特許異議申立
2025-700156
認知機能速度改善用の組成物
- 審判番号
- 2025-700156
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-173695
- 登録番号
- 7529255
- 請求日
- 2025年02月05日
- 審決日
- 2026年01月28日
- 公報発行日
- 2026年04月24日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】株式会社エル・エスコーポレーション
- 【権利者代理人】大池 聞平
- 【異議申立人】尾崎 真実
- 審判長/審判官
- 審判長 天野 宏樹
- 審判官 松田 成正
- 審判官 宮久保 博幸
- 分類
- P1651.121-YAA(A23L) / P1651.537-YAA(A23L)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の5第5項、特許法第120条の5第7項、特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7529255号発明「認知機能速度改善用の組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7529255号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-12〕について訂正することを認める。
特許第7529255号の請求項1~5、10、12に係る特許を維持する。
特許第7529255号の請求項6~9、11に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7529255号(以下、「本件特許」という。)についての出願は、令和2年10月15日(優先権主張 令和元年10月17日)を出願日とする特許出願(以下、「本件出願」という。)であって、令和6年7月29日にその特許権の設定登録がされ、同年8月6日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、令和7年2月5日に特許異議申立人 尾崎 真実(以下、「申立人」という。)から特許異議の申立て(対象請求項:請求項1ないし12)がされたものである。
その後の手続の経緯は以下のとおりである。
令和7年 4月17日付け:取消理由通知
同年 6月17日 :訂正請求書及び意見書(特許権者)
同年 同月23日付け:訂正請求があった旨の通知
(特許法第120条の5第5項)
同年 7月24日 :意見書(申立人)
同年 9月 5日付け:取消理由通知(決定の予告)
同年11月 6日 :意見書(特許権者)
同年12月 5日 :上申書(申立人)
令和8年 1月 9日付け:取消理由通知(決定の予告)
同年 1月16日 :訂正請求書及び意見書(特許権者)
なお、令和7年6月17日にされた訂正請求(以下、その訂正請求による訂正を「先の訂正」という。)は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。
以下、令和8年1月16日に提出された訂正請求書を「本件訂正請求書」といい、本件訂正請求書による訂正の請求を「本件訂正請求」といい、本件訂正請求による訂正を「本件訂正」という。
また、先の訂正後に申立人に意見書を提出する機会が与えられたこと、及び、先の訂正後の本件訂正が実質的には請求項8の削除のみの訂正であることから、特許法第120条の5第5項ただし書に規定された特別の事情があるときに該当し、申立人に再度の意見書の提出の機会を与えていない。
第2 訂正の適否についての判断
1 請求の趣旨
本件訂正請求の趣旨は、「特許第7529255号の特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~12について訂正することを求める。」というものである。
2 訂正の内容等
本件訂正の内容は、以下の(1)ないし(9)のとおりである。(下線は、訂正箇所について合議体が付したものである。)
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「L-エルゴチオネインを有効成分として含有する、認知機能速度改善用の組成物。」と記載されているのを、「L-エルゴチオネインを有効成分として含有し、当該組成物が食品組成物である、認知機能速度改善用の組成物。」に訂正する。
請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2、3、5、10、12も同様に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項4に「タモギダケ抽出物を有効成分として含有する、認知機能速度改善用の組成物。」と記載されているのを、「タモギダケ抽出物を有効成分として含有し、当該組成物が食品組成物である、認知機能速度改善用の組成物。」に訂正する。
請求項4の記載を直接又は間接的に引用する請求項5、10、12も同様に訂正する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項6を削除する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項7を削除する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項8を削除する。
(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項9を削除する。
(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項10に「前記食品組成物が、健康食品、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント、特定保健用食品、病者用食品、又は高齢者用食品である、請求項9に記載の組成物。」と記載されているのを、「前記食品組成物が、健康食品、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント、特定保健用食品、病者用食品、又は高齢者用食品である、請求項1乃至5の何れか1つに記載の組成物。」に訂正する。
(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項11を削除する。
(9)訂正事項9
特許請求の範囲の請求項12に「当該組成物が、タモギタケエキスからなる組成物、フリーズドライされた組成物、又はスプレードライされた組成物である、請求項1乃至11の何れか1つに記載の組成物。」と記載されているのを、「当該組成物が、タモギタケエキスからなる組成物、フリーズドライされた組成物、又はスプレードライされた組成物である、請求項1乃至5及び10の何れか1つに記載の組成物。」に訂正する。
(10)一群の請求項について
訂正前の請求項1~3、5~12について、請求項2~3、5~12は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであるから、訂正前の請求項1~3、5~12に対応する訂正後の請求項1~3、5~12は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
訂正前の請求項4~12について、請求項5~12は、請求項4を直接又は間接的に引用して特定するものであるから、訂正前の請求項4~12に対応する訂正後の請求項4~12は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
そして、上記2つの一群の請求項は、いずれも請求項5~12が共通するから、これら2つの一群の請求項は組み合わされて、1つの一群の請求項となる。したがって、訂正前の請求項1~12に対応する訂正後の請求項1~12は特許法第120条の5第4項に規定される一群の請求項である。
3 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、独立特許要件
(1)訂正事項1について
訂正事項1に係る請求項1の訂正は、認知機能速度改善用の組成物につき「当該組成物が食品組成物である」と限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項1に係る請求項1の訂正は、本件特許の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の【0015】、【0021】の記載からみて、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2、3、5、10、12についても同様である。
(2)訂正事項2について
訂正事項2に係る請求項4の訂正は、認知機能速度改善用の組成物につき、「当該組成物が食品組成物である」と限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項2に係る請求項4の訂正は、本件明細書の【0015】、【0021】の記載からみて、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
請求項4の記載を直接又は間接的に引用する請求項5、10、12についても同様である。
(3)訂正事項3について
訂正事項3に係る請求項6の訂正は、請求項6を削除するというものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項3に係る請求項6の訂正が、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
(4)訂正事項4について
訂正事項4に係る請求項7の訂正は、請求項7を削除するというものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項4に係る請求項7の訂正が、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
(5)訂正事項5について
