特許異議申立
2024-700348
シール用樹脂組成物およびシール
- 審判番号
- 2024-700348
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2023-021927
- 登録番号
- 7364811
- 請求日
- 2024年04月16日
- 審決日
- 2024年10月25日
- 公報発行日
- 2025年01月31日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】NTN株式会社
- 【権利者代理人】和気 光
- 【権利者代理人】和気 操
- 【権利者代理人】寺本 諭史
- 【異議申立人】田村 恭佑
- 審判長/審判官
- 審判長 平城 俊雅
- 審判官 内田 博之
- 審判官 尾崎 和寛
- 分類
- P1651.121-YAA(C08L)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第4項、特許法第120条の5第2項、特許法第29条第2項、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7364811号発明「シール用樹脂組成物およびシール」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7364811号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-8〕について訂正することを認める。
特許第7364811号の請求項1、3~8に係る特許を維持する。
特許第7364811号の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7364811号の請求項1~8に係る特許についての出願は、令和5年2月15日(優先権主張 平成4年6月3日(以下、「優先日」という。))の出願であって、令和5年10月10日にその特許権の設定登録がされ、同年10月18日に特許掲載公報が発行された。
その後、その特許に対し、特許異議申立人田村恭佑(以下、「異議申立人」という。)による特許異議の申立てがされた。
本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和6年 4月16日 特許異議の申立て(特許異議申立書の提出)
同年 5月 7日 異議申立人による手続補正書の提出(特許異議申立書の補正)
同年 5月31日付け 取消理由通知書
同年 7月31日 特許権者による訂正請求書及び意見書の提出
同年 9月17日 異議申立人による意見書の提出
第2 訂正の適否
1 訂正の内容
特許権者は、令和6年7月31日に訂正請求書を提出し、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを求めた(以下、「本件訂正」という。)。
本件訂正の内容は以下のとおりである。(下線は当審で付した。以下同様。)
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の
「 前記シール用樹脂組成物には硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が配合され、該炭素材料が炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉からなる群から選択される少なくとも1種以上であって、前記シール用樹脂組成物全体に対して前記炭素材料が合計で5体積%~50体積%含まれることを特徴とするシール用樹脂組成物。」
との記載を
「 前記シール用樹脂組成物には硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が配合され、該炭素材料が炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉からなる群から選択される少なくとも1種以上であって、前記シール用樹脂組成物全体に対して前記炭素材料が合計で5体積%~50体積%含まれ、前記シール用樹脂組成物の成形体の損失正接tanδのピーク温度が150℃以上であることを特徴とするシール用樹脂組成物。」に訂正する。
(請求項1の記載を直接的または間接的に引用する請求項4~7も同様に訂正する。)
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3の
「 前記E1’と前記E2’の関係が、E2’/E1’=0.70以上1.0以下なる数式を満足することを特徴とする請求項1または請求項2記載のシール用樹脂組成物。」
との記載を、
「 ガスを密封するためのシールに用いられるシール用樹脂組成物であって、
前記シール用樹脂組成物の成形体を動的粘弾性測定したとき、温度30℃における貯蔵弾性率をE1’、温度200℃における貯蔵弾性率をE2’とすると、E1’およびE2’がそれぞれ4.0×108Pa以上であり、
