特許異議申立
2022-701271
蓄電デバイス用組成物、蓄電デバイス電極用スラリー、蓄電デバイス電極及び蓄電デバイス
- 審判番号
- 2022-701271
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2018-130444
- 登録番号
- 7086760
- 請求日
- 2022年12月20日
- 審決日
- 2023年03月08日
- 公報発行日
- 2023年04月28日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】株式会社ENEOSマテリアル
- 【権利者代理人】大渕 美千栄
- 【権利者代理人】布施 行夫
- 【権利者代理人】松本 充史
- 【異議申立人】小松 一枝
- 【異議申立人】前田 知子
- 審判長/審判官
- 審判長 井上 信一
- 審判官 山本 章裕
- 審判官 畑中 博幸
- 分類
- P1652.121-Y (H01M)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7086760号発明「蓄電デバイス用組成物、蓄電デバイス電極用スラリー、蓄電デバイス電極及び蓄電デバイス」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7086760号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7086760号の請求項1ないし11に係る特許についての出願は、平成30年7月10日に出願され、令和4年6月10日にその特許権の設定登録がされ、令和4年6月20日に特許掲載公報が発行された。その後、請求項1ないし4に係る特許に対し、令和4年12月20日に特許異議申立人小松一枝、前田知子(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされた。
第2 本件発明
特許第7086760号の請求項1ないし11の特許に係る発明(以下、「本件発明1」ないし「本件発明4」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「 【請求項1】
重合体(A)と、液状媒体(B)と、を含有し、
前記重合体(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量部としたときに、前記重合体(A)が、
共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)20~70質量部と、
不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(a2)11~50質量部と、
水酸基またはエーテル基を有する不飽和カルボン酸エステルに由来する繰り返し単位(a3)、(メタ)アクリルアミドに由来する繰り返し単位(a4)、及びα,β-不飽和ニトリル化合物に由来する繰り返し単位(a5)からなる群より選ばれる少なくとも1種の繰り返し単位10~69質量部と、を含有し、
前記重合体(A)の固形分濃度20%水の、pH9における粘度(V9[mPa・s])と、pH4における粘度(V4[mPa・s])との比(V9/V4)の値が10以上である、蓄電デバイス用組成物。
【請求項2】
pHが7~11である、請求項1に記載の蓄電デバイス用組成物。
【請求項3】
前記重合体(A)の固形分濃度20%水のpH9における粘度が、200~100,000mPa・sである、請求項1または請求項2に記載の蓄電デバイス用組成物。
【請求項4】
前記重合体(A)についてJIS K7121に準拠した示差走査熱量測定(DSC)を行ったときに、70℃以下に吸熱ピークが観測される、請求項1ないし請求項3のいずれか一項に記載の蓄電デバイス用組成物。」
第3 申立理由の概要
特許異議申立人は、証拠として下記の甲第1号証および甲第3号証を提出し、以下の申立理由1、2により、請求項1ないし4に係る本件特許を取り消すべきである旨主張している。
1 申立理由1(甲第1号証を主たる引例とする取消理由)
本件発明1ないし4は、甲第1号証、甲第2号証及び甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明1ないし4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、取り消すべきものである。
2 申立理由2(甲第2号証を主たる引例とする取消理由)
本件発明1ないし4は、甲第2号証、甲第1号証及び甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明1ないし4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、取り消すべきものである。
[証拠方法]
甲第1号証:国際公開第2013/191080号
甲第2号証:特開2013-62080号公報
甲第3号証:国際公開第2005/092969号
第4 甲各号証の記載と引用発明、引用技術について
1 甲第1号証の記載と甲1発明
(1)甲第1号証には以下の記載がある。(下線は当審で付した。)
