特許異議申立
2023-700953
ポリ(アリーレン-エーテル-ケトン)(PAEK)から製造された組成物を安定化させる方法
- 審判番号
- 2023-700953
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-200166
- 登録番号
- 7237910
- 請求日
- 2023年09月12日
- 審決日
- 2025年04月30日
- 公報発行日
- 2025年08月29日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】アルケマ フランス
- 【権利者代理人】村山 靖彦
- 【権利者代理人】実広 信哉
- 【権利者代理人】阿部 達彦
- 【異議申立人】エボニック オペレーションズ ゲーエムベーハー
- 【異議申立人代理人】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
- 【異議申立人代理人】バーナード 正子
- 審判長/審判官
- 審判長 近野 光知
- 審判官 藤井 勲
- 審判官 ▲吉▼澤 英一
- 分類
- P1651.121-YAA(C08L) / P1651.536-YAA(C08L) / P1651.537-YAA(C08L)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号、特許法第120条の5第7項、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の5第2項、特許法第36条第4項第1号、特許法第29条第1項第3号、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7237910号発明「ポリ(アリーレン-エーテル-ケトン)(PAEK)から製造された組成物を安定化させる方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7237910号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-11〕、12について訂正することを認める。
特許第7237910号の請求項1、3~7、11及び12に係る特許を維持する。
特許第7237910号の請求項2及び8~10に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7237910号(以下、「本件特許」という。)の請求項1~12に係る特許についての出願は、2016年(平成28年)7月21日(優先権主張、2015年(平成27年)7月22日、フランス(FR))に出願された特許出願(特願2018-503131号)の一部を令和2年12月2日に新たな特許出願としたものであって、令和5年3月3日にその特許権の設定登録(請求項の数12)がされ、同年同月13日に特許掲載公報が発行され、その後、本件特許に対し、同年9月12日に特許異議申立人 エボニック オペレーションズ ゲーエムベーハー(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1~12)がされた。
特許異議の申立てにおける手続の経緯は、次のとおりである。
令和5年10月24日 :上申書(申立人)
令和6年 1月29日付け:取消理由通知
同年 5月 1日 :意見書及び訂正請求書(特許権者)
同年 同月 9日付け:通知書(申立人宛て)
同年 7月 2日 :意見書(申立人)
同年 8月30日付け:取消理由通知(決定の予告)
同年12月 3日 :意見書及び訂正請求書(特許権者)
同年 同月10日付け:通知書(申立人宛て)
令和7年 1月31日 :意見書(申立人)
なお、令和6年5月1日に提出された訂正請求書による訂正の請求は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。
第2 本件訂正の請求について
1 請求の趣旨
令和6年12月3日提出の訂正請求書における請求の趣旨は、「特許第7237910号の特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~12について訂正することを求める。」というものである。
2 訂正の内容
上記訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「熱酸化現象」と記載されているのを、「温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象」に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に「熱酸化現象に対して安定化させるための安定化剤であって、」と記載されているのを、「熱酸化現象に対して安定化させるための安定化剤であって、前記安定化は前記安定化剤をその水性溶液の湿式含浸によって前記組成物に組み込むことによるものであり、」に訂正する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1に「前記リン酸塩が、次の塩のうちの少なくとも1種、アンモニウム、ナトリウム、カルシウム、亜鉛、アルミニウム、カリウム、マグネシウム、ジルコニウム、バリウム、リチウム又は希土類のリン酸塩のうちの1種(又はそれ以上)から選択される」と記載されているのを、「前記リン酸塩が、次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択され、前記組成物中の前記リン酸塩の割合が100ppmから5000ppmである」に訂正する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項2を削除する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項8を削除する。
(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項9を削除する。
