特許異議申立
2024-701201
冷凍パン生地を用いたパンの製造システム
- 審判番号
- 2024-701201
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2023-121684
- 登録番号
- 7499545
- 請求日
- 2024年12月16日
- 審決日
- 2025年04月07日
- 公報発行日
- 2025年05月30日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】株式会社福盛ドゥ
- 【権利者代理人】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
- 【異議申立人】▲高▼畑 明久
- 審判長/審判官
- 審判長 淺野 美奈
- 審判官 宮川 数正
- 審判官 天野 宏樹
- 分類
- P1651.537-Y (A21D) / P1651.536-Y (A21D)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第2号、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号、特許法第2条第3項第3号、特許法第2条第3項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7499545号発明「冷凍パン生地を用いたパンの製造システム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7499545号の請求項1~8に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7499545号(以下、「本件特許」という。)の請求項1~8に係る特許についての出願は、令和5年7月26日の出願であって、令和6年6月6日にその特許権の設定登録(請求項の数8)がされ、同年同月14日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対して、同年12月16日に特許異議申立人高畑明久(当審注:「高」ははしごだか。以下、「申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1~8)がされたものである。
第2 本件発明について
本件特許の請求項1~8に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」~「本件発明8」という。まとめて、「本件発明」ということもある。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1~8に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
なお、以下において、隅付き括弧は「[ ]」と表記した。
「[請求項1]
冷凍パン生地を用いる食パン系の製造方法であって、
発酵が停止および進まない所定の温度以下でパン生地を混合し捏ねるパン生地捏ね工程と、
前記パン生地を所定の発酵温度で発酵する発酵工程と、
前記発酵工程後に、前記パン生地を所定の重量に分割し、所定数の分割パン生地を得る分割工程と、
前記分割工程後に、分割パン生地を、所定の温度範囲で、分割パン生地の中心部の温度が-12℃以上-5℃以下の範囲の任意の温度になるように、所定時間急速冷却する第一急速冷却工程と、
前記第一急速冷却工程後に、前記分割パン生地の中心部の温度が8℃以上10℃以下の範囲の任意の温度になるように、前記分割パン生地を解凍する解凍工程と、
前記解凍工程後に、解凍された分割パン生地を成型し、成型パン生地を得る成型工程と、
前記成型工程後に、成型パン生地を、所定の温度範囲で、成型パン生地の中心部の温度が-5℃以下の範囲の任意の温度になるように、所定時間急速冷却する第二急速冷却工程と、
前記第二急速冷却した成型パン生地を、-12℃以下の冷凍温度で所定期間保存する第一保存工程と、
を少なくとも含む、
冷凍パン生地を用いる食パン系の製造方法。
[請求項2]
前記冷凍保存した成型パン生地を食パン用型に入れあるいは食パン用型に入れることなく、前記冷凍温度よりも高い-2℃から2℃の範囲の温度および相対湿度60%以下で所定期間少なくとも保存する第二保存工程と、
前記第二保存工程の後で、少なくとも3段階の温度、相対湿度60%以下および期間を設定してホイロ発酵を行う多段式ホイロ発酵工程と、
前記多段式ホイロ発酵工程の後で、ホイロ発酵後のパン生地を焼成する焼成工程と、
をさらに含む、
請求項1に記載の冷凍パン生地を用いる食パン系の製造方法。
[請求項3]
冷凍パン生地を用いるフランスパン系の製造方法であって、
発酵が停止および進まない所定の温度以下でパン生地を混合し捏ねるパン生地捏ね工程と、
前記パン生地を所定の発酵温度で発酵する発酵工程と、
前記発酵工程後に、前記パン生地を所定の重量に分割し、所定数の分割パン生地を得る分割工程と、
前記分割工程後に、分割パン生地を、所定の温度範囲で、分割パン生地の中心部の温度が-12℃以上-5℃以下の範囲の任意の温度になるように、所定時間急速冷却する第一急速冷却工程と、
前記第一急速冷却工程後に、前記分割パン生地の中心部の温度が8℃以上10℃以下の範囲の任意の温度になるように、前記分割パン生地を解凍する解凍工程と、
前記解凍工程後に、解凍された分割パン生地を成型し、成型パン生地を得る成型工程と、
前記成型工程後に、成型パン生地を、所定の温度範囲で、成型パン生地の中心部の温度が-5℃以下の範囲の任意の温度になるように、所定時間急速冷却する第二急速冷却工程と、
前記第二急速冷却した成型パン生地を、-12℃以下の冷凍温度で所定期間保存する第一保存工程と、
を少なくとも含む、
冷凍パン生地を用いるフランスパン系の製造方法。
[請求項4]
前記冷凍保存した成型パン生地を、前記冷凍温度よりも高い-2℃から2℃の範囲の温度および相対湿度60%以下で所定期間少なくとも保存する第二保存工程と、
前記第二保存工程の後で、少なくとも3段階の温度、相対湿度60%以下および期間を設定してホイロ発酵を行う多段式ホイロ発酵工程と、
前記多段式ホイロ発酵工程の後で、ホイロ発酵後のパン生地を焼成する焼成工程と、
をさらに含む、
請求項3に記載の冷凍パン生地を用いるフランスパン系の製造方法。
[請求項5]
冷凍パン生地玉を用いた食事パンの製造方法であって、
発酵が停止および進まない所定の温度以下でパン生地を混合し捏ねるパン生地捏ね工程と、
前記パン生地を所定の発酵温度で発酵する発酵工程と、
前記発酵工程後に、前記パン生地を所定の重量に分割し、所定数の分割パン生地玉を得る分割工程と、
前記分割工程後に、分割パン生地玉を、所定の温度範囲で、パン生地の中心部の温度が-5℃以下になるように急速冷却する急速冷却工程と、