訂正事項5に係る請求項8の訂正は、請求項8を削除するというものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項5に係る請求項8の訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
(6)訂正事項6について
訂正事項6に係る請求項9の訂正は、請求項9を削除するというものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項6に係る請求項9の訂正が、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
(7)訂正事項7について
訂正事項7に係る請求項10の訂正は、訂正前の請求項10が請求項9の記載を引用する記載であったところ、訂正事項6で請求項9が削除されて請求項9を引用できなくなったこと、及び、訂正事項3ないし5で請求項6ないし8が削除されて請求項9の従属先の請求項6ないし8を引用できなくなったことに伴い、請求項10の引用先を変更するものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、訂正事項7に係る請求項10の訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
(8)訂正事項8について
訂正事項8に係る請求項11の訂正は、請求項11を削除するというものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項8に係る請求項11の訂正が、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
(9)訂正事項9について
訂正事項9に係る請求項12の訂正は、請求項6ないし9及び11が削除されたことに伴い、引用先の請求項から請求項6ないし9及び11を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項9に係る請求項12の訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
(10)独立特許要件について
本件においては、訂正前のすべての請求項1~12に対して特許異議の申立てがされているので、訂正前の請求項1~12を訂正する上記訂正事項に係る訂正については、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。
4 訂正についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-12〕について訂正することを認める。
第3 本件特許発明
上記第2のとおり、訂正後の請求項〔1-12〕について訂正することを認めるので、本件特許の請求項1ないし12に係る発明(以下、これらの発明を順に「本件発明1」、「本件発明2」などといい、総称して「本件発明」という。)は、令和8年1月16日に提出された本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし12に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
L-エルゴチオネインを有効成分として含有し、
当該組成物が食品組成物である、認知機能速度改善用の組成物。
【請求項2】
前記L-エルゴチオネインがタモギダケ抽出物に含有されている、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記L-エルゴチオネインの摂取量が、成人1人1日当たり1mg~30mgである、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
タモギダケ抽出物を有効成分として含有し、
当該組成物が食品組成物である、認知機能速度改善用の組成物。
【請求項5】
前記認知機能速度として、脳における情報処理速度を改善する、請求項1乃至4の何れか1つに記載の組成物。
【請求項6】(削除)
【請求項7】(削除)
【請求項8】(削除)
【請求項9】(削除)
【請求項10】
前記食品組成物が、健康食品、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント、特定保健用食品、病者用食品、又は高齢者用食品である、請求項1乃至5の何れか1つに記載の組成物。
【請求項11】(削除)
【請求項12】
当該組成物が、タモギタケエキスからなる組成物、フリーズドライされた組成物、又はスプレードライされた組成物である、請求項1乃至5及び10の何れか1つに記載の組成物。」
第4 特許異議申立理由の要旨
申立人が申し立てた請求項1ないし12に係る特許に対する特許異議申立理由の要旨は、次のとおりである。
1 申立理由1(甲第1号証を主たる証拠とする進歩性)
本件発明1~12は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法同条の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
2 申立理由2(甲第2号証を主たる証拠とする進歩性)
本件発明1~12は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法同条の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
3 申立理由3(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし12に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
(1)層別解析の結果について
本件明細書の実施例には、エルゴチオネイン摂取群とプラセボ摂取群について、認知機能に関するコグニトラックス検査を実施し、エルゴチオネインの効果を評価したことが記載されている(【0052】~【0053】)。また、【0058】には、PPS症例解析に加えて、加齢に伴う認知機能低下の改善効果を確認するために、層別解析を行ったと記載されている。
本件明細書の表5及び6から、層別解析では、認知機能速度はエルゴ群及びプラセボ群で有意差(P<0.05)はない。つまり、表5~6には、層別解析の対象者(健常者40歳以上、MMSEスコアが27点以下のMCIの者30歳以上の者(【0058】))においては、エルゴチオネインの摂取は、認知機能速度の改善に有意な効果がなかったことが示されている。
このような明細書の記載から、本件特許発明の全範囲において、本発明の課題を解決できるとは到底認められない。特に、請求項6及び7にあるような「加齢に伴う・・・・の低下を改善する」効果が得られることや、あらゆる年代のあらゆる対象(特に、層別解析の対象である健常者40歳以上、MMSEスコアが27点以下のMCIの者30歳以上の者)において、エルゴチオネインを単に摂取することで認知機能速度を改善できるとは到底理解できない。
(2)加齢に伴う持続的注意力低下への効果について
本件明細書の表5及び6から、加齢に伴う持続的注意力低下への効果についても、エルゴ群とプラセボ群において群間有意差はない。少なくとも、層別解析の対象者については、エルゴチオネインによる持続的注意力の改善は確認できない。
4 証拠方法
・甲第1号証:National University Hospital. Singapore, ”Investigating the Efficacy of Ergothioneine to Delay Cognitive Decline”, [online], US Clinical Trials Registry, 2018年8月19日,[令和7年1月20日検索], インターネット<URL:https://ichgcp.net/clinical-trials-registry/NCT03641404>
・甲第2号証:FOOD STYLE 21,2017年,Vol.21,No.2,p.21-24
・甲第3号証:特開2017-218431号公報
・甲第4号証:特開2014-193844号公報
・甲第5号証:CNS Vital Signs Interpretation Guide, [online], 2003年, CNS Vital Signs, LLC, [令和7年1月20日検索], インターネット<URL:https://www.cnsvs.com/WhitePapers/CNSVS-BriefinterpretationGuide.pdf>
・甲第6号証:CNS Vital Signs, Clinical Practice, [online],[令和7年1月20日検索],インターネット<URL:https://www.cnsvs.com/ClinicalPractice.html>
・甲第7号証:中国特許出願第202011104407.0号に対する2024年4月11日付拒絶査定書
また、申立人は、令和7年7月24日に提出した意見書(以下、「意見書」という。)に添付して、次の甲第8号証を提出している。
・甲第8号証:メタアナリシス(Wikipedia),[online],[令和7年7月14日検索]<URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/メタアナリシス>
なお、証拠の表記については、特許異議申立書及び意見書における記載におおむね従った。以下、順に「甲1」のようにいう。
5 特許権者から提出された証拠方法
特許権者は、令和7年6月17日に提出した意見書に添付して、次の乙第1号証及び乙第2号証を提出している。
・乙第1号証:機能性表示食品に関する質疑応答集(平成29年9月29日消食表第463号)(消費者庁食品表示企画課長通知)一部改正 令和元年7月1日消食表第131号P.1,4,25-26
・乙第2号証:機能性表示食品に関する質疑応答集(平成29年9月29日消食表第463号)(消費者庁食品表示企画課長通知)一部改正 令和5年9月29日消食表第543号P.1,4,26-27
また、特許権者は、令和7年11月6日に提出した意見書に添付して、次の乙第3号証ないし乙第9号証を提出している。
・乙第3号証:「認知機能とは|認知機能の見える化プロジェクト」、インターネット<URL:https://cogniscale.jp/function/>
