特許異議申立
2024-701175
有機EL表示素子用封止剤及びトップエミッション型有機EL表示素子
- 審判番号
- 2024-701175
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2019-521511
- 登録番号
- 7497155
- 請求日
- 2024年12月09日
- 審決日
- 2025年10月03日
- 公報発行日
- 2026年01月30日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】積水化学工業株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人お茶の水内外特許事務所
- 【権利者代理人】弁理士法人WisePlus
- 【異議申立人】藤央 弁理士法人
- 審判長/審判官
- 審判長 神谷 健一
- 審判官 関根 洋之
- 審判官 高松 大
- 分類
- P1651.112-YAA(H05B) / P1651.113-YAA(H05B) / P1651.121-YAA(H05B) / P1651.536-YAA(H05B) / P1651.537-YAA(H05B)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条、特許法第120条の5第2項、特許法第113条、特許法第29条、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の5第9項、特許法第36条第6項第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7497155号発明「有機EL表示素子用封止剤及びトップエミッション型有機EL表示素子」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7497155号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-8〕について訂正することを認める。
特許第7497155号の請求項1~8に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7497155号(以下「本件特許」という。)の請求項1~8に係る特許についての出願(特願2019-521511号)は、2019年(平成31年)4月11日(優先権主張 平成30年4月20日)を国際出願日とする出願であって、令和6年5月31日にその特許権の設定登録がされ、令和6年6月10日に特許掲載公報が発行された。
本件特許について、特許掲載公報発行の日から6月以内である令和6年12月9日に特許異議申立人 藤央弁理士法人(以下「異議申立人」という。)から全請求項に対して特許異議の申立てがされた。その後の手続等の経緯の概要は、以下のとおりである。
令和7年 3月17日付け:取消理由通知書
令和7年 5月19日提出:意見書、訂正請求書(特許権者)
令和7年 6月16日提出:手続補正書(特許権者。この手続補正書により補正された令和7年 5月19日提出の訂正請求書による訂正の請求を、以下「本件訂正請求」という。)
令和7年 7月22日提出:意見書(異議申立人)
第2 本件訂正請求について
1 訂正の趣旨及び訂正の内容
(1) 訂正の趣旨
本件訂正請求の趣旨は、「特許第7497155号の特許請求の範囲を、本請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~8について訂正することを求める。」というものである。
(2) 訂正の内容
本件訂正請求において特許権者が求める訂正の内容は、以下のとおりである。なお、下線は当合議体が付したものであり、訂正箇所を示す。
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の
「重合性化合物と重合開始剤とを含有し、」との記載を、
「重合性化合物と重合開始剤とを含有し、前記重合開始剤が光カチオン重合開始剤又は光ラジカル重合開始剤であり、」と訂正する。
請求項1の記載を引用する他の請求項も同様に訂正する。
イ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1の
「有機EL表示素子用封止剤。」との記載を、
「有機EL表示素子用封止剤(但し、硬化遅延剤によってUV照射により発生したカチオン(プロトン)を一旦トラップし、かつポストキュアと呼ばれる後加熱工程にて本硬化させる光後硬化接着剤を応用した有機EL表示素子用封止剤を除く)。」と訂正する。
請求項1の記載を引用する他の請求項も同様に訂正する。
ウ 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項2の
「重合性化合物と重合開始剤とを含有し、」との記載を、
「重合性化合物と重合開始剤とを含有し、前記重合開始剤が光カチオン重合開始剤又は光ラジカル重合開始剤であり、」と訂正する。
請求項2の記載を引用する他の請求項も同様に訂正する。
エ 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項2の
「有機EL表示素子用封止剤。」との記載を、
「有機EL表示素子用封止剤(但し、硬化遅延剤によってUV照射により発生したカチオン(プロトン)を一旦トラップし、かつポストキュアと呼ばれる後加熱工程にて本硬化させる光後硬化接着剤を応用した有機EL表示素子用封止剤を除く)。」と訂正する。
請求項2の記載を引用する他の請求項も同様に訂正する。
(3) 一群の請求項について
訂正事項1~4に係る訂正前の請求項1~8について、請求項3~8は請求項1又は2を引用しているものであって、訂正事項1~4によって記載が訂正される請求項1又は2に連動して訂正されるものである。
したがって、訂正前の請求項1~8に対応する訂正後の請求項1~8は、特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
2 訂正の適否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項1に係る訂正は、特許請求の範囲の請求項1の「重合開始剤」を「光カチオン重合開始剤又は光ラジカル重合開始剤」に限定するものである。
したがって、訂正事項1に係る訂正は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。
請求項1の記載を引用して特定する請求項3~8についても、同様である。
イ 新規事項の有無
本件特許明細書の段落【0025】には、「上記重合開始剤としては、用いる重合性化合物の種類等に応じて、光カチオン重合開始剤や光ラジカル重合開始剤が好適に用いられる。」と記載されているから、「重合開始剤」として「光カチオン重合開始剤又は光ラジカル重合開始剤」を用いることは、本件特許明細書に記載された事項である。
