特許異議申立
2024-700077
軟質カビ系チーズ用スターター
- 審判番号
- 2024-700077
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2018-182528
- 登録番号
- 7319033
- 請求日
- 2024年01月31日
- 審決日
- 2025年07月09日
- 公報発行日
- 2025年10月31日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】株式会社明治
- 【権利者代理人】弁理士法人葛和国際特許事務所
- 【異議申立人】金山 愼一
- 審判長/審判官
- 審判長 淺野 美奈
- 審判官 柴田 昌弘
- 審判官 植前 充司
- 分類
- P1651.113-YAA(A23C) / P1651.121-YAA(A23C) / P1651.536-YAA(A23C) / P1651.537-YAA(A23C)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第5項、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号、特許法第120条の5第7項、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の5第2項、特許法第120条の5第9項、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第2号、特許法第2条第3項第3号、特許法第2条第3項第1号、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7319033号発明「軟質カビ系チーズ用スターター」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7319033号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-6〕について訂正することを認める。
特許第7319033号の請求項1及び3ないし6に係る特許を維持する。
特許第7319033号の請求項2に係る特許に対する特許異議申立を却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7319033号(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成30年9月27日を出願日とする出願であって、令和5年7月24日にその特許権の設定登録(請求項の数6)がされ、同年8月1日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、その特許に対し、令和6年1月31日に特許異議申立人 金山 愼一(以下、「特許異議申立人」という。)より特許異議の申立て(対象となる請求項:全請求項)がされ、同年7月12日付けで取消理由が通知され、同年9月13日に特許権者 株式会社明治(以下、「特許権者」という。)から意見書及び上申書が提出されるとともに訂正請求がされ、同年10月4日付けで訂正請求があった旨の通知(特許法第120条の5第5項)がされ、同年11月7日に特許異議申立人から意見書が提出され、令和7年1月17日付けで取消理由(決定の予告)が通知され、同年3月25日に特許権者から意見書が提出されるとともに訂正請求がされ、同年4月25日に特許権者から訂正請求書に対する手続補正書が提出(当該手続補正書により補正されたものである令和7年3月25日になされた訂正請求を、以下、「本件訂正請求」という。)されたものである。
なお、令和6年9月13日になされた訂正請求については、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものと見なす。
また、本件は、既に特許異議申立人に意見書を提出する機会が与えられている場合であって、訂正請求によって特許請求の範囲が相当程度減縮され、事件において提出された全ての証拠や意見等を踏まえてさらに審理を進めたとしても特許を維持すべきとの結論となると合議体が判断したため、特許法第120条の5第5項ただ但し書きの「特別の事情」に該当し、改めて特許異議申立人に意見書を提出する機会を与えないものとする。
第2 訂正の適否についての判断
1 請求の趣旨
本件訂正請求の趣旨は、「特許第7319033号の特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~6について訂正することを求める。」というものである。
2 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、以下のとおりである。(下線は、訂正箇所について合議体が付したものである。)
(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1において、「高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比が10:1~1:10であり、」と記載されているのを、「高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比が71:29~1:1であり、」に訂正する。さらに、同請求項において、「軟質カビ系チーズ製造用スターター(但し、イノシン-5’-一リン酸(IMP)およびイノシンの混和物を含有するものを除く)を用いて発酵することを含み、」と記載されているのを、「軟質カビ系チーズ製造用スターター(但し、イノシン-5’-一リン酸(IMP)およびイノシンの混和物を含有するものを除く)を用いて発酵すること、および、発酵して得られたチーズを密閉容器に入れ、中心部が90℃になるように加熱殺菌を行うことを含み、」に訂正する。さらに、同請求項において、「軟質チーズ部分の中心部の硬度が、90gf~250gfであり、」を「軟質チーズ部分の中心部の硬度が、106gf~250gfであり、」に、「軟質チーズ部分の周辺部の硬度が、40gf~120gfである、」を「軟質チーズ部分の周辺部の硬度が、40gf~103gfである、」に、夫々訂正する。
請求項1の記載を直接又は間接的に引用して特定する請求項3ないし6についても同様に訂正する。
(2) 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。
(3) 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3において、「請求項1または2に記載の製造方法。」を「請求項1に記載の製造方法。」に訂正する。
請求項3の記載を直接又は間接的に引用して特定する請求項4ないし6についても同様に訂正する。
(4) 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4において、「請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法によって製造された、」を「請求項1または3に記載の製造方法によって製造された、」に訂正する。さらに、同請求項において、「軟質チーズ部分の中心部の硬度が、90gf~250gfであり、」を「軟質チーズ部分の中心部の硬度が、106gf~250gfであり、」に、「軟質チーズ部分の周辺部の硬度が、40gf~120gfである、」を「軟質チーズ部分の周辺部の硬度が、40gf~103gfである、」に、夫々訂正する。
請求項4の記載を直接又は間接的に引用して特定する請求項5及び6についても同様に訂正する。
(5) 一群の請求項について