前記急速冷却した分割パン生地玉を、-12℃以下の冷凍温度で所定期間保存する第一保存工程と、
前記冷凍保存した分割パン生地玉を、前記冷凍温度よりも高い-2℃から2℃の範囲の温度および相対湿度60%以下で所定期間少なくとも保存する第二保存工程と、
前記第二保存工程の後で、前記分割パン生地玉の中心部の温度が8℃以上10℃以下の範囲の任意の温度になるように、前記分割パン生地玉を解凍する解凍工程と、
前記解凍工程後に、解凍された分割パン生地玉を成型し、成型パン生地を得る成型工程と、
前記成型パン生地において、所定温度と相対湿度60%以下のホイロ発酵を行うホイロ発酵工程、または少なくとも3段階の温度、相対湿度60%以下および期間を設定してホイロ発酵を行う多段式ホイロ発酵工程と、
前記ホイロ発酵工程あるいは多段式ホイロ発酵工程の後で、ホイロ発酵後のパン生地を焼成する焼成工程と、
を含む、
冷凍パン生地玉を用いた食事パンの製造方法。
[請求項6]
冷凍パン生地を用いる食パン系の製造システムであって、
発酵が停止および進まない所定の温度以下でパン生地を混合し捏ねる捏ね装置と、
パン生地を所定の発酵温度で発酵する発酵装置と、
前記発酵後に、前記パン生地を所定の重量に分割した分割パン生地を、所定の温度範囲で、分割パン生地の中心部の温度が-12℃以上-5℃以下の範囲の任意の温度になるように、所定時間急速冷却する第一急速冷却装置と、
前記第一急速冷却した後に、前記分割パン生地の中心部の温度が8℃以上10℃以下の範囲の任意の温度になるように、前記分割パン生地を解凍し、解凍された分割パン生地を成型した成型パン生地を、所定の温度範囲で、成型パン生地の中心部の温度が-5℃以下の範囲の任意の温度になるように、所定時間急速冷却する第二急速冷却装置と、
前記第二急速冷却した成型パン生地を、-12℃以下の冷凍温度で所定期間保存する第一保存装置と、
前記冷凍保存した成型パン生地を食パン用型に入れあるいは食パン用型に入れることなく、前記冷凍温度よりも高い-2℃から2℃の範囲の温度および相対湿度60%以下で所定期間少なくとも保存する第二保存装置と、
前記第二保存された後で、少なくとも3段階の温度、相対湿度60%以下および期間を設定してホイロ発酵を行う多段式ホイロ発酵装置と、
前記多段式ホイロ発酵の後で、ホイロ発酵後のパン生地を焼成する焼成装置と、
を備える、
冷凍パン生地を用いる食パン系の製造システム。
[請求項7]
発酵が停止および進まない所定の温度以下でパン生地を混合し捏ねる捏ね装置と、
パン生地を所定の発酵温度で発酵する発酵装置と、
前記発酵工程後に、前記パン生地を所定の重量に分割し、分割した分割パン生地を、所定の温度範囲で、分割パン生地の中心部の温度が-12℃以上-5℃以下の範囲の任意の温度になるように、所定時間急速冷却する第一急速冷却装置と、
前記第一急速冷却した後に、前記分割パン生地の中心部の温度が8℃以上10℃以下の範囲の任意の温度になるように、前記分割パン生地を解凍し、解凍された分割パン生地を成型し、成型された成型パン生地を、所定の温度範囲で、成型パン生地の中心部の温度が-5℃以下の範囲の任意の温度になるように、所定時間急速冷却する第二急速冷却装置と、
前記第二急速冷却した成型パン生地を、-12℃以下の冷凍温度で所定期間保存する第一保存装置と、
前記冷凍保存した成型パン生地を、前記冷凍温度よりも高い-2℃から2℃の範囲の温度および相対湿度60%以下で所定期間少なくとも保存する第二保存装置と、
前記第二保存された後で、少なくとも3段階の温度、相対湿度60%以下および期間を設定してホイロ発酵を行う多段式ホイロ発酵装置と、
前記多段式ホイロ発酵の後で、ホイロ発酵後のパン生地を焼成する焼成装置と、
を備える、
冷凍パン生地を用いるフランスパン系の製造システム。
[請求項8]
冷凍パン生地玉を用いた食事パンの製造システムであって、
発酵が停止および進まない所定の温度以下でパン生地を混合し捏ねる捏ね装置と、
前記パン生地を所定の発酵温度で発酵する発酵装置と、
前記発酵後に、前記パン生地を所定の重量に分割して得た所定数の分割パン生地玉を、
所定の温度範囲で、パン生地の中心部の温度が-5℃以下になるように急速冷却する急速冷却装置と、
前記急速冷却した分割パン生地玉を、-12℃以下の冷凍温度で所定期間保存する第一保存装置と、
前記冷凍保存した分割パン生地玉を、前記冷凍温度よりも高い-2℃から2℃の範囲の温度および相対湿度60%以下で所定期間少なくとも保存する第二保存装置と、
前記分割パン生地玉の中心部の温度が8℃以上10℃以下の範囲の任意の温度になるように、前記分割パン生地玉を解凍した後で、解凍された分割パン生地玉を成型し、成型パン生地を得る成型装置と、
前記成型パン生地において、所定温度と相対湿度60%以下のホイロ発酵を行うホイロ発酵装置、または少なくとも3段階の温度、相対湿度60%以下および期間を設定してホイロ発酵を行う多段式ホイロ発酵装置と、
前記ホイロ発酵後のパン生地を焼成する焼成装置と、
を備える、
冷凍パン生地玉を用いた食事パンの製造システム。」
第3 特許異議申立理由の概要
申立人は、証拠方法として下記2.に示す甲第1号証~甲第14号証(以下、それぞれ「甲1」~「甲14」のようにいう。)を提出し、概略、以下の特許異議申立理由を主張している。なお、特許異議申立理由の番号は当審が仮に付与した。
1.特許異議申立理由
(1)理由1(明確性要件違反)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に適合するものではなく、本件発明1~8についての特許は同条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
ア 本件発明1~8の「パン生地を混合し捏ねる」温度に関する不備
本件発明1には、パン生地を混合し捏ねる温度について、「発酵が停止および進まない所定の温度以下」と規定され、具体的な温度の明記はない。
ここで、本件明細書の[0015]、[0055]などの記載によれば、「発酵が停止および進まない所定の温度以下」とは、具体的には、24℃を含む「24℃以下」を指すものと理解される。
しかし、「24℃以下」の温度には、発酵が進む温度が含まれるため、「24℃以下」は「発酵が停止および進まない所定の温度以下」に相当しない。本件明細書の[0002]の記載に基づけば、パン生地の発酵は、少なくとも10℃で進むはずである。さらには、[0032]及び[0056]の記載に基づけば、25℃で発酵が可能である場合に、1℃の差しかない24℃で発酵が進まないとはいいがたい。実際、冷蔵条件であってもパン生地の発酵が進むことは技術常識である(甲1(168頁6~9行)、甲7([0030]~[0034])、甲8([0042]~[0044])、甲9([0027])、甲10(3頁左欄)、甲11(35頁最下段~36頁最上段)、甲12(51頁6~10行)、甲13(545頁1~3行)、甲14(111頁22~23行))。
