特許異議申立
2025-700030
糖類低減果実飲料およびその製造方法
- 審判番号
- 2025-700030
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2019-239788
- 登録番号
- 7508224
- 請求日
- 2024年12月25日
- 審決日
- 2025年06月30日
- 公報発行日
- 2025年08月29日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】キリンホールディングス株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人フィールズ国際特許事務所
- 【異議申立人】川口 結生
- 審判長/審判官
- 審判長 柴田 昌弘
- 審判官 加藤 友也
- 審判官 中村 和正
- 分類
- P1651.537-Y (A23L) / P1651.121-Y (A23L) / P1651.536-Y (A23L)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法36条4項1号特許法36条6項1号特許法113条4号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第2号、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7508224号発明「糖類低減果実飲料およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7508224号の請求項1ないし17に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7508224号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし17に係る特許についての出願は、令和1年12月27日を出願日とする出願であって、令和6年6月21日にその特許権の設定登録(請求項の数17)がされ、同年7月1日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、同年12月25日に特許異議申立人 川口 結生(以下、「特許異議申立人」という。)から特許異議の申立て(対象請求項:請求項1ないし17)がされ、令和7年3月6日付けで取消理由が通知され、同年5月9日に特許権者 キリンホールディングス株式会社(以下、「特許権者」という。)から意見書が提出され、同年同月21日付けで特許異議申立人に対し審尋がされ、同年6月11日付け(受付日:同年同月12日)で特許異議申立人から回答書が提出されたものである。
第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし17に係る発明(以下、順に「本件特許発明1」のようにいい、総称して「本件特許発明」という。)は、それぞれ、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1ないし17に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
スクロース濃度がBrix11°換算で1.4g/100mL以下である、柑橘果実果汁を含む果実飲料であって、該飲料のエチルエステル濃度が25~50ppbであり、かつ/または、該飲料のモノテルペン誘導体濃度が600~3000ppbであり、エチルエステルが、ヘキサン酸エチル、3-ヒドロキシヘキサン酸エチル、酪酸エチル、2-メチル酪酸エチル、プロピオン酸エチル、2-メチルプロピオン酸エチル、酢酸エチルおよびチグリン酸エチルからなる群から選択される1種または2種以上であり、モノテルペン誘導体が、α-テルピネオール、酢酸テルピニル、リモネン、γ-テルピネン、α-フェランドレン、α-ピネン、β-ピネン、リナロール、ミルセン、ゲラニオールおよびシトラールからなる群から選択される1種または2種以上である、果実飲料。
【請求項2】
柑橘果実が、オレンジ、グレープフルーツおよびうんしゅうみかんからなる群から選択される1種または2種以上を含む、請求項1に記載の果実飲料。
【請求項3】
飲料の果汁率が30%以上である、請求項1または2に記載の果実飲料。
【請求項4】
果実飲料が、スクロース濃度がBrix11°換算で1.4g/100mL以下であり、かつ、糖類濃度がBrix11°換算で6.0g/100mL以下であるオレンジ果汁飲料、スクロース濃度がBrix9°換算で1.1g/100mL以下であり、かつ、糖類濃度がBrix9°換算で7.4g/100mL以下であるグレープフルーツ果汁飲料およびスクロース濃度がBrix9°換算で1.2g/100mL以下であり、かつ、糖類濃度がBrix9°換算で7.8g/100mL以下であるうんしゅうみかん果汁飲料からなる群から選択される1種以上である、請求項1~3のいずれか一項に記載の果実飲料。
【請求項5】
エチルエステルが、酪酸エチル、ヘキサン酸エチルおよび酢酸エチルである、請求項1~4のいずれか一項に記載の果実飲料。
【請求項6】
モノテルペン誘導体が、リナロール、α-テルピネオール、シトラールおよびゲラニオールである、請求項1~5のいずれか一項に記載の果実飲料。
【請求項7】
スクロース濃度がBrix11°換算で1.4g/100mL以下である、柑橘果実果汁を含む果実飲料の製造方法であって、該飲料のエチルエステル濃度を25~50ppbに調整し、かつ/または、該飲料のモノテルペン誘導体濃度を600~3000ppbに調整することを含んでなり、エチルエステルが、ヘキサン酸エチル、3-ヒドロキシヘキサン酸エチル、酪酸エチル、2-メチル酪酸エチル、プロピオン酸エチル、2-メチルプロピオン酸エチル、酢酸エチルおよびチグリン酸エチルからなる群から選択される1種または2種以上であり、モノテルペン誘導体が、α-テルピネオール、酢酸テルピニル、リモネン、γ-テルピネン、α-フェランドレン、α-ピネン、β-ピネン、リナロール、ミルセン、ゲラニオールおよびシトラールからなる群から選択される1種または2種以上である、製造方法。
【請求項8】
飲料の糖類を低減する工程をさらに含んでなる、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
糖類低減工程が、酵素処理、膜濾過処理、触媒処理および発酵処理からなる群から選択される1種または2種以上の処理により行われる、請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
柑橘果実が、オレンジ、グレープフルーツおよびうんしゅうみかんからなる群から選択される1種または2種以上を含む、請求項7~9のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項11】