訂正前の請求項1ないし6について、請求項2ないし6は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであるから、訂正前の請求項1ないし6に対応する訂正後の請求項1ないし6は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
3 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1) 訂正事項1
訂正事項1に係る請求項1の訂正は、高温性乳酸菌と中温性乳酸菌の菌数比について、「10:1~1:10」から「71:29~1:1」とするとともに、「発酵して得られたチーズを密閉容器に入れ、中心部が90℃になるように加熱殺菌を行う」ものであることを特定し、さらに、軟質チーズ部分の中心部の硬度の下限値を「90gf」から「106gf」とし、軟質チーズ部分の周辺部の硬度の上限値を「120gf」から「103gf」とするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項1に係る請求項1の訂正は、訂正前の請求項2、明細書の【0017】、【0023】及び【0027】の記載からみて、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
請求項1の記載を直接又は間接的に引用して特定する請求項3ないし6についても同様である。
(2) 訂正事項2
訂正事項2に係る請求項2の訂正は、請求項2を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項2に係る請求項2の訂正が、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
(3) 訂正事項3について
訂正事項3に係る請求項3の訂正は、訂正事項2に係る請求項2の訂正により請求項2が削除されることに伴い、引用先の請求項から請求項2を除くものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項3に係る請求項3の訂正が、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
請求項3の記載を直接又は間接的に引用して特定する請求項4ないし6に関しても同様である。
(4) 訂正事項4について
訂正事項4に係る請求項4の訂正は、訂正事項2に係る請求項2の訂正により請求項2が削除されることに伴い、引用先の請求項から請求項2を除くとともに、軟質チーズ部分の中心部の硬度の下限値を「90gf」から「106gf」とし、軟質チーズ部分の周辺部の硬度の上限値を「120gf」から「103gf」とするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項1に係る請求項1の訂正は、明細書の【0017】及び【0023】の記載からみて、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
請求項4の記載を直接又は間接的に引用して特定する請求項5及び6についても同様である。
4 訂正についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
また、本件においては、訂正前の全ての請求項である請求項1ないし6に対して特許異議申立がされているので、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。
したがって、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-6〕について訂正することを認める。
第3 本件特許発明
上記第2のとおり、訂正後の請求項〔1-6〕について訂正することを認めるので、本件特許の請求項1ないし6に係る発明(以下、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明6」という。)は、令和7年4月25日に提出された手続補正書により補正された訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
高温性乳酸菌および中温性乳酸菌を含み、高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比が71:29~1:1であり、高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との総菌数が、1×108cfu/g~9×1010cfu/gである、軟質カビ系チーズ製造用スターター(但し、イノシン-5’-一リン酸(IMP)およびイノシンの混和物を含有するものを除く)を用いて発酵すること、および、発酵して得られたチーズを密閉容器に入れ、中心部が90℃になるように加熱殺菌を行うことを含み、製造される軟質カビ系チーズの軟質チーズ部分の中心部の硬度が、106gf~250gfであり、軟質チーズ部分の周辺部の硬度が、40gf~103gfである、軟質カビ系チーズの製造方法。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
軟質カビ系チーズ製造用スターターによる発酵が、27℃~37℃で行われる、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1または3に記載の製造方法によって製造された、軟質チーズ部分の中心部の硬度が、106gf~250gfであり、軟質チーズ部分の周辺部の硬度が、40gf~103gfである、軟質カビ系チーズ。
【請求項5】
水分が、45重量%~58重量%である、請求項4に記載の軟質カビ系チーズ。
【請求項6】
カマンベールチーズである、請求項4または5に記載の軟質カビ系チーズ。」
第4 特許異議申立理由の要旨
特許異議申立人が申し立てた本件特許の請求項1ないし6に係る特許に対する特許異議申立理由の要旨は、次のとおりである。
1 申立理由1(甲第1号証を主たる証拠とする進歩性)
本件特許の請求項1ないし6に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基いて、本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
2 申立理由2(実施可能要件)
本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
申立理由2の具体的理由は概ね次のとおりである。
(1) 申立理由2-1(スターターの発酵温度による限定が、クレームに反映されていない点について)
本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0013】、【0014】等の記載によれば、高温性乳酸菌の至適生育温度は37~45℃であり、中温性乳酸菌の至適生育温度は、25~35℃である。一方で、同【0003】等の記載によれば、伝統的製法の特徴の一つである芳香性物質のジアセチルやアセトインは、中温性乳酸菌により産生される。ジアセチルやアセトインを産生させるためには、中温性乳酸菌が生育する必要があり、至適生育温度での発酵が必要となる。そのため、単に高温性乳酸菌と中温性乳酸菌を併用したのみでは、本件特許の課題である、「特殊な添加剤を用いることなく、上記の伝統的製法やスタビライズド製法の問題点を解消した、新たなカマンベールなどの軟質カビ系チーズの製造方法を提供すること」は解決できない。よって、少なくともこの点において、本件特許は、実施可能要件を満たしていない。
(2) 申立理由2-2(チーズの形状による限定が、クレームに反映されていない点について)
