特許異議申立
2025-701060
防水紙およびその製造方法
- 審判番号
- 2025-701060
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2022-001526
- 登録番号
- 7675030
- 請求日
- 2025年11月11日
- 審決日
- 2026年03月30日
- 公報発行日
- 2026年05月29日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】日本製紙株式会社
- 【権利者代理人】山本 修
- 【権利者代理人】中村 充利
- 【権利者代理人】小笠原 有紀
- 【権利者代理人】新井 規之
- 【異議申立人】赤松 智信
- 審判長/審判官
- 審判長 篠塚 隆
- 審判官 坂庭 剛史
- 審判官 岩間 直純
- 分類
- P1651.121-Y (D21H) / P1651.537-Y (D21H)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第113条第2号、特許法第113条第4号、特許法第44条第1項、特許法第36条第6項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7675030号発明「防水紙およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7675030号の請求項1~10に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7675030号(以下、「本件特許」という。)の請求項1~10に係る特許についての出願は、2021年(令和3年)6月28日(優先権主張 令和2年7月3日)の出願である特願2021-559343号の一部を令和4年1月7日に特許法第44条第1項の規定による新たな特許出願としたものであって、令和7年4月30日にその特許権の設定登録がされ、同年5月12日に特許掲載公報が発行され、その後、同年11月11日に、請求項1~10に係る特許について、特許異議申立人 赤松 智信(以下、「申立人」という。)により、甲第1~11号証を証拠方法として特許異議の申立てがなされ、令和8年1月5日に、申立人より特許異議申立書の手続補正書が提出されたものである。
第2 本件発明
本件特許の請求項1~10に係る発明は、それぞれ、特許請求の範囲の請求項1~10に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである(以下、請求項1~10に係る発明を、それぞれ「本件発明1」~「本件発明10」といい、まとめて「本件発明」ということがある。)。
「【請求項1】
120秒コッブ吸水度が5g/m2以上20g/m2未満、王研式平滑度が13秒以上である紙基材上に防水剤を塗工した塗工層を有する防水紙であって、
前記防水紙は、30分でのコッブ吸水度が25g/m2以下であり、防水剤が、スチレン系樹脂、アクリル系樹脂、ポリオレフィン樹脂の少なくとも1つおよびワックスを含有する、防水紙。
【請求項2】
前記塗工層の塗工量が4~20g/m2である、請求項1に記載の防水紙。
【請求項3】
透湿度が50g/m2・24h以下である、請求項1または2に記載の防水紙。
【請求項4】
前記防水剤が、スチレン系樹脂、アクリル系樹脂の少なくとも1つおよびワックスを含有する、請求項1~3のいずれかに記載の防水紙。
【請求項5】
前記紙基材の透湿度が1500g/m2・24h以上である、請求項1~4のいずれかに記載の防水紙。
【請求項6】
前記紙基材の王研式平滑度が15秒以上である、請求項1~5のいずれかに記載の防水紙。
【請求項7】
前記紙基材の少なくとも片面に撥水剤が塗布されており、紙基材の撥水度がR4以上である、請求項1~6のいずれかに記載の防水紙。
【請求項8】
紙基材が、多層抄きの板紙である、請求項1~7のいずれかに記載の防水紙。
【請求項9】
防水紙のコッブ吸水度が、120秒で3g/m2以下、かつ、30分で20g/m2以下であり、紙基材の撥水度がR6以上である、請求項1~8のいずれかに記載の防水紙。
【請求項10】
120秒コッブ吸水度が5g/m2以上20g/m2未満、王研式平滑度が13秒以上である紙基材上に防水剤を塗工することを含む、防水紙の製造方法であって、
前記防水紙は、30分でのコッブ吸水度が25g/m2以下であり、防水剤が、スチレン系樹脂、アクリル系樹脂、ポリオレフィン樹脂の少なくとも1つおよびワックスを含有する、上記方法。」
