特許異議申立
2024-700245
未分化細胞検出法
- 審判番号
- 2024-700245
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-525673
- 登録番号
- 7344565
- 請求日
- 2024年03月13日
- 審決日
- 2024年06月25日
- 公報発行日
- 2024年07月26日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】公立大学法人横浜市立大学
- 【権利者代理人】間山 世津子
- 【権利者代理人】野村 健一
- 【異議申立人】田中 眞喜子
- 審判長/審判官
- 審判長 長井 啓子
- 審判官 名和 大輔
- 審判官 福井 悟
- 分類
- P1651.121-Y (C12Q)
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7344565号発明「未分化細胞検出法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7344565号の請求項1ないし13に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7344565号の請求項1~13に係る特許についての出願は、令和1年6月14日(国内優先権主張 平成30年6月15日)に出願され、令和5年9月6日に特許の設定登録がされ、同年9月14日に特許掲載公報が発行された。本件は、その特許に対し、令和6年3月13日に特許異議申立人田中眞喜子(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。
第2 本件発明
特許第7344565号の請求項1~13に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1~13に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
下記の(i)~(iii)よりなる群より選択される少なくとも1つの工程を含む、未分化iPS細胞を0.1%以下の検出感度で検出する方法。
(i)内胚葉の分化細胞集団における、ESRG、SFRP2及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現レベルを測定すること、
(ii)中胚葉の分化細胞集団における、ESRG、SFRP2及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現レベルを測定すること、及び
(iii)外胚葉の分化細胞集団における、ESRG及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現レベルを測定すること
【請求項2】
内胚葉の分化細胞が、肝内胚葉細胞である請求項1記載の方法。
【請求項3】
中胚葉の分化細胞が、横中隔間充織細胞、間葉系細胞又は血管内皮細胞である請求項1記載の方法。
【請求項4】
外胚葉の分化細胞が、神経幹細胞、神経堤細胞又は神経細胞である請求項1記載の方法。
【請求項5】
遺伝子の発現レベルをmRNAの量又はタンパク質の量として測定する請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
遺伝子の発現レベルをqPCR、デジタルPCR、免疫染色、in situ hybridization、RNAシークエンス、マイクロアレイ、NanoString、抗体アレイ、FlowCytometry又は質量分析で測定する請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
下記の(ai)~(aiii)よりなる群より選択される少なくとも1つの工程を含む、安全性の高い未分化iPS細胞を選別する方法。
(ai)iPS細胞から分化誘導された内胚葉の分化細胞における、ESRG、SFRP2及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現レベルを測定すること、
(aii)iPS細胞から分化誘導された中胚葉の分化細胞における、ESRG、SFRP2及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現レベルを測定すること、及び
(aiii)iPS細胞から分化誘導された外胚葉の分化細胞における、ESRG及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現レベルを測定すること
【請求項8】
下記の(bi)~(biii)よりなる群より選択される少なくとも1つの工程を含む、未分化iPS細胞を検出する方法。
(bi)iPS細胞から分化誘導された内胚葉の分化細胞をモデル動物へ移植して形成された組織における、ESRG、SFRP2及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現レベルを測定すること、
(aii)iPS細胞から分化誘導された中胚葉の分化細胞をモデル動物へ移植して形成された組織における、ESRG、SFRP2及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現レベルを測定すること、及び
