特許異議申立
2025-700519
防錆処理方法、および防錆処理された物品
- 審判番号
- 2025-700519
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2021-548942
- 登録番号
- 7584149
- 請求日
- 2025年05月13日
- 審決日
- 2026年02月02日
- 公報発行日
- 2026年05月29日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】NOFメタルコーティングス株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人鷲田国際特許事務所
- 【異議申立人】山▲崎▼ 浩一郎
- 審判長/審判官
- 審判長 井上 猛
- 審判官 酒井 英夫
- 審判官 阿川 寛樹
- 分類
- P1651.113-YAA(C23C) / P1651.121-YAA(C23C) / P1651.536-YAA(C23C) / P1651.537-YAA(C23C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号、特許法第120条の5第5項、特許法第126条第7項、特許法第120条の5第4項、特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7584149号発明「防錆処理方法、および防錆処理された物品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7584149号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~6〕について訂正することを認める。
特許第7584149号の請求項1~6に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7584149号(以下「本件特許」という。)の請求項1~6に係る特許についての出願は、2020年(令和 2年) 9月23日(優先権主張 令和 1年 9月26日)を国際出願日とする出願であって、令和 6年11月 7日にその特許権の設定登録がなされ、同年11月15日にその特許掲載公報が発行されたものである。
その後、令和 7年 5月13日に、請求項1~6(全請求項)に係る特許に対し、特許異議申立人である山▲崎▼ 浩一郎(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされた。
本件特許異議の申立てにおける手続の経緯は、以下のとおりである。
令和 7年 5月13日提出 特許異議申立書
同年 9月29日付け 取消理由通知書
同年11月19日提出 訂正請求書及び意見書(特許権者)
同年12月22日提出 手続補正書(特許権者)
なお、令和7年11月19日に提出され、同年12月22日に提出された手続補正書により補正された訂正請求書(以下「本件訂正請求書」という。)によって特許権者が行った訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)による訂正(以下「本件訂正」という。)は、下記第2のとおり、本件特許の特許請求の範囲における択一的記載の要素を削除するものであり、削除されなかった要素については本件訂正前から特許請求の範囲に記載されていたものであるから、特許法第120条の5第5項ただし書に規定する「特許異議申立人に意見書を提出する機会を与える必要がないと認められる特別の事情があるとき」に該当すると認められる。
よって、申立人に意見書を提出する機会を与えないこととした。
第2 本件訂正請求について
1 請求の趣旨及び訂正の内容
本件訂正請求書によって特許権者が行った本件訂正の請求の趣旨は、本件特許の特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~6について訂正することを求めるものである。
そして、本件訂正の内容は、以下のとおりである。なお、訂正箇所には、当合議体が下線を付した。また、「…」は記載の省略を示す。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に
「180℃を超える温度に加熱された、金属または合金を含有する被処理物、または、180℃を超える温度に加熱された、金属または合金を含有する膜または層を表面に有する被処理物を、無機塩を含有する水溶液で処理する工程を含み、
前記無機塩を含有する水溶液が、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸リチウム、ケイ酸カリウム、リン酸二水素ナトリウム、硫酸カリウム、硝酸ナトリウム、モリブデン酸ナトリウム、及び炭酸ジルコニウムアンモニウムから選ばれる少なくとも1種を含有する水溶液であり、
前記被処理物が、鉄を含有するものであるか、または、前記膜または層が亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有するものであることを特徴とする防錆処理方法。」と記載されているものを、
