特許異議申立
2026-700231
マルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材及びその製造方法、並びにマルテンサイト系ステンレス焼鈍線材
- 審判番号
- 2026-700231
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2022-051850
- 登録番号
- 7741395
- 請求日
- 2026年03月18日
- 審決日
- 2026年08月26日
- 公報発行日
- 2026年09月25日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】日本製鉄株式会社
- 【権利者代理人】青木 篤
- 【権利者代理人】三橋 真二
- 【権利者代理人】福地 律生
- 【権利者代理人】齋藤 学
- 【権利者代理人】木村 健治
- 【異議申立人】宮口 喜市
- 審判長/審判官
- 審判長 富永 泰規
- 審判官 佐藤 陽一
- 審判官 川崎 良平
- 分類
- P1651.113-Y (C22C) / P1651.121-Y (C22C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7741395号発明「マルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材及びその製造方法、並びにマルテンサイト系ステンレス焼鈍線材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7741395号の請求項1~7に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本件の特許第7741395号(以下「本件特許」という。)の請求項1~7に係る特許についての出願(特願2022-51850号。以下「本願」という。)は、令和 4年 3月28日の出願であって、令和 7年 9月 9日にその特許権の設定登録がされ、同年 9月18日に特許掲載公報が発行され、その後、令和 8年 3月18日に、その請求項1~7(全請求項)に係る特許について、特許異議申立人である宮口喜市(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。
第2 本件特許発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1~7に係る発明は、本願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1~7に記載された事項により特定される次のとおりのものである。なお、以下において、本願の請求項1~7に係る発明をそれぞれ「本件特許発明1」~「本件特許発明7」という。また、本願の願書に添付した明細書を、「本件特許明細書」という。
「
【請求項1】
質量%で、
C :0.300~1.000%、
Si:2.00%以下、
Mn:0.01~2.00%、
P :0.10%以下、
S :0.020%以下、
Ni:0.01~2.00%、
Cr:10.5~18.0%、
Mo:0.01~2.00%、
Cu:0.01~2.00%及び
N :0.001~0.200%
を含有し、残部がFe及び不純物である鋼組成を備え、残留オーステナイト量が5%以上であり、硬さが700Hv以下であることを特徴とするマルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材。
【請求項2】
質量%で、
C :0.300~1.000%、
Si:2.00%以下、
Mn:0.01~2.00%、
P :0.10%以下、
S :0.020%以下、
Ni:0.01~2.00%、
Cr:10.5~18.0%、
Mo:0.01~2.00%、
Cu:0.01~2.00%及び
N :0.001~0.200%
を含有し、残部がFe及び不純物である鋼組成を有するマルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材の焼鈍材であって、断面組織において直径50nm以上の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域を5%以上有し、引張強さが800MPa以下であることを特徴とするマルテンサイト系ステンレス焼鈍線材。
【請求項3】
前記鋼組成が、前記Feの一部に替えて、質量%で、
Nb:0~1.00%、
Ti:0~1.00%、
V :0~1.00%、
B :0~0.100%、
Al:0~1.00%、
W :0~2.00%、
Ga:0~0.050%、
Co:0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Ta:0~0.50%、
Ca:0~0.050%、
Mg:0~0.020%、
Zr:0~0.020%及び
REM:0~0.050%からなる群から選ばれる1種又は2種以上を含有するものであることを特徴とする請求項1に記載のマルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材。
【請求項4】
前記鋼組成が、前記Feの一部に替えて、質量%で、
Nb:0~1.00%、
Ti:0~1.00%、
V :0~1.00%、
B :0~0.10%、
Al:0~1.00%、
W :0~2.00%、
Ga:0~0.050%、
Co:0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Ta:0~0.50%、
Ca:0~0.050%、
Mg:0~0.020%、
Zr:0~0.020%及び
REM:0~0.050%からなる群から選ばれる1種又は2種以上を含有するものであることを特徴とする請求項2に記載のマルテンサイト系ステンレス焼鈍線材。
【請求項5】
前記線材の断面の形状が円であり、前記円の直径が5.5~30mmである、請求項1又は3に記載のマルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材。
【請求項6】
前記線材の断面の形状が円であり、前記円の直径が5.5~30mmである、請求項2又は4に記載のマルテンサイト系ステンレス焼鈍線材。
【請求項7】