(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項10を削除する。
(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項11に「請求項1から10のいずれか一項に記載の安定化剤」と記載されているのを、「請求項1及び3から7のいずれか一項に記載の安定化剤」に訂正する。
(9)訂正事項9
特許請求の範囲の請求項12に「熱酸化の現象」と記載されているのを、「温度及び二酸素の影響下での熱酸化の現象」に訂正する。
(10)訂正事項10
特許請求の範囲の請求項12に「前記リン酸塩が、次の塩のうちの少なくとも1種、アンモニウム、ナトリウム、カルシウム、亜鉛、アルミニウム、カリウム、マグネシウム、ジルコニウム、バリウム、リチウム又は希土類のリン酸塩のうちの1種(又はそれ以上)から選択される」と記載されているのを、「前記リン酸塩が、次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択され、前記組成物中の前記リン酸塩の割合が100ppmから5000ppmである」に訂正する。
(11)一群の請求項について
訂正事項1~8に係る訂正前の請求項1~11について、請求項2~11は請求項1を引用するものであって、訂正事項1~3によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって、訂正前の請求項1~11に対応する訂正後の請求項1~11は、特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
3 本件訂正の適否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1は、訂正前の請求項1に記載されていた「熱酸化現象」を、「温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象」に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
本件特許の発明の詳細な説明(以下、「本件明細書」という。)には、PAEKの熱酸化現象に関して、「そのような加工温度では、溶融PAEKは、その組成が最適化されていない場合、及び/又は構造を安定化させ得る添加物がない場合、熱酸化に関して安定ではない。やがて構造変化の現象が、鎖の末端又は欠損からの分枝及び/又はカップリングによって誘導される鎖切断及び/又は延長機構のいずれかによって証明される。このような欠損は、温度と大気からの二酸化炭素の影響下での酸化反応からのものであるか、又は既にポリマー中に存在するものである。」(【0007】)、「PAEKをベースとする組成物を、溶融状態で、温度単独の影響下に限らず、熱酸化現象に対して安定化させる方法を提案することである。」(【0017】)及び「実際に、そのようなリン酸塩は空気下でも窒素下でも溶融状態でのPAEK組成物の安定化を可能にすることができることが発見されている。空気下、溶融状態でPAEKを安定化させるこの効果は非常に驚くべきものであり、熱酸化現象に対して、溶融状態でPAEKを安定化させるためにリン酸塩を組み込むことを選択することは、当業者にとって直感的に理解できることではなかった。実際、リン酸塩は最大の酸化度を有し、その結果、酸化防止剤であることは知られていない。しかし、空気中の酸素の存在下では、溶融状態で熱酸化の現象に対してポリマーを安定化させることができる。」(【0032】)の記載がある。
これらの記載から、本件発明の従来技術では、温度及び酸素の影響下でのPAEKの熱酸化現象への対応が求められていたことが示されていると解される。
さらに、本件明細書の【0009】には、「文献 米国特許第5208278号は、PAEKを安定化するための有機塩基の使用を記載している。この文献の著者によれば、そのような有機塩基は、ポリマー中の酸を掃去することを可能にする。実施例は溶融粘度のより良好な安定性を示すが、常に限られた、すなわち二酸素を含む環境が存在しない媒体中での場合を示す。」ことが記載されており、本件明細書の記載からみて、「二酸素を含む環境」での熱酸化現象を考慮していることは明らかであるといえる。
そうすると、訂正事項1は、本件明細書の上記各記載に基づくものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
申立人は、令和6年7月2日提出の意見書において、「特許権者が訂正事項1および6の根拠として挙げた当初明細書の段落[0007]、[0017]及び[0032]には「二酸素」の記載は存在しない。また、本件発明が解決しようとする課題は、「前記方法は、組み込まれる安定化剤がリン酸塩又はリン酸塩の混合物であること、該安定化剤が空気の存在下でさえ揮発性有機化合物を放出することなく、溶融状態で熱酸化に対して非常に高い安定性を有する、PAEKをベースとする組成物を得ることを可能とすること」であり、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象を安定化させることではない。このため、特許権者の主張は失当であり、訂正事項1および6は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではなく、ならびに、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された事項の範囲内の訂正ではない。」(2頁17行~3頁1行)旨、主張している。
しかしながら、本件明細書の【0009】には、「二酸素」の記載があり、上述のとおり、本件明細書には、本件発明は、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対してPAEKを安定化するものであることが示されているから、当該主張は採用できない。