「180℃を超える温度に加熱された、金属または合金を含有する被処理物、または、180℃を超える温度に加熱された、金属または合金を含有する膜または層を表面に有する被処理物を、無機塩を含有する水溶液で処理する工程を含み、
前記無機塩を含有する水溶液が、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸リチウム、及びケイ酸カリウムから選ばれる少なくとも1種を含有する水溶液であり、
前記被処理物が、鉄を含有するものであるか、または、前記膜または層が亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有するものであることを特徴とする防錆処理方法。」に訂正する。(請求項1の記載を引用する請求項2~6も同様に訂正する。)
2 訂正の適否についての当合議体の判断
(1)訂正の目的、特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否、及び新規事項追加の有無
ア 訂正の目的
訂正事項1に係る訂正は、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に記載の「ケイ酸ナトリウム、ケイ酸リチウム、ケイ酸カリウム、リン酸二水素ナトリウム、硫酸カリウム、硝酸ナトリウム、モリブデン酸ナトリウム、及び炭酸ジルコニウムアンモニウムから選ばれる少なくとも1種を含有する水溶液」を「ケイ酸ナトリウム、ケイ酸リチウム、及びケイ酸カリウムから選ばれる少なくとも1種を含有する水溶液」に訂正するものであり、水溶液に含まれる無機塩として択一的に記載されていたものの一部を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。
イ 特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否
訂正事項1に係る訂正は、上記アで述べたとおり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合するものである。
ウ 新規事項追加の有無
訂正事項1に係る訂正は、上記アで述べたとおり、水溶液に含まれる無機塩として択一的に記載されていたものの一部を削除するものであるから、本願の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合するものである。
(2)独立特許要件について
本件は、本件訂正前の全請求項について特許異議の申立てがされているので、訂正事項1について、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。
(3)一群の請求項について
本件訂正前の請求項1~6について、本件訂正前の請求項2~6は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、訂正事項2による請求項1の訂正に連動して訂正されるものである。
したがって、本件訂正前の請求項1~6は一群の請求項である。
そして、本件訂正請求は、上記一群の請求項〔1~6〕についてするものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合するものである。
また、本件訂正請求は、請求項間の引用関係の解消を目的とするものではなく、特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めもないから、訂正後の請求項〔1~6〕を訂正単位とする訂正を請求するものである。
3 本件訂正請求についてのむすび
以上のとおりであるから、本件訂正請求による本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項に適合するものである。
したがって、本件特許の特許請求の範囲を本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~6〕について訂正することを認める。
第3 本件発明
本件特許の請求項1~6に係る発明は、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲の請求項1~6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
以下、本件特許の請求項1~6に係る発明を、それぞれ「本件発明1」~「本件発明6」といい、これらを総称して「本件発明」という。また、本願の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。
「【請求項1】
180℃を超える温度に加熱された、金属または合金を含有する被処理物、または、180℃を超える温度に加熱された、金属または合金を含有する膜または層を表面に有する被処理物を、無機塩を含有する水溶液で処理する工程を含み、