(aiii)iPS細胞から分化誘導された外胚葉の分化細胞をモデル動物へ移植して形成された組織における、ESRG及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現レベルを測定すること
【請求項9】
内胚葉又は中胚葉の分化細胞集団中に存在する未分化iPS細胞を0.1%以下の検出感度で検出するために、ESRG、SFRP2及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子を未分化マーカーとして使用する方法。
【請求項10】
外胚葉の分化細胞集団中に存在する未分化iPS細胞を0.1%以下の検出感度で検出するために、ESRG及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子を未分化マーカーとして使用する方法。
【請求項11】
ESRG、SFRP2及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現を検出可能な試薬を含む、内胚葉又は中胚葉の分化細胞集団中に存在する未分化iPS細胞を0.1%以下の検出感度で検出するためのキット。
【請求項12】
ESRG及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現を検出可能な試薬を含む、外胚葉の分化細胞集団中に存在する未分化iPS細胞を0.1%以下の検出感度で検出するためのキット。
【請求項13】
遺伝子の発現を検出可能な試薬が、プライマー、プローブ又は抗体である請求項11又は12に記載のキット。」
(以下、「本件発明1」、「本件発明2」等という。まとめて「本件発明」ということもある。)
第3 異議申立の理由
異議申立人が主張する申立の理由は、概略、次のとおりのものである。
1 異議申立理由1(甲第1号証を主引用例とする進歩性欠如)
本件発明1~13は、甲第1号証に記載された発明に基づき、甲第2号証及び出願時の技術常識等(甲第3号証~甲第8号証)を適宜参酌すれば、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29第2項の規定により特許を受けることができないから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
2 異議申立理由2(甲第2号証を主引用例とする進歩性欠如)
本件発明1~13は、甲第2号証に記載された発明に基づき、甲第1号証及び出願時の技術常識等(甲第3号証~甲第8号証)を適宜参酌すれば、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29第2項の規定により特許を受けることができないから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
[証拠方法]
甲第1号証: Biochemical and Biophysical Research Communications, 2007, Vol.362, p.916-922
甲第2号証: Cytometry Research, 2014, Vol.24, No.1, p.7-11
甲第3号証: Nucleic Acids Research, 2018, Vol.46, No.3, e14
甲第4号証: アメリカ国立生物工学情報センター(NCBI)のESRG遺伝子のページ(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/NR_027122.1)
甲第5号証: Genetics and Molecular Research, 2015, 14(4), p.12085-12092
甲第6号証: ムーア人体発生学原著第11版65-66頁
甲第7号証: Inflammation and Regeneration, 2008, Vol.28, No.3, p.166-173
甲第8号証: ウイルス, 2004, 第54巻, 第1号, 107-112頁
甲第9号証: 本件特許に係る特許出願の令和4年6月8日付の審判請求書
(以下、「甲1」、「甲2」等という。)
第4 当合議体の判断
1 甲各号証の記載事項
本件特許の優先日(平成30年6月15日)前に頒布されたことが明らかな甲各号証の記載事項は、以下のとおりである。
(1)甲1の記載事項
甲1には、次の事項が記載されている。なお、甲1は英語で記載されているので、当審による訳文で示す。下線は当審で付した。
ア 「要約
胚性幹(ES)細胞は自己複製を維持し、三種の全ての胚葉の誘導物に分化することができる。ES細胞の多能性の維持には、Oct4、Nanog、Sox2などの主要な転写因子の制御ネットワークが重要な役割を果たしている。これらの転写制御因子を解析することで、ES細胞の自己複製と初期分化の根拠となるメカニズムに関する重要な知見が得られた。ここで我々は、マイクロアレイ解析により、ヒトES(hES)細胞と7日目胚様体(EB)の間で高い発現差のあるESTを同定した。ESTアセンプリー、5'-RACE、ノーザンブロットにより、1.2kbと3.1kbの2つの異なる転写産物を持つ新規hES細胞関連遺伝子(HESRGと命名)のクローニングに成功した。さらに、RT-PCR及びリアルタイムRT-PCR(qPCR)の結果、HESRGは未分化のhES細胞で高発現していたが、全ての種類の正常な中絶ヒト胎児組織又はヒト成人精巣では発現していなかったことが示された。HESRGの発現は、in vitro及びin vivoにおいて、hES細胞の分化に伴って抑制された。さらに、HESRGの推定プロモーター領域に転写因子Oct4の結合部位が見つかった。以上のことから、新規HESRG遺伝子は、hES細胞の末分化状態や自己複製をサポートする重要な役割を担っていることが示唆された。」(第916頁要約全文)
