特許異議申立
2024-701211
キノコ菌糸体を用いた食品素材
- 審判番号
- 2024-701211
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2021-504021
- 登録番号
- 7503537
- 請求日
- 2024年12月19日
- 審決日
- 2025年11月27日
- 公報発行日
- 2026年03月27日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】三菱商事ライフサイエンス株式会社
- 【異議申立人】染谷 信
- 審判長/審判官
- 審判長 中村 浩
- 審判官 小暮 道明
- 審判官 竹内 祐樹
- 分類
- P1651.113-YAA(C12N) / P1651.121-YAA(C12N) / P1651.536-YAA(C12N) / P1651.537-YAA(C12N)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条、特許法第36条、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第114条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7503537号発明「キノコ菌糸体を用いた食品素材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7503537号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1、2〕について訂正することを認める。
特許第7503537号の請求項1及び2に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
1 手続の経緯
特許第7503537号の請求項1及び2に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願は、令和2年2月27日(優先権主張 平成31年3月6日、令和1年9月10日)を国際出願日とする出願であって、令和6年6月12日にその特許権の設定登録がされ、令和6年6月20日に特許掲載公報が発行された。
その後、令和6年12月19日に、本件特許の請求項1及び2に係る特許に対して、特許異議申立人である染谷信(以下「申立人」という。)により、特許異議の申立てがなされた。それ以降の手続の経緯は概ね次のとおりである。
令和7年 3月18日付け 取消理由通知書
同年 5月23日 訂正請求書及び意見書の提出(特許権者)
同年 6月10日付け 手続補正指令書(方式)
同年 6月18日 訂正請求書を対象とする手続補正書(方式)の提出
同年10月17日 意見書の提出(申立人)
第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和7年6月18日に提出された、訂正請求書を対象とする手続補正書(方式)により補正された令和7年5月23日提出の訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は、訂正前の特許請求の範囲の請求項1の記載、及び訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載からみて、次の訂正事項1~3のとおりであると認める。なお、下線は訂正箇所を示す。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「γ―アミノ酪酸(GABA)を0.01~10重量%含む培地で培養」と記載されているのを「γ―アミノ酪酸(GABA)を0.5~2.0重量%含む培地で培養」に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に「ヒラタケ科担子菌菌糸体を」と記載されているのを、「エリンギ(Pleurotus eryngii)菌糸体もしくはウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)菌糸体を」に訂正する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1に「ヒラタケ科担子菌菌糸体の製造方法」と記載されているのを、「エリンギ菌糸体もしくはウスヒラタケ菌糸体の製造方法」に訂正する。
2 一群の請求項について
訂正前の請求項2は、訂正前の請求項1を直接的に引用する関係にあり、訂正前の請求項1を対象とする訂正事項1~3によって、訂正される訂正前の請求項1に連動して、訂正前の請求項2も訂正されるから、訂正前の請求項1及び2は、特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
3 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1の訂正は、訂正前の請求項1の「γ―アミノ酪酸(GABA)を0.01~10重量%含む培地で培養」との記載を、本件特許の明細書(以下「本件明細書」という。)の【0020】の記載に基づき、訂正後の「γ―アミノ酪酸(GABA)を0.5~2.0重量%含む培地で培養」との記載にすることにより、培地に含まれるγ―アミノ酪酸(GABA)の濃度範囲を、訂正前の請求項1に記載された「0.01~10重量%」から「0.5~2.0重量%」とする訂正であるから、訂正事項1は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものとはいえない。
(2)訂正事項2及び3について
