特許異議申立
2023-701266
2-シアノアクリレート系接着剤組成物
- 審判番号
- 2023-701266
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2018-135226
- 登録番号
- 7293584
- 請求日
- 2023年11月30日
- 審決日
- 2024年07月11日
- 公報発行日
- 2024年08月30日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】東亞合成株式会社
- 【権利者代理人】井出 正威
- 【異議申立人】落合 克弘
- 審判長/審判官
- 審判長 門前 浩一
- 審判官 弘實 由美子
- 審判官 関根 裕
- 分類
- P1651.121-Y (C09J) / P1651.536-Y (C09J)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第4項第1号、特許法第113条第1項第2号、特許法第113条第1項第4号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7293584号発明「2-シアノアクリレート系接着剤組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7293584号の請求項1~4に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7293584号(以下「本件特許」という。)の請求項1~4に係る特許についての出願は、平成30年7月18日の出願(以下、「本願」という。)であって、令和5年6月12日に特許権の設定登録(請求項の数4)がされ、同年同月20日に特許掲載公報が発行された。その後、同年11月30日に特許異議申立人 落合 克弘(以下「申立人」という。)により、請求項1~4に係る特許に対して特許異議の申立てがされ、当審は、令和6年3月27日付けで取消理由を通知し、特許権者は、その指定期間内である同年5月28日に意見書の提出を行った。
第2 本件発明
本件特許の請求項1~4に係る発明(以下「本件発明1」~「本件発明4」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1~4に記載された、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
(A)下記一般式(1)により表される2-シアノアクリル酸エステル100質量部、及び、(B)包摂化合物0.1~10質量部を含有し、
前記包摂化合物(B)に含まれるアルカリ金属の量が100ppm以下であり、
前記包摂化合物(B)がクラウンエーテルである、2-シアノアクリレート系接着剤組成物。
【化1】
[図:0001413346000001.jpg]
[式(1)中、Rは炭素数1~10のアルキル基、アルケニル基又はアルコキシアルキル基である。]
【請求項2】
前記包摂化合物がジベンゾ-18-クラウン-6である、請求項1に記載の2-シアノアクリレート系接着剤組成物。
【請求項3】
前記包摂化合物(B)に含まれるアルカリ金属の量が10ppm以下である、請求項1又は2に記載の2-シアノアクリレート系接着剤組成物。
【請求項4】
さらに(C)増粘剤を含有する、請求項1~3のいずれかに記載の2-シアノアクリレート系接着剤組成物。」
第3 異議申立理由の概要
申立人は、証拠として後記2の甲第1号証~甲第4号証を提出し、後記1の異議申立理由(以下「異議申立理由1」等という。)によって、本件発明1~4に係る特許を取り消すべきものである旨を主張している。
1 異議申立理由
異議申立理由1.特許法第29条第2項(進歩性欠如)について
本件発明1~4は、甲第1号証に記載された発明と、甲第1号証及び甲第2号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許は特許法第113条第1項第2号の規定により取消されるべきである。
異議申立理由2.特許法第36条第4項第1号(実施可能要件違反)について
