特許異議申立
2022-700138
発酵麦芽飲料及びその製造方法
- 審判番号
- 2022-700138
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2019-188059
- 登録番号
- 6923617
- 請求日
- 2022年02月18日
- 審決日
- 2023年05月09日
- 公報発行日
- 2023年07月28日
- 結論
- 請求成立(取消)
- 当事者
- 【権利者】アサヒビール株式会社
- 【権利者代理人】西澤 和純
- 【権利者代理人】大槻 真紀子
- 【権利者代理人】伊藤 英輔
- 【権利者代理人】棚井 澄雄
- 【異議申立人】山内 慶子
- 【異議申立人】野口 真里
- 審判長/審判官
- 審判長 磯貝 香苗
- 審判官 加藤 友也
- 審判官 平塚 政宏
- 分類
- P1651.121-Z (C12C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号、特許法第113条第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第6923617号発明「発酵麦芽飲料及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第6923617号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第6923617号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし3に係る特許についての出願は、2014年(平成26年)4月9日(優先権主張 平成25年6月3日)を国際出願日とする特願2015-521333号の一部を、令和1年10月11日に新たに出願した特願2019-188059号に係る特許出願であって、令和3年8月2日にその特許権の設定登録(請求項の数3)がされ、同年同月25日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、令和4年2月18日に特許異議申立人 山内 慶子(以下、「申立人1」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1ないし3)がされ、同年同月25日に特許異議申立人 野口 真里(以下、「申立人2」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1ないし3)がされ、同年6月2日付けで取消理由が通知され、同年8月5日に特許権者 アサヒビール株式会社(以下、「特許権者」という。)から意見書が提出され、同年9月29日に申立人1及び2それぞれから上申書が提出され、同年10月21日付けで取消理由<決定の予告>が通知され、同年12月26日に特許権者から意見書が提出され、令和5年1月27日に申立人1から上申書が提出され、同年2月20日に申立人2から上申書が提出されたものである。
第2 本件発明
本件特許の請求項1ないし3に係る発明(以下、順に「本件発明1」のようにいう。)は、それぞれ、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
麦芽を原料として用い、
麦芽使用量が発酵原料中の65~100質量%であり、
仕込工程において、グルコアミラーゼを添加し、
発酵工程において、トランスグルコシダーゼを添加し、
製造された発酵麦芽飲料中の糖質が0.5g/100mL未満であることを特徴とする、発酵麦芽飲料の製造方法。
【請求項2】
発酵液に、エキス1gに対して、トランスグルコシダーゼを3U以上添加する、請求項1に記載の発酵麦芽飲料の製造方法。
【請求項3】
前記発酵工程を5~15℃で行う、請求項1又は2に記載の発酵麦芽飲料の製造方法。」
第3 特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要
1 申立人1が提出した特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要
令和4年2月18日に申立人1が提出した特許異議申立書(以下、「申立書1」という。)に記載した申立ての理由の概要は次のとおりである。
(1)申立理由1-1(甲第1-1号証に基づく進歩性)
本件発明1ないし3は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1-1号証に記載された発明に基づいて、本件特許の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし3に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(2)申立理由1-2(実施可能要件)
本件特許の請求項1ないし3に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
(3)申立理由1-3(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし3に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
(4)証拠方法
甲第1-1号証:特開2012-147780号公報
甲第1-2号証:特開平8-9955号公報
甲第1-3号証:特開2002-253197号公報
甲第1-4-1号証:エタノール水溶液の容量%と重量%との換算表 [online]:http://www.alcohol.jp/expert/expert_tab1e/10suiyouekikanzan.pdf,2022年2月15日検索、一般社団法人アルコール協会作成
甲第1-4-2号証:改訂BCOJビール分析法 ビール酒造組合国際技術委員会〔分析委員会〕編 2013年増補改訂、公益財団法人日本醸造協会発行
甲第1-4-3号証:日本釀造協會雜誌 第71巻(1976年)第7号、505~510頁、「第1章ビールの一般成分」、吉田重厚、財団法人日本醸造協会編集発行
甲第1-4-4号証:日本食品分析センターウェブサイト「よくあるご質問」、「栄養成分表示関連」、「炭水化物や糖質は計算とありますが、どのようにして求めるのですか。また、食物繊維との関係はどうなりますか。加えて、表示上の注意点がありますか?」
[online]:https://www.jfrl.or.jp/question、2022年2月15日検索