訂正事項2及び3の訂正は、訂正前の請求項1の「ヒラタケ科担子菌菌糸体を」及び「ヒラタケ科担子菌菌糸体の製造方法」との記載を、本件明細書の【0033】~【0035】(実施例1)、【0039】(比較例1)及び【0044】の記載に基づき、それぞれ、訂正後の「エリンギ(Pleurotus eryngii)菌糸体もしくはウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)菌糸体を」及び「エリンギ菌糸体もしくはウスヒラタケ菌糸体の製造方法」との記載にすることにより、訂正前の請求項1に記載された「ヒラタケ科担子菌菌糸体」を、「エリンギ(Pleurotus eryngii)菌糸体もしくはウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)菌糸体」及び「エリンギ菌糸体もしくはウスヒラタケ菌糸体」と特定する訂正であるから、訂正事項2及び3は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものとはいえない。
4 独立特許要件
本件特許異議の申立ては、訂正前の全ての請求項1及び2に対してされているので、訂正を認める要件として、特許法120条の5第9項において読み替えて準用する同法126条7項に規定する独立特許要件は課されない。
5 小括
上記のとおり、訂正事項1~3に係る訂正は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とするものである。
そして、いずれの訂正事項も同法同条9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。
したがって、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1、2〕について訂正することを認める。
なお、申立人から本件訂正に関する主張はなされていないことを付記する。
第3 訂正後の本件発明
本件訂正後の請求項1及び2に係る発明(以下、「本件発明1」及び「本件発明2」といい、それらをまとめて「本件発明」ともいう。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1及び請求項2に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
【請求項1】
γ-アミノ酪酸(GABA)を0.5~2.0重量%含む培地で培養し、エリンギ(Pleurotus eryngii)菌糸体もしくはウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)菌糸体を形成する工程を含む、エリンギ菌糸体もしくはウスヒラタケ菌糸体の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の工程を含む食品の製造方法。
第4 取消理由通知書に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
本件訂正前の請求項1及び2に係る特許に対して、当審が令和7年3月18日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
(1)訂正前の請求項1に係る発明について
請求項1に係る発明は、下記甲1、甲4及び甲5のうちのいずれか1つに記載された発明であって、特許法29条1項3号に該当するから、当該請求項1に係る特許は、特許法29条1項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである(以下「取消理由1-1」という。)。
また、そうでなくとも、請求項1に係る発明は、下記甲1、甲4及び甲5のうちのいずれか1つに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、当該請求項1に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである(以下「取消理由1-2」という。)。
(2)訂正前の請求項2に係る発明について
請求項2に係る発明は、下記甲1、甲4及び甲5のうちのいずれか1つに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、当該請求項2に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである(以下「取消理由2-1」という。)。
(3)取消理由で引用した証拠について
甲1:International Journal of Medicinal Mushrooms (2013) vol.15, no.5, p. 487-495
甲2:Mycobiology (2017) vol.45, no.3, p.199-203
甲3:Journal of Biological Chemistry (1st April 1950) vol.183, no.2, p.451-458
甲4:Biotechnology & Biotechnological Equipment (2016) vol.30, no.2, p.270-276
甲5:Biochemical Engineering Journal (2010) vol.50, p.131-138
甲6:J. AGR. FOOD CHEM. (1965) vol.13, no.3, p.277-280
なお、甲1~甲6は英語で記載されている文献であるため、以下では、当審で和訳した上で引用している。
2 当審の判断
上記1の各取消理由についての当審の判断は次のとおりである。
(1)本件発明1について
ア 甲1の記載に基づく新規性、進歩性について
(ア)甲1発明
甲1には、ロバスタチン生産菌P.ostreatus OBCC 1031を、酵母エキスを10g/L含む液体培地で培養したことが記載されている(488頁左欄最終段落、488頁右欄最終段落~489頁左欄1段落)から、甲1には、「ロバスタチン生産菌P.ostreatus OBCC 1031を、酵母エキスを10g/L含む液体培地で培養する方法」に係る発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認める。
(イ)対比
