特許異議申立
2023-700149
高構造カーボンブラックを有する電極、組成物、及びデバイス
- 審判番号
- 2023-700149
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-189286
- 登録番号
- 7116768
- 請求日
- 2023年02月10日
- 審決日
- 2023年04月12日
- 公報発行日
- 2023年05月26日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】キャボット コーポレイション
- 【権利者代理人】田中 伸一郎
- 【権利者代理人】▲吉▼田 和彦
- 【権利者代理人】須田 洋之
- 【権利者代理人】山崎 一夫
- 【権利者代理人】市川 さつき
- 【権利者代理人】服部 博信
- 【権利者代理人】松田 七重
- 【異議申立人】宮前 尚祐
- 審判長/審判官
- 審判長 篠原 功一
- 審判官 山田 正文
- 審判官 畑中 博幸
- 分類
- P1651.121-Y (H01M) / P1651.536-Y (H01M) / P1651.537-Y (H01M)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号、特許法第29条第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7116768号発明「高構造カーボンブラックを有する電極、組成物、及びデバイス」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7116768号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7116768号の請求項1ないし6に係る特許についての出願は、2017年5月4日(優先権主張2016年5月5日、米国)を国際出願日とする特願2018-557801号の一部を令和2年11月13日に新たな特許出願としたものであって、令和4年8月2日にその特許権が設定登録され、令和4年8月10日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和5年2月10日に特許異議申立人宮前尚祐(以下、「申立人」という。)により、請求項1ないし6に係る特許に対する特許異議の申立てがされた。
第2 本件発明
特許第7116768号の請求項1ないし6の特許に係る発明(以下、「本件発明1」ないし「本件発明6」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
(a)70~120m2/gの範囲のブルナウアー-エメット-テラー(BET)表面積;
(b)180~310mL/100gの範囲のオイル吸収量(OAN);
(c)15mJ/m2以下の表面エネルギー;
(d)12~24nmの一次粒径;並びに
次の(e-2)、及び(e-3)の少なくとも1つの特性:
(e-2)19~27ÅのLc結晶子サイズ、
(e-3)ラマン分光法によって決定される37~45%の%結晶化度(IG/IG+D)、
を有するカーボンブラック粒子。
【請求項2】
10mJ/m2以下の表面エネルギーを有する、請求項1に記載のカーボンブラック粒子。
【請求項3】
1wt%以下の酸素含量を有する、請求項1又は2に記載のカーボンブラック粒子。
【請求項4】
1ミクロン未満の分散性(容積D50)を有する、請求項1~3のいずれか1項に記載のカーボンブラック粒子。
【請求項5】
0.95より大きい、統計的厚さ比表面積対ブルナウアー-エメット-テラー表面積の比(STSA/BET)を有する、請求項1~4のいずれか1項に記載のカーボンブラック粒子。
【請求項6】
エネルギー貯蔵デバイス用電極中の導電性添加剤として使用するための、請求項1~5のいずれか1項に記載のカーボンブラック粒子。」
第3 申立理由の概要
申立人の特許異議申立理由の概要は、次のとおりである。
1 申立理由1 特許法第29条第2項(進歩性)について
本件請求項1ないし6に係る発明は、甲第1号証ないし甲第5号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものである。
よって、請求項1ないし6に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
2 申立理由2 特許法第29条第2項(進歩性)について
本件請求項1ないし6に係る発明は、本件明細書及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものである。
よって、請求項1ないし6に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
3 申立理由3 特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)について
本件明細書の発明の詳細な説明は、本件請求項1ないし6に係る発明を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。