ア「[請求項1]蓄電デバイスに使用される電極を作製するためのバインダー組成物であって、
重合体(A)と、液状媒体(B)と、を含有し、
前記重合体(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量部としたときに、不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(A4)を5~40質量部含有し、
前記重合体(A)が重合体粒子であり、
前記重合体粒子の表面酸量が1mmol/gを超えて6mmol/g以下である、蓄電デバイス電極用バインダー組成物。」(請求の範囲)
イ「[0192] 5.2.実施例2~8、比較例1~3
上記実施例1の「5.1.1.重合体(A)の合成」において、各単量体の種類および量を、それぞれ表1~表2に記載の通りとした以外は、実施例1と同様にして固形分濃度35質量%の重合体(A)の粒子を含有する水系分散体をそれぞれ調製した。
[0193] 次いで、上記で調製した重合体(A)の粒子を含有する水系分散体を用い、成分(C)を表1に記載の化合物および添加量とした以外は、実施例1と同様にして蓄電デバイス電極用バインダー組成物をそれぞれ調製した。
[0194] さらに、上記で調製したバインダー組成物を用い、活物質の含有割合を表1~表2に記載の通りとした以外は実施例1と同様にして、蓄電デバイス電極用スラリーをそれぞれ調製し、蓄電デバイス電極および蓄電デバイスをそれぞれ作製した。
[0195] 各種測定および評価方法は、上記実施例1と全く同様にした。」
ウ「[0215]
[図:0001396330000001.jpg]
」
(2)上記「(1)アないしウ」によれば、甲第1号証には以下の事項が記載されている。
・甲第1号証の[請求項1]の「蓄電デバイスに使用される電極を作製するためのバインダー組成物であって、重合体(A)と、液状媒体(B)と、を含有し」との記載によれば、甲第1号証に記載された蓄電デバイスに使用される電極を作製するためのバインダー組成物は、重合体(A)と液状媒体(B)とを含有するものである。
・甲第1号証の[0192]ないし[0195]及び表1には、重合体(A)の実施例として以下の成分を有する実施例5が記載されており、成分(B)すなわち液状媒体として水を添加したものである。
1,3-ブタジエン(BD):38質量部
スチレン(ST):12質量部
メタクリル酸メチル(MMA):3質量部
メタクリル酸2-ヒドロキシエチル(HEMA):2質量部
アクリル酸(AA):25質量部
イタコン酸(TA):12質量部
アクリロニトリル(AN):8質量部
(3)甲1発明
したがって、甲第1号証の記載を総合勘案すると、甲第1号証には「蓄電デバイスに使用される電極を作製するためのバインダー組成物」として次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「蓄電デバイスに使用される電極を作製するためのバインダー組成物であって、重合体(A)と、液状媒体(B)と、を含有し
前記重合体(A)は、
1,3-ブタジエン(BD):38質量部
スチレン(ST):12質量部
メタクリル酸メチル(MMA):3質量部
メタクリル酸2-ヒドロキシエチル(HEMA):2質量部
アクリル酸(AA):25質量部
イタコン酸(TA):12質量部
アクリロニトリル(AN):8質量部
を有するバインダー組成物。」
2 甲第2号証の記載と甲2発明
(1)甲第2号証には以下の記載がある。(下線は当審で付した。)
ア「【0063】
(合成例1;水分散体(1)の合成)
攪拌機、温度計、冷却器、窒素導入管、滴下ロートを備えた四つ口セパラブルフレスコに、イオン交換水(115部)、ポリオキシエチレンドデシルエーテルのスルホン酸アンモニウム塩(1.5部)を投入した。内温68℃で攪拌しながら、緩やかに窒素を流し、反応容器内を完全に窒素置換した。
次に、ポリオキシエチレンドデシルエーテルのスルホン酸塩(1.5部)をイオン交換水(92部)に溶解した。ここに、重合体の単量体として、アクリル酸エチル(59.9部)とメタクリル酸(40部)とジアリルフタレート(0.1部)の混合物を投入し、プレエマルションを作製した。単量体を含む前記プレエマルションの5%を反応容器に投入して攪拌後、亜硫酸水素ナトリウム(0.017部)を投入した。別途、過硫酸アンモニウム(0.23部)をイオン交換水(23部)に溶解し、重合開始剤水溶液を作製した。この重合開始剤水溶液5%を、前記反応容器に投入し20分間初期重合を行った。反応容器内の温度を72℃に保ち、残りのプレエマルション及び開始剤水溶液を2時間にわたって均一に滴下した。滴下終了後、イオン交換水(8部)で滴下槽を洗浄後、反応容器に投入した。内温を72℃に保ち、更に1時間攪拌を続けた後、冷却して反応を完了し、固形分30%(ポリマー濃度30%)のエマルションを得た。この得られたエマルションをポリマー濃度2質量%に調整したものを水分散体(1)とした。水分散体(1)のpHは2.9で、粘度は3mPa・sであった。また、当該エマルションを、5%水酸化リチウム・一水和物水溶液を用いてpH8に中和してポリマー濃度2質量%に調整した水溶液(1)の全光線透過率は、97.0%で、粘度は2300mPa・sであった。・・・」