甲1発明の「ロバスタチン生産菌P.ostreatus OBCC 1031」は「ヒラタケ」であるから、本件発明1の「エリンギ」及び「ウスヒラタケ」と同様に、「担子菌」に相当するものである。そして、担子菌を培養すれば自ずと菌糸体も増加することを考慮すれば、本件発明1と甲1発明の一致点、相違点は次のとおりであると認める。
(一致点) 担子菌菌糸体を形成する工程を含む、担子菌菌糸体の製造方法。
(相違点1-1) 培地が、本件発明1は「γ-アミノ酪酸(GABA)を0.5~2.0重量%含む」ものであるのに対し、甲1発明は「酵母エキスを10g/L含む」ものである点。
(相違点1-2) 担子菌が、本件発明1は「エリンギ(Pleurotus eryngii)」又は「ウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)」と特定されているのに対し、甲1発明は「ロバスタチン生産菌P.ostreatus OBCC 1031」と特定されている点。
(ウ)判断
まず、相違点1-1について検討する。
甲2には、GABAがSaccharomyces cerevisiaeによって生産されることが記載されており(199頁右欄4段落)、また、甲3には、酵母エキス(Difco)中には重量比で1~2%のGABAが含まれていると推定されたことが記載されている(457頁2段落)から、甲1発明の液体培地に含まれる酵母エキス10g/Lには、GABAが0.01~0.02%(w/v)含まれていることになる。
ここで、GABAの含有量が、本件発明1は「0.5~2.0重量%」すなわち「0.5~2.0%(w/w)」と特定されているのに対し、甲1発明は「0.01~0.02%(w/v)」であり、濃度の算出方法が異なるため、直ちに比較はできない。しかし、甲1発明において担子菌の培養に用いる液体培地の主成分は水であるといえるから、甲1発明の液体培地の比重が1よりも大幅に大きいものとなることはない。そうすると、甲1発明におけるGABAの含有量は「0.01~0.02重量%」程度であると認める。
したがって、本件発明1と甲1発明は相違点1-1で相違することになるから、相違点1-2を検討するまでもなく、本件発明1は甲1に記載された発明ではない。
そして、甲1の記載をみても、甲1発明において、GABAの濃度が「0.5~2.0重量%」となるよう、GABAの由来となっている酵母エキスの添加量をさらに増やす動機付けや、外部からGABAを添加する動機付けは見いだせない。
したがって、本件発明1と甲1発明の相違点1-1は、甲1発明及び甲1の記載から当業者が容易に想到しうるものともいえない。
(エ)小括
以上からみて、相違点1-2を検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明とはいえず、また、甲1発明及び甲1の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
イ 甲4の記載に基づく新規性、進歩性について
(ア)甲4発明
甲4には、Pleurotus ostreatus (ACCC 52857)を、酵母エキスを2%含む液体培地で培養したことが記載されており(271頁左欄4~6段落、271頁左欄最終段落~右欄2段落)、また、甲4では濃度の記載に「g/L」が用いられていることから、甲4には、「Pleurotus ostreatus (ACCC 52857)を、酵母エキスを2%(w/v)含む液体培地で培養する方法」に係る発明(以下「甲4発明」という。)が記載されていると認める。
(イ)対比
甲4発明の「Pleurotus ostreatus (ACCC 52857)」は「ヒラタケ」であるから、本件発明1の「エリンギ」及び「ウスヒラタケ」と同様に、「担子菌」に相当するものである。そして、担子菌を培養すれば自ずと菌糸体も増加することを考慮すれば、本件発明1と甲4発明の一致点、相違点は次のとおりであると認める。
(一致点) 担子菌菌糸体を形成する工程を含む、担子菌菌糸体の製造方法。
(相違点4-1) 培地が、本件発明1は「γ-アミノ酪酸(GABA)を0.5~2.0重量%含む」ものであるのに対し、甲4発明は「酵母エキスを2%(w/v)含む」ものである点。
(相違点4-2) 担子菌が、本件発明1は「エリンギ(Pleurotus eryngii)」又は「ウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)」と特定されているのに対し、甲4発明は「Pleurotus ostreatus (ACCC 52857)」と特定されている点。
(ウ)判断
まず、相違点4-1について検討する。
上記ア(ウ)で検討したとおり、酵母エキス中には重量比で1~2%のGABAが含まれていると推定されるから、甲4発明の液体培地に含まれる酵母エキス2%(w/v)には、GABAが0.02~0.04%(w/v)含まれていることになる。
ここで、GABAの含有量が、本件発明1は「0.5~2.0重量%」すなわち「0.5~2.0%(w/w)」と特定されているのに対し、甲4発明は「0.02~0.04%(w/v)」であり、濃度の算出方法が異なるため、直ちに比較はできない。しかし、上記ア(ウ)で検討したとおり、担子菌の培養に用いる液体培地の主成分は水であることから、甲4発明の液体培地の比重が1よりも大幅に大きいものとなることはない。そうすると、甲4発明におけるGABAの含有量は「0.02~0.04重量%」程度であると認める。
したがって、本件発明1と甲4発明は相違点4-1で相違することになるから、相違点4-2を検討するまでもなく、本件発明1は甲4に記載された発明ではない。
そして、甲4の記載をみても、甲4発明において、GABAの濃度が「0.5~2.0重量%」となるよう、GABAの由来となっている酵母エキスの添加量をさらに増やす動機付けや、外部からGABAを添加する動機付けは見いだせない。
したがって、本件発明1と甲4発明の相違点4-1は、甲4発明及び甲4の記載から当業者が容易に想到しうるものともいえない。
(エ)小括
以上からみて、相違点4-2を検討するまでもなく、本件発明1は、甲4に記載された発明とはいえず、また、甲4発明及び甲4の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