第3 特許異議申立理由の概要
申立人が申し立てた理由は、概略以下のとおりである。
1 特許法第113条第2号(同法第29条第2項)について
・理由1(甲第1号証を主引用例とする進歩性欠如)
本件発明1~10は、甲第1号証に記載された発明及び他の文献(甲第2号証~甲第11号証)に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
2 特許法第113条第4号(同法第36条第6項第1号)について
・理由2(サポート要件違反)
本件発明1~10は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように認識された範囲を超えるものであるから、発明の詳細な説明に記載された発明ではない。
3 証拠方法
甲第1号証:特開平10-168786号公報
甲第2号証:特開平9-158089号公報
甲第3号証:特開昭48-53010号公報
甲第4号証:特開平7-70983号公報
甲第5号証:特開平9-3795号公報
甲第6号証:特開2006-118108号公報
甲第7号証:特許第2717177号公報
甲第8号証:特開平8-26347号公報
甲第9号証:特開2005-206957号公報
甲第10号証:特許第6139076号公報
甲第11号証:特許第5882047号公報
第4 特許異議申立理由についての検討
1 特許法第113条第2号(同法第29条第2項)について
(1)甲第1号証記載事項、甲第1発明1及び甲第1発明2
甲第1号証には、次のア及びイの事項が記載されている(当審注:下線は当審が付与した。また、「・・・」は記載の省略を表す。以下、同様である。)。
ア 「【請求項1】 抄造時に耐水剤を添加してなる耐水剤含有紙の少なくとも片面に、ワックス又はワックスと合成高分子樹脂からなる塗工層を形成した耐水紙。
・・・
【請求項4】 抄造時に耐水剤を添加してなる耐水剤含有紙の少なくとも片面に、ワックスエマルジョン、又はワックスエマルジョン及び合成高分子樹脂エマルジョンの混合液を塗工し、加熱乾燥させる耐水紙の製造方法。」
イ 「【0029】上記合成高分子樹脂エマルジョンは、アクリル系樹脂、合成ゴム系樹脂、酢酸ビニル系樹脂、塩化ビニル系樹脂、塩化ビニリデン系樹脂等の樹脂1種又はこれら2種以上の混合物に、乳化剤(すなわち、界面活性剤)を添加した水系分散体である。上記アクリル系樹脂としては、アクリル酸エステル系樹脂、スチレン-アクリル系樹脂、エチレン-アクリル系樹脂等の樹脂があげられる。また、合成ゴム系樹脂としては、メチルメタクリレート-ブタジエン系樹脂、スチレン-ブタジエン系樹脂等があげられる。これらの中でも、合成ゴム系樹脂やアルキル系樹脂は、耐水剤含有紙への耐水性付与が良好なので好ましい。」
ウ 上記ア及びイからみて、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明1」という。)が記載されているといえる。
(甲1発明1)
「紙の少なくとも片面に、ワックスと合成高分子樹脂からなる塗工層を形成した耐水紙であって、
上記合成高分子樹脂は、アクリル系樹脂、合成ゴム系樹脂等の樹脂1種又はこれら2種以上の混合物であり、上記アクリル系樹脂としては、スチレン-アクリル系樹脂があげられる、
耐水紙。」
エ 上記ア及びイからみて、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明2」という。)が記載されているといえる。
(甲1発明2)
「紙の少なくとも片面に、ワックスエマルジョン及び合成高分子樹脂エマルジョンの混合液を塗工し、加熱乾燥させる耐水紙の製造方法であって、
上記合成高分子樹脂エマルジョンは、アクリル系樹脂、合成ゴム系樹脂等の樹脂1種又はこれら2種以上の混合物に、乳化剤を添加した水系分散体であり、上記アクリル系樹脂としては、スチレン-アクリル系樹脂があげられる、
上記方法。」
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明1とを対比する。
(ア)甲1発明1の「紙」は、その「片面」に「塗工層を形成」して「耐水紙」とするための紙であるのだから、「紙基材」である点で本件発明1の「紙基材」と共通し、後述する相違点1の点において両者は相違している。
