特許異議申立
2025-700177
溶接継手、鋼板、鋼部材、及び自動車部材
- 審判番号
- 2025-700177
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-149745
- 登録番号
- 7534616
- 請求日
- 2025年02月10日
- 審決日
- 2026年03月31日
- 公報発行日
- 2026年06月26日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】日本製鉄株式会社
- 【権利者代理人】棚井 澄雄
- 【権利者代理人】寺本 光生
- 【権利者代理人】勝俣 智夫
- 【権利者代理人】山口 洋
- 【異議申立人】安枝 哲男
- 審判長/審判官
- 審判長 鈴木 貴雄
- 審判官 田々井 正吾
- 審判官 本庄 亮太郎
- 分類
- P1651.113-YAA(B23K) / P1651.121-YAA(B23K) / P1651.536-YAA(B23K) / P1651.537-YAA(B23K)
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7534616号発明「溶接継手、鋼板、鋼部材、及び自動車部材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7534616号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~3、6~8〕、〔4~5〕について訂正することを認める。
特許第7534616号の請求項1、3~4、6~8に係る特許を維持する。
特許第7534616号の請求項2、5に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
1 特許掲載公報の発行までの経緯
特許第7534616号(以下「本件特許」という。)に係る出願は、令和2年9月7日にされた特許出願(特願2020-149745)であって、令和6年8月6日にその特許権の設定登録がされ、同月15日に特許掲載公報が発行された。
2 特許異議の申立て以降の主な経緯
(1) 令和7年2月10日
特許異議申立人 安枝 哲男(以下「申立人」という。)による、本件特許の全請求項(請求項1~8)に係る特許に対する特許異議の申立て(当該申立てのために提出された特許異議申立書を以下「申立書」という。)
(2) 令和7年3月3日
申立人による手続補正書(方式)の提出
(3) 令和7年6月18日付け
取消理由通知書(以下「前回取消理由通知書」という。)による取消理由の通知
(4) 令和7年8月15日
特許権者 日本製鉄株式会社(以下「特許権者」という。)による意見書(以下「権者意見書」という。)及び訂正請求書の提出(以下、この訂正請求書に係る訂正の請求を「前回訂正請求」といい、前回訂正請求に係る訂正を「前回訂正」という。)
(5) 令和7年9月26日
申立人による意見書の提出
(6) 令和8年1月9日付け
取消理由通知書(決定の予告)による取消理由の通知
(7) 令和8年3月4日
特許権者による意見書及び訂正請求書の提出(以下、この訂正請求書に係る訂正の請求を「本件訂正請求」といい、本件訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)
なお、本件訂正請求がされたから、前回訂正請求は、特許法(以下「法」という。)120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。
また、申立人には、前回訂正請求に対する意見書の提出機会が与えられており、本件訂正請求による訂正の内容は、後記第2のとおり、主として本件訂正前の請求項1を請求項2の内容で減縮し、本件訂正前の請求項4を請求項5の内容で減縮した結果、訂正請求によって特許請求の範囲が相当程度減縮され、事件において提出された全ての証拠や意見等を踏まえて更に審理を進めたとしても特許を維持すべきとの結論となると合議体は判断した。したがって、本件訂正請求については、法120条の5第5項ただし書の申立人に意見書を提出する機会を与える必要がないと認められる特別な事情(審判便覧67-05.5 4(1)の丸囲み数字6)があるといえるので、申立人に再度の意見書を提出する機会を与えなかった。
第2 本件訂正の適否
1 請求の趣旨
本件訂正請求に係る請求の趣旨は、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~8について訂正することを求める、というものである。
2 訂正の内容
本件訂正は、訂正前の一群の請求項〔1~3、6~8〕に対する訂正事項1~4、及び訂正前の一群の請求項〔4~5〕に対する訂正事項5~6からなる以下のとおりのものである。一群の請求項については後述する「4 一群の請求項」で説明する。なお、訂正箇所に下線を付した。
(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、
「前記母材鋼板のビッカース硬さが、下記式1によって算出される前記母材鋼板の100%マルテンサイト硬さHMの90%以上であり、」と記載されている後に、
「 前記母材鋼板が、化学成分として、
0.01~0.50質量%のCと、
下記式2を満たす量のTi、Mo、及びVからなる群から選択される一種以上の元素と、
を含有し、」を挿入し、
「前記母材鋼板の前記ビッカース硬さの70%以上である」と記載されているのを、「前記母材鋼板の前記ビッカース硬さの72%以上である」に訂正し、
「HM=884×C×(1-0.3×C2)+294 :式1
C:母材鋼板に含まれるCの質量%」と記載されている後に、
「[C]≦[Ti]+0.29×[Mo]+[V] :式2
ここで、式2に記載の[C]、[Ti]、[Mo]、及び[V]は、それぞれ母材鋼板の単位質量%でのC含有量、Ti含有量、Mo含有量、及びV含有量である」を挿入する。
(請求項1の記載を引用する請求項2~3、6~8も同様に訂正する。なお、請求項2は訂正事項2によって削除される。)
(2) 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。
(3) 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3に、
「請求項1又は2」と記載されているのを、
「請求項1」に訂正する。
(請求項3の記載を引用する請求項6~8も同様に訂正する。)
(4) 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項6に、
「請求項1~3」と記載されているのを、
「請求項1及び3」に訂正する。
(請求項6の記載を引用する請求項7~8も同様に訂正する。)
(5) 訂正事項5
特許請求の範囲の請求項4に、
「前記鋼板の推定HAZ硬さが、前記鋼板の前記硬さの70%以上である」と記載されているのを、
「前記鋼板の推定HAZ硬さが、前記鋼板の前記硬さの72%以上である」に訂正し、その記載の後に、
「 化学成分として、
0.01~0.50質量%のCと、
下記式2を満たす量のTi、Mo、及びVからなる群から選択される一種以上の元素と、
を含有する」を挿入し、
「HM=884×C×(1-0.3×C2)+294 :式1
C:鋼板に含まれるCの質量%」と記載されている後に
「[C]≦[Ti]+0.29×[Mo]+[V] :式2
ここで、式2に記載の[C]、[Ti]、[Mo]、及び[V]は、それぞれ鋼板の単位質量%でのC含有量、Ti含有量、Mo含有量、及びV含有量である」を挿入する。
(請求項4の記載を引用する請求項5も同様に訂正する。なお、請求項5は訂正事項6によって削除される。)
(6) 訂正事項6
特許請求の範囲の請求項5を削除する。
3 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
