特許異議申立
2025-700366
ヒートシール紙
- 審判番号
- 2025-700366
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2024-011657
- 登録番号
- 7562891
- 請求日
- 2025年03月31日
- 審決日
- 2026年04月30日
- 公報発行日
- 2026年08月28日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】日本製紙株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人お茶の水内外特許事務所
- 【異議申立人】赤松 智信
- 審判長/審判官
- 審判長 岩谷 一臣
- 審判官 田口 傑
- 審判官 長清 吉範
- 分類
- P1651.121-YAA(D21H) / P1651.537-YAA(D21H)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第7項、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の5第2項、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7562891号発明「ヒートシール紙」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7562891号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~4〕について訂正することを認める。
特許第7562891号の請求項1~4に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7562891号(以下「本件特許」という。)の請求項1~4に係る特許についての出願は、令和5年5月10日に出願された特願2023-77759号の一部を、令和6年1月30日に新たな特許出願としたものであって、令和6年9月27日にその特許権の設定登録がなされ、同年10月7日に特許掲載公報が発行された。
その特許についての特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和7年 3月31日 :特許異議申立人 赤松智信(以下「申立人
」という。)による請求項1~4に係る特
許に対する特許異議の申立て
同年 6月27日付け:取消理由通知書
同年 8月28日 :特許権者による訂正請求書、意見書の提出
同年11月 4日 :申立人による意見書の提出
同年12月16日付け:取消理由通知書(決定の予告)
令和8年 2月19日 :特許権者による訂正請求書、意見書の提出
同年 3月25日 :申立人による意見書の提出
なお、令和7年8月28日に提出された訂正請求書による訂正の請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。
第2 訂正請求について
1 訂正の内容
令和8年2月19日の訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」といい、本件訂正の請求を「本件訂正請求」という。)の内容は、以下のとおりである(当審注:下線は訂正箇所を示す。)。
(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「前記ヒートシール層が、少なくとも水分散性樹脂バインダーを含有し、片面当たりの乾燥塗工量が5g/m2以上20g/m2以下であり、」と記載されているのを、「前記ヒートシール層が、少なくとも水分散性樹脂バインダーを含有し、片面当たりの乾燥塗工量が5g/m2以上20g/m2以下であり、
前記水分散性樹脂バインダーが、ポリオレフィン系樹脂、ポリ酢酸ビニル、ポリエステル樹脂、アイオノマーではないエチレンメタクリル酸共重合樹脂、エチレンメチルアクリレート共重合樹脂、アイオノマーではないエチレンアクリル酸共重合樹脂、エチレン酢酸ビニル共重合樹脂、スチレンアクリル酸エステル共重合樹脂から選ばれる1種以上であり、」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2~4についても同様に訂正する。)。
