特許異議申立
2021-700851
光変換材料、光変換フィルム、及び発光素子
- 審判番号
- 2021-700851
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2015-207560
- 登録番号
- 6838268
- 請求日
- 2021年09月02日
- 審決日
- 2022年06月17日
- 公報発行日
- 2022年09月30日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】コニカミノルタ株式会社
- 【権利者代理人】特許業務法人磯野国際特許商標事務所
- 【異議申立人】山田 宏基
- 審判長/審判官
- 審判長 里村 利光
- 審判官 小濱 健太
- 審判官 関根 洋之
- 分類
- P1652.536-YAA(H05B) / P1652.537-YAA(H05B) / P1652.121-YAA(H05B)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条、特許法第120条の5第2項、特許法第2条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第6838268号発明「光変換材料、光変換フィルム、及び発光素子」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第6838268号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔2~6〕について訂正することを認める。
特許第6838268号の請求項2~6に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続等の経緯
特許第6838268号の請求項2~6に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願(特願2015-207560号)は、平成27年10月21日に出願されたものであって、令和3年2月16日に特許権の設定の登録がされたものである。
本件特許について、令和3年3月3日に特許掲載公報が発行されたところ、発行の日から6月以内である令和3年9月2日に、特許異議申立人 山田 宏基(以下「特許異議申立人」という。)から、特許異議の申立てがされた。
その後の手続等の経緯は、以下の通りである。
令和 3年11月18日付け:取消理由通知書
令和 4年 1月24日付け:訂正請求書
令和 4年 1月24日付け:意見書(特許権者)
令和 4年 3月 8日付け:意見書(特許異議申立人)
第2 本件訂正請求及び訂正の適否についての判断
令和4年1月24日にされた訂正の請求を、以下「本件訂正請求」という。
1 訂正の趣旨
本件訂正請求の趣旨は、特許第6838268号の明細書及び特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項2~6について訂正することを求める、というものである。
2 訂正の内容
本件訂正請求において、特許権者が求める訂正の内容は、以下のとおりである。なお、下線は訂正箇所を示す。
(1)訂正事項1
訂正事項1による訂正は、訂正前の請求項2において、「MはEu又はTbを表し」と記載されているのを、「MはEuを表し」に訂正するものである。
請求項2を直接又は間接的に引用する請求項3~6についても同様に訂正するものである。
(2)訂正事項2
訂正事項2による訂正は、訂正前の請求項2において、「少なくとも1つのLig1の最低励起一重項状態(S1)のエネルギー準位と当該Lig1の最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位との差の絶対値(ΔEst)は0.01~0.30eV以下である。〕」と記載されているのを、「少なくとも1つのLig1の最低励起一重項状態(S1)のエネルギー準位と当該Lig1の最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位との差の絶対値(ΔEst)は0.01~0.30eV以下である。Lig1はΔEstが0.5eV以下であり、Lig2はΔEstが0.5eVを超える。〕」に訂正するものである。
請求項2を直接又は間接的に引用する請求項3~6についても同様に訂正するものである。
(3)訂正事項3
訂正事項3による訂正は、本件特許の明細書(以下「本件特許明細書」という。)の【0015】に、
「2.励起光によって励起され、前記励起光とは異なる波長で発光し、上記一般式(1)で表されることを特徴とする光変換材料であって、上記一般式(1)の少なくとも1つのLig1の最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位が、上記一般式(1)のMの発光準位より高いことを特徴とする光変換材料。〔式中、MはEu又はTbを表し、Lig1とLig2とはMに配位する配位子を表し、Lig1とLig2とは互いに異なる構造である(ただし、Lig1は1-[4-(ジフェニルアミノ)フェニル]-3-フェニルプロパン-1,3-ジオンであることを除く)。n1は1~12の整数を表し、n2は0~8の整数を表し、n1が2以上の場合には、Lig1は同一の構造であっても異なる構造であってもよく、n2が2以上の場合には、Lig2は同一の構造であっても異なる構造であってもよい。n3は1以上の整数を表す。少なくとも1つのLig1の最低励起一重項状態(S1)のエネルギー準位と当該Lig1の最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位との差の絶対値(ΔEst)は0.01~0.30eVである。〕 3.前記少なくとも1つのLig1が420~500nmの波長の励起光で励起されることを特徴とする前記1又は前記2に記載の光変換材料。」と記載されているのを、「2.励起光によって励起され、前記励起光とは異なる波長で発光し、上記一般式(1)で表されることを特徴とする光変換材料であって、上記一般式(1)の少なくとも1つのLig1の最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位が、上記一般式(1)のMの発光準位より高いことを特徴とする光変換材料。〔式中、MはEuを表し、Lig1とLig2とはMに配位する配位子を表し、Lig1とLig2とは互いに異なる構造である(ただし、Lig1は1-[4-(ジフェニルアミノ)フェニル]-3-フェニルプロパン-1,3-ジオンであることを除く)。n1は1~12の整数を表し、n2は0~8の整数を表し、n1が2以上の場合には、Lig1は同一の構造であっても異なる構造であってもよく、n2が2以上の場合には、Lig2は同一の構造であっても異なる構造であってもよい。n3は1以上の整数を表す。少なくとも1つのLig1の最低励起一重項状態(S1)のエネルギー準位と当該Lig1の最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位との差の絶対値(ΔEst)は0.01~0.30eVである。Lig1はΔEstが0.5eV以下であり、Lig2はΔEstが0.5eVを超える。〕
3.前記少なくとも1つのLig1が420~500nmの波長の励起光で励起されることを特徴とする前記1又は前記2に記載の光変換材料。」に訂正するものである。
3 一群の請求項について
訂正前の請求項3~6は、訂正前の請求項2を直接又は間接的に引用しているところ、訂正事項1及び2による訂正によって訂正前の請求項2が訂正されることにより連動して訂正されることになる。
したがって、本件訂正請求は、一群の請求項である請求項2~6に対して請求されたものである。
4 訂正の適否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1による訂正は、請求項2に記載された「M」が表す金属元素を「Eu又はTb」から「Eu」に限定する訂正であるから、訂正事項1による訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項
