特許異議申立
2023-701291
厚鋼板の製造仕様決定支援装置および製造仕様探索方法、コンピュータプログラム、コンピュータ読み取り可能な記録媒体ならびに厚鋼板の製造方法
- 審判番号
- 2023-701291
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2021-087454
- 登録番号
- 7287416
- 請求日
- 2023年12月06日
- 審決日
- 2024年11月19日
- 公報発行日
- 2025年05月30日
- 結論
- 請求成立(取消)
- 当事者
- 【権利者】JFEスチール株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人銀座マロニエ特許事務所
- 【異議申立人】国分 信宏
- 審判長/審判官
- 審判長 刈間 宏信
- 審判官 大山 健
- 審判官 田々井 正吾
- 分類
- P1651.121-ZAA(G05B)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第120条の5第4項、特許法第113条第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7287416号発明「厚鋼板の製造仕様決定支援装置および製造仕様探索方法、コンピュータプログラム、コンピュータ読み取り可能な記録媒体ならびに厚鋼板の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7287416号の特許請求の範囲を令和6年5月30日に手続補正された訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~5〕、〔6~8〕、〔9~10〕について訂正することを認める。
特許第7287416号の請求項1~10に係る特許を取り消す。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7287416号(以下「本件特許」という。)の請求項1~10に係る特許についての出願は、令和3年5月25日(優先権主張 令和2年7月7日)に出願され、令和5年5月29日にその特許権の設定登録がされ、令和5年6月6日に特許掲載公報が発行された。
そして、本件特許について、令和5年12月6日に特許異議申立人 国分 信宏(以下「申立人」という。)により請求項1~10に係る特許について特許異議の申立てがされ、当審は、令和6年2月22日付けで取消理由を通知した。
その後、特許権者 JFEスチール株式会社(以下「特許権者」という。)は、その指定期間内である令和6年4月16日に意見書及び訂正請求書を提出し、令和6年5月30日に当該訂正請求書を補正する手続補正書(以下、この手続補正書により補正された訂正請求書を「本件訂正請求書」といい、本件訂正請求書により請求された訂正を「本件訂正」という。)を提出し、申立人は令和6年7月9日に意見書(以下「申立人意見書」という。)を提出した。
さらに、当審は、令和6年8月8日付けで取消理由(決定の予告)を通知(以下、この通知を「決定の予告」という。)し、特許権者は、その指定期間内である令和6年10月9日に意見書(以下「特許権者意見書」という。)を提出した。
第2 訂正の適否についての判断
1 本件訂正の内容
本件訂正の内容は、以下のとおりである(なお、下線部は訂正事項について特許権者が付したものである。)。
(1)訂正事項
A[請求項1~5に係る訂正]
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に
「前記製造実績データは、所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データを含み」と記載されているのを、
「前記製造実績データは、長手位置、幅位置および厚み位置を含む所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データを含み」と訂正する(請求項1を引用する請求項2~5も同様に訂正する。)。
イ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に
「前記所定の位置ごとに」と記載されているのを、
「前記所定の鋼板位置ごとに」と訂正する(請求項1を引用する請求項2~5も同様に訂正する。)。
B[請求項6~8に係る訂正]
ウ 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項6に
「前記製造実績データは、所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データを含み」と記載されているのを、
「前記製造実績データは、長手位置、幅位置および厚み位置を含む所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データを含み」と訂正する(請求項6を引用する請求項7、8も同様に訂正する。)。
エ 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項6に
「前記所定の位置ごとに」と記載されているのを、
「前記所定の鋼板位置ごとに」と訂正する(請求項6を引用する請求項7、8も同様に訂正する。)。
C[請求項9、10に係る訂正]
オ 訂正事項5
特許請求の範囲の請求項9に
「前記製造実績データは、所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データを含み」と記載されているのを、
「前記製造実績データは、長手位置、幅位置および厚み位置を含む所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データを含み」と訂正する(請求項9を引用する請求項10も同様に訂正する。)。
カ 訂正事項6
特許請求の範囲の請求項9に
「前記所定の位置ごとに」と記載されているのを、
「前記所定の鋼板位置ごとに」と訂正する(請求項9を引用する請求項10も同様に訂正する。)。
(2)一群の請求項についての説明