したがって、訂正事項1に係る訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものである。
請求項1の記載を直接または間接的に引用して特定する請求項3~8についても、同様である。
ウ 特許請求の範囲の拡張、変更の存否
訂正事項1に係る訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないことが明らかである。よって、特許法120条の5第9項で準用する126条6項の規定に適合する。
請求項1の記載を引用して特定する請求項3乃至8についても、同様である。
(2) 訂正事項2について
訂正事項2に係る訂正は、訂正前の請求項1に記載されていた「有機EL表示素子用封止剤」から特定の有機EL表示素子用封止剤を除外して「除くクレーム」とするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、請求項1除外事項を請求項1から「除く」ことによって、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項が導入されることはないことは明らかである。
そして、訂正事項2に係る訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
請求項1の記載を引用して特定する請求項3~8についても、同様である。
(3) 訂正事項3について
上記(1)と同様に、訂正事項3に係る訂正は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。
また、訂正事項3に係る訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
請求項2の記載を引用して特定する請求項3~8についても、同様である。
(4) 訂正事項4について
上記(2)と同様に、訂正事項4に係る訂正は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。そして、請求項1除外事項を請求項1から「除く」ことによって、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項が導入されることはないことは明らかである。加えて、訂正事項4に係る訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
請求項2の記載を引用して特定する請求項3~8についても、同様である。
(5) 小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法120条の5第2項ただし書、同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するので、訂正請求書に添付された訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項〔1~8〕について訂正することを認める。
第3 本件特許発明
上記「第2」のとおり、本件訂正請求による訂正は認められるので、本件特許の特許請求の範囲の請求項1~8に係る発明(以下、それぞれ、「本件特許発明1」などといい、これらの発明を総称して「本件特許発明」という。)は、本件訂正請求による訂正後の特許請求の範囲の請求項1~8に記載された事項により特定される、次のものである。
「【請求項1】
重合性化合物と重合開始剤とを含有し、
前記重合開始剤が光カチオン重合開始剤又は光ラジカル重合開始剤であり、
硬化収縮率が11%未満であり、かつ、熱脱着GC-MS法により80℃、30分の熱脱着条件にて測定される硬化物のアウトガス発生量が3000ppm未満であり、
25℃における表面張力が15mN/m以上35mN/m以下であって、
トップエミッション型の有機EL表示素子の封止に用いられる
ことを特徴とする有機EL表示素子用封止剤(但し、硬化遅延剤によってUV照射により発生したカチオン(プロトン)を一旦トラップし、かつポストキュアと呼ばれる後加熱工程にて本硬化させる光後硬化接着剤を応用した有機EL表示素子用封止剤を除く)。
【請求項2】
インクジェット法による塗布に用いられる有機EL表示素子用封止剤であって、
重合性化合物と重合開始剤とを含有し、
前記重合開始剤が光カチオン重合開始剤又は光ラジカル重合開始剤であり、
硬化収縮率が11%未満であり、かつ、熱脱着GC-MS法により80℃、30分の熱脱着条件にて測定される硬化物のアウトガス発生量が3000ppm未満であり、
25℃における表面張力が15mN/m以上35mN/m以下であって、
トップエミッション型の有機EL表示素子の封止に用いられる
ことを特徴とする有機EL表示素子用封止剤(但し、硬化遅延剤によってUV照射により発生したカチオン(プロトン)を一旦トラップし、かつポストキュアと呼ばれる後加熱工程にて本硬化させる光後硬化接着剤を応用した有機EL表示素子用封止剤を除く)。
【請求項3】
25℃における粘度が5mPa・s以上50mPa・s以下であり、25℃における表面張力が20mN/m以上35mN/m以下である請求項1又は2記載の有機EL表示素子用封止剤。
【請求項4】
前記重合性化合物は、カチオン重合性化合物を含む請求項1、2又は3記載の有機EL表示素子用封止剤。
【請求項5】
前記重合性化合物は、多官能オキセタン化合物を含む請求項4記載の有機EL表示素子用封止剤。
【請求項6】
前記重合性化合物は、3-エチル-3-(((3-エチルオキセタン-3-イル)メトキシ)メチル)オキセタンを含む請求項5記載の有機EL表示素子用封止剤。
【請求項7】
波長395nmの紫外線を2000mJ/cm2照射してから30分後の硬化率が80%以上である請求項1、2、3、4、5又は6記載の有機EL表示素子用封止剤。
【請求項8】
請求項1、2、3、4、5、6又は7記載の有機EL表示素子用封止剤を用いてなるトップエミッション型有機EL表示素子。」
第4 申立ての理由及び証拠方法
1 申立ての理由の概要
(1) 甲第1号証を主引例とする新規性欠如
本件特許発明1~3及び7は、甲第1号証に示すように本件特許発明の優先日前に公然実施されていた物と実質同一であるか、本件特許発明の優先日前に公知となった刊行物であるところの甲第1号証に記載される発明と同一であり、新規性を有しない。
(2) 甲第1号証を主引例とする進歩性欠如
本件特許発明1~3、7及び8は、本件特許発明の優先日前に公知となった刊行物であるところの甲第1号証に記載される発明に基づいて容易に想到できるものに過ぎず、進歩性を有しない。
(3) 甲第5号証を主引例とする新規性・進歩性欠如
本件特許発明1~3、7及び8は、本件特許発明の優先日前に公知となった刊行物であるところの甲第5号証に記載される発明と同一であるか、又は当該発明及び周知技術に基づいて容易に想到できるものに過ぎず、新規性・進歩性を有しない。
(4) 甲第6号証を主引例とする進歩性欠如
