特許異議申立
2025-700256
記憶力向上用の組成物
- 審判番号
- 2025-700256
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2021-535454
- 登録番号
- 7545390
- 請求日
- 2025年02月28日
- 審決日
- 2025年11月06日
- 公報発行日
- 2025年12月26日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】BGG Japan株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人秀和特許事務所
- 【異議申立人】中嶋 美奈子
- 審判長/審判官
- 審判長 前田 佳与子
- 審判官 田中 耕一郎
- 審判官 磯貝 香苗
- 分類
- P1651.113-Y (A61K) / P1651.121-Y (A61K)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第113条第2号、特許法第113条第2項、特許法第29条第1項第3号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7545390号発明「記憶力向上用の組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7545390号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7545390号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし5に係る特許についての出願は、
令和 2年 7月31日に特許出願され、
令和 6年 8月27日にその特許権の設定登録(請求項の数 5)がされ、
令和 6年 9月 4日に特許掲載公報が発行され、
その後、当該特許に対し、
令和 7年 2月28日に特許異議申立人 中嶋 美奈子(以下「異議申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1~5)がされ、
令和 7年 4月24日付けで取消理由が通知され、
令和 7年 6月27日にBGG Japan株式会社(以下「特許権者」という。)から意見書が提出され、
令和 7年 8月 6日に特許権者から手続補正書(方式)(当審注:令和 7年 6月27日提出の意見書における「7 添付書類又は添付物件の目録」の欄と証拠説明書を補正対象項目とするもの。)が提出され、
令和 7年10月 6日に異議申立人から上申書が提出されたものである。
第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし5に係る発明(以下、順に「本件特許発明1」といい、総称して「本件特許発明」という。)は、それぞれ、本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
成分(A)を含有する、健常対象に適用される視覚記憶力及び言語記憶力向上用の組成物であって、成分(A)が1日当たり8mg以上10mg以下の用量で摂取されるように調製され、8週間以上摂取されるための組成物;
成分(A):アスタキサンチン及びアスタキサンチンのエステル体からなる群から選ばれる少なくとも1種。
【請求項2】
前記成分(A)の含有量が、0.1質量%以上35質量%以下である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記摂取が、経口摂取である、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
食品である、請求項1~3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
食品添加物である、請求項1~4のいずれか1項に記載の組成物。」
第3 特許異議申立書に記載された特許異議申立理由について
令和 7年 2月28日に異議申立人が提出した特許異議申立書(以下「特許異議申立書」という。)に記載した特許異議申立理由の概要は次のとおりである。
1 申立理由1(甲第1号証を主引例とする新規性・進歩性)
本件特許発明1ないし5は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるか、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証ないし甲第4号証に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
2 申立理由2(甲第2号証を主引例とする進歩性)
本件特許発明1ないし5は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基いて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
3 申立理由3(甲第3号証を主引例とする進歩性)
本件特許発明1ないし5は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証ないし甲第4号証に記載された発明に基いて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
4 証拠方法
甲第1号証:J.Clin.Biochem.Nutr.,March 2018,vol.62,no.2,195-205
甲第2号証:J Pharmacol Ther(薬理と治療) vol.46,no.12,2018,p2043-2062
甲第3号証:筑波大学HP プレスリリース「天然色素・アスタキサンチン摂取による記憶能の向上!」,国立大学法人 筑波大学,平成27年12月22日公表
甲第4号証:脳と発達 2003:35;105-112
証拠の表記は特許異議申立書の記載におおむね従った。
以下、順に「甲1」等という。
5 特許権者から提出された証拠方法
特許権者から、令和 7年 6月27日に提出された意見書に添付して以下の証拠が提出されている。
乙第1号証:パワーポイント資料「脳機能改善効果検証試験」,株式会社オルトメディコ,平成30年1月30日