イ「【0066】
(実施例1)
水(20.88部)、水分散体(1)(0.67部/固形分0.2部)を混合した水分散液に、正極活物質としてセルシードNMC(日本化学工業社製、N:M:C=1:1:1品)(36.8部)、導電助剤としてデンカブラックHS-100(デンカ社製)(2.4部)を混合して、混練した。混練後、更に水分散樹脂であるアクリル変性フッ化ビニリデン系エマルション(アルケマ社製、VDF:アクリル=70:30、「アクリル変性VDFポリマー」とも称する。)(1.25部/固形分0.6部)を加えて混合分散し、正極組成物(1)を得た。」
(2)甲第2号証に記載された技術事項
上記「(1)ア」によれば、甲第2号証には次の技術事項(以下、「甲2技術」という。)が記載されていると認められる。
「重合体の単量体として、アクリル酸エチル(59.9部)とメタクリル酸(40部)とジアリルフタレート(0.1部)の混合物を重合して得られたエマルションをポリマー濃度2質量%に調整した水分散体(1)は、pH2.9で粘度は3mPa・s、pH8での粘度は2300mPa・sであること。」(甲2技術)
(3)甲2発明
また、上記「(1)イ」によれば、甲第2号証には段落【0063】(上記「(1)ア」)に記載された水分散体(1)に水を混合して水分散液を生成し、さらに正極活物質、導電助剤、水分散樹脂を加えて正極組成物(1)を得ている。
そうしてみると、甲第2号証には次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。
「水分散体(1)(0.67部/固形分0.2部)、水(20.88部)、を含み正極組成物に使われる水分散液であって、
前記水分散体(1)は、重合体の単量体として、アクリル酸エチル(59.9部)とメタクリル酸(40部)とジアリルフタレート(0.1部)の混合物を重合して得られたエマルションをポリマー濃度2質量%に調整したものであり、pH2.9で粘度は3mPa・s、pH8での粘度は2300mPa・sである水分散液。」(甲2発明)
3 甲第3号証の記載事項
(1)甲第3号証には以下の記載がある。(下線は当審で付した。)
ア「[0001] 本発明は、紙塗工用の共重合体ラテックス組成物、これを用いた紙塗工用組成物、および当該紙塗工用組成物を塗布してなる塗工紙に関し、さらに詳しくは、塗工操業性に優れ、かつ、白紙光沢、印刷光沢、インク乾燥性、表面強度などの印刷適性に優れ、さらに、広い印刷速度範囲にわたって上記の優れた印刷適性を有する塗工紙を得ることができる共重合体ラテックス組成物および紙塗工用組成物、ならびにこれを用いた塗工紙に関する。」
イ「[0049] (ラテックス増粘点)
ラテックスの増粘点は、重合により得られた共重合体ラテックスを、水酸化ナトリウムを用いてpH調整し、ラテックス粘度を測定したpH-ラテックス粘度曲線の変曲点に おけるpH値として求めた(図1参照)。」
ウ「[0059] [(A)共重合体ラテックスの製造]
攪拌装置および温度調節機を備えた耐圧反応容器に、水300部、ドデシルペンゼンスルホン酸ナトリウム1部、過硫酸カリウム1部を仕込み、次いで表1に示すように、1,3-ブタジエン70部、メタクリル酸30部、およびt-ドデシルメルカプタン2部を仕込み、窒素で重合系内を置換した。その後、重合系内の温度を70℃に昇温し、この温度で12時間重合を行い、共重合体ラテックス(a)を得た。共重合体ラテックス(b)~(g)も同様にして調製した。なお、全て最終的な重合転化率は98%であった。
[0060] 得られた共重合体ラテックスについて、水酸化ナトリウムを用いてpHを調整し、ラテックス平均粒子径、トルエン不溶分、ラテックス膨潤度、ラテックス増粘点を求めた。これらの結果を表1に示した。
[0061] [表1]
[図:0001396330000002.jpg]
」
エ「
[図:0001396330000003.jpg]
」
(2)上記(1)によれば、甲第3号証には以下の事項が記載されている。
ア 上記「(1)ア」によれば、紙塗工用の共重合体ラテックス組成物について記載されており、ラテックスの増粘点は、図1に示すようにラテックス粘度を測定したpH-ラテックス粘度曲線の変曲点におけるpH値として求められる。
イ 図1から、pH9におけるラテックス粘度は少なくとも1000より大きく、pH4におけるラッテクス粘度は少なくとも10より小さいから、pH9とpH4におけるラテックス粘度の比は少なくとも100倍以上であることが見てとれる。
ウ「(A)共重合体ラテックス」の例として表1に合成例(a)ないし(e)が示されている。
第5 当審の判断
1 甲第1号証を主たる引例とする取消理由について(申立理由1)
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明を対比する。
・甲1発明の、「重合体(A)」「液状媒体(B)」は、本件発明1の「重合体(A)」「液状媒体(B)」にそれぞれ相当し、甲1発明の「蓄電デバイスに使用される電極を作製するためのバインダー組成物」が、本件発明1の「蓄電デバイス用組成物」に相当する。