3-1 一群の請求項〔1~3、6~8〕について
(1) 訂正事項1について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項1の訂正は、母材鋼板の化学成分及び含有量の関係を限定し、かつ、本件訂正前の請求項1に記載された鋼板の硬さに対する推定HAZ硬さについて「70%以上」を「72%以上」として数値範囲を狭めるものであるから、その訂正の目的は、法120条の5第2項ただし書1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」に該当する。
イ 新規事項の有無
訂正事項1の訂正は、本件訂正前の請求項2の記載、及び、本件の明細書【0028】の「HAZ硬さを、母材硬さの72%以上、75%以上、80%以上、85%以上、88%以上、又は90%以上としてもよい。」という記載からみて、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものであるといえる。
そうすると、訂正事項1は、法120条の5第9項で準用する法126条5項
の規定に適合する。
ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1は、アのとおり特許請求の範囲を減縮するものであり、発明のカテゴリーや対象、目的を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないことが明らかであるから、訂正事項1は、法120条の5第9項で準用する法126条6項の規定に適合する。
(2) 訂正事項2について
訂正事項2は、本件訂正前の請求項2を削除するものであるから、その訂正の目的は、法120条の5第2項ただし書1号に掲げる特許請求の範囲の減縮に該当する。
また、請求項を削除する訂正事項2に係る訂正が、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであることは明らかであるし、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないことも明らかであるから、訂正事項2に係る訂正は、法120条の5第9項で準用する法126条5項及び6項の規定に適合する。
(3) 訂正事項3~4について
訂正事項3~4は、それぞれ、本件訂正前の請求項3、6が引用する請求項について、請求項2を含んでいたところ、引用する請求項から請求項2を削除するように訂正するものであるから、その訂正の目的は、法120条の5第2項ただし書1号に掲げる特許請求の範囲の減縮に該当する。
また、請求項を削除する訂正事項3~4に係る訂正が、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであることは明らかであるし、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないことも明らかであるから、訂正事項3~4に係る訂正は、法120条の5第9項で準用する法126条5項及び6項の規定に適合する。
3-2 一群の請求項〔4~5〕について
(4) 訂正事項5について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項5の訂正は、鋼板の化学成分及び含有量の関係を限定し、かつ、本件訂正前の請求項4に記載された鋼板の硬さに対する推定HAZ硬さについて「70%以上」を「72%以上」として数値範囲を狭めるものであるから、その訂正の目的は、法120条の5第2項ただし書1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」に該当する。
イ 新規事項の有無
訂正事項5の訂正は、本件訂正前の請求項5の記載、及び、本件の明細書【0063】の「推定HAZ硬さを、鋼板の硬さの72%以上、75%以上、80%以上、85%以上、88%以上、又は90%以上としてもよい。」という記載からみて、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであるといえる。
そうすると、訂正事項5は、法120条の5第9項で準用する法126条5項の規定に適合する。
ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項5は、アのとおり特許請求の範囲を減縮するものであり、発明のカテゴリーや対象、目的を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないことが明らかであるから、訂正事項5は、法120条の5第9項で準用する法126条6項の規定に適合する。
(5) 訂正事項6について
訂正事項6は、本件訂正前の請求項5を削除するものであるから、その訂正の目的は、法120条の5第2項ただし書1号に掲げる特許請求の範囲の減縮に該当する。
また、請求項を削除する訂正事項6に係る訂正が、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであることは明らかであるし、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないことも明らかであるから、訂正事項6に係る訂正は、法120条の5第9項で準用する法126条5項及び6項の規定に適合する。
4 一群の請求項
訂正事項1は訂正前の請求項1についてされたものであるところ、請求項2~3、6~8は当該請求項1を引用するものであって、訂正される請求項1に連動して訂正されるから、訂正前の請求項1~3、6~8は、法120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
訂正事項5は訂正前の請求項4についてされたものであるところ、請求項5は当該請求項4を引用するものであって、訂正される請求項4に連動して訂正されるから、訂正前の請求項4~5は、法120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
5 独立特許要件
全請求項について特許異議の申立てがされているので、訂正事項1~6について法120条の5第9項で読み替えて準用する法126条7項の独立特許要件は課されない。
6 小括
以上のとおり、本件訂正は訂正の要件を全て満たすものであるから、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~3、6~8〕、〔4~5〕について訂正することを認める。
第3 本件発明
第2のとおり本件訂正は認められるから、本件特許の請求項1~8に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1~8に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。(以下、各請求項に係る発明を「本件発明1」などという。なお、請求項2、5に係る発明は、削除された。)
【請求項1】
2枚以上の母材鋼板と、
溶接金属及びその周囲の熱影響部を有し、前記母材鋼板を接合する溶接部と
を備える溶接継手であって、
前記母材鋼板のマルテンサイト量が80面積%以上であり、
前記母材鋼板のビッカース硬さが、下記式1によって算出される前記母材鋼板の100%マルテンサイト硬さHMの90%以上であり、
前記母材鋼板が、化学成分として、
0.01~0.50質量%のCと、
下記式2を満たす量のTi、Mo、及びVからなる群から選択される一種以上の元素と、
を含有し、
前記熱影響部の最軟化部硬さが、前記母材鋼板の前記ビッカース硬さの72%以上である
ことを特徴とする溶接継手。
HM=884×C×(1-0.3×C2)+294 :式1
C:母材鋼板に含まれるCの質量%。
[C]≦[Ti]+0.29×[Mo]+[V] :式2
