特許異議申立
2024-701056
液膜吐出塗装用、液柱吐出塗装用または液滴吐出塗装用の塗料組成物
- 審判番号
- 2024-701056
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-149946
- 登録番号
- 7483259
- 請求日
- 2024年10月29日
- 審決日
- 2025年01月15日
- 公報発行日
- 2025年02月28日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】日本ペイントホールディングス株式会社
- 【権利者代理人】杉村 憲司
- 【権利者代理人】加藤 正樹
- 【異議申立人】川口 結生
- 審判長/審判官
- 審判長 光本 美奈子
- 審判官 長谷川 真一
- 審判官 渡辺 陽子
- 分類
- P1651.536-Y (C09D) / P1651.537-Y (C09D)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第2号、特許法第2条第3項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7483259号発明「液膜吐出塗装用、液柱吐出塗装用または液滴吐出塗装用の塗料組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7483259号の請求項1~7に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7483259号に係る出願は、令和2年9月7日に出願され、令和6年5月7日に特許権の設定登録がされ(請求項の数7)、同年同月15日に特許掲載公報が発行されたところ、特許異議申立人 川口 結生(以下「申立人」という。)によって、全請求項に係る特許についての特許異議申立てがされたものである。
第2 本件発明及び本件明細書の記載
1 本件発明
本件特許の請求項1~7に係る発明は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1~7に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、請求項番号にしたがって「本件発明1」などといい、まとめて「本件発明」ということもある。)。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一法線応力差が、10Pa以上であり、
損失正接(Tanδ)が、1.00以下であり、かつ
塗料糸のくびれ発生抑制(CON)値が、0.45以下である、
液膜吐出塗装用、液柱吐出塗装用または液滴吐出塗装用の塗料組成物。
【請求項2】
前記第一法線応力差が10~200Paである、請求項1に記載の液膜吐出塗装用、液柱吐出塗装用または液滴吐出塗装用の塗料組成物。
【請求項3】
前記Tanδが0.5~1.0である、請求項1または2に記載の液膜吐出塗装用、液柱吐出塗装用または液滴吐出塗装用の塗料組成物。
【請求項4】
前記CON値が0.20~0.45である、請求項1~3のいずれか一項に記載の液膜吐出塗装用、液柱吐出塗装用または液滴吐出塗装用の塗料組成物。
【請求項5】
樹脂成分と粘性調整剤とを含み、
前記粘性調整剤が、アルカリ膨潤型粘性調整剤、ウレタン会合型粘性調整剤およびセルロース系粘性調整剤からなる群より選択される1種以上である、請求項1~4のいずれか一項に記載の液膜吐出塗装用、液柱吐出塗装用または液滴吐出塗装用の塗料組成物。
【請求項6】
粘度が、0.1~2.0Pa・sである、請求項1~5のいずれか一項に記載の液膜吐出塗装用、液柱吐出塗装用または液滴吐出塗装用の塗料組成物。
【請求項7】
建築物用である、請求項1~6のいずれか一項に記載の液膜吐出塗装用、液柱吐出塗装用または液滴吐出塗装用の塗料組成物。」
2 本件明細書の記載
本件明細書には次の記載がある。
「【0009】
そこで、本発明は、塗料の飛散を抑制ないし低減し、かつ、良好な塗装精度を有する、吐出塗装用の塗料組成物を提供することを目的とする。」
「【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る液膜吐出塗装用、液柱吐出塗装用または液滴吐出塗装用の塗料組成物は、
第一法線応力差が、10Pa以上であり、
損失正接(Tanδ)が、1.00以下であり、かつ
塗料糸のくびれ発生抑制(CON)値が、0.45以下である、
