特許異議申立
2025-700314
分散液
- 審判番号
- 2025-700314
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-171468
- 登録番号
- 7552226
- 請求日
- 2025年03月17日
- 審決日
- 2025年09月25日
- 公報発行日
- 2026年01月30日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】王子ホールディングス株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人特許事務所サイクス
- 【異議申立人】田中 眞喜子
- 審判長/審判官
- 審判長 辰己 雅夫
- 審判官 藤原 浩子
- 審判官 小出 直也
- 分類
- P1651.113-YAA(C08L) / P1651.121-YAA(C08L) / P1651.537-YAA(C08L)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第113条第2号、特許法第113条第4号、特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第6項第2号、特許法第126条第7項、特許法第120条の5第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7552226号発明「分散液」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7552226号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-4〕について訂正することを認める。
特許第7552226号の請求項1~4に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7552226号(以下「本件特許」という。)に係る出願は、令和2年10月9日を出願日とする特願2020-171468号であって、令和6年9月9日にその特許権の設定登録(請求項の数4)がされ、同月18日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、本件特許の請求項1~4に係る特許に対して、令和7年3月17日に特許異議申立人 田中眞喜子(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされた。
以降の主な手続の経緯は、以下のとおりである。
令和7年 5月27日付け 取消理由通知
同年 7月 4日 訂正請求書及び意見書の提出(特許権者)
同年 7月11日付け 訂正請求があった旨の通知(申立人宛て)
なお、申立人からの意見書の提出はなかった。
第2 訂正の適否
1 訂正の内容
(1)訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)は、当該訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~4について訂正することを求めるものであって、その内容は以下のとおりである(下線は訂正箇所である。)。
<訂正事項1>
特許請求の範囲の請求項1に
「繊維幅が1000nm以下の繊維状セルロース及び有機溶媒を含有する分散液であって、
前記繊維状セルロースはアニオン性基を有し、前記アニオン性基の含有量は0.50mmol/g以上であり、
前記繊維状セルロースは前記アニオン性基の対イオンとして有機オニウムイオンを有し、
下記測定方法(A)で測定されるB型粘度が80Pa・s以上である分散液;
測定方法(A):
前記分散液の繊維状セルロース濃度を3質量%(w/w)とし、回転数を0.6rpmとし、温度を23℃とした場合のB型粘度をJIS Z 8803(2011)に準拠して測定する。」
と記載されているのを、
「繊維幅が1000nm以下の繊維状セルロース、水及び有機溶媒からなる分散液であって、
前記繊維状セルロースはアニオン性基を有し、前記アニオン性基の含有量は0.50mmol/g以上であり、
前記繊維状セルロースは前記アニオン性基の対イオンとして有機オニウムイオンを有し、
前記分散液の全質量に対する水の含有量が1質量%以下であり、
前記有機溶媒がベンゼン、トルエン、キシレン及びスチレンからなる群より選択される少なくとも1種であり、
下記測定方法(A)で測定されるB型粘度が80Pa・s以上500Pa・s以下である分散液;
測定方法(A):
前記分散液の繊維状セルロース濃度を3質量%(w/w)とし、回転数を0.6rpmとし、温度を23℃とした場合のB型粘度をJIS Z 8803(2011)に準拠して測定する。」
に訂正する(請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する請求項2~4も同様に訂正する)。
(2)訂正事項1は、以下の訂正事項1-1~1-3から成る。
(訂正事項1-1)