ここで、式2に記載の[C]、[Ti]、[Mo]、及び[V]は、それぞれ母材鋼板の単位質量%でのC含有量、Ti含有量、Mo含有量、及びV含有量である。
【請求項2】
(削 除)
【請求項3】
前記溶接部がアーク溶接部であることを特徴とする請求項1に記載の溶接継手。
【請求項4】
鋼板であって、
前記鋼板のビッカース硬さが、下記式1によって算出される前記鋼板の100%マルテンサイト硬さHMの90%以上であり、
前記鋼板のマルテンサイト量が80面積%以上であり、
前記鋼板をA1点以上A1点+10℃以下に加熱して3秒保持し、次いで80℃/秒以上の冷却速度で50℃未満まで冷却した後の前記鋼板の硬さとして定義される、前記鋼板の推定HAZ硬さが、前記鋼板の前記硬さの72%以上であり、
化学成分として、
0.01~0.50質量%のCと、
下記式2を満たす量のTi、Mo、及びVからなる群から選択される一種以上の元素と、
を含有する
ことを特徴とする鋼板。
HM=884×C×(1-0.3×C2)+294 :式1
C:鋼板に含まれるCの質量%
[C]≦[Ti]+0.29×[Mo]+[V] :式2
ここで、式2に記載の[C]、[Ti]、[Mo]、及び[V]は、それぞれ鋼板の単位質量%でのC含有量、Ti含有量、Mo含有量、及びV含有量である。
【請求項5】
(削 除)
【請求項6】
請求項1及び3のいずれか一項に記載の溶接継手を備えた鋼部材。
【請求項7】
自動車部材であることを特徴とする請求項6に記載の鋼部材。
【請求項8】
請求項6に記載の鋼部材を備えた自動車部材。
第4 申立書に記載した申立理由について
1 申立理由の概要
申立人は、証拠として下記2に示す甲第1号証~甲第7号証(以下、それぞれ「甲1」などという。)及び参考資料1を提出し、以下の申立理由により、請求項1~8に係る特許は取り消すべきものである旨を主張している。
(1) 申立理由1(実施可能要件)
本件訂正前の請求項1~8に係る特許は、発明の詳細な説明の記載が不備のため、法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
したがって、請求項1~8に係る特許は、法113条4号の規定に該当し、取り消されるべきものである。
(2) 申立理由2(サポート要件)
本件訂正前の請求項1~8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
したがって、請求項1~8に係る特許は、法113条4号の規定に該当し、取り消されるべきものである。
(3) 申立理由3(明確性)
本件訂正前の請求項1~3、6~8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
したがって、請求項1~8に係る特許は、法113条4号の規定に該当し、取り消されるべきものである。
(4) 申立理由4(新規性)
本件訂正前の請求項1、3、4、6~8に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1又は甲2に記載された発明であるから、法29条1項3号に該当し、その特許は、法29条1項の規定に違反してされたものである。
したがって、請求項1、3、4、6~8に係る特許は、法113条2号の規定に該当し、取り消されるべきものである。
(5) 申立理由5(進歩性)
本件訂正前の請求項1~8に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1又は甲2に記載された発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1~8に係る特許は、法29条2項の規定に違反してされたものである。
したがって、請求項1~8に係る特許は、法113条2号の規定に該当し、取り消されるべきものである。
2 証拠方法
甲1:Youn-Suk Jong et al., “Microstructural Evolution and Mechanical Properties of Resistance Spot Welded Ultra High Strength Steel Containing Boron” , Materials Transactions, The Japan Institute of Metals, Vol.52、 No.6(2011)1330~1333ページ
甲2:国際公開第2018/159719号
甲3:百合岡信孝ほか、「溶接金属引張強さの予測式」、溶接学会論文集、第22巻、第1号、2004年、53~60ページ
甲4:特開2004-156973号公報
甲5:天野聖ほか、「溶接部の破壊力学的強度評価に関する研究(ビッカース硬さを利用した材料データ設定とJ積分評価)」、日本機械学会〔No.15~19〕、第28回計算力学講演会CD-ROM論文集〔2015.10.10~12、横浜〕
甲6:古迫誠司ほか、「レーザ重ね継手の引張せん断強度」、溶接学会論文集、第31巻、第3号、2013年、222~229ページ
甲7:山本元道、「溶接接合教室 基礎を学ぶ 第3章 溶接構造の力学と設計 3-7 溶接継手・構造設計の基礎」、溶接学会誌、第79巻、第2号、2010年、54~59ページ
参考資料1:甲1のFig.5に申立人が補助線や数値を追記したもの
第5 前回取消理由通知書に記載した取消理由について
当審が特許権者に通知した取消理由の概要は、以下のとおり。
1 取消理由1(新規性)
本件訂正前の請求項1、3、4、6~8に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1又は甲2発明であって、法29条1項3号に該当するものであるから、請求項1、3、4、6~8に係る特許は、法29条1項の規定に違反してされたものである。
2 取消理由2(サポート要件)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
第6 取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消理由について
当審が特許権者に通知した取消理由(決定の予告)の概要は、以下のとおり。
1 取消理由1(新規性)
本件訂正前の請求項1、3、4、6~8に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲2発明であって、法29条1項3号に該当するものであるから、請求項1、3、4、6~8に係る特許は、法29条1項の規定に違反してされたものである。
第7 各甲号証等の記載
1 甲1について
(1) 甲1に記載された事項(以下の日本語訳は申立書に添付された甲1の翻訳文による。加えて、甲1の参照箇所も示す。下線は当審で付与した。以下同様である。)
ア 「Hot-press forming steel has・・・more strict crash regulation of automobile.」(「熱間プレス成形用鋼は引張強さが1500MPa以上あり、自動車衝突用の部品として使用が急増している。さらに、ますます厳しくなる自動車の衝突規制を満たす最も有効な材料の一つである。」1330ページ左欄15~19行)
イ 「The material used in this test is・・・listed in Table 1.」(「本試験に用いた材料は、表1に化学組成を示す1.2 mm厚の超高強度鋼(Al-Si被覆1500MPa級)である。」1330ページ右欄4~6行)
ウ 「
[図:0001436165000001.jpg]
」(タイトル「表1 母材の化学組成」、表1の左側の見出し「化学組成(質量%)」1331ページ)
エ 「
[図:0001436165000002.jpg]
」(「図1 スポット溶接の引張せん断試験片(単位:mm)」1331ページ)
オ 「3.2 Hardness and microstructure・・・,as presented in Fig. 5.」