本件特許の発明の詳細な説明は、本件発明1~4について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、特許法第36条第4項第1号に規定された要件を満たさないものであるから、本件特許は特許法第113条第1項第4号の規定により取消されるべきである。
2 証拠方法
甲第1号証:特開昭53-129231号公報
甲第2号証:特開2000-290600号公報
甲第3号証:特開平1-252637号公報
甲第4号証:特開2014-167097号公報
第4 取消理由通知に記載した取消理由について
当審にて、令和6年3月27日付けで特許権者に通知した取消理由通知の概要は以下のとおりである。
取消理由1(進歩性)
本件発明1~4は、甲第1号証に記載された発明と、甲第1号証及び甲第2号証に記載された事項に基づいて、本願の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1~4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
第5 前記第4における理由1(進歩性)についての判断
1 甲号証の記載について
(1)甲第1号証(以下、「甲1」という。)
本願の出願日前に頒布された、特開昭53-129231号公報(甲1)には、図面とともに以下の技術事項が記載されている。(下線は当審で付与した。以下同様。)
ア 特許請求の範囲
「1.a-シアノアクリレートにクラウンエーテル類及びその類縁体から選ばれた少なくとも1種のクラウン化合物を配合して成る接着剤組成物。」
イ 第2頁左下欄第18行~右下欄第5行
「本発明者等は、これらの従来技術に対して、最も簡単にしかも他に悪影響を与えることなく、セツトタイムを促進させる方法について鋭意検討した結果、クラウン化合物をα-シアノアクリレート系接着剤に含有させることによりセツトタイムを著しく促進し、かつ保存安定性は従来品と殆ど変化しないことを見出し、本発明を完成した。」
ウ 第3頁左上欄第18行~右上欄第8行
「増粘剤はα-シアノアクリレートモノマーは概して、数センチポイズ程度の低粘度であるため、木材、皮革などの浸透性材料の接着にあるいはクリアランスの大きな被着材の場合などは浸透性が生じ、良好な接着力が得にくいため、一般に接着剤の高粘度化が企てられ、種々のポリマーが添加される。増粘剤としてはポリメチルメタクリレート、メタクリル系共重合体、アクリルゴム、セルローズ誘導体、ポリ酢酸ビニル、ポリα-シアノアクリレートなどが使用される。」
エ 第4頁左上欄第3行~左下欄第1行
「本発明に使用することのできるクラウン化合物の代表例を挙げると、例えば次のものがある。
(3)15-クラウン-5、
(4)1B-クラウン-5、
(5)ジベンゾ-18-クラウン-6、
(6)ベンゾ-15-クラウン-5、
・・・(略)・・等々。」
オ 第4頁右下欄下から9行~第5頁右上欄第2行
「α-シアノアクリレート系接着剤中のクラウンエーテル化合物がいかなる理由で、貯蔵安定性をそこなわないでセツトタイムを促進するか明確な理論は明らかでないが、推察するにα-シアノアクリレート系接着剤中のクラウン化合物が被着材表面、例えば金属、金属酸化物あるいは水分などと反応することにより、表面のカチオンをクラウン化合物の環内にとり込むため接着表面はアニオンが過剰となり、急激なアニオン重合が生ずるためか、あるいはα-シアノアクリレート系接着剤中のカチオンをクラウン化合物の環内にとり込み、またはクラウン化合物によりカチオンが、α-シアノアクリレート系接着剤中にとり込まれ、裸のアニオンが生成し、接着時にこの裸のアニオンが被着材表面の水分で更に活性化されて、重合硬化を急激に開始するものと推定する。
α-シアノアクリレート系接着剤中に含有されるクラウン化合物の量は、貯蔵安定性を阻害せず、かつセツトタイムを促進する範囲で特に制限はないが、一般的には0.1ppmから10%程度の範囲で含有することができる。更に好ましくは10ppmから5%の範囲が望ましい。若干の変化はあるが、一般的に含有量が0.1ppmより少ない場合は、セツトタイムの促進効果が少なく、逆に10%を超える場合はα-シアノアクリレート系接着剤の保存中のゲル化を促進する場合が多く、接着剤の貯蔵安定性を低下させることがある。含有量が0.1ppmから10%の範囲においては極めて早いセツトタイムと良好な貯蔵安定性がバランスされる。」