液膜吐出塗装用、液柱吐出塗装用または液滴吐出塗装用の塗料組成物である。第一法線応力差、TanδおよびCON値が上記範囲であることにより、液膜吐出塗装、液柱吐出塗装および液滴吐出塗装において塗料の飛散を抑制ないし低減し、かつ、良好な塗装精度を発揮することができる。」
「【0029】
図1A~Eは、従来の塗料を用いた液柱吐出塗装時に小液滴が形成される様子を示す模式図である。吐出直前には吐出口1に塗料2が充填されている(図1A)。塗料柱(液柱)3が吐出されるにつれて、吐出される塗料柱3と吐出口に残る塗料2との間に塗料糸4が形成される(図1B)。さらに塗料柱3が吐出されると、塗料糸4に複数の細い部分(くびれ)5が生じる(図1C)。さらに塗料柱3が吐出されると、くびれ5で塗料糸4が破断し、塗料柱3が分離する(図1D)。そして、破断した塗料糸4がさらに破断して小液滴6となって飛散する(図1E)。
【0030】
このため、本発明者らは、以下の(1)~(3)が、塗料の飛散を抑えるのに有効であろうと推測した。
(1)図1Bの塗料糸が伸びないようにすること。
(2)図1Cの塗料糸におけるくびれの発生を抑制すること。
(3)図1Dにおいて、破断した塗料糸が先に吐出されている塗料または吐出口に残る塗料の方向にすぐに戻るようにすること、換言すると、塗料の第一法線応力差を高くすること。
【0031】
上記(1)について、塗料糸は、弾性成分と粘性成分とを有する粘弾性体と考えることができ、弾性成分に対して粘性成分が大きいと塗料糸が伸びると考えられる。損失正接(Tanδ)は、損失弾性率(粘性成分)/貯蔵弾性率(弾性成分)として表される。そこで、塗料糸が伸びないようにするためには、粘性成分に対して弾性成分を大きくする、すなわち、Tanδを低くすればよい。
【0032】
本発明において、損失正接(Tanδ)は、アントンパール社製の応力制御型レオメーター「MCR302」を用いて、50mmパラレルプレート、ギャップ:0.5mm、ひずみ:線形ひずみ、角周波数:100s-1、測定温度:23℃の条件で測定した動的粘弾性のデータを用いる。
【0033】
上記(2)について、本発明者らは、図1Cの塗料糸のくびれを観察したところ、塗料糸の中央部分にくびれが発生するのではなく、塗料糸にランダムにくびれが発生して、塗料糸が破断することがわかった。そして、このことから、本発明者らは、塗料糸中のミクロな構造において、そのミクロな構造が壊れた部分と壊れていない部分とが混在し、壊れた部分では粘度が低下してくびれが発生すると推定した。ここで、塗料のような非ニュートン流体では、通常、あるせん断速度の範囲ではせん断速度が上昇するにつれて、分子鎖の絡み合いが少なくなるなどミクロな構造が壊れて粘度が低下する性質がある。そこで、塗料糸におけるくびれの発生を抑制するために、せん断速度が変化したときの粘度の変化量を小さくする、すなわち、塗料の粘度のせん断速度依存性を小さくすればよい。本発明では、粘度のせん断速度依存性の値をくびれ発生抑制(Control of the Occurrence of a Neck)から、CON値とする。
【0034】
本発明において、CON値の測定方法は、以下のとおりである。アントンパール社製の応力制御型レオメーター「MCR302」を用いて、50mmパラレルプレート、ギャップ:0.5mm、測定温度:23℃の条件で、せん断速度(dγ/dt)=10s-1、100s-1および1000s-1で定常流測定を行い、測定開始30秒後の粘度をそれぞれη(10)、η(100)、η(1000)とする。そして、3組のデータから、横軸をlog10(dγ/dt)、縦軸をlog10(η)としたグラフを作成し、その3点から最小二乗法によって直線近似式を算出し、その直線の傾きの絶対値をCON値とする。
【0035】
上記(3)について、法線応力は、粘弾性流体からなる測定対象物に回転変形を加えたときに、ずりを加えた方向と直交する方向に発生する応力である。法線応力は、それ単独で把握されるものではなく、ずり応力との差で把握されるものである。第一法線応力差N1は、流動速度方向をxとし、速度勾配方向をyとする定常ずり流動状態において、応力テンソルσの成分を用いて第一法線応力差N1=σxx-σyyとして定義される。
【0036】
本発明において、第一法線応力差は、アントンパール社製の応力制御型レオメーター「MCR302」を用いて、50mmパラレルプレート、ギャップ:0.5mm、せん断速度:100s-1、測定温度:23℃の条件で定常流測定を行い、測定開始30秒後の測定データから求める。
【0037】