乙第2号証:電子メール「Fw:ご提案資料の添付 【株式会社オルトメディコ】,株式会社オルトメディコ,令和7年6月25日(送信日)
証拠の表記は、上記意見書の記載におおむね従った。
第4 取消理由の概要
令和 7年 4月24日付けで通知された取消理由(以下「取消理由」という。)の概要はおむむね次のとおりである。
取消理由1(甲1を主引例とする進歩性)
本件特許の請求項1ないし5に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1に記載された発明に基いて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第113条第2項に該当し取り消すべきものである。
取消理由2(甲2を主引例とする進歩性)
本件特許の請求項1ないし5に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲2に記載された発明に基いて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第113条第2項に該当し取り消すべきものである。
第5 取消理由についての当審の判断
当審は、以下に述べるように、取消理由1及び2は理由がない、と判断する。
1 取消理由1(甲1を主引例とする進歩性)について
(1)甲1の記載事項等
ア 甲1の記載事項
甲1には「パラコッカス カロチニファシエンス由来のアスタキサンチンを豊富に含む抽出物が中高年の認知機能に及ぼす影響」に関し、次の事項が記載されている。
なお、甲1は外国語文献であるため、必要に応じて、当審合議体による訳文を摘記する。また、下線は当審にて付与したものである。
(摘記1a)
「本研究は、アスタキサンチンを豊富に含むパラコッカス カロチニファシエンス抽出物(アスタキサンチンサプリメント)を含む栄養補助食品が、45~64歳の被験者の認知機能に及ぼす影響を調査するために実施された。8週間にわたり1日8mgのアスタキサンチンサプリメントを経口投与された28人の被験者(アスタキサンチン群)とプラセボを与えられた26人の被験者(プラセボ群)の認知機能を、単語記憶テスト、言語流暢性テスト、およびストループテストで比較した。アスタキサンチン群は、プラセボ群よりも血中アスタキサンチン濃度の上昇が有意に大きかったが、テスト結果に有意な群間差は認められなかった。被験者を55歳未満と55歳以上の年齢グループに分け、サブグループ解析を実施した。55歳未満の被験者の単語記憶テストにおける「5分後に思い出した単語」の結果は、アスタキサンチングループの方がプラセボグループよりも有意に改善したことを示したが、55歳以上の被験者ではそのような改善は見られなかった。我々の結果は、45~54歳の人が8週間アスタキサンチンサプリメントを摂取すると認知機能が改善される可能性があることを示している。テストされたパラメータに基づくと、アスタキサンチンサプリメントの投与は安全性に関連する問題と関連していなかった。」(第195頁左欄 アブストラクト)
(摘記1b)
「材料と方法
……(略)……
被験者 この研究に参加した被験者のグループを図1に示す。プラセボ群をP群、アスタキサンチン群をA群とした。当初、45~64歳の健康な被験者245名が本研究の対象者として特定された。」(第196頁左欄第13~20行)
(摘記1c)
「サプリメント アスタキサンチンを豊富に含む抽出物をP.carotinifaciensをKatsumataらの方法に従って調整した。次に、アスタキサンチンを豊富に含む抽出物をアラビアゴム、マルトデキストリン、dl-α-トコフェロール、中鎖脂肪酸、トリグリセリン、L-アスコルオビン酸を加え、混合し、水に溶かした。乳化後、混合物を噴霧乾燥し、0.14%のアドニルビン、0.05%のアドニキサンチンを共に含むアスタキサンチン1%粉末を得た。アスタキサンチン1%粉末、pH調整剤、甘味料、ゲル化剤、香料(ミックスベリー)、水を含み、2mgのアスタキサンチンを含有するゼリーを製造した(表1)。
」(第197頁左欄第1~12行)
(摘記1d)
「
[図:0001430017000001.jpg]
」(第197頁)
イ 甲1に記載された発明
上記アより、甲1には次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認める。
<甲1発明>
「45~54歳の健康な者に、1日8mgのアスタキサンチンを8週間にわたり経口投与され、単語記憶テストにおける「5分後に思い出した単語」の結果で示される認知機能が改善される、アスタキサンチンを含む組成物。」
(2)甲2の記載事項等
甲2には、「高齢者の認知機能と身体機能および心理状態に対するアスタキサンチン摂取の影響」について、次の事項が記載されている。なお、下線は当審にて付与したものである。
(摘記2a)
「そこで本試験では,日常生活において認知能力や体力の衰えを自覚している健常な高齢者を対象に,アスタキサンチン摂取が高齢者の認知機能,身体機能および心理状態に与える効果について調べた。」(第2044頁右欄下から13行~下から10行)
(摘記2b)
「2 被験者
次の選択基準に該当し,かつ除外基準に該当しない者を被験者として選択した。
選択基準;(1)(合議体注:原文は(1)は1の丸囲みである。)年齢が60歳以上79歳以下の男性および女性,(2)(合議体注:原文は(2)は2の丸囲みである。)認知機能の衰えを自覚する者(認知能力に関する問診で12の質問のうち3項目以上に該当した者,(3)(合議体注:原文は(3)は3の丸囲みである。)mini mental state examination Japanese(MMSE)の特定が24点以上の者(健常者),(4)(合議体注:原文は(4)は4の丸囲みである。)体力または筋力の衰えを自覚する者(体力に関する問診で10の質問のうち3項目以上に該当した者)。)」(第2045頁左欄第1~10行)
(摘記2c)
「3 試験食品