以上のとおり、「24℃以下」の温度には、発酵が進む温度が含まれるため、本件明細書には、本件発明1における用語について、その通常の意味と矛盾する定義が記載されている。したがって、本件発明1は、「発明特定事項の技術的意味を当業者が理解できず、さらに、出願時の技術常識を考慮すると発明特定事項が不足していることが明らかであるため、発明が不明確となる場合」(審査基準、第II部第2章第3節明確性要件、「2.2明確性要件違反の類型」(2)b)に相当する。
よって、本件発明1は明確ではない。本件発明1と同様の規定を有する本件発明3、5乃至8、及び、これらの発明を引用する本件発明2、及び4についても同様の不備がある。
イ 本件発明1~8の「発酵工程」に関する不備
上記アのとおり、本件発明1の「パン生地を混合し捏ねる」工程には、パン生地の発酵が進む温度で捏ねる態様が包含される。
ここで、本件発明1には、「パン生地を混合し捏ねる」工程の次工程として、「パン生地を所定の発酵温度で発酵する」工程が規定されている。そうすると、「パン生地を混合し捏ねる」工程、及び、その次工程である「パン生地を所定の発酵温度で発酵する」工程のいずれも、パン生地を、発酵が進む温度にさらすのであるから、両工程が同一工程なのか、異なる工程なのかが明らかではない。
よって、本件発明1は明確ではない。本件発明1と同様の規定を有する本件発明3、5乃至8、及び、これらの発明を引用する本件発明2、及び4についても同様の不備がある。
ウ 本件発明1~8の「急速冷却」に関する不備
本件発明1には、「分割パン生地」を「所定の温度範囲で、分割パン生地の中心部の温度が-12℃以上-5℃以下の範囲の任意の温度になるように」、「所定時間急速冷却する」こと(第一急速冷却工程)、及び、「成型パン生地」を「所定の温度範囲で、成型パン生地の中心部の温度が-5℃以下の範囲の任意の温度になるように」、「所定時間急速冷却する」こと(第二急速冷却工程)がそれぞれ記載されている。
しかし、各急速冷却について、具体的な温度や時間の明記はない。
ここで、本件明細書には、「第一急速冷却工程」について「所定時間(例えば、15分から60分で急速冷却)急速冷却する」(段落[0015]、[0020]、[0029]、[0033]、[0034]、[0036])、また、「第二急速冷却工程」について「所定時間急速冷却(例えば、15分から60分で急速冷却)する」(段落[0015]、[0020]、[0029]、[0033]、[0034]、[0036])という説明がある。さらにまた、特許権者による意見書(甲6、3頁1~18行)によれば、引用文献1に記載された、「-20℃の冷凍庫で120分冷却」の後で「生地を3つ折り2回」し次いで「-5℃で一夜冷却あるいは2時間冷却」し次いで「3つ折りに1回」することは、「急速冷却」には相当しない。
他方で、食品の「急速凍結」の一般的定義としては、概ね30分で-1℃~-5℃を通過することが知られる(例えば、甲5の221頁(13頁)、「参考資料3)緩慢凍結後の食品品質に関する検査法」、1~2行;231頁(23頁)、「参考資料4)凍結条件に関する資料」、下から2行)。また、食品の「緩慢凍結」の一般的定義としては、30分を超える条件で-1℃~-5℃を通過することが知られる(例えば、甲5の221頁(13頁)、「参考資料3)緩慢凍結後の食品品質に関する検査法」、2~3行)。
そうすると、本件明細書には、「急速凍結」の態様として、「15分から60分で急速冷却」、すなわち、30分を超える条件での冷却という「緩慢凍結」が含まれる。したがって、本件発明1は、「発明特定事項の技術的意味を当業者が理解できず、さらに、出願時の技術常識を考慮すると発明特定事項が不足していることが明らかであるため、発明が不明確となる場合」(審査基準、第II部第2章第3節明確性要件、「2.2明確性要件違反の類型」(2)b)に相当する。
よって、本件発明1は明確ではない。本件発明1と同様の規定を有する本件発明3、5乃至8、及び、これらの発明を引用する本件発明2、及び4についても同様の不備がある。
(2)理由2(実施可能要件違反)
本件特許は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に適合するものではなく、本件発明1~8についての特許は同号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
ア 本件発明1及び3のパン製造条件に関する不備
本件明細書の[0038](特に、「(3)」)に基づけば、本件発明における作用効果とは、発酵分割後に、速やかに急速冷却することで、パン生地からガス抜き処理する結果、ホイロ発酵後のパン生地の状態を良好にしようとするものと考えられる。この点に関して、本件明細書の実施例においても、ホイロ発酵後の食パンの天面の状態について比較例との比較がなされている([0074])。これらのことから、本件発明における作用効果を奏するためには、パン製造工程において、ホイロ発酵の工程を設けることが前提になるものと理解される。
しかし、本件発明1及び3には、ホイロ発酵を行うことの規定はない。また、本件明細書には、ホイロ発酵を行わない態様であっても、上記作用効果を奏することができることについて何ら説明されていない。そうすると、本件明細書は、ホイロ発酵を行う態様についてしか説明がないから、「発明の詳細な説明に、特定の実施の形態のみが実施可能に記載されている場合」(審査基準、第II部第1章第1節実施可能要件、「3.2.2請求項に係る発明に含まれる実施の形態以外の部分が実施可能でないことに起因する実施可能要件違反」(2))に相当する。
したがって、本件明細書の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が本件発明1及び3の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。
イ 本件発明1~8のパン製造条件に関する不備-その1
上記申立理由1(明確性要件違反)のアのとおり、本件発明1~8の「パン生地を混合し捏ねる」温度である「発酵が停止および進まない所定の温度以下」に関し、本件明細書に記載された「24℃以下」は「発酵が停止および進まない所定の温度以下」に相当しない。
また、本件明細書には、「パン生地を混合し捏ねる」温度として、「24℃」を採用した実施例の開示しかない(段落[0055])。よって、本件明細書に記載された実施例は、本件発明が課題を解決できる点や、本件発明の効果を裏付けるものに相当しない。
そうすると、本件明細書は、「パン生地を混合し捏ねる」工程として、発酵が進む「24℃」で実施する態様についてしか説明がないから、「発明の詳細な説明に、特定の実施の形態のみが実施可能に記載されている場合」(審査基準、第II部第1章第1節実施可能要件、「3.2.2請求項に係る発明に含まれる実施の形態以外の部分が実施可能でないことに起因する実施可能要件違反」(2))に相当する。