本件特許明細書の【0041】~【0049】には、「M」が「Eu」である光変換材料が記載されているから、訂正事項1による訂正が新規事項の追加に該当しないことは明らかである。
ウ 拡張又は変更
前記アで述べた訂正の内容からみて、訂正事項1による訂正により、訂正前の特許請求の範囲に含まれないこととされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることにならないことは明らかである。
したがって、訂正事項1による訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的
訂正事項2による訂正は、請求項2に記載された「Lig1」を「Lig1はΔEstが0.5eV以下」であるものに限定し、「Lig2」を「Lig2はΔEstが0.5eVを超える」ものに限定する訂正であるから、訂正事項2による訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項
本件特許明細書の【0245】~【0246】には、「L-01~L-23」として「ΔEstが0.5eV以下」のものが「配位子(Lig1)として好適に使用可能であること」が記載されており、「L-101~L-115」として「ΔEstが0.5eVを超える」のものが「配位子(Lig2)としては使用可能である」ことが記載されているから、訂正事項2による訂正が新規事項の追加に該当しないことは明らかである。
ウ 拡張又は変更
前記アで述べた訂正の内容からみて、訂正事項2による訂正により、訂正前の特許請求の範囲に含まれないこととされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることにならないことは明らかである。
したがって、訂正事項2による訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
(3)訂正事項3について
訂正事項3による訂正は、訂正事項1及び訂正事項2による訂正に伴い、特許請求の範囲の記載と本件特許明細書の記載との整合性を図ることを目的とするものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、新規事項の追加に該当しないこと、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないことは明らかである。
また、本件訂正請求は、一群の請求項(訂正前の請求項2~6)ごとにされたものであるところ、本件訂正請求は、訂正事項3による訂正に係る前記一群の請求項の全てについてしたものであることは、上記(1)及び(2)で検討した訂正の内容からみて明らかである。
5 小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法120条の5第2項ただし書、同法同条9項において準用する同法126条4項、5項及び6項の規定に適合する。
よって、結論に記載のとおり、特許第6838268号の明細書及び特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔2~6〕について訂正することを認める。
第3 本件特許発明
上記「第2」のとおり、本件訂正請求による訂正は認められた。
そうしてみると、特許異議の申立ての対象となっている、請求項2~6に係る発明(以下それぞれ、「本件特許発明2」~「本件特許発明6」という。また、これらの発明を総称して「本件特許発明」という。)は、本件訂正請求による訂正後の特許請求の範囲の請求項2~6に記載された事項によって特定されるとおり、以下のものである。
「【請求項2】
励起光によって励起され、前記励起光とは異なる波長で発光し、下記一般式(1)で表されることを特徴とする光変換材料であって、
下記一般式(1)の少なくとも1つのLig1の最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位が、下記一般式(1)のMの発光準位より高いことを特徴とする光変換材料。
【化2】
一般式(1)
[M-(Lig1)n1(Lig2)n2]n3
〔式中、MはEuを表し、Lig1とLig2とはMに配位する配位子を表し、Lig1とLig2とは互いに異なる構造である(ただし、Lig1は1-[4-(ジフェニルアミノ)フェニル]-3-フェニルプロパン-1,3-ジオンであることを除く)。n1は1~12の整数を表し、n2は0~8の整数を表し、n1が2以上の場合には、Lig1は同一の構造であっても異なる構造であってもよく、n2が2以上の場合には、Lig2は同一の構造であっても異なる構造であってもよい。n3は1以上の整数を表す。少なくとも1つのLig1の最低励起一重項状態(S1)のエネルギー準位と当該Lig1の最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位との差の絶対値(ΔEst)は0.01~0.30eVである。Lig1はΔEstが0.5eV以下であり、Lig2はΔEstが0.5eVを超える。〕
【請求項3】
前記少なくとも1つのLig1が420~500nmの波長の励起光で励起されることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の光変換材料。
【請求項4】
前記Lig1又は前記Lig2が多座配位子であることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の光変換材料。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の光変換材料を含有することを特徴とする光変換フィルム。
【請求項6】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の光変換材料を含有することを特徴とする発光素子。」
第4 当合議体が通知した取消しの理由
令和3年11月18日付けの取消理由通知書により通知した取消しの理由は、概略、以下のとおりである。
理由1:実施可能要件
(1)本件特許の発明の詳細な説明には、本件特許発明2において規定される「Lig1」の製造方法が記載されておらず、本件出願時に公知なものであったと認められないことから、本件特許は、発明の詳細な説明が、本件特許発明2~6について、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。
よって、本件特許は、その発明の詳細な説明が特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。
(2)本件特許の発明の詳細な説明は、本件特許発明2の「M」(希土類金属元素)が「Tb」である場合に矛盾するものとなっているから、本件特許は、発明の詳細な説明が、本件特許発明2~6について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。
よって、本件特許は、その発明の詳細な説明が特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。
理由2:明確性要件
(1)本件特許発明2において規定された「ΔEst」について、その算出方法が明確でない。
よって、本件特許は、その特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。
(2)本件特許発明2において規定された「Lig1」及び「Lig2」について、その区別が明確でない。
よって、本件特許は、その特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。
第5 当合議体が通知した取消しの理由に対する判断
1 実施可能要件(理由1(1))について
(1)判断基準