請求項1又は3に記載のマルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材を製造する方法であって、
粗圧延から仕上圧延までの全圧延工程での温度が900~1250℃であり、
圧延後400℃までの冷却速度が50~300℃/minである
ことを特徴とするマルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材の製造方法。」
第3 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、甲第1号証~甲第3号証(以下「甲1」~「甲3」という。)を提出し(下記2参照)、以下の理由により、本件特許の請求項1~7に係る特許は取り消されるべきものである旨主張している。
1 申立理由1(新規性)、2(進歩性)
本件特許発明1~7は、甲1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、また、甲1~3に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
2 証拠方法
甲1:中国特許出願公開第105525226号明細書及びその翻訳文
甲2:C. GARCIA DE ANDRES,外1名,“Effects of carbide-forming elements on the response to thermal treatment of the X45Cr13 martensitic stainless steel”, JOURNAL OF MATERIALS SCIENCE,1998年8月,33,p.4095-4100及びその翻訳文
甲3:醍醐市朗,外4名,“日本における普通鋼中のCu濃度を決定する要因の同定”,鉄と鋼,2018年,104巻,p.461~466
第4 当合議体の判断
以下に述べるとおり、当合議体は、上記第3のいずれの申立理由によっても、本件特許の請求項1~7に係る特許を取り消すことができないと判断する。
1 申立理由1(新規性)、2(進歩性)について
(1)甲1の記載事項
本願の出願前に公知となった甲1には、次の記載がある。なお、本文に対する翻訳文として、申立人の提出した翻訳文を当審仮訳として採用する。
ア「
[図:0001439238000001.jpg]
[図:0001439238000002.jpg]
(当審仮訳:
[図:0001439238000003.jpg]
[図:0001439238000004.jpg]
)
イ「
[図:0001439238000005.jpg]
(当審仮訳:
[図:0001439238000006.jpg]
)
ウ「
[図:0001439238000007.jpg]
[図:0001439238000008.jpg]
(当審仮訳:
[図:0001439238000009.jpg]
[図:0001439238000010.jpg]
)
エ「
[図:0001439238000011.jpg]
[図:0001439238000012.jpg]
(当審仮訳:
[図:0001439238000013.jpg]
)
オ「
[図:0001439238000014.jpg]
」
カ「
[図:0001439238000015.jpg]
(当審仮訳:
[図:0001439238000016.jpg]
[図:0001439238000017.jpg]
)
キ「
[図:0001439238000018.jpg]
[図:0001439238000019.jpg]
」
ク「
[図:0001439238000020.jpg]
」
(2)甲1に記載された発明
ア 上記(1)エ~キで摘記した、実施例4に着目して甲1に記載された発明について検討する。(「・・・」は記載の省略を示す。また、半角英数字について、全角英数字とした箇所がある。以下同様。)
イ 実施例4の材料の組成について検討する。
(ア)上記(1)カで摘記した甲1の段落[0061]には、「実施例1~6の成分比率表参照2」との記載がある。そして、上記記載と、上記(1)キで摘記した甲1の表2の記載を踏まえると、実施例4の「成分比率」は「重量百分比」で、「C:0.65、Mn:0.30、P:0.021、S:0.003、Si:0.21、Cr:13.00、Ni:0.20、Cu:0.10、Mo:0.45、N:0.100」であると認められる。
(イ)上記(1)ウで摘記した甲1の段落[0022](甲1の2 6/9頁下から8行~下から3行)には、
「
[図:0001439238000021.jpg]
」
との記載がある。当合議体では、以後、当該記載を「マルテンサイト系ステンレス鋼の化学成分重量パーセントは以下である:炭素0.30~0.65%、珪素0.20~0.50%、マンガン≦0.60%、ニッケル≦0.30%、クロム11.50~17.00%、モリブデン0.20~0.50%、銅≦0.25%、硫黄≦0.030%、燐≦0.040%、窒素0.02~0.20%、他は鉄と不可避不純物とする。上記の化学成分に基づき、製錬、鋳造を経て、連続鋳造ビレットあるいはインゴット鋳造ビレットを製造する。インゴット鋳造ビレットはアニールする。」との記載と解釈して審理を行う。
(ウ)上記(ア)より、実施例4の材料は炭素(C)、珪素(Si)、マンガン(Mn)、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、銅(Cu)、硫黄(S)、燐(P)、窒素(N)を成分として含んでいることが明らかであり、上記(イ)の記載と合わせると、実施例4の上記成分以外の成分については、「鉄(Fe)と不可避不純物」であると認められる。
(エ)ここで、実施例4の「成分比率」、「重量百分比」が、それぞれ、実施例4の「成分を構成する比率」、「重量%」を意味することが明らかであるから、上記(ア)、(ウ)より、実施例4の材料の組成は、「重量%で、C:0.65、Mn:0.30、P:0.021、S:0.003、Si:0.21、Cr:13.00、Ni:0.20、Cu:0.10、Mo:0.45、N:0.100」で「残部がFeおよび不可避不純物」という組成であるといえる。
ウ 実施例4のプロセスについて検討する。
(ア)上記(1)カで摘記した甲1の段落[0061]には、「実施例1~6の成分比率表参照2、具体的プロセスパラメータ表参照3」との記載がある。
(イ)上記(1)キで摘記した甲1には、以下の表3の記載がある。