したがって、本件明細書の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が本件発明1~8の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。
ウ 本件発明1~8のパン製造条件に関する不備-その2
(ア)本件明細書に記載された製パン条件について
本件明細書には、本件発明の課題について、「本開示では、食事パンにおける冷凍保存を可能とし、・・・冷凍パン生地を用いた食事パンの製造方法と製造システムを提供する」点が記載されている([0011])。また、本件発明には、「前記パン生地を所定の発酵温度で発酵する」ことが規定されている。
他方で、本件明細書には、発酵条件の例示が記載されているものの([0015]、[0020]、[0029]等)、本件発明には発酵温度や発酵時間の具体的な規定はないため、任意の発酵条件で実施する態様が包含されている。
この点に関し、発酵温度が低かったり、発酵時間が長かったりすると、酸臭等が生じてパンの品質が著しく損なわれることは技術常識である(例えば、甲1の168頁6~9行)。また、製パン工程の途中で生地を凍結させる場合は、パン生地の発酵時間(フロアタイムとも呼ばれる)は、酵母の冷凍障害を避けるために、30分以内の短い時間に抑えるか、発酵自体を行わない(例えば、甲3の[0009])。
そして、本件明細書の従来技術の項([0002]~[0009])に説明されるとおり、パン生地の冷凍や冷蔵は従来から行われているのであるから、本件明細書は、単に「冷凍保存を可能」([0011])とした以上の先行技術に対する貢献があるべきである。しかし、発酵温度や発酵時間の具体的規定がない本件発明には、品質の低い態様が包含されており、かかる態様についてどのような課題を解決できるものなのかが明らかではない。
よって、本件明細書の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。
(イ)本件明細書に記載された製パン条件に関する補足
さらに、本件明細書に例示された、冷凍パン生地を用いた製パン条件は、通常の条件に比較すると特異なものであるため、以下、補足する。
まず、本件明細書の実施例には、パン生地の発酵温度や発酵時間を、「25℃で40分から70分」に設定したことが記載されている([0056])。しかし、上述のとおり、一般的に、製パン工程の途中で生地を凍結させる場合は、パン生地の発酵時間(フロアタイムとも呼ばれる)は、30分以内の短い時間に抑えるか、発酵自体を行わない(例えば、甲3の[0009])。したがって、本件明細書に記載された時間は通常よりも顕著に長いものである。
また、本件明細書には、「成型後で、少なくとも3段階の温度、湿度(室内の相対湿度60%以下、55%以下、50%以下)および期間を設定してホイロ発酵(最終発酵)」を行ったことが記載されている([0072])。しかし、通常、パン生地の乾燥を防ぐために、ホイロやその他の工程であっても、パン生地の周辺湿度は、70%以上に調整される(例えば、甲4の2頁左欄25行~右欄14行;3頁左欄8~9行)。
この点に関して、本件明細書の実施例の方法(段落[0055]~[0065])をベースにしつつ、パン生地の発酵時間について、「40分から70分」(段落[0056]の「(S2)発酵工程」)を「10分」に変更すると、得られた焼成後のパンの両サイドの膨張が大きく、山なりの形状の高さが揃っていなかった。
また、パン生地の発酵時間を「40分から70分」から「10分」に変更した点以外は本件明細書の比較例(段落[0074]、分割工程後に第一急速冷却をせずに成型した例)と同様にパンを焼成したところ、上記同様に両サイドの膨張が大きく、山なりの形状の高さが揃っていなかった。つまり、パン生地の発酵時間を「40分から70分」から「10分」に変更すると、実施例と比較例とで差がなかった。
また、本件明細書の実施例の方法(段落[0055]~[0065])をベースにしつつ、パン生地のホイロ発酵(最終発酵)を「50%」から「70%」に変更すると、得られた焼成後のパンの両サイドの膨張が大きく、山なりの形状の高さが揃っていなかった。
したがって、発酵温度、発酵時間、ホイロ発酵の具体的規定がない本件発明には、このように比較例と差がない態様も包含されている。
(3)理由3(サポート要件違反)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、本件発明1~8についての特許は同条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
ア 本件発明1及び3のパン製造条件に関する不備-その1
本件明細書には、申立理由2(実施可能要件違反)のアに記載した事項が記載されている。
そうすると、本件発明1及び3は、本件明細書に説明のないホイロ発酵を行わない態様を含むから、「出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない場合」(審査基準、第II部第2章第2節サポート要件、「2.2サポート要件違反の類型」(3))に相当する。
したがって、本件発明1及び3は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものである。
イ 本件発明1~8のパン製造条件に関する不備-その2
本件明細書には、本件発明の課題について、「化学合成物を使用しないパン生地の組成においても有効である冷凍パン生地を用いた食事パンの製造方法と製造システムを提供する」点が記載されている([0011])。つまり、本件発明の課題のひとつは、「化学合成物を使用しないパン生地」であっても所望の効果を実現しようとする点にあると理解される。
ここで、本件明細書には、「化学合成物」に関する定義や説明はない。
この点に関し、本件明細書の[0008]、[0054]の記載に基づけば、「化学合成物」とは、本件明細書に挙げられた「乳化剤」、「ビタミンC」、「BBJ(ルサッフル製)」を包含するものと理解される。
他方で、本件明細書のパン生地の組成例([0043]~[0053])には、「BBJ(ルサッフル製)」が含まれているものが挙げられている([0045]、[0046]、[0051]、[0053])。そして、本件明細書の実施例のパン生地には、その組成に「化学合成物」を含むか否かが説明されていないし、「化学合成物を使用しないパン生地」であってもどのように所望の効果を奏することできるのが示されているとはいえない。
そうすると、本件発明は、「請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる場合」(審査基準、第II部第2章第2節サポート要件、「2.2サポート要件違反の類型」(4))に相当する。