・乙第4号証:Glenn J Larrabee, “Test Validity and Performance Validity: Considerations in Providing a Framework for Development of an Ability-Focused Neuropsychological Test Battery”, Archives of Clinical Neuropsychology, Volume 29, Issue 7, 2014年11月, Pages 695-714の要約が掲載されたウェブページ
・乙第5号証:「Cognitrax(コグニトラックス)で判ること」、株式会社ヘルス・ソリューション、インターネット<URL:http://www.cognitrax.jp/text/Cognitrax_validity.pdf>
・乙第6号証:「記憶の精度を高める」、株式会社オルトメディコ
・乙第7号証:異議の決定(異議2022-700309)、特許庁、令和4年8月9日付け
・乙第8号証:機能性の科学的根拠に関する点検表(商品名「ナイトヴェール サプリメント」)、2024年7月19日(届出日)、消費者庁、インターネット<URL:https://www.fld.caa.go.jp/caaks/s/cssc01/fwccd01?c__id=a09F900004sk8FgIAI>
・乙第9号証:機能性の科学的根拠に関する点検表(商品名「キリンiMUSE(イミューズ) 免疫ケア・疲労感ダウン」、2025年6月20日(届出日)、消費者庁、インターネット<URL:https://www.fld.caa.go.jp/caaks/s/cssc01/fwccd01?c__id=a09F900004skSBuIAM>
なお、証拠の表記については、各意見書における記載におおむね従った。
第5 取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由の概要
1 令和7年9月5日付けで通知した取消理由の概要は次のとおりである。
(1)取消理由(サポート要件)
本件特許の請求項1~5、8、10及び12についての特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
本件発明1が解決すべき課題は、「記憶・学習以外の認知機能である認知機能速度の改善に有用な組成物を提供する」ことにあると認められる。
これに対し、発明の詳細な説明の記載、特に表3、4及び【0067】によれば、解析対象とする集団の層を限定しないPPS症例解析において、「認知機能速度」について8週時に群間で有意差(p<0.05)が見られるものの、12週時において有意差が確認できず、12週以降の結果についても示されていない。さらに、本件出願日当時において、L-エルゴチオネインが認知機能速度改善につながる作用効果を有することが技術常識であったとも認められない。そうすると、L-エルゴチオネインを摂取した場合に、認知機能速度を改善できるか否かは明らかとはいえないから、発明の詳細な説明の記載及び本件出願日当時の当業者の技術常識に照らしても、L-エルゴチオネインが「記憶・学習以外の認知機能である認知機能速度の改善に有用な組成物を提供する」という課題を解決できることを、当業者が理解するとはいえない。
よって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。L-エルゴチオネインを含有するタモギダケ抽出物を有効成分とする本件発明4、及び請求項1又は4を直接又は間接的に引用して特定される本件発明2、3、5、8、10、12も、本件発明1と同様に判断される。
2 令和8年1月9日付けで通知した取消理由の概要は次のとおりである。
(1)取消理由(サポート要件)
本件特許の請求項8、10及び12についての特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
発明の詳細な説明に記載されたPPS症例解析の結果によれば、「認知機能速度」について8週時に群間で有意差が確認されているから、L-エルゴチオネインを有効成分として含有する組成物により、年齢層を特定しない被験者集団について「認知機能速度を改善する」ことが示されているといえる。
一方、発明の詳細な説明には、層別解析の「単純注意力」において摂取8週時に群間で有意差が確認されたことが記載されている。しかしながら、PPS症例解析がMMSEスコアに偏りが生じないように置換ブロック法により無作為に割り付けられた被験者集団に基づくのに対し、層別解析は、PPS症例解析の被験者集団の一部を年齢等の条件により事後的に抽出した被験者集団に基づくもの(発明の詳細な説明の【0044】~【0049】、【0058】~【0059】)であって、無作為性が担保されたものといえるか不明である。したがって、層別解析の結果は、発明の課題解決を立証する証拠としては不十分なものである。さらに、仮に層別解析が統計学的に信頼できるものとしても、層別解析では「認知機能速度」において群間で有意差が確認されていないから、その結果は「加齢に伴う単純注意力の低下を改善する」ことを示すにとどまる。
本件発明8が解決すべき課題は「記憶・学習以外の認知機能である認知機能速度に加え、加齢に伴う単純注意力の低下を改善する」ことにあるところ、PPS症例解析と層別解析とは互いに異なる被験者集団に基づく解析であって、両解析で確認された効果が同じ被験者において併せて得られることが示されているわけではないから、それらの結果を総合しても、当業者が「認知機能速度に加え、加齢に伴う単純注意力の低下を改善する」という課題を解決できると認識できるとはいえない。
よって、本件発明8並びに請求項8を引用する本件発明10及び12は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。
第6 当審の判断
当審は、以下のとおり、取消理由及び申立理由の理由では、本件特許の請求項1~5、10及び12に係る特許を取り消すことはできないものと判断する。
なお、取消理由と申立理由3は、いずれもサポート要件についての理由であるから、併せて判断する。
1 取消理由(サポート要件)及び申立理由3(サポート要件)について
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
そこで、以下、この判断基準に照らして検討する。
(2)本件特許の発明の詳細な説明の記載
本件明細書の発明の詳細な説明(以下、「発明の詳細な説明」という。)には次の記載がある。
・「【0008】
本発明の目的は、記憶・学習以外の認知機能改善に有用な組成物、及び、その組成物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究した結果、L-エルゴチオネインには、認知機能速度を改善させる効果があること、加齢に伴う言語記憶力を改善させる効果があること、加齢に伴う持続的注意力を改善させる効果があること、及び、加齢に伴う単純注意力を改善させる効果があることを見つけ出した。そして、これらの知見により、本発明を完成するに至った。」
・「【0019】
L-エルゴチオネインは、溶液中において、チオール構造との互変異性体となることが知られており、熱や酸に対して安定である。また、L-エルゴチオネインは、アスコルビン酸と同様に抗酸化物質であり、生体内で合成できず外部から摂取する必要がある。本改善用組成物に含有させるL-エルゴチオネインは、食品用途や医薬品用途での消化性、安全性、味覚等の観点から、L-エルゴチオネインを含むキノコ類や酒粕などからの抽出物を用いることが好ましい。但し、化学合成による市販品のL-エルゴチオネインを用いてもよい。
【0020】
L-エルゴチオネインを抽出するキノコ類としては、タモギタケ(学名:Pleurotus cornucopiae var.citrinopileatus)、エノキタケ属(Flammulina)に属するエノキタケ(Flammulina velutipes)等、オオイチョウタケ属(Leucopaxillus)に属するオオイチョウタケ(Leucopaxillus giganteus)等、キコブタケ属(Phellinus)に属するメシマコブ(Phellinus linteus)等、キシメジ属(Tricholoma)に属するサウーバ(Tricholoma sp.)等、ササクレヒトヨタケ属(Coprinus)に属するササクレヒトヨタケ(Coprinus comatus)等、サンゴハリタケ属(Hericiaceae)に属するヤマブシタケ(Hericium erinaceum)等、シメジ属(Lyophyllum)に属するホンシメジ(Lyophyllum shimeji)等、ハタケシメジ(Lyophyllum decastes)等、ショウゲンジ属(Rozites)に属するショウゲンジ(Rozites caperata)等、スギタケ属(Pholiota)に属するナメコ(Pholiota nameko)等、ヒラタケ属(Pleurotus)に属するウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)、ヒラタケ(Pleurotus ostreatus)、エリンギ(Pleurotus eryngii)等、ブナハリタケ属(Mycoleptodonoides)に属するブナハリタケ(Mycoleptodonoides aitchisonii)等、フミツキタケ属(Agrocybe)に属するヤナギマツタケ(Agrocybe cylindracea)等、及び、マイタケ属(Grifola)に属するアンニンコウ(Grifola gargal)等からなる群から少なくとも1種以上を選択することができる。特に、抽出物を長期間に亘って使用した場合の低副作用や安全性の観点から、タモギタケ、エノキタケ、オオイチョウタケ、ササクレヒトヨタケ、ヤマブシタケ、ホンシメジ、ナメコ、ヒラタケ、エリンギ、及び、ブナハリタケが好ましく、これらの中でも、タモギタケは、国内での採取が容易でもある。」
・「【0025】
[認知機能速度改善用組成物の製造方法について]
本改善用組成物の製造方法(以下、「本製造方法」と言う場合がある。)について説明する。
【0026】