よって、請求項1ないし6に係る発明の特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。
4 申立理由4 特許法第36条第6項第1号(サポート要件)について
請求項1ないし6に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。
よって、請求項1ないし6に係る発明の特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。
[証拠]
甲第1号証:The Power of Synergies TIMREX Graphite ENSACO SUPER P Li Carbon Black Carbon powders for Lithium battery systems、TIMCAL Ltd.、スイス、2005年、p.2-15
甲第2号証:国際公開第2014/205210号(日本語ファミリー:特表2016-526257号公報(甲第2-1号証))
甲第3号証:特開2014-229554号公報
甲第4号証:特開2014-194901号公報
甲第5号証:国際公開第2014/205211号(日本語ファミリー:特表2016-527668号公報(甲第5-1号証)
甲第6号証:特願2016-513146号の提出日平成30年4月2日の意見書
第4 申立理由についての判断
1 申立理由1について
(1)甲第1号証の記載事項、甲第1号証に記載された発明
ア 記載事項
甲第1号証には、図面と共に以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付与した。(当審訳は、申立人による訳文を参考にした。)
(ア)「TIMCAL Graphite & Carbon offers a large variety of carbon conductive additives that can be used in both the positive electrode and in the negative electrode of secondary lithium batteries. The chemical and physical properties, and the high purity of synthetic graphite and conductive carbon black make those carbon materials very suitable for secondary lithium batteries.」(第5頁左欄)
(当審訳:テイムカル・グラファイト&カーボンは、二次リチウム電池の正極及び負極に使用できる多種多様のカーボン導電性添加剤を提供する。合成グラファイト及び導電性カーボンブラックの化学的及び物理的特性並びに高純度により、これらのカーボン材料は、二次リチウム電池に非常に適したものとなっている。)
(イ)
[図:0001397248000001.jpg]
(第5頁左欄)
イ 上記摘記事項の記載より、甲第1号証には次の技術的事項が記載されているといえる。
(ア)上記「ア(ア)」によれば、甲第1号証には二次リチウム電池の正極及び負極に使用できる導電性カーボンブラックが記載されている。
(イ)上記「ア(イ)」によれば、カーボンブラックであるSuper P(商標) Liは、粒子サイズ40nm、BET62m2/gであることが読み取れる。
ウ 上記イによれば、上記「ア(ア)ないし(イ)」の記載事項を総合勘案すると、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「粒子サイズ40nm、BET62m2/gである、
二次リチウム電池の正極及び負極に使用できる導電性カーボンブラック。」
(2)甲第2号証の記載事項等
ア 記載事項
甲第2号証には、図面と共に以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付与した。(当審訳は、日本語ファミリーである甲第2-1号証を参考にした。)
(ア)「[0026] In one embodiment, a higher % crystallinity (obtained from Raman measurements as a ratio of D and G bands) may also indicate a higher degree of graphitization. In one embodiment, the carbon black has a % crystallinity (ID/IG) of at least 40%, as determined by Raman spectroscopy.」
(当審訳:[0026] 1つの態様では、より高い%の結晶化度(DおよびGバンドの比として、ラマン測定から得られる)もまた、より高い黒鉛化の程度を示すことができる。1つの態様では、カーボンブラックは、ラマン分光法で測定された、少なくとも40%の%結晶化度(ID/IG)を有している。)