前記無機塩を含有する水溶液が、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸リチウム、及びケイ酸カリウムから選ばれる少なくとも1種を含有する水溶液であり、
前記被処理物が、鉄を含有するものであるか、または、前記膜または層が亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有するものであることを特徴とする防錆処理方法。
【請求項2】
前記水溶液で処理する際の、被処理物の温度が、220℃を超える温度であることを特徴とする請求項1に記載の防錆処理方法。
【請求項3】
前記無機塩を含有する水溶液中の無機塩の含有量が、0.1質量%以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の防錆処理方法。
【請求項4】
前記無機塩を含有する水溶液が、潤滑剤をさらに含有することを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の防錆処理方法。
【請求項5】
前記無機塩を含有する水溶液のpHが、4以上であることを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の防錆処理方法。
【請求項6】
前記水溶液での処理の後、被処理物を200℃以上に加熱する工程を有さないことを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の防錆処理方法。」
第4 申立理由、取消理由の概要
1 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、後記する甲第1号証、甲第2号証を提出し、以下の理由により、本件請求項1~6に係る特許は取り消されるべきものであると主張している。
以下、上記第2の本件訂正前の請求項1~6に係る発明を、それぞれ「本件訂正前の本件発明1」~「本件訂正前の本件発明6」といい、これらを総称して「本件訂正前の本件発明」という。
(1) 申立理由1(新規性、取消理由として採用)
本件訂正前の本件発明1~3、5、6は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(2) 申立理由2(進歩性、取消理由として採用)
本件訂正前の本件発明1~3、5、6は、甲第1号証に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(3) 申立理由3(実施可能要件、取消理由として不採用)
本件訂正前の本件発明1では、防錆処理方法における被処理物の加熱温度について、その上限値が規定されていない。
ここで、本件明細書の発明の詳細な説明には、被処理物が金属または合金を含有する膜または層を表面に有するものである場合、その膜または層として、亜鉛を含有する防錆膜や、金属粒子または合金粒子とバインダー樹脂とを含む膜または層を採用し得ることが記載されている。しかし、亜鉛の融点は419℃であり、これよりも高い温度に加熱すると、亜鉛が溶融してしまい、膜を維持できないと考えられる。また、バインダー樹脂のような樹脂材料は、極めて高温に加熱した場合には変質し、性能の低下を招く恐れがある。そうすると、そのように高い温度に加熱した場合に目的の防錆性能を付与することができるか定かではなく、本件特許出願時の技術常識を踏まえても、当業者に実施可能な程度に記載されているとはいえない。
したがって、本件訂正前の本件発明1及びこれを引用する本件訂正前の本件発明2~6について、発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず、特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(4) 申立理由4(サポート要件、取消理由として不採用)
本件訂正前の本件発明が解決しようとする課題は「金属材料または合金材料に対して、より優れた防錆性能を簡便に付与すること」である。
本件訂正前の本件発明1では、被処理物について、「前記被処理物が、鉄を含有するものであるか、または、前記膜または層が亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有するものである」と定められており、(i)「亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有する膜または層を有していない、鉄を含有する被処理物」と、(ii)「亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有する膜または層を有している、鉄を含有しない被処理物」が依然として含包されている。