果実飲料が、スクロース濃度がBrix11°換算で1.4g/100mL以下であり、かつ、糖類濃度がBrix11°換算で6.0g/100mL以下であるオレンジ果汁飲料、スクロース濃度がBrix9°換算で1.1g/100mL以下であり、かつ、糖類濃度がBrix9°換算で7.4g/100mL以下であるグレープフルーツ果汁飲料およびスクロース濃度がBrix9°換算で1.2g/100mL以下であり、かつ、糖類濃度がBrix9°換算で7.8g/100mL以下であるうんしゅうみかん果汁飲料からなる群から選択される1種以上である、請求項7~10のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項12】
エチルエステルが、酪酸エチル、ヘキサン酸エチルおよび酢酸エチルである、請求項7~11のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項13】
モノテルペン誘導体が、リナロール、α-テルピネオール、シトラールおよびゲラニオールである、請求項7~12のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項14】
スクロース濃度がBrix11°換算で1.4g/100mL以下である、柑橘果実果汁を含む果実飲料の香味改善方法であって、該飲料のエチルエステル濃度を25~50ppbに調整し、かつ/または、該飲料のモノテルペン誘導体濃度を600~3000ppbに調整することを含んでなり、エチルエステルが、ヘキサン酸エチル、3-ヒドロキシヘキサン酸エチル、酪酸エチル、2-メチル酪酸エチル、プロピオン酸エチル、2-メチルプロピオン酸エチル、酢酸エチルおよびチグリン酸エチルからなる群から選択される1種または2種以上であり、モノテルペン誘導体が、α-テルピネオール、酢酸テルピニル、リモネン、γ-テルピネン、α-フェランドレン、α-ピネン、β-ピネン、リナロール、ミルセン、ゲラニオールおよびシトラールからなる群から選択される1種または2種以上である、方法。
【請求項15】
果実飲料が、スクロース濃度がBrix11°換算で1.4g/100mL以下であり、かつ、糖類濃度がBrix11°換算で6.0g/100mL以下であるオレンジ果汁飲料、スクロース濃度がBrix9°換算で1.1g/100mL以下であり、かつ、糖類濃度がBrix9°換算で7.4g/100mL以下であるグレープフルーツ果汁飲料およびスクロース濃度がBrix9°換算で1.2g/100mL以下であり、かつ、糖類濃度がBrix9°換算で7.8g/100mL以下であるうんしゅうみかん果汁飲料からなる群から選択される1種以上である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
エチルエステルが、酪酸エチル、ヘキサン酸エチルおよび酢酸エチルである、請求項14または15に記載の方法。
【請求項17】
モノテルペン誘導体が、リナロール、α-テルピネオール、シトラールおよびゲラニオールである、請求項14~16のいずれか一項に記載の方法。」
第3 特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由の概要等
令和6年12月25日に特許異議申立人が提出した特許異議申立書(以下、「特許異議申立書」という。)に記載した特許異議申立ての理由の概要及び証拠方法は次のとおりである。
1 申立理由1(甲第1号証に基づく進歩性)
本件特許発明1ないし17は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし17に係る特許は、同法同条の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
2 申立理由2(サポート要件・実施可能要件)
本件特許の請求項1ないし17に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号及び同法同条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
(1)本件特許明細書の実施例において、本件特許発明の構成をとることによって香味改善作用等が確認された具体的な果実飲料は、【0065】に記載の方法で調製されたオレンジ果汁のみである。
オレンジ果汁(65°Bx、Cutrale社)を最終的に11°Bxに希釈した飲料で香味改善作用等が確認されたとの一例をもって、ごくわずかな柑橘果実果汁を含む飲料でも同様に香味改善作用等が奏されるとは、到底認識できない。すなわち、本件発明は、上記発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものである。よって、本件特許発明にはサポート要件違反の取消理由がある。
また、同様の理由で本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件特許発明について当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないため、本件特許発明には実施可能要件の取消理由がある。
(2)オレンジ果汁を全く含まない果実飲料でも香味改善作用等が奏されると認識することはできない。よって、本件特許発明は、上記発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるから、本件特許発明にはサポート要件違反の取消理由がある。
また、同様の理由で、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件特許発明について当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないため、本件特許発明には実施可能要件違反の取消理由がある。
3 申立理由3(明確性要件)
本件特許の請求項1ないし17に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
本件特許発明においては、エチルエステルの濃度及びモノテルペン誘導体の濃度が「ppb」の単位で規定されている。ppbはparts-per-billionの略であり、10-9(十億分率)を表す。
ここで、本件特許の明細書中には、ppbが質量/質量(w/w)により算出される値であるのか、体積/体積(v/v)により算出される値であるのか、それとも甲2のppmと同様に質量/体積(w/v)により算出される値であるのか、記載されていない。また、当該技術分野における技術常識に照らしても、ppbをw/w、v/v、及びw/vのいずれで解釈すべきか不明である。さらに、一般的に、ある物質の濃度をppbで表記する場合に、当該物質の密度によってはw/w、v/v、及びw/vで算出したppbが互いに全く異なる値をとる事態も当然想定される。