(2) 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2に「前記紙基材のMD方向とCD方向の引張こわさの相乗平均が、200kN/m以上である」と記載されているのを、「前記紙基材のMD方向とCD方向の引張こわさの相乗平均が、700kN/m以上である」に訂正する。
(3) 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項4に「前記水分散性樹脂バインダーが、エチレンメタクリル酸共重合樹脂、エチレンアクリル酸共重合樹脂、PHBHから選ばれる1種以上である」と記載されているのを、「前記水分散性樹脂バインダーが、アイオノマーではないエチレンメタクリル酸共重合樹脂、アイオノマーではないエチレンアクリル酸共重合樹脂、PHBHから選ばれる1種以上である」に訂正する。
2 一群の請求項
訂正前の請求項1~4について、請求項2~4は、請求項1を引用しているものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって、訂正前の請求項1~4に対応する訂正後の請求項〔1~4〕は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
3 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1) 訂正事項1について
訂正事項1は、「水分散性樹脂バインダー」について、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「特許明細書等」という。)の【0020】に基づきその種類を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、特許明細書等に記載された事項の範囲内においてするものである。
また、訂正事項1は、特許請求の範囲を減縮するものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しない。
(2) 訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前請求項2の「紙基材のMD方向とCD方向の引張こわさの相乗平均が、200kN/m以上」という事項について、特許明細書等の【0017】に基づき、「700kN/m以上」と、その数値範囲を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、特許明細書等に記載された事項の範囲内においてするものである。
また、訂正事項2は、特許請求の範囲を減縮するものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しない。
(3) 訂正事項3は、訂正前請求項4の「エチレンメタクリル酸共重合樹脂」及び「エチレンアクリル酸共重合樹脂」のそれぞれについて限定するものであるから、上記(1)と同様、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、特許明細書等に記載された事項の範囲内においてするものである。
また、訂正事項3は、特許請求の範囲を減縮するものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しない。
4 訂正請求についてのむすび
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
よって、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~4〕について、訂正することを認める。
第3 本件発明
上記第2で説示したように本件訂正請求は認められるから、本件訂正請求により訂正された訂正後の請求項1~4に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」~「本件発明4」といい、総称して「本件発明」ともいう。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1~4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
紙基材と、該紙基材の少なくとも一方の面上にヒートシール層を有するヒートシール紙の製造方法であって、
前記紙基材の水に対する接触角が100°未満であり、
前記ヒートシール層が、少なくとも水分散性樹脂バインダーを含有し、片面当たりの乾燥塗工量が5g/m2以上20g/m2以下であり、