試験食品は,アスタキサンチンを含むカプセルと,アスタキサンチンを含むカプセルと外見上識別が不可能なアスタキサンチンを含まないプラセボカプセルの2種類を用いた。アスタキサンチンを含むカプセルは,アスタキサンチンをフリー体換算で6mg,トコトリエノール5mg,亜鉛3mg,ビタミンD300IUを含むソフトカプセルであり,プラセボカプセルは,トコトリエノール,亜鉛,ビタミンDのみを含むソフトカプセルであった。アスタキサンチンはヘマトコッカス藻抽出物(富士化学工業(株))を原料とした。被験者は1日2回,1回あたり1粒を,朝食および夕食後(朝食をとらない場合は,当日の初回食後)に水またはぬるま湯で摂取した(2粒/日)。摂取期間は12週間とした。被験者は,摂取開始日から終了までの毎日,試験食品の接種状況を日誌に記入した。」(第2045頁右欄第19~35行)
(摘記2d)
「5 試験方法
自由意志に基づき同意文書を提出した被験者候補70名を事前検査に来院させ,図1に示すスケジュールに従って,所定の問診,理学検査(身体測定,血圧・脈拍測定,心電図検査),臨床検査(血液学検査,血液生化学検査,尿検査),認知機能検査(MMSE-J,n-back作業記憶課題,再認記憶課題),身体機能検査(簡易身体能力バッテリー(short physical performance battery;SSPB),6分間歩行テスト(6MWT),ISWT),アンケート調査(visual analogue scale(VAS)調査,profile of mode states(POMS)調査)を行った。被験者には,検査開始時間の4時間前までに食事を済ませるよう指示し,検査当日の朝食はおにぎり2個とした。なお,被験者数は,過去の報告8)をもとに,目標症例数を1群20名,計40名と決定した。事前検査後に試験への参加を辞退した者4名,事前検査の結果により選択基準に非該当の者2名および除外基準に該当の者24名を除く40名を試験に組み入れ,ランダム化した。事前検査を摂取前検査とした。試験食品を12週間連続摂取させ,摂取12週後には心電図検査およびMMSE-J以外の事前検査と同内容の検査を実施し,摂取後検査とした。
6 認知機能検査の方法
1)n-back作業記憶課題
n-back作業記憶課題は,連続的に提示される刺激に対してn個前の刺激と現在の刺激を異同判断させ,視覚性情報の作業記憶,持続的な注意力や処理,判断力を評価する課題であり,nの数が大きくなるほど難易度が高くなる。本試験では,1-back作業記憶課題と2-back作業記憶課題を被験者に課した。刺激にはNishimotoらの線画24)を用い,親密度および複雑性が平均から±2標準偏差以上離れた線画を除外した320枚を使用した。うち100枚の線画をコンピュータモニタに1枚ずつ視覚提示し,1枚前(1-back)あるいは2枚前(2-back)と同じ線画が映し出されているか否かを回答させた。……(略)……回答を,「Hit:標的刺激を「同じ」と反応」「correct rejection(CR):非標的刺激を「違う」と反応」「Miss:標的刺激を「違う」と反応」「false alarm(FA):非標的刺激を「同じ」と反応」に分類した。線画の提示中に反応がなかった場合は,いずれにも分類しなかった。1-back作業領域課題は練習問題として用い,より作業記憶の負荷が高い2-back作業領域課題の成績を評価の対象とした。」(第2046頁左欄第11行~第2047頁左欄第3行)
(摘記2e)
「
[図:0001430017000002.jpg]
」(第2049頁)
(摘記2f)
「II 結果
……(略)……
2 認知機能検査
1)n-back作業記憶課題
2-back作業記憶課題の結果を表2に示した。2-back作業記憶課題において摂取前後を比較して,対照群でCRの反応数が増加する傾向,Hitの反応時間が短縮する傾向を示し,アスタキサンチン摂取群でHitおよびCRの反応時間が有意に短縮した。群間比較では,CRの反応時間の摂取前後での変化量は有為な差があり,対照群にくらべてアスタキサンチン摂取群で反応時間がより短縮した(t(38)=2.11,P<0.05)。」(第2051頁左欄第1行~第2052頁右欄第5行)
(摘記2g)
「III 考察
……(略)……
一方で,2-back作業課題のCR反応時,すなわち二つ前に見た線画と異なる線画に対して正しく「違う」と回答したときの反応時間の摂取前後での変化量は,対照群にくらべてアスタキサンチン摂取群で有意に大きく,アスタキサンチン群で反応時間が有意に短縮した。アスタキサンチンの摂取による作業記憶課題の反応時間の短縮は,CogHealth課題を用いた研究でも報告されている9,10)。2-back作業記憶課題における反応時間の短縮は,視覚情報をいったん短期的な記憶に取り込み,数秒程度のあいだこの記憶情報を維持しながら新しい視覚情報を記憶と照らし合わせて正しい異同判断を下す速度が向上したことを示す。」(第2055頁左欄第1行~下から9行)
(3)検討
ア 本件特許発明1について
本件特許発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明における「45~54歳の健康な者に」対する「経口投与」は、本件特許発明1における「健常対象に適用され」「摂取される」に相当する。
甲1発明における「1日8mgのアスタキサンチンを8週間にわたり経口投与」は、本件特許発明1における「成分(A):アスタキサンチン及びアスタキサンチンのエステル体からなる群から選ばれる少なくとも1種」が「1日当たり8mg以上10mg以下の用量で摂取され」「8週間以上摂取される」に相当する。
甲1発明における「単語記憶テストにおける「5分後に思い出した単語」の結果で示される認知機能が改善される」は、本件特許発明1における「言語記憶力向上」に相当する。
そうすると、本件特許発明1と甲1発明との一致点、相違点は次のとおりである。
<一致点>
「成分(A)を含有する、健常対象に適用される言語記憶力向上用の組成物であって、成分(A)が1日当たり8mg以上10mg以下の用量で摂取されるように調製され、8週間以上摂取されるための組成物;
成分(A):アスタキサンチン及びアスタキサンチンのエステル体からなる群から選ばれる少なくとも1種。」
<相違点1>
本件特許発明1は、言語記憶力向上用に加えて視覚記憶力向上用との特定も有するのに対し、甲1発明は、そのような特定がない点。
上記相違点1について検討する。
