特許異議申立
2022-701071
ハードコートフィルム
- 審判番号
- 2022-701071
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2016-071050
- 登録番号
- 7061833
- 請求日
- 2022年11月02日
- 審決日
- 2023年03月24日
- 公報発行日
- 2023年04月28日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】日本製紙株式会社
- 【権利者代理人】大塚 武史
- 【異議申立人】鈴木 雅也
- 審判長/審判官
- 審判長 ▲吉▼澤 英一
- 審判官 平塚 政宏
- 審判官 大島 祥吾
- 分類
- P1651.113-Y (B32B) / P1651.121-Y (B32B) / P1651.536-Y (B32B) / P1651.537-Y (B32B)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第1項第3号、特許法第29条、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第6項第2号、特許法第2条第3項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7061833号発明「ハードコートフィルム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7061833号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7061833号(以下「本件特許」という。)の請求項1ないし3に係る特許についての出願は、平成28年 3月31日に出願され、令和4年 4月21日にその特許権の設定の登録がされ、同年 5月 2日に特許掲載公報が発行された。
その後、令和 4年11月 2日に、特許異議申立人 鈴木 雅也(以下「申立人」という。)により、本件特許の請求項1ないし3に係る特許に対して特許異議の申立てがされたものである。
第2 本件発明
本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、その特許請求の範囲に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
基材フィルムの少なくとも片面にハードコート層を設けたハードコートフィルムであって、
前記ハードコート層は電離放射線硬化型樹脂を含有し、
前記電離放射線硬化型樹脂は、(メタ)アクリロイル基を含むアクリル系樹脂を含み、
前記ハードコート層の赤外分光スペクトル測定において、855~1325cm-1に現れるピークの面積をAとし、1650~1800cm-1に現れるピークの面積をBとしたとき、ピーク面積比(A/B)×100が450%以上1500%以下であることを特徴とするハードコートフィルム。
【請求項2】
基材フィルムの少なくとも片面にハードコート層を設けたハードコートフィルムであって、
前記ハードコート層は電離放射線硬化型樹脂を含有し、
前記電離放射線硬化型樹脂は、(メタ)アクリロイル基を含むアクリル系樹脂を含み、
前記ハードコート層の赤外分光スペクトル測定において、855~1325cm-1に現れる最も高いピークの高さをCとし、1650~1800cm-1に現れる最も高いピークの高さをDとしたとき、ピーク高さ比(C/D)×100が100%以上300%以下であることを特徴とするハードコートフィルム。
【請求項3】
前記基材フィルムは、シクロオレフィンフィルムであることを特徴とする請求項1又は2に記載のハードコートフィルム。」
第3 特許異議の申立ての理由の概要
申立人は、本件特許に対する異議理由として下記1ないし5を主張し、証拠方法として下記6の甲第1ないし7号証(いずれも、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物であるか、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものである。)を提示した。
1 異議理由1(新規性)
(1)本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当する。
(2)本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、甲第2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当する。
(3)本件特許の請求項1ないし2に係る発明は、甲第3号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当する。
2 異議理由2(進歩性)