[図:0001439238000022.jpg]
当合議体では、以後、当該記載を中国語から日本語への逐語訳に基づき以下の記載と解釈して審理を行う。
[図:0001439238000023.jpg]
(ウ)上記(1)エ~カで摘記した甲1の段落[0044]~[0060](甲1の2 8/9頁10~9/9頁5行)には、「実施例1~6は以下のプロセスを用いる:第一歩:製錬は、鋳造して60トン(あるいは40トン)のアーク炉に溶鋼の初め煉を行う;・・・連続鋳造は160枚の連続鋳造ビレット(あるいはダイキャスト鋳込み2.3トンの鋼塊)を生産することを流し込む。・・・第2のステップ:連鋳ビレット焼嵌は加熱して、あるいはダイス鋳造スラブブルーミング分塊は+加熱する。・・・第3のステップ:線材圧延初期温度1070~1140℃、・・・圧延仕上げの温度850~980℃は、線材は糸温度830~900℃を吐き、后集巻を押して空冷する。第4のステップ:線アニールにフープアニールプロセス図3に示すように。環状炉第I~III段温度制御は780℃によって実行し、・・・フープは環状炉後に直接C字形でかかる空冷梱包から出す。」との記載がある。当合議体では、以後、上記記載のうち、「ダイキャスト鋳込み」を原文の逐語訳に該当する「インゴット鋳造」と解釈して審理を行う。
(エ)上記(1)クで摘記した甲1には、以下の図3の記載がある。
[図:0001439238000024.jpg]
(オ)上記(イ)のとおり、表3には実施例1~6の「鋳込方式」として「CC」又は「IC」が記載されている。そして、上記(ウ)から、実施例1~6は「連続鋳造」または「インゴット鋳造」のどちらかの工程を経ることが認められる。ここで、「連続鋳造」、「インゴット鋳造」は、それぞれ、「continuous casting」、「ingot casting」と英訳されることを踏まえると、上記「CC」及び「IC」は、それぞれ、「連続鋳造」、「インゴット鋳造」を意味すると認められる。
(カ)上記(イ)、(ウ)の「アニール」は「焼鈍」が「annealing」と英訳されることを踏まえると、「焼鈍」の意味であると認められる。
(キ)上記(ア)~(カ)より、実施例4のプロセスは「インゴット鋳造」、「加熱温度1150℃」での加熱、「開始圧延温度1100℃」及び「最終圧延温度900℃」の「線材圧延」、「空冷」、「成品焼鈍温度850℃」による焼鈍を含むプロセスといえる。
(ク)また、「線材圧延」はインゴットを線材にする圧延であるから、上記(キ)のプロセスのうち、「空冷」と「成品焼鈍温度850℃」による焼鈍は線材に対するプロセスであるといえる。
エ 実施例4の物性について検討する。
(ア)上記(1)ウで摘記した甲1の段落[0032]には、「本発明製造のマルテンサイト系ステンレスの引張強度>600MPa」との記載がある。
(イ)上記(1)キで摘記した甲1には、以下の表4の記載がある。
[図:0001439238000025.jpg]
当合議体では、以後、当該記載を中国語から日本語への逐語訳に基づき以下の記載と解釈して審理を行う。
[図:0001439238000026.jpg]
(ウ)「ステンレス」が「ステンレス鋼」の略語であるから、上記(1)カで摘記した [0061]の記載、上記(ア)、(イ)より、実施例4のマルテンサイト系ステンレス鋼線材の引張強度は、焼鈍後において、「725MPa」であるといえる。
オ 上記イ~エより、甲1には次の発明が記載されていると認められる。
「重量%で、C:0.65、Mn:0.30、P:0.021、S:0.003、Si:0.21、Cr:13.00、Ni:0.20、Cu:0.10、Mo:0.45、N:0.100の成分を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる材料を、インゴット鋳造、加熱温度1150℃での加熱、開始圧延温度1100℃及び最終圧延温度900℃の線材圧延、空冷を経て得られたマルテンサイト系ステンレス鋼線材。」(以下、「甲1発明1」という。)
カ さらに、上記イ~エより、甲1には次の発明も記載されていると認められる。
「重量%で、C:0.65、Mn:0.30、P:0.021、S:0.003、Si:0.21、Cr:13.00、Ni:0.20、Cu:0.10、Mo:0.45、N:0.100の成分を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる材料を、インゴット鋳造、加熱温度1150℃での加熱、開始圧延温度1100℃及び最終圧延温度900℃の線材圧延、空冷、成品焼鈍温度850℃による焼鈍を経て得られた引張強度725MPaのマルテンサイト系ステンレス鋼焼鈍線材。」(以下、「甲1発明2」という。)
(3)本件特許発明1について
ア 甲1発明1との対比
(ア)甲1発明1の「重量%で、C:0.65、Mn:0.30、P:0.021、S:0.003、Si:0.21、Cr:13.00、Ni:0.20、Cu:0.10、Mo:0.45、N:0.100の成分を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる材料」から得たマルテンサイト系ステンレス鋼線材は、上記材料がプロセスを経て線材として得られるまでに元素を添加又は排出する工程を有しないことから、前記線材は上記材料と同等の組成であることが明らかである。また、成分組成においては、「重量%」と「質量%」は同じ値となるため、甲1発明1の線材の成分組成は本件特許発明1の「質量%で、C:0.300~1.000%、Si:2.00%以下、Mn:0.01~2.00%、P:0.10%以下、S:0.020%以下、Ni:0.01~2.00%、Cr:10.5~18.0%、Mo:0.01~2.00%、Cu:0.01~2.00%及び、N:0.001~0.200%を含有し、残部がFe及び不純物である鋼組成」との条件を満たす。
(イ)次に、甲1発明1の線材が、本件特許発明1の「熱間圧延線材」に相当するか検討する。
a 本件特許明細書には、「熱間圧延線材」に関連して以下の事項が記載されている。
「
【0050】
上記成分組成を有する鋼を溶製し、所定の径を有する鋳片に鋳造したのち、鋳片に対し熱間の線材圧延を行い、マルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材を得る。圧延前の鋳片加熱温度は、1000~1250℃とするのが好ましい。1000℃未満であるとCが未固溶、1250℃超であると脱炭により残留オーステナイト量が低下するためである。好ましくは1050~1200℃である。」