本製造方法では、L-エルゴチオネインの原料としてタモギタケを用いる。本製造方法に用いるタモギタケは、天然に自生しているものでもよいし、人工栽培されたものでもよい。また、生のタモギタケを用いてもよいし、採取したタモギタケを加工したものを用いてもよい。タモギタケを加工したものとしては、乾燥させたもの、又は、乾燥後に粉末にしたものなどを用いることができる。なお、L-エルゴチオネインの原料として、タモギタケ以外のキノコ類を用いてもよい。
【0027】
本製造方法は、タモギタケの水系溶媒抽出物(例えばタモギタケエキス)を製造する抽出物製造工程を行う。タモギタケの水系溶媒抽出物は、水系溶媒によってタモギタケから抽出された成分を含有する液体状(タモギダケ濃縮液)、半固体状、若しくは固体状の物質、又は、これらの物質から選択される1又は2以上の物質の混合物である。
【0028】
抽出物製造工程では、例えば定法に従いタモギタケの水系溶媒抽出物を製造することができる。例えば、水系溶媒にタモギタケを投入し、粉砕・攪拌しながら加熱した後に、濾過などにより固液分離して液体成分を回収することにより、タモギタケの水系溶媒抽出物を製造することができる。
【0029】
なお、抽出物製造工程において、上述の液体成分を回収した後に、さらに限外濾過又は超音波処理などを行ってもよい。この場合、このような限外濾過物(濾液および濾物)又は超音波処理物が、本工程で最終的に得られるタモギタケの水系溶媒抽出物となる。
【0030】
また、タモギタケを煮出して得た煮汁をイオン交換樹脂に供した後に、そのイオン交換樹脂から陽イオン性化合物の溶出液を取得し、その溶出液を濃縮させ、その濃縮させた液体を高速液体クロマトグラフィーに通すことでL-エルゴチオネインの分離・精製を行ってもよい。この場合、分離・精製により得られるタモギタケエキスが、本工程で最終的に得られるタモギタケの水系溶媒抽出物となる。
【0031】
ここで、抽出物製造工程に用いる水系溶媒は、極性溶媒を主体とした溶媒を用いることができる。水系溶媒には、1種類の極性溶媒を用いてもよいし、2種類以上の極性溶媒を混合したものを用いてもよい。本製造方法に適用する極性溶媒としては、水、メタノール、エタノール、酢酸、ギ酸、1-ブタノール、1-プロパノール、2-プロパノールなどが挙げられる。好ましい極性溶媒は水である。
【0032】
また、水系溶媒は、極性溶媒に溶質を加えずにそのまま用いてもよいし、極性溶媒に予め溶質を混合又は溶解させたものを用いてもよい。溶質を混合又は溶解させた水系溶媒としては、例えば、水にクエン酸を混合または溶解させたクエン酸水溶液、水に重曹を混合または溶解させた重曹水溶液、食塩を酢酸に混合または溶解させた食塩酢酸溶液などを用いることができる。また、水系溶媒の性質は、酸性、中性又は塩基性の何れでもよい。また、水系溶媒の温度は、その機能が損なわれない限り特に限定されず、低温、常温又は高温の何れであってもよく、好適な水系溶媒として熱水を用いることができる。抽出物製造工程における熱水の温度は、例えば90℃に設定することができる。」
・「【0043】
-試験方法-
臨床試験の方法としては、2つの試験食品摂取群として、エルゴチオネイン摂取群(被験食品群)とプラセボ摂取群(対照群)を用いたプラセボ対照ランダム化並行群間二重盲検比較試験を採用した。なお、以下では、エルゴチオネイン摂取群を「エルゴ群」、プラセボ摂取群を「プラセボ群」と言う。」
・「【0044】
-被験者の割り付け-
被験者の選定にあたっては、70名に対しスクリーニング調査を行い、適格基準(1)~(11)の全てに該当し、且つ、除外基準(A)~(D)の全てに該当しない52名を被験者に組み入れた。
【0045】
<適格基準>
(1)スクリーニング検査によるMMSEの結果が23点以上の者
(2)年齢:20歳以上80歳未満の者
(3)性別:問わない
(4)喫煙習慣のない者
(5)エルゴチオネインを多量に含む食事を摂る習慣がない者(エルゴチオネインを多量に含む食事:キノコ類、レバー、穀類、豆類)
(6)サプリメントや健康食品を常用していない者
(7)生活習慣病(高血圧、糖尿病など)やリウマチ、肝障害、腎障害、その他慢性疾患に罹患していない者
(8)悪性腫瘍、心不全、心筋梗塞の治療の既往歴がない者
(9)エルゴチオネインを多量に含むキノコ類、医薬品にアレルギー既往のない者
(10)治療を目的とした通院、投薬をしていない者
(11)臨床試験の内容を十分に理解し、文書による同意を受けている者
【0046】
なお、適格基準(1)のMMSE(ミニメンタルステート検査)とは、30点満点に対して合計点で認知症の進行度合い等を評価する検査であり、20点以下で認知症が疑われるとされている。本試験では、MMSEスコアが23~27点の者をMCIと判定し、28~30点の者を健常者と判定した。
【0047】
<除外基準>
(A)妊娠している若しくは授乳中の女性、或いは、試験期間中に妊娠意思のある者
(B)他の治験、或いは、臨床試験に参加中の者、及び、3ヶ月以内に他の治験、或いは、臨床試験に参加した者
(C)担当医師及び医療機関スタッフの指示に従えない者
(D)その他、試験実施担当者により何らかの問題があると判断された者
【0048】
そして、被験者背景としてMMSEスコアに偏りが生じないよう、置換ブロック法により被験者52名を無作為にエルゴ群26名、プラセボ群26名に割り付けた。MMSEスコアの平均値について、エルゴ群は27.2点、プラセボ群は27.1点で同程度であった。
【0049】
また、MMSEスコア以外の被験者背景としては、性別はエルゴ群では男性11名、女性15名であり、プラセボ群では男性7名、女性19名であった。なお、被験者背景のデータについて、身長、体重、BMI、収縮期血圧、拡張期血圧、脈拍数、体温のデータにおいて、群間での有意差はみられなかった。
【0050】
-検査スケジュール、検査内容-
各被験者は、表1に記載のスケジュールで医療機関(試験実施機関)に来院して、検査項目に記載の検査・診断・テストを行った。このスケジュールについて、摂取0週時(0w:最初の検査日)を起算日として、摂取4週時(4w:最初の検査日から28日±3日以内)、摂取8週時(8w:最初の検査日から56日±6日以内)、摂取12週時(12w:最初の検査日から84日±6日以内)にそれぞれに検査等を行った。
【0051】
【表1】
[図:0001434140000001.jpg]
【0052】
各検査日について、各被験者は、起床後、朝食を摂取し、問診、身体測定、血圧測定、血液検査を行った。血液検査では、エルゴチオネインの血中濃度を計測した。その後、「Cognitrax検査実施ガイド」に則り、各被験者に対し、認知機能に関するコグニトラックス(Cognitrax)検査を実施した。なお、認知機能を正確に測るため、各被験者は、各検査日の前日に暴飲暴食を控えるようにした。
【0053】
ここで、コグニトラックス検査とは、米国のCNS Vital Signs社が開発した認知機能検査技術をベースとし、株式会社ヘルス・ソリューションが日本向けにデザインした認知機能検査サービスである。コグニトラックス検査では、言語記憶テスト、視覚記憶テスト、指たたきテスト、符号化テスト(SDCテスト)、ストループテスト、持続処理テスト、及び4パート持続処理テストを行い、総合記憶力、言語記憶力、視覚記憶力、認知機能速度、反応速度、総合注意力、認知柔軟性、処理速度、実行機能、ワーキングメモリー、持続的注意力、単純注意力、及び、運動速度の13つの項目(認知関連の検査項目)の各々について検査結果が数値化される。
【0054】
-試験食品、試験食品の摂取方法-
試験食品について、エルゴ群に対しては、タモギダケ抽出物から得たエルゴチオネイン5mg配合した食品(錠剤4粒あたり)とし、プラセボ群に対しては、エルゴチオネイン0mg配合した食品(錠剤4粒あたり)とした。各群の試験食品には、常温保存されたアルミパウチ包装のものを使用した。なお、試験食品は盲検化され、食品に割り付けられた識別番号を元に被験者に渡した。盲検化の対象は、試験に関係する者(被験者、介入実施者、評価者など)全員であり、解析対象被験者が固定されるまで、割付表は開封しないこととした。
【0055】
各被験者は、初回検査日の翌日より、朝食時に2錠、夕食時に2錠をそれぞれ水とともに摂取することとした(つまり、エルゴ群の1日当たりのエルゴチオネインの摂取量は5mg)。食事内容については特に指定せず、摂取期間中はキノコ類の多量の摂取は控えるように指導した。朝食後に摂取を忘れた場合には、なるべく早めに摂取することとし、夕食後に飲み忘れた場合には、寝るまでに摂取するよう指導した。原則として、食品の摂取率が80%以上の症例を解析対象として取り扱うこととした。
【0056】
なお、エルゴ群の試験食品は、フリーズドライ製法を用いて製造したものを使用した。具体的に、エルゴ群の試験食品は、タモギダケエキスにデキストリンを溶解させて材料液を作成する調合工程と、調合工程で得られた材料液を凍結させる予備凍結工程と、低温低圧条件下で予備工程後の材料液を凍結乾燥させる凍結乾燥工程とを順番に行うことにより得たものを使用した。
【0057】
-解析手法、解析対象-
統計手法としては、群間比較ではStudent’s t-testにて評価した。摂取前値との比較による群内比較では対応のあるt検定を行った。有意水準は両側5%とした。解析データには、各データにおける実測値および変化量を使用した。統計解析ソフトとしては、StatMate V(株式会社アトムス)を用いた。
【0058】
また、被験者52名のうち、途中でインフルエンザを罹患して所定の検査期間に検査できなかった者2名、食品摂取率は80%以上であったが食品を摂取できない期間が2週間あった者1名、食品摂取率が80%未満であった者1名を解析対象外とし、試験実施計画書に適合した対象集団 Per Protocol Set(PPS)症例にて統計解析(以下、「PPS症例解析」という。)を行った。また、加齢に伴う認知機能低下の改善効果を確認するために、健常者40歳以上、MMSEスコアが27点以下のMCIの者30歳以上を対象にした特定年齢層にて統計解析(以下、「層別解析」という。)を行った。なお、MMSEスコアが27点以下であっても20代の者については、加齢による認知機能低下を判断することが難しいため、層別解析から除外した。
【0059】