請求項1の「繊維状セルロース及び有機溶媒を含有する分散液」を、「繊維状セルロース、水及び有機溶媒からなる分散液」とする訂正
(訂正事項1-2)
請求項1に、「前記分散液の全質量に対する水の含有量が1質量%以下であり、
前記有機溶媒がベンゼン、トルエン、キシレン及びスチレンからなる群より選択される少なくとも1種であり、」を追加する訂正
(訂正事項1-3)
請求項1の「B型粘度が80Pa・s以上」を、「B型粘度が80Pa・s以上500Pa・s以下」とする訂正
なお、訂正前の請求項1~4について、請求項2~4は、訂正される請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件訂正は、一群の請求項についてするものである。
2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1-1について
訂正事項1-1は、願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)【0018】に、「本発明の分散液は、分散媒として有機溶媒の他に水をさらに含有してもよい」と記載されていることに基づいて、分散液の成分を「繊維状セルロース、水及び有機溶媒からなる分散液」に限定するものである。
したがって、訂正事項1-1は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項を追加するものではなく、また、特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもない。
(2)訂正事項1-2について
訂正事項1-2は、本件明細書【0018】に「分散液の全質量に対する水の含有量は・・・、1質量%以下であることがさらに好ましい。」と記載され、【0021】に「有機溶媒としては、例えば、・・・ベンゼン・・・、等を挙げることができる。中でも、有機溶媒は、トルエン、キシレン及びスチレンからなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。」と記載されていることに基づいて、「分散液の全質量に対する水の含有量を1%以下」に限定し、有機溶媒を「ベンゼン、トルエン、キシレン及びスチレンからなる群より選択される少なくとも1種であり」に限定するものである。
したがって、訂正事項1-2は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項を追加するものではなく、また、特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもない。
(3)訂正事項1-3について
訂正事項1-3は、本件明細書【0014】に「測定方法(A)で測定される分散液のB型粘度は、・・・例えば、500Pa・s以下であることが好ましい。」と記載されていることに基づいて、B型粘度を「500Pa・s以下」に限定するものである。
したがって、訂正事項1-3は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項を追加するものではなく、また、特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもない。
なお、全ての請求項に対して特許異議の申立てがされているので、訂正事項1-1~1-3に関し、特許法第126条第7項に規定される要件(独立特許要件)は課されない。
3 訂正の適否についてのまとめ
以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、また、同法同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
よって、本件訂正は適法なものであり、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ー4〕について訂正することを認める。
第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正が認められるので、本件特許の請求項1~4に係る発明(以下、請求項の番号に従い「本件発明1」等といい、これらをまとめて「本件発明」ともいう。)は、以下に示す訂正特許請求の範囲の請求項1~4に記載された事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
繊維幅が1000nm以下の繊維状セルロース、水及び有機溶媒からなる分散液であって、
前記繊維状セルロースはアニオン性基を有し、前記アニオン性基の含有量は0.50mmol/g以上であり、
前記繊維状セルロースは前記アニオン性基の対イオンとして有機オニウムイオンを有し、
前記分散液の全質量に対する水の含有量が1質量%以下であり、
前記有機溶媒がベンゼン、トルエン、キシレン及びスチレンからなる群より選択される少なくとも1種であり、
下記測定方法(A)で測定されるB型粘度が80Pa・s以上500Pa・s以下である分散液;
測定方法(A):
