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特許異議申立

2025-700842

ピストンリング

審判番号
2025-700842
法域
特許
審判種別
異議申立(異議の決定)
出願番号
特願2021-131224
登録番号
7637597
請求日
2025年08月26日
審決日
2026年06月12日
公報発行日
2026年09月25日
結論
訂正認容
当事者
  • 【権利者】NTN株式会社
  • 【権利者代理人】和気 光
  • 【権利者代理人】和気 操
  • 【権利者代理人】寺本 諭史
  • 【異議申立人】田村 恭佑
  • 【異議申立人】高松 直樹
審判長/審判官
  • 審判長 石井 孝明
  • 審判官 岩瀬 昌治
  • 審判官 山田 由希子
分類
P1651.537-YAA(F16J)
条文(本文から自動抽出・参考)
特許法第36条第6項第1号、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の5第2項、特許法第120条の5第9項、特許法第126条第5項、特許法第36条第6項第2号
データ出所
審決公報(XML)

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特許第7637597号発明「ピストンリング」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。

結論

結 論 特許第7637597号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔3~4、6〕、〔5〕について訂正することを認める。 特許第7637597号の請求項1~6に係る特許を維持する。

理由

理 由 第1 手続の経緯 特許7637597号の請求項1~5に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願は、令和3年8月11日(優先権主張 令和3年3月3日)の出願であり、令和7年2月19日に特許権の設定登録がされ、令和7年2月28日に特許掲載公報が発行された。 その後、本件特許について、特許異議申立人田村恭佑(以下「申立人A」という。)による請求項1~5に係る特許に対する特許異議の申立て及び特許異議申立人高松直樹(以下「申立人B」という。)による請求項1~5に係る特許に対する特許異議の申立てがされた。 本件特許異議の申立ての経緯は、概ね、次のとおりである。 令和7年 8月26日 申立人Aによる特許異議の申立て 令和7年 8月26日 申立人Bによる特許異議の申立て 令和7年10月22日 申立人Aによる特許異議申立書を補正する手続補正書の提出 令和7年11月26日付け 取消理由通知書 令和8年 1月30日 特許権者による意見書及び訂正請求書の提出 令和8年 2月13日付け 訂正請求があった旨の通知 以下、令和8年1月30日に提出された訂正請求書に係る訂正を「本件訂正」といい、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面を「本件明細書等」という。 なお、令和8年2月13日付け訂正請求があった旨の通知に対して、申立人A及び申立人Bから、指定期間内に応答がなかった。 第2 本件訂正の適否 1 本件訂正の内容 本件訂正は、本件特許の特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項3~6について訂正することを求めるものであり、その訂正の内容は次のとおりである(下線は訂正箇所を示す。)。 (1)訂正事項1 特許請求の範囲の請求項3の「前記ピストンリングは前記樹脂組成物の射出成形体の熱処理体であり、前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低いことを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。」との記載を、 「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリングの製造方法であって、 前記ピストンリングがポリエーテルエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、 前記ポリエーテルエーテルケトン樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであり、 前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み、 前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂および黒鉛から選択される少なくともいずれか一方であり、 前記炭素繊維がPAN系炭素繊維であり、その平均繊維長が20μm~200μmであり、 前記ピストンリングは前記樹脂組成物の射出成形体の熱処理体であり、前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低いことを特徴とするピストンリングの製造方法。」に訂正する。(請求項3を引用する請求項4についても同様に訂正する。) (2)訂正事項2 ア 訂正事項2-1 特許請求の範囲の請求項4の「前記ピストンリングの硫黄原子の含有量が250ppm以下であることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項記載のピストンリング。」との記載を、「前記ピストンリングの硫黄原子の含有量が250ppm以下であることを特徴とする請求項3記載のピストンリングの製造方法。」に訂正する。 イ 訂正事項2-2 特許請求の範囲に新たに請求項6として「前記ピストンリングの硫黄原子の含有量が250ppm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。」との記載を追加する。 (3)訂正事項3 特許請求の範囲の請求項5の 「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリングであって、 前記ピストンリングがポリエーテルエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、 前記ポリエーテルエーテルケトン樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであり、 前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み、 前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂および黒鉛から選択される少なくともいずれか一方であり、 前記ピストンリングは前記樹脂組成物の射出成形体の熱処理体であり、前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低く、前記ピストンリングの硫黄原子の含有量が200ppm以下であることを特徴とするピストンリング。」との記載を 「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリングの製造方法であって、 前記ピストンリングがポリエーテルエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、 前記ポリエーテルエーテルケトン樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであり、 前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み、 前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂および黒鉛から選択される少なくともいずれか一方であり、 前記ピストンリングは前記樹脂組成物の射出成形体の熱処理体であり、前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低く、前記ピストンリングの硫黄原子の含有量が200ppm以下であることを特徴とするピストンリングの製造方法。」に訂正する。 2 本件訂正の適否について (1)訂正事項1について ア 訂正の目的について 訂正事項1に係る訂正は、本件訂正前の請求項3が「ピストンリング」という物の発明であるのにも関わらず「前記ピストンリングは前記樹脂組成物の射出成形体の熱処理体であり、前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低い」というピストンリングの製造方法に係る記載があったため、本件訂正前の請求項3に係る発明が明確でなかったのに対し、請求項3を「ピストンリングの製造方法」という物の製造方法の発明とすることで、本件訂正後の請求項3に係る発明を明確にし、併せて、本件訂正前の請求項3が請求項1または請求項2を引用する引用形式の記載であったものを、他の請求項を引用しない独立形式の記載とし、さらに、請求項2を引用する請求項3を削除するものである。 よって、訂正事項1に係る訂正は、明瞭でない記載の釈明、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること、及び、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 イ 新規事項の追加について 訂正事項1に係る訂正のうち明瞭でない記載の釈明を目的とするものは、本件訂正前の請求項3が「前記ピストンリングは前記樹脂組成物の射出成形体の熱処理体であり、前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低い」という製造方法で特定された「ピストンリング」であったものを、「前記ピストンリングは前記樹脂組成物の射出成形体の熱処理体であり、前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低い」という製造方法で特定された「ピストンリングの製造方法」に訂正するものであり、製造方法に係る具体的な発明特定事項について訂正前後で変更はない。 また、訂正事項1に係る訂正のうち他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること、及び、特許請求の範囲の減縮を目的とするものは、新規事項を追加するものではない。 よって、訂正事項1に係る訂正は、本件明細書等に記載した事項の範囲内のものである。 ウ 特許請求の範囲の拡張・変更について 訂正事項1に係る訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張、又は変更するものではない。 (2)訂正事項2について ア 訂正の目的について 訂正事項2に係る訂正は、本件訂正前の請求項4が請求項1から請求項3までのいずれか1項を引用する「ピストンリング」という物の発明であったところ、上記訂正事項1に係る訂正によって、請求項3が「ピストンリングの製造方法」という物の製造方法の発明に訂正されたことにより、請求項3を引用する請求項4が不明瞭となることから、請求項4を、請求項3を引用しない請求項4と請求項3を引用する請求項4とに分けて前者を請求項6とし後者を請求項4とした上で、後者を「ピストンリング」という物の発明から「ピストンリングの製造方法」という物の製造方法の発明に訂正し、併せて、請求項2を引用する請求項3を引用する請求項4を削除するものである。 