イ 「HESRGの発現パターン解析
異なる組織におけるHESRGの発現パターンを決定する目的で、中絶胎児(36週齢)の脳、肺、肝臓、牌臓、胸腺、心臓、皮膚、筋肉、脂肪、腎臓、膵臓、卵巣、腸、子宮、卵管及び胎盤、並びに成人の精巣組織から全RNAをRT-PCR分析のために単離した。その結果、研究において、HESRGはすべてのヒト胎児組織および成人の精巣組織で検出されなかった(図4A)。ヒト組織に関する実験は1975年のヘルシンキ宣言(1983年改訂)で定められた倫理基準に従った。さらに、一部の悪性細胞株及び正常細胞株(例えば、Hela、Caski及びTHP-1)においては、HESRGの発現がRT-PCRによっても検出されなかった(データは示さず)。」(第920頁左欄第1~14行)
ウ 「in vitro及びin vivoにおけるhES細胞の分化過程でのHESRG発現
Oct4やNanogのように、HESRGがhES細胞の分化過程で下方に制御されるかどうかを調べるため、我々は、hES細胞からEBを形成させる誘導、in vitroにおいてRA(0.2μM)により外胚葉細胞へ分化させる誘導、in vivoにおいてはSCIDマウスにhES細胞を注入することにより奇形腫を形成させる誘導を行った。7日目、14日目、21日目のEB、RAによって誘導された2日目と4日目の分化細胞、及び奇形腫組織をRT-PCR検出のために採取した。その結果、 HESRGは分化すると明らかに下方に制御され、HESRGのmRNAレベルは分化の時間経過とともに徐々に減少した(図4B)。さらに、hES細胞由来の奇形腫組織では、HESRGの発現は全く見られなかった。」(第920頁左欄第15~28行)
エ 「
[図:0001412314000001.jpg]
図4.HESRG遺伝子の発現パターン(A)中絶ヒト胎児および成人精巣の異なる組織にわたるHESRG mRNAの分布をRT-PCRで検出した。(B)未分化hES細胞、異なる時間点のEB、RAにより誘導された分化細胞、及び奇形腫組織におけるHESRG発現をRT-PCRで検査した。内部標準としてヒトGAPDHを増幅した。hESC, hES細胞;EB, 胚様体;RA, レチノイン酸。」(第920頁Fig.4)
オ 「最近の遺伝子発現動態から、ヒトとマウスのES細胞には際立った違いがあることが示され[19]、両者の根本的な違いが部分的に浮き彫りになった。驚いたことに、HESRGと一致する配列は、現在チンパンジーを除く他の生物種には存在せず、HESRGはヒト又は霊長類の細胞でのみ発現する極めて特異的な遺伝子であろうことが示唆された。さらに、様々なヒト胎児組織、成人精巣組織、未分化hES細胞以外の様々な細胞株ではHESRGの発現が検出されなかったことから、HESRGはhES細胞の多能性マーカーとして新たな有望な候補となるであろうことが示唆された。
hES細胞におけるHESRGの役割の可能性を予備的に調査するために、hES細胞が分化した後、HESRG、Oct4、Nanogの発現を同時に検出し、比較した。すべてのトランスレチノイン酸はin vitroでES細胞の神経分化を誘導するために用いられ得ることが知られており[20]、hES細胞はin vivoで三種の全ての胚細胞系に加えて奇形腫に分化することが知られている[8]。我々の結果は、HESRGの発現が、in vitroとin vivoの両方で、hES細胞が分化すると劇的に下方に制御されることを示した。さらに、HESRGの発現変化はOct4や Nanogの発現変化と一致しており、Oct4やNanogよりもさらにより明らかであったことから、HESRG遺伝子が未分化hES細胞の新たな多能性マーカーであるという考えがさらに支持された。我々は現在、RNA干渉法を応用してHESRGとOct4の発現を特異的にノックダウンし、hES細胞におけるHESRGの正確な役割を調べようとしている。」(第921頁左欄第1~29行)
(2)甲2の記載事項
甲2には、次の事項が記載されている。下線は当審で付した。
ア 「再生医療・細胞治療での使用を目的に、生きた細胞を加工して製造される製品は「再生医療製品」と呼ばれ、従来治療が困難だった病態について活発に研究・開発が行われている。細胞ソースとしては、ヒト体細胞に加え、近年ではヒト体性幹細胞,胚性幹細胞(ES細胞),人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの幹細胞が対象とされてきている。」(第7頁右欄第1~7行)
イ 「本稿では,ヒトiPS細胞由来移植細胞の品質・安全性の確保の上で重要な,未分化細胞の残存の評価方法に関し,網膜色素上皮細胞を例に我々のこれまでの経験を紹介する。」(第8頁左欄第13~16行)
ウ 「ヒトES/iPS 細胞由来移植細胞の造腫瘍性