(「3.2 溶接部の硬さと組織
溶接部周辺のミクロ組織と対応する硬度マッピングを図3に示す。溶接部のミクロ組織は、観察点を右側から左側に移動すると、溶融金属の凝固部、その周囲の熱影響部(HAZ)および母材からなるナゲットにより特徴付けられた。また、ナゲット幅は溶接電流が高くなると増加した。
図4と図5に溶接電流6kAの抵抗スポット溶接における組織と硬さ分布の相関を示す。図5の丸1~丸5は図4の番号に対応している。母材は図4に示すようにマルテンサイトからなる。
抵抗スポット溶接後、溶接金属は図4に示すようにマルテンサイト相に変態した。これは溶接金属の溶融後の急速冷却速度によるものであった。HAZは溶接金属の周囲約4mmに広がっていた。図4に示すように3つの部分に分けることができる。融合ラインの左側の微細構造(白い矢印で示す)は、粗粒HAZ(CG HAZ)、細粒HAZ(FG HAZ)、および焼き戻し領域を、溶融線に近い順に示している。CGおよびFG HAZのミクロ組織はマルテンサイト相で構成されていた。中間臨界域ではマルテンサイトが部分的に存在し、安定なフェライト相が残る。焼戻し域には焼戻しマルテンサイトとフェライトの2相が観察された。これらのミクロ組織は図5に示すように溶接部周辺の硬さプロファイルと深く関係している。」1331ページ左欄3行~右欄9行。当審注:丸数字の1を「丸1」と示し、他の丸数字も同様に示した。)
カ 「
[図:0001436165000003.jpg]
」(「図4 溶接電流6kAのスポット溶接材の断面光学顕微鏡写真:丸1 母材、丸2 焼き戻し部、丸3 中間臨界域および微細粒HAZ、丸4 粗粒HAZおよび丸5 溶接金属」1332ページ)
キ 「
[図:0001436165000004.jpg]
」(「図5 スポット溶接後のボロンを含む溶接超高強度鋼の微小硬さプロファイル」1332ページ)
ク 「
[図:0001436165000005.jpg]
」(申立書に「参考資料1」として添付されたものであって、甲1のFig.5に特許異議申立人が補助線や数値を追記したもの)
ケ 「Followed by rapid cooling rate,・・・of base metal(Fig.4 and Fig.5丸4).」(「急冷により、拡大オーステナイト粒はマルテンサイト相に変態した。したがって、CG HAZにおける硬度は約550Hvであり、母材(図4および図5丸4)とほぼ同じである。」1333ページ左欄2~5行)
コ 「To explain it in more detail,・・・in the specimen (Fig. 4 and Fig. 5丸2).」(「より詳細に説明すると、母材のマルテンサイトからフェライトへの変態は温度がAc1に接近する焼戻し帯の局所領域で活発に起こり、焼戻し現象は最高温度がその温度以下に上昇する領域で現れる。8)これらの領域では、軟化挙動が顕著に観察され、測定された硬度は約320Hvであり、本試験片では最低値であった(図4および図5丸2)。」1333ページ左欄の下から9行~末行)
サ 「The nugget width・・・lower than that of base metal.」(「ナゲット幅は入熱量に比例して増加し、せん断引張強さはナゲット幅の増加とともに高くなった。溶接部の硬さは約550Hvより高く、HAZでは約320Hvで母材より約230Hv低かった。」1333ページ右欄7~11行)
(2) 甲1の記載から理解できる事項
ア (1)エの図1には2枚の引張せん断試験片をスポット溶接したものが示されているから、このものは「溶接継手」といえる。引張せん断試験片は、図1からみて板状であり、(1)イによると超高強度鋼からなるものであり、かつ、(1)ウによるとこの超高強度鋼を母材と称していることを踏まえると、この引張せん断試験片は「母材鋼板」とも言い換えられるものである。
イ (1)サの「HAZでは約320Hvで母材より約230Hv低かった」という記載、及び「Hv」がビッカース硬さを示す単位であることを踏まえると、母材鋼板のビッカース硬さは約550Hvであるといえる。
ウ (1)ウの表1によると、母材の炭素Cの質量%は0.23質量%であり、Tiの質量%は0.04質量%である。
エ (1)キで示した図5について、(1)クの参考資料1を併せてみると、Welding currentが4kAのときの熱影響部の最軟化部硬さは約390Hvである。この約390Hvは、母材鋼板のビッカース硬さ約550Hvの70.9%である。
(3) 甲1発明
(1)及び(2)を踏まえると、甲1には、以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているといえる。
「2枚の母材鋼板と、
溶接金属の凝固部及びその周囲の熱影響部を有し、前記母材鋼板を抵抗スポット溶接する溶接部と
を備える溶接継手であって、
前記母材鋼板がマルテンサイトからなり、
前記母材鋼板のビッカース硬さが、約550Hvであり、
前記母材鋼板に含まれる炭素Cの質量%が0.23質量%であり、Tiの質量%は0.04質量%であり、
前記熱影響部の最軟化部硬さが、前記母材鋼板の前記ビッカース硬さの70.9%である溶接継手。」
2 甲2について
(1) 甲2に記載された事項
ア 「[0002]
近年、車体、特にシャーシの軽量化を目的として薄手高強度鋼板の利用が期待されている。シャーシ部材では、耐久性の観点から部材の疲労強度が重視されるが、一般的に、鋼板同士を溶接した場合には、溶接部が応力集中箇所となり部材の疲労強度の低下要因となる。さらに、薄手高強度鋼板を適用する場合には鋼板の強度増加に応じて溶接部の疲労強度を高める必要がある。しかしながら、高強度鋼板を母材とした場合には、溶接金属に対して母材の熱影響部(HAZ)の硬度が高くなる傾向があり、この硬度差に起因して溶接部の疲労強度が低下することがある。このため、車体への薄手高強度鋼板をシャーシに適用するには、高強度鋼板の溶接部疲労強度を増加させる必要がある。」
イ 「[0035]
さらに、本実施形態の隅肉溶接継手では、母材の引張強度[MPa]を母材の炭素当量[wt%]の1950倍以上としている。本要件を満たすことで、母材の組織がマルテンサイト主体の組織となる。母材の組織は、母材製造における熱間圧延条件に支配されるが、特に、所定の母材強度を確保するためには、熱間圧延時の冷却速度を高めマルテンサイト組織とするとともに、圧延加工による加工硬化を利用することが重要である。」
ウ 「[0037]
図1は、2枚の母材の一部を重ねて隅肉溶接を施して得られた、本実施形態の隅肉溶接継手を示す断面図である。当該断面は、隅肉溶接継手の溶接線に直角な断面である。本実施形態の隅肉溶接継手10は、2枚の母材12、14と、溶接金属16と、熱影響部(図示せず)を含む。図1中、点Aはいわゆる溶接止端であり、点線は溶接止端Aから前記母材の板厚方向にSmm(0.1mm以上0.3mm以下)の位置を通り、前記母材表面に平行な直線を示す仮想線である。
[0038]
以上のような構成の隅肉溶接継手に関し、この仮想線上の点または領域、即ち、
・溶接金属16と(母材14の)熱影響部(HAZ)との境界における代表点B、
・代表点Bから溶接金属16側に0.1mm以上0.3mm以下の領域Cにおける溶接金属のビッカース硬さの平均値HVwmt、
・代表点Bから熱影響部側に0.1mm以上0.3mm以下の領域Dにおける熱影響部のビッカース硬さの平均値HVhaz
を考える。
なお、ビッカース硬さの平均値HVwmt及びビッカース硬さの平均値HVhazについては、領域C、Dのそれぞれにおいて、少なくとも任意の3点における硬さの平均値とする。
[0039]
ここで、境界領域の観察面として、ピクリン酸腐食した断面を用いた。ピクリン酸で腐食するとデンドライトの成長方向等の凝固形態を確認することができるため、溶融凝固した溶接金属部と変態組織である熱影響部を明瞭に区別することができる。また、代表点Bは、デンドライト組織を有する溶接金属と当該組織を有しない熱影響部の境界として決定された点を意味する。