本件特許発明1~8は、本件特許発明の優先日前に公知となった刊行物であるところの甲第6号証に記載される発明及び周知技術に基づいて容易に想到できるものに過ぎず、進歩性を有しない。
(5) 実施可能要件違反
本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が当該請求項に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。
(6) 明確性要件違反
本件特許の特許請求の範囲の請求項1~8の記載は明確性要件に違反する。
2 証拠方法
異議申立人が提出した証拠方法は以下のとおりである。
甲第1号証:https://www.daicelallnex.com/products/product01.html(以下、「甲1」という。)
甲第1号証の1:
https://web.archive.org/web/20180405221636/http://www.daicelallnex.com:80/products/product01.html(以下、「甲1の1」という。)
甲第2号証:国際公開第2016/021577号(以下、「甲2」という。)
甲第3号証:Innovations in photoinitiator technology for LED applications(以下、「甲3」という。)
甲第4号証:七里徳重、“光硬化樹脂 光カチオン重合を用いた遅延硬化型接着剤の開発”、科学と工業、科学と工業編集委員会編、2011年3月、85(3)、p122-127
(以下、「甲4」という。)
甲第4号証の1:https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R000000004-I11038544(甲4の発行年月を証明する書面。以下、「甲4の1」という。)
甲第5号証:特開平11-1507号公報(以下、「甲5」という。)
甲第6号証:佐々木裕、外1名、“オキセタン樹脂の反応性と硬化性材料への応用”、ネットワークポリマー、合成樹脂工業協会、2013年5月10日、第34巻第3号、p151-159(以下、「甲6」という。)
甲第6号証の1:https://doi.org/10.11364/networkpolymer.34.151(甲6の発行年月を証明する書面。以下、「甲6の1」という。)
甲第7号証の1:宮崎 照美, 門上 希和夫, 園田 裕一,陣矢 大助, 山上仰, 東房 健一, 尾川 博昭, GC/MS 全自動同定・定量データベースシステムにおける測定値の再現性の検証, 分析化学, 2011, 60 巻, 7号, p. 543-556(以下、「甲7の1」という。)
甲第7号証の2:https://doi.org/10.2116/bunsekikagaku.60.543(甲7の1の公開年月日を証明する書面。以下、「甲7の2」という。)
第5 取消理由の概要
令和7年3月17日付け取消理由通知書により特許権者に通知した取消理由は、概略、以下のとおりである。
理由1:(進歩性)本件特許の下記の請求項1~8に係る発明は、本件特許の優先権主張に係る先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許の優先権主張に係る先の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1~8に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものである。
したがって、本件特許は、特許法113条2号に該当し、取り消されるべきものである。
理由2:(明確性要件)本件特許の特許請求の範囲の請求項1~8に係る発明は明確であるということができないから、本件特許は、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
したがって、本件特許は特許法113条4号に該当し、取り消されるべきものである。
記
<引用文献等一覧>
甲4号証:七里徳重、“光硬化樹脂 光カチオン重合を用いた遅延硬化型接着剤の開発”、科学と工業、科学と工業編集委員会編、2011年3月、85(3)、p122-127
甲6号証:佐々木裕、外1名、“オキセタン樹脂の反応性と硬化性材料への応用”、ネットワークポリマー、合成樹脂工業協会、2013年5月10日、第34巻第3号、p151-159
引用文献1:国際公開2018/051732号
引用文献2:国際公開2016/167347号
引用文献3:国際公開2018/052007号
第6 取消理由についての当合議体の判断
令和7年3月17日付け取消理由通知書により特許権者に通知した取消理由についての当合議体の判断は、以下のとおりである。
1 理由1(進歩性)について
(1) 甲号証について
ア 甲4の記載事項
令和7年3月17日付けで特許権者に通知した取消理由で引用した甲4は、先の出願前に日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明が記載された文献であるところ、以下の記載事項がある。(当合議体注:下線は当合議体が付したものであり、引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。丸数字は(1)(2)等に置き換えた。以下同様。)
(ア) 「 1 はじめに
光硬化樹脂は,光の照射により樹脂液が速硬化する性質から建築・電子・印刷・医療など幅広い分野で利用されている。工業化されている光硬化樹脂の多くはラジカル重合性のアクリル樹脂であるが,近年,光カチオン硬化樹脂が用途を拡大している。光カチオン重合は主にエポキシ樹脂の重合に適用され,耐熱性が高い・硬化収縮が小さいなどの特長を有し,信頼性の高い硬化物を得られる。
光カチオン重合も光ラジカル重合と同じく通常はUV照射時に硬化するが,我々はカチオン重合特有の性質を利用してUV照射後一定の時間が経ってから硬化する遅延硬化型接着剤(以下「光後硬化接着剤」と呼ぶ)を開発している。図1には「光後硬化接着剤」のコンセプトを示す。
通常の光硬化型接着剤と異なり,貼り合せ前にまずUVを照射し,接着剤を活性化する。UVを照射すると,接着剤は活性化するが,見掛けの状態は変わらず,塗布時と同じ液状を保つ。その後,一定時間(可使時間と呼ぶ)が経過すると液が増粘・硬化するため,増粘し始める前に貼り合わせを行う。このように,照射と硬化に時間差を持たせることにより,通常の光硬化樹脂ではできないプロセスが可能となる。後硬化特有の使用法としては,(1)UV硬化性でありながら,光を通さない基材の貼り合わせができる,(2)一方の基材に色材などUVに弱い材料がある場合,対向基板に接着剤を塗布後しUVを照射してから貼り合わせる“間接的照射”によりUVのダメージを回避できる,(3)UVで活性化された液状接着剤は,常温でも硬化するが,80℃以下の低温加熱を行うことにより瞬時に硬化するため,熱硬化樹脂等と比べてタクトタイムを短くできる,等が挙げられる。」(122ページ左欄1行~123ページ左欄13行)
(イ) 「 2 光硬化樹脂および光「後」硬化樹脂の基礎