甲第1-4-5号証:日本食品標準成分表2020年版(八訂)「16 し好飲料類」、文部科学省発行
[online]:https://www.mext.go.jp/a_menu/syokuhinseibun/mext_01110.html
甲第1-4-6号証:日本食品標準成分表2010年版(六訂)「16 し好飲料類」、文部科学省発行
[online]:https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu3/houkoku/1298713.htm
甲1-5号証:特開2008-43348号公報
甲1-6号証:Brewer’s Tips 実践ビール醸造基礎講座 第2回「レシピ作成への第一歩・前編」、渡邊拓也、きた産業株式会社のウェブページ記事の印刷物(https://kitasangyo.com/pdf/e-academy/tips-for-bfd/BT_2.pdf)
甲1-7号証:ビールろ過(1)、乾祐哉、日本醸造協会誌96巻3号、2001年3月15日発行
甲第1-5号証ないし甲第1-7号証は、令和4年9月29日提出の上申書に添付して提出されたものである。
証拠の表記は、申立書1及び上記上申書の記載におおむね従った。以下、順に「甲1-1」のようにいう。
2 申立人2が提出した特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要
令和4年2月25日に申立人2が提出した特許異議申立書(以下、「申立書2」という。)に記載した申立ての理由の概要は次のとおりである。
(1)申立理由2-1(甲第2-1号証に基づく進歩性)
本件発明1ないし3は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2-1号証に記載された発明に基づいて、本件特許の優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし3に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(2)証拠方法
甲第2-1号証:特開2012-147780号公報
甲第2-2号証:特開2002-253197号公報
甲第2-3号証:Akihiko KITA et al.,Agric. Bioi. Chem.,55(9),pp2327-2335(1991)
甲第2-4号証:Michael M. Meagher and Peter J. Reilly,Biotechnology and Bioengineering,34,pp689-693(1989)
甲第2-5号証:特願2015-521333号の審査中に本件特許権者から提出された平成30年5月8日付け意見書
甲第2-6号証:吉田重厚、日本醸造協会雑誌(醸協)、第71巻、第7号、505~510頁、1976年
甲第2-7号証:ビール醸造技術、宮地秀夫、311~314頁及び317~320頁、食品産業新聞社、発行日:1999年12月28日
参考資料1:R.McCaig et al.,ASBC Journal,Vol.50,No.1,1992
参考資料2:特表2009-528024号公報
参考資料3:改訂 BCOJビール分析法、「8.11 最終発酵度」に関する記載1/2~2/2頁、財団法人日本醸造協会、平成10年(1998年)8月1日発行
参考資料1ないし3は、令和4年9月29日提出の上申書に添付して提出されたものである。
証拠の表記は、申立書2及び上記上申書の記載におおむね従った。以下、順に「甲2-1」のようにいう。
第4 取消理由通知<決定の予告>に記載した取消理由の概要
当審が令和4年10月21日付けで特許権者に通知した取消理由通知<決定の予告>に記載した取消理由の概要は、次のとおりである。
1 取消理由3(甲1-1(甲2-1と同じ文献である。以下省略する。)に基づく進歩性)
本件発明1ないし3は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1-1に記載された発明に基づいて、本件特許の優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし3に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
2 取消理由4(実施可能要件)
本件特許の請求項1ないし3に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
第5 当審の判断
以下に述べるように、当審が令和4年10月21日付けで特許権者に通知した取消理由通知<決定の予告>に記載した取消理由3には理由があると判断する。
1 主な証拠に記載された事項等
(1)甲1-1に記載された事項及び甲1-1に記載された発明
ア 甲1-1に記載された事項
甲1-1には、「低糖質発酵麦芽飲料およびその製造方法」に関して、おおむね以下の記載がある。なお、下線については、予め記載されているものに加えて、当審において付与したものである。他の証拠についても同様。
・「【特許請求の範囲】
【請求項1】
発酵麦芽飲料の製造方法であって、糖化工程中で麦汁濾過を行うことを特徴とする、製造方法。
【請求項2】
第一の糖化工程と第二の糖化工程との間で麦汁濾過を行うことを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
少なくとも第一の糖化工程において、グルコアミラーゼが用いられ、かつ、第一の糖化工程が、50~70℃で行われる、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の方法で製造された発酵麦芽飲料。
【請求項5】
発酵麦芽飲料中の2糖および3糖の非資化性糖の合計含量が、0.16g/100ml以下である、請求項4に記載の発酵麦芽飲料。」
・「【0001】
本発明は低糖質発酵麦芽飲料およびその製造方法に関する。」
・「【背景技術】
【0002】
近年、肥満が原因となるメタボリックシンドロームに対する認識が高まり、糖や脂質の過剰摂取への対策に消費者の関心が高まっている。そのため、嗜好品である醸造酒においても、低糖質という付加価値を付与した商品の市場が拡大している。例えば、ビール風飲料である第3のビールや発泡酒では、100mLあたり糖質0.5g未満の低糖質性飲料が開発されている。健康増進法の栄養表示基準(厚生労働省告示第(176)号)に基づき、100mLあたり糖質0.5g未満の低糖質性飲料は、糖質ゼロと表示することが可能であるので、特に消費者の支持を得ている。」