[0040]
このような前提の下、本実施形態の隅肉溶接継手は、代表点Bにおけるビッカース硬さHVbondと、領域Cにおける溶接金属のビッカース硬さの平均値HVwmtと、領域Dにおける熱影響部のビッカース硬さの平均値HVhazと、が以下の関係(a)から(c)を満たす。
(a)HVbond≦HVwmt
(b)HVbond≧HVhaz-50
(c)HVhaz≦350
[0041]
図2は、図1に示す隅肉溶接継手に関して、ビッカース硬さと、仮想線上の領域との関係を示すグラフである。なお、同図に示すビッカース硬さは定量的な値ではなく定性的な値を示すものである。以下に、上記関係(a)から(c)について詳細に説明する。」
エ 「[0082]
以下に、本願発明の効果を実証するための実施例を詳述する。
図4は、実施例において採用した溶接方法を示す図である。同図に示すように、2枚の薄板(厚さ2.6mm)を用いて重ね隅肉溶接継手を作成した。図4中符号26は溶接金属を示し、符号Wは溶接機を示す。
[0083]
溶接条件は、電流230A、電圧26Vのパルスマグ溶接とし、溶接速度はいずれも80cm/minとした。
[0084]
表1に実施例で使用した鋼材(母材)A-Fの成分及び炭素当量を示し、表2に実施例で使用した溶接ワイヤa-eの成分及び炭素当量を示す。鋼材の炭素当量に関しては鋼材B、Cが本発明の範囲(0.36以上0.60以下)外であり、溶接ワイヤの炭素当量に関しては溶接ワイヤa、dが本発明の範囲(0.50以上0.80以下)外である。
オ 「[0085]
[表1]
[図:0001436165000006.jpg]
」
カ 「[0087]
表1の成分で各種強度の鋼板(母材)を製造し、次いでそれらの鋼板と表2の溶接ワイヤを用いて、表3に示す比較例1~6及び発明例1~8の重ね隅肉溶接継手を作製した。そして、これらの各隅肉溶接継手のそれぞれについて、隅肉溶接継手の溶接線に直角な断面において、溶接止端から母材の板厚方向に0.2mmの位置を通り、母材表面に平行な直線上であって、溶接金属と熱影響部との境界におけるビッカース硬さHVbondと、境界領域から溶接金属側に0.2mmの位置における溶接金属のビッカース硬さの平均値HVwmtと、境界から熱影響部側に0.2mmの位置における熱影響部のビッカース硬さの平均値HVhazと、について調査した。また、溶接ルート点側の溶接金属のビッカース硬さHVwmrについても調査した。これらの結果を表3に併記する。なお、疲労試験方法は平面曲げ疲労試験とし、疲労強度の判定については、比較例1に示す780MPa鋼の疲労強度を上回る場合を合格とした。また、継手の静的強度の判定については、従来技術として使用されているホットスタンプ鋼の強度が母材強度の6割程度に低下することから、母材強度の6割以上の強度を「可」とし7割以上の強度を「良」とした。」
キ 「[0088]
[表3]
[図:0001436165000007.jpg]
」
ク 「[0089]
表3から明らかなように、発明例1~8はいずれも、母材強度が980MPa以上、母材の炭素当量が0.36~0.60(%)、(母材引張強度/母材炭素当量)が1950以上、溶接ワイヤの炭素当量が0.50~0.80で母材の炭素当量より高いことを前提条件とし、HVbond≦HVwmt、HVbond≧HVhaz-50、及びHVhaz≦350を満たすことが確認された。そして、これらのこれら発明例1~8については、いずれも、低温割れを生じることなく、優れた疲労強度(比較例1に示す780MPa鋼のの(当審注:「のの」は「の」の誤記)疲労強度を基準として1.1倍以上の疲労強度比)が得られることが確認された。」
ケ 「[図1]
[図:0001436165000008.jpg]
」
コ 「[図2]
[図:0001436165000009.jpg]
」
(2) 甲2の記載から理解できる事項
ア (1)アの「高強度鋼板を母材とした場合」や(1)オの「鋼板(母材)」という記載からみて、甲2の母材は「母材鋼板」とも言い換えられるものである。
イ (1)キの表3における発明例4の鋼材記号Dの行に注目すると、母材のビッカース硬さについては表3に欄がなく記載されていないが、表3の左から4つ目の欄によると母材の引張強度が1107MPaであることは記載されている。
ウ (1)オの表1における鋼材記号Dの行をみると、母材の炭素Cの質量%は0.09質量%であり、Moの質量%は0.03質量%である。
エ (1)ウ[0038]の「溶接金属16と(母材14の)熱影響部(HAZ)との境界における代表点B」における、(1)カの「溶接金属と熱影響部との境界におけるビッカース硬さHVbond」の値は、(1)キの表3における発明例4の鋼材記号Dの行の、左から8つ目の欄によると267Hvであることがわかる。
オ (1)ケの図1における「B」の位置と、(1)コの図2における「B」、Bから図面右方向に両矢印で示される区間「HAZ」、及び、「B」位置でのビッカース硬さである「HVbond」を通る太い実線のグラフを併せてみると、「HAZ」で示される熱影響部の最軟化部硬さは、HVbondの値以上の値であることがわかる。
そうすると、(1)キの表3における発明例4の鋼材記号Dの場合は267Hv以上の値になるのが明らかであるから、この場合の熱影響部の最軟化部硬さとしては、その最低値である267Hvとすることができる。
ここで、権者意見書では、甲2の図2は模式図であるうえ、表3の発明例6~8のHVhasとHVwmtとの関係が図2と整合せず、かつ、権者意見書に添付した参考資料1とも整合せず、また、甲2において熱影響部の最軟化部硬さは特に検討されるものではない旨などを主張している。
しかしながら、図2を客観的にみれば、前述したとおり「HAZ」で示される熱影響部の最軟化部硬さは、HVbondの値以上の値であることが読み取れるし、甲2記載の発明例4については図2に整合しているので、熱影響部の最軟化部硬さとして267Hvを採用できることに変わりはない。
(3) 甲2発明
(1)~(2)を踏まえると、甲2には、以下の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されているといえる。
「2枚の母材鋼板と、
溶接金属及びその周囲の熱影響部を有し、前記母材鋼板をパルスマグ溶接する溶接部と
を備える隅肉溶接継手であって、
前記母材鋼板がマルテンサイト主体の組織であり、
前記母材鋼板の引張強度が1107MPaであり、
前記母材鋼板に含まれる炭素Cの質量%が0.09質量%であり、Moの質量%は0.03質量%であり、
前記熱影響部の最軟化部硬さが267Hvである隅肉溶接継手。」
3 甲3について
甲3には、次の事項(以下「甲3に記載された事項」という。)が記載される。
「以上で求めた溶接金属硬さを引張強さに変換するが、溶接金属の硬さと引張強さに良い相関があるのは知られており、本研究では以下の式3)を用いた。
TS(MPa)=3.0Hv+22.3 (10)」(55ページ右欄14~17行)
4 甲4について
甲4には、次の事項(以下「甲4に記載された事項」という。)が記載される。
「【0020】
ビッカース硬さ値と引張強度(TS)の関係は一般に(2)式にて表されることが知られている。(1)及び(2)式より求められる(3)式によって、材料強度及び試験荷重毎の圧痕サイズ(圧痕平均対角線長さ)の近似予測値を表1に示す。
【数2】
TS=3.172Hv ・・・(2)」
5 甲5について
甲5には、次の事項(以下「甲5に記載された事項」という。)が記載される。
「また、ビッカース硬度Hvと、対応する材料の引張強度σUHvを次式で近似することができる。
σUHv=(0.41×Hv-32)×9.8 (MPa) (1)」
(2ページ左欄3~6行)
6 甲6について