前記水分散性樹脂バインダーが、ポリオレフィン系樹脂、ポリ酢酸ビニル、ポリエステル樹脂、アイオノマーではないエチレンメタクリル酸共重合樹脂、エチレンメチルアクリレート共重合樹脂、アイオノマーではないエチレンアクリル酸共重合樹脂、エチレン酢酸ビニル共重合樹脂、スチレンアクリル酸エステル共重合樹脂から選ばれる1種以上であり、
前記ヒートシール層を形成するための塗工剤が、塗工時の表面張力が46mN/m未満であることを特徴とするヒートシール紙の製造方法(ただし、パルプと内添サイズ剤とを含有し、下記条件(a)で測定される前記パルプの変則フリーネスが50~700mlである紙基材を除く。
条件(a):パルプ懸濁液の固形分濃度を0.030±0.001%とし、JIS P 8121-2:2012に準じてフリーネスを測定する。)。
【請求項2】
前記紙基材のMD方向とCD方向の引張こわさの相乗平均が、700kN/m以上であることを特徴とする請求項1に記載のヒートシール紙の製造方法。
【請求項3】
前記ヒートシール層が、界面活性剤を含有することを特徴とする請求項1または2に記載のヒートシール紙の製造方法。
【請求項4】
前記水分散性樹脂バインダーが、アイオノマーではないエチレンメタクリル酸共重合樹脂、アイオノマーではないエチレンアクリル酸共重合樹脂、PHBHから選ばれる1種以上であることを特徴とする請求項1または2に記載のヒートシール紙の製造方法。」
第4 取消理由通知(決定の予告)の概要
令和7年12月16日付け取消理由通知(決定の予告)で通知した取消理由は、概略、以下のとおりである。
(進歩性)本件特許の請求項1~4に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、当該請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
記
[証拠]
(申立人が提示した甲第1~3、5、6、9、10、14号証)
甲第1号証:国際公開第2020/152753号
甲第2号証:特開2021-107597号公報
甲第3号証:特開2017-57012号公報
甲第5号証:国際公開第2022/059472号
甲第6号証:特表2018-507965号公報
甲第9号証:BS ISO 1924-3:2005 Paper and board - Determination of tensile properties - Part3:Constant rate of elongation method(100mm/min), (英国), BSI(British Standards Institution), 2005年10月03日
甲第10号証:福山紅陽、「撥水性の評価法」、表面技術、2009年1月1日、一般社団法人 表面技術協会、第60巻第1号、p.21~26
甲第14号証:エボニックジャパン株式会社、「特殊添加剤製品ガイド」、2019年1月、p.1~4
以下「甲第1号証」を「甲1」といい、他も同様にいう。
第5 当審の判断
上記取消理由通知で通知した取消理由は、以下に示すように、理由がないと判断する。
1 甲号証の記載及び引用発明
(1) 甲1
ア 甲1の記載事項
甲1には、次の事項が記載されている。なお、下線は当審において付与した(以下、同様。)。
甲1には以下の記載がある(下線は当審で付した。「・・・」は省略を示す。以下、他の甲号証も同様。)。
「[0001] 本発明は、プラスチックの使用量を低減した包装用紙に関する。」
「発明が解決しようとする課題
[0006] 本発明の目的は、プラスチックの使用量を低減することができる包装用紙を提供することにある。
課題を解決するための手段
[0007] 本発明においては、従来のプラスチックラミネート紙(以降、ポリラミ紙と略称する場合がある)のポリエチレンやポリプロピレンの使用量を低減するために、アイオノマーを使用する。すなわち、本発明による包装用紙は、紙基材の少なくとも一方の面に少なくとも一層のヒートシール層を有する包装用紙であって、前記ヒートシール層がアイオノマーを含み、前記ヒートシール層の塗工量が2~10g/m2であることを特徴とする。従来のポリラミ紙のヒートシール層に使用されているポリエチレンやポリプロピレンのラミネート量が20g/m2を超えることと比較すると、ヒートシール層用のプラスチックの使用量を従来の約10~50%にまで削減することができる。ここでアイオノマーとは、金属イオンによる凝集力を利用し高分子を凝集体とした合成樹脂であり、アクリル酸またはメタクリル酸をエチレンなどと組み合わせた合成樹脂である。例えば、アクリル系高分子とエチレンを、ナトリウムや亜鉛などの金属カチオンを加え分子間結合させて製造される。」
