特許異議申立
2026-700304
方向性電磁鋼板
- 審判番号
- 2026-700304
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2025-537220
- 登録番号
- 7755224
- 請求日
- 2026年04月09日
- 審決日
- 2026年08月24日
- 公報発行日
- 2026年09月25日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】日本製鉄株式会社
- 【権利者代理人】松沼 泰史
- 【権利者代理人】大浪 一徳
- 【権利者代理人】勝俣 智夫
- 【権利者代理人】山口 洋
- 【権利者代理人】堀田 耕一郎
- 【権利者代理人】山口 健吾
- 【権利者代理人】飯田 恭宏
- 【権利者代理人】井口 翔太
- 【異議申立人】前田 洋志
- 審判長/審判官
- 審判長 粟野 正明
- 審判官 石川 雄太郎
- 審判官 佐藤 陽一
- 分類
- P1651.121-Y (C23C) / P1651.537-Y (C23C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7755224号発明「方向性電磁鋼板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7755224号の請求項1、2に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7755224号(以下「本件特許」という。)の請求項1、2に係る特許についての出願(特願2025-537220号。以下「本願」という。)は、2025年(令和 7年) 1月30日(優先権主張 令和 6年 1月30日)を国際出願日とする出願であって、令和 7年10月 7日にその特許権の設定登録がなされ、同年10月16日にその特許掲載公報が発行されたものである。
その後、令和 8年 4月 9日に、請求項1、2(全請求項)に係る特許に対し、特許異議申立人である前田 洋志(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされた。
第2 本件発明
本件特許の請求項1、2に係る発明は、本願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1、2に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、請求項1、2に係る発明を、それぞれ「本件発明1」、「本件発明2」といい、これらを総称して「本件発明」という。また、本願の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。
「【請求項1】
母材鋼板と、絶縁被膜と、を備える方向性電磁鋼板であって、
前記絶縁被膜が、クロム化合物を含有せず、りん酸塩を含有し、
前記絶縁被膜を核磁気共鳴法により、プロトンの共鳴周波数500MHzの磁場下、マジック角回転55kHz、31P核の化学シフト基準をりん酸二水素アンモニウム(NH4H2PO4)で0.9ppmと設定し、観測中心を0~30ppmの間で設定し、フリップ角90°、待ち時間8秒、積算回数9000回の条件で測定し、得られた31P-NMRスペクトルを16~-90ppmの範囲でガウシアンフィッティングした場合、
Q1構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合が、3%超18%以下であり、且つ
Q1構造の前記割合が、Q3構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合よりも小さい
ことを特徴とする方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記母材鋼板は、化学組成として、質量%で、
C:0.010%以下、
Si:2.00~4.00%、
Mn:0.05~1.00%、
Al:0.010~0.065%、
N:0.004%以下、
S:0.010%以下、
Se:0.010%以下、
Cr:0~0.30%、
Cu:0~0.40%、
P:0~0.50%、
Ni:0~1.00%、
Sn:0~0.30%、
Sb:0~0.30%、
B:0~0.0100%、
Mo:0~0.1%、
Bi:0~0.01%、を含有し、
残部がFeおよび不純物からなる
ことを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。」
第3 特許異議の申立ての理由の概要
申立人は、証拠方法として、後記する甲第1~5号証を提出し、以下の申立理由1、2により、本件特許の請求項1、2に係る特許は取り消されるべきものである旨主張している。
1 申立理由1(進歩性)
(1)本件発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2~4号証に記載された事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(2)本件発明2は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2~5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
2 申立理由2(サポート要件)
本件発明1の「Q1構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合が3%超18%以下」であることを実現するためには、本件明細書の記載によれば、アルカリ金属元素を絶縁被膜処理液に対して0.20~0.30mol/kg含有させる手段、及び絶縁被膜処理液のpHを1.7以上2.1以下とする手段が必要であるところ、本件発明1は、これらの手段を発明特定事項としていない。
また、本件明細書の実施例において、課題を解決できることが具体的に実証されているのは、上記各手段を満たす場合のみであり、上記各手段以外の手段によって「Q1構造の割合」を調整する方法については記載がなく、それが技術常識であるという根拠も見出せない。
さらに、本件明細書の実施例において、「Q1構造の割合が、Q3構造の割合よりも小さい」本発明例はいずれも上記各手段を満たしているから、これらの手段は、実質的に、本件発明1の「Q1構造の前記割合が、Q3構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合よりも小さい」との構成を満足するためにも必須である。
したがって、本件発明1、2は、発明の課題を解決するための手段が反映されておらず、本件明細書の発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求するものである。
よって、本件発明1、2について、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
3 証拠方法
・甲第1号証:国際公開第2016/104407号
・甲第2号証:特許第4700691号公報
・甲第3号証:武部博倫、外1名、「リン酸塩ガラスの特徴的な構造と機能およびその応用」、セラミックス、日本セラミックス協会、2013年、第48巻、第12号、p.927~930