ウ 甲5の記載に基づく新規性、進歩性について
(ア)甲5発明1~3
甲5には、食用担子菌Pleurotus ostreatus ATHUM 4438を、
a コーンスティープリカー(以下「CSL」という。)を37gL-1含む液体培地、
b CSLを30gL-1含む液体培地、及び
c 酵母エキスを10gL-1含む液体培地
で培養したことが記載されている(131頁の要旨、132頁左欄最終段落~右欄1段落)から、上記a~cそれぞれの記載から、甲5には次の3つの発明が記載されていると認める。
a 「食用担子菌Pleurotus ostreatus ATHUM 4438を、CSLを37gL-1含む液体培地で培養する方法」に係る発明(以下「甲5発明1」という。)、
b 「食用担子菌Pleurotus ostreatus ATHUM 4438を、CSLを30gL-1含む液体培地で培養する方法」に係る発明(以下「甲5発明2」という。)、及び
c 「食用担子菌Pleurotus ostreatus ATHUM 4438を、酵母エキスを10gL-1含む液体培地で培養する方法」に係る発明(以下「甲5発明3」という。)。
(イ)甲5発明1に基づく新規性、進歩性について
a 対比
甲5発明1の「食用担子菌Pleurotus ostreatus ATHUM 4438」は「ヒラタケ」であるから、本件発明1の「エリンギ」及び「ウスヒラタケ」と同様に、「担子菌」に相当するものである。そして、担子菌を培養すれば自ずと菌糸体も増加することを考慮すれば、本件発明1と甲5発明1の一致点、相違点は次のとおりであると認める。
(一致点) 担子菌菌糸体を形成する工程を含む、担子菌菌糸体の製造方法。
(相違点5-1-1) 培地が、本件発明1は「γ-アミノ酪酸(GABA)を0.5~2.0重量%含む」ものであるのに対し、甲5発明1は「CSLを37gL-1含む」ものである点。
(相違点5-1-2) 担子菌が、本件発明1は「エリンギ(Pleurotus eryngii)」又は「ウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)」と特定されているのに対し、甲5発明1は「食用担子菌Pleurotus ostreatus ATHUM 4438」と特定されている点。
b 判断
まず、相違点5-1-1について検討する。
甲6は「コーンスティープリカー中の非タンパク質性窒素化合物の特定と決定」と題された文献であるところ、その279頁の表IVに、CSL100グラム固形物あたり最大で174mg程度の窒素がGABAに由来すると記載されている。そして、GABAの分子量が103.12、窒素の原子量が14であることから、上記窒素量に基づけば、CSL中には最大で1.28重量%程度のGABAが含まれていることになる。そうすると、甲5発明1の液体培地に含まれるCSL37gL-1には、GABAが最大で0.047%(w/v)程度含まれていることになる。
ここで、GABAの含有量が、本件発明1は「0.5~2.0重量%」すなわち「0.5~2.0%(w/w)」と特定されているのに対し、甲5発明1は「0.047%(w/v)」であり、濃度の算出方法が異なるため、直ちに比較はできない。しかし、上記ア(ウ)で検討したとおり、担子菌の培養に用いる液体培地の主成分は水であることから、甲5発明1の液体培地の比重が1よりも大幅に大きいものとなることはない。そうすると、甲5発明1におけるGABAの含有量は「0.047重量%」程度であると認める。
したがって、本件発明1と甲5発明1は相違点5-1-1で相違することになるから、相違点5-1-2を検討するまでもなく、本件発明1は甲5に記載された発明ではない。
そして、甲5の記載をみても、甲5発明1において、GABAの濃度が「0.5~2.0重量%」となるよう、GABAの由来となっているCSLの添加量をさらに増やす動機付けや、外部からGABAを添加する動機付けは見いだせない。
したがって、本件発明1と甲5発明1の相違点5-1-1は、甲5発明1及び甲5の記載から当業者が容易に想到しうるものともいえない。
(ウ)甲5発明2に基づく新規性、進歩性について
a 対比
上記(イ)aと同様の対比を行うことにより、本件発明1と甲5発明2の一致点、相違点は次のとおりであると認める。
(一致点) 担子菌菌糸体を形成する工程を含む、担子菌菌糸体の製造方法。
(相違点5-2-1) 培地が、本件発明1は「γ-アミノ酪酸(GABA)を0.5~2.0重量%含む」ものであるのに対し、甲5発明1は「CSLを30gL-1含む」ものである点。
(相違点5-2-2) 担子菌が、本件発明1は「エリンギ(Pleurotus eryngii)」又は「ウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)」と特定されているのに対し、甲5発明2は「食用担子菌Pleurotus ostreatus ATHUM 4438」と特定されている点。
b 判断
まず、相違点5-2-1について検討する。
上記(イ)bで検討したとおり、CSL中には最大で1.28重量%程度のGABAが含まれていることになるから、甲5発明2の液体培地に含まれるCSL30gL-1には、GABAが最大で0.038%(w/v)程度含まれていることになる。
ここで、GABAの含有量が、本件発明1は「0.5~2.0重量%」すなわち「0.5~2.0%(w/w)」と特定されているのに対し、甲5発明2は「0.038%(w/v)」であり、濃度の算出方法が異なるため、直ちに比較はできない。しかし、上記ア(ウ)で検討したとおり、担子菌の培養に用いる液体培地の主成分は水であることから、甲5発明2の液体培地の比重が1よりも大幅に大きいものとなることはない。そうすると、甲5発明2におけるGABAの含有量は「0.038重量%」程度であると認める。
したがって、本件発明1と甲5発明2は相違点5-2-1で相違することになるから、相違点5-2-2を検討するまでもなく、本件発明1は甲5に記載された発明ではない。