「[0011] また、本発明における包装用紙の製造方法は、アイオノマーエマルジョンを含有するヒートシール層用塗工液を調製する工程と、紙基材の少なくとも一方の面に、前記ヒートシール層用塗工液を固形分換算で2~10g/m2の範囲で塗工する工程とを有することを特徴とする。特にアイオノマーエマルジョンとして、水系アイオノマーエマルジョンを使用する事により、塗工量を比較的低くコントロールすることが可能であり、またVOC排出が無いことから環境負荷の小さい包装用紙を得ることができる。
[0012] また、本発明においては、前記紙基材の平滑度が10秒以上である面に、前記ヒートシール層用塗工液を塗工することが好ましい。ヒートシール層が島状や網状にならずに均―な薄膜フィルム層となりやすく、ヒートシール強度のバラツキが少なくなり、結果的に包装用紙のヒートシール強度が高くなるので好ましい。なお、ヒートシール強度は包装用紙を用いて包装容器を加工する際に最も強く求められる特性である。」
「[0018] ヒートシール層用塗工液には、アイオノマーエマルジョンの他に、各種助剤を添加してもよい。例えば、粘度調整剤、消泡剤、界面活性剤やアルコールなどのレベリング剤、着色顔料、着色染料などである。しかしながら、これらの助剤の添加は、ヒートシール強度の低下を招きやすいことから、添加する場合は少量であることが好ましい。本実施形態においては、ヒートシール層用塗工液がアイオノマーエマルジョンのみからなることが好ましい。」
「[0025] また、紙基材には、パルプと填料に加えて、各種公知の製紙用添加剤が含まれていてもよい。製紙用添加剤としては、例えば、サイズ剤、湿潤紙力増強剤などの内添紙力増強剤、嵩高剤、歩留り向上剤、濾水性向上剤、着色染料、着色顔料、蛍光増白剤、蛍光消色剤、ピッチコントロール剤などがある。また、澱粉、ポリビニルアルコール、ポリアクリルアミドなどの水溶性高分子が塗布されていてもよい。」
「[0033](包装用紙の作製)
上記で得られた紙基材の片面に、水系アイオノマーエマルジョン(商品名:ケミパールS-300、三井化学社製、組成:エチレン・メタクリル酸共重合物の金属塩、自己乳化型エマルジョン、マイクロトラック法平均粒子径0.5μm)を乾燥塗工量が5g/m2になるようにエアーナイフコーターを用いて塗工し、乾燥してヒートシール層を設け、包装用紙を作製した。
[0034](実施例2)
実施例1において、ヒートシール層の塗工量を10g/m2に変更した以外は、実施例1と同様にして包装用紙を作製した。
[0035](実施例3)
実施例1において、ヒートシール層の塗工量を9g/m2に変更した以外は、実施例1と同様にして包装用紙を作製した。」
「[0042](実施例9)
(紙基材の作製)
カナディアンスタンダードフリーネス580mlcsfの広葉樹晒クラフトパルプ100部、軽質炭酸カルシウム(商品名:TP-121、奥多摩工業社製)5部、カチオン化澱粉(商品名:ネオタック30T、日本食品加工社製)0.2部、中性ロジンサイズ(サイズパインNT-78:荒川化学工業社製)0.2部に水を加えて紙料を調製し、三層長網多筒式抄紙機を用いて坪量298g/m2の原紙(三層抄き)を作製した。この原紙にサイズプレスによって、酸化澱粉(商品名:MS3800、日本食品化工社製)を両面あたりの乾燥塗布量が2g/m2となるように塗布し、乾燥、ソフトキャレンダー処理して坪量300g/m2の紙基材を得た。紙基材の表面(後工程でヒートシール層を設ける面)の平滑度は100秒であった。
[0043](包装用紙の作製)
上記で得られた紙基材の片面に、水系アイオノマーエマルジョン(商品名:ケミパールS-500、三井化学社製、組成:エチレン・メタクリル酸共重合物の金属塩、自己乳化型エマルジョン、マイクロトラック法平均粒子径0.7μm)を乾燥塗工量4g/m2になるようにエアーナイフコーターを用いて塗工し、乾燥してヒートシール層を設け、包装用紙を作製した。」
イ 甲1に記載された発明
上記アにおける特に[0042]、[0043]の記載を踏まえると、甲1には以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。
