特許異議申立
2023-700984
オトフェルリンを発現させるための組成物および方法
- 審判番号
- 2023-700984
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2019-560646
- 登録番号
- 7240675
- 請求日
- 2023年09月19日
- 審決日
- 2024年03月27日
- 公報発行日
- 2024年04月26日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】ユニバーシティー オブ フロリダ リサーチ ファンデーション, インク.
- 【権利者代理人】弁理士法人葛和国際特許事務所
- 【権利者】ザ リージェンツ オブ ザ ユニバーシティ オブ カリフォルニア
- 【権利者代理人】弁理士法人葛和国際特許事務所
- 【異議申立人】御代川 友美
- 審判長/審判官
- 審判長 長井 啓子
- 審判官 鶴 剛史
- 審判官 福井 悟
- 分類
- P1651.537-Y (C12N) / P1651.536-Y (C12N)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第2号、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7240675号発明「オトフェルリンを発現させるための組成物および方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7240675号の請求項1ないし21に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7240675号の請求項1~21に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成30年5月4日(パリ条約による優先権主張 2017年5月5日 米国)に出願され、令和5年3月8日にその特許権の設定登録がされ、同年3月16日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和5年9月19日に特許異議申立人御代川友美(以下、「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされたものである。
第2 本件発明
本件特許の請求項1~21に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1~21に記載された事項により特定される次のとおりのものである。(以下、本件特許の請求項1~21に係る発明を、その請求項に付された番号順にしたがい「本件発明1」などといい、これらをまとめて「本件発明」ということがある。また、本件特許の設定登録時の願書に添付した明細書を「本件明細書」といい、同明細書及び図面を「本件明細書等」という。)。
【請求項1】
OTOF遺伝子における突然変異を有する対象において聴力喪失または前庭障害を処置することにおける使用のための組成物であって、
第1のポリヌクレオチドを含む第1のAAV粒子;および
第2のポリヌクレオチドを含む第2のAAV粒子
を含み、ここで、
(i)第1のポリヌクレオチドは、5’から3’へ向かって:
(a)プロモーター、
(b)オトフェルリンポリペプチドのN末端部分をコードする部分コード配列、
(c)スプライスドナー部位、および
(d)第2のポリヌクレオチドにおける配列と相同な配列を含有する第1の相同の領域、
を含有する発現カセットに隣接する、逆方向末端反復配列を含み、および
(ii)第2のポリヌクレオチドは、5’から3’へ向かって:
(a)第1のポリヌクレオチドにおける配列と相同な配列を含有する第2の相同の領域、
(b)スプライスアクセプター部位、
(c)オトフェルリンポリペプチドのC末端部分をコードする部分コード配列、および
(d)ポリアデニル化(pA)シグナル配列、
を含有する発現カセットに隣接する、逆方向末端反復配列を含み、
第1および第2のポリヌクレオチドにおける相同の領域が、50~500ヌクレオチドの間である、
前記組成物。
【請求項2】
第1および第2のポリヌクレオチドにおける相同の領域が、50~300ヌクレオチドの間である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
相同の領域が、配列番号3のヌクレオチド配列を含む、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
プロモーターが、キメラCMV/ニワトリβアクチンプロモーターであるか、または、切断されたキメラCMV/ニワトリβアクチンプロモーターである、請求項1~3のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項5】
プロモーターが、配列番号4の配列と少なくとも90%、少なくとも92.5%、少なくとも95%、少なくとも98%、または少なくとも99%の配列同一性を有する配列を含むか、または、プロモーターが、配列番号4の配列を含む、請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
オトフェルリンポリペプチドが、配列番号5または配列番号6のアミノ酸配列を含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項7】
オトフェルリンポリペプチドが、配列番号6のアミノ酸配列を含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項8】
スプライスドナー部位が、配列番号7の配列を含む、および/または、スプライスアクセプター部位が、配列番号8の配列を含む、請求項1~7のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項9】
逆方向末端反復配列が、AAV2逆方向末端反復配列である、請求項1~8のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項10】
第1および第2のAAV粒子が、AAV2血清型粒子である、請求項1~9のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項11】
薬学的に許容し得る担体をさらに含む、請求項1~10のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項12】
