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特許異議申立

2024-700174

燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法

審判番号
2024-700174
法域
特許
審判種別
異議申立(異議の決定)
出願番号
特願2020-209720
登録番号
7338618
請求日
2024年02月26日
審決日
2024年07月17日
公報発行日
2024年08月30日
結論
維持
当事者
  • 【権利者】JFEスチール株式会社
  • 【権利者代理人】杉村 憲司
  • 【権利者代理人】川原 敬祐
  • 【権利者代理人】酒匂 健吾
  • 【異議申立人】大澤 豊
審判長/審判官
  • 審判長 井上 信一
  • 審判官 岩間 直純
  • 審判官 須原 宏光
分類
P1651.121-Y (H01M) / P1651.537-Y (H01M)
条文(本文から自動抽出・参考)
特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号
データ出所
審決公報(XML)

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特許第7338618号発明「燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。

結論

結 論 特許第7338618号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。

理由

理 由 第1 手続の経緯 特許第7338618号(以下、「本件特許」という。)の請求項1~3に係る特許についての出願は、令和2年12月17日を出願日とする出願であって、令和5年8月28日にその特許権の設定登録がされ、同年9月5日に特許掲載公報が発行された。 その後、その特許に対し、令和6年2月26日に特許異議申立人大澤豊(以下、「特許異議申立人」という。)により本件の請求項1~3に係る特許に対する特許異議の申立てがなされ、甲第1号証~甲第3号証が提出された。 第2 本件特許発明 本件特許の請求項1~3の特許に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」~「本件特許発明3」といい、これらを総称して「本件特許発明」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1~3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 「【請求項1】 質量%で、C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:3.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Ni:6.0%以上、14.0%以下、Cr:16.0%以上、21.0%以下、N:0.100%以下およびAl:0.500%以下を有し、残部がFeおよび不可避的不純物である、成分組成を有し、 表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値が0.3質量%以上0.6質量%以下であり、 該表面における円相当直径:0.1μm以上のCr窒化物の個数が60000個/mm2以下であり、 板厚が0.05~0.20mmである、燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼板。 【請求項2】 前記成分組成が、さらに質量%で、Cu:2.50%以下およびMo:2.50%以下のうちの少なくとも一方を含有する、請求項1に記載の燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼板。 【請求項3】 請求項1または2に記載の燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼板を製造するための方法であって、 (a)素材オーステナイト系ステンレス鋼板を準備する工程と、 (b)該素材オーステナイト系ステンレス鋼板に、 処理雰囲気:窒素濃度が5体積%以上、水素濃度が5体積%以上でかつ露点が-60℃以上-50℃以下、 最高到達温度:1050℃以上1150℃以下、 1050℃以上1150℃以下の温度域における滞留時間:1秒以上45秒以下 の条件で、熱処理を施す工程と、 (c)該熱処理終了後、該素材オーステナイト系ステンレス鋼板を、1050~600℃の温度域における平均冷却速度:15℃/s以上で、冷却する工程と、 をそなえる、燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。」 第3 特許異議の申立ての理由の概要 特許異議申立人が申し立てた理由は、概略以下のとおりである。 理由A 特許法第29条第2項(同法113条第2号) 特許異議申立人の申し立てた理由Aは、以下のように、甲第1号証に記載された発明を主引用例とする理由と、甲第2号証に記載された発明を主引用例とする理由の二つに分けることができる。 理由A-1 本件特許発明1~3は、甲第1号証に記載された発明及び甲第3号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、請求項1~3に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるため、同法第113条第2号により取り消すべきものである。 理由A-2 本件特許発明1~3は、甲第2号証に記載された発明及び甲第3号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、請求項1~3に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるため、同法第113条第2号により取り消すべきものである。 理由B 特許法第36条第6項第1号(同法第113条第4号) 請求項1~3に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。 証拠方法 甲第1号証:特開2000-169952号公報 甲第2号証:特開2012-172157号公報 甲第3号証:国際公開第2020/153117号 第4 各甲号証の記載 1 甲第1号証 (1) 甲第1号証に記載された事項 以下、甲第1号証では、化学式の下付き文字と通常の文字の間に表記ゆれがあるが、下付き文字に統一し摘記した。 ア 「【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は、建築建材などに使用される各種の装飾材として好適な優れた耐孔食性を有するオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法に関する。 【0002】 【従来の技術】オーステナイト系ステンレス鋼板は、きれいな表面光沢と良好な耐食性を兼ね備えているため、建築物の外装材など装飾を主な目的とする部材に広く使用されている。 【0003】しかしながら、近年、ステンレス鋼の用途が広がるにつれて厳しい孔食環境下で使用される場合が多くなっている。高価なMoやCr等を多量含有させた耐孔食性に優れたステンレス鋼は数多く開発されている。しかしながら、耐孔食性は改善されたが、SUS304(18%Cr-8%Ni)に代表されるオーステナイト系ステンレス鋼に比べて加工性および製造コストの点で問題がある。 【0004】オーステナイト系ステンレス鋼への窒素の添加は、ステンレス鋼の強度を上昇させるのみならず、耐孔食性を向上させるのに有効であることはよく知られている。耐孔食性の向上は、オーステナイト鋼中の固溶窒素により発現する。 【0005】現在、含Nオーステナイト系ステンレス鋼としてSUS304N2,SUS304LN,SUS329LN,SUS316LNなどがJIS規格化されている。これら含Nオーステナイト系ステンレス鋼のN含有量は0.1~0.25質量%程度であ。これら含Nオーステナイト系ステンレス鋼は、耐孔食性に優れているが、通常のオーステナイト系ステンレス鋼と比較して熱間加工時の変形抵抗が高くなるため割れ等の欠陥を誘発し、それらを除去するための下工程の負担も大きくなる。 (中略) 【0010】上記の均熱時間60秒以上は、通常の連続焼鈍の1.5~2倍程度に相当する。そのため、連続焼鈍の消費エネルギー量の増加、および生産性の低下を招く。この傾向は、板厚が厚くなればなる程顕著になる。均熱時間を通常およびそれ以下に短くする場合には、鋼板の表層窒素濃度が必然的に高くなるような雰囲気ガスで焼鈍しなければならず、オーステナイト系ステンレス鋼のN固溶限を超える場合が生じる。例えば、SUS304鋼の場合、鋼のN固溶限は0.45%程度である。オーステナイト鋼の固溶限を超えたNは、Cr窒化物としてオーステナイト地に析出することになる。従って、耐孔食性はオーステナイト地のCr量が少なくなるので逆に低下することになる。 【0011】 【発明が解決しようとする課題】本発明の課題は、熱間加工性を劣化させるNを鋼の溶製時に添加することなく、また高価な合金元素を用いず、表面の不動態被膜に疵が付いても優れた耐孔食性を発揮するオーステナイト系ステンレス鋼板を低コストで製造する方法を提供することにある。」 イ 「【0022】 【発明の実施の形態】以下に、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法について具体的に説明する。 【0023】(a) オーステナイト系ステンレス熱延鋼板の冷間圧延 本発明の製造方法の対象となるオーステナイト系ステンレス鋼は、化学組成に影響されることはなく、通常のオーステナイト系ステンレス鋼であればよい。特に、SUS304が好適である。