「カナディアンスタンダードフリーネス580mlcsfの広葉樹晒クラフトパルプと中性ロジンサイズを含有する紙基材の片面に、水系アイオノマーエマルジョン(商品名:ケミパールS-500、三井化学社製、組成:エチレン・メタクリル酸共重合物の金属塩、自己乳化型エマルジョン、マイクロトラック法平均粒子径0.7μm)を乾燥塗工量4g/m2になるようにエアーナイフコーターを用いて塗工し、乾燥してヒートシール層を設け、包装用紙を作製する方法。」
ウ 甲1記載事項
上記アの[0012]の記載、[0033]~[0035]の記載、[0018]の記載から、甲1には次の事項(以下「甲1記載事項1」等という。)が記載されているものと認める。
<甲1記載事項1>
「ヒートシール層を均一な薄膜フィルム層とすることで、ヒートシール強度が高くなること。」
<甲1記載事項2>
「紙基材の片面に、水系アイオノマーエマルジョンからなるヒートシール塗工液を塗工するにあたり、乾燥塗工量を5g/m2、9g/m2、10g/m2とすること。」
<甲1記載事項3>
「ヒートシール層用塗工液に、アイオノマーエマルジョンの他に、界面活性剤などの助剤を少量添加できること。」
(2) 周知技術等
ア 甲2の記載
甲2には以下の記載がある。
「【0025】
紙基材において、熱接着層が積層される面のTAPPI T558PM-97に準じて測定される水滴下0.5秒後の動的接触角は80°以上であればよく、82°以上であることが好ましく、84°以上であることがより好ましい。また、紙基材において、熱接着層が積層される面のTAPPI T558PM-97に準じて測定される水滴下0.5秒後の動的接触角は95°以下であればよく、93°以下であることがより好ましい。動的接触角を上記下限値以上とすることにより、水系の熱接着層用塗料を紙基材上に塗工する際の紙基材の膨潤が抑制され、紙基材のカールや断紙の発生を抑制することができる。また、動的接触角を上記上限値以下とすることにより、水系の熱接着層用塗料を紙基材上に塗工する際の塗料のハジキを防止することができる。」
イ 甲5の記載
甲5には以下の記載がある。
「[0057] 本実施形態の水分散体の表面張力は、紙支持体の表面接触角、浸透性などの物性の観点から適宜選択されるが、10mN/m以上であることが好ましく、より好ましくは20mN/m以上であり、さらに好ましくは30mN/m以上である。上限は特に設定されないが、60mN/m以下が好ましく、55mN/m以下がより好ましく、45mN/m以下がさらに好ましい。水分散体の表面張力がこの範囲にある場合は、水分散体が紙支持体上に均―に塗布され、ハロゲン化ビニルポリマー層が緊密に成膜されるために境界面での欠陥が生じにくく、ガス及び水蒸気バリア性を発揮する。
なお、水分散体の表面張力の測定は、20℃55%RH恒温室内で自動表面張力計CBVP-Z(協和界面化学製)を用いてプレート法で測定することができる。」
「[0102][実施例1]
・・・
(積層体の作製)
前記のごとくして得られたハロゲン化ビニルポリマーの水分散体(塩化ビニリデン系共重合樹脂ラテックス)を、純水接触角92°の坪量70g/m2の市販の上質紙にワイヤーバーを用いて乾燥後のハロゲン化ビニルポリマー(塩化ビニリデン系共重合樹脂)の含有量が20g/m2となるように塗工した。100℃で2分間、熱風循環乾燥機中にて乾燥した後、40℃熱風乾燥機内で24時間エージングし、積層体を得た。
各物性の測定・評価結果を表1に示す。」
ウ 甲6の記載
甲6には以下の記載がある。
「【0021】
したがって、現在のオフセット印刷機などにより紙表面にスムーズに適用することができ、紙製品の印刷表面に塗布すると表面に優れた光沢および保護を与える均一な紙コーティングが得られるワックス分散体を提供することが、本発明の目的である。」
「【0043】
ワックス分散体は好ましくはさらに、30~40mN・m-1、一層好ましくは35~36mN・m-1の表面張力を特徴とする。表面張力は、Wilhelmyプレート法を用いて決定される。前述の範囲の表面張力は、ロールおよび紙上に分散体の優れた分布を与える。」
エ 甲9の記載
甲9には以下の記載がある(丸括弧内の表は当審訳である。)。
「
[図:0001438276000001.jpg]
」
(第9ページ表1)
(
[図:0001438276000002.jpg]
)
オ 甲10の記載
甲10には以下の記載がある。
「2. ぬれと接触角
2. 1 接触角
・・・
このようなぬれの状態に対して,一般的には,「ぬれがよい(はじきが悪い)」,「ぬれが悪い(はじきがよい)」というような表現が用いられる。しかし,これらはあくまでも感覚的な表現であって,問題を科学的に定義,分析するためには,客観的・定量的な表現方法が求められる。
