特許異議申立
2024-700134
抗ウィルス性基体
- 審判番号
- 2024-700134
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2021-027363
- 登録番号
- 7329554
- 請求日
- 2024年02月14日
- 審決日
- 2024年06月25日
- 公報発行日
- 2024年07月26日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】イビデン株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人WisePlus
- 【異議申立人】土田 裕介
- 【異議申立人代理人】長谷川 芳樹
- 【異議申立人代理人】黒木 義樹
- 【異議申立人代理人】須藤 康洋
- 【異議申立人代理人】三上 敬史
- 【異議申立人代理人】福山 尚志
- 審判長/審判官
- 審判長 木村 敏康
- 審判官 小石 真弓
- 審判官 野田 定文
- 分類
- P1651.121-Y (A01N) / P1651.536-Y (A01N) / P1651.537-Y (A01N)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第6項第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7329554号発明「抗ウィルス性基体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7329554号の請求項1ないし14に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本件特許第7329554号は、2018年10月12日(優先権主張 平成29年10月12日(日本)、平成30年3月28日(日本)及び平成30年9月5日(日本))を国際出願日とする特願2019-519361号の一部を、令和元年7月23日に新たな特許出願とした特願2019-135462号の一部を、令和3年2月24日に新たな特許出願としたものであって、令和5年8月9日に特許権の設定登録がなされ、同年同月18日にその特許掲載公報が発行され、その後、請求項1~14に係る特許に対して、令和6年2月14日に特許異議申立人 土田裕介(以下「申立人」という。)から、特許異議の申立てがされたものである。
第2 本件請求項1~14に係る発明
本件請求項1~14に係る発明(以下、「本件発明1」等といい、まとめて「本件発明」ということがある。)は、その特許請求の範囲の請求項1~14に記載された以下の事項によって特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
基材表面に、銅化合物及び還元力を有する光重合開始剤を含むバインダの硬化物が固着し、前記銅化合物の少なくとも一部は、前記バインダの硬化物の表面から露出しており、前記バインダの硬化物の架橋密度は、95%以上であり、
前記バインダの硬化物は酸化チタンを含まないことを特徴とする抗ウィルス性基体。
【請求項2】
前記銅化合物の少なくとも一部は、前記バインダの硬化物の表面から、微生物と接触可能な状態で露出している請求項1に記載の抗ウィルス性基体。
【請求項3】
前記バインダの硬化物は、水に不溶性の光重合開始剤を含む請求項1または2に記載の抗ウィルス性基体。
【請求項4】
前記光重合開始剤は、アルキルフェノン系の重合開始剤、ベンゾフェノン系の重合開始剤、アシルフォスフィンオキサイド系の重合開始剤、分子内水素引き抜き型の重合開始剤、及び、オキシムエステル系の重合開始剤からなる群から選択される少なくとも1種を含む請求項1~3のいずれか1項に記載の抗ウィルス性基体。
【請求項5】
前記光重合開始剤は、アルキルフェノン系の重合開始剤及びベンゾフェノン系の重合開始剤を含み、前記アルキルフェノン系の重合開始剤とベンゾフェノン系の重合開始剤との比率は、重量比でアルキルフェノン系の重合開始剤/ベンゾフェノン系の重合開始剤=1/1~4/1である請求項1~4のいずれか1項に記載の抗ウィルス性基体。
【請求項6】
前記光重合開始剤は、アルキルフェノン系の重合開始剤及びベンゾフェノン系の重合開始剤を含み、前記アルキルフェノン系の重合開始剤の濃度がバインダに対して、0.5~3.0wt%、前記ベンゾフェノン系の重合開始剤の濃度がバインダに対して0.5~2.0wt%である請求項1~5のいずれか1項に記載の抗ウィルス性基体。
【請求項7】
前記バインダは、有機バインダ及び無機バインダからなる群から選択される少なくとも1種以上である請求項1~6のいずれか1項に記載の抗ウィルス性基体。
【請求項8】
前記有機バインダは、電磁波硬化型樹脂及び熱硬化型樹脂からなる群から選択される少なくとも1種以上である請求項7に記載の抗ウィルス性基体。
【請求項9】
前記バインダは、アクリル樹脂、ウレタンアクリレート樹脂、ポリエーテル樹脂、ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、アルキッド樹脂、シリカゾル、アルミナゾル、ジルコニアゾル、チタニアゾル、金属アルコキシド、及び、水ガラスからなる群から選択される少なくとも1種である請求項1~8のいずれか1項に記載の抗ウィルス性基体。
【請求項10】
前記銅化合物は、X線光電子分光分析法により、925~955eVの範囲にあるCu(I)とCu(II)に相当する結合エネルギーを5分間測定することで算出される、前記銅化合物中に含まれるCu(I)とCu(II)とのイオンの個数の比率(Cu(I)/Cu(II))が0.4~50である請求項1~9のいずれか1項に記載の抗ウィルス性基体。
【請求項11】
前記バインダの硬化物は、基材表面に島状に固着形成されてなるか、基材表面にバインダの硬化物が固着形成された領域とバインダの硬化物が固着形成されていない領域が混在してなる請求項1~10のいずれか1項に記載の抗ウィルス性基体。