特許権者は、審査段階で提出した審判請求書において、本件の作用効果を「特別な添加剤を用いることなく、水分の抜けが適正となり、中心部および周辺部の両方で適度な硬さととろけ具合を兼ね備えたチーズ組織を実現するとともに、さらに風味が向上し、良好なうま味を有する軟質カビ系チーズを提供することができるものであります」と主張し、当時の請求項1について、「軟質チーズ部分の中心部の硬度が、90gf~250gfであり、軟質チーズ部分の周辺部の硬度が、40gf~120gfである」ことを明記している。
ここで、甲第13号証(「新説チーズ科学」)及び甲第14号証(特開2020-5525号公報)に記載されているように、カマンベール等の軟質カビ系チーズは、サイズや形状が変われば、チーズの硬度等の物性値も変わることは技術常識である。よって、本件特許の請求項1に記載の硬度を有するチーズを得るためには、その大きさや形状も重要である。それにもかかわらず、本件特許の請求項1にはチーズの形状による限定がない点で、本件特許は、実施可能要件を満たしていない。
(3) 申立理由2-3(課題を解決するために必要とする手段が、クレームに十分反映されていない点について)
本件特許の課題は、「特殊は添加剤を用いることなく、上記の伝統的製法やスタビライズド製法の問題点を解消した、新たなカマンベールなどの軟質カビ系チーズの製造方法を提供すること」であり(【0007】)、かかる問題点として、伝統的製法で作られたカマンベールチーズの問題点としては、pHが高い周辺部がとろけすぎているのに対し、中心部は少し硬く、風味的には酸味、苦味を強く感じるという問題点、並びに、スタビライズド製法で作られたカマンベールチーズの問題点としては、全体的に硬く、芳香性物質のジアセチルやアセトインを産生する乳酸菌を用いないことから風味が穏やかで淡泊になりやすいという問題点が、明細書中でそれぞれ挙げられている(【0003】)。
以上のことから、本件特許の課題の具体的内容は、ア)pHが高い周辺部がとろけすぎてしまわないこと、イ)中心部が硬くならないこと、ウ)酸味及び苦味が強く感じない風味であること、エ)全体的に硬くならないこと、オ)穏やかで淡泊になりすぎない風味であること、の5点である。
その一方で、本件特許の請求項1において規定する製造条件は、高温性乳酸菌及び中温性乳酸菌を併用すること、高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比が10:1~1:10であること、及び高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との総菌数が、1×108cfu/g~9×1010cfu/gであることという、乳酸菌の種類と配合に関する条件を規定するのみであり、発酵温度、発酵時間、pH、添加するレンネットの種類、ホエー排除速度、チーズの形状といった、発酵に関するその他の重要な条件について何ら規定されていない。よって、発酵に関するその他の重要な条件がクレームに反映されていない点で、課題を解決するために必要とする手段がクレームに十分に反映されておらず、実施可能要件を満たしていない。
(4) 申立理由2-4(高温性乳酸菌と中温性乳酸菌の総菌数について)
本件特許明細書の発明の詳細な説明の実施例では、【0023】に「原料乳である生乳を75℃20秒間殺菌後、32℃に冷却し、表1に記載された高温性乳酸菌と中温性乳酸菌の菌数比である乳酸菌混合スターターを4×107cfu/gとなるように添加し、発酵させた。」と記載されている。
一方、本件特許の請求項1は、総菌数の数値範囲は「1×108cfu/g~9×1010cfu/g」と記載されており、数値範囲から外れている。
よって、実施例で検証された総菌数が請求項1の範囲外である点で、実施可能要件を満たしていない。
さらに、仮に、【0023】の上記記載に問題がなかったとしても、実施例で具体的に検証された総菌数は、4×107cfu/gのわずか1点のみであるから、総菌数の条件設定に関しては、当業者であっても過度の試行錯誤を強いることは明白であり、クレームの数値範囲の全範囲において課題が解決できているとはいえない。よって、実施例で検証された総菌数がわずか1点のみである点でも、実施可能要件を満たしていない。
(5) 申立理由2-5(実施例の官能評価について)
ア 第1に、本件特許明細書の実施例では、「風味」と「組織・食感」という2項目の官能評価が検証されている。一般に、食品の「風味」には、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味、辛味、渋味、こく、香り等、様々な要素が関与し、その形状や食感といった物理的な要素も「風味」に影響を及ぼしていることは言うまでもない。よって、カマンベールチーズの「風味」の評価結果は、上記要素に影響を及ぼす様々な成分及び食品の物性によって左右されることは明白である。このような前提を踏まえると、実施例において「風味」の評価試験を行うにあたり、高温性乳酸菌及び中温性乳酸菌(合議体注:審判請求書p.84、85では、「低温性乳酸菌」と記載されているが、「中温性乳酸菌」の誤記であるものとして取り扱う。以下、同様。)の菌数比、並びにこれらの総菌数を変化させて、これらの各条件の数値範囲と「風味」との関連を測定する際には、少なくとも、1)甘味、酸味、塩味、苦味、うま味、辛味、渋味、こく、香り等、様々な要素が関与する「風味」に重大な影響を与えるのが、高温性乳酸菌及び中温性乳酸菌の菌数比、並びにこれらの総菌数という要素のみである場合や、影響を与える要素はあるが、その条件をそろえる必要がない場合には、そのことを技術的に説明した上で風味評価試験をするか、2)甘味、酸味、塩味、苦味、うま味、辛味、渋味、こく、香り等、様々な要素が関与する「風味」に重大な影響を与える要素は高温性乳酸菌及び中温性乳酸菌の菌数比、並びにこれらの総菌数という要素以外にも存在し、その条件をそろえる必要がないとはいえない場合には、当該他の要素を一定にした上で高温性乳酸機及び中温性乳酸菌の菌数比、並びにこれらの総菌数という上記2要素の含有量を変化させて風味評価試験をする、といった方法がとられるべきである。
この点、本件特許権者は、審査段階において、高温性乳酸菌及び中温性乳酸菌の菌数比、並びにこれらの総菌数を規定することにより、特別な添加剤を用いることなく水分の抜けが適正となり、風味が優れたものとなる等といった趣旨の主張をしているが、この効果が奏される具体的な作用機構の詳細は明細書中の記載によって明らかにされていないし、上記1)又は2)のいずれかが当該発明に妥当するものかも不明である。換言すれば、「風味」に重大な影響を与えるのが、高温性乳酸菌及び中温性乳酸菌の菌数比、並びにこれらの総菌数のみであるのか否か、本件特許明細書中に記載されていない。
以上より、本件特許発明1に規定する高温性乳酸菌及び中温性乳酸菌の菌数比、並びにこれらの総菌数を規定することのみをもって、如何にして「風味」の改良に貢献できたのか、たとえ当業者であっても理解できない。よって、少なくとも上記の点において、実施可能要件を満たしていない。
イ また、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された風味の評価試験の方法は、10名の各パネラーが各人の基準を持って5段階評価を行い、その平均点を算出したと記載されているのみである(【0026】)。よって、「風味」を1点上げるにはどの程度、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味、辛味、渋味、こく、香り等、様々な要素の中のどの要素が強くなればよいのか等、パネラー間で基準を共通にするなどの手順は踏まれていない。さらには、各パネラーの個別の評点も記載されていない。
したがって、少しの風味変化で加点又は減点の幅を大きくとらえるパネラーや、大きな風味変化でも加点又は減点の幅を小さくとらえるパネラーが存在する可能性は排除できず、各チーズの風味の評点を全パネラーの平均値でのみ示すことで当該風味を客観的に正確に評価したものととらえることも困難である。