したがって、本件発明1~8は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものである。
ウ 本件発明1~8のパン製造条件に関する不備-その3
(ア)本件明細書に記載された製パン条件について
本件明細書には、理由2(実施可能要件違反)のウ(ア)に記載した事項が記載されている。
本件明細書の従来技術の項([0002]~[0009])に説明されるとおり、パン生地の冷凍や冷蔵は従来から行われているのであるから、本件明細書は、単に「冷凍保存を可能」([0011])とした以上の先行技術に対する貢献があるべきである。しかし、発酵温度や発酵時間の具体的規定がない本件発明には、品質の低い態様が包含されており、かかる態様についてどのような課題を解決できるものなのかが明らかではない。
そうすると、本件発明1~8は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものである。
(イ)本件明細書に記載された製パン条件に関する補足
理由2(実施可能要件違反)のウ(イ)に記載したとおり、本件明細書に例示された、冷凍パン生地を用いた製パン条件は、通常の条件に比較すると特異なものである。
したがって、発酵温度、発酵時間、ホイロ発酵の具体的規定がない本件発明には、比較例と差がない態様も包含されている。
2.証拠方法
甲1:田中康夫、松本博,"製パンの科学<I> 製パンプロセスの科学",株式会社光琳,平成3年3月15日,p.167-170
甲2:日仏商事株式会社,"LESAFFRE サフ製品総合カタログ インダストリー向け",2021年4月,p.1-6
甲3:特開平9-121753号公報
甲4:特開昭62-262936号公報
甲5:一般社団法人日本冷凍食品協会 品質・技術部,"冷凍食品認定制度における品質管理の手引き及び基準(令和3年度版)",令和3年4月,第3編 基準,p.13,23
甲6:株式会社福盛ドゥ,特願2023-062809号 意見書,令和5年6月28日提出
甲7:特開2019-33696号公報
甲8:特開2001-178449号公報
甲9:特開2011-78344号公報
甲10:特開昭60-217846号公報
甲11:竹谷光司,"新しい製パン基礎知識 再改訂版 NEW BANKING GUIDE",(再改訂版)第32版,株式会社パンニュース社,令和元年6月10日,p.34-37
甲12:雁瀬大二郎,"パン製法",第13版,沼田書店,1984年7月15日,p.50-51,166-167
甲13:安達巌,"パン・洋菓子事典",初版,パン・洋菓子辞典編纂会,昭和55年9月10日,p.544-545
甲14:レイモン・カルベル,"正統フランスパン全書",第三版,有限会社パンニュース社,1982年4月,p.110-113
第4 当審の判断
当審は、申立人が申し立てたいずれの特許異議申立理由によっても、本件発明1~8についての特許を取り消すことはできないと判断する。理由は以下のとおりである。
1.理由1(明確性要件違反)について
(1)明確性要件の判断手法
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2)明確性要件についての判断
本件特許の特許請求の範囲の請求項1~8の記載は上記第2のとおりであり、請求項1~8の記載それ自体は明確といえる。また、後述するとおり、本件明細書における技術用語の定義又は説明によって、請求項1~8の記載が不明確になることもない。
よって、本件発明1~8については、特許請求の範囲の記載だけでなく、願書に添付した明細書及び図面の記載を考慮し、また、本件特許に係る出願の出願当時における当業者の技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
(3)申立人の主張について
申立人は、上記第3 1.(1)ア~ウのように主張しているが、以下のとおり、いずれの主張も採用することはできない。
ア 本件発明1~8の「パン生地を混合し捏ねる」温度について
本件発明1には「発酵が停止および進まない所定の温度以下でパン生地を混合し捏ねるパン生地捏ね工程」と特定されているから、当該工程における温度は「発酵が停止および進まない」温度であることが文言上明らかである。また、本件明細書の[0015]における「発酵が停止および進まない所定の温度以下(24℃以下)」という記載及び本件特許に係る出願の出願時におけるパン生地の発酵についての技術常識(例えば、甲1、甲7~甲14)に照らし、当業者は24℃以下、かつ、「発酵が停止および進まない」温度を容易に理解することができる。よって、請求項1の記載は第三者に不測の不利益を及ぼすほど不明確なものとはいえず、本件発明1は明確である。
また、請求項3及び5~8における同様の記載についても、本件発明1と同じことがいえるから、本件発明3及び5~8は明確である。
請求項1又は3を引用して特定される本件発明2及び4も、本件発明1及び3と同様の理由により明確である。
イ 本件発明1~8の「発酵工程」について
本件発明1には「発酵が停止および進まない所定の温度以下でパン生地を混合し捏ねるパン生地捏ね工程」と特定されているから、当該工程における温度は「発酵が停止および進まない」温度であることが文言上明らかである。そうすると、その次工程である「パン生地を所定の発酵温度で発酵する」工程と区別がつくことも明らかであるから、請求項1の記載は第三者に不測の不利益を及ぼすほど不明確なものとはいえない。よって、本件発明1は明確である。
また、請求項3及び5~8における同様の記載についても、本件発明1と同じことがいえるから、本件発明3及び5~8は明確である。
請求項1又は3を引用して特定される本件発明2及び4も、本件発明1及び3と同様の理由により明確である。
ウ 本件発明1~8の「急速冷却」について
請求項1には、「分割パン生地の中心部の温度が-12℃以上-5℃以下の範囲の任意の温度になるように」及び「成型パン生地の中心部の温度が-5℃以下の範囲の任意の温度になるように」という具体的な目標温度が特定されており、また、本件明細書には、「急速冷却」に関し、「分割後速やかに急速冷却することでイーストの作用を制限し、成型におけるガス抜きを好適に行う」([0028])等の技術的意義が記載されており、さらに、本件特許に係る出願の出願時におけるパン生地の発酵についての技術常識(例えば、甲1、甲7~甲14)を参酌することにより、当業者は請求項1における「急速冷凍」の冷却温度及び冷却速度として技術的に妥当な範囲を特定することができるから、請求項1の記載は第三者に不測の不利益を及ぼすほど不明確とはいえない。また、甲5の品質検査基準及び甲6の先行技術に関する記載は、本件明細書に記載された技術的意義を前提としないものであるから、当業者は、本件発明1における「急速冷却」の用語を甲5及び甲6の記載と区別して理解することができる。よって、請求項1の記載は第三者に不測の不利益を及ぼすほど不明確なものとはいえず、本件発明1は明確である。