b 一般に、圧延は金属の加工温度によって、「熱間圧延」、「温間圧延」、「冷間圧延」の3種類に分類されるが、上記aの記載によれば、本件特許明細書においては上記3種類の圧延のうち、「熱間圧延」を行い得られた線材を「熱間圧延線材」と記載していることが明らかである。
c 甲1発明1の線材は、開始圧延温度1100℃及び最終圧延温度900℃の線材圧延、即ち熱間圧延により得られた線材であるから、本件特許発明1の「熱間圧延線材」に相当する。
(ウ)上記(ア)、(イ)より、本件特許発明1と甲1発明1とは、
「質量%で、C:0.300~1.000%、Si:2.00%以下、Mn:0.01~2.00%、P:0.10%以下、S:0.020%以下、Ni:0.01~2.00%、Cr:10.5~18.0%、Mo:0.01~2.00%、Cu:0.01~2.00%及びN:0.001~0.200%を含有し、残部がFe及び不純物である鋼組成を備えるマルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材。」である点で一致し、次の点で相違する。
<相違点1>
本件特許発明1では、マルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材について「残留オーステナイト量が5%以上であり、硬さが700Hv以下である」のに対し、甲1発明1ではマルテンサイト系ステンレス鋼線材について「残留オーステナイト量」及び「硬さ」が不明である点
イ 相違点1についての判断
(ア)はじめに、相違点1が実質的な相違点であるか否かを検討する。
(イ)甲1には、マルテンサイト系ステンレス鋼線材の「残留オーステナイト量」及び「硬さ」について、何ら記載も示唆もされていない。
(ウ)ここで、本件特許明細書の記載から、マルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材が「残留オーステナイト量が5%以上であり、硬さが700Hv以下である」という特性が得られた条件を検討する。
a 本件特許明細書には、マルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材の「残留オーステナイト量」及び「硬さ」に関連して以下の事項が記載されている。
「【0053】
[実施例1]
表1、表2に記載の化学組成を有する鋼を溶製した。鋼の溶製の際には、ステンレス鋼の安価な溶製プロセスであるAOD溶製を想定し、100kgの真空溶解炉にて溶解し、直径180mmの鋳片に鋳造した。その後、下記の製造条件により直径14mmの線材とした。以下の各表において、本発明範囲から外れる数値に下線を付している。
【0054】
以下に条件を記載する。具体的には、鋳造した鋳片に、鋳片加熱温度1150℃で加熱を行い、全圧延工程での温度範囲を1050~1150℃で直径14mmまで線材圧延を施し、400℃までの冷却速度200℃/minで冷却し、温度900℃で焼鈍を施した。
【0055】
【表1】
[図:0001439238000027.jpg]
【0056】
【表2】
[図:0001439238000028.jpg]
【0057】
得られた線材について、下記の方法に従って、熱間圧延線材の残留オーステナイト量、硬さ、遅れ破壊有無、及び、焼鈍線材の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域、引張強さ、遅れ破壊有無を評価した。
【0058】
熱間圧延線材の残留オーステナイト量は、熱間圧延線材の中心からφ5.0mmで圧延方向に20mmの試験片を採取し、直流磁束計にて1.0×104Oeの磁場を付与した時の飽和磁化値を測定し、以下の式(A)にて求めた。飽和磁化値の測定には、直流磁化特性試験装置(メトロン技研(株)製)を用いた。
【0059】
残留オーステナイト量(vol.%)={1-(σs/σsα)}×100・・・(A)
【0060】
ここで、σsは熱間圧延線材の飽和磁化値(T)、σsαはγが100%マルテンサイト変態した時の飽和磁化値(下記式(B)で表される計算値)を示す。下記式(B)中のCreqは下記式(C)で表される。
【0061】
σsα=1.83-0.03×Creq・・・(B)
Creq=Cr+1.8×Si+Mo+0.5×Ni+0.9×Mn
+3.6(C+N)+1.85×Al・・・(C)
【0062】
熱間圧延線材の硬さは、ビッカース硬度計にて荷重1kgfで測定した。
【0063】
熱間圧延線材又は焼鈍線材の遅れ破壊による縦割れ有無は、線材直径方向断面を樹脂埋め及び鏡面研磨後、光学顕微鏡観察により、断面のいずれかの部位に、長さ50μm以上の割れが見られた場合、遅れ破壊による縦割れ有りと判断した。
【0064】
炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域の割合は、焼鈍線材の圧延方向断面を樹脂埋め及び鏡面研磨後、逆王水にて2分のエッチングを行い、SEMにてD/4位置を50000倍にてランダムに100枚を撮影し、1視野の面積4.3μm2に含まれる直径50nm以上の炭化物数が6個以下の場合、すなわち、炭化物数密度が1.4個/μm2以下である場合を熱間圧延線材時点での残留オーステナイトに対応するとして、100視野あたりの該当数にて算出した。
【0065】
引張強さは、JIS Z 2241の引張試験での引張強さにて評価した。
【0066】
以下、表3、表4にまとめて結果を示す。
【0067】
【表3】
[図:0001439238000029.jpg]
【0068】
【表4】
[図:0001439238000030.jpg]
【0069】
No.1~36は、本発明の規定を満足し、耐遅れ破壊性が良好であった。一方、本発明の規定を満足しないNo.37~53は耐遅れ破壊性が不良又は耐食性不足であった。
【0070】
[実施例2]
続いて、表1の鋼種Uの鋳片から種々の径を有する線材を作製した。得られた線材について、前記方法で、熱間圧延線材の残留オーステナイト量、硬さ、遅れ破壊有無、及び、焼鈍線材の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域、引張強さ、遅れ破壊有無を評価した。以下、表5にまとめて結果を示す。