発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号の要件、いわゆる実施可能要件に適合するというためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に明確かつ十分な記載があることが必要である。
そして、特許請求の範囲に記載された発明が、物の発明である場合、物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号)、同法36条4項1号の「その実施をすることができる」とは、その物を作ることができ、かつ、その物を使用できることであり、物の発明については、明細書にその物を生産する方法及び使用する方法についての具体的な記載が必要である、あるいは、そのような記載がなくても、明細書等の記載並びに出願当時の技術常識に基づき、当業者がその物を作ることができ、かつ、その物を使用できることが必要である。
(2)当合議体の判断
上記判断基準に基づいて、本件特許が実施可能要件を満たすか、特に本件特許発明2に規定されている、一般式(1)で表される光変換材料を製造する際の出発物質である配位子「Lig1」を作ることができ、かつ、それを使用することができることができるように、発明の詳細な説明に記載されているかについて、以下検討する。
ア 本件特許明細書の発明の詳細な説明には、「Lig1」の具体的な構造について、以下の記載がある。
「【0066】
以下に、本発明に係る光変換材料の配位子(Lig1)の具体例(L-01~L-23)と、配位子(Lig2)の具体例(L-101~L-115)を示すが、これらに限定されるものではない。
【0067】
【化12】
[図:0001388380000001.jpg]
【0068】
【化13】
[図:0001388380000002.jpg]
」
イ また、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、上記「Lig1」を備えた光変換材料の具体的な構造について、以下の記載がある。
「【0042】
【化3】
[図:0001388380000003.jpg]
【0043】
【化4】
[図:0001388380000004.jpg]
【0044】
【化5】
[図:0001388380000005.jpg]
」
上記ア~イによれば、「Lig1」の具体例として開示されている「L-01~L-23」について、本件特許の発明の詳細な説明に、その物を生産する具体的な方法は記載されていない。
しかしながら、「L-01~L-23」は、その具体的な構造が記載されており、それぞれ、母核となるカルバゾールに、Ph2P(=O)基、Ph2P(=S)基、PhS(=O)基、CF3C(=O)C(OH)基、C6F5C(=O)C(OH)基等の基が導入されたものであることは、上記構造から当業者が理解できることである。
そして、それぞれの母核となるカルバゾールは、乙第1号証(国際公開第2013/154064号)の[表2-1]や[表3-1]、乙第2号証(ADVANCED MATERIALS, 2015, 27, 5861-5867)の5862頁等に開示されており、本件出願時に当業者に周知であった。また、Ph2P(=O)基等の基をカルバゾールに導入する技術は、例えば、乙第7号証(Organic Letters (2011), 13(13), 3478-3481)の特に3480頁のTable2に記載されており、本件出願時に当業者に周知であった。さらに、上記各基を所望の位置に導入するために、カルバゾールの当該所望の位置に選択的に反応性置換基(例えば、ハロゲン基やアセチル基等)を導入することは、例えば、特開2010-95523号公報(以下「参考文献1」という。)の【実施例1】【0165】~【0170】に記載されている「ステップ1」及び「ステップ2」に記載されているように、化合物の合成に係る技術分野における本件出願時の技術常識である。
そうすると、本件特許の発明の詳細な説明に、「Lig1」として例示される上記「L-01~L-23」を生産する具体的な方法は記載されていないとしても、開示されている上記「L-01~L-23」の具体的な構造及び本件出願時の上記技術常識に基づいて、当業者は上記「L-01~L-23」を生産することができたといえる。
また、本件特許明細書の実施例2及び実施例3では、上記「L-01~L-23」を備えた光変換材料を含有させた光変換フィルムの性能について確認が行われているのであるから、本件特許の発明の詳細な説明は、上記「L-01~L-23」を使用することができるように記載されている。
以上総合すると、本件特許の発明の詳細な説明は、その記載及び本件出願当時の技術常識に基づき、当業者が「L-01~L-23」として例示されている、本件特許の「Lig1」を作ることができ、かつ、それを使用できるように記載されているといえる。
したがって、本件特許の発明の詳細な説明は、本件特許発明2~6について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。
(3)特許異議申立人の主張について
ア 特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、令和4年3月8日付けの意見書の「(2-2)」「(イ)」(4頁)において、「特許権者が主張する方法によって、本件特許のL-01~L-23等のLig1を当業者であっても製造できないことを説明する。」として、意見書の「(イ-1)~(イ-3)」(4頁~7頁)において、概略、以下のとおり主張する。
本件特許権者が、証拠として提出した乙第1号証(国際公開第2013/154064号)及び乙第2号証(ADVANCED MATERIALS, 2015, 27, 5861-5867)に記載されている母核となるカルバゾールには、反応性置換基(例えば、ハロゲン基やアセチル基)が存在しない。反応性置換基が存在しなければ、カップリング反応によるPh2P(=O)基の導入が不可能であることは、出願時の技術常識である。
反応性置換基が存在しない場合について、特許権者は、令和4年1月24日付けの意見書の19頁で上記乙第2号証及び乙第12号証(特開平6-16614号公報)に記載されている方法に基づいて、所望の位置に選択的に置換基を含有するカルバゾールを導入することが可能である旨主張するものの、乙第2号証及び乙第12号証は、反応性置換基を母核化合物に導入する方法が記載されていない。
イ 当合議体の判断
母核となるカルバゾールの所望の位置に選択的に反応性置換基(例えば、ハロゲン基やアセチル基等)を導入し、導入した反応性置換基とのカップリング反応により当該位置に所望の基を導入することは、上記(2)で挙げた参考文献1に「ステップ1」及び「ステップ2」として記載されているように、本件出願時において、化合物の合成に係る技術分野における技術常識であった。
したがって、上記主張は採用の限りではない。
2 実施可能要件(理由1(2))について
上記「第2」の本件訂正請求による訂正事項1により、上記「第4」の理由1(2)が解消していることは明らかである。
また、この点について、特許異議申立人は令和4年3月8日付けの意見書において、何ら意見を主張していない。
3 明確性要件(理由2(1))について
(1)判断基準
特許請求の範囲に記載された発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、明細書の記載及び図面を考慮し、また、出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2)当合議体の判断
上記判断基準に基づいて、本件特許の特許請求の範囲の記載が明確であるか、特にΔEstの算出方法が明確に理解できるか、以下検討する。
本件特許明細書には、以下の記載がある。
「【0243】
≪配位子のエネルギー準位の計算≫
各配位子のS1のエネルギー準位(E(S1)と表示)、T1のエネルギー準位(E(T1)と表示)、ΔEst、及びλmaxは、構造の最適化の計算、及び励起状態の計算によって求めた。