前記分散液の繊維状セルロース濃度を3質量%(w/w)とし、回転数を0.6rpmとし、温度を23℃とした場合のB型粘度をJIS Z 8803(2011)に準拠して測定する。
【請求項2】
下記測定方法(B)で測定される光線透過率が80%以上である、請求項1に記載の分散液;
測定方法(B):
前記分散液の繊維状セルロース濃度を3質量%(w/w)とし、光路長10mmの石英セルに封入して、波長660nmにおける光線透過率を紫外・可視分光分析装置を用いて測定する。
【請求項3】
前記繊維状セルロースの繊維幅は10nm以下である、請求項1又は2に記載の分散液。
【請求項4】
前記アニオン性基は、リンオキソ酸基、リンオキソ酸基に由来する置換基、硫黄オキソ酸基及び硫黄オキソ酸基に由来する置換基からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1~3のいずれか1項に記載の分散液。」
第4 特許異議申立書に記載された申立理由及び取消理由通知書に記載した取消理由の概要
1 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、以下の甲第1~3号証(以下「甲1」等という。)を提出し、特許異議申立書において、概要、以下の申立理由を主張する。
<甲号証一覧>
甲1:特開2019-65448号公報
甲2:株式会社DJKが作成した結果報告書(令和7年3月13日付け)
甲3:本件特許の審査段階における令和6年6月26日提出の意見書
なお、甲1は、本件特許の出願前に公開された文献である。
<申立理由1(甲1に基づく新規性:特許法第113条第2号)>
請求項1~3に係る発明は、甲1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1~3に係る特許は、同法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
<申立理由2(甲1に基づく進歩性:特許法第113条第2号)>
請求項1~4に係る発明は、甲1に記載された発明に基づいて、本件特許の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1~4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
<申立理由3(サポート要件:特許法第113条第4号)>
請求項1~4に係る特許は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に違反する出願に対してされたものである。
(具体的理由)
請求項1~4に係る発明のうち、有機溶媒と繊維状セルロース以外の成分によりB型粘度が80Pa・s以上となった場合、繊維状セルロース濃度が3質量%以外の分散液の場合、及び、トルエンとキシレン以外の溶媒を用いた場合は、所望の課題を解決できるとはいえない。
また、甲2の結果によれば、測定方法(A)で測定される分散液のB型粘度が915Pa・sであるサンプルBのTI値が39.6という結果であり、80Pa・s以上であっても所望のチキソトロピー性が得られておらず、請求項1~4に係る発明には、所望の課題を解決し得ないものまで含まれている。
<申立理由4(明確性要件:特許法第113条第4号)>
請求項1~4に係る特許は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第2号に違反する出願に対してされたものである。
(具体的理由)
測定方法(A)において濃度調整に使用する溶媒の種類が特定されていないから、請求項1~4に係る発明は明確でない。
2 取消理由の概要
当審において通知した取消理由の概要は、以下のとおりである。
<取消理由1(新規性:特許法第113条第2号)>
請求項1~3に係る発明は、甲1に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1~3に係る特許は、同法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
<取消理由2(進歩性:特許法第113条第2号)>
請求項1~4に係る発明は、甲1に記載された発明に基づいて、本件特許の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1~4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
<取消理由3(サポート要件:特許法第113条第4号)>
請求項1~4に係る特許は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号の規定を満たしていない出願に対してされたものである。
(具体的理由)
請求項1~4に係る発明のうち、増粘多糖類等の任意成分の添加によりB型粘度を80Pa・s以上とした場合、繊維状セルロース濃度が3質量%以外の分散液の場合、及び、トルエンとキシレンのような芳香族炭化水素以外の有機溶媒を用いた場合又は水が存在する場合においても、請求項1~4に係る発明の課題を解決できることを当業者が認識できるとはいえない。
