2021-700193
組換え微生物を用いたシチコリンの生産方法
- 審判番号
- 2021-700193
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2018-540717外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 登録番号
- 6750023
- 請求日
- 2021年02月22日
- 審決日
- 2021年11月25日
- 公報発行日
- 2022年05月27日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】スーヂョウ バイオシンセティカ カンパニー リミテッド
- 【権利者代理人】特許業務法人梶・須原特許事務所
- 【異議申立人】山田 友則
- 分類
- P1651.121-YAA(C12N) / P1651.536-YAA(C12N) / P1651.537-YAA(C12N)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第2項、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
結論
理由
目次 ▾ 21項目
第1 手続の経緯
折りたたみ中(クリックで表示)
特許第6750023号の請求項1~11に係る特許についての出願は、平成30年2月5日(パリ条約による優先権主張 平成29年7月7日 中国)を国際出願日として出願され、令和2年8月14日にその特許権の設定登録がされ、令和2年9月2日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和3年2月22日に特許異議申立人 山田友則は特許異議の申立てを行った。
その後の手続の経緯は以下のとおりである。
令和3年 4月30日付け 取消理由通知
令和3年 6月11日 上申書(異議申立人)
令和3年 7月30日 意見書、訂正請求書(特許権者)
令和3年 9月30日 意見書(異議申立人)
第2 訂正の適否についての判断
1.訂正の内容
令和3年7月30日の訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)による訂正の内容は、以下のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項5の「前記コリンキナーゼは、出芽酵母由来のCKI1若しくはEKI1、又は、レンサ球菌由来のLicCを含む」を「前記コリンキナーゼは、出芽酵母由来のCKI1又はEKI1を含む」に訂正する。
この訂正事項に係る訂正請求は、一群の請求項〔5、6〕に対して請求されたものである。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項8の「ウリジン-5’-一リン酸をウリジンに分解するウリジン-5’-一リン酸ホスホリラーゼは、もはや産生されず、前記ウリジン-5’-一リン酸ホスホリラーゼは、UmpH、UmpG、PhoA、AphA、YjjGを含む」を「ウリジン-5’-一リン酸をウリジンに分解するウリジン-5’-一リン酸ホスファターゼは、もはや産生されず、前記ウリジン-5’-一リン酸ホスファターゼは、UmpH、UmpGを含む」に訂正する。
(3)訂正事項3
願書に添付した明細書の段落【0013】及び【0014】に記載の「ホスホリラーゼ」を「ホスファターゼ」に訂正する。
2.訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
特許明細書の段落【0009】に記載されるように、「レンサ球菌由来のLicC」はシチジルトランスフェラーゼに該当するものであり、訂正前の請求項5においてコリンキナーゼの一例としての「レンサ球菌由来のLicC」の記載は誤記であり、この記載を削除する訂正事項1は誤記の訂正を目的とするものである。
そして、訂正事項1は新規事項を追加するものでなく、特許請求の範囲の拡張・変更するものでもない。
(2)訂正事項2について
特許明細書の段落【0017】、【0025】に記載されるように、「UmpH、UmpG」はホスファターゼに該当するものである。また、ホスホリラーゼは化合物をリン酸化する酵素であり、リン酸化合物をリン酸と化合物に分解する酵素はホスファターゼであるから、訂正前の請求項8においてウリジン-5’-一リン酸をウリジンに分解する酵素は、ホスホリラーゼではなくホスファターゼである。したがって、「ウリジン-5’-一リン酸をウリジンに分解するウリジン-5’-一リン酸ホスホリラーゼ」の記載は「ウリジン-5’-一リン酸をウリジンに分解するウリジン-5’-一リン酸ホスファターゼ」の誤記であり、訂正事項2における「ウリジン-5’-一リン酸ホスホリラーゼ」の記載を「ウリジン-5’-一リン酸ホスファターゼ」とすることは、誤記の訂正を目的とするものである。