上記(2)より、甲2には、健常な高齢者に対して、アスタキサンチンを6mg含むソフトカプセルを1日2回、1回あたり2粒摂取した群と、アスタキサンチンを含まないソフトカプセルを摂取した群とで、視覚情報の作業記憶、持続的な注意力や処理、判断力を評価する2-back作業記憶課題の結果が、アスタキサンチ摂取群ではHit(標的刺激を「同じ」と反応)及びCR(非標的刺激を「違う」と反応)の反応時間が有意に短縮したことが開示されている。
しかしながら、甲2における認知機能検査は、1日に合計で12mgのアスタキサンチンを摂取した群とプラセボ群との比較において行われたものであり、甲2には、アスタキサンチンの投与用量を減少させる方向性での検討をうかがわせる記載はない。
加えて、甲2における認知機能検査のアスタキサンチン摂取群とプラセボ群との比較において、摂取群に有為性が認められる結果を得ている視覚記憶を伴った試験内容は、2-back作業記憶課題試験におけるCR(当審注:非標的刺激を「違う」と反応したもの)の反応時間の群間比較に対するものに限られ、Hit(当審注:標識刺激を「同じ」と反応したもの)の反応時間の群間比較、及び、Hit及びCrの正当反応数、Miss及びFaの誤答反応数(当審注:「Miss」は標的刺激を「違う」と反応したもの、「FA」は非標的刺激を「同じ」と反応したものを意味する。)の摂取群とプラセボ群との比較では、摂取による明らかな違いは確認されていない。
上記甲2のアスタキサンチン摂取群の試験結果からみて、甲2に接した当業者は、甲2では12mgのアスタキサンチン摂取によって優れた認知機能の改善が得られているから、その摂取量を12mgよりも減じる方向性で検討することを想起するとはいえない。
そして、甲2をみても、アスタキサンチンの投与量を減少させることを動機付ける記載は見当たらない。
このような甲2の記載を踏まえると、甲1発明において、成分(A)のアスタキサンチン及びアスタキサンチンのエステル体からなる群から選ばれた1種を、1日12mgから減量する方向性で検討し、1日当たり8mg以上10mg以下の用量で摂取されるように調整された組成物とし、これを言語記憶力向上用に加えて視覚記憶力向上用として、相違点1を満たすものとするとの動機となる記載は甲2にはない。
したがって、甲2に接した当業者は、甲1発明において、成分(A)のアスタキサンチン及びアスタキサンチンのエステル体からなる群から選ばれた1種を、1日12mgから減量する方向性で検討することを動機付けられたとはいえないから、1日当たり8mg以上10mg以下の用量で摂取されるように調整された組成物とし、これを言語記憶力向上用に加えて視覚記憶力向上用として、相違点1を満たすものとするとの動機となる記載はない。
そして、本件特許発明1の効果である言語記憶力向上及び視覚記憶力向上は、甲1発明、並びに甲1及び甲2の記載から予測される範囲を超えるものである。
よって、本件特許発明1は、甲1発明、並びに甲1及び甲2の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
イ 本件特許発明2ないし5について
本件特許発明2ないし5は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定され、本件特許発明1の発明特定事項を全て備えるものであるから、本件特許発明1と同様に判断される。
よって、本件特許発明2ないし5は、甲1発明、並びに甲1及び甲2の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(4)異議申立人の主張について
異議申立人は、特許異議申立書(第10頁第3~10行)において、次のように主張している。
「甲第2号証には、アスタキサンチンを健常者に対し本件特許発明とほぼ同量投与すれば視覚記憶力が向上することが記載され、かつ甲第1号証には、アスタキサンチンを健常者に対し本件特許発明1と同量投与すれば言語記憶力が向上することが記載されているのであるから、健常者にアスタキサンチンを1日当たり8mg以上10mg以下の用量で、8週間以上投与すれば、視覚記憶力及び言語記憶力が向上することは、当業者にとって極めて容易に想到する設計事項に過ぎないことである。」
上記主張について、検討する。
上記(2)アにおいて検討したとおり、甲2に接した当業者は、甲1発明において、成分(A)のアスタキサンチン及びアスタキサンチンのエステル体からなる群から選ばれた1種を、1日12mgから減量する方向性で検討することを動機付けられたとはいえないから、1日当たり8mg以上10mg以下の用量で摂取されるように調整された組成物とし、これを言語記憶力向上用に加えて視覚記憶力向上用として、相違点1を満たすものとすることについても動機付けられたとはいえない。
よって、異議申立人の主張は採用することはできない。
(5)取消理由1(甲1を主引例とする進歩性)についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件特許発明1ないし5は、甲1に記載された発明、並びに甲1及び甲2の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第113条第2号に該当しない。
よって、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、取消理由1(甲1を主引例とする進歩性)の理由によって取り消すことはできない。
2 取消理由2(甲2を主引例とする進歩性)について
(1)甲2に記載された発明
上記1(2)より、甲2には次の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されていると認める。
<甲2発明>
「健常な高齢者を対象に8週間摂取され、摂取後に、視覚性情報の作業記憶、持続的な注意力や処理、判断力を評価する課題である2-back作業領域課題の成績が、HitおよびCRの反応時間が有意に短縮させることができ、1回1粒で1日2回摂取される、アスタキサンチンをフリー体換算で6mg含むカプセル。」
(2)検討
ア 本件特許発明1について
本件特許発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明における「健常な高齢者を対象に」は、本件特許発明1における「健常対象に適用」に相当する。