(イ)「[0028] In one embodiment, selected BET surface areas can provide increased charge acceptance and cycleability. BET surface area can be determined according to ASTM- D6556. In one embodiment, the carbon black has a BET surface area ranging from 25 to 800 m2/g, e.g., a BET surface area ranging from 25 to 700 m2/g, from 25 to 500 m2/g, from 25 to 200 m2/g, or from 25 to 100 m2/g. In another embodiment, the BET surface area ranges from 130 to 700 m2/g, e.g., from 130 to 500 m2/g, from 130 to 400 m2/g, from 130 to 300 m2/g, from 200 to 500 m2/g, from 200 to 400 m2/g, or from 200 to 300 m2/g.」
(当審訳:[0028] 1つの態様では、選択されたBET表面積は、向上した電荷受容性およびサイクル安定性を与えることができる。BET表面積は、ASTM-D6556に従って測定することができる。1つの態様では、カーボンブラックは、25~800m2/gの範囲のBET表面積、例えば25~700m2/g、25~500m2/g、25~200m2/g、または25~100m2/gの範囲のBET表面積を有している。他の態様では、130~700m2/g、例えば130~500m2/g、130~400m2/g、130~300m2/g、200~500m2/g、200~400m2/g、または200~300m2/gの範囲のBET表面積を有している。)
(ウ)「[0065] The graphitized carbon blacks were then compared to commercially available carbon blacks currently used as standard conductive additives in lithium ion battery industry, namely Super P conductive carbon black (TIMCAL Graphite and Carbon), Denka acetylene black (DENKA), and high surface area Ketjenblack EC300 conductive carbon black (AkzoNobel). A comparison of cyclic voltammograms of each black is shown in FIG. 3, under the same conditions as in FIG. 2.」
(当審訳:黒鉛化されたカーボンブラックは、次いでリチウムイオン電池工業において標準的な導電性添加剤として現在用いられている商業的に入手可能なカーボンブラック、すなわち、Super P(商標)導電性カーボンブラック(TIMCAL Graphite and Carbon)、Denka acetylene black(DENKA)、および高表面積Ketjenblack(商標)EC300導電性カーボンブラック(AkzoNobel)と比較した。それぞれのブラックの、図2におけるのと同じ条件の下での周期的ボルタンモグラムの比較が、図3に示されている。)
(エ)
[図:0001397248000002.jpg]
イ 上記摘記事項の記載より、甲第2号証には次の技術的事項が記載されているといえる。
(ア)上記「ア(イ)」によれば、カーボンブラックのBET表面積を25~100m2/gの範囲とし、向上した電荷受容性およびサイクル安定性を与える。
(イ)上記「ア(ウ)」によれば、Super P(商標)という名称の導電性カーボンブラックはTIMCAL社の製品であることが読み取れる。また、上記「ア(エ)」の表2によれば、Super P(商標)は、N2 BET表面積60.4m2/g、OAN287ml/100g、SEP0.7mJ/m2、Laラマン21.1オングストローム、結晶化度26%であることが読み取れる。そして、「ア(ア)」によれば、結晶化度は%結晶化度(ID/IG)であるところ、甲第6号証の(2)の記載を考慮すれば「ア(ア)」の(ID/IG)は(IG/ID)n誤記と認められるから、結晶化度は%結晶化度(IG/ID)であると認められる。
してみると、導電性カーボンブラックであるSuper P(商標)は、N2 BET表面積60.4m2/g、OAN287ml/100g、SEP0.7mJ/m2、Laラマン21.1オングストローム、%結晶化度(IG/ID)26%である。
(3)当審の判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