2.1 光硬化樹脂の種類
図2には光ラジカル重合および光カチオン重合の反応機構の代表的な例を示した。光ラジカル重合はUVの照射により,開始剤が開列して活性種であるラジカルが発生し,アクリル系モノマーに反応して重合反応が進行する。光カチオン重合も同様に,UVの照射により開始剤が分解しカチオン(プロトン,H+)が発生し,このプロトンによりエポキシの重合が進行する。通常はこれらの反応がUV照射と同時に進行するため,速硬化となる。
ここで,ラジカル重合とカチオン重合の異なる点は,活性種の寿命である。光ラジカル重合の場合はラジカルの寿命が短いためにUV照射時のみ重合が進行するが,光カチオン重合においては,照射により発生したプロトンの寿命が長いため,照射終了後も重合反応が進行する(暗反応)。このため,光カチオン重合樹脂は実際の工業プロセスではUV照射後,ポストキュアと呼ばれる後加熱工程を入れ重合反応率を上げるケースが多い。
このように,光カチオン重合においては発生したプロトンが失活しない特長を有するが,我々はこの特長に着目し,プロトンの反応制御方法を見出して開発したのが,遅延硬化性を持った光カチオン硬化樹脂である。
2.2 光後硬化接着剤について
図3は,エポキシの硬化速度を制御する光後硬化のメカニズムを示す。光カチオン重合開始剤のUV照射により発生したカチオン(プロトン)を硬化遅延剤によって一旦トラップし,徐々に重合反応系に供給することにより硬化速度の制御を行っている
図4は,ビスフェノール型エポキシ樹脂にスルフォニウム・アンチモネート型の光カチオン型重合開始剤を加えた系に,硬化遅延剤を種々の濃度で添加した場合の光カチオン硬化樹脂の粘度挙動を示す。いずれも同一エネルギーのUVを照射して測定を行っている。
・・・(略)・・・
2.3 光カチオン重合の熱分析
本章では代表的な光カチオン重合樹脂の熱分析の結果を報告する。熱分析としては示差走査熱分析(DSC)を用い,反応熱や反応温度を調べた。通常,光硬化樹脂の熱分析は光DSCなど特殊な装置を必要とするが光後硬化の場合,UV照射と重合反応を別々のタイミングで行えるため,重合反応のみを観察することが可能となる。」(123ページ左欄18行~124ページ左欄10行)
(ウ) 「 3 光後硬化接着剤の電子分野への応用展開
・・・(略)・・・
3.2 光後硬化接着剤の有機ELディスプレイ用封止剤への応用
(1) 有機ELパネルの構造
有機ELディスプレイは,色再現性・コントラストに優れた超薄型のディスプレイであり,携帯電話・スマートフォンからテレビなどの大型ディスプレイヘと少しずつアプリケーションが拡大されてきている。有機ELディスプレイの本質的な課題としては,電極に仕事関数の小さな金属を使用するため水分に弱く,高いレベルの防湿技術が必要とされていることである。
・・・(略)・・・
近年は高精細化や高速駆動の要求が高まり有機EL素子をTFTで駆動することが多くなってきた。TFT駆動の有機ELパネルは,基板面積の中のTFT回路の占有率が高いため,発光部の面積を大きく取るにはTFT回路の上に発光層を積層して上面方向に発光させる,いわゆる「トップエミッション方式」を採用する必要がある。図8にはトップエミッションパネルの断面構造を示す。図の様にトップエミッションパネルは発光面側(上側)を封止することになるが,a)のガス封止構造は中空部があるため,水分が入りやすいほかガラスの光反射などにより発光の取り出し効率が悪く,また大型パネルになると強度が不足するという問題がある。これらの課題を解決するため,b)の様にパネル全面を接着剤で貼り合わせる全面封止(固体封止)構造が検討されている。
(2) 後硬化による封止方法
・・・(略)・・・
図9には光後硬化接着剤によるトップエミッション型有機ELパネルの封止プロセスを示した。まず,光後硬化接着剤をカラーフィルター基板(封止ガラス)に塗布し,UVを照射する。次に真空にて発光デバイス基板とカラーフィルター基板を貼り合わせて,最後にポストキュアにて本硬化させる。このプロセスによれば,UVの発光デバイスヘ直接の照射をせず,またカラーフィルターなどの遮光部の影響もなく貼り合わせができる。さらに,真空中で貼り合わせを行えば,UV照射時に発生するアウトガスを脱気した後に貼り合わせができるため,ガスの影響を低減する効果も期待できる。
表1には,弊社の代表的な有機EL用光後硬化封止剤の物性を示す。封止剤の塗布方法としては,ディスペンスや印刷によるものがあり,粘度などの仕様が異なる。代表的な方法として,半導体チップの封止で使用される様にダム剤とフィル剤の2種類の液を塗布した後パネルを封止する方法と,1種類の封止剤をスクリーン印刷して貼り合わせる方法があり,我々はこれらの塗布法に合わせて封止剤を開発している。
全面封止用接着剤には,従来ガス封止構造で外周封止剤が担っていた「防湿」と「接着」の役割に加えて新たな要求性能が加わる。重要な性能としては「透明性」,「低硬化収縮率」,「低アウトガス」などがある。透明性はトップエミッションならではの要求であるが,一般に光カチオン硬化の場合,開始剤自身が分解して着色することが多い。また,開始剤イオンと樹脂との相互作用によっても発色しやすい。これに対し我々は独自の技術で着色を抑制している。また,硬化時の収縮が素子にストレスを与えると素子が剥離して破壊されるため,硬化収縮を低く抑える必要がある。エポキシ樹脂の光カチオン重合は本来硬化収縮が小さく,この用途には好適である。さらに,全面封止の場合は封止剤が発光素子の上面に塗布されるため,アウトガスを低く抑える必要もある。」(125ページ左欄6行~126ページ右欄10行)
イ 甲4発明
甲4には、次の発明が記載されているものと認める。
「 ビスフェノール型エポキシ樹脂にスルフォニウム・アンチモネート型の光カチオン型重合開始剤を加えた系に,硬化遅延剤を添加し
有機ELディスプレイのトップエミッションパネルのパネル全面を接着剤で貼り合わせる全面封止(固体封止)に使用する
有機EL用光後硬化封止剤。」
(2) 本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲4発明とを対比する。
(ア) 有機EL表示素子用封止剤
甲4発明の「有機EL用光後硬化封止剤」は、本件特許発明1の「有機EL表示素子用封止剤」に相当する。
(イ) 重合性化合物と重合開始剤
甲4発明の「ビスフェノール型エポキシ樹脂」及び「スルフォニウム・アンチモネート型の光カチオン型重合開始剤」は、それぞれ、本件特許発明1の「重合性化合物」及び「重合開始剤」に相当する。また、甲4発明の「スルフォニウム・アンチモネート型の光カチオン型重合開始剤」は、本件特許発明1の「前記重合開始剤が光カチオン重合開始剤又は光ラジカル重合開始剤であり」という要件を満たす。
(ウ) トップエミッション型の有機EL表示素子の封止に用いられること
甲4発明の「有機EL用光後硬化封止剤」は、「有機ELディスプレイのトップエミッションパネルのパネル全面を接着剤で貼り合わせる全面封止(固体封止)に使用する」から、本件特許発明1の「トップエミッション型の有機EL表示素子の封止に用いられる」という要件を満たす。
