特許異議申立
2024-700778
電気・電子機器用部品
- 審判番号
- 2024-700778
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-097957
- 登録番号
- 7434066
- 請求日
- 2024年08月19日
- 審決日
- 2025年04月16日
- 公報発行日
- 2025年08月29日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】古河電気工業株式会社
- 【権利者代理人】来間 清志
- 【権利者代理人】齋藤 拓也
- 【異議申立人】佐藤 惠一
- 審判長/審判官
- 審判長 鈴木 貴雄
- 審判官 田々井 正吾
- 審判官 大山 健
- 分類
- P1651.113-YAA(B23K) / P1651.121-YAA(B23K) / P1651.536-YAA(B23K) / P1651.537-YAA(B23K)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第120条の5第4項、特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7434066号発明「電気・電子機器用部品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7434066号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~5〕について訂正することを認める。
特許第7434066号の請求項1~5に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7434066号(以下「本件特許」という。)の請求項1~5に係る特許についての出願は、令和2年6月4日の出願であって、同6年2月9日にその特許権の設定登録がされ、同月20日に特許掲載公報が発行された。その後、本件特許について、令和6年8月19日に特許異議申立人 佐藤 惠一(以下「申立人」という。)により、全請求項(請求項1~5)に係る特許に対して特許異議の申立て(以下「申立書」という。)がされ、当審は、同年10月16日付けで取消理由を通知した。その後、令和6年11月26日に合議体は、特許権者 古河電気工業株式会社(以下「特許権者」という。)と面接審理を行い、特許権者は、同年12月17日に意見書(以下「特許権者意見書」という。)及び訂正請求書(以下、この訂正請求書により請求された訂正を「本件訂正」という。)を提出し、令和7年2月7日に上記訂正請求書を補正の対象とする手続補正書(方式)を提出した。また、申立人は令和7年3月21日に意見書(以下「申立人意見書」という。)を提出した。
第2 訂正の適否についての判断
1 請求の趣旨
本件訂正請求の趣旨は、本件特許の明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、本件訂正後の請求項1~5について訂正することを求めるものである。
2 一群の請求項について
本件訂正前の請求項1~5について、請求項2~5は、請求項1を直接又は間接的に引用しているものであって、本件訂正によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
したがって、本件訂正前の請求項1~5に対応する本件訂正後の請求項〔1~5〕は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
3 独立特許要件
本件特許異議の申立てにおいては、本件訂正前の全ての請求項1~5について特許異議の申立てがされているので、本件訂正に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。
4 本件訂正の内容
本件訂正の内容は、以下のとおりである(なお、下線部は訂正事項について特許権者が付したものである。4については同様。)。
[請求項1~5に係る訂正]
(1)訂正事項1
請求項1に「90質量%以上のCuを含有する複数の板材で構成され、」と記載されているのを、
「90質量%以上のCuを含有する複数の板材(ただし、Snめっき層を有する板材を除く)で構成され、」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2~5も同様に訂正する。)。
(2)訂正事項2
請求項1に「前記複数の板材同士を、互いに突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で線状または点状に接合して一体化する溶接部を有し、」と記載されているのを、
「前記複数の板材同士を、互いに突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で線状に接合して一体化する溶接部を有し、」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2~5も同様に訂正する。)。
(3)訂正事項3
請求項1に「それぞれ前記溶接部のビッカース硬さHV1及び前記非溶接部のビッカース硬さHV2としたときに、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2が75以上であり、かつ、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2と、前記溶接部でのビッカース硬さHV1との差を、ビッカース硬さHV1およびHV2を測定した位置間の直線距離X(μm)で除したときの数値((HV2-HV1)/X)が、0.2/μm以下である」と記載されているのを、
「それぞれ前記溶接部のビッカース硬さHV1及び前記非溶接部のビッカース硬さHV2としたときに、前記溶接部でのビッカース硬さHV1は、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2よりも小さく、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2が75以上であり、かつ、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2と、前記溶接部でのビッカース硬さHV1との差を、ビッカース硬さHV1およびHV2を測定した位置間の直線距離X(μm)で除したときの数値((HV2-HV1)/X)が、0.2/μm以下である」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2~5も同様に訂正する。)。
[明細書に係る訂正]
(4)訂正事項4
明細書の段落【0055】に
「(硬さ、距離、硬さ傾斜率)
硬さはビッカース硬度計(型番:HM-215、メーカー:株式会社ミツトヨ)で、JIS Z2244(2009)に規定の方法に準拠して測定した。このとき、溶接幅の中心に圧子を移動させ、正四角錐ダイヤモンドで作られた圧子を材料表面に押し込んでいる。その時の、荷重(試験力)は100gfであり、圧痕の対角線長さが0.03mmを超えない範囲で選択して試験した。なお、圧子の圧下時間(押し込み時間)は15secである。その後、圧子をCu板材の溶接幅の中心から、溶接半幅の1.5倍の距離を移動させて、再度、硬さを測定した。このときに、移動距離と硬さを記録している。これによって、硬さと移動距離と硬さ傾斜率を求めた。
また、同じ組成の板材を用いている場合は、測定箇所の2点を測定し、その平均値を求めた。異なる組成の板材を用いている場合は2点を測定し、それぞれの硬さと硬さ傾斜率を求めた。また、曲が戻し試験は片側それぞれでクラックが入るか評価した。
また、重ね合わせ状態で接合した場合は、レーザ照射表面側の材料について、溶接部の中心から、近い端部と反対側の非溶接部を測定して、硬さの評価を行った。」
と記載されているのを、
「(硬さ、距離、硬さ傾斜率)
硬さはビッカース硬度計(型番:HM-215、メーカー:株式会社ミツトヨ)で、JIS Z2244(2009)に規定の方法に準拠して測定した。このとき、溶接幅の中心に圧子を移動させ、正四角錐ダイヤモンドで作られた圧子を材料表面に押し込んでいる。「その時の、荷重(試験力)は、圧痕の対角線長さが0.03mmを超えない範囲で選択して試験した。なお、圧子の圧下時間(押し込み時間)は15secである。その後、圧子をCu板材の溶接幅の中心から、溶接半幅の1.5倍の距離を移動させて、再度、硬さを測定した。このときに、移動距離と硬さを記録している。これによって、硬さと移動距離と硬さ傾斜率を求めた。
また、同じ組成の板材を用いている場合は、測定箇所の2点を測定し、その平均値を求めた。異なる組成の板材を用いている場合は2点を測定し、それぞれの硬さと硬さ傾斜率を求めた。また、曲が戻し試験は片側それぞれでクラックが入るか評価した。
また、重ね合わせ状態で接合した場合は、レーザ照射表面側の材料について、溶接部の中心から、近い端部と反対側の非溶接部を測定して、硬さの評価を行った。」に訂正する。
5 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
[一群の請求項〔1~5〕に係る訂正]