以上のことからすると、本件特許の「風味」の官能試験からは、実施例1~5のカマンベールチーズが、どのような風味であったから良好と判断したのか、当業者であっても理解できない。よって、少なくとも上記の点において、本件特許は、実施可能要件を満たしていない。
3 申立理由3(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
申立理由3の具体的理由は概ね次のとおりである。
(1) 申立理由3-1(スターターの発酵温度による限定が、クレームに反映されていない点について)
(2) 申立理由3-2(チーズの形状による限定が、クレームに反映されていない点について)
(3) 申立理由3-3(課題を解決するために必要とする手段が、クレームに十分反映されていない点について)
(4) 申立理由3-4(高温性乳酸菌と中温性乳酸菌の総菌数について)
(5) 申立理由3-5(実施例の官能評価について)
なお、申立理由3-1ないし申立理由3-5の具体的理由は、上記2(1)ないし(5)の申立理由2-1ないし申立理由2-5の具体的理由と同旨である。
4 申立理由4(明確性要件)
本件特許の請求項4ないし6に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
申立理由4の具体的理由は概ね次のとおりである。
本件特許の請求項4は「請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法によって製造された」との文言が記載されており、いわゆるプロダクト・バイ・プロセス(PBP)クレームに該当する。
この点について、特許権者は、令和4年9月27日付けの意見書の「3.理由3(36条6項2号)について」の項において、不可能・非実際的事情の主張をしているが、以下に述べるように、かかる主張は失当であり、現在の請求項4及びこれに従属する請求項5及び6には、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(「不可能・非実際的事情」)は存在せず、明確性要件を満たしていない。
第1に、本件特許の本質は、中温性乳酸菌のみを用いる伝統的製法と、高温性乳酸菌のみを用いるスタビライズド製法は、チーズの芯の有無、硬さ、熟成に起因した風味といった要素がトレードオフの関係にあるといった、公知の問題点(課題)を、中温性乳酸菌と高温性乳酸菌を併用して、その使用条件(菌数比及び総菌数)を最適化することによって、互いの問題点の改善を図った程度の発明にすぎない。
つまり、本件特許発明4は、進歩性がない自明な製造方法によって得られた製造物(軟質カビ系チーズ)を権利要求しているにすぎないのであり、そこに膨大な時間、費用、労力を要するような不可避的・非実際的事情は存在しない。
さらに言えば、本件特許は、「上記の伝統的製法やスタビライズド製法の問題点を解消した、新たなカマンベールなどの軟質カビ系チーズの製造方法を提供する」(【0007】)という曖昧かつ漠然とした課題であるがゆえに、かかる課題が解決できている物(軟質カビ系チーズ)の構成を明確に特定できていないだけである。
第2に、PBPクレームを例外的に認める法の趣旨から考えても、本件特許発明4のようなクレームに排他的権利たる特許権を付与することは、権利範囲の確定をいたずらに困難にならしめることに他ならず、第三者に不測の不利益を及ぼすことは明白である。すなわち、本件特許発明4は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確である。
例えば、本件特許明細書の実施例では、官能評価として「風味」や「組織・食感」と言った官能評価を行っているが、「軟質カビ系チーズ」という物の構成として規定するのならば、硬度に関する要素だけでなく、少なくとも、「風味」や「組織・食感」に影響を及ぼす要素もクレームに反映させるべきである。この点について、特許権者は、上記した令和4年9月27日付けの意見書中において、「風味、組織・食感評価で示される特性などの数多くの特性の検討・測定、また様々な手段により構造解析をする必要がある」などと主張しているが、技術的に見て、本件特許明細書の比較例1、2及び実施例1~5について成分分析を行い、比較例群と実施例群の間で差異となっている成分を特定する程度のことは、当業者が日常的に行っている化学的分析手法を用いることで容易になし得るはずである。
そして、PBPクレームを例外的に認める法の趣旨に基づけば、本件における「不可能・非実際的事情」の当否の判断は、A)特許権者が主張する上記構造解析の困難性と、B)第三者に与える不利益との比較衡量(利益衡量)を考慮してなされるべきであるところ、上記したように当業者が日常的に行っている化学的分析手法を用いることによって容易に構造解析ができる以上、第三者に与える不利益の方が格別に大きいことは明らかである。このように、比較衡量的な視点からも、本件特許発明4は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であり、「不可能・非実際的事情」は否定されるものである。
以上のことから、本件特許の請求項4は、PBPクレームとして、明確性要件を欠如しており、これに直接又は間接的に従属する請求項5、6も、請求項4と同様の理由により、明確性を欠如している。
5 証拠方法
・甲第1号証:“Characterization of Bloomy Rind Cheese Recipes and the Impact of High Pressure Processing(HPP) on Cheese Quality”(「白カビチーズの特性評価とチーズ品質に対する高圧処理(HPP)の影響」)、Danton Batty、オレゴン州立大学修士論文、2018年6月20日
・甲第2号証:“Joint FDA/Health Canada Quantitative Assessment of the Risk of Listeriosis from Soft-Ripened Cheese Consumption in the United States and Canada: Report.”(「FDA/カナダ保健省共同、米国及びカナダにおけるソフトリペンドチーズ消費によるリステリア症リスクの定量的評価:報告書」)、2015年7月発行、URL:https://www.fda.gov/food/cfsan-risk-safety-assessments/joint-fda-health-canada-quantitative-assessment-risk-listeriosis-soft-ripened-cheese-consumption
・甲第3号証:“Soft cheese technologies Traditional Camembert to Stabilised soft cheese”(「ソフトチーズ技術 伝統的なカマンベールチーズから安定化ソフトチーズへ」)、2014年10月22日公開
・甲第4号証:“Cheese - Chemistry, Physics & Microbiology Volume 1 (Fourth edition)”、Chapter 8、p.201~p.219(「チーズ~化学、物理学、微生物学」第1巻(第4版)、8章、201頁、216頁~219頁)、Paul L.H.McSweeney, Patrick F. Fox, Paul D.Cotter, David W Everett編、2017年5月10日発行