よって、訂正事項2に係る訂正は、明瞭でない記載の釈明、及び、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 イ 新規事項の追加について 訂正事項2に係る訂正のうち明瞭でない記載の釈明を目的とするものは、製造方法に係る具体的な発明特定事項について訂正前後で変更はない。 また、訂正事項2に係る訂正のうち特許請求の範囲の減縮を目的とするものは、新規事項を追加するものではない。 よって、訂正事項2に係る訂正は、本件明細書等に記載した事項の範囲内のものである。 ウ 特許請求の範囲の拡張・変更について 訂正事項2に係る訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張、又は変更するものではない。 (3)訂正事項3について ア 訂正の目的について 訂正事項3に係る訂正は、本件訂正前の請求項5が「ピストンリング」という物の発明であるのにも関わらず「前記ピストンリングは前記樹脂組成物の射出成形体の熱処理体であり、前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低く」というピストンリングの製造方法に係る記載があったため、本件訂正前の請求項5に係る発明が明確でなかったのに対し、請求項5を「ピストンリングの製造方法」という物の製造方法の発明とすることで、本件訂正後の請求項5に係る発明を明確にするものである。 よって、訂正事項3に係る訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。 イ 新規事項の追加について 上記(1)イと同じ理由により、訂正事項3に係る訂正による訂正前後で、製造方法に係る具体的な発明特定事項について変更はない。 よって、訂正事項3に係る訂正は、本件明細書等に記載した事項の範囲内のものである。 ウ 特許請求の範囲の拡張・変更について 訂正事項3に係る訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張、又は変更するものではない。 (4)独立特許要件について 本件訂正前の全ての請求項について特許異議申立てがされているので、独立特許要件は課されない。 (5)一群の請求項について 本件訂正前の請求項4は、請求項3を引用しており、請求項3に連動して訂正されるものであるから、本件訂正前の請求項3~4に対応する本件訂正後の請求項3~4、6は、一群である。 また、本件訂正前の請求項5は、いずれの請求項も引用していないから、本件訂正前の請求項5に対応する本件訂正後の請求項5は、上記一群の請求項とは異なる一群である。 よって、訂正事項1、2、及び訂正事項3は、いずれも一群の請求項に対して請求されたものである。 (6)まとめ 以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項に対して請求されたものであり、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号、第3号、及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、特許法120条の5第9項において準用する特許法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。 したがって、特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔3~4、6〕、〔5〕について訂正することを認める。 第3 本件発明 上記第2のとおり本件訂正は認められたから、本件特許の請求項1~6に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」~「本件発明6」という。)は、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1~6に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。 「【請求項1】 水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリングであって、 前記ピストンリングがポリエーテルエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、 前記ポリエーテルエーテルケトン樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであり、 前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み、 前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂および黒鉛から選択される少なくともいずれか一方であり、 前記炭素繊維がPAN系炭素繊維であり、その平均繊維長が20μm~200μmであることを特徴とするピストンリング。 【請求項2】 前記樹脂組成物はポリフェニレンサルファイド樹脂を含まないことを特徴とする請求項1記載のピストンリング。 【請求項3】 水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリングの製造方法であって、 前記ピストンリングがポリエーテルエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、 前記ポリエーテルエーテルケトン樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであり、 前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み、 前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂および黒鉛から選択される少なくともいずれか一方であり、 前記炭素繊維がPAN系炭素繊維であり、その平均繊維長が20μm~200μmであり、 前記ピストンリングは前記樹脂組成物の射出成形体の熱処理体であり、前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低いことを特徴とするピストンリングの製造方法。 【請求項4】 前記ピストンリングの硫黄原子の含有量が250ppm以下であることを特徴とする請求項3記載のピストンリングの製造方法。 【請求項5】 水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリングの製造方法であって、 前記ピストンリングがポリエーテルエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、 前記ポリエーテルエーテルケトン樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであり、 前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み、 前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂および黒鉛から選択される少なくともいずれか一方であり、 前記ピストンリングは前記樹脂組成物の射出成形体の熱処理体であり、前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低く、前記ピストンリングの硫黄原子の含有量が200ppm以下であることを特徴とするピストンリングの製造方法。 【請求項6】 前記ピストンリングの硫黄原子の含有量が250ppm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。」 第4 取消理由通知において示した取消理由について 1 取消理由の概要 本件訂正前の本件特許に対し通知した取消理由は、概ね、次のとおりである。 請求項3~5に係る発明は、「ピストンリング」という物の発明であるところ、請求項3~5にはその物の製造方法が記載されていると認められるから明確でない。 そのため、請求項3~5に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。 2 当審における判断 上記第3のとおり、本件発明3~5は「ピストンリングの製造方法」という物の製造方法の発明であるから、上記取消理由によって本件特許を取り消すことはできない。 第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について 1 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由の概要 以下、申立人Aが提出した甲第○号証は「甲A○」といい、申立人Bが提出した甲第○号証は「甲B○」という。 (1)申立人Aによる特許異議申立理由について 申立人Aは、主たる証拠として下記甲A1及び従たる証拠として下記甲A2~A5を提出し、請求項1~5に係る特許は同法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、請求項1~5に係る特許を取り消すべきものである旨主張する。 甲A1:特開平10-61777号公報 甲A2:榎本三男、他5名、“炭素繊維の熱リン酸中における耐食性評価”、電気化学および工業物理化学、社団法人電気化学会、1997年、第65巻、第4号、p.320-325、表紙、奥付 甲A3:「物性ガイド VICTREXTM PEEK」、Victrex plc、2016年9月 甲A4:特開2019-190628号公報 甲A5:特許第6533631号公報 (2)申立人Bによる特許異議申立理由について ア 申立人Bは、主たる証拠として下記甲B1及び従たる証拠として下記甲B2~B12を提出し、請求項1~5に係る特許は同法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、請求項1~5に係る特許を取り消すべきものである旨主張する。 甲B1:特開2009-221333号公報 甲B2:特開平8-48887号公報 甲B3:特開2001-49111号公報 甲B4:国際公開第2019/208182号 甲B5:国際公開第2020/149274号 甲B6:特開平10-61777号公報 甲B7:特開2011-149557号公報 甲B8:特開2021-88692号公報 甲B9:特開2009-83288号公報 甲B10:国際公開第2018/070495号 甲B11:特開2014-102933号公報 甲B12:NEDO次世代電池・水素部、“「超高圧水素インフラ本格普及技術開発事業」(中間評価)(2018年度から2022年度 5年間)プロジェクトの概要(公開)”、[online]、2020年12月17日、<https://www.nedo.go.jp/content/100927620.pdf> イ また、申立人Bは、本件特許明細書には、耐摩耗性に優れ、かつ、シリンダーの摩耗損傷が少ないピストンリングを提供することを課題とすること、水素ガス用往復式圧縮機に適用するには、硫黄原子を含むアウトガスの発生を低減し、硫黄による汚染を避ける必要があることが記載されており、ピストンリングの特性やアウトガス中の硫黄原子の含有量は、それを構成する樹脂組成物の成分組成及びピストンリング中の硫黄原子の含有量により大きく影響されるところ、実施例の欄において、ピストンリングの硫黄原子の含有量が実際に確認されているのは実施例1の特定の成分組成の樹脂組成物を用いたもののみであり、また、硫黄原子の含量に影響のあるポリエーテルエーテルケトンや炭素繊維等に含まれる硫黄原子の含有量は一般的に自明ではないところ、発明の詳細な説明には、それらの成分の含量を硫黄原子の含量との関係でどのような範囲に設定するかについて何ら説明が記載されていないことを挙げ、請求項1~5に係る特許は特許法第36条第6項第1号の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである旨主張する。 