【請求項12】
前記バインダの硬化物は、基材表面に膜状に固着形成されてなる請求項1~11のいずれか1項に記載の抗ウィルス性基体。
【請求項13】
前記バインダの硬化物の基材表面に平行な方向の最大幅は、0.1~500μmであり、その厚さの平均値は、0.1~20μmである請求項1~12のいずれか1項に記載の抗ウィルス性基体。
【請求項14】
前記抗ウィルス性基体は、拭き取りの力が加わる用途に使用される請求項1~13のいずれか1項に記載の抗ウィルス性基体。」
第3 異議申立ての理由についての検討
1 申立人の異議申立ての理由について
申立人の異議申立ての理由の概要は、以下のとおりである。
・申立ての理由1
本件発明1~14は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2~12号証に記載された事項から当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって、請求項1~14に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
・申立ての理由2
本件発明1~14は、以下の点で本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、特許法第36条第6項第1号の規定に違反する。
(1)本件発明1の「還元力を有する光重合開始剤」は、課題を解決することができない態様を包含するものとなっており、本件発明2~4及び7~14についても同様である。
(2)本件発明1の「銅化合物」は、酢酸銅以外にも多くの種類が存在し、望ましいとされる酢酸銅の一例をもって、他の銅化合物も同様に課題解決できると当業者は認識できず、本件発明2~14についても同様である。
よって、請求項1~14に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
・申立ての理由3
本件発明1~14は、以下の点で明確であるとはいえないから、特許法第36条第6項第2号の規定に違反する。
(1)本件発明1は「架橋密度」の語句を使用し、本件明細書ではゲル分率を測定しており、両記載は整合しておらず、本件発明1~14は不明確である。
(2)本件発明10の「Cu(I)/Cu(II)」が0.4~50であることが、真実としてのイオン個数を反映した数値であるかどうか、甲第13~15号証からみて疑義があり、本件発明10~14は不明確である。
よって、請求項1~14に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
<甲号証一覧>
甲第1号証:特開平5-117554号公報
甲第2号証:特開2013-166705号公報
甲第3号証:特開平10-139838号公報
甲第4号証:化学大辞典第1版、株式会社東京化学同人発行、1989年、416-417,1774-1775頁
甲第5号証:高瀬英明著、「光硬化性樹脂の硬化度と硬化挙動の評価」、成形加工、2007年、第19巻、第2号、68~74頁
甲第6号証:特開2004-315570号公報
甲第7号証:特開平8-183147号公報
甲第8号証:水島健太郎著、関西ペイント株式会社発行、「速乾無機ジンクリッチベイントの開発」、塗料の研究、2015年、No.157、59~64頁
甲第9号証:株式会社二幸技研のウェブページ、「【プラスチック基礎】物性値の見方|6つの性質で特徴をつかむ」、2021年8月16日、最終更新日2023年1月31日、URL:https://nikougiken.jp/column/2108_properties/
甲第10号証:特開2015-193678号公報
甲第11号証:特開2014-65785号公報
甲第12号証:特表2008-518712号公報
甲第13号証:特開2009-280812号公報
甲第14号証:特開2012-129133号公報
甲第15号証:米田貴重,阿部啓介著、旭硝子株式会社発行、「6.微粒子の創製と新機能開発」、Res.Reports Asahi Glass Co.,Ltd.57,2007年、103~109頁
(以下、甲第1~15号証を「甲1」~「甲15」という。)
以下、下線は当審合議体にて追記したものであり、「・・・」は記載の省略を表す。
2 申立ての理由1について
(1)甲1、3、5、6及び8の記載事項
ア 甲1には、次の記載がある。
摘記1a:
「【請求項1】 有機酸銅、もしくは、有機酸銀0.5~10重量部を、アクリル酸3~20重量部、下記化1(構造式1)で示される3官能アクリレート40~80重量部、下記化2(構造式2)で示される二官能性アクリル酸エステル5~55重量部の混合物を固形分モノマー100重量部当り少なくとも80重量%以上含有する組成からなる特定された混合モノマー100重量部に溶解させた抗菌性塗料
【化1】
[図:0001412306000001.jpg]
【化2】
[図:0001412306000002.jpg]
」
摘記1b:
「【0012】本発明で用いられる化5(構造式1)で示される三官能アクリレートは、重合官能基がアクリル基であり、紫外線により容易に重合される。又、三官能性であるので、高度の架橋構造を作ることを可能にし、コーティング薄膜の硬度を上げるのに極めて有用である。更に、化5(構造式1)で示される三官能アクリレートは、イソシアヌル酸構造を有しており、耐候性に秀でていること、種々の基材との密着性が優れていること等の特徴も有しており、本発明では、必須の成分として用いられる。本発明では、この他、必須のモノマー成分として、化6(構造式2)で示される二官能性アクリル酸エステルも用いられる。化5(構造式1)で示される三官能アクリレートは、前述の様に優れた架橋効果と種々の基材成形物に対する密着性を与えるが、これだけでは架橋が強すぎ、コート膜は脆いものとなる。この為本発明では、重合官能基がアクリル基であり、紫外線により容易に化5(構造式1)で示される三官能アクリレートと共重合し、且つ架橋効果も持ち合わせる化6(構造式2)で示される二官能性アクリル酸エステルも用いられる。・・・