また、「ウリジン-5’-一リン酸ホスファターゼ」に該当する酵素について「UmpH、UmpG、PhoA、AphA、YjjGを含む」の記載を「UmpH、UmpGを含む」とする訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項2は新規事項を追加するものでなく、特許請求の範囲の拡張・変更するものでもない。
(3)訂正事項3について
特許明細書の段落【0013】の「大部分の野生型生物は、酸性ホスファターゼ、アルカリホスファターゼ(例えば、大腸菌が産生した酸性ホスファターゼ(AphA)及びアルカリホスファターゼ(PhoA))のような複数種類のホスホリラーゼを生産することができる(参考http://ecocyc.org/)。一方、細胞内のホスホコリンは、これらのホスファターゼによってコリン及びリン酸に加水分解される。」における「ホスホリラーゼ」の記載は、その前後の記載からみて「ホスファターゼ」の誤記であると認められる。
そして、段落【0013】には「細胞内のホスホコリンは、これらのホスファターゼによってコリン及びリン酸に加水分解される」ことが記載されており、段落【0014】の「CDPCの前駆体として、ホスホコリンの連続的供給が重要である。従って、・・・2、一貫して安定したホスホコリンの供給を実現するために、細胞にホスホリラーゼの欠如をさせなければならない。」の記載にいう欠如させるべき「ホスホリラーゼ」は、ホスホコリンを加水分解して細胞内のホスホコリンを減らしてしまう「ホスファターゼ」を指していることが明らかであるから、段落【0014】の「ホスホリラーゼ」の記載は「ホスファターゼ」の誤記であると認められる。
そうすると、訂正事項3は、誤記の訂正を目的とする訂正である。
そして、訂正事項3は新規事項を追加するものでなく、特許請求の範囲の拡張・変更するものでもない。
3.小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第2号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、明細書、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔5、6〕、8について訂正することを認める。
第3 本件発明
特許第6750023号の請求項1~11の特許に係る発明は、訂正後の特許請求の範囲の請求項1~11に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】シチコリンの再利用に関与する酵素は、シチジン-5’-二リン酸アルコール加水分解酵素及びシチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼ、を含み、前記シチコリンの再利用に関与する酵素をコードする遺伝子を欠損させた組換え微生物を製造する工程と、前記組換え微生物に、塩化コリンを基質として添加して発酵させることにより前記シチコリンを得る工程と、を有し、続きを表示(全35行)前記組換え微生物は大腸菌であることを特徴とする組換え微生物を用いたシチコリンの生産方法。【請求項2】コリンの再利用に関与する酵素は、コリンデヒドロゲナーゼを含み、前記コリンの再利用に関与する酵素をコードする遺伝子を欠損させた組換え微生物を製造する工程を有することを特徴とする請求項1に記載の組換え微生物を用いたシチコリンの生産方法。【請求項3】ホスホコリンの再利用に関与する酵素は、アルカリホスファターゼ及び酸性ホスファターゼを含み、前記ホスホコリンの再利用に関与する酵素をコードする遺伝子を欠損させた組換え微生物を製造する工程を有することを特徴とする請求項1に記載の組換え微生物を用いたシチコリンの生産方法。【請求項4】前記組換え微生物は、塩化コリンを細胞内に輸送する内膜タンパク質コリントランスポーターの活性が野生型微生物よりも高いことを特徴とする請求項1に記載の組換え微生物を用いたシチコリンの生産方法。【請求項5】前記組換え微生物は、塩化コリンからホスホコリンの生成を触媒するコリンキナーゼの活性が野生型微生物よりも高く、前記コリンキナーゼは、出芽酵母由来のCKI1又はEKI1を含むことを特徴とする請求項4に記載の組換え微生物を用いたシチコリンの生産方法。【請求項6】前記組換え微生物は、ホスホコリンからシチコリンの生成を触媒するシチジルトランスフェラーゼの活性が野生型微生物よりも高く、前記シチジルトランスフェラーゼは、出芽酵母由来のPCT1、CDS1、ECT1、大腸菌由来のCdsA、IspD、MocA、KdsB、Cca、レンサ球菌由来のLicC、又は、カンジダ由来のCD36_40620を含むことを特徴とする請求項5に記載の組換え微生物を用いたシチコリンの生産方法。【請求項7】前記コリントランスポーターは、大腸菌由来のBetTを含むことを特徴とする請求項4に記載の組換え微生物を用いたシチコリンの生産方法。