第1の相同の領域が、APhead配列を含む、請求項1~11のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項13】
第2の相同の領域が、APhead配列を含む、請求項1~12のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項14】
聴力喪失または前庭障害が、DFNB9である、請求項1~13のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項15】
対象が、哺乳動物である、請求項1~14のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項16】
対象が、ヒトである、請求項1~14のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項17】
細胞においてオトフェルリンの発現を増加させることにおける使用のための、請求項1~16のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項18】
細胞は、哺乳動物対象中にある;または、細胞は、ex vivoである、請求項17に記載の組成物。
【請求項19】
細胞は、ヒト対象中にある;または、細胞は、ex vivoである、請求項17に記載の組成物。
【請求項20】
難聴の処置のための医薬を製造するための、請求項1~19のいずれか一項に記載の組成物の使用。
【請求項21】
医薬が、DFNB9の処置のためのものである、請求項 20に記載の使用。
第3 異議申立理由の概要及び提出した証拠
1 異議申立理由の概要
申立人が主張する異議申立理由の概要は、次のとおりのものである。
(1)申立理由1(明確性要件違反)
特許請求の範囲の記載が、請求項1に記載の「相同の領域」について不明確であるので、本件発明1~21についての本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであって、本件特許は、同法113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(2)申立理由2(サポート要件違反)
本件明細書の発明の詳細な説明には、請求項1に記載の「相同の領域」について、十分な記載がないので、特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明に記載したものということができないから、本件発明1~21についての本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであって、本件特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(3)申立理由3(実施可能要件違反)
本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、「相同の領域」との発明特定事項を備える本件発明1~21について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものということができないから、本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであって、本件特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
2 証拠方法
甲第1号証:PROGRAM and ABSTRACTS of the One Hundred Forty-Fifth Annual Meeting AMERICAN OTOLOGICAL SOCIETY, INC. April 2l-22, 2012,p.68,https://www.americanotologicalsociety.org/assets/2012.pdf
甲第2号証:Mol. Ther., 2008, Vol.19 No.1, pp.124-130
甲第3号証:Hum. Gene Ther., 2011, Vol.22 No.1, pp.77-83
甲第4号証:Mol. Ther., 2001, Vol.4 No.4, pp.383-391
甲第5号証:Methods Mol. Biol. Author manuscript; available in PMC, August 3, 2016, Vol.1382, pp.21-39,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4971574/pdf/nihms802498.pdf
甲第6号証:EMBO Mol. Med., 2014, Vol.6 No.2, pp.194-211
甲第7号証:Genome Res., 2000, Vol.10 No.8, pp.1108-1114
甲第8号証:Hum. Gene Ther., 2014, Vol.25 No.2, pp.552-562
甲第9号証:Compr. Physiol. Author manuscript; available in PMC, July 1, 2016, Vol.5 No.3, pp.1223-1239
甲第10号証:Hum. Gene Ther. Methods, 2014, Vol.25 No.2, pp.166-177
甲第11号証:Mol. Ther. Methods Clin. Dev., 2015, Vol.2 No.15009, pp.1‐12
(以下、「甲第1号証」ないし「甲第11号証」をそれぞれ「甲1」ないし「甲11」ともいう。甲1~甲11の原文は英語であるので、記載事項について摘記等する際には、当審合議体による翻訳にて示す。)
第4 当審の判断
当審は、申立人が主張する上記の申立理由は、いずれも理由がなく、ほかに各特許を取り消すべき理由も発見できないから、本件発明1~21に係る特許は、いずれも取り消すべきものではなく、維持すべきものと判断する。
1 本件明細書等の記載
本件明細書等には、以下の事項が記載されている。
本a
「【背景技術】
【0002】
発明の背景
非症候性難聴は、一般的に内耳および/または中耳の欠陥または損傷によって引き起こされる聴力喪失の型である。タンパク質オトフェルリンをコードするOTOF遺伝子における突然変異は、「難聴、常染色体劣性9(DFNB9)」と呼ばれる非症候性難聴のタイプを引き起こすと考えられる。DFNB9および他の類似した形の難聴の処置は、現在、重症または重度の聴力喪失のための蝸牛移植、およびより軽症型の聴力喪失のための補聴器を使用することが関与するものである。聴力を復元させるための電子デバイスに頼らないかまたは頼る度合いが少ない代替的な処置の形へのニーズが残っている。」