カ 第5頁右上欄第8行~第6頁左下欄下から1行
「次に実施例及び比較例をあげて本発明を更に詳しく説明する。
実施例中の部及び%はすべて重量に基くものであり、測定法は次の方法によった。
(1)セツトタイム測定
日本接着剤工業会規格JAI-4「α-シアノアクリレート系接着剤試験方法」のセツトタイム試験方法に準じた。但し、試験片の形状及び寸法は5×20(接着面)×35mmのものを使用し、試験片が木材の場合は12.7×12.7×38mmのものを用い、木目と平行な板目面でのセツトタイムを測定した。また木材の含水率はKett木材水分計により測定した。
(2)圧縮剪断接着強さ
JIS K-6852「接着剤の圧縮剪断接着強さ試験方法」に準拠して測定した。但し、試験片は12.7×12.7×38mmの寸法のものを用い板目同志を接着し、接着面積は1.61cm2とした。なお圧縮速度は20mm/minとした。
(3)引張接着強さ
セツトタイム測定と同様にJAI-4の引張接着強さの試験方法に準拠して測定した。但し、試験片の寸法は5×10(接着面)×35mmのものを用い、引張速度は20mm/minとした。
(4)貯蔵安定性
JAI-4の貯蔵安定性試験方法に準拠して70±2℃の恒温槽中に5日間放置した後の粘度変化とセツトタイムをブランクと比較して判定した。
実施例1及び比較例1
エチル-α-シアノアクリレートモノマー100部に対して、アニオン重合防止剤として二酸化イオウ50ppmとラジカル重合防止剤としてハイドロキノン200ppmを含有するα-シアノアクリレート系接着剤に、クラウンエーテルとしてジシクロへキシル-18-クラウン-6(日本曹達社製、商品名クラウンエーテルC-18)を500ppm添加し、溶解させた。ラワン材(含水率9.8%)を被着材として23℃55%RHの雰囲気下でセツトタイムを測定したところ、30秒で確実にセツトし24時間養生後の圧縮せん断強さは120kg/cm2でラワンの木質部が母材破壊した。
比較例1として、ジシクロへキシル-18-クラウン-6を添加しない同じα-シアノアクリレート系接着剤は、同様にセツトタイムは10分以上放置しても接着力が発現しなかった。
なお、実施例1、比較例1の接着剤組成物を70±2℃の貯蔵安定性試験を行い、5日以上粘度変化及びセツトタイムの変化は認められなかった。
実施例2~7及び比較例2~4
エチル-α-シアノアクリレートモノマーに二酸化イオウ50ppm及びハイドロキノン200ppmを添加溶解したα-シアノアクリレート系接着剤に表-1に示される各種のクラウン化合物を各500ppm添加した。被着材としてバルサ(含水率6.5%)を用い、20℃、35%RHの雰囲気下でセツトタイムを測定、その結果を表-1に示す。
クラウン化合物の添加により、セツトタイムは著しく促進されるが、クラウン化合物でないジエチレングリコール、ジエチレングリコールモノエチルエーテルは促進効果が殆ど認められない。
[図:0001413346000002.jpg]
実施例8~11及び比較例5
エチル-α-シアノアクリレートモノマーに、パラトルエンスルホン酸10ppm、ハイドロキノン100ppm及びメチルメタクリレートポリマー4%を添加混合して得られる20℃における粘度200cpsのα-シアノアクリレート系接着剤に15-クラウン-5(日本曹達社製、クラウンエーテル0-5)を所定量添加し溶解させた。
被着材として硬質ポリビニルクロライド板(PVC)、バルサ(含水率7.5%)、ひのき(含水率7.8%)を用いて、セツトタイム及び引張接着強さの測定を23℃、55%RHの雰囲気下で行なつた。また70±2℃における貯蔵安定性試験も実施した。その結果を表-2に示す。
[図:0001413346000003.jpg]
クラウンエーテルが添加にともないセツトタイムはいずれの材質についても促進される。」
(2)甲第2号証(以下、「甲2」という。)
本願の出願日前に頒布された、特開2000-290600号公報(甲2)には、以下の技術事項が記載されている。
「【請求項1】 (1)Li、Na、K、Rb、Cs、Ca、Sr、BaおよびAgから選ばれるいずれかの金属の塩と、(2)包接能を有する化合物、とを含有することを特徴とする2-シアノアクリレート系組成物。