・・・つまり,ヒトES/iPS 細胞は造腫瘍性を元来の特性として保持しており,この点がヒト体細胞・体性幹細胞とは大きく異なる。したがって,ヒトES/iPS細胞由来移植細胞(最終製品)においては,未分化細胞の混入・残留により異所性組織形成や腫瘍形成が惹起されるリスクがあり,最終製品の造腫瘍性の評価と管理が重要な課題となる。このことは,可能な限り最終製品で用いられる目的細胞を純化し,残存する未分化なES/iPS 細胞を除去する工夫が必要であることを意味し,実際,その取り組みに関する報告はこれまでに多く存在する1-6)。注意しなければならないことは,ヒトES/iPS細胞由来移植細胞の実用化・品質評価において,こうした取り組みと同時に,未分化のES/iPS細胞の混入・残留量を高感度で確認する方法や,最終製品に混入・残留した未分化のES/iPS細胞等の造腫瘍性細胞に起因する安全性上の問題の評価方法が必要だということである。」(第8頁左欄下から第2段落~最下行)
エ 「ヒトES/iPS 細胞由来移植細胞中の造腫瘍性細胞/未分化細胞の検出方法
・・・
「どのくらいヒトES/iPS 細胞が残存しているか」ということに関しては,ES/iPS 細胞のマーカー遺伝子ないしマーカータンパク質を利用した方法により評価することが可能である。手技としては後述する定量RT-PCRやフローサイトメトリーなどが挙げられる。」(第8頁右欄第2~3段落)
オ 「造腫瘍性関連in vivo試験
・・・
・・・RPE 細胞にiPS細胞をスパイクして検討した結果、OCT3/4、SOX2、NANOGを指標にしたiPS細胞の検出限界はそれぞれ、0.01%、0.06%、0.07%であった。LIN28 については、初代培養RPE細胞中の発現が全く検出されなかっため、「ネガティブコントロールのシグナル値の平均値+標準偏差の3倍」という通常の方法により下方検出限界を求めることはできなかった。しかしながら、スパイク実験およびヒトiPS細胞由来RPE細胞を用いた検討から、0.002%程度のiPS細胞が混入した際にもLIN28の有意な発現シグナルが観測されることが明らかとなっている。すなわち、LIN28を指標にすれば、約5万個RPE細胞中に1個の割合で混入する未分化iPS細胞を検出できることになる。この方法は、我々の知り得る限り、分化細胞中の残存ヒトiPS細胞の検出方法としては、学術論文として公表されている方法の中で最も感度が高く、平成25年8月から開始されている神戸の理化学研究所と先端医療センター病院の自己iPS細胞由来RPE細胞を用いた臨床研究計画の中でも品質管理試験として採用されるに至っている。」(第9頁左欄第2段落~第10頁右欄下から第6行)
(3)甲3の記載事項
甲3には、次の事項が記載されている。なお、甲3は英語で記載されているので、当審による訳文で示す。下線は当審で付した。
ア 「SparseDCによって同定されたマーカー遺伝子は、ヒートマップに見られる発現ブロックパターンから明らかなように、他の細胞型に比較してマーカー遺伝子となる細胞型における発現に明らかな違いがあり(図5A, B)、このことは、SparseDCによって同定されたマーカー遺伝子が、このデータセットの細胞種を特徴付けることができることを示している。マーカー遺伝子が生物学的に細胞型に関連しているかどうかを調べるため、遺伝子型-組織発現プロジェクト(GETx)各クラスターにおいて発現が増加した上位10個のマーカー遺伝子(・・・)を調べた(表2)。・・・多能性細胞型、hiPSCについては、文献調査から、上位10個のマーカー遺伝子の多くが、幹細胞の機能に関連することが以前に示されていることが明らかになった(59-65)(表2)。」(第8頁右欄第7行~第9頁左欄第2行)
イ 「表2 ポーレンデータにおける各細胞型での上位10個の上方制御マーカー遺伝子
[図:0001412314000002.jpg]
下線を引いた遺伝子は、対象組織において発現が上昇していること、幹細胞クラスターの場合は幹細胞の機能に関連していることが以前に示されている。」(表2)
(4)甲5の記載事項
甲5には、次の事項が記載されている。なお、甲5は英語で記載されているので、当審による訳文で示す。下線は当審で付した。
ア 「要約 我々は、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、線維芽細胞における遺伝子発現を調べた。Gene Expression Omnibusから得られたマイクロアレイ発現データセットをPartekソフトウェアを用いて解析した。ES細胞、iPS細胞、線維芽細胞由来のヒト遺伝子は、その発現レベルに従って低いものから高いものへとランク付けされた。iPS細胞における遺伝子発現様式は、ES細胞におけるものによく似ており、線維芽細胞遺伝子の発現レベルはiPS細胞やES細胞よりも劇的に変動した。発現量が有意に異なる遺伝子の数は、iPS細胞とES細胞では少なかった。ES細胞とiPS細胞で発現量が有意に異なる遺伝子は、LEFTY2、DLK1、NLRP2などいくつか見られた。線維芽細胞では低発現のカテゴリーに属し、ES細胞では高発現のカテゴリーに属する遺伝子は4つ、HESRG、PROM1、NTS、LRRN1であった。これらの遺伝子の発現を解析することは、細胞運命制御のメカニズムを解明し、iPS細胞を効率的に得るために有用である。」(要約)
イ 「多様な細胞型で発現強度が有意に異なる遺伝子