(イ)甲1発明1の「塗工層」が「ワックスと合成高分子樹脂からなる」ことは、「上記合成高分子樹脂は、アクリル系樹脂、合成ゴム系樹脂等の樹脂1種又はこれら2種以上の混合物であり、上記アクリル系樹脂としては、スチレン-アクリル系樹脂があげられる」のだから、本件発明1の「防水剤が、スチレン系樹脂、アクリル系樹脂、ポリオレフィン樹脂の少なくとも1つおよびワックスを含有する」ことに相当する。
(ウ)上記(イ)を踏まえると、甲1発明1の「塗工層を形成した耐水紙」は、「塗工層を有する防水紙」である点で本件発明1の「塗工層を有する防水紙」と共通し、後述する相違点2の点において両者は相違している。
イ 一致点及び相違点
上記アの対比を踏まえると、本件発明1と甲1発明1は、次の(ア)の点で一致し、次の(イ)~(ウ)の点で相違する。
(ア)一致点
「紙基材上に防水剤を塗工した塗工層を有する防水紙であって、
前記防水紙は、防水剤が、スチレン系樹脂、アクリル系樹脂、ポリオレフィン樹脂の少なくとも1つおよびワックスを含有する、防水紙。」
(イ)相違点1
本件発明1の紙基材が「120秒コッブ吸水度が5g/m2以上20g/m2未満、王研式平滑度が13秒以上である」のに対して、甲1発明1の紙は、そのような構成が特定されていない点。
(ウ)相違点2
本件発明1の防水紙が「30分でのコッブ吸水度が25g/m2以下であ」るのに対して、甲1発明1の耐水紙は、そのような構成が特定されていない点。
ウ 判断
(ア)相違点1について
a 甲第2号証(【0038】及び【0053】)には、実施例1の基紙として、王研式平滑度が「20秒」であるものが記載されており、それは、相違点1に係る「王研式平滑度が13秒以上である」という要件を満たしているものの、その基紙の120秒コッブ吸水度は「30g/m2」であるから、相違点1に係る「120秒コッブ吸水度が5g/m2以上20g/m2未満」という要件を満たしていない。
b 甲第3号証(第1ページ右下欄第18行及び第2ページ右下欄第3~4行)には、120秒コッブ吸水度が「17g/m2以下(14g/m2)の板紙」が記載されているが、その板紙の王研式平滑度については記載されていないから、それは、相違点1に係る「120秒コッブ吸水度が5g/m2以上20g/m2未満」という要件を満たしているが、「王研式平滑度が13秒以上である」という要件を満たしていない。
c 甲第4号証(【0006】)には、王研式平滑度が「20~200秒」の範囲にある塗工基紙が記載されているが、その基紙の120秒コッブ吸水度については記載されていないから、それは、相違点1に係る「王研式平滑度が13秒以上である」という要件を満たしているが、「120秒コッブ吸水度が5g/m2以上20g/m2未満」という要件を満たしていない。
d また、甲5号証~甲11号証のいずれにも、相違点1に係る「120秒コッブ吸水度が5g/m2以上20g/m2未満」という要件と「王研式平滑度が13秒以上である」という要件の両方を満たす紙の構成が記載されていない。
e そして、上記相違点1に係る「120秒コッブ吸水度が5g/m2以上20g/m2未満」という要件と「王研式平滑度が13秒以上である」という要件は、共に、紙基材上に防水剤を均一に塗工するための要件であって、本件特許明細書【0021】に紙基材のコッブ吸水度が当該範囲であることにより、「防水塗料中の固形分が紙層表面へ滞留することにより確実な被覆が行われ防水性と防湿性の向上を両立させることができる。」、【0025】に王研式平滑度が当該範囲であることにより、「紙基材を均一に被覆する防水塗工層を設けることができ、防水性および防湿性が向上する。」と記載されていることから、両者は防水性と防湿性に関し、互いに影響するパラメータであると認められるから、両者は互いに密接に関連している要件であるといえるものである。
f 以上のことからみて、上記相違点1に係る両方の要件を共に満たす構成を記載した証拠がない以上、甲第1発明1から出発して、上記相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を有するものに到達することは、当業者が容易になし得ることではないといわざるを得ない。
g よって、本件発明1の相違点1に係る構成は、甲1発明1及び甲2号証~甲第11号証に記載された事項に基いて当業者が容易に想到し得たものではない。
(イ)小括
上記(ア)からみて、上記イ(ウ)で示した相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明及び甲2号証~甲第11号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)本件発明2~9について