本件訂正前の請求項2~5はそれぞれ請求項1を引用しているものであって、訂正事項1、2によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、本件訂正前の請求項1~5に対応する本件訂正後の請求項1~5は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
同様に、本件訂正前の請求項7、8はそれぞれ請求項6を引用しているものであって、訂正事項3、4によって記載が訂正される請求項6に連動して訂正されるものであり、本件訂正前の請求項10は請求項9を引用しているものであって、訂正事項5、6によって記載が訂正される請求項9に連動して訂正されるものであるから、本件訂正前の請求項6~8に対応する本件訂正後の請求項6~8、及び本件訂正前の請求項9~10に対応する本件訂正後の請求項9~10は、それぞれ特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
A[一群の請求項1~5に係る訂正]
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的
訂正事項1は、製造実績データを収集する位置について、「所定の鋼板位置ごとに」を、「長手位置、幅位置および厚み位置を含む所定の鋼板位置ごとに」と限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件明細書等」という。)に記載した事項の範囲内の訂正であること
本件明細書等の段落【0029】に「長手位置によって変化させる成分組成のデータは、最終製品の材料試験サンプルを用い、チェック分析により、成分組成データを採取し、造塊スラブの長手位置、幅位置、厚み位置と紐づける。・・・さらに、長手、幅、厚み位置によって変化する成分組成の濃淡を鋳造工程S3の製造条件(たとえば、鋳型の大きさや溶鋼温度、鋳造速度など)を用い、物理モデルや機械学習モデル、統計学モデルなどから予測し、予測された値を各位置の成分組成データとすることも可能である。」、及び段落【0030】に「また、造塊法以外の場合においても、たとえば鋼板の先端と尾端で圧延温度が異なる場合には、成分系によっては圧延の温度差に起因する強度差が発生するため、圧延方向・板幅方向・板厚位置等の位置情報と合わせて実績データを採取し、その後の工程で活用することは有用である。」と記載されている。また、段落【0068】に、「材料特性実績として、最終製品厚鋼板の長手端部より幅1/4位置、厚1/4位置からJIS4号試験片を採取し、降伏強度YS、引張強度TS、伸びEL、降伏比YR(=YS/TS)を引張試験で取得し、同じ位置より、シャルピー試験で、試験温度と靭性試験値を取得し、学習に供した。学習データ数は欠損データ等のノイズを除去した計1520のサンプルを用いた。」、及び段落【0073】に「材料特性実績として、最終製品厚鋼板の長手端部(先端および尾端)より幅1/4位置、厚1/2位置からASTM規格に準じた試験片を採取し、引張強度TSを測定し、同位置より試験片採取方向C方向、試験温度を-40℃としたときの靭性を測定し、学習に供した。学習データ数は欠損データ等のノイズを除去した計415のサンプルを用いた。」と記載されている(下線部は、当審で付した。以下同様。)。
これらの記載から、本件明細書等には、「製造実績データ」が、「長手位置、幅位置および厚み位置を含む所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データ」を含むことが実質的に記載されているといえる。
したがって、訂正事項1は、本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合するものである。
ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
訂正事項1は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。
(2)訂正事項2
ア 訂正の目的
本件訂正前の請求項1に「前記所定の位置ごとに」と記載されていたところ、本件訂正前の請求項1には「所定の位置」は「前記」されていないため不明確である旨を取消理由通知が通知されたことに対して、訂正事項2により、当該記載を明確にするために、当該「前記所定の位置ごとに」を「前記所定の鋼板位置ごとに」と訂正するものである。そして、本件訂正前の請求項1に「所定の鋼板位置」が「前記」されていたことから、本件訂正前の「前記所定の位置ごとに」を「前記所定の鋼板位置ごとに」と訂正する訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第2号に掲げる誤記の訂正を目的とするものである。
イ 願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件当初明細書等」という。)に記載した事項の範囲内の訂正であり、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正でないこと
訂正事項2は、誤記を訂正することを目的とするものであるところ、本件当初明細書等の範囲内の訂正であることは明らかであり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当しない。
したがって、訂正事項2は特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に適合する。
B[一群の請求項6~8に係る訂正]及びC[一群の請求項9、10に係る訂正]
(1)訂正事項3、5
ア 訂正の目的
訂正事項3、5は、実質的に訂正事項1と同様の訂正であるから、訂正事項1と同様に、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正でないこと
訂正事項3、5は、実質的に訂正事項1と同様の訂正であるから、訂正事項1と同様に、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に適合する。
(2)訂正事項4、6
ア 訂正の目的