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的について
訂正事項1は、本件訂正後の請求項1に係る「90質量%以上のCuを含有する複数の板材」について、「Snめっき層を有する板材」を除外して限定する訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
上記アのとおり、訂正事項1は、本件訂正前の「90質量%以上のCuを含有する複数の板材」から「Snめっき層を有する板材」を除く訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。
ウ 願書に添付した明細書、特許請求範囲又は図面(以下「本件明細書等」という。)に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記アのとおり、訂正事項1は、本件訂正後の請求項1に係る「90質量%以上のCuを含有する複数の板材」について、「Snめっき層を有する板材」を除外するものであり、請求項1に係る発明が引用発明と重なるために新規性等が否定されるおそれがある場合に、その重なりのみを除くものであるから、新たな技術的事項を導入するものではない。
したがって、訂正事項1は、本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合する。
(2)訂正事項2
ア 訂正の目的について
訂正事項2は、本件訂正前の「線状または点状に接合」を「線状に接合」に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
上記アのとおり、訂正事項2は、本件訂正前の「線状または点状に接合」を「線状に接合」に限定するものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。
ウ 本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記アのとおり、訂正事項2は、本件訂正前の「線状または点状に接合」を「線状に接合」に限定するものであるから、本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合する。
(3)訂正事項3
ア 訂正の目的について
訂正事項3は、本件訂正前の「溶接部のビッカース硬さHV1」及び「非溶接部のビッカース硬さHV2」について、「前記溶接部でのビッカース硬さHV1は、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2よりも小さく、」との条件を付加して限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
上記アのとおり、訂正事項3は、本件訂正前の「溶接部のビッカース硬さHV1」及び「非溶接部のビッカース硬さHV2」についての条件を付加して限定するものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。
ウ 本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であること
本件明細書等の段落【0003】に「これら溶接で接合される場合、溶接部は、高温に加熱されることにより一度融解させた後に再凝固させることによって形成されるため、板材を焼きなましをした場合と同様、軟質化して、板材自体の強度よりも軟質化して強度が低くなるという問題がある。」、段落【0023】に「これは、硬さの高い硬質部分と硬さの低い軟質部分が混在する板材・・・」との記載があり、本件明細書等の実施例1~28、31(例えば、段落【0058】の【表1】における「実施例1」において、「HV1」は「89」であり、「HV2」は「127」である。なお、実施例29~30については、本件明細書等には明記されていないが、特許権者意見書に添付された表6を参照。)には、HV1がHV2よりも小さい数値が記載されている。
したがって、訂正事項3は、本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合する。
[明細書に係る訂正]
(4)訂正事項4
ア 訂正の目的
訂正事項4について、本件明細書等の訂正前の段落【0055】には、
「(硬さ、距離、硬さ傾斜率)
硬さはビッカース硬度計(型番:HM-215、メーカー:株式会社ミツトヨ)で、JIS Z2244(2009)に規定の方法に準拠して測定した。このとき、溶接幅の中心に圧子を移動させ、正四角錐ダイヤモンドで作られた圧子を材料表面に押し込んでいる。その時の、荷重(試験力)は100gfであり、圧痕の対角線長さが0.03mmを超えない範囲で選択して試験した。なお、圧子の圧下時間(押し込み時間)は15secである。その後、圧子をCu板材の溶接幅の中心から、溶接幅の1.5倍の距離を移動させて、再度、硬さを測定した。このときに、移動距離と硬さを記録している。これによって、硬さと移動距離と硬さ傾斜率を求めた。・・・」と記載されている。
また、上記段落【0055】に関連して、本件明細書等の段落【0020】には、
「(ビッカース硬さ)
ビッカース硬さとは、「JIS Z 2244」で規格化された測定方法である。ビッカース硬さHVは、ダイヤモンドでできた剛体(圧子)を被試験物に対して押し込み、そのときにできるくぼみ(圧痕)の面積の大小で硬いか軟らかいかを数値で表したものである。圧子は、ピラミッドをひっくり返したような四角錐形状を有しているので、圧痕は理想的には正方形である。試験力は可変で、JIS規格では10gf~100kgfまで規定されている。」と記載されているとともに、
「JIS Z2244(2009)」(下記甲第7号証を参照。)には、マイクロビッカース硬さ試験における試験力(F)について、「0.09807N(略10gf)≦F≦l.961N(略200gf)」の範囲で行うことなどが示されている(「表1-試験力の範囲」)。
そして、本件明細書等の段落【0055】に「荷重(試験力)は100gfであり、圧痕の対角線長さが0.03mmを超えない範囲で選択して試験した」と記載されている実施例5について、特許権者意見書に添付の乙第1号証である参考資料1は、試験力100gf又は50gfとした場合、HV1又はHV2を測定するための圧痕の対角線長さが0.03mmを超える範囲に入ってしまうことを示しており、そうすると、この実施例5において、上記段落【0055】に記載したように「荷重(試験力)は100gfであり、圧痕の対角線長さが0.03mmを超えない範囲で選択して試験」することは不可能というしかないから、当該記載は誤記を含んでいることは明らかである。
さらに、上記参考資料1によれば、当該実施例5の測定データは、20gfの試験力を選択して実施して得られたものであるところ、上記段落【0020】及び「JIS Z2244(2009)」(甲第7号証)から理解できるように、ビッカース硬さ試験における試験力は試験する材料の硬さに応じて可変であることは技術常識である。
そうすると、本件訂正前の段落【0055】の「その時の、荷重(試験力)は100gfであり、圧痕の対角線長さが0.03mmを超えない範囲で選択して試験した。」との記載を、「その時の、荷重(試験力)は、圧痕の対角線長さが0.03mmを超えない範囲で選択して試験した。」と訂正することは、特許法第120条の5第2項ただし書第2号に規定する誤記の訂正を目的とするものである。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
上記アのとおり、訂正事項4は、本件明細書等の段落【0055】における、ビッカース硬さの試験方法に関する記載を訂正するものであるところ、請求項1~5は「電気・電子機器用部品」という物の発明であり、方法の発明ではないから、訂正事項4は、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。
ウ 願書に最初に添付した明細書、特許請求範囲又は図面(以下「本件当初明細書等」という。)に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記アのとおり、訂正事項4は、本件訂正前の段落【0055】における、ビッカース硬さの試験方法についての誤記を訂正するものであり、上記アのとおり、ビッカース硬さ試験における試験力は、100gfに限定されず、試験する材料の硬さに応じて可変であることが技術常識であるといえるから、訂正事項4は、本件当初明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合する。
エ 明細書の訂正と関係する請求項についての説明
訂正事項4に係る明細書の段落【0055】には、請求項1の「ビッカース硬さ」に係る、試験方法が記載されている。
したがって、訂正事項4は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第4項の明細書の訂正に係る、請求項1を含む一群の請求項である請求項〔1~5〕の、全ての請求項について訂正するものである(令和7年2月7日提出の手続補正書(方式)により追加された説明を参照。)。
6 小括