2 甲各号証の記載について (1)甲A1について ア 甲A1には、次の記載がある(下線は、当審合議体が付したもの。)。 「【0001】 【発明の属する技術分野】この発明は、合成樹脂製シールリングに関し、詳しくは、自動車等における連続無段可変変速機や動力舵取り装置など、封止するオイル等の流体圧力が高い装置に適用される合成樹脂製シールリングに関する。 【0002】 【従来の技術】一般に、連続無段可変変速機(コンティニュアスリー・バリアブル・トランスミッション:以下、CVTと略記する。)は、広範囲に変化する車両の走行条件に合わせて駆動車輪の駆動力と走行速度を変更し、自動車の内燃機関の性能を発揮させるものである。CVTの機構は、図4に示すように、被駆動軸1に固定された固定プーリ2とこの固定プーリ2に接触分離可能に装着された可動プーリ3とを有するプーリの両プーリ部片間に形成される溝部の幅を増減することによりプーリに巻掛けられたベルトの回転半径を増減させて動力を伝達し、変速比を変化させるものである。 【0003】上記CVTの被駆動軸1には、油圧式クラッチ4が設けられ、この油圧式クラッチ4と可動プーリ3には、それぞれ油圧室5および6が設けられている。上記油圧室5および6の潤滑油は、油圧通路7および8を通って被駆動軸1の外周面およびその周囲の部材に供給される。このため、被駆動軸1上等の摺動部位(例えば軸溝10内)には、潤滑油漏れを防止するため多数のオイルシールリング9が設けられている。 【0004】このオイルシールリング9は、低摩擦であるとともに耐摩耗性に優れ、しかも被駆動軸1等の相手材を傷つけずに充分なオイルシール性を発揮するという多くの特性が要求される。 【0005】一般にオイルシールリング材料としては、四フッ化エチレン樹脂(以下、PTFEと略する。)が使用される。 【0006】 【発明が解決しようとする課題】しかしながら、CVTにおいては、上記潤滑油の油圧が3~6MPaと、通常用途(AT等)における潤滑油の油圧1~2MPaに比べてかなり高く、これに用いられるオイルシールリング9は、この高い油圧への耐久性が要求される。 【0007】このようなオイルシールリングには、常用使用温度の40℃以上に耐える耐熱性、瞬間最高温度約180℃程度に耐える耐熱性、具体的には80~160℃の連続使用温度下で溶融しない耐熱性が要求される。 【0008】また、このようなオイルシールリング9の外径は、10~30mmと小径のため、オイルシールリングを組み込む際に折れ損じたりする等といった問題が生じないように、良好な組み込み性が要求される。 【0009】また、上記したPTFE製のオイルシールリングは、PV値(押付圧力(P)と摺動速度(V)の積)が高くなるとリング自体の摩耗やクリープが大きくなり、充分なオイルシール性が得られない状態になるという問題もある。 【0010】また、オイルシールリングは、高速運動時に各部より発生する熱によって高温になる場合があり、また寒冷地における使用にも耐える耐寒性が要求され、具体的には-40~180℃の幅広い温度条件に耐える特性も要求される。 【0011】そこで、この発明の課題は上記した問題点を解決して、油圧の高い状態でも使用可能であり、シール性に優れ、また良好な摩擦摩耗特性を有し、かつ組み込み性の良好なシールリングを提供することである。」 「【0020】 【発明の実施の形態】実施形態のシールリングは、油圧、水圧、気圧などの流体圧力が作用するあらゆる密封装置に関して適用することが可能である。その一例のオイルシールリングが用いられるCVTは、前述の機構(図4)を有しており、これに用いられるオイルシールリングの大きさは、外径10~30mmのものが多い。また、この発明のオイルシールリングにかかる油圧は、3~6MPaと一般のシールリングに比べて高圧であり、CVTの回転数は、100rpm以上であり、通常は約1000~10000rpmという高速回転で使用される。 【0021】 ここでは、前記したCVTを一例として軸もしくはハウジング等で密封された装置のうち、少なくとも一方が主として相対的に回転駆動する密封装置について説明する。 【0022】所定の外径を有し、上記油圧に耐えるシールリングを得るために、その材料として耐熱性樹脂85~60重量%、および繊維状強化材15~40重量%を含有する樹脂組成物を用いる。また、上記した樹脂組成物100重量部に対して、潤滑性付与剤を1~20重量部、好ましくは5~15重量部添加した潤滑剤含有樹脂組成物を用いることもできる。」 「【0024】 このような耐熱性樹脂の例として、ポリエーテルケトン(以下、PEKと略称する。)、ポリエーテルエーテルケトン(以下、PEEKと略称する。)、ポリエーテルニトリル樹脂(以下、PENと略称する。)、芳香族熱可塑性ポリイミド樹脂(以下、TPIと略称する。)、ポリアミド4-6樹脂(以下、PA4-6と略称する。)、ポリフェニレンスルフィド樹脂(以下、PPSと略称する。)が挙げられ、これらの二種以上の混合物であってもよい。また、主に射出成形可能な合成樹脂を主成分とする耐熱性樹脂が好ましい。」 「【0027】 これらの耐熱性樹脂の溶融粘度は、せん断速度が1×(102 ~104 )sec-1、好ましくは1×103 sec-1、樹脂温度300~500℃の条件下にて300ポイズ以上、100000ポイズ以下、好ましくは500ポイズ以上10000ポイズ以下、さらに好ましくは1000~6000ポイズであり、好ましくは2000~4000ポイズである。溶融粘度が300ポイズより小さいと、150℃以上の高温域で耐クリーブ特性などの機械的特性が低下し、変形しやすいので好ましくない。また、100000ポイズより大きいと、組成物材料にもよるが成形性が劣り、また柔軟性が低下して、軸、ピストン等の溝部(図4中の符号10で示される部分)にシールリングを組み込み難いので、好ましくない。なお、PEEKの溶融粘度は、せん断速度1×103sec-1 、樹脂温度400℃にて約1500~4500ポイズである。」 「【0039】この発明に用いる繊維(ウィスカも含む)状強化材の具体例としては、炭素繊維(カーボンファイバ)が挙げられる。炭素繊維としては、ピッチ系、PAN系等のものがあるが、ピッチ系がよい。これは、ピッチ系の炭素繊維は、PAN系のものに比べて相手材への攻撃性が小さく、かつ耐摩耗性に優れているからである。 【0040】 炭素繊維の平均繊維長は0.01~1mmが好ましく、0.01~0.3mmがより好ましい。また、平均繊維径は、1~25μmが好ましく、5~25μmがより好ましく、10~20μmが更に好ましい。平均繊維長が0.01mm未満だと、上記樹脂組成物のマトリックス自体の補強効果が損なわれて機械的特性が低下し、また、1mmを越えると、混合時の均一分散が極めて困難で、摩耗特性に支障をきたし品質低下を招く。また、平均繊維径が1μm未満の場合は、繊維間の凝集が起こり、均一分散が困難となり、また、25μmを越えると相手材を摩耗するからである。また、ウィスカのサイズは、平均繊維径0.1μm以上1μm未満、平均繊維長1μm以上10μm未満のものが好ましい。 【0041】炭素繊維の平均引張強度は、490~980MPaが好ましく、平均引張弾性率は30~50GPaが好ましい。平均引張強度が980MPaを越えると、炭素繊維自体の剪断力が強く、相手材と摺動するときに剪断されず、ベース樹脂より抜け出して相手材との間に介在するため、摩耗に悪影響を及ぼすためである。490MPa未満のときは、高圧流体圧力や高温使用下において、所望の機械的強度や熱変形温度等の物性を有するオイルシールリングを提供することが困難となる。 【0042】上記範囲の引張強度を有する炭素繊維は、適度な機械的強度を有する繊維であるので、これを用いた合成樹脂製オイルシールリングは適度な機械的強度を有する。このため、摺動相手材を攻撃して摩耗させるのを抑えることを期待できる。因みに、以上の条件を満足する炭素繊維として、ピッチ系カーボンファイバが、機械的強度や摺接相手材損傷性および入手性(価格)の点で好ましく、総合的観点からも好ましい。」 「【0052】また、潤滑性付与剤としては、フッ素樹脂などのフッ化化合物、グラファイト、二硫化モリブデン等のモリブデン化合物や二硫化タングステン等のタングステン化合物、そしてまたこれらのような硫化物、マイカ、カーボン、またはエコノールなどの芳香族ポリエステル等が挙げられる。また、溶融混合成形等の射出成形時における樹脂組成物の溶融温度(例えば融点)よりも高い温度(例えば350℃以上)のものも潤滑性付与剤として好ましいものである。 【0053】フッ素樹脂としては、PTFEの他、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキル(プロピル)ビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、テトラフルオロエチレン-エチレン共重合体(ETFE)、クロロトリフルオロエチレン-エチレン共重合体(ECTFE)、ポリビニリデンフルオライド(PVDF)、ポリビニルフルオライド(PVF)、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン-パーフルオロオレフィン(アルキルビニルエーテル)共重合体(EPE)等をあげることができる。 【0054】このなかでもPTFE、PFA、FEP等のパーフルオロ系のフッ素樹脂は、炭素の周囲を全て、あるいは酸素を介して全て取り囲まれているので安定しており、摺動性や耐熱性に優れる。これらのフッ素系樹脂、例えば射出成形可能なフッ素樹脂をシールリングの主成分としてもよい。」 「【0059】また、前記したグラファイトは、鱗片状、球状などいかなる形状であってもよく、また天然黒鉛、人造黒鉛であってもよく、鱗片状の天然黒鉛は、摺動性、価格などにおいて優れている。そして、グラファイトは、固定炭素量が例えば90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、100%以下のものであれば、これを配合したシールリングは、耐摩耗性、結晶化などの熱処理工程による成形体の収縮などの点で好ましいものになる。」 「【0063】シールリングの成形方法は、特に限定されることなく、タンブラーミキサー、ヘンシェルミキサー等の混合機に上記樹脂組成物中の繊維状、粒状などの各種添加剤を配合し、乾式混合した後、圧縮成形、射出成形、押出成形等の任意の方法で行うことができる。寸法精度の良いシールリングを射出成形するためには、前記樹脂組成物を溶融混合して造粒体を製造し、これを射出成形することが好ましい。 【0064】 射出成形では、図1および図2に示すような複雑な形状のシールリングを容易に効率よく生産でき、低コストでシールリングを製造できる。成形品は、合い口部を閉じた状態で例えば80~380℃、PEEK材では140~320℃といったように樹脂材のガラス転移点以上融点未満の温度で、約1~24時間程度の熱処理を施せば、高温で使用する場合の寸法が安定する。」 イ 上記アから、甲A1には次の技術的事項が記載されていると認められる。 (ア)【0001】~【0011】、【0020】~【0022】の記載より、甲A1には、少なくとも一方が主として相対的に回転駆動するCVTに用いられるオイルシールリングが、要求される高圧の油圧に耐えるために、当該オイルシールリングの材料として、耐熱性樹脂85~60重量%および繊維状強化材15~40重量%を含有する樹脂組成物100重量部に対して、潤滑性付与剤を1~20重量部添加した潤滑剤含有樹脂組成物を用いることが記載されていると認められる。 (イ)【0022】及び【0024】の記載より、甲A1には、オイルシールリングの材料として用いられる潤滑剤含有樹脂組成物の主成分として、ポリエーテルエーテルケトンが記載されていると認められる。 (ウ)【0052】~【0054】、【0059】より、甲A1には、潤滑性付与材としてPTFEを用いることや黒鉛を用いることが記載されていると認められる。 ウ 上記ア及びイを総合すると、甲A1には次の発明(以下、それぞれ、「甲A1発明1」、「甲A1発明2」という。)が記載されていると認められる。 [甲A1発明1] 「少なくとも一方が主として相対的に回転駆動するCVTに用いられるオイルシールリングであって、 前記オイルシールリングの材料として、ポリエーテルエーテルケトンを主成分とする潤滑剤含有樹脂組成物が用いられ、 前記ポリエーテルエーテルケトンの溶融粘度は、せん断速度1×103sec-1 、樹脂温度400℃にて約1500~4500ポイズであり、 前記潤滑剤含有樹脂組成物は、ポリエーテルエーテルケトン85~60重量%および炭素繊維15~40重量%を含有する樹脂組成物100重量部に対して、潤滑性付与剤を1~20重量部添加したものであり、 前記潤滑性付与剤がPTFEまたは黒鉛であり、 前記炭素繊維がピッチ系の炭素繊維であり、その平均繊維長が0.01~0.3mmである、 オイルシールリング。」 [甲A1発明2] 「少なくとも一方が主として相対的に回転駆動するCVTに用いられるオイルシールリングの製造方法であって、 前記オイルシールリングの材料として、ポリエーテルエーテルケトンを主成分とする潤滑剤含有樹脂組成物が用いられ、 前記ポリエーテルエーテルケトンの溶融粘度は、せん断速度1×103sec-1 、樹脂温度400℃にて約1500~4500ポイズであり、 前記潤滑剤含有樹脂組成物は、ポリエーテルエーテルケトン85~60重量%および炭素繊維15~40重量%を含有する樹脂組成物100重量部に対して、潤滑性付与剤を1~20重量部添加したものであり、 前記潤滑性付与剤がPTFEまたは黒鉛であり、 前記炭素繊維がピッチ系の炭素繊維であり、その平均繊維長が0.01~0.3mmであり、 前記オイルシールリングは前記潤滑剤含有樹脂組成物を射出成形した成形品を、140~320℃で約1~24時間程度の熱処理を施した、 オイルシールリングの製造方法。」 (2)甲A2について 甲A2には、PAN系の繊維AはSを28ppm含み、PAN系の繊維BはSを46ppm含み、ピッチ系の繊維DはSを59ppm含み、ピッチ系の繊維EはSを110ppm含むことが記載されていると認められる(甲A2の表1及び表3参照)。 (3)甲A3について 甲A3には、炭素繊維強化PEEKの推奨加工条件として、PEEK90CA30に関するノズル温度は380℃、PEEK150CA30に関するノズル温度は385℃、PEEK450CA30に関するノズル温度は395℃が記載されていると認められる(甲A3の第20頁~第21頁参照)。 (4)甲A4について 甲A4には、水素ステーションにおける水素ガスの昇圧に用いられる圧縮機におけるピストンリングの材料として、硫黄含有材料により形成されたピストンリングを用いた場合、燃料電池車に供給される水素ガスへの硫黄の混入が問題となる場合があることが記載されていると認められる(甲A4の【0017】、【0061】参照)。 (5)甲A5について 甲A5には、水素ガスを圧縮ガスとして駆動させるガス圧縮機が備えるピストンに設けられているピストンリング中の硫黄が、水素と反応して硫化水素ガスとなり、当該硫化水素ガスが不純物として水素ガスに含まれること、及び、圧縮した水素ガスを燃料電池自動車に用いる場合、規格(ISO-14687-2:2012)において、全硫黄化合物(全ての硫黄化合物を硫化水素として定めた値)が0.004ppm以下であることが要求されることが、記載されていると認められる(甲A5の【0043】参照)。 (6)甲B1について ア 甲B1には、次の記載がある(下線は、当審合議体が付したもの。)。 「【技術分野】 【0001】 本発明は、金属材料に対して摺動摩擦する部分に用いられる耐摩耗性材料に関し、特に液体窒素温度(77K)以下、さらには液体水素温度(20K)付近にて用いて好適なものである。 【背景技術】 【0002】 潤滑油の供給を行わずに無潤滑にて摺動部のシールを行うシール材として、樹脂材料であるポリエーテルエーテルケトン(以下「PEEK」という。)を用いたシール材が多用されている。 このPEEKに対して、ポリテトラフルオロエチレン(以下「PTFE」という。)および酸化亜鉛ウィスカを添加した静電気拡散性摺動部材用樹脂組成物が開示されている。 【0003】 【特許文献1】特許第3041071号公報 【発明の開示】 【発明が解決しようとする課題】 【0004】 しかし、上記特許文献1に開示された静電気拡散性摺動部材用樹脂組成物は、プリンター等のOA機器の摺動部に用いられ、常温もしくは高温での使用が前提とされている。したがって、低温環境となる液体窒素温度以下、さらには液体水素温度付近にて用いられた場合に、十分な耐摩耗性を維持することができるかは不明である。 【0005】 本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、液体窒素温度以下さらには液体水素温度付近にて用いられた場合であっても十分な耐摩耗性を維持することができる耐摩耗性材料を提供することを目的とする。」 「【0015】 以下に、本発明にかかる実施形態について、図1を参照して説明する。 図1には、本実施形態にかかるシールリング(耐摩耗性材料)が好適に用いられる液体水素昇圧ポンプ1が示されている。 液体水素昇圧ポンプ1は、シリンダ5内に配置されたピストン7を備えている。シリンダ5は、低温環境での使用を考慮してSUS316Lが好適に用いられる。 ピストン7は、モータ9によって駆動され、シリンダ5内を往復動(矢印A参照)する。ピストン7の外周には、シールリング3が上下方向(往復動方向)に所定間隔を有して3つ設けられている。なお、シールリングの数は、2以下であっても良いし、4以上であってもよい(典型的には3~5つ用いられる)。シールリング3は、C字状の円環形状とされている。シールリング3によって、ピストン7下方の圧縮空間10と、ピストン7上方の大気圧空間12とがシールされるようになっている。 シリンダ5の内周壁を形成するライナは、金属材料とされ、好ましくはステンレス(具体的にはSUS440C)、またはコバルトを主成分としクロム、タングステン等が添加された合金(例えばステライト(登録商標))が用いられる。このライナに対してシールリング3が往復摺動する。 シリンダ5内の圧縮空間10に連通するように、吸入通路14及び吐出通路15が形成されている。吸入通路14には、所定圧力差にて開閉動作する吸入弁17が設けられている。この吸入弁17は、吸入時に開となり液体水素を吸込み、圧縮時に閉となる。吐出通路15には、所定圧力差にて開閉動作する吐出弁18が設けられている。この吐出弁18は、吸入時に閉となり、圧縮時に開となり圧縮された液体水素を吐出する。 【0016】 シールリング3は、主成分とされるPEEKと、5重量%以上25重量%以下のポリテトラフルオロエチレン(以下「PTFE」という。)と、5重量%以上25重量%以下の炭素繊維と、5重量%以上20重量%以下の酸化亜鉛ウィスカとを含む。これらが基本的な組成とされ、それ以外は不可避的に混入する材料である。 【0017】 PTFEよりも大きな強度を有するPEEKを主成分として用いてシールリング3の母材とする。 PEEKは固体潤滑機能を有しないため、固体潤滑機能を有するPTFEを添加することとした。 PTFEは、5重量%を下回ると固体潤滑効果が発現しないので5重量%以上が好ましい。一方、PTFEは、25重量%を超えると、大幅な固体潤滑効果の向上が期待できないので、25重量%以下が好ましい。なお、PTFEは、20重量%程度が最も好ましい。 【0018】 炭素繊維は、5重量%を下回ると強度の向上が得られないので5重量%以上が好ましい。一方、炭素繊維は、25重量%を超えると脱落が多くなり、脱落した炭素繊維が耐摩耗性材料を摩耗させることになるので、25重量%以下が好ましい。なお、炭素繊維は、20重量%程度が最も好ましい。 炭素繊維としては、PAN系又はピッチ系が好適に用いられ、繊維長が10~1000μm、好ましくは50~200μm、繊維径が1~50μm、好ましくは7~15μmとされている。 【0019】 酸化亜鉛ウィスカは、5重量%を下回ると炭素繊維の脱落防止機能が得られないので、5重量%以上が好ましい。一方、酸化亜鉛ウィスカは、20重量%を超えても強度および移着効果について大幅な向上が期待できないので、20重量%以下が好ましい。なお、酸化亜鉛ウィスカは、10重量%程度が最も好ましい。 酸化亜鉛ウィスカは、核部とこの核部から4軸方向に延びた針状結晶部からなるテトラポット形状とされ、特許文献1に開示されたものが好適に用いられる。酸化亜鉛ウィスカは、パナテトラという商品名の製品として入手することができる。針状結晶部の長さは3~200μm、好ましくは5~50μmとされ、核部の径は0.1~10μm、好ましくは0.3~3μmとされている。」 「【0025】 なお、上記実施形態では、液体水素昇圧ポンプに用いられるシールリングについて説明したが、本発明の耐摩耗性材料はこれに限定されるものではなく、他の用途、例えば、LNG基地に設置されたBOG(ボイル・オフ・ガス)コンプレッサ用ピストンリング、スターリングエンジン用ピストンリング、変速機用樹脂シール、オイルフリーコンプレッサ(例えばCNC用、高圧水素ガス用、又はLPG用)ピストンリング、内燃機関またはエンジン用ピストンリング、油圧ポンプまたは油圧モータの圧縮シール、遠心式といった回転式コンプレッサ用シールとしても用いることができる。」 イ 上記アより、甲B1には次の発明(以下、それぞれ、「甲B1発明1」、「甲B1発明2」という。)が記載されていると認められる。 [甲B1発明1] 「高圧水素ガス用オイルフリーコンプレッサのピストンリングであって、 前記ピストンリングは、主成分とされるPEEKと、5重量%以上25重量%以下の固体潤滑機能を有するポリテトラフルオロエチレンと、5重量%以上25重量%以下の炭素繊維と、5重量%以上20重量%以下の酸化亜鉛ウィスカとを含み、 前記炭素繊維としてはPAN系が用いられ、その繊維長が50~200μmである、 ピストンリング。」 [甲B1発明2] 「高圧水素ガス用オイルフリーコンプレッサのピストンリングの製造方法であって、 前記ピストンリングは、主成分とされるPEEKと、5重量%以上25重量%以下の固体潤滑機能を有するポリテトラフルオロエチレンと、5重量%以上25重量%以下の炭素繊維と、5重量%以上20重量%以下の酸化亜鉛ウィスカとを含み、 前記炭素繊維としてはPAN系が用いられ、その繊維長が50~200μmである、 ピストンリングの製造方法。」 (7)甲B2について 甲B2には、SUS,鋼といった硬質の金属ではなく、アルミニウム、銅、錫、鉛又は亜鉛並びにそれらの少なくとも1種以上を含有する合金を含む軟質金属との摩擦摩耗特性良好な樹脂組成物として、ICI社製PEEK450P85重量部、PAN系炭素繊維15重量部、黒鉛(日本黒鉛社製:特CP)30重量部、フッ素樹脂(旭ICIフロロポリマーズ社製:L180)15重量部の組成比から成る樹脂組成物が、記載されていると認められる(甲B2の【0002】~【0003】、【0046】~【0047】参照)。 (8)甲B3について 甲B3には、潤滑油が充分に供給されない条件でもアルミニウム合金製シール面を摩耗損傷しない潤滑製樹脂組成物とするという課題を解決するための構成として、VICTREX社製PEEK450Pを主成分とした潤滑製樹脂組成物が記載されており、さらに、当該潤滑製樹脂組成物の成形体が鋼、鋳鉄などのアルミニウム合金より硬度の高い材質の場合であってもシール部材として使用可能であること及び当該潤滑製樹脂組成物が、特に、100℃を越える高温および高速摺動の条件で、耐摩耗性およびシール性に優れていることが、記載されていると認められる(甲B3の【0020】~【0021】、【0056】、【0057】、【0067】参照)。 (9)甲B4について 甲B4には、水素ステーションにおける水素ガスの昇圧に用いられる圧縮機1のピストンリングの材料として、硫黄含有材料を用いると、燃料電池車に供給される水素ガスへの硫黄の混入が問題となる場合があること、及び、当該ピストンリングを、硫黄を含まない材料によって形成することにより、燃料電池車への硫黄の混入を防ぐことができることが、記載されていると認められる(甲B4の[0040]参照)。 (10)甲B5について 甲B5には、水素ガスを圧縮ガスとして駆動させるガス圧縮機が備えるピストンに設けられているピストンリング中の硫黄が、水素と反応して硫化水素ガスとなり、当該硫化水素ガスが不純物として水素ガスに含まれること、及び、圧縮した水素ガスを燃料電池自動車に用いる場合、規格(ISO-14687-2:2012)において、全硫黄化合物(全ての硫黄化合物を硫化水素として定めた値)が0.004ppm以下であることが要求されることが、記載されていると認められる(甲B5の[0042]参照)。 (11)甲B6について 甲B6には、-40℃~180℃の幅広い温度条件に耐える特性が要求される、少なくとも一方が主として相対的に回転駆動するCVTに用いられるオイルシールリングの材料として、ポリエーテルエーテルケトンを主成分とする潤滑剤含有樹脂組成物が用いられ、前記ポリエーテルエーテルケトンの溶融粘度は、せん断速度1×103sec-1 、樹脂温度400℃にて約1500~4500ポイズであり、前記潤滑剤含有樹脂組成物は、ポリエーテルエーテルケトン85~60重量%および繊維状強化材15~40重量%を含有する樹脂組成物100重量部に対して、潤滑性付与剤を1~20重量部添加したものであり、前記潤滑性付与剤がPTFEまたは黒鉛であり、前記炭素繊維はピッチ系の炭素繊維であり、その平均繊維長は0.01~0.3mmであることが、記載されていると認められる(甲B6の【0001】、【0010】、【0020】~【0022】、【0024】、【0027】、【0039】~【0040】、【0052】~【0054】、【0059】参照)。 (12)甲B7について 甲B7には、例えばVICTREX-PEEK150Pのようなポリエーテル・エーテルケトン樹脂を90~50重量%含む樹脂組成物を、油中摺動材に成形する際に、所定の条件でアニール熱処理をすることが望ましいことが、記載されていると認められる(甲B7の【0066】~【0067】、【0069】、【0141】~【0151】参照)。 (13)甲B8について 甲B8には、炭素繊維とポリエーテルエーテルケトンが含まれる試験片として、ペレットをシリンダー温度320℃、金型温度150℃で射出成形を行い、150℃で2時間アニール処理をした後、空冷することで作製された試験片が、記載されていると認められる(甲B8の【0012】、【0047】、【0049】参照)。 (14)甲B9について 甲B9には、内層10と、硫黄を含有する可塑剤を含む外層11を有する二層チューブを、150℃の熱風循環オーブンで2日間静置し、アニール処理を行ったところ、外層11の硫黄成分を含む可塑剤が気化し、外層11から大気中へ除去されることが、記載されていると認められる(甲B9の【0029】~【0030】、【0033】、【0035】参照)。 (15)甲B10について 甲B10には、熱処理をしていないポリエーテルエーテルケトン樹脂粉末(エボニック社、VESTAKEEP2000P、不純物の初期含有量234ppm)60質量部と、平均粒子径2.0μmの非晶質シリカ(トクヤマ製)30質量部と、平均粒子径0.25μmのルチル型二酸化チタン粉末(石原産業、CR50)10質量部とを均一になるまで混合して得られた混合物を、二軸押出成形機で溶融混練したのち、ペレタイザーでφ2mm、3mm間隔でペレット化し、このペレットから射出成形機を用いて12×14×18mmのブロック形状に射出成形を行うことで得た歯科用樹脂複合材料の成形体は、ジフェニルスルホン、4,4’-ジフルオロベンゾフェノン、トランス-4,4’-ジフルオロカルコン、ビフェニルを主要とする芳香環を有する不純物の含有量が137ppmであったのに対し、ポリエーテルエーテルケトン樹脂粉末(エボニック社、VESTAKEEP2000P、不純物の初期含有量234ppm)1kgをアルミニウム製バット(280mm×210mm×35mm)に粉末厚みが25mmになるように仕込み、ヤマト科学製送風乾燥器FineOvenDF412(気体置換式熱処理装置)で、温度を250℃、加熱時間を5時間とし、空気置換を連続的に自動で1時間当たり50回行うように設定して熱処理を行ったものは、芳香族環を有する不純物の含有量が0ppmであり、当該熱処理後のポリエーテルエーテルケトン樹脂粉末60質量部と、平均粒子径2.0μmの非晶質シリカ(トクヤマ製)30質量部と、平均粒子径0.25μmのルチル型二酸化チタン粉末(石原産業、CR50)10質量部とを均一になるまで混合して得られた混合物を、二軸押出成形機で溶融混練したのち、ペレタイザーでφ2mm、3mm間隔でペレット化し、このペレットから射出成形機を用いて12×14×18mmのブロック形状に射出成形を行うことで得た歯科用樹脂複合材料の成形体も、芳香環を有する不純物の含有量が0ppmであることが、記載されていると認められる(甲B10の[0067]~[0070]、[0114]~[0116]参照)。 (16)甲B11について 甲B11には、燃料電池に用いられる膜電極拡散層接合体におけるガス拡散層部材として、不純物が少ないPAN系カーボン繊維を用いることが好ましいことが、記載されていると認められる(甲B11の【0001】、【0014】、【0019】参照)。 (17)甲B12について 甲B12には、100MPa級高圧水素ガス圧縮機に用いられるピストンリングに含まれるポリフェニレンサルファイドが、ピストンリングのしゅう動に伴って硫化水素を発生することが疑われていることが、記載されていると認められる(甲B12の第131頁参照)。 3 甲A1発明1及び甲A1発明2を主引用発明とした場合の進歩性についての判断 (1)本件発明1について ア 対比 本件発明1と甲A1発明1とを対比する。 (ア)甲A1発明1の「少なくとも一方が主として相対的に回転駆動するCVTに用いられるオイルシールリング」と本件発明1の「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」とは、「シールリング」の限りにおいて一致する。 また、甲A1発明1の「ポリエーテルエーテルケトン」は本件発明1の「ポリエーテルエーテルケトン樹脂」に相当し、甲A1発明1の「潤滑剤含有樹脂組成物」は本件発明1の「樹脂組成物」に相当する。 (イ)甲A1発明1の「潤滑性付与剤」は「PTFEまたは黒鉛」であるから、固体であると認められるため、甲A1発明1の「潤滑性付与剤」は本件発明1の「固体潤滑剤」に相当する。 してみると、甲A1発明1の「前記潤滑剤含有樹脂組成物は、ポリエーテルエーテルケトン85~60重量%および炭素繊維15~40重量%を含有する樹脂組成物100重量部に対して、潤滑性付与剤を1~20重量部添加したものであり」という事項は、本件発明1の「前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み」という事項との対比において、「前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み」という事項の限りにおいて一致する。 (ウ)甲A1発明1の「PTFE」及び「黒鉛」は、それぞれ本件発明1の「ポリテトラフルオロエチレン樹脂」及び「黒鉛」に相当する。 してみると、甲A1発明1の「前記潤滑性付与剤がPTFEまたは黒鉛であり」という事項は本件発明1の「前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂および黒鉛から選択される少なくともいずれか一方であり」という事項に相当する。 よって、本件発明1と甲A1発明1は、次の点で一致し、相違する。 [一致点] 「シールリングであって、 前記シールリングがポリエーテルエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、 前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み、 前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂および黒鉛から選択される少なくともいずれか一方である、 シールリング。」 [相違点1A1] 「シールリング」について、本件発明1は「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」であるのに対し、甲A1発明1は「少なくとも一方が主として相対的に回転駆動するCVTに用いられるオイルシールリング」である点。 [相違点1A2] 本件発明1は「前記ポリエーテルエーテルケトン樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであ」るのに対し、甲A1発明1は「前記ポリエーテルエーテルケトンの溶融粘度は、せん断速度1×103sec-1 、樹脂温度400℃にて約1500~4500ポイズであ」る点。 [相違点1A3] 「前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み」という事項について、本件発明1は「前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み」という事項であるのに対し、甲A1発明1は「前記潤滑剤含有樹脂組成物は、ポリエーテルエーテルケトン85~60重量%および炭素繊維15~40重量%を含有する樹脂組成物100重量部に対して、潤滑性付与剤を1~20重量部添加したものであり」という事項である点。 [相違点1A4] 本件発明1は「前記炭素繊維がPAN系炭素繊維であり、その平均繊維長が20μm~200μmである」のに対し、甲A1発明1は「前記炭素繊維がピッチ系の炭素繊維であり、その平均繊維長が0.01~0.3mmである」点。 イ 判断 上記相違点について検討する。 相違点1A2~1A4に係る本件発明1の構成は、相違点1A1に係る本件発明1の構成を前提とするものであるところ、そもそも、甲A1発明1は「少なくとも一方が主として相対的に回転駆動するCVTに用いられるオイルシールリング」であって、相違点1A2~1A4に係る甲A1発明1の諸元は、「少なくとも一方が主として相対的に回転駆動するCVTに用いられるオイルシールリング」として機能する限りのものであるところ、甲A1には、「実施形態のシールリングは、油圧、水圧、気圧などの流体圧力が作用するあらゆる密封装置に関して適用することが可能である。」(【0020】)と記載されるにとどまり、本件発明1のごとく「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」へ適用することは記載又は示唆されていない。 