(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的
訂正事項2は、訂正前の請求項1に記載されていた「安定化」について、「前記安定化は前記安定化剤をその水性溶液の湿式含浸によって前記組成物に組み込むことによるものであり、」と限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
訂正事項2は、訂正前の請求項10及び本件明細書の【0019】に基づくものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(3)訂正事項3について
ア 訂正の目的
訂正事項3は、訂正前の請求項1に記載されていた「リン酸塩」について、「次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択され、前記組成物中の前記リン酸塩の割合が100ppmから5000ppmである」と限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
訂正事項3は、訂正前の請求項8及び9並びに本件明細書の【0035】に基づくものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(4)訂正事項4~7について
ア 訂正の目的
訂正事項4~7は、訂正前の請求項2及び8~10を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
訂正事項4~7は、訂正前の請求項2及び8~10を削除するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(5)訂正事項8について
ア 訂正の目的
訂正事項8は、訂正事項4~7により訂正前の請求項2及び8~10を削除することに伴い、訂正前の請求項11において、引用先の請求項のうち請求項2及び8~10を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
訂正事項8は、訂正前の請求項11において、引用先の請求項のうち請求項2及び8~10を削除するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(6)訂正事項9について
ア 訂正の目的
訂正事項9は、訂正前の請求項12に記載されていた「熱酸化の現象」を、「温度及び二酸素の影響下での熱酸化の現象」に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
訂正事項9は、上記(1)イで検討したとおり、本件明細書の【0007】、【0009】、【0017】及び【0032】の記載に基づくものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
申立人は、令和6年7月2日提出の意見書において、上記(1)イと同様の主張をしているが、上記(1)イと同様に判断されるから、当該主張は採用できない。
(7)訂正事項10について
ア 訂正の目的
訂正事項10は、訂正前の請求項12に記載されていた「リン酸塩」について、「次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択され、前記組成物中の前記リン酸塩の割合が100ppmから5000ppmである」と限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
訂正事項10は、訂正前の請求項8及び9並びに本件明細書の【0035】に基づくものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
4 訂正についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5及び6項の規定に適合する。
よって、本件訂正は適法なものであり、結論のとおり、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-11〕、12について訂正することを認める。
第3 本件発明
上記第2のとおりであるから、本件特許の請求項1~12に係る発明(以下、順に「本件発明1」のようにいい、総称して「本件発明」という。)は、それぞれ、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1~12に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物を、溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化させるための安定化剤であって、前記安定化は前記安定化剤をその水性溶液の湿式含浸によって前記組成物に組み込むことによるものであり、
前記安定化剤は水溶性リン酸塩又は水溶性リン酸塩の混合物を水性溶液中に含み、
前記リン酸塩が、次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択され、
前記組成物中の前記リン酸塩の割合が100ppmから5000ppmである、安定化剤。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
PAEKをベースとする前記組成物が、より具体的には次のポリマー:PEKK、PEEK、PEEKK、PEKEKK、PEEEK又はPEDEKのうちの1種をベースとする組成物である、請求項1に記載の安定化剤。
【請求項4】
PAEKをベースとする前記組成物が、ポリ(エーテルケトンケトン)(PEKK)組成物である、請求項1に記載の安定化剤。
【請求項5】
PAEKをベースとする組成物が、PEKKをベースとする組成物であり、かつ、PEKKに加えて次のポリマー:PEK、PEEKEK、PEEK、PEEKK、PEKEKK、PEEEK、PEDEKのうちの少なくとも1を、組成物の50重量%未満の含有量で含む、請求項1に記載の安定化剤。