本発明者らは、これらから求めた第一法線応力差が、10Pa以上であり、Tanδが、1.00以下であり、かつCON値が、0.45以下であることにより、吐出塗装時の塗料の飛散を抑制ないし低減できることを見出した。さらに驚くべきことに、本発明者らは、第一法線応力差、TanδおよびCON値を上記所定範囲とすることで、吐出塗装において良好な塗装精度が得られることを見出した。
【0038】
第一法線応力差が10Pa未満の場合、吐出時に生じる塗料糸が先に吐出されている塗料方向または吐出口に残る塗料方向に戻る力が弱いため、吐出塗装において塗料飛散を十分に抑制ないし低減することができない。
・・・
【0041】
Tanδが1.00より大きい場合、塗料糸の伸びが大きくなり、塗料飛散を十分に抑制ないし低減することができない。
・・・
【0044】
CON値が0.45より大きい場合、塗料糸にくびれが発生しやすく、塗料糸の破断につながり、塗料飛散を十分に抑制ないし低減することができない。」
「【0059】
・粘性調整剤
本発明では、塗料組成物の第一法線応力差、TanδおよびCON値を調節するために公知の粘性調整剤を用いてもよい。粘性調整剤としては、例えば、アルカリ膨潤型粘性調整剤、ウレタン会合型粘性調整剤、セルロース系粘性調整剤、アマイド系粘性調整剤、無機層状化合物系粘性調整剤およびアミノプラスト系粘性調整剤などが挙げられる。
・・・
【0069】
塗料組成物の第一法線応力差、TanδおよびCON値を調節する指針として、以下が挙げられる。
【0070】
第一法線応力差を高めるためには、分子量の大きな粘性調整剤を用いれば良い。このような粘性調整剤としては、例えば、アルカリ膨潤型粘性調整剤であるSN シックナー 615、630、636、640などのSN シックナーシリーズ;ダウケミカル社製のプライマル(登録商標) ASE-60などのプライマル(登録商標)シリーズなどが挙げられる。
【0071】
Tanδを低くするためには、硬い構造を持つ粘性調整剤を用いれば良い。このような粘性調整剤としては、例えば、セルロース系粘性調整剤である旭化成社製のセオラス(登録商標)RCシリーズなどのセオラス(登録商標)シリーズ;ダウケミカル社製のセロサイズ QP 4400、52000Hなどのセロサイズ(登録商標)シリーズが挙げられる。
【0072】
CON値を小さくするためには相互作用の小さい粘性調整剤を用いれば良い。このような粘性調整剤としては、例えば、ウレタン会合型粘性調整剤であるADEKA社製のアデカノール(登録商標) UH-140S、420、450、526、540、550などのアデカノール(登録商標) UHシリーズが挙げられる。
・・・
【0076】
本発明の塗料組成物における粘性調整剤の固形分量は、例えば、塗料組成物100質量部に対して、0.1~3.0質量部または0.5~2.0質量部である。なお、本発明では、「塗料組成物100質量部」は、樹脂成分、顔料成分、粘性調整剤などにおける固形分に加えて、これらの分散媒;水および/または溶剤を含む塗料組成物全体の100質量部を意味する。」
「【実施例】
【0096】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、これらの実施例は、本発明の例示を目的とするものであり、本発明を何ら限定するものではない。
【0097】
塗料組成物の第一法線応力差、Tanδ、CON値および粘度は上述した方法で求めた。
【0098】
吐出塗装装置として、SSI JAPAN社製のピエゾジェット塗装装置(Stream Jet Eシリーズ)を用いた。
塗装対象物としてマルマン 色画用紙 ミタント 361-667Pを用いた。
【0099】
実施例で用いた塗料組成物の各成分の詳細は以下のとおりである。
樹脂成分:後述する調製例で調製したアクリルエマルション
白色顔料:二酸化チタン(固形分量:100%)
体質顔料:炭酸カルシウム(固形分量:100%)
添加剤:分散剤(ビックケミージャパン社製の商品名「DISPERBYK-190」)、消泡剤(共栄社化学社製の商品名「アクアレン8020」)、表面調整剤(共栄社化学社製の商品名「ポリフローKL-100」)
粘性調整剤1(セルロース系粘性調整剤):旭化成社製の商品名「セオラス(登録商標)RC-591」(固形分量:100%、表1ではRC-591と表記)
粘性調整剤2(セルロース系粘性調整剤):ダウケミカル社製の商品名「セロサイズ QP 52000H」(固形分量:100%、表1ではQP 52000Hと表記)