【0017】・・・三官能アクリレートの使用量が40重量部未満であると、架橋効果の低下、それにともなうコート樹脂表面硬度の低下、および基材樹脂との密着性の低下をきたす恐れがある。又、逆に、80重量部を超えると架橋が進みすぎ、コート樹脂表面が脆くなるためである。」
摘記1c:
「【0020】
【実施例】
実施例(1)
1、4-ブタンジオールジアクリレート20重量部、アクリル酸12重量部、下記化9(構造式1)で示されるトリアクリレート(東亜合成化学社製 アロニックスM-315)60重量部、トリメチロールプロパントリアクリレート8重量部を良く混合し、イソプロパノール100重量部、メチルエチルケトン200重量部に溶解させた。
【0021】
【化9】
[図:0001412306000003.jpg]
【0022】これに紫外線重合開始剤として、1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンを0.8重量部、酢酸銅(3水和物)8重量部を加え、50℃で溶解させ塗料モノマー溶液とした。本発明のこの塗料を厚さ約1.2mmのアクリル板にコートし、約10分間風乾させた。これに照射距離10cmで80Wの高圧水銀灯を12秒間照射したところ完全に固化した。コート膜厚は約8ミクロンであった。固化後のアクリル板の可視光線全光線透過率(ASTM D1003-52)を求めたところ91%を示し、塗布膜は極めて透明であることが示された。次に、アクリル板上の塗膜のJIS K5400(鉛筆引っかき試験)に準じる鉛筆硬度を求めたところ、3Hを示し強い硬度を示した。又、JIS K5400(碁盤目試験)に準じる密着テストを行ったところ、全く剥離は認められず、強い密着性を示した。更に、この板の表面を蛍光エックス線分析により銅含有率を求めたところ、1.9%含有していることが確認された。
【0023】次に、この板から試験片を作製し、抗菌テストを行った。上記試験片(100mmディスク)及び、通常のPMMA100mm ディスクを用いて、細菌(Escherichia coli.Staphylococcus aureus)及び、かび(Aspergillus niger)に対する抗菌効果を調べた。細菌については、35℃で24時間培養した培養液を測定用寒天培地に添加してその上にディスクをのせ、35℃で24時間、かびについては、25℃で7日間培養後、胞子を0.05%ポリソルベート水溶液に約106~107/mlとなるように遊離したものを測定用寒天加ブドウ糖ペプトン培地に添加してその上にディスクをのせ、25℃で5日間培養した後、ディスクの周りの阻止帯形成の有無を観察した結果、本発明によるディスクの周りには、阻止帯が形成されていたが、通常のPMMAの周りには、阻止帯が全く形成されて居らず、本発明による抗菌材の優れた効果が確認出来た。」
イ 甲3には、次の記載がある。
摘記3a:
「【0003】メタクリロイルオキシエチルイソシアネートのようなイソシアネート基を含んだメタクリル酸誘導体とポリオールを反応させてウレタンアクリレートを得る方法も公知である。特開昭61-293961 に記載されているトリシクロデカンジメタノールとメタクリロイルオキシエチルイソシアネートを反応させて得たウレタンアクリレートを硬化させたものは、耐候性に優れるが、表面硬度は低い欠点を有している。表面硬度を高くするためには、架橋密度を上げることが一つの方法であり、例えば、メタクリロイルオキシエチルイソシアネートとグリセリンを反応させたウレタンアクリレート組成物が特開平3-247610、特開平3-263416に記載されている。これらのウレタンアクリレート組成物は、硬化性がよく、硬化物の表面硬度も比較的高い。しかし、成形性、作業性等の観点から、ウレタンアクリレートを低粘度化するためにスチレンやMMAなどの希釈モノマーを加えるため、その硬化物は、十分な硬度が発現されない傾向があった。また、スチレンやMMAを加えると収縮率が上がるため、硬化時にひずみや割れが入りやすく、表面平滑性が劣る問題があった。」
ウ 甲5には、次の記載がある。
摘記5a:第69頁右欄下から5行~70頁左欄2行
「硬化度は硬化がどの程度進行したかの尺度であり,硬化物の初期物性や信頼性に大きな影響を与えるため,その評価は重要である.硬化度が低いと残留(=未反応)モノマーが可塑剤となって機械的物性を低下させたり,長期に硬化物を保存すると残留モノマーが重合,溶出したりなどして物性を変化させる.そのため,適切な硬化度の評価に基づき,硬化物の品質管理を行う必要がある.」
摘記5b:70頁右欄12~15行
「同様な評価としてゲル分率(抽出率)がある.ゲル分率,抽出率は式(3)で表されるように,硬化物の溶剤抽出(ソックスレー抽出が一般的)前後の重量変化で求められる.
[図:0001412306000004.jpg]
」
エ 甲6には、次の記載がある。
摘記6a:
「【請求項1】
ウレタン(メタ)アクリレート樹脂、反応性希釈剤、およびラジカル重合開始剤からなるウレタン(メタ)アクリレート樹脂組成物であって、反応性希釈剤が式(1)の第3級水酸基含有(メタ)アクリレートを含むことを特徴とするウレタン(メタ)アクリレート樹脂組成物。
【化1】
・・・」
摘記6b:
「【実施例】
・・・
【0036】硬化物の評価は以下の方法で行った。
硬化性(ゲル分率):紫外線照射により硬化した硬化物1gをテトラヒドロフラン10g中に室温で24時間浸漬し、浸漬前後の重量減少率でゲル分率を測定した。
密着性:JIS K-5600記載のクロスカット法を行い、以下のように評価した。
○:はがれなし、△:一部はがれあり、×:完全に剥離
鉛筆硬度:ガラス基板上に作成した硬化物表面の硬度をJIS K-5600記載の鉛筆法によって評価した。水浸漬後硬度:各種基板上に硬化させた塗膜を室温で48時間蒸留水に浸漬し、再び鉛筆硬度を測定した。
・・・
【0040】
実施例1