以上のとおりであるから、本件訂正の訂正事項1~4は、いずれも特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は第2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」又は「誤記の訂正」を目的とするものであり、また、同条第9項で準用する同法第126条第5~6項の規定に適合する。
したがって、本件特許の明細書及び特許請求の範囲を、本件訂正請求に係る訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~5〕について訂正することを認める。
第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正は認められたから、本件特許の請求項1~5に係る発明(以下、請求項1~5に係る発明を、それぞれ「本件発明1」などという。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1~5に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
90質量%以上のCuを含有する複数の板材(ただし、Snめっき層を有する板材を除く)で構成され、
前記複数の板材同士を、互いに突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で線状に接合して一体化する溶接部を有し、
前記溶接部を横断する方向に、一体化した前記複数の板材を切断したときの断面で見て、前記溶接部と、前記溶接部に隣接して位置する非溶接部とにおいて、
板材表面の溶接痕の幅を溶接幅として、その溶接幅の中央と、
前記溶接部の中心から溶接幅の幅方向に沿って溶接半幅の1.5倍の距離とで、
前記溶接幅が板厚よりも大きい場合前記板材の板厚方向に対して板厚の1/2の位置、または、前記溶接幅が板厚よりも小さい場合前記板材の板厚方向に対して溶接幅の1/2の位置において測定されるビッカース硬さHVをそれぞれ前記溶接部のビッカース硬さHV1及び前記非溶接部のビッカース硬さHV2としたときに、前記溶接部でのビッカース硬さHV1は、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2よりも小さく、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2が75以上であり、かつ、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2と、前記溶接部でのビッカース硬さHV1との差を、ビッカース硬さHV1およびHV2を測定した位置間の直線距離X(μm)で除したときの数値((HV2-HV1)/X)が、0.2/μm以下である、
ことを特徴とする電気・電子機器用部品。
【請求項2】
前記板材が、Ag、Fe、Ni、Co、Si、Cr、Sn、Zn、MgおよびPからなる群より選択される1種以上の元素を含み、かつ、
前記非溶接部でのビッカース硬さHV2が75~240の範囲である、請求項1に記載の電気・電子機器用部品。
【請求項3】
前記板材が、99.96質量%以上のCuおよび不可避不純物であり、かつ、
前記非溶接部でのビッカース硬さHV2が75~120の範囲である、請求項1に記載の電気・電子機器用部品。
【請求項4】
前記電気・電子機器用部品がベーパーチャンバである、請求項1~3のいずれか1項に記載の電気・電子機器用部品。
【請求項5】
前記電気・電子機器用部品がバスバーである、請求項1~3のいずれか1項に記載の電気・電子機器用部品。」
第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
本件特許に対して、当審が令和6年10月16日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
取消理由1
(新規性)本件の請求項1~3又は請求項1、2に係る発明は、本件特許の出願日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(下記甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明)であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、本件の請求項1~3又は請求項1、2に係る特許は、同法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
取消理由2
(進歩性)本件の請求項2、4、5又は請求項2~5に係る発明は、本件特許の出願日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(下記甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明、及び甲第3号証~甲第5号証に記載の技術的事項)に基いて、本件特許の出願日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が容易に発明をすることができたものであるから、請求項2、4、5又は請求項2~5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
取消理由3
(サポート要件)本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
取消理由4
(実施可能要件)本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
2 証拠方法
取消理由に関連して、申立人が提出した証拠方法は以下のとおりである。
甲第1号証:特開平8-218137号公報
甲第2号証:特表2020-506808号公報
甲第3号証:特開2019-207076号公報
甲第4号証:特開2018-168470号公報
甲第5号証:特開平10-334961号公報
甲第6号証:特開2021-186865号公報
甲第7号証:JIS Z2244:2009 ビッカース硬さ試験-試験方法
(以下、それぞれ「甲1」などという。なお、甲6は取消理由3についての証拠であり、甲7は「JIS Z2244:2009」についての証拠である。)
第5 取消理由1(新規性)、取消理由2(進歩性)についての検討
1 本件発明1について
(1)甲1
ア 甲1の記載(下線部は、当審で付した。以下同様。)
甲1には、次の事項が記載されている。
「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、半導体素子、集積回路ならびに端子およびコネクタ用の電気・電子部品などに使用されている銅系部材において、そのレーザー溶接性を向上させた銅または銅合金部材に関する。
【0002】
【従来の技術】従来、銅または銅合金は導電性および熱伝導性に優れていることから電気・電子部品材料として広く使用されている。一般的に電気・電子部品の組み立て工程においては、従来は半田を使用する接合法が主であったが、最近ではレーザーを用いた溶接法も導入されている。レーザーはエネルギー密度が高いという特徴から、より高性能および高速度の溶接が可能である。」
「【0005】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら前記公知の方法では作業工程が増えることによるコストアップが避けられず、熱処理により素材自体が軟化してしまって、特に強度を必要とする電気・電子部品材料には適用できないという問題点がある。本発明は前記した従来技術における問題点を解消し、銅または銅合金の電気・電子部品材料としての特性を劣化させることなく、レーザー溶接性に優れた銅または銅合金部材を提供することを目的としている。
【0006】
【課題を解決するための手段】上記目的を達成するため、本発明者等は鋭意研究を重ねた結果、電気・電子部品材料用銅または銅合金の表面に薄いSnめっき皮膜を形成することがレーザー溶接性向上に効果的であることを知見し、本発明を完成するに至った。前記知見に基づいてなされた本発明は、銅または銅合金からなる銅系部材本体の表面に、厚さが0.05~5.00μmのSnめっき層を有することを特徴とするレーザー溶接性に優れた銅または銅合金部材を要旨としている。」
「【0012】
【実施例】本発明の実施例を説明するが、これによって本発明はなんら限定されるものではない。
実施例
図1に示すように、銅系部材本体1として板厚0.64mmのJIS C 1020無酸素銅板を用意し、この本体1の表面および裏面に各々1.2μm厚さのSnめっき2を形成した。そして一方の銅系部材の表面と他方の銅系部材の裏面とを一部重ね合わせ、この部分にレーザービーム3を照射した。使用したレーザー装置と試験条件は次のとおりである。
1)レーザー装置
パルスYAGレーザー(JK704)
パルス幅:0.3~20ms
平均出力:400W
2)試験条件
パルス幅 :5ms
出力エネルギー:55J/pulse
供試材寸法 :0.64mmt×10mmw×50mmL