前記シール用樹脂組成物には硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が配合され、該炭素材料が炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉からなる群から選択される少なくとも1種以上であって、前記シール用樹脂組成物全体に対して前記炭素材料が合計で5体積%~50体積%含まれ、
前記E1’と前記E2’の関係が、E2’/E1’=0.70以上1.0以下なる数式を満足することを特徴とするシール用樹脂組成物。」に訂正する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4の
「請求項1または請求項2記載のシール用樹脂組成物。」
との記載を、
「請求項1記載のシール用樹脂組成物。」に訂正する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項6の
「請求項1または請求項2記載のシール用樹脂組成物。」
との記載を、
「請求項1記載のシール用樹脂組成物。」に訂正する。
(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項7の
「請求項1または請求項2記載のシール用樹脂組成物の成形体からなることを特徴とするシール。」
との記載を、
「請求項1のシール用樹脂組成物の成形体からなることを特徴とするシール。」に訂正する。
(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項8の「 前記シールが、水素ガスを圧縮する往復式圧縮機のピストンリングであることを特徴とする請求項7記載のシール。」
との記載を、
「 ガスを密封するためのシールであって、前記シールは、シール用樹脂組成物の成形体からなり、
前記シール用樹脂組成物の成形体を動的粘弾性測定したとき、温度30℃における貯蔵弾性率をE1’、温度200℃における貯蔵弾性率をE2’とすると、E1’およびE2’がそれぞれ4.0×108Pa以上であり、
前記シール用樹脂組成物には硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が配合され、該炭素材料が炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉からなる群から選択される少なくとも1種以上であって、前記シール用樹脂組成物全体に対して前記炭素材料が合計で5体積%~50体積%含まれ、
前記シールが、水素ガスを圧縮する往復式圧縮機のピストンリングであることを特徴とするシール。」に訂正する。
2 一群の請求項について
訂正前の請求項1~8は、請求項2~8が、請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、組み合わされて一群の請求項となるものであるから、本件訂正に係る訂正前の請求項1~8に対応する訂正後の請求項〔1-8〕は、一群の請求項である。
したがって、訂正事項1~7は、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。
3 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1は、請求項1の「シール用樹脂組成物の成形体」について、「損失正接tanδのピーク温度が150℃以上である」ことを限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項の有無
願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「明細書等」という。)の請求項2に「前記シール用樹脂組成物の成形体の損失正接tanδのピーク温度が150℃以上である」と記載されているから、訂正事項1の「損失正接tanδのピーク温度が150℃以上である」構成は、明細書等に記載されているといえる。
したがって、訂正事項1は、明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。
ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1は、「シール用樹脂組成物の成形体」について、「損失正接tanδのピーク温度が150℃以上である」ことを限定するものであって、発明のカテゴリー又は対象を変更するものに該当しないことから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでない。
(2)訂正事項2について
訂正事項2は、請求項2を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、発明のカテゴリー又は対象を変更するものに該当しないことから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでない。