【請求項2】 金属塩が、(1)無機酸、脂肪族スルホン酸、芳香族スルホン酸、脂肪族リン酸、芳香族リン酸若しくはトリハロゲン化酢酸、(2)ハロゲン原子若しくはシアノ基により置換された脂肪族スルホン酸若しくは脂肪族リン酸、(3)ハロゲン原子、シアノ基若しくはアルキル基により置換された芳香族スルホン酸若しくは芳香族リン酸から選ばれた酸と、金属とで構成されていることを特徴とする請求項1に記載の2-シアノアクリレート系組成物。
【請求項3】 包接能を有する化合物が、ポリアルキレンオキサイド類、クラウンエーテル類、シラクラウンエーテル類、カリックスアレン類、シクロデキストリン類またはピロガロール系環状化合物類の中から選択されたものであることを特徴とする請求項1または2に記載の2-シアノアクリレート系組成物。」
「【0009】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、特定の酸からなる共役塩基と特定の金属とからなる金属塩と、包接能を有する化合物とを、2-シアノアクリレートに含有させると、驚くべき事に上記問題点を尽く解消し、表面硬化性やクリアランス硬化性が極めて改善されることを見出し本発明を完成したのである。」
「【0022】なお、上に列記した金属塩は、本発明の2-シアノアクリレート系に対して1種類だけを用いても良いし、2種類以上を混合して使用しても良い。また、該金属塩としては本発明の2-シアノアクリレート系組成物のクリアランス硬化性および表面硬化性が特に向上するため、特定金属とハロゲン化物またはハロゲン化酢酸との塩が好ましく、ハロゲン化酢酸の塩の中ではトリハロゲン化酢酸の塩が更に好ましい。特に好ましい金属塩は弗化ナトリウム、塩化ナトリウム、臭化ナトリウム、弗化リチウム、塩化リチウム、臭化リチウム、トリフロロ酢酸セシウム、トリフロロメタンスルホン酸リチウムおよびトリフロロ酢酸銀である。
【0023】本発明の金属塩の2-シアノアクリレートに対する好ましい含有率は0.0001重量ppm~100重量ppmである。0.0001重量ppm未満では2-シアノアクリレートの硬化を速める能力が乏しく、100重量ppmを超えて含有させると2-シアノアクリレートの保存安定性が大きく損なわれる恐れがある。更に好ましい含有率は0.01重量ppm~20重量ppmである。この濃度は2種類以上の金属塩が使用される場合には、その総和について言えることである。
【0024】本発明の金属塩は、直接本発明の包接能を有する化合物を溶解した2-シアノアクリレートに添加し溶解させて組成物とすることもできるが、前記包接能を有する化合物をベンゼンのような不活性有機溶剤に溶解させた溶液に対して本発明の金属塩を添加し、溶液としたものを2-シアノアクリレートに混合した方が溶解が早くて好ましい。この際に使用される不活性有機溶剤とはベンゼン、ニトロベンゼン、アセトニトリルまたはシアノ酢酸エチル等が好ましい。アルコールやTHF等はゲル化を誘発するため好ましくない。
【0025】◎包接能を有する化合物
本発明の包接能を有する化合物は、金属イオンまたはヒドロニウムイオンのような無機カチオンや、一級アンモニウムイオンのような有機カチオンを取り込み、対アニオンの活性化ができる化合物で、2-シアノアクリレート系組成物の硬化促進剤として従来知られているもので、その代表的なものとしては、ポリアルキレンオキサイド類、クラウンエーテル類、シラクラウンエーテル類、カリックスアレン類、シクロデキストリン類、およびピロガロール系環状化合物類が挙げられる。」
「【0032】(クラウンエーテル類)クラウンエーテルとしては、例えば特公昭55-2236号、特開平3-167279号等で既に開示されているものが挙げられる。好ましい例としては、15-クラウン-O-5、18-クラウン-O-6、ベンゾ-12-クラウン-O-4、ベンゾ-15-クラウン-O-5、ベンゾ-18-クラウン-Oー6、ジベンゾ-18-クラウン-O-6、ベンゾ-15-クラウン-O-5、ジベンゾ-24-クラウン-O-8、ジベンゾ-30-クラウン-O-10、トリベンゾ-18-クラウン-O-6、asym-ジベンゾ-22-クラウン-O-6、ジベンゾ-14-クラウン-O-4、ジシクロヘキシル-24-クラウン-O-8、シクロヘキシル-12-クラウン-O-4、1,2-デカリル-15-クラウン-O-5、1,2-ナフト-15-クラウン-O-5、3,4,5-ナフチル-16-クラウン-O-5、1,2-メチルベンゾ-18-クラウン-O-6、1,2-tert-ブチル-18-クラウン-O-6、1,2-ビニルベンゾ-15-クラウン-O-5および1,2-ベンゾ-1,4-ベンゾ-5-オキシゲン-20-クラウン-7等が挙げられる。」