本b
「【発明の概要】
【0003】
本明細書において提供されるのは、オトフェルリンを、例として、細胞または対象中において、発現させるための組成物および方法である。本明細書に記載のとおり、OTOF cDNAの異なる部分を含有する二重(dual)アデノ随伴ウイルス(AAV)系を介した、OTOFノックアウトマウスへのOTOF cDNAの送達は、マウスの聴力を野生型のレベル近くまでレスキューする能力があったということが見出されている。」
本c
「【0007】
いくつかの態様において、第1および第2のポリヌクレオチドにおける相同の領域は、50~500ヌクレオチドの間である。いくつかの態様において、第1および第2のポリヌクレオチドにおける相同の領域は、50~300ヌクレオチドの間である。いくつかの態様において、相同の領域は、配列番号3のヌクレオチド配列を含む。・・・」
本d
「【発明を実施するための形態】
【0017】
発明の詳細な記載
本明細書に記載のとおり、オトフェルリンノックアウトマウスにおける聴力を、1つがOTOF cDNAの5’部分を含み、および、1つがOTOF cDNAの3’部分を含み、および、各々がin vivoにおける5’部分と3’部分との間の相同的組み換えを促進するための相同の領域を含む、2つの別々のAAV粒子で、マウスを処置することによって、回復させることができるということが見出されている。この相同の領域には、OTOF cDNAの5’部分内の5’側にあるスプライスドナー配列、およびOTOF cDNAの3’部分内の3’側にあるスプライスアクセプター配列が隣接している。したがって、組成物および方法は、オトフェルリンの発現を増加させるために提供される。」
本e
「【0031】
いくつかの態様において、本明細書に記載のとおりのポリヌクレオチド(例として、第1および第2のポリヌクレオチド)は、相同の領域を、例として、ひとたび細胞へ送達されるとポリヌクレオチド間の相同的組み換えを促進するために、含んでいる(例として、Ghosh et al. Efficient transgene reconstitution with hybrid dual AAV vectors carrying the minimized bridging sequences. Hum Gene Ther. 2011 Jan;22(1):77-83を参照)。いくつかの態様において、第1の相同の領域および第2の相同の領域は、相同的組み換えを促進するための互いとの配列同一性の閾値レベルを有する。いくつかの態様において、第1の相同の領域は、第2の相同の領域と少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも99%または100%の同一性を有する。
【0032】
・・・
いくつかの態様において、各々の相同の領域は、独立して、50~500、50~400、50~300、100~500、100~400、100~300、200~500、200~400、または200~300ヌクレオチドの間である。 いくつかの態様において、相同の領域は同一であり、および各々の相同の領域は、50~500、50~400、50~300、100~500、100~400、100~300、200~500、200~400、または200~300ヌクレオチドの間である。
【0033】
いくつかの態様において、相同領域(region homology)は、ヌクレオチド配列
【化1】
[図:0001409138000001.jpg]
と少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも99%、または100同一である配列を含む。」
本f
「【0050】
AAV粒子およびポリヌクレオチドを生産する方法は、当該技術分野において知られており、および商業的に利用可能である(例として、Zolotukhin et al. Production and purification of serotype 1, 2, and 5 recombinant adeno-associated viral vectors. Methods 28 (2002) 158-167;および参照により本明細書に組み込まれる米国特許公開番号US20070015238およびUS20120322861;ならびにATCCおよびCell Biolabs, Inc.から入手可能なプラスミドおよびキットを参照)。・・・」
本g
「【0055】
本開示の他の側面は、オトフェルリンの発現もしくは活性の減少または不在によって引き起こされる疾患または状態の処置に関する。いくつかの態様において、方法は、治療有効量の、本明細書に記載のとおりの第1のポリヌクレオチドを含む第1のAAV粒子、および本明細書に記載のとおりの第2のポリヌクレオチドを含む第2のAAV粒子を、対象へ投与することを含む。
・・・
【0056】
疾患を「処置する」ことは、本明細書において用語が使用されるとおり、対象が経験する疾患または障害の少なくとも1つの兆候または症状の、頻度または重症度を低減させることを意味する。上記にまたは本明細書における他の場所に記載された組成物は、典型的には、有効量で、つまり、望ましい結果を生じる能力がある量で、対象へ投与される。望ましい結果は、投与される活性な剤に依存する。例えば、AAV粒子の有効量は、宿主器官、組織、または細胞へ発現コンストラクトを移動させる能力がある、粒子の量であり得る。治療的に許容し得る量は、疾患を、例として、DFNB9を、処置する能力がある量であり得る。・・・」
本h
「【0067】
いくつかの態様において、対象は、遺伝子治療にて処置され得る疾患を有するかまたは有する疑いがある。いくつかの態様において、対象は、難聴、常染色体劣性9(DFNB9)を有するかまたは有する疑いがある。DFNB9は、オトフェルリンタンパク質の発現、機能、または両方の減少をもたらすOTOF遺伝子における突然変異によって引き起こされると考えられている、常染色体劣性型の難聴である。オトフェルリンタンパク質は、聴覚リボンシナプスでのエクソサイトーシスのために重要であることが示されている・・・」
本i
「【実施例】
【0075】
例
アデノ随伴ウイルス遺伝子治療アプローチを使用したOTOFノックアウトマウスにおける聴力のレスキュー
イントロダクション
・・・
【0078】