(3)訂正事項3について
ア 訂正の目的
訂正事項3は、本件訂正前の請求項1~2のいずれかの記載を引用する本件訂正前の請求項3のうち、本件訂正前の請求項1の記載を引用するものについて、請求項間の引用関係を解消し、請求項1の記載を引用しないものとし、独立形式の請求項へ改めるための訂正であるから、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすることを目的とするものである。
イ 新規事項の有無
明細書等の請求項1に
「 ガスを密封するためのシールに用いられるシール用樹脂組成物であって、
前記シール用樹脂組成物の成形体を動的粘弾性測定したとき、温度30℃における貯蔵弾性率をE1’、温度200℃における貯蔵弾性率をE2’とすると、E1’およびE2’がそれぞれ4.0×108Pa以上であり、
前記シール用樹脂組成物には硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が配合され、該炭素材料が炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉からなる群から選択される少なくとも1種以上であって、前記シール用樹脂組成物全体に対して前記炭素材料が合計で5体積%~50体積%含まれることを特徴とするシール用樹脂組成物。」と記載されているから、訂正事項3による訂正後の構成は、いずれも明細書等に記載されているといえる。
したがって、訂正事項3は、明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。
ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項3は、請求項1の記載を引用しない独立形式請求項へ改めるための訂正であって、発明のカテゴリー又は対象を変更するものに該当しないことから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでない。
(4)訂正事項4~6について
訂正事項4~6は、訂正事項2により請求項2が削除されたことに伴い、本件訂正前の請求項4、6、7から請求項2の引用を省いたものであるから、特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、明細書等に記載された事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでない。
(5)訂正事項7について
ア 訂正の目的
訂正事項7は、本件訂正前の請求項8について、請求項1~2のいずれかの記載を引用する本件訂正前の請求項7の記載を引用するもののうち、本件訂正前の請求項1の記載を引用する本件訂正前の請求項7の記載を引用するものについて、請求項間の引用関係を解消し、請求項1及び7の記載を引用しないものとし、独立形式の請求項へ改めるための訂正であるから、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすることを目的とするものである。
イ 新規事項の有無
上記(3)イの請求項1の記載に加えて、明細書等の請求項7には
「請求項1または請求項2記載のシール用樹脂組成物の成形体からなることを特徴とするシール。」と記載されているから、訂正事項7による訂正後の構成は、いずれも明細書等に記載されているといえる。
したがって、訂正事項7は、明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。
ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項7は、請求項8を請求項1及び7の記載を引用しない独立形式の請求項へ改めるための訂正であって、発明のカテゴリー又は対象を変更するものに該当しないことから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでない。
(6)小括
上記訂正事項1~7は、いずれも特許法第120条の5第2項ただし書第1、3又は4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
よって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、本件訂正後の請求項〔1-8〕について訂正することを認める。
第3 本件訂正後の本件発明
本件訂正後の請求項1~8に係る発明(以下、「本件発明1」~「本件発明8」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1~8に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
ガスを密封するためのシールに用いられるシール用樹脂組成物であって、