「【0040】本発明の包接能を有する化合物は、2-シアノアクリレートに対し1種類だけを用いても良いし、2種類以上を混合して使用しても良い。該包接能を有する化合物の中では、一般的にクラウンエーテル類が、2-シアノアクリレート系組成物のクリアランス硬化性および表面硬化性を向上させる効果が大きいので好ましい。また、個々の化合物では、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールモノアクリレート、ポリエチレングリコールジアクリレート、ポリエチレングリコールモノメタクリレート、ポリエチレングリコールジメタクリレート、18-クラウン-O-6、ベンゾ-18-クラウン-O-6、4-tert-ブチルカリックス[4]アレン-0,0’,0’’,0’’’-テトラアセチックアシッドテトラエチルエステルおよび3,4,5,10,11,12,17,18,19,24,25,26-ドデカエトキシカルボメトキシ-C-1、C-8、C-15、C-22-テトラメチル[1 4]-メタシクロファンが、2-シアノアクリレート系組成物のクリアランス硬化性および表面硬化性を向上させる効果が大きいので好ましい種類である。該ホスト化合物の添加量は、2-シアノアクリレート系組成物に対して、10重量ppm~10重量%が好ましく、更に好ましくは100重量ppm~1重量%である。10重量ppm未満だと、本発明の2-シアノアクリレート系組成物に十分な速硬化性が得られ難く、一方、10重量%を超えると貯蔵安定性が著しく低下するようになる。この濃度は2種類以上のホスト化合物が使用される場合には、その総和について言えることである。」
「【0050】
【作用】本発明の2-シアノアクリレート系組成物は、ポッティング剤、充填剤または瞬間接着剤として使用される場合において、被着体と被着体との間にすきまがあったり、はみ出た部分においても、短時間で硬化できるものである。その理由は定かではないが、金属塩が包接能を有する化合物に包接されることにより金属カチオンと共役塩基に電離し、この共役塩基が2-シアノアクリレート中のプロトンと反応するために、2-シアノアクリレートの酸分が減少することにより硬化性が向上すると推定される。」
「【0051】
【実施例】以下、実施例および比較例により更に詳しく本発明を説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものでない。評価の方法は以下の通りにして行った。
○クリアランスセットタイム(クリアランス硬化性)
直径6mm×深さ0.5mmの窪みのあるポリエチレン製板の窪みの部分に、テストピースの底部の隙間からの接着剤の洩れを防止するために、DOP(ジオクチルフタレート)を数滴垂らした。その上に100gの、直径6.95mm×深さ20mmの穴のある円筒状のアルミニウム製テストピースを置いた。その穴の中に直径6.55mm×高さ40mmの円筒状のアルミニウム製ピンを、テストピースの内壁に触らないように入れた。2-シアノアクリレート系組成物を、テストピースとピンの隙間に流し込み、所定時間放置してピンの部分をつかんで引張りあげ、いっしょに持ち上がるまでの時間をクリアランスセットタイムとした。
【0052】実施例1
塩化ナトリウム、ニトロベンゼンおよび18-クラウン-O-6を、含有率がそれぞれ0.1重量ppm、200重量ppmおよび200重量ppmになるようにエチル-2-シアノアクリレートと混合して接着剤組成物を調製し、前述の評価を行った。結果を表1に示した。
【0053】実施例2
塩化リチウム、ニトロベンゼンおよび18-クラウン-O-6を、含有率がそれぞれ0.1重量ppm、200重量ppmおよび200重量ppmになるようにエチル-2-シアノアクリレートと混合して接着剤組成物を調製し、前述の評価を行った。結果を表1に示した。
【0054】実施例3
沃化カリウム、ニトロベンゼンおよび18-クラウン-O-6を含有率がそれぞれ0.1重量ppm、200重量ppmおよび200重量ppmになるようにエチル-2-シアノアクリレートと混合して接着剤組成物を調製し、前述の評価を行った。結果を表1に示した。」