・・・本出願人らは、DFNB9のための処置としてOTOFを送達するのにAAVを使用することについての概念実証として、ノックアウトマウスにおけるOTOFの発現を復元する手段としてアデノ随伴ウイルス(AAV)を使用することを目指した。マウスOTOF cDNAは、長さが5979塩基対であり、他方、ほとんどのAAVは、およそ4.8キロベースを超えるゲノムをパッケージ化することができない。その結果として、ひとたび送達されたときに全長cDNAがin vivoで再組み立てされることができるように、cDNAの5’部分とcDNAの3’部分とを別々のAAVコンストラクトとして別々に送達するために二重ベクター系を使用した。」
本j
「【0079】
方法
二重AAVベクターコンストラクト
マウスOTOF cDNAを、2つの区間、5’および3’区間に分け、および、2つのAAV ITR含有プラスミド中へと挿入した。プラスミド中の2つのカセットの各々の配列は、下記に示され、および、各コンストラクトのマップは、図1および2に示される。カセットの、アノテーションされたバージョンは、図3Aおよび3Bに示される。各カセットは、in vivoにおいてcDNAの5’および3’端の間の相同的組み換えを促進させるための相同の領域を含有する(see Ghosh et al., 2011を参照)。ひとたびin vivoで組み換えられると、全長cDNAは、相同の領域からのスプライシングによる切り出しを引き起こすスプライスドナー/スプライスアクセプター対を含有する。ベクターを、以前に記載されたとおりの標準的なプラスミドトランスフェクション法を使用して、AAV2血清型粒子中へとパッケージ化した(・・・を参照)。ウイルス粒子を、以前に記載されたとおりの標準的な方法により精製した(・・・を参照)。OTOF cDNAの5’部分を保有するウイルス粒子は、本明細書において「AAV2-OTOF-NT」とも称される。OTOF cDNAの3’部分を保有するウイルス粒子は、本明細書において「AAV2-OTOF-CT」とも称される。
【図1A】
[図:0001409138000002.jpg]
【図1B】
[図:0001409138000003.jpg]
【図2】
[図:0001409138000004.jpg]
【図3A】
[図:0001409138000005.jpg]
・・・
【図3B】
[図:0001409138000006.jpg]
・・・
」
本k
「【0083】
OTOFノックアウトマウス
使用したOTOFノックアウトマウスは、以前の研究において作り出した(Roux et al. (2006)・・・を参照)。
・・・
【0085】
マウスへのAAVの送達
OTOFノックアウトマウス(新生およびP10より高齢)に、2つのAAVコンストラクトの各々のウイルス粒子1マイクロリットルを、以前に記載されたとおりに円窓膜(RWM)注射を使用して注射した(Akil et al. (2012) ・・・を参照)。
・・・
【0086】
聴性脳幹反応(ABR)試験
聴力試験を、以前に記載したとおりに(Akil et al. (2006) Progressive deafness and altered cochlear innervation in knockout mice lacking prosaposin. J. Neurosci. 26:13076-13088およびAkil et al. (2016) Mouse Auditory Brainstem Response Testing. Bio Protoc. 6(6))、オトフェルリンノックアウト(OTOF KO)マウス、レスキューされたOTOF KOマウスおよび野生型(WT)同腹子について行った。・・・」
本l
「【0088】
結果
2つの異なるAAVプラスミドコンストラクトを、マウスOTOF cDNAの5’側半分および3’側半分をOTOFノックアウトマウスの内耳へ送達するために作り出した(OTOF N末端ウイルスおよびOTOF C末端ウイルス)。2つのコンストラクトを、AAV2粒子中へと別々にパッケージ化した。AAV2粒子を、つぎに、一緒にプールし、HEK 293細胞を処置するのに使用したか、またはOTOFノックアウトマウスの内耳中へと注射した。
・・・
【0090】
マウスを、次に、プールされたOTOF N末端およびC末端ウイルスで処置し、および様々なコントロールと比較した。オトフェルリンタンパク質は、両方のウイルスでの処置で発現することが見出された(図6)。トランスフェクトされた内有毛細胞(IHC)の最大の数は、基底において観察され、中回転および頂においてはより少数であった(図6)。IHCの計数は、全体としてほぼ11%のIHCが標識されており、基底(ほぼ29%)、中回転(ほぼ8%)、および頂(ほぼ2%)の間で有意な違いが見られたということを実証した(図6)。・・・
【図6C】
[図:0001409138000007.jpg]
【0091】
次に、NおよびC末端ウイルスの両方の送達によって発現したオトフェルリンに聴力機能をレスキューする能力があったかどうかを決定するために、聴力試験を行った。野生型と、両方のウイルスで処置されたOTOFノックアウトマウスとからのABR波形は類似しており、レスキューされたKOマウスにおける聴力回復を立証したが、他方、未処置のOTOFノックアウトマウスコントロール、およびOTOF N末端ウイルスだけでトランスフェクトしたOTOFノックアウトマウスは、聴力回復を示さなかった(図7)。・・・注目すべきことに、ABR閾値に若干変動はあったものの、両方のウイルスで処置されたOTOFノックアウトマウス(KO NT+CT)においては4か月を超えて聴力が維持された(図7)。トランスフェクトされていないKOコントロール、およびOTOF NTでトランスフェクトされたKOは、難聴のままであった(図7)。
【図7A】
[図:0001409138000008.jpg]
【図7C】
[図:0001409138000009.jpg]
【0092】
次に、P12よりも高齢のOTOFノックアウトマウスを、両ウイルスで処置した。二重にトランスフェクトされたIHCは、OTOFを発現し、これには基底(図示せず)と頂(図8)とで均一なトランスフェクション率が見られた。IHCの計数は、全体としてほぼ41%のIHCが標識されており、基底(ほぼ38%)、中回転(ほぼ42%)、および頂(ほぼ47%)の間でわずかな違いが見られたということを実証した(図8)。
【図8B】
[図:0001409138000010.jpg]
【0093】