【請求項8】前記大腸菌のピリミジン合成経路において、ウリジン-5’-一リン酸をウリジンに分解するウリジン-5’-一リン酸ホスファターゼは、もはや産生されず、前記ウリジン-5’-一リン酸ホスファターゼは、UmpH、UmpGを含むことを特徴とする請求項7に記載の組換え微生物を用いたシチコリンの生産方法。【請求項9】前記組換え微生物のピリミジン合成経路におけるリプレッサータンパク質のコード遺伝子に対して、ピリミジン合成経路における最終産物のフィードバック抑制をノックアウト及び/又は排除したことを特徴とする請求項7に記載の組換え微生物を用いたシチコリンの生産方法。【請求項10】前記大腸菌のピリミジン合成経路におけるリプレッサータンパク質のコード遺伝子に対して、1)カルバモイルリン酸シンテターゼのコード遺伝子の転写抑制リプレッサータンパク質のコード遺伝子をノックアウトする、2)カルバモイルリン酸シンテターゼの突然変異体S948Fを発現させる、3)アスパラギン酸カルバモイルトランスフェラーゼのpyrIサブユニットのコード遺伝子をノックアウトする、4)リボースリン酸ピロホスホキナーゼ又はその突然変異体D128Aを発現させる、5)ウリジン-5’-一リン酸キナーゼ又はその突然変異体D93Aを発現させる、及び6)シチジン三リン酸シンテターゼ又はその突然変異体D160E,E162A,E168Kを発現させる、という1つ以上の方法によって、ピリミジン合成経路におけるフィードバック抑制をノックアウト及び/又は排除したことを特徴とする請求項9に記載の組換え微生物を用いたシチコリンの生産方法。【請求項11】前記カルバモイルリン酸シンテターゼのコード遺伝子の転写抑制リプレッサータンパク質のコード遺伝子は、purR、pepA、argRの1つ又は複数を含むことを特徴とする請求項10に記載の組換え微生物を用いたシチコリンの生産方法。」
なお、以下では、本件の請求項1~11の特許に係る発明をそれぞれ「本件発明1」、「本件発明2」などといい、まとめて「本件発明」ということもある。
第3 申立理由の概要
特許異議申立人 山田友則は、本件の請求項1~11に係る発明の特許は、甲第1号証~甲第28号証、甲第30号証、及び甲第33号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり(取消理由1)、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を満足せず、及び、本件の特許請求の範囲の記載はサポート要件を満足せず(取消理由2)、本件の特許請求の範囲の記載は明確性要件を満足しない(取消理由3)から、本件の請求項1~11に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反し、同法第36条第4項第1号、同法第36条第6項第1号、及び同法第36条第6項第2号に規定された要件を満足せずになされたものであるから、請求項1~11に係る特許を取り消すべきものである旨主張する。
(甲号証)
甲第1号証(甲1):Applied Microbiological Biotechnology, 101: 2017, 1409-1417
甲第2号証(甲2):Journal of Bacteriology, Vol.190, No.18: 2008, 6153-6161
甲第3号証(甲3):The Journal of Biol. Chemistry, Vol.258, No.24,: 1983, 14974-14980
甲第4号証(甲4): 微分方程式で理解する反応速度論,ぶんせき, 3:2014, 94-100
甲第5号証(甲5): Journal of General Microbiology, 134:1988, 1737-1746
甲第6号証(甲6): Journal of Bacteriology, Vol.146, No.2: 1981, 668-675
甲第7号証(甲7): Talanta, 66:2005, 445-452
甲第8号証(甲8):Acta Cryst, D59: 2003, 1058-1060
甲第9号証(甲9):FEBS Letters, Vol.299, No.1: 1992, 96-98
甲第10号証(甲10): 国際公開第2017/073701号
甲第11号証(甲11): 特許第5112869号公報
甲第12号証(甲12):The Journal of Biological Chemistry, Vol.274, No.21: 1999, 14857-14866
甲第13号証(甲13):Journal of Bacteriology, Vol.183, No.16: 2001, 4927-4931
甲第14号証(甲14):Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol.95: 1998, 12346-12351
甲第15号証(甲15):The Journal of Biological Chemistry, Vol.271, No.2: 1996, 789-795