a 甲1発明における「二次リチウム電池の正極及び負極に使用できる導電性カーボンブラック」は「粒子サイズ40nm」であるから、粒子状のものであることは明らかであり、本件発明1の「カーボンブラック粒子」に相当する。
b 本件発明1は「70~120m2/gの範囲のブルナウアー-エメット-テラー(BET)表面積」であるのに対して、甲1発明はBET62m2/gである点で相違する。
c 本件発明1は「180~310mL/100gの範囲のオイル吸収量(OAN)」であるのに対して、甲1発明はオイル吸収量が特定されていない点で相違する。
d 本件発明1は「15mJ/m2以下の表面エネルギー」であるのに対して、甲1発明は表面エネルギーが特定されていない点で相違する。
e 本件発明1は「12~24nmの一次粒径」であるのに対して、甲1発明は粒子サイズ40nmである点で相違する。
f 本件発明1は「19~27ÅのLc結晶子サイズ」及び「ラマン分光法によって決定される37~45%の%結晶化度(IG/IG+D)」の少なくとも1つの特性を有するのに対して、甲1発明は結晶子サイズや%結晶化度が特定されていない点で相違する。
g 上記aないしfより、本件発明1と甲1発明とは、
「カーボンブラック粒子。」
である点で一致し、次の点で相違する。
〈相違点1〉
本件発明1は「70~120m2/gの範囲のブルナウアー-エメット-テラー(BET)表面積」であるのに対して、甲1発明はBET62m2/gである点。
〈相違点2〉
本件発明1は「180~310mL/100gの範囲のオイル吸収量(OAN)」であるのに対して、甲1発明はオイル吸収量が特定されていない点。
〈相違点3〉
本件発明1は「15mJ/m2以下の表面エネルギー」であるのに対して、甲1発明は表面エネルギーが特定されていない点。
〈相違点4〉
本件発明1は「12~24nmの一次粒径」であるのに対して、甲1発明は粒子サイズ40nmである点。
〈相違点5〉
本件発明1は「19~27ÅのLc結晶子サイズ」及び「ラマン分光法によって決定される37~45%の%結晶化度(IG/IG+D)」の少なくとも1つの特性を有するのに対して、甲1発明は結晶子サイズや%結晶化度が特定されていない点。
(イ)判断
a 相違点1について
事案に鑑み、相違点1について検討する。
甲第2号証には、上記「(2)イ(ア)」で述べたように、カーボンブラックのBET表面積を25~100m2/gの範囲とし、向上した電荷受容性およびサイクル安定性を与えることが記載されている。
しかしながら、甲第2号証には、カーボンブラックのBET表面積を70~120m2/gの範囲に特定することは記載も示唆もされていない。また、カーボンブラックのBET表面積を70~120m2/gの範囲に特定することは、甲第3ないし6号証の何れにも記載も示唆もされていない。
したがって、上記相違点1に係る構成を得ることは、甲1発明及び引用文献2ないし6に記載された技術に基づいて、当業者が容易になし得たこととはいえない。
そして、本件明細書段落【0010】の記載を考慮すれば、本件発明1はBET表面積を70~120m2/gの範囲に特定することにより、望まれない副反応が起こり得る表面部分が少ないので電池の性能を高めることができ、また、粒子は電気活性物質を十分に覆うことができ、所望の電極導電率をもたらすことができるものである。
この点について、申立人は特許異議申立書(第19頁第4ないし10行)において、甲第2号証の段落0028には、電荷受容性を向上させかつサイクル安定性を与えるためにある態様ではカーボンブラックのBET表面積は100m2/gであることが記載されているので、甲第2号証の記載に基づいて甲1発明のカーボンブラックを得るに際し、カーボンブラックのBET表面積を100m2/g程度に調整して「70~120m2/g」の範囲内にすることは当業者が容易に想到し得たことである旨主張している。
しかしながら、上記「(2)ア(イ)」に摘記したように、甲第2号証の段落0028には「25~100m2/gの範囲のBET表面積」とする旨記載されているのであり、「70~120m2/g」の範囲とすることは記載されていない。また、甲1発明のカーボンブラックのBET表面積は62m2/gであり甲第2号証の上記記載の範囲に含まれるものであるから、甲第2号証の上記記載に基づいて甲1発明のBET表面積の値を変更する動機があるものとは認められない。
よって、特許異議申立人の主張は採用することができない。
b 小括
したがって、その他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は甲1発明および甲第2号証から甲第6号証に記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
c 甲第1号証に記載された発明の認定に関する申立人の主張について
(a)申立人の主張の概要
申立人は特許異議申立書(第17頁第2行ないし第18頁第10行)において、概略次のように主張している。
・甲1(甲第1号証)に記載の「Super P Li」と甲2(甲第2号証)に記載の「Super P」は同一製品である。