このうち、(i)については本件明細書の特に実施例58で実験例が開示されているが、当該例では塩水噴霧試験開始から1時間後と5時間後における耐食性の評価しかされていない。この評価時間は比較例8(504時間と672時間)と比較して極めて短く、同程度の評価時間で耐食性の評価を行った場合に、比較例8よりも良好な耐食性が得られるか定かではない。また、本発明の実施例において、ベース処理を施したM6の六角フランジボルトを用いつつ、浸漬処理剤中の無機塩の種類を変更した実施例(実施例4、12~16、21、22)を比較すると、亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有する膜または層を有していない、鉄を含有する被処理物においても、ケイ酸ナトリウム水溶液以外の無機塩を用いた場合には、ケイ酸ナトリウムを用いた場合よりも耐食性が低下する蓋然性が高いと考えられる。
また、(ii)について、耐食性が向上することについて、本件明細書中に理論的な説明は何らなされておらず、また、実施例においても耐食性が向上することが示されていない。
したがって、本件訂正前の本件発明1及びこれを引用する本件訂正前の本件発明2~6については、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(5) 証拠方法
甲第1号証:特開2014-125680号公報
甲第2号証:大和久重雄著、熱処理ノート 第2版、日刊工業新聞社、1990年7月20日
(以下、甲第1号証、甲第2号証を、それぞれ「甲1」、「甲2」という。)
2 取消理由の概要
令和 7年 9月29日付けで通知した取消理由1、2の概要は、上記1(1)、(2)に示した申立理由1、2と同旨である。
第5 当合議体の判断
当合議体は、以下に示すとおり、上記第4の申立理由1~4及び取消理由1、2によっては、本件特許の請求項1~6に係る特許を取り消すことはできないと判断する。
1 申立理由1、2及び取消理由1、2(新規性、進歩性)について
(1)甲1に記載された事項について
本願の出願前に公知となった甲1には、「水系冷却剤」に関して、以下の記載がある。なお、「…」は記載の省略を表す。以下同様。
ア「【請求項1】
炭酸塩、炭酸水素塩、セスキ炭酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩、モリブデン酸塩、およびタングステン酸塩から選ばれる1種以上の無機酸塩と、金属腐食防止剤とを配合してなる
ことを特徴とする水系冷却剤。
…
【請求項10】
請求項1から請求項9までのいずれか1項に記載の水系冷却剤が焼入れ油または切削油である
ことを特徴とする水系冷却剤。」
イ「【0001】
本発明は水系冷却剤に関し、詳しくは、金属部品の焼入れなどに使用される水系冷却剤に関する。
【背景技術】
【0002】
金属部品の焼入れに使用される冷却剤(熱処理液)は、油系および水系(水溶液)に大別され、油系の熱処理液が広く用いられている。油系の熱処理液は適度な冷却性能があり、焼入れ歪が小さく、焼割れ発生の心配がないからである。
一方、特に大きな金属部品や、焼入れ性の悪い金属部品の場合、油系の熱処理液では、冷却速度が遅く、冷却性能が不足するので、水系の熱処理液が用いられる。ところが、水系の熱処理液は、油系熱処理液よりも冷却性能が高いので、冷却むらが生じやすく焼割れのおそれがある。
耐冷却むら性能を高くする技術として、古くから食塩水による焼入れが知られている。食塩水は、蒸気膜段階が無いので、高い冷却性能を有しながら耐冷却むら性能が高く焼割れが少ない(非特許文献1参照)。しかし、食塩水を熱処理液として使用すると、熱処理後1時間以内という極めて短時間で錆が発生し、油槽等の設備への腐食も著しいことから工業的にはほとんど使用できない。
そこで、ギ酸や酢酸などの有機酸や、塩酸や硫酸などの無機酸、あるいはこれらの塩を含有させた水系熱処理液により冷却速度を向上させることが提案されている(特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭64-42521号公報
【特許文献2】特開平1-259119号公報
…
【0005】
しかしながら、特許文献1、2の水系熱処理液においても、冷却対象となる金属材料に腐食を生じるおそれがある。
【0006】
本発明の目的は、高い冷却性能を有しながら、冷却対象となる金属材料が腐食を生じにくい水系冷却剤を提供することにある。」
ウ「【0009】
本発明の水系冷却剤(以下、「本冷却剤」と略記する場合がある。)は、所定の無機酸塩と金属腐食防止剤とを配合してなる水溶液である。以下、詳細に説明する。
本冷却剤に用いられる無機酸塩としては、炭酸塩、炭酸水素塩、セスキ炭酸塩、リン酸塩、硫酸塩、ホウ酸塩、モリブデン酸塩、およびタングステン酸塩が挙げられる。これらは単独で用いてもよいし、混合して用いてもよい。
…
【0016】
本発明の水系冷却剤は、蒸気膜段階がほとんどないので高い冷却性能を備えている。さらに、冷却対象となる金属材料が腐食を生じにくいので、金属材料の焼入れ油や切削油として好適である。」
エ「【0018】
[実施例1~16、比較例1~5]
(試料液の調製)
イオン交換水に以下の添加剤を配合して試料液とした。なお、併せて、各試料液のpHも表1に記載した。参考例は、添加剤を全く配合せずイオン交換水だけを用いたものである。
無機酸塩等(表1参照):試料液基準で10質量%
金属腐食防止剤(ベンゾトリアゾール):試料液基準で0.5質量%