(1)本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条2項の規定により特許を受けることができないから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当する。
(2)本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、甲第2号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条2項の規定により特許を受けることができないから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当する。
(3)本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、甲第3号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条2項の規定により特許を受けることができないから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当する。
3 異議理由3(実施可能要件)
本件特許の請求項1ないし3に係る発明について、発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、それらの特許は、同法第113条第4号に該当する。
4 異議理由4(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし3に係る発明について、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、それらの特許は、同法第113条第4号に該当する。
5 異議理由5(明確性)
本件特許の請求項1ないし3に係る発明について、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないから、それらの特許は、同法第113条第4号に該当する。
6 証拠方法
甲第1号証 特開2014-224967号公報(以下「甲1」という。)
甲第2号証 特開2015-193775号公報(以下「甲2」という。)
甲第3号証 特開2015-34832号公報(以下「甲3」という。)
甲第4号証 「タッチパネル用機能性ハードコート「TOMAX」シリーズについて」塗料の研究、No.155、関西ペイント、2013年10月、第86~87頁(以下「甲4」という。)
甲第5号証 「リアルタイムFT-IRによるUV硬化反応の追跡」サーモフィッシャーサイエンティフィック、2007年(以下「甲5」という。)
甲第6号証 「顕微レーザーラマン分光法による多官能アクリレート硬化物の表面硬化状態の解析」東亞合成グループ研究年報、TREND第19号、東亞合成、2016年1月、第3-1~3-6頁(以下「甲6」という。)
甲第7号証 特開2014-81642号公報(以下「甲7」という。)
第4 当審の判断
1 異議理由1(新規性)、異議理由2(進歩性)について
(1)甲1を主引例とした場合
ア 甲1の実施例の記載(特に、段落【0128】~【0137】、表1)よりみて、甲1には、次の発明が記載されていると認められる。
「粒子(A’)、重合性化合物(B)としての(B-1)根上工業製アートレジンH-34(4官能のウレタンアクリレート)、(B-2)根上工業製アートレジンUN-904(10官能のウレタンアクリレート)及び(B-3)(式は省略。)、分散液(C-1)、ラジカル重合開始剤(D)、並びに溶媒(E)を混合し、40℃で2時間撹拌し、得られた硬化性組成物を、ノルボルネン系樹脂フィルム(JSR製アートンFEKE100、膜厚100μm)又はポリエステル系樹脂フィルム(東レ製PETフィルム、ルミラーU48、膜厚50μm)上にバーコーターを用いて乾燥膜厚が所定値になるように塗布し、次いで、80℃の熱風式乾燥機中で3分間乾燥し、コンベア式水銀ランプを用いて、窒素雰囲気下、1J/cm2の光量で照射して得た、ハードコートフィルム。」(以下「甲1発明」という。)
イ 本件特許の請求項1に係る発明と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明の「(B-1)根上工業製アートレジンH-34」、「(B-2)根上工業製アートレジンUN-904」及び「(B-3)」は、いずれも多能のウレタンアクリレートであり、「重合性化合物(B)」であるから、請求項1に係る発明の「(メタ)アクリロイル基を含むアクリル系樹脂」に相当する。
また、甲1発明の「硬化性組成物」は、「重合性化合物(B)」としての(B-1)、(B-2)及び(B-3)を含み、バーコーターを用いて塗布し、乾燥し、水銀ランプで照射してハードコートフィルムを得ることよりみて、請求項1に係る発明の「ハードコート層」を設けるための「電離放射線硬化型樹脂」に相当する。