この要求にこたえ,ぬれ(逆に言えば,はじき)の程度を定量化するものが「接触角」であり,理化学辞典によれば,「静止液体の自由表面が,固体壁に接する場所で,液面と固体面とのなす角(液の内部にある角をとる)」と定義されている。液滴の輪郭曲線と固体表面との交点を「端点」とよぶと,接触角のより厳密な定義は,「端点において,液滴輪郭曲線の接線と固体表面とのなす角」ということになる。接触角という概念を導入すれば,ぬれの良否を具体的な数値で客観的・定量的に表現できるようになる(図1)。しかも直感的にもわかりやすい。」(第21ページ左欄第9行~右欄第10行)
「
[図:0001438276000003.jpg]
」
(第21ページ)
カ 甲14の記載
甲14の第2~3ページの表において、「商品名」の欄に記載されている「サフィノールDF110BC」~「ダイノール980」に着目すると、いずれも「特徴」欄に「濡れ性」又は「濡れ剤」と記載されているところ、これらの「代表的添加量(参考値)」の欄をみると、「0.2~3.0%」、「0.1~1.0%」、「0.1~1.5%」、「0.1~2.0%」、「0.5~2.0%」、「0.3~1.0%」、「0.1~0.9%」といった数値範囲が記載されている。
キ 周知技術1
上記オの甲10の記載からみて、ぬれ(はじき)の程度は接触角で定量化され、接触角が小さいとぬれがよいとされることが理解される。
そして、上記アの甲2【0025】、上記イの甲5[0102]からみて、水分散体である塗工剤に関し、次の事項は周知技術(以下「周知技術1」という。)である。
「紙基材上に塗工剤を塗工する際、ハジキを抑えて均一な塗工層を形成する観点から、紙基材の水に対する接触角が低い方が好ましく、接触角として95°以下程度の値が用いられること」
ク 周知技術2
上記イの甲5[0057]、上記ウの甲6【0021】、【0043】に示されるように、次の事項は周知の技術である(以下「周知技術2」という。)。
「紙基材上に塗工剤を塗工する際に、紙基材上に均一に分散させる観点から、塗料の表面張力は、例えば、45mN/m程度以下が好ましいこと」
ケ 技術常識1
上記カの甲14の記載からみて、濡れ性を改善する商品は多数知られており、その代表的添加量は、0.1%~3.0%程度であると認められる。そうすると、次の事項は技術常識(以下「技術常識1」という。)である。
「濡れ性を改善するための界面活性剤を0.1~3.0%程度添加すること」
コ 技術常識2
上記エの甲9第9ページ表1に示されるように、包装紙に使用される紙基材である袋用紙(表1中、「Sack Paper」を参照)は、MD方向とCD方向の引張こわさ(Tensile Stiffness)の相乗平均が約612kN/m(=√(888×422))であることから見て、次の事項は技術常識(以下「技術常識2」という。)である。
「包装用の紙基材において、MD方向とCD方向の引張こわさの相乗平均が612kN/m程度のものは一般であること」
2 本件発明1について
(1) 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「紙基材」、「ヒートシール層」は本件発明1の「紙基材」、「ヒートシール層」に相当する。また、甲1発明の「紙基材の片面」は本件発明1における「紙基材の少なくとも一方の面」に相当するから、甲1発明の「紙基材の片面に」「ヒートシール層を設け」た「包装用紙」は、本件発明1の「紙基材と、該紙基材の少なくとも一方の面上にヒートシール層を有するヒートシール紙」に相当する。そうすると、甲1発明における「紙基材の片面に」「ヒートシール層を設け、包装用紙を作製する方法」は本件発明1における「紙基材と、該紙基材の少なくとも一方の面上にヒートシール層を有するヒートシール紙の製造方法」に相当する。
甲1発明の「水系アイオノマーエマルジョン(商品名:ケミパールS-500、三井化学社製、組成:エチレン・メタクリル酸共重合物の金属塩、自己乳化型エマルジョン、マイクロトラック法平均粒子径0.7μm)」は、紙基材に塗工、乾燥されることでヒートシール層になるものであるから、「水系アイオノマーエマルジョン」は本件発明1の「水分散性樹脂バインダー」に相当する。そうすると、甲1発明の「ヒートシール層」は、本件発明1において「前記ヒートシール層が、少なくとも水分散性樹脂バインダーを含有し、片面当たりの乾燥塗工量が5g/m2以上20g/m2以下であ」る事項と、「前記ヒートシール層が、少なくとも水分散性樹脂バインダーを含有する」事項に限り一致する。