訂正事項4、6は、実質的に訂正事項2と同様の訂正であるから、訂正事項2と同様に、特許法第120条の5第2項ただし書第2号に掲げる誤記の訂正を目的とするものである。
イ 本件当初明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正でないこと
訂正事項4、6は、実質的に訂正事項2と同様の訂正であるから、訂正事項2と同様に、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に適合する。
3 独立特許要件
本件訂正前の全ての請求項(請求項1~10)について特許異議の申立てがされているから、訂正事項1~6について、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。
4 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第2号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、本件訂正後の請求項〔1~5〕、〔6~8〕、〔9、10〕について訂正することを認める。
第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正は認められたから、本件特許の請求項1~10に係る発明(以下、請求項1~10に係る発明を、それぞれ「本件発明1」などという。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1~10に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
複数の工程での処理を経て生産され、熱間圧延後に熱処理を要する厚鋼板の製造仕様の決定を支援する製造仕様決定支援装置であって、
前記複数の工程のうちの所定工程までの完了で確定した、前記所定工程までの工程のうちの少なくとも1つ以上の製造実績データと、製造仕様および材料特性を結びつけた予測モデルとに基づき逆解析を行い、材料特性の推定値が所望の値に漸近するように、前記所定工程の後の工程のうちの少なくとも1つ以上の工程における製造仕様を探索する探索処理部と、
該探索処理部で探索した製造仕様を出力する出力部と、
を有し、
前記製造実績データは、長手位置、幅位置および厚み位置を含む所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データを含み、
前記探索処理部は、所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データに基づき、前記所定工程の後の工程のうちの少なくとも1つ以上の工程における前記製造仕様を、前記所定の鋼板位置ごとについて探索する、厚鋼板の製造仕様決定支援装置。
【請求項2】
前記探索処理部は、熱処理工程前に前記逆解析を行い、熱処理工程にかかる製造仕様を探索するように構成されている、請求項1に記載の厚鋼板の製造仕様決定支援装置。
【請求項3】
前記予測モデルは、過去に製造された厚鋼板についての製造仕様実績と材料特性実績とに基づき、製造仕様と材料特性とを結びつけた予測モデルである、請求項1又は2のいずれかに記載の厚鋼板の製造仕様決定支援装置。
【請求項4】
前記予測モデルは、過去に製造された厚鋼板についての製造仕様実績と所定の鋼板位置ごとに収集された材料特性実績とに基づき、製造仕様と所定の鋼板位置ごとの材料特性とを結びつけた予測モデルである、請求項1に記載の厚鋼板の製造仕様決定支援装置。
【請求項5】
前記予測モデルは、深層学習モデルおよび統計学習モデルのいずれか一方を含む機械学習モデルである、請求項3又は4に記載の厚鋼板の製造仕様決定支援装置。
【請求項6】
複数の工程での処理を経て生産され、熱間圧延後に熱処理を要する厚鋼板の製造仕様の探索方法であって、
前記複数の工程のうちの所定工程までの完了で確定した、前記所定工程までの工程のうちの少なくとも1つ以上の製造実績データと、製造仕様および材料特性を結びつけた予測モデルとに基づき逆解析を行い、材料特性の推定値が所望の値に漸近するように、前記所定工程の後の工程のうちの少なくとも1つ以上の工程における製造仕様を探索するにあたり、
前記製造実績データは、長手位置、幅位置および厚み位置を含む所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データを含み、
所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データに基づき、前記所定工程の後の工程のうちの少なくとも1つ以上の工程における前記製造仕様を、前記所定の鋼板位置ごとについて探索する、厚鋼板の製造仕様探索方法。
【請求項7】
請求項6に記載の厚鋼板の製造仕様探索方法を実施するために用いるコンピュータプログラムであって、
前記複数の工程のうちの所定工程までの完了で確定した、前記所定工程までの工程のうちの少なくとも1つ以上の製造実績データと、製造仕様および材料特性を結びつけた予測モデルとに基づき逆解析を行い、材料特性の推定値が所望の値に漸近するように、前記所定工程の後の工程のうちの少なくとも1つ以上の工程における製造仕様を探索する探索処理を、コンピュータに実行させる、コンピュータプログラム。
【請求項8】
請求項7に記載のコンピュータプログラムを記録したことを特徴とするコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【請求項9】
複数の工程での処理を経て生産され、熱間圧延後に熱処理を要する厚鋼板の製造方法であって、
前記複数の工程のうちの所定工程までの完了で確定した、前記所定工程までの工程のうちの少なくとも1つ以上の製造実績データと、製造仕様および材料特性を結びつけた予測モデルとに基づき逆解析を行い、材料特性の推定値が所望の値に漸近するように、前記所定工程の後の工程のうちの少なくとも1つ以上の工程における製造仕様を探索し、
該探索を行った工程について、探索された製造仕様に基づき製造を行うにあたり、
前記製造実績データは、長手位置、幅位置および厚み位置を含む所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データを含み、