すなわち、汎関数としてB3LYP、基底関数として6-31G(d)を用いた構造最適化の計算を行い、この最適化された構造に対して時間依存密度汎関数法(Time-Dependent DFT)による励起状態計算を実施し、配位子のE(S1)、E(T1)を求め、更にΔEst=E(S1)-E(T1)を算出した。また、λmaxはE(S1)の値を用いて算出(λmax=1239.8/E(S1))した。
なお、前記の計算において使用した量子化学計算プログラムはGaussian09であった。」
上記記載によると、「構造最適化の計算」は、「汎関数としてB3LYP、基底関数として6-31G(d)を用いた」ものであることが理解できる。
ここで、上記段落には、「励起状態計算」において使用された汎関数と基底関数は明示されていないが、特段の事情がない限り、構造最適化の計算時に用いた汎関数及び基底関数と敢えて異なる汎関数を使用する理由はないから、「励起状態計算」も、「汎関数としてB3LYP、基底関数として6-31G(d)」をそのまま用いたと解するのが自然である。
そうすると、本件特許明細書の上記段落の記載から、特許請求の範囲に記載されている「ΔEst」は、「汎関数としてB3LYP、基底関数として6-31G(d)」を用いて、「量子化学計算プログラムはGaussian09」を使用し、「構造最適化計算」及び「励起状態計算」によって算出されたものであることが理解でき、もはや「ΔEst」について、その算出方法が明確でないということはできない
以上のことから、本件特許の特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに明確でないということはできない。
(3)特許異議申立人の主張について
ア 特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、令和4年3月8日付けの意見書の「(2-3)」(8頁~13頁)において、本件特許の明確性について、概略、以下の(ア)及び(イ)のとおり主張する。
(ア) ΔEstの計算値と測定値について
特許権者は、L-01~L-23を用いて実際の実験で測定されるΔEstの値と計算によって算出された値とが同一であるか又は異なるのか示していない。
ΔEstの計算値と測定値が異なることは技術常識であり、実際の実験でΔEstが確かめられていない本件訂正特許発明2~6は不明確である。
(イ) 時間依存密度汎関数法による励起状態計算について
特許権者が証拠として提出した乙第14号証で使用されている関数は、構造最適化計算では、汎関数としてB3LYP及びCAM-B3LYPであるのに対して、励起状態計算では、汎関数としてB3LYPであり、CAM-B3LYPはB3YLPを改良した汎関数であり、B3LYPとは明確に異なる種類の汎関数であることは技術常識である。そうすると、乙第14号証の構造最適化計算の汎関数と励起状態計算の汎関数とは異なることを示している。
同様に、参考資料3(Chem. Eur. J. 2016, 22, 4889-4898)及び参考資料4(J. Phys. Chem. A 2014, 118, 1094-1102)の記載からも、構造最適化の計算時と励起状態の計算時(ΔEst)とで異なる汎関数を使用する場合もあることは対象特許の出願時の技術常識である。
また、参考資料5(Journal of Photochemistry and Photobiology A: Chemistry 276 (2014) 16-30)のTable3には、TD-DFTによる計算結果が示されており、構造最適化及び励起状態計算で異なる基底関数を使用することによる計算結果の違いを比較することができる。そして、その比較から明らかなように、構造最適化及び励起状態計算で異なる関数を用いた場合に、計算結果が異なる。したがって、時間依存密度汎関数法による励起状態計算で用いる汎関数及び基底関数が特定されていない本件訂正特許発明2~6は不明確である。
イ 当合議体の判断
(ア)上記ア(ア)の主張について
本件特許発明2のΔEstは、特許権者が主張するとおり、「計算によって算出された値」と解するのが自然であるから、計算対象となる配位子のΔEstが、本件特許発明2が規定する範囲に該当するか否かは、当該配位子について、本件特許明細書の【0243】に記載に基づく「計算」を行い、算出されたΔEstがその範囲に属するか否かをもって判断されれば足りるのであって、実際の実験で本件特許発明2のLig1のΔEstが確かめられなければならない理由はない。
したがって、本件特許の特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに明確でないということはできないから、上記主張は採用の限りではない。
(イ)上記ア(イ)の主張について
特許異議申立人が主張するように、「構造最適化の計算時と励起状態の計算時(ΔEst)とで異なる汎関数を使用する場合もある」としても、上記(2)で述べたように、本件特許発明2の規定は、本件特許明細書【0243】の記載に基づいて、構造最適化の計算時と励起状態の計算時とで、同じ汎関数を用いて計算を行って規定されるものと解するのが自然である。
したがって、本件明細書に構造最適化の計算時における汎関数の開示さえないのであれば格別、励起状態の計算時の汎関数の明示がないことをもって、本件特許の特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに明確でないということはできないから、し上記主張は採用の限りではない。
4 明確性要件(理由2(2))について
上記「第2」の本件訂正請求による訂正事項2により、上記「第4」の理由2(2)が解消していることは明らかである。
また、この点について、特許異議申立人は令和4年3月8日付けの意見書において、何ら意見を主張していない。
第6 取消しの理由において採用しなかった特許異議申立ての理由について
1 異議申立人が提出した証拠について
特許異議申立人が提出した証拠は以下のとおりである。
甲第1号証:Biju Francis et al. Achieving visible light excitation in carbazole-based Eu3+-β-diketonate complexes via molecular engineering, RSC Adv., 2015, 5, 90720-90730.
甲第2号証:Werts, M.H.V. Luminescent Lanthanide Complexes: Visible Light Sensitised Red and Near-infrared Luminescence, UvA-DARE, 2000.
甲第3号証:足立吟也編著, 「希土類の科学」, 第1版, 1999年3月30日, p.156-p.159
甲第4号証:Liming Zhang et al. Reduced Efficiency Roll-Off in Organic Light-Emitting Diodes by a Novel Short-Lived Organoeuropium Emitter. ACS Applied Material & Interfaces, 2009, Vol.1, No.9, p.1852-1855, 及びSupporting Information.
甲第5号証:長村 利彦 外1名, 「光化学-基礎から応用まで」, 第1版, 2014年9月30日, p.11
甲第6号証:上田 陽, 「有機吸光光度法」, 分析化学, 1969, Vol.18, p.546-p.558
甲第7号証:安藤 慎治, 「密度汎関数法を用いたF2レジスト基盤材料の光透過スペクトル予測」, 高分子学会 光反応・電子用材料研究会講演会 資料, 2004.
甲第8号証:Thomas J.S. et al. Bimetallic lanthanide complexes that display a ratiometric response to oxygen concentrations, Chem. Sci., 2015, 6, 2054-2059.