<取消理由4(明確性要件:特許法第113条第4号)>
請求項1~4に係る特許は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第2号の規定を満たしていない出願に対してされたものである。
(具体的理由)
測定方法(A)において濃度調整に使用する溶媒の種類が特定されていないから、請求項1~4に係る発明は明確でない。
第5 当審の判断
1 取消理由1、2及び申立理由1、2(甲1に基づく新規性、進歩性)について
取消理由1、2と申立理由1、2とは、同旨の理由であるから、まとめて判断する。
(1)甲1に記載された発明
甲1には、非水溶性樹脂と、アニオン性基を含むアニオン変性微細セルロース繊維とを含有する繊維であって、前記アニオン変性微細セルロース繊維が、前記アニオン性基に修飾基を有する化合物がイオン結合及び/又は共有結合を介して結合してなるアニオン変性微細セルロース繊維複合体である、前記繊維(請求項1、3、4)に関する発明が記載されている。
そして、実施例6及び7において用いられた、非水溶性樹脂と混合する前の「アニオン変性微細セルロース繊維複合体のジメチルホルムアミド(DMF)分散液」である、製造例7-6、及び、製造例7-7に着目すると(【0109】【0110】【0113】【0116】)、甲1には、次の「甲1発明」が記載されていると認められる。
<甲1発明>
「以下の製造方法で得られたアニオン変性微細セルロース繊維複合体のジメチルホルムアミド(DMF)分散液。
[製造方法]
針葉樹の漂白クラフトパルプ(フレッチャー チャレンジ カナダ社製、商品名「Machenzie」、CSF650mL)を天然セルロース繊維として用いた。TEMPO(2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジン-N-オキシル;触媒)として市販品(ALDRICH社製、Free radical、98%)を用いた。次亜塩素酸ナトリウムとしては、市販品(和光純薬工業社製)を用いた。臭化ナトリウムとして市販品(和光純薬工業社製)を用いた。
まず、針葉樹の漂白クラフトパルプ繊維100gを9900gのイオン交換水で十分に攪拌した後、該パルプ繊維100gに対し、TEMPO1.6%、臭化ナトリウム10%及び次亜塩素酸ナトリウム量28.4%をこの順で添加した。自動滴定装置AUT-701(東亜ディーケーケー株式会社製)でpHスタット滴定を用い、0.5M水酸化ナトリウムを滴下してpHを10.5に保持した。反応を20℃で120分間行った後、水酸化ナトリウムの滴下を停止し、酸化パルプを得た。得られた酸化パルプを、イオン交換水を用いて十分に洗浄し、次いで脱水処理を行い固形分34.6%の酸化パルプを得た。その後、酸化パルプ1.04g及びイオン交換水34.8gを混合し、更に高圧ホモジナイザーを用いて150MPaで微細化処理を10回行い、アニオン性基としてカルボキシ基を含有した微細セルロース繊維分散液(固形分濃度1.0%)を得た。この微細セルロース繊維の平均繊維径は2.7nm、平均繊維長は578nm、平均アスペクト比は214、カルボキシ基含有量は1.1mmol/g、アルデヒド基含有量は0.29mmol/gであった。
上記カルボキシ基を含有した微細セルロース繊維分散液(固形分濃度1.0%)の2000gを、メカニカルスターラーにて室温下(25℃)、30分攪拌した。続いてこれに1M塩酸水溶液を245g投入し、室温下、1時間攪拌して反応させた。反応終了後、イオン交換水でろ過、洗浄を行い、塩酸及び生成した塩を除去した。その後、ジメチルホルムアミド(DMF)で溶媒置換し、DMFにカルボキシ基含有微細セルロース繊維が膨潤した状態の微細セルロース繊維分散液(固形分濃度5.0%)を得た。
上記アニオン変性微細セルロース繊維のDMF分散液(固形分濃度5.0%)とDMFとをアニオン変性微細セルロース繊維の固形分濃度が0.2%となるように混合し、アニオン変性微細セルロース繊維に含まれるカルボキシ基1molに対して、修飾用化合物(テトラブチルアンモニウムヒドロキシド又はEOPOアミン(市販品:Jeffamine M-2070))を、1molに相当する量を混合し、高圧ホモジナイザーを用いて、150MPaで3パス微細化処理し、修飾基がイオン結合を介して連結した、微細セルロース繊維複合体(製造例7-6、7-7)を得た。」
(2)本件発明1について
ア 対比
甲1発明を、本件発明1に対応する事項に着目して整理すると、次のとおりとなる。
「平均繊維径2.7nmの微細セルロース繊維及びジメチルホルムアミドを含有する分散液であって、
前記微細セルロース繊維はカルボキシ基を有し、前記カルボキシ基の含有量は1.1mmol/gであり、
前記カルボキシ基に、修飾用化合物(テトラブチルアンモニウムヒドロキシド又はEOPOアミン(市販品:Jeffamine M-2070))をイオン結合させたものである、分散液。」