P60では、両方のウイルスで処置された全てのOTOFノックアウトマウスは、クリック刺激に対する正常なABR閾値を実証し、とはいえ特定の周波数8、16および32kHzでは、ABR閾値はわずかに上昇したように見えたが、それでもなお、未処置のOTOFノックアウトマウスよりも有意に良好であった(図9)。P12より高齢のOTOFノックアウトマウスへの両方のウイルスの注射に続く聴力回復の経時変化は、処置されたマウスにおいて聴力が30週間以上維持され、およびABR閾値が、WTのレベルまで復元されたということを示した(図9)。
【図9A】
[図:0001409138000011.jpg]
【図9B】
[図:0001409138000012.jpg]
【0094】
これらの結果は、OTOF cDNAの異なる部分を送達するための1つより多いAAVコンストラクトの使用が、in vivoにおける機能的なcDNAをもたらすことができるということを実証する。これらの結果はまた、AAV送達系を使用したOTOF cDNAの送達によって聴力喪失を処置することができるということも実証する。」
2 申立理由2及び3(サポート要件違反及び実施可能要件違反)について
事案に鑑み、申立理由2及び3の検討を優先する。
(1)サポート要件について
ア サポート要件の判断規範
特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
イ 本件発明が解決しようとする課題
本件明細書の【0002】に「タンパク質オトフェルリンをコードするOTOF遺伝子における突然変異は、「難聴、常染色体劣性9(DFNB9)」と呼ばれる非症候性難聴のタイプを引き起こすと考えられる。DFNB9および他の類似した形の難聴の処置は、現在、重症または重度の聴力喪失のための蝸牛移植、およびより軽症型の聴力喪失のための補聴器を使用することが関与するものである。聴力を復元させるための電子デバイスに頼らないかまたは頼る度合いが少ない代替的な処置の形へのニーズが残っている。」(本a)と記載されていることからみて、本件発明は、聴力を復元させるための電子デバイスに頼らないかまたは頼る度合いが少ない代替的な処置を提供することを課題とするものと認められる。
ウ 本件発明のサポート要件の判断
本件発明1は、「OTOF遺伝子における突然変異を有する対象において聴力喪失または前庭障害を処置することにおける使用のための組成物」である。そして該組成物が含む成分として「第1のポリヌクレオチドを含む第1のAAV粒子」及び「第2のポリヌクレオチドを含む第2のAAV粒子」を含み、ここで、前記「第1のポリヌクレオチド」及び「第2のポリヌクレオチド」は以下の構造を有することが特定されたものである。
「(i)第1のポリヌクレオチドは、5’から3’へ向かって:
(a)プロモーター、
(b)オトフェルリンポリペプチドのN末端部分をコードする部分コード配列、
(c)スプライスドナー部位、および
(d)第2のポリヌクレオチドにおける配列と相同な配列を含有する第1の相同の領域、
を含有する発現カセットに隣接する、逆方向末端反復配列を含み、および
(ii)第2のポリヌクレオチドは、5’から3’へ向かって:
(a)第1のポリヌクレオチドにおける配列と相同な配列を含有する第2の相同の領域、
(b)スプライスアクセプター部位、
(c)オトフェルリンポリペプチドのC末端部分をコードする部分コード配列、および
(d)ポリアデニル化(pA)シグナル配列、
を含有する発現カセットに隣接する、逆方向末端反復配列を含み、
第1および第2のポリヌクレオチドにおける相同の領域が、50~500ヌクレオチドの間である」(以下、「本件構造1」という。)
これに対して、本件明細書の【0002】には「タンパク質オトフェルリンをコードするOTOF遺伝子における突然変異は、「難聴、常染色体劣性9(DFNB9)」と呼ばれる非症候性難聴のタイプを引き起こすと考えられる」ことが記載され(本a)、【0067】には「DFNB9は、オトフェルリンタンパク質の発現、機能、または両方の減少をもたらすOTOF遺伝子における突然変異によって引き起こされると考えられている」ことが記載されている(本f)。同【0078】には「本出願人らは、DFNB9のための処置としてOTOFを送達するのにAAVを使用することについての概念実証として、ノックアウトマウスにおけるOTOFの発現を復元する手段としてアデノ随伴ウイルス(AAV)を使用することを目指した。・・・ひとたび送達されたときに全長cDNAがin vivoで再組み立てされることができるように、cDNAの5’部分とcDNAの3’部分とを別々のAAVコンストラクトとして別々に送達するために二重ベクター系を使用した。」と記載されている(本g)。
そして、以上のことを裏付ける実施例として、本件構造1の(i)及び(ii)の規定を充足する第1の及び第2のポリヌクレオチドをそれぞれ含む、「AAV2-OTOF-NT」とも称されるAAV粒子と「AAV2-OTOF-CT」とも称されるAAV粒子からなる2つのAAV粒子を作成したことが、具体的に記載されており(本h)、ここで、当該2つのAAV粒子は、APheadとも呼ばれる、【0033】に記載された50~500ヌクレオチドの間のヌクレオチド長を有する配列番号3の配列(287ヌクレオチド)からなる組み換えのための相同配列(本d)を、本件構造1の「相同の」に相当する構成として含むものである。更に、同実施例には、当該2つのAAV粒子のOTOFノックアウトマウスの内耳中への注射により、蝸牛の内有毛細胞におけるオトフェルリンの発現がみられ、聴性脳幹反応(ABR)試験で示される聴力の改善が行えたことが、具体的に記載され(本i、本j)、上記の実施例の結果を受けて、【0094】に「これらの結果は、OTOF cDNAの異なる部分を送達するための1つより多いAAVコンストラクトの使用が、in vivoにおける機能的なcDNAをもたらすことができるということを実証する。」と記載されている(本j)。このとおりの実施例によれば、聴力を復元させるための何らの電子デバイスに頼ることなく、本件構造1の(i)及び(ii)の規定を充足する第1の及び第2のポリヌクレオチドをそれぞれ含む2つのAAV粒子が、機能的なOTOF遺伝子産物の発現をもたらして、OTOF遺伝子の突然変異を原因とするDFNB9という難聴において聴力を改善したことが認められる。
したがって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、当業者が本件明細書の発明の詳細な説明の記載により上記イの課題を解決できると認識できる範囲のものであると認められる。
よって、本件発明1は、サポート要件を満たすものである。