前記シール用樹脂組成物の成形体を動的粘弾性測定したとき、温度30℃における貯蔵弾性率をE1’、温度200℃における貯蔵弾性率をE2’とすると、E1’およびE2’がそれぞれ4.0×108Pa以上であり、
前記シール用樹脂組成物には硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が配合され、該炭素材料が炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉からなる群から選択される少なくとも1種以上であって、前記シール用樹脂組成物全体に対して前記炭素材料が合計で5体積%~50体積%含まれ、前記シール用樹脂組成物の成形体の損失正接tanδのピーク温度が150℃以上であることを特徴とするシール用樹脂組成物。
【請求項2】(削除)
【請求項3】
ガスを密封するためのシールに用いられるシール用樹脂組成物であって、
前記シール用樹脂組成物の成形体を動的粘弾性測定したとき、温度30℃における貯蔵弾性率をE1’、温度200℃における貯蔵弾性率をE2’とすると、E1’およびE2’がそれぞれ4.0×108Pa以上であり、
前記シール用樹脂組成物には硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が配合され、該炭素材料が炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉からなる群から選択される少なくとも1種以上であって、前記シール用樹脂組成物全体に対して前記炭素材料が合計で5体積%~50体積%含まれ、
前記E1’と前記E2’の関係が、E2’/E1’=0.70以上1.0以下なる数式を満足することを特徴とするシール用樹脂組成物。
【請求項4】
前記シール用樹脂組成物のベース樹脂が、芳香族ポリエーテルケトン樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、または、ポリアミドイミド樹脂であることを特徴とする請求項1記載のシール用樹脂組成物。
【請求項5】
前記芳香族ポリエーテルケトン樹脂は、ガラス転移点が150℃以上であることを特徴とする請求項4記載のシール用樹脂組成物。
【請求項6】
前記シール用樹脂組成物の成形体は、硫黄原子の含有量が250ppm以下であることを特徴とする請求項1記載のシール用樹脂組成物。
【請求項7】
請求項1記載のシール用樹脂組成物の成形体からなることを特徴とするシール。
【請求項8】
ガスを密封するためのシールであって、前記シールは、シール用樹脂組成物の成形体からなり、
前記シール用樹脂組成物の成形体を動的粘弾性測定したとき、温度30℃における貯蔵弾性率をE1’、温度200℃における貯蔵弾性率をE2’とすると、E1’およびE2’がそれぞれ4.0×108Pa以上であり、
前記シール用樹脂組成物には硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が配合され、該炭素材料が炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉からなる群から選択される少なくとも1種以上であって、前記シール用樹脂組成物全体に対して前記炭素材料が合計で5体積%~50体積%含まれ、
前記シールが、水素ガスを圧縮する往復式圧縮機のピストンリングであることを特徴とするシール。」
第4 取消理由の概要
当審が令和6年5月31日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。
(進歩性)
請求項1、4~7に係る発明は、優先日に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、当該請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであって、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
甲第1号証:再公表特許第2017/169482号
甲第2号証:榎本三男 外4名、「炭素繊維の熱リン酸中における耐食性評価」、DENKI KAGAKU 65、No.4(1997)、320~325頁
第5 当審の判断
1 甲第1号証に記載された事項等について
甲第1号証には、次の事項が記載されている。
(1)「【0100】 熱可塑性樹脂組成物は、高温において流動しない領域を有するため、例えば、地中で高温に曝される石油探査機用又は化学プラント用のパッキン、摺動部材等に適用することができる。」
(2)「【0103】
(1)サンプルの作製(PEEK)
(1-1)実施例1~12のサンプルの作製