【請求項6】
前記組成物が、少なくとも1種のフィラー及び/又は少なくとも1種の他の添加剤をさらに含む、請求項1に記載の安定化剤。
【請求項7】
前記組成物中で核形成剤としても作用する、請求項1に記載の安定化剤。
【請求項8】
(削除)
【請求項9】
(削除)
【請求項10】
(削除)
【請求項11】
請求項1及び3から7のいずれか一項に記載の安定化剤を含む組成物を使用して、レーザー焼結、熱溶解積層法、成形、射出成形、押出、熱成形、回転成形、圧縮成形、コンパウンディング又は含浸から選択される技術によって製造された物体。
【請求項12】
温度及び二酸素の影響下での熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法であって、安定化剤が水性溶液中の水溶性リン酸塩又は水溶性リン酸塩の混合物であり、組み込みがその水性溶液の湿式含浸によって行われ、前記リン酸塩が、次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択され、
前記組成物中の前記リン酸塩の割合が100ppmから5000ppmである、方法。」
第4 特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要及び証拠方法
令和5年9月12日に申立人が提出した特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要及び証拠方法は次のとおりである。
1 申立理由1(甲第1号証を主引例とする進歩性)
本件特許の請求項1~12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1~12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
2 申立理由2(甲第2号証を主引例とする進歩性)
本件特許の請求項1~12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1~12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
3 申立理由3(甲第3号証を主引例とする進歩性)
本件特許の請求項1~12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1~12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
4 申立理由4(甲第4号証を主引例とする進歩性)
本件特許の請求項1~12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1~12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
5 申立理由5(甲第5号証を主引例とする進歩性)
本件特許の請求項1~12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第5号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1~12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
6 申立理由6(サポート要件)
本件特許の請求項1~12に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
(1)本件発明において、リン酸塩が「リン酸三ナトリウム十二水和物」である場合に、本件発明が上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されていると解することはできない。
また、本件発明において、リン酸塩が「リン酸三ナトリウム半水和物、リン酸三ナトリウム六水和物、リン酸三ナトリウム八水和物」である場合についても、 「リン酸三ナトリウム十二水和物」と同じリン酸三ナトリウムの水和物であるから、上記「リン酸三ナトリウム十二水和物」と同じく、熱酸化現象に対して安定化させる傾向を示すとは解されず、発明の詳細な説明に上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されていると解することはできない。
(2)本件発明1及び12において特定されている、「カルシウム、亜鉛、アルミニウム、カリウム、マグネシウム、ジルコニウム、バリウム、リチウム又は希土類」のリン酸塩については、上記リン酸塩と同等の効果を奏することを示す実験やデータは何ら記載されていない。そして、発明の詳細な説明においても、上記の無水リン酸ナトリウム塩と同様の効果が、リン酸塩の水和物や、「カルシウム、亜鉛、アルミニウム、カリウム、マグネシウム、ジルコニウム、バリウム、リチウム又は希土類」のリン酸塩であっても奏されることについての説明はなく、本件特許の出願時に、そのような技術常識が存在していたと認められるような事情が存在していたと解することもできない。
(3)本件明細書の実施例の結果は、数あるPAEKの中でも、PEKKをベースとする組成物において、本件発明1によるリン酸のナトリウム塩の無水物及び水和物の中から、無水リン酸一ナトリウム又は無水リン酸三ナトリウム又はリン酸二水素アンモニウムのいずれかを「組み込んだ」場合に、上記の課題が解決できることを示しているにすぎない。
他方、ポリマー組成物の分野は、物の構造と、物の機能や特性等との関係を理解することが困難な技術分野である。たとえばPEEKとPEKKとを比較した場合、PEKKは、その骨格においてエーテル基がケトン基に置き換わっており、かつケトン基の結合はパラ位であるか、メタ位であるかという違いが存在する。これらの構造上の相違がポリマーの物性に与える影響は、当業者であっても理解することができるものであるとは限らない。