同様の理由により、本件発明2~21もサポート要件を満たすものである。
(2)実施可能要件について
ア 実施可能要件の判断規範
発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要する。
イ 本件発明の実施可能要件についての判断
上記(1)ウでも述べたとおり、本件明細書等の実施例には、本件構造1の(i)及び(ii)の規定を充足する第1の及び第2のポリヌクレオチドをそれぞれ含む、「AAV2-OTOF-NT」とも称されるAAV粒子と「AAV2-OTOF-CT」とも称されるAAV粒子からなる2つのAAV粒子を作成したことが、具体的に記載されており、ここで、当該AAV2粒子は、APheadとも呼ばれる50~500ヌクレオチドの間のヌクレオチド長を有する配列番号3の配列(287ヌクレオチド)からなる組み換えのための相同配列を本件構造1の「相同の領域」に相当する構成として含むものである。そして、同実施例には、AAV粒子の送達を行う方法や聴力試験を行う方法についても具体的に記載され、当該AAV2粒子のOTOFノックアウトマウスの内耳中への注射により、蝸牛の内有毛細胞におけるオトフェルリンの発現ができたこと、聴性脳幹反応(ABR)試験で示される聴力の改善が行えたことが、実験結果により、確認されている。
そうすると、本件明細書等の上記記載に基づけば、当業者は、実施例で示されたAAV粒子に限らず、本件構造1を有するポリペプチドを含む2つのAAV粒子を含む組成物を製造し、本件明細書等に記載の送達や聴力試験の方法等を利用して、聴力喪失または前庭障害を処置に使用できるものを確認することができるといえる。そして、そのようにして「OTOF遺伝子における突然変異を有する対象において聴力喪失または前庭障害を処置することにおける使用のための組成物」を製造できることが本件明細書等の実施例で具体的に確認されているのだから、本件発明1の「OTOF遺伝子における突然変異を有する対象において聴力喪失または前庭障害を処置することにおける使用のための組成物」を得るために、当業者が過度の試行錯誤を要するとはいえない。
以上のとおりであるから、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1について、実施可能要件を満たすものである。
同様の理由により、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明2~21について、実施可能要件を満たすものである。
(3)申立人の主張の検討
ア 申立人の主張
(ア)甲1~甲3といった本件発明の構成に非常に近い技術内容を開示する先行技術が存在するにも関わらず、審査段階でこれらの文献に基づく進歩性欠如の拒絶理由が撤回されて本件が特許された経緯に鑑みると、前記拒絶理由に対して権利者が意見書で主張した「4か月以上といった長い期間にわたり聴力喪失の回復」との効果が「本件特許発明の効果」である。
(イ) 甲3~甲11によれば、デュアルベクター系における相同領域の選定には相同領域の長さのみならず、導入すべき外来遺伝子の種類、その他の様々な要因の影響を考慮し行う必要があり、成功の予測性が低い。本件特許発明でいう処置効果は上記「本件特許発明の効果」と理解すべきであるところ、本件明細書で本件発明の処置効果を奏することが確認されているのは実施例で使用された相同の領域がAPheadである場合のみであり、その他のどのような場合に前記処置効果が達成されるのかや相同組み換えが首尾よく達成されるのかなどについて、裏付けや保証がない。
(ウ)本件明細書に相同領域の範囲(長さ、由来)と得られる治療効果との関係の技術的意味が、当業者に理解できる程度に記載されておらず、技術常識を参酌して請求項1に記載の範囲内であれば所望の効果が得られると当業者において認識できる程度に具体例を開示していない。本件明細書の実施例では、相同の領域の長さはAPheadの287ヌクレオチドの一点のみであるにもかかわらず、相同の配列の長さを「50~500ヌクレオチドの間」とだけ規定された不特定多数の相同の領域の使用を権利範囲として認めることは、公開されていない発明について独占的な権利を請求することになる。同様の理由により、本件明細書は、不特定多数の相同の領域を含む本件発明の全体においてその発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。
イ 判断
(ア)申立人の主張(ア)について
「4か月以上といった長い期間にわた(る)聴力喪失の回復」との効果が「本件特許発明の効果」であり、そのような効果が達成される範囲に限って本件特許の権利が及ぶべきとする申立人の主張は、サポート要件を充足する範囲を当該効果が達成される範囲と主張するものであって、サポート要件の判断に係る本件発明が解決しようとする課題を「4か月以上といった長い期間にわた(る)聴力喪失の回復」とすることに他ならない。
しかし、上記効果は、実施例で製造された特定のAAV粒子が備える効果に過ぎないものであり、サポート要件の判断の前提となる本件発明が解決しようとする課題やその裏返しである効果に対応するものであるとは認められない。一方、本件明細書等の記載より認定できる本件発明が解決しようとする課題は、上記の(1)イで述べたとおりのものであるから、申立人の主張は、サポート要件の判断の前提において誤りがある。
したがって、申立人の主張(ア)は、採用できない。
(イ)申立人の主張(イ)について
本件発明の「処置」の効果は、上記の(1)イでも述べたとおり、「聴力喪失または前庭障害の少なくとも1つの兆候または症状の頻度または重症度の低減」と解するべきであって、申立人のいう「本件特許発明の効果」、即ち「4か月以上といった長い期間にわた(る)聴力喪失の回復」と解することは相当でない。また、そうである以上、APhead以外の50~500ヌクレオチド長の「相同の配列」が、「4か月以上といった長い期間にわた(る)聴力喪失の回復」を達成できることについて、発明の詳細な説明において記載する必要があったとはいえない。
したがって、本件明細書に、「4か月以上といった長い期間にわた(る)聴力喪失の回復」を達成できる「相同配列」に関する説明やAPhead以外の50~500ヌクレオチド長の「相同の配列」の具体例がないことにより、本件発明がサポート要件違反又は実施可能要件違反になるとは認められない。
なお、申立人は、デュアルベクター系における相同領域の選定には相同領域の長さのみならず、導入すべき外来遺伝子の種類、その他の様々な要因の影響を考慮し行う必要があり、成功の予測性が低かったことを、甲3~甲11を提示して論証しているので、以下で検討する。