・甲第5号証:“Cheese - Chemistry, Physics & Microbiology Volume 2 (Fourth edition)”、Chapter 36、p.911~p.927(「チーズ~化学、物理学、微生物学」第2巻(第4版)、36章、911頁、912頁、923頁~925頁)、Paul L.H.McSweeney, Patrick F. Fox, Paul D.Cotter, David W Everett編、2017年5月10日発行
・甲第6号証:「乳酸菌がチーズの製造と品質に及ぼす影響」、Japanese Journal of Lactic Acid Bacteria,2011,Vol.22,No.2、三浦 孝之、阿久澤 良造著、2011年7月15日発行
・甲第7号証:“Physiochemical and Texture Analysis of Camembert Cheese Variants”(「カマンベールチーズの物理化学的および食感分析」)、Conference: American Dairy Science Association Annual Meeting発表資料、D.Batty, J.Waite-Cusic, L.Meunier-Goddik著、2017年6月発行
・甲第8号証:特開2018-133号公報
・甲第9号証:“Soft Cheese Types-First revised edition, March 2002”(「ソフトチーズ類~2002年3月改訂初版)、CHR HANSEN、2002年3月発行
・甲第10号証:“Fundamentals of Cheese Science”(「チーズ科学の基礎」)、Second Edition, 121頁、129頁、143頁、144頁、178頁~180頁、Patiric F.Fox, Timothy P.Guinee, Timothy M.Cogan, Paul L.H.McSweeney, Springer、2016年8月23日発行
・甲第11号証:“Cheese - Chemistry, Physics & Microbiology Volume 1 (Second edition)”、p.193、p.243~p.244(「チーズ~化学、物理学、微生物学」第1巻(第2版)、193、243~244頁)、Paul L.H.McSweeney, Paul D.Cotter, David W Everett著、1993年日発行
・甲第12号証:“International standard(ISO)27205, IDF 149(First edition)”、「ISO規格27207、IDF規格149(初版)」、2010年2月発行
・甲第13号証:「新説チーズ科学」、中澤 勇二、細野 明義編、株式会社食品資材研究会、106頁~119頁、1989年9月1日発行
・甲第14号証:特開2020-5525号公報
また、特許異議申立人は、令和6年11月7日提出の意見書に添付して、次の証拠(甲第15号証、甲第16号証)を提出している。
・甲第15号証:Palich, P., J. Switka, W. Derengiewicz,“The shelf life pasteurized Camembert cheese”, Posters and Brief Communications of the XXIII International Dairy Congress, Montreal, October 8-12 1990, p.289(番号543)
・甲第16号証:「チーズを科学する」、NPO法人チーズプロフェッショナル協会、2016年11月11日初版第1刷発行、第190頁ないし第192頁、第220頁
なお、証拠の表記は、おおむね特許異議申立書及び令和6年11月7日提出の意見書における記載に従った。
第5 令和7年1月17日付け取消理由通知(決定の予告)で特許権者に通知した取消理由の要旨
本件特許の請求項1ないし6に係る特許に対して、当審が令和7年1月17日付け取消理由通知(決定の予告)で特許権者に通知した取消理由の要旨は次のとおりである。なお、取消理由には、申立理由1が包含される。
●取消理由(甲第1号証を主たる証拠とする進歩性)
本件特許の請求項1ないし6に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第1号証に記載された発明に基いて、本件特許の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
第6 当審の判断
1 令和7年1月17日付け取消理由通知(決定の予告)で特許権者に通知した取消理由についての判断
●取消理由(甲第1号証を主たる証拠とする進歩性)について
(1) 甲第1号証の記載事項等
ア 甲第1号証の記載事項
甲第1号証には、“Characterization of Bloomy Rind Cheese Recipes and the Impact of High Pressure Processing(HPP) on Cheese Quality”(「白カビチーズの特性評価とチーズ品質に対する高圧処理(HPP)の影響」)について、次の記載がある。なお、甲第1号証は外国語文献のため、文章部分は仮訳文を、図表については原文のまま摘記する。
「2.1 概要
・・・(略)・・・本研究の目的は、5種類のカマンベールタイプのチーズのレシピが、熟成中の組成と特徴に及ぼす影響を調べることである。カマンベールタイプのチーズを5種類製造した:i)乳性カード、ii)スイートカード、iii)ウォッシュカード、iv)可溶化カード、v)スタビライズドカード。
チーズの熟成は、カビの成長期である10日間は13℃で行い、11日目から50日目までは7℃で行った。テクスチャーの発達、pH(中心部及び表面)、色を含む主要な品質指標を貯蔵期間中モニターした。組成評価(d5;脂肪、タンパク質、水分、塩分、ミネラル)により、チーズを3つのカテゴリーに分類した:I)乳性カード、II)スイート&ウォッシュカード、III)可溶化&スタビライズドカード。」(第12頁第5行ないし第13行)
「2.2 導入
・・・(略)・・・各メーカーは、最適品質の好機を広げ、“安定化”した白カビチーズを作るために、チーズの製造方法を改良してきた(Lawrenceら、1987年)。ペーストの安定化は主に、水切り後の最終pHが5.2以上になるよう、水切り中の酸の発生速度とレベルをコントロールすることで達成される(Gripon, 1997)。これらの改良は、よりソフトで弾力性のあるテクスチャーを持ちながら、熟成中も物理的な完全性を維持する若いチーズをもたらす。チーズ製造者は、安定したチーズを製造するために、スターターの選択(すなわち、LAB種および菌株の選択)、発酵時間/温度、目標酸性化速度および程度、カットサイズ、およびカードの取り扱い方法を含む、多くの製造工程を変更してきた(Lawrenceら、1987;Gripon、1997);しかしながら、これらの変更が熟成期間を通してカマンベールタイプチーズの組成および品質特性に及ぼす影響を実証するデータは限られている。本研究の目的は、5つの一般的なチーズ製造方法を用いて製造されたカマンベールタイプのチーズの品質特性と保存期間を客観的に記述し、比較することである。この情報は、職人のチーズ製造者が、最適な品質を達成し、流通経路に適した保存期間を延長するために、適切なレシピを選択する際に役立つであろう。」(第15頁第7行ないし第22行)
「2.3 材料と方法
全体的な実験デザイン
カマンベールタイプのチーズ5種(乳性カード、スイートカード、ウォッシュカード、可溶化カード、スタビライズドカード)を製造した。これら5つの品種は、業界で白カビチーズを製造する際に使用される手順の違いの多くを捉えている。5品種の製造手順の違いを表2.1にまとめた。各品種は、2つの異なるロットの牛乳を使い、別々の日に二重に製造された。製造手順を変更することで、チーズペーストの硬さと安定性の低下によって示されるように、組成と熟成速度が異なるカマンベールタイプのチーズが製造されるという仮説を立てた。」(第16頁第1行ないし第11行)