そうすると、本件特許発明は、ある具体的な物や方法が本件特許発明の範囲に入るか否かを、当業者が理解できるように記載されているとはいえない。よって、本件特許発明には明確性要件違反の取消理由がある。
4 証拠方法
甲第1号証:特開2010-46047号公報
甲第2号証:特開昭59-146562号公報
甲第3号証:Veldhuizen MG, Siddique A, Rosenthal S, Marks LE. Interactions of Lemon, Sucrose and Citric Acid in Enhancing Citrus, Sweet and Sour Flavors. Chem.Senses. 2018;43(1):17-26. doi:10.1093/chemse/bjx063 本文及び抄訳(公表日2017年10月9日)
甲第4号証:Gonzalez-Mas MC, Rambla JL, Lopez-Gresa MP, Blazquez MA and Granell A (2019) Volatile Compounds in Citrus Essential Oils: A Comprehensive Review. Front. Plant Sci. 10:12. doi: 10.3389/fpls.2019.00012 本文、Supplementary Table 4 (Table S4)、及び抄訳 (公表日2019年2月5日)
甲第5号証:門田 利作、中村 武彦. 日向夏みかんに関する研究-4-揮発性有機酸およびテルペンについて. 日本食品工業学会誌 日本食品工業学会 編. 18(12) 1971.12,p.569~573. 本文及び表2抄訳 (公表月1971年12月)
甲第6号証:特開2019-80590号公報
甲第7号証:文部科学省 日本食品標準成分表2015年版(七訂) 第1章「説明」第1~3頁 (公表年2015年)
甲第8号証:文部科学省 日本食品標準成分表2015年版(七訂) 炭水化物成分表編 第2章 本表 可食部100g当たりの炭水化物成分表(利用可能炭水化物及び糖アルコール)より「7 果実類」第43~47頁 (公表年2015年)
甲第9号証:日本果汁協会 監修、「果汁・果実飲料辞典」、朝倉書店、166、167、484、485頁、出版日1978年9月30日
甲第10号証:食品科学便覧編集委員会編、「食品科学便覧」、共立出版、230、231頁、出版日1978年5月10日
甲第11号証:ポッカサッポロフード&ビバレッジ社「つぶたっぷり贅沢みかん(400g)商品情報」ウェブページ(https://www.pokkasapporo-fb.jp/products/otherdrink/tsubu/WW00.html)のプリントアウト、閲覧日2025年6月5日
甲第9ないし11号証は令和7年6月11日に提出された回答書に添付されたものである。証拠の表記は、特許異議申立書及び上記回答書の記載におおむね従った。なお、摘記に際し、甲第4号証のフランス語の綴り字記号は省略した。以下、順に「甲1」のようにいう。
第4 取消理由の概要
令和7年3月6日付けで通知した取消理由(以下、「取消理由」という。)の概要は次のとおりである。
(明確性要件)
本件特許の請求項1ないし17に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
なお、該取消理由は申立理由3(明確性要件)とおおむね同旨である。
本件特許発明1は「該飲料のエチルエステル濃度が25~50ppbであり、かつ/または、該飲料のモノテルペン誘導体濃度が600~3000ppbであり」という発明特定事項を有するものであり、本件特許発明7及び14は「該飲料のエチルエステル濃度を25~50ppbに調整し、かつ/または、該飲料のモノテルペン誘導体濃度を600~3000ppbに調整することを含んでなり」という発明特定事項を有するものである。
「ppb」に関して、本件特許の発明の詳細な説明には、「ppb」が質量/質量(w/w)により算出される値であるのか、体積/体積(v/v)により算出される値であるのか、又は甲2(第13ページ左下欄の表1)の「ppm」と同様に質量/体積(w/v)により算出される値であるのか、記載されていない。
また、本件特許の出願時の当業者の技術常識に照らしても、「ppb」を「w/w」、「v/v」及び「w/v」のいずれで解釈すべきか不明である。
そして、ある物質の濃度を「ppb」で表記する場合に、当該物質の密度によっては「w/w」、「v/v」及び「w/v」で算出した「ppb」が互いに全く異なる値をとることも起こり得る。
そうすると、本件特許発明1、7及び14に関して、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるといえる。
本件特許発明2ないし6、8ないし13及び15ないし17は、請求項1、7又は14を直接又は間接的に引用して特定するものであるから、本件特許発明1、7及び14と同様に、本件特許発明2ないし6、8ないし13及び15ないし17に関して、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるといえる。
第5 取消理由について当審の判断
1 明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
そこで、検討する。
2 明確性要件の判断
上記第2のとおり、本件特許発明1は「該飲料のエチルエステル濃度が25~50ppbであり、かつ/または、該飲料のモノテルペン誘導体濃度が600~3000ppbであり」という発明特定事項を有するものであり、本件特許発明7及び14は「該飲料のエチルエステル濃度を25~50ppbに調整し、かつ/または、該飲料のモノテルペン誘導体濃度を600~3000ppbに調整することを含んでなり」という発明特定事項を有するものである。
「ppb」に関して、本件特許の発明の詳細な説明(以下、「発明の詳細な説明」という。)には、「ppb」が質量/質量(w/w)により算出される値であるのか、体積/体積(v/v)により算出される値であるのか、又は甲2(第13ページ左下欄の表1)の「ppm」と同様に質量/体積(w/v)により算出される値であるのか、記載されていない。
他方、計量法ではSI単位がある物象の状態の量であっても、国内外で広く使用されている非SI単位については、計量法第4条第2項及び別表第三において法定計量単位として定められ、使用が公式に認められている。別表第三によると、非SI単位の質量百分率、質量千分率、質量百万分率、質量十億分率、質量一兆分率、質量千兆分率、体積百分率、体積千分率、体積百万分率、体積十億分率、体積一兆分率、体積千兆分率及びピーエッチの計量単位を濃度に使用できるとされている。
そして、これらの計量単位(濃度)の定義は計量単位令(平成4年政令第357号)第3条第2項及び別表第三で定められており、別表第三によると濃度は以下のとおり定義されている。