甲第16号証(甲16):The Journal of Biological Chemistry, Vol.262, No.30: 1987, 14563-14570
甲第17号証(甲17):J. Biochem., 120: 1996, 1040-1047
甲第18号証(甲18):Biochemistry, Vol.50, No.17: 2011, 3570-3577
甲第19号証(甲19):The Journal of Biological Chemistry, Vol.284, No.33: 2009, 21891-21898
甲第20号証(甲20):Journal of Bacteriology, Vol.177, No.15: 1995, 4488-4500
甲第21号証(甲21):Genes to Cells, 5: 2000, 689-698
甲第22号証(甲22):CTP: phosphocholine cytidylyltransferase, putative [Candida dubliniensis CD36], GenBank: CAX41949.1, 27-FEB-2015(令和2年12月22日検索)インターネット<URL: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/CAX41949.1>
甲第23号証(甲23):NATURE, Vol.500: 2013, 237-242
甲第24号証(甲24):国際公開第2005/030974号
甲第25号証(甲25):FEMS Microbiology Letters, 146: 1997, 191-198
甲第26号証(甲26):Journal of Bacteriology, Vol.189, No.5: 2007, 2186-2189
甲第27号証(甲27):中国特許出願公開第106754602号明細書
甲第28号証(甲28):The Journal of Biological Chemistry, Vol.259, No.18: 1984, 11257-11264
甲第29号証(甲29):Microbiological Reviews, Vol.57, No.4,: 1993, 862-952
甲第30号証(甲30):J. Mol. Microbiol. Biotechnol., 13: 2007, 96-104
甲第31号証(甲31):UniProtKB-P06282(CDH-ECOLI), Entry Ingormation, Entry history,(令和2年12月24日検索)インターネット<https://www.uniprot.org/uniprot/P06282>
甲第32号証(甲32):ID CDH_ECOLI, DT, DE(令和2年12月23日検索)インターネット<https://www.uniprot.org/uniprot/P06282.txt?version=131>
甲第33号証(甲33):Microbial cell factories(2015), 14:98
第4 甲号証の記載事項
折りたたみ中(クリックで表示)
1.甲1
(1-1)「抄録 シチジン二リン酸コリン(CDP-コリン)は、急性脳損傷の治療や脳手術後の意識回復に応用されている。本研究では、アセテートキナーゼ(ACK)/アセチルリン酸系を用いてATPを供給し、大腸菌で過剰発現されたCMPキナーゼ(CMK)、NDPキナーゼ(NDK)、コリンリン酸シチジルトランスフェラーゼ(CCT)、コリンキナーゼ(CKI)と組み合わせて、CMPと塩化コリンからCDP-コリンを生産させた。その結果、1時間以内に49mMのCDP-コリンが生成し、そのモル収率は、CMPが89.9%、塩化コリンが68.4%であった。エネルギー利用効率(UEE)は79.5%であった。・・・・このように、生体触媒を用いたCDP-コリンの高収率・高生産性は、今後の工業規模での応用を示唆するものである。」
(1-2)図1の記載から、オロチン酸はUTPを経てCTPに変換され、塩化コリンはコリンキナーゼ(CKI)によってホスホコリンに変換された後、CTPとホスホコリンとはシチジルトランスフェラーゼ(CCT)によってシチコリンに変換されること。
2.甲2
大腸菌のUshAはCDP-アルコール加水分解酵素であり、シチコリンを加水分解する活性を有すること。
3.甲3
CDP-ジグリセリド加水分解酵素(シチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼ、以下、「Enzyme」)には、CMP-アクセプターのCMP残基をEnzymeに転移させてCMP-Enzymeとアクセプターを生成する活性があること。
4.甲10
目的物質の生産能を上げるために、目的物質の生合成に関わる酵素の活性を増大させること、目的物質の前駆体の取り込み系の活性を増大させること、目的物質の資化や目的物質以外の物質の副生に関与する酵素の活性を低下させること、は技術常識であること。