所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データに基づき、前記所定工程の後の工程のうちの少なくとも1つ以上の工程における前記製造仕様を、前記所定の鋼板位置ごとについて探索する、厚鋼板の製造方法。
【請求項10】
熱処理工程前に前記逆解析を行い、熱処理工程にかかる製造仕様について前記探索を行う、請求項9に記載の厚鋼板の製造方法。」
第4 決定の予告に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
本件特許に対して、当審が令和6年8月8日付け決定の予告で特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
取消理由1(進歩性欠如):本件の請求項1~10に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(下記2の甲第4号証に記載された発明)に基づいて、本件特許の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、本件の請求項1~10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
2 異議申立書による証拠方法
また、申立人は、異議申立書とともに、以下の証拠方法を提出した。
(1)甲第1号証:特開2016-209897号公報
(2)甲第2号証:茂森弘靖、「局所回帰モデルを用いた鉄鋼製品の品質設計と品質制御」、京都大学、2013年3月25日、p.1~43、p.65~79
(3)甲第3号証:特開2003-268428号公報
(4)甲第4号証:特開2000-144262号公報
(5)甲第5号証:特開2003-27136号公報
(6)甲第6号証:再公表特許WO98/06550
(7)甲第7号証:特開2018―169993号公報
(8)甲第8号証:特開2018-138327号公報
(以下、各甲号証を「甲1」などという。)
3 申立人意見書による証拠方法
さらに、申立人は、申立人意見書において、実質的に新たな証拠方法として下記参考資料1、2を提示している。
これらの証拠方法は、本件訂正により追加された事項についての証拠方法であって、本件訂正の内容に付随して提出されたものであると認める(審判便覧67-05.4の1.(2))。
(1)参考資料1:特開平9-104920号公報
(2)参考資料2:特開2010-214376号公報
4 特許権者の令和6年4月16日の意見書による証拠方法
乙第1号証:濤崎忍、「厚板形状修正圧延の進歩」、日本金属学会会報第19巻第2号、1980年、p.79~84
5 特許権者意見書による証拠方法
(1)乙第2号証:特願平10-312448号(甲4)の拒絶理由通知書
(2)乙第3号証:特願平10-312448号(甲4)の拒絶査定
(3)乙第4号証:JFEスチール株式会社のカタログ「厚鋼板」(Cat.No.C1J-001-12)、JFEスチール株式会社
(4)乙第5号証:JFEスチール株式会社のカタログ「冷延鋼板」(Cat.No.B1J-002-05)、JFEスチール株式会社
(5)乙第6号証:JIS Z2241:2011「金属材料引張試験方法」
(6)乙第7号証:JIS G3199:2009「鋼板、平鋼及び形鋼の厚さ方向特性」
(以下、各乙号証を「乙1」などという。)
第5 取消理由1(進歩性欠如)についての当審の判断
1 本件発明1について
(1)甲4について
ア 甲4の記載
甲4には、次の事項が記載されている。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、機械的特性の安定した加工用冷延鋼板の製造方法に関し、特に、連続焼鈍中に熱延条件の鋼板長手方向の実績変動に応じて焼鈍パターンを制御することにより安定した材質を作り込む冷延鋼板の製造方法に関するものである。」
「【0003】一方、通常の加工用冷延鋼板の製造方法では、まず鋳造されたスラブを1150~1250℃に再加熱し、数パスの粗圧延を行なった後、5~7スタンドの連続熱間圧延機でAr3変態点以上の温度で仕上圧延を行い、板厚2~4mmの熱延板を製造する。仕上圧延後の冷却では、熱延板を微細にすることが冷延鋼板の深絞り性に有利になるため、仕上圧延後の冷却開始時間を短縮したり、冷却速度を大きく取る努力がなされている。巻取温度は、必要材質により一般に750℃から550℃程度に設定される。巻き取られた熱延鋼板は、放冷後、酸洗され、冷間圧延により要求板厚に仕上げられる。冷延後の鋼板は、電解洗浄により表面に付着した油などを取り除いてから焼鈍に供される。
【0004】製造の安定性の点で、これらの作業の中で特に問題となるのが熱延工程である。なぜならば、熱延作業では温度バラツキを起こす操業上の外乱が生じ易いためである。例えば、スラブの加熱時のスキッドの加熱むら、仕上圧延時の通板速度のズーミング(圧延材先端の噛み込みから巻取機への巻き付き開始までの通板速度からの定常速度への加速や、圧延材後端の通過時の定常速度からの減速など)による変更に伴う圧延、冷却条件の変化、仕上温度、巻取温度のバラツキなどが挙げられる。これらの外乱は、熱延板の組織、析出物の状態を通して最終製品の材質のバラツキの原因になる。
【0005】一方、加工用冷延鋼板は、冷延率、焼鈍パターンによってその特性を変化させることができることは周知のとおりである。但し、焼鈍パターンによる特性の変化代は成分系によって大きく異なる。すなわち、制御性の良い材料とそうでない材料が存在する。」
「【0008】
【発明が解決しようとする課題】特開平5-171258号公報に開示されている従来技術は、熱延条件の鋼板長手方向の実績変動に対応するものではなく、鋼板長手方向の材質の均一性に問題があった。そこで、本発明は、連続焼鈍前の工程の操業上の外乱により生じた材質のバラツキ要因を事前に予測し、それに基づき連続焼鈍の焼鈍パターンを速やかに変化させ均一でかつ優れた加工性を有する冷延鋼板を製造する方法を提供する。」
「【0012】(1) ・・・