甲第1号証及び甲第2号証が主引例であり、甲第3号証~甲第8号証は化学特性等の周知技術を示す文献である。以下、甲第1号証~甲第8号証をそれぞれ、甲1~甲8という。
2 甲号証の記載及び甲号証に記載された発明
(1)甲1の記載及び甲1に記載された発明
ア 甲1の記載
甲1は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明が記載されたものであるところ、そこには、以下の記載がある。(なお、下線は当合議体において付したものであり、引用発明の認定や判断に活用した箇所を示す。以下同様である。)
(ア) 「
[図:0001388380000006.jpg]
」(90721頁のScheme1)
(イ) 「Synthesis of Eu3+ complexes 2 and 4
・・・中略・・・
Eu(L1)3(DDXPO)(2)
・・・中略・・・
Eu(L2)3(DDXPO)(4)」(90723頁の右欄の4~17行目)
(参考訳:Eu3+錯体2及び4の合成)
(ウ) 「
[図:0001388380000007.jpg]
」(90723頁のScheme3)
(エ) 「
[図:0001388380000008.jpg]
」(90726頁のFig.7)
(オ) 「Thus, the S1 and T1 values for L1 were found to be 24190 cm-1 and 20660 cm-1, respectively. The S1 and T1 values for L2 were found to be 24100 cm-1 and 20550 cm-1 respectively. The S1(31850cm-1) and T1(23470cm-1) levels for the ancillary ligand DDXPO were taken from our earlier report.」(90727頁の24~29行目)
(参考訳:したがって、L1のS1値及びT1値はそれぞれ、24190cm-1及び20660cm-1であることが分かった。L2のS1値及びT1値はそれぞれ、24100cm-1及び20550cm-1であることが分かった。補助的な配位子であるDDXPOのS1(31850cm-1)及びT1(23470cm-1)準位は、我々の先の論文から把握される。)
イ 甲1に記載された発明
(ア)上記ア(イ)及びア(ウ)によれば、甲1には「complexes 2」として、金属元素「Eu」と、Euに配位子する配位子「L1」及び「DDXPO」により「Eu(L1)3(DDXPO)」と表されるEu錯体が記載されている。同様に、「complexes 4」として「Eu(L2)3(DDXPO)」と表されるEu錯体が記載されている。ここで、配位子「L1」及び「L2」はそれぞれ、上記ア(ア)において、「R=H(L1)」及び「R=OCH3(L2)」として記載されるものである。
また、上記ア(エ)から、上記Eu錯体(complexes 2 及び complexes 4)が、励起光によって励起され、励起光とは異なる波長で発光する光変換材料であることが理解できる。
(イ)上記ア(オ)には、配位子L1、L2及びDDXPOの最低励起一重項状態(S1)のエネルギー準位及び最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位が記載されている。
単位変換をすると、L1のS1とT1のエネルギー準位はそれぞれ、「2.999eV」及び「2.562eV」であり、その差の絶対値であるΔEstは「0.437eV」である。
同様に、L2のS1及びT1のエネルギー準位はそれぞれ、「2.988eV」及び「2.548eV」であり、その差の絶対値であるΔEstは「0.440eV」である。
また同様に、DDXPOのS1及びT1のエネルギー準位はそれぞれ、「3.949eV」及び「2.910eV」であり、その差の絶対値であるΔEstは「1.039eV」である。
(ウ)以上総合すると、甲1には、Eu錯体の配位子がL1及びDDXPOである「光変換材料」の発明(以下「甲1発明1」という。)として、以下のものが記載されている。
「励起光によって励起され、励起光とは異なる波長で発光し、
式Eu(L1)3(DDXPO)で表される光変換材料であって、
式中の希土類金属元素はEuであり、
L1及びDDXPOはEuに配位する配位子であり、
L1とDDXPOとは互いに異なる構造であり、L1の数が3であり、DDXPOの数が1であり、
L1の最低励起一重項状態(S1)及び最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位はそれぞれ、2.999eV及び2.562eVであり、その差の絶対値であるΔEstは0.437eVであり、
DDXPOのS1及びT1のエネルギー準位はそれぞれ、3.949eV及び2.910eVであり、その差の絶対値であるΔEstは1.039eVである、光変換材料。」
同様に、甲1には、Eu錯体の配位子がL2及びDDXPOである「光変換材料」の発明(以下「甲1発明2」という。)として、以下のものが記載されている。
「励起光によって励起され、励起光とは異なる波長で発光し、
式Eu(L2)3(DDXPO)で表される光変換材料であって、
式中の希土類金属元素はEuであり、
L2及びDDXPOはEuに配位する配位子であり、
L2とDDXPOとは互いに異なる構造であり、L2の数が3であり、DDXPOの数が1であり、
L2の最低励起一重項状態(S1)及び最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位はそれぞれ、2.988eV及び2.548eVであり、その差の絶対値であるΔEstは0.440eVであり
DDXPOのS1及びT1のエネルギー準位はそれぞれ、3.949eV及び2.910eVであり、その差の絶対値であるΔEstは1.039eVである、光変換材料。」
(2)甲2の記載及び甲2に記載された発明
ア 甲2の記載
甲2は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明が記載されたものであるところ、そこには、以下の記載がある。
(ア)「
[図:0001388380000009.jpg]
」(102頁)
(イ)「
[図:0001388380000010.jpg]
」(102頁)
(ウ)「From the absorption spectra and emission spectra the energy of the lowest singlet excited of the antenna chromophore in MK-EuFOD is estimated to be 22800cm-1(2.83eV) in benzene 23700cm-1(2.94eV) in methylcycloheane.」(109頁の1~3行目)
(参考訳:吸収スペクトル及び発光スペクトルから、MK-EuFODにおけるアンテナ発色団の最低励起一重項状態エネルギーは、22800cm-1(2.83eV、ベンゼン中)及び23700cm-1(2.94eV、シクロヘキサンメチル中)と概算される。)
(エ)「the triplet energy of the coordinated MK is estimated to be 19600cm-1」(109頁の13行目)
(参考訳:配位MKの三重項エネルギーは19600cm-1と概算される。)
イ 甲2に記載された発明
(ア)上記ア(ア)から、錯体の配位子であるミヒラーケトンとEu錯体であるEuFODの構造が看取される。また、上記ア(イ)から、当該Eu錯体が励起光によって励起され、励起光とはこと異なる波長で発光する光変換材料であることが看取される。