また、甲2発明における「アスタキサンチン」は、本件特許発明1における「成分(A):アスタキサンチン及びアスタキサンチンのエステル体からなる群から選ばれる少なくとも1種」に相当する。
甲2発明における「8週間摂取」は、本件特許発明1における「8週間以上摂取」に相当する。
そうすると、本件特許発明1と甲2発明との一致点、相違点は次のとおりである。
<一致点>
「成分(A)を含有する、健常対象に適用される組成物であって、8週間以上摂取されるための組成物;
成分(A):アスタキサンチン及びアスタキサンチンのエステル体からなる群から選ばれる少なくとも1種。」
<相違点2-1>
本件特許発明1は、「視覚記憶力及び言語記憶力向上用」との特定を有するのに対し、甲2発明は、そのような特定がない点。
<相違点2-2>
本件特許発明1は、成分(A)が1日当たり「8mg以上10mg以下の用量で摂取されるように調製され」るとの特定を有するのに対し、甲2発明は、そのような特定がない点。
事案に鑑み、上記相違点2-2から検討する。
上記1(3)アにおいて記載したとおり、甲2における認知機能検査は、1日に合計で12mgのアスタキサンチンを摂取した群とプラセボ群との比較において行われたものであり、甲2には、アスタキサンチンの投与用量を減少させる方向性での検討をうかがわせる記載はない。
加えて、甲2における認知機能検査のアスタキサンチン摂取群とプラセボ群との比較において、摂取群に有為性が認められる結果を得ている視覚記憶を伴った試験内容は、2-back作業記憶課題試験におけるCR(当審注:非標的刺激を「違う」と反応したもの)の反応時間の群間比較に対するものに限られ、Hit(当審注:標識刺激を「同じ」と反応したもの)の反応時間の群間比較、及び、Hit及びCrの正当反応数、Miss及びFaの誤答反応数(当審注:「Miss」は標的刺激を「違う」と反応したもの、「FA」は非標的刺激を「同じ」と反応したものを意味する。)の摂取群とプラセボ群との比較では、摂取による明らかな違いは確認されていない。
上記甲2のアスタキサンチン摂取群の試験結果からみて、甲2に接した当業者は、甲2では12mgのアスタキサンチン摂取によって優れた認知機能の改善が得られているから、その摂取量を12mgよりも減じる方向性で検討することを想起するとはいえない。
そして、甲2をみても、アスタキサンチンの投与量を減少させることを動機付ける記載は見当たらない。
このような甲2の記載を踏まえると、甲1発明において、成分(A)のアスタキサンチン及びアスタキサンチンのエステル体からなる群から選ばれた1種を、1日12mgから減量する方向性で検討し、1日当たり8mg以上10mg以下の用量で摂取されるように調整された組成物として、相違点2-2を満たすものとするとの動機となる記載は甲2にはない。
よって、甲2発明において、成分(A)のアスタキサンチン及びアスタキサンチンのエステル体からなる群から選ばれた1種を、1日12mgから減量する方向性で検討することを動機付けられたとはいえないから、1日当たり8mg以上10mg以下の用量で摂取されるように調整し、相違点2-2を満たすものとすることは、当業者が容易に想到したものであるとはいえない。
次に、相違点2-1について検討する。
甲2には、1日に合計で12mgのアスタキサンチンの投与により、視覚性情報の作業記憶、持続的な注意力や処理、判断力を評価する課題である2-back作業領域課題の成績が、HitおよびCRの反応時間が有意に短縮させることが記載されているが、上記1(3)アにおいても記載したとおり、甲2における認知機能検査のアスタキサンチン摂取群とプラセボ群との比較において、摂取群に有意性が認められる結果を得ている試験内容は、2-back作業記憶課題試験における回答CR(当審注:非標的刺激を「違う」と反応したもの)の反応時間の群間比較に対するものに限られ、同反応時間の回答Hit(当審注:標識刺激を「同じ」と反応したもの)、及び、正当反応数(Hit,CR)、誤答反応数(Miss:当審注:標的刺激を「違う」と反応したもの、FA:当審注:非標的刺激を「同じ」と反応したもの)の摂取群とプラセボ群との比較では、摂取による明らかな違いは確認されていない。
したがって、甲2には、甲2発明において、視覚記憶力向上用とする動機付けが十分にあるとはいえない。
また、上記1(1)アより、甲1には、45~54歳の健康な者に、1日8mgで8週間にわたり、アスタキサンチンを含む組成物を投与したところ、単語記憶テストにおける「5分後に思い出した単語」の結果で示される認知機能が改善されることが記載されているから、言語記憶力向上のための組成物とすることについては示唆があるといえるが、甲1には、視覚記憶力の向上については何ら記載がなく、よって、甲1には、甲2発明において、言語記憶力と視覚記憶力向上の2つの機能向上をもたらすものとすることについて動機となる記載があるとはいえない。
そして、甲2の記載及び甲1の記載をそれぞれ足し合わせて参酌しても、甲1と甲2とは、それぞれの試験内容と投与された用量も異なるものであり、成分(A)のアスタキサンチン及びアスタキサンチンのエステル体からなる群から選ばれる1種が、1日当たり8mg以上10mg以下の用量で、8週間以上摂取される組成物が、視覚記憶力の向上作用と言語記憶力の向上作用の両機能を得ることができると、当業者は想起することはできない。
したがって、甲1及び甲2の記載をみても、甲2発明において、成分(A)のアスタキサンチン及びアスタキサンチンのエステル体からなる群から選ばれた1種を、1日当たり8mg以上10mg以下の用量で摂取されるように調整された組成物を、言語記憶力向上用に加えて視覚記憶力向上用とする動機はない。
よって、甲2発明において、視覚記憶力及び言語記憶力向上用として相違点2-2を満たすものとすることは、当業者が容易に想到したものであるとはいえない。
そして、本件特許発明1の効果である言語記憶力向上及び視覚記憶力向上は、甲2発明、並びに甲1及び甲2の記載から予測される範囲を超えるものである。
よって、本件特許発明1は、甲2発明、並びに甲1及び甲2の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
イ 本件特許発明2ないし5について