上記の整理した内容を踏まえて、本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「平均繊維径2.7nmの微細セルロース繊維」、「ジメチルホルムアミド」、「カルボキシ基」は、それぞれ本件発明1の「繊維幅が1000nm以下の繊維状セルロース」、「有機溶媒」、「アニオン性基」に相当する。
また、甲1発明の「カルボキシ基の含有量は1.1mmol/g」は、本件発明1の「アニオン性基の含有量は0.50mmol/g以上」に相当する。
さらに、甲1発明では、カルボキシ基に、テトラブチルアンモニウムヒドロキシド又はEOPOアミンがイオン結合していることから、これは、本件発明1の「アニオン性基の対イオンとして有機オニウムイオンを有し」ていることに相当する。
そして、甲1発明の「平均繊維径2.7nmの微細セルロース繊維及びジメチルホルムアミドを含有する分散液」と、本件発明1の「繊維幅が1000nm以下の繊維状セルロース、水及び有機溶媒からなる分散液」とは、「繊維幅が1000nm以下の繊維状セルロース及び有機溶媒を含有する分散液」である限りにおいて一致する。
そうすると、本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。
<一致点>
「繊維幅が1000nm以下の繊維状セルロース及び有機溶媒を含有する分散液であって、
前記繊維状セルロースはアニオン性基を有し、前記アニオン性基の含有量は0.50mmol/g以上であり、
前記繊維状セルロースは前記アニオン性基の対イオンとして有機オニウムイオンを有する、分散液。」
<相違点1>
分散液の組成に関し、本件発明1においては、「繊維幅が1000nm以下の繊維状セルロース、水及び有機溶媒からなる」ものであって、「前記分散液の全質量に対する水の含有量が1重量%以下であり、前記前記有機溶媒がベンゼン、トルエン、キシレン及びスチレンからなる群より選択される少なくとも1種であ」ることが特定されているのに対し、甲1発明においては、水を含むこと及びその含有量は特定されておらず、また、有機溶媒はジメチルホルムアミドである点
<相違点2>
本件発明1においては、「下記測定方法(A)で測定されるB型粘度が80Pa・s以上500Pa・s以下である分散液;
測定方法(A):
前記分散液の繊維状セルロース濃度を3質量%(w/w)とし、回転数を0.6rpmとし、温度を23℃とした場合のB型粘度をJIS Z 8803(2011)に準拠して測定する。」と特定されているのに対し、甲1発明は、粘度について特定されていない点
イ 判断
(ア)新規性について
相違点1及び2は、実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲1に記載された発明ではない。
(イ)進歩性について
a 相違点1について
甲1には、甲1発明を、非水溶性樹脂であるポリアクリロニトリルと混合して、アニオン変性微細セルロース繊維複合体分散紡糸原液を得たことが記載されているところ(【0124】)、紡糸原液を構成する溶媒として、「例えばジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド及びN-メチルピロリドンなどの非プロトン性極性溶媒や、グリセリン、エチレングリコール及びエタノールなどのアルコール類、アセトン及びメチルエチルケトンなどのケトン類、ジクロロメタン及びクロロホルムなどのハロゲン系溶媒、硝酸、塩化亜鉛水溶液、チオシアン酸ナトリウム水溶液などの無機塩系溶媒が挙げられ、これらを単独で使用してもよく、二種以上の溶媒を混合して使用してもよい。紡糸性の向上の観点から、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド又はアセトンを用いることが好ましい。」(【0089】)と記載されていることから、甲1発明におけるジメチルホルムアミドは、紡糸原液を構成する溶媒として使用されるものを用いたものと理解できる。
そうすると、甲1発明のジメチルホルムアミドに代えて使用可能な有機溶媒は、【0089】に例示された紡糸原液を構成する溶媒であって、甲1に記載のない「ベンゼン、トルエン、キシレン及びスチレンからなる群より選択される少なくとも1種」を用いる動機付けがあるとはいえない。
また、甲1には、水を溶媒として用いることは記載も示唆もされておらず、甲1発明は、非水溶性樹脂であるポリアクリロニトリルと混合するものであるから、非水溶性樹脂とアニオン変性微細セルロース繊維の相溶性を悪化させる可能性のある水を、敢えて存在させる動機付けもない。
そうすると、甲1発明において、ジメチルホルムアミドに代えて「ベンゼン、トルエン、キシレン及びスチレンからなる群より選択される少なくとも1種」を用い、更に、水を1重量%以下で存在させて、相違点1に係る本件発明1の構成を採用することを、当業者が容易に想到し得たとはいえない。
b 相違点2について
甲1には、紡糸原液の用途に供される分散液の粘度についての具体的記載が一切なく、甲1発明の測定方法(A)で測定されるB型粘度を「80Pa・s以上500Pa・s」の範囲に調整する動機付けがあるとはいえない。