混合工程:熱可塑性樹脂をXplore Instruments社製の卓上二軸混練機MC15(図2)に投入し溶融させた。次いで、多層カーボンナノチューブ及び炭素繊維を卓上二軸混練機に投入して第1温度で混練し、第1混合物を得た。実施例1~8の卓上二軸混練機の設定温度、実測樹脂温度、スクリュウ回転数、及び混練時間は表1に示し、実施例9~12の設定温度、実測樹脂温度、及びスクリュウ回転数は表2に示した。又、各実施例の配合量(単位は「wt%」及び「phr」)は、表3,5,7に示した。」
(3)「【0109】 なお、各表において、
・「熱可塑性樹脂(A)」:Victrex社製ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)450G、融点343℃(ISO11357)、溶融粘度350Pa・s(ISO 11443,400℃)、
・「熱可塑性樹脂(B)」:Victrex社製ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)90G、融点343℃(ISO11357)、溶融粘度90Pa・s(ISO 11443,400℃)、
・「CNT」:Kumho社製の多層カーボンナノチューブ(MWNT)K-Nanos-100T、平均繊維径が10.5nm、
・「CF」:東レ社製の炭素繊維、トレカ(東レ社の登録商標)カットファイバーT010-006、平均繊維径が7μm、繊維長6mm、サイジング剤無し、原糸の比重1760kg/m3であった。」
(4)「【0116】
この試験結果から、測定温度が50℃、200℃、250℃における貯蔵弾性率(E’)を測定し、表3~表8に示した。表3~表8において、貯蔵弾性率は「E’(50℃)(MPa)」、「E’(200℃)(MPa)」、「E’(250℃)(MPa)」として示した。また、DMA試験において250℃まで流動しなかったサンプルについては「なし」と記載した。」
(5)「【0118】
【表3】
[図:0001418246000001.jpg]
」
(6)上記【表3】の実施例2の欄の記載から、当該実施例2の熱可塑性樹脂組成物の配合割合は、熱可塑性樹脂A87.5重量%、炭素繊維(CF)10重量%、多層カーボンナノチューブ2.5重量%であると認められる。
2 甲1発明
上記1(1)~(5)の記載事項及び1(6)の認定事項によれば、甲第1号証には実施例2に係る熱可塑性樹脂組成物に関して、以下の甲1発明が記載されていると認められる。
[甲1発明]
「化学プラント用のパッキンに適用される熱可塑性樹脂組成物又は当該熱可塑性樹脂組成物の成形体であるパッキンであって、
前記熱可塑性樹脂組成物の成形体を動的粘弾性測定したとき、温度50℃における貯蔵弾性率をE’(50℃)、温度200℃における貯蔵弾性率をE’(200℃)とすると、E’(50℃)が6140MPa、E’(200℃)が972MPaであり、
PEEKと多層カーボンナノチューブと炭素繊維が配合され、
PEEKはVictrex社製ポリエーテルエーテルケトン 450Gであり、
炭素繊維は東レ社製のトレカ カットファイバーT010-006であり、
配合割合がPEEK87.5重量%、炭素繊維(CF)10重量%、多層カーボンナノチューブ2.5重量%である熱可塑性樹脂組成物又は当該熱可塑性樹脂組成物の成形体であるパッキン。」
3 PEEKのガラス転移点について
以下のURL
https://www.victrex.com/ja/products/polymers/peek-polymers/450g
上において「450G PEEKのデータシートをダウンロード」のボタンを押すことで提供されているデータシートによれば、Victrex社製ポリエーテルエーテルケトン 450Gの、ガラス転移温度の中央値は150℃である。
4 甲第2号証に記載された事項について
甲第2号証には、PAN系炭素繊維A及びBが例示され、表3(Table3)の記載から、PAN系炭素繊維A及びBの硫黄(S)の含有量はそれぞれ28ppm及び46ppmであることが読み取れる。そして、PAN系炭素繊維A及びBの例を見れば、炭素繊維がPAN系炭素繊維であれば、炭素繊維中の硫黄原子の含有量は微量(200ppm以下)であるといえる。
5 本件発明1について
(1)対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
後者の「パッキンに適用される熱可塑性樹脂組成物」は前者の「シールに用いられるシール用樹脂組成物」に相当する。
後者の、「温度200℃における貯蔵弾性率」の「E’(200℃)が972MPa」であることは、前者の「200℃における貯蔵弾性率」の「E2’」が「4.0×108Pa以上」であることに相当する。
後者の「熱可塑性樹脂組成物」が「PEEKと多層カーボンナノチューブと炭素繊維が配合され」る構成と、前者の「前記シール用樹脂組成物には硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が配合され、該炭素材料が炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉からなる群から選択される少なくとも1種以上」とは「前記シール用樹脂組成物には炭素材料が配合され、該炭素材料が炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉からなる群から選択される少なくとも1種以上」の限りで共通する。