PPS症例解析の被験者数について、エルゴ群が25名(1名除外)、プラセボ群が23名(3名除外)であり、性別についてエルゴ群では男性11名、女性14名であり、プラセボ群では男性5名、女性18名であった。また、健常者かMCIの者かについて、エルゴ群では健常者14名、MCIの者11名であり、プラセボ群では健常者9名、MCIの者14名であった。また、層別解析の被験者数について、エルゴ群が20名、プラセボ群が19名であり、性別についてエルゴ群では男性8名、女性12名であり、プラセボ群では男性3名、女性16名であった。健常者かMCIの者かについて、エルゴ群では健常者10名、MCIの者10名であり、プラセボ群では健常者5名、MCIの者14名であった。」
・「【0062】
-コグニトラックス検査の解析結果-
図1~図13に、コグニトラックス検査における13つの項目について、実線でPPS症例解析の結果、波線で層別解析の結果を示し、太線でエルゴ群、細線でプラセボ群を示す。つまり、太線の実線は「PPS症例解析におけるエルゴ群の結果」、細線の実線は「PPS症例解析におけるプラセボ群の結果」、太線の波線は「層別解析におけるエルゴ群の結果」、細線の波線は「層別解析におけるプラセボ群の結果」を示す。なお、各図の凡例において、PPS症例解析の結果を「PPS」、層別解析の結果を「層別」と表す。
【0063】
各図において、縦軸は、該当する検査項目の点数の変化量(摂取0週時を基準にした変化量)について、解析対象者の平均値を表す。また、横軸は、検査タイミング(摂取0週時:0w、摂取4週時:4w、摂取8週時:8w、摂取12週時:12w)を表す。なお、各検査項目の点数について、「反応速度」、「総合注意力」は点数が小さい方(つまり、減少量が大きい方)が良好な状態を表し、それ以外の項目は点数が大きい方(つまり、増加量が大きい方)が良好な状態を表す。
【0064】
また、表3に、PPS症例解析の結果のうち、エルゴ群の有意差検定の結果(p値)を示す。また、表4に、表3に示す有意差検定の結果のうち、群間有意差又は群間有意傾向を確認できた検査項目の詳細な解析結果を示す。
【0065】
【表3】
[図:0001434140000002.jpg]
【0066】
【表4】
[図:0001434140000003.jpg]
【0067】
PPS症例解析における有意差検定結果によれば、「認知機能速度」について8週時に群間で有意差(p<0.05)を確認できた。また、「言語記憶」について12週時、「認知機能速度」について12週時、「ワーキングメモリー」について12週時、「持続的注意力」について4週時、「単純注意力」について4週時と8週時、及び「運動速度」について8週時と12週時に、群間で有意傾向(p<0.1)を確認できた。なお、何れの項目においても、摂取0週時に群間で有意差はなかった。この結果によれば、L-エルゴチオネインは、健常者か軽度認知症者かに拘わらず、認知機能速度の改善に有効であることが分かった。
【0068】
表5に、層別例解析の結果のうち、エルゴ群の有意差検定の結果(p値)を示す。また、表6に、表5に示す有意差検定の結果のうち、群間有意差又は群間有意傾向を確認できた検査項目の詳細な解析結果を示す。
【0069】
【表5】
[図:0001434140000004.jpg]
【0070】
【表6】
[図:0001434140000005.jpg]
【0071】
層別解析における有意差検定結果によれば、「言語記憶」について12週時、及び「単純注意力」について8週時に、群間で有意差(p<0.05)を確認できた。また、「認知機能速度」について8週時、「持続的注意力」について4週時、及び「単純注意力」について4週時と12週時に、群間で有意傾向(p<0.1)を確認できた。また、表6に記載していないが、「持続的注意力」について4週時の実測値に、群間で有意差(p<0.05)を確認できた。なお、何れの項目においても、摂取0週時に群間で有意差はなかった。この結果によれば、L-エルゴチオネインは、加齢に伴う言語記憶力の改善、加齢に伴う持続的注意力の改善、及び加齢に伴う単純注意力の改善に有効であることが分かった。
【0072】
以上より、L-エルゴチオネインは、認知機能速度の改善、言語記憶力の改善、注意力(持続的注意力、単純注意力(特に加齢に伴う各注意力))の改善に有効であることが分かった。L-エルゴチオネインを有効成分として含有する、上述の組成物は、認知機能速度改善用の組成物に加え、言語記憶力改善用の組成物、注意力(持続的注意力、単純注意力(特に加齢に伴う各注意力))改善用の組成物として利用することができる。」
(3)本件発明の課題について
本件発明1~4には「認知機能速度改善用の組成物」であることが特定されており、さらに、本件発明5には「前記認知機能速度として、脳における情報処理速度を改善する」ことが特定されている。そうすると、本件発明の特定事項及び上記(2)に示した発明の詳細な説明の【0008】~【0009】からみて、本件発明1~4並びに請求項1~4の記載を引用して特定する本件発明5、10及び12が解決すべき課題は「記憶・学習以外の認知機能である認知機能速度の改善に有用な組成物を提供する」ことにあり、本件発明5並びに請求項5の記載を引用して特定する本件発明10及び12がさらに解決すべき課題は「記憶・学習以外の認知機能である認知機能速度として、脳における情報処理速度を改善する」ことにあると認められる。
(4)本件明細書の記載について
上記(2)に示した発明の詳細な説明の記載、特に表3、4及び段落【0067】によれば、タモギダケ由来のエルゴチオネイン含有食品を用いた認知機能に関する臨床試験の結果として、試験実施計画書に適合した対象集団PPS症例にてのコグニトラックス検査の解析(以下、「PPS症例解析」という。)の「認知機能速度」において、摂取0週時に対する摂取4週時、8週時及び12週時でのプラセボ群の点数の変化量がそれぞれ1.3、-0.7及び0.6であったのに対し、エルゴ群(摂取群)の点数の変化量がそれぞれ2.8、8.9及び9.7となり、エルゴ群とプラセボ群の群間有意差検定の結果(p値)として、摂取8週時に有意差(p<0.05)が確認されたことが示されている。
(5)サポート要件の判断
発明の詳細な説明に示されたPPS症例解析の結果によれば、「認知機能速度」について8週時に群間で有意差が確認され、L-エルゴチオネインを8週間にわたり1日当たり5mg毎日摂取することにより、摂取しない場合よりも認知機能速度を改善できることが示されている。そうすると、当業者は、「L-エルゴチオネインを有効成分として含有」する「組成物」により、「記憶・学習以外の認知機能である認知機能速度の改善に有用な組成物を提供する」という課題を解決できると認識することができる。また、「タモギダケ抽出物」は、発明の詳細な説明によればタモギダケの水系溶媒抽出物であって、L-エルゴチオネインを含み、実施例においてもタモギダケ抽出物から得たエルゴチオネインが被験食品として用いられている(発明の詳細な説明の【0019】~【0020】、【0027】~【0032】、【0054】~【0056】)から、当業者は、「タモギダケ抽出物を有効成分として含有」する「組成物」によっても、当該課題を解決できると認識することができる。
そして、本件発明1~4は、当業者が発明の課題を解決できると認識することができる特定事項を含む発明であるから、いずれも当業者が発明の課題を解決することができると認識することができるものといえる。
また、本件発明5が解決すべき課題は「記憶・学習以外の認知機能である認知機能速度として、脳における情報処理速度を改善する」ことにあり、コグニトラックス検査における認知機能速度は、FTT(指たたきテスト;運動速度・微細な運動コントロール)及びSDC(Symbol Digit Coding;情報処理速度、複雑な注意力、視覚的知覚速度)により評価される(乙第6号証の2頁下の表、及び、3頁の各テストの説明)ところ、これらの評価結果が脳における情報処理速度を反映するものであることは明らかである。よって当業者は、本件発明5が発明の課題を解決できると認識することができる。
請求項1~5の何れかを直接又は間接的に引用する本件発明10及び12についても同様である。
(6)取消理由について
上記第5 1(1)のサポート要件についての取消理由は、要するに、発明の詳細な説明の記載によれば、PPS症例解析において「認知機能速度」について8週時に群間で有意差が見られるものの、12週時において有意差が見られず、12週以降の結果についても示されていないため、発明の詳細な説明の記載及び本件優先日当時の当業者の技術常識に照らしても、L-エルゴチオネインが「記憶・学習以外の認知機能である認知機能速度の改善に有用な組成物を提供する」という課題を解決できることを、当業者が理解するとはいえない、というものである。
しかしながら、特許権者は令和7年11月6日に提出した意見書において、「8週時に有意水準(0.05)を明確に下回る群間有意差が確認され」たこと、及び、「8週時の効果は否定されるべきではなく、本願の臨床試験では確実な効果が証明されているといえる」と主張しており、実際、上記(5)に記載したとおり8週時に群間で有意差が確認されること等からみて、本件発明1~5、10及び12は、いずれも当業者が発明の課題を解決できると認識することができるものといえるから、当該取消理由は解消した。
また、上記第5 2(1)のサポート要件についての取消理由は、要するに、本件発明8の課題が「認知機能速度に加え、加齢に伴う単純注意力の低下を改善する」ことにあるところ、発明の詳細な説明には、PPS症例解析の「認知機能速度」及び層別解析の「単純注意力」においてそれぞれ8週時に群間で有意差が確認されたことが記載されているものの、層別解析は無作為性が担保された臨床試験といえるか不明であることに加え、PPS症例解析と層別解析のそれぞれで確認された効果が同じ被験者において併せて得られることが示されているわけではないから、それらの結果を総合しても、当業者が「認知機能速度に加え、加齢に伴う単純注意力の低下を改善する」という課題を解決できると認識できるとはいえない、というものである。
しかしながら、本件訂正により、請求項8が削除されたため、当該取消理由は解消した。
(7)申立人の主張
申立人は、本件発明のサポート要件について、上記第4 3のように主張し、さらに、令和7年7月24日提出の意見書及び令和7年12月5日提出の上申書において概略以下のように主張している。
ア メタアナリシス実施結果について(意見書2~4頁)