(イ)上記ア(ウ)には、ミヒラーケトン-EuFODで表されるEu錯体の最低励起一重項状態(S1)のエネルギー準位が「22800cm-1」であることが記載されている。また、上記ア(エ)には、ミヒラーケトンの三重項状態(T1)のエネルギー準位が「19600cm-1」であることが記載されている。
単位変換を行うと、S1のエネルギー準位は「2.827eV」であり、T1のエネルギー準位は「2.430eV」であり、その差の絶対値であるΔEstは「0.397eV」である。
(ウ)以上(ア)及び(イ)より、甲2には、以下の「光変換材料」の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されている。なお、以下において、「ミヒラーケトン」を「MK」で統一して表す。
「励起光によって励起され、前記励起光とは異なる波長で発光し、
式MK-EuFODで表される光変換材料であって、
式中の希土類金属元素はEuであって、
MKとFODはEuに配位する配位子であり、MKとFODは互いに異なる構造であり、
MKの数は1であり、FODの数は1であり、
MKにおける最低励起一重項状態(S1)及び最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位はそれぞれ、2.827eV及び2.430eVであり、その差の絶対値であるΔEstは0.397eVである、光変換材料。」
(3)甲3の記載
甲3は、本件出願前に日本国内において、頒布された刊行物であるところ、そこには以下の記載がある。
「
[図:0001388380000011.jpg]
」(158頁)
甲3の上記の図8.18から、Eu3+の発光準位である5D0のエネルギー準位が「17259cm-1」であることが看取されるところ、単位の変換を行うと、Eu3+の発光準位のエネルギー準位は、「2.140eV」であることが、甲3には記載されているといえる。
(4)甲4の記載
甲4は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物であるところ、そこには、以下の記載がある。
ア 「The EL Devices are fabricated with a structure of ITO/m-MTDATA(30nm)/NPB(20nm)/CBP:Eu(DPDBM)3DPPZ(wt%)(35nm)/Bphen(20nm)/Alq3(20nm)/LiF(0.8nm)/Al, as shown in Figure 1」(1854頁の左欄1~4行目)
(参考訳:図1に示されるように、ITO/m-MTDATA(30nm)/NPB(20nm)/CBP:Eu(DPDBM)3DPPZ(wt%)(35nm)/Bphen(20nm)/Alq3(20nm)/LiF(0.8nm)/Alの構造を有するEL素子を製造した。)
イ 「Figure 2 shows the PL characteristics of Eu(DPDBM)3DPPZ and free DPDBM measured from 4,4’-dicarbazolyl-1-1’-biphenyl(CBP) films(10wt%) and CH2Cl2 solutions (1 ×10-5 mol/L).」(1853頁の左欄”RESULTS AND DISCUSSION”の1~4行目)
(参考訳:図2は、4,4‘-ジカルバゾリル1-1-1’ビフェニル(CBP)フィルム(10wt%)及びCH2Cl2溶液(1×10-5Lmol/L)から測定したEu(DPDBM)3DPPZ及びフリーのDPDBMのPL特性を示す。)
(5)甲5の記載
甲5は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物であるところ、そこには、以下の記載がある。
「光の波長は通常, ギリシャ文字λで表し, 光の速度は真空中の速度をc(=299,792,458m/s)で表す. 1秒間に電場や磁場が変化する回数, すなわち周波数(振動数)はギリシャ文字ν(単位:Hz)で表す. ν=c/λであり, 短波長の光ほど大きい. 周波数にプランク定数h=6.62606876×10-31J・sをかけると電磁波のもつエネルギー(E=hν)になる.」(11頁18~22行目)
(6)甲6の記載
甲6は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物であるところ、そこには、以下の記載がある。
「ベンゼンスルホンアミドはエタノール中で二つの吸収帯を有し短波長側のは最も吸収の強い波長――これを吸収極大波長といい, λmaxで示す」(547頁左欄の5~8行目)
(7)甲7の記載
甲7は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物であるところ、そこには、以下の記載がある。
ア 「非経験的(ab initio)分子軌道法や密度汎関数法(DFT)計算が実験化学者にとって身近なものとなってきた。特に物質の電子励起状態に関連した物性を研究対象とする者にとって、Gaussianの入力ファイルにCISあるいはTDというキーワードを入れるだけで一電子励起エネルギー(Δε)や振動子強度(f)の計算ができ, またPOLARというキーワードでだけ分子分極率(α)やその異方性(Δα)の計算が可能になった意義は大きい。」(【付録】の「1.はじめに」の3~7行目)
イ 「Δεが最も小さいのはHOMO(13)→LUMO(14)遷移だがfは小さい.」(【付録】の【エタノールの出力結果(抜粋)】)
ウ 「最後に, TD-DFT計算から得られた一電子励起エネルギーと振動子強度から光吸収スペクトルを生成することが必要となる. 計算から得られるΔεとfからは、棒スペクトルが生成できる」(【付録】の5頁の1~4行目)
(8)甲8の記載
甲8は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物であるところ、そこには、以下の記載がある。
「The emissive states of terbium (5D4, 20490cm-1)」(2055頁の左欄の7行目)
(参考訳:テルビウムの発光状態(5D4, 20490cm-1))
3 甲1を主引例とする進歩性に対する当合議体の判断
(1)対比
本件特許発明2と甲1発明1とを対比する。
ア 光変換材料
甲1発明1の「光変換材料」は「励起光によって励起され、励起光とは異なる波長で発光」するものである。
そうすると、甲1発明1の「光変換材料」は、その文言のとおり、本件特許発明2の「光変換材料」に相当し、「励起光によって励起され、前記励起光とは異なる波長で発光」するという要件を満たす。
イ M(金属元素)
甲1発明1の「Eu」は、光変換材料の配位子が配位する金属元素であることから、本件特許発明2の配位子が配位する金属元素を表す「M」に対応し、「MはEuを表し」という要件を満たす。
ウ Lig1及びLig2
甲1発明1の配位子「L1」及び「DDXPO」のΔEstはそれぞれ、「0.437eV」及び「1.039eV」である。
そうすると、甲1発明1の「L1」は、本件特許発明2の一方の配位子を表す「Lig1」が備えている「ΔEstが0.5eV以下」であるという要件を満たす。また、甲1発明1の「DDXPO」は、本件特許発明2の他方の配位子を表す「Lig2」が備えている「ΔEstが0.5eVを超える」という要件を満たす。
以上のことから、甲1発明1の「L1」及び「DDXPO」をそれぞれ、本件特許発明2において配位子を表す「Lig1」及び「Lig2」に対応させて、「Lig1」及び「Lig2」と表すことができる。
エ 一般式(1)
甲1発明1の「光変換材料」の式は、金属元素「Eu」に配位する「L1」及び「DDXPO」により、「Eu(L1)3(DDXPO)」と表される。