・「【0004】
非特許文献1には、澱粉をグルコアミラーゼで分解する際の副生成物について記載されている。具体的には、非特許文献1には、澱粉濃度が高いほど、グルコアミラーゼの逆反応(縮合反応)が促進され、イソマルトース等のα-1,6結合を持つ分岐オリゴ糖、すなわち酵母によって資化できない非資化性糖の生成が増大することが記載されている。しかし、引用文献1には、β-アミラーゼが共存する麦芽をグルコアミラーゼで酵素分解処理する場合の副生成物の挙動についてや、仕込み液中の麦芽原料濃度と非資化性糖の生成、ひいては最終外観発酵度(AAL)との関係については記載されておらず、ましてや、発酵麦芽飲料の製造において、糖化工程中で麦汁濾過を行うことにより、糖質が低減された発酵麦芽飲料を製造できることについては開示されていない。」
・「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、麦芽を原料として用いることによりビールとしての味わいを保ちつつ、糖質が低減された発酵麦芽飲料とその製造方法を提供することを目的とする。」
・「【0012】
定義
本発明において「発酵麦芽飲料」とは、炭素源、窒素源および水などを原料として酵母により発酵させた飲料であって、原料として少なくとも麦芽を使用した飲料を意味する。例えば、ビール酵母により発酵された飲料であるビール、発泡酒、リキュール(例えば、酒税法上、「リキュール(発泡性)(1)」に分類される飲料)が挙げられる。「発酵麦芽飲料」は、好ましくは、ビールまたは発泡酒であり、より好ましくは、ビールであり、さらに好ましくは、オールモルトビール(醸造用水を除く全原料の重量に対する麦芽原料の重量の割合が100%であるビール)である。
【0013】
本発明において「糖質が低減された発酵麦芽飲料」とは、常法により製造された発酵麦芽飲料の糖質の量と比較して、糖質が低減されている発酵麦芽飲料を意味する。「糖質が低減された発酵麦芽飲料」としては、例えば、糖質が1.4g/100ml以下の発酵麦芽飲料とすることができる。」
・「【0017】
[第一の糖化工程]
第一の糖化工程は、麦芽粉砕物(麦芽原料)と水の混合物を糖化することにより行うことができる。
【0018】
麦芽粉砕物は、大麦、例えば二条大麦を、常法により発芽させ、これを乾燥後、所定の粒度に粉砕したものを用いることができる。
【0019】
麦芽粉砕物と水の混合物には、麦芽以外に、未発芽の麦類(例えば、未発芽大麦(エキス化したものを含む)、未発芽小麦(エキス化したものを含む));米、とうもろこし、こうりゃん、馬鈴薯、でんぷん、糖類(例えば、液糖)等の酒税法で定める副原料;タンパク質分解物や酵母エキス等の窒素源;香料、色素、起泡・泡持ち向上剤、水質調整剤、発酵助成剤等のその他の添加物をさらに添加することができる。
【0020】
発酵麦芽飲料を構成する麦芽粉砕物、水、その他の添加物の割合は適宜決定することができるが、発酵麦芽飲料の糖度が6~14%、好ましくは、8~12%となるように麦芽粉砕物、水およびその他の添加物の割合を決定してもよい。麦芽粉砕物、水、その他の添加物の割合は、例えば、麦芽粉砕物100重量部に対して、水300~800重量部、その他の添加物0~500重量部、好ましくは、水300~500重量部、その他の添加物0~400重量部とすることができる。
【0021】
第一の糖化工程は、グルコアミラーゼを使用して行うことができる。第一の糖化工程においては、グルコアミラーゼは単独で使用することもできるし、他の糖化酵素と組み合わせて使用することもできる。他の糖化酵素と組み合わせて使用する場合は、グルコアミラーゼの使用量を減らすことができる。他の糖化酵素としては、例えば、プルラナーゼ、イソアミラーゼ等が挙げられるが、好ましくは、プルラナーゼである。グルコアミラーゼの使用量および処理時間は、糖化工程を進行できる範囲で適宜決定することができる。」
・「【0043】
本発明の発酵麦芽飲料は、また、非資化性糖が低減されている。後記実施例5に記載されるように、2糖および3糖の非資化性糖の合計含量とAAL値との間には強い負の相関が示されたことから、本発明の発酵麦芽飲料においては、発酵麦芽飲料中の非資化性糖が低減されることにより、糖質の低減が実現されたと考えられる。
【0044】
本発明において「非資化性糖」とは、酵母によって資化できない糖を意味し、α-1,6結合を持つ分岐オリゴ糖が挙げられ、特には、2糖または3糖の糖である。2糖の非資化性糖としては、例えば、ニゲロース、イソマルトース等が挙げられる。3糖の非資化性糖としては、例えば、イソマルトトリオース、パノース、イソパノース等が挙げられる。2糖および3糖の非資化性糖は、好ましくは、ニゲロース、イソマルトース、イソマルトトリオース、パノースである。」
・「【0049】
実施例2:糖化工程中で麦汁濾過を行うことによる糖質低減効果の確認(1)
北米産二条大麦麦芽を常法にて粉砕し、これに水を加え、重量比が麦芽原料:水=1:4となるように仕込み液を調整した。実験区は、仕込み液に、表2に示すとおりにグルコアミラーゼを添加し、64℃にて糖化を行った。その後、同温度にて、濾紙濾過法を使用して麦汁濾過を行った後、麦芽原料:水=1:6(麦汁濾過前の麦芽原料の重量に基づいて算出)となるよう同温度の湯で濾過麦汁の希釈を行った。さらに同温度にて糖化を継続し、合計で2または5時間糖化を行った。対照区は、表2に示すとおりにグルコアミラーゼを添加し、64℃にて2または5時間糖化を行った後に、同温度で麦汁濾過したものとした。なお、プルラナーゼはいずれの試験区も麦下ろし時のみ2.0g/kg原料で添加した。このようにして得られた糖化液(実験区および対照区)を10分間煮沸し、7℃に冷却して、濾過を行い、糖度を6.0重量%に調整した後、常法に従い、ビール醸造用酵母3%(w/v)加え、20℃にて2日間発酵させた。発酵前後で糖度を測定し、AALを算出した。
【表2】
[図:0001399330000001.jpg]
その結果、麦芽原料:水=1:4で糖化を開始し、1時間または30分後に濾過を行った後、麦芽原料:水=1:6となるよう水で希釈して再度糖化を行った場合(実験区)、糖化工程中に麦汁濾過を行わない対照区と比較して、AALが0.9~2.1%向上することが確認された(図2)。また、糖化開始から1時間後に濾過を行うよりも30分後に濾過を行なった方がよりAALが高いことが確認された(図2)。」