特許権者は、PPS症例解析について、当初明細書に記載した臨床試験の結果を補強するために、明細書の表4の数値を用いて4週時、8週時及び12週時のデータに関するメタアナリシスを実施し、その結果を基に、本件明細書には、エルゴ群はプラセボ群と比較して有意に認知機能速度の改善効果がみられたことが示されているという主張を行っている。
しかしながら、メタアナリシスは、複数の独立した研究結果を統計学的に統合して、統一的結論導き出そうとするものであるのに対し、本件明細書の表4に示される結果は、エルゴオネイン群及びプラセボ群における試験食品摂取開始(0週時)からの経時的な認知機能速度の変化であり、このような1つの研究における時系列の結果の一貫性や信頼性を評価するには不適である。
イ 群内有意差について(意見書4~5頁)
特許権者は、当初明細書に記載した臨床試験の結果をさらに補強するため、PPS症例解析について群内有意差の算出結果を提出しているが、当該群内有意差は、当初明細書には記載されていない4週時、8週時、12週時の標準偏差、標準誤差を出願後に示して算出されたものであり、サポート要件違反の判断において考慮すべきではない。
ウ 機能性食品制度について(意見書5~6頁)
特許権者は、機能性食品制度では、表示しようとする機能性が認知機能の場合は、12週時の有意差が必ずしも必要とはされていないと主張している。
しかしながら、仮に機能性表示食品制度で必要とされる要件を満たすとしても、そのことが、特許法で規定されるサポート要件を満たすことにはならない。
なお、機能性表示食品制度においても原則12週間以上の摂敗で効果を確認することが必要とされているところ、本件の実施例の結果では12週時には群間有意差がなく、表3~4の結果から、エルゴ群において12週以降に有意な効果があるとは予測できない。
また、乙第1号証、乙第2号証から、機能性表示食品制度では原則被験者は40歳以上の健常者とされているところ、本件明細書の実施例において、層別解析では、認知機能速度は全期間において有意差が得られておらず、機能性表示食品制度において機能性の科学的根拠となり得る対象被験者では、認知機能速度の改善に効果がなかったことが示されている。
エ 本件明細書の層別解析の結果について(意見書6頁)
異議申立書にも記載した通り、本件明細書の表5~6から、特定年齢層(40歳以上及びMMSEスコアが27点以下のMCIの30歳以上)を対象とする層別解析では認知機能速度に有意差はないことが明細書に示されており、訂正後発明1には課題を解決することができない範囲が含まれる。従って、この点からも訂正後発明1はサポート要件違反である。訂正後発明2~5、8、10、12についても、同様の取消理由が存在する。
オ 本件明細書の層別解析の結果について(上申書2頁~5頁)
本件明細書の表6から、層別解析では、認知機能速度は試験の全期間において、エルゴ群はプラセボ群と比較して有意差がなく、L-エルゴチオネインの投与は特定年齢層(40歳以上及びMMSEスコアが27点以下のMCIの30歳以上)の対象においては認知機能速度に有意差はないことが示されている。層別解析で有意な認知機能速度の改善効果が得られていないことは、L-エルゴチオネインの投与は加齢に伴う認知機能速度の低下の改善には有効ではないことを示しており、訂正後発明1には課題を解決することができない範囲が含まれており取り消されるべきである。また、特許権者が示す乙7号証ないし乙9号証に基づく主張は、本件の参考とはならない。訂正後発明2~5、8、10、12についても、同様の取消理由が存在する。
(8)申立人の主張についての検討
申立人の各主張について、以下検討する。
ア 上記第4 3(1)、上記第6 1(7)エの主張(層別解析の結果)及び上記第6 1(7)オの主張(層別解析の結果)について
上記(5)で検討したとおり、発明の詳細な説明に示されたPPS症例解析において、摂取8週時に有意差が確認されていることから、乙7号証ないし乙9号証を参照するまでもなく、当業者は、「L-エルゴチオネインを有効成分として含有」する「組成物」により、認知機能速度を改善することができ、発明の課題を解決できると認識することができる。
また、PPS症例解析は【0044】~【0049】に記載されるとおり被験者の割り付けが厳格に設計されているのに対し、層別解析は被験者の均一性が担保されていない事後的な解析にすぎないから、層別解析についての記載は上記PPS症例解析に基づく判断を覆すものではない。よって申立人の主張は採用できない。
イ 上記第4 3(2)の主張(加齢に伴う持続的注意力低下への効果)について
本件訂正により、「加齢に伴う持続的注意力低下を改善する」との特定事項を有する請求項7は削除された。よって、加齢に伴う持続的注意力低下への効果について群間有意差はないとの申立人の主張は、対象となる請求項が存在しないものとなったので採用できない。
ウ 上記(7)アの主張(メタアナリシス実施結果)について
申立人は、発明の詳細な説明に示された臨床試験の結果をメタアナリシスにより補強することは妥当でない旨を主張しているが、上記(5)で検討したとおり、発明の詳細な説明に接した当業者は、メタアナリシスの結果によらず、本件発明1~5、10及び12が発明の課題を解決できると認識することができる。
よって、申立人の主張は採用できない。
エ 上記(7)イの主張(群内有意差)について
申立人は、特許権者が提出した群内有意差の算出結果はサポート要件違反の判断において考慮すべきではない旨を主張しているが、上記(5)で検討したとおり、発明の詳細な説明に接した当業者は、群内有意差の算出結果によらず、本件発明1~5、10及び12が発明の課題を解決できると認識することができる。
よって、申立人の主張は採用できない。
オ 上記(7)ウの主張(機能性食品制度)について
申立人は、機能性表示食品制度で必要とされる要件を満たすとしても、そのことが、特許法で規定されるサポート要件を満たすことにはならない旨を主張しているが、上記(5)で検討したとおり、発明の詳細な説明に接した当業者は、機能性表示食品制度の要件に関わらず、本件発明1~5、10及び12が発明の課題を解決できるといえる。
また、上記アに記載したとおり、層別解析についての記載は、PPS症例解析に基づく判断を覆すものではない。
よって、申立人の主張は採用できない。
(9)取消理由及び申立理由3についてのまとめ
以上のことから、本件発明1~5、10及び12は、いずれも発明の詳細な説明に記載したものであるといえるから、特許法第36条第6項第1号に適合するものであり、それらの発明についての特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たしている特許出願に対してされたものである。
よって、取消理由及び申立理由3の理由では、本件特許の請求項1~5、10及び12に係る特許を取り消すことはできない。
2 申立理由1(甲1を主たる証拠とする進歩性)について
(1)甲1の記載事項等
ア 甲1の記載事項
甲1には「エルゴチオネインによる認知機能低下の遅延効果の研究」に関し、次の記載がある。記載事項は主に申立人が提出した翻訳文に基づいて示す。下線は当審で付したものである。
・「軽度認知機能障害者におけるエルゴチオネインの認知機能低下遅延効果の研究
認知症(アルツハイマー病を含む)の負担が増大し、有効な治療法がないことから、新しい治療法の発見が急務となっている。
エルゴチオネイン(ET)は、天然に存在するヒスチジンのチオール誘導体であり、食事によってのみ摂取でき、特異的なトランスポーターであるOCTN1の作用により、体内及び脳内に蓄積され得る。in vitro及びin vivo(動物)における様々な研究により、ETの抗酸化作用や抗炎症作用が実証されていることに加えて、様々な細胞モデルや動物モデルにおいて、ETの神経保護作用が実証されている。
AD認知症の基礎病理に対抗するETの能力に基づいて、ETを補うことによって、特に認知機能障害のリスクのある人において、認知機能低下を防ぐことができると仮定される。これは、ランダム化二重盲検プラセボ対照介入試験を用いて、軽度認知障害のある高齢者において、ETが認知機能障害を遅延又は反転させる能力を試験することで評価される。」(1頁)
・「詳細な説明
エルゴチオネイン(ET)は、天然に存在するチオール/チオンであり、ヒトでは食事によってのみ摂取される。特異的なトランスポーターであるOCTN1を介して、特定の細胞や組織(脳を含む)に高レベルで蓄積され得る。ETの正確な生理学的機能はまだ解明されていないが、この化合物が活性酸素種(ヒドロキシルラジカル、次亜塩素酸、過酸化亜硝酸など)を消去し、炎症を調節し、二価金属イオンをキレートすることが、多くの報告で実証されている。これらのプロセスはすべて認知症の病態に関与している。細胞や動物モデルを用いた様々な研究により、シスプラチンやアミロイドβペプチドなどの様々な神経毒性物質による障害に対するETの潜在的な神経保護能が強調されている。
研究では、ETが用量依存的にベータアミロイド誘発アポトーシス死からPC12細胞を保護することが示され、その後、マウスの海馬にアミロイドベータを直接投与することによって引き起こされる神経細胞傷害から保護し、それによって能動回避テストと水迷路テストのスコアが増加することが示された。ETはまた、アミロイドオリゴマー形成を抑制することによって、ADのトランスジェニック線虫モデルの寿命を用量依存的に延長した。他の研究では、ETはD-ガラクトース誘発認知症マウスモデルにおいて酸化ストレスを減衰させ認知障害を予防すること、ラットの網膜ニューロンにおいてN-メチル-D-アスパラギン酸誘発細胞毒性から保護すること、細胞培養やマウスにおいてシスプラチン誘発神経細胞障害を予防することも実証された。
現在までのところ、臨床的にETが認知機能低下を遅らせたり、停止させたりする治療能力を評価した研究はない。純粋なETをヒトに投与した先行研究は、この化合物の薬物動態に関する洞察を提供し、安全性を実証し、この臨床研究の基礎を築いた。本提案は、認知症の経済的及び社会的負担に大きな影響を与える可能性がある、比較的知られていない天然化合物とその治療能力に光を当てるものである。」(2頁下から9行~3頁28行)
・「参加基準
試験対象年齢
60歳以上90歳未満(成人、高齢者)」(3頁下から8行~下から6行)
・「試験計画
このセクションでは、どのように試験がデザインされているか、何を測定するか
など、試験計画の詳細を説明する。
試験はどのように計画されているか?