【0071】
【表5】
[図:0001439238000031.jpg]
【0072】
No.54~59は、本発明の規定を満足し、耐遅れ破壊性が良好であった。
【0073】
[実施例3]
続いて、表1の鋼種Uの鋳片から表6及び表7に記載の条件により、直径14mmの線材を作製した。得られた線材について、前記方法で、熱間圧延線材の残留オーステナイト量、硬さ、遅れ破壊有無、及び、焼鈍線材の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域、引張強さ、遅れ破壊有無を評価した。以下、表6、表7にまとめて結果を示す。
【0074】
【表6】
[図:0001439238000032.jpg]
【0075】
【表7】
[図:0001439238000033.jpg]
【0076】
No.60~64については、本発明の規定を満足するため、良好な耐遅れ破壊性を示した。一方、No.65~72は、本発明の好ましい製造条件を満足せず、耐遅れ破壊性が不良であった。」
b 上記aの本件特許明細書の段落【0053】~【0069】の記載によれば、本発明例No.1~36として、鋼組成が、鋼種A~AJであって、「鋼の溶製の際には、ステンレス鋼の安価な溶製プロセスであるAOD溶製を想定し、100kgの真空溶解炉にて溶解し、直径180mmの鋳片に鋳造した」という工程と、「鋳造した鋳片に、鋳片加熱温度1150℃で加熱を行い、全圧延工程での温度範囲を1050~1150℃で直径14mmまで線材圧延を施し、400℃までの冷却速度200℃/minで冷却し、温度900℃で焼鈍を施した」という工程を経て、直径14mmの線材とした場合に、「残留オーステナイト量が5%以上」、「硬さが700Hv以下」を満たす熱間圧延材が得られたことが示されている。
c また、上記aの本件特許明細書の段落【0053】~【0069】、【0073】~【0074】の記載によれば、本発明例No.21、60~64として、鋼組成が、「質量%で、C:0.732%、Si:0.98%、Mn:1.02%、P:0.05%、S:0.009%、Ni:1.05%、Cr:15.2%、Mo:0.95%、Cu:0.99%及びN:0.097%を含有し、残部がFe及び不純物である鋼組成」(鋼種U)であって、製造方法について、それぞれ、「圧延前の鋳片加熱温度」を1149℃/1000℃/1048℃/1103℃/1201℃/1250℃とし、「粗圧延温度」を1051℃/900℃/948℃/1003℃/1074℃/1100℃とし、「仕上圧延温度」を1076℃/900℃/951℃/998℃/1148℃/1200℃とし、「圧延後400℃までの冷却速度」を200℃/min/50℃/min/99℃/min/151℃/min/251℃/min/300℃/minとする場合に、「残留オーステナイト量が5%以上」、「硬さが700Hv以下」を満たす熱間圧延材が得られたことが示されている。
(エ)上記(ウ)を踏まえて、甲1発明1について検討する。
a 甲1発明1は、本発明例No.21、60~64と、製造方法について「圧延前の鋳片加熱温度」の点で一致するものの、「圧延後400℃までの冷却速度」は不明であり、鋼組成について異なる。
b 甲1発明1は、本発明例No.1~36と、鋼組成の範囲が同様であるが、製造方法について、全圧延工程での温度範囲の点で相違する。
c 以上によれば、甲1発明1は、本件特許明細書において「残留オーステナイト量が5%以上であり、硬さが700Hv以下である」という特性が得られた実施例と、鋼組成及び製造方法の少なくともいずれかにおいて相違するものであり、甲1発明1の鋼組成及び製造方法から甲1発明1のマルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材が「残留オーステナイト量が5%以上であり、硬さが700Hv以下である」とはいえない。
(オ)したがって、上記相違点1は実質的な相違点である。
(カ)次に、上記相違点1の容易想到性について検討する。
(キ)上記(イ)のとおり、甲1には、マルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材の「残留オーステナイト量」及び「硬さ」について、記載も示唆もされていないことから、甲1発明において、「残留オーステナイト量」を「5%以上」とし、「硬さ」を「700Hv以下」とする動機付けがあるとはいえない。
(ク)また、甲2、甲3にも、マルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材について「残留オーステナイト量が5%以上であり、硬さが700Hv以下である」という特性を満たすことについて、記載も示唆もされていない。
(ケ)上記(キ)、(ク)より、上記相違点1に係る特定事項を備えることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。
(コ)上記(オ)、(ケ)より、相違点1は実質的な相違点であり、甲1発明1において当該相違点1に係る特定事項を備えるようにすることは、当業者にとって容易ではない。
ウ 申立人の主張の検討
(ア)申立人は、上記相違点1について、特許異議申立書の第19~20頁において、次のa~fのとおり主張する。
a 本件特許明細書の段落【0020】、【0022】には、残留オーステナイト量と硬さは、線材圧延の温度とその後の冷却時の冷却速度によって制御する旨が記載されている。
b 甲2には、圧延線材について記載されていないものの、本件特許発明1とほぼ組成が共通するX45CrMoV14鋼を本件特許明細書の段落【0020】に記載されている線材圧延の温度範囲内である約1130~1250℃で加熱し、その後、本件特許明細書の段落【0021】に記載されている冷却速度の範囲内である2℃/sec(すなわち120℃/min)で冷却することが記載されている。
c 甲2には、このような加熱、冷却したX45CrMoV14鋼は残留オーステナイト量が約5~35%で、硬さが約700~585Hvとなったことが記載されている。
d 甲1には、熱間の線材圧延後の冷却について、「空冷」と記載されているに留まり、冷却速度について明記されていないが、線材圧延の温度は本件特許明細書に記載の温度範囲と重複している。