イ 一致点及び相違点
本件特許発明1と甲4発明は、以下の点(ア)で一致し、以下の点(イ)で相違する。
(ア) 一致点
「重合性化合物と重合開始剤とを含有し、
前記重合開始剤が光カチオン重合開始剤又は光ラジカル重合開始剤であり、
トップエミッション型の有機EL表示素子の封止に用いられる
ことを特徴とする有機EL表示素子用封止剤。」
(イ) 相違点
(相違点4-1)
本件特許発明1は、「硬化収縮率が11%未満であり、かつ、熱脱着GC-MS法により80℃、30分の熱脱着条件にて測定される硬化物のアウトガス発生量が3000ppm未満であ」るのに対して、甲4発明では、そのような限定がない点。
(相違点4-2)
本件特許発明1は、「25℃における表面張力が15mN/m以上35mN/m以下であ」るのに対して、甲4発明では、そのような限定がない点。
(相違点4-3)
有機EL表示素子用封止剤が、本件特許発明1は、「但し、硬化遅延剤によってUV照射により発生したカチオン(プロトン)を一旦トラップし、かつポストキュアと呼ばれる後加熱工程にて本硬化させる光後硬化接着剤を応用した有機EL表示素子用封止剤を除く」のに対し、甲4発明では、そのような限定がない点。
ウ 判断
事案に鑑みて、相違点4-3について検討する。
(ア) 甲4発明の「有機EL用光後硬化封止剤」は、上記(1)ア(イ)及び(ウ)で述べたとおり、「光カチオン重合開始剤のUV照射により発生したカチオン(プロトン)を硬化遅延剤によって一旦トラップ」するという、「光後硬化のメカニズム」により、「硬化速度の制御を行」うものであって(123ページ右欄18~22行参照)、光後硬化接着剤を、「ポストキュアと呼ばれる後加熱工程」で「本硬化させる」ものである(123ページ右欄9~10行及び126ページ左欄3~7行)。したがって、甲4発明の「有機EL用光後硬化封止剤」は、本件特許の請求項1に記載された「硬化遅延剤によってUV照射により発生したカチオン(プロトン)を一旦トラップし、かつポストキュアと呼ばれる後加熱工程にて本硬化させる光後硬化接着剤を応用した有機EL表示素子用封止剤」という要件を満たす。
(イ) そして、本件特許発明1は、「有機EL表示素子用封止剤」から、「硬化遅延剤によってUV照射により発生したカチオン(プロトン)を一旦トラップし、かつポストキュアと呼ばれる後加熱工程にて本硬化させる光後硬化接着剤を応用した有機EL表示素子用封止剤」を除くものであるから、甲4発明は、本件特許発明1の要件を満たさない。
(ウ) また、甲4発明の「有機EL用光後硬化封止剤」は、「硬化遅延剤」を添加し、ポストキュアにて本硬化させることが前提である材料であるから、甲4の記載及び周知技術を参照しても、甲4発明の「有機EL用光後硬化封止剤」を「硬化遅延剤によってUV照射により発生したカチオン(プロトン)を一旦トラップし、かつポストキュアと呼ばれる後加熱工程にて本硬化させ」ないようにする動機付けが存在しない。
エ 異議申立人の主張についての判断
(ア) 異議申立人は、令和7年7月22日に提出した意見書において、次のように主張している。
・ポストキュア工程の有無及び硬化遅延剤の使用有無は甲4号証の記載と本件特許発明との間の本質的な相違点では無く、基材の貼り合わせを光照射の前に行うか後に行うかに応じて当業者が適宜設定可能な設計事項です。
(イ) しかしながら、上記ウで述べたとおり、甲4発明の「有機EL用光後硬化封止剤」は、「硬化遅延剤」を添加し、ポストキュアにて本硬化させることが前提である材料である。そして、上記(1)ア(ア)で述べたとおり、甲4発明の「有機EL用光後硬化封止剤」は、「後硬化特有の使用法として」、「(1)UV硬化性でありながら,光を通さない基材の貼り合わせができる,(2)一方の甚材に色材などUVに弱い材料がある場合,対向基板に接着剤を塗布後しUVを照射してから貼り合わせる“間接的照射”によりUVのダメージを回避できる,(3)UVで活性化された液状接着剤は,常温でも硬化するが,80℃以下の低温加熱を行うことにより瞬時に硬化するため,熱硬化樹脂等と比べてタクトタイムを短くできる」(123ページ左欄4~13行)ものである。そうしてみると、「ポストキュア工程の有無及び硬化遅延剤の使用有無は甲4号証の記載と本件特許発明との間の本質的な相違点では無く、基材の貼り合わせを光照射の前に行うか後に行うかに応じて当業者が適宜設定可能な設計事項」であるとはいえない。
(ウ) したがって、異議申立人の主張は採用しない。
オ 小括
以上より、相違点4-1及び4-2について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲4発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
(3) 本件特許発明2について
本件特許発明2と甲4発明を対比すると、上記相違点4-1~4-3に加え、本件特許発明2は、有機EL表示素子用封止剤が、「インクジェット法による塗布に用いられる」のに対し、甲4発明は、そのような限定がない点で相違し、その余の点で一致する。
そうしてみると、本件特許発明1において検討したのと同様に、本件特許発明2は、甲4発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
(4) 本件特許発明3~8について
本件特許発明3~8は、本件特許発明1又は2の発明特定事項の全てを備え、さらに限定するものであるから、本件特許発明3~8も、本件特許発明1又は2と同じ理由により、当業者であっても、甲4発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。
3 理由2(明確性要件)について
(1) 明確性要件の判断基準
特許法36条6項2号の定める要件を充足するか否かは、すなわち、発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2) 明確性要件についての判断
ア 本件特許の特許請求の範囲の請求項1~8の記載は上記第3のとおりである。
イ 本件特許の請求項1の「熱脱着GC-MS法により80℃、30分の熱脱着条件にて測定される硬化物のアウトガス発生量が3000ppm未満」の記載は、本件特許明細書の段落【0016】の記載からみて、「上記熱脱着GC-MS法による硬化物のアウトガス発生量の測定は、1mgの硬化物について、熱脱着装置とGC-MS装置とを用いて、80℃、30分の熱脱着条件で加熱した際に発生したガス成分の量」が「3000ppm未満」であることと理解できる。
ウ ここで、本件明細書の段落【0076】に、「硬化物のアウトガス発生量」の測定条件について、GC-MS装置として「JMS Q1000(日本電子社製)」を使用することが記載されているところ、「JMS Q1000(日本電子社製)」は、試料のアウトガス発生量の測定装置として、周知の装置である(例えば、特開2010-251117号公報の段落【0058】、特開2011-128605号の段落【0052】、及び特開2016-130294号公報の段落【0159】~【0160】を参照)。そうしてみると、「JMS Q1000(日本電子社製)」を使用することにより、試料の「硬化物のアウトガス発生量」を特定できることが、当業者であれば理解できるといえる。