甲6には、次の事項(以下「甲6に記載された事項」という。)が記載される。
「
[図:0001436165000010.jpg]
」
7 甲7について
甲7には、次の事項(以下「甲7に記載された事項」という。)が記載される。
「
[図:0001436165000011.jpg]
」
第8 取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消理由(甲2発明を主引用例とした取消理由1(新規性))、及び、取消理由通知書(決定の予告)で採用しなかった取消理由(甲2発明を主引用例とした申立理由5(進歩性))についての当審の判断
1 本件発明1について
(1) 対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
ア 甲2発明の「2枚の母材鋼板」は本件発明1の「2枚以上の母材鋼板」に相当し、以下同様に、「パルスマグ溶接する」は「接合する」に、「隅肉溶接継手」は「溶接継手」に、それぞれ相当する。
また、母材鋼板について、甲2発明の「マルテンサイト主体の組織」と、本件発明1の「マルテンサイト量が80面積%以上」とは、「マルテンサイトを含むもの」という概念では共通する。
さらに、母材鋼板について、甲2発明の「前記母材鋼板に含まれる炭素Cの質量%が0.09質量%であり、Moの質量%は0.03質量%であり、」と本件発明1の「前記母材鋼板が、化学成分として、0.01~0.50質量%のCと、下記式2を満たす量のTi、Mo、及びVからなる群から選択される一種以上の元素と、を含有し、」とは、「前記母材鋼板が、化学成分として、0.01~0.50質量%のCと、所定量のMoと、を含有し、」という概念では共通する。
最後に、甲2発明の「267Hv」と本件発明1の「前記母材鋼板の前記ビッカース硬さの72%以上」とは「所定値」という概念では共通する。
イ そうすると、本件発明1と甲2発明との一致点と相違点は以下のとおりである。
(ア) 一致点
「2枚以上の母材鋼板と、
溶接金属及びその周囲の熱影響部を有し、前記母材鋼板を接合する溶接部と
を備える溶接継手であって、
前記母材鋼板がマルテンサイトを含むものであり、
前記母材鋼板が、化学成分として、0.01~0.50質量%のCと、所定量のMoと、を含有し、
前記熱影響部の最軟化部硬さが、所定値である
溶接継手。」
(イ) 相違点2-1
母材鋼板がマルテンサイトを含むものであることに関し、本件発明1では母材鋼板の「マルテンサイト量が80面積%以上」であるのに対し、甲2発明では母材鋼板が「マルテンサイト主体の組織」である点。
(ウ) 相違点2-2
母材鋼板のビッカース硬さについて、本件発明1では「下記式1によって算出される母材鋼板の100%マルテンサイト硬さHMの90%以上」であり、その式1が、「HM=884×C×(1-0.3×C2)+294 :式1
C:母材鋼板に含まれるCの質量%」であるのに対し、甲2発明では母材鋼板の引張強度が1107MPaであり、また、前記母材鋼板に含まれる炭素Cの質量%が0.09質量%であるものの、ビッカース硬さの明示がない点。
(エ) 相違点2-3
母材鋼板の化学成分としてのC及びMoの含有量が、本件発明1では「下記式2を満たす量」であり、その式2が「[C]≦[Ti]+0.29×[Mo]+[V] :式2
ここで、式2に記載の[C]、[Ti]、[Mo]、及び[V]は、それぞれ母材鋼板の単位質量%でのC含有量、Ti含有量、Mo含有量、及びV含有量である」のに対し、甲2発明ではCの含有量が「0.09質量%」であり、Moの含有量が「0.03質量%」である点。
(オ) 相違点2-4
熱影響部の最軟化部硬さについての所定値が、本件発明1では「母材鋼板のビッカース硬さの72%以上である」のに対し、甲2発明では「267Hv」である点。
(2) 新規性についての判断
まず、新規性について検討すると、少なくとも相違点2-3は実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲1発明ではない。
(3) 進歩性についての判断
事案に鑑み、相違点2-3の容易想到性についても、併せて検討する。
甲2発明ではCが0.09質量%、Moが0.03質量%であるから、本件発明1の[C]≦[Ti]+0.29×[Mo]+[V] :式2とは不等号が逆の関係であり、かつ、この式2を想起できるような記載や示唆、あるいは、甲2発明において、式2を満たすように各元素の含有量を変更することの記載や示唆が甲2に見当たらない。また、甲1発明及び甲3~甲7に記載された事項を参照しても、上記相違点2-3に係る本件発明1の構成については記載も示唆もされていない。さらに、上記相違点2-3に係る本件発明1の構成が本件特許出願前に周知技術であったといえる証拠もない。
そして、本件発明1は、相違点2-3の構成を備えることで、後述の第9の1(2)で示した特有の効果を奏するものであるといえる。
そうすると、相違点2-3に係る本件発明1の構成は、甲2発明に、甲1発明及び甲3~甲7に記載された事項を適用したとしても、当業者が容易に想到できるものではない。
(4) 小括
したがって、本件発明1は甲2発明でない。
また、本件発明1は、相違点2-1、相違点2-2及び相違点2-4について検討するまでもなく、甲2発明並びに甲1発明及び甲3~甲7に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
2 本件発明3、6~8について
本件発明3、6~8は、本件発明1を引用するから、相違点2-1~相違点2-4に係る本件発明1の構成を含む発明である。
そうすると、上記1と同様の理由により、本件発明3、6~8は、甲2発明でない。また、甲2発明並びに甲1発明及び甲3~甲7に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
3 本件発明4について
本件発明4は、少なくとも相違点2-3に係る本件発明1の構成と同様の構成を含む発明である。
そうすると、上記1と同様の理由により、本件発明4は、甲2発明でない。また、甲2発明並びに甲1発明及び甲3~甲7に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
4 第8のまとめ
以上のとおり、本件発明1、3~4、6~8は、甲2発明でないから、甲2発明を主引用例とした取消理由1(新規性)によっては、請求項1、3~4、6~8に係る特許を取り消すことはできない。
また、本件発明1、3~4、6~8は、甲2発明及び甲1、甲3~甲7に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、甲2発明を主引用例とした申立理由5(進歩性)によっては、請求項1、3~4、6~8に係る特許を取り消すことはできない。
第9 取消理由通知書(決定の予告)で採用しなかった、甲1発明を主引用例とした取消理由1(新規性)、申立理由4(新規性)、申立理由5(進歩性)についての当審の判断
第8において当審の判断を示した取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消理由(甲2発明を主引用例とした取消理由1(新規性))と同様に、第4の申立書の甲2発明を主引用例とした申立理由4(新規性)、申立理由5(進歩性)によっては、請求項1、3~4、6~8に係る特許を取り消すことはできないことは、上記第8の1(3)及び2~3のとおりである。
ここでは、取消理由通知書(決定の予告)で採用しなかった新規性及び進歩性の取消理由のうち、第5の前回取消理由通知書における甲1発明を主引用例とした取消理由1(新規性)、第4の申立書における甲1発明を主引用例とした申立理由4(新規性)、申立理由5(進歩性)についての当審の判断を示す。
1 本件発明1について
(1) 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