・「【0050】
実施例3:糖化工程中で麦汁濾過を行うことによる糖質低減効果の確認(2)
北米産二条大麦麦芽を常法にて粉砕し、これに水を加え、重量比が麦芽原料:水=1:4となるように仕込み液を調整した。実験区は、仕込み液に、表3に示すとおりにグルコアミラーゼを添加し、64℃にて糖化を行った。30分後に同温度にて麦汁濾過し、麦芽原料:水=1:6(麦汁濾過前の麦芽原料の重量に基づいて算出)となるよう同温度の湯で、洗浄(撒き湯)を行った。さらに同温度にて糖化を継続し、合計で2または5時間糖化を行った。対照区は、表3に示すとおりにグルコアミラーゼを添加し、64℃にて2または5時間糖化を行った後に、同温度で麦汁濾過したものとした。なお、プルラナーゼはいずれの試験区も麦下ろし時のみに2.0g/kg原料を添加した。このようにして得られた糖化液(実験区および対照区)を10分間煮沸し、7℃に冷却して、濾過を行い、糖度を6.0重量%に調整した後、常法に従い、ビール醸造用酵母3%(w/v)加え、20℃にて2日間発酵させた。発酵前後で糖度を測定し、AALを算出した。
【表3】
[図:0001399330000002.jpg]
その結果、麦芽原料:水=1:4で糖化を開始し、30分後に濾過を行った後、撒き湯によって濾過麦汁が麦芽原料:水=1:6となるよう希釈して再度糖化を行った場合(実験区)、実施例2と同様に、対照区と比較してAALが1.3~1.9%向上すること、また、撒き湯に加え、グルコアミラーゼを追加添加した場合、AALは2.2~3.1%とさらに向上することが確認された(図3)。」
・「【0052】
実施例5:発酵後の非資化性糖の分析
実施例2における酵母発酵液について、ダイオネクス社製のイオンクロマト装置(カラム:CarboPac PA1 4×250mm)を用いて、2糖および3糖の非資化性糖の分析を行った。α1,6結合を持つ非資化性糖の標準品としてイソマルトース、イソマルトトリオース、パノース、ニゲロースを用いた。分析値は、発酵前の糖度として12.0重量%の場合に換算して求めた。
【表5】
[図:0001399330000003.jpg]
その結果、実験区においては、糖化工程中に麦汁濾過を行わない対照区と比較して、2糖および3糖の非資化性糖の合計含量が低くなっていることが確認された(表5、図5)。また、非資化性糖の合計含量とAAL値との間に強い負の相関が示されることが確認された(表5、図6)。従って、糖化工程中で麦汁濾過を行うことによる糖質低減効果は、非資化性糖の合計含量の低下によるものであることが示唆された。」
イ 甲1-1に記載された発明
甲1-1に記載された事項を、特に【請求項1】ないし【請求項5】、【0001】、【0013】及び【0017】に関して整理すると、甲1-1には、以下の発明が記載されていると認める。
<甲1-1発明>
「低糖質発酵麦芽飲料の製造方法であって、麦芽粉砕物(麦芽原料)と水の混合物を糖化することにより行う第一の糖化工程と第二の糖化工程との間で麦汁濾過を行い、少なくとも第一の糖化工程において、グルコアミラーゼが用いられ、発酵麦芽飲料中の2糖および3糖の非資化性糖の合計含量が、0.16g/100ml以下で、糖質が1.4g/100ml以下である、低糖質発酵麦芽飲料の製造方法。」
(2)甲1-3(甲2-2と同じ文献である。以下省略する。)に記載された事項
甲1-3には、「ビールの製造方法」に関して、おおむね以下の記載がある。
・「【請求項7】ビールの醸造において、発酵工程でα-グルコシダーゼを作用させて真性発酵度を高めることを特徴とする低カロリービールの製造方法。」
・「【0003】一方、低カロリービールはダイエットビールとも呼ばれ、通常のビールよりカロリーの低いビールの総称である。」
・「【0006】そこで、本発明は上記事情に鑑みなされたものであり、高濃度醸造でありながら発酵を促進させ酢酸生成量を低減させるビールの製造方法及びビール酵母では得られない新規な品質を有するビールの製造方法を提供することを課題とする。また、麦汁エキス濃度に左右されず真性発酵度を高めることにより簡単な製造工程で製造できる高品質な低カロリービールの製造方法及びビール酵母では得られない新規な品質を有する低カロリービールの製造方法を提供することを課題とする。」
・「【0009】また、本発明者らは発酵工程でα-グルコシダーゼを作用させることによりデキストリンやオリゴ糖を加水分解して10重量%を越える原麦汁エキス濃度であっても糖分をほとんど残さず製造できること及びビール酵母以外の醸造用酵母を使用することにより新規な品質の低カロリービールを製造できることを見出し本発明を完成した。」
・「【0014】低カロリービールも発酵工程でα-グルコシダーゼを作用させることにより製造できる。原麦汁エキス濃度は特に限定されないが、13重量%~30重量%の範囲内としても糖分をほとんど残さず製造できるので高濃度醸造の利点である製造設備の効率化、エネルギー経費の節減を図りながら高品質の低カロリービールの製造が可能となる。また、作用させるα-グルコシダーゼ及び使用する醸造用酵母は上記ビールの高濃度醸造の場合と同様である。α-グルコシダーゼの使用量は特に限定されないが、麦汁量に対して50~400ppmが好ましく、100~200ppmが更に好ましい。α-グルコシダーゼの使用量が50ppmより少なくなると真性発酵度が減少しやすくなり、また400ppmより多いと酢酸の生成量が増加しやすくなるからである。なお、真性発酵度とは、アルコールの影響を除いた時の発酵前の原麦汁エキス(オリジナルエキス)に対する消費されたエキス分の比率をいう。」
・「【0016】(実施例1)粉砕麦芽28kgを温水84Lに加え、インフュージョン法により原麦汁エキス濃度20重量%の麦汁を調製した。インフュージョン法における温度経過は図1に示す通りである。
【0017】得られた麦汁1Lに対しビール酵母(NCYC1245、National Collection of Yeast Cultures、以降の実施例においても同様)を2.5gの割合で添加し、かつα-グルコシダーゼ(α-グルコシダーゼ「アマノ」天野エンザイム社製、以降の実施例においても同様)を麦汁に対し50、100、200、400ppmの割合で添加し、15℃で21日間発酵させた。なお、α-グルコシダーゼを添加することなく前記と同様に発酵させて対照とした。