「殺菌全乳(平均P/F比0.97、25kg/バッチ)は地域の牛乳加工業者から供給され、チーズ製造のためにオレゴン州立大学アーバスノット酪農センター(米国オレゴン州コーバリス)に運ばれた。牛乳は丸いチーズ用バット(C. van't Riet Dairy Technology B.V., Nieukoop, Netherlands)に入れられ、レシピに適した発酵温度まで温められた(表2.1)。そして、好熱性スターターカルチャー、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Choozit DVI TA 50 series, Danisco, Copenhagen, Denmark)又は中好熱性スターターとのブレンド(Flora Danica-DVS, Chr. Hansen Inc. Milwaukee, WI, USA)を、レシピ(表2.1)に従って牛乳に添加した。」(第16頁第12行ないし第20行)
「Stabilized curd(「スタビライズドカード」)を調製する際、風味発現を促進するため、補助培養である Leuconostoc mesenteroides subsp. cremoris(Choozit LM 57、Danisco)を0.73U/100kgの割合で添加した。Lactic curd を除き、塩化カルシウム(DCI Calcium Chloride, 32-33%w/v, Dairy Connections Inc. Madison Wi, USA)を6.6mL/100kgの濃度で発酵中に添加した。そして、牛乳が望ましい設定pHになるまで発酵させた(表2.1)。」(第17頁第2行ないし第7行)
「
[図:0001427914000001.jpg]
」(第37頁)
「
[図:0001427914000002.jpg]
」(第38頁)
「
[図:0001427914000003.jpg]
」(第39頁)
「
[図:0001427914000004.jpg]
」(第40頁)
イ 甲第1号証に記載された発明
上記アの記載、特に表2.1の「Solubilized curd」の例に着目して整理すると、甲第1号証には次の発明が記載されているものと認める。
「Mesophilic(中好熱性スターター(Flora Danica-DVS, Chr. Hansen Inc. Milwaukee, WI, USA))とThermophilic(好熱性スターターカルチャー、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Choozit DVI TA 50 series, Danisco, Copenhagen, Denmark))を混合したスターターを用いた、カマンベールタイプのチーズの製造方法であって、
スターターは、Mesophilicを3U/100kg、Thermophilicを8.8U/100kg混合したものであり、
40℃及びpH6.2の条件で発酵する工程を行う、
カマンベールタイプのチーズの製造方法。」(以下、「甲1A製法発明」という。)
「甲1A製法発明で製造したカマンベールタイプのチーズ。」(以下、「甲1A発明」という。)
(2) 対比・判断
ア 本件特許発明1について
本件特許発明1と甲1A製法発明とを対比する。
甲1A製法発明のスターターのうち、「Mesophilic(中好熱性スターター(Flora Danica-DVS, Chr. Hansen Inc. Milwaukee, WI, USA))」、「Thermophilic(好熱性スターターカルチャー、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Choozit DVI TA 50 series, Danisco, Copenhagen, Denmark))」は、それぞれ、本件特許発明1の「中温性乳酸菌」、「高温性乳酸菌」に相当する。
また、甲1A製法発明の「カマンベールタイプのチーズ」は、本件特許発明1の「軟質カビ系チーズ」に相当する。
さらに、甲1A製法発明のスターターの組成から見て、甲1A製法発明が、本件特許発明1の「(但し、イノシン-5’-一リン酸(IMP)およびイノシンの混和物を含有するものを除く)」との特定事項を満たすことも明らかである。
してみると、本件特許発明1と甲1A製法発明との間の一致点、相違点は次のとおりである。
(一致点)
「高温性乳酸菌および中温性乳酸菌を含む、軟質カビ系チーズ製造用スターター(但し、イノシン-5’-一リン酸(IMP)およびイノシンの混和物を含有するものを除く)を用いて発酵することを含む、軟質カビ系チーズの製造方法。」
(相違点)
・相違点1A-1
本件特許発明1は「高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比が71:29~1:1」と特定するのに対し、甲1A製法発明にはそのような特定がない点。
・相違点1A-2
スターターに関し、本件特許発明1は「高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との総菌数が、1×108cfu/g~9×1010cfu/gである、」と特定するのに対し、甲1A製法発明にはそのような特定がない点。
・相違点1A-3 本件特許発明1は、「発酵して得られたチーズを密閉容器に入れ、中心部が90℃になるように加熱殺菌を行うことを含み」と特定するのに対し、甲1A製法発明にはそのような特定がない点。
・相違点1A-4
軟質カビ系チーズに関し、本件特許発明1は「製造される軟質カビ系チーズの軟質チーズ部分の中心部の硬度が、106gf~250gfであり、軟質チーズ部分の周辺部の硬度が、40gf~103gfである、」と特定するのに対し、甲1A製法発明にはそのような特定がない点。
相違点1A-1について検討する。
甲1A製法発明においては、「Mesophilicを3U/100kg、Thermophilicを8.8U/100kg混合したもの」を用いることの記載はあるものの、菌数比についての直接的な記載はない。そして、乳酸生成能の比から菌数比が直ちに求められるという技術常識もないから、甲1A製法発明の「Mesophilicを3U/100kg、Thermophilicを8.8U/100kg混合したもの」との特定事項から、菌数比を導出することはできないし、甲第1号証及び他の全ての証拠の記載をみても、甲1A製法発明において、高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比に着目して調整する動機付けもない。
また、仮に乳酸生成能の比と高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比が対応関係にあるとしても、甲1A発明における乳酸生成能の比は、おおむね2.93:1であるから、本件特許発明1の「71:29~1:1」を満たすものでもない。
したがって、甲1A製法発明において、相違点1A-1に係る本件特許発明1の発明特定事項を満たすものとすることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。
なお、特許異議申立人は、令和6年11月7日提出の意見書(以下、「意見書」という。)において、「乳酸生成能(U)の比率が、菌数の比率と完全に合致していなかったとしても、3U:8.8Uという比率が、10:1~1:10という広い範囲から大きく外れているとは考えにくいというのが、当業者にとって自然な理解である。例えば、乳酸生成能(U)の比率が、菌数の比率と完全に合致していなかった場合でも、乳酸生成能を発揮するためには、乳酸菌スターターとしてある程度の菌数は必要であり、それは乳酸菌スターターの種類によってオーダーが異なる程度大きく相違しない、というのが当業者の理解である。」(意見書第15頁)と主張する。