してみると、本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は次のとおりである。
<一致点>
「紙基材と、該紙基材の少なくとも一方の面上にヒートシール層を有するヒートシール紙の製造方法であって、
前記ヒートシール層が、少なくとも水分散性樹脂バインダーを含有するヒートシール紙の製造方法。」
<相違点1>
本件発明1は、「前記紙基材の水に対する接触角が100°未満であ」るのに対し、甲1発明はそのようなものか不明である点。
<相違点2>
本件発明1は、ヒートシール層における「片面あたり乾燥塗工量が5g/m2以上20g/m2以下であ」るのに対し、甲1発明は、ヒートシール層における乾燥塗工量が4g/m2である点。
<相違点3>
本件発明1は、「前記水分散性樹脂バインダーが、ポリオレフィン系樹脂、ポリ酢酸ビニル、ポリエステル樹脂、アイオノマーではないエチレンメタクリル酸共重合樹脂、エチレンメチルアクリレート共重合樹脂、アイオノマーではないエチレンアクリル酸共重合樹脂、エチレン酢酸ビニル共重合樹脂、スチレンアクリル酸エステル共重合樹脂から選ばれる1種以上であ」るのに対し、甲1発明は、「水系アイオノマーエマルジョン(商品名:ケミパールS-500、三井化学社製、組成:エチレン・メタクリル酸共重合物の金属塩、自己乳化型エマルジョン、マイクロトラック法平均粒子径0.7μm)」である点。
<相違点4>
本件発明1は、ヒートシール層を形成するための塗工剤について、「塗工時の表面張力が46mN/m未満である」のに対し、甲1発明はそのようなものか不明である点。
<相違点5>
本件発明1は、「ヒートシール紙の製造方法(ただし、パルプと内添サイズ剤とを含有し、下記条件(a)で測定される前記パルプの変則フリーネスが50~700mlである紙基材を除く。
条件(a):パルプ懸濁液の固形分濃度を0.030±0.001%とし、JIS P 8121-2:2012に準じてフリーネスを測定する。)」であるのに対し、甲1発明はそのようなものか不明である点。
(2) 判断
事案に鑑み、まずは相違点3について検討する。
ア 相違点3について
甲1の[0007]には、「本発明においては、従来のプラスチックラミネート紙(以降、ポリラミ紙と略称する場合がある)のポリエチレンやポリプロピレンの使用量を低減するために、アイオノマーを使用する。すなわち、本発明による包装用紙は、紙基材の少なくとも一方の面に少なくとも一層のヒートシール層を有する包装用紙であって、前記ヒートシール層がアイオノマーを含み、前記ヒートシール層の塗工量が2~10g/m2であることを特徴とする。従来のポリラミ紙のヒートシール層に使用されているポリエチレンやポリプロピレンのラミネート量が20g/m2を超えることと比較すると、ヒートシール層用のプラスチックの使用量を従来の約10~50%にまで削減することができる。」と記載されており、アイオノマーの使用を前提としているから、甲1発明の「水系アイオノマーエマルジョン(商品名:ケミパールS-500、三井化学社製、組成:エチレン・メタクリル酸共重合物の金属塩、自己乳化型エマルジョン、マイクロトラック法平均粒子径0.7μm)」、すなわち、アイオノマーであるエチレンメタクリル酸共重合樹脂を、「アイオノマーでない」エチレンメタクリル酸共重合樹脂とする動機付けは生じない。
また、甲1の[0007]からみて、甲1では「アイオノマーとは、・・・アクリル酸またはメタクリル酸をエチレンなどと組み合わせた合成樹脂である。」としているところ、申立人のいずれの証拠をみても、ヒートシール紙のヒートシール層に用いる水分散性樹脂バインダーとして、甲1でいうアイオノマーであり、かつ、上記相違点3に係る本件発明1の構成となるものを用いることは、記載も示唆もされていない。また、そのようなものを用いることが周知技術であるといった事情も見られない。
そうすると、甲1発明の水分散性樹脂バインダーとして、上記相違点3に係る本件発明1の構成を得ることは、当業者といえども容易に想到し得たことではない。
イ 申立人の意見書での主張について