本件特許発明2ないし5は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであって、本件特許発明1の発明特定事項を全て備えるものであるから、本件特許発明1と同様に判断される。
よって、本件特許発明2ないし5は、甲2発明、並びに甲1及び甲2の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(3)異議申立人の主張について
異議申立人の主張は、上記1(3)において検討したとおりであり、異議申立人の主張は採用することはできない。
(4)取消理由2(甲2を主引例とする進歩性)についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件特許発明1ないし5は、甲2に記載された発明、並びに甲1の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第113条第2号に該当しない。
よって、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、取消理由2(甲2を主引例とする進歩性)の理由によって取り消すことはできない。
第6 取消理由に採用しなかった特許異議申立書に記載した特許異議申立理由について
取消理由に採用しなかった特許異議申立書に記載した特許異議申立理由は、
・申立理由1のうちの新規性(甲1を主引例とする新規性)、
・申立理由1のうちの進歩性(甲1を主引例とし、甲2、甲3及び甲4を副引例とする進歩性)、及び、
・申立理由3(甲3を主引例とする進歩性)である。
以下、
・申立理由1のうちの新規性(甲1を主引例とする新規性)
・申立理由3(甲3を主引例とする進歩性)
・申立理由1のうちの進歩性(甲1を主引例とし、甲2、甲3、甲4を副引例とする進歩性)
の順に検討する。
1 申立理由1のうちの新規性(甲1を主引例とする新規性)について
(1)甲1の記載事項及び甲1発明は、上記第5の1(1)のとおりである。
また、本件特許発明1ないし5についての検討は、上記第5の1(3)アないしオのとおりであり、本件特許発明1ないし5と甲1発明とは、少なくとも相違点1で相違する。
したがって、本件特許発明1ないし5は甲1発明ではない。
(2)異議申立人の主張について
異議申立人は特許異議申立書(第9頁第3~8行)において、次のように主張している。
「してみると、甲第1号証には、「アスタキサンチンを含有する、健常対象に適用される言語記憶力向上用の組成物であって、アスタキサンチンが1日当たり8mg摂取されるように調整され、8週間摂取されるための経口摂取用食品、及び食品添加物」(甲1発明)が記載されている。そこで、本件特許発明と甲1発明とを対比すると、両者は明らかに重複するから、本件特許発明は甲第1号証に記載された発明である。」
上記主張について、検討する。
上記第5の1(3)アにおいて検討したとおり、本件特許発明1ないし5と甲1発明とは、少なくとも相違点1の点で相違する。すなわち、本件特許発明1は、言語記憶力向上用に加えて視覚記憶力向上用との特定も有するのに対し、甲1発明は、そのような特定がない点で両者は相違点を有している。
したがって、本件特許発明1と甲1発明とは、アスタキサンチンの1日当たりの摂取量8mgと、言語記憶力向上用の点では一致しているが、相違点1の点で相違するから、重複はしておらず、同一でもない。
よって、異議申立人の主張は採用することはできない。
(3)申立理由1のうちの新規性(甲1を主引例とする新規性)についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件特許発明1ないし5は、甲1に記載された発明であるとはいえず、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第113条第2項に該当しない。
よって、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、申立理由1のうちの新規性(甲1を主引例とする新規性)によって取り消すことはできない。
2 申立理由3(甲3を主引例とする進歩性)について
(1)甲3の記載事項等ア 甲3の記載事項
甲3には、「天然色素・アスタキサンチン摂取による記憶能の向上」に関し、次の事項が記載されている。
(摘記3a)
「研究成果のポイント
1.サケやイクラなどに含まれる天然色素で強い抗酸化力をもつアスタキサンチン(ASX)を長期間摂取すると、濃度依存的に海馬の神経新生が促進され、学習記憶能が向上することを実証しました。
2.ASX摂取効果に関与する分子基盤を最先端バイオインフォマティクスにより解明したところ、これまでにない分子情報伝達の経路があきらかとなりました。
3.アンチエージングに効果をもつASXに海馬への有益な効果が見いだされたことから、今後、このサプリメントの利用効果が高まる一方、その分子機構を背景にした創薬にも期待がかかります。」(1頁上欄)
(摘記3b)
「 国立大学法人筑波大学体育系の征矢英昭教授とRakwal Randeep教授の研究グループは、抗酸化作用をもつカロテノイドの中で最も強い効果を持つとされる天然由来色素成分、アスタキサンチン(astaxanthin:ASX)が海馬の機能に与える影響を検討しました。その結果、マウスにASXを4週間摂取させることで、海馬の神経新生が濃度依存的に促進し、海馬が担う学習・記憶能力を高めることを世界で初めて明らかにしました。さらに、海馬へのASX作用の分子機構をマイクロアレイおよびIPAと呼ばれるバイオインフォマティクス解析を用いて検討したところ、記憶能力向上に寄与する特異的な分子経路が浮き彫りになりました。
これまで、ASXの作用としては、急性の脳損傷に伴う神経の炎症や死滅を防ぐ神経保護効果などが動物実験から示唆されていましたが、本研究により、ASXの、正常な動物において海馬の神経可塑性を促して学習・記憶を高める作用が明確になりました。」(第1頁中欄)
(摘記3c)
「研究内容と成果
1.ASX摂取による海馬の神経新生促進効果