したがって、前者と後者は、次の一致点1で一致し、相違点1~5で相違する。
[一致点1]
「シールに用いられるシール用樹脂組成物であって、
前記シール用樹脂組成物の成形体を動的粘弾性測定したとき、温度200℃における貯蔵弾性率をE2’とすると、E2’が4.0×108Pa以上であり、
前記シール用樹脂組成物には炭素材料が配合され、該炭素材料が炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉からなる群から選択される少なくとも1種以上であるシール用樹脂組成物。」
[相違点1]
本件発明1の「シールに用いられるシール用樹脂組成物」は、「ガスを密封するためのシールに用いられる」ものであるのに対し、甲1発明の「パッキンに適用される熱可塑性樹脂組成物」は「化学プラント用のパッキンに適用される」ものである点。
[相違点2]
本件発明1の「シール用樹脂組成物」は、「温度30℃における貯蔵弾性率をE1’」が「4.0×108Pa以上」であるのに対し、甲1発明の「熱可塑性樹脂組成物」は、「成形体を動的粘弾性測定したとき、温度50℃における貯蔵弾性率E’(50℃)が6140MPaであるものの、温度30℃における貯蔵弾性率は不明である点。
[相違点3]
本件発明1の「シール用樹脂組成物」は、「硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が配合され」るのに対し、甲1発明の「熱可塑性樹脂組成物」は、「炭素繊維は東レ社製のトレカ カットファイバーT010-006」が配合される点。
[相違点4]
本件発明1は、「前記シール用樹脂組成物全体に対して前記炭素材料が合計で5体積%~50体積%含まれる」のに対し、甲1発明は、「配合割合がPEEK87.5重量%、炭素繊維(CF)10重量%、多層カーボンナノチューブ2.5重量%である」点。
[相違点5]
本件発明1は「前記シール用樹脂組成物」は「成形体の損失正接tanδのピーク温度が150℃以上」であるのに対し、甲1発明の「熱可塑性樹脂組成物」の成形体の損失正接tanδのピーク温度は不明である点。
(2)検討
事案にかんがみ、先に相違点5について検討する。
甲1には、成形体としたときに、「損失正接tanδのピーク温度が150℃以上」となる熱可塑性樹脂組成物は記載ないし示唆されていない。また、上記4で記載したとおり、甲2はPAN系炭素繊維の硫黄(S)の含有量が微量であることを示す証拠であって、上記のような熱可塑性樹脂組成物を示すものではない。
そして、パッキン用の熱可塑性樹脂組成物を成形体としたときに、「損失正接tanδのピーク温度が150℃以上」とすることが周知技術であったとはいえない。
したがって、甲1発明及び周知技術に基づいて、上記相違点5に係る本件発明1の構成とすることは当業者が容易になし得たこととは認められない。
そして、本件発明1は、相違点5に係る本件発明1の構成によって、「tanδのピーク温度が高いことから、高温下で変形しにくく、シールとして好適に使用でき」る(明細書等の段落【0099】参照。)という格別顕著な作用・効果を奏するものである。
そうすると、相違点1~4について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでない。
6 本件発明3について
(1)対比
本件発明3と甲1発明とを対比すると、上記5の一致点1で一致し、相違点1~4と同様の相違点で相違するほか、次の相違点6で相違する。
[相違点6]
本件発明3は「前記E1’と前記E2’の関係が、E2’/E1’=0.70以上1.0以下」であるのに対し、甲1発明は、このような構成を有するか不明である点。
(2)検討
相違点6について検討する。
甲1には、「前記E1’と前記E2’の関係が、E2’/E1’=0.70以上1.0以下」である熱可塑性樹脂組成物は記載ないし示唆されていない。また、上記4で記載したとおり、甲2はPAN系炭素繊維の硫黄(S)の含有量が微量であることを示す証拠であって、上記のような熱可塑性樹脂組成物を示すものではない。
そして、パッキン用の熱可塑性樹脂組成物について、「前記E1’と前記E2’の関係が、E2’/E1’=0.70以上1.0以下なる数式を満足する」ることが周知技術であったとはいえない。
したがって、甲1発明及び周知技術に基づいて、上記相違点6に係る本件発明1の構成とすることは当業者が容易になし得たこととは認められない。
そして、本件発明3は、相違点6に係る本件発明3の構成によって、「温度による弾性率変化が小さく、シールに適用することで、室温付近から高温までの幅広い温度範囲で安定したシール性を維持できる」る(明細書等の段落【0099】参照。)という格別顕著な作用・効果を奏するものである。