の条件式を満足するTi、Nbの一方又は双方を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなる鋼を熱延、酸洗、冷延した後の鋼板を連続焼鈍するに際し、600℃以上750℃以下の温度域までは平均加熱速度を5℃/sec以上30℃/sec以下の平均加熱速度で加熱し、引き続き該温度域から60℃/sec以上500℃/sec以下の昇温速度で急速加熱を開始し、熱延条件の鋼板長手方向の実績変動に応じて鋼板長手方向位置毎に予め決定した750℃以上910℃以下の焼鈍最高到達温度まで昇温して焼鈍することにより要求材質を得ることを特徴とする機械的特性の安定した加工用冷延鋼板の製造方法。」
「【0014】(3) 前記焼鈍最高到達温度を、下記(a)~(d)の手順に従う材質予測モデルの計算結果に基づいて予め決定することを特徴とする前記(1)又(2)の機械的特性の安定した加工用冷延鋼板の製造方法。
【0015】(a)鋼成分実績及び熱延条件の鋼板長手方向の実績に基づいて、熱延鋼板の結晶粒径並びに析出物の量及び大きさの鋼板長手方向分布を熱延組織予測モデルにより推定する。
【0016】(b)目的とする機械的性質を得るために必要な焼鈍板の結晶粒径を、最終的には収束計算により決定されるべき仮の析出物の大きさに基づいて組織-材質モデルにより算出する。
【0017】(c)前記熱延鋼板の鋼成分実績と前記手順(a)による推定値(熱延鋼板の結晶粒径並びに析出物の量及び大きさの鋼板長手方向分布)及び前記手順(b)による算出値(焼鈍板の結晶粒径)と仮の析出物の大きさに加えて冷延率の実績値及び急速加熱前後の焼鈍条件に基づいて、再結晶・粒成長モデルにより、焼鈍最高到達温度と焼鈍板の析出物の大きさを算出する。
【0018】(d)焼鈍板の結晶粒径と焼鈍板の析出物の大きさの間で、目的とする機械的性質の公差内まで前記手順(b)と前記手順(c)を用いて収束計算する。」
「【0036】次に、材質予測モデルについて説明する。
【0037】図1は、材質予測モデルの模式図である。熱延組織予測モデルでは、鋼成分、熱延・冷却条件を与えることにより、熱延鋼板の結晶粒径と析出物の量と大きさを定量的に求める。再結晶・粒成長モデルは、成分、熱延組織予測モデルの計算結果、冷延率、焼鈍条件により焼鈍板の粒径と析出物の量と大きさを定量的に求める。組織-材質モデルは、成分、再結晶・粒成長モデルの計算結果よりYP、El、r値などの機械的特性を予測する。
【0038】本発明の制御では、製鋼や熱延の操業条件のバラツキにより生じた熱延板の結晶粒径と析出物の量と大きさを熱延組織予測モデルで定量的に求める。一方、組織-材質モデルで、目的とする機械的性質を得るに必要な焼鈍板の結晶粒径を求める。その際、析出物の大きさは仮の値を入れておく。
【0039】次に、再結晶・粒成長モデルに、成分、熱延鋼板の結晶粒径と析出物の量と大きさ、焼鈍後の結晶粒径、急速加熱開始温度、急速加熱前の昇温パターン、急速加熱パターン、急速加熱後の冷却パターンをインプットして最高到達温度と析出物の大きさを求める。
【0040】この析出物の大きさを組織-材質モデルに入れて機械的性質を求め、目標とする特性との差が許容値以下であれば計算を終わる。もし、許容値を越えていれば、この析出物の大きさを組織-材質モデルに入れて目標とする機械的性質を得るのに必要な焼鈍板の結晶粒径を求める。そして、機械的性質の要求値と計算値の差が許容値に入るまで上記の操作を繰り返す。」
「【0048】
【実施例】図2は、本発明の材質制御を行なった本発明例(実線)と、行なわなかった比較例(点線)のコイル全長のr値を共振型電磁超音波を利用したr値測定センサーで測定した結果を示す。破線は設定値である。図2から明らかなように、材質予測モデルを用いた本発明の製造方法によりr値はほぼ設定値と一致し、コイル全長において大きなバラツキは見られなかった。一方、比較例では設定値からの乖離が大きく、特にコイルの両端部で著しいr値の低下が見られた。このように材質の大きなバラツキが生じると、実測の最低値を基準に鋼板のグレードを決定し商品化するため、製造コストの無駄を生じる。・・・」
「【0054】表3は、表1の鋼を用いて本発明により材質制御を適正に行なったときと、そうしなかったときの圧延方向の試験片より測定したYP、TS、El、r値の平均値からのずれの最大絶対値を示す。測定点は板幅の中心部で、ほぼ等間隔に20点取った。・・・」
「【図1】
[図:0001422402000001.jpg]
【図2】
[図:0001422402000002.jpg]
」
イ 甲4から理解できる事項
(ア)甲4の段落【0012】より、甲4には、鋼を熱延、酸洗、冷延した後に、連続焼鈍する際に、熱延条件の鋼板長手方向の実績変動に応じて、鋼板長手方向位置毎に所定の焼鈍最高到達温度まで昇温して焼鈍することにより、鋼の要求材質を得るようにする冷延鋼板の製造方法が記載されている。
(イ)甲4の段落【0012】、【0014】~【0018】、【0036】~【0040】及び図1等により、熱延組織予測モデル、組織-材質モデル及び再結晶・粒成長モデルを用いて、鋼板長手方向位置毎に機械的性質が公差内に収束する焼鈍最高到達温度を算出しているから、熱延組織予測モデル、組織-材質モデル及び再結晶・粒成長モデルの3つを含むモデルは、焼鈍最高到達温度と機械的性質を結びつけた材質予測モデルであるといえる。さらに、段落【0018】に「(d)焼鈍板の結晶粒径と焼鈍板の析出物の大きさの間で、目的とする機械的性質の公差内まで前記手順(b)と前記手順(c)を用いて収束計算する。」と記載され、また、段落【0040】に「機械的性質の要求値と計算値の差が許容値に入るまで上記の操作を繰り返す。」と記載されており、甲4の材質予測モデルが、熱延組織予測モデル、組織-材質モデル及び再結晶・粒成長モデルに基づいて逆解析を行い、機械的性質の計算値が機械的性質の要求値に漸近するように、焼鈍における鋼板長手方向位置毎の焼鈍最高到達温度を算出する算出部を備えるものであることが理解できる。
(ウ)甲4の段落【0015】に、「(a)鋼成分実績及び熱延条件の鋼板長手方向の実績に基づいて、熱延鋼板の結晶粒径並びに析出物の量及び大きさの鋼板長手方向分布を熱延組織予測モデルにより推定する」との記載があることから、甲4の材質予測モデルは、鋼成分実績及び熱延条件の鋼板長手方向の実績に基づいて予測を行うモデルであるといえる。