得られたウレタン(メタ)アクリレート樹脂A 100gに対して2-HBMA40g、2-エチルヘキシルアクリレート20g、1,6-ヘキサンジオールジメタクリレート10gおよびベンゾフェノン3g、2-ヒドロキシ-2-メチル-1-フェニルプロパン-1-オン1gを添加混合してウレタン(メタ)アクリレート樹脂組成物A1を得た。調製したウレタン(メタ)アクリレート樹脂組成物をアプリケーターで種々の基板(ガラス板、アルミニウム板、ポリメチルメタクリレート:PMMA、ポリカーボネート:PC、ポリエチレンテレフタレート:PET)上に100μmの厚さで塗布したのち、高圧水銀灯を用いて硬化させた。硬化させた硬化物について、上記の方法で物性を評価した。結果を表1に示す。
【0041】
実施例2
ウレタン(メタ)アクリレート樹脂B 100gに対して2-HBMA40g、2-エチルヘキシルアクリレート20g、1,6-ヘキサンジオールジメタクリレート10gおよびベンゾフェノン3g、2-ヒドロキシ-2-メチル-1-フェニルプロパン-1-オン1gを添加混合してウレタン(メタ)アクリレート樹脂組成物B1を得た。調製したウレタン(メタ)アクリレート樹脂組成物を実施例1と同様に評価した。結果を表1に示す。
【0042】
実施例3
ウレタン(メタ)アクリレート樹脂C 100gに対して2-HBMA40g、2-エチルヘキシルアクリレート20g、1,6-ヘキサンジオールジメタクリレート10gおよびベンゾフェノン3g、2-ヒドロキシ-2-メチル-1-フェニルプロパン-1-オン1gを添加混合してウレタン(メタ)アクリレート樹脂組成物C1を得た。調製したウレタン(メタ)アクリレート樹脂組成物を実施例1と同様に評価した。結果を表1に示す。・・・
【0046】
[図:0001412306000005.jpg]
」
オ 甲8には、次の記載がある。
摘記8a:第60頁右欄
「
[図:0001412306000006.jpg]
」
摘記8b:
「
[図:0001412306000007.jpg]
」
(2)甲1に記載された発明
上記(1)の摘記1aの「有機酸銅、・・・を、アクリル酸・・・、下記化1(構造式1)で示される3官能アクリレート・・・、下記化2(構造式2)で示される二官能性アクリル酸エステル・・・の混合物を固形分モノマー100重量部当り少なくとも80重量%以上含有する組成からなる・・・抗菌性塗料」との記載、及び摘記1cの実施例(1)に関する記載からみて、甲1には以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているといえる。
「アクリル板に、酢酸銅(3水和物)、1、4-ブタンジオールジアクリレート、アクリル酸、下記の構造式(1)
[図:0001412306000008.jpg]
で示されるトリアクリレート、トリメチロールプロパントリアクリレート、イソプロパノール、メチルエチルケトン、及び紫外線重合開始剤として1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンを含む塗料モノマー溶液をアクリル板にコートし、風乾させ、これに照射距離10cmで80Wの高圧水銀灯を12秒間照射して完全に固化させた塗布膜を有し、この板の表面の銅含有率が1.9%である抗菌材の優れた効果が確認出来たアクリル板。」
(3)本件発明1について
ア 本件発明1と甲1発明の対比
甲1発明の「アクリル板」、「酢酸銅」及び「紫外線重合開始剤としての1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン」は、それぞれ本件発明1の「基材」、「銅化合物」及び「光重合開始剤」に相当する。
甲1発明の「1、4-ブタンジオールジアクリレート」、「アクリル酸」、「下記の構造式(1)・・・で示されるトリアクリレート」及び「トリメチロールプロパントリアクリレート」は、いずれも本件発明1の「バインダ」に相当する。
甲1発明の「1、4-ブタンジオールジアクリレート、アクリル酸、下記の構造式(1)・・・で示されるトリアクリレート、トリメチロールプロパントリアクリレート、イソプロパノール、メチルエチルケトン、及び紫外線重合開始剤として1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンを含む塗料モノマー溶液をアクリル板にコートし、風乾させ、これに照射距離10cmで80Wの高圧水銀灯を12秒間照射して完全に固化させた塗布膜」は、本件発明1の「バインダ」に相当する成分を含む塗料モノマー溶液をコートして高圧水銀灯の照射によって硬化し、固着していると認められるので、本件発明1の「バインダの硬化物」及びそれが「固着」していることに相当する。
甲1発明の「塗布膜を有し、この板の表面の銅含有率が1.9%である抗菌材の優れた効果が確認出来たアクリル板」は、本件発明1の「基体」に相当する。
甲1発明の「塗布膜」は酸化チタンを含まないので、本件発明1の「バインダの硬化物は酸化チタンを含まないこと」に相当する。
してみると、本件発明1と甲1発明は、
「基材表面に、銅化合物及び光重合開始剤を含むバインダの硬化物が固着し、前記バインダの硬化物は酸化チタンを含まない基体。」
という点において一致し、以下の相違点1~4において相違する。
相違点1:本件発明1は、「光重合開始剤」が「還元力を有する」のに対して、甲1発明では「1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン」が還元力を有するのか否か不明である点。
相違点2:本件発明1は、「銅化合物の一部」が「バインダの硬化物の表面から露出している」のに対して、甲1発明は、酢酸銅が塗布膜の表面から露出しているのか否か不明である点。
相違点3:本件発明1では、「バインダの硬化物」の「架橋密度は、95%以上」であるのに対して、甲1発明では、塗布膜の架橋密度が不明である点。