・これを踏まえて、カーボンブラック粒子「Super P Li」の物性をみると、甲1(第5頁、中段の表)及び甲2(段落0066の表)から、「Super P Li」は、60.4~62m2/gのBET表面積を有する。甲1(第5頁、中段の表)から、「Super P Li」は、40nmの一次粒径を有する。甲2(段落0066の表)から、「Super P Li」は、287mL/100gのOAN、及び0.7mJ/m2以下の表面エネルギーを有する。
・甲2(段落0026、段落0057、及び段落0066の表)から、「Super P Li」は、26%のラマン分光法による%結晶化度(IG/ID)を有する。なお、甲6(甲第6号証)を考慮すれば、甲2における「%結晶化度(ID/IG)」なる記載は、%結晶化度(IG/ID) の意味である。%結晶化度(IG/ID)を%結晶化度(IG/IG+D)に変換すると、約21%である。ここで、IG/ID=αであるとき、IG/IG+D=α/(1+α)の換算式を使用した。この換算式は、Gバンドの面積IG、Dバンドの面積ID、及びG及びDバンドの面積IG+Dが、IG+D=IG+IDの関係を有することに基づく。
(b)当審の判断
申立人の主張通り甲第1号証に記載された「Super P(商標) Li」と甲第2号証に記載された「Super P」は同一のものであるとすると、甲1発明は上記「(2)イ(イ)」に記載した導電性カーボンブラックであるSuper P(商標)の構成をも有するといえ、甲1発明の導電性カーボンブラックは、BET60.4m2/g又は62m2/g、OAN287ml/100g、SEP0.7mJ/m2、Laラマン21.1オングストローム、%結晶化度(IG/ID)26%(%結晶化度(IG/IG+D)約21%)であるといえる。
してみると、相違点2及び相違点3は実質的な相違ではないといえるものの、本件発明1と甲1発明とは依然として、相違点1に対応する、本件発明1は「70~120m2/gの範囲のブルナウアー-エメット-テラー(BET)表面積」であるのに対して、甲1発明はBET60.4m2/g又は62m2/gである点で相違する。
したがって、申立人の上記主張を採用したとしても、上記「(イ)a」で述べた相違点1に関する判断を変更するものではない。
イ 本件発明2ないし6について
請求項2ないし6は、請求項1を直接又は間接的に引用する請求項であり、本件発明2ないし6は、本件発明1の発明特定事項をすべて含みさらに他の発明特定事項を追加して限定したものであるから、上記本件発明1についての判断と同様の理由により、本件発明2ないし4は甲1発明および甲第2号証から甲第6号証に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
2 申立理由2について
(1)申立人の主張の概要
申立人は進歩性について特許異議申立書(第24頁第15行ないし第25頁第21行)において、概略次のように主張している。
・本件明細書には、「高構造カーボンブラック粒子は、出発又は「ベース」カーボンブラック粒子を加熱することによって生成可能である。ベースカーボンブラック粒子は、Cabot Corporation(Billerica,MA)から名称CSX-960で入手可能である。」(段落0023)との記載がある。そして、本件特許の優先権主張の基礎となっている対応米国出願の出願公開第2017/0324096号明細書(段落0040)にも、これに対応する記載がある。これらの記載から、カーボンブラック粒子CSX-960は、本件特許の優先日前に市販されており公知であったと推認できる。
・リチウムイオン電池に関する甲2には、カーボンブラックに熱処理を行って、カーボンブラック結晶子中の欠陥、転位および/または不連続の数を低減ならびに/あるいは黒鉛化の程度を増加させることが記載されている(段落0029)。例えば、甲2の実施例において、カーボンブラックの熱処理によって、33%(同換算表示で約25%)であった%結晶化度(IG/ID)を68%(同換算表示で約40%)まで増加させることが開示されている(段落0054及び同段落の表)。
・甲2の記載を参酌し、熱処理によって、市販のカーボンブラック粒子CSX-960の%結晶化度をIG/IG+D換算表示で約40%程度に増加させることは、当業者が容易に想到し得たことである。そして、カーボンブラック粒子CSX-960は本件特許明細書の実施例においてベースカーボンブラック粒子として使用されており(段落0032)、その%結晶化度をIG/IG+D換算表示で約40%程度に増加させて得たカーボンブラック粒子は、本件特許発明の全ての要件を満たす蓋然性が高い。よって、本件特許発1~6(本件発明1~6)は、本件特許権者が自認する公知発明及び甲2の記載に基づいて、本件特許の優先日前に発明をすることができたものであるから、取り消されるべきである。
(2)当審の判断
申立人が主張するように、本件明細書の段落【0023】には「ベースカーボンブラック粒子は、Cabot Corporation(Billerica,MA)から名称CSX-960で入手可能である。」旨記載されると共に、段落【0032】に「99m2/gのBET表面積(BET SA)、252ml/100gのオイル吸収量(OAN)、16mJ/m2の表面エネルギー(SEP)、15ÅのLa結晶子サイズ、約26%の結晶化度、及び約15ÅのLc結晶子サイズを有するファーネスカーボンブラック(Cabot CorporationからのCSX-960)」をベースカーボンブラックとして用いる実施例が記載されている。