[図:0001425772000001.jpg]
[図:0001425772000002.jpg]
ここで、ppbはparts-per-billionの略であり、10-9の割合(十億分率)を表す。上記から、計量法及び計量単位令のもとではppbには質量十億分率(質量/質量)及び体積十億分率(体積/体積)があり、質量/体積のppbは存在しない。すなわち計量法及び計量単位令のもとではppbには単位はなく、無次元量である。計量法及び計量単位令は本件特許の技術分野の技術常識を構成していることから、ppbは原則として質量/質量及び体積/体積のいずれかを表すことは技術常識であるといえる。
そして、本件特許発明1、7及び14は果実飲料に関する発明であるところ、本件特許の技術分野の技術常識を構成する乙第1号証(日本食品標準成分表2015年版(七訂))(当審注:令和7年5月9日に特許権者から提出された意見書に添付されたものである。)に示されるとおり、果実飲料では含有成分の量は質量で特定され、体積では特定されていない。また、甲2の第13ページ左下欄から右下欄の表1と、第14ページの右上欄から左下欄の表2には、オレンジジュースの単位体積に含まれる各種成分の含有量が質量で特定され、体積では特定されていない。したがって、果実飲料では、溶質成分の含有量は体積ではなく質量で特定されることが通例であるといえる。よって、ppbを算出する分数の分子は質量となることから、果実飲料の溶質成分の濃度ppbは体積/体積(「v/v」)ではなく、質量/質量(「w/w」)を意味するといえる。
上記取消理由は、発明の詳細な説明の記載では、「ppb」を「w/w」、「v/v」及び「w/v」のいずれで解釈すべきか不明であることに起因するものであるところ、発明の詳細な説明の記載に加え、当業者の出願時の技術常識を考慮すれば、上記のとおり、「ppb」は質量/質量(「w/w」)で解釈すべきものであるといえることから、上記取消理由は解消したといえる。
そこで、改めて検討するに、本件特許の請求項1ないし17の記載は、上記第2のとおりであり、本件特許の請求項1ないし17の記載には、それら自体に不明確な記載はなく、また、発明の詳細な説明の記載とも整合している。
したがって、本件特許発明1ないし17に関して、特許請求の範囲の記載は、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。
3 特許異議申立人の主張について
(1)特許異議申立人の主張の概要
特許異議申立人は令和7年6月11日に提出された回答書においておおむね次のとおり主張している(以下、順に「主張1」のようにいう。)。
<主張1>
「まず、特許権者は、令和7年5月9日付け意見書第6頁において、特に論拠を示すことなく「計量法及び計量単位令は本件特許の技術分野における技術常識を構成している」と主張し、これを前提として、「ppbは原則として質量/質量及び体積/体積のいずれかを表すことは技術常識であるといえる」と主張する。
・・・(略)・・・
以上に鑑みると、本件発明におけるppbを、計量法及び計量単位令に準じて、質量/質量及び体積/体積のいずれかを示すものと解釈すべき特段の事情はなく、「ppbは原則として質量/質量及び体積/体積のいずれかを表すことは技術常識であるといえる」との特許権者の主張には到底同意できない。
・・・(略)・・・
しかしながら、本件明細書の実施例においては香料A及び香料Bの添加量を「体積%(v/v)」で表記しており(例えば[0070]段落、表4、表5、[0079]段落)、特許権者の上記主張は明らかに矛盾している。
・・・(略)・・・
以上に鑑みれば、本件明細書におけるヘキサンエチル等の香気成分の文脈における「ppb」はむしろ、香料A及び香料Bと同様に「体積/体積」を意味すると当業者は理解する。仮にそうではなかったとしても、少なくとも「本件特許発明との関係ではppbは一義的に質量/質量により算出される値である」とは到底理解できない。
・・・(略)・・・
よって、本件発明のppbが質量/質量、体積/体積、及び質量/体積のいずれを意味するのか不明であるから、「(i)本件特許発明との関係ではppbは一義的に質量/質量により算出される値であると理解できる」との特許権者の主張には、到底同意できない。」(上記回答書の「4 回答の内容」のア)
<主張2>
「しかしながら、水に糖類や有機酸等が溶解している果実飲料の密度が、水の密度よりも大きくなることは技術常識であり、「果実飲料の密度が1とみなせる(すなわち、分母の飲料の体積(mL)が質量(g)と等しいとみなせる)」との特許権者の主張には同意できない。
・・・(略)・・・
以上の通り、果実飲料の比重(≒密度)は糖の含有量や、有機酸等のその他成分の含有量によって異なる値を取り、特に糖度が高い場合には1.06を超えることも十分想定される。仮に密度1.06g/mL超を1.00g/mLとみなすと、6%以上もの誤差が生じることとなり、これは当業者にとって看過できない誤差である。
したがって、「果実飲料の密度が1とみなせる(すなわち、分母の飲料の体積(mL)が質量(g)と等しいとみなせる)」との特許権者の主張には説得力がなく、これを前提とした「果実飲料との関係で質量/体積は質量/質量とみなせることから、甲2に『ppm(μg/エッセンスmL)』との記載があったとしても、『ppm』が『μg/エッセンスmL』の単位を有していることを示すものではなく、ppbが質量/質量により算出される値であることと矛盾するものではない」との主張には、到底同意できない。」(上記回答書の「4 回答の内容」のイ)
<主張3>
「果実飲料には、果粒や果肉、パルプ(搾汁後に残った果実の繊維質)等を含むもの(例えば甲第11号証等)が存在する。・・・(略)・・・
すなわち、果実飲料には本件明細書[0009]段落や甲11に記載されるように果粒等の固形部分を含むものが存在し、「ppb」が液体部分のみを基準とした値であるのか、固形部分も含む飲料全体を基準とした値であるのかによって、飲料中のエチルエステル及びモノテルペン誘導体の濃度を測定する際の操作が異なる。そして当然、操作が異なれば、測定されるエチルエステル及びモノテルペン誘導体の濃度も異なる値を取る。
したがって、この点においても、本件特許請求の範囲の記載は、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確である。」(上記回答書の「4 回答の内容」のウ)
(2)上記主張についての判断
そこで、検討するに、次のとおり、いずれの主張も採用できない。
ア 主張1について
上記2で示したとおり、「ppbは原則として質量/質量及び体積/体積のいずれかを表す」ことは技術常識であるし、発明の詳細な説明の【0070】及び【0079】の記載は、香料を添加する際の量を体積%で表したものであって、含有成分の測定値ではないので、「ppbは原則として質量/質量及び体積/体積のいずれかを表す」ことを技術常識としたことと矛盾するものではない。