粘性調整剤3(ウレタン会合型粘性調整剤):ADEKA社製の商品名「アデカノール(登録商標)UH-540」(固形分量:30%、表1ではUH-540と表記)
粘性調整剤4(ウレタン会合型粘性調整剤):ADEKA社製の商品名「アデカノール(登録商標)UH-140S」(固形分量:30%、表1ではUH-140Sと表記)
粘性調整剤5(ウレタン会合型粘性調整剤):ADEKA社製の商品名「アデカノール(登録商標)UH-420」(固形分量:30%、表1ではUH-420と表記)
粘性調整剤6(ウレタン会合型粘性調整剤):ADEKA社製の商品名「アデカノール(登録商標)UH-450」(固形分量:30%、表1ではUH-450と表記)
粘性調整剤7(ポリカルボン酸系粘性調整剤):サンノプコ社製の商品名「SN シックナー 640」(固形分量:30%、表1ではSN 640と表記)
粘性調整剤8(アルカリ膨潤型粘性調整剤):ダウケミカル社製の商品名「プライマル(登録商標) ASE-60」(固形分量:28%、表1ではASE-60と表記)
粘性調整剤9(アルカリ膨潤型粘性調整剤):サンノプコ社製の商品名「SN シックナー 630」(固形分量:30%、表1ではSN 630と表記)
【0100】
(アクリルエマルションの調製例)
国際公開第2018/079212号の段落[0078]に記載のアクリルエマルションの調製に準拠して、生成物として、固形分49質量%、体積平均粒子径0.12μmのエマルション樹脂を得た。
【0101】
(実施例1~14および比較例1~7)
表1に示す配合(質量部)で、各成分を混合して塗料組成物を調製した。その塗料組成物について、第一法線応力差、Tanδ、CON値および粘度を測定した。その結果を表1に合わせて示す。
【0102】
(塗料の飛散性および塗装精度の評価)
調製した各塗料組成物を吐出塗装装置のカートリッジに充填した。塗装装置の吐出ノズルを塗装対象の紙面に対して垂直に配置した。吐出ノズルと紙面との距離は10mmとした。そして、吐出ノズルを紙面と平行に一方向に移動させながら、液柱を吐出して0.6mm間隔で塗料が配置されるように塗布して、長さ100mmの直線を10本塗装した。塗装直後の直線を目視で観察し、以下の基準で、塗料の飛散性および塗装精度を評価した。評点1および2が合格であり、評点3および4は不合格である。
・塗料の飛散性評価基準
評点1:塗装した直線以外の領域に飛散した塗料がほとんどなかった。
評点2:塗装した直線以外の領域に飛散した塗料が若干見られた。
評点3:塗装した直線以外の領域に飛散した塗料が見られた。
評点4:塗装した直線以外の領域に飛散した塗料が顕著に見られた。
・塗料の塗装精度評価基準
評点1:塗装した直線の輪郭にギザギザがほとんどなかった。
評点2:塗装した直線の輪郭にギザギザが若干見られた。
評点3:塗装した直線の輪郭にギザギザが見られた。
評点4:塗装した直線の輪郭にギザギザが顕著に見られた。
【0103】
【表1】
[図:0001419373000001.jpg]
*1:カッコ内の値は、固形分量を表す。*2:カッコ内の値は、塗料組成物100質量部に対する、各粘性調整剤の固形分量または粘性調整剤の合計固形分量を表す。
【0104】
表1に示すように、本発明によれば、塗料の飛散を抑制ないし低減し、かつ、良好な塗装精度を有する、吐出塗装用の塗料組成物を提供することができた。また、実施例9と13の対比から、粘度が同程度の塗料組成物であっても、物性値が異なると、塗料飛散が異なることが分かる。このことから、単純に粘度のみによっては、塗料飛散を抑制できないことが分かる。」
「【図1A】
[図:0001419373000002.jpg]
」
「【図1B】
[図:0001419373000003.jpg]
」
「【図1C】
[図:0001419373000004.jpg]
」
「【図1D】
[図:0001419373000005.jpg]
」
「【図1E】
[図:0001419373000006.jpg]
」
第3 異議申立ての概要
1 申立理由1(実施可能要件違反)
本件特許の発明の詳細な説明を参照しても、塗料組成物の各成分の含有量が、実施例1~14の範囲から逸脱した場合など、当業者がどのように本件発明1~7の塗料組成物を製造できるのかが理解できないから、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1~7について、実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないため、本件特許の請求項1~7に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであり、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。