しかしながら、本件明細書に記載された内容が本件の優先日前の何れの時点において公知となったのかを、本件明細書の記載のみから特定することはできない。
したがって、本件明細書に記載された内容が本件の優先日前に公知であったとはいえず、本件明細書の記載のみに基づく発明は、特許法第29条第1項各号に掲げる発明ではない。
してみると、本件明細書の記載に基づきCSX-960と称するファーネスカーボンブラックを公知発明とする申立人の上記主張は、その前提において誤りであり、採用することができない。
3 申立理由3について
(1)申立人の主張の概要
申立人は実施可能要件について特許異議申立書(第26頁第13行ないし第28頁第17行)において、概略次のように主張している。
・本件特許発明の製造方法について、本件特許明細書(段落0023)には、「高構造カーボンブラック粒子は、出発又は「ベース」カーボンブラック粒子を熱処理することによって生成可能である。」との記載がある。
・技術常識に照らして熱処理による特性の変化傾向(増加するのか、減少するのか、或いは変化しないのか)及び変化量は特性ごとに異なるから、本件特許発明1が規定する各特性を満たすカーボンブラック粒子を得るためには、熱処理条件のみならず、ベースカーボンブラック粒子が熱処理前に有する特性も重要であるにもかかわらず、熱処理前のベースカーボンブラック粒子において、BET表面積、OAN、表面エネルギー、一時粒子径及びLc結晶子サイズ又は%結晶化度をどのように調整しておけば、熱処理後に本件特許発明1が規定する各特性を満たすことができるのかについて一切説明がない。
・本件特許明細書の実施例では、ファーネスカーボンブラック(Cabot CorporationからのCSX-960)(段落0032)が使用されたことが記載されているが、カーボンブラックCSX-960を熱処理した場合、一部の特定の特性を有するカーボンブラック粒子が得られたことしか示されていない。
・本件特許発明1のうち、実際に製造できたカーボンブラック粒子以外の部分の製造については、どのようなベースカーボンブラック粒子を必要とし、それをどのように製造或いは入手しかつどのように熱処理を行うのか理解できない。
・加えて、申立人による調査では、カーボンブラックCSX-960を本件特許の出願日或いは優先日前に当業者が入手可能であったことに疑義がある。
・他のカーボンブラック製造業者からカーボンブラックCSX-960と同質のカーボンブラック粒子が供給されていた事実も確認できない。
・ベースカーボンブラック粒子の製造方法に関し、本件特許明細書(段落0023)において、2017年5月3日に提出された米国仮特許出願第62/500,672号が参照されているが、当該出願の内容が米国特許出願公開第2018/0319992号として公開された日は平成30年11月8日であり、本件特許の出願日及び優先日後である。したがって、当該出願の内容は、本件特許の出願日或いは優先日の時点での公知技術を構成しないから、この参照をもって、当業者が自らベースカーボンブラック粒子を製造するのに充分な情報が提供されているとは言えない。
・本件特許発明1を製造するために必要なベースカーボンブラック粒子を当業者は市場から入手可能な状態になく、かつ本件特許明細書にはベースカーボンブラック粒子を製造するのに充分な情報が開示されていないから、当業者は、ベースカーボンブラック粒子を得るために、期待し得る程度を越える試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要がある。よって、本件特許明細書中の発明の詳細な説明は、本件特許発明1について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないから、取り消されるべきである。本件特許発明2~6についても同様である。
(2)当審の判断
本件明細書の段落【0032】ないし【0034】に記載された実施例1のサンプルBないしDは、BET表面積(BET SA)94.3ないし95.3m2/g、オイル吸収量(OAN)244ないし247ml/100g、表面エネルギー(SEP)3mJ/m2以下、Lc結晶子サイズ19.5ないし25.4Å、結晶化度38.4ないし43%のカーボンブラックであり、【0036】の表2の記載より、各サンプルは粒径(Psize)18nmの粒子であることが理解できる。
してみると、本件の明細書に記載されたサンプルBないしDは本件発明1の構成を有するものであるから、本件の発明の詳細な説明には、本件発明1の具体的な実施例が記載されていると認められ、当該記載に基づき当業者は本件発明1を実施できるものと認められる。