さらに、甲1発明の「ノルボルネン系樹脂フィルム」又は「ポリエステル系樹脂フィルム」は、いずれも請求項1に係る発明の「基材フィルム」に相当する。
(イ)よって、請求項1に係る発明と甲1発明とは、
「基材フィルムの少なくとも片面にハードコート層を設けたハードコートフィルムであって、
前記ハードコート層は電離放射線硬化型樹脂を含有し、
前記電離放射線硬化型樹脂は、(メタ)アクリロイル基を有するアクリル系樹脂を含む、ハードコートフィルム。」
である点において一致するものの、請求項1に係る発明は、「前記ハードコート層の赤外分光スペクトル測定において、855~1325cm-1に現れるピークの面積をAとし、1650~1800cm-1に現れるピークの面積をBとしたとき、ピーク面積比(A/B)×100が450%以上1500%以下である」のに対し、甲1発明は、ハードコート層の赤外分光スペクトル測定における「ピーク面積比(A/B)」が不明である点において相違する。
(ウ)上記相違点について検討すると、甲1発明におけるハードコート層は、硬化性組成物を基材フィルム上に塗布し、乾燥し、水銀ランプで照射して得るものであるが、上記硬化性組成物に含まれる重合性組成物(B)に、本件特許明細書の実施例に記載されたTOMAX FA-3246は含まれておらず、また、電離放射線硬化の反応条件も一致しない。そうすると、単に「電離放射線硬化型樹脂を硬化させた」点が共通することのみをもって、ハードコート層の赤外分光スペクトル測定における「ピーク面積比(A/B)」が同様である蓋然性が高いということはできない。よって、請求項1に係る発明は、甲1発明ではない。
(エ)そして、申立人が提示した甲第1ないし7号証のいずれにも、ハードコート層の赤外分光スペクトル測定における「ピーク面積比(A/B)」は記載も示唆もされておらず、甲1発明において、「ピーク面積比(A/B)」を特定する動機付けがあったとはいえない。これに対し、請求項1に係る発明は、「ピーク面積比(A/B)」を特定することにより、本件特許明細書に記載のとおりの格別な効果(段落【0014】、表1、【0057】、【0058】)を奏するものである。よって、請求項1に係る発明は、甲1発明に基いて当業者が容易に想到できたものではない。
(オ)申立人は、ハードコート層における基材層への密着性に関する課題は、甲1の他、甲2及び甲3にも記載され、当該分野で本件特許出願前から知られている課題であり、請求項1に係る発明と甲1発明との相違点は、一定の課題を解決するための数値範囲の最適化又は好適化にすぎず、設計事項であること、さらに、甲4には、TOMAXシリーズが、ハードコート層の材料として用いられることが記載されており、甲1発明において、TOMAXシリーズ製品を用いてハードコート層を形成することに何ら困難性はないこと、を主張する(特許異議申立書第30~32頁)。しかしながら、「ピーク面積比(A/B)」を特定する動機づけがないこと、請求項1に係る発明が格別な効果を奏することは、上記(エ)で検討したとおりである。
ウ 本件特許の請求項2に係る発明は、請求項1の「ピーク面積比(A/B)」に代えて、「前記ハードコート層の赤外分光スペクトル測定において、855~1325cm-1に現れるピークの面積をCとし、1650~1800cm-1に現れるピークの面積をDとしたとき、ピーク高さ比(C/D)×100が100%以上300%以下である」との発明特定事項を独立形式で特定したものである。
そうすると、請求項2に係る発明と甲1発明とは、上記イと同様の対比を行うことができ、したがって、同様の一致点及び相違点を有し、相違点についての検討も同様である。よって、上記イと同様の理由により、請求項2に係る発明は、甲1発明ではなく、また、甲1発明に基いて当業者が容易に発明できたものでもない。
エ 本件特許の請求項3に係る発明は、請求項1又は2を引用して、基材フィルムがシクロオレフィンフィルムであることを特定したものである。
そうすると、請求項3に係る発明と甲1発明とは、少なくとも上記イと同様の相違点を有し、相違点についての検討も同様である。よって、上記イと同様の理由により、請求項3に係る発明は、甲1発明ではなく、また、甲1発明に基いて当業者が容易に発明できたものでもない。
オ 以上のとおり、甲1を主引例とした異議理由1(新規性)、異議理由2(進歩性)によって、本件特許を取り消すことはできない。
(2)甲2を主引例とした場合
ア 甲2の実施例の記載(特に、段落【0139】~【0146】、【0151】、表1、表2)よりみて、甲2には、次の発明が記載されていると認められる。
「化合物(I)、化合物(II)、分散液(B)、ラジカル重合開始剤(C)、並びに溶媒(D)を混合し、40℃で2時間撹拌し、得られた硬化性組成物を、基材層としてのノルボルネン系樹脂フィルム(JSR製アートンFEKE100、膜厚100μm)又はポリエステル系樹脂フィルム(東レ製PETフィルム、ルミラーU48、膜厚50μm)の片面上にバーコーターを用いて乾燥膜厚が所定値になるように塗布し、次いで、80℃の熱風式乾燥機中で3分間乾燥し、コンベア式水銀ランプを用いて、窒素雰囲気下、1J/cm2の光量で照射して、硬化層を形成し、基材層のもう一方の面にも同様にして硬化層を形成して得た、積層フィルム。」(以下「甲2発明」という。)