(エ)甲4の段落【0012】に、「熱延条件の鋼板長手方向の実績変動に応じて鋼板長手方向位置毎に予め決定した750℃以上910℃以下の焼鈍最高到達温度まで昇温して焼鈍することにより要求材質を得る」との記載があることなどから、甲4の材質予測モデルが、焼鈍最高到達温度を出力する出力部を備えることは明らかである。
ウ 甲4発明
上記ア~イから、甲4には、以下の発明(以下「甲4発明」という。)が開示されていると認められる。
<甲4発明>
「熱延、酸洗、冷延及び焼鈍を経て生産され、熱延後に焼鈍を要する冷延鋼板の焼鈍最高到達温度を算出する材質予測モデルであって、
前記焼鈍までの完了で確定した、鋼成分実績及び熱延条件の鋼板長手方向の実績と、焼鈍最高到達温度と機械的性質を結びつけた熱延組織予測モデル、組織-材質モデル及び再結晶・粒成長モデルの3つを含む材質予測モデルとに基づき逆解析を行い、機械的性質の計算値が機械的性質の要求値に漸近するように、焼鈍における鋼板長手方向位置毎の焼鈍最高到達温度を算出する算出部と、
該算出部で算出した鋼板長手方向位置毎の焼鈍最高到達温度を出力する出力部と、
を有し、
前記鋼成分実績及び熱延条件の鋼板長手方向の実績は、熱延条件の鋼板長手方向の実績を含み、
前記算出部は、熱延条件の鋼板長手方向の実績に基づき、焼鈍における前記焼鈍最高到達温度を、前記鋼板長手方向位置毎について算出する、冷延鋼板の材質予測モデル。」
(2)甲4発明と本件発明1との対比
甲4発明を、本件発明1と対比する。
甲4発明の「熱延、酸洗、冷延及び焼鈍」は、本件発明1の「複数の工程での処理」に相当し、以下同様に、「熱延後」は「熱間圧延後」に、「焼鈍」は「熱処理」及び「前記所定工程の後の工程のうちの少なくとも1つ以上の工程」に、「焼鈍までの完了」が「複数の工程のうちの所定工程までの完了」に、「焼鈍最高到達温度」及び「鋼板長手方向位置毎の焼鈍最高到達温度」は甲4の段落【0012】等の記載に鑑みれば「製造仕様」に、「算出する」ことは「決定を支援する」こと又は「探索する」ことに、「材質予測モデル」は焼鈍最高到達温度(製造仕様)を決定するためにコンピュータで使用されるものであることに照らせば「製造仕様決定支援装置」に、「鋼成分実績及び熱延条件の鋼板長手方向の実績」は「前記所定工程までの工程のうちの少なくとも1つ以上の製造実績データ」に、「焼鈍最高到達温度と機械的性質を結びつけた熱延組織予測モデル、組織-材質モデル及び再結晶・粒成長モデルの3つを含む材質予測モデル」は「製造仕様および材料特性を結びつけた予測モデル」に、「機械的性質の計算値」は「材料特性の推定値」に、「機械的性質の要求値」は「所望の値」に、「算出部」は「探索処理部」にそれぞれ相当する。
また、甲4発明の「冷延鋼板」と、本件発明1の「厚鋼板」とは、「鋼板」である点では共通している。
また、甲4発明の「熱延条件の鋼板長手方向の実績」と、本件発明1の「長手位置、幅位置および厚み位置を含む所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データ」とは、「所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データ」である点では共通している。
以上から、本件発明1と甲4発明とは、以下の点で一致し、以下の点で相違する。
<一致点>
「複数の工程での処理を経て生産され、熱間圧延後に熱処理を要する鋼板の製造仕様の決定を支援する製造仕様決定支援装置であって、
前記複数の工程のうちの所定工程までの完了で確定した、前記所定工程までの工程のうちの少なくとも1つ以上の製造実績データと、製造仕様および材料特性を結びつけた予測モデルとに基づき逆解析を行い、材料特性の推定値が所望の値に漸近するように、前記所定工程の後の工程のうちの少なくとも1つ以上の工程における製造仕様を探索する探索処理部と、
該探索処理部で探索した製造仕様を出力する出力部と、
を有し、
前記製造実績データは、所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データを含み、
前記探索処理部は、所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データに基づき、前記所定工程の後の工程のうちの少なくとも1つ以上の工程における前記製造仕様を、前記所定の鋼板位置ごとについて探索する、鋼板の製造仕様決定支援装置。」
<相違点1>
鋼板が、本件発明1では「厚鋼板」であるのに対し、甲4発明では「冷延鋼板」である点。
<相違点2>
製造実績データを収集する所定の鋼板位置が、本件発明1は、「長手位置、幅位置および厚み位置を含む」のに対し、甲4発明は、「長手方向」の位置であり、「長手位置、幅位置および厚み位置を含む」か不明である点。
(3)判断
上記各相違点について検討する。
ア 相違点1について
複数の工程を経て生産される鋼板の厚さをどの程度とするかは、鋼板の用途などに応じた設計事項であるから、甲4発明における「冷延鋼板」を「厚鋼板」に変更することは、当業者にとっての設計事項の範ちゅうにすぎず、それに伴い冷延鋼板の予測モデルを厚鋼板に適用することは当業者が容易になし得たことである。
ここで、厚鋼板を製造する工程について、熱間圧延工程後に焼鈍工程を行って厚鋼板を製造することはよく知られているところ(例えば、本件明細書等の段落【0025】などを参照。)、甲4発明も、熱延後に焼鈍を行って鋼板(冷延鋼板)を製造するものであり、さらに甲4発明は、熱延工程における操業上の外乱による最終製品の材質のバラツキを、焼鈍パターンを変化させる(焼鈍における焼鈍最高到達温度を、鋼板長手方向位置毎について算出する)ことにより解決するもの(甲4の段落【0004】、【0005】等を参照。)であるから、同じく、熱間圧延工程と焼鈍工程を備える厚鋼板の製造に甲4発明の材質予測モデルを適用することに格別の困難性は見当たらない。
イ 相違点2について
(ア)本件発明1における「製造実績データ」の「収集」について、本件明細書には、具体的な実施例として、
(実施例1)