本研究では、まず、海馬が担う学習・記憶能力に関与する海馬神経新生を高める効果的なASX濃度を明らかにするために、おとなのマウスにプラセボ(偽薬)、異なる濃度のASX(0.02%、0.1%、0.5%)が混じった飼料をそれぞれ4週間自由に食べさせました。海馬の神経新生は細胞増殖の数(Ki67陽性細胞)と新生した細胞のうち神経細胞へと成熟した数(BrdU/NeuN 陽性細胞)で評価しました。その結果、プラセボ群と比較して、増殖細胞数は0.1%と0.5%のASX摂取群で有意な増加が認められました。一方、新生成熟細胞数は0.5%のASX摂取群でのみ有意に増加することが明らかになりました(図1)。これにより、ASX摂取は濃度依存的にAHNを促進し、0.5%のASX摂取が神経新生を高める有効な濃度であることが示されました。
2.ASX摂取による海馬の認知機能向上効果
成熟神経細胞は海馬の認知機能(空間学習と記憶能力)に関わることが報告されています。そこで、神経新生を高める0.5%のASX摂取が海馬機能に与える影響について、動物における空間学習と記憶能力を評価する典型的な実験手法であるモリス水迷路を用いて評価しました。その結果、プラセボ群と比較して、4週間の0.5%濃度のASX摂取により、学習能力および記憶能力が有意に向上することが明らかになりました(図2)。本研究の結果は、ASX摂取による海馬の神経新生促進が学習や記憶能力向上に寄与する可能性を示唆しています。」(第2頁中欄~第3頁第2行)
イ 甲3に記載された発明
上記アの(摘記3c)を中心に整理すると、甲3には次の発明(以下、「甲3発明」という。)が記載されていると認められる。
<甲3発明>
「マウスの海馬の神経新生を促進されて、マウスの空間学習と記憶能力を有意に向上させる、アスタキサンチン(astaxanthin:ASX)が0.5%混じった、おとなのマウスの飼料」
(2)検討
ア 本件特許発明1について
本件特許発明1と甲3発明とを対比する。
甲3発明における「アスタキサンチン(astaxanthin:ASX)」は、本件特許発明1における「成分(A):アスタキサンチン及びアスタキサンチンのエステル体からなる群から選ばれる少なくとも1種」に相当する。
甲3発明における「おとなのマウスの飼料」は、本件特許発明1における「組成物」に相当する。
そうすると、本件特許発明1と甲3発明との一致点、相違点は次のとおりである。
<一致点>
「成分(A)を含有する、組成物;
成分(A):アスタキサンチン及びアスタキサンチンのエステル体からなる群から選ばれる少なくとも1種。」
<相違点3>
本件特許発明1は、「健常対象に適用される視覚記憶力及び言語記憶力向上用の組成物であって、成分(A)が1日当たり8mg以上10mg以下の用量で摂取されるように調製され、8週間以上摂取される」との特定を有するのに対し、甲3発明は、そのような特定がない点。
相違点3について検討する。
上記アより、甲3(摘記3a)の「今後、このサプリメントの利用効果が高まる一方、その分子機構を背景にした創薬にも期待がかか」るとの記載からみて、甲3の実験は、サプリメントとして、すなわち、健康な人への投与や、創薬として、すなわち、健康でない人への投与を目指してなされたものであるから、甲3には、甲3発明において、これを健常者(ヒト)に投与する動機はあるといえる。しかしながら、甲3発明は、マウスを対象にして行われた実験にとどまるものであって、甲3には、これを健常者(ヒト)に適用したときの用量について何ら記載がなく、加えて、マウスを対象にして行われた実験に基づくものであることから、(ヒトの)言語記憶力の向上については、何ら動機となる記載はない。
また、甲3は、マウスの空間学習と記憶能力を有意に向上させたとの結果を報告するものであるが、この実験は、マウスのモリス水迷路により評価されたものであり、(ヒトの)視覚記憶力の向上についての動機となるものではない。
そして、ヒトの記憶機能における海馬・海馬傍回の役割について記載された甲4を含めた甲1ないし甲4には、甲3発明のマウスの飼料に基づき、これを健常者(ヒト)に適用したときの用量を調整して、さらに、これを視覚記憶力及び言語記憶力向上用とする動機となる記載はない。
したがって、本件特許発明1は甲3発明、及び甲1ないし甲4の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
イ 本件特許発明2ないし5について
本件特許発明2ないし5は、請求項1を引用して特定するものであって、本件特許発明1の発明特定事項を全て備えるものであるから、本件特許発明1と同様に判断される。
よって、本件特許発明2ないし5は、甲3発明、及び甲1ないし甲4の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(3)異議申立人の主張について
異議申立人は、特許異議申立書(第10頁第12行~下から3行)において、以下のように主張している。
「甲第3号証には…(略)…マウスにアスタキサンチンを4週間摂取させることで、海馬の神経新生が濃度依存的に促進し、海馬が担う学習・記憶能力を高めることを明らかにしたこと、またアスタキサンチンにより、正常な動物において、海馬の神経可塑性を促して学習・記憶を高める作用が明確になったことも記載されている。また、甲第3号証には、成熟神経細胞は海馬の認知機能(空間学習と記憶能力)に関わることも記載されている。また、前記のように、甲第4号証によれば、ヒトの記憶機能、特に言語記憶機能は海馬・海馬傍回が担っていることは、本件特許出願時すでに周知事項であったことは明らかである。してみれば、甲第3号証に接した当業者が、健常者にアスタキサンチンを継続して投与すれば、海馬の神経新生を促進して、当該健常者の空間学習・記憶能力及び言語記憶能力を向上させることは、極めて容易に想到できることであることは明らかである。」
上記主張について、検討する。
上記(2)アにおいて検討したとおり、甲3には、甲3発明において、これを健常者(ヒト)に投与する動機があるとしても、甲3発明は、マウスを対象にして行われた実験にとどまり、甲3に「正常な動物」との記載があるとしても、これを健常者(ヒト)に適用したときの用量については何ら記載がない。
加えて、マウスを対象にして行われた実験に基づくものであることから、(ヒトの)言語記憶力の向上については、何ら動機となる記載はなく、かつ、甲3は、マウスの空間学習と記憶能力を有意に向上させたとの結果を報告するものであるが、この実験は、マウスのモリス水迷路により評価されたものであり、(ヒトの)視覚記憶力の向上についての動機となるものではない。