2 申立理由2(サポート要件違反)
本件発明1~7には、塗料組成物の成分やその含有量が特定されておらず、塗料組成物の各成分の含有量が、実施例1~14の範囲から逸脱した場合に、本件発明の課題を解決できるのかが不明であるから、本件発明1~7についての特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、それらの発明に係る特許は、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。
3 申立理由3(明確性要件違反)
本件発明1~7は、その構成成分が何ら特定されておらず、どのような組成の塗料組成物であるのかが明確でないから、本件特許に係る出願は、本件発明1~7についての特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず、それらの発明に係る特許は、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。
第4 申立理由1(実施可能要件違反)の判断
1 前提
特許法第36条第4項第1号は、明細書の発明の詳細な説明の記載は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定める。そして、物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第1号)、同法第36条第4項第1号の「その実施をすることができる」とは、その物を作ることができ、かつ、その物を使用できることであり、物の発明については、明細書にその物を生産する方法及び使用する方法についての具体的な記載が必要であるが、そのような記載がなくても、明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき、当業者がその物を作ることができ、かつ、その物を使用できるのであれば、上記の実施可能要件を満たすということができる。
2 判断
本件発明1~7は、上記第2の1に記載のとおりの「塗料組成物」という物の発明であるところ、本件発明1~7の塗料組成物を塗料として使用できることは明らかである。
そこで、明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき、当業者が本件発明1~7の「塗料組成物」を作ることができるかについて以下検討する。
本件発明1~7は、第一法線応力差が、10Pa以上であり、損失正接(Tanδ)が、1.00以下であり、塗料糸のくびれ発生抑制(CON値)が、0.45以下であるという発明特定事項を含むものであるところ、本件明細書の段落【0031】~【0036】には、「第一法線応力差」、「Tanδ」、「CON値」の定義や測定法について具体的な記載がある。
また、同段落【0059】には、「第一法線応力差」、「Tanδ」、「CON値」の調整は、公知の粘性調整剤を用いてもよいことが記載され、同段落【0069】~【0072】には、粘性調整剤を用いて、これらの値を調整するための指針として、第一法線応力差を高めるためには、分子量の大きな粘性調整剤を用いれば良いこと、Tanδを低くするためには、堅い構造を持つ粘性調整剤を用いれば良いこと、CON値を小さくするためには相互作用の小さい粘性調整剤を用いれば良いことが、具体的な粘性調整剤の製品名とともに記載されている。
さらに、同段落【0103】の【表1】には、各成分を所定の割合で配合することで、第一法線応力差が10Pa以上であり、損失正接(Tanδ)が1.00以下であり、塗料糸のくびれ発生抑制(CON値)が0.45以下である塗料組成物が製造できることが、実施例1~14として具体的に記載されている。
特に、段落【0059】、【0060】、【0069】~【0072】及び【0099】の記載を参照すれば、当業者であれば【表1】の比較例と実施例の記載から、
アルカリ膨潤型粘性調整剤等の配合割合が少ない場合には、第一法線応力差が10Paに満たないこと、
ウレタン会合型粘性調整剤等の配合割合が少ない場合には、塗料糸のくびれ発生抑制(CON値)が0.45を超えること、及び、
セルロース系粘性調整剤等の配合割合が少ない場合には、損失正接(Tanδ)が1.00を超えること
を理解できる。