そこで上記主張について検討するに、上記第2のとおり、本件特許発明1において、菌数比については訂正により減縮された。そして、上記検討のとおり、甲1A製法発明において、高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比に着目して調整する動機付けもないこと、仮に、乳酸生成能の比と高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比が対応関係にあるとしても、本件特許発明1の「71:29~1:1」を導出できないことから、特許異議申立人の上記主張は採用することができない。
よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1A発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
なお、甲第1号証の表2.1の「Stabilized curd」の例に着目して整理した発明(「甲1B製法発明」という。)についても、同様に判断される。以下、「甲1A製法発明」と「甲1B製法発明」を総称し、「甲1製法発明」という。)
イ 本件特許発明3について
本件特許発明3は、本件特許発明1の発明特定事項の全てを有し、さらに限定するものである。
そして、上記アのとおり、本件特許発明1は甲1製法発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件特許発明3も甲1製法発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
ウ 本件特許発明4について
本件特許発明4と甲1A発明とを対比すると、上記アと同様の相当関係がいえるから、両者の間には、少なくとも次の点で相違する。
(相違点)
・相違点1A-5
本件特許発明4は「高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比が71:29~1:1」と特定するのに対し、甲1A発明にはそのような特定がない点。
・相違点1A-6
スターターに関し、本件特許発明4は「高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との総菌数が、1×108cfu/g~9×1010cfu/gである、」と特定するのに対し、甲1A発明にはそのような特定がない点。
・相違点1A-7 本件特許発明4は、「発酵して得られたチーズを密閉容器に入れ、中心部が90℃になるように加熱殺菌を行うことを含み」と特定するのに対し、甲1A発明にはそのような特定がない点。
・相違点1A-8
軟質カビ系チーズに関し、本件特許発明4は「製造される軟質カビ系チーズの軟質チーズ部分の中心部の硬度が、106gf~250gfであり、軟質チーズ部分の周辺部の硬度が、40gf~103gfである、」と特定するのに対し、甲1A発明にはそのような特定がない点。
上記相違点1A-5及び相違点1A-8について検討する。
上記相違点1A-5は上記相違点1A-1と同旨であるから、上記アと同様に判断される。
すると、本件特許発明4と甲1A発明は、製法の上ですでに相違するものであるから、甲1A発明のチーズの硬度が、本件特許発明4の軟質カビ系チーズの硬度と同程度であると推認することはできない。
また、甲第1号証及び他の全ての証拠の記載をみても、甲1A発明において、チーズの中心部の硬度と周辺部の硬度を調整する動機付けもない。
したがって、甲1A発明において、相違点1A-8に係る本件特許発明4の発明特定事項を満たすものとすることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。
よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明4は、甲1A発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
なお、甲第1号証の表2.1の「Stabilized curd」の例に着目して整理した発明(「甲1B発明」という。)についても、同様に判断される。以下、「甲1A発明」と「甲1B発明」を総称し、「甲1発明」という。)
エ 本件特許発明5及び6について
本件特許発明5及び6は、本件特許発明4の発明特定事項も全てを有し、さらに限定するものである。
そして、上記ウのとおり、本件特許発明4は甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件特許発明5及び6も甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3) 取消理由についてのまとめ
上記(2)のとおりであるから、取消理由では、本件特許発明1及び3ないし6に係る特許を取り消すことはできない。
2 令和7年1月17日付け取消理由通知(決定の予告)で採用しなかった特許異議申立理由について
令和7年1月17日付け取消理由通知(決定の予告)で採用しなかった特許異議申立理由は、上記第4の申立理由2ないし4であるので、以下順次検討する。
(1) 申立理由2(実施可能要件)について
ア 実施可能要件の判断基準
本件特許発明1及び3は、上記第3のとおり、「物を生産する方法」の発明であるところ、物を生産する方法の発明における実施とは、そのものを生産する方法の使用をする行為のほか、その方法により生産した物の使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第3号)、例えば、明細書等にその物を生産する方法を使用することができることの具体的な記載があるか、そのような記載がなくても、出願時の技術常識に基づいて当業者がその物を生産する方法を使用することができるのであれば、実施可能要件を満たすということができる。
また、本件特許発明4ないし6は、上記第3のとおり、「物」の発明であるところ、物の発明における実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第1号)、例えば、明細書等にその物を生産することができる具体的な記載があるか、そのような記載がなくても、出願時の技術常識に基づいて当業者がその物を生産することができるのであれば、実施可能要件を満たすということができる。
イ 特許請求の範囲の記載
上記第3のとおりである。
ウ 実施可能要件についての判断
本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、「本発明は、カマンベールチーズなどの軟質カビ系チーズ用スターター、該スターターを用いた軟質カビ系チーズの製造方法、および、該製造方法により製造された軟質カビ系チーズに関する」(【0001】)との記載があり、「高温性乳酸菌と中温性乳酸菌とを所定の比率で混合したスターターを用いることで、特殊な添加物を使用することなく、好ましい硬さと組織、風味を有する軟質カビ系チーズを製造することを見出し」(【0008】)との記載、「高温性乳酸菌」に関する記載(【0013】)、「中温性乳酸菌」に関する記載(【0014】)、高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比に関する記載(【0016】)、製造方法における手順に関する記載(【0017】ないし【0018】)、軟質チーズの中心部及び周辺部の硬度に関する記載(【0021】)があり、具体的な実施例の記載(【0022】ないし【0030】)もある。