また、請求項3及び5~8における同様の記載についても、本件発明1と同じことがいえるから、本件発明3及び5~8は明確である。
請求項1又は3を引用して特定される本件発明2及び4も、本件発明1及び3と同様の理由により明確である。
(4)理由1(明確性要件違反)についてのまとめ
以上のことから、本件発明1~8は、いずれも特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益をもたらすほど不明確であるとはいえないから、特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第2号に適合するものであり、それらの発明についての特許は、同条第6項に規定する要件を満たしている特許出願に対してされたものである。
よって、理由1(明確性要件違反)により本件発明1~8についての特許を取り消すことはできない。
2.理由2(実施可能要件違反)について
(1)実施可能要件の判断手法
物を生産する方法の発明における実施とは、その物を生産する方法の使用をする行為のほか、その方法により生産した物の使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第3号)、例えば、明細書等にその物を生産する方法を使用することができること及びその方法により生産した物の使用等をすることができることの具体的な記載があるか、そのような記載がなくても、出願時の技術常識に基づいて当業者がその物を生産する方法を使用することができ、かつその方法により生産した物の使用等をすることができるのであれば、実施可能要件を満たすということができる。
また、物の発明における実施とは、物の生産、使用等の行為をいうから(特許法第2条第3項第1号)、物の発明について、実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、その物を生産し、かつ、その物を使用できる程度の記載があれば、実施可能要件を満たすということができる。
(2)本件明細書の記載事項
本件明細書の[0011]には、発明が解決しようとする課題が「食事パンにおける冷凍保存を可能とし、さらに化学合成物を使用しないパン生地の組成においても有効である冷凍パン生地を用いた食事パンの製造方法と製造システムを提供する」ことにあることが記載されている。
また、その解決手段に関し、[0014]~[0037]には、食パン系、フランスパン、第三の冷凍パン生地(玉)を用いた食事パンの製造方法、冷凍パンを用いた食パン系の製造方法に適したシステム、冷凍パンを用いたフランスパン系の製造方法に適したシステム、及び冷凍パン生地(玉)を用いた食事パンの製造方法に適したシステムのそれぞれについて、本件発明1~8の発明特定事項に対応する各製造工程及び装置に関する一般的な説明が温度、時間、湿度、装置名等の例示とともに記載されており、特に、本件発明と従来技術とを対比させる形で、「分割パン生地および成型パン生地を、ゆっくり冷却するとイーストの作用により不均一な気泡やなし肌を生じる原因になるので好ましくない。」([0026])、「分割後に発酵が進むことを抑制すべく、分割後速やかに急速冷却することでイーストの作用を制限し、成型におけるガス抜きを好適に行うことができる。成型後に長期間の冷凍保存が可能となり、焼成するタイミングに合わせて、第二保存工程の冷凍・冷蔵・解凍と最終のホイロ発酵を多段階的に行う。ホイロ発酵後のパンの発酵具合の不揃いを生じる原因を抑制できる。第二保存工程と、ホイロ発酵工程において、相対湿度を60%以下好ましくは50%以下にすることで、パン生地表面に付着する水滴の発生を抑制できる。」([0028])、「従来の方法では、-20℃以下での冷凍保存状態から、解凍において、一晩かけて25℃まで温度を上昇させ(発酵が進んでしまう)、朝の作業から成型し、ホイロ発酵し、焼成する流れであった。これに対し本発明では、冷凍パン生地玉を、-12℃以下から約0℃での保存状態とし(つまり発酵を停止あるいは遅くさせている)、朝作業から常温解凍(例えば、30分程度)し、成型し、ホイロ発酵し、焼成する流れである。つまり、本発明では、解凍において発酵を停止あるいは進めないようにしており、ホイロ発酵後の発酵状態のムラなどの問題を生じないようにできる。」([0032])と記載されており、[0038]には、作用効果として「(1)最終ホイロ発酵と焼成開始時間を自在にコントロールすることができる。(2)発酵分割後に、速やかに急速冷却することで、発酵速度を抑制することができる。(3)発酵分割後に、速やかに急速冷却することで、発酵速度を抑制し(イーストの働きを遅くし)、パン生地からガス抜き処理をし、所定の形状に成型することができる。従来のように分割したパン生地をそのまま成型モルダーでガス抜き処理をした場合、分割後にも発酵がすすんでしまい、ガス抜きを十分にできない不具合がある。ホイロ発酵後のパン生地の状態で顕著に品質の差(ガス膨張による不揃いなど)が表れる。」と記載されている。
さらに、[0041]~[0073]には、より詳細な実施形態について記載されており、[0042]~[0054]にはパン生地組成物の成分と配合量の例が記載され、[0055]~[0073]には、冷凍パン生地を用いる食パン系及びフランスパン系の製造方法並びに冷凍パン生地玉を用いる製造方法の各工程について、温度、時間、湿度、装置名等の例示を含むより具体的な説明が記載され、[0074]には、上記実施形態の製造方法で食パンの成分で実施した実施例と、分割工程後に第一急速冷却をせずに成型し、冷凍し、ホイロ発酵させた比較例について記載されており、実施例は「4つの分割パン生地からなる山なりの形状の高さが揃っており、成型時にガス抜けが良好に行われたことが分かる。焼成後のパンの天面形状も高さが揃っており、パン切断面の気泡も均一であった」こと、比較例は「両サイドの膨張が大きく山なりの形状の高さが揃っていなかった。これは、成型時にガス抜けが悪いためである。焼成後のパン切断面の気泡も大きいものが目立ち均一でなかった」ことが記載されている。
(3)実施可能要件についての判断
上記(2)に示した本件明細書の記載事項は、本件明細書における食パン系、フランスパン系又は第三の冷凍パン生地(玉)を用いた食事パンの製造方法における各工程についての例示を含む具体的な説明、パン生地組成物の成分及び配合量の例示、及び「急速冷却することでイーストの作用を制限し、成型におけるガス抜きを好適に行う」等の課題解決につながる技術的思想の説明を含んでいるから、当業者はそれらの記載及び本件特許に係る出願の出願時における技術常識を参酌することにより、本件発明1~5に係る製造方法をいずれも使用することができ、かつそれらの方法により製造した物は食パン系、フランスパン系又は食事パンとして使用することができると理解することができる。よって、本件明細書には本件発明1~5の発明特定事項に対応した説明の記載や実施例の記載があり、当業者が本件発明1~5の製造方法を使用することができ、かつ、その方法により製造された物を使用することができる程度に具体的な記載があるといえる。