そして、甲4に記載されているとおり、ヒトの記憶機能を海馬・海馬傍回が担っていることが知られているとしても、甲4を含めた、甲1ないし甲4の記載に接した当業者であっても、甲3発明のおとなのマウスの飼料に基づいて、健常者(ヒト)に適用したときの用量を調整し、視覚記憶力及び言語記憶力向上用として、相違点3を満たすものとすることを容易に想起し得たものであるとはいえない。
よって、異議申立人の主張は採用することはできない。
(4)申立理由3(甲3を主引例とする進歩性)についてのまとめ
以上のとおり、本件特許発明1ないし5は、甲3に記載された発明、並びに、甲1、甲2及び甲4の記載に基づいて、当業者容易に発明をすることができたものであるとはいえず、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第113条第2項に該当しない。
よって、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、申立理由3(甲3を主引例とする進歩性)によって取り消すことはできない。
3 申立理由1のうちの進歩性(甲1を主引例とし、甲2、甲3及び甲4を副引例とする進歩性)について(1)甲1の記載事項及び甲1発明は、上記第5の1(1)のとおりである。
本件特許発明1ないし5についての検討は、上記第5の1(3)アないしオのとおりであり、本件特許発明1ないし5と甲1発明とは、少なくとも相違点1で相違する。
甲2の記載事項は、上記第5の1(2)のとおりである。
甲3の記載事項は、上記2(1)のとおりである。
また、甲4には、ヒトの記憶機能における海馬・海馬傍回の役割について記載されている。
上記相違点1について検討する。
甲1には、相違点1に係る構成を満たすものとする動機となる記載がないことは、上記第5の1(3)アにおいて検討したとおりである。
甲2には、相違点1に係る構成を満たすものとする動機となる記載がないことは、上記第5の1(3)アにおいて検討したとおりである。
また、甲3は、マウスを対象にして行われた実験について記載されたものであるから、甲1発明において、これを(ヒトの)言語記憶力の向上用とすることに関し、何ら動機となる記載はない。加えて、甲3は、マウスの空間学習と記憶能力を有意に向上させたとの結果を報告するものであるが、この実験は、マウスのモリス水迷路により評価されたものであるから、甲1発明において、これを(ヒトの)視覚記憶力の向上用とすることについても動機となる記載はない。
さらに、甲4は、ヒトの記憶機能における海馬・海馬傍回の役割について記載するものであるが、甲1発明において、これを視覚記憶力及び言語記憶力の向上用とすることについて何ら動機となる記載はない。
よって、本件特許発明1は甲1発明、並びに甲2、甲3及び甲4の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(2)本件特許発明2ないし5は、請求項1を引用して特定するものであって、本件特許発明1の発明特定事項を全て備えるものであるから、本件特許発明1と同様に判断される。
よって、本件特許発明2ないし5は、甲1発明、並びに甲2、甲3及び甲4の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(3)申立理由1のうちの進歩性(甲1を主引例とし、甲2、甲3及び甲4を副引例とする進歩性)についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件特許発明1ないし5は、甲1に記載された発明、及び甲2、甲3及び甲4の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第113条第2項に該当しない。
よって、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、申立理由1のうちの進歩性(甲1を主引例とし、甲2、甲3及び甲4を副引例とする進歩性)によって取り消すことはできない。
第7 異議申立人の主張について
異議申立人は、令和 7年10月 6日提出の上申書において、次のとおり主張している。
甲1には、アスタキサンチンが言語力向上効果があることが記載されており、甲2にはアスタキサンチンが視覚記憶力向上効果があることが記載されているから、本件特許発明1が、甲1及び甲2に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであることは明らかである(上申書 1頁末行~2頁18行)。
また、特許権者は、取消理由通知における甲1発明に関する認定、すなわち、「<甲1発明>45~54歳の健康な者に、1日8mgのアスタキサンチンを8週間にわたり経口投与され、単語記憶テストにおける「5分後に思い出した単語」の結果で示されれる認知機能が改善される、アスタキサンチンを含む組成物。」について反論していないから、特許権者は、少なくとも、甲1にはアスタキサンチンが言語記憶力向上効果があることが記載されていることは認めている。甲2にはアスタキサンチンが視覚記憶力向上効果がることが記載されているから、本件特許発明1が、甲1及び甲2に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであることは明らかである(上申書 2頁7行~4頁12行)。
異議申立人の上記主張について検討する。
本件特許発明1について、甲1を主引例とする進歩性については、上記第5の1(3)ア、及び、上記第6の3(1)において検討したとおりであり、甲2を主引例とする進歩性の検討については、上記第5の2(2)アにおいて検討したとおりである。
そして、異議申立人の主張は、上記検討に加えて、新たな判断を要するものではない。
よって、異議申立人の主張を採用することはできない。
第8 結語
以上のとおり、本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、取消理由及び特許異議申立書に記載した申立理由によっては取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1ないし5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-700256