備えた容量2Lの反応槽に、イオン交換水858.3gを仕込み、N2ガスを吹き込んで系内を脱酸素した後、内温を68℃まで昇温した。続いて、反応槽に攪拌下、脱酸素した単量体水溶液を、滴下ロートにて3時間かけて滴下した。滴下後、内温を68℃で2時間保持した。更に、73℃で1時間攪拌して、30℃まで冷却し、pH5.5になるまで、48質量%NaOH水溶液30.3gを添加し、水系高分子を含む水溶液を得た。水系高分子の繰り返し単位の組成はAAm/AA(H/Na)/2-HEA/MAS(H/Na)=35/35/29.9/0.1(モル比)であった。」
そうすると、本件実施例1の全体質量は、1219.36g(=35.3g(アクリルアミド)+0.2g(メタリルスルホン酸ナトリウム)+35.3g(アクリル酸)+48.6g(アクリル酸2-ヒドロキシエチル)+1.36g(VA-044)+210.0g(イオン交換水)+858.3g(イオン交換水)+30.3g(48質量%NaOH水溶液))である。
また、本件実施例1における固形分量の合計は、135.26g(=35.3g(アクリルアミド)+0.2g(メタリルスルホン酸ナトリウム)+35.3g(アクリル酸)+48.6g(アクリル酸2-ヒドロキシエチル)+1.36g(VA-044)+14.5g(=48質量%NaOH水溶液30.3g×0.48)である。
よって、本件実施例1において、固形分濃度は、11.1質量%(=135.26g/1219.36g)であり、pHは5.5(同段落【0087】参照)である。
(b-2)次に、異議申立人の主張する上記計算式に、本件実施例1における固形分濃度11.1質量%、及び、pH5.5を当てはめ、固形分濃度2%水溶液のpHを算出すると、
c=(2/11.1)×(1.0×10-5.5)
≒5.7×10-7
よって、
[H+]=[5.7×10-7+{(5.7×10-7)2+4×(1.0×10-14)}(1/2)]/2
≒5.9×10-7
であるから、
pH=-log10[H+]
=-log10[5.9×10-7]
≒6.23
である。
(b-3)しかしながら、本件明細書の段落【0096】の記載及び【0113】の表1によれば、本件実施例1から、水に水系高分子を固形分濃度が2質量%になるように溶解させた高分子水溶液を調製し、pHメーターを用いて測定したpHは「5.8」であることから、異議申立人が主張する上記計算式により得られた固形分濃度2%水溶液のpHの算出値「6.23」と乖離していることは明らかである。
そうすると、上記計算式によって得られる値が、実測値を正確に反映しているとはいえず、甲第1号証の実施例1-1について上記計算式によって算出された固形分濃度2%水溶液のpHが6.69となることのみをもって、ただちに「6.5以上8.5以下」の範囲内であるとは必ずしもいえない。
(c)よって、異議申立人の上記主張は採用できない。
(ウ)小括
したがって、本件発明1と甲1発明とは少なくとも相違点3を有するものであるから、本件発明1は甲1発明ではない。
イ 本件発明2、3、7~12について
第2のとおり、本件発明2、3、7~12は、本件発明1の発明特定事項をすべて含みさらに他の発明特定事項を追加して限定したものであるから、上記本件発明1についての判断と同様の理由により、本件発明2、3、7~12は、甲1発明ではない。
ウ 取消理由1のまとめ
以上から、本件発明1~3、7~12は、甲1発明ではないから、特許法第29条第1項第3号に該当せず、本件特許1~3、7~12は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものではない。
(2)取消理由2(進歩性)について
ア 本件発明1について
請求項6は請求項1を引用するものであるから、事案に鑑みて、まず本件発明1の進歩性について検討する。
(ア)対比
上記(1)ア(ア)のとおり、本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。
(一致点)
「水系高分子を含む、二次電池バインダー。」
(相違点1)
本件発明1は、「水に前記水系高分子を2質量%の濃度で溶解させたときに得られた水溶液のNa濃度が0.05質量%以上0.25質量%以下であ」るのに対し、甲1発明は「Na濃度」について記載されていない点。
(相違点2)
本件発明1は、「前記水系高分子の電解液吸液率(25℃)が8.0%以下であり、前記電解液の組成は、エチレンカーボネート/ジメチルカーボネート比が、1/1 v/v%であ」るのに対し、甲1発明は「電解液吸液率」について記載されていない点。
(相違点3)
本件発明1は「水に前記水系高分子を2質量%の濃度で溶解させたときに得られた水溶液の25℃でのpHが6.5以上8.5以下である」のに対し、甲1発明は「固形分濃度が13%となるようにイオン交換水を入れて得られ」た「水溶液の25℃でのpHは6.0である」点。
(イ)相違点に対する判断
a 事案に鑑み、相違点3から検討する。