全体的に、ES細胞とiPS細胞で相反する発現カテゴリーに属する遺伝子はなかった。このように、これら2種類の細胞型は、類似した発現パターンを示した。しかしながら、LEFTY2、DLK1、NLRP2など、ES細胞とiPS細胞の間で発現が有意に異なる遺伝子があった。LEFTY2は、ES細胞では高発現のカテゴリーに属していたが、iPS細胞では高発現のカテゴリーには属さなかった。DLK1とNLRP2は、iPS細胞では高発現カテゴリーに属していたが、ES細胞では高発現カテゴリーに属していなかった。HESRG、PROM1、NTS、LRRN1の4つの遺伝子は、線維芽細胞では低発現のカテゴリーに属していたがES細胞やiPS細胞では高発現のカテゴリーに属していた。」(第12089頁第2段落)
ウ 「iPS細胞は、ES細胞に代わる、議論の余地のないES細胞の代替供給源となるようである。我々は、ES細胞とiPS細胞の遺伝子発現パターンの類似性が、この現象を説明できると考えている。」(第12090頁第1~3行)
2 参考文献の記載事項
本件特許の優先日(平成30年6月15日)の周知技術を示す、以下の参考文献(本件特許に係る特許出願の令和5年5月16日付け拒絶理由通知書で引用された文献)の記載事項は、以下のとおりである。
参考文献1:Cell Stem Cell,2009,Vol.5,No.1,p.111-123
参考文献2:PLoS One,2010,Vol.5,No.2,e8975
参考文献3:PLoS One,2009,Vol.4,No.9,e7076
(1)参考文献1の記載事項
参考文献1には、次の事項が記載されている。なお、参考文献1は英語で記載されているので、当審による訳文で示す。下線は当審で付した。
ア 「要約
人工多能性幹細胞(iPSC)は、外見上は胚性幹細胞(ESC)と区別がつかないように見える。マウスとヒトのESCとiPSCの遺伝子発現プロファイルを調べたところ、iPSCは胚性幹細胞とよく似ているが、由来や作製方法にかかわらず、iPSCには繰り返し現れる遺伝子発現の特徴があることが示唆された。培養を延長すると、hiPSCはよりhESCに近い遺伝子発現プロフィールを持つようになるが、それでもhESCに特有の遺伝子発現シグネチャーを保持しており、それはmiRNA発現にまで及んでいる。ゲノムワイドのデータから、iPSCの特徴的な遺伝子発現の違いは、初期化因子によるプロモーター結合の違いによるものであることが示唆された。・・・」(要約)
イ 「初期継代hiPSCの固有の発現特徴
hESC株と初期継代hiPSC株との間の発現の違いを分析した結果、スチューデントのt検定(p < 0.05)とhiPSCとhESCの間で少なくとも1.5倍の発現変化で決定されるように、全てのhiPSC株とhESC株との間で有意に発現量が異なる遺伝子が、3,947個(17,620個のうち)見つかった(図1B;初期継代hiPSC特徴遺伝子と名付けられた;表S2)。
・・・
・・・このとおり、初期継代hiPSCと後期継代hESCの異なる発現パターンは、単に長期の培養によって誘導された違いに起因している可能性がある。培養によって誘導された転写変化の寄与を推定するために、初期(p5)継代hiPSCと中期(p28)継代hiPSCを入手し、プロファイリングを行い、我々の細胞株と比較した。この解析から、初期継代hiPSCとhESCの間で一貫して発現が異なる遺伝子の大部分は、初期、中期、後期継代hESCの間で劇的な違いはないことが示唆された(図1B、右端、及び図S2)。これらのデータは、初期継代hiPSCの特徴は、低継代多能性幹細胞に共通する特徴ではなく、hiPSCに特異的であることがわかる。」(第3頁第2段落~第4頁第1段落)
(2)参考文献2の記載事項
参考文献2には、次の事項が記載されている。なお、参考文献1は英語で記載されているので、当審による訳文で示す。下線は当審で付した。
ア 「遺伝子発現パターン全体に基づくhiPSCの状態の定義
hiPSCにおける初期化の程度を明らかにするために、6つの異なるhESC株(H1、H7、H9、H13、H14、T3)、胎児線維芽細胞からのhiPSC(iPS-hFFib)、新生児線維芽細胞からのhiPSC(iPShNFib)、脂肪幹細胞からのhiPSC(iPS-hASC)、ケラチノサイトからのhiPSC(iPS-hASC)、新生児線維芽細胞由来hiPSC(iPShNFib)、脂肪幹細胞由来hiPSC(iPS-hASC)、ケラチノサイト由来hiPSC(iPS-hKT)、及びそれらに対応するドナー細胞(hFFib、hNFib、hASC、hKT)におけるゲノムワイド発現パターンを解析した。・・・hESC(6つの異なる細胞株の平均)と、異なる細胞源に由来する異なるhiPSC株との間の発現差を解析した結果、iPS-hFFib、iPShASC、iPS-hNFib、iPS-hKTでは、hESCと比較して、それぞれ505、2571、5555、13670遺伝子(28322個のうち)が有意に異なっていた。さらに、ドナー細胞株の遺伝子発現プロファイルをhESCと比較したところ、hFFib、hASC、iPShASC、iPS-hNFib、iPS-hKTでは、それぞれ9059、13450、9861、15954遺伝子(28322個のうち)が有意に異なっていた。」(第3頁左欄第3段落~右欄第1段落)
(3)参考文献3の記載事項
参考文献3には、次の事項が記載されている。なお、参考文献1は英語で記載されているので、当審による訳文で示す。下線は当審で付した。
ア 「ヒトiPSCの転写特徴
・・・