相違点4:本件発明1は、「基体」が「抗ウィルス性」であるのに対して、甲1発明の「塗布膜を有し、この板の表面の銅含有率が1.9%である抗菌材の優れた効果が確認出来たアクリル板」は、抗菌性のものであって、抗ウィルス性のものであるとされていない点。
イ 判断
事案に鑑み、相違点3について先に検討する。
甲1の【0017】の「三官能アクリレートの使用量が・・・80重量部を超えると架橋が進みすぎ、コート樹脂表面が脆くなる」との記載(摘記1b)、及び同【0020】の「下記化9(構造式1)で示されるトリアクリレート(・・・)60重量部」との記載(摘記1c)からみて、甲1発明は、架橋が進みすぎない程度の使用量で、構造式(1)で示されるトリアクリレートを用いて、コート樹脂表面が脆くなるという欠点を回避しているといえるから、甲1発明の塗布膜の架橋密度が「95%以上」の数値範囲にある蓋然性は低いものである。そして、甲1発明の塗布膜の架橋密度を高い範囲に設定することは、コート樹脂表面が脆くなるという観点から、阻害事由があるというべきである。
また、甲1には、「(構造式1)で示されるトリアクリレート」について、「高度の架橋構造を作ることを可能にし、コーティング薄膜の硬度を上げるのに極めて有用である。」との記載はあるが(摘記1b)、架橋密度の好ましい範囲については記載がない。
そして、甲3には、ウレタンアクリレートを硬化させたものにおいて、表面硬度を高くするためには架橋密度を上げることが1つの方法であることが記載され(摘記3a)、甲5には、硬化度が低いと残留(=未反応)モノマーが可塑剤となって機械的物性を低下させるので、硬化度の品質管理を行う必要があること(摘記5a)、さらに甲6には、ゲル分率が95%以上のウレタン(メタ)アクリレート樹脂(摘記6a、6b)が記載されている。
しかしながら、上記甲1、3、5、及び6を含む甲1~12の全ての記載を参酌しても、アクリル系紫外線硬化樹脂塗料において、表面硬度を高めるために架橋密度を95%以上にまで高めることが、当業者において通常行われていると解すべき合理的な根拠は見当たらない。
さらに、本件発明1は、架橋密度を「95%以上」とすることにより、本件明細書【0310】に記載の「ふき取り試験後でも、ウィルスの不活性度が全く低下しない」という、甲1~12の記載から当業者が容易に予測し得ない格別の効果を奏するものと認められる。
以上のことから、甲1発明において、塗布膜の架橋密度を95%以上とすることを当業者が容易に想到し得たとはいえない。
よって、相違点1、2及び4について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明及びその余の甲号証に記載された技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
ウ 異議申立書における申立人の主張について
(ア)主張の内容
申立人は、申立ての理由において、以下の主張を行っている。
主張1-1:
「(ii)相違点2について
相違点2に関し、甲第1号証には、上記構造式(1)で示されるトリアクリレートのような三官能アクリレートが高度の架橋構造を作ることが可能でありコーティング薄膜の硬度を上げるのに極めて有効であることが記載されている(段落【0012】の前半)。
そして、甲第1号証の当該記載によらずとも、表面硬度を高くするためには高分子の架橋密度を上げることが一つの方法であることは周知である(アクリレートについて、例えば甲第3号証の段落【0003】参照)。
・・・
甲第1号証には高度の架橋構造を作ることが記載されているのであるから、甲1発明では高度の架橋構造が作られている蓋然性が高く、相応の表面硬度を有するものといえる。
そして、上記相違点2は実質的な相違とはいえないものであり、仮に実質的に相違するものであるとしても、本件特許発明1でいう架橋密度(つまりゲル分率)が具体的にどの程度高いのか(またはどの程度高くするのか)は設計的事項である。
このことは、甲第5号証からも支持される。甲第5号証に「硬化度が低いと残留(=未反応)モノマーが可塑剤となって機械的物性を低下させたり,長期に硬化物を保存すると残留モノマーが重合,溶出したりなどして物性を変化させる.」(69頁下から5行~70頁左欄2行参照)と記載されているとおり、未反応モノマーが残留することは望ましいことではない。したがって、未反応モノマーができるだけ残留しないように硬化反応の進行度を高めようとする(つまりゲル分率を高めようとする)動機がある。
そして、ゲル分率の程度として「95%以上」との数値を見出すことにも格別の困難性は認められない。以下、「95%以上」との数値を見出すことの容易性について説明する。
本件特許発明において、架橋密度の値は具体的にはゲル分率である。・・・
溶媒中に浸漬し、浸漬前後の重量減少率として測定されるゲル分率としては、アクリル樹脂では例えば甲第6号証に示されているとおり、95%以上の値をとり得る(段落【0046】,【0047】,【0036】)。これによれば、ゲル分率の上限値が従来95%未満であったということはなく、ゲル分率を高くするに際して値を95%以上とすることは通常行われていたことである。
したがって、甲第6号証の実施例1~3、比較例1~3では、鉛筆硬度が3H、2H又はHに相当しており(段落【0046】,【0047】、これらのゲル分率は95%以上となっているところ、甲1発明でのアクリル板上の塗膜の鉛筆硬度は3Hなのであるから(甲第1号証の段落【0022】)、ゲル分率は95%以上(架橋密度95%以上)である蓋然性が高いものといえる。
また、仮に甲1発明のゲル分率が95%以上ではないといえるとしても、高度の架橋構造が作られている甲1発明において、当該膜を構成するアクリル系樹脂のゲル分率を95%以上とすること(つまり本件特許発明1でいう架橋密度の下限値を95%に設定すること)は、高度の架橋構造を作ることを解決課題とする甲1発明において当業者が容易に想到しうる設計的事項にすぎない。」
主張1-2:
「(ウ-1-2)発明の効果について
本件特許発明1は、以下に示すとおり、当業者の予測を超える顕著な効果が奏されるということはできない。