「【0073】比較例6
18-クラウン-O-6を含有率が500重量ppmになるようにイソプロピル-2-シアノアクリレートと混合して接着剤組成物を調製し、前述の評価を行った。結果を表1に示した。
【0074】比較例7
18-クラウン-O-6を含有率が500重量ppmになるようにエチル-2-シアノアクリレートと混合して接着剤組成物を調製し、前述の評価を行った。結果を表1に示した。」
「【0079】
【表1】
[図:0001413346000004.jpg]
」
(3)甲第3号証(以下、「甲3」という。)
本願の出願日前に頒布された、特開平1-252637号公報(甲3)には、以下の技術事項が記載されている。
第2頁左上欄第17行-第20行
「アルカリ金属イオン錯体において、アルカリ金属イオンを捕捉することにより対アニオンを活性化する作用がクラウンエーテルにおいて見いだされている。」
(4)甲第4号証(以下、「甲4」という。)
本願の出願日前に頒布された、特開2014-167097号公報(甲4)には、以下の技術事項が記載されている。
「【0028】
本発明の接着剤組成物は、「包摂能を有する化合物(C)」を含有する。ここで、包摂能を有する化合物とは、金属イオン又はヒドロニウムイオンのような無機カチオンや、一級アンモニウムイオンのような有機カチオンを取り込み、対アニオンの活性化ができる化合物で、2-シアノアクリレート系接着剤組成物の硬化促進剤として従来知られているものである。」
2 甲号証に記載された発明
甲1の第6頁の実施例11に着目すると、甲1には、以下の発明が記載されているといえる。
<甲1発明>
「エチル-α-シアノアクリレートモノマーに、パラトルエンスルホン酸10ppm、ハイドロキノン100ppm及びメチルメタクリレートポリマー4%を添加混合して得られる20℃における粘度200cpsのα-シアノアクリレート系接着剤に15-クラウン-5(日本曹達社製、クラウンエーテル0-5)を1000ppm添加し溶解させた、接着剤組成物。」
3 対比・判断
(1) 本件発明1について
ア 甲1発明との対比
甲1発明の「エチル-α-シアノアクリレートモノマー」は、本件発明1の「下記一般式(1)により表される2-シアノアクリル酸エステル」に相当する。
甲1発明の「15-クラウン-5(日本曹達社製、クラウンエーテル0-5)」は、本件発明1の「包摂化合物」及び「クラウンエーテル」に相当する。
甲1発明の「15-クラウン-5(日本曹達社製、クラウンエーテル0-5)」は、「エチル-α-シアノアクリレートモノマーに、パラトルエンスルホン酸10ppm、ハイドロキノン100ppm及びメチルメタクリレートポリマー4%を添加混合して得られる20℃における粘度200cpsのα-シアノアクリレート系接着剤」に1000ppm添加されるから、エチル-α-シアノアクリレートモノマー100質量部に対して0.1質量部といえるので、本件発明1の「包摂化合物0.1~10質量部を含有し」を充足する。
そうすると、本件発明1と甲1発明とは、以下の一致点及び相違点を有するといえる。
<一致点>
「(A)下記一般式(1)により表される2-シアノアクリル酸エステル100質量部、及び、(B)包摂化合物0.1~10質量部を含有し、前記包摂化合物(B)がクラウンエーテルである、2-シアノアクリレート系接着剤組成物。
[図:0001413346000005.jpg]
」
<相違点>
包摂化合物(B)に含まれるアルカリ金属の量について、本件発明1は、「100ppm以下」であると特定するのに対し、甲1発明は、量が不明である点。
イ 相違点についての検討