iPSCとhESCは全体的に類似しているにもかかわらず、そのプロファイルは完全に区別できるものではなく、どのような分子的違いがあるのかを研究した。異なって発現する遺伝子を同定するために、4つの独立した(A対B)群間比較を行った:(i)iPSC対hESC(多重仮説検定補正後に、1,952個のRefseq注釈付き遺伝子が、hESCに対してiPSCで有意に発現が高く、1,072個の遺伝子がiPSCに対してiPSCで有意に発現が高かった。)・・・」(第2頁右欄下から第1段落~第5頁左欄第2行)
3 異議申立理由1(甲1を主引用例とする進歩性欠如)についての判断
(1)甲1発明の認定
甲1の1(1)アには、ヒトES細胞と7日目胚様体との間で高い発現差を有するESTを同定した結果、HESRGと命名した新規hES細胞関連遺伝子をクローニングしたことが記載され、1(1)イ、エのHESRGの組織別の発現パターン解析結果によると、HESRGが未分化のhES細胞で高発現するが、全てのヒト胎児組織やヒト成人精巣で発現しないため、(1)オにおいて、HESRGがhES細胞の多能性マーカーとして新たな有望な候補となるであろうことが示唆されたと記載されている。
また、1(1)ウのhES細胞の分化過程でのHESRG発現結果等に基づくと、1(1)オにおいて、HESRGの発現変化はOct4やNanogの発現変化と一致し、Oct4やNanogよりもさらにより明らかであったため、HESRGが、未分化hES細胞の新たな多能性マーカーであるという考えがさらに支持されたと記載されている。
以上の記載からすると、甲1には、次のとおりの発明が記載されていると認められる。
「HESRG遺伝子を未分化hES細胞のマーカーに使用する方法。」(以下、「甲1発明」という。)
(2)本件発明1の進歩性(甲1を主引用例とする場合)の検討
ア 本件発明1と甲1発明との対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「HESRG」は、ヒトESRGを意味するから、本件発明1の「ESRG」に相当する。
甲1発明の「未分化hES細胞」と本件発明1の「未分化iPS細胞」は、「未分化多能性幹細胞」である限りにおいて一致する。
甲1発明の「HESRG遺伝子を未分化hES細胞のマーカーに使用する」場合には、ESRG遺伝子の発現レベルを測定することを伴うことは自明であるから、甲1発明の「HESRG遺伝子を未分化hES細胞のマーカーに使用する方法」は、本件発明1の「ESRG遺伝子の発現レベルを測定する工程を含む」「未分化」「細胞」を「検出する方法」に相当する。
そうすると、両発明は、
「ESRG遺伝子の発現レベルを測定する工程を含む未分化多能性幹細胞を検出する方法。」で一致し、次の点で相違する。
<相違点1>
検出する「未分化多能性幹細胞」が、本件発明1では、「未分化iPS細胞」であるのに対して、甲1発明では、「未分化hES細胞」である点。
<相違点2>
「未分化多能性幹細胞」を検出する対象について、本件発明1では、(i)内胚葉の分化細胞集団、(ii)中胚葉の分化細胞集団、(iii)外胚葉の分化細胞集団の少なくとも1つと規定しているのに対して、甲1発明では、検出対象を特定していない点。
<相違点3>
検出感度について、本件発明1では、0.1%以下と規定しているのに対して、甲1発明では、検出感度を特定していない点。
イ 相違点の検討
(ア)相違点1について
甲1には、HESRGについて、未分化hES細胞での発現が確認されているにとどまり(1(1)イ~オ)、未分化多能性幹細胞の一つであるiPS細胞での発現については何ら言及されていない。
甲2には、未分化のES/iPS細胞の混入・残留量を高感度で確認する方法や、最終製品に混入・残留した未分化のES/iPS細胞等の造腫瘍性細胞に起因する安全性上の問題の評価方法が必要である旨の記載があり(1(2)ウ)、RPE細胞(網膜色素上皮細胞)にiPS細胞をスパイクして検討すると、OCT3/4、SOX2、NANOGのiPS細胞の検出限界がそれぞれ、0.01%、0.06%、0.07%であるのに対し、LIN28は、0.002%程度のiPS細胞が混入した際にも有意な発現シグナルが観測されることが記載されている(1(2)オ)。
しかし、分化細胞集団でES細胞を検出できる遺伝子を用いれば、ES細胞のみならずiPS細胞の検出も行えることを示唆する記載は甲2には見当たらない。
甲3には、網羅的な遺伝子発現解析を行った結果に基づき、iPS細胞で上方制御される上位10番のマーカー遺伝子の一つとして、ESRGが記載されており(1(3)ア)、甲5には、ES細胞とiPS細胞で高発現のカテゴリーに属する遺伝子の一つとしてESRGが記載されている。
しかし、ES細胞とiPS細胞で高発現のカテゴリーに属する遺伝子を用いれば、分化細胞集団でES細胞とiPS細胞の両方の検出を行えることを示す実験結果やそのことを示唆する記載は甲3、甲5に存在しない。
一方、ES細胞とiPS細胞は、ともに多能性幹細胞に分類される細胞であるものの、本件特許の優先日(平成30年6月15日)の周知技術を示す参考文献1~3には、ES細胞とiPS細胞では、発現が有意に異なる遺伝子が多数存在することが記載されている。
そうすると、甲1より、HESRGが未分化のhES細胞で高発現するが、全てのヒト胎児組織やヒト成人精巣で発現しないこと、甲3、甲5より、ESRGが、ES細胞とiPS細胞で高発現のカテゴリーに属する遺伝子であることが当業者に知られていたとしても、上記の周知技術に照らすと、分化細胞集団におけるESRGの発現のレベルがES細胞とiPS細胞で同程度であるかどうかは不明であるので、HESRGが、未分化のiPS細胞では高発現であるものの、分化細胞集団では発現しないことを、実験による裏付けをなくして当業者が推知し得たとは認められない。