そうすると、相違点1~4について検討するまでもなく、本件発明3は、甲1発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでない。
7 本件発明4~7について
本件発明4~7は、いずれも本件発明1を引用し、さらに構成を限定するものであって、本件発明1の一部を置き換えるものではない。
そして、本件発明1は、甲1発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでない以上、上記5で示した結論と同様、本件発明4~7も、甲1発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
8 本件発明8について
(1)対比
本件発明8と甲1発明とを対比すると、上記5(1)と同様の相当関係が成立するため、本件発明8と甲1発明とは、次の一致点2で一致し、相違点1~4の相違点と同様の相違点で相違するほか、次の相違点7で相違する。
[一致点2]
「ガスを密封するためのシールであって、前記シールは、シール用樹脂組成物の成形体からなり、
前記シール用樹脂組成物の成形体を動的粘弾性測定したとき、温度200℃における貯蔵弾性率をE2’とすると、E2’が4.0×108Pa以上であり、
前記シール用樹脂組成物には炭素材料が配合され、該炭素材料が炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉からなる群から選択される少なくとも1種以上である、シール。」
[相違点7]
本件発明8のシールは、「水素ガスを圧縮する往復式圧縮機のピストンリングである」のに対し、引用発明は「化学プラント用のパッキン」である点。
(2)検討
相違点7について検討する。
甲1には、「水素ガスを圧縮する往復式圧縮機のピストンリング」は記載ないし示唆されていない。また、上記4で記載したとおり、甲2はPAN系炭素繊維の硫黄(S)の含有量が微量であることを示す証拠であって、上記のような水素ガスを圧縮する往復式圧縮機のピストンリングを示すものではない。
そして、「化学プラント用のパッキン」について、「水素ガスを圧縮する往復式圧縮機のピストンリング」に転用することが周知技術であったとは認められない。
したがって、甲1発明及び周知技術に基づいて、上記相違点7に係る本件発明1の構成とすることは当業者が容易になし得たこととは認められない。
そうすると、相違点1~4について検討するまでもなく、本件発明8は、甲1発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでない。
8 小括
以上のとおりであるから、本件発明1、3~8は、甲1発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
9 取消理由通知で採用しなかった特許異議申立理由等
(1)請求項1及び3についての進歩性についての進歩性
異議申立人は、特許異議申立書の3(4)ウ(イ)(9頁参照)において、当業者であれば、本件特許の明細書の実施例2~4と同じ市販品の組み合わせを用いることで「損失正接tanδのピーク温度を150℃以上」ないし「前記E1’と前記E2’の関係が、E2’/E1’=0.70以上1.0以下」とする構成を実現することに何ら困難性がない旨主張している。
しかしながら、「損失正接tanδのピーク温度を150℃以上」ないし「前記E1’と前記E2’の関係が、E2’/E1’=0.70以上1.0以下」とすることを目的として、実施例2~4と同じ市販品の組み合わせとすることは、なんら立証されていないし、本件特許の明細書の実施例2~4と同じ市販品の組み合わせが優先日前に周知であったことの証拠は示していないので、この主張は採用しない。
また、異議申立人は、令和6年9月17日の意見書において、参考資料1を添付し、「前記シール用樹脂組成物の成形体の損失正接tanδのピーク温度を150℃以上」との事項は周知である旨主張しているが、参考資料1に示されるPEEKがシール用樹脂組成物である旨の記載はなく、参考資料1に示されるPEEKを甲1発明に適用する動機付けはないので、異議申立人のこの主張は採用しない。
(2)請求項8についての進歩性についての進歩性
異議申立人は、特許異議申立書の3(4)ウ(キ)(11頁参照)において、水素ガスを圧縮する往復式圧縮機のピストンリングは証拠を挙げるまでもなく周知であり、当業者がシールをこのようなピストンリングに応用することに何ら困難性がない旨主張する。
しかしながら、化学プラント用のパッキンを、水素ガスを圧縮する往復式圧縮機のピストンリングに適用することは甲1に記載ないし示唆はなく、また、化学プラント用のパッキンを、水素ガスを圧縮する往復式圧縮機のピストンリングに転用することが周知技術であったとも認められないので、異議申立人のこの主張は採用しない。
(3)実施可能要件について