また、特許異議申立人は、「ppbは原則として質量/質量及び体積/体積のいずれかを表す」ことは技術常識ではないことの具体的な証拠を示している訳ではない。
したがって、主張1は採用できない。
イ 主張2について
甲2における「ppm(μg/エッセンスml)」は、甲2の第13ページ左上欄第14ないし19行によると、「オレンジジュースをスチームでストリッピングすることから得られる芳香フレーバー濃縮物の水相からなる」もので「非常に希薄溶液内に水溶性オレンジジュース芳香/フレーバー揮発性化合物を含有する」「ストリッパーエッセンス」における成分濃度を表すものである(下線は当審で付したものである。)。
そうすると、甲2に記載された「ストリッパーエッセンス」の比重は1とみなせるから、甲2の記載は、ppbが質量/質量により算出される値であることと矛盾するものではない。
したがって、主張2も採用できない。
ウ 主張3について
「ppb」が飲料全体を基準とした値であることは発明の詳細な説明の記載から明らかである。
したがって、主張3も採用できない。
そもそも、主張3は特許異議申立書に記載されていない新たな理由であり、訂正により生じた理由ではないので、その点からも採用できない。
4 取消理由についてのむすび
したがって、本件特許の請求項1ないし17に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえず、同法第113条第4号に該当しないので、取消理由によっては取り消すことはできない。
第6 取消理由として採用しなかった特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由についての当審の判断
取消理由として採用しなかった特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由は申立理由1(甲1に基づく進歩性)及び申立理由2(サポート要件・実施可能要件)である。
以下、順に検討する。
1 申立理由1(甲1に基づく進歩性)について
(1)甲1に記載された事項等
ア 甲1に記載された事項
甲1には、「スクラロース含有野菜飲料」に関しておおむね次の事項が記載されている。下線は当審で付したものと予め付されたものである。
・「【特許請求の範囲】
【請求項1】
飲料全体に対しストレート換算で50%以上の野菜汁と、0.001重量%以上0.005重量%未満のスクラロースとを含有し、飲料全体における糖質の割合が8g/100mL以下である低糖質野菜飲料。
【請求項2】
さらに、果汁を含有する請求項1に記載の低糖質野菜飲料。
【請求項3】
柑橘類果汁を含有する、請求項2に記載の低糖質野菜飲料。」
・「【0020】
本発明の飲料に、果汁、特に柑橘類果実の果汁(本明細書中、柑橘類果汁とも表記する)を特定量配合すると、野菜汁特有の好ましくない臭気(青臭さ)や味(エグ味、渋味)を緩和することができ、加熱殺菌後の加熱臭の発生も抑制するので、さらに飲み易い飲料となる。本明細書でいう柑橘類果汁とは、ミカン科ミカン亜科に属する植物の果実の果汁をいう。具体的には、温州みかん、紀州みかん、ポンカン、アンコール、マンダリン、ダンゼリン、コウジ、シィクワシャー、タチバナ、不知火などのみかん類、ナツダイダイ、ハッサク、ヒュウガナツ、サンボウカン、河内晩柑、キヌカワ、ナルトなどの雑柑類、バレンシアオレンジ、ネーブルオレンジ、ブラッドオレンジ等のオレンジ類、タンカン、イヨ、マーコット、清見、オーランド、ミネオラ、セミノール等のタンゴール・タンゼロ、メキシカンライム、タヒチライム等のライム、リスボンレモン、ユーレカレモン、ディアマンテ、エトローグ等のレモン・シトロン、バンペイユ、土佐ブンタン等のブンタン、ダンカン、マーシュ、トムソン、ルビーレッド等のグレープフルーツ、ユズ、カボス、スダチ、ハナユ、キズ、等のユズ類、キンカン、カラタチを例示できる。なかでも、オレンジ類の果汁は、野菜飲料に混合して飲用する際の酸味や苦味等の風味バランスの観点から、好適に用いられる。なお、前記の柑橘類果汁は1種又は2種以上を組み合わせてもよい。」
・「【実施例】
【0033】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
実施例1.低糖質野菜飲料
表1に示す配合で、野菜汁と果汁とを混合し、糖質が6.2~6.6g/100mLとなる7種類の野菜飲料を調製した。得られた野菜飲料について、官能評価を行った。評価は、野菜汁由来の青臭さ及び総合的な好ましさについて、専門パネラー3名で、5段階で評価(5点:大変よい→1点:大変悪い)した。
【0034】
結果を表1に示す。」
・「【0036】
【表1】
[図:0001425772000003.jpg]
」
イ 甲1に記載された発明
甲1に記載された事項を、特に実施例1に関して整理すると、甲1には次の発明(以下、順に「甲1飲料発明」、「甲1製法発明」及び「甲1方法発明」という。)が記載されていると認める。
<甲1飲料発明>
「表1の本発明品1及び2並びに比較例2ないし7に示す配合で、野菜汁と柑橘類果汁とを混合し、糖質が6.5g又は6.6g/100mLとなるように調製して得られた野菜飲料。」(当審注:「表1」については、上記ア参照。)
<甲1製法発明>
「表1の本発明品1及び2並びに比較例2ないし7に示す配合で、野菜汁と柑橘類果汁とを混合し、糖質が6.5g又は6.6g/100mLとなるように調製する野菜飲料の製造方法。」
<甲1方法発明>
「表1の本発明品1及び2に示す配合で、野菜汁と柑橘類果汁とを混合し、糖質が6.6g/100mLとなるように調製する野菜飲料の香味を改善する方法。」
(2)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲1飲料発明を対比する。
甲1飲料発明における「野菜飲料」は、「野菜汁と柑橘類果汁とを混合し」たものであるから、本件特許発明1における「果実飲料」に相当する。
甲1飲料発明における「柑橘類果汁」は本件特許発明1における「柑橘果実果汁」に相当する。
そうすると、両者は次の点で一致する。
<一致点>
「柑橘果実果汁を含む果実飲料。」
そして、両者は次の点で相違する。
<相違点1-1>
「果実飲料」に関して、本件特許発明1においては「スクロース濃度がBrix11°換算で1.4g/100mL以下である」と特定されているのに対して、甲1飲料発明においてはそのようには特定されていない点。
<相違点1-2>
本件特許発明1においては「該飲料のエチルエステル濃度が25~50ppbであり、かつ/または、該飲料のモノテルペン誘導体濃度が600~3000ppbであり、エチルエステルが、ヘキサン酸エチル、3-ヒドロキシヘキサン酸エチル、酪酸エチル、2-メチル酪酸エチル、プロピオン酸エチル、2-メチルプロピオン酸エチル、酢酸エチルおよびチグリン酸エチルからなる群から選択される1種または2種以上であり、モノテルペン誘導体が、α-テルピネオール、酢酸テルピニル、リモネン、γ-テルピネン、α-フェランドレン、α-ピネン、β-ピネン、リナロール、ミルセン、ゲラニオールおよびシトラールからなる群から選択される1種または2種以上である」と特定されているのに対して、甲1飲料発明においてはそのようには特定されていない点。