そして、甲A2~5を参照しても、甲A1発明1を「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」へ適用することを示す記載はないし、仮に、甲A1発明1を「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」へ適用するとしても、甲A1発明1の相対的に回転駆動するものにおいてオイルをシールするための上記諸元から、水素ガス用往復式圧縮機における水素ガスをシールするための諸元を導出することを示す証拠が存在するわけではないから、甲A1発明1を、上記相違点1A1~1A4に係る本件発明1のように構成することを当業者が容易に想到し得たとはいえない。 したがって、本件発明1は甲A1発明1に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (2)本件発明2、6について 本件発明2、6は本件発明1の特定事項を全て含む発明であるから、上記(1)と同じ理由により、本件発明2、6は、甲A1発明1に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (3)本件発明3について ア 対比 本件発明3と甲A1発明2とを対比する。 (ア)甲A1発明2の「少なくとも一方が主として相対的に回転駆動するCVTに用いられるオイルシールリング」と本件発明3の「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」とは、「シールリング」の限りにおいて一致する。 また、甲A1発明2の「ポリエーテルエーテルケトン」は本件発明3の「ポリエーテルエーテルケトン樹脂」に相当し、甲A1発明2の「潤滑剤含有樹脂組成物」は本件発明3の「樹脂組成物」に相当する。 (イ)甲A1発明2の「潤滑性付与剤」は「PTFEまたは黒鉛」であるから、固体であると認められるため、甲A1発明2の「潤滑性付与剤」は本件発明3の「固体潤滑剤」に相当する。 してみると、甲A1発明2の「前記潤滑剤含有樹脂組成物は、ポリエーテルエーテルケトン85~60重量%および炭素繊維15~40重量%を含有する樹脂組成物100重量部に対して、潤滑性付与剤を1~20重量部添加したものであり」という事項は、本件発明3の「前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み」という事項との対比において、「前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み」という事項の限りにおいて一致する。 (ウ)甲A1発明2の「PTFE」及び「黒鉛」は、それぞれ本件発明3の「ポリテトラフルオロエチレン樹脂」及び「黒鉛」に相当する。 してみると、甲A1発明2の「前記潤滑性付与剤がPTFEまたは黒鉛であり」という事項は本件発明3の「前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂および黒鉛から選択される少なくともいずれか一方であり」という事項に相当する。 (エ)甲A1発明2の「射出成形した成形品」は本件発明3の「射出成形体」に相当し、甲A1発明2の「射出成形した成形品を、140~320℃で約1~24時間程度の熱処理を施した」という事項は本件発明3の「射出成形体の熱処理体であり」という事項に相当する。 よって、本件発明3と甲A1発明2は、次の点で一致し、相違する。 [一致点] 「シールリングの製造方法であって、 前記シールリングがポリエーテルエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、 前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み、 前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂および黒鉛から選択される少なくともいずれか一方であり、 前記シールリングは前記樹脂組成物の射出成形体の熱処理体である、 シールリングの製造方法。」 [相違点3A1] 「シールリング」について、本件発明3は「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」であるのに対し、甲A1発明2は「少なくとも一方が主として相対的に回転駆動するCVTに用いられるオイルシールリング」である点。 [相違点3A2] 本件発明3は「前記ポリエーテルエーテルケトン樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであ」るのに対し、甲A1発明2は「前記ポリエーテルエーテルケトンの溶融粘度は、せん断速度1×103sec-1 、樹脂温度400℃にて約1500~4500ポイズであ」る点。 [相違点3A3] 「前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み」という事項について、本件発明3は「前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み」という事項であるのに対し、甲A1発明2は「前記潤滑剤含有樹脂組成物は、ポリエーテルエーテルケトン85~60重量%および炭素繊維15~40重量%を含有する樹脂組成物100重量部に対して、潤滑性付与剤を1~20重量部添加したものであり」という事項である点。 [相違点3A4] 本件発明3は「前記炭素繊維がPAN系炭素繊維であり、その平均繊維長が20μm~200μmである」のに対し、甲A1発明2は「前記炭素繊維がピッチ系の炭素繊維であり、その平均繊維長が0.01~0.3mmである」点。 [相違点3A5] 本件発明3は前記ピストンリングが「前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低い」のに対し、甲A1発明2は前記オイルシールリングが射出成形した成形品に比べて、硫黄原子の含有量が低いか不明である点。 イ 判断 上記相違点について検討する。 事案に鑑み、まず上記相違点3A1~3A4について検討する。 相違点3A2~3A4に係る本件発明3の構成は、相違点3A1に係る本件発明3の構成を前提とするものであるところ、そもそも、甲A1発明2は「少なくとも一方が主として相対的に回転駆動するCVTに用いられるオイルシールリング」の製造方法であって、相違点3A2~3A4に係る甲A1発明2の諸元は、当該製造方法によって製造されるシールリングが「少なくとも一方が主として相対的に回転駆動するCVTに用いられるオイルシールリング」として機能する限りのものであるところ、甲A1には、「実施形態のシールリングは、油圧、水圧、気圧などの流体圧力が作用するあらゆる密封装置に関して適用することが可能である。」(【0020】)と記載されるにとどまり、本件発明3のごとく「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」の製造方法へ適用することは記載又は示唆されていない。 そして、甲A2~5を参照しても、甲A1発明2を「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」の製造方法へ適用することを示す記載はないし、仮に、甲A1発明2を「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」の製造方法へ適用するとしても、甲A1発明2の相対的に回転駆動するものにおいてオイルをシールするためのシールリングの上記諸元から、水素ガス用往復式圧縮機における水素ガスをシールするためのシールリングの諸元を導出することを示す証拠が存在するわけではないから、甲A1発明2を、上記相違点3A1~3A4に係る本件発明3のように構成することを当業者が容易に想到し得たとはいえない。 したがって、相違点3A5について検討するまでもなく、本件発明3は甲A1発明2に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (4)本件発明4について 本件発明4は本件発明3の特定事項を全て含む発明であるから、上記(3)と同じ理由により、本件発明4は甲A1発明2に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (5)本件発明5について ア 対比 本件発明5は、本件発明3の発明特定事項から「前記炭素繊維がPAN系炭素繊維であり、その平均繊維長が20μm~200μmであり、」との発明特定事項を除き、「前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低い」との発明特定事項を「前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低く、前記ピストンリングの硫黄原子の含有量が200ppm以下である」との発明特定事項としたものであるから、上記(3)アを踏まえると、本件発明5と甲A1発明2は、次の点で一致し、相違する。 [一致点] 「シールリングの製造方法であって、 前記シールリングがポリエーテルエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、 前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み、 前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂および黒鉛から選択される少なくともいずれか一方であり、 前記ピストンに使用されるリングは前記樹脂組成物の射出成形体の熱処理体である、 ピストンに使用されるリングの製造方法。」 [相違点5A1] 「シールリング」について、本件発明5は「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」であるのに対し、甲A1発明2は「少なくとも一方が主として相対的に回転駆動するCVTに用いられるオイルシールリング」である点。 [相違点5A2] 本件発明5は「前記ポリエーテルエーテルケトン樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであ」るのに対し、甲A1発明2は「前記ポリエーテルエーテルケトンの溶融粘度は、せん断速度1×103sec-1 、樹脂温度400℃にて約1500~4500ポイズであ」る点。 [相違点5A3] 「前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み」という事項について、本件発明5は「前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み」という事項であるのに対し、甲A1発明2は「前記潤滑剤含有樹脂組成物は、ポリエーテルエーテルケトン85~60重量%および炭素繊維15~40重量%を含有する樹脂組成物100重量部に対して、潤滑性付与剤を1~20重量部添加したものであり」という事項である点。 [相違点5A4] 本件発明5は前記ピストンリングが「前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低く、前記ピストンリングの硫黄原子の含有量が200ppm以下である」のに対し、甲A1発明2は前記オイルシールリングが射出成形した成形品に比べて、硫黄原子の含有量が低いか不明であり、前記オイルシールリングの硫黄原子の含有量も不明である点。 イ 判断 上記相違点について検討する。 事案に鑑み、まず上記相違点5A1~5A3について検討する。 