・甲第4号証:今枝健一、外3名、「マイクロ波加熱により合成したリン酸塩ガラスにおける3次元構造」、Journal of the Society of Inorganic Materials, Japan、2006年、第13巻、p.173~177
・甲第5号証:国際公開第2017/057513号
第4 当合議体の判断
以下に述べるように、特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては、本件特許の請求項1、2に係る特許を取り消すことはできない。
1 申立理由1(進歩性)について
(1)甲第1号証に記載された発明
本願の優先日前に公知となった甲第1号証には、「電磁鋼板」(発明の名称)に関する記載があり、その特許請求の範囲の請求項1の記載に着目すると、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
<甲1発明>
電磁鋼の母材と、
前記母材の表面に形成された絶縁被膜と、
を有し、
前記絶縁被膜は、Al、Zn、Mg及びCaからなる群から選択された1種以上のりん酸塩を含有し、
前記絶縁被膜中のP原子の物質量(mol)に対するFe原子の物質量(mol)の割合が0.1超0.65以下である電磁鋼板。
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明における「電磁鋼の母材」は、「電磁鋼板」の「母材」であって、板状であることが明らかであるから、本件発明1における「母材鋼板」に相当する。
(イ)甲1発明における「前記母材の表面に形成された絶縁被膜」は、本件発明1における「絶縁被膜」に相当する。
(ウ)甲1発明における「絶縁被膜」は、甲第1号証の「本発明は、6価クロムを絶縁被膜の原料に使用せずに優れた耐錆性を得ることができる電磁鋼板を提供することを目的とする。」(段落[0005])との記載によれば、クロム化合物を含有しないものと解される。
(エ)甲1発明における「絶縁被膜」は、「Al、Zn、Mg及びCaからなる群から選択された1種以上のりん酸塩を含有」するものであるから、上記(ウ)を踏まえると、本件発明1の「クロム化合物を含有せず、りん酸塩を含有」する絶縁被膜に相当する。
(オ)甲1発明の「電磁鋼板」と本件発明1の「方向性電磁鋼板」とは、「電磁鋼板」である限りにおいて共通する。
(カ)そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「母材鋼板と、絶縁被膜と、を備える電磁鋼板であって、
前記絶縁被膜が、クロム化合物を含有せず、りん酸塩を含有する電磁鋼板。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点1>
絶縁被膜について、本件発明1では、「前記絶縁被膜を核磁気共鳴法により、プロトンの共鳴周波数500MHzの磁場下、マジック角回転55kHz、31P核の化学シフト基準をりん酸二水素アンモニウム(NH4H2PO4)で0.9ppmと設定し、観測中心を0~30ppmの間で設定し、フリップ角90°、待ち時間8秒、積算回数9000回の条件で測定し、得られた31P-NMRスペクトルを16~-90ppmの範囲でガウシアンフィッティングした場合、
Q1構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合が、3%超18%以下であり、且つ
Q1構造の前記割合が、Q3構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合よりも小さい」のに対し、甲1発明では、このような構造をとるのか不明である点。
<相違点2>
電磁鋼板について、本件発明1では、「方向性電磁鋼板」であるのに対し、甲1発明では、「方向性電磁鋼板」であるのか不明である点。
イ 判断
(ア)相違点1が実質的な相違点であるかについて
甲第1号証には、甲1発明の絶縁被膜について、31P-NMRスペクトルを所定の範囲でガウシアンフィッティングした場合におけるQ1構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合や、Q3構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合が記載されていないから、Q1構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合が、3%超18%以下であるかは不明であり、Q1構造の前記割合が、Q3構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合よりも小さいかも不明である。
また、技術常識を考慮しても、甲1発明の絶縁被膜について、Q1構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合が、3%超18%以下であるかは不明であり、Q1構造の前記割合が、Q3構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合よりも小さいかも不明である。
よって、相違点1は実質的な相違点である。
(イ)相違点1の容易想到性について
a 甲第2号証には、無クロム化を行った燐酸塩系の絶縁皮膜において、吸湿性(ベタツキや錆発生)の問題が生じ得ることが記載されている(段落【0013】)。
また、甲第3号証には、リン酸塩ガラスにおけるQn構造と耐水性との関係に関する事項が記載され(第927ページ「2.特徴的な構造と耐水性:組成依存性」)、甲第4号証には、31P MAS NMRによりQn構造を解析し得ることや、Q3構造とガラス構造との関係に関する事項が記載されている(第174~175ページ「3.3 31P MAS NMR」)。
b しかしながら、甲第2号証の記載は、無クロム化を行った燐酸塩系の絶縁皮膜における吸湿性の問題を示すにとどまり、絶縁皮膜におけるQ1構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合を3%超18%以下とすることや、Q1構造の前記割合をQ3構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合よりも小さくすることを示すものではない。
また、甲第3、4号証の記載は、Qn構造と耐水性又はガラス構造に関する一般的知見を示すものといえるとしても、これらの記載から、甲1発明の絶縁被膜において、31P-NMRスペクトルを所定の条件で解析した場合に、Q1構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合が、3%超18%以下であり、且つ、Q1構造の前記割合が、Q3構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合よりも小さいことが導かれるとはいえない。
c そうすると、甲第2号証の記載に基づき、無クロム化を行った燐酸塩系の絶縁皮膜における吸湿性の問題に着目し得るとしても、甲第3、4号証に記載された事項を考慮して、甲1発明の絶縁被膜において、相違点1に係る特定事項を備えようとすることが動機付けられるとはいえない。