…
【0019】
(冷却試験)
各試料液を50℃に保ち、JIS K2242B法に準拠して冷却試験を行い、特性秒数を測定した。具体的には、冷却曲線において蒸気膜段階が終了する温度(特性温度)に到達するまでの時間(秒数)を測定した。結果を表1に示す。
【0020】
(金属腐食試験)
金属材料(S45C)を用い、30℃で3日間半浸漬試験を行い、腐食の程度を以下の基準で評価した。結果を表1に示す。
○:錆および変色なし
×:錆および変色のいずれかあり
…
【0022】
【表1】
[図:0001435193000001.jpg]
【0023】
[評価結果]
表1の結果より、本発明の水系冷却液は所定の無機酸塩の水溶液であるため、いずれも特性秒数が非常に短く、極めて冷却性能が高いことがわかる。しかも、金属腐食防止剤が配合されているので金属材料に対して腐食を生じにくい。それ故、金属材料の焼入れや切削に極めて有効であることが理解できる。
…
なお、本発明所定の無機酸塩を全く添加していない参考例のイオン交換水では、冷却性能が十分に出ない。また、無機酸の塩でも本発明の無機酸塩とは異なる塩や、有機酸の塩を添加しても冷却性能を上げることはできない。」
(2)甲1発明について
ア 上記(1)アの請求項1を引用する請求項10に着目すると、甲1には以下の水系冷却剤が記載されている。
「炭酸塩、炭酸水素塩、セスキ炭酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩、モリブデン酸塩、およびタングステン酸塩から選ばれる1種以上の無機酸塩と、金属腐食防止剤とを配合してなる、
焼入れ油として用いられる水系冷却剤。」
イ また、甲1には、「本発明は水系冷却剤に関し、詳しくは、金属部品の焼入れなどに使用される水系冷却剤に関する。」(【0001】)との記載があることから、甲1には、上記アの焼入れ油として用いられる水系冷却剤を使用して金属部品を焼入れする方法についても記載されているといえる。
ウ 以上によれば、甲1には以下の発明が記載されていると認められる。
「金属部品を、
炭酸塩、炭酸水素塩、セスキ炭酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩、モリブデン酸塩、およびタングステン酸塩から選ばれる1種以上の無機酸塩と、金属腐食防止剤とを配合してなる水系冷却剤を使用して、
焼入れする方法。」(以下「甲1発明」という。)
(3)本件発明1について
本件発明1には、「被処理物」が、「180℃を超える温度に加熱された、金属または合金を含有する被処理物」であって「前記被処理物が、鉄を含有するもの」である発明(以下、「本件発明1a」という。)と、「被処理物」が、「180℃を超える温度に加熱された、金属または合金を含有する膜または層を表面に有する被処理物」であって「前記被処理物が、鉄を含有するもの」である発明(以下、「本件発明1b」という。)と、「180℃を超える温度に加熱された、金属または合金を含有する膜または層を表面に有する被処理物」であって、「前記膜または層が亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有するもの」である発明(以下、「本件発明1c」という。)が含まれているところ、事案に鑑み、まず本件発明1aについて検討し、次に本件発明1b、1cについて検討する。
ア 本件発明1aについて
(ア)対比
甲1発明の「金属部品」は、本件発明1aの「金属または合金を含有する被処理物」に相当する。
甲1発明の水系冷却剤は、炭酸塩、炭酸水素塩、セスキ炭酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩、モリブデン酸塩、およびタングステン酸塩から選ばれる1種以上の無機酸塩を含む水溶液であるから、本件発明1aの「無機塩を含有する水溶液」であって、「ケイ酸ナトリウム、ケイ酸リチウム、及びケイ酸カリウムから選ばれる少なくとも1種を含有する水溶液」と、「無機塩を含有する水溶液」である限りにおいて一致する。
上記を踏まえると、甲1発明の「炭酸塩、炭酸水素塩、セスキ炭酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩、モリブデン酸塩、およびタングステン酸塩から選ばれる1種以上の無機酸塩」「を配合してなる水系冷却剤を使用して、焼入れする方法」と、本件発明1aの「無機塩を含有する水溶液で処理する工程を含」む「防錆処理方法」とは、「無機塩を含有する水溶液で処理する工程を含」む「処理方法」である限りで共通する。
以上の対比を踏まえると、本件発明1aと甲1発明とは、以下の点で一致し、以下の点で相違する。
a 一致点
「金属または合金を含有する被処理物を、無機塩を含有する水溶液で処理する工程を含む、
処理方法。」
b 相違点
(a) 被処理物が、本件発明1aでは「180℃を超える温度に加熱された」、「鉄を含有する」ものであるのに対し、甲1発明では「金属部品」である点(相違点1)