そして、甲5の記載をみても、甲5発明2において、GABAの濃度が「0.5~2.0重量%」となるよう、GABAの由来となっているCSLの添加量をさらに増やす動機付けや、外部からGABAを添加する動機付けは見いだせない。
したがって、本件発明1と甲5発明2の相違点5-2-1は、甲5発明2及び甲5の記載から当業者が容易に想到しうるものともいえない。
(エ)甲5発明3に基づく新規性、進歩性について
a 対比
上記(イ)aと同様の対比を行うことにより、本件発明1と甲5発明3の一致点、相違点は次のとおりであると認める。
(一致点) 担子菌菌糸体を形成する工程を含む、担子菌菌糸体の製造方法。
(相違点5-3-1) 培地が、本件発明1は「γ-アミノ酪酸(GABA)を0.5~2.0重量%含む」ものであるのに対し、甲5発明3は「酵母エキスを10gL-1含む」ものである点。
(相違点5-3-2) 担子菌が、本件発明1は「エリンギ(Pleurotus eryngii)」又は「ウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)」と特定されているのに対し、甲5発明3は「食用担子菌Pleurotus ostreatus ATHUM 4438」と特定されている点。
b 判断
まず、相違点5-3-1について検討する。
相違点5-3-1は、上記ア(イ)で認定した相違点1-1と同じであるから、上記ア(ウ)で検討したとおり、甲5発明3におけるGABAの含有量は「0.01~0.02重量%」程度であると認める。
したがって、本件発明1と甲5発明3は相違点5-3-1で相違することになるから、相違点5-3-2を検討するまでもなく、本件発明1は甲5に記載された発明ではない。
そして、甲5の記載をみても、甲5発明3において、GABAの濃度が「0.5~2.0重量%」となるよう、GABAの由来となっている酵母エキスの添加量をさらに増やす動機付けや、外部からGABAを添加する動機付けは見いだせない。
したがって、本件発明1と甲5発明3の相違点5-3-1は、甲5発明3及び甲5の記載から当業者が容易に想到しうるものともいえない。
(オ)小括
上記(イ)~(エ)で検討したとおりであるから、相違点5-1-2、5-2-2及び5-3-2を検討するまでもなく、本件発明1は、甲5に記載された発明とはいえず、また、甲5発明1~3及び甲5の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
エ 本件発明1についてのまとめ
以上からみて、本件発明1は、甲1、甲4及び甲5のいずれかに記載された発明であるとはいえず、また、甲1、甲4及び甲5のいずれかに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえないから、取消理由1-1及び1-2によって取り消すことはできない。
(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、本件発明1の発明特定事項をさらに限定するものであるから、上記(1)で検討したことと同様の理由により、本件発明2は、甲1、甲4及び甲5のいずれかに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって、本件発明2は、取消理由2-1によって取り消すことはできない。
(3)まとめ
以上のとおり、本件発明1についての取消理由1-1及び1-2は理由がない。
また、本件発明2についての取消理由2-1は理由がない。
第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由
訂正前の請求項1及び2に係る特許に対して、申立人が特許異議申立書において申立てたが、当審が取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由の要旨は、次の(1)~(3)のとおりと認める(以下、(1)~(3)の順に「申立理由1」~「申立理由3」という。)。
(1)申立理由1(新規性及び進歩性)
訂正前の請求項1に係る発明は、下記甲7及び甲8のうちのいずれか1つに記載された発明であって、特許法29条1項3号に該当するから、当該請求項1に係る特許は、特許法29条1項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
また、そうでなくとも、訂正前の請求項1に係る発明は、下記甲7及び甲8のうちのいずれか1つに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、当該請求項1に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
(2)申立理由2(進歩性)
訂正前の請求項1に係る発明は、下記甲9に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、当該請求項1に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
(3)申立理由3(実施可能要件及びサポート要件)
訂正前の請求項1及び2に係る発明は、培地に対しGABAが外部から添加されない態様及び0.01重量%という下限値について、本件明細書の実施例により十分に裏付けられておらず、当業者が、本件発明の解決しようとする課題である「キノコ菌糸体の生産性を改善する」ことができると認識できない範囲を含むものであり、また、本件明細書は、培地に対しGABAが外部から添加されない態様及び0.01重量%という下限値について、当業者が理解できる程度に明確かつ十分に記載されたものではないから、本件特許は、訂正前の請求項1及び2の記載に不備があるため特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、また、訂正前の請求項1及び2について本件明細書の発明の詳細な説明の記載に不備があるため特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消されるべきものである。