熱延鋼板は、通常の方法により製造したものでよい。 【0024】例えば、転炉にて溶湯の化学成分の調整をおこなった後、真空脱ガスを行い、連続鋳造によりスラブ(厚さ120~280mm、幅700~1200mm、長さ8~10m程度)を製造し、この連続鋳造スラブを1100~1300℃程度に加熱した後、熱間圧延して厚さ2~10mm程度の熱延鋼板とし、その後、焼鈍処理と酸洗処理を施して、さらに冷間圧延と焼鈍を繰り返して板厚0.2~1mm程度の冷延鋼板とする。 【0025】(b) 光輝焼鈍 光輝焼鈍は、鋼板表面から深さ10μmまでの表層(以下、単に表層と記すこともある)に0.15%以上のNを吸窒させて耐孔食性を向上させためにおこなう。オーステナイト系ステンレス鋼板を光輝焼鈍すると、母材に固溶しているNに加えて、雰囲気ガスから供給されるNが表層に吸収される。通常、オーステナイト系ステンレス鋼板には、0.02~0.04%程度のNが固溶しており、この範囲の含有量であれば光揮焼鈍には影響しないので、母材のN量を考慮する必要はない。 【0026】(c)雰囲気ガス 光輝焼鈍の雰囲気は、N2ガスとH2ガスを含む混合ガスとする。N2ガスは表層にNを吸収させるため雰囲気ガス中に体積比率で20%以上の量が必要である。一方60%を超えるとH2ガスの含有量を少なくしなければならないため上限を60%とした。N2ガスにH2ガスを混合するのは、雰囲気ガス中に不可避的に混入する酸素ガスにより鋼板表面に生成される酸化皮膜をH2ガスにより還元して、なるべく酸化皮膜厚さを薄くし、雰囲気ガス中のN2ガスから表層への窒素の吸収を促進するためである。そのためには、混合ガス中のH2は、雰囲気ガス中に体積比率で40%以上必要である。したがって、H2含有量の加減を40,%とした。また、H2含有量が80%を超えるとN2ガス含有量を少なくしなければならないため、上限を80%とした。 【0027】鋼板表面に効率よく吸窒させるためにはN2ガスの体積比率を25~50%とするのが好ましい。 【0028】また、雰囲気ガスの露点が高いと、鋼板表面に緻密でかつ厚い酸化皮膜が形成され、表層への窒素の吸収が進行しなくなるため、雰囲気ガスの露点は-45℃以下に制御することが好ましい。さらに、雰囲気ガスには吸窒反応を促進させる触媒として2%以下のNH3を含んでいることが好ましい。NH3ガスは、高温において分解してしまうため、2%を超えて添加しても窒化源として効果は期待できない。なお、混合ガスはN2ガス、H2ガス以外は2%以下のNH3ガスやアルゴンガスのような不活性ガスと不可避的に混入する酸素等の微量な不純ガスである。 【0029】(d)光揮焼鈍条件 光輝焼鈍温度は、950~1150℃とする。通常のオーステナイト系ステンレス鋼板の再結晶温度は950℃程度であり、鋼板の吸窒は再結晶温度から起こるために焼鈍温度の下限は950℃とする。一方、焼鈍温度が1150℃を超えると、結晶粒が粗大化し、鋼板の機械的性質(耐力、引張強度、靱性)の劣化を招くことになる。また、表層のN濃度が高くなり過ぎNの固溶限(SUS304の場合,Nの固溶限は0.45%程度)を超えると、逆に耐食性が劣化する。 【0030】光輝焼鈍の均熱時間は、通常の連続焼鈍の処理時間である20~60秒の範囲でよい。また、光輝焼鈍後の冷却速度は、通常の連続焼鈍炉で実施される5~40℃/秒の範囲でよい。 【0031】(e)鋼板の表面から深さ10μmまでの表層における窒素濃度 鋼板の表面から深さ10μmまでの範囲の窒素濃度を高めるのは、鋼板表面に生成している不動態被膜が破壊されても孔食の発生を抑制するためである。鋼板の表面から10μmとしたのは、この範囲の窒素濃度を高めておけば、SUS316L鋼と同等以上の耐孔食性(孔食電位VC10:0.4~0.5V(vsSCE)が得られるからである。また、10μm以上の深さまで吸窒させるためには光揮焼鈍時間が長くなり、連続焼鈍での生産効率が低下するためである。 【0032】また、表層の窒素濃度は、鋼板表面に十分な耐孔食性を付与するためには0.15質量%必要である。上限は限定するものではないが、あまり多量にするとCr窒化物としてオーステナイト地に析出して耐孔食性を低下させるので0.4%%以下とするのが好ましい。 【0033】鋼板の表層のN濃度や吸窒させる深さの調整は、雰囲気ガスの組成や光揮焼鈍時間を調整することによりおこなうことができる。雰囲気ガス中のN2ガスの含有比率を高め、焼鈍時間を長くすると、鋼板の表層のN濃度が高まり、表面から深くまで吸窒する傾向になる。 【0034】なお、鋼板の表層部のN濃度は以下の手順で求めることができる。 【0035】鋼板の表層部から化学研磨により薄片を採取し、ガス分析法することによりppmの精度で測定することができる。また、ガス分析法の他に、軽元素(C,N)測定専用の分光結晶LAD(人工コーティング多層膜)を有するEPMA装置を使用して、表層部のN濃度と鋼のN濃度分布を測定することができる。 【0036】さらに、固溶限を超えてオーステナイト地に析出したCr窒化物は透過型電子顕微鏡を用いて観察することができる。ここで、電子顕微鏡観察は、抽出レプリカ用試料を作製し、明視野像法により析出物の有無を確認する。次いで、確認された析出物は、電子回折法により回折パターンを撮影し、得られた回折パターンより析出物の格子定数を求め、さらにEDX元素分析法により析出物の元素を確認することにより析出物を同定することができる。」 ウ 「【0037】【実施例】SUS304相当の表1に示す化学組成を有する板厚3mmのオーステナイト系ステンレス熱延鋼板を冷間圧延して板厚0.5mm、0.35および0.03mmの鋼板を製造した。この冷延鋼板から孔食試験片を採取し、表2に示す各種の条件で光輝焼鈍をおこなった。比較のために、表2に示すように雰囲気ガス組成および焼鈍条件を本発明に規定する範囲外に設定して光輝焼鈍をおこなった。 【0038】 【表1】 [図:0001413355000001.jpg] 【0039】 【表2】 [図:0001413355000002.jpg] 【0040】光輝焼鈍には、表2に示すようにN2ガスとH2ガスの混合および単独ガス,N2ガスとH2ガスおよびNH3の3種混合ガスを使用し、雰囲気ガスの露点を-45℃以下に制御した。また、ヒートパターンは平均加熱および冷却速度をそれぞれ20℃/秒とした。 【0041】得られた鋼板の表層N濃度、Cr窒化物の析出有無を調べ、次いで孔食試験をおこなった。 【0042】耐孔食性は、JISで規定する(JIS G0577)Ar脱気下の30℃,3.5%NaCl水溶液中で孔食発生電位VC10を測定することにより評価した。試料調整は、鋼板表面を#800エメリー紙で湿式研磨し、不動態化処理(60℃-20%HNO3溶液浸漬)を施し、続いて測定部を#800エメリー紙で研磨して不動態膜を破ることによりおこなった。孔食深さは、孔食電位測定により発生した孔食を孔食深さ測定計および光学顕微鏡(焦点深度法)を用いて測定した。 【0043】表2に調査結果を併記した。 【0044】表2において、試験片No.1、2、3、8、9、11、12、13、16、17は本発明に規定する表層窒素濃度が0.15%以上の場合で、孔食電位VC10が0.45V(vsSCE)以上,孔食深さが10μm未満であり、耐孔食性に優れていることが分かる。この耐孔食性は、SUS316L鋼(孔食電位VC10:0.4~0.5V(vsSCE))と同程度である。 【0045】試験片No.6、14は、鋼板表層のN濃度は、本発明で規定する範囲内であるが、光輝焼鈍条件が本発明の規定範囲から外れている場合である。 【0046】また、試験片No.4、5、7、10、15は、光揮焼鈍の雰囲気ガス組成が本発明で規定する範囲外の場合である。 【0047】これらの比較例は、いずれも孔食電位および孔食深さとも本発明例に比べかなり劣っていることが分かる。 【0048】 【発明の効果】本発明の製造方法によれば、鋼の溶製時に熱間加工性を劣化させるNや高価な元素を添加する必要がないので、熱間加工が容易となり低製造コストで、厳しい孔食環境下(中性環境)において優れた効果を発揮するオーステナイト系ステンレス鋼板を製造することができる。」 (2) 甲1発明 ア 前記(1)ウの表1及び表2の試験片No.3より、板厚が0.35又は0.03mmのオーステナイト系ステンレス鋼板であって、質量%で、C:0.060,Si:0.36,Mn:1.20,P:0.024,S:0.008,Cr:18.23,Ni:8.31,Cu:0.02,Mo:0.02,N:0.030で、残部がFe及び不可避的不純物である化学組成を有するものが記載されている。 また、特に、前記(1)ウの特に表2の試験片No.3より、光輝焼鈍条件として、雰囲気ガスのN2が体積%で50%、残部がH2及び不可避的に混入した不純ガス、雰囲気ガスの露点は-45℃以下、焼鈍温度が1100℃、均熱時間が40秒、冷却速度を20℃/秒であって、鋼材表面から深さ10μmまでの表層N濃度が0.21質量%、表層Cr窒化物の析出が無い、オーステナイト系ステンレス鋼板が記載されている。 イ 以上から、甲第1号証には以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。 「質量%で、C:0.060,Si:0.36,Mn:1.20,P:0.024,S:0.008,Cr:18.23,Ni:8.31,Cu:0.02,Mo:0.02,N:0.030で、残部がFe及び不可避的不純物である化学組成を有し、 鋼材表面から深さ10μmまでの表層N濃度が0.21質量%であり、 表層Cr窒化物の析出が無く、 板厚が0.35又は0.03mmのオーステナイト系ステンレス鋼板」 2 甲第2号証 (1) 甲第2号証に記載された事項 ア 「【請求項1】 窒素の分圧が0.25~0.7気圧であり残部が還元性ガスからなる雰囲気の炉内で、1079~1210℃の温度範囲において、 板厚が0.5~2.0mmの鋼板をオーステナイト単相と平衡する温度で30~90秒間保持し、 前記鋼板の表面にオーステナイト単相を形成させながら窒素を0.3mass%以上固溶させ、 前記ガス雰囲気を保ちながら炉内にて前記鋼板を冷却し、 前記鋼板の表面を窒素が固溶したオーステナイト単相に維持することを特徴するステンレス鋼板の表面改質方法。」 