【0018】浸透圧の低減に寄与すると考えられるオリゴ糖のうちグルコースの重合度が3であり、かつ酵母の資化できない分岐オリゴ糖であるパノース、イソマルトトリオースの発酵中の挙動を図2に示した。図2から、α-グルコシダーゼの添加によりパノースやイソマルトトリオースが生成し、発酵の進行と共にこれらのオリゴ糖が分解されていることが明らかになった。このようにα-グルコシダーゼの作用により一旦分岐オリゴ糖を生成させることで、発酵初期の麦汁の糖濃度を抑制し急激なグルコースの増加による浸透圧の上昇を防ぐことができるので、酵母のアセトアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子の発現の誘導が抑制され、アセトアルデヒドから酢酸が生成されるのを低減させることができるものと推測される。図3には、ビール中の酢酸生成量とα-グルコシダーゼ添加量との関係を示したが、α-グルコシダーゼの添加で酢酸生成量が著しく低減した。なお、50ppmと400ppmの各添加量で酢酸生成量が増加傾向にあった。」
・「【0019】(実施例2)実施例1に記載の方法と同様に原麦汁エキス濃度20重量%の麦汁を調製し、100Lパイロットプラントにてビールを製造した。酵母はビール酵母、清酒酵母(K-14、(財)日本醸造協会、以後の実施例においても同様)を各々使用し、ビール酵母を使用する場合は酵素を無添加とし、清酒酵母を使用する場合はα-グルコシダーゼ400ppmを添加した例とグルコアミラーゼ(グルコアミラーゼ「アマノ」SD、天野エンザイム社製)200ppmを添加した例につき試験を行った。なお、清酒酵母を使用する場合には、前記いずれの酵素も添加することなく発酵させて対照とした。」
・「【0022】(実施例3)粉砕麦芽28kgを温水84Lに加え、インフュージョン法により原麦汁エキス濃度20重量%の麦汁を調製した。インフュージョン法における温度経過は図1に従った。
【0023】得られた麦汁1Lに対しビール酵母を2.5gの割合で添加し、かつα-グルコシダーゼを麦汁に対し50、100、200、400ppmの割合で添加し、15℃で21日間発酵させた。なお、α-グルコシダーゼを添加することなく前記と同様に発酵させて対照とした。
【0024】発酵後の真性発酵度とα-グルコシダーゼの関係を図5に示した。α-グルコシダーゼの添加により真性発酵度は顕著に増加し、ビール酵母を使用して残糖量の少ない低カロリービールの製造が可能となった。
【0025】また、発酵中の糖の消長を重合度別にまとめたグラフを図6に示した。α-グルコシダーゼ無添加では、マルトテトラオース(表中G4)、マルトペンタオース(表中G5)、マルトヘキサオース(表中G6)、マルトヘプタオース以上(表中G7≦)が残存するのに対し、α-グルコシダーゼ添加では(400ppm)では発酵の進行に伴いこれらのオリゴ糖が減少していた。」
・「
[図:0001399330000004.jpg]
」
・「
[図:0001399330000005.jpg]
」
(3)甲2-7に記載された事項
甲2-7は、「ビール醸造技術」に関する文献であり、おおむね次の事項が記載されている。
・「
[図:0001399330000006.jpg]
」(第313ページ第1ないし6行)
・「
[図:0001399330000007.jpg]
」(第317ページ第1ないし12行)
2 本件発明1について
(1)対比
本件発明1と甲1-1発明とを対比する。
甲1-1発明における「低糖質発酵麦芽飲料」は本件発明1における「麦芽を原料として用い」た「発酵麦芽飲料」に相当する。
甲1-1発明における「麦芽粉砕物(麦芽原料)と水の混合物を糖化することにより行う第一の糖化工程」は本件発明1における「仕込工程」に相当する。
したがって、両者は、次の点で一致する。
<一致点>
「麦芽を原料として用い、
仕込工程において、グルコアミラーゼを添加する、
発酵麦芽飲料の製造方法。」
そして、両者は、以下の点で相違又は一応相違する。
<相違点1a>
本件発明1においては、「麦芽使用量が発酵原料中の65~100質量%であり」と特定されているに対して、甲1-1発明においては、そのようには特定されていない点。
<相違点1b>
本件発明1においては、「発酵工程において、トランスグルコシダーゼを添加し」と特定されているに対して、甲1-1発明においては、そのようには特定されていない点。
<相違点1c>
本件発明1においては、「製造された発酵麦芽飲料中の糖質が0.5g/100mL未満である」と特定されているのに対し、甲1-1発明においては、「発酵麦芽飲料中の」「糖質が1.4g/100ml以下である」と特定されている点。
(2)判断
以下、相違点について検討する。
ア 相違点1aについて
甲1-1の【0012】の「「発酵麦芽飲料」は、好ましくは、ビールまたは発泡酒であり、より好ましくは、ビールであり、さらに好ましくは、オールモルトビール(醸造用水を除く全原料の重量に対する麦芽原料の重量の割合が100%であるビール)である。」という記載、同【0049】の実施例2に関する記載及び同【0050】の実施例3に関する記載を踏まえると、当業者は甲1-1発明における「麦芽使用量」は「発酵原料中」の「100%」であると考えるから、相違点1aは実質的な相違点とはいえない。
また、仮に相違点1aが実質的な相違点であったとしても、甲1-1の【0012】、【0049】及び【0050】の上記記載を踏まえて、甲1-1発明において、相違点1aに係る本件発明1の発明特定事項を採用することは、当業者であれば容易に想到し得たことである。
イ 相違点1bについて
甲1-1に記載された事項(甲1-1の【0007】、【0043】、【0044】及び【0052】等)によると、甲1-1発明は、麦芽を原料として用いることによりビールとしての味わいを保ちつつ、糖質が低減された発酵麦芽飲料の製造方法を提供することを目的とするものであり、また、糖質のうち酵母によって資化できない非資化性糖にも着目し、イソマルトース、イソマルトトリオース、パノース、ニゲロース等のα-1,6結合を持つ分岐オリゴ糖のような非資化性糖の含量を低減することで糖質低減効果を図るものである。
他方、甲1-3に記載された事項(甲1-3の【0006】、【0009】、【0014】、【0025】及び【図6】等)によると、ビールの醸造において、発酵工程でα-グルコシダーゼ(トランスグルゴシダーゼ)を作用させると、麦汁エキス濃度に左右されず、真性発酵度を高めることができ、糖分をほとんど残さず高品質な低カロリービールを製造できること及び発酵工程でα-グルコシダーゼ(トランスグルゴシダーゼ)を添加することにより重合度4以上のオリゴ糖を含む各種糖の含量を低減できることが理解できる。