イ 本件特許の請求項1に係る発明と甲2発明とを対比すると、その対応関係は上記(1)イと同様であって、請求項1に係る発明は、「前記ハードコート層の赤外分光スペクトル測定において、855~1325cm-1に現れるピークの面積をAとし、1650~1800cm-1に現れるピークの面積をBとしたとき、ピーク面積比(A/B)×100が450%以上1500%以下である」のに対し、甲2発明は、ハードコート層の赤外分光スペクトル測定における「ピーク面積比(A/B)」が不明である点において相違し、請求項1に係る発明は、甲2発明ではなく、また、甲2発明に基いて当業者が容易に想到できたものでもない。
ウ 本件特許の請求項2に係る発明と甲2発明との判断は、上記(1)ウと同様である。よって、上記(1)ウと同様の理由により、請求項2に係る発明は、甲2発明ではなく、また、甲2発明に基いて当業者が容易に発明できたものでもない。
エ 本件特許の請求項3に係る発明と甲2発明との判断は、上記(1)エと同様である。よって、上記(1)エと同様の理由により、請求項3に係る発明は、甲2発明ではなく、また、甲2発明に基いて当業者が容易に発明できたものでもない。
オ 以上のとおり、甲2を主引例とした異議理由1(新規性)、異議理由2(進歩性)によって、本件特許を取り消すことはできない。
(3)甲3を主引例とした場合
ア 甲3の実施例1~3の記載(特に、段落【0026】~【0030】、表1)よりみて、甲3には、次の発明が記載されていると認められる。
「メタクリル樹脂から厚さ40μmの一軸配向アクリルフィルムを作製し、
紫外線硬化型樹脂としてウレタンアクリレート樹脂(商品名:アートレジンUN-904、根上工業(株)製)と多官能アクリルモノマー(商品名:ライトアクリレートPE-4A、共栄社化学(株)製)を、光重合開始剤、ヒンダードアミン系光安定化剤を撹拌し、混合溶剤で希釈し、ハードコート層用塗料を得て、
上記で作成した一軸配向アクリルフィルムの片面に、得られたハードコート層用塗料を、バーコータを用いて塗布し、100℃の乾燥炉で20秒間乾燥させ膜厚が4.5μmのハードコート層を形成し、これを、塗布面より60mmの高さにセットされたUV照射装置を用いUV照射量100mJ/cm2にて硬化させ作製した、ハードコートフィルム。」(以下「甲3発明」という。)
イ 本件特許の請求項1に係る発明と甲3発明とを対比すると、その対応関係は上記(1)イと同様であって、請求項1に係る発明は、「前記ハードコート層の赤外分光スペクトル測定において、855~1325cm-1に現れるピークの面積をAとし、1650~1800cm-1に現れるピークの面積をBとしたとき、ピーク面積比(A/B)×100が450%以上1500%以下である」のに対し、甲3発明は、ハードコート層の赤外分光スペクトル測定における「ピーク面積比(A/B)」が不明である点において相違し、請求項1に係る発明は、甲3発明ではなく、また、甲3発明に基いて当業者が容易に想到できたものでもない。
ウ 本件特許の請求項2に係る発明と甲3発明との判断は、上記(1)ウと同様である。よって、上記(1)ウと同様の理由により、請求項2に係る発明は、甲3発明ではなく、また、甲3発明に基いて当業者が容易に発明できたものでもない。
エ 本件特許の請求項3に係る発明と甲3発明との判断は、上記(1)エと同様である。よって、上記(1)エと同様の理由により、請求項3に係る発明は、甲3発明に基いて当業者が容易に発明できたものでない。
オ 以上のとおり、甲3を主引例とした異議理由1(新規性)、異議理由2(進歩性)によって、本件特許を取り消すことはできない。
2 異議理由3(実施可能要件)について
(1)物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第1号)、物の発明について実施可能要件を充足するためには、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基いて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、使用することができる程度の記載があることを要する。