5.甲27
シチジンの前駆体はCMPであり、CMPはピリミジン合成経路からCTPを経由して合成されること、組換え微生物のピリミジン合成経路におけるリプレッサータンパク質のコード遺伝子に対して、ピリミジン合成経路における最終産物のフィードバック抑制をノックアウト及び/又は排除した、シチジン生産用組換え微生物。
6.甲28
大腸菌のCDP-ジグリセリド加水分解酵素はcdhにコードされており、加水分解活性とシチジルトランスフェラーゼ活性の両方を示すこと。
CDP-ジグリセリド加水分解酵素が欠損した大腸菌。
7.甲30
ushAが欠損した大腸菌。aphAが欠損した大腸菌。
8.甲33
目的物質の生産能を上げるために、目的物質の分解に関与する酵素の活性を低下させることは技術常識であること、複数の酵素を同時に欠損させること。
第5 当審の判断
1.取消理由1について
(1)甲1に記載の発明
上記第4の1.に示した甲1の記載事項から、甲1には次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「組換え大腸菌に塩化コリンを基質として添加して発酵させることによりシチコリンを得る工程を含む、シチコリンの生産方法。」
(2)本件発明1について
本件発明1と甲1発明を対比すると、両者は、
「組換え微生物に、塩化コリンを基質として添加して発酵させることにより前記シチコリンを得る工程を有し、前記組換え微生物は大腸菌であることを特徴とする組換え微生物を用いたシチコリンの生産方法。」である点で一致し、以下の点で相違する。
(相違点)
本件発明1には「シチコリンの再利用に関与する酵素は、シチジン-5’-二リン酸アルコール加水分解酵素及びシチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼ、を含み、
前記シチコリンの再利用に関与する酵素をコードする遺伝子を欠損させた組換え微生物を製造する工程」が特定されている、すなわち、組換え大腸菌においてシチコリンの再利用に関与する酵素であるシチジン-5’-二リン酸アルコール加水分解酵素及びシチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼという2つの酵素をコードする遺伝子を欠損させることが特定されているのに対して、甲1発明には特定されていない点。
上記相違点について検討する。
甲10にも記載されるように、目的物質の生産能を上げる目的で、目的物質の生合成に関わる酵素の活性を増大させること、目的物質の前駆体の取り込み系の活性を増大させること、目的物質の資化や目的物質以外の物質の副生に関与する酵素の活性を低下させることなど様々な手段を用いることは技術常識であると認められる。
そして、甲1にはシチリコンの生合成に関与する酵素、前駆体、副反応については記載されているから、甲1発明においてシチコリンの生産能を高めるためには、当業者であれば、シチコリン生合成に関わる酵素の活性の増大、シチコリンの前駆体の取り込み系の活性の増大、シチコリン以外の物質の副生に関与する酵素の活性の低下などの手段を採用することを検討するといえる。しかし、甲1には生合成されたシチコリンの再利用などについては何ら記載されていないから、シチコリンの再利用に関与する酵素の活性の低下という手段を特に選択するような動機はない。
また、甲2には、表1に列挙される各種の基質の一つとしてのシチコリンが、「シチジン-5’-二リン酸アルコール加水分解酵素」によって分解されることが示されているに過ぎず、「シチジン-5’-二リン酸アルコール加水分解酵素」と大腸菌におけるシチコリンの生産との関係などに関しては記載されていない。甲3にはCMP-アクセプターのCMP残基を「シチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼ」に転移させること、多数のリン酸モノエステルがアクセプターとして機能することが記載されているが、「シチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼ」がシチコリンの再利用に関与する酵素であることは記載されていない。したがって、上述のとおり、シチリコンの再利用について何らの記載もない甲1発明の大腸菌において、これらの酵素を欠損させることなどを当業者は想到せず、ましてや、それによりシチリコンの収量が増加することは想到できない。