したがって、甲1-1発明において、甲1-3に記載された事項を適用する動機付けはあるといえる。
よって、甲1-1発明において、甲1-3に記載された事項を適用して、「発酵工程において、トランスグルコシダーゼを添加」するようにして、相違点1bに係る本件発明1の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到し得たことである。
ウ 相違点1cについて
甲1-1の【0002】の「近年、肥満が原因となるメタボリックシンドロームに対する認識が高まり、糖や脂質の過剰摂取への対策に消費者の関心が高まっている。そのため、嗜好品である醸造酒においても、低糖質という付加価値を付与した商品の市場が拡大している。例えば、ビール風飲料である第3のビールや発泡酒では、100mLあたり糖質0.5g未満の低糖質性飲料が開発されている。健康増進法の栄養表示基準(厚生労働省告示第(176)号)に基づき、100mLあたり糖質0.5g未満の低糖質性飲料は、糖質ゼロと表示することが可能であるので、特に消費者の支持を得ている。」という記載を踏まえると、甲1-1発明において、「糖質」を「0.5g/100mL未満」とする動機づけはあるといえる。
したがって、甲1-1発明において、「糖質」を「0.5g/100mL未満」として、相違点1cに係る本件発明1の発明特定事項を採用することは、当業者であれば容易に想到し得たことである。
エ 効果について
本件発明1の奏する「発酵原料に占める麦芽使用比率にかかわらず、糖質含有量が顕著に低い発酵麦芽飲料を製造することができる」(【0012】)という効果は、甲1-1の【0043】の「本発明の発酵麦芽飲料においては、発酵麦芽飲料中の非資化性糖が低減されることにより、糖質の低減が実現されたと考えられる。」という記載、甲1-3の【0009】の「発酵工程でα-グルコシダーゼを作用させることによりデキストリンやオリゴ糖を加水分解して10重量%を越える原麦汁エキス濃度であっても糖分をほとんど残さず製造できる」及び同【0014】の「原麦汁エキス濃度は特に限定されないが、13重量%~30重量%の範囲内としても糖分をほとんど残さず製造できる」という記載からみて、本件発明1の構成から当業者が予測できる範囲を超えた顕著なものとはいえない。
オ 特許権者の主張について
(ア)特許権者の主張の概要
特許権者は、おおむね次のとおり主張する(以下、順に「主張a」のようにいう。)。
a 甲1-1発明と甲1-3の記載を組み合わせる動機付けがないこと(令和4年12月26日に特許権者から提出された意見書第4ないし6ページ)
甲1-1の明細書の【0015】、【0032】、【0043】、【0044】、【0052】の記載から、甲1-1発明は、糖化工程中で麦汁濾過を行うことにより、麦芽糖化液中のパノース等の非資化性糖を低減させ、これにより発酵麦芽飲料を低糖質化することを特徴とする。言い換えると、甲1-1発明は、低糖質の発酵麦芽飲料を製造するために、発酵に供する麦芽糖化液中の非資化性糖を低減することを解決すべき課題としており、「糖化工程中で麦汁濾過を行うこと」によりこの課題を解決している。
一方で、甲1-3、特に図2や【0018】には、発酵工程中にα-グルコシダーゼ(トランスグルゴシダーゼ)を添加することにより、パノース等の非資化性糖が顕著に増大することが記載されている。甲1-3では、発酵初期に増大した非資化性糖は、発酵が進行するにつれ、発酵液の糖含有量が低下すると、α-グルコシダーゼ(トランスグルゴシダーゼ)が加水分解反応を触媒するようになり、この加水分解活性により減少するため、最終的には低糖質化が達成される、とされている。
つまり、甲1-3に記載の低糖質化手段である「発酵工程中にα-グルコシダーゼを添加すること」は、発酵初期に非資化性糖を増大させる手段であり、甲1-1発明の課題解決手段による効果「発酵に供する麦芽糖化液中の非資化性糖を低減すること」を全く損なうものである。
課題が共通であることだけでは、両方の技術的手段を組み合わせることが当業者に取って容易であるとはいえない。一方の技術的手段が、他方の技術的手段の効果を損なうものである場合には、両技術的手段を組み合わせることの動機付けはなく、むしろ、当業者であれば、両技術的手段を組み合わせることは避けるのが自然である。そして、甲1-1発明と甲1-3に記載の低糖質化手段とは、非資化性糖を低減させることで低糖質化を図るという点で共通するが、甲1-3に記載されている低糖質化の方法である「発酵工程中にα-グルコシダーゼを添加すること」は、甲1-1発明の課題解決手段による効果を全く損なうものであるから、甲1-1発明に甲1-3に記載の低糖質化手段を組みあわせることは、動機付けがなく、当業者にとって容易に想到し得るものではなく、本件発明は、甲1-1発明と甲1-3の記載に基づいて進歩性を否定されるべきではない。
b 甲1-1発明と甲1-3の記載を組み合わせることによっては、十分な低糖質化が達成できるとは当業者には理解できないこと(同意見書第6ないし9ページ)
甲1-1の実施例では、糖度を6.0重量%に調整して発酵させているため、高濃度醸造ではなく、ビールを製造する場合には、いわゆる通常の発酵を行うとも考えられる。なお、通常の発酵における一般的な発酵条件は、おおよそ、7~9日間、8~10℃である(甲2-7の313頁1~4行)。このため、当業者は、高濃度醸造でない甲1-1において、甲1-3の実施例に記載のような高温かつ長期間の発酵が必要であるとは理解しないといえる。
しかしながら、高濃度醸造と通常の発酵は、発酵のエキス濃度や発酵温度、発酵日数などが非常に異なっているために、高濃度醸造で低糖質化が達成できたからというだけでは、直ちにこれを通常発酵に適用した場合に同様の低糖質化が達成できるだろうとは、当業者には予測できない。