甲第1号証の段落【0023】、【0024】には、リチウムイオン電池用熱架橋性バインダー水溶液のpHとして5~7が好ましく、6.5及び6.9等の数値が例示されている。
しかし、このpHは、リチウムイオン電池用熱架橋性バインダー水溶液のpHであって、水溶性ポリ(メタ)アクリルアミドを水に2質量%の濃度で溶解させた水溶液のpHではない。
また、上記(1)ア(イ)で検討したとおり、2質量%水溶液のpHを上記計算式によって正確に算出できるとも認められない。
そうすると、甲第1号証に接した当業者が、甲1発明について、水溶性ポリ(メタ)アクリルアミドを水に2質量%の濃度で溶解させた水溶液のpHを6.5以上8.5以下となるように調整することを動機付けられるとはいえず、また、そのような構成が得られることを合理的に算出できたともいえない。
b 異議申立人は、異議申立書(9頁14~15行)において、甲第1号証段落【0024】の記載に基づき、pHを6.5~7までの値にすることは、当業者であれば、容易に想到できることである旨主張する。
しかし、甲第1号証の段落【0024】に「リチウムイオン電池用熱架橋性バインダー水溶液のpHの上限及び下限は、7、6.9、6.5、6、5.9、5.6、5.5、5.4、5.2、5.1、5等が例示される。1つの実施形態において、リチウムイオン電池用熱架橋性バインダー水溶液のpHは、溶液安定性の観点からpH5~7が好ましく、pH5以上7未満がより好ましい。」と記載されているものの、水系高分子を2質量%の濃度で溶解させたときに得られた水溶液のpHを6.5以上8.5以下に調整することは何等記載されていない。
よって、異議申立人の主張は採用できない。
c したがって、甲1発明において、上記相違点3に係る構成を採用することは、当業者が容易になし得たこととはいえないから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
イ 本件発明6について
上記第2のとおり、本件発明6は、本件発明1の発明特定事項をすべて含みさらに他の発明特定事項を追加して限定したものであるから、上記アと同様の理由により、本件発明6は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
ウ まとめ
以上のとおり、本件発明6は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件特許6は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。
第4 取消理由において採用しなかった特許異議申立理由について
1 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立の概要は次のとおりである。
(1)申立理由1(新規性)
請求項6に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された甲第1号証に記載された発明であるから、特許第29条第1項第3号に該当し、請求項6に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
(2)申立理由2(進歩性)
請求項1~3、7~12に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された甲第1号証に記載された発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1~3、7~12に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
(3)申立理由(サポート要件)
請求項1~3、7~12に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではないから、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(4)提出された証拠
甲第1号証:特開2020-205257号公報
2 甲第1号証の記載事項
甲第1号証に記載された事項は、上記第3の2(1)のとおりである。
そして、甲第1号証には、上記第3の2(3)のとおり、甲1発明が記載されている。
3 申立理由に対する当審の判断
(1)申立理由1(新規性)について
上記第2のとおり、本件発明6は、本件発明1の発明特定事項をすべて含みさらに他の発明特定事項を追加して限定したものであるから、上記第3の3(1)ア(ア)で検討した本件発明1についての判断と同様の理由により、本件発明6は、甲1発明ではない。
したがって、本件発明6は、甲1発明ではないから、特許法第29条第1項第3号に該当せず、本件特許6は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものではない。
よって、異議申立人の主張する申立理由1は理由がない。
(2)申立理由2(進歩性)について
ア 本件発明1について
上記第3の3(2)アのとおり、本件発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