そうすると、当業者であれば、本件明細書の記載及び出願当時の技術常識に基づき、本件発明1~7の「第一法線応力差」、「Tanδ」、「CON値」を充足する塗料組成物を作ることができるといえる。
3 申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において、本願明細書の【表1】の粘性調整剤を、上から順に「粘性調整剤1」~「粘性調整剤9」と称した上で、以下のとおり主張する。
(主張1)本件明細書には、第一法線応力差、損失正接(Tanδ)、塗料糸のくびれ発生抑制(CON)値のパラメータを総合的に調整する指針は、何ら記載されておらず、実施例1~14の範囲から例えば粘性調整剤が逸脱した場合に、どのように本件特許発明1の塗料組成物を製造できるのかが理解できないし、粘性調整剤、アクリル樹脂、白色顔料、体質顔料、添加剤、溶剤の種類や量、塗料組成物の粘度をどのように調整すれば本件特許発明1の塗料組成物を製造できるのかが理解できない。
(主張2)本件明細書の表1には、第一法線応力差を高めるための分子量の大きな粘性調整剤として、粘性調整剤7~9を含むものが記載されているところ、比較例3~5、7は、粘性調整剤7又は粘性調整剤8が配合されているが、第一法線応力差がゼロであるから、その役割が理解できず、また、実施例11、12では、粘性調整剤9を実施例1~9、13、14の粘性調整剤7よりも多くいれても第一法線応力差が小さいため、粘性調整剤9の寄与は低いことが理解される。
また、これらの粘性調整剤を含有していても、第一法線応力差が小さな場合に、他の成分の量をどのように調整すれば第一法線応力差を10以上にできるのか、発明の詳細な説明には手がかりがなく、当業者に過度の試行錯誤を課す。
(主張3)本件明細書の表1には、Tanδを低くするためには、硬い構造を持つ粘性調整剤として、粘性調整剤1、2を含むものが記載されているところ、このようなセルロース性粘性調整剤が必須でない場合に、どのような組成であれば1.00以下のTanδを達成できるのか、発明の詳細な説明には手がかりがなく、当業者に過度の試行錯誤を課す。
また、実施例13、14は、比較例3、4よりも粘性調整剤2の量が少量でありながらもTanδが低くなっており、本件明細書の段落【0071】に記載された粘性調整剤がTanδを低くするとの記載に反する。
(主張4)CON値を低くするための相互作用の小さい粘性調整剤として、実施例で示されている粘性調整剤3~6を含有していても、CON値が大きい場合、どのような組成にすれば0.45以下のCON値を達成できるのか、発明の詳細な説明には手がかりがなく、当業者に過度の試行錯誤を課す。
以下、上記主張1~4について検討する。
ア 主張1について
本件明細書の表1には、少なくとも、特定の成分組成の塗料組成物のものが、本件発明の第一法線応力差、Tanδ、CON値を満たすことが示されているところ、本件発明は、そもそも粘性調整剤を含まないことなどを発明特定事項とするものではなく、当業者であれば、本件明細書の記載及び出願当時の技術常識に基づき、本件発明1~7の「第一法線応力差」、「Tanδ」、「CON値」を充足する塗料組成物を作ることができるといえることは、前記2のとおりである。
よって、上記主張1は採用できない。
イ 主張2について
本件明細書の段落【0070】には、アルカリ膨潤型粘性調整剤等の分子量の大きな粘性調整剤を用いることにより、第一法線応力差を高めることができるとの記載がなされている。申立人が主張するとおり、【表1】には、アルカリ膨潤型粘性調整剤の配合量が低めの比較例3~5及び7の第一法線応力差の数値が0Paと記載されているところ、「0Pa」との表記は、含有量が少ない等の要因により、第一法線応力差が測定できる程度に至らなかった可能性も考えられる。むしろ、本件明細書の段落【0070】と【表1】から、当業者であれば、アルカリ膨潤型粘性調整剤を配合することにより、第一法線応力差を高めることができるであろうことを理解するものといえるから、粘性調整剤7、8の役割が理解できないとまではいえない。また、申立人は、粘性調整剤9の第一法線応力差を高める寄与は低い旨主張するが、分子量の大きな粘性調整剤でも、種類によって第一法線応力差を高める効果に大小があるのが当然であるから、それを考慮して、配合量を調整し、第一法線応力差を本件発明の範囲内にすることは当業者が容易に行い得る。
さらに、第一法線応力差が10以上のものが製造できればよいという観点からすると、粘性調整剤以外の成分で第一法線応力差の調整を行う必要は必ずしもなく、第一法線応力が低い場合は、粘性調整剤7~9の含有量を増やすなどして、第一法線応力を高めればよいことは、本件明細書の記載から当業者が容易に理解できる。