e 熱間の線材圧延後の冷却速度は、当業者が適宜選択し得るものであり、甲2に記載されているように120℃/minの冷却速度は、線材圧延後のものではないものの、甲1発明1とほぼ同じ組成の鋼の加熱後の冷却に採用されており、甲1に記載された発明にも本件特許明細書に記載の50~300℃/minの冷却速度が採用されている蓋然性が高い。
f よって、甲1発明1も、本件特許発明1と同様に残留オーステナイト量が5%以上であり、かつ、硬さも700Hv以下であるという蓋然性が高い。
(イ)ここで、甲2には、以下の事項が記載されている。なお、甲2については、原文の記載は省略し、申立人が提出した翻訳文を当審仮訳として示す。
当審仮訳:
a 「1.イントロダクション
・・・このため、溶解温度においてフェライトを含まない組織を確保し、冷却時にオーステナイトが残留しないように、熱処理と合金の化学組成を調整する必要がある[2]。・・・」(甲2第4095頁左欄第20~24行)
b 「本研究は、クロム、モリブデン、バナジウムなどの炭化物形成元素が、13質量%のCrと0.45質量%のCを含むマルテンサイト系ステンレス鋼の熱処理に対する反応に及ぼす影響を調査するために実施された。これらの元素を添加すると、この鋼では残留オーステナイト量が増加することが予想されるが、これまでこの点に関する体系的な定量的研究はほとんどなかった。本論文では、X線回折によって決定された残留オーステナイト量を、1000~1250℃の温度範囲で60秒間オーステナイト化処理したX45CrMoV14鋼とX45Cr13鋼の微細構造および硬さの値と比較した。」(甲2第4095頁右欄第23行~第4096頁左欄第9行)
c 「3.結果
・・・1110℃以上の温度でオーステナイト化したX45CrMoV14鋼試料のX線回折パターンは、残留オーステナイトの存在を示している。オーステナイト化温度が残留オーステナイトの体積分率に及ぼす影響を図3に示す。処理温度の上昇に伴い、オーステナイト量は1200℃で約35vol%まで増加した。この値は、それ以上のオーステナイト化温度では一定に保たれる。一方、X45Cr13鋼では残留オーステナイトはごく少量しか見られなかった。1135~1232℃の温度範囲でオーステナイト化を行った場合、残留オーステナイトの体積分率は最大で約3%であった。」)(甲2第4097頁左欄第1~14行)
(ウ)上記(イ)のとおり、甲2に記載されている事項は、残留オーステナイト量と合金組成やオーステナイト化温度とを関連付けたものであり、冷却速度と関連付けたものではない。そして、甲2に記載されている冷却速度は熱間圧延後の冷却速度であるとの記載も示唆もないから、甲1発明における圧延後の冷却速度として甲2に記載の冷却速度を採用することの動機づけも見いだせない。
(エ)仮に、甲1に記載された発明に甲2に記載されている冷却速度を採用して線材を得たとしても、本願明細書に記載の本発明例と鋼種及び製造プロセスの組み合わせと完全に一致する例には至らず、鋼種と製造プロセスが残留オーステナイト量及び硬さに影響を及ぼす因子であることを踏まえると、当該線材について、本件特許発明1と同様に残留オーステナイト量が5%以上であり、かつ、硬さも700Hv以下であるという蓋然性が高いとはいえない
(オ)よって、申立人の主張は採用しない。
エ 小括
よって、本件特許発明1は、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、甲1~3に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(4)本件特許発明2について
ア 甲1発明2との対比
(ア)甲1発明2の「重量%で、C:0.65、Mn:0.30、P:0.021、S:0.003、Si:0.21、Cr:13.00、Ni:0.20、Cu:0.10、Mo:0.45、N:0.100の成分を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる材料」から得たマルテンサイト系ステンレス焼鈍線材は、上記(3)ア(ア)と同様に、上記材料がプロセスを経て焼鈍線材として得られるまでに元素を添加又は排出する工程を有しないことから、前記焼鈍線材は上記材料と同等の組成であることが明らかであるし、成分組成においては、「重量%」と「質量%」は同じ値となるため、甲1発明2の焼鈍線材の成分は、本件特許発明2の「質量%で、C:0.300~1.000%、Si:2.00%以下、Mn:0.01~2.00%、P:0.10%以下、S:0.020%以下、Ni:0.01~2.00%、Cr:10.5~18.0%、Mo:0.01~2.00%、Cu:0.01~2.00%及び、N:0.001~0.200%を含有し、残部がFe及び不純物である鋼組成」との条件を満たす。
(イ)次に、甲1発明2の「焼鈍線材」が、本件特許発明2の「熱間圧延線材の焼鈍材」に相当するか検討する。
a 本件特許明細書には、「熱間圧延線材」、「焼鈍材」に関連して、以下の事項が記載されている。
(a)
「
【0008】
(2)質量%で、C:0.300~1.000%、Si:2.00%以下、Mn:0.01~2.00%、P:0.10%以下、S:0.020%以下、Ni:0.01~2.00%、Cr:10.5~18.0%、Mo:0.01~2.00%、Cu:0.01~2.00%及びN:0.001~0.200%を含有し、残部がFe及び不純物である鋼組成を有するマルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材の焼鈍材であって、断面組織において直径50nm以上の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域を5%以上有し、引張強さが800MPa以下であることを特徴とするマルテンサイト系ステンレス焼鈍線材。」
(b)
「
【0050】
上記成分組成を有する鋼を溶製し、所定の径を有する鋳片に鋳造したのち、鋳片に対し熱間の線材圧延を行い、マルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材を得る。圧延前の鋳片加熱温度は、1000~1250℃とするのが好ましい。1000℃未満であるとCが未固溶、1250℃超であると脱炭により残留オーステナイト量が低下するためである。好ましくは1050~1200℃である。
【0051】
得られたマルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材を焼鈍し、マルテンサイト系ステンレス焼鈍線材を得る。圧延後の焼鈍温度は750~1000℃とするのが好ましい。750℃未満であると、再結晶不足により引張強さが高くなり、1000℃超であると、脱炭により焼入れ硬さが不足するためである。好ましくは800~950℃である」
b 甲1発明2の「成品焼鈍温度850℃による焼鈍」の前の材料は、線材圧延を経ていることから、「線材」であると認められる。そして、上記(3)ア(イ)と同様の理由により、前記「線材」は本件特許発明2の「熱間圧延線材」に相当する。
c 上記aで摘記した本件特許明細書の段落【0008】、【0050】、【0051】の記載、及び、一般に「焼鈍材」が焼鈍を施された材料という意味であることを踏まえると、甲1発明2の「焼鈍線材」は、本件特許発明2の「熱間圧延線材の焼鈍材」に相当する。
(ウ)また、引張強度と引張強さは同じ意味であるから、甲1発明2の「焼鈍線材」が「引張強度725MPa」であることは、本件特許発明2の「熱間圧延線材の焼鈍材」の「引張強さが800MPa以下である」との条件を満たす。
(エ)上記(ア)~(ウ)より、本件特許発明2と甲1発明2とは、
「質量%で、C:0.300~1.000%、Si:2.00%以下、Mn:0.01~2.00%、P:0.10%以下、S:0.020%以下、Ni:0.01~2.00%、Cr:10.5~18.0%、Mo:0.01~2.00%、Cu:0.01~2.00%及びN:0.001~0.200%を含有し、残部がFe及び不純物である鋼組成を有するマルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材の焼鈍材であって、引張強さが800MPa以下であるマルテンサイト系ステンレス焼鈍線材。」である点で一致し、次の点で相違する。
<相違点2>
本件特許発明2では「断面組織において直径50nm以上の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域を5%以上有」するのに対し、甲1発明2ではそのような特定がなされていない点。
イ 相違点2についての判断
(ア)はじめに、相違点2が実質的な相違点であるか否かを検討する。
(イ)甲1には、マルテンサイト系ステンレス焼鈍線材の「断面組織において直径50nm以上の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域」について、何ら記載も示唆もされていない。
(ウ)ここで、本件特許明細書の記載から、マルテンサイト系ステンレス焼鈍線材が「引張強さが800MPa以下」かつ「断面組織において直径50nm以上の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域を5%以上有」するという構造が得られた条件を検討する。
a 上記(3)イ(ウ)で摘記した本件特許明細書段落【0053】~【0067】の記載によれば、本発明例No.1~36として、鋼組成が、鋼種A~AJであって、「鋼の溶製の際には、ステンレス鋼の安価な溶製プロセスであるAOD溶製を想定し、100kgの真空溶解炉にて溶解し、直径180mmの鋳片に鋳造した」という工程と、「鋳造した鋳片に、鋳片加熱温度1150℃で加熱を行い、全圧延工程での温度範囲を1050~1150℃で直径14mmまで線材圧延を施し、400℃までの冷却速度200℃/minで冷却し、温度900℃で焼鈍を施した」という工程を経て、直径14mmの線材とした場合に、引張強さが800MPa以下かつ「断面組織において直径50nm以上の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域を5%以上有」するという構造を満たす焼鈍線材が得られたことが示されている。
b また、上記本件特許明細書段落【0053】~【0067】、【0073】~【0074】の記載によれば、本発明例No.21、60~64として、鋼組成が、「質量%で、C:0.732%、Si:0.98%、Mn:1.02%、P:0.05%、S:0.009%、Ni:1.05%、Cr:15.2%、Mo:0.95%、Cu:0.99%及びN:0.097%を含有し、残部がFe及び不純物である鋼組成」(鋼種U)であって、製造方法について、それぞれ、「圧延前の鋳片加熱温度」を1149℃/1000℃/1048℃/1103℃/1201℃/1250℃とし、「粗圧延温度」を1051℃/900℃/948℃/1003℃/1074℃/1100℃とし、「仕上圧延温度」を1076℃/900℃/951℃/998℃/1148℃/1250℃とし、「圧延後400℃までの冷却速度」を200℃/min/50℃/min/99℃/min/151℃/min/251℃/min/300℃/minとし、圧延後の焼鈍温度を1076℃/750℃/803℃/847℃/949℃/1000℃とした場合に、引張強さが800MPa以下かつ「断面組織において直径50nm以上の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域を5%以上有」するという構造を満たす焼鈍線材が得られたことが示されている。
(エ)上記(ウ)を踏まえて、甲1発明2について検討する。
a 甲1発明2は、本発明例No.21、60~64と、製造方法について「圧延前の鋳片加熱温度」の点で一致するものの、「圧延後400℃までの冷却速度」は不明であり、鋼組成について異なる。
b 甲1発明2は、本発明例No.1~36と、鋼組成の範囲が同様であるが、製造方法について、全圧延工程での温度範囲や焼鈍温度の点で相違する。
c 以上によれば、甲1発明2は、本件特許明細書において、引張強さが800MPa以下かつ「断面組織において直径50nm以上の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域を5%以上有」するという構造が得られた実施例と、鋼組成及び製造方法の少なくともいずれかにおいて相違するものであり、甲1発明2の鋼組成及び製造方法から甲1発明2のマルテンサイト系ステンレス焼鈍線材が、引張強さが800MPa以下かつ「断面組織において直径50nm以上の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域を5%以上有」するとはいえない。
(オ)したがって、上記相違点2は実質的な相違点である。