エ そうしてみると、同「熱脱着GC-MS法により80℃、30分の熱脱着条件にて測定される硬化物のアウトガス発生量が3000ppm未満」の記載自体は明確であり、本件特許明細書の段落【0016】及び【0076】の記載とも整合していると理解できる。
オ したがって、請求項1~8の記載それ自体は明確であり、本件特許の明細書の発明の詳細な説明における記載とも整合するものである。
カ よって、本件特許発明1~8については、特許請求の範囲の記載だけでなく、願書に添付した明細書及び図面の記載を考慮し、また、本件特許に係る出願の出願当時における当業者の技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
(3) 異議申立人の主張についての判断
ア 異議申立人は、申立書43ページ「(イ)特許法第36条第6項第2号の要件と本件特許発明1、2並びにこれを引用する本件特許発明3~8について」の欄において、概略次のように主張している。
・測定に用いられる装置、カラム、昇温速度、キャリアガス流量等の条件の記載はあるものの、GC-MSのベースライン物質については全く開示されていない。当該技術分野の技術常識として、GC-MSを用いて定量する場合には、基準となるベースライン物質の特定が不可欠である。したがって構成要件Cの記載は、その外縁を定めるための前提を欠いており、明確でない。
イ しかしながら、上記(2)で述べたとおり、「JMS Q1000(日本電子社製)」は、試料のアウトガス発生量の測定装置として周知の装置であるから、「JMS Q1000(日本電子社製)」を使用することにより、試料の「硬化物のアウトガス発生量」を特定できることは、当業者であれば理解できるといえる。また、GC-MS法を使用して、試料中の成分を同定する際、トルエンを含む標準試料を使用することは、技術常識といえる。
ウ そうしてみると、本件特許明細書において、GC-MSのベースライン物質が開示されていないからといって、本件特許発明1~8は、当業者であってもその外縁を定めることができないとはいえず、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
エ したがって、出願人の意見は採用しない。
(4)小括
以上より、よって、本件特許発明1~8は、発明の詳細な説明に記載したものである。
4 まとめ
上述のとおり、本件特許発明1~8は、当業者であっても、甲4発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたとはいえず、本件特許発明1~8は、特許法29条の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1~8に係る特許は、特許法113条2号に該当しない。
また、上述のとおり、本件特許の請求項1~8に係る特許は、特許法36条6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえないから、特許法113条4号に該当しない。
よって、本件特許の請求項1~8に係る特許は、取消理由1及び2によって取り消すことはできない。
第7 令和7年3月17日付け取消理由通知で採用しなかった特許異議申立理由について
1 令和7年3月17日付け取消理由通知で採用しなかった異議申立理由概要
異議申立人が申立書において主張する異議申立理由のうち、取消理由で採用しなかった異議申立理由は概略次のとおりである。
(1) 甲1を主引例とする新規性欠如
本件特許発明1~3及び7は、本件特許の優先日前に公然実施された物と実質同一であるか、又は本件特許発明の優先日前に公知となった刊行物であるところの甲1に記載される発明(甲1発明)と同一である。
(2) 甲1を主引例とする進歩性欠如
本件特許発明1~3、7及び8は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3) 甲5を主引例とする新規性及び進歩性欠如
本件特許発明1~3、7及び8は、本件特許発明の優先日前に公知となった刊行物であるところの甲5に記載される発明(甲5発明)と同一であるか、又は甲5発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4) 甲6を主引例とする進歩性欠如
本件特許発明1~8は、本件特許発明の優先日前に公知となった刊行物であるところの甲6に記載される発明(甲6発明)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(5) 実施可能要件違反
本件特許の発明の詳細な説明は、本件特許発明1~3、7及び8を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではないから、特許法36条4項1号の規定を満たしていない。
2 甲1を主引例とする新規性及び進歩性欠如に関する合議体の判断
甲1は、ダイセル・オルネクス株式会社製のアクリレート及びメタクリレートモノマーが掲載されているwebページであるが、公開日が不明であり、本出願の優先日前に公開されていたと認めることはできない。
異議申立人は、異議申立書において、甲1に記載のイソボルニルアクリレート「IBOA-B」が、甲1の1(2018年4月5日付けInternet Archiveキャッシュ)及び甲2(公開日2016年2月11日)に開示されている旨主張しているが、甲1の記載は甲1の1及び甲2と同一でないから、これらの記載をもって、甲1の公開日が本出願の優先日前であるということはできない。
したがって、甲1を本出願の優先日前に公開された本件異議の証拠として採用できない。
仮に甲1を本出願の優先日前に公開された本件異議の証拠として採用したとしても、甲1には、アクリレートモノマーを接着剤等の用途に使用することが開示されているにとどまり、「トップエミッション型の有機EL表示素子の封止に用いられる」「有機EL表示素子用封止剤」が開示されているとはいえない。
そうしてみると、本件特許発明1~3及び7は、公然実施されていたとはいえず、甲1に記載される発明と同一であるともいえない。また、本件特許発明1~3、7及び8は、甲1に記載される発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。
3 甲5を主引例とする新規性及び進歩性欠如
(1) 甲5発明
甲5の段落【0017】~【0018】及び【0023】から理解される、実施例5の「組成物」の発明を、以下、「甲5発明」という。
「イソボルニルアクリレート 100重量部、2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル) 1重量部、ローダミンB(ベーシックバイオレット10) 0.1重量部を配合した組成物。」