・・・
(i)耐摩耗性と、銅に対する還元力
上述したとおり、バインダの硬化物の架橋密度に関し、本件特許明細書には、架橋密度が高いと抗ウィルス性基体の「耐摩耗性を改善できる」とともに、「銅に対する還元力を高くすることができる」ことが記載されている(段落【0084】)。・・・
しかしながら、バインダの硬化物のゲル分率(本件特許発明1でいう「架橋密度」)を高めると残留モノマーが少なく、当該硬化物が硬くなり物理的な耐摩耗性が向上することは例を挙げるまでもなく技術上当然のことである。・・・実施例8、10、11は、架橋密度がそれぞれ97%、91%、91%であり(段落【0323】)、表面硬度もこれに従って差異があると考えられる。実施例10及び11で拭き取り処理後の抗ウィルス活性が低下しており実施例8で拭き取り処理後の抗ウィルス活性が低下していない(段落【0308】)のは、実施例10及び11では表面硬度が低いために物理的な耐摩耗性が低いので銅化合物が脱落し、実施例8では高度の架橋構造によって表面硬度が高いために物理的な耐摩耗性が高まり銅化合物の脱落が抑制された結果であることが容易に考えらえる。つまり、これらのデータは当業者の予測を超えるものとはいえない。
・・・
(ii)水による化学的負荷
特許権者は、・・・耐摩耗性に関して「水が触れることによる化学的な負荷」についても主張している。同意見書には以下の記載がある。
「・・・本願請求項1に係る抗ウィルス性基体において、バインダの硬化物の架橋密度が、95%以上である場合に得られる効果とは、摩擦による物理的な負荷、及び、水が触れることによる化学的な負荷がかかったとしても、抗ウィルス活性を維持できるという効果です。」
・・・
甲第8号証には、・・・ここで、溶剤の存在下においても、反応点が多く硬化度が高いほど摩擦による外観変化が小さく(図6)、硬化物中の無機成分(金属亜鉛粉末)の流出も少なくなっている。つまり、溶解作用という化学的な負荷が存在する条件において硬化度が高い(つまりゲル分率が高い)ほど、摩擦による硬化物の損傷が少なく、硬化物中に存在する無機成分(金属亜鉛粉末)の脱落が抑制できる。
特許権者が主張した、拭き取り試験時の水による化学的な負荷が上述のラビング試験におけるMEKの溶解作用に相当することであるなら、特許権者が主張した拭き取り試験時の水の化学的な負荷は何ら特殊な事情ではなく、通常の耐性試験でも生じていることである。そして、バインダ樹脂の硬化度を高めれば、水やMEKへの硬化物の耐性が向上することは技術常識である。
以上のことから、「水が触れることによる化学的な負荷」は、本件特許発明1の効果の顕著性に寄与するものとはいえない。
(iii)硬度と靭性の混同
特許権者は、・・・硬度と靭性について以下のとおり主張している。
「引用文献10には、架橋密度を高くすると、コーティング薄膜の硬度は向上するものの、靭性が低下することが記載されています。
そのため、膜の硬度と、耐摩耗性とは、完全に相関するとは言えず、審査官殿の『膜の硬度が高いほど耐摩耗性に優れることは自明である』とのご認定には論理の飛躍があると思われます。」
・・・ふき取り試験で良好な結果を得るには膜硬化物の硬度が高い必要はあるが、靭性が高い必要はない。・・・加えて、そもそも「引用文献10」(=甲第1号証)は、架橋密度を高くするとコート膜が脆くなる(靭性が低下する)ことに鑑みて、これを防ぐために一官能性アクリル酸エステルを用いることを開示している(段落【0012】の後半部分参照)。このことからすれば、甲第1号証の記載は、架橋密度を高くすることを妨げるものであるとはいえず、むしろ、「架橋効果も持ち合わせる」二官能性アクリル酸エステルの使用により架橋密度を高めることを動機づけるものである(同段落)。」
(イ)検討
主張1-1について
上記イにおいて述べたとおり、甲1には、「高度の架橋構造を作ることを可能にし、コーティング薄膜の硬度を上げるのに極めて有用である。」との記載があるのみで架橋密度の好ましい範囲については記載がない。
また、甲3及び甲5の記載からは、表面硬度を高めるために架橋密度を高める、あるいは硬化反応の進行度を高めることが周知であったことは理解できるものの、架橋密度を95%以上にまで高めようとすることが周知であることの根拠にならない。
さらに、甲6に、ゲル分率が95%以上で、鉛筆硬度が3H、2H又はHのウレタン(メタ)アクリレート樹脂(摘記6a、6b)が記載されているが、鉛筆硬度によって樹脂の架橋密度の範囲は一義的に決まらないので甲6の記載をもって甲1発明の塗布膜の架橋密度が95%以上であるとはいえない。
そして、上記甲1、3、5及び6の記載を根拠に、アクリル系紫外線硬化樹脂塗料において、表面硬度を高めるために架橋密度を95%以上にまで高めることが、当業者において通常行われているとは認められない。
以上のことから、甲1発明における塗布膜は、架橋密度が95%であるとはいえないし、また、甲3、5及び6の記載を参酌してもその架橋密度を95%以上とする動機付けがあるとはいえない。
主張1-2について
(i)(ii)について
申立人は、塗布膜の架橋密度を高めて硬度や耐摩耗性を高めれば、銅化合物の脱落が抑制されるので、本件発明1の、水存在化のふき取り試験後でも、ウィルスの不活性度を低下させないという効果については、当業者が予測できると主張していると解される。
しかしながら、甲3の記載から、塗膜の架橋密度を高めると耐摩耗性が向上することは理解できるものの、塗膜の架橋密度を高めると、包含する成分が摩擦下においても機能を持続させる点については上記甲1、3、5、6及び8には記載がない。また、仮に塗膜の架橋密度を高めることにより包含する成分が摩擦下に機能を持続した、といった例があったとしても、樹脂や含有成分によって、その性質は多様であると解され、その一例のみをもって甲1発明において、架橋密度を95%にした際に、ふき取り試験後の含有成分の有効性を低下させないことが予測できるとは認められない。