イ 「【背景技術】 【0002】 ステンレス鋼の耐食性を向上させるには、窒素の添加が極めて有効である。窒素の添加方法として、主に、精錬の段階で窒素を添加する加圧溶解法や、ステンレス鋼が高温の固相状態において雰囲気ガスから窒素を吸収させる固相窒素吸収法等(特許文献1参照)が挙げられる。加圧溶解法においては、窒素が強い固溶強化効果をもつため、窒素添加後の難加工性が問題となる。一方、固相窒素吸収法は鋼材の加工または成形後に窒素を添加するため、難加工性の問題を回避できる。また、加圧溶解法より固相窒素吸収法の方がステンレス鋼の窒素吸収量が多くなるため、ステンレス鋼の大幅な耐食性向上が期待できる。 【0003】 固相窒素吸収法では、ステンレス鋼を高温に曝しながら雰囲気ガスから窒素を吸収させる。このため、鋼材の組成や表面酸化皮膜などの材料自体の性質だけでなく、熱処理温度や雰囲気ガスなどの環境因子や熱処理時間が、材料表面の窒素吸収量と窒素の材料内部への拡散深さに大きく影響を与える。たとえば、熱処理前にすでに存在する表面酸化皮膜は窒素の材料内部への拡散を妨げる。この場合、製造コストを考慮し、酸化皮膜を除去するための特別な前処理を行わずに、そのまま鋼板の窒素吸収処理を行うためには、熱処理中の初期段階において酸化皮膜を還元して除去することが考えられる。また、適切な温度と窒素分圧で熱処理を行うことにより、窒化物や酸化物を形成せずに高濃度の窒素を鋼板に固溶させることができる。窒化物や酸化物が生成すると、窒素の材料内部への拡散が妨げられ、鋼板の耐食性が損なわれる。 【0004】 従来の一般的な固相窒素吸収法において高濃度の窒素を吸収させるには、熱処理に数十分以上かかる。このため、ステンレス鋼を長時間高温に曝すことになり、結晶粒が粗大化したり、製造コストが増加する等の問題がある。また、結晶粒の粗大化を防ぐために熱処理温度を下げ過ぎると、窒化物が形成されたり、熱処理時間を短縮し過ぎると窒素の拡散深さが不十分となるなどの問題も発生する。 【0005】 一方、光輝焼鈍(BA)処理のような連続生産ライン上で窒素吸収処理を行う場合には、熱処理の時間は数十秒しかない。したがって、このような短時間で十分に窒素を吸収させ、かつ材料内部へ十分な深さまで拡散させるためには、対象となるステンレス鋼を適切な温度と雰囲気ガス条件において熱処理することが重要である。具体的には、フェライト系ステンレス鋼、オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼およびオーステナイト系ステンレス鋼は、それぞれ成分が異なるため、適切な温度と雰囲気ガス中の窒素分圧が異なる。たとえば、特許文献2では、オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼(二相ステンレス鋼)を対象としており、この鋼板に光輝熱処理を施すことによって、表面に所定量の窒素を吸収させたオーステナイト富化層を形成している。」 ウ 「【発明の効果】 【0033】 本発明によれば、ステンレス鋼板に対して、窒化物を生成せずに、短時間で高濃度の窒素を固溶させて、高耐食性を付与することができる。 (略) 【0037】 オーステナイト系ステンレス鋼は、Cr:18.0~20.0mass%、Ni:9.0~13.0mass%、残部Feおよび不可避的不純物からなり、たとえば、SUS304L等が挙げられる。具体的には、Cr:19.0mass%、Ni:11.0mass%、残部Feおよび不可避的不純物からなるSUS304Lでは、窒素分圧を0.5気圧にした場合、オーステナイト相に固溶する窒素の濃度は式(3)で表される。本鋼種では、熱処理温度が1140℃未満では、窒素の溶解速度が極端に遅くなり、10μm以上の窒素富化層を得難い。一方、1210℃を超えると、結晶粒が粗大化する。このため、熱処理温度は1140~1210℃とする。 mass%N=-0.00110×T(℃)+1.715(3)」 エ 「【実施例】 【0041】 以下、本発明の一例を述べる。通常の製造方法により、表1に示す組成成分を有するFe-25Cr(フェライト系)、SUS329J4L(オーステナイト・フェライト二相系)およびSUS304LとSUS316L(オーステナイト系)のステンレス冷間圧延鋼板を作製した。この冷延鋼板から20mm×30mm×厚さ(0.5~2.0)mmの試験片を採取して、エミリー紙2000番まで湿式研磨を行い、脱脂後、表2に示す条件で窒素吸収処理(熱処理)を施した。 【0042】 窒素吸収処理の条件は、表2に示す通りである。まず、加熱室と冷却室を有する雰囲気炉を10-3Paまで真空引きをし、表2に示す雰囲気ガスを雰囲気炉に導入した。雰囲気ガスの流量を1リットル/minと一定にし、露点を-45℃以下に制御した。そして、表2に示す温度になってから試験片を投入し、表2に示す時間で保持した後、試験片を加熱室から同じ雰囲気ガスを有する冷却室中に移動させて、オーステナイト単相が維持されるように急速冷却を行った。 【0043】 【表1】 [図:0001413355000003.jpg] 【0044】 【表2】 [図:0001413355000004.jpg] 【0045】 上記のようにして得た各試験片について、組織観察を行った。組織観察は、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)および電子線後方散乱回折法(EBSD)を用いて表面および断面組織について行った。なお、断面組織観察用の試料の一部は断面イオン加工装置(CP)により作製した。この組織観察により、オーステナイト相形成の確認を行った。その一例を図2に示す。図2は、雰囲気ガス中の窒素ガスが0.25気圧において、1130℃で60s処理したFe-25Crフェライト系ステンレス鋼の断面組織である。図2より、熱処理前の表面がフェライト単相組織だったFe-25Cr鋼は、熱処理後に表面にオーステナイト単相組織が形成されたことを確認できた。同様に、オーステナイト・フェライト二相組織だったSUS329J4L鋼も、熱処理後にオーステナイト単相組織が形成されたことを確認した。 【0046】 また、組織観察により、結晶粒径の大きさ、窒化物生成の有無について評価を行った。結晶粒径は、本発明においては、50μm未満を○とし、50μm以上を×と判断した。また、窒化物は耐食性を低下させるため、窒化物を生成しなかったものを○、生成したものを×とした。さらに、高周波グロー発光分析装置(GD-OES)により、試験片の表面から深さ方向の窒素濃度分布を測定し、窒素富化層の特定を行った。ここで、窒化富化層とは、オーステナイト単相からなり、窒素濃度が0.3mass%以上の層のことで、表面からの厚さが10μm以上を○、10μm未満を×とした。これらの結果を表3に示す。 【0047】 【表3】 [図:0001413355000005.jpg] 【0048】 表3より、熱処理温度が各鋼種の評価項目に及ぼす影響がわかる。各鋼板において、熱処理温度が低すぎると(1060℃)、窒素富化層の厚さが不十分となったり、窒化物が生成した。一方、熱処理温度が高すぎると(1230℃または1220℃)、オーステナイト単相は形成されずフェライト相が形成されるため、効率的に窒素を固溶させることができず、厚さ10μm以上の窒素富化層が得られなかった。また、熱処理温度が高いため、結晶粒が粗大化した。このことから、オーステナイト単相が得られる温度領域で熱処理を行う必要があることが判った。すなわち、フェライト系ステンレス鋼(Fe-25Cr)では1079~1140℃、オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼(SUS329J4L)では1193~1208℃、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304L)では1140~1210℃、他のオーステナイト系ステンレス鋼(SUS316L)では1139~1210℃の温度範囲が適している。 【0049】 また、表3より、熱処理時間が各鋼種の評価項目に及ぼす影響がわかる。各鋼板において、熱処理温度がそれぞれ適した温度のとき(1130℃、1150℃または1200℃)、熱処理時間が30s未満であると、十分な厚さの窒素富化層が得られなかった。一方、熱処理時間が90sを超えると、結晶粒が粗大化した。このことから、熱処理時間は30~90sの間が適していることが判った。 【0050】 表4に、一例として、各試験片の窒素富化層の厚さおよびその窒素濃度を示す。試料番号1の試料は、窒素分圧0.25atm、1130℃において60s間窒素吸収処理を施したFe-25Cr(フェライト系)、試料番号2の試料は、窒素分圧0.5atm、1200℃において60s間窒素吸収処理を施したSUS329J4L(二相系)である。また、試料番号3の試料は、窒素分圧0.7atm、1150℃において60s間窒素吸収処理を施したSUS304L、試料番号4の試料は、窒素分圧0.5atm、1150℃において60s間窒素吸収処理を施したSUS316L(オーステナイト系)である。表4より、全ての鋼種において、窒素富化層が非常に厚く、窒素富化層中に母材より多くの窒素が含まれていることが分かる。 【0051】 【表4】 [図:0001413355000006.jpg] 【0052】 次に、鋼板の厚さの影響について検討を行った。上記と同様のステンレス冷間圧延鋼板を作製し、10mm×120mm×厚さ(0.2~3.0)mmの試験片を採取して、エミリー紙2000番まで湿式研磨を行い、脱脂後、窒素吸収処理(熱処理)を施した。窒素吸収処理は、支点間隔100mmの置き台の上に試験片を水平に載せて行い、雰囲気ガス中の窒素分圧は0.50atm、熱処理時間は60sとした。熱処理後、各鋼板の変形を観察し、窒素富化層の測定を行った。