そうすると、粘性調整剤7~9は、第一法線応力差を高める役割を有していることは理解できるし、第一法線応力差が小さな場合に、その値を10以上にすることも、当業者が過度の試行錯誤をすることなく容易に行うことができる。
よって、上記主張2は採用できない。
ウ 主張3について
本件明細書の実施例13、14、及び、比較例3、4の記載は申立人主張のとおりであるものの、表1には、比較例3~7及び実施例1~14のいずれもが、セルロース系粘性調整剤を含まない比較例1及び2と比較してTanδが低いことが開示されていることからみて、本件明細書の段落【0071】の記載と表1の結果が全く相容れないとはいうことはできない。
一般に、種々の成分の配合により組成物の物性が多少変動することは技術常識であり、組成物に所望の物性をもたらすために各成分の配合割合等を検討することは通常行われていることである。
また、本件明細書の記載から、セルロース系粘性調整剤以外の粘性調整剤ではTanδを1以下にできないことが明らかともいえない。
よって、上記主張3は採用できない。
エ 主張4について
本件発明は、そもそも相互作用の小さい粘性調整剤の含有量を規定するものではなく、「CON値」を充足する塗料組成物を作ることができるといえることは、前記2のとおりである。
よって、上記主張4は採用できない。
4 小括
以上で検討したとおり、本件明細書の記載は、当業者が本件発明1~7の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであり、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしている。
第5 申立理由2(サポート要件違反)についての当審の判断
1 前提
特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する、いわゆるサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
2 発明の課題
本件発明の解決しようとする課題は、本件明細書の段落【0009】の記載を参酌すると「塗料の飛散を抑制ないし低減し、かつ、良好な塗装精度を有する、吐出塗装用の塗料組成物を提供すること」であると認められる。
3 判断
本件明細書の段落【0029】~【0030】には、液柱吐出塗装時に吐出された塗料が小液滴となって飛散するメカニズムと、それに対応する塗料の飛散を抑制する指針、すなわち、(1)塗料糸が伸びないようにすること、(2)塗料糸におけるくびれの発生を抑制すること、(3)破断した塗料糸が先に吐出されている塗料または吐出口に残る塗料の方向にすぐに戻るようにすること、換言すると、塗料の第一法線応力差を高くすることが記載されている。
また、同段落【0031】~【0038】、【0041】、【0044】には、塗料糸が伸びないようにするためには、塗料の粘性成分に対して弾性成分を大きくすること、すなわち、Tanδを1.00以下にすること、塗料糸におけるくびれの発生を抑制するためには、塗料の粘度のせん断速度依存性を小さくすればよいこと、すなわち、CON値を0.45以下にすればよいこと、破断した塗料糸が先に吐出されている塗料または吐出口に残る塗料の方向にすぐに戻るようにするためには、第一法線応力差を10Pa以上にすればよいことが、それぞれメカニズムとともに記載されている。
さらに、同段落【0096】~【0104】、【表1】には、実施例1~14として、本件発明の第一法線応力差、Tanδ、CON値の数値範囲についての発明特定事項を全て満たす粘度調整剤について、飛散性や塗装安定性に優れることが具体的に示されている。
加えて、塗料の粘弾性体としての性質を定める上記パラメータが、本件発明1の範囲内のものにおいて、飛散性や塗装安定性が悪くなる場合があるという技術常識もない。
そうすると、上記パラメータが本件発明の範囲内の塗料組成物であれば、塗料の飛散を抑制ないし低減し、かつ、良好な塗装精度を有する、吐出塗装用の塗料組成物を提供するという発明の課題を解決できるものといえる。
してみれば、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。
また、本件発明1を直接的又は間接的に引用する本件発明2~7についても、同様の理由により、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。