(4)証拠
甲7:Frontiers in Microbiology (2017) vol.8, Article 1101, p.1-8
甲8:特開2007-124963号公報
甲9:国際公開第2016/167519号
なお、甲7は英語で、また、甲9は韓国語で記載されている文献であるため、以下では、当審で和訳した上で引用している。
2 当審の判断
上記1の各申立理由についての当審の判断は次のとおりである。
(1)申立理由1(新規性及び進歩性)について
ア 甲7の記載に基づく新規性、進歩性について
(ア)甲7発明
甲7には、ラッカーゼ産生菌Pleurotus eryngii var.ferulae (Lanzi) Sacc. JM301を、グルコース20g/L、コーンパウダー20g/L、小麦ふすま20g/L、K2SO4 0.1742g/L、pH9.0の組成の培地で、4種類の酵母株Rhodotorula mucilaginosa、Phaffia rhodozyma、Sporidiobolus pararoseus及びRhodotorula glutinisと共培養したことが記載されている(2頁左欄最終段落~右欄2段落)から、甲7には、「ラッカーゼ産生菌Pleurotus eryngii var.ferulae (Lanzi) Sacc. JM301を、グルコース20g/L、コーンパウダー20g/L、小麦ふすま20g/L、K2SO4 0.1742g/L、pH9.0の組成の培地で、4種類の酵母株Rhodotorula mucilaginosa、Phaffia rhodozyma、Sporidiobolus pararoseus及びRhodotorula glutinisと共培養する方法」に係る発明(以下「甲7発明」という。)が記載されていると認める。
(イ)対比
甲7発明の「ラッカーゼ産生菌Pleurotus eryngii var.ferulae (Lanzi) Sacc. JM301」は「エリンギ」であり、エリンギを培養すれば自ずとその菌糸体も増加することを考慮すれば、本件発明1と甲7発明の一致点、相違点は次のとおりであると認める。
(一致点) エリンギ(Pleurotus eryngii)菌糸体もしくはウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)菌糸体を形成する工程を含む、エリンギ菌糸体もしくはウスヒラタケ菌糸体の製造方法。
(相違点7-1) 培地が、本件発明1は「γ-アミノ酪酸(GABA)を0.5~2.0重量%含む」ことが特定されているのに対し、甲7発明はそのような特定がない点。
(ウ)判断
甲2には、GABAがRhodotorula mucilaginosaによって生産されることが記載されている(199頁右欄4段落)ものの、甲7発明のRhodotorula mucilaginosaのGABAの生産量は明らかではなく、また、当該Rhodotorula mucilaginosaが細胞外に分泌するGABAの量も明らかではないから、甲7発明の培地に含まれるGABAの濃度を算出することはできない。
したがって、本件発明1と甲7発明の相違点7-1は実質的な相違点であるといえ、本件発明1は甲7に記載された発明ではない。
そして、甲7の記載をみても、甲7発明において、GABAの濃度が「0.5~2.0重量%」となるよう、外部からGABAを添加する動機付けは見いだせない。
したがって、本件発明1と甲7発明の相違点7-1は、甲7発明及び甲7の記載から当業者が容易に想到しうるものともいえない。
(エ)申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において、要するに、甲7発明で共培養される各種酵母から生産されるGABAの量は時間の経過とともに増大するから、甲7発明の培地におけるGABAの濃度が、本件発明1の「0.5~2.0重量%」の範囲に含まれる蓋然性が高いと主張する。
しかし、上記(ウ)で検討したとおり、Rhodotorula mucilaginosaのGABAの生産量は明らかではなく、また、当該Rhodotorula mucilaginosaが細胞外に分泌するGABAの量も明らかではないから、仮に甲7発明においてRhodotorula mucilaginosaが増殖したとしても、甲7発明の培地に含まれるGABAの濃度を算出することはできない。また、甲7発明における他の3種類の酵母(Phaffia rhodozyma、Sporidiobolus pararoseus及びRhodotorula glutinis)についてはGABAを生産する証拠がなく、仮にこれら3種類の酵母がGABAを生産するとしても、その生産量や細胞外に分泌する量は明らかではないから、甲7発明の培地に含まれるGABAの濃度を算出することはできない。
したがって、甲7発明の培地におけるGABAの濃度を算出することはできないから、申立人の上記主張を採用することはできない。
(オ)小括
以上からみて、本件発明1は、甲7に記載された発明とはいえず、また、甲7発明及び甲7の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
イ 甲8の記載に基づく新規性、進歩性について
(ア)甲8発明
甲8には、自家発酵させたシイタケペーストから得たエキスにγ-アミノ酪酸が50mg/100ml含まれていること、及び当該エキスを水にて適宜希釈し培地栄養体としたことが記載され(【0057】)、また、Henneberg培地(グルコース50g、硝酸カリウム2g、リン酸アンモニウム2g、リン酸二水素カリウム1g、硫酸マグネシウム7水和物0.5g、塩化カルシウム0.1g、蒸留水1L)を基本培地として、当該エキスを10重量%になるように添加し、寒天を1.5重量%となるように加えた培地でシイタケを培養したことが記載され(【0059】)、さらに、栽培されるキノコとしてエリンギ等が挙げられることが記載されている(【0047】)。