また、本件明細書の段落【0023】に「熱処理は、不活性条件(すなわち、実質的に酸素がない雰囲気内)で・・・で起こる。」、段落【0024】に「一部の実施形態では、熱処理を・・・1400℃~1600℃の範囲の温度で行なう。・・・。一部の実施形態では、15分から少なくとも24時間・・・の範囲の時間、熱処理を行なう。」と熱処理の各条件が記載され、段落【0033】に「熱処理により、BET表面積及びOANによって示される粒子の形態にわずかな変化があった。しかしながら、炭素結晶子ドメインのサイズ(La及びLc)、粒子の結晶化度及び表面エネルギーは顕著に変化した。」と記載されていることより、当業者には、BET表面積及びオイル吸着量の値が本件発明1程度のカーボンブラックをベースカーボンブラックとして用い上記記載の条件により熱処理することで本件発明1を製造し得ると理解できるものと認められるから、当業者は過度な試行錯誤をすることなく本件発明1を実施し得るものと認められる。
そして、普通に知られたBET表面積及びオイル吸着量の値が本件発明1程度のカーボンブラック(必要あれば、特表2012-507586号公報の段落【0066】ないし【0069】参照)をベースカーボンブラックとして用い熱処理することにより本件発明1は実施し得ると認められるから、CSX-960と称するカーボンブラックが本件の優先日前に入手可能ではなく、本件明細書に記載されたベースカーボンブラック粒子の製造方法に関する出願が本件の優先日前に公開されていなかったとしても、本件発明1を実施するために当業者が過度な試行錯誤をする必要があるとまでは言えない。
以上のことより、出願時の技術常識を踏まえると、発明の詳細な説明は、本件発明1を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものである。本件発明2ないし6についても、同様である。
よって、申立人の主張は採用できない。
4 申立理由4について
(1)申立人の主張の概要
申立人はサポート要件について特許異議申立書(第28頁第19行ないし第30頁第5行)において、概略次のように主張している。
・本件特許発明1は、カーボンブラック粒子が、「(a)70~120m2/gの範囲のブルナウアー-エメット-テラー(BET)表面積;(b)180~310mL/100gの範囲のオイル吸収量(OAN);(c)15mJ/m2以下の表面エネルギー;(d)12~24nmの一時粒径」を有することを規定する。
・これに対し、本件特許明細書の実施例において、発明の課題(電池性能の改善、段落0005)を解決できるものとして開示されたカーボンブラック粒子において、BET表面積は94.3~96.4m2/g(表1)であり、OANは244~247mL/100g(表1)であり、表面エネルギーは3mJ/m2以下(表1)であり、一次粒径は18nm(表2)の一点のみである。
・カーボンブラックに関する当該技術分野において、カーボンブラックのBET表面積、OAN、表面エネルギー及び一次粒径が変われば、カーボンブラックの構造及び電気特性が変化して電池性能に影響するという技術常識に照らして、本件特許発明1のうち実施例に開示されていない部分において、発明の課題を解決できることを理解できない。
・特に、BET表面積が94.3m2/g未満及び96.4m2/g超の範囲において、課題を解決できる程度の電池の性能が高まることは、明らかではない。また、OANが244mL/100gより小さい180mL/100g付近のカーボンブラック粒子が、課題を解決できる程度の電気特性を有することは、明らかではない。さらに、表面エネルギーが3mJ/m2より大きい15mJ/m2付近のカーボンブラック粒子が、課題を解決できる程度の電気特性を有することは、明らかではない。むしろ、15mJ/m2の表面エネルギーは、課題を解決できないベースカーボンブラック粒子の表面エネルギー16mJ/m2に近いことから、表面エネルギーが15mJ/m2付近であるカーボンブラック粒子は、課題を解決できない蓋然性が高い。
・よって、本件特許発明1は、本件特許明細書中の発明の詳細な説明に記載された範囲を超えるものであるから、取り消されるべきものである。本件特許発明2~6についても同様である。
(2)当審の判断
ア ブルナウアー-エメット-テラー(BET)表面積について
本件明細書の段落【0005】には、「本発明は、高度に構造化したカーボンブラック粒子(又はカーボンブラック)、及びリチウムイオン電池等のエネルギー貯蔵用途における該カーボンブラックの用途を特徴とする。該カーボンブラックは、相対的に低負荷(すなわち、濃度)で電極(例えば、リチウムイオン電池の正極)に使用できることが分かった。結果として、所与の電極容積のために、相対的に高い電気活性の物質を組み入れることができ、それによって電池の性能(例えば、容量、容積エネルギー、及びエネルギー密度)を改善する。」と、段落【0010】には、「カーボンブラック粒子は、相対的に小さい乃至中間の総表面積を有する。・・・電池の使用中に、その性能を劣化させる化学的副反応が電池内で起こり得ると考えられる。粒子の表面積が小さいほど、これらの望まれない副反応が起こり得る表面部位が少ないので電池の性能を高めることができる。しかしながら、粒子の表面積はバランスを取るべきであり、すなわち、十分に大きいと、粒子は電気活性物質を十分に覆うことができ、所望の電極導電率をもたらすことができる。一部の実施形態では、カーボンブラック粒子は、70~120m2/gの範囲のBET表面積を有する。」と記載されている。