・甲1発明の「1,3-ブタジエン(BD)」は、本件発明1の「共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)」に相当し、その含有割合が「38質量部」である点は、本件発明1の「共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)」の含有割合「20~70質量部」に含まれる。
・甲1発明の「アクリル酸(AA)」と「イタコン酸(TA)」は、本件発明1の「不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(a2)」に相当し、甲1発明の「アクリル酸(AA)」と「イタコン酸(TA)」を合わせた含有割合が37質量部(25+12)であることは、本件発明1の「不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(a2)」の含有割合11~50質量部に含まれる。
・甲1発明の「メタクリル酸2-ヒドロキシエチル(HEMA)」は、本件発明1の「水酸基またはエーテル基を有する不飽和カルボン酸エステルに由来する繰り返し単位(a3)」に相当する。また、甲1発明の「アクリロニトリル(AN)」は本件発明1の「α,β-不飽和ニトリル化合物に由来する繰り返し単位(a5)」に相当する。そうしてみると、甲1発明では「メタクリル酸2-ヒドロキシエチル(HEMA)」と「アクリロニトリル(AN)」を合わせた含有割合が10質量部(2+8)となり、本件発明1の「水酸基またはエーテル基を有する不飽和カルボン酸エステルに由来する繰り返し単位(a3)、(メタ)アクリルアミドに由来する繰り返し単位(a4)、及びα,β-不飽和ニトリル化合物に由来する繰り返し単位(a5)からなる群より選ばれる少なくとも1種の繰り返し単位」の含有割合「10~69質量部」に含まれる。
・本件発明1は「前記重合体(A)の固形分濃度20%水の、pH9における粘度(V9[mPa・s])と、pH4における粘度(V4[mPa・s])との比(V9/V4)の値が10以上である」が、甲1発明では当該事項が明らかでない点で相違する。
そうしてみると、本件発明1と甲1発明とは以下の点で一致ないし相違する。
(一致点)
「 重合体(A)と、液状媒体(B)と、を含有し、
前記重合体(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量部としたときに、前記重合体(A)が、
共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)20~70質量部と、
不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(a2)11~50質量部と、
水酸基またはエーテル基を有する不飽和カルボン酸エステルに由来する繰り返し単位(a3)、(メタ)アクリルアミドに由来する繰り返し単位(a4)、及びα,β-不飽和ニトリル化合物に由来する繰り返し単位(a5)からなる群より選ばれる少なくとも1種の繰り返し単位10~69質量部と、を含有する、
蓄電デバイス用組成物。」
(相違点)
本件発明1は「前記重合体(A)の固形分濃度20%水の、pH9における粘度(V9[mPa・s])と、pH4における粘度(V4[mPa・s])との比(V9/V4)の値が10以上である」が、甲1発明では当該事項が明らかでない点。
イ 判断
(ア)上記相違点について検討する。
上記「第4 2(2)」において検討したように、「重合体の単量体として、アクリル酸エチル(59.9部)とメタクリル酸(40部)とジアリルフタレート(0.1部)の混合物を重合して得られたエマルションをポリマー濃度2質量%に調整した水分散体(1)は、pH2.9で粘度は3mPa・s、pH8での粘度は2300mPa・sであること。」は公知技術(甲2技術)であり、当該甲2技術によれば水分散体(1)のpH2.9とpH9における粘度の比は767倍(2300÷3)となる。
しかしながら、甲1発明の重合体は、1,3-ブタジエン、スチレン、メタクリル酸メチル、メタクリル酸2-ヒドロキシエチル、アクリル酸、イタコン酸、及びアクリロニトリルを有するのに対して、甲2技術の重合体はアクリル酸エチル、メタクリル酸及びジアリルフタレートからなり、甲1発明と甲2技術とでは組成が異なる。したがって、粘度についても同様の特性を有するとはいえないから、甲2技術に開示された粘度の値を参照して、甲1発明における粘度比を本件発明1のように「前記重合体(A)の固形分濃度20%水の、pH9における粘度(V9[mPa・s])と、pH4における粘度(V4[mPa・s])との比(V9/V4)の値が10以上である」とすべき動機がない。
また、仮に甲2技術に開示された粘度比を参照できたとしても、本件発明1は「重合体(A)の固形分濃度20%水」において、pH9とpH4における粘度の比(V9/V4)の値を10以上としているのに対して、甲2技術においては、ポリマー濃度2質量%に調整した水分散体のpH2.9とpH8との粘度の比であり、濃度もpHも異なっているから、甲1発明の粘度比を本件発明1に規定された粘度比を満たすようにすることが当業者であれば容易になし得たことであるとはいえない。