相違点5A2~5A3に係る本件発明5の構成は、相違点5A1に係る本件発明5の構成を前提とするものであるところ、そもそも、甲A1発明2は「少なくとも一方が主として相対的に回転駆動するCVTに用いられるオイルシールリング」の製造方法であって、相違点5A2~5A3に係る甲A1発明2の諸元は、当該製造方法によって製造されるシールリングが「少なくとも一方が主として相対的に回転駆動するCVTに用いられるオイルシールリング」として機能する限りのものであるところ、甲A1には、「実施形態のシールリングは、油圧、水圧、気圧などの流体圧力が作用するあらゆる密封装置に関して適用することが可能である。」(【0020】)と記載されるにとどまり、本件発明5のごとく「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」の製造方法へ適用することは記載又は示唆されていない。 そして、甲A2~5を参照しても、甲A1発明2を「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」の製造方法へ適用することを示す記載はないし、仮に、甲A1発明2を「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」の製造方法へ適用するとしても、甲A1発明2の相対的に回転駆動するものにおいてオイルをシールするためのシールリングの上記諸元から、水素ガス用往復式圧縮機における水素ガスをシールするためのシールリングの諸元を導出することを示す証拠が存在するわけではないから、甲A1発明2を、上記相違点5A1~5A3に係る本件発明5のように構成することを当業者が容易に想到し得たとはいえない。 したがって、相違点5A4について検討するまでもなく、本件発明5は甲A1発明2に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 4 甲B1発明1及び甲B1発明2を主引用発明とした場合の進歩性についての判断 (1)本件発明1について ア 対比 本件発明1と甲B1発明1とを対比する。 (ア)甲B1発明1の「高圧水素ガス用オイルフリーコンプレッサのピストンリング」は本件発明1の「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」に相当する。 (イ)甲B1発明1の「前記ピストンリングは、主成分とされるPEEK」「を含」むという事項は、本件発明1の「前記ピストンリングがポリエーテルエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり」という事項に相当する。 (ウ)甲B1発明1の「固体潤滑機能を有するポリテトラフルオロエチレン」は本件発明1の「固体潤滑剤」及び「前記固体潤滑剤」である「ポリテトラフルオロエチレン樹脂」に相当する。 してみると、甲B1発明1の「前記ピストンリングは、主成分とされるPEEKと、5重量%以上25重量%以下の固体潤滑機能を有するポリテトラフルオロエチレンと、5重量%以上25重量%以下の炭素繊維と、5重量%以上20重量%以下の酸化亜鉛ウィスカとを含み、」という事項は本件発明1の「前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み、前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂および黒鉛から選択される少なくともいずれか一方であり、」という事項との対比において、「前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み、前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂および黒鉛から選択される少なくともいずれか一方であり、」という事項の限りにおいて一致する。 (エ)甲B1発明1の「PAN系が用いられ」る「炭素繊維」は本件発明1の「PAN系炭素繊維」に相当する。 また、甲B1発明1の「その繊維長が50~200μmである」という事項は、繊維長が50~200μmのいずれの場合であっても、その平均は50~200μmの範囲内になるから、本件発明1の「その平均繊維長が20μm~200μmである」という事項に相当する。 よって、本件発明1と甲B1発明1は、次の点で一致し、相違する。 [一致点] 「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリングであって、 前記ピストンリングがポリエーテルエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、 前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み、 前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂であり、 前記炭素繊維がPAN系炭素繊維であり、その平均繊維長が20μm~200μmである、 ピストンリング。」 [相違点1B1] 本件発明1は、「前記ポリエーテルエーテルケトン樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであ」るのに対して、甲B1発明1は、PEEKの諸元を特定しない点。 [相違点1B2] 「前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み」という事項について、本件発明1は、「前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み」という事項であるのに対して、甲B1発明1は、「前記ピストンリングは、主成分とされるPEEKと、5重量%以上25重量%以下の固体潤滑機能を有するポリテトラフルオロエチレンと、5重量%以上25重量%以下の炭素繊維と、5重量%以上20重量%以下の酸化亜鉛ウィスカとを含み」という事項である点。 イ 判断 上記相違点について検討する。 (ア)上記相違点1B1について 甲B1には、PEEKの諸元に着目したことについて何ら記載又は示唆もなく、また、甲B2~12のいずれにも、PEEKでありさえすれば、必ず上記相違点1B1に係る本件発明1のような諸元となることは示されていないから、甲B1発明1において、上記相違点1B1に係る本件発明1のように構成することを当業者が容易に想到し得たとはいえない。 (イ)上記相違点1B2について 上記相違点1B2に係る本件発明1の構成は、「主成分」である「ポリエーテルエーテルケトン樹脂」について「前記ポリエーテルエーテルケトン樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであり」という事項を前提として、すなわち、上記相違点1B1に係る本件発明1の構成を前提として、体積という観点で、炭素繊維及び固体潤滑剤の含有量を特定したものであるから、上記(ア)のとおり、その前提を欠く以上、甲B1発明1において、上記相違点1B2に係る本件発明1のように構成することを当業者が容易に想到し得たとはいえない。 したがって、本件発明1は甲B1発明1及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (2)本件発明2、6について 本件発明2、6は本件発明1の特定事項を全て含む発明であるから、上記(1)と同じ理由により、本件発明2、6は、甲B1発明1及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (3)本件発明3について ア 対比 本件発明3と甲B1発明2とを対比する。 (ア)甲B1発明2の「高圧水素ガス用オイルフリーコンプレッサのピストンリング」は本件発明3の「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリング」に相当する。 (イ)甲B1発明2の「前記ピストンリングは、主成分とされるPEEK」「を含」むという事項は、本件発明3の「前記ピストンリングがポリエーテルエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり」という事項に相当する。 (ウ)甲B1発明2の「固体潤滑機能を有するポリテトラフルオロエチレン」は本件発明3の「固体潤滑剤」及び「前記固体潤滑剤」である「ポリテトラフルオロエチレン樹脂」に相当する。 してみると、甲B1発明2の「前記ピストンリングは、主成分とされるPEEKと、5重量%以上25重量%以下の固体潤滑機能を有するポリテトラフルオロエチレンと、5重量%以上25重量%以下の炭素繊維と、5重量%以上20重量%以下の酸化亜鉛ウィスカとを含み、」という事項は本件発明3の「前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み、前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂および黒鉛から選択される少なくともいずれか一方であり、」という事項との対比において、「前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み、前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂および黒鉛から選択される少なくともいずれか一方であり、」という事項の限りにおいて一致する。 (エ)甲B1発明2の「PAN系が用いられ」る「炭素繊維」は本件発明3の「PAN系炭素繊維」に相当する。 また、甲B1発明2の「その繊維長が50~200μmである」という事項は、繊維長が50~200μmのいずれの場合であっても、その平均は50~200μmの範囲内になるから、本件発明3の「その平均繊維長が20μm~200μmである」という事項に相当する。 よって、本件発明3と甲B1発明2は、次の点で一致し、相違する。 [一致点] 「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリングの製造方法であって、 前記ピストンリングがポリエーテルエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、 前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み、 前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂であり、 前記炭素繊維がPAN系炭素繊維であり、その平均繊維長が20μm~200μmである、 ピストンリングの製造方法。」 [相違点3B1] 本件発明3は、「前記ポリエーテルエーテルケトン樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであ」るのに対して、甲B1発明2は、PEEKの諸元を特定しない点。 [相違点3B2] 「前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み」という事項について、本件発明3は、「前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み」という事項であるのに対して、甲B1発明2は、「前記ピストンリングは、主成分とされるPEEKと、5重量%以上25重量%以下の固体潤滑機能を有するポリテトラフルオロエチレンと、5重量%以上25重量%以下の炭素繊維と、5重量%以上20重量%以下の酸化亜鉛ウィスカとを含み」という事項である点。 [相違点3B3] 本件発明3は、「前記ピストンリングは前記樹脂組成物の射出成形体の熱処理体であり、前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低い」のに対し、甲B1発明2は、そのようなものであるか不明である点。 