(b) 無機塩が、本件発明1aでは「ケイ酸ナトリウム、ケイ酸リチウム、及びケイ酸カリウムから選ばれる少なくとも1種」であるのに対し、甲1発明では「炭酸塩、炭酸水素塩、セスキ炭酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩、モリブデン酸塩、およびタングステン酸塩から選ばれる1種以上の」ものである点(相違点2)
(c) 処理方法が、本件発明1aでは「防錆処理方法」であるのに対し、甲1発明では「焼入れする方法」である点(相違点3)。
(イ)判断
事案に鑑み、まず相違点2について検討する。
a 無機塩として、甲1発明は「炭酸塩、炭酸水素塩、セスキ炭酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩、モリブデン酸塩、およびタングステン酸塩から選ばれる1種以上の」ものを用いるものであるところ、これらの中にケイ酸塩は含まれないから、「ケイ酸ナトリウム、ケイ酸リチウム、及びケイ酸カリウム」も含まれていない。
b したがって、相違点2は実質的な相違点である。
c また、甲1のその他の記載を参酌しても、無機塩として「炭酸塩、炭酸水素塩、セスキ炭酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩、モリブデン酸塩、およびタングステン酸塩から選ばれる1種以上の」ものに代えて「ケイ酸ナトリウム、ケイ酸リチウム、及びケイ酸カリウムから選ばれる少なくとも1種」を採用することは、記載も示唆もされていないから、甲1発明において、「ケイ酸ナトリウム、ケイ酸リチウム、及びケイ酸カリウムから選ばれる少なくとも1種」を採用する動機付けがあるとはいえない。
d したがって、甲1発明において、相違点2に係る特定事項を備えさせることは、当業者が容易に想到し得たものではない。
e よって、相違点1、3については検討するまでもなく、本件発明1aは、甲1に記載された発明であるとはいえず、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
イ 本件発明1b、1cについて
本件発明1b、1cは、被処理物が異なることを除いては本件発明1aと同一の発明である。
本件発明1b、1cと甲1発明とを対比すると、両者は少なくとも上記ア(ア)bの相違点2と同様の相違点で相違するところ、この相違点については、上記ア(イ)で検討したのと同様の理由により、実質的な相違点であり、また、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。
したがって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明1b、1cは、甲1に記載された発明であるとはいえず、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
ウ 本件発明1についてのむすび
以上より、本件発明1は、甲1に記載された発明であるとはいえず、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
(4)本件発明2、3、5、6について
本件発明2、3、5、6と甲1発明とを対比すると、両者は少なくとも上記(3)ア(ア)bの相違点2と同様の相違点で相違するところ、この相違点については、上記(3)ア(イ)で検討したのと同様の理由により、実質的な相違点であり、また、当業者が容易に想到し得たものともいえない。
したがって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明2、3、5、6は、甲1に記載された発明であるとはいえず、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
(5)小括
以上より、本件発明1~3、5、6は、甲1に記載された発明であるとはいえず、甲1に記載された基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
よって、上記第4の申立理由1、2、及び取消理由1、2によっては、本件特許の請求項1~3、5、6に係る特許を取り消すことはできない。
2 申立理由3(実施可能要件)について
(1)本件発明1~6について
ア 本件特許の請求項1には、「180℃を超える温度に加熱された、金属または合金を含有する被処理物、または、180℃を超える温度に加熱された、金属または合金を含有する膜または層を表面に有する被処理物」との記載があり、本件特許の請求項2には、「被処理物の温度が、220℃を超える温度である」との記載があるが、いずれにも被処理物の温度の上限は記載されていない。
イ 他方、本件明細書の【0033】には、「被処理物の温度の上限値は、特に限定されないが、通常、350℃以下であることが好ましく、320℃以下であることがより好ましい。」と記載されている。また、【0045】~【0267】の実施例1~69において、被処理物の温度を種々変更した例(例えば実施例32~39)が示されている。
ウ そうすると、当業者は上記イの本件明細書の記載を参考に、被処理物の温度を180℃~320℃又は220~320℃程度として、本件特許の請求項1に記載された発明を実施することが可能である。