イ 本件発明2、3、7~12について
上記第2のとおり、本件発明2、3、7~12は、本件発明1の発明特定事項をすべて含みさらに他の発明特定事項を追加して限定したものであるから、上記アと同様の理由により、本件発明2、3、7~12は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
ウ まとめ
以上のとおり、本件発明1~3、7~12は、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件特許の請求項1~3、7~12に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。
したがって、異議申立人の主張する申立理由2は理由がない。
(3)申立理由3(サポート要件)について
ア サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。以下、検討する。
イ 当審の判断
本件明細書の段落【0004】の記載によれば、本件発明の課題は、電池の製造及び/又は電池特性に好適に寄与できる新規な二次電池バインダーを提供することである。
そして 、本件明細書には、二次電池バインダーについて、本件発明で特定されているとおり、水系高分子を含み(段落【0011】)、水に水系高分子を2質量%の濃度で溶解させたときに得られた水溶液のNa濃度は、0.05質量%以上0.25質量%以下であり(段落【0019】)、水系高分子の電解液吸液率(25℃)が8.0%以下であり(段落【0020】)、水に水系高分子を2質量%の濃度で溶解させたときに得られた水溶液のpH(25℃)は、6.5以上8.5以下であり(段落【0016】)、上記Na濃度が上記範囲の場合、充放電サイクル後の電極の膨張を抑制でき、上記電解液吸液率が上記範囲である場合、充放電サイクル後の電池の直流抵抗抑制が好適となり、上記pHが上記範囲であることにより水系高分子水溶液の粘度安定性が良好となり、電池製造の生産性の観点から好適となる、という効果(段落【0019】、【0020】、【0016】)を奏することで、発明の課題を解決するものであることが理解できる。
そうすると、本件発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。
したがって、本件発明は、サポート要件を満たしている。
ウ 異議申立人の主張
(ア)異議申立人は特許異議申立書において、本件請求項1では、構成成分(モノマー成分)等については何等限定されておらず、本件明細書の実施例には、水溶液ラジカル重合法により合成された例のみが記載されているのみであり、水溶液ラジカル重合法以外の縮合重合により製造されるポリアミック酸のような水系高分子は記載も示唆もされていない。そして、本件明細書の記載を参酌しても、水溶液ラジカル重合法により合成された例以外についても本件発明の課題が解決されることについての論理的な説明はなされているとは認められないし、そのような事項が当該技術分野において周知の技術的事項であることを示す文献等も見当たらないことから、本件の発明の詳細な説明に記載された実施例に係る知見を、本件請求項1に係る発明の範囲にまで拡張乃至一般化しうるとは認められない旨主張する(11頁12~22行)。
(イ)異議申立人の上記主張について検討すると、上記イのとおり、水に水系高分子を2質量%の濃度で溶解させたときに得られた水溶液のNa濃度を0.05質量%以上0.25質量%以下とし、水系高分子の電解液吸液率(25℃)を8.0%以下とし、水に水系高分子を2質量%の濃度で溶解させたときに得られた水溶液のpH(25℃)を6.5以上8.5以下とすることによって、上記課題を解決し得ることは当業者が十分認識し得るものと認められ、本件明細書の段落【0113】の表に記載された実施例2、3もこれを裏付けているといえる。
そうすると、本件発明1の「水系高分子」の構成成分(モノマー成分)等が限定されていないからといって、本件発明1が、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えているとはいえない。
したがって、異議申立人の主張は採用できない。
エ 申立理由3のまとめ
以上によれば、本件発明は、発明の詳細な説明に記載したものであって、本件特許は、特許法36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえない。
したがって、異議申立人の主張する申立理由3は理由がない。
第5 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1~3、6~12に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1~3、6~12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-701066