イ 判断 上記相違点について、事案に鑑み、まず上記相違点3B1~3B2について検討する。 (ア)上記相違点3B1について 甲B1には、PEEKの諸元に着目したことについて何ら記載又は示唆もなく、また、甲B2~12のいずれにも、PEEKでありさえすれば、必ず上記相違点1B1に係る本件発明3のような諸元となることは示されていないから、甲B1発明2において、上記相違点3B1に係る本件発明3のように構成することを当業者が容易に想到し得たとはいえない。 (イ)上記相違点3B2について 上記相違点3B2に係る本件発明3の構成は、「主成分」である「ポリエーテルエーテルケトン樹脂」について「前記ポリエーテルエーテルケトン樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであり」という事項を前提として、すなわち、上記相違点3B1に係る本件発明3の構成を前提として、体積という観点で、炭素繊維及び固体潤滑剤の含有量を特定したものであるから、上記(ア)のとおり、その前提を欠く以上、甲B1発明2において、上記相違点3B2に係る本件発明3のように構成することを当業者が容易に想到し得たとはいえない。 したがって、相違点3B3について検討するまでもなく、本件発明3は甲B1発明2及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (4)本件発明4について 本件発明4は本件発明3の特定事項を全て含む発明であるから、上記(3)と同じ理由により、本件発明4は、甲B1発明2に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (5)本件発明5について ア 対比 本件発明5は、本件発明3の発明特定事項から「前記炭素繊維がPAN系炭素繊維であり、その平均繊維長が20μm~200μmであり、」との発明特定事項を除き、「前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低い」との発明特定事項を「前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低く、前記ピストンリングの硫黄原子の含有量が200ppm以下である」との発明特定事項としたものであるから、上記(3)アを踏まえると、本件発明5と甲B1発明2は、次の点で一致し、相違する。 [一致点] 「水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機に用いられるピストンリングの製造方法であって、 前記ピストンリングがポリエーテルエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、 前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み、 前記固体潤滑剤がポリテトラフルオロエチレン樹脂である、 ピストンリングの製造方法。」 [相違点5B1] 本件発明5は、「前記ポリエーテルエーテルケトン樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであ」るのに対して、甲B1発明2は、PEEKの諸元を特定しない点。 [相違点5B2] 「前記樹脂組成物は、炭素繊維を含み、かつ、固体潤滑剤を含み」という事項について、本件発明5は、「前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み」という事項であるのに対して、甲B1発明2は、「前記ピストンリングは、主成分とされるPEEKと、5重量%以上25重量%以下の固体潤滑機能を有するポリテトラフルオロエチレンと、5重量%以上25重量%以下の炭素繊維と、5重量%以上20重量%以下の酸化亜鉛ウィスカとを含み」という事項である点。 [相違点5B3] 本件発明3は、「前記ピストンリングは前記樹脂組成物の射出成形体の熱処理体であり、前記射出成形体に比べて、硫黄原子の含有量が低く、前記ピストンリングの硫黄原子の含有量が200ppm以下である」のに対し、甲B1発明2は、そのようなものであるか不明である点。 イ 判断 上記相違点について、事案に鑑み、まず上記相違点5B1~5B2について検討すると、上記相違点5B1~5B2は上記相違点3B1~3B2と同じであるから、上記(3)イと同じ理由により、相違点5B3について検討するまでもなく、本件発明5は甲B1発明2及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 5 本件発明1~6のサポート要件についての判断 本件特許の発明が解決しようとする課題(以下、単に「課題」ともいう。)は、「耐摩耗性に優れ、かつ、シリンダーの摩耗損傷が少ないピストンリングを提供すること」(【0008】)である。 そこで、上記課題に鑑み、「耐摩耗性」及び「シリンダーの摩耗損傷」に着目すると、本件特許の発明の詳細な説明には、「本発明のピストンリングは、PEEK樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、該PEEK樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであるので、往復動で摺動する条件において耐摩耗性に優れ、かつ、相手材の摩耗損傷が少ないピストンリングになる。」(【0016】)と記載され、このことは【0056】~【0058】及び図4により裏付けられている。 そうすると、本件特許の発明の詳細な説明には、上記課題を解決するための手段として「ピストンリングは、PEEK樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、該PEEK樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sである」ことが示されているといえる。 そして、本件発明1~6はいずれも、「ピストンリングは、PEEK樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、該PEEK樹脂のせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sである」という発明特定事項を含んでいるいる。 したがって、本件発明1~6は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。 よって、特許請求の範囲の請求項1~6の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている。 第6 申立人の主張について 1 申立人Aの主張について 申立人Aは、PEEKの比重が1.3であり、炭素繊維の比重が1.8であり、PTFE及び黒鉛の比重が2.15であるものとすると、甲A1発明における炭素繊維の含有量が11.3体積%~32.5体積%となり、固体潤滑剤の含有量が0.63体積%~14.93体積%となり、本件特許発明1における炭素繊維及び固体潤滑剤の含有量と重複するから、「前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、炭素繊維を5体積%~25体積%含み、かつ、固体潤滑剤を5体積%~25体積%含み、」との構成要件Dについて、甲A1発明は本件特許発明1と一致する旨、主張する(申立人Aによる特許異議申立書の第13頁下から4行~第14頁第11行)。 しかし、甲A1に記載された合成樹脂製シールリング内におけるPEEKの比重が1.3であり、炭素繊維の比重が1.8であり、PTFE及び黒鉛の比重が2.15であることを示す証拠はないし、甲A1発明1及び甲A1発明2を主引用発明とする進歩性についての判断は上記第5の3のとおりであるから、上記主張は採用できない。 2 申立人Bの主張について (1)申立人Bは、甲B2及び甲B3を示した上で、耐摩耗性が求められるピストンリングに用いられる樹脂組成物として、PEEKを用いることは周知であり、かつ、当該PEEKとして、VICTREX社製PEEK450Pのようにせん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において350Pa・sを用いることも周知であるから、耐摩耗性等を考慮して、樹脂組成物の主成分であるPEEKとして、せん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであるものを用いることは、当業者が通常行う最適材料の選択に過ぎず設計事項である旨、主張する(申立人Bによる特許異議申立書の第26頁第14行~第27頁第2行)。 しかし、ピストンリングに用いられる樹脂組成物に求められる物性は、当該ピストンリングが使用される状況(例えば、温度や、シールする対象の材質、シールする物同士が相対的に動く方向や速度)によって異なるものであるところ、申立人Bによる特許異議申立書には、甲B1に記載されたピストンリングと同じ状況で使用するピストンリングの樹脂組成物において、樹脂組成物の主成分であるPEEKとして、せん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において200Pa・s~550Pa・sであるものを用いることが周知であることは示されておらず、甲B1発明1及び甲B1発明2を主引用発明とする進歩性についての判断は上記第5の4のとおりであるから、上記主張は採用できない。 (2)申立人Bは、本件特許明細書には、耐摩耗性に優れ、かつ、シリンダーの摩耗損傷が少ないピストンリングを提供することを課題とすること、水素ガス用往復式圧縮機に適用するには、硫黄原子を含むアウトガスの発生を低減し、硫黄による汚染を避ける必要があることが記載されており、ピストンリングの特性やアウトガス中の硫黄原子の含有量は、それを構成する樹脂組成物の成分組成及びピストンリング中の硫黄原子の含有量により大きく影響されるところ、実施例の欄において、ピストンリングの硫黄原子の含有量が実際に確認されているのは実施例1の特定の成分組成の樹脂組成物を用いたもののみであり、また、硫黄原子の含量に影響のあるポリエーテルエーテルケトンや炭素繊維等に含まれる硫黄原子の含有量は一般的に自明ではないところ、発明の詳細な説明には、それらの成分の含量を硫黄原子の含量との関係でどのような範囲に設定するかについて何ら説明が記載されていないから、本件特許出願時の技術常識に照らしても、請求項1~5に係る特許発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえず、請求項1~5に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない旨、主張する(申立人Bによる特許異議申立書の第30頁下から10行~第32頁第2行)。 しかし、本件特許の発明が解決しようとする課題及びこの課題を解決する手段については、上記第5の5に示したとおりであって、硫黄原子の含有量は、上記課題とは無関係であるから、上記主張は採用できない。 第7 むすび 以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議の申立の理由によっては、本件の請求項1~6に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件の請求項1~6に係る特許を取り消すべき理由は発見しない。 よって、結論のとおり決定する。

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2025-700842

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