【0013】この条件で溶接した結果(溶接外観部および溶接断面部)を図2および図3に示した。比較例として、裸材とNiめっき材を選定し、同時に供試した。これらの結果から、本発明部材はエグレおよびスパッタが抑えられており、溶接部内部にブローホールおよびクラックは認められず、良好な溶接性を有することが示されている。しかるに比較の裸材については、図2にみられるようにエグレ4およびスパッタ5が発生し、図3から溶接部内部にはブローホール6が認められる。また、Niめっき材についても同様のエグレおよびスパッタが認められる。
【0014】次に、溶接部の機械的特性を評価するため溶接断面部の硬さ分布を測定した。その結果を図4~6に示した。本発明部材の溶接接合部の硬さは図4に示されたように、
○1 母材硬さHv85に対して、Hv70以上を維持している。
○2 局部的な硬さ劣化は認められない(偏析がない)。
○3 HAZが小さい。
というものであり、良好な機械的特性を有している。
【0015】これに対し、比較のために表面にめっきを施していない裸材については、図5に示されたようにその溶接接合部は、
○1 Hv50にまで硬さの劣化が認められる。
○2 HAZは本発明部材に比べて大きい。
という結果が示され、機械的特性の劣化が認められる。
【0016】一方、表面にNiめっきを施している比較材については図6に示されたようにその溶接接合部は、
○1 Niが偏析しているため、局部的に硬さの劣化が認められる。
○2 HAZは本発明部材に比べて大きい。
という結果が示され、機械的特性の劣化が認められる。」(当審注:「○1」等は「1」等を丸囲みしたもの。)
「【図1】
[図:0001425749000001.jpg]
」
「【図2】
[図:0001425749000002.jpg]
」
「【図4】
[図:0001425749000003.jpg]
」
イ 甲1から理解できる事項
(ア)段落【0012】、【0013】及び図2から、レーザービーム3による溶接部は、銅系部材本体1として板厚0.64mmの無酸素銅板の表裏面に各々1.2μm厚さのSnめっき2を形成した複数の銅系部材同士を、互いに重ね合わせた状態で点状に接合して一体化するものであることが理解できる。また、銅系部材の寸法は、「0.64mmt×10mmw×50mmL」であるから、各銅系部材は板状であることがわかる。そして、段落【0001】、【0002】から、当該銅系部材は、レーザー溶接により組み立てられる端子及びコネクタ用の電気・電子部品等に使用されるといえる。
(イ)段落【0014】及び図4から、溶接部の幅が約1.0mmであることが看取され、溶接部の幅は銅系部材の板厚0.64mmよりも大きいことが理解でき、また、
A 溶接部を横断する方向に、一体化した複数の銅系部材を切断したときの断面で見て、上の銅系部材における、銅系部材の板厚の略1/2の測定位置(図4の「測定位置」における「○」を付した矢印を参照。)において、
B 溶接部の溶接幅の中央におけるビッカース硬さ(以下「hv1」という。)は略71であり、
C 溶接部の中心から溶接幅の幅方向に沿って溶接半幅の1.5倍の距離におけるビッカース硬さ(以下「hv2」という。)は略82であり、
D hv1及びhv2を測定した位置間の直線距離(以下「X」という。)は略750μmであり、
E ((hv2-hv1)/X)が、略0.015/μmであること
が、それぞれ理解できる。
上記認定に関して、便宜のため、申立人が申立書43ページに貼付した甲1の図4を示す。
「
[図:0001425749000004.jpg]
」
ウ 甲1発明
上記ア~イから、甲1には、以下の発明(以下「甲1発明」という。)が開示されていると認められる。
<甲1発明>
「銅系部材本体1として板厚0.64mmの無酸素銅板の表裏面に各々1.2μm厚さのSnめっき2を形成した複数の板状の銅系部材で構成され、
前記複数の銅系部材同士を、互いに重ね合わせた状態で点状に接合して一体化する、その幅が約1.0mmである溶接部を有し、
前記溶接部を横断する方向に、一体化した前記複数の銅系部材を切断したときの断面で見て、上の銅系部材における、銅系部材の板厚の略1/2の測定位置において、
前記溶接部の溶接幅の中央におけるビッカース硬さhv1は略71であり、
前記溶接部の中心から溶接幅の幅方向に沿って溶接半幅の1.5倍の距離におけるビッカース硬さhv2は略82であり、
hv1及びhv2を測定した位置間の直線距離Xは略750μmであり、
((hv2-hv1)/X)が、略0.015/μmである
電気・電子部品。」
(2)甲2
ア 甲2の記載
甲2には、次の事項が記載されている。
「【0002】
本発明は、材料のレーザー加工に関しており、より詳細には約350nmから約500nm及びそれより大きい波長を有するレーザービームを使用して銅材料をレーザー接合することに関する。」
「【0005】
現下の赤外線レーザーの方法及びシステムを用いた銅のレーザー溶接は、高い反射率、高い熱伝導率、低い蒸発点、及び高い熱容量のせいで難しく、課題を抱えている。IRレーザーを用いて銅を溶接するために、IRレーザーを緑色レーザーと組み合わせること、溶融池内のスポットを揺動すること、真空中で動作させること、及びレーザーを高い周波数で変調すること、に及ぶ数々の方法が試行されてきた。これらの手法は一部の銅溶接用途で現在使用されているが、それらは、狭い加工ウインドー、無制御なスパッター、及び溶接部の予測不能な変動性を有する傾向があり、概して、望ましい又は最適といえるほどではないことが判明している。より困難な銅溶接プロセスの1つは、どうやって銅箔の積層体を互いへ及びより厚肉のバスバーへ溶接するかということである。目下のところ、これは、IRレーザーを用いた場合、信頼性高く行われることも製造者らによって必要とされている溶接品質を現出させるやり方で行われることも無理である。そこで、製造者らは、これらの箔を一体に結着させるのに超音波溶接方法に頼っている。これらの超音波方法もまた最適といえるほどではなく、問題を孕んでいる。例えば、超音波溶接方法の場合、作製中にソノトロードが摩耗し、結果的に不完全な溶接部からデブリが残留した溶接部にまで及ぶプロセス変動を生じさせかねない。これらの不備は、製造歩留まり、バッテリの内部抵抗、結果として得られるバッテリのエネルギー密度、そして多くの場合バッテリの信頼度を、制限する。
【0006】
「銅系材料」という用語は、別途明示的に提示されていない限り、それの可能な限り最も広範な意味を与えられるべきであり、銅、銅材料、銅金属、銅で電気めっきされている材料、少なくとも約10重量%から100重量%の銅を含有する金属材料、少なくとも約10重量%から100重量%の銅を含有する金属及び合金、少なくとも約20重量%から100重量%の銅を含有する金属及び合金、少なくとも約10重量%から100重量%の銅を含有する金属及び合金、少なくとも約50重量%から100重量%の銅を含有する金属及び合金、少なくとも約70重量%から100重量%の銅を含有する金属及び合金、及び少なくとも約90重量%から100重量%の銅を含有する金属及び合金、を含むものとする。」
「【0015】
金属の溶接、特に電子構成要素及びバッテリのための銅金属の溶接では、より優れた溶接品質、より高速な溶接に加え、より優れた再現性、高い信頼度、高い裕度、及びよりいっそうの堅牢性に対する必要性が長年存在し、増加してきており、未だ成就されていない。これらの必要性の中には、銅を銅へ及び他の金属へ溶接するための改善された方法に対する必要性が含まれ、また銅箔の積層体同士を溶接すること及びこれらの積層体をより厚肉の銅部品又はアルミニウム部品へ溶接することに付きまとう問題の解決に対処する必要性が含まれる。本発明は、中でも特に、ここに教示され開示されている製造物品、装置、及びプロセスを提供することによってこれらの必要性を解決する。」
「【0029】
或る実施形態では、本発明は、高い品質の溶接部、高い溶接速度、及びそれら両方を、バッテリを含む電子構成要素のための銅系材料について提供する。或る実施形態では、本発明は、高い品質の溶接部、高い溶接速度、及びそれら両方を、バッテリを含む自動車用電子構成要素のための銅系材料について提供する。
【0030】
本発明の或る実施形態では、ハイパワー青色レーザー源(例えば~450nm)は、従来の銅溶接技法に係る課題を解決する。青色レーザー源は青色レーザービームを提供していて、この波長において、銅の吸収は~65%であり、全てのパワーレベルでレーザーパワーを材料の中へ効率的に結合することを可能にする。このシステム及び方法は、伝導溶接モード及びキーホール溶接モードを含む多くの溶接技法での安定した溶接をもたらす。このシステム及び方法は、蒸発、スパッター、微小爆発、及びこれらの組合せ及び変形型を最小限にし、低減し、及び望ましくは排除する。」
「【0034】
図7の写真は、厚さ70μmの銅箔上での伝導モード溶接部を示しており、HAZ及び溶接部を通る微細構造を示している。溶接部は、実施例1に説明されているパラメータを使用して形成された。各試料の溶込み深さは、最初に試料を切断し次いで試料をエッチングして溶接部及びHAZ区域の微細構造を露にすることによって判定された。加えて、試料の1つを切断したところ、母材金属に亘るビッカース硬度は133HV-141HVの範囲にあり、溶接ビードは大凡135HVであり、HAZは118HV-132HVの範囲であった。結論は、母材とHAZと溶接ビード例えば再凝固領域の硬度は、元の材料に近似するということである。加えて、伝導モード溶接ビードとHAZと母材について微細構造は非常に似通っており微細構造の差異は軽微である。これらの特性を有する溶接部は、銅ではこれまでレーザー又は何れかの他の手段を用いて溶接されるときには決して観察されなかった。この溶接品質は図7に示されており、試料は、溶接部に対し横断方向に切断され、微細構造を露にするためにエッチングされている。