(カ)次に、上記相違点2の容易想到性について検討する。
(キ)上記(イ)のとおり、甲1には、マルテンサイト系ステンレス焼鈍線材の「断面組織」における「直径50nm以上の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域」について、記載も示唆もされていないことから、甲1発明において、「断面組織において直径50nm以上の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域」を「5%以上」とする動機付けがあるとはいえない。
(ク)また、甲2、甲3にも、マルテンサイト系ステンレス焼鈍線材について「引張強さが800MPa以下」かつ「断面組織において直径50nm以上の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域を5%以上有」するという構造を満たすことについて、記載も示唆もされていない。
(ケ)上記(キ)、(ク)より、上記相違点2に係る特定事項を備えることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。
(コ)上記(オ)、(ケ)より、相違点2は実質的な相違点であり、甲1発明2において当該相違点2に係る特定事項を備えるようにすることは、当業者にとって容易ではない。
ウ 申立人の主張の検討
(ア)申立人は、上記相違点2について、特許異議申立書の第22頁において、次のa~cのとおり主張する。
a 本件特許明細書には「焼鈍線材における炭化物数密度が小さい領域の割合は、熱間圧延線材における残留オーステナイトの割合に対応しており」と記載されている。
b 甲1に記載された線材は、熱間の線材圧延後の焼鈍の温度780~860℃について、本件特許明細書に記載されている焼鈍の温度範囲と重複している。
c よって、本件特許発明1と同程度の残留オーステナイト量を有する甲1に記載されたマルテンサイト系ステンレス鋼を焼鈍した線材は、本件特許発明2と同様に、「断面組織において直径50nm以上の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域」が5%以上である蓋然性が高い。
(イ)しかしながら、上記イ(イ)~(エ)の引張強さが800MPa以下かつ「断面組織において直径50nm以上の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域を5%以上有」する鋼種及び製造プロセスの組み合わせの検討を踏まえると、仮に、甲1に記載されたマルテンサイト系ステンレス鋼を780~860℃で焼鈍して焼鈍線材を得たとしても、本願明細書に記載の本発明例と鋼種及び製造プロセスの組み合わせと完全に一致する例には至らず、鋼種と製造プロセスが引張強さ及び炭化物数密度に影響を及ぼす因子であることは明らかであるから、当該焼鈍線材について、本件特許発明2と同様に、引張強さが800MPa以下かつ「断面組織において直径50nm以上の炭化物数密度が1.4個/μm2以下である領域を5%以上有」する蓋然性が高いとはいえない。
(ウ)よって、申立人の主張は採用しない。
エ 小括
よって、本件特許発明2は、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、甲1~3に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(5)本件特許発明3~6について
ア 本件特許の請求項3~6は、請求項1又は2の記載を直接又は間接的に引用するものであるから、本件特許発明3~6は、少なくとも本件特許発明1又は本件特許発明2の発明特定事項を備えるものである。
イ 本件特許発明1、2は、上記(3)、(4)のとおり、甲1に記載された発明ではなく、また、甲1~3に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
ウ そうすると、少なくとも本件特許発明1、2の発明特定事項を備える本件特許発明3~6についても、甲1に記載された発明とはいえず、また、甲1~3に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(6)本件特許発明7について
ア 本件特許の請求項7は、請求項1又は3の記載を引用し、本件特許発明7は、本件特許発明1又は3の「マルテンサイト系ステンレス熱間圧延線材」を「製造する方法」の発明に係るものであって、少なくとも本件特許発明1又は本件特許発明3の発明特定事項を備えるものである。
イ 本件特許発明1、3は、上記(3)、(5)のとおり、甲1に記載された発明ではなく、また、甲1~3に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
ウ そうすると、少なくとも本件特許発明1、3の発明特定事項を備える本件特許発明7についても、甲1に記載された発明とはいえず、また、甲1~3に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
エ また、本件特許発明7は「圧延後400℃までの冷却速度が50~300℃/minである」ことを発明特定事項に含むが、上記(3)のとおり、当該特定事項は甲1に記載されたものではなく、この点においても、本件特許発明7は、甲1~3に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(7)申立理由1、2についてのまとめ
以上のとおり、本件特許発明1~7は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるとはいえないし、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、申立理由1、2によっては、同発明に係る特許を取り消すことはできない。
第5 むすび
以上の通り、申立人による特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1~7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1~7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2026-700231