本件発明2~9は、いずれも、本件発明1の発明特定事項を全て有するものであるから、上記(2)ウで示した理由と同様の理由により、甲1発明及び甲2号証~甲第11号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(4)本件発明10について
ア 上記(2)アにおける対比を踏まえて、本件発明10と甲1発明2を対比すると、両発明は、
「紙基材上に防水剤を塗工することを含む、防水紙の製造方法であって、
防水剤が、スチレン系樹脂、アクリル系樹脂、ポリオレフィン樹脂の少なくとも1つおよびワックスを含有する、上記方法。」
である点で一致し、上記(2)イで述べた相違点1~2で相違する。
イ そして、上記(2)ウで述べたとおり、相違点1に係る構成は、当業者が容易に想到し得たものではないのだから、本件発明10は、上記(2)ウと同様の理由により、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(5)申立人の主張について
ア 申立人の主張の概要
申立人の主張は、概略、以下のとおりである(特許異議申立書第12ページ第1行~第20ページ第3行)。
(ア)本件発明1~10は、甲第1号証に記載された発明(甲1発明)及び他の引用文献(甲第2号証~甲第11号証)に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(イ)本件発明1と甲1発明とを対比した場合の相違点1である「紙基材について、本件発明1は、120秒コッブ吸水度が5g/m2以上20g/m2未満、王研式平滑度が13秒以上であるのに対して、甲1発明ではこれらの特定がなされていない点。」について、以下、a~cのとおり。
a 紙基材のコッブ吸水度について、甲第2号証には、120秒コッブ吸水度が30g/m2の実施例1が記載されており、甲第3号証には、コッブ吸水度が17g/m2以下の板紙及び14g/m2の実施例1が記載されているから、甲1発明に係る防水紙の紙基材として、5g/m2以上20g/m2未満のものを用いることに技術的困難性はなく、効果も予測し得るものにすぎない。
b 紙基材の平滑度について、甲第2号証には、平滑度を10秒以上とすることが記載され、王研式平滑度が20秒である実施例1が記載され、甲第4号証には、王研式平滑度が20~200秒である紙基材が記載されているから、甲1発明に係る防水紙において平滑度が相違点1に係る範囲内である紙基材を用いることに格別の困難性はなく、その効果も予測し得る程度のものである。
c したがって、一定の防水効果が求められる甲1発明において、甲第2号証~甲第4号証に記載された、防水紙の機能と紙基材のコッブ吸水度や平滑度との関係、実施例における値等を参酌して、相違点1に係る120秒コッブ吸水度及び王研式平滑度の範囲を満足する紙基材を採用することは、当業者であれば容易になし得るところである。
イ 申立人の主張についての判断
(ア)上記ア(イ)aに係る申立人の主張における、甲第2号証に記載された実施例1の120秒コッブ吸水度である「30g/m2」は、相違点1に係る本件発明1の120秒コッブ吸水度の範囲である「5g/m2以上20g/m2未満」を逸脱したものである。
(イ)上記(ア)を踏まえると、相違点1に係る本件発明1の王研式平滑度の条件を満たす構成が甲第2号証に記載されているとしても、甲1発明に対して、甲第2号証に記載された構成を適用した場合では、相違点1に係る本件発明1の120秒コッブ吸水度の範囲を逸脱した構成に到達することになる。
(ウ)また、上記ア(イ)aに係る申立人の主張における、甲第3号証に記載された構成が、相違点1に係る本件発明1の120秒コッブ吸水度の範囲であるとしても、甲第3号証には、王研式平滑度の条件について記載されていないから、甲1発明に対して、甲第3号証に記載された構成を適用した場合では、相違点1に係る本件発明1の王研式平滑度の条件を満たす構成に到達するかどうかは分からない。
(エ)同様に、上記ア(イ)bに係る申立人の主張における、甲第4号証に記載された構成が、相違点1に係る本件発明1の王研式平滑度の条件を満たしているとしても、甲第4号証には、120秒コッブ吸水度について記載されていないから、甲1発明に対して、甲第4号証に記載された構成を適用した場合では、相違点1に係る本件発明1の120秒コッブ吸水度の範囲内の構成に到達するかどうかは分からない。