(2) 本件特許発明1
ア 対比
本件特許発明1と甲5発明とを対比する。
(ア) 重合性化合物と重合開始剤
甲5発明の「イソボルニルアクリレート」及び「2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)」は、それぞれ、本件特許発明1の「重合性化合物」及び「重合開始剤」に相当する。また、甲5発明の「2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)」は、本件特許発明1の「前記重合開始剤が光カチオン重合開始剤又は光ラジカル重合開始剤であり」という要件を満たす。
(イ) 封止剤
甲5発明の「組成物」は、甲5の段落【0004】に記載のとおり、「封止剤などに利用できる」から、本件特許発明1の「封止剤」に相当する。
イ 一致点及び相違点
本件特許発明1と甲5発明を対比すると、以下の点(ア)で一致し、以下の点(イ)で相違する。
(ア) 一致点
「重合性化合物と重合開始剤とを含有し、
前記重合開始剤が光カチオン重合開始剤又は光ラジカル重合開始剤である、
封止剤。」
(イ) 相違点
(相違点5-1)
本件特許発明1は、「硬化収縮率が11%未満であり、かつ、熱脱着GC-MS法により80℃、30分の熱脱着条件にて測定される硬化物のアウトガス発生量が3000ppm未満であ」るのに対して、甲5発明では、そのような限定がない点。
(相違点5-2)
本件特許発明1は、「25℃における表面張力が15mN/m以上35mN/m以下であ」るのに対して、甲5発明では、そのような限定がない点。
(相違点5-3)
封止剤が、本件特許発明1は、「トップエミッション型の有機EL表示素子の封止に用いられる」「有機EL表示素子用」であって、「但し、硬化遅延剤によってUV照射により発生したカチオン(プロトン)を一旦トラップし、かつポストキュアと呼ばれる後加熱工程にて本硬化させる光後硬化接着剤を応用した有機EL表示素子用封止剤を除く」のに対し、甲5発明では、そのような限定がない点。
ウ 判断
事案に鑑み、相違点5-3について検討する。
(ア) 甲5には、「組成物」を「有機EL表示素子用」の「封止剤」に使用することが記載されておらず、甲5発明の「組成物」を「有機EL表示素子用」の「封止剤」に使用する動機付けが存在しない。
(イ) また、上記第6の1(1)ア(ウ)で述べたとおり、「トップエミッション型の有機EL表示素子の封止に用いられる」封止剤には、「透明性」が求められるところ(甲4の126ページ左欄22~25行)、甲5発明は、「ローダミンB(ベーシックバイオレット10)」を含有するから、甲5発明を「トップエミッション型の有機EL表示素子の封止に用いられる」封止剤に使用することには阻害要因がある。
エ 異議申立人の主張についての判断
(ア) 異議申立人は、申立書34~35ページ「甲5発明を主とする場合の新規性・進歩性に関する対比」の欄において、概略次のように主張している。
・本件特許発明1に係る製品は「封止剤」であると解されるところ、その封止剤が「トップエミッション型の有機EL表示素子の封止」のための封止剤であるのか、又は「ボトムエミッション型の有機EL表示素子の封止」のための封止剤であるのか、或いは何らかの別の封止のための封止剤であるのかは、製品の形態からは区別できないと言うべきである。
(イ) しかしながら、上記ウで述べたとおり、「ローダミンB(ベーシックバイオレット10)」を含有する甲5発明を、「トップエミッション型の有機EL表示素子の封止に用いられる」封止剤に使用することには阻害要因があるから、本件特許発明1の「封止剤」と甲5発明を、製品の形態から区別できないとはいえない。
(ウ) したがって、異議申立人の主張は採用しない。
オ 小括
以上より、相違点5-1及び5-2について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲5発明であるとはいえないし、甲5発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたともいえない。
(3) 本件特許発明2について
本件特許発明2と甲5発明を対比すると、上記相違点5-1~5-3に加え、本件特許発明2は、有機EL表示素子用封止剤が、「インクジェット法による塗布に用いられる」のに対し、甲5発明は、そのような限定がない点で相違し、その余の点で一致する。
そうしてみると、本件特許発明1において検討したのと同様に、本件特許発明2は、甲5発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
(4) 本件特許発明3、7及び8について
本件特許発明3、7及び8は、本件特許発明1又は2の発明特定事項の全てを備え、さらに限定するものであるから、本件特許発明3、7及び8も、本件特許発明1又は2と同じ理由により、当業者であっても、甲5発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。
3 甲6を主引例とする進歩性欠如に関する合議体の判断
(1) 甲6発明
甲6の「4.2.2 オキセタン環の光カチオン重合特性」及び「4.2.4 オキセタン樹脂の特徴」の記載事項から理解される、「組成物」の発明を、以下、「甲6発明」という。
「オキセタンモノマー、光カチオン重合開始剤を含む、組成物。」
(2) 本件特許発明1
本件特許発明1と甲6発明とを対比する。
(ア) 重合性化合物と重合開始剤
甲6発明の「オキセタンモノマー」及び「光カチオン重合開始剤」は、それぞれ、本件特許発明1の「重合性化合物」及び「重合開始剤」に相当する。また、甲6発明の「光カチオン重合開始剤」は、本件特許発明1の「前記重合開始剤が光カチオン重合開始剤又は光ラジカル重合開始剤であり」という要件を満たす。
(イ) 封止剤
甲6発明の「組成物」は、本件特許発明1の「剤」に相当する。
イ 一致点及び相違点
本件特許発明1と甲6発明を対比すると、以下の点(ア)で一致し、以下の点(イ)で相違する。
(ア) 一致点
「重合性化合物と重合開始剤とを含有し、
前記重合開始剤が光カチオン重合開始剤又は光ラジカル重合開始剤である、
剤。」
(イ) 相違点
(相違点6-1)
本件特許発明1は、「硬化収縮率が11%未満であり、かつ、熱脱着GC-MS法により80℃、30分の熱脱着条件にて測定される硬化物のアウトガス発生量が3000ppm未満であ」るのに対して、甲6発明では、そのような限定がない点。
(相違点6-2)
本件特許発明1は、「25℃における表面張力が15mN/m以上35mN/m以下であ」るのに対して、甲6発明では、そのような限定がない点。
(相違点6-3)
本件特許発明1は、「トップエミッション型の有機EL表示素子の封止に用いられる」「有機EL表示素子用封止剤」であって、「但し、硬化遅延剤によってUV照射により発生したカチオン(プロトン)を一旦トラップし、かつポストキュアと呼ばれる後加熱工程にて本硬化させる光後硬化接着剤を応用した有機EL表示素子用封止剤を除く」のに対し、甲6発明は、そのような限定がない点。