したがって、甲1~2の記載事項や甲3~8に示された本件特許の優先日の技術常識を参酌しても、甲1発明のES細胞をiPS細胞に置換することが当業者に容易に想到し得たとはいえない。
(イ)相違点2について
甲1には、in vitroにおいてはRA(0.2μM)により外胚葉細胞へ分化させる誘導、in vivoにおいてはSCIDマウスにhES細胞を注入することにより奇形腫を形成させる誘導において、hES細胞が分化すると、HESRGの発現が劇的に下方に制御され、HESRGの発現変化はOct4や Nanogの発現変化と一致していることが記載されている(1(1)ウ、オ)。
甲2には、上記のとおり、RPE 細胞(網膜色素上皮細胞)にiPS細胞をスパイクした場合の検出限界がOCT3/4、SOX2、NANOGは0.01%、0.06%、0.07%であり、LIN28は0.002%程度であることが記載されている(1(2)オ)。
しかし、本件明細書の実施例1では、ESRGをマーカーに用いると、内胚葉、中胚葉、外胚葉のいずれの分化細胞集団においても、未分化iPS細胞を高感度で検出できることが実験結果を伴って開示されているのに対し、甲2に記載されたOCT3/4、SOX2、NANOG、LIN28は、上記の分化細胞集団においては、ESRGと発現変化が異なり、未分化iPS細胞の検出を十分に行えないことが本願の図6、7で示されている。
そうすると、仮に、甲1発明において、ES細胞をiPS細胞に置換することが当業者に可能であったとしても、iPS細胞の検出対象として、(i)内胚葉の分化細胞集団、(ii)中胚葉の分化細胞集団、(iii)外胚葉の分化細胞集団の少なくとも1つを採用してiPS細胞の検出を行うことが、当業者に容易に想到し得たとは認められない。
(ウ)小括
以上からすると、本件発明1は、相違点3について検討するまでもなく、甲1発明、すなわち甲1に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
ウ 申立人の主張
申立人は、特許異議申立書において、甲1発明を以下のとおり認定している。
「a.内胚葉、中胚葉、及び外胚葉の少なくともいずれかの分化細胞集団におけるESRG遺伝子の発現レベルを測定すること。
b.未分化hES細胞を検出する方法であること。」
しかしながら、甲1には、内胚葉、中胚葉、及び外胚葉の少なくともいずれかの分化細胞集団を検出対象に用いて未分化hES細胞を検出することが、技術思想として開示されているとは認められないから、上記の申立人の認定には誤りがある。
そうすると、申立人の主張は採用できない。
(3)本件発明2~13について
本件発明2~6は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件発明1と同様の理由により、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
本件発明7~13は、検出する「未分化多能性幹細胞」が「未分化iPS細胞」であり、「未分化細胞」を検出する対象が「(i)内胚葉の分化細胞集団、(ii)中胚葉の分化細胞集団、(iii)外胚葉の分化細胞集団」の少なくとも1つであり、甲1発明と対比した際に、少なくとも上記相違点1及び相違点2を有するものであるから、本件発明1と同様の理由により、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
4 異議申立理由2(甲2を主引用例とする進歩性欠如)についての判断
(1)甲2発明の認定
甲2には、ヒトES/iPS細胞由来移植細胞中の造腫瘍性細胞/未分化細胞の検出において、ES/iPS細胞のマーカー遺伝子を利用する方法が記載されており(1(2)エ)、RPE細胞(網膜色素上皮細胞)にiPS細胞をスパイクして検討すると、OCT3/4、SOX2、NANOGのiPS細胞の検出限界がそれぞれ、0.01%、0.06%、0.07%であるのに対し、LIN28は、0.002%程度のiPS細胞が混入した際にも有意な発現シグナルが観測されることが記載されている(1(2)オ)から、次のとおりの発明が記載されていると認められる。
「RPE細胞を対象としたiPS細胞の検出方法であって、iPS細胞のマーカー遺伝子としてOCT3/4、SOX2、NANOG、LIN28を用い、それぞれ0.01%、0.06%、0.07%、0.002%程度の検出限界で検出する方法。」(以下、「甲2発明」という。)
(2)本件発明1の進歩性(甲2を主引用例とする場合)の検討
ア 本件発明1と甲2発明との対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明における「マーカー遺伝子として」「検出する」場合には、マーカー遺伝子の発現レベルを測定することを伴うことは自明であるから、甲2発明の「iPS細胞のマーカー遺伝子」「を用い」「検出する方法」は、本件発明1の「遺伝子の発現レベルを測定する工程を含む」「未分化」「細胞」を「検出する方法」に相当する。
甲2発明における「RPE細胞」は、外胚葉から発生する細胞であるから、本件発明1における「外胚葉の分化細胞集団」に相当する。