なお、甲3の記載から、「シチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼ」がシチコリンの再利用に関与する酵素であることが理解できたとしても、甲2、甲3には「シチジン-5’-二リン酸アルコール加水分解酵素」、「シチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼ」の他にはシチコリンを分解する酵素が存在しないことなどは記載されていないから、シチコリンの再利用に関与する酵素としてこれらを選択する動機はない。そうすると、シチコリンの再利用に関与する酵素の活性の低下の検討を試みようとした場合であっても、シチコリンを分解できる酵素は複数存在することが想定されることを考慮すると、甲2~甲33の記載を参酌しても、シチコリンの生産を向上させる手段として、「シチジン-5’-二リン酸アルコール加水分解酵素及びシチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼ」という特定の2つの酵素の活性の低下を選択することを当業者が容易に想到するとはいえない。
そして、そもそも微生物の代謝系は複雑であって、微生物中において一の酵素が複数の基質に作用してそれぞれ異なるものを生成する場合があることや、酵素の働きが相互に影響し合う場合があることが技術常識であるから、組換え微生物を用いた発酵において目的物質の生産性が実際に向上するかどうかは、実験的に確認してみなければ分からないところ、本件特許明細書の実施例5の記載から、塩化コリンを基質とする発酵によりシチコリンを生産する方法では、特定の2つの酵素をコードする遺伝子を欠損させた組換え大腸菌を用いる場合に、生産されたシチコリンの分解が排除され、その結果、シチコリンの収量が増加するという効果を奏し得たことが認められる。
したがって、本件発明1において、甲1~甲28、甲30、及び甲33の記載から予測できない効果が奏されたと認められる。
よって、本件発明1は、甲1~甲28、甲30及び甲33に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得るものとはいえない。
(3)本件発明2~本件発明11について
本件発明2~本件発明11は、本件発明1をさらに限定したものであり、上記(2)に示した理由と同様の理由により、甲1~甲28、甲30及び甲33に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得るものとはいえない。
2.取消理由2について
(1)サポート要件
本件発明1の解決しようとする課題は、本件特許明細書の段落【0007】の「本発明の目的は、シチコリンの合成及び蓄積のための高い生産能力を有する組換え微生物を設計及び生産し、且つ当該組換え微生物を用いて、塩化コリンを基質とするシチコリンの高収量の生物学的方法での生産を実現することである。」記載からみて、「シチジン-5’-二リン酸アルコール加水分解酵素(UshA)及び、シチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼ(Cdh)」というシチコリンの再利用に関与する2つの酵素をコードする遺伝子を欠損させた、シチコリンの合成及び蓄積のための高い生産能力を有する組換え大腸菌を用いる、シチコリンを生産する方法の提供であると認められる。
そして、本件特許明細書及び図面には、これらの酵素を大腸菌において欠損させる方法及び欠損させることによりシチコリンの生産能が上昇する機構が記載され、実施例5には、大腸菌においてUshA及びCdhのコード遺伝子をノックアウトした組換え大腸菌、すなわち、大腸菌WJ2(ATCC27325 Δlac IentDT5)を出発菌株としてUshA及びCdhのコード遺伝子をノックアウトして取得した組換え大腸菌株HQ24(WJ2 △ushA ΔumpG ΔumpH ΔpyrI Δcdh)は、振盪フラスコ発酵においてCDPC(シチコリン)を完全に利用及び分解することができなくなったこと、すなわち再利用できなくなったことが記載され、また、組換え大腸菌株HQ24にプラスミドpY022(pHS01-PCT1-CKI1-pyrE-prs128)を導入したHQ24/pY022は、発酵槽において26h発酵した場合にシチコリンの生産が17g/Lに達することなどが記載されている。実施例5におけるこれらの記載から、上記課題が解決できることが認められる。
したがって、本件発明1は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されたものと認められる。また、請求項1を引用する本件発明2~11も、その課題は本件発明1の課題と同じであるから、同様に、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されたものと認められる。
したがって、本件発明1~本件発明11は発明の詳細な説明に記載されたものである。
(2)実施可能要件
上記(1)で述べたとおり、本件明細書は本件発明について十分な説明がなされているから、本件特許明細書は、本件発明1~本件発明11について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。
(3)異議申立人の主張について
特許異議申立人は概ね次の点を主張している。