甲2の請求項1には、「(1)Li、Na、K、Rb、Cs、Ca、Sr、BaおよびAgから選ばれるいずれかの金属の塩と、(2)包接能を有する化合物、とを含有することを特徴とする2-シアノアクリレート系組成物。」が記載され、【0023】には、「本発明の金属塩の2-シアノアクリレートに対する好ましい含有率は0.0001重量ppm~100重量ppmである。0.0001重量ppm未満では2-シアノアクリレートの硬化を速める能力が乏しく、100重量ppmを超えて含有させると2-シアノアクリレートの保存安定性が大きく損なわれる恐れがある。更に好ましい含有率は0.01重量ppm~20重量ppmである。この濃度は2種類以上の金属塩が使用される場合には、その総和について言えることである。」と記載され、金属塩の量を特定することにより、保存安定性を損なわずに硬化を速めることができるといえ、【0024】、【0025】には、「本発明の金属塩は、直接本発明の包接能を有する化合物を溶解した2-シアノアクリレートに添加し溶解させて組成物とすることもできるが、前記包接能を有する化合物をベンゼンのような不活性有機溶剤に溶解させた溶液に対して本発明の金属塩を添加し、溶液としたものを2-シアノアクリレートに混合した方が溶解が早くて好ましい。」、「本発明の包接能を有する化合物は、金属イオンまたはヒドロニウムイオンのような無機カチオンや、一級アンモニウムイオンのような有機カチオンを取り込み、対アニオンの活性化ができる化合物」と記載され、金属イオンは包接能を有する化合物に含まれるものといえる。
そして、甲1の第2頁左下欄第18行~右下欄第5行に、「本発明者等は、これらの従来技術に対して、最も簡単にしかも他に悪影響を与えることなく、セツトタイムを促進させる方法について鋭意検討した結果、クラウン化合物をα-シアノアクリレート系接着剤に含有させることによりセツトタイムを著しく促進し、かつ保存安定性は従来品と殆ど変化しないことを見出し、本発明を完成した。」と記載されていることから、甲1及び2は、いずれも2-シアノアクリレート及びクラウンエーテルを含む接着剤組成物に関するものであり、硬化を促進しつつ、保存安定性を損ねないことを課題とする点で共通するものといえる。
しかしながら、甲1発明において、硬化を促進しつつ保存安定性を損ねないことは、クラウン化合物をα-シアノアクリレート系接着剤に含有させることにより解決されているから、さらに硬化を促進しつつ保存安定性を損ねないようにする必要があると認めるに足る証拠はなく、甲1発明において、甲2記載の技術を採用する動機付けがあるとはいえない。
また、仮に甲1発明において、甲2記載の技術を採用し、Na等の金属塩の2-シアノアクリレートに対する含有率を、0.0001重量ppm~100重量ppmの範囲内とする、すなわち、甲1発明の「15-クラウン-5(日本曹達社製、クラウンエーテル0-5)」に対して含まれるNa等の金属塩の量を0.1重量ppm~100×103重量ppmの範囲内とすることができたとしても、さらに、100ppm以下の範囲を選択することが、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
さらに、甲3にクラウンエーテルが対アニオンを活性化することが記載され、甲4に包摂化合物が対アニオンを活性化する作用があることが記載されているとしても、甲1発明の金属塩の量を100ppm以下とする理由とはならない。
ウ 本件発明の効果について
甲2の【0023】には「本発明の金属塩の2-シアノアクリレートに対する好ましい含有率は0.0001重量ppm~100重量ppmである。0.0001重量ppm未満では2-シアノアクリレートの硬化を速める能力が乏しく、100重量ppmを超えて含有させると2-シアノアクリレートの保存安定性が大きく損なわれる恐れがある。」と記載されているところ、本件特許明細書の表1からみて、本件発明1は、包摂化合物(B)に含まれるアルカリ金属の量を「100ppm以下」とすることにより、接着剤組成物の保存安定性を損なうことなく、瞬間接着性を付与する効果を奏する(本件明細書【0022】、【0033】~【0041】実施例及び比較例)といえるから、本件発明1により奏される効果は、当業者が予測し得ない顕著なものであるといえる。
4 小括
したがって、本件発明1は、甲1に記載された発明及び甲1~4に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものではない。
(2)本件発明2~4
本件発明2~4は、本件発明1を引用し、さらに限定するものであり、前記本件発明1と甲1発明との<相違点>と同じ相違点を有するものであり、本件発明2~4は、甲1に記載された発明及び甲1~4に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものではない。