よって、本件出願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たさないものとはいえない。
4 申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において、「本件発明の詳細な説明を参照しても、実施例1~14の塗料組成物の範囲から逸脱したときに、どのように粘性調整剤やその他の成分を調整すれば、「塗料の飛散を抑制ないし低減し、かつ、良好な塗装精度を有する、吐出塗装用の塗料組成物を提供すること」という課題を解決することができる塗料組成物とすることができるのかが不明である。」と主張する。
しかしながら、本件発明1の塗料組成物は、第一法線応力差、Tanδ及びCON値が特定の数値範囲であり、上記3で検討したとおり、このような数値範囲を満たすものであれば、塗料の飛散性や塗装安定性に優れることは、発明の詳細な説明の記載により当業者が認識できることである。塗料の飛散性や塗装安定性は、塗料の粘弾性体としての性質によって定まるものと解されるから、塗料組成物の各成分が実施例1~14以外の場合でも、第一法線応力差、Tanδ及びCON値が特定の数値範囲である塗料組成物が発明の課題を解決できることは当業者にとって明らかといえる。
そして、第一法線応力差、Tanδ及びCON値が特定の数値範囲である本件発明1~7を製造できることは、前記第4で検討したとおりである。
よって、上記主張は採用できない。
5 小括
以上で検討したとおり、本件発明1~7は、発明の詳細な説明及び技術常識に基づいて、当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものである。
第6 申立理由3(明確性要件違反)についての当審の判断
1 前提
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
2 判断
本件発明1は、「第一法線応力差が、10Pa以上」、「損失正接(Tanδ)が、1.00以下」、「塗料糸のくびれ発生抑制(CON)値が、0.45以下」であるという物性により、塗料組成物を特定するものである。
まず、「第一法線応力差」、「損失正接(Tanδ」について検討すると、これらの用語は、一般的に用いられる技術用語であるから、用語として明確であるし、本件明細書の段落【0031】、【0032】、【0035】、【0036】には、その定義や測定方法についても具体的に示されている。
次に、「塗料糸のくびれ発生抑制(CON)値」について検討すると、この用語は、塗料糸におけるくびれの発生を抑制することに対応するパラメータであるところ、その定義や測定方法については、本件明細書の段落【0033】、【0034】に具体的に示されている。
そうすると、塗料組成物について、これらの物性を測定することにより、塗料組成物が、本件発明の範囲に含まれるか否かは、第三者が明確に把握できるといえる。
してみれば、本件発明1は、特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載を考慮して、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
また、本件発明1を直接的又は間接的に引用する本件発明2~7についても同様である。
3 申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において、その構成成分が何ら特定されておらず、どのような組成の塗料組成物であるのかが明確でないから、第三者に不利益を与えるものであると主張する。
しかしながら、上記2で検討したとおり、本件発明の範囲内のものか否かは、第三者が容易に把握できるものであるから、上記申立人の主張は採用できない。
4 小括
以上で検討したとおり、本件発明1~7は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえないから、本件特許に係る出願は、本件発明1~7についての特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないものとはいえない。
第7 むすび
以上のとおりであるから、申立人による特許異議申立書の理由によっては、本件特許の請求項1~7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1~7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2024-701056