このとき、歪みのないものを○とし、歪みのあるものを×とした。また、窒化富化層の厚さが10μm以上を○、10μm未満を×とした。これらの結果を表5に示す。 【0053】 【表5】 [図:0001413355000007.jpg] 【0054】 表5より、板厚の影響がわかる。各鋼板において、板厚が0.5mm未満では、熱処理による板の歪みが観察された。一方、板厚が2.0mmを超えると、形成した窒素富化層の厚さが不十分となった。これは、板厚が大きいと昇温速度が遅くなり、所定の温度での均熱時間が短くなったためと考えられる。このことから、各鋼板の板厚は、0.3~2.0mmが適していることが判った。 【0055】 さらに、各鋼板の耐食性を評価するため、腐食試験を行った。腐食試験では、上記の試料番号1~4の試料を用い、20wt%NaCl水溶液中でアノード分極を行い、各試験片の孔食電位を測定することにより、臨界孔食発生温度(CPT)を求めた。この結果を表6に示す。なお、一例として窒素吸収処理前後のFe-25Crフェライト系ステンレス鋼のアノード分極曲線を図3に示す。 【0056】 【表6】 [図:0001413355000008.jpg] 【0057】 表6および図3より、窒素吸収処理の耐食性への影響がわかる。表6および図3より、Fe-25Cr鋼では、窒素吸収前の臨界孔食発生温度(CPT)は5℃であり、この温度で孔食が発生したが、窒素吸収処理後にはCPTは85℃まで向上した。また、他の種類の試験片においても、CPTの向上が見られた。表6において、特に、Fe-25Cr鋼とSUS329J4L鋼はSUS304LとSUS316Lより多く窒素を吸収したために耐食性の向上は最も顕著であった。これらのことから、窒素吸収処理により、鋼板の耐食性を向上させることができることを確認できた。」 (2) 甲2発明 ア 前記(1)(ウ)(特に【0037】)、(エ)(特に【0041】、【0043】(表1))より、甲第2号証には、組成成分がmass%で、Cr:18.23,Ni:10.11,Mo:0.17,N:0.05,残部Fe及び不可避的不純物からなるSUS304L鋼が記載されている。 前記(エ)(特に【0042】、【0044】)より、雰囲気の露点-45℃、N2:0.7気圧、H2:0.3気圧、熱処理温度1150℃、保持時間30sである窒素吸収処理が記載されている。 前記(エ)(特に【0042】、【0046】、【0047】)より、前記窒素吸収処理により、オーステナイト単相からなり、窒素濃度が0.3mass%以上の窒素富化層の表面からの厚さが10μm以上であり、窒化物は生成しなかった板厚2mmのSUS304L鋼が記載されている。 イ よって、甲第2号証には以下の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されている。 「組成成分がmass%で、Cr:18.23,Ni:10.11,Mo:0.17,N:0.05,残部Fe及び不可避的不純物からなるSUS304L鋼であって、 雰囲気の露点-45℃、N2:0.7気圧、H2:0.3気圧、熱処理温度1150℃、保持時間30sである窒素吸収処理により、 窒素濃度が0.3mass%以上の窒素富化層の表面からの厚さが10μm以上であって、 窒化物は生成されない、 板厚2mmのSUS304L鋼」 3 甲第3号証 (1) 甲第3号証に記載された事項 ア 「[0001] 本発明は、燃料電池のセパレータ用のオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法に関するものである。」 イ 「[0057] なお、上記以外の成分はFeおよび不可避的不純物である。 [0058] また、燃料電池スタック時の搭載スペースや重量を鑑みると、ステンレス鋼板の板厚は、0.03~0.30mmの範囲とすることが好ましい。板厚が0.03mm未満であると、金属板素材の生産効率が低下する。一方、0.30mmを超えるとスタック時の搭載スペースや重量が増加する。より好ましくは0.05~0.15mmの範囲である。 [0059] (2)燃料電池のセパレータ用のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法 次に、本発明の一実施形態に係る燃料電池のセパレータ用のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法を説明する。 [0060] ・準備工程 準備工程は、素材とするオーステナイト系ステンレス鋼板(以下、素材オーステナイト系ステンレス鋼板ともいう)を準備する工程である。素材オーステナイト系ステンレス鋼板は、特に限定されず、例えば、上記の成分組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼板を以下のようにして準備すればよい。 すなわち、上記の成分組成を有する鋼スラブを、熱間圧延して熱延板とし、該熱延板に必要に応じて熱延板焼鈍を施し、その後、該熱延板に冷間圧延を施して所望板厚の冷延板とすることで、上記の成分組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼板を準備することができる。さらに必要に応じて該冷間圧延工程の間に、中間焼鈍として冷延板焼鈍を追加することもできる。 なお、熱間圧延や冷間圧延、熱延板焼鈍、冷延板焼鈍などの条件は特に限定されず、常法に従えばよい。また、冷延板焼鈍後に酸洗し、スキンパスを施してもよい。また、冷延板焼鈍を、光輝焼鈍とすることもできる。 [0061] ・熱処理工程 上記のようにして準備した素材オーステナイト系ステンレス鋼板に、(後述する酸化皮膜の除去処理工程の前に)処理雰囲気:窒素濃度が5体積%以上でかつ露点が-45℃以下、最高到達温度:1000℃以上1200℃以下、および、1000℃以上の温度域における滞留時間:1秒以上300秒以下の条件で熱処理を施すことが好適である。 この熱処理により、素材オーステナイト系ステンレス鋼板の表層部に窒素を導入することが可能となり、最終製品となる燃料電池のセパレータ用のオーステナイト系ステンレス鋼板において、燃料電池のセパレータの使用環境における耐食性、特には、耐孔食性が向上する。 [0062] 処理雰囲気:窒素濃度が5体積%以上でかつ露点が-45℃以下 処理雰囲気の窒素濃度を5体積%以上とすることにより、素材オーステナイト系ステンレス鋼板の表層部に効果的に窒素を導入することが可能となる。そのため、処理雰囲気の窒素濃度は5体積%以上とすることが好ましい。より好ましくは10体積%以上、さらに好ましくは20体積%以上である。 なお、窒素以外の雰囲気ガスとしては、水素、ヘリウム、アルゴン、ネオン、一酸化炭素、二酸化炭素のうちから選んだ1種以上とすることが好ましい。 また、処理雰囲気の露点が高くなると、熱処理時に素材オーステナイト系ステンレス鋼板の表面に酸化物が形成されて、鋼板の表層部に窒素を導入することが困難となる。この点、処理雰囲気の露点を-45℃以下とすることにより、素材オーステナイト系ステンレス鋼板の表層部に効果的に窒素を導入することが可能となる。そのため、処理雰囲気の露点は、-45℃以下とすることが好ましい。より好ましくは-50℃以下である。さらに好ましくは-65℃以下である。 [0063] 最高到達温度:1000℃以上1200℃以下 熱処理における最高到達温度が1000℃未満であると、素材オーステナイト系ステンレス鋼板の表層部に十分に窒素を導入することができない。また、素材オーステナイト系ステンレス鋼板(冷延板)の圧延組織を十分に再結晶させることができず、加工性の劣化を招くおそれがある。 一方、最高到達温度が1200℃を超えると、結晶粒が粗大化し、やはり加工性の劣化を招くおそれがある。また、固溶限を大幅に超えた窒素が導入されると、当該窒素は窒化物として、鋼板表面だけでなく鋼板の内部にも析出して、耐食性および加工性の劣化を招くおそれがある。 そのため、熱処理における最高到達温度は1000℃以上1200℃以下とすることが好ましい。より好ましくは、1050℃以上である。また、より好ましくは1150℃以下である。 [0064] 1000℃以上の温度域における滞留時間:1秒以上300秒以下 熱処理における1000℃以上の温度域における滞留時間が1秒未満の場合、素材オーステナイト系ステンレス鋼板の表層部に十分な窒素を導入させることができない。また、素材オーステナイト系ステンレス鋼板(冷延板)の圧延組織を十分に再結晶させることができず、加工性の劣化を招くおそれがある。 一方、熱処理における1000℃以上の温度域における滞留時間が300秒を超えると、結晶粒が粗大化し、やはり加工性の劣化を招くおそれがある。また、固溶限を大幅に超えた窒素が導入されると、当該窒素は窒化物として、鋼板表面だけでなく鋼板の内部にも析出して、耐食性および加工性の劣化を招くおそれがある。 従って、熱処理における1000℃以上の温度域における滞留時間は、1秒以上300秒以下とすることが好ましい。より好ましくは3秒以上、さらに好ましくは5秒以上である。また、より好ましくは120秒以下、さらに好ましくは60秒以下である。 [0065] なお、上記の熱処理では、素材オーステナイト系ステンレス鋼板の表層部、具体的には、鋼板の表面から数十μm程度の深さにまで窒素が導入される。 よって、後述する酸化皮膜の除去処理工程において酸化皮膜が除去され、さらにエッチング処理工程において、厚さで数μm程度のステンレス鋼板母材が溶解されても、最終製品では、鋼板表面に存在するNの原子濃度は高いまま維持される。」 ウ 「[0090]・実施例1 表1に記載の成分組成(残部はFeおよび不可避的不純物)を有する板厚:0.10mmの素材オーステナイト系ステンレス鋼板(冷間圧延ままの鋼板)を準備した。ついで、準備したステンレス鋼板に、表2に示す条件で、熱処理、酸化皮膜の除去処理、エッチング処理、および、酸化性を有する溶液中での浸漬処理を施し、セパレータ用のオーステナイト系ステンレス鋼板を得た。 (略) [0094](3)耐食性(耐孔食性)の評価 上記のようにして大気中に100時間保管した後のセパレータ用のオーステナイト系ステンレス鋼板から所定の試料を切り出した。 ついで、切り出した試料を作用極に、白金線を対極に、Ag/AgClを参照極にして、1000ppmの塩化物イオンを含有するpH3.0の硫酸水溶液(塩化ナトリウムおよび硫酸を用いて調整)中、80℃の条件で、電位走査速度:20mV/minで、浸漬電位からアノード方向に電位を走査した。 そして、電流密度が10μA/cm2に到達した電位を孔食発生電位として、以下の基準で、耐食性(耐孔食性)の評価を評価した。評価結果を表3に併記する。 ◎(合格、特に優れる):孔食発生電位が0.40V(vs.Ag/AgCl)超 ○(合格、優れる):孔食発生電位が0.30V(vs.Ag/AgCl)以上0.40V(vs.Ag/AgCl)以下 ×(不合格):孔食発生電位が0.30V(vs.Ag/AgCl)未満 [0097] さらに、前述した手法により、[Cr]/[Fe]および鋼板表面に存在するNの原子濃度を測定した。測定結果を表3に併記する。なお、いずれの試料でも、Fのピークは観測されなかった。 (略) [0098] [表1] [図:0001413355000009.jpg] [0099] [表2] [図:0001413355000010.jpg] [0100] [表3] [図:0001413355000011.jpg] [0101] 表3より、次の事項が明らかである。(a)発明例ではいずれも、所望とする低い接触抵抗が得られており、また、接触抵抗の耐経時劣化性にも優れていた。さらに、加工性や耐食性(耐孔食性)にも優れていた。(b)一方、比較例ではいずれも、所望とする低い接触抵抗、および/または、接触抵抗の耐経時劣化性が得られなかった。」 (2) 甲3記載技術 ア 前記(1)イ(特に、[0062]~[0065])より、甲第3号証には「熱処理理雰囲気の窒素濃度が5体積%以上、窒素以外の雰囲気ガスとしては、水素、ヘリウム、アルゴン、ネオン、一酸化炭素、二酸化炭素のうちから選んだ1種以上、露点が-45℃以下、熱処理における最高到達温度が1050℃以上、1150℃以下、1000℃以上の温度域における滞留時間が1秒以上300秒以下で、鋼板の表面から数十μm程度の深さにまで窒素が導入されるオーステナイト系ステンレス鋼板」が記載されている。 前記(1)ウ(特に、[0090])より、板厚が0.10mmのセパレータ用のオーステナイト系ステンレス鋼板が記載されている。 イ 以上より、甲第3号証には以下の技術(以下「甲3記載技術」という。)が記載されている。 「熱処理雰囲気の窒素濃度が5体積%以上、窒素以外の雰囲気ガスとしては、水素、ヘリウム、アルゴン、ネオン、一酸化炭素、二酸化炭素のうちから選んだ1種以上、露点が-45℃以下、熱処理における最高到達温度が1050℃以上、1150℃以下、1000℃以上の温度域における滞留時間が1秒以上300秒以下で、鋼板の表面から数十μm程度の深さにまで窒素が導入される板圧0.10mmのオーステナイト系ステンレス鋼板」 第6 当審の判断 1 理由A-1について (1) 本件特許発明1について ア 対比 甲1発明の「質量%で、C:0.060,Si:0.36,Mn:1.20,P:0.024,S:0.008,Cr:18.23,Ni:8.31,Cu:0.02,Mo:0.02,N:0.030で、残部がFe及び不可避的不純物である化学組成を有し」と、本件特許発明1の「質量%で、C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:3.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Ni:6.0%以上、14.0%以下、Cr:16.0%以上、21.0%以下、N:0.100%以下およびAl:0.500%以下を有し、残部がFeおよび不可避的不純物である、成分組成を有し」について検討する。甲1発明の「化学組成」は、本件特許発明1の「成分組成」に相当し、両者はどちらも質量%で特定されているから、以下の事項が言える。 甲1発明の「C:0.060」は本件特許発明1の「C:0.100%以下」に、甲1発明の「Si:0.36」は本件特許発明1の「Si:2.00%以下」に、甲1発明の「Mn:1.20」は本件特許発明1の「Mn:3.00%以下」に、甲1発明の「P:0.024」は本件特許発明1の「P:0.050%以下」に、甲1発明の「S:0.008」は本件特許発明1の「S:0.010%以下」に、甲1発明の「Cr:18.23」は本件特許発明1の「Cr:16.0%以上、21.0%以下」に、甲1発明の「Ni:8.31」は本件特許発明1の「Ni:6.0%以上、14.0%以下」に、甲1発明の「N:0.030」は本件特許発明1の「N:0.100%以下」に、それぞれ含まれる。 そして、甲1発明に含まれる、Cu,Moは、本件特許発明1には含まれず、本件特許発明1に含まれるAlは、甲1発明には含まれないものの、両者で共通する成分組成で明示された元素以外の「残部」はFeおよび不可避的不純物を「含む」という点では共通するといえる。 してみれば、本件特許発明1と甲1発明とでは、「質量%で、C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:3.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Ni:6.0%以上、14.0%以下、Cr:16.0%以上、21.0%以下、N:0.100%以下を有し、残部がFeおよび不可避的不純物を含む、成分組成を有」する点では共通し、後記する相違点で相違する。 甲1発明の「鋼材表面から深さ10μmまでの表層N濃度が0.21質量%であり」と本件特許発明1の「表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値が0.3質量%以上0.6質量%以下であり」とでは、「鋼材表面から所定の深さまでの表層N濃度が一定値以上」である点では共通するものの、後記する相違点で相違する。 甲1発明の「表層Cr窒化物の析出が無く」は、本件特許発明1の「該表面における円相当直径:0.1μm以上のCr窒化物の個数が60000個/mm2以下であり」の条件を満たす。 甲1発明の「板厚が0.35又は0.03mmのオーステナイト系ステンレス鋼板」と本件特許発明1の「板厚が0.05~0.20mmである、燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼板」とでは、「所定の板厚である、燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼板」との点では共通し、後記する相違点で相違する。 よって、本件特許発明1と甲1発明とでは、以下の点で一致及び相違する。 (一致点) 「質量%で、C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:3.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Ni:6.0%以上、14.0%以下、Cr:16.0%以上、21.0%以下、N:0.100%以下を有し、残部がFeおよび不可避的不純物を含む、成分組成を有し、 鋼材表面から所定の深さまでの表層N濃度が一定値以上であり、 該表面における円相当直径:0.1μm以上のCr窒化物の個数が60000個/mm2以下である、 所定の板厚である、燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼板」 (相違点1) 本件特許発明1は「Al:0.500%以上」を有するのに対し、甲1発明はAlを有さず、Cu及びMoを有する点。 (相違点2) 本件特許発明1は「表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値が0.3質量%以上0.6質量%以下で」あるのに対し、甲1発明は「鋼材表面から深さ10μmまでの表層N濃度が0.21質量%であ」る点。 (相違点3) 本件特許発明1は「板厚が0.05~0.20mmである、燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼板」であるのに対し、甲1発明は「板厚が0.35又は0.03mm」であって、燃料電池用とは特定されていない「オーステナイト系ステンレス鋼板」である点。 イ 判断 事案に鑑み、先ず、相違点2について検討する。 甲1発明は「鋼材表面から深さ10μmまでの表層N濃度が0.21質量%であ」るところ、表面からの0.5μmの深さ位置までの窒素濃度は、0.21質量%以上であることは、熱処理において、窒素が鋼材表面から拡散することから明らかである。しかしながら、当該深さ位置までにおける、具体的な窒素濃度の平均値は、甲第1号証からは不明であり、また、甲第1号証における当該値(特に上限)がどの程度になるか、甲2発明(甲第2号証に記載された技術事項)、甲3記載技術にはなんら記載も示唆もないことから、特許異議申立人の提出した証拠から当該事項を具体的に推認できるものではない。 してみれば、相違点2は、甲1発明及び甲3記載技術に基づき、当業者が容易に想到することができた事項ではない。 よって、他の相違点を検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第3号証に記載された技術事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 ウ 特許異議申立人の主張について 特許異議申立人は、甲1発明と本件特許発明1との対比において、以下の主張をしている。 