(4)本件明細書の発明の詳細な説明には、リン酸塩溶液によるPAEKの含浸は、PAEKの重合後、その乾燥前に行われ、含浸は水で湿ったPAEK及び金属リン酸塩水溶液が選択されるとの記載があり(段落【0040】)、PAEKをベースとする安定化組成物は既知の装置で調合することにより粒状で得ることができ(段落【0041】)、その後、このようにして調整された組成物は、射出成形機等の装置を通って、当業者に知られている用途又は次の変形のために変形されうること(段落【0042】)が記載されている。
さらに実施例には、「PEKKをベースとするいくつかの組成物を調製した」こと等(段落【0053】、【0064】、【0072】、【0078】等)が記載されている。しかし、これらの組成物の組成は、PEKKがベースであること以外について、つまりPEKK以外の成分については何らの記載もなく、どのような成分を含む組成物であるのか、フィラーや添加剤を含むのか否かが不明である。その上、段落【0054】~【0056】等の記載によれば、PEKKをベースとする組成物自体を湿式含浸によって調整し、ここに特定のリン化合物を組み込んだことが記載されているため、湿式含浸は、PAEKをベースとする組成物を製造するために行うものであるのか、又は従来技術から公知の重縮合反応によって合成された PAEKをベースとする組成物を安定化するために行うものであるのかも不明である。
従って、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明を製造し、かつ使用できる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。
7 申立理由7(実施可能要件)
本件特許の請求項1~12に係る特許は、上記6(1)~(4)と同様の理由で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
8 証拠方法
(1)申立書に添付した証拠方法
・甲第1号証:特表平4-500088号公報
・甲第2号証:特開平3-227320号公報
・甲第3号証:独国特許出願公開第4207555号明細書
・甲第4号証:Hans-Henning Kausch編、Advanced thermoplastic composites: characterization and processing、Hanser Publishers、1993年、p.72
・甲第5号証:VESTAKEEP(R)PEEK -ポリエーテルエーテルケトン(ダイセル・エボニック株式会社製品カタログ)、作成日:2013年11月5日
・甲第6号証:VESTAKEEP(R)5000Gの安全データシート、作成日:1997年7月7日、最終更新日:2007年10月8日
・甲第7号証:ローランド・ヴルシェ博士による宣誓書、作成日:2021年7月13日
・甲第8号証:リン酸塩が組み込まれた、PEEKに基づいた組成物の溶融粘度および熱酸化の現象に対する安定性についての実験データ、作成日:2022年12月9日
・甲第9号証:アンナ・キプスハーゲン博士による宣誓書、作成日:2023年1月19日
(2)令和6年7月2日提出の意見書に添付された証拠方法
・甲第10号証:欧州特許EP3325535に対する異議申立事件において、特許権者が提出した証拠D43、提出日:2022年6月23日
証拠の表記は、特許異議申立書及び令和6年7月2日提出の意見書の記載におおむねしたがった。以下、「甲第1号証」~「甲第10号証」を、「甲1」~「甲10」という。
第5 取消理由通知(決定の予告)の取消理由の概要
令和6年8月30日付けで当審において通知した取消理由通知(決定の予告)の取消理由の概要はおおむね次のとおりである。
取消理由1(甲1を主引例とする新規性・進歩性)
本件特許の請求項1、2、7及び10~12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるか、本件特許の請求項1~8及び10~12に係る発明は、甲1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、同法同条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1~8及び10~12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
第6 当審の判断
以下に述べるように、取消理由通知(決定の予告)の取消理由及び申立書に記載した申立理由によっては、本件特許の請求項1、3~7、11及び12に係る特許を取り消すことはできない。
そして、本件特許の請求項2及び8~10は、上記訂正請求書による訂正の請求により削除され、これらの請求項に係る特許に対する申立人による特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
1 取消理由1及び申立理由1(甲1を主引例とする進歩性)について
上記第5の取消理由1及び上記第4の申立理由1は、いずれも甲1を主引例とする進歩性についてのものであるので、まとめて検討する。
(1)甲1に記載された発明
甲1には、第6頁右下欄11行~第7頁右上欄15行、第8頁左上欄1~7行及び第8頁の第4表の記載を基に、実施例4のラン4Bのリン酸二水素ナトリウム水溶液及び方法に着目すると、以下の発明が記載されている。
「4,4’-ジフェノキシベンゾフェノン(DPBP)及びテレフタロイルクロライド(TCl)をモノマーとして、塩化ベンゾイルをキャッピング剤として、塩化メチレンを溶媒として、塩化アルミニウムを触媒として用いて、ジメチルスルホン・ルイス塩基の存在下で、重合反応を行い、得られた反応混合物を洗浄等、ワークアップし、ワークアップの後、ポリマーを200℃で乾燥し、オートクレーブにポリマー200gと0.092Mのリン酸二水素ナトリウム水溶液900mLとを加え、系を300℃に3時間加熱し、ポリマーを濾過して3回水で洗った(ポリマー1gにつき水約25g)後、200℃で16時間乾燥させ、ポリマーを得るために用いる、リン酸二水素ナトリウム水溶液。」(以下、「甲1発明」という。)