【0035】
この様に、本発明の実施形態は、以下の溶接部を得るために銅系材料を溶接する方法及び結果として得られる溶接部自体を含む。これらの方法及び溶接部は、溶接部の周りの区域で、材料の硬度(受容され確立されている硬度試験、一例としてビッカース硬度、ASTM試験、など、によって測定される硬度)が以下であるように、即ち、溶接ビード硬度が母材の硬度の範囲内にある、溶接ビード硬度が母材の硬度の1%内にある、溶接ビード硬度(例えば再凝固領域)が母材の硬度の5%内にある、及び溶接ビード硬度が母材の硬度の10%内にあるように、2つ又はそれ以上の銅系材料を一体に溶接することを含むものである。これらの方法及び溶接部は、溶接部の周りの区域で、材料の硬度(受容され確立されている硬度試験、一例としてビッカース硬度、ASTM試験、など、によって測定される硬度)が以下であるように、即ち、HAZ硬度が母材の硬度の範囲内にある、HAZ硬度が母材の硬度の1%内にある、HAZ硬度が母材の硬度の5%内にある、及びHAZ硬度が母材の硬度の10%内にあるように、2つ又はそれ以上の銅系材料を一体に溶接することを含むものである。これらの方法及び溶接部は、溶接部の周りの区域で、母材とビード(例えば再凝固領域)とHAZの微細構造が同一であるように、即ち溶接部の区域の溶接構造の脆弱さ又は溶接部の区域の脆弱さを暗示する又は示すことになる微細構造の判別可能な差異が無いように、2つ又はそれ以上の銅系材料を溶接することを含むものである。」
「【0037】
本発明の或る実施形態は、可視レーザーシステムを使用して銅を銅又は他の材料に溶接するための方法、装置、及びシステムであって、銅材料への高効率熱移動レート;安定した溶融池;及びこれらの恩恵を特に伝導モード溶接でもキーホールモードの溶接でも有すること、を含む便益を実現するように溶接するための方法、装置、及びシステムに関する。・・・」
「【0040】
・・・。銅については約0.1mm/秒から約10mm/秒の溶接速度、及び様々な条件に依存してより遅い速度及びより速い速度が考えられ、全ての速度はこれらの範囲内とする。速度は、被溶接材料の厚さに依存し、したがって単位厚さ当たりの速度即ちmm/秒/mm厚さは、例えば、厚さ10μmから1mmの銅に対して0.1/秒から1000/秒とすることができる。」
「【0047】
レーザービームによって熱移動が部品内に誘導されている間中、被溶接材料を所定位置に保持するのに溶接固定具が使用される。溶接クランプの直線状区分の或る実施形態の斜視図である図12と断面図である図12Aの固定具は、重ね溶接、突合せ溶接、更には縁溶接にさえ使用できる。・・・」
「【0049】
・・・。この型式のクランプは、50μmから数mmまで厚さが様々に異なる2枚の銅箔又は銅シートを一体に突合せ溶接するための好適な方法である。この固定具は更に、200μmから数mmに及ぶ2枚のより厚肉の銅板を一体に重ね溶接するのにも適している。・・・」
「【0071】
本発明の諸実施形態は、銅、純銅、銅合金、及び、青色レーザー波長望ましくは約400nmから約500nmの青色レーザー波長での約40%から75%の吸収を有するのに十分な量の銅を有しているあらゆる材料、を含むとされる銅材料の溶接に多大な利点を見出すことができる。
【0072】
本レーザーシステム及びプロセスの実施形態を用いて遂行される好適な自生溶接モード及びそれらモードが現出させる自生溶接部は、伝導溶接とキーホール溶接の2つがある。伝導溶接は、低強度(<100kW/cm2)のレーザービームを使用して金属の2つの部片が一体に溶接される場合である。ここで、金属の2つの部片は、互いに突き合せられることもあるし、一辺が重なり合っていることもあれば、完全に重なり合っていることもある。伝導溶接は、キーホール溶接ほど深く溶け込む傾向はなく、概して、突合せ溶接については非常に強固である特徴的な「球」形状の溶接接合部を現出させる。また一方、キーホール溶接は、相対的に高いレーザービーム強度(>500kW/cm2)によって起こり、この溶接は、材料の中へ、また材料が重ね合わされている場合にはたいてい材料の複数の層を貫いて、深く溶け込むことができる。・・・」
「【0078】
実施例1のシステムを使用し、最初の試験結果は、150ワットのパワーレベルで銅表面に高品質伝導モード溶接部を作製した。・・・図1は伝導モード溶接部についてのシェブロンパターンを示しており、この溶接部固有の特徴は、溶接プロセス中のスパッターが無いこと、微細構造が母材に似ていること、及び溶接部の硬度が母材と同様であること、を含む。・・・」
「【図7】
[図:0001425749000005.jpg]
」
イ 甲2から理解できる事項
(ア)段落【0029】、【0034】、【0035】等の記載から、自動車用電子構成要素が、銅箔で構成され、前記銅箔を、互いに突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で接合して一体化する溶接ビードを有し、HAZ(当審注:熱影響部(Heat affected zone))及び母材のビッカース硬さは略130であり、かつ、溶接ビードのビッカース硬さと、HAZ及び母材のビッカース硬さは近似することが理解できる。また、段落【0034】及び図7から、溶接ビードを横断する方向に、一体化した銅箔を切断したときの断面で見て、溶接ビードに隣接してHAZ及び母材が位置していることが理解できる。
(イ)上記(ア)の「銅箔」は、段落【0006】、【0071】等の記載に鑑みれば、少なくとも約90重量%から100重量%の銅を含有する金属及び合金を含み、純銅板又は銅合金板の積層体であってもよいことが理解できる。
(ウ)段落【0047】、【0049】、【0072】等の記載に鑑みれば、純銅板又は銅合金板の積層体を突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で溶接を行って溶接部が、形成されるものであるといえる。
(エ)段落【0040】の「銅については約0.1mm/秒から約10mm/秒の溶接速度」との記載等から、溶接により形成される溶接ビードは「線状」であることが理解できる。
ウ 甲2発明
上記ア~イから、甲2には、以下の発明(以下「甲2発明」という。)が開示されていると認められる。
<甲2発明>
「銅箔で構成され、
前記銅箔を、互いに突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で線状に接合して一体化する溶接ビードを有し、
前記溶接ビードを横断する方向に、一体化した前記銅箔を切断したときの断面で見て、前記溶接ビードと、前記溶接ビードに隣接して位置するHAZ及び母材とにおいて、
前記HAZ及び母材のビッカース硬さは略130であり、かつ、前記溶接ビードのビッカース硬さと、前記HAZ及び母材のビッカース硬さは近似する、
自動車用電子構成要素。」
(3)甲1発明を主引用例とした場合の対比・判断
ア 甲1発明との対比
甲1発明を、本件発明1と対比する。
(ア)甲1発明の「銅系部材本体1としての板厚0.64mmの無酸素銅板の表裏面に各々1.2μm厚さのSnめっき2を形成した複数の板状の銅系部材」は、銅系部材本体1としての無酸素銅が純銅であり、銅系部材本体1の板厚0.64mm(640μm)に対して、Snめっき2の厚さ1.2μm(表裏で2.4μm)であるから、銅と錫の比重を併せて鑑みれば、本件発明1の「90質量%以上のCuを含有する複数の板材(ただし、Snめっき層を有する板材を除く)」と、「90質量%以上のCuを含有する複数の板材」である点では共通する。
(イ)甲1発明の「重ね合わせた状態」は、「突き合わせた状態又は重ね合わせた状態」に包含されるから、本件発明1の「突き合わせた状態又は重ね合わせた状態」に相当する。
(ウ)甲1発明における「溶接部の溶接幅の中央におけるビッカース硬さhv1」及び「溶接部の中心から溶接幅の幅方向に沿って溶接半幅の1.5倍の距離におけるビッカース硬さhv2」は、それぞれの測定位置に鑑みれば(なお、甲1発明においては、溶接部の幅(約1.0mm)は銅系部材の板厚(0.64mm)よりも大きい)、実質的に、本件発明1における「溶接部のビッカース硬さHV1」及び「非溶接部のビッカース硬さHV2」に相当する。
そして、甲1発明における「ビッカース硬さhv2は略82」であることは、「略82」の値が「75以上」であるから、本件発明1における「ビッカース硬さHV2が75以上」であることに相当する。そして、甲1発明において、「ビッカース硬さhv1は略71」であり「ビッカース硬さhv2は略82」であることは、本件発明1における「前記溶接部でのビッカース硬さHV1は、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2よりも小さ」いことに相当する。