(オ)そして、本件特許明細書における【0010】、【0021】及び【0025】の説明を総合すると、相違点1に係る本件発明1の120秒コッブ吸水度の範囲と王研式平滑度の条件は、共に、紙基材上に防水剤を均一に塗工するための、互いに密接に関連している要件であると理解されるところ、上記相違点1に係る両方の要件を共に満たす構成を記載した証拠がない以上、甲第1発明から出発して、上記相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を有するものに到達することは、当業者が容易になし得ることではない。
(カ)上記(ア)~(オ)からみて、上記ア(イ)cに係る申立人の主張は採用できない。
(キ)したがって、その余の申立人の主張について判断するまでもなく、上記ア(ア)に係る申立人の主張は採用できない。
(6)小括
したがって、本件発明1~10は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証~甲第11号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、前記第3の1の特許異議の申立て理由は理由がない。
2 特許法第113条第4号(同法第36条第6項第1号)について
(1)サポート要件の判断枠組み
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも、当業者が本件特許の出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、この観点により検討する。
(2)サポート要件の判断
ア 本件発明が解決しようとする課題は、本件特許明細書【0009】の記載からみて、「防湿性と防水性を兼ね備える防水紙とその製造方法を提供する」こと(以下「本件課題」という。)にあると認められる。
イ 本件課題を解決するための手段について、本件特許明細書の発明の詳細な説明の欄には、次の記載がある。
(ア)「【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討したところ、コッブ吸水度が低い紙基材に対して、スチレン・アクリル系樹脂等の防水剤を塗工すると塗料が水滴状になりにくく、塗料を紙基材上に均一に分布させることに成功した。本発明によれば、ワックス系撥水剤を塗工しているため撥水性を有する紙基材においても、特定の防水剤を選択的に用いることにより、紙基材上に均一に防水剤を塗工することが可能となるため、紙の防水性を高めることが可能となる。」
(イ)「【0011】
以下に限定されるものではないが、本発明は、下記の態様を包含する。
[1] 120秒コッブ吸水度が5~25g/m2、紙パルプ試験方法No.68に規定する撥水度がR4以上である紙基材上に防水剤を塗工した防水紙であって、防水剤が、スチレン系樹脂、アクリル系樹脂、ポリオレフィン樹脂の少なくとも1つの成分およびワックスを含有する、上記防水紙。
[2] 前記塗工層の塗工量が4~20g/m2である、[1]に記載の防水紙。
[3] 透湿度が50g/m2・24h以下である、[1]または[2]に記載の防水紙。
[4] 前記紙基材のコッブ吸水度が、120秒で3g/m2以下であるか、30分で25g/m2以下である、[1]~[3]のいずれかに記載の防水紙。
[5] 前記紙基材の透湿度が1500g/m2・24h以上である、[1]~[4]のいずれかに記載の防水紙。
[6] 前記紙基材の王研式平滑度が13秒以上である、[1]~[5]のいずれかに記載の防水紙。
[7] 前記紙基材の少なくとも片面に撥水剤が塗布されている、[1]~[6]のいずれかに記載の防水紙。
[8] 紙基材が、多層抄きの板紙である、[1]~[7]のいずれかに記載の防水紙。
[9] 防水紙のコッブ吸水度が、120秒で3g/m2以下であるか、30分で25g/m2以下である、[1]~[8]のいずれかに記載の防水紙。
[10] 120秒コッブ吸水度が5~25g/m2、紙パルプ試験方法No.68に規定する撥水度がR4以上である紙基材上に防水剤を塗工することを含む、防水紙の製造方法であって、防水剤が、スチレン系樹脂、アクリル系樹脂、ポリオレフィン樹脂の少なくとも1つの成分およびワックスを含有する、上記方法。」
(ウ)「【0021】