ア 本件特許の審査段階で示された引用文献2(甲28)には、CDPジグリセリド加水分解酵素であるcdhが欠損した大腸菌が記載されているところ、本件特許権者が令和2年6月12日付け意見書において、引用文献2のcdhは本件発明1のシチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼを表すcdhとは異なるものである旨を主張したことを理由として、本件発明のサポート要件や実施可能要件を満足しないことを主張している。
イ 請求項1には「シチコリンの再利用に関与する酵素は、シチジン-5’-二リン酸アルコール加水分解酵素及びシチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼ、を含み」と記載され、シチコリンの再利用に関与する酵素として、シチジン-5’-二リン酸アルコール加水分解酵素及びシチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼとい2つの酵素以外の酵素も含むものとなっているが、上記2つの酵素以外のシチコリンの再利用に関与する酵素をコードする遺伝子は記載されていない。
ウ 本件特許明細書の実施例5(段落0033)における「HQ24/pY022(pHS01-PCT1-CKI1-pyrE-prs128)が発酵槽において26h発酵した場合、17g/Lに達することができる。」との記載から明らかように、シチコリンの生産を確認できているのは、シチコリンの再利用に関与する酵素をコードする遺伝子(ushA、cdh)だけでなく、umpG、umpHおよびpyrIを欠損させた菌株に、シチコリンの生合成経路上の遺伝子(PCT1、CKI1、pyrEおよびprs)の発現が強化された組換え微生物HQ24/pY022のみである。
シチコリンの再利用に関与する酵素をコードする遺伝子を欠損することによってシチコリンの生産を向上する効果は示されていない。
エ 請求項2には「コリンの再利用に関与する酵素は、コリンデヒドロゲナーゼを含み」と記載され、コリンの再利用に関与する酵素として、コリンデヒドロゲナーゼ以外の酵素も含むものとなっているが、コリンデヒドロゲナーゼ以外のシチコリンの再利用に関与する酵素をコードする遺伝子は記載されていない。
また、本件明細書の実施例6(段落0035~0037)においてシチコリンの生産を確認できているのは、2つのシチコリンの再利用に関与する酵素をコードする遺伝子(ushA、cdh)、及びコリンデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子を欠損させ、さらに、シチコリンの生合成経路上の遺伝子の発現が強化された株(HQ33株)のみであり、シチコリンの再利用に関与する酵素をコードする遺伝子およびコリンの再利用に関与する酵素をコードする遺伝子を欠損させただけの組換え微生物については、シチコリンを生産できることは示されていない。また、実施例6に、シチコリンの収量がコリンデヒドロゲナーゼの欠損によって増加するという効果が示されているとはいえない。
アについて
異議申立人が主張するとおり、「シチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼ」における「シチジン-5’-二リン酸」はCDPと同義であり、「ジアシルグリセロール」はジグリセリドと同義であり、「ピロホスファターゼ」は加水分解酵素であるから、本件発明にいう「シチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼ」は、引用文献2に記載の「CDPジグリセリド加水分解酵素」の別称であると認められる。そして、技術常識を参酌すれば、当業者は本件特許明細書の記載から本件発明について十分に理解できるといえる。
特許権者が審査段階で誤った主張をしたとしても、そのことと本件発明がサポート要件や実施可能要件を満足するかどうかとは別の問題である。
したがって、異議申立人の主張は妥当でない。
イについて
請求項1には「含み」と記載されているが、本件特許明細書に「シチコリンの再利用に関与する酵素」として具体的に説明されているのは「シチジン-5’-二リン酸アルコール加水分解酵素及びシチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼ」という2つの酵素のみであり、「含み」に該当する他の酵素については記載されていいない。
仮に、「シチコリンの再利用に関与する酵素」というものが技術常識であるなら、本件特許明細書に記載がなくともそのような酵素を具体的に理解できるといえるかもしれないが、そのような技術常識が存在するとは認められず、本件特許明細書の記載からは「シチコリンの再利用に関与する酵素」として上記2つの酵素以外の酵素を具体的に把握できない
このような本件特許明細書の記載及び技術常識を踏まえると、請求項1に単に「含み」と記載しても「シチコリンの再利用に関与する酵素」として特定の2つの酵素以外を含む場合の発明までが実質的に包含されるとはいえないから、「含み」と記載したことを理由として、本件発明が実施可能要件やサポート要件を満足しないとはいえない。