(エ)甲1発明における「hv1及びhv2を測定した位置間の直線距離Xは略750μmであり、((hv2-hv1)/X)が、略0.015/μmである」ことは、上記(ウ)で示したとおり、甲1発明の「hv1」及び「hv2」が本件発明1の「HV1」及び「HV2」に相当し、「略0.015」は「0.2以下」であることから、本件発明1の「前記非溶接部でのビッカース硬さHV2と、前記溶接部でのビッカース硬さHV1との差を、ビッカース硬さHV1およびHV2を測定した位置間の直線距離X(μm)で除したときの数値((HV2-HV1)/X)が、0.2/μm以下である」ことに相当する。
(オ)上記(ウ)及び(エ)を考え合わせれば、
甲1発明における、
「前記溶接部を横断する方向に、一体化した前記複数の銅系部材を切断したときの断面で見て、上の銅系部材における、銅系部材の板厚の略1/2の測定位置において、
前記溶接部の溶接幅の中央におけるビッカース硬さhv1は略71であり、
前記溶接部の中心から溶接幅の幅方向に沿って溶接半幅の1.5倍の距離におけるビッカース硬さhv2は略82であり、
hv1及びhv2を測定した位置間の直線距離Xは略750μmであり、
((hv2-hv1)/X)が、略0.015/μmである」ことは、
本件発明1における、
「前記溶接部を横断する方向に、一体化した前記複数の板材を切断したときの断面で見て、前記溶接部と、前記溶接部に隣接して位置する非溶接部とにおいて、
板材表面の溶接痕の幅を溶接幅として、その溶接幅の中央と、
前記溶接部の中心から溶接幅の幅方向に沿って溶接半幅の1.5倍の距離とで、
前記溶接幅が板厚よりも大きい場合前記板材の板厚方向に対して板厚の1/2の位置、または、前記溶接幅が板厚よりも小さい場合前記板材の板厚方向に対して溶接幅の1/2の位置において測定されるビッカース硬さHVをそれぞれ前記溶接部のビッカース硬さHV1及び前記非溶接部のビッカース硬さHV2としたときに、前記溶接部でのビッカース硬さHV1は、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2よりも小さく、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2が75以上であり、かつ、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2と、前記溶接部でのビッカース硬さHV1との差を、ビッカース硬さHV1およびHV2を測定した位置間の直線距離X(μm)で除したときの数値((HV2-HV1)/X)が、0.2/μm以下である」ことに相当する。
(カ)甲1発明の「電気・電子部品」は、本件発明1の「電気・電子機器用部品」に相当する。
イ 甲1発明との一致点、相違点
上記アから、本件発明1と甲1発明とは、以下の点で一致し、以下の点で相違する。
<一致点>
「90質量%以上のCuを含有する複数の板材で構成され、
前記複数の板材同士を、互いに突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で接合して一体化する溶接部を有し、
前記溶接部を横断する方向に、一体化した前記複数の板材を切断したときの断面で見て、前記溶接部と、前記溶接部に隣接して位置する非溶接部とにおいて、
板材表面の溶接痕の幅を溶接幅として、その溶接幅の中央と、
前記溶接部の中心から溶接幅の幅方向に沿って溶接半幅の1.5倍の距離とで、
前記溶接幅が板厚よりも大きい場合前記板材の板厚方向に対して板厚の1/2の位置、または、前記溶接幅が板厚よりも小さい場合前記板材の板厚方向に対して溶接幅の1/2の位置において測定されるビッカース硬さHVをそれぞれ前記溶接部のビッカース硬さHV1及び前記非溶接部のビッカース硬さHV2としたときに、前記溶接部でのビッカース硬さHV1は、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2よりも小さく、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2が75以上であり、かつ、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2と、前記溶接部でのビッカース硬さHV1との差を、ビッカース硬さHV1およびHV2を測定した位置間の直線距離X(μm)で除したときの数値((HV2-HV1)/X)が、0.2/μm以下である、
電気・電子機器用部品。」
<相違点1>
90質量%以上のCuを含有する複数の板材が、本件発明1は、「(ただし、Snめっき層を有する板材を除く)」ものであるのに対し、甲1発明は、銅系部材本体1として板厚0.64mmの無酸素銅板の表裏面に各々1.2μm厚さのSnめっき2を形成したものである点。
<相違点2>
複数の板材同士を、互いに突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で接合して一体化する溶接部が、本件発明1は、「線状に」接合するものであるのに対し、甲1発明は、「点状に」接合するものである点。
ウ 甲1発明との対比についての判断
(ア)取消理由1(新規性)について
上記イのとおり、本件発明1と、甲1発明とは、相違点1、2で相違するから、本件発明1が甲1発明であるとはいえない。
(イ)取消理由2(進歩性)について
相違点1について検討する。
甲1発明は、互いに突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で溶接して一体化される「複数の板材」が、銅系部材本体1として板厚0.64mmの無酸素銅板の表裏面に各々1.2μm厚さのSnめっき2を形成した複数の板状の銅系部材であるところ、当該甲1発明は、甲1の段落【0005】に記載の、従来の方法では作業工程が増えることによるコストアップが避けられず、熱処理により素材自体が軟化してしまって、特に強度を必要とする電気・電子部品材料には適用できない旨の課題を解決するために、段落【0006】に記載の「上記目的を達成するため、本発明者等は鋭意研究を重ねた結果、電気・電子部品材料用銅または銅合金の表面に薄いSnめっき皮膜を形成することがレーザー溶接性向上に効果的であることを知見し、本発明を完成するに至った。」とするものであるから、甲1発明から必須の要件を省いて、当該Snめっき2を除いた無酸素銅板を互いに突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で溶接するように設計変更することには、阻害事由があるというべきである。
また、甲2~甲5を参酌しても、甲1発明から、当該Snめっき2を除いた無酸素銅板を互いに突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で溶接するように設計変更することを動機付けるような記載は見当たらない。
したがって、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明及び甲2~5に記載の技術的事項に基づいて、当業者が容易になし得たものということはできない。
(ウ)甲1に基づく新規性、進歩性についての申立人の意見
申立人は、申立書44~46ページ、申立人意見書2~3ページにおいて、甲1では、比較例として、裸材とNiめっき材とをレーザ溶接した場合の溶接部の硬さの評価を行っているところ、裸材及びNiめっき材のいずれについても、その溶接部・非溶接部の硬さの傾斜率は、「0.2/μm」よりもはるかに小さいものとなっているから、本件発明1は、甲1の比較例に基づいても、新規性及び進歩性を有しない旨を主張している。
しかしながら、本件発明1の「溶接部」は、複数の板材同士を互いに突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で「線状に」接合するものであるところ、甲1の比較例に基づく発明(以下「甲1比較例発明」という。)は「点状に」接合するものであるから、本件発明1と甲1比較例発明とは、少なくとも上記イの相違点2では相違し、本件発明1が甲1比較例発明であるとはいえない。
さらに、甲1には、比較例(裸材、Niめっき材)について、段落【0013】に、
「しかるに比較の裸材については、図2にみられるようにエグレ4およびスパッタ5が発生し、図3から溶接部内部にはブローホール6が認められる。また、Niめっき材についても同様のエグレおよびスパッタが認められる。」、段落【0015】に、
「これに対し、比較のために表面にめっきを施していない裸材については、図5に示されたようにその溶接接合部は、
○1 Hv50にまで硬さの劣化が認められる。
○2 HAZは本発明部材に比べて大きい。
という結果が示され、機械的特性の劣化が認められる。」及び段落【0016】に、「一方、表面にNiめっきを施している比較材については図6に示されたようにその溶接接合部は、
○1 Niが偏析しているため、局部的に硬さの劣化が認められる。
○2 HAZは本発明部材に比べて大きい。
という結果が示され、機械的特性の劣化が認められる。」
と記載されているところ、甲1比較例発明では、エグレ4及びスパッタ5が発生し、機械的特性の劣化が認められるものであるから、甲1の記載から甲1発明でなく、あえてそのような劣化のある甲1比較例発明を選択し、その甲1比較例発明を改変して、本件発明1とすることが容易であるとはいえない。
したがって、申立人の主張は採用できない。