計画の詳細
-主要目的:予防
-割り付け:ランダム化
-介入モデル:並行割り付け
-マスキング:四重
群及び介入
[図:0001434140000006.jpg]
」(6頁)
・「試験では何を測定するか?
主要な結果測定
結果判定法、測定詳細、期間」(7頁1~2行、表の1段目)
・「
[図:0001434140000007.jpg]
[図:0001434140000008.jpg]
[図:0001434140000009.jpg]
」(7頁~9頁上部の表の原文)
・「
[図:0001434140000010.jpg]
」(8頁表の下から2段目の翻訳文)
イ 甲1に記載された発明
上記アの記載、特に試験計画に用いられるエルゴチオネインを含有する栄養補助食品の記載について整理すると、甲1には次の発明が記載されていると認める。
「60歳以上90歳未満の試験対象に対するエルゴチオネインの認知機能低下遅延効果の研究のために、シンボル・ディジット・モダリティテストスコアの変化の測定を含む試験に用いられる、エルゴチオネイン25mgを含むカプセルからなる栄養補助食品。」(以下、「甲1発明」という。)
(2)対比・判断
ア 本件発明1について
本件発明1と甲1発明とを対比する。
エルゴチオネインは天然にはL体のみが存在(要すれば特表2013-506706号公報の【0002】~【0006】等)し、また、甲1の6頁の試験計画の「エルゴチオネイン」の説明には「天然由来のチオール化合物である」と記載されているから、甲1の試験では天然由来のエルゴチオネインが用いられたものと解される。よって、甲1発明の「エルゴチオネイン」は天然由来のL体であるから、本件発明1の「L-エルゴチオネイン」に相当する。そして、甲1発明において、エルゴチオネインは、認知機能低下を遅延させる効果が期待される成分として臨床試験の対象となるものであるから、「有効成分」であるといえる。そうすると、甲1発明は、本件発明1の「L-エルゴチオネインを有効成分として含有し、」との特定事項を満たす。
また、甲1発明の「カプセルからなる栄養補助食品」と、本件発明1の「当該組成物が食品組成物である、認知機能速度改善用の組成物」とは、「当該組成物が食品組成物である、組成物」との限りにおいて一致する。
してみると、両者の間の一致点・相違点は次のとおりである。
(一致点)
「L-エルゴチオネインを有効成分として含有し、
当該組成物が食品組成物である、組成物。」
(相違点)
・相違点1-1
組成物の用途に関して、本件発明1は「認知機能速度改善用の」と特定するのに対し、甲1発明は認知機能低下遅延効果の研究のための試験に用いられるものである点。
上記相違点について検討する。
本件明細書の【0015】には、「認知機能速度」について、「脳と身体が情報や物ごとを理解して反応する速さ(脳における情報処理速度など)を表し、運動量とともに、身体活動量に相関する。」と定義されているところ、甲1(8頁表の下から2段目)には、「シンボル・ディジット・モダリティは、個人の速度と視覚処理能力を通して認知障害を評価する検査である」と記載されているから、甲1発明における「シンボル・ディジット・モダリティテスト」は、本件発明1の「認知機能速度」に相当する認知機能の検査であるといえる。しかしながら、甲1は、細胞モデルや動物モデルにおいて神経保護作用が実証されているエルゴチオネインについて、認知機能低下を防ぐ効果を有することを仮定し、様々な認知機能の検査を含む臨床試験を行う計画を記載した文献であって、臨床試験の結果については示されておらず、具体的にエルゴチオネインが認知機能速度改善の効果を有するものであることを開示するものではない。また、甲1の7頁~9頁上部の表には、臨床試験としてシンボル・ディジット・モダリティ以外にも様々な認知機能の検査を行うことが記載されているが、それらはいずれも認知機能速度に着目するものではなく、認知機能速度改善の効果を開示するものでもない。さらに、他のいずれの証拠にも甲1発明のL-エルゴチオネインを認知機能速度改善用の組成物に用いることを動機付ける記載はないし、L-エルゴチオネインが認知機能速度を改善する効果を有することが本件特許の優先日前に技術常識であったともいえない。
これに対し、本件明細書の【0009】には、「本願発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究した結果、L-エルゴチオネインには、認知機能速度を改善させる効果があること、加齢に伴う言語記憶力を改善させる効果があること、加齢に伴う持続的注意力を改善させる効果があること、及び、加齢に伴う単純注意力を改善させる効果があることを見つけ出した。」との記載がある。そして、このことを裏付ける臨床試験の結果として、【0066】~【0067】、表4には、エルゴチオネインを摂取した群と摂取しなかった群の群間有意差について、摂取8週時に有意差(p=0.034)が確認されたことが示されている。そうすると、本件発明1は、L-エルゴチオネインを含有する組成物について「認知機能速度改善」という新たな用途に使用できることを初めて見出したことに基づく発明であるといえる。そして、認知機能速度を改善するという本件発明1の効果は、甲1発明及び他の全ての証拠から予測される範囲のものであるとはいえない。
してみると、甲1発明において、相違点1-1に係る本件発明1の発明特定事項を満たすものとすることは、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
この点に関し、申立人は特許異議申立書において、
「よって当業者であれば、甲第1号証の記載に基づき、エルゴチオネインが認知機能速度の改善効果を有することを期待し、それを確かめてみることは容易である。また、さらに、エルゴチオネインを認知機能速度の改善のために用いることによる効果も甲第1号証から予測できる程度のものである。」(24頁)旨主張する。
しかしながら、上記のとおり、甲1及び他の全ての証拠の記載を見ても、甲1発明の組成物が認知機能速度改善用に適することが本件特許の優先日前に知られていたとはいえない。そして、本件発明1は、L-エルゴチオネインを含有する組成物について、認知機能速度を改善するという本件発明の優先日前に未知であった属性を発見し、「認知機能速度改善用」という新たな用途への使用に適することを見いだした発明であり、その作用効果は甲1及び他の全ての証拠に接した当業者であっても予測することのできない顕著なものである。
よって、申立人の上記主張は採用できない。
イ 本件発明2及び3について
本件発明2及び3は、本件発明1の全ての発明特定事項を有するものである。
そして、上記アのとおり、本件発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件発明2及び3もまた甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
ウ 本件発明4について
本件発明4と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「カプセルからなる栄養補助食品」と、本件発明4の「当該組成物が食品組成物である、認知機能速度改善用の組成物」とは、「当該組成物が食品組成物である、組成物」との限りにおいて一致する。
してみると、両者の間の一致点・相違点は次のとおりである。
(一致点)
「当該組成物が食品組成物である、組成物。」
(相違点)
・相違点1-2
組成物に関して、本件発明4は「タモギダケ抽出物を有効成分として含有し、」と特定するのに対し、甲1発明はそのように特定しない点。
・相違点1-3
組成物に関して、本件発明4は「認知機能速度改善用の」と特定するのに対し、甲1発明はそのように特定しない点。
事案に鑑み、相違点1-3について検討する。
相違点1-3は、上記相違点1-1と同じ内容の相違点であり、上記アと同様に判断される。
してみると、相違点1-2について判断するまでもなく、本件発明4は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
エ 本件発明5、10及び12について。
本件発明5、10及び12は、本件発明1又は本件発明4の全ての発明特定事項を有するものである。
そして、上記ア及びウのとおり、本件発明1及び4は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件発明5、10及び12もまた甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)申立理由1についてのまとめ
以上まとめると、本件発明1~5、10及び12は、いずれも甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではない。
よって、申立理由1の理由では、本件特許の請求項1~5、10及び12に係る特許を取り消すことはできない。