そうすると、甲8には、「エリンギを、自家発酵させたシイタケペーストから得たエキスを10重量%含む培地で培養する方法」に係る発明(以下「甲8発明」という。)が記載されていると認める。
(イ)対比
甲8発明のエリンギを培養すれば自ずとその菌糸体も増加することを考慮すれば、本件発明1と甲8発明の一致点、相違点は次のとおりであると認める。
(一致点) エリンギ(Pleurotus eryngii)菌糸体もしくはウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)菌糸体を形成する工程を含む、エリンギ菌糸体もしくはウスヒラタケ菌糸体の製造方法。
(相違点8-1) 培地が、本件発明1は「γ-アミノ酪酸(GABA)を0.5~2.0重量%含む」ものであるのに対し、甲8発明は「自家発酵させたシイタケペーストから得たエキスを10重量%含む」ものである点。
(ウ)判断
上記(ア)で示したとおり、甲8に記載の「自家発酵させたシイタケペーストから得たエキス」にはGABAが50mg/100mlすなわち0.05%(w/v)含まれており、甲8発明の培地は当該エキスを10重量%含むものであるから、甲8発明の培地には、GABAが0.005%(w/v)程度含まれていることになる。
ここで、GABAの含有量が、本件発明1は「0.5~2.0重量%」すなわち「0.5~2.0%(w/w)」と特定されているのに対し、甲8発明は「0.005%(w/v)」であり、濃度の算出方法が異なるため、直ちに比較はできない。しかし、上記(ア)で示したとおり、甲8発明の培地は蒸留水1Lを含んでいることから、培地の主成分は水であるといえ、甲8発明の培地の比重が1よりも大幅に大きいものとなることはない。そうすると、甲8発明におけるGABAの含有量は「0.005重量%」程度であると認める。
したがって、本件発明1と甲8発明は相違点8-1で相違することになるから、本件発明1は甲8に記載された発明ではない。
そして、甲8の記載をみても、甲8発明において、GABAの濃度が「0.5~2.0重量%」となるよう、GABAの由来となっている「自家発酵させたシイタケペーストから得たエキス」の添加量をさらに増やす動機付けや、外部からGABAを添加する動機付けは見いだせない。
したがって、本件発明1と甲8発明の相違点8-1は、甲8発明及び甲8の記載から当業者が容易に想到しうるものともいえない。
(エ)小括
以上からみて、本件発明1は、甲8に記載された発明とはいえず、また、甲8発明及び甲8の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
ウ まとめ
以上ア及びイからみて、申立理由1を採用することはできない。
(2)申立理由2(進歩性)について
ア 甲9発明
甲9には、オメガ-アミノ酸をオメガ-アミノアシル-CoAに変換する酵素をコードする遺伝子が導入された組換え微生物を用いたラクタムの製造方法が記載され([1])、また、蒸留水1リットルあたりに5gのGABAを含む変形MR-1培地(pH7.0)が記載されている([152])から、甲9には、「オメガ-アミノ酸をオメガ-アミノアシル-CoAに変換する酵素をコードする遺伝子が導入された組換え微生物を、蒸留水1リットルあたりに5gのGABAを含む変形MR-1培地(pH7.0)で培養する、ラクタムの製造方法」に係る発明(以下「甲9発明」という。)が記載されていると認める。
イ 対比
本件発明1と甲9発明の一致点、相違点は次のとおりであると認める。
(一致点) γ-アミノ酪酸(GABA)を含む培地を用いる方法。
(相違点9-1) 培地が、本件発明1は「γ-アミノ酪酸(GABA)を0.5~2.0重量%含む」ものであるのに対し、甲9発明は「蒸留水1リットルあたりに5gのGABAを含む」ものである点。
(相違点9-2) 培地を、本件発明1は「エリンギ(Pleurotus eryngii)菌糸体もしくはウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)菌糸体を形成する工程を含む、エリンギ菌糸体もしくはウスヒラタケ菌糸体の製造方法」に用いることが特定されているのに対し、甲9発明は「オメガ-アミノ酸をオメガ-アミノアシル-CoAに変換する酵素をコードする遺伝子が導入された組換え微生物」を培養して「ラクタムの製造方法」に用いることが特定されている点。
ウ 判断
まず、相違点9-2について検討する。
甲9の記載をみても、甲9発明の培地を、「エリンギやウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)菌糸体を形成する工程を含む、エリンギ菌糸体もしくはウスヒラタケ菌糸体の製造方法」に用いる動機付けは見いだせない。
したがって、本件発明1と甲9発明の相違点9-2は、甲9発明及び甲9の記載から当業者が容易に想到しうるものとはいえない。
エ 申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において、要するに、甲9にはエリンギやウスヒラタケの栽培に関する記載はないものの、甲9発明において培養する微生物を変更することは容易に想到しうると主張する。
しかし、上記ウで検討したとおり、甲9発明の微生物を、「エリンギ(Pleurotus eryngii)」や「ウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)」に変更する動機付けを見いだすことはできない。
さらにいえば、エリンギやウスヒラタケが、オメガ-アミノ酸をオメガ-アミノアシル-CoAに変換する酵素を有することや、エリンギやウスヒラタケを用いてラクタムを製造できることが本件優先日当時の技術常識であるともいえないから、甲9発明の微生物にかえて、エリンギやウスヒラタケを採用する動機付けはなく、ましてや、甲9発明において、ラクタムではなく、エリンギやウスヒラタケ菌糸体を製造する動機付けは何ら見いだせないから、申立人の上記主張を採用することはできない。
オ 小括
以上からみて、相違点9-1を検討するまでもなく、本件発明1は、甲9発明及び甲9の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)申立理由3(実施可能要件及びサポート要件)について