第6 取消理由通知において採用しなかった異議申立理由についての判断
1 異議申立理由2:特許法第36条第4項第1号(実施可能要件違反)について
(1)申立人は、異議申立書第7ページ~第8ページの「エ 記載不備の理由」において、下記摘記の通りの理由から、本件発明1~4は、当業者が実施できる程度に発明の詳細な説明が記載されているとはいえない旨主張する。
「エ 記載不備の理由
(ア)シアノアクリレート組成物中のカチオン残量
本件発明の審査において2023年1月12日に提出された意見書の中で、「引用文献5は、従来のクラウンエーテル等の包摂化合物の課題、すなわち、包摂能を有する化合物を配合することにより保存安定性が低下してしまうことがあったという課題(本願明細書段落0005)を何ら開示も示唆もするものではない」と主張している。しかしながら、本特許の実施例で添加している「増粘剤(重量平均分子量10万のポリメタクリル酸メチル)」にはカチオンの残量が記載されていないが、カチオンの残量が残っている場合には、引用文献5と同様の課題が発生することは明らかであり、クラウンエーテルだけカチオン残量を減らしたところで、組成物という同一の系にした場合にクラウンエーテルはカチオンを包摂する。増粘剤であってもクラウンエーテルのカチオン残量が保存安定性に影響を与えることは明確であり、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。(以下「主張(ア)」という。)
(イ)被着体の種類による影響
本件発明の審査において2023年1月12日に提出された意見書で「クラウンエーテルは、2-シアノアクリレート接着剤が金属面等に接触した場合に表面のカチオンを化合物内に取り込んでアニオンを発生させてアニオン重合を促進させるものであり、クラウンエーテルのアニオン捕捉能を高めるためにアルカリ金属含有量の低いものを使用することが推奨される」と主張している。しかしながら、必ずしも被着体にイオン化する成分を含んでいるとも限らないし、また、イオン化の度合いも異なる。本特許の段落0031に記載の「1.2.瞬間接着性(セットタイム)」では試験片として紙が使用されており、製造過程でナトリウム塩が残留することが知られている。特定の被着体にしかその効果が確認されておらず、その他の被着体にまでその効果を確認しておらず、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。」(以下「主張(イ)」という。)
(2)上記主張(ア)のシアノアクリレート中のカチオン残量について検討すると、本件明細書の【0033】に記載される「増粘剤(ポリメタクリル酸メチル)」についてカチオンの含量は記載されていないところ、通常ポリメタクリル酸メチルにはカチオンを含んでいないから、主張(ア)は採用できない。また、上記主張(イ)の被着体の種類による影響について検討すると、本件発明1~4は接着剤組成物であるところ、本件明細書の【0031】、【0040】、【表1】に記載されるように少なくとも「紙」に対し接着力を有することが理解できる。そして、被着対象に接着力を有することが推認できるから、本件特許の発明の詳細な記載は、当業者であれば、本件発明1~4を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。仮に被着対象にイオン供給元が存在しないとしても、大気中の水分が吸着することによりイオン源となることは技術常識である。したがって、主張(イ)も採用できない。
2 小括
以上のことから、本願の発明の詳細な説明は、本件発明1~4を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものでないとはいえないから、申立人の特許法第36条第4項第1号についての異議申立理由は、理由がない。
第7 むすび
以上のとおりであるから、令和6年3月27日付けの取消理由通知に記載した取消理由、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件発明1~4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1~4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-701266