エ この点は、本件特許の請求項1、2を直接又は間接的に引用する請求項3~6においても同様である。
(2)申立人の主張について
申立人は、被処理物が亜鉛やバインダー樹脂を含む膜又は層を備える場合に、亜鉛の融点を超える温度やバインダー樹脂が変質する温度にまで加熱した場合、目的の防錆性能を付与することができるか定かではない旨主張するが、本件発明1~6は「防錆処理方法」の発明であるから、防錆処理の対象となる被処理物そのものが溶融したり変質したりするような高温で処理する態様が、当該「防錆処理方法」に含まれないことは明らかである。
したがって、申立人の上記主張は採用することができない。
(3)小括
以上より、本件発明1~6について、発明の詳細な説明の記載は特許法第36条第4項第1号に適合するものである。
よって、上記第4の申立理由3によっては、本件特許の請求項1~6に係る特許を取り消すことはできない。
3 申立理由4(サポート要件)について
(1)課題、解決手段、及び判断
本件発明の解決しようとする課題は、「金属材料または合金材料に対して、より優れた防錆性能を簡便に付与することができる防錆処理方法を提供すること」(本件明細書【0008】)であると把握される。
上記課題を解決する手段として、本件明細書には以下の記載がある。
「無機酸系処理剤で処理する際の被処理物の温度を、180℃を超える温度、より好ましくは220℃を超える温度にすることにより、被処理物の防錆性能を向上させることができる。」(本件明細書【0016】)
「無機酸および無機塩としては、中でも、ケイ酸、ケイ酸塩、リン酸、リン酸塩、リン酸一水素塩、リン酸二水素塩、ジルコニウム塩が好ましい。無機塩であるケイ酸塩、リン酸塩、リン酸一水素塩、リン酸二水素塩、硫酸塩、硝酸塩、モリブデン酸塩は、いずれも、金属塩、特に、リチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩などの一価の金属塩や、マグネシウム塩、カルシウム塩などの二価の金属塩が好ましい。」(本件明細書【0019】)
「本発明の防錆処理方法が適用される被処理物は、金属材料または合金材料を表面に有するものであり、金属または合金を含有する被処理物、または、金属または合金を含有する膜または層を表面に有する被処理物である。…中でも、被処理物が、亜鉛、亜鉛合金、アルミニウム、アルミニウム合金、鉄、および鉄合金から選ばれる少なくとも1種を含有するものであるか、または、亜鉛、亜鉛合金、アルミニウム、アルミニウム合金、鉄、および鉄合金から選ばれる少なくとも1種を含有する膜または層を表面に有するものである場合、本発明の防錆処理方法を好適に適用することができる。」(本件明細書【0028】~【0030】)
上記記載から、当業者は、「無機酸系処理剤で処理する際の被処理物の温度を、180℃を超える温度」とし、無機酸系処理剤に含まれる「ケイ酸塩」として「リチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩」を採用し、「被処理物」が「鉄」「を含有するものである」か、または、「亜鉛」、「アルミニウム」「を含有する膜又は層を表面に有するものである」場合に、上記課題が解決されることを認識することができる。
そして、本件特許の請求項1は、「180℃を超える温度に加熱された、金属または合金を含有する被処理物、または、180℃を超える温度に加熱された、金属または合金を含有する膜または層を表面に有する被処理物を、無機塩を含有する水溶液で処理する工程を含み、前記無機塩を含有する水溶液が、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸リチウム、及びケイ酸カリウムから選ばれる少なくとも1種を含有する水溶液であり、前記被処理物が、鉄を含有するものであるか、または、前記膜または層が亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有するものであることを特徴とする防錆処理方法。」との特定事項を備えるものであり、これは上述した当業者が課題を解決できるように認識することができる範囲を超えるものではない。
この点は、本件特許の請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2~6においても同様である。
(2)申立人の主張について
ア (i)「亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有する膜または層を有していない、鉄を含有する被処理物」について
(ア)申立人は、被処理物が「亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有する膜または層を有していない、鉄を含有する被処理物」である場合について、実施例58では比較例8と比して極めて短い評価時間でしか耐食性が評価されておらず、同程度の評価時間で耐食性の評価を行った場合に、比較例8よりも良好な耐食性が得られるか定かではない旨を主張している。