本発明に用いる紙基材は、防水塗工層を設ける面の120秒コッブ吸水度が25g/m2以下、好ましくは20g/m2以下、より好ましくは15g/m2以下の範囲である。また、本発明に用いる紙基材は、120秒コッブ吸水度が5g/m2以上であり、好ましくは7g/m2以上、より好ましくは10g/m2以上である。本発明においては、ワックスなどの撥水剤や、樹脂を含むニス等の防水性を有しないコーティング剤(目止め剤)等を塗工するなどして紙基材の120秒コッブ吸水度を調整することができるが、紙基材の120秒コッブ吸水度が上記の範囲であることにより、防水塗料の溶媒中に含まれた水分の過剰な浸透による紙力低下防止と、防水塗料中の固形分が紙層表面へ滞留することにより確実な被覆が行われ防水性と防湿性の向上を両立させることができる。」
(エ)「【0025】
本発明に用いる紙基材は、好ましい態様において、塗工層を設ける面の王研式平滑度が13秒以上であり、より好ましくは15秒以上であり、さらに好ましくは17秒以上である。上限は特に限定しないが、好ましくは100秒以下であり、より好ましくは90秒以下、さらに好ましくは80秒以下、最も好ましくは70秒以下である。防水塗工層を設ける面の平滑度が上記の範囲であることにより、紙基材を均一に被覆する防水塗工層を設けることができ、防水性および防湿性が向上する。」
(オ)「【実施例】
【0054】
以下に、具体例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明は下記の具体例によって限定されるものではない。なお、本明細書において、特に記載しない限り、濃度などは重量基準であり、数値範囲はその端点を含むものとする。
【0055】
防水紙の製造
<サンプル1>
段古紙パルプ100%からなる裏層、古紙パルプ100%からなる中層、未晒クラフトパルプ70%および段古紙パルプ30%からなる表層を裏層:中層:表層=25:60:15の重量比で抄き合わせ、ドライヤにて乾燥後、パラフィン系ワックスおよびロジンを含む撥水剤を表層側に片面塗工し、再度ドライヤにて乾燥後、カレンダを用いて平滑化処理を行い、紙基材Aを製造した(坪量:約280g/m2、表面の120秒コッブ吸水度:13g/m2)。次いで、紙基材の表層側にエアナイフを用いてスチレン・アクリル系樹脂とワックスを含有する防水剤(マイケルマン VaporCoat2200)を10.0g/m2塗布し、乾燥工程出口における塗工層の温度が80℃となるよう熱風乾燥してライナサンプルを得た。
【0056】
<サンプル2>
防水剤の塗工量を7.8g/m2とした以外は、サンプル1と同様にしてライナサンプルを得た。
【0057】
<サンプル3>
防水剤の塗工量を11.3g/m2とした以外は、サンプル1と同様にしてライナサンプルを得た。
【0058】
<サンプル4>
段古紙パルプ100%からなる裏層、古紙パルプ100%からなる中層、未晒クラフトパルプ35%および段古紙パルプ65%からなる表層を裏層:中層:表層=25:60:15の重量比で抄き合わせ、ドライヤにて乾燥後、パラフィン系ワックスおよびロジンを含む撥水剤を表層側に片面塗工、再度ドライヤにて乾燥後、カレンダを用いて平滑化処理を行い、紙基材Bを製造した(坪量:約280g/m2、表面の120秒コッブ吸水度:16g/m2)。次いで、紙基材の表層側にエアナイフを用いてスチレン・アクリル系樹脂とワックスを含有する防水剤(マイケルマン VaporCoat2200)を10.5g/m2塗布し、乾燥工程出口における塗工層の温度が80℃となるよう熱風乾燥してライナサンプルを得た。」
(カ)「【0070】
表に示した結果より明らかなように、コッブ吸水度が小さく撥水度の高い紙基材にスチレン・アクリル系樹脂の防水塗工層を設けたサンプル1~4は、防湿性と防水性を併せ持ち、3週間と長期にわたり水を入れた状態で放置しても漏れが発生しなかった。一方、サンプル7~9は、1日後または6時間後の段階で、箱の形状を維持できない程に水が浸み出していた。」
ウ 上記イ(ア)及びイ(ウ)によれば、「コッブ吸水度が低い」紙基材、具体的には、防水塗工層を設ける面の「120秒コッブ吸水度が5g/m2以上であり」、「好ましくは20g/m2以下」である紙基材に対して防水剤を塗工すると「塗料が水滴状になりにくく、塗料を紙基材上に均一に分布させることに成功した」とされており、これにより「防水性と防湿性の向上を両立させること」ができたとされている。
エ 上記イ(エ)によれば、塗工層を設ける面の「王研式平滑度が13秒以上」であることにより、「紙基材を均一に被覆する防水塗工層を設けることができ、防水性および防湿性が向上する」とされている。