イ 判断
事案に鑑み、相違点1-2について検討する。
甲1には、甲1飲料発明において、相違点1-2に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用する動機付けとなる記載はないし、他の証拠にもない。
したがって、甲1飲料発明において、甲1及び他の証拠に記載された事項を考慮しても、相違点1-2に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
そして、本件特許発明1の奏する「糖類低減果実飲料において低下する傾向がある香味を改善することができる。」(発明の詳細な説明の【0008】)という効果は、甲1飲料発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項からみて、本件特許発明1の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである。
ウ 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、特許異議申立書の第42及び43ページにおいて、甲1に記載の柑橘類果汁を含み、低糖質である果汁飲料の風味を改善するために、甲2又は3の記載を考慮して特定のエチルエステル及びモノテルペン誘導体を含有させることは当業者が容易に想到し得たことであり、エチルエステル濃度を25~50ppbとし、かつ/または、モノテルペン誘導体濃度を600~3000ppbとすることは、単なる数値の好適化に過ぎない旨主張する。
そこで、該主張について検討する。
甲2には、オレンジジュースからの典型的水性ストリッパーエッセンスに酢酸エチルやα-ピネンが含まれること(第13ページの表1)及びオレンジジュースから由来する典型的なリモネンをベースとするストリッパーエッセンスに酢酸エチルやα-ピネンが含まれること(第14ページの表2)が記載されているにとどまり、酢酸エチルなどのエチルエステルやα-ピネンなどのモノテルペン誘導体の含有量を本件特許発明1において特定されるような所定濃度にすることでボリューム感の不足を改善できることは記載されていない。
また、甲3には、レモン抽出物などの嗅覚受容体を活性化するフレーバー剤は、通常味覚とみなされる酸味や甘味などの風味を呼び起こしたり、強めたりする可能性があること、ショ糖やクエン酸などの味覚受容体を活性化するフレーバー剤は、通常嗅覚とみなされるシトラスなどの風味を強める可能性があること及びレモン抽出物とスクロース、レモン抽出物とクエン酸、レモン抽出物、スクロース、クエン酸のテストを行った結果、レモン抽出物とクエン酸の両方が柑橘系と酸味の強さを高めることが分かったことが記載されているにとどまり、エチルエステルやモノテルペン誘導体の含有量を本件特許発明1において特定されるような所定濃度にすることでボリューム感の不足を改善できることは記載されていない。
したがって、甲2又は3に記載された事項を考慮しても、甲1飲料発明において、特定のエチルエステル、かつ/または、特定のモノテルペン誘導体を含有させること並びにエチルエステル濃度を25~50ppbとし、かつ/または、モノテルペン誘導体濃度を600~3000ppbとするという発明特定事項を採用することには至らない。
よって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。
エ まとめ
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は甲1飲料発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(3)本件特許発明2ないし6について
本件特許発明2ないし6は、請求項1の記載を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有するものであるから、本件特許発明1と同様に、甲1飲料発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(4)本件特許発明7について
ア 対比
本件特許発明7と甲1製法発明を対比する。
両者の間には、本件特許発明1と甲1飲料発明の間と同様の相当関係が成り立つ。
そうすると、両者は次の点で一致する。
<一致点>
「柑橘果実果汁を含む果実飲料の製造方法。」
そして、両者は次の点で相違する。
<相違点7-1>
「果実飲料」に関して、本件特許発明7においては「スクロース濃度がBrix11°換算で1.4g/100mL以下である」と特定されているのに対して、甲1製法発明においてはそのようには特定されていない点。
<相違点7-2>
本件特許発明7においては「該飲料のエチルエステル濃度を25~50ppbに調整し、かつ/または、該飲料のモノテルペン誘導体濃度を600~3000ppbに調整することを含んでなり、エチルエステルが、ヘキサン酸エチル、3-ヒドロキシヘキサン酸エチル、酪酸エチル、2-メチル酪酸エチル、プロピオン酸エチル、2-メチルプロピオン酸エチル、酢酸エチルおよびチグリン酸エチルからなる群から選択される1種または2種以上であり、モノテルペン誘導体が、α-テルピネオール、酢酸テルピニル、リモネン、γ-テルピネン、α-フェランドレン、α-ピネン、β-ピネン、リナロール、ミルセン、ゲラニオールおよびシトラールからなる群から選択される1種または2種以上である」と特定されているのに対して、甲1製法発明においてはそのようには特定されていない点。
イ 判断
事案に鑑み、相違点7-2について検討する。
相違点7-2は相違点1-2と実質的に同じであるから、その判断も同じである。すなわち、甲1製法発明において、甲1及び他の証拠に記載された事項を考慮しても、相違点7-2に係る本件特許発明7の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
そして、本件特許発明7の奏する「糖類低減果実飲料において低下する傾向がある香味を改善することができる。」という効果は、甲1製法発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項からみて、本件特許発明7の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである。
ウ まとめ
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明7は甲1製法発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(5)本件特許発明8ないし13について