次に、甲第3号証に記載された事項について検討する。
上記「第4 3(2)イ」に記載したように、図1によればpH9とpH4におけるラテックス粘度の比は少なくとも100倍以上である。しかしながら、図1は具体的にどのような組成を有する「(A)共重合体ラテックス」を測定したものかは示されていない。上記「第4 3(1)イ」の記載によれば、図1はラテックス増粘点の求め方を示すために例示されたpH-ラテックス粘度曲線にすぎず、具体的な組成は明らかにされていないと解される。
また仮に、表1に示された合成例(a)ないし(e)のいずれかが図1に対応しているとしても、合成例(a)ないし(e)の成分の組成と甲1発明のバインダー組成物との組成を比較すると、1,3-ブタジエンを有する点で共通しているものの(合成例(b)ないし(e)についてはアクリロニトリルも共通している)、その含有割合や他の組成物は異なっていることから、甲第3号証における粘度比と同等の粘度比を甲1発明が有するとはいえないし、甲第3号証に記載された事項を参照して甲1発明の粘度比を本件発明1に規定された粘度比を満たすようにすることが当業者であれば容易になし得たことであるともいえない。
したがって、本件の請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に記載された技術、及び甲第3号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明できたものとはいえない。
(イ)この点について、特許異議申立人は特許異議申立書において、以下のように述べている。
甲第2号証の段落【0015】に基づいてpH5未満での粘度に対するpH8での粘度の比を算出すると3倍以上200000倍以下となり、広範な値をとりうることが教示されている。甲1発明においてもpHと粘度との関係は考慮すべき事項であり、甲1発明において重合体(A)の粘度比について好適な範囲を選択することは、当業者が通常行うことであるから、甲第2号証に粘度比が3倍以上200000倍以下といった広範な値をとりうることが教示されている以上、甲1発明において重合体(A)の粘度比を10以上とすることに困難性はない。
しかしながら、甲第2号証の段落【0015】に示された粘度は、エチレン性不飽和カルボン酸単量体由来の構造単位を20~60質量%、エチレン性不飽和カルボン酸エステル単量体由来の構造単位を40~80質量%を必須成分として有するアルカリ可溶性ポリマーについて求めたものであって、甲1発明とは組成が異なっており、甲第2号証に記載された上記の事項をそのまま甲1発明に適用することはできない。また、粘度比が3倍以上200000倍以下であることは本件発明1のように必ず10倍以上になることにはならない。したがって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。
(2)本件発明2ないし4について
本件発明2ないし4は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに発明特定事項を加え、本件発明1を限定するものである。
したがって、上記(1)で検討した理由と同じ理由により、本件の請求項2ないし4に係る発明は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に記載された技術、及び甲第3号証に記載された事項から容易に発明できたものとはいえない。
2 甲第2号証を主たる引例とする取消理由について(申立理由2)
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲2発明を対比する。
・甲2発明の「水」「水分散体(1)」が、本件発明1の「液状媒体(B)」「重合体(A)」にそれぞれ相当する。また、甲2発明の「水分散液」が本件発明1の「蓄電デバイス用組成物」に相当する。
・甲2発明の「メタクリル酸」は、本件発明1の「不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(a2)」に相当し、甲2発明の「メタクリル酸」の含有割合「40部」は、本件発明1の「不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(a2)」の含有割合「11~50質量部」に含まれる。
・本件発明1は「共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)20~70質量部」を含むが、甲2発明は当該構成を有さない点で相違する。
・本件発明1は「水酸基またはエーテル基を有する不飽和カルボン酸エステルに由来する繰り返し単位(a3)、(メタ)アクリルアミドに由来する繰り返し単位(a4)、及びα,β-不飽和ニトリル化合物に由来する繰り返し単位(a5)からなる群より選ばれる少なくとも1種の繰り返し単位10~69質量部」を含むが、甲2発明は当該構成を有さない点で相違する。
・本件発明1は「前記重合体(A)の固形分濃度20%水の、pH9における粘度(V9[mPa・s])と、pH4における粘度(V4[mPa・s])との比(V9/V4)の値が10以上である」が、甲2発明では「前記水分散体(1)は、・・・ポリマー濃度2質量%に調整したものであり、pH2.9で粘度は3mPa・s、pH8での粘度は2300mPa・sである」点で異なっている。