オ 上記イ(イ)及びイ(オ)によれば、上記ウ及びエに係る紙基材上に塗工する防水剤が、「スチレン系樹脂、アクリル系樹脂、ポリオレフィン樹脂の少なくとも1つの成分およびワックスを含有する」ものであって、その一例として、「マイケルマン VaporCoat2200」が挙げられており、上記イ(カ)によれば、このようにして製造されたサンプル1~4は、「防湿性と防水性を併せ持ち、3週間と長期にわたり水を入れた状態で放置しても漏れが発生しなかった」という実験結果が得られたとされている。
カ 上記ウ~オの検討を踏まえると、「120秒コッブ吸水度が5g/m2以上20g/m2未満、王研式平滑度が13秒以上である紙基材上に」「アクリル系樹脂、ポリオレフィン樹脂の少なくとも1つおよびワックスを含有する」「防水剤を塗工した塗工層を有する防水紙」を発明特定事項とした本件発明は、上記アで示した「防湿性と防水性を兼ね備える防水紙とその製造方法を提供する」という課題を解決できると、当業者は理解するものであるところ、このことを上記(1)の判断枠組みに当てはめれば、本件特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合する。
キ よって、本件発明1~10は、発明の詳細な説明に記載したものである。
(3)申立人の主張について
ア 申立人の主張の概要
申立人の主張は、概略、以下のとおりである(特許異議申立書第20ページ第5~27行)。
(ア)本件特許明細書の実施例の記載においては、防水剤としてスチレンアクリル系樹脂とワックス(いずれも具体的な成分等の詳細は不明)を含有するマイケルマン社製「VaporCoat2200」を使用した例が示されるのみである。
(イ)発明の詳細な説明における他の記載を参照しても、本願発明において、いかなる事項を考慮して防水剤を選択し、また、どのように配合するべきか、何ら説明がなされていない。
(ウ)しかしながら、当該技術分野においては、使用する紙基材に応じて、防水剤に含まれる樹脂成分とワックス成分の種類は配合のバランス等が決定される。
(エ)したがって、実施例で使用されている成分等が明らかでない上記1種類の防水剤による実験結果に基づいて、請求項1に係るスチレン系樹脂、アクリル系樹脂、ポリオレフィン樹脂の少なくとも1つの成分およびワックスを含有する広範な防水剤にまで拡張ないし一般化することはできないから、本件発明1は、発明の詳細な説明の記載において、当業者が当該発明の課題を解決できるように記載された範囲を超えたものである。
イ 申立人の主張についての判断
(ア)上記(2)アで示した本件課題は、上記(2)ウ及び(2)エで示したとおり、防水剤が塗工される「紙基材」に採用された構成の特徴によって解決できるようになっていたと理解できる。
(イ)そして、本件課題を解決できる紙基材に対して塗工する「防水剤」としては、上記(2)オで示したとおり、その一例と拡張できる範囲とが、本件特許明細書の発明の詳細な説明に示されていると理解される。
(ウ)そして、当業者であれば、本件特許明細書の発明の詳細な説明に示された範囲に属する任意の防水剤を適宜採用することによって、本件課題を解決できたと推認するものである。
(エ)一方、申立人の上記アに係る主張は、本件発明に係る「スチレン系樹脂、アクリル系樹脂、ポリオレフィン樹脂の少なくとも1つの成分およびワックスを含有する」防水剤であっても、上記(ア)で述べた、本件課題を解決可能な構成が採用された「紙基材」に対して塗工した場合に、実施例に記載された防水剤以外について作用効果が得られない具体的根拠を示しておらず、単に実施例が前記1種類の防水剤であることをもって一般化できないとするにとどまる。
(オ)してみれば、申立人の主張は、上記(エ)に示した範囲まで、防水剤の構成を拡張ないし一般化することができないことを、客観的に立証していないから、当該範囲が、本件課題を解決することができる範囲を超えているということはできないところ、この主張を採用することはできない。
(4)小括
したがって、本件特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第1号所定の規定に適合するから、前記第3の2の特許異議の申立て理由は理由がない。
第5 むすび
以上のとおりであるから、申立人の特許異議申立書に記載した特許異議の申立て理由によっては、本件発明1~10に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1~10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-701060