また、同様に、上記(2)に示した本件明細書の記載事項は、本件明細書における食パン系、フランスパン系又は第三の冷凍パン生地(玉)を用いた食事パンの製造方法の各工程で使用される装置等の例示を含む具体的な説明、パン生地組成物の成分及び配合量の例示、「急速冷却することでイーストの作用を制限し、成型におけるガス抜きを好適に行う」等の課題解決につながる技術的思想の説明を含んでいるから、当業者はそれらの記載及び本件特許に係る出願の出願時における技術常識を参酌することにより、本件発明6~8に係る製造システムをいずれも製造することができ、かつそれらのシステムを食パン系、フランスパン系又は食事パンの製造に使用することができると理解することができる。よって、本件明細書には本件発明6~8の発明特定事項に対応した説明の記載や実施例の記載があり、当業者が本件発明6~8の製造システムを生産し、かつ、その製造システムを使用することができる程度に具体的な記載があるといえる。
(4)申立人の主張について
申立人は、上記第3 1.(2)ア~ウのように主張しているが、以下のとおり、いずれの主張も採用することはできない。
ア 本件発明1及び3のパン製造条件について
上記(2)及び(3)のとおり、本件明細書には、本件発明1及び3に特定される全ての工程について、製造条件の例示を含む具体的な説明が記載されているから、当業者は、本件発明1及び3の製造方法を使用することができ、かつ、製造された物を食パン系又はフランスパンとして使用することができるものと理解することができる。本件発明1及び3に特定される各工程は、いずれもホイロ発酵工程とは独立した工程であり、ホイロ発酵工程についての規定がなくとも実施可能であるから、本件発明1及び3にホイロ発酵を行うことの規定がなくとも、本件発明1及び3に係る製造方法は実施可能である。
イ 本件発明1~8のパン製造条件について-その1
上記1.(3)アで検討したとおり、本件発明1には「発酵が停止および進まない所定の温度以下でパン生地を混合し捏ねるパン生地捏ね工程」と特定されているから、当該工程における温度は「発酵が停止および進まない」温度であることが文言上明らかである。また、本件明細書の[0015]における「発酵が停止および進まない所定の温度以下(24℃以下)」という記載及び本件特許に係る出願の出願時における技術常識(例えば、甲1、甲7~甲14)に照らし、当業者は24℃以下、かつ、「発酵が停止および進まない」温度を容易に理解し、本件発明1の「パン生地捏ね工程」を実行することができる。さらに、本件明細書の[0055]における「例えば、・・・24℃で・・・捏ねる。捏ね条件は、配合成分、重量によっても異なる。」との記載は例示であり、「発酵が停止および進まない」限りにおいて採用可能な温度であることも当業者は理解することができる。よって、「パン生地捏ね工程」において発酵が進むことを前提とした申立人の主張は、前提において誤りがあり、採用することができない。
ウ 本件発明1~8のパン製造条件について-その2
(ア)本件明細書に記載された製パン条件について
申立人は、本件発明に任意の発酵条件で実施する態様が含まれると主張しているが、上記(2)及び(3)のとおり、本件明細書には発酵条件等の製造条件の例示を含む具体的な記載があり、本件特許に係る出願の出願時における技術常識(例えば、甲1、甲3、甲7~甲14)にも照らし、当業者は、発酵条件を過度の試行錯誤を要することなく設定し、本件発明1~5に係る製造方法を使用することができ、かつ、製造された物を食パン系、フランスパン系又は食事パンとして使用することができると理解することができる。本件発明6~8についても同様である。また、上記(1)に記載した実施可能要件の判断基準に照らすと、先行技術に対する貢献があるか否かは、本件発明の実施可能要件についての判断に影響を及ぼさない。
(イ)本件明細書に記載された製パン条件に関する補足について
申立人は、実施例の方法(段落[0055]~[0065])をベースにしつつ、パン生地の発酵時間やホイロ発酵(最終発酵)の相対湿度を変更した場合、及び比較例(段落[0074])のパン生地発酵時間を変更した場合に、焼成後のパンの両サイドの膨張が大きく、実施例と比較例とで差がなかったと主張するが、上記イに述べたとおり、本件明細書の[0055]~[0065]における温度、時間、湿度等の記載は例示であり、申立人が採用した具体的な実験条件を確認することができないから、本件発明の「急速冷却することでイーストの作用を制限し、成型におけるガス抜きを好適に行う」等の課題解決につながる技術的思想及び及び本件特許に係る出願の出願時における技術常識(例えば、甲1、甲7~甲14)を踏まえて、妥当な追試が行われたといえるか明らかではなく、採用することはできない。また、上記(1)に記載した実施可能要件の判断基準に照らすと、申立人のいう「比較例」の結果は、本件発明の実施可能要件についての判断に影響を及ぼさない。
(5)理由2(実施可能要件違反)についてのまとめ
以上のことから、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1~8を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるといえるから、特許法第36条第4項第1号に適合するものであり、それらの発明についての特許は、同号に規定する要件を満たしている特許出願に対してされたものである。
よって、理由2(実施可能要件違反)により本件発明1~8についての特許を取り消すことはできない。
3.理由3(サポート要件違反)について
(1)サポート要件の判断手法
特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
(2)本件発明の課題について
本件明細書の[0011]等の記載からみて、本件発明1~5が解決しようとする課題は「食事パンにおける冷凍保存を可能とし、さらに化学合成物を使用しないパン生地の組成においても有効である冷凍パン生地を用いた食事パンの製造方法」を提供することにあり、本件発明6~8が解決しようとする課題は「食事パンにおける冷凍保存を可能とし、さらに化学合成物を使用しないパン生地の組成においても有効である冷凍パン生地を用いた食事パンの製造システム」を提供することにあるものと認められる。
(3)本件明細書の記載事項
本件明細書には、上記2.(2)に記載した事項が記載されている。
(4)サポート要件についての判断