甲3には、アルカリフォスフォターゼ(AP)遺伝子に由来し260~870ヌクレオチドの長さのいくつかの断片を相同配列として含むハイブリッド型のデュアルAAVベクターを作成したことや、このうち340ヌクレオチドのある断片を用いた場合に外来遺伝子の発現が乏しかった旨が記載されている(第77頁左欄第1行~右欄第2行、第79頁右欄第1行~第80頁右欄第9行、図2)。
甲4には、「AAVプロウイルスプラスミドの間の相同組み換えに関する以前の研究に基づくと、オーバーラップ領域がより広いと組み換えのレベルがより高くなることが期待される」ことが記載されている(第385頁右欄第16~19行)。
甲5には、デュアルAAVベクターのオーバーラップベクターアプローチ(いわゆるオーバーラップ型)に関する箇所に「相同組み換えの効率は、ベクターAとベクターBのゲノムの配列オーバーラップの程度および実際の配列と相関している。オーバーラップ配列のサイズが大きくなると相同組み換えが増える可能性がある。相同組み換えがこのように増加すると、オーバーラップ配列が増加して全導入遺伝子容量が事実上小さくなるため、rAAV長大遺伝子療法の全体的な目標がわずかに妨げられる可能性もある」ことが記載されている(「1.3 オーバーラップベクターアプローチ」の項)。
甲6には、いわゆるハイブリッド型のデュアルAAVベクターについて、甲3を引用しAPの組み換え配列を用いてABCA4遺伝子及びMYO7遺伝子の発現を行った場合の発現効率が、他の構造のデュアルAAVベクターに比べて低かったこと(図2A、B、D及びE)、また、77ヌクレオチドのAK(F1ファージゲノム)の組み換え配列を用いてABCA4遺伝子の発現を行った場合に、オーバーラップ型又はトランススプライス型の同ベクターの場合に比べた発現効率の上昇が見られなかった旨が記載されている(図2A及びD)。
甲7には、「一次と二次のDNA配列などの因子のほか、クロマチン構造および関連するタンパク質が、特定の領域内の組み換え頻度に影響を与えると一般に考えられている」こと、「そのようないくつかの因子、例えば反復配列、遺伝子プロモータ、またはZ-DNAコンホメーションを採る能力を持つ領域が、組み換えを増強する、という仮説が立てられている」ことが記載され(以上、第1108頁要旨第3行~6行)、また、組み換え頻度が上昇した小さな領域であるホットスポットについて「このようなホットスポットは、特定のDNA配列パターンと、それらDNA配列パターンと分子組み換え機構の相互作用によって生じるはずであると考えられる」ことが記載されている(第1108頁右欄第12~14行)。
甲8には、ジストロフィンのスペクトリン様反復配列である「R7」、「R8」及び「R9」と呼ばれる領域(甲9の「ジストロフィン構造の外観」の項及び図2の記載からみて、いずれも約330ヌクレオチドの長さを有すると認められる)を相同領域として含むデュアルAAVベクターが、同「R20」と呼ばれる領域を相同領域として含むデュアルAAVベクターに比べて、効率的な相同組み換えを示さなかった旨が記載されており、また、甲3等を引用して、同様の差が異なる遺伝子の同じ遺伝子の異なる部分の間でみられることが記載されている(図1、第556頁右欄第1~48行、第560頁左段第50行~右欄第25行)。
甲10には、「重複を含有する二重ベクターの性能が、遺伝子のうちで重複として利用する部分の組み換え誘導性能力に本質的に結びついていることを示唆する。したがって「一般的な」重複エレメントを用いた二重AAVベクタープラットフォームについてなされる比較の予測値を拡張する際には注意すべきである。例えばレポーター遺伝子からの重複配列を含む単純な重複系は、同じ重複配列を組み込んだハイブリッド系よりもはるかに効率が低いことがわかる可能性がある。これは、MYO7A、ABCA4、またはCEP290などの治療用遺伝子の重複領域を含有する単純な重複系が、APなどの一般的な重複配列を含有するハイブリッド系よりも効率が低くなることを必ずしも意味しない。他の重要な考慮事項は、各導入遺伝子に必要な効率のレベル (すなわち治療に影響を及ぼすのにどれだけ多くのタンパク質が必要とされるか)と、各導入遺伝子のための各プラットフォームの特異性 (すなわちMYO7A以外の遺伝子を含有する単純な重複ベクターが短縮型タンパク質を産生させるか)である。記載したあらゆる理由により、大きな各導入遺伝子に独自の二重ベクタープラットフォームを比較することが保証される。」と記載されている(第175頁左欄第43行~右欄第2行)。
甲11には、デュアルAAVベクターを用いたジスフェリン遺伝子の発現において、イントロン28配列(254ヌクレオチド)を相同配列として含むハイブリッド型のデュアルAAVベクター及びトランススプライシング型のデュアルAAVベクターが、最も効果的であったオーバーラップ型のデュアルベクターとは異なり、低い発現を示した旨が記載されており(第1頁要旨第5~7行、第2頁右欄第24行~第3頁左欄第3行、図1及び2)、また、甲3及び甲6を引用した上で、「特定の配列の組み合わせがITR(合議体注:「逆方向末端配列」を意味する)分子間組み換え事象に影響を与え、重複配列のHR(合議体注:「相同組み換え」を意味する)に影響を与え、および/またはスプライシングプロセスを変化させ、その結果として効率が低下する可能性がある」ことが記載されている(第7頁右欄第33~51行)。
しかしながら、甲3~11の記載は、各種のデュアルAAVベクターを用いた個別の実験結果を、推論を交えて論じるものであり、特定のデュアルAAVベクターにおいて、外来遺伝子の発現の程度が相同領域の選択等によって変化し得ること等を述べるにとどまり、一般的にデュアルベクター系においては、50~500ヌクレオチド長の相同領域の選定により、外来遺伝子の発現が行えない蓋然性が高く、50~500ヌクレオチド長の相同領域を選定しても成功の予測性が低いとの認識が、本件特許の出願時、当業者に存在したことを立証するものではない。
また、甲3~11の記載は、一般的にデュアルベクター系の外来遺伝子の発現において、特定の塩基配列の相同領域を有するデュアルAAVベクターの使用が必要であったとの認識が、本件特許の出願時、当業者に存在したことを立証するものでもない。
そうすると、上記の(1)イで示した課題は、実施例で使用されたAPheadと呼ばれる配列番号3の配列(287ヌクレオチド)以外の相同配列を用いても、解決できることを当業者は認識するから、本件発明のサポート要件に係る判断は、甲3~甲11に記載された事項によって左右されない。