「材料特性実績として、最終製品厚鋼板の長手端部より幅1/4位置、厚1/4位置からJIS4号試験片を採取し、降伏強度YS、引張強度TS、伸びEL、降伏比YR(=YS/TS)を引張試験で取得し、同じ位置より、シャルピー試験で、試験温度と靭性試験値を取得し、学習に供した。学習データ数は欠損データ等のノイズを除去した計1520のサンプルを用いた。」(段落【0068】)、
(実施例2)
「材料特性実績として、最終製品厚鋼板の長手端部(先端および尾端)より幅1/4位置、厚1/2位置からASTM規格に準じた試験片を採取し、引張強度TSを測定し、同位置より試験片採取方向C方向、試験温度を-40℃としたときの靭性を測定し、学習に供した。学習データ数は欠損データ等のノイズを除去した計415のサンプルを用いた。」(段落【0073】)
と記載され、これら「製造実績データ」の収集による実験により、
「一方、本実施形態に基づき最適化した熱処理条件は、焼戻し処理の前までの工程の製造仕様実績と予測モデルから、先端および尾端それぞれに最適な焼戻し温度および均熱時間を与えて行うものである。・・・その結果、図7に示すように、製品長手先端および尾端から採取した試験片のいずれも合格範囲に精度よく制御できていた。」(段落【0075】)
と記載されている。
(イ)これら「製造実績データ」の「収集」についての実施例の記載から、本件発明1の「長手位置、幅位置および厚み位置を含む所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データ」とは、予め定めた「幅位置および厚み位置」(「幅1/4位置、厚1/4位置」及び「幅1/4位置、厚1/2位置」)で、長手方向に所定間隔ごとに離れた「長手位置」ごとに試験片を採取して得られた製造実績データを含むもの、すなわち「幅位置および厚み位置」は固定された所定の「長手位置」ごとに収集された製造実績データを含むものであると解される。
(ウ)他方、甲4の段落【0054】には、「表3は、表1の鋼を用いて本発明により材質制御を適正に行なったときと、そうしなかったときの圧延方向の試験片より測定したYP、TS、El、r値の平均値からのずれの最大絶対値を示す。測定点は板幅の中心部で、ほぼ等間隔に20点取った。」と記載されているから、甲4にも、予め定めた「幅位置」(板幅の中心部)で、長手方向に所定間隔ごとに離れた「長手位置」ごとに試験片を採取して得られた製造実績データは記載されているといえる。
(エ)また、甲4発明は、「鋼板長手方向の材質の均一性に問題があった」(甲4の段落【0008】)ことを課題としているのであるから、「鋼板長手方向」の位置と「材質の均一性」という2つの要因の関係が明らかとなるように、鋼板の長手方向以外の方向に関して幅位置及び厚み位置の条件を同じくして試験片を採取することは、当業者が容易になし得るものといえる。
(オ)したがって、甲4発明において、熱延条件の鋼板長手方向の実績(製造実績データ)について、予め定めた「幅位置」(板幅の中心部)で、長手方向に所定間隔ごとに離れた「長手位置」ごとに、厚み位置を考慮した上で同じ厚み位置から試験片を採取して得られたもの、すなわち長手位置、幅位置及び厚み位置を含む所定の鋼板位置ごとに収集されたものとし、相違点2に係る本件発明1とすることは、当業者が容易になし得ることである。
(4)特許権者意見書における、本件発明1の進歩性についての特許権者の意見の検討
ア 意見の概要
(ア)決定の予告で、「焼鈍最高到達温度と機械的性質を結びつけた熱延組織予測モデル、組織-材質モデル及び再結晶・粒成長モデルの3つを含む材質予測モデル」は「製造仕様および材料特性を結びつけた予測モデル」に相当するとした認定は誤りであり、相違点とすべきである。甲4の特許出願の審査過程において、実施可能要件違反の拒絶理由(乙2)が通知され、拒絶査定(乙3)がされている。加えて、製造仕様である「焼鈍最高到達温度」と材料特性である「YP、El、r値」とは異なるモデルで算出しており、直接結び付けてはおらず、析出物の粒径でモデル間をつなげているものである。甲4発明により課題を解決するには、当業者は「材質予測モデル」を特定するために、過度の試行錯誤をせざるを得ず、そのような甲4発明に基づいて当業者が本件発明を想到するのは容易ではない(特許権者意見書9~10ページ)。
(イ)厚鋼板の板厚範囲は6.0~200.0mm(乙4)であり、冷延鋼板の板厚の上限は3.2mmである(乙5)。冷延鋼板の材料試験において、全厚で試験することを想定しており、厚さ方向の材質バラツキは考慮されない(乙6)のに対し、厚鋼板では、厚さ位置でのバラツキが製品の材料特性の合否を決める場合があり、厚さ方向特性の試験条件が定められている(乙7)。当業者は、冷延鋼板を製造するにあたり鋼板長手方向位置毎に収集された製造実績データしか用いない甲4発明から、本件発明を想到するのが容易ではない(特許権者意見書10~11ページ)。
イ 主張に対する検討
(ア)上記ア(ア)について検討する。
甲4発明の「焼鈍最高到達温度と機械的性質を結びつけた熱延組織予測モデル、組織-材質モデル及び再結晶・粒成長モデルの3つを含む材質予測モデル」は、甲4の段落【0013】~【0018】及び図1を参酌すれば、焼鈍最高到達温度と機械的性質を結びつけていることは明らかであり、また、本件発明1において、「予測モデル」について「製造仕様および材料特性を結びつけた予測モデル」と記載されている程度であり、予測モデルが具体的に特定されているわけではなく、単一のモデルであることも特定されていないのであるから、甲4発明の上記のモデルが、本件発明1の「製造仕様および材料特性を結びつけた予測モデル」に相当するとの判断に誤りはない。
また、甲4発明について求められるのは,公知技術であるということに尽き,その実施が可能かどうかとは関係がないというべきであるし、甲4発明が仮に実施不能であるとしても、そこに一定の技術思想が記載されていれば,その思想を対比の対象とすることに妨げはないというべきである。
さらに、甲4には、「焼鈍最高到達温度と機械的性質を結びつけた熱延組織予測モデル、組織-材質モデル及び再結晶・粒成長モデルの3つを含む材質予測モデル」について、その段落【0013】~【0018】及び図1に、それぞれのモデルに対する入力と出力は示されており、本件特許の優先日時点において、入力に対する出力を予測するモデルを機械学習などの手法により作成できることが一般的に知られていたことに鑑みれば、本件特許の優先日時点において、甲4発明が実施できないとか、過度の試行錯誤を要するとまではいうことはできない。