ウについて
本件特許明細書の実施例5には、大腸菌WJ2(ATCC27325 Δlac IentDT5)の残留シチコリンは0.15g/Lであるのに対して、これに△ushAを導入した大腸菌WJ3の残留シチコリンは1.02/Lと増加したこと、HQ19(WJ12 △ushA ΔumpG ΔumpH ΔpyrI)の残留シチコリンは0.5g/Lであるのに対して、これに△cdhを導入したHQ24(WJ2 △ushA ΔumpG ΔumpH ΔpyrI Δcdh)の残留シチコリンは1.0g/Lと増加したことが記載されているから、これらの記載から大腸菌に△ushA及び△cdhを導入することで、残留シチコリンが増加することが読み取れる。
したがって、本件特許明細書の記載から、特定の2つの酵素をコードする遺伝子を欠損させた組換え大腸菌を用い、塩化コリンを基質として発酵することによって、生産されたシチコリンの分解が排除され、その結果、シチコリンの収量が増加するという本件発明の効果を理解できるといえる。
エについて
本件特許明細書には「【0012】
3、細胞内のコリン及びホスホコリンの供給の強化
より多くのホスホコリンを得るために、塩化コリンをより迅速に供給する必要がある。塩化コリンが細胞に入り、律速段階になることを防ぐために、我々は、より多くの 輸送タンパク質を得るために、コリントランスポーターBetTを発現させた。
【0013】
大部分の野生型生物は、酸性ホスファターゼ、アルカリホスファターゼ(例えば、大腸菌が産生した酸性ホスファターゼ(AphA)及びアルカリホスファターゼ(PhoA))のような複数種類のホスホリラーゼを生産することができる(参考http://ecocyc.org/)。一方、細胞内のホスホコリンは、これらのホスファターゼによってコリン及びリン酸に加水分解される。コリンは、さらに脱水素化されてグリシンベタインを生成する。大腸菌のコリンデヒドロゲナーゼBetA、BetB(Gadda2003,Appl Environ Microbiol 69(4);2126-32.)、及び、グリコレートオキシダーゼGlcD、GlcE、GlcF(Lord1972,Biochim Biophys Acta 1972;267(2);227-37.)を含むコリンの脱水素酵素を分解することができる。」と記載されており、また、図1には、コリンにBetA、BetBが作用するとグリシンベタインが生成することが示されている。
本件特許明細書及び図面のこれらの記載から、請求項2に記載される「コリンの再利用に関与する酵素」とは、BetA、BetBのような大腸菌のコリンデヒドロゲナーゼに代表される、コリンを脱水素化する酵素であることが理解される。そして、コリンを脱水素化する酵素をコードする遺伝子を欠損させることで、コリンの供給が強化されることも理解される。さらに、実施例6には、ΔbetAB変異の有無のみで相違するHQ33/pY012とHQW34/pY012の培養を比較すると、ΔbetAB変異を有するHQ34/pY012の方がΔbetAB変異を有さないHQ33/pY012よりもシチコリンの収量が18.40g/Lから20.87g/Lへと増加したことが示されている。
したがって、異議申立人の主張は妥当でない。
3.取消理由3について
(1)シチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼについて
上記2.(3)のアについて で述べたとおり、本件発明にいう「シチジン-5’-二リン酸-ジアシルグリセロールピロホスファターゼ」は「CDPジグリセリド加水分解酵素」の別称であると認められ、技術常識からみてその意味するところは明確である。
(2)本件発明5の「コリンキナーゼ」について
訂正により請求項5の「コリンキナーゼ」は「連鎖球菌由来のLicC」を含まないものとなり、「コリンキナーゼ」の記載は明確となった。
(3)本件発明8のUmpH、UmpGについて
「ウリジン-5’-一リン酸ホスホリラーゼ」の誤記が「ウリジン-5’-一リン酸ホスファターゼ」に訂正され、UmpH、UmpGが特定されたため、請求項8の記載は明確となった。
4.令和3年4月30日付け取消理由について
令和3年4月30日付け取消理由における特許法第36条第6項第2号に規定する要件に関する理由は、令和3年7月30日の訂正請求による訂正により解消した。
第6 むすび
以上のとおり、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1~11に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1~11に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
J-PlatPatの審決検索トップを開きます。番号入力で「審判番号」を選び、下の番号を貼り付けて検索してください。
2021-700193