そもそも、発酵工程でα-グルコシダーゼを添加することにより、発酵液の糖組成が、甲1-3の図2や図6のような挙動を示すのは、高濃度醸造の特徴である「発酵速度が低く、発酵温度が比較的高温で、発酵時間が長いこと」が要因となっている。高濃度醸造では、酵母による発酵がゆっくりと進むため、α-グルコシダーゼが加水分解反応を触媒するようになるほど充分に糖質含有量が低下した時点でも、酵母による発酵はまだ十分に行われている。その結果、さらに発酵を続けることで、α-グルコシダーゼの加水分解能により糖質含有量がさらに低下する。また、発酵温度が比較的高温で、α-グルコシダーゼの酵素活性も高いため、その加水分解活性も高く、発酵終了時にはほぼ全ての糖が消失してしまう(図6)。つまり、甲1-3からは、発酵工程へのα-グルコシダーゼ添加によってほぼ全ての糖を消費させるためには、α-グルコシダーゼが加水分解反応を触媒するようになるほど充分に糖質含有量が低下した時点でも、酵母による発酵がまだ十分に行われていることと、α-グルコシダーゼによる加水分解活性が充分に強いことが肝要であると理解する。
ここで、酵素の活性は、温度に依存しており、通常の発酵における発酵温度(例えば、8~10℃:甲2-7の313頁1~4行)よりも、高濃度醸造の発酵温度(例えば、15℃)のほうが、α-グルコシダーゼの酵素活性が高いことは、本願出願時の技術常識である。このため、当業者であれば、通常の発酵を行った場合の発酵液の糖組成は、甲1-3の図6(b)のようにはならない、と理解する。通常の発酵であっても、発酵初期は糖質含有量が高いため、高濃度醸造と同様にα-グルコシダーゼによって資化性糖から非資化性糖が合成され、その後の糖質含有量の低下によってα-グルコシダーゼの加水分解活性により非資化性糖が減少する傾向は観察されると予測されるが、α-グルコシダーゼの活性は低く、甲1-3の図6(b)にみられるような糖組成の変化は期待できない。G4(重合度4以上の糖)やG5(重合度5以上の糖)が、発酵開始から増加する量は高濃度醸造よりも少なくなるであろうが、その後の加水分解活性も弱くなるため、G4やG5の減少速度も遅くなり、これにより、発酵終了時(例えば、発酵開始から7~9日目)でも、かなりの非資化性糖が残存するであろうと予測される。このため、α-グルコシダーゼによる非資化性糖の加水分解はあまり進まず、甲1-3の図6のようにほぼ全ての糖含有量が0%にまで低下させることは困難である。
このように、甲1-3の記載からは、「発酵工程中にα-グルコシダーゼを添加すること」により、ほぼ全ての糖分を消費させるような低糖質化は、高濃度醸造の特徴である「発酵速度が低く、発酵温度が比較的高温で、発酵時間が長いこと」により達成されるものと理解できる。このため、当業者は、甲1-3の記載から、高濃度醸造よりも発酵速度が速く、発酵温度が低く、発酵時間もより短い通常の発酵において発酵工程中にα-グルコシダーゼを添加しても、無添加の場合よりも低糖質化できるかもしれないが、「0.5g/100mL未満」にまで低糖質化することは非常に困難である、と理解する。
甲1-1発明は通常の発酵により発酵麦芽飲料を製造する方法であるから、甲1-1発明に対して、単に「発酵工程中にα-グルコシダーゼを添加する」だけでは、甲1-3の図6の発酵終了時点にみられるような十分な糖質含有量の低下は期待できない。また、「発酵工程中にα-グルコシダーゼを添加すること」は、甲1-1発明の技術的特徴である「糖化工程中で麦汁濾過を行うこと」により達成される非資化性糖の低減効果を破棄するものであるから、甲1-1発明に甲1-3の低糖質化手段を組み合わせることで、組み合わせない場合よりも優れた低糖質化が達成できるかどうかも不明である。したがって、本件発明は、甲1-1発明と甲1-3の記載に基づいて当業者が容易に想到し得るものではなく、進歩性を否定されるべきではない。
c 本件発明の効果が、当業者が予測し得るものではなかったこと(同意見書第9ページ)
甲1-1発明において、仕込工程中にグルコアミラーゼを添加しているのは、発酵に供する麦芽糖化液中の非資化性糖の含有量を低減させるためである。つまり、甲1-3の記載によれば、「発酵工程中にα-グルコシダーゼを添加すること」は、「仕込工程中にグルコアミラーゼを添加すること」による効果である非資化性糖の低減を破棄するものである。このため、両技術を組み合わせることで、より高い低糖質化効果が得られ、「0.5g/100mL未満」が達成できることは、当業者には予測し得るものではない。このため、本件発明の効果は、甲1-1及び甲1-3の記載から当業者が予測し得ない顕著な効果であり、この点からも本件発明の進歩性が認められるべきである。
d 甲1-1及び甲1-3から当業者が容易に想到し得るものではないこと(令和4年8月5日に特許権者から提出された意見書第6及び7ページ)
「甲1-3の実施例1及び2の発酵は、「15℃で21日間」であり、日本の一般的な発酵条件(7~9日間、8~10℃)と比べれば非常に高温で長期間であることから、当業者は、甲1-3の実施例1及び2の記載から「発酵工程でα-グルコシダーゼを添加した場合には、非資化性の分岐オリゴ糖が増大してしまうこと、発酵工程でα-グルコシダーゼを添加した場合でも非資化性分岐オリゴ糖の濃度を低減させるためには、発酵を、高温かつ長期間で行う必要がある」ということを理解する。
そして、甲1-1の実施例では、発酵を20℃で2日間行っていることから、発酵工程でα-グルコシダーゼを添加すると、発酵終了時点では、甲1-3の図2及び図6における発酵から2~3日目に相当するため、非資化性の分岐オリゴ糖が大量に合成されており、製造されたビールはα-グルコシダーゼを添加しなかった場合よりも糖質含量が非常に多くなるだろうと、当業者は予測する。
にもかかわらず、驚くべきことに、本件発明1により、麦芽使用量が発酵減量中の65~100質量%であるにもかかわらず、低糖質の発酵麦芽原料を製造できる。このように、本件発明1は、甲1-1及び甲1-3から当業者が容易に想到し得るものではなく、十分に進歩性を有している。
(イ)上記主張についての検討
上記主張について検討する。
a 主張aについて
甲1-3の【0006】の「麦汁エキス濃度に左右されず」、同【0009】の「発酵工程でα-グルコシダーゼを作用させることによりデキストリンやオリゴ糖を加水分解して10重量%を越える原麦汁エキス濃度であっても糖分をほとんど残さず製造できる。」及び同【0014】の「原麦汁エキス濃度は特に限定されないが、13重量%~30重量%の範囲内としても糖分をほとんど残さず製造できる」という記載によると、甲1-3に記載された「発酵工程でα-グルコシダーゼを作用させる」ことによって、「麦汁エキス濃度」がどの程度であっても、最終的には「糖分」はほとんど残らないことから、甲1-1発明において、甲1-3に記載された「発酵工程でα-グルコシダーゼを作用させる」という手段を採用することは、甲1-1発明の目的・効果を損なうものではない。