ウ 判断
事案に鑑み、相違点6-3について検討する。
甲6には、「組成物」を光硬化型接着剤に使用しうることが示唆されているにとどまり、「組成物」を「トップエミッション型の有機EL表示素子の封止に用いられる」「有機EL表示素子用封止剤」に使用することが記載されているとはいえない。また、甲6の記載事項からは、甲6発明の「組成物」を、「トップエミッション型の有機EL表示素子の封止に用いられる」「有機EL表示素子用の封止剤」に使用する動機付けが存在しない。
(イ) また、本件特許発明1の「有機EL表示素子用封止剤」が、甲6発明の「組成物」と物として同じだということはできない。
エ 異議申立人の主張についての判断
(ア) 異議申立人は、申立書37~39ページ「(エ)甲6発明を主とする場合の新規性・進歩性に関する対比」の欄において、概略次のように主張している。
・本件特許発明1に係る製品は「封止剤」であると解されるところ、その封止剤が「トップエミッション型の有機EL表示素子の封止」のための封止剤であるのか、又は「ボトムエミッション型の有機EL表示素子の封止」のための封止剤であるのか、或いは何らかの別の封止のための封止剤であるのかは、製品の形態からは区別できないと言うべきである。
(イ) しかしながら、上記ウで述べたとおり、甲6発明の「組成物」は「トップエミッション型の有機EL表示素子の封止に用いられる」「有機EL表示素子用封止剤」であるとはいえず、甲6発明の「組成物」を、「トップエミッション型の有機EL表示素子の封止に用いられる」「有機EL表示素子用封止剤」に使用することが、当業者であれば容易になし得ることということもできない。
(ウ) したがって、異議申立人の主張は採用しない。
オ 小括
以上より、相違点6-1及び6-2について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲6発明であるとはいえないし、甲6発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたともいえない。
(3) 本件特許発明2について
本件特許発明2と甲6発明を対比すると、上記相違点6-1~6-3に加え、本件特許発明2は、有機EL表示素子用封止剤が、「インクジェット法による塗布に用いられる」のに対し、甲6発明は、そのような限定がない点で相違し、その余の点で一致する。
そうしてみると、本件特許発明1において検討したのと同様に、本件特許発明2は、甲6発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
(4) 本件特許発明3~8について
本件特許発明3~8は、本件特許発明1又は2の発明特定事項の全てを備え、さらに限定するものであるから、本件特許発明3~8も、本件特許発明1又は2と同じ理由により、当業者であっても、甲6発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。
4 実施可能要件違反に関する合議体の判断
(1) 実施可能要件の判断基準
発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号の要件(いわゆる実施可能要件)に適合するというためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、その発明を実施することができる程度に明確かつ十分な記載があることが必要である。
そして、特許請求の範囲に記載された発明が、物の発明である場合、物の発明について実施をすることができるとは、その物を作れ、かつ、その物を使用できることであるところ、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすためには、当業者が、物の発明について明確に理解でき、その物を作れ、かつ、その物を使用できる程度に具体的な記載が求められる。
(2) 実施可能要件についての判断
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、有機EL表示素子用封止剤として、重合性化合物の組成(【0018】~【0024】)、重合開始剤の組成(【0025】~【0044】)、増感剤、熱硬化剤、シランカップリング剤、表面改質剤等の組成(【0045】~【0056】)、表面張力、硬化収縮率及びアウトガス発生量の好適な範囲(【0011】~【0016】)が記載されており、さらに具体的な実施例の記載もある。
そうしてみると、これらの記載に接した当業者であれば、有機EL表示素子用封止剤の組成を調整することにより、表面張力、硬化収縮率及びアウトガス発生量を適宜に設定することができ、過度の試行錯誤を要することなく、本件特許発明を実施することができるといえる。
よって、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明1~8について、当業者が実施できる程度に明確且つ十分に記載されており、実施可能要件を満たすということができる。
(3) 異議申立人の主張についての判断
ア 異議申立人は、申立書42~43ページ「エ 記載不備の理由」「(ア)」の欄において、概略次のように主張している。
・本件特許の独立請求項1、2並びにそれを引用する従属請求項3、7、8においては「重合性化合物と重合開始剤とを含有」する以外の物質の特定がされておらず、ただその物性と用途のみが規定されている。しかし、厖大な種類を有するそれら「重合性化合物と重合開始剤」のうちからどのようにして特定の物質を選択しているかについての記載が無い。このため本件特許の発明の詳細な説明を通読した当業者であっても、重合性化合物と重合開始剤を過度の試行錯誤を以って組み合わせて物性を測定しなければ、本件特許発明を実施することができないと言わざるをえない。
イ しかしながら、上記(2)で述べたとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載や、実施例の記載に接した当業者であれば、有機EL表示素子用封止剤の組成を調整することにより、表面張力、硬化収縮率及びアウトガス発生量を適宜に設定することができるものである。
したがって、本件特許は当業者が本件特許発明1に係る有機EL表示素子用封止剤を実施することができる程度に発明の詳細な説明に記載されているということができる。
本件特許発明2、請求項1又は請求項2の記載を直接又は間接的に引用して特定する本件特許発明3、7及び8についても同様である。
よって、特許異議申立人の主張は採用しない。
第8 むすび
本件特許の請求項1~8に係る特許は、取消理由通知書に記載した取消理由及び申立書に記載された申立理由によっては、取り消すことができない。また、他に本件特許の請求項1~8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2024-701175