本件特許発明8ないし13は、請求項7の記載を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明7の発明特定事項を全て有するものであるから、本件特許発明7と同様に、甲1製法発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(6)本件特許発明14について
ア 対比
本件特許発明14と甲1方法発明を対比する。
両者の間には、本件特許発明1と甲1飲料発明の間と同様の相当関係が成り立つ。
そうすると、両者は次の点で一致する。
<一致点>
「柑橘果実果汁を含む果実飲料の調整方法。」
そして、両者は次の点で相違する。
<相違点14-1>
「果実飲料」に関して、本件特許発明14においては「スクロース濃度がBrix11°換算で1.4g/100mL以下である」と特定されているのに対して、甲1方法発明においてはそのようには特定されていない点。
<相違点14-2>
本件特許発明14においては「該飲料のエチルエステル濃度を25~50ppbに調整し、かつ/または、該飲料のモノテルペン誘導体濃度を600~3000ppbに調整することを含んでなり、エチルエステルが、ヘキサン酸エチル、3-ヒドロキシヘキサン酸エチル、酪酸エチル、2-メチル酪酸エチル、プロピオン酸エチル、2-メチルプロピオン酸エチル、酢酸エチルおよびチグリン酸エチルからなる群から選択される1種または2種以上であり、モノテルペン誘導体が、α-テルピネオール、酢酸テルピニル、リモネン、γ-テルピネン、α-フェランドレン、α-ピネン、β-ピネン、リナロール、ミルセン、ゲラニオールおよびシトラールからなる群から選択される1種または2種以上である」と特定されているのに対して、甲1方法発明においてはそのようには特定されていない点。
イ 判断
事案に鑑み、相違点14-2について検討する。
相違点14-2は相違点1-2と実質的に同じであるから、その判断も同じである。すなわち、甲1方法発明において、甲1及び他の証拠に記載された事項を考慮しても、相違点14-2に係る本件特許発明14の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
そして、本件特許発明14の奏する「糖類低減果実飲料において低下する傾向がある香味を改善することができる。」という効果は、甲1方法発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項からみて、本件特許発明14の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである。
ウ まとめ
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明14は甲1方法発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(7)本件特許発明15ないし17について
本件特許発明15ないし17は、請求項14の記載を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明14の発明特定事項を全て有するものであるから、本件特許発明14と同様に、甲1方法発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(8)申立理由1についてのむすび
したがって、本件特許発明1ないし17は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし17に係る特許は同法同条の規定に違反してされたものであるとはいえず、同法第113条第2号に該当しないので、申立理由1によっては取り消すことはできない。
2 申立理由2(サポート要件・実施可能要件)について
(1)サポート要件の判断基準及び実施可能要件の判断基準
ア サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
イ 実施可能要件の判断基準
本件特許発明1ないし6は物の発明であるところ、物の発明について実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、使用をすることができる程度の記載があることを要する。
本件特許発明7ないし13は物を生産する方法の発明であるところ、物を生産する方法の発明について実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産する方法の使用をし、それにより生産した物の使用をすることができる程度の記載があることを要する。
本件特許発明14ないし17は方法の発明であるところ、方法の発明について実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その方法の使用をすることができる程度の記載があることを要する。
そこで、検討する。
(2)サポート要件の判断
ア 特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の記載は上記第2のとおりである。
イ 判断
発明の詳細な説明の【0001】ないし【0006】によると、本件特許発明1ないし6の解決しようとする課題は「香味が改善された新規な糖類低減果実飲料」を提供することであり、本件特許発明7ないし13の解決しようとする課題は「香味が改善された新規な糖類低減果実飲料の製造方法」を提供することであり、本件特許発明14ないし17の解決しようとする課題は「糖類低減果実飲料の香味を改善する方法」を提供することである(以下、総称して「発明の課題」という。)。
発明の詳細な説明の【0005】には「本発明者らは今般、糖類を低減した果汁は通常の果汁と比較してボリューム感が不足する傾向にあること、糖類を低減した果汁においてエチルエステルおよび/またはモノテルペン誘導体を所定濃度に調整することにより、糖類含有量が低いことに起因するボリューム感の不足を改善できることを見出した。本発明はこれらの知見に基づくものである。」と記載されている。
発明の詳細な説明の【0007】、【0016】ないし【0022】、【0024】、【0025】、【0039】、【0042】、【0043】及び【0059】には本件特許発明1ないし17に対応する記載がある。