「甲1発明の試験片No.3は、SUS304相当の化学組成(質量%で、C:0.060%、Si:0.36%、Mn:1.20%、P:0.024%、S:0.008%、Cr:18.23%、Ni:8.31%、Cu:0.02%、Mo:0.02%およびN:0.030%、残部がFeおよび不可避的不純物)を有し、表層(鋼板表面から深さ10μmまでの範囲)N濃度が0.21質量%、表層Cr窒化物の析出が無く、板厚が0.5mm、0.35および0.03mmの鋼板である。 甲1発明の試験片No.3は、表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値が明らかではないが、表層(鋼板表面から深さ10μmまでの範囲)N濃度が0.21質量%であり、表層の窒素濃度が多いとCr窒化物としてオーステナイト地に析出して耐孔食性を低下させるので0.4%以下とすることが好ましいという記載(段落0032)に鑑みると、表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値が0.3質量%以上0.6質量%以下である蓋然性が高い。また、甲1発明の試験片No.3は、表層Cr窒化物の析出が無いことから、表面における円相当直径:0.1μm以上のCr窒化物の個数が60000個/mm2以下である。これらの点は、後述する(ウ)の項目で説明するように、甲1発明の試験片No.3の熱処理条件が本件特許発明1の熱処理条件と重複していることによっても裏付けられる。」 ここで、「甲1発明の試験片No.3は」、「表層(鋼板表面から深さ10μmまでの範囲)N濃度が0.21質量%であり」、「0.4%以下とすることが好ましい」としても、本件特許発明1の「表面から0.5μmの深さ位置」とは、その深さ位置の値の差が2桁と大きく異なるものである。特許異議申立人は、「表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値が0.3質量%以上0.6質量%以下である蓋然性が高い」、「甲1発明の試験片No.3の熱処理条件が本件特許発明1の熱処理条件と重複していることによっても裏付けられる」と主張しているが、その具体的根拠は示されていない。確かに、板厚を除いて「甲1発明の試験片No.3の熱処理条件が本件特許発明1の熱処理条件と重複している」が、板厚を含め、その他の条件は異なっていることもあり、このことをもって直ちに、「表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値が0.3質量%以上0.6質量%以下である蓋然性が高い」とまでは言えない。また、甲2発明、甲3記載技術及びそのほかの技術常識を参酌しても甲1発明の試験片No.3のデータから、当該試験片No.3の表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値を推測することはできない。 よって、特許異議申立人の主張は採用することができない。 (2) 本件特許発明2について ア 対比 本件特許発明2は、「前記成分組成が、さらに質量%で、Cu:2.50%以下およびMo:2.50%以下のうちの少なくとも一方を含有する、請求項1に記載の燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼板。」である。これは、本件特許発明1の「質量%で、C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:3.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Ni:6.0%以上、14.0%以下、Cr:16.0%以上、21.0%以下、N:0.100%以下およびAl:0.500%以下を有し、残部がFeおよび不可避的不純物である、成分組成」との発明特定事項を「質量%で、C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:3.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Ni:6.0%以上、14.0%以下、Cr:16.0%以上、21.0%以下、N:0.100%以下およびAl:0.500%以下を有し」、「さらに質量%で、Cu:2.50%以下およびMo:2.50%以下のうちの少なくとも一方を含有」し、「残部がFeおよび不可避的不純物である、成分組成」と置き換えるものと解される。 そして、甲1発明の「Cu:0.02,Mo:0.02」は、本件特許発明2の「さらに質量%で、Cu:2.50%以下およびMo:2.50%以下のうちの少なくとも一方を含有」することに含まれる。 してみれば、甲1発明の「質量%で、C:0.060,Si:0.36,Mn:1.20,P:0.024,S:0.008,Cr:18.23,Ni:8.31,Cu:0.02,Mo:0.02,N:0.030で、残部がFe及び不可避的不純物である化学組成を有し」と、本件特許発明2の前記成分組成とでは、「質量%で、C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:3.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Ni:6.0%以上、14.0%以下、Cr:16.0%以上、21.0%以下、N:0.100%以下を有し、さらに質量%で、Cu:2.50%以下およびMo:2.50%以下のうちの少なくとも一方を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物を含む、成分組成」との点では共通し、下記相違点4で相違する。 (相違点4) 本件特許発明1は「Al:0.500%以上」を有するのに対し、甲1発明はAlを含まない点。 さらに、本件特許発明2は、前記成分組成以外は、本件特許発明1の発明特定事項を備えるものであるから、本件特許発明2と甲1発明とでは、前記相違点2,3で相違する。 イ 判断 前記(1)で検討したとおり、相違点2は、甲1発明及び甲3記載技術に基づき、当業者が容易に想到することができた事項ではない。 よって、他の相違点を検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲第1号証に記載された発明及び甲第3号証に記載された技術事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (3) 本件特許発明3について 本件特許発明3は、請求項1又は2を引用するものであり、本件特許発明3は、本件特許発明1又は2の発明特定事項をすべて含みさらに他の発明特定事項を追加して限定したものである。 したがって、前記(1)及び(2)と同様の理由により、本件特許発明3は、甲第1号証に記載された発明及び甲第3号証に記載された技術事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 2 理由A-2について (1) 本件特許発明1について ア 対比 甲2発明の「組成成分がmass%で、Cr:18.23,Ni:10.11,Mo:0.17,N:0.05,残部Fe及び不可避的不純物からなる」と本件特許発明1の「質量%で、C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:3.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Ni:6.0%以上、14.0%以下、Cr:16.0%以上、21.0%以下、N:0.100%以下およびAl:0.500%以下を有し、残部がFeおよび不可避的不純物である、成分組成を有し」について検討する。甲2発明の「組成成分」は、本件特許発明1の「成分組成」に相当し、甲2発明の「mass%」は、本件特許発明1の「質量%」に相当するから、以下の事項が言える。 甲2発明の「Cr:18.23」は本件特許発明1の「Cr:16.0%以上、21.0%以下」に、甲2発明の「Ni:10.11」は本件特許発明1の「Ni:6.0%以上、14.0%以下」に、甲2発明の「N:0.05」は本件特許発明1の「N:0.100%以下」にそれぞれ含まれる。 そして、甲2発明に含まれる、Moは、本件特許発明1には含まれず、本件特許発明1に含まれるC,Si,Mn,P,S及びAlは、甲2発明には含まれないものの、両者で共通する成分組成で明示された元素以外の「残部」はFeおよび不可避的不純物を「含む」という点では共通するといえる。 してみれば、本件特許発明1と甲2発明とでは、「質量%で、Ni:6.0%以上、14.0%以下、Cr:16.0%以上、21.0%以下、N:0.100%以下を有し、残部がFeおよび不可避的不純物を含む、成分組成を有」する点では共通し、後記する相違点で相違する。 甲2発明の「窒素濃度が0.3mass%以上の窒素富化層の表面からの厚さが10μm以上であって」と本件特許発明1の「表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値が0.3質量%以上0.6質量%以下であり」とでは、「鋼材表面から所定の深さまでの表層N濃度が一定値以上」である点では共通し、後記する相違点で相違する。 甲2発明の「窒化物は生成されない」は、本件特許発明1の「該表面における円相当直径:0.1μm以上のCr窒化物の個数が60000個/mm2以下であり」の条件を満たす。 甲2発明の「板厚2mmのSUS304L鋼」と本件特許発明1の「板厚が0.05~0.20mmである、燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼板」とでは、「所定の板厚である、燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼板」との点では共通し、後記する相違点で相違する。 よって、本件特許発明1と甲2発明とでは、以下の点で一致及び相違する。 (一致点) 「質量%で、Ni:6.0%以上、14.0%以下、Cr:16.0%以上、21.0%以下、N:0.100%以下を有し、残部がFeおよび不可避的不純物を含む、成分組成を有し、 鋼材表面から所定の深さまでの表層N濃度が一定値以上であり、 該表面における円相当直径:0.1μm以上のCr窒化物の個数が60000個/mm2以下である、 所定の板厚である、燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼板」 (相違点5) 本件特許発明1は、その成分組成において「C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:3.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Al:0.500%以上」を有するのに対し、甲2発明はC,Si,Mn,P,S及びAlを有さず、Moを有する点。 (相違点6) 本件特許発明1は「表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値が0.3質量%以上0.6質量%以下で」あるのに対し、甲2発明は「窒素濃度が0.3mass%以上の窒素富化層の表面からの厚さが10μm以上で」ある点。 (相違点7) 本件特許発明1は「板厚が0.05~0.20mmである、燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼板」であるのに対し、甲2発明は「板厚が2mm」であって、用途は特定されていない点。 イ 判断 事案に鑑み、先ず、相違点6について検討する。 甲2発明は「窒素濃度が0.3mass%以上の窒素富化層の表面からの厚さが10μm以上であ」るところ、表面からの0.5μmの深さ位置までの窒素濃度は、0.3質量%以上であることは、熱処理において、窒素が鋼材表面から拡散することから明らかである。 しかしながら、当該深さ位置までにおける、具体的な窒素濃度の平均値は、甲第2号証からは不明であり、また、甲第2号証における当該値(特に上限)がどの程度になるか、甲1発明(甲第1号証に記載された技術事項)、甲3記載技術にはなんら記載も示唆もないことから、特許異議申立人の提出した証拠から当該事項を具体的に推認できるものではない。また、他に当該事項を推認できる周知技術(技術常識)も認められない。 してみれば、相違点6は、甲2発明及び甲3記載技術に基づき、当業者が容易に想到することができた事項ではない。 よって、他の相違点を検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲第2号証に記載された発明及び甲第3号証に記載された技術事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 ウ 特許異議申立人の主張について 特許異議申立人は、甲2発明と本件特許発明1との対比において、以下の主張をしている。 「甲2発明において、熱処理温度を1150℃として熱処理を施したSUS304L(Cr:18.23質量%、Ni:10.11質量%、Mo:0.17質量%、N:0.05質量%、残部Fe;以下、同じ)は、窒素富化層の厚さが23μm、窒素濃度が0.43質量%であり、また、熱処理温度を1150℃として熱処理を施したSUS316Lは、窒素富化層の厚さが13μm、窒素濃度が0.4質量%である(試料番号3及び4;段落0051)。さらに、甲2発明において、熱処理温度を1060℃又は1150℃、熱処理時間を10秒又は30秒として熱処理を施したSUS304L、並びに熱処理温度を1060℃、熱処理時間を10秒、及び熱処理温度を1150℃、熱処理時間を10秒又は30秒として熱処理を施したSUS316Lは窒化物が生成していない(段落0047)。 甲2発明は、表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値が明らかではないが、熱処理温度を1150℃として熱処理を施したSUS304Lは、窒素富化層の厚さが23μm、窒素濃度が0.43質量%であり、また、熱処理温度を1150℃として熱処理を施したSUS316Lは、窒素富化層の厚さが13μm、窒素濃度が0.4質量%であることに鑑みると、これらのSUS304L及びSUS316Lは、表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値が0.3質量%以上0.6質量%以下である蓋然性が高い。」 と主張している。 しかしながら、特許異議申立人が主張する甲2発明における前記熱処理を施したSUS304L及びSUS316の2つの鋼板の窒素富化層の厚さとその窒素濃度は、それぞれ、23μm:0.43質量%、13μm:0.4質量%というものであり、何れも、本件特許発明1の「表面から0.5μmの深さ位置」とは、その深さ位置の値の差が2桁と大きく異なるものである。前記イで検討したとおり、「表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値が0.3質量%以上」であることは推認できるが、「0.6質量%以下」であることは、甲第2号証にはなんら記載も示唆もない。また、甲1発明、甲3記載技術及びそのほかの技術常識を参酌しても甲2発明の前記熱処理を施した2つの鋼板のデータから、それぞれの鋼板の表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値を推測することはできない。 よって、特許異議申立人の主張は採用することができない。 (2) 本件特許発明2について ア 対比 前記1(2)アで検討したとおり、本件特許発明2は、本件特許発明1の成分組成に係る発明特定事項を、「質量%で、C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:3.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Ni:6.0%以上、14.0%以下、Cr:16.0%以上、21.0%以下、N:0.100%以下およびAl:0.500%以下を有し」、「さらに質量%で、Cu:2.50%以下およびMo:2.50%以下のうちの少なくとも一方を含有」し、「残部がFeおよび不可避的不純物である、成分組成」と置き換えるものと解される。 ここで、甲2発明は、mass%で「Mo:0.17」を含むものであるから、これは、本件特許発明2の「さらに質量%で、Cu:2.50%以下およびMo:2.50%以下のうちの少なくとも一方を含有」に含まれる。 してみれば、甲2発明の「組成成分がmass%で、Cr:18.23,Ni:10.11,Mo:0.17,N:0.05,残部Fe及び不可避的不純物からなる」と、本件特許発明2の前記成分組成とでは、「質量%で、Ni:6.0%以上、14.0%以下、Cr:16.0%以上、21.0%以下、N:0.100%以下を有し、さらに質量%で、Cu:2.50%以下およびMo:2.50%以下のうちの少なくとも一方を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物を含む、成分組成」との点では共通し、下記相違点8で相違する。 (相違点8) 本件特許発明2は、その成分組成において「C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:3.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Al:0.500%以上」を有するのに対し、甲2発明はC,Si,Mn,P,S及びAlを含まない点。 さらに、本件特許発明2は、前記成分組成以外は、本件特許発明1の発明特定事項を備えるものであるから、本件特許発明2と甲2発明とでは、前記相違点6,7で相違する。 イ 判断 前記(1)で検討したとおり、相違点6は、甲2発明及び甲3記載技術に基づき、当業者が容易に想到することができた事項ではない。 よって、他の相違点を検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲第2号証に記載された発明及び甲第3号証に記載された技術事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (3) 本件特許発明3について 本件特許発明3は、請求項1又は2を引用するものであり、本件特許発明3は、本件特許発明1又は2の発明特定事項をすべて含みさらに他の発明特定事項を追加して限定したものである。 したがって、前記(1)及び(2)と同様の理由により、本件特許発明3は、甲第2号証に記載された発明及び甲第3号証に記載された技術事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 3 小括 以上のとおりであるから、特許異議申立人が主張する理由Aは何れも理由がない。 3 理由Bについて (1) 特許異議申立人の主張 特許異議申立人は、特許異議申立書において、以下の点を指摘し、本件特許発明のサポート要件に関する不備を主張している。 ア 「(ア)請求項1には、質量%で、C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:3.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Ni:6.0%以上、14.0%以下、Cr:16.0%以上、21.0%以下、N:0.100%以下およびAl:0.500%以下を有し、残部がFeおよび不可避的不純物である、成分組成を有することが特定されているが、実施例に開示された鋼No.A及びBは、Cu、又はCu及びMoを必須元素として含んでおり、Cu及びMoを含まない成分組成は一切示されていない。そして、合金の特性は成分組成の僅かな変化によって変化し得るものであることは、当業者にとって技術常識であるところ、請求項1に記載の成分組成のオーステナイト系ステンレス鋼板においても、課題(燃料電池のセパレータの使用環境での優れた耐孔食性を有する燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板を提供すること)を解決できることは、発明の詳細な説明に十分に裏付けられていない。