したがって、甲1-1発明に甲1-3に記載された事項を組み合わせる動機付けはあるといえる。
よって、特許権者の上記主張aは採用できない。
b 主張bについて
上記aのとおり、甲1-3に記載された「発酵工程でα-グルコシダーゼを作用させる」ことによって、「麦汁エキス濃度」がどの程度であっても、最終的には「糖分」はほとんど残らないから、甲1-1発明と甲1-3に記載された事項を組み合わせれば、より低糖質化を達成できると当業者は理解する。
仮に、特許権者の主張するように「高濃度醸造と通常の発酵は、発酵のエキス濃度や発酵温度、発酵日数などが非常に異なっている」としても、甲1-3には、高濃度醸造という制約の大きな醸造法においても高品質の低カロリービールを得られることが記載されているのであるから、当業者は、そのような制約がない醸造法においては、当然に、甲1-3に記載された製造方法によって高品質の低カロリービール、すなわちより低糖質のビールが得られると理解する。
また、糖質の濃度の低減が十分でない場合に、「加水」によって糖質の濃度を低減することは、ビールテイスト飲料の製造において極一般的に行われている手段でもある(このことは、令和4年12月26日に特許権者が提出した意見書の第3ページにおいて特許権者も認めている。)。
したがって、甲1-1発明と甲1-3の記載を組み合わせ、その際に、必要であればビールテイスト飲料の製造において極一般的に行われている「加水」という手段を用いることによって、十分な低糖質化が達成できると当業者は理解できる。
よって、特許権者の上記主張bは採用できない。
c 主張cについて
上記aのとおり、甲1-3に記載された「発酵工程でα-グルコシダーゼを作用させる」ことによって、「麦汁エキス濃度」がどの程度であっても、最終的には「糖分」はほとんど残らないから、「発酵工程でα-グルコシダーゼを作用させること」は、「仕込工程中にグルコアミラーゼを添加すること」による効果である非資化性糖の低減を破棄するものではない。
したがって、甲1-1発明において、甲1-3に記載された技術的事項を組み合わせることで、より高い低糖質化効果が得られ、これに加えて適量の「加水」をすれば、「0.5g/100mL未満」が達成できることは、当業者が予測し得たものであり、本件発明1の効果が、当業者が予測し得るものではなかったとはいえない。
よって、特許権者の上記主張cは採用できない。
d 主張dについて
甲1-3の実施例1及び2は、原麦汁エキス濃度が20重量%の麦汁を使用しており(【0016】及び【0019】)、いわゆる高濃度醸造の実施例であって、発酵を高温かつ長期間行っているのは高濃度醸造により発酵速度が低下する(参考資料2の【0002】参照。)からであり、当業者は、そのような制約のない醸造法である甲1-1発明において、甲1-3の実施例に記載のような高温かつ長期間の発酵が必要であるとは理解しない。
また、甲1-1発明は、低糖質発酵麦芽飲料の提供を目的とするものであって、高温かつ長期間の発酵を排除するものではない。
さらに、上記aのとおり、甲1-3に記載された「発酵工程でα-グルコシダーゼを作用させる」ことによって、「麦汁エキス濃度」がどの程度であっても、最終的には「糖分」はほとんど残らないものであるから、α-グルコシダーゼを添加しなかった場合よりも糖質含量が非常に多くなるとは当業者は予測しない。
したがって、甲1-1発明に甲1-3に記載された事項を適用することを阻害する要因はあるとはいえないし、本件発明1の効果も予測の範囲内であるといえる。
よって、本件発明1は、甲1-1発明及び甲1-3に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものであるといえる。
したがって、特許権者の上記主張dは採用できない。
(3)まとめ
したがって、本件発明1は、甲1-1発明及び甲1-3に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
3 本件発明2について
甲1-3の【0014】には、麦汁量に対してα-グルコシダーゼ(トランスグルコシダーゼ)を50~400ppmの範囲で使用することが好ましいこと及びα-グルコシダーゼ(トランスグルコシダーゼ)の使用量が50ppmより少なくなると真性発酵度が減少しやすくなることが記載されている。
したがって、甲1-1発明において、「トランスグルコシダーゼ」を添加する際に、甲1-3に記載された上記事項を考慮して、発酵工程における真性発酵度の程度を観察しながら、「トランスグルコシダーゼ」の添加量を調整し、「発酵液」に、「エキス1g」に対して、「トランスグルコシダーゼ」を「3U以上」添加することは当業者が容易に想到し得たことである。
そして、本件発明2の奏する効果は、甲1-1発明及び甲1-3に記載された事項からみて、本件発明2の構成から当業者が予測できる範囲を超えた顕著なものとはいえない。
よって、本件発明2は、甲1-1発明及び甲1-3に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
4 本件発明3について
甲1-3には、麦汁を15℃で発酵させることが記載されている(甲1-3の【0017】及び【0023】)。
また、ビール醸造において発酵工程を5~15℃程度の温度で行うことは技術常識(甲2-7の第313ページ第1ないし6行及び第317ページ第1ないし12行参照。)でもある。
したがって、甲1-1発明において、「発酵工程」を「5~15℃」で行うことは当業者が容易に想到し得たことである。
そして、本件発明3の奏する効果は、甲1-1発明及び甲1-3に記載された事項並びに技術常識からみて、本件発明3の構成から当業者が予測できる範囲を超えた顕著なものとはいえない。
よって、本件発明3は、甲1-1発明、甲1-3に記載された事項及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
5 むすび
したがって、本件発明1ないし3は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
第6 結語
上記第5のとおりであるから、本件特許の請求項1ないし3に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
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2022-700138