甲2発明における「OCT3/4、SOX2、NANOG、LIN28」と本件発明1の「ESRG、SFRP2及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子」は、遺伝子である限りにおいて一致する。
そうすると、両発明は、
「外胚葉の分化細胞集団における遺伝子の発現レベルを測定することを含む、未分化iPS細胞を検出する方法」で一致し、次の点で相違する。
<相違点4>
発現レベルを測定する遺伝子が、本件発明1では、「ESRG、SFRP2及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子」であるのに対し、甲2発明では、「OCT3/4、SOX2、NANOG、LIN28」である点。
<相違点5>
「検出感度」について、本件発明1では、「0.1%以下の検出感度で検出する」と特定されているのに対し、甲2発明では、「OCT3/4、SOX2、NANOG、LIN28」のそれぞれについて「0.01%、0.06%、0.07%、0.002%程度」である点。
イ 相違点の検討
(ア)相違点4について
甲2には、iPS細胞の検出に用いる遺伝子として、OCT3/4、SOX2、NANOG、及びLIN28が記載されている(上記1(2)オ)一方で、これらの遺伝子以外の他の遺伝子を用いて移植細胞中のiPS細胞又はES細胞を検出することについては記載も示唆もされていない。
甲1には、ES細胞の有望なマーカーとしてESRGが開示されているが(1(1)オ)、3(2)イ(ア)で述べたように、ES細胞とiPS細胞では、発現が有意に異なる遺伝子が多数存在することは当業者に周知であり、実験による裏付けをなくして、ESRGが、未分化のiPS細胞では高発現であるものの、分化細胞集団では発現しないことを当業者が推知し得たとは認められないから、甲2発明のiPS細胞の検出に用いられている「OCT3/4、SOX2、NANOG、及びLIN28」を、甲1に記載される、ES細胞の検出に用いる遺伝子である「ESRG」に置換することが当業者に容易に想到し得たとは認められない。
甲3には、iPS細胞で上方制御される上位10番のマーカー遺伝子の一つとして、ESRGが記載され(1(3)ア)、甲5には、ES細胞とiPS細胞で高発現のカテゴリーに属する遺伝子の一つとしてESRGが記載されているが、iPS細胞で高発現のカテゴリーに属する遺伝子を用いれば、分化細胞集団でのiPS細胞の検出を行えることを示す実験結果やそのことを示唆する記載は甲3、甲5に存在しない。そして、甲3、5の記載のみから、実験による裏付けをなくして、ESRGが、未分化のiPS細胞では高発現であるものの、分化細胞集団では発現しないことを当業者が推知し得るとは認められない。
一方、本件明細書の実施例1では、ESRG等をマーカーに用いると、内胚葉、中胚葉、外胚葉のいずれの分化細胞集団においても、未分化iPS細胞を高感度で検出できることが実験結果を伴って開示されているところ、甲2に記載されたOCT3/4、SOX2、NANOG、LIN28は、上記の分化細胞集団において、ESRG等と発現変化が異なり、未分化iPS細胞の検出を十分に行えないことが本願の図6、7に示されているので、甲2発明の「OCT3/4、SOX2、NANOG、LIN28」を「ESRG、SFRP2及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子」に置換することに伴う「内胚葉、中胚葉、外胚葉のいずれの分化細胞集団」に対する未分化iPS細胞の検出効果は、当業者の期待、予測を超えるものと認められる。
そうすると、相違点4として挙げた本件発明1の発明特定事項を採用することは、甲1~2の記載事項や甲3~8に示された本件特許の優先日の技術常識を参酌しても、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
(イ)小括
以上からすると、本件発明1は、相違点5について検討するまでもなく、甲2発明、すなわち甲2に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)本件発明2~13について
本件発明2~6は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件発明1と同様の理由により、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
本件発明7~13は、発現レベルを測定する遺伝子が、「ESRG、SFRP2及びCNMDよりなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子」であり、甲2発明と対比した際に、少なくとも上記相違点4を有するものであるから、本件発明1と同様の理由により、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
5 小括
以上のとおり、本件発明1~13に係る特許は、異議申立理由1、2により取り消すことはできない。
第5 むすび
以上のとおり、特許異議申立てにおいて申立人が主張する申立理由によっては、本件発明1~13に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1~13に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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