(イ)上記ア(イ)について検討する。
「製造実績データ」に関連して、本件発明1に「長手位置、幅位置および厚み位置を含む所定の鋼板位置ごとに収集された製造実績データ」と特定されているところ、当該発明特定事項は、本件明細書の実施例の記載を参酌すれば、予め定めた「幅位置および厚み位置」(「幅1/4位置、厚1/4位置」及び「幅1/4位置、厚1/2位置」)で、長手方向に所定間隔毎に離れた「長手位置」毎に試験片を採取して得られた製造実績データを含むものである。
そして、上記(3)イ(ウ)~(オ)に説示したとおり、甲4には、予め定めた「幅位置」(板幅の中心部)で、長手方向に所定間隔ごとに離れた「長手位置」ごとに試験片を採取して製造実績データを得ることが記載されているところ、甲4発明の課題(段落【0008】)に鑑みれば、「鋼板長手方向」の位置と「材質の均一性」という2つの要因の関係が明らかとなるように、鋼板の長手方向以外の方向に関して幅位置及び厚み位置の条件を同じくして試験片を採取することは、当業者が容易になし得ることである。
よって、甲4発明において、熱延条件の鋼板長手方向の実績(製造実績データ)について、予め定めた「幅位置」(板幅の中心部)で、長手方向に所定間隔ごとに離れた「長手位置」ごとに、厚み位置を考慮した上で同じ厚み位置から試験片を採取して得られたもの、すなわち長手位置、幅位置及び厚み位置を含む所定の鋼板位置ごとに収集されたものとすることは、当業者が容易になし得たものである。
また、甲4の段落【0004】には、熱延工程による熱延板内部の組織が最終製品の材質のバラツキの原因になる旨が記載されているとともに、厚鋼板においては厚さ方向にも材質の均一性が要求されることは技術常識である(必要ならば、参考資料2の段落【0008】、【0013】等を参照されたい。)から、仮に冷延鋼板において厚さ方向の材質の均一性が問われないとしても、甲4発明を厚鋼板の製造に適用した際には当該均一性が問われることは自明な事項であり、熱延板の厚み位置を考慮して実績を収集することは当業者が容易になし得るものともいえる。
(ウ)よって、特許権者の主張は採用できない。
(5)小括
以上により、本件発明1は、甲4発明に基づいて、当業者が容易になし得たものであり、請求項1に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
2 本件発明2について
本件発明2の発明特定事項は、実質的に甲4に開示されている(上記1(1)イ(イ)を参照。)。
以上から、本件発明2は、甲4発明に基づいて、当業者が容易になし得たものであり、請求項2に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
3 本件発明3、4について
甲4の焼鈍最高到達温度と機械的性質を結びつけた材質予測モデル(熱延組織予測モデル、組織-材質モデル及び再結晶・粒成長モデルの3つを含むモデル)は、熱延条件の鋼板長手方向の実績を入力として、機械的性質と結びつけられた焼鈍最高到達温度を出力とするものであるから(上記1(1)イ(イ)を参照。)、当該材質予測モデルが、過去に製造された鋼板についての熱延条件の鋼板長手方向の実績と鋼板長手方向位置毎に収集された機械的性質の実績とに基づいて作成されることは自明ないし当業者が容易になし得ることである。
以上から、本件発明3、4は、甲4発明に基づいて、当業者が容易になし得たものであり、請求項3、4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
4 本件発明5について
甲4には、「焼鈍最高到達温度と機械的性質を結びつけた熱延組織予測モデル、組織-材質モデル及び再結晶・粒成長モデルの3つを含む材質予測モデル」について、その段落【0013】~【0018】及び図1に、それぞれのモデルに対する入力と出力は示されており、当該材質予測モデルを、適宜の機械学習モデルとすることは、当業者にとっての設計事項の範ちゅうにすぎない。
以上から、本件発明5は、甲4発明に基づいて、当業者が容易になし得たものであり、請求項5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
5 本件発明6~8について
本件発明6~8は、本件発明1と同様の発明特定事項を備えるものであり、実質的に、本件発明1に対してそのカテゴリーのみが相違する方法の発明又は方法を実施するために用いるコンピュータプログラムもしくはそれを記録した記録媒体に係る発明であると認められるから、本件発明6~8は、上記1で説示したのと同様の理由により、甲4発明に基づいて、当業者が容易になし得たものである。
以上から、本件発明6~8は、甲4発明に基づいて、当業者が容易になし得たものであり、請求項6~8に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
6 本件発明9、10について
甲4の実施例等には、鋼板を製造することが記載されているから、本件発明9、10は、上記1、2で説示したのと同様の理由により、甲4発明に基づいて、当業者が容易になし得たものである。
以上から、本件発明9、10は、甲4発明に基づいて、当業者が容易になし得たものであり、請求項9、10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
第6 むすび
以上のとおり、本件発明1~10は、甲4発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。そうすると、本件発明1~10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
したがって、請求項1~10に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
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2023-701291