ア 申立人の主張の概要
特許異議申立書及び令和7年10月17日に申立人により提出された意見書の記載からみて、申立理由3は、本件発明1及び2に対して、要するに、次の3点を主張していると認める(以下、(ア)~(ウ)の順に「主張ア」~「主張ウ」という。)。
(ア) 本件発明は、培地に対しGABAが外部から添加されない態様(内在的に存在するGABAしか存在しない態様)について、本件明細書の実施例により十分に裏付けられていない。
(イ) 本件明細書にはGABAが1重量%の培地を用いた実施例しか記載されていないから、本件発明におけるGABAが0.5~2.0重量%の全範囲において本件課題を解決できるとは認識できない。
(ウ) 本件明細書にはエリンギ菌糸体を用いた実施例しか記載されていないから、本件発明におけるウスヒラタケ菌糸体において本件課題を解決できるとは認識できない。
イ 判断
(ア)主張イについて
まず、上記主張イについて検討する。
本件明細書の【0008】及び【0009】の記載からみて、本件発明の解決しようとする課題は「キノコ菌糸体の生産性を改善すること」であると認める(以下「本件課題」という。)。
ここで、本件明細書の【0034】及び【0035】に実施例1が、また、本件明細書の【0039】に比較例1が記載されているところ、本件明細書の【0040】に、実施例1では乾燥菌体として28g/Lの菌糸体を得ることができた一方、比較例1では11g/Lであったことが記載されていることから、当業者は、比較例1に比して、実施例1では、キノコ菌糸体の生産性が改善されたことを理解する。そして、当該【0039】に、比較例1について、「実施例1の主培養時にGABAを加えない以外は、同条件で、エリンギ菌糸体を得た」との記載があることから、実施例1と比較例とは、実施例1がGABAを加えることにより「GABA1重量%」含む培地を用いているところ、比較例1がGABAを加えていない培地を用いているという相違があることを当業者は理解する。そうすると、本件明細書の実施例1及び比較例1の記載から、当業者は、「GABA1重量%」含む培地を用いることにより、本件課題が解決できることを認識できるといえる。
ここで、上記主張イは、要するに、「0.5~2.0重量%」の全範囲において本件課題を解決できるとまでは当業者が認識できないというものである。
しかし、上記のとおり、本件明細書に記載された実施例1及び比較例1から、GABAの存在がキノコ菌糸体の生産性を改善したことが理解できるところ、本件明細書の【0020】に「本願発明では、培地にγ-アミノ酪酸(GABA)を添加する。…通常は、培地中に固形分含量として、…好ましくは、0.5%~2重量%となるよう培地に添加する。」(下線は当審による。)と記載されており、当該「0.5%~2重量%」は、実施例1で用いた「GABA1重量%」の半量~倍量に過ぎないから、当業者であれば、「GABA0.5%~2.0重量%」の存在でもってキノコ菌糸体の生産性が改善されるであろうと理解するのが自然である。
そして、本件明細書で好ましいとされる「GABA0.5~2.0重量%」含む培地において、本件課題を解決できると当業者が認識することができない具体的な証拠を申立人が示しているわけでもない。
したがって、上記主張イを採用することはできない。
(イ)主張アについて
上記主張アは、換言すれば、本件明細書の記載からは、GABAを外部から添加した培地を用いた場合にのみ、本件課題を解決できると当業者は認識するというものである。
しかし、上記(ア)で検討したとおり、本件明細書の実施例1及び比較例1の記載から、「GABA1重量%」含む培地を用いることにより本件課題が解決できることを当業者は認識できるのである。すなわち、本件明細書の実施例1と比較例1の結果の差異は、培地におけるGABAの含有量の差により生じると当業者は理解するのであって、培地中のGABAの由来(外部から添加したものであるか、培地内の他の成分に内在していたものであるか)の差異により生じたと当業者が理解することはない。また、本件明細書の記載全体をみても、このGABAの由来の差異により、本件課題に係るというべきキノコ菌糸体の生産性に差が生じるとになると当業者が認識する根拠を見いだすことはできない。
したがって、上記主張アを採用することはできない。
(ウ)主張ウについて
本件明細書の【0044】に「実施例1…および比較例1で用いたエリンギ(Pleurotus eryngii)の代わりに、ウスヒラタケ(NBRC30791株)を用いて、GABA等の添加効果を確認した。エリンギ菌糸体と同様に、凍結乾燥により乾燥した各菌糸体の得量は、GABAを添加した場合22g/L、…比較培地の場合、15g/Lであった。」と記載されている。そして、上記記載は、各菌糸体の得量が具体的に示されていることから、実際に実施された結果が記載されていると当業者は理解する。
そうすると、上記記載から、当業者は、エリンギと同様に、ウスヒラタケにおいても本件課題が解決できることを認識できるといえる。
したがって、上記主張ウを採用することはできない。
(エ)小括
以上からみて、上記主張ア~ウすなわち申立理由3を採用することはできない。
(4)まとめ
以上のとおりであるから、申立理由1~3は理由がない。
第6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由、及び特許異議申立書に記載された申立理由によっては、本件発明1及び2に係る特許を取り消すことはできない。
また、ほかに本件発明1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、特許法114条4項の規定により、本件請求項1及び2に係る発明について結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
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2024-701211