当該記載によれば、電池性能を劣化させる化学的副反応を抑制すると共に所望の電極導電率を得るために、カーボンブラック粒子のBET表面積を70~120m2/gとすることが解る。
してみると、電池の性能を改善するという本件発明の目的のためには、カーボンブラック粒子のブルナウアー-エメット-テラー(BET)表面積としては70~120m2/gとすれば足ることが、本件明細書の記載から当業者には明らかである。
よって、ブルナウアー-エメット-テラー(BET)表面積が94.3~96.4m2/g以外の本件発明1に含まれるBET表面積について実施例が記載されていないからといって、本件発明1は発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものとは言えない。
イ オイル吸収量(OAN)について
また、本件明細書の段落【0011】には、「電池電極中の導電性添加剤として使用するとき、相対的に高いOANを有するカーボンブラックは、相対的に低い負荷で電極全体に連続的に導電性の網目構造を形成する(すなわち、浸透する)ことができる。結果的に、より高い電気活性の物質を使用することができ、それによって電池の性能を改善する。一部の実施形態では、カーボンブラックは、180~310mL/100gの範囲のOANを有する。」と記載されている。
当該記載によれば、相対的に低い負荷で電極全体に連続的に導電性の網目構造を形成し電池の性能を改善するために、カーボンブラック粒子のオイル吸収量(OAN)を180~310mL/100gとすることが解る。
してみると、電池の性能を改善するという本件発明の目的のためには、カーボンブラック粒子のオイル吸収量(OAN)としては180~310mL/100gとすれば足ることが、本件明細書の記載から当業者には明らかである。
よって、オイル吸収量(OAN)が244~247mL/100g以外の本件発明1に含まれるOANについて実施例が記載されていないからといって、本件発明1は発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものとは言えない。
ウ 表面エネルギーについて
さらに、本件明細書の段落【0018】には、「高グラファイト化度は、カーボンブラック粒子の表面上の残留不純物の量が少なく、ひいてはそれらの疎水性と関連し得る、より低い表面エネルギー値によって表すこともできる。・・・より純粋な粒子は導電性の改善をもたらすことができ、それによって粒子の性能を改善すると考えられる。・・・一部の実施形態では、カーボンブラックは、15mJ/m 2以下、例えば検出限界(約2mJ/m 2)~15mJ/m 2の表面エネルギー(SE)を有する。」と記載されている。
当該記載によれば、導電性の改善をもたらし粒子の性能を改善するために、カーボンブラックの表面エネルギーを15mJ/m2以下とすることが解る。
してみると、電池の性能を改善するという本件発明の目的のためには、カーボンブラックの表面エネルギーを15mJ/m2以下とすれば足ることが、本件明細書の記載から当業者には明らかである。
よって、表面エネルギー3mJ/m2以外の本件発明1に含まれる表面エネルギーについて実施例が記載されていないからといって、本件発明1は発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものとは言えない。
エ 一次粒径について
そして、本件明細書の段落【0015】には、「カーボンブラック凝集体内の一次粒子の数及びそれらの配置は、カーボンブラック凝集体のサイズのみならずカーボンブラックの構造をも決定する。・・・小さい平均一次粒径を有する当該粒子は、粒子が多数の接触点を有するので、より効率的に電気活性物質を覆うことができ、それによって粒子の性能を高める。平均一次粒径(Psize)は、例えば、24nm未満、例えば、12~24nmであり得る。」と記載されている。
当該記載によれば、カーボンブラックの構造を決定し粒子の性能を高めるために、カーボンブラックの一次粒径は12~24nmとすることが解る。
してみると、高度に構造化したカーボンブラックとし電池の性能を改善するという本件発明の目的のためには、カーボンブラックの一次粒径は12~24nmとすれば足ることが、本件明細書の記載から当業者には明らかである。
よって、一次粒径18nm以外の本件発明1に含まれる表面エネルギーについて実施例が記載されていないからといって、本件発明1は発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものとは言えない。
オ 小括
以上のことより、出願時の技術常識を踏まえると、本件発明1は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものではない。本件発明2ないし6についても、同様である。
よって、申立人の主張は採用できない。
第5 むすび
以上のとおり、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-700149