3 申立理由2(甲2を主たる証拠とする進歩性)について
(1)甲2の記載事項等
ア 甲2の記載事項
甲2には「トランスポーター介在性ブレインフードしてのエルゴチオネイン」に関し、次の記載がある。
・「
[図:0001434140000011.jpg]
」(21頁右上の囲み内)
・「
[図:0001434140000012.jpg]
」(21頁中欄1~8行)
・「
[図:0001434140000013.jpg]
」(22頁)
・「
[図:0001434140000014.jpg]
[図:0001434140000015.jpg]
[図:0001434140000016.jpg]
[図:0001434140000017.jpg]
[図:0001434140000018.jpg]
[図:0001434140000019.jpg]
」(22頁中欄8行~24頁左欄26行)
・「
[図:0001434140000020.jpg]
」(23頁)
イ 甲2に記載された発明
上記アの記載、特に21頁右上の囲み内及び24頁左欄12行~26行に記載されたブレインフードとしてのERGO(エルゴチオネイン)の応用に関する記載について整理すると、甲2には次の発明が記載されていると認める。
「タモギタケなどのキノコ等に含まれる抗酸化物質であり、神経新生作用を持つエルゴチオネインを用いた、記憶・学習能力等の向上作用が期待されるブレインフード。」(以下、「甲2発明」という。)
(2)対比・判断
ア 本件発明1について
本件発明1と甲2発明とを対比する。
エルゴチオネインは天然にはL体のみが存在(要すれば特表2013-506706号公報の【0002】~【0006】等)し、甲2発明の「エルゴチオネイン」は、キノコ等に含まれるものであるから、本件発明1の「L-エルゴチオネイン」に相当する。そして、甲2発明において、エルゴチオネインは、記憶・学習能力等の向上作用が期待される成分であるから、「有効成分」であるといえる。そうすると、甲2発明は、本件発明1の「L-エルゴチオネインを有効成分として含有し、」との特定事項を満たす。
また、甲2発明における「ブレインフード」と本件発明1における「当該組成物が食品組成物である、認知機能速度改善用の組成物」とは、「当該組成物が食品組成物である、組成物」との限りにおいて一致する。
してみると、両者の間の一致点・相違点は次のとおりである。
(一致点)
「L-エルゴチオネインを有効成分として含有し、
当該組成物が食品組成物である、組成物。」
(相違点)
・相違点2-1
組成物の用途に関して、本件発明1は「認知機能速度改善用の」と特定するのに対し、甲2発明は「記憶・学習能力等の向上作用が期待されるブレインフード」としての用途を有する点。
上記相違点について検討する。
エルゴチオネインの作用効果について、甲2には、神経新生作用を有すること(22頁右欄17行~22行)、神経新生作用が記憶・学習などにも効果を示す可能性があること(23頁中欄2行~4行)、及び、マウスを用いた予備検討においてエルゴチオネインの経口摂取により記憶・学習能力向上作用が示唆されていること(24頁左欄1行~10行)が記載されている。しかしながら、「認知機能速度」は記憶・学習などとは異なるものであり、甲2の上記記載からL-エルゴチオネインが「認知機能速度」を改善する効果を有することが示唆されるとはいえない。また、他のいずれの証拠にも甲2発明のL-エルゴチオネインを認知機能速度改善用の組成物に用いることを動機付ける記載はないし、エルゴチオネインが認知機能速度を改善する効果を有することが本件特許の優先日前に技術常識であったともいえない。
これに対し、上記2(2)アに記載したように、本件発明1は、L-エルゴチオネインを含有する組成物について「認知機能速度改善」という新たな用途に使用できることを初めて見出したことに基づく発明であるといえる。そして、認知機能速度を改善するという本件発明1の効果は、甲2発明及び他の全ての証拠から予測される範囲のものであるとはいえない。
してみると、甲2発明において、相違点2-1に係る本件発明1の発明特定事項を満たすものとすることは、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
この点に関し、申立人は特許異議申立書において、
「甲第2号証から、脳機能への有用な作用が知られているエルゴチオネインについて、甲第1号証の記載に基づき、認知機能速度の改善効果を期待して、それを確かめてみることは容易である。また、エルゴチオネインを認知機能速度の改善のために用いることによる効果も甲第1、2号証から予測できる程度のものである。」(28頁)旨主張する。
しかしながら、上記2(2)アに記載したように、甲1は、エルゴチオネインを含有する組成物について、「認知機能速度」の検査に相当する「シンボル・ディジット・モダリティテスト」が記載されているものの、その結果については示されておらず、複数の認知機能のうち認知機能速度に特に着目する記載もない。そうすると、甲1において、甲2発明を認知機能速度改善用のものとする動機付けがあるとはいえない。そして、本件発明1は、L-エルゴチオネインを含有する組成物について、認知機能速度を改善するという本件発明の優先日前に未知であった属性を発見し、「認知機能速度改善用」という新たな用途への使用に適することを見いだした発明であり、その作用効果は甲2及び他の全ての証拠に接した当業者であっても予測することのできない顕著なものである。
よって、申立人の当該主張は採用できない。
イ 本件発明2及び3について
本件発明2及び3は、本件発明1の全ての発明特定事項を有するものである。
そして、上記アのとおり、本件発明1は、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件発明2及び3もまた甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
ウ 本件発明4について
本件発明4と甲2発明とを対比する。
甲2発明の「ブレインフード」と、本件発明4の「当該組成物が食品組成物である、認知機能速度改善用の組成物」とは、「当該組成物が食品組成物である、組成物」との限りにおいて一致する。
してみると、両者の間の一致点・相違点は次のとおりである。
(一致点)
「当該組成物が食品組成物である、組成物。」
(相違点)
・相違点2-2
組成物に関して、本件発明4は「タモギダケ抽出物を有効成分として含有し、」と特定するのに対し、甲2発明はそのように特定しない点。
・相違点2-3
組成物に関して、本件発明4は「認知機能速度改善用の」と特定するのに対し、甲2発明はそのように特定しない点。
事案に鑑み、相違点2-3について検討する。
相違点2-3は、上記相違点2-1と同じ内容の相違点であり、上記アと同様に判断される。
してみると、相違点2-2について判断するまでもなく、本件発明4は、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
エ 本件発明5、10及び12について。
本件発明5、10及び12は、本件発明1又は本件発明4の全ての発明特定事項を有するものである。
そして、上記ア及びウに記載したとおり、本件発明1及び4は、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件発明5、10及び12もまた甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)申立理由2についてのまとめ
以上まとめると、本件発明1~5、10及び12は、いずれも甲2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではない。
よって、申立理由2の理由では、本件特許の請求項1~5、10及び12に係る特許を取り消すことはできない。
第7 むすび
上記第6のとおり、本件特許の請求項1~5、10及び12に係る特許は、取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由によっては取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1~5、10及び12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、本件特許の請求項6ないし9及び11は、訂正により削除されたため、特許異議申立人による請求項6ないし9及び11に係る特許についての特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったので、特許法第120条の8第1項において準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-700156