d 以上によれば、甲1発明において、相違点1に係る発明特定事項を備えたものとすることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。
(ウ)本件発明1の効果について
本件明細書の記載によれば、本件発明1の特定事項を備えることにより、りんの溶出量が少ない方向性電磁鋼板を安定して得ることができるという効果を奏するものであるところ、そのような効果は、甲第1~4号証の記載から当業者が予測し得たものとはいえない。
ウ まとめ
よって、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2~4号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)本件発明2について
ア 甲第5号証に、方向性電磁鋼板の母材鋼板の化学組成に関する事項が記載されている(段落[0072])。
そして、甲第5号証の上記事項は、方向性電磁鋼板の母材鋼板の化学組成に関するものであって、相違点1に係る発明特定事項を示すものではないから、甲第5号証の記載事項をさらに考慮しても、甲1発明において、相違点1に係る発明特定事項を備えたものとすることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。
イ 一方、本件発明2は、本件特許の請求項1の記載を引用するものであり、本件発明1の発明特定事項をすべて備えるものであるから、上記(2)及び上記アにおける判断を考慮すると、本件発明2についても同様に、甲第1号証に記載された発明及び甲第2~5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)申立理由1(進歩性)についてのまとめ
以上のとおり、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2~4号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
また、本件発明2は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2~5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、申立理由1(進歩性)によっては、本件特許の請求項1、2に係る特許を取り消すことはできない。
2 申立理由2(サポート要件)について
(1)本件発明1、2について
ア 本件明細書の段落【0020】の記載によれば、本件発明が解決しようとする課題は、「クロム酸塩を含むことなく、耐吸湿性などについては従来と同等以上であることを前提として、さらに長期保管後のりんの溶出量が少ない方向性電磁鋼板を提供すること」であると認められる。
そして、本件明細書の段落【0027】~【0065】、【0109】~【0125】、【0138】~【0153】の記載によれば、母材鋼板と、絶縁被膜と、を備える方向性電磁鋼板であって、前記絶縁被膜が、クロム化合物を含有せず、りん酸塩を含有し、前記絶縁被膜を核磁気共鳴法により、プロトンの共鳴周波数500MHzの磁場下、マジック角回転55kHz、31P核の化学シフト基準をりん酸二水素アンモニウム(NH4H2PO4)で0.9ppmと設定し、観測中心を0~30ppmの間で設定し、フリップ角90°、待ち時間8秒、積算回数9000回の条件で測定し、得られた31P-NMRスペクトルを16~-90ppmの範囲でガウシアンフィッティングした場合、Q1構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合が、3%超18%以下であり、且つQ1構造の前記割合が、Q3構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合よりも小さいこと、すなわち、本件発明1の特定事項をすべて備えることによって、上記課題を解決できることが理解できる。
したがって、本件発明1、2は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であって、出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
よって、本件発明1、2について、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものである。
イ 申立人は、特許異議申立書の第19~21ページにおいて、本件発明1の「Q1構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合が3%超18%以下」であることを実現するためには、本件明細書の記載によれば、アルカリ金属元素を絶縁被膜処理液に対して0.20~0.30mol/kg含有させる手段、及び絶縁被膜処理液のpHを1.7以上2.1以下とする手段が必要であるところ、本件発明1は、これらの手段を発明特定事項としていないから、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求するものである旨を主張する。
しかしながら、本件明細書に、絶縁被膜処理液におけるアルカリ金属元素の含有量及びpH条件が記載されているとしても、これらは、上記Q1構造のピーク面積の全ピーク面積に対する割合を有する絶縁被膜を得るための好ましい調整手段として説明されているものであり、本件発明の課題解決手段として請求項に規定すべき事項として記載されているものとはいえない。
したがって、本件発明1が、絶縁被膜処理液におけるアルカリ金属元素の含有量及びpH条件を発明特定事項としていないことをもって、本件発明1が発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものとはいえない。
また、本件発明2は、本件特許の請求項1の記載を引用するものであり、本件発明1の発明特定事項をすべて備えるものであるから、本件発明1について述べたのと同様の理由により、本件発明2についても、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものとはいえない。
よって、申立人の上記主張は採用できない。
(2)申立理由2(サポート要件)のまとめ
以上のとおり、本件発明1、2について、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものである。
したがって、申立理由2(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1、2に係る特許を取り消すことはできない。
第5 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては、本件特許の請求項1、2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1、2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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