以上より、申立人の主張(イ)は、採用できない。
(ウ)申立人の主張(ウ)について
二重(デュアル)アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターに関する本願出願時の技術常識(例えば、甲5の「1.5 ハイブリッド トランス-スプライシング技術」の項及び「図2」を参照)に照らすと、本件構造1を有するポリペプチドを含む本願発明1の「第1のAAV粒子」及び「第2のAAV粒子」は、いわゆるハイブリッド型のデュアルAAVベクターを構成するものであることは当業者に明らかである。
そして、当該ハイブリッド型のデュアルAAVベクターは、二つのAAV粒子の共形質導入後に、その組み換え配列(相同の配列)又は逆方向末端反復配列での相同組み換え又は逆方向末端反復配列での非相同末端結合、並びにスプライスドナー部位及びスプライスアクセプター部位におけるスプライシングという機構により、全長のトランス遺伝子(OTOF遺伝子)のcDNAを形成することが当業者に周知であった。
一方、組み換えのための相同配列について、本件明細書の【0031】には「本明細書に記載のとおりのポリヌクレオチド(例として、第1および第2のポリヌクレオチド)は、相同の領域を、例として、ひとたび細胞へ送達されるとポリヌクレオチド間の相同的組み換えを促進するために、含んでいる」こと、「第1の相同の領域および第2の相同の領域は、相同的組み換えを促進するための互いとの配列同一性の閾値レベルを有する」ことが記載され、同【0032】には「いくつかの態様において、各々の相同の領域は、独立して、50~500・・・ヌクレオチドの間である」ことの記載があり(いずれも本d)、配列番号3の配列(287ヌクレオチド)以外の相同配列であっても使用できる旨の記載が複数存在する。また、甲3、6、11を参照すると、本件特許の出願時においては、使用する外来遺伝子やデュアルAAVベクター等の条件に応じて発現効率に差異は生じるものの、各種の塩基配列、ヌクレオチド長の相同領域を選択することが可能であったことが認められる。
以上の本件特許の出願時の技術常識及び本件明細書の記載からすると、本件発明の「相同の配列」は、実施例で使用されたAPheadと呼ばれる配列番号3の配列(287ヌクレオチド)であるものに限らず、塩基配列の内容や長さが変更したものであっても、本件発明のデュアルAAVベクターに使用可能なことを当業者は理解でき、50~500ヌクレオチドの間の「相同の配列」を用いて、本件構造1を有する2つのAAV粒子を作製し、OTOF遺伝子の突然変異を含む対象の蝸牛組織の細胞に送達すれば、上記のメカニズムによりOTOF遺伝子の全長cDNAが形成されてオトフェルリンの発現が増加し、それにより聴力の回復といった聴力喪失に係る症状の重症度の改善ができることを当業者は認識するといえる。
また、本件明細書の実施例が、APheadの287ヌクレオチドの一点のみであったとしても、上記の本件特許の出願時の技術常識及び本件明細書の記載からすると、それ以外の相同配列を含む本件発明の「OTOF遺伝子における突然変異を有する対象において聴力喪失または前庭障害を処置することにおける使用のための組成物」を製造し、使用することに、当業者が過度の試行錯誤を要するとは認められない。
よって、申立人の主張(ウ)は、採用できない。
(4)小括
以上のとおりであるから、申立人が主張する申立理由2及び3(サポート要件違反及び実施可能要件違反)は、いずれも理由がない。
3 申立理由1(明確性要件違反)について
(1)申立人の主張
申立人は、以下のア及びイの点を述べ、本件発明の「相同の配列」は不明りょうな記載であると主張する。
ア 本件発明1の「相同の領域」の範疇に属する配列は不特定多数存在し、その中の配列に包含される配列のほとんどが、本件特許発明を実施することができないものであり、不特定多数の配列を包含する「相同の領域」との発明特定事項だけでは、本件発明の上記処置効果を発揮する50~500ヌクレオチドの間の長さの相同の領域はおろか、相同組み換えを首尾よく達成せしめる相同の領域すら、当業者は過度の試行錯誤を要することなく見出せるものではない。
イ 本件明細書は、デュアルAAV系において適切な組み換えを可能とする「相同の領域」を選定するための合理的なパラメーターを提供せず、機能を担保するためにどのような領域が必要であるかについての指針は一切ない。
(2)判断
本件発明1において、「第1の相同の領域」及び「第2の相同の領域」は、それぞれ、「第2のポリヌクレオチドにおける配列と相同な配列を含有する」領域及び「第1のポリヌクレオチドにおける配列と相同な配列を含有する」領域であり、「第1のポリヌクレオチド」及び「第2のポリヌクレオチド」のそれぞれは(a)~(d)を含むものとして明確に特定されているのだから、本件発明1において「相同の領域」は技術用語として明確であり、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確なものではない。
それに対して、上記アの主張は、不特定多数の配列を包含する「相同の領域」との発明特定事項では、当業者が本件発明を実施できないというものであり、他方、上記イの主張は、デュアルAAV系において適切な組み換えを可能とする「相同の領域」を選定するためのパラメーターや指針が本件明細書にないというものであり、いずれも、実質的にみれば、サポート要件違反、実施可能要件違反を論じるものである。
しかるところ、上記2で述べたとおり、本件特許の出願時の技術常識及び本件明細書の記載に照らすと、当業者は、APheadと呼ばれる配列番号3の配列(287ヌクレオチド)以外でも「相同の領域」の選択が可能であることを理解し、50~500ヌクレオチドの間の「相同の配列」を2つのAAV粒子に用いることで、聴力喪失または前庭障害の少なくとも1つの兆候または症状の頻度または重症度を低減できることを認識する。
よって、上記ア、イの主張はいずれも理由がない。
(3)小括
以上のとおりであるから、申立人が主張する申立理由1(明確性要件違反)は、理由がない。
第5 むすび
以上のとおり、本件特許に係る特許異議申立てにおいて申立人が主張する申立理由は、いずれも理由がないから、本件発明1~21に係る特許は、取り消すことができない。
ほかに、本件発明1~21に係る特許を取り消すべき理由も発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
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2023-700984