そして、上記イ及びウを考慮すると、甲1発明1の「Eu」、「L1」及び「DDXPO」をそれぞれ、「M」、「Lig1」及び「Lig2」と表すことができるので、甲1発明1の「光変換材料」を表す式は、本件特許発明2の「光変換材料」を表す「一般式(1)」と共通の表記をすることができる。なお、「一般式(1)」は、以下のものである。
「一般式(1)
[M-(Lig1)n1(Lig2)n2]n3」
オ その他の条件
甲1発明1の「L1」と「DDXPO」はそれぞれ、Euに配位する異なる構造の配位子であるから、本件特許発明2の「Lig1とLig2とはMに配位する配位子を表し、Lig1とLig2とは互いに異なる構造である」という要件を満たす。
甲1発明1の「L1」」は、1-[4-(ジフェニルアミノ)フェニル]-3-フェニルプロパン-1,3-ジオンではないから、本件特許発明2の「ただし、Lig1は1-[4-(ジフェニルアミノ)フェニル]-3-フェニルプロパン-1,3-ジオンであることを除く」という要件を満たす。
甲1発明1の「光変換材料」は、L1の数が「3」であり、DDXPOの数が「1」であるモノマーであるから、本件特許発明2の「n1は1~12の整数を表し、n2は0~8の整数を表し」、「n3は1以上の整数を表す」という要件を満たし、かつ、「n1が2以上の場合には、Lig1は同一の構造であっても異なる構造であってもよく、n2が2以上の場合には、Lig2は同一の構造であっても異なる構造であってもよい。」という要件も満たす。
(2)一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明2と甲1発明1とは、以下の点で一致する。
「励起光によって励起され、前記励起光とは異なる波長で発光し、下記一般式(1)で表される光変換材料。
【化2】
一般式(1)
[M-(Lig1)n1(Lig2)n2]n3
〔式中、MはEuを表し、Lig1とLig2とはMに配位する配位子を表し、Lig1とLig2とは互いに異なる構造である(ただし、Lig1は1-[4-(ジフェニルアミノ)フェニル]-3-フェニルプロパン-1,3-ジオンであることを除く)。n1は1~12の整数を表し、n2は0~8の整数を表し、n1が2以上の場合には、Lig1は同一の構造であっても異なる構造であってもよく、n2が2以上の場合には、Lig2は同一の構造であっても異なる構造であってもよい。n3は1以上の整数を表す。Lig1はΔEstが0.5eV以下であり、Lig2はΔEstが0.5eVを超える。〕」
イ 相違点
本件発明2と甲1発明1とは、以下の点で相違もしくは一応相違する。
(相違点1)
本件特許発明2が「少なくとも1つのLig1の最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位が、一般式(1)のMの発光準位より高い」のに対し、甲1発明1のL1の最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位が、Euの発光準位より高いか不明である点。
(相違点2)
本件特許発明2が「少なくとも1つのLig1の最低励起一重項状態(S1)のエネルギー準位と当該Lig1の最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位との差の絶対値(ΔEst)は0.01~0.30eVである」のに対し、甲1発明1は「L1」のΔEstが「0.437eV」である点。
(3)判断
事案に鑑み、まず、上記相違点2について検討する。
甲1には、当業者が、甲1発明1の配位子として、L1に代えて、ΔEstが0.01~0.30eVの配位子を採用する動機となり得る記載ないし示唆を見出すことはできない。また、甲2~甲8の記載を参照しても、当業者が、甲1発明1の配位子として、L1に代えて、ΔEstが0.01~0.30eVの配位子を採用する動機となり得る記載ないし示唆を見出すことはできない。
したがって、上記相違点1について検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲1発明1及び甲2~甲8の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。
(4)本件特許発明3~6について
本件特許発明3~6は、請求項2を直接又は間接的に引用するものであるから、本件特許発明2と同じ理由で、甲1発明1及び甲2~甲8の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。
(5)甲1発明2に基づく場合の対比及び判断
上記(1)~(4)と同様である。
4 甲2を主引例とする進歩性に対する当合議体の判断
(1)対比
本件特許発明2と甲2発明とを対比する。
ア 光変換材料
甲2発明の「光変換材料」は「励起光によって励起され、励起光とは異なる波長で発光」するものである。
そうすると、甲2発明の「光変換材料」は、その文言のとおり、本件特許発明2の「光変換材料」に相当し、「励起光によって励起され、前記励起光とは異なる波長で発光」するという要件を満たす。
イ M(金属元素)
甲2発明の「Eu」は、光変換材料の配位子が配位する金属元素であることから、本件特許発明2の配位子が配位する金属元素の表記である「M」に対応し、「MはEuを表し」という要件を満たす。
ウ Lig1及びLig2
甲2発明の配位子「MK」のΔEstは「0.397eV」であるから、甲2発明の「MK」は、本件特許発明2の一方の配位子を表す「Lig1」が備えている「ΔEstが0.5eV以下」であるという要件を満たす。
そうすると、甲2発明の「MK」を、本件特許発明2の一方の配位子を表す「Lig1」に対応させて、「Lig1」と表すことができる。また、甲2発明の他方の配位子である「FOD」を、本件特許発明2の他方の配位子を表す「Lig2」に対応させて、「Lig2」と表すことができる。
エ 一般式(1)
甲2発明の「光変換材料」の式は、金属元素「Eu」に配位する「MK」及び「FOD」により、式「MK-EuFOD」と表される。
そして、上記イ及びウを考慮すると、甲2発明の「Eu」、「MK」及び「FOD」をそれぞれ、「M」、「Lig1」及び「Lig2」と表すことができるので、甲2発明の「光変換材料」を表す式は、本件特許発明2の「光変換材料」を表す「一般式(1)」と共通の表記をすることができる。なお、「一般式(1)」は、以下のものである。
「一般式(1)
[M-(Lig1)n1(Lig2)n2]n3」
オ その他の条件
甲2発明の「MK」と「FOD」はそれぞれ、Euに配位する異なる構造の配位子であるから、本件特許発明2の「Lig1とLig2とはMに配位する配位子を表し、Lig1とLig2とは互いに異なる構造である」という要件を満たす。
甲2発明の「MK」」は、1-[4-(ジフェニルアミノ)フェニル]-3-フェニルプロパン-1,3-ジオンではないから、本件特許発明2の「ただし、Lig1は1-[4-(ジフェニルアミノ)フェニル]-3-フェニルプロパン-1,3-ジオンであることを除く」という要件を満たす。
甲2発明の「光変換材料」は、MKの数が「1」であり、FODの数が「1」であるモノマーであるから、本件特許発明2の「n1は1~12の整数を表し、n2は0~8の整数を表し」、「n3は1以上の整数を表す」という要件を満たし、かつ、「n1が2以上の場合には、Lig1は同一の構造であっても異なる構造であってもよく、n2が2以上の場合には、Lig2は同一の構造であっても異なる構造であってもよい。」という要件も満たす。
(2)一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明2と甲2発明とは、以下の点で一致する。
「励起光によって励起され、前記励起光とは異なる波長で発光し、下記一般式(1)で表される光変換材料。
【化2】
一般式(1)
[M-(Lig1)n1(Lig2)n2]n3