しかし、実施例58の被処理物は冷間圧延鋼板であるのに対し、比較例8の被処理物は所定のベース処理を施して亜鉛とアルミニウムを含有する皮膜を形成したM6の六角フランジボルトであるから、被処理物そのものの耐食性が異なっていると解され、両者を単純に耐食性の評価時間のみで対比することは困難である。このように前提となる条件が異なる実施例と比較例とを単純に比較して、両者の耐食性の差について言及したとしても、そのようなことは、本件発明1~6についてのサポート要件の判断を左右するものではない。
また、本件明細書の【0225】~【0226】には、実施例58と同じく被処理物を冷間圧延鋼板とし、ケイ酸ナトリウム水溶液による浸漬処理を行わなかった比較例14が示されており、【0227】において実施例58と比較例14との対比を行い、「実施例58の冷間圧延鋼板は…比較例14の冷間圧延鋼板と比較して、錆の発生が抑制されていた。」ことが確認されている。
すなわち、所定のベース処理を施して亜鉛とアルミニウムを含有する皮膜を形成したM6の六角フランジボルトを対象とした比較例8とは耐食性の具体的な程度に差はあるとしても、本件明細書において、所定の浸漬処理を行った実施例58は、所定の浸漬処理を行わなかった比較例14と比較して、良好な耐食性が得られることが確認されている。
したがって、当該主張は採用することができない。
(イ)また、申立人は、実施例4、12~16、21、22の比較から、亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有する膜または層を有していない、鉄を含有する被処理物においても、ケイ酸ナトリウム以外の無機塩を用いた場合には、ケイ酸ナトリウムを用いた場合よりも耐食性が低下する蓋然性が高い旨も主張している。
しかし、仮にケイ酸ナトリウム以外の無機塩を用いた場合にケイ酸ナトリウムを用いた場合よりも耐食性が低下し得るとしても、そうであるからといって、ケイ酸ナトリウム以外の無機塩を用いた場合に、所定の浸漬処理を行ったものが所定の浸漬処理を行わなかったものよりも耐食性が低下するといえる根拠はなく、上記(1)で述べたとおり、「金属材料または合金材料に対して、より優れた防錆性能を簡便に付与することができる防錆処理方法を提供すること」という課題は依然として解決されるものと推認される。
したがって、当該主張も採用することができない。
イ (ii)「亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有する膜または層を有している、鉄を含有しない被処理物」について
申立人は、被処理物が「亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有する膜または層を有している、鉄を含有しない被処理物」である場合に耐食性が向上することについて、本件明細書中に理論的な説明がなされておらず、実施例も示されていない旨を主張している。
しかし、亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有する膜または層を表面に有するM6の六角フランジボルトを被処理物とする場合に、所定の浸漬処理を行ったものが所定の浸漬処理を行わなかったものよりも耐食性が向上することについては、実施例1、比較例1等の多数の実施例、比較例で確認されている。そして、塩水噴霧試験による耐食性の評価は、試験対象の表面に発生する錆の有無により評価されるものであるから、「M6の六角フランジボルト」の材質がどのようなものであっても、その表面に「亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有する膜または層」が存在すれば、「より優れた防錆性能を簡便に付与することができる防錆処理方法を提供すること」が可能であることは、実施例1、比較例1等の多数の実施例、比較例の結果から推認できるといえる。
したがって、被処理物が「亜鉛及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種を含有する膜または層を有している、鉄を含有しない被処理物」である場合であっても、実施例1等と同様に課題を解決することが可能であると推認されるから、上記主張は採用することができない。
(3)小括
以上より、本件特許の請求項1~6の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されているものであるといえ、特許法第36条第6項第1号に適合するものであるといえる。
よって、上記第4の申立理由4によっては、本件特許の請求項1~6に係る特許を取り消すことはできない。
第6 むすび
以上のとおり、上記第4の申立理由1~4及び取消理由1、2のいずれによっても、本件特許の請求項1~6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1~6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-700519