本件明細書には、発明の課題解決手段に関し、食パン系、フランスパン系又は第三の冷凍パン生地(玉)を用いた食事パンの製造方法における各工程についての例示を含む具体的な説明、並びにパン生地組成物の成分及び配合量の例示が記載されるとともに([0014]~[0037])、課題解決を可能とする技術上の要点について、従来技術と対比する形で記載されており([0026]、[0028]、[0032]、[0038])、さらに、実施例及び比較例([0074])により、一般的な説明が裏付けられている。
これらの記載に接した当業者は、化学合成物を使用しないパン生地の組成であっても、「分割後に発酵が進むことを抑制すべく、分割後速やかに急速冷却することでイーストの作用を制限」する工程を備えた食パン系、フランスパン系又は第三の冷凍パン生地(玉)を用いた食事パンの製造方法、具体的には、本件特許に係る出願の出願時における技術常識(例えば、甲1、甲3、甲7~甲14)も踏まえ、本件発明1、3及び5に相当する製造方法を用いれば、「成型におけるガス抜きを好適に行う」ことができ、「食事パンにおける冷凍保存を可能とし、さらに化学合成物を使用しないパン生地の組成においても有効である冷凍パン生地を用いた食事パンの製造方法」を提供するという発明の課題を解決できると認識することができ、本件発明1又は3に従属する本件発明2及び4も発明の課題を解決できると認識することができる。また、同様に、「分割後に発酵が進むことを抑制すべく、分割後速やかに急速冷却することでイーストの作用を制限」する工程を実現する装置構成を備えた本件発明6~8に相当する製造システムを用いれば、「成型におけるガス抜きを好適に行う」ことができ、「食事パンにおける冷凍保存を可能とし、さらに化学合成物を使用しないパン生地の組成においても有効である冷凍パン生地を用いた食事パンの製造システム」を提供するという発明の課題を解決できると認識することができる。
(5)申立人の主張について
申立人は、上記第3 1.(3)ア~ウのように主張しているが、以下のとおり、いずれの主張も採用することはできない。
ア 本件発明1及び3のパン製造条件について-その1
上記(4)のとおり、本件明細書の[0026]、[0028]、[0032]には、課題を解決するための技術上の要点について記載されており、これらを含む本件明細書の記載及び本件特許に係る出願の出願時における技術常識(例えば、甲1、甲3、甲7~甲14)を参酌することにより、当業者は本件発明1及び3に特定される「急速冷却工程」及び「解凍工程」により、イーストの作用が制限され、パン生地からのガス抜きを好適に行うことができ、不均一な気泡やなし肌を生じる原因が除かれることとなるため、化学合成物を使用しないパン生地の組成であっても、冷凍パン生地を用いた食パン系又はフランスパン系を製造することができ、発明の課題を解決し得るものと認識することができる。
また、上記したとおり、不均一な気泡やなし肌を生じる原因が除かれることから、当業者はホイロ発酵工程の有無にかかわらず、一定の品質を有する食パン系又はフランスパン系を製造することができ、発明の課題を解決し得るものと認識することができる。
イ 本件発明1~8のパン製造条件について-その2
上記(4)のとおり、本件明細書には、課題を解決するための技術上の要点に関し、「分割後速やかに急速冷却することでイーストの作用を制限し、成型におけるガス抜きを好適に行う」([0028])、「本発明では、解凍において発酵を停止あるいは進めないようにしており、ホイロ発酵後の発酵状態のムラなどの問題を生じないようにできる」([0032])等の記載があり、これらの作用機序がパン生地に「化学合成物」を含むか否かによらず成り立つことは技術的に明らかであるから、当業者は本件発明1~8が「化学合成物を使用しないパン生地の組成においても有効である冷凍パン生地を用いた食事パンの製造方法と製造システムを提供する」という課題を解決し得るものと認識することができる。
ウ 本件発明1~8のパン製造条件について-その3
(ア)本件明細書に記載された製パン条件について
上記(4)のとおり、本件明細書には、課題を解決するための技術上の要点に関し、「分割後速やかに急速冷却することでイーストの作用を制限し、成型におけるガス抜きを好適に行う」([0028])、「本発明では、解凍において発酵を停止あるいは進めないようにしており、ホイロ発酵後の発酵状態のムラなどの問題を生じないようにできる」([0032])等の記載があり、これらの記載及び本件特許に係る出願の出願時における技術常識(例えば、甲1、甲3、甲7~甲14)に照らし、当業者は、「分割後に発酵が進むことを抑制すべく、分割後速やかに急速冷却することでイーストの作用を制限」する工程を実質的に備えた本件発明1~5に係る食パン系、フランスパン系又は第三の冷凍パン生地(玉)を用いた食事パンの製造方法が、これらの工程を採用するに至らない従来技術に比べ、製造される食パン系、フランスパン系又は食事パンの品質を向上させることができ、「食事パンにおける冷凍保存を可能とし、さらに化学合成物を使用しないパン生地の組成においても有効である冷凍パン生地を用いた食事パンの製造方法」を提供するという発明の課題を解決し得ると認識することができる。本件発明6~8についても同様のことがいえる。
(イ)本件明細書に記載された製パン条件に関する補足について
上記2.(4)ウ(イ)に記載したとおり、申立人の主張する「比較例」は、具体的な実験条件を確認することができないから、採用することはできない。また、上記(4)のとおり、本件明細書に記載された課題解決の機序及び本件特許に係る出願の出願時における技術常識(例えば、甲1、甲3、甲7~甲14)に照らせば、当業者は、所定の「急速冷却工程」及び「解凍工程」を備えた本件発明1~5に係る製造方法は、それらの工程を採用するに至らない製造方法よりも、製造されるパンの品質を向上させることができ、「食事パンにおける冷凍保存を可能とし、さらに化学合成物を使用しないパン生地の組成においても有効である冷凍パン生地を用いた食事パンの製造方法」を提供するという発明の課題を解決し得ると認識することができる。本件発明6~8に係る製造システムについても同様のことがいえる。
(6)理由3(サポート要件違反)についてのまとめ
以上のことから、本件発明1~8は、いずれも発明の詳細な説明に記載したものであるといえるから、特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第1号に適合するものであり、それらの発明についての特許は、同条第6項に規定する要件を満たしている特許出願に対してされたものである。
よって、理由3(サポート要件違反)により本件発明1~8についての特許を取り消すことはできない。
第5 むすび
以上のとおり、本件発明1~8についての特許は、上記のいずれの特許異議申立理由によっても取り消すことはできない。
また、他に、これらの特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2024-701201