(2)ア 本件特許の請求項1ないし3の記載は、上記第2のとおりであり、請求項1に係る発明は、ハードコート層が電離放射線硬化型樹脂を含有し、その赤外分光スペクトル測定において、855~1325cm-1に現れるピークの面積をAとし、1650~1800cm-1に現れるピークの面積をBとしたとき、ピーク面積比(A/B)×100が450%以上1500%以下であるハードコートフィルムであり、請求項2に係る発明は、ハードコート層が電離放射線硬化型樹脂を含有し、その赤外分光スペクトル測定において、855~1325cm-1に現れるピークの高さをCとし、1650~1800cm-1に現れる最も高いピークの高さをDとしたとき、ピーク高さ比(C/D)×100が100%以上300%以下であるハードコートフィルムであり、請求項3に係る発明は、上記に加え、基材フィルムがシクロオレフィンフィルムであるハードコートフィルムである。
イ 本件特許明細書の発明の詳細な説明によると、基材フィルムについてシクロオレフィンフィルムを用いることができ(段落【0017】)、ハードコート層について電離放射線硬化型樹脂を用いることが好ましく、未硬化の状態で赤外分光スペクトルにおいて1350~1390cm-1及び715~745cm-1にピークを示す(メタ)アクリロイル基を含むアクリル系樹脂を含むものであることが好ましく(段落【0021】、【0022】)、硬化後のハードコート層が赤外分光スペクトル測定において、855~1325cm-1に現れるピークの面積をAとし、1650~1800cm-1に現れるピークの面積をBとしたとき、ピーク面積比(A/B)×100が450%以上1500%以下であることが好ましく(段落【0034】)、また、855~1325cm-1に現れるピークの高さをCとし、1650~1800cm-1に現れる最も高いピークの高さをDとしたとき、ピーク高さ比(C/D)×100が100%以上300%以下であるハードコートフィルムが好ましい(段落【0035】)。そして、実施例1ないし5及び比較例1ないし5が、請求項1ないし3に係るハードコートフィルムの作製例として示されている(段落【0039】~【0058】)。
したがって、当業者であれば、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件特許の出願当時の技術常識に基いて、過度の試行錯誤を要することなく、請求項1ないし3に係るハードコートフィルムを生産し、使用することができるといえる。
(3)ア 申立人は、本件特許明細書の実施例1~5においては、TOMAX FA-3246を用いているが、商品名のみが記載されているに過ぎず、アクリロイル基の数等の情報は記載されていないので、単に商品名を開示したに過ぎない発明の詳細な説明は、当業者がその物を作れるように記載されているとは到底いえないものであること、及び、TOMAX FA-3246という記載だけでは、ウレタンアクリレート以外の部分について、どのような組成物であるかは全く不明であり、また、エーテル基やエステル基を含む場合と、シリカ骨格や酸化アルミニウム骨格を含む場合とでは、明らかにハードコート層として性質が全く異なるものであり、一緒くたに扱うことはできないこと、を主張する(特許異議申立書第52~54頁)。
イ そこで検討するに、日本化工塗料株式会社製の「TOMAX」シリーズはタッチパネル用機能性ハードコートの商品群であって(甲4)、実施例1~5のTOMAX FA-3246も当該商品群に含まれると解されるところ、実施例1~5では、ハードコート層の評価方法として、ピーク面積比とピーク高さ比は赤外分光スペクトル(赤外吸収スペクトル)が測定され、各比が所定の範囲内にあることが確認できる。また、密着性、耐擦傷性、鉛筆硬度及び経時での外観は、段落【0052】~【0055】に記載されるとおりの各方法で評価することができ、その結果は段落【0056】表1に示されるとおりである。そして、TOMAX FA-3246の具体的な化学組成が知られていなければ、これら評価ができないということはないのであってみれば、申立人の上記主張は採用できない。
(4)以上のとおり、異議理由3(実施可能要件)によって、本件特許を取り消すことはできない。
3 異議理由4(サポート要件)について
(1)特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
(2)ア 本件特許の請求項1ないし3の記載は、上記第2のとおりである。
イ 本件特許明細書の発明の詳細な説明によると、発明が解決しようとする課題は「シクロオレフィンフィルム等の極性基が少なく密着性に劣る基材フィルムの少なくとも片面にハードコート層を設けたハードコートフィルムであるが、通常条件下、及び耐湿熱条件下における経時密着性と耐久性に優れるハードコートフィルムを提供すること」(段落【0008】)である。
ウ そして、上記課題を解決するため、赤外分光スペクトルに特徴のある樹脂をハードコート層に用いることで、シクロオレフィンフィルム等の極性基が少なく密着性に劣る基材フィルムに対してもハードコート層との密着性を改善できることを見出し、本件特許発明を完成したものであり(段落【0009】)、ハードコート層が、赤外分光スペクトル測定において、855~1325cm-1に現れるピークの面積をAとし、1650~1800cm-1に現れるピークの面積をBとしたとき、ピーク面積比(A/B)×100が450%以上1500%以下であることが好ましく、また、855~1325cm-1に現れるピークの高さをCとし、1650~1800cm-1に現れる最も高いピークの高さをDとしたとき、ピーク高さ比(C/D)×100が100%以上300%以下であるハードコートフィルムが好ましく(段落【0034】~【0038】)、具体的実施例も示されている(段落【0039】~【0058】、表1)。