これらの記載からみると、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明1及び3において特定される「軟質カビ系チーズの製造方法」についての具体的な記載があり、また、本件特許発明4ないし6において特定される「軟質カビ系チーズ」を生産することができる具体的な記載があるといえるから、本件特許発明1及び3ないし6に関し、本件特許の明細書の発明の詳細な説明は、実施可能要件を満たすといえる。
エ 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、上記第4の2の申立理由2-1ないし申立理由2-5にあげる理由を主張するが、いずれも、具体的に実施し得ないことを証拠を示して主張するものではない。
また、特許異議申立人は、課題との関係を取り上げつつ実施可能要件を満たさない旨主張する(申立理由2-1及び申立理由2-3ないし申立理由2-5)が、実施可能要件については、上記アの基準に基づいて判断されるものであり、その主張は上記ウの検討に何ら影響しない。
したがって、特許異議申立人の上記主張はいずれも採用しない。
オ 申立理由2についてのまとめ
上記ウ及びエのとおりであるから、申立理由2では、本件特許発明1及び3ないし6に係る特許を取り消すことはできない。
(2) 申立理由3(サポート要件)について
ア サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
イ 特許請求の範囲の記載
上記第3のとおりである。
ウ サポート要件についての判断
本件特許の発明の課題(以下、「発明の課題」という。)は、「特殊な添加剤を用いることなく、上記の伝統的製法やスタビライズド製法の問題点を解消した、新たなカマンベールなどの軟質カビ系チーズの製造方法を提供すること」(【0007】)である。
そして、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、「本発明者らは、前記課題を解決すべく、鋭意研究を重ねた結果、高温性乳酸菌と中温性乳酸菌とを所定の比率で混合したスターターを用いることで、特殊な添加物を使用することなく、好ましい硬さと組織、風味を有する軟質カビ系チーズを製造することを見出し、さらに検討を進め、本発明を完成した」(【0008】)との記載、「本発明の軟質カビ系チーズ製造用スターターは、高温性乳酸菌および中温性乳酸菌を所定の菌数比で組み合わせることによって、特別な添加剤を用いることなく、水分の抜けが適正となり、より好ましい硬さと組織を実現し、さらに風味が向上した軟質カビ系チーズを提供することができる」(【0011】)との記載、「本発明のスターターは、高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との菌数比が、10:1~1:10であってもよく、好ましくは、4:1~1:4、さらに好ましくは、4:1~1:1である。また、本発明のスターターにおける高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との総菌数は、とくに限定されないが、1×108cfu/g~9×1010cfu/gであってもよく、好ましくは、1×109cfu/g~9×109cfu/gであり、さらに好ましくは、1×109cfu/g~5×109cfu/gである」(【0016】)との記載、「本発明の軟質カビ系チーズは、軟質チーズ部分(すなわち、円周部を除いた部分)の中心部(中心の位置から、円周部までの約2分の1の位置まで)および周辺部(中心部の最も外側の位置から、円周部付近の位置まで)の硬度のバランスが優れており、適度な硬さととろけ具合となる」(【0020】)との記載があり、具体的な実施例の記載もある。
これらの記載に接した当業者であれば、軟質カビ系チーズを作製するにあたり、「高温性乳酸菌と中温性乳酸菌とを10:1~1:10の比率で混合した」ものであり、かつ、「高温性乳酸菌と中温性乳酸菌との総菌数が、1×108cfu/g~9×1010cfu/g」であるスターターを用いる、との特定事項を満たすことにより、発明の課題を解決できると認識できる。
そして、本件特許発明1及び3ないし6は、上記の発明の課題を解決できると認識できる特定事項の全てを有し、さらに限定するものであるから、当然発明の課題を解決できると認識できる。
したがって、本件特許発明1及び3ないし6は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものといえる。
エ 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、上記第4の2の申立理由3-1ないし申立理由3-5にあげる理由を主張するが、いずれも、具体的に課題を解決し得ないことを証拠を示して主張するものではない。
よって、特許異議申立人の上記主張はいずれも採用しない。
オ 申立理由3についてのまとめ
上記ウ及びエのとおりであるから、申立理由3では、本件特許発明1及び3ないし6に係る特許を取り消すことはできない。
(3) 申立理由4(明確性要件)について
ア 明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
イ 特許請求の範囲の記載
上記第3のとおりである。
ウ 明確性要件についての判断
本件特許発明4ないし6に係る特許請求の範囲の記載はそれ自体明確であり、本件特許の明細書の発明の詳細な説明の記載とも整合している。
よって、本件特許発明4ないし6に係る特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。
エ 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、上記第4 4にあげるように、いわゆるプロダクト・バイ・プロセスクレームであることを取り上げ、不可能・非実際的事情がないから、プロダクト・バイ・プロセスクレームである本件特許発明4ないし6は明確でない旨主張する。
しかしながら、本件特許発明4ないし6は、そもそも、「高温性乳酸菌のみを使用した場合、全体的に硬くなり、中温性乳酸菌のみを使用した場合、周辺部がとろけすぎている傾向があるのに対し、本発明の場合、中心部および周辺部の両方で適度な硬さととろけ具合を兼ね備えたチーズ組織を実現できる」(【0011】)との観点で、中心部と周辺部における硬度が特定されていることからみて、「物」としては明確であるといえる。
したがって、形式的には製造方法である請求項を引用するかたちで記載されているものの、「物」としての特定事項は明確であるといえるから、特許異議申立人の上記主張は採用しない。
また、特許異議申立人は、「法の趣旨」を掲げつつ縷々主張するが、いずれも上記明確性の判断には影響するものではない。
オ 申立理由4についてのまとめ
上記ウ及びエのとおりであるから、申立理由4では、本件特許発明4ないし6に係る特許を取り消すことはできない。
第7 結語
以上のとおりであるから、取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由、及び、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件特許の請求項1及び3ないし6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1及び3ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
請求項2は、上記のとおり、訂正により削除された。これにより、特許異議申立人による特許異議の申立てについて、請求項2に係る特許に対する申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
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2024-700077