したがって、出願時の技術常識に照らしても、請求項1に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえず、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。」 イ 「(イ)発明の詳細な説明には、所定の成分組成の範囲外となる比較例は一切記載されていない。このため、請求項1及び2に記載の成分組成とする技術的意義が理解できない。したがって、請求項1及び2には、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲の発明が記載されているとはいえず、請求項1及び2に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。」 ウ 「(ウ)請求項1には、板厚が0.05~0.20mmであると記載されているが、実施例では、板厚が0.10mmの例しか示されておらず、また、当該範囲外の比較例も一切示されていない。このため、請求項1に記載の板厚とする技術的意義が理解できない。したがって、請求項1には、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲の発明が記載されているとはいえず、請求項1及び2に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。」 エ 「(エ)請求項3には、熱処理の雰囲気として、窒素濃度が5体積%以上、水素濃度が5体積%以上であることが記載されているが、窒素濃度が25体積%、水素濃度が75体積%である雰囲気の実施例しか示されていない。窒素濃度及び水素濃度は、鋼板表層部への窒素導入量や鋼板の表面に形成される窒化物の量などと関係すると考えられるところ、請求項3の広範な窒素濃度及び水素濃度の条件でも、課題を解決できることは、発明の詳細な説明に十分に裏付けられていない。したがって、出願時の技術常識に照らしても、請求項3に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえず、請求項3に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。」 (2) 判断 ア 前記(1)アについて検討する。 特許異議申立人が指摘するように「実施例に開示された鋼No.A及びBは、Cu、又はCu及びMoを必須元素として含んでおり、Cu及びMoを含まない成分組成は一切示されていない」。 しかしながら、本件発明の詳細な説明には、 「【0039】 Cu:2.50%以下 Cuは、ステンレス鋼の耐食性を高める元素である。このような効果を得るためには、Cu含有量を0.01%以上とすることが好ましい。しかし、Cu含有量が多くなり過ぎると、熱間加工性の低下を招く、そのため、Cu含有量は2.50%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.80%以下である。さらに好ましくは0.40%以下である。なお、Cu含有量は0%であってもよい。」 「【0042】 Mo:2.50%以下 Moは、Cr同様、鋼板表面に形成される不働態皮膜を強固にし、耐孔食性を向上させる元素である。このような効果を得るため、Mo含有量を0.10%以上とすることが好ましい。しかし、Mo含有量が多くなり過ぎると、熱間加工性の低下を招く、そのため、Mo含有量は2.50%以下とすることが好ましい。より好ましくは2.00%以下である。さらに好ましくは1.50%以下である。なお、Mo含有量は0%であってもよい。」 と、Cu、Moともに含有量が0%であってもよいことが記載されている。そして、特許異議申立人の主張する「合金の特性は成分組成の僅かな変化によって変化し得るものであることは、当業者にとって技術常識である」としても、前記本件発明の詳細な説明の記載によれば、Cuの耐食性に与える影響及びMoの対孔食性に与える影響は、その成分組成の僅かな変化によって大きく変化するものではないことが把握できる。 さらに、本件発明の課題と解決するための手段と前記Cu,Moとの関係について検討する。 まず、本件発明の課題は、「本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、燃料電池のセパレータの使用環境での優れた耐孔食性を有する燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板を、提供することを目的とする。」(【0014】)である。 そして、そのために、「鋼板表層部へ窒素を導入するための熱処理条件(特には、処理雰囲気、処理温度)および熱処理後の冷却条件を制御することにより、鋼板表層部への窒素導入量を高めつつ、鋼板の表面に形成される窒化物の量を抑制できることを見出した。」(【0021】)というものである。 この熱処理及びその効果(鋼板表面のNの濃度及びCr窒化物の量の抑制)において、前記本件発明の詳細な説明の記載からも、Cu及びMoは直接的には関係しないことは明らかであるから、本件の課題及び効果との関係からも、Cu及びMoは本件発明にとって必須のものとは言えない。 してみれば、「請求項1に記載の成分組成のオーステナイト系ステンレス鋼板においても、課題(燃料電池のセパレータの使用環境での優れた耐孔食性を有する燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板を提供すること)を解決できることは、発明の詳細な説明に十分に裏付けられて」いるものである。 よって、特許異議申立人の主張は採用することができない。 イ 前記(1)イについて検討する。 前記アでも検討したとおり、本件発明の課題との関係において、オーステナイト系ステンレス鋼板における、Cr以外のFeに添加される組成は、本件発明に係る熱処理及びその効果との直接的な関係はなく、一定程度の幅の範囲で本件発明の効果を奏することは明らかである。そして、本件特許発明1,2で特定されている成分組成は、発明の詳細な説明の【0032】~【0044】に記載されている。そして、それらは、実施例の成分組成から大きく外れるものではない。 一方、特許異議申立人は、成分組成に関し、具体的な証拠をもって、請求項1及び2には、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲の発明が記載されていないと指摘するものではない。 してみれば、「請求項1及び2には、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲の発明が記載されている」といえ、請求項1及び2に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものといえる。 よって、特許異議申立人の主張には根拠がなく、採用することができない。 ウ 前記(1)ウについて検討する。 燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板の板厚は、設計的に決定される事項であると認められるところ、発明の詳細な説明には「また、本発明の一実施形態に係る燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板の板厚は特に限定されるものではないが、0.05~0.20mmとすることが好ましい」(【0047】)との記載がある。さらに、本件特許発明においては、「表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値」の特定が、本件特許発明の課題が解決されるための手段の一つであり、この点からは、板厚の多少の相違は本件特許発明の効果を奏するために問題とならいことは、当業者にとって明らかである。 してみれば、請求項1には、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲の発明が記載されているといえ、請求項1及び2に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものである。 よって、許異議申立人の主張には根拠がなく、採用することができない。 エ 前記(1)エについて検討する。 発明の詳細な説明【0050】~【0052】には、熱処理工程における、窒素濃度、水素濃度の範囲について、根拠を付して記載がある。一方、特許異議申立人は、具体的な証拠を示して、本件特許発明3に特定された、熱処理の雰囲気の範囲では、本件発明の効果を奏さないことを指摘するものでもない。 してみれば、実施例として、窒素濃度が25体積%、水素濃度が75体積%である雰囲気しか示されていないとしても、前記発明の詳細な説明の記載を参酌すると、請求項3に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるというべきである。 以上のとおりであるから、本件特許発明1~3は、サポート要件を満たすものである。 (3)小括 以上のとおりであるから、特許異議申立人が主張する理由Bは何れも理由がない。 第7 むすび 以上のとおりであるから、本件特許発明1~3は、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては取り消すことはできない。また、他に本件特許発明1~3を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。

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2024-700174

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