そうすると、上記甲1、3、5、6及び8の記載から、甲1発明において、塗布膜の架橋密度を95%以上増加させると、包含する成分の脱落防止等に寄与し、ふき取り試験後の含有成分の有効性を低下させないことが予測できるとは認められない。
(iii)について
申立人は、甲1の「化5(構造式1)で示される三官能アクリレートは・・・、これだけでは架橋が強すぎ、コート膜は脆いものとなる。この為本発明では、・・・、架橋効果も持ち合わせる化6(構造式2)で示される二官能性アクリル酸エステルも用いられる。」との記載(摘記1b)は、架橋密度を高くすることを妨げるものであるとはいえず、むしろ、「架橋効果も持ち合わせる」二官能性アクリル酸エステルの使用により架橋密度を高めることを動機づけるものであると主張していると解されるが、上記記載からは、架橋密度が高いことのみが望ましいとはいえないと解するのが自然であり、架橋橋密度を95%以上にまで高めることを動機づけることになるとはいえない。
(4)本件発明2~14について
本件発明2~14は、本件発明1を更に限定するものであり、本件発明1の発明特定事項を全て含む発明である。
したがって、本件発明1が、甲1に記載された発明及びその余の甲号証に記載された技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないことに鑑みると、本件発明2~14の進歩性を否定できない。
(5)まとめ
よって、申立ての理由1には、理由がない。
3 申立ての理由2について
(1)本件発明の解決しようとする課題
本件発明の解決しようとする課題は、本件明細書の【0012】の「本発明は、また、抗ウイルス性に優れるとともに、透明性等に優れ、基材の透明性や基材表面の色彩等の特性をそのまま維持することが可能な抗ウィルス性基体・・・を提供することを目的とする。」との記載、及び同【0052】の「高い架橋密度を実現でき、硬化物の硬度を高くして耐摩耗性を改善できるとともに、銅に対する還元力を高くすることができるからである。架橋密度は85%以上、特に95%以上が望ましい。」との記載を含む発明の詳細な説明の全ての記載からみて、「抗ウィルス性、透明性等に優れ、基材の特性をそのまま維持することが可能で、高い架橋密度を実現でき、硬化物の硬度を高くして耐摩耗性を改善できる抗ウィルス性基体の提供」であると認められる。
(2)本件発明の「還元力を有する光重合開始剤」について
本件発明1の「還元力を有する光重合開始剤」について、本件明細書の【0024】には「第1の本発明の抗ウィルス性基体では、還元力のある光重合開始剤を用いることが望ましい。第1の本発明の抗ウィルス性基体に含まれる上記銅化合物を、抗ウィルス効果を持つ銅イオン(I)に還元するとともに、銅イオン(I)が酸化して抗ウィルス性の劣る銅イオン(II)に変わることを抑制できるからである。」という作用機序についての説明が記載されている。
してみると、光重合開始剤を「還元力を有する」ものに特定されることによって、そのような特定のないものに比して、抗ウィルス性に優れた抗ウィルス性基体の提供という課題の解決に寄与できると当業者は認識できるといえる。
そして、同【0268】には、実施例8として、紫外線を吸収することで還元力を発現する光重合開始剤(1-ヒドロキシ-シクロヘキシル-フェニル-ケトン(アルキルフェノン)とベンゾフェノンの1:1の混合物である、IGM社製Omnirad500)を含む抗ウィルス基体の具体例が記載され、同【0308】の【表1】には、本件発明1の発明特定事項の全てを満たす実施例8のものが、本件発明1の発明特定事項の一部又は全部を満たさない比較例のものに比して、抗ウィルス性に優れた性能を発揮できることが、具体的な試験結果によって裏付けられている。
これに対して、申立人は、申立書の36頁2~13行において、実施例8は架橋密度が95%以上となるが、用いた光重合開始剤がアルキルフェノンとベンゾフェノンであっても、重量比が実施例8の範囲にない実施例10及び11の場合は、架橋密度が95%以上とならず、拭き取り処理の前後でウィルスの不活性度が低下しない程度に摩耗欠損しない抗ウィルス性基体を得るためには、光重合開始剤の特定として「還元力を有する光重合開始剤」というだけでは足りない旨を主張する。
しかしながら、本件明細書の実施例10及び11のものは、本件発明1の「バインダの硬化物の架橋密度は、95%以上」という発明特定事項を満たさず、本件発明1の実施例に相当するものではない。
してみると、本件発明1の「架橋密度」の要件を満たさない実施例10及び11を根拠に、本件発明1の「還元力を有する光重合開始剤」が、課題を解決することができない態様を包含するという、申立人の主張に妥当性があるとはいえない。
したがって、申立人の主張する理由によっては、本件発明1の「還元力を有する光重合開始剤」が、本件発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲にないと認めることはできず、本件発明2~4及び7~14についても同様であるから、申立ての理由2の(1)の点に理由はない。
(3)本件発明の「銅化合物」について
本件発明1の「銅化合物」について、本件明細書の【0022】には「重合開始剤は、ラジカルやイオンを発生させ、その際に銅化合物を還元させることができるため、銅の抗ウィルス活性を高くすることができる。一般に銅(I)の方が銅(II)よりも抗ウィルス活性が高く、銅が還元されることで抗ウィルス活性が改善される。」という作用機序についての説明が記載されている。
してみると、光重合開始剤によって還元させることができる「銅化合物」を含むことにより、銅化合物を含まないものに比して、抗ウィルス性に優れた抗ウィルス性基体の提供という課題の解決に寄与できると当業者は認識できるといえる。
そして、同【0268】には、実施例8として、酢酸銅と紫外線を吸収することで還元力を発現する光重合開始剤を含む抗ウィルス基体の具体例が記載され、同【0308】の【表1】には、本件発明1の発明特定事項の全てを満たす実施例8のものが、本件発明1の発明特定事項の一部又は全部を満たさない比較例のものに比して、抗ウィルス性に優れた性能を発揮できることが、具体的な試験結果によって裏付けられている。