(4)甲2発明を主引用例とした場合の対比・判断
ア 甲2発明との対比
甲2発明を、本件発明1と対比する。
(ア)甲2発明の「銅箔」は、少なくとも約90重量%から100重量%の銅を含有する金属及び合金を含み、純銅板又は銅合金板の積層体であってもよいこと、及びSnめっき層を有さない純銅板の積層体を含むことから、本件発明1の「90質量%以上のCuを含有する複数の板材(ただし、Snめっき層を有する板材を除く)」に相当する。
(イ)甲2発明の「線状」は、本件発明1の「線状」に相当する。
(ウ)甲2発明の「溶接ビード」は、本件発明1の「溶接部」に相当し、同様に、甲2発明の「HAZ及び母材」は、溶接部に隣接するものであるから、本件発明1の「非溶接部」に相当する。
(エ)甲2発明の「自動車用電子構成要素」は、本件発明1の「電気・電子機器用部品」に相当する。
(オ)甲2発明の「前記HAZ及び母材のビッカース硬さは略130」であることは、「略130」との値が「75以上」であるから、本件発明1の「非溶接部でのビッカース硬さHV2が75以上」であることに相当する。
(カ)甲2発明における、
「前記溶接ビードのビッカース硬さと、前記HAZ及び母材のビッカース硬さは近似する」ことは、甲2の段落【0034】、【0035】、【0078】の記載に鑑みれば、溶接ビードとHAZ及び母材の微細構造が略同一で、ビッカース硬さも略同一であることを意味するから、
本件発明1における、
「板材表面の溶接痕の幅を溶接幅として、その溶接幅の中央と、
前記溶接部の中心から溶接幅の幅方向に沿って溶接半幅の1.5倍の距離とで、
前記溶接幅が板厚よりも大きい場合前記板材の板厚方向に対して板厚の1/2の位置、または、前記溶接幅が板厚よりも小さい場合前記板材の板厚方向に対して溶接幅の1/2の位置において測定されるビッカース硬さHVをそれぞれ前記溶接部のビッカース硬さHV1及び前記非溶接部のビッカース硬さHV2としたときに、」「前記非溶接部でのビッカース硬さHV2が75以上であり、かつ、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2と、前記溶接部でのビッカース硬さHV1との差を、ビッカース硬さHV1およびHV2を測定した位置間の直線距離X(μm)で除したときの数値((HV2-HV1)/X)が、0.2/μm以下である」ことに包含される。
イ 甲2発明との一致点、相違点
上記アから、本件発明1と甲2発明とは、以下の点で一致し、以下の点で相違する。
<一致点>
「90質量%以上のCuを含有する複数の板材(ただし、Snめっき層を有する板材を除く)で構成され、
前記複数の板材同士を、互いに突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で線状に接合して一体化する溶接部を有し、
前記溶接部を横断する方向に、一体化した前記複数の板材を切断したときの断面で見て、前記溶接部と、前記溶接部に隣接して位置する非溶接部とにおいて、
板材表面の溶接痕の幅を溶接幅として、その溶接幅の中央と、
前記溶接部の中心から溶接幅の幅方向に沿って溶接半幅の1.5倍の距離とで、
前記溶接幅が板厚よりも大きい場合前記板材の板厚方向に対して板厚の1/2の位置、または、前記溶接幅が板厚よりも小さい場合前記板材の板厚方向に対して溶接幅の1/2の位置において測定されるビッカース硬さHVをそれぞれ前記溶接部のビッカース硬さHV1及び前記非溶接部のビッカース硬さHV2としたときに、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2が75以上であり、かつ、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2と、前記溶接部でのビッカース硬さHV1との差を、ビッカース硬さHV1およびHV2を測定した位置間の直線距離X(μm)で除したときの数値((HV2-HV1)/X)が、0.2/μm以下である、
電気・電子機器用部品。」
<相違点3>
溶接部でのビッカース硬さHV1と、非溶接部でのビッカース硬さHV2について、本件発明1は、「前記溶接部でのビッカース硬さHV1は、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2よりも小さ」いのに対し、甲2発明では、溶接ビードのビッカース硬さと、HAZ及び母材のビッカース硬さは近似する点。
ウ 甲2発明との対比についての判断
(ア)取消理由1(新規性)について
上記イのとおり、本件発明1と、甲2発明とは、相違点3で相違するから、本件発明1が甲2発明であるとはいえない。
(イ)取消理由2(進歩性)について
相違点3について検討する。
甲2発明では、溶接ビードのビッカース硬さと、HAZ及び母材のビッカース硬さ(以下「HAZ等のビッカース硬さ」という場合がある。)は近似するから、当該溶接ビードのビッカース硬さが、当該HAZ等のビッカース硬さよりも小さいとは認められないところ、さらに、甲2の段落【0034】には、「母材金属に亘るビッカース硬度は133HV-141HVの範囲にあり、溶接ビードは大凡135HVであり、HAZは118HV-132HVの範囲であった。」と記載されているから、甲2からは、溶接ビードのビッカース硬さ(大凡135HV)が、HAZ及び母材のビッカース硬さ(118HV-132HV及び133HV-141HV)よりも若干大きいとさえ理解できるものである。
そして、甲2発明は、甲2に記載された溶接方法(例えば、段落【0030】の「ハイパワー青色レーザー源(例えば~450nm)」を用いる等。)により、銅箔を、互いに突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で線状に接合して一体化する溶接ビードを形成するものであり、その結果として、当該溶接ビードのビッカース硬さが、HAZ等のビッカース硬さと近似する、又はHAZ等のビッカース硬さよりも大きくなるというものであり、当該溶接ビードのビッカース硬さを、HAZ等のビッカース硬さよりも小さくすることの動機はないし、甲2に記載された溶接方法を変更して、当該溶接ビードのビッカース硬さを、HAZ等のビッカース硬さよりも小さくすることが容易になし得たことであるともいえない。
また、甲1、甲3~5を参酌しても、甲2に記載された溶接方法を変更して、溶接ビードのビッカース硬さを、HAZ等のビッカース硬さよりも小さくすることを動機付けるような記載は見当たらない。
したがって、本件発明1は、甲2発明及び甲1、甲3~5に記載の技術的事項に基づいて、当業者が容易になし得たものということはできない。
(ウ)甲2に基づく新規性、進歩性についての申立人の意見
申立人は、申立人意見書3~5ページにおいて、「前記溶接部でのビッカース硬さHV1は、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2よりも小さく」することは、甲1に記載されており、甲2発明において、溶接部(再凝固領域)のビッカース硬さを非溶接部(HAZ)のビッカース硬さよりも小さくすることは、当業者にとって容易である旨を主張している。
しかしながら、甲2の例えば段落【0030】に「本発明の或る実施形態では、ハイパワー青色レーザー源(例えば~450nm)は、従来の銅溶接技法に係る課題を解決する。」と記載されているように、甲2発明は、甲2に記載の溶接方法によって、その課題(段落【0015】等)を解決するものであるから、甲1の上記記載事項を適用する必要性が認められず、当該溶接方法を変更してまで、溶接ビードのビッカース硬さを、HAZ等のビッカース硬さよりも小さくすることが容易になし得たということはできない。
したがって、申立人の主張は採用できない。
(5)本件発明1についての小括
以上により、本件発明1は、取消理由1(新規性)及び取消理由2(進歩性)によっては取り消すことはできない。
2 本件発明2~5について
(1)甲1発明との対比
本件発明2~5は、請求項1を引用するものであるところ、本件発明2~5と甲1発明とは、少なくとも上記1(3)イに示した上記相違点1、2で相違するから、本件発明2~5が甲1発明であるとはいえない。
また、上記1(3)ウで示したのと同様の理由により、本件発明2~5は、甲1発明及び甲2~5に記載された技術的事項に基づき、当業者が容易になし得たものとはいえない。
(2)甲2発明との対比
本件発明2~5は、請求項1を引用するものであるところ、本件発明2~5と甲2発明とは、少なくとも上記1(4)イに示した上記相違点3で相違するから、本件発明2~5が甲2発明であるとはいえない。
そして、上記1(4)ウで示したのと同様の理由により、本件発明2~5は、甲2発明及び甲1、甲3~5に記載された技術的事項に基づき、当業者が容易になし得たものとはいえない。
(3)本件発明2~5についての小括
以上により、本件発明2~5は、取消理由1(新規性)及び取消理由2(進歩性)によっては取り消すことはできない。
3 取消理由1及び取消理由2についてのむすび
以上1、2のとおり、本件特許は、取消理由1及び取消理由2(甲1発明又は甲2発明を主引例とした新規性、進歩性欠如)によっては取り消すことはできない。
第6 取消理由3(サポート要件)についての検討
1 取消理由3(サポート要件)の内容