なお、甲2(株式会社DJKによる甲1発明の再現実験の結果報告書)の記載によれば、甲1発明に係る分散液は、その固形分濃度(セルロース繊維複合体濃度)を3質量%とし、回転数0.6rpm、温度23℃で測定したB型粘度は、「516Pa・s」、「915Pa・s」であり、本件発明1における「80Pa・s以上500Pa・s」の範囲を外れている。
c したがって、本件発明1は、甲1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)本件発明2~4について
本件発明2~4は、本件発明1において、更に、光透過率、繊維状セルロースの繊維幅又はアニオン性基を特定するものであるから、本件発明2~4と甲1発明とは、少なくとも相違点1及び2において相違する。
したがって、本件発明1と同様の理由により、本件発明2及び3は、甲1に記載された発明ではなく、また、本件発明2~4は、甲1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(4)小括
以上によれば、取消理由1、2及び申立理由1、2により、本件発明1~4を取り消すことはできない。
2 取消理由3及び申立理由3(サポート要件)について
取消理由3と申立理由3とは、同旨の理由であるから、まとめて判断する。
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、この観点に立って検討する。
(2)本件発明の課題
本件明細書【0007】の記載によれば、本件発明の課題は、「有機溶媒に微細繊維状セルロースを分散させてなる分散液であって、高いチキソトロピー性を有する分散液を提供すること」であると認められる。
(3)本件発明1について
ア 本件明細書には、「本発明者らは、アニオン性基を所定量以上有する微細繊維状セルロースと有機溶媒とを含有する分散液において、微細繊維状セルロースのアニオン性基の対イオンとして有機オニウムイオンを導入し、さらに、所定条件で測定されるB型粘度を50Pa・s以上とすることにより、高いチキソトロピー性を有する分散液が得られることを見出した。」(【0008】)ことが記載されている。
また、本件明細書には、水の含有量と有機溶媒の種類(【0018】~【0021】)、微細繊維状セルロースの繊維幅、アニオン性基の種類とその含有量、アニオン性基の導入工程等(【0023】~【0088】)、有機オニウムイオンの種類等(【0089】~【0100】)、分散液の製造方法(【0106】~【0121】)について記載され、特に、分散液の製法については、高圧ホモジナイザー処理前の懸濁液をあらかじめ加温して40℃以上とすることにより、分散性が更に向上し、より高粘度であり、かつ高透明の分散液が得られやすくなることが記載されている(【0120】)。
また、実施例1において、リン酸化パルプにイオン交換水を添加して固形分濃度2質量%とした、繊維幅が2~5nm、リン酸基量が1.45mmol/gである微細繊維状セルロース分散液Aに、ジ-n-ステアリルジメチルアンモニウムクロリド(DSDMA;「有機オニウムイオン」に相当)を添加して得た、固形分濃度90質量%の微細繊維状セルロース濃縮物Aに、固形分濃度(繊維状セルロース濃度)が3質量%となるようにトルエンを添加し懸濁液とし、この懸濁液を事前加温(40℃)し、高圧ホモジナイザーで100MPaの圧力にて5回処理し、微細繊維状セルロース濃縮物Aのトルエン分散液を得たことが記載されている。
この実施例1に記載されたトルエン分散液は、繊維幅が2~5nmの繊維状セルロース、水及びトルエンからなる分散液であって、繊維状セルロースにおけるリン酸量は1.45mmol/gであり、水の含有量は計算すると約0.33質量%(計算は以下参照)である。
(水の含有量の計算)
微細セルロース濃縮物Aは、固形分濃度90質量%であるから、イオン交換水が10質量%であり、当該濃縮物Aに固形分濃度が3質量%となるようにトルエンを添加していることから、イオン交換水は、10質量%×(3/90)=約0.33質量%となる。
実施例2、3、5は、実施例1のリン酸基に代えて亜リン酸基、硫酸基、カルボキシル基を導入したものであり、実施例6は、実施例1のトルエンに代えてキシレンを用いたものであり、また、実施例7は、実施例1のDSDMAに代えてジデシルジメチルアンモニウムクロリド(DDDMA)を用いたものであり、上記の実施例における、繊維状セルロースの繊維幅、アニオン基の含有量、有機溶媒の種類、水の含有量は、本件発明1において特定された範囲のものである。
そして、実施例1~3、5~7は、本件発明1の測定方法(A)によるB型粘度が84.0~164.8であり、チキソトロピー性を示すTIが49.4~93.1であったことから、実施例1~3、5~7は、本件発明の課題を解決できたことが示されている。
他方、比較例1は、「事前加温を行わず、高圧ホモジナイザーの代わりに超音波ホモジナイザーを用いてトルエン懸濁液を処理したこと以外は実施例1と同様の方法で有機溶媒分散液を得た。」(【0157】)ものであるところ、測定方法(A)によるB型粘度が15.0で、本件発明1のB型粘度を満たさず、チキソトロピー性を示すTIが14.3となり、比較例1は、本件発明の課題を解決できなかったことが示されている。