上記相違点3に関し、令和8年3月25日に提出された意見書において、申立人は、アイオノマー、非アイオノマーのいずれもヒートシール紙の分野で使用されており、塗工量を調整することで、甲1発明が課題とするプラスチックの使用量の低減を図ることができることが明らかであること等も考慮すると、甲1の記載に接した当業者にとって、甲1発明におけるヒートシール塗工液に含まれる熱可塑性樹脂として、非アイオノマーを用いることを妨げるほどの強い阻害要因があるとまではいえない旨、主張している(第2ページ下から2行~第3ページ第21行)。
しかしながら、甲1発明は、非アイオノマーを使用していた従来技術に対し、アイオノマーを使用することで課題解決を図った発明であるから、甲1発明において非アイオノマーを使用することは阻害要因があるといえる。
してみれば、申立人の主張は採用できない。
(3) 小括
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
3 本件発明2~4について
本件発明2~4は、本件発明1の発明特定事項を全て備え、さらに限定を付したものであるから、上記2(2)と同様の理由により、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
第6 取消理由通知(決定の予告)で採用しなかった申立理由について
(1) 特許異議申立書に記載した特許異議申立理由
申立理由2 本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
記
本件特許発明の実施例11、12として示されている、水分散性樹脂バインダーとしてPHBHを使用した場合のヒートシール紙については、塗工剤の表面張力とヒートシール強度との関係は理解できるものの、ヒートシール強度自体は優れたものとはいえず、本件発明の課題を解決しているものとはいえない。
(2) 当審の判断
ア サポート要件の考え方
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するためには、請求項に係る発明が発明の詳細な説明に記載されたものであって、当該記載から把握される課題が解決できることを当業者が認識できるものでなければならない。
イ 判断
本件発明の課題は、特許明細書等の【0004】にあるように、ヒートシール強度に優れたヒートシール紙を提供することであり、特に、使用する材料が限定されている場合にヒートシール強度により優れたヒートシール紙を提供することである。
そして、その課題を解決するために、ヒートシール層に特定の種類の水分散性樹脂バインダーを用いた場合に、片面当たりの乾燥塗工量や、塗工時の表面張力を特定の範囲としたものであるところ、特許明細書等の実施例(【0026】~【0040】)によれば、紙基材及び水分散性樹脂バインダーが同一の条件での比較において、表面張力及び乾燥塗工量が本件発明の数値範囲であるものは、そうでないものに対してヒートシール強度が高い。そうすると、本件発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであって、その課題を解決することができるものであることを当業者が認識できると認められる。
ウ 申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において、実施例11、12として示されている、水分散性樹脂バインダーとしてPHBHを使用した場合のヒートシール紙におけるヒートシール強度自体は優れたものとはいえず、本件発明の課題を解決しているものとはいえない旨、主張する(第22ページ第16~19行(空白行含まず))。
しかしながら、実施例11、12は、特許明細書等の【0037】に記載されているように、水分散性樹脂バインダーとしてPHBHを用いた場合であっても、他の実施例の水溶性樹脂バインダーと同じく、塗工剤の表面張力が低くなるほどヒートシール強度に優れるという傾向を確認するものである。そして、実施例11、12は、他の実施例や比較例とは塗工剤等の前提条件が異なるから、それらの例との比較対象となるものではない。
してみれば、申立人の主張は採用できない。
(3) 小括
したがって、本件発明は、課題が解決できることを当業者が認識できるものであり、サポート要件に適合するものである。
第7 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1~4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1~4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-700366