そうしてみると、本件発明1と甲2発明とは以下の点で一致ないし相違する。
(一致点)
「 重合体(A)と、液状媒体(B)と、を含有し、
前記重合体(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量部としたときに、前記重合体(A)が、
不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(a2)11~50質量部を含有する、
蓄電デバイス用組成物。」
(相違点1)
本件発明1は「共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)20~70質量部」を含むが、甲2発明は当該構成を有さない点。
(相違点2)
本件発明1は「水酸基またはエーテル基を有する不飽和カルボン酸エステルに由来する繰り返し単位(a3)、(メタ)アクリルアミドに由来する繰り返し単位(a4)、及びα,β-不飽和ニトリル化合物に由来する繰り返し単位(a5)からなる群より選ばれる少なくとも1種の繰り返し単位10~69質量部」を含むが、甲2発明は当該構成を有さない点。
(相違点3)
本件発明1は「前記重合体(A)の固形分濃度20%水の、pH9における粘度(V9[mPa・s])と、pH4における粘度(V4[mPa・s])との比(V9/V4)の値が10以上である」が、甲2発明では「前記水分散体(1)は、・・・ポリマー濃度2質量%に調整したものであり、pH2.9で粘度は3mPa・s、pH8での粘度は2300mPa・sである」点。
イ 判断
相違点1と2について併せて検討する。
上記「第5 1(1)ア」において検討したように、甲1発明の「1,3-ブタジエン(BD)」は、本件発明1の「共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)」に相当し、甲1発明の「アクリル酸(AA)」と「イタコン酸(TA)」は、本件発明1の「不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(a2)」に相当し、甲1発明の「メタクリル酸2-ヒドロキシエチル(HEMA)」は、本件発明1の「水酸基またはエーテル基を有する不飽和カルボン酸エステルに由来する繰り返し単位(a3)」に相当し、また、甲1発明の「アクリロニトリル(AN)」は本件発明1の「α,β-不飽和ニトリル化合物に由来する繰り返し単位(a5)」に相当する。そこで、甲1発明の組成を甲2発明に適用できないか検討する。
甲2発明も甲1発明も蓄電池の電極組成物に用いるポリマーに関する発明であり、技術分野は共通している。しかしながらその課題は、甲2発明では段落【0011】に「電極は柔軟性や可とう性を更に優れたものとする」こととされ、甲1発明では段落【0011】に「密着性および充放電特性の良好な蓄電デバイス電極を製造できる」こととされており、必ずしも共通するものではない。さらに、甲第1号証、甲第2号証のいずれをみても甲1発明の組成を甲2発明に適用すべき示唆はなく、また技術常識を踏まえてもあえて甲1発明の組成を甲2発明に適用すべき動機も存在しない。
そうしてみると、本件発明1は当業者が甲1発明を甲2発明に適用して容易に発明することができたものとはいえない。
次に、甲第3号証に記載された事項を甲2発明に適用することを検討する。
甲第3号証の段落[0061]表1をみると、共重合体ラテックスの合成例として本件発明1の「共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(a1)」に相当する「ブタジエン」、本件発明1の「不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(a2)」に相当する「メタクリル酸」、本件発明1の「α,β-不飽和ニトリル化合物に由来する繰り返し単位(a5)」に相当する「アクリロニトリル」を成分として有する共重合体ラテックス(合成例(b)ないし(e))について記載されている。しかしながら、これらの(A)共重合体ラテックスは、成分比の異なる(B)共重合体ラテックスと所定の重量比で調整して紙に塗布して塗工紙を製造するものであり([0062]ないし[0066]を参照。)、二次電池の電極組成物に用いる甲2発明とは分野が異なり、使用方法も異なるものであるから、当業者といえども甲第3号証に記載された事項を甲2発明に適用することは困難である。
したがって、相違点3について検討するまでもなく、請求項1に係る発明は、甲第2号証に記載された発明、甲第1号証に記載された発明、及び甲第3号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明できたものとはいえない。
第6 むすび
以上のとおり、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1ないし4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2022-701271