異議申立人は、特許異議申立書の3(4)エ(ア)(11頁参照)において
「本件特許の明細書には、ベース樹脂及び炭素材料の市販品の組み合わせ以外に本件特許発明1~8を実現するための手段が記載されていない。したがって、実施例2~4と同じ市販品の組み合わせを用いることで本件特許発明1~8の構成を実現できない場合があるならば、本件特許は実施可能要件違反の特許出願に対してされたものである」と主張している。
しかしながら、明細書等には、段落【0088】~【0090】、【0098】に、各成分の具体的な名称や製造元、配合比等が記載されており、当業者が本件発明1、3~8を実施するにあたって特段支障の無い程度の開示がある。そして、実施例2~4と同じ市販品の組み合わせを用いることで本件発明1、3~8を実現できないことの証拠は提出されていない、したがって、異議申立人のこの主張は採用しない。
(3)サポート要件について
ア 「4.0×108Pa以上」という数値範囲について
異議申立人は、特許異議申立書の3(4)エ(イ)(12頁参照)において
「30℃及び200℃における貯蔵弾性率E’についての「4.0×108Pa以上」の範囲には、貯蔵弾性率E’として当業者であれば特に高いとは思わないような値が含まれ、つまり本件特許発明の効果を奏さない構成が含まれる」旨主張する。
しかしながら、本件特許に係る発明の解決しようとする課題は「高温かつ高圧のガス中、特に水素ガス中で使用可能なシール用樹脂組成物およびシールを提供することを」(段落【0010】参照。)であり、この課題に対して、「E1’、E2’が4.0×108以上」として「高温下で変形しにくく、シールとして好適に使用でき」る(段落【0099】)ものとし、さらに、本件発明1では「tanδのピーク温度が150℃以上」とすることにより、また、本件発明3では、「E2’/E1’=0.70以上1.0以下」とするという特定の構成の組み合わせにより、課題を解決しているのと認められるから、この異議申立人の主張は採用しない。
イ 本件発明1、3~7の「水素ガス以外の効果」について
異議申立人は、特許異議申立書の3(4)エ(イ)(12頁参照)において
「本件特許発明1~7では、密封するガスが水素に限定されておらず、本件特許の明細書には水素以外のガスについての効果が記載されておらず、特に、構成要件Cの硫黄原子が水素以外のガスに対してどのように作用するのかについて把握できない」旨主張する。
しかしながら、上記アのとおり、本件特許に係る発明の解決しようとする課題は「高温かつ高圧のガス中、特に水素ガス中で使用可能なシール用樹脂組成物およびシールを提供することを」であり、密封するガスが水素に限定されなくとも、「E1’、E2’が4.0×108以上で」あれば「高温下で変形しにくく、シールとして好適に使用でき」るものとし、さらに、本件発明1では「tanδのピーク温度が150℃以上」とすることにより、また、本件発明3では、「E2’/E1’=0.70以上1.0以下」とするという特定の構成の組み合わせにより、高温かつ高圧の水素ガス中で使用可能なシール用樹脂組成物およびシールが提供されると認められるから、この異議申立人の主張は採用しない。
ウ 「200ppm」という数値範囲について
異議申立人は、特許異議申立書の3(4)エ(イ)(13頁参照)において
「炭素材料における硫黄原子の含有量についての「200ppm以下」の範囲には、硫黄原子の含有量として当業者であれば特に低いとは思わないような値が含まれ、つまり本件特許発明の効果を奏さない構成が含まれる」旨主張する。
しかしながら、上記アのとおり、本件特許に係る発明の解決しようとする課題は「高温かつ高圧のガス中、特に水素ガス中で使用可能なシール用樹脂組成物およびシールを提供すること」であり、硫黄原子の含有量が「200ppm以下」あれば「往復式圧縮機で圧縮した水素ガスをFCVに充填する場合、水素ガス中に硫黄成分が混入されると、燃料電池の性能低下を引き起こすおそれがあるところ、」「脱硫処理をすることなく、水素ガス中への硫黄成分の混入を低減でき、FCVにおける燃料電池の性能低下を抑制できる」(段落【0020】)ので、課題が解決できると解されるから、この異議申立人の主張は採用しない。
第6 むすび
以上のとおり、請求項1、3~8に係る特許については、取消理由通知に記載した取消理由並びに特許異議申立書に記載された特許異議申立理由及び証拠によって、取り消すことはできない。さらに、他に請求項1、3~8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また、請求項2に係る特許は、上記のとおり訂正により削除されたことにより、異議申立人による請求項2に対する特許異議の申立ては対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
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2024-700348