発明の詳細な説明の【0060】ないし【0079】には、「スクロース濃度がBrix11°換算で1.4g/100mL以下である、柑橘果実果汁を含む果実飲料であって、該飲料のエチルエステル濃度が25~50ppbであり、かつ/または、該飲料のモノテルペン誘導体濃度が600~3000ppbであり、エチルエステルが、ヘキサン酸エチル、3-ヒドロキシヘキサン酸エチル、酪酸エチル、2-メチル酪酸エチル、プロピオン酸エチル、2-メチルプロピオン酸エチル、酢酸エチルおよびチグリン酸エチルからなる群から選択される1種または2種以上であり、モノテルペン誘導体が、α-テルピネオール、酢酸テルピニル、リモネン、γ-テルピネン、α-フェランドレン、α-ピネン、β-ピネン、リナロール、ミルセン、ゲラニオールおよびシトラールからなる群から選択される1種または2種以上である、果実飲料」という条件を満たすサンプル飲料(サンプル番号17ないし33)が、上記条件を満たさないサンプル飲料(サンプル番号16及び34ないし36)と比べて、総合評価に優れていること(ボリューム感がオレンジ果汁として受容可能な水準以上又はボリューム感がオレンジ果汁として違和感ない水準であること)を確認する記載がある。
そうすると、発明の詳細な説明の上記記載により当業者は「スクロース濃度がBrix11°換算で1.4g/100mL以下である、柑橘果実果汁を含む果実飲料であって、該飲料のエチルエステル濃度が25~50ppbであり、かつ/または、該飲料のモノテルペン誘導体濃度が600~3000ppbであり、エチルエステルが、ヘキサン酸エチル、3-ヒドロキシヘキサン酸エチル、酪酸エチル、2-メチル酪酸エチル、プロピオン酸エチル、2-メチルプロピオン酸エチル、酢酸エチルおよびチグリン酸エチルからなる群から選択される1種または2種以上であり、モノテルペン誘導体が、α-テルピネオール、酢酸テルピニル、リモネン、γ-テルピネン、α-フェランドレン、α-ピネン、β-ピネン、リナロール、ミルセン、ゲラニオールおよびシトラールからなる群から選択される1種または2種以上である、果実飲料」、「スクロース濃度がBrix11°換算で1.4g/100mL以下である、柑橘果実果汁を含む果実飲料の製造方法であって、該飲料のエチルエステル濃度を25~50ppbに調整し、かつ/または、該飲料のモノテルペン誘導体濃度を600~3000ppbに調整することを含んでなり、エチルエステルが、ヘキサン酸エチル、3-ヒドロキシヘキサン酸エチル、酪酸エチル、2-メチル酪酸エチル、プロピオン酸エチル、2-メチルプロピオン酸エチル、酢酸エチルおよびチグリン酸エチルからなる群から選択される1種または2種以上であり、モノテルペン誘導体が、α-テルピネオール、酢酸テルピニル、リモネン、γ-テルピネン、α-フェランドレン、α-ピネン、β-ピネン、リナロール、ミルセン、ゲラニオールおよびシトラールからなる群から選択される1種または2種以上である、製造方法」及び「スクロース濃度がBrix11°換算で1.4g/100mL以下である、柑橘果実果汁を含む果実飲料の香味改善方法であって、該飲料のエチルエステル濃度を25~50ppbに調整し、かつ/または、該飲料のモノテルペン誘導体濃度を600~3000ppbに調整することを含んでなり、エチルエステルが、ヘキサン酸エチル、3-ヒドロキシヘキサン酸エチル、酪酸エチル、2-メチル酪酸エチル、プロピオン酸エチル、2-メチルプロピオン酸エチル、酢酸エチルおよびチグリン酸エチルからなる群から選択される1種または2種以上であり、モノテルペン誘導体が、α-テルピネオール、酢酸テルピニル、リモネン、γ-テルピネン、α-フェランドレン、α-ピネン、β-ピネン、リナロール、ミルセン、ゲラニオールおよびシトラールからなる群から選択される1種または2種以上である、方法」は発明の課題を解決できると認識できる。
そして、本件特許発明1ないし6は当業者が発明の課題を解決できると認識できる上記「果実飲料」であるか、それをさらに限定したものであり、本件特許発明7ないし13は当業者が発明の課題を解決できると認識できる上記「柑橘果実果汁を含む果実飲料の製造方法」であるか、それをさらに限定したものであり、本件特許発明14ないし17は当業者が発明の課題を解決できると認識できる上記「柑橘果実果汁を含む果実飲料の香味改善方法」であるか、それをさらに限定したものである。
したがって、本件特許発明1ないし17は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。
よって、本件特許発明1ないし17に関して、特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合する。
(3)実施可能要件の判断
発明の詳細な説明には本件特許発明1ないし17の各発明特定事項について具体的に記載されており、本件特許発明1ないし17の実施例についても具体的に記載されている。
したがって、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、本件特許発明1ないし6を生産し、使用をすることができる程度の記載があるといえるし、本件特許発明7ないし13の使用をし、それにより生産した物の使用をすることができる程度の記載があるといえるし、本件特許発明14ないし17の使用をすることができる程度の記載があるといえる。
よって、本件特許発明1ないし17に関して、発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を充足する。
(4)特許異議申立人の主張について
申立理由2における特許異議申立人の主張(上記第3 2(1)及び(2))について検討する。
香味改善作用等が確認された具体的な果実飲料が最終的に11°Bxに希釈したオレンジ果汁飲料のみであるとしても、柑橘類果汁の含有量が少ない場合でも、程度の差があるとしても同様の香味改善作用を奏すると当業者は理解するし、オレンジ果汁以外の他の柑橘類果汁を含む飲料の場合でも、柑橘類果汁を含む飲料である以上、程度の差があるとしても同様の香味改善作用を奏すると当業者は理解する。
また、ごく僅かな量の柑橘類果汁や、オレンジ果汁以外の柑橘類果汁では、香味改善作用を奏しないことについて具体的な証拠が示されている訳でもない。
したがって、「ごくわずかな柑橘果実果汁を含む飲料でも同様に香味改善作用等が奏されるとは、到底認識できない。」とはいえないし、「オレンジ果汁を全く含まない果実飲料でも香味改善作用等が奏されると認識することはできない。」ともいえない。
よって、特許異議申立人の上記第3 2(1)及び(2)の主張はいずれも採用できない。
(5)申立理由2についてのむすび
したがって、本件特許の請求項1ないし17に係る特許は、特許法第36条第6項第1号又は同法同条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえず、同法第113条第4号に該当しないので、申立理由2によっては取り消すことはできない。
第7 結語
上記第5及び6のとおり、本件特許の請求項1ないし17に係る特許は、取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由によっては取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1ないし17に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-700030