イ 実施例2、3、5では、有機溶媒としてトルエン又はキシレンが用いられているが、トルエン又はキシレンと同様に芳香族炭化水素であり、構造や物性(比誘電率、粘度等)が類似しているベンゼンとスチレンを有機溶媒として用いた場合にも、同様なチキソトロピー性が得られると理解するのが自然である。
ウ 上記ア及びイによれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により、本件発明1は本件発明の課題を解決できることを、当業者であれば認識できる。
(4)本件発明2~4について
本件発明2~4は、本件発明1の構成を更に特定したものであるから、本件発明1と同様の理由により、本件発明2~4は、本件発明の課題を解決できることを当業者であれば認識できる。
(5)申立人の主張について
ア 申立人は、訂正前の請求項1~4に係る発明に対して、実施例における事前加温による増粘ではなく、他成分による増粘により80Pa・s以上となった分散液についてまで、所望のチキソトロピー性が得られ、本件発明の課題を解決できることを当業者が理解できない旨を主張する。
しかしながら、本件訂正により、繊維状セルロース、水及び有機溶媒「からなる」分散液と訂正されたので、本件発明は他成分により増粘させたものを含まない。
したがって、申立人の上記主張は、本件発明には当てはまらない主張であり、採用できない。
イ 申立人は、繊維状セルロース濃度を3重量%とする測定方法(A)によるB型粘度の要件を充足したとしても、実際の分散液が低濃度や高濃度の場合にまで、本件発明の課題を解決できるとは理解できない旨を主張する。
しかしながら、本件発明において、固形分として含まれるのは繊維状セルロースのみで、分散媒も限定されている。測定方法(A)で測定される分散液の粘度が80~500Pa・sの範囲に特定され、その範囲において本件発明の課題を解決できるのであるから、分散液の繊維状セルロース濃度を著しく低く又は高くすることがないことは明らかであり、本件発明において、実際の分散液の繊維状セルロース濃度が特定されていないということだけでは、本件発明の課題を解決できないとはいえない。
したがって、申立人の上記主張は採用できない。
ウ 申立人は、キシレンを使用した実施例6では164.8Pa・sという高粘度で、TIが84.9であるのに対して、トルエンを使用したより低粘度の実施例1、2(140.0Pa・s、121.0Pa・s)では、TIが86.4、93.1と同程度であったことからすれば、有機溶媒の種類が、トルエンとキシレン以外の有機溶媒を用いた場合においてまで、本件発明の課題を解決できることは到底理解できない旨を主張する。
しかしながら、上記(3)及び(4)に説示したとおり、トルエン又はキシレンと同様に芳香族炭化水素であり、構造や物性(比誘電率、粘度等)が類似しているベンゼンとスチレンを有機溶媒として用いた場合にも、同様なチキソトロピー性が得られると理解するのが自然であり、本件発明の課題を解決できると当業者が認識できる。
したがって、申立人の上記主張は採用できない。
エ 申立人は、甲1の実施例6、7の製造方法に準じて調製された微細セルロース繊維複合体を含む分散液を分析した甲2の結果によれば、測定方法(A)による分散液のB型粘度(915Pa・s)のサンプルBのTIが39.6という結果で、本件実施例4(参考例4)とほぼ変わらない結果であり、80Pa・s以上であっても、所望のチキソトロピー性が得られておらず、本件発明は、本件発明の課題を解決し得ないものまで含まれている旨を主張する。
しかしながら、本件訂正により、本件発明のB型粘度は「80Pa・s以上500Pa・s以下」と特定されたため、甲2のサンプルBは本件発明に含まれず、申立人の上記主張は、その前提において誤りがある。
(6)小括
以上によれば、取消理由3及び申立理由3により、本件発明1~4を取り消すことはできない。
3 取消理由4及び申立理由4(明確性要件)について
取消理由4と申立理由4とは、同旨の理由であるから、まとめて判断する。
本件発明1の測定方法(A)において、分散液の繊維状セルロース濃度を3質量%に調整するための溶媒の種類は特定されていないものの、分散液の有機溶媒と同じ溶媒(ベンゼン、トルエン、キシレン又はスチレンのいずれか)を用いると理解するのが自然である。
したがって、本件発明1において、上記の濃度調整に使用する溶媒を特定していないことは、本件発明1を不明確とするものではなく、そのほかに、本件発明1において、不明確な点は見いだせない。
本件発明2~4についても同様である。
したがって、本件発明1~4は、明確である。
以上によれば、取消理由4及び申立理由4により、本件発明1~4を取り消すことはできない。
第6 むすび
以上のとおり、請求項1~4に係る特許は、特許異議申立書に記載された特許異議申立理由及び取消理由通知書に記載した取消理由によっては、取り消すことはできない。
また、本件特許の請求項1~4に係る特許を取り消すべき他の理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-700314