ア 甲1発明の「2枚の母材鋼板」は本件発明1の「2枚以上の母材鋼板」に相当し、以下同様に、「溶接金属の凝固部」は「溶接金属」に、「抵抗スポット溶接する」は「接合する」に、それぞれ相当する。
また、母材鋼板について、甲1発明の「マルテンサイトからなり」と、本件発明1の「マルテンサイト量が80面積%以上であり」とは、「マルテンサイトを含むもの」という概念では共通する。
さらに、母材鋼板のビッカース硬さについて、甲1発明のものが「約550Hv」であることと、本件発明1では「下記式1によって算出される前記母材鋼板の100%マルテンサイト硬さHMの90%以上であり」、その式1が、「HM=884×C×(1-0.3×C2)+294 :式1
C:母材鋼板に含まれるCの質量%」であることとは、「所定の硬さ」であるという概念では共通する。
また、甲1発明の「前記母材鋼板に含まれる炭素Cの質量%が0.23質量%であり、Tiの質量%は0.04質量%であり、」と本件発明1の「前記母材鋼板が、化学成分として、0.01~0.50質量%のCと、下記式2を満たす量のTi、Mo、及びVからなる群から選択される一種以上の元素と、を含有し、」とは、「前記母材鋼板が、化学成分として、0.01~0.50質量%のCと、所定量のTiと、を含有し、」という概念では共通する。
最後に、甲1発明の「70.9%」と本件発明1の「72%以上」とは「所定割合」という概念では共通する。
イ そうすると、本件発明1と甲1発明との一致点と相違点は以下のとおりである。
(ア) 一致点
「2枚以上の母材鋼板と、
溶接金属及びその周囲の熱影響部を有し、前記母材鋼板を接合する溶接部と
を備える溶接継手であって、
前記母材鋼板がマルテンサイトを含むものであり、
前記母材鋼板のビッカース硬さが所定の硬さであり、
前記母材鋼板が、化学成分として、0.01~0.50質量%のCと、所定量のTiと、を含有し、
前記熱影響部の最軟化部硬さが、前記母材鋼板の前記ビッカース硬さの所定割合である溶接継手。」
(イ) 相違点1-1
母材鋼板がマルテンサイトを含むものであることに関し、本件発明1では母材鋼板の「マルテンサイト量が80面積%以上であ」るのに対し、甲1発明では母材鋼板が「マルテンサイトからな」る点。
(ウ) 相違点1-2
所定の硬さが、本件発明1では「下記式1によって算出される母材鋼板の100%マルテンサイト硬さHMの90%以上」であり、その式1が、「HM=884×C×(1-0.3×C2)+294 :式1
C:母材鋼板に含まれるCの質量%」であるのに対し、甲1発明では「約550Hv」であり、また、甲1発明では前記母材鋼板に含まれる炭素Cの質量%が0.23質量%である点。
(エ) 相違点1-3
母材鋼板の化学成分としてのC及びTiの含有量が、本件発明1では「下記式2を満たす量」であり、その式2が「[C]≦[Ti]+0.29×[Mo]+[V] :式2
ここで、式2に記載の[C]、[Ti]、[Mo]、及び[V]は、それぞれ母材鋼板の単位質量%でのC含有量、Ti含有量、Mo含有量、及びV含有量である。」というものであるのに対し、甲1発明ではCの含有量が「0.23質量%」であり、Tiの含有量が「0.04質量%」である点。
(オ) 相違点1-4
ビッカース硬さの所定割合が、本件発明1では「72%以上」であるのに対し、甲1発明では「70.9%」である点。
(2) 判断
まず、新規性について検討すると、少なくとも相違点1-3及び相違点1-4は、実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲1発明ではない。
次に、事案に鑑み、相違点1-3について進歩性を検討する。
甲1発明ではCが0.23質量%、Tiが0.04質量%であるから、本件発明1の[C]≦[Ti]+0.29×[Mo]+[V] :式2とは不等号が逆の関係であり、かつ、この式2を想起できるような記載や示唆、あるいは、甲1発明において、式2を満たすように各元素の含有量を変更することの記載や示唆が甲1に見当たらない。また、甲2発明及び甲3~甲7に記載された事項を参照しても、上記相違点1-3に係る本件発明1の構成については記載も示唆もされていない。さらに、上記相違点1-3に係る本件発明1の構成が本件特許出願前に周知技術であったといえる証拠もない。
そして、本件発明1は、相違点1-3の構成を備えることで、例えば本件明細書【0045】の、
「・・・Tiは、HAZ軟化を抑制するために重要な元素である。鋼中に固溶したTiは、マルテンサイト中のCが、溶接の際に鉄炭化物を生成することを抑制する。また、溶接の入熱によって一部は微細な炭化物を形成し、マルテンサイト中のCがこの炭化物となり硬さが低下したとしても、微細炭化物の析出強化が作用することで硬さの低下を相殺する働きをする。Mo、及びVも同様の効果を有する。
ここで、鋼板のC含有量に対するこれらセメンタイト生成抑制手段の含有量の比率を所定値以上とすることにより、上述したセメンタイト生成を抑制する効果、及び固溶C量を確保する効果が一層確実に得られる。ただし、Mo析出物は非常に微細であり、Mo析出物による析出硬化の量は、Ti析出物及びV析出物による析出硬化の量よりも小さい。従って、MoによるHAZ軟化抑制効果を十分に得るためには、Mo含有量を多くすることが望ましい。
以上の知見に鑑みて、本発明者らは、鋼板のTi、Mo、及び/又はVの含有量を下記式2を満たすように制御することが好ましいと判断した。・・・」
という記載に示されるような、特有の効果を奏するものであるといえる。
そうすると、相違点1-3に係る本件発明1の構成は、甲1発明に、甲2発明及び甲3~甲7に記載された事項を適用したとしても、当業者が容易に想到できるものではない。
(3) 小括
したがって、本件発明1は甲1発明でない。
また、本件発明1は、相違点1-1、相違点1-2及び相違点1-4について検討するまでもなく、甲1発明並びに甲2発明及び甲3~甲7に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
2 本件発明3、6~8について
本件発明3、6~8は、本件発明1を引用するから、相違点1-1~相違点1-4に係る本件発明1の構成を含む発明である。
そうすると、上記1と同様の理由により、本件発明3、6~8は、甲1発明でない。また、甲1発明並びに甲2発明及び甲3~甲7に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
3 本件発明4について
本件発明4は、少なくとも相違点1-3に係る本件発明1の構成と同様の構成を含む発明である。
そうすると、上記1と同様の理由により、本件発明4は、甲1発明でない。また、甲1発明並びに甲2発明及び甲3~甲7に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
4 第9のまとめ
以上のとおり、本件発明1、3~4、6~8は、甲1発明でなく、また、甲1発明並びに甲2発明及び甲3~甲7に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、甲1発明を主引用例とした取消理由1(新規性)、申立理由4(新規性)、申立理由5(進歩性)によっては、請求項1、3~4、6~8に係る特許を取り消すことはできない。
第10 取消理由通知書(決定の予告)で採用しなかった、取消理由2(サポート要件)、申立理由2(サポート要件)についての当審の判断
ここでは、取消理由通知書(決定の予告)で採用しなかったサポート要件の取消理由のうち、第5の前回取消理由通知書における取消理由2(サポート要件)、第4の申立書における申立理由2(サポート要件)についての当審の判断を示す。
1 取消理由2(サポート要件)の内容
(1) 前回訂正の請求項1~3、6~8について