エ したがって、発明の詳細な説明には、ハードコートフィルムのハードコート層が、上記ピーク面積比(A/B)及びピーク高さ比(C/D)を満足することにより、上記課題が解決されることが記載されているから、本件特許の請求項1ないし3は、発明の詳細な説明の記載により、当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲内のものということができる。
(3)ア 申立人は、本件特許明細書には、TOMAX FA-3246を用いずに、本件特許発明で規定されているピーク面積比やピーク高さ比を達成している実施例が存在せず、また、同じハードコート層であっても、基材フィルムの種類が変われば、ハードコート層の密着性も変わることは技術常識であるから、シクロオレフィンフィルム以外のフィルムを用いた場合について、本件特許発明の効果を奏するか不明であるから、出願時の技術常識に照らしても、本件特許発明1~3まで拡張ないし一般化することはできないこと、を主張する(特許異議申立書第54~55頁)。
イ しかしながら、本件特許の請求項1ないし3は、発明の詳細な説明の記載により、当業者がその課題を解決できると認識できる範囲内のものであり、したがって、サポート要件を充足することは上記(2)で検討したとおりである。また、申立人は、TOMAX FA-3246以外のハードコート剤やシクロオレフィンフィルム以外のフィルムを用いた場合についてサポート要件を充足しないとする合理的な根拠を示していない。したがって、申立人の主張は採用できない。
(4)以上のとおり、異議理由4(サポート要件)によって、本件特許を取り消すことはできない。
4 異議理由5(明確性)について
(1)特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2)本件特許の請求項1ないし3の記載は、上記第2のとおりであり、請求項1に係る発明は、ハードコート層が電離放射線硬化型樹脂を含有し、その赤外分光スペクトル測定において、855~1325cm-1に現れるピークの面積をAとし、1650~1800cm-1に現れるピークの面積をBとしたとき、ピーク面積比(A/B)×100が450%以上1500%以下であるハードコートフィルムであり、請求項2に係る発明は、ハードコート層が電離放射線硬化型樹脂を含有し、その赤外分光スペクトル測定において、855~1325cm-1に現れるピークの高さをCとし、1650~1800cm-1に現れる最も高いピークの高さをDとしたとき、ピーク高さ比(C/D)×100が100%以上300%以下であるハードコートフィルムであり、請求項3に係る発明は、上記に加え、基材フィルムがシクロオレフィンフィルムであるハードコートフィルムである。
よって、本件特許の請求項1ないし3の記載は、それ自体として、特許を受けようとする発明が明確であるといえる。
(3)申立人は、本件特許明細書の段落【0036】には「…。また1650~1800cm-1に現れる赤外スペクトルのピークは、アクリロイル基の炭素-炭素二重結合を現す。」という記載があるが、甲5ないし7に記載されているとおり、アクリロイル基の炭素-炭素二重結合のピークは、1620~1640cm-1に存在するので、本件特許発明において、1650~1800cm-1に現れるピークの面積、及び、1650~1800cm-1に現れる最も高いピークの高さを規定する技術的意義が不明であること、を主張する(特許異議申立書第55~56頁)。
しかしながら、上記(2)で検討したとおり、本件特許の請求項1ないし3の記載は、それ自体として、特許を受けようとする発明が明確であるといえるところ、本件特許明細書の段落【0036】に記載された上記事項が甲5ないし7の記載と合致していないことにより、本件特許の請求項1ないし3の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとまでいうことはできない。よって、申立人の主張は採用できない。
(4)以上のとおり、異議理由5(明確性)によって、本件特許を取り消すことはできない。
第5 むすび
以上のとおり、特許異議申立人が主張する特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1ないし3に係る特許を取り消すことはできない。また、他に、本件特許の請求項1ないし3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2022-701071