〔式中、MはEuを表し、Lig1とLig2とはMに配位する配位子を表し、Lig1とLig2とは互いに異なる構造である(ただし、Lig1は1-[4-(ジフェニルアミノ)フェニル]-3-フェニルプロパン-1,3-ジオンであることを除く)。n1は1~12の整数を表し、n2は0~8の整数を表し、n1が2以上の場合には、Lig1は同一の構造であっても異なる構造であってもよく、n2が2以上の場合には、Lig2は同一の構造であっても異なる構造であってもよい。n3は1以上の整数を表す。Lig1はΔEstが0.5eV以下である。〕」
イ 相違点
本件特許発明2と甲2発明とは、以下の点で相違もしくは一応相違する。
(相違点1)
本件特許発明2が「少なくとも1つのLig1の最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位が、一般式(1)のMの発光準位より高い」のに対し、甲2発明のMKの最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位が、Euの発光準位より高いか不明である点。
(相違点2)
本件特許発明2が「少なくとも1つのLig1の最低励起一重項状態(S1)のエネルギー準位と当該Lig1の最低励起三重項状態(T1)のエネルギー準位との差の絶対値(ΔEst)は0.01~0.30eVである」のに対し、甲2発明は「MK」のΔEstが「0.397eV」である点。
(相違点3)
本件特許発明2が「Lig2はΔEstが0.5eVを超える」のに対し、甲2発明の「FOD」のΔEstが不明である点。
(3)判断
事案に鑑み、まず、上記相違点2について検討する。
甲2には、当業者が、甲2発明の配位子として、MKに代えて、ΔEstが0.01~0.30eVの配位子を採用する動機となり得る記載ないし示唆を見出すことはできない。また、甲1及び甲3~甲8の記載を参照しても、当業者が、甲2発明の配位子として、MKに代えて、ΔEstが0.01~0.30eVの配位子を採用する動機となり得る記載ないし示唆を見出すことはできない。
したがって、上記相違点1及び相違点3について検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲2発明並びに甲1及び甲3~甲8の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。
(4)本件特許発明3~6について
本件特許発明3~6は、請求項2を直接又は間接的に引用するものであるから、本件特許発明2と同じ理由で、甲2発明並びに甲1及び甲3~甲8の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。
5 実施可能要件に対する当合議体の判断
(1)ΔEstの値について
ア 特許異議申立ての理由
特許異議申立人は、特許異議申立書の「(4-4)」「イ.」(21頁~22頁)において、「各配位子及びそれを含む光変換材料を調製し、λmaxを実施に測定することまではなされていない。事前に計算結果(理論値)を算出したとしても、製造して得られた光変換材料のλmax(測定値)が理論値と一致するかは不明である。
・・・中略・・・
理論値及び測定値が大きく異なるのであるにもかかわらず、本件特許の明細書には、表1の配位子のλmaxの測定値が何ら記載されておらず、製造して得られた光変換材料のΔEstが本件特許発明2に規定されるΔEstの範囲内であるか疑わしい。
したがって、λmaxの測定値が記載されていない本件特許の明細書の発明の詳細な説明は、一般式(1)で表される光変換材料を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。」と主張する。
イ 当合議体の判断
本件特許の実施の形態における「λmax」は、本件特許明細書の【0243】に記載のとおり「λmax=1239.8/E(S1)」によって定められる値であるところ、「λmaxの測定値が記載されていない」ことをもって、本件特許の発明の詳細な説明が、本件特許発明2を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないということはできない。
したがって、上記主張は採用の限りではない。
(2)配位子エネルギーと発光理論との矛盾について
ア 特許異議申立ての理由
特許異議申立人は、特許異議申立書の「(4-4)」「オ.」(27頁)において、「Tb錯体において実施形態における理論的記述と実施例の結果に整合性がないことから、Eu錯体においてもほんとうに赤色に変換するのか実験結果が疑わしい。
以上より、実施形態における理論的記述と実施例の結果に整合性がない本件特許の明細書の発明の詳細な説明は、一般式(1)で表される光変換材料を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。」と主張する。
イ 当合議体の判断
上記2(3)で指摘したとおり、甲3の図8.18の記載から、Euの発光準位は「2.140eV」であることが理解できるから、Eu錯体を用いた実施形態については、本件特許明細書の段落【0028】の記載と矛盾しない。
したがって、上記主張は採用の限りではない。
6 実施可能要件及び明確性要件に対する当合議体の判断
(1)エネルギー準位の算出方法について
ア 特許異議申立ての理由
特許異議申立人は特許異議申立書の「(4-4)」「エ.」(24頁~26頁)において、「本件特許の明細書には、最大吸収波長(λmax)の定義が明示されていないが、本件特許の明細書の段落[0009]において、特許文献1の図4のλmaxを400nmとしていることから、吸光度が最も高い波長を示していると解釈できる。
・・・中略・・・
一方、1239.8/E(S1)から算出される波長は、吸光度を有する最も長波長側の波長であるλ1であり、λmaxとは異なる。
・・・中略・・・
以上から、本件特許の明細書の段落[0243]に記載される、「また、λmaxはE(S1)の値を用いて算出(λmax=1239.8/E(S1))した。」という記載は技術的に誤りである。
したがって、1239.8/E(S1)の計算結果の解釈に誤りがある本件特許の明細書の発明の詳細な説明は、一般式(1)で表される光変換材料を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。
また、1239.8/E(S1)の計算結果の解釈に誤りがあることから、ΔEstの算出方法が不明である本件特許発明2~6は不明確である。」と主張する。
イ 当合議体の判断
本件特許明細書の【0243】には、「λmaxはE(S1)の値を用いて算出(λmax=1239.8/E(S1))した」と記載されているとおり、本件特許の実施の形態においては、これが「λmax」として定められるものである。上記主張において、「1239.8/E(S1)から算出される波長は、吸光度を有する最も長波長側の波長であるλ1であり、λmaxとは異なる。」と主張するが、「λ1」と表記しなければならないものでもなく、「最大吸収波長」(例えば450nm)とも本件特許明細書の記載を通して明確に区別できることから、「1239.8/E(S1)から算出される波長」を「λmax」と表記しても、そのことをもって直ちに、発明の詳細な説明が、本件特許発明2~6を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない、もしくは、特許請求の範囲の記載が不明確であるとはいえない。
したがって、上記主張は採用の限りではない。
第7 まとめ
以上のとおりであるから、当合議体が通知した取消しの理由及び特許異議申立ての理由によっては、請求項2~6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項2~6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2021-700851