これに対して、申立人は、申立書の37頁9~12行において、「望ましいとされる酢酸銅を用いて課題解決ができることが実施例で示されたところで、この一例をもって他の銅化合物を用いた場合にも同様の課題解決ができることを、当業者が認識することができない。」と主張する。
しかしながら、上述のように、本件明細書の【0022】には、銅化合物に、還元力を有する重合開始剤を組み合わせるによって、銅の抗ウィルス活性が高まるという作用機序についての記載がなされている。
してみると、このような作用機序を考慮すれば、酢酸銅以外の「銅化合物」であっても、本件発明の課題を解決できると当業者が認識できるといえるので、申立人の主張に妥当性があるとはいえない。
したがって、申立人の主張する理由によっては、本件発明1の「銅化合物」が、本件発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲にないと認めることはできず、本件発明2~14についても同様であるから、申立ての理由2の(2)の点に理由はない。
(4)まとめ
よって、申立ての理由2には、理由がない。
4 申立ての理由3について
(1)本件発明の「架橋密度」について
本件発明1の「架橋密度」という用語は、本件明細書の【0323】の「架橋密度の測定は、煮沸したトルエンに硬化物を8時間浸漬して乾燥、浸漬後の硬化物の重量/浸漬前の硬化物の重量×100%で測定した。」との記載にあるとおりの方法で測定される値であって、その用語の定義ないし意味は明確である。
これに対して、申立人は、申立書の38頁3~6行において「架橋密度とゲル分率とは実体が異なる指標であるにもかかわらず、本件特許発明1は「架橋密度」の語句を使用し、本件特許明細書ではゲル分率を測定している。両記載は整合しておらず、当業者が本件特許発明1を明確に理解することができない状況となっている。」と主張する。
しかしながら、本件発明1の「架橋密度」という語句について、本件明細書では、上記のとおり「煮沸したトルエンに硬化物を8時間浸漬して乾燥、浸漬後の硬化物の重量/浸漬前の硬化物の重量×100%で測定」した値であることが説明されており、本件発明の「架橋密度」の語句は、本件明細書の記載から理解でき、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
したがって、本件特許の請求項1及び当該請求項を引用する請求項2~14の記載は、特許を受けようとする発明が明確でないとはいえず、申立ての理由3の(1)の点に理由はない。
(2)本件発明の「Cu(I)/Cu(II)」について
本件発明10の「銅化合物は、X線光電子分光分析法により、925~955eVの範囲にあるCu(I)とCu(II)に相当する結合エネルギーを5分間測定することで算出される、前記銅化合物中に含まれるCu(I)とCu(II)とのイオンの個数の比率(Cu(I)/Cu(II))が0.4~50である」との発明特定事項における「Cu(I)/Cu(II)」というイオンの個数の比率は、本件明細書の【0303】~【0305】の「Cu(I)/Cu(II)の測定試験」の項に記載される「測定時間は5分で、Cu(I)のピーク位置は、932.5eV ±0.3eV、Cu(II)のピーク位置は933.8eV ±0.3eVであり、それぞれのピークの面積を積分して、その比率からCu(I)/Cu(II)を得た。」という方法により一義的に求められる値であって、当該比率は明確である。
これに対して、申立人は、申立書の38頁18~23行において「X線光電子分光分析法(・・・XPS・・・)では金属銅(Cu(0))とCu(I)イオンのピーク位置が近く、Cu(I)イオンとして検出したピークには金属銅のピークも加算されてしまい、もはやXPSによってイオンの個数の比率(Cu(I)/Cu(II))を測定することができず、XPSにより算出される「イオンの個数の比率(Cu(I)/Cu(II))が0.4~50」の意味するところが当業者に理解できないものとなる」と主張する。
しかしながら、Cu(I)イオンのピーク位置は「932.5eV ±0.3eV」にあるところ、甲13~14の記載から銅化合物中に金属銅が存在している蓋然性が仮にあるとしても、金属銅が上記「932.5eV ±0.3eV」のピークの面積の積分の値に、考慮すべき多大な影響が生じるといえる具体的な根拠は、甲1~15の全ての記載を精査しても見当たらず、金属銅の存在によって、本件発明10の「イオンの個数の比率(Cu(I)/Cu(II))が0.4~50である」という発明特定事項の意味ないし内容が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確になるといえる合理的な理由も見当たらない。
したがって、本件特許の請求項10及び当該請求項を引用する請求項11~14の記載は、特許を受けようとする発明が明確でないとはいえず、申立ての理由3の(2)の点に理由はない。
(3)まとめ
よって、申立ての理由3には、理由がない。
5 まとめ
以上のことから、申立人が主張する申立ての理由にはいずれも理由がなく、これらの申立ての理由によっては本件請求項1~14に係る特許を取り消すことはできない。
第4 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立人が申し立てた理由及び証拠によっては、本件請求項1~14に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に当該特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
J-PlatPatの審決検索トップを開きます。番号入力で「審判番号」を選び、下の番号を貼り付けて検索してください。
J-PlatPat 審決検索を開く
2024-700134