本件訂正前の請求項1に係る発明は、「複数の板材同士を、互いに突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で点状に接合して一体化する溶接部を有」する態様を含むものであるところ、本件明細書等における実施例の記載及び本件の出願時の技術常識に照らしても、本件訂正前の請求項1に係る発明まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
よって、本件発明1~5は、発明の詳細な説明に記載したものでない。
2 検討
訂正事項2に係る本件訂正により、請求項1に係る発明は、「複数の板材同士を、互いに突き合わせた状態又は重ね合わせた状態で線状に接合して一体化する溶接部を有」すると訂正され、「点状に接合して一体化する溶接部を有」する実施態様を含まないものとなったから、取消理由3に係る取消理由は解消された。
3 取消理由3についてのむすび
以上から、本件特許は、取消理由3(サポート要件)によっては取り消すことはできない。
第7 取消理由4(実施可能要件)についての検討
1 取消理由4(実施可能要件)の内容
本件明細書等には、実施例1~31のビッカース硬さの測定に際して、本件訂正前の段落【0055】に、JIS Z2244(2009)に規定の方法に準拠した測定を行ったこと、荷重(試験力)は100gf(略0.98N)とし、圧痕の対角線長さが0.03mmを超えない範囲で選択して試験したことが記載されており、本件明細書等の表1~7には、実施例1~31の実施により、ビッカース硬さが「60」~「198」の範囲内で測定された実験結果が示されている。
他方、圧痕の対角線長さが0.03mmを超えない範囲では、ビッカース硬さが「200」以上の場合しか測定できないところ、本件明細書等における実施例1~31の実施により、ビッカース硬さが「60」~「198」の範囲内で測定されたとの実験結果は、JIS Z2244(2009)に規定の方法に準拠して測定できる範囲外のものと解される。
してみると、本件特許の発明の詳細な説明には、実施例1~31のビッカース硬さ(「60」~「198」の範囲内のビッカース硬さ)をJIS Z2244(2009)に規定の方法に準拠して測定するための具体的な手段が正確に記載されていない。
2 検討
本件明細書等の段落【0055】には、「硬さはビッカース硬度計(型番:HM-215、メーカー:株式会社ミツトヨ)で、JIS Z2244(2009)に規定の方法に準拠して測定した。」と記載され、ビッカース硬さを測定するための具体的な計測器及び計測方法が記載されているところ、さらに本件明細書等の【0020】の記載や「JIS Z2244(2009)」(甲7)の記載に鑑みれば、ビッカース硬さ試験における試験力は試験する材料の硬さに応じて可変であることは技術常識であるから、「荷重(試験力)は、圧痕の対角線長さが0.03mmを超えない範囲で選択して試験した」ことが実施できないとまではいうことができない。
また、特許権者意見書に添付した乙第1号証である参考資料1によれば、本件明細書等の実施例5の測定データは、20gfの試験力を選択して実施して得られたものであることを示している(訂正請求書に添付の参考資料1を参照。)ことなども考慮すれば、「荷重(試験力)は、圧痕の対角線長さが0.03mmを超えない範囲で選択して試験した」ことにより、本件明細書等の実施例1~31の結果として示されている「60」~「198」の範囲内のビッカース硬さが正しい数値ではないということもできない。
3 取消理由4についての申立人の意見
申立人は、申立人意見書の5~6ページにおいて、上記参考資料1によれば、本件明細書等の実施例5の非溶接部のビッカース硬度HV2は135であるところ、20g fの試験力でのビッカース硬さHV2が135の場合、圧痕(くぼみ)の対角線長さは、0.016mm程度となり、測定の不確かさが大きいものであって、信頼できない旨を主張する。
しかしながら、「JIS Z2244(2009)」(甲7)の「1 適用範囲」欄に、「ただし,くぼみの対角線長さが0.020mm未満,及び試験力が98.07mN未満のビッカース硬さ試験を行う場合は,受渡当事者間の協定によって,この規格に従って行ってもよい。」ことが記載されている上に、測定の不確かさについて、「くぼみの対角線長さが0.020mm未満の試験では, 測定の不確かさが大きくなることを考慮することが望ましい。」と記載されている程度であり、圧痕(くぼみ)の対角線長さが0.016mm程度である場合に測定されるビッカース硬さがビッカース硬度135と比較して著しく大きく異なるようなことも示されていないことに鑑みれば、本件明細書等の実施例5の非溶接部のビッカース硬度HV2について、圧痕(くぼみ)の対角線長さが0.016mm程度となっていることのみをもって、当該実施例5及びその他の実施例1~4、6~31についてのビッカース硬さの測定値が信頼できないとまではいうことができない。
4 取消理由4についてのむすび
以上から、本件特許は、取消理由4(実施可能要件)によっては取り消すことはできない。
第8 取消理由通知で採用しなかった異議申立の理由、及び申立人意見書で新たに主張する理由についての検討
1 明確性要件について
(1)概要
申立人は、主に申立書75、76ページ、申立人意見書10ページ等において、本件発明1~5について、本件明細書等に記載された実施例及び比較例でのビッカース硬さは、信頼に足るものではなく、さらに、その測定条件(特に、その試験力)が明らかでないから、本件発明1における「溶接部のビッカース硬さHV1」及び「非溶接部のビッカース硬さHV2」の意義は不明確である旨を主張している。
(2)検討
しかしながら、上記第7の2~3で説示したとおり、本件明細書等の実施例1~31についてのビッカース硬さの測定値が信頼できないとまではいうことができないから、「溶接部のビッカース硬さHV1」及び「非溶接部のビッカース硬さHV2」の意義が不明確であるとの申立人の主張は採用できない。
また、本件発明1~5は物の発明であるから、ビッカース硬さの測定条件が特定されていないことにより、その記載が不明確であるとはいえない。
さらに、その他、本件訂正後の請求項1~5に、不明確な記載は見当たらない。
(3)明確性要件についてのむすび
以上から、明確性要件違反により本件特許を取り消すことはできない。
2 サポート要件について
(1)概要
申立人は、主に申立書67~71ページ、申立人意見書7~10ページ等において、本件発明1~5は、下記(a)~(f)の点において、当業者が本件明細書等の記載から発明の課題が解決できることを認識できる範囲を超えるものである旨を主張している。
(a)レーザ溶接の条件を限定していない点
(b)板材の接合枚数を限定していない点
(c)板厚を限定していない点
(d)異なる組成の板材を接合する場合において、「互いに突き合せた状態」で接合するものに限定していない点
(e)溶接幅が板材の板厚よりも大きい場合に限定していない点
(f)異なる組成の板材を接合する場合において、そのいずれもが、非溶接部のビッカース硬さが75以上であり、硬さ傾斜率が0.2/μm以下であるものに限定していない点
(2)検討
しかしながら、本件発明1及び請求項1を引用する本件発明2~5には、「前記溶接部でのビッカース硬さHV1は、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2よりも小さく、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2が75以上であり、かつ、前記非溶接部でのビッカース硬さHV2と、前記溶接部でのビッカース硬さHV1との差を、ビッカース硬さHV1およびHV2を測定した位置間の直線距離X(μm)で除したときの数値((HV2-HV1)/X)が、0.2/μm以下である」ことが特定され、本件明細書等には、その実施例1~31(なお、実施例29~30については、特許権者意見書に添付された表6を参照。)についての記載により、当該特定によって課題(段落【0008】等)を解決できることが示されているから、本件発明1~5が、当業者が本件明細書等の記載から発明の課題が解決できることを認識できる範囲を超えるものである旨の主張は採用できない。
また、本件発明1~5は物の発明であるから、上記(a)のレーザ溶接の条件が限定されていないことにより課題を解決できないとはいえないし、本件明細書等には多数の実施例により課題が解決できることを示されているから、上記(b)~(f)の限定がないことにより課題が解決できないとまではいうことができない。また、上記(a)~(f)の限定がないことにより、課題が解決できないことを示す証拠が提出されているなど、特段の事情も見当たらない。
(3)サポート要件についてのむすび
以上から、サポート要件違反により本件特許を取り消すことはできない。
第9 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由、及び申立書に記載した申立ての理由によっては、請求項1~5に係る特許を取り消すことはできない。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
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2024-700778