ここでの取消理由2の内容は、1枚の鋼板をビードオンプレート溶接する場合、溶接部には母材鋼板どうしの界面は存在せず、技術常識からして、溶接による母材鋼板の熱的状態や溶接部の冷却状態などが、請求項1における2枚以上の母材鋼板からなる「溶接継手」の場合と同じにならないことは明らかであり、1枚の母材鋼板をビードオンプレート溶接した例をもって、請求項1の「溶接継手」の具体例とすることはできないから、法36条6項1号に規定する要件を満たしていない、というものである。
(2) 前回訂正の請求項4~5について
ここでの取消理由2の内容は、請求項4等には、鋼板に関し、推定HAZ硬さを定義したものが記載される一方、発明の詳細な説明では、実施例として、ビードオンプレート溶接を行い熱影響部の最軟化部硬さを測定することが記載されているものの推定HAZ硬さについては言及されておらず、推定HAZ硬さが本件における熱影響部のHAZ硬さを推定できるものであるとの心証が得られないから、法36条6項1号に規定する要件を満たしていない、というものである。
2 取消理由2(サポート要件)の判断
(1) 請求項1、3、6~8についての判断(当審注:請求項2は本件訂正で削除されている。)
溶接する母材鋼板が1枚か2枚以上かによって母材鋼板の熱的状態や溶接部の冷却状態などが異なるものの、溶接後の硬さについては溶接中の最高到達温度に強く依存しており、同一の母材鋼板について溶接中の最高到達温度が同一であれば同一の硬さが得られるものと解される。
そうすると、当業者であれば、熱影響部の最軟化部の位置については、母材鋼板が1枚か2枚以上かで相違する可能性があるものの、1枚の鋼板のビードオンプレート溶接によって得られた最軟化部硬さであっても、2枚の鋼板の溶接継手の最軟化部硬さと同程度になるものと予測できる。
(2) 請求項4についての判断(当審注:請求項5は本件訂正で削除されている。)
(1)のとおり熱影響部の最軟化部硬さについては予測ができるものと解されるし、推定HAZ硬さを推定できないというだけの証拠もない。
(3) 小括
したがって、取消理由2(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1、3~4、6~8に係る特許を取り消すことはできない。
3 申立理由2(サポート要件)の内容
申立理由2のうち、取消理由2として採用しなかった申立理由2の内容は、本件訂正を踏まえると、請求項1の「前記熱影響部の最軟化部硬さが、前記母材鋼板の前記ビッカース硬さの72%以上である」ことは、「HAZ軟化が小さい又はHAZ軟化を生じない」という状態を、単に「熱影響部の最軟化部硬さの母材硬さに対する割合」というパラメータを用いて表現したものにすぎず課題解決手段を特定しているとはいえないから、法36条6項1号に規定する要件を満たしていない、というものである。請求項4の推定HAZ硬さについても同様に主張している。
4 申立理由2(サポート要件)の判断
3について検討すると、「前記熱影響部の最軟化部硬さが、前記母材鋼板の前記ビッカース硬さの72%以上である」ことは本件明細書の発明の詳細な説明に課題を解決する手段として記載されているのであるから、サポート要件違反であるとはいえない。請求項1は「溶接継手」を対象とし、請求項4は「鋼板」を対象とする、いずれも「物の発明」であるところ、物の発明についてパラメータを用いて表現することが許されないとする理由はなく、かつ、これを裏付ける証拠もない。
したがって、申立理由2(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1、3~4、6~8に係る特許を取り消すことはできない。
5 第10のまとめ
以上のとおり、本件発明1、3~4、6~8は、発明の詳細な説明に記載したものではないとはいえないから、取消理由2(サポート要件)及び申立理由2(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1、3~4、6~8に係る特許を取り消すことはできない。
第11 取消理由通知書(決定の予告)で採用しなかった、申立書の申立理由1(実施可能要件)、申立理由3(明確性)についての当審の判断
ここでは、取消理由通知書(決定の予告)で採用しなかった取消理由のうち、第4の申立書における申立理由1(実施可能要件)、申立理由3(明確性)についての当審の判断を示す。
1 申立理由1(実施可能要件)の内容
申立理由1の内容は、本件明細書の発明の詳細な説明について、当業者が請求項1の「溶接継手」や請求項4の「鋼板」を製造できるように記載されておらず、また、熱影響部の最軟化部硬さをどのようにして測定するのかわからず、さらに、熱影響部の最軟化部硬さの規定が一方の鋼板だけでよいのか両方の鋼板で必要なのか判然としないから、請求項1、3~4、6~8に係る発明について当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから、法36条4項1号に規定する要件を満たしていない、というものである。
2 申立理由1(実施可能要件)の判断
1について検討すると、本件明細書の発明の詳細な説明において、【0023】~【0064】の実施形態、【0065】~【0074】の実施例の記載内容をみれば、製造条件も含めた具体性のある説明がされており、物の発明である溶接継手や鋼板を製造できないといえるほどの理由はなく、かつ、これを裏付ける証拠もない。熱影響部の最軟化部硬さを測定できないことについても同様のことがいえる。熱影響部の最軟化部硬さの規定については、熱影響部であれば任意の位置で確認すればよいものと認められ、一方の鋼板だけでよいのか両方の鋼板で必要なのかについて判然とさせる必要はない。
したがって、申立理由1(実施可能要件)によっては、本件特許の請求項1、3~4、6~8に係る特許を取り消すことはできない。
3 申立理由3(明確性)の内容
申立理由3の内容は、請求項1の「2枚以上の母材鋼板」について、それぞれの母材鋼板が同じ鋼板(成分、組織、機械特性、板厚などが全く同じ鋼板)である必要がある場合、請求項1ではその旨が規定されておらず、発明が明確でないから、法36条6項2号に規定する要件を満たしていない、というものである。
4 申立理由3(明確性)の判断
3について検討すると、2枚以上の母材鋼板や熱影響部の最軟化部硬さを特定する請求項1の記載は明確であり、また、2枚以上の母材鋼板がそれぞれ同じ鋼板であるか否かを特定しない場合に発明が明確でないといえるほどの理由はなく、かつ、これを裏付ける証拠もない。
したがって、申立理由3(明確性)によっては、本件特許の請求項1、3、6~8に係る特許を取り消すことはできない。
5 第11のまとめ
以上のとおり、発明の詳細な説明は実施可能要件を満たしており、本件発明1、3、6~8が明確でないともいえないから、申立理由1(実施可能要件)及び申立理由3(明確性)によっては、本件特許の請求項1、3~4、6~8に係る特許を取り消すことはできない。
第12 むすび
以上のとおり、本件特許の請求項1、3~4、6~8に係る特許は、取消理由通知書(決定の予告)及び前回取消理由通知書に記載した取消理由、並びに申立書に記載した申立理由によっては取り消すことはできない。さらに、他に請求項1、3~4、6~8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また、本件特許の請求項2、5は、上記のとおり、訂正により削除された。これにより、申立人による特許異議の申立てについて、請求項2、5に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、法120条の8第1項で準用する法135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
J-PlatPatの審決検索トップを開きます。番号入力で「審判番号」を選び、下の番号を貼り付けて検索してください。
J-PlatPat 審決検索を開く
2025-700177