「4,4’-ジフェノキシベンゾフェノン(DPBP)及びテレフタロイルクロライド(TCl)をモノマーとして、塩化ベンゾイルをキャッピング剤として、塩化メチレンを溶媒として、塩化アルミニウムを触媒として用いて、ジメチルスルホン・ルイス塩基の存在下で、重合反応を行い、得られた反応混合物を洗浄等、ワークアップし、ワークアップの後、ポリマーを200℃で乾燥し、オートクレーブにポリマー200gと0.092Mのリン酸二水素ナトリウム水溶液900mLとを加え、系を300℃に3時間加熱し、ポリマーを濾過して3回水で洗った(ポリマー1gにつき水約25g)後、200℃で16時間乾燥させ、ポリマーを得る、方法。」(以下、「甲1方法発明」という。)
(2)本件発明1について
ア 対比
(ア)甲1発明の「ポリマー」は、「4,4’-ジフェノキシベンゾフェノン(DPBP)及びテレフタロイルクロライド(TCl)をモノマーとして、塩化ベンゾイルをキャッピング剤として、塩化メチレンを溶媒として、塩化アルミニウムを触媒として用いて、ジメチルスルホン・ルイス塩基の存在下で、重合反応を行い」得られるものであるから、本件発明1の「ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)」に相当する。
(イ)本件明細書には、「PAEKをベースとする組成物」として、「PEKKに加えて、PEK、PEEKEK、PEEK、PEEKK、PEKEKK、PEEEK、PEDEKの少なくとも1を、組成物の50重量%未満の含有量で含む」ものが例示されており(【0028】)、これは、PEKKと、PEKK以外のPAEK族のポリマーによって実質的に構成されるものであると解される。
そうすると、本件明細書の記載からみて、「ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物」は、PAEKが2種以上のポリマーを含み得るために「組成物」と呼ばれ、1種又は2種以上のPAEK族のポリマーのみで構成されていても「ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物」に包含されると解釈するのが合理的であるから、甲1発明の「ポリマー」は、本件発明1の「ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物」に相当する。
(ウ)甲1発明の「リン酸二水素ナトリウム水溶液」は、本件明細書の【0058】には、「下記の式(2)の無水リン酸一ナトリウム(NaH2PO4)(リン酸二水素ナトリウムとも呼ばれる)」と記載されていることから、本件発明1の「水溶性リン酸塩又は水溶性リン酸塩の混合物を水性溶液中に含み、前記リン酸塩が、次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択され」るものに相当する。
(エ)甲1発明の「リン酸二水素ナトリウム水溶液」は、「オートクレーブにポリマー200gと0.092Mのリン酸二水素ナトリウム水溶液900mLとを加え」ており、ポリマーに配合する剤であることは明らかであるから、本件発明1の「安定化剤」と、「剤」である限りにおいて一致する。
そうすると、両者は次の点で一致する。
「ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物のための剤であって、
前記剤は水溶性リン酸塩又は水溶性リン酸塩の混合物を水性溶液中に含み、
前記リン酸塩が、次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択される、剤。」
そして、両者は次の点で相違する。
・相違点1-1
本件発明1は「溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化させるための安定化剤」であるのに対し、甲1発明はそのような特定がない点
・相違点1-2
本件発明1は「前記安定化は前記安定化剤をその水性溶液の湿式含浸によって前記組成物に組み込むことによるもの」であるのに対し、甲1発明はそのような特定がない点
・相違点1-3
ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物中の前記リン酸塩の割合に関して、本件発明1は「100ppmから5000ppmである」のに対し、甲1発明は不明である点
イ 判断
事案に鑑み、上記相違点1-3について検討する。
甲1発明は、「オートクレーブにポリマー200gと0.092Mのリン酸二水素ナトリウム水溶液900mLとを加え、系を300℃に3時間加熱し、ポリマーを濾過して3回水で洗った(ポリマー1gにつき水約25g)」ものであり、当該処理によりポリ(アリーレンエーテルケトン)をベースとする組成物であるポリマーにリン酸二水素ナトリウムが組み込まれるとしても、ポリマーを濾過して3回水で洗った後のポリマー中に残存している水溶性であるリン酸二水素ナトリウムの含有量は不明といわざるを得ない。
そして、甲1には、リン酸二水素ナトリウム水溶液を用いることの作用効果について具体的に記載されておらず、また、リン酸二水素ナトリウム水溶液がポリマー中に所定量で残量させることを目的として添加したものであることについての記載はなく、ポリマー中のリン酸二水素ナトリウムの含有量についての記載もない。
そうすると、甲1には、甲1発明において、「組成物中の前記リン酸塩の割合が100ppmから5000ppm」とする動機付けとなる記載はない。
したがって、相違点1-3に係る発明特定事項は、甲1発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。
ウ 申立人の主張について
申立人は、令和7年1月31日提出の意見書において、「水熱処理後に水による洗浄がされたとしても、100ppmを超えるリン酸塩がポリマーに残存している蓋然性は極めて高い。」点、「甲第3号証の記載に基づいて、甲第1号証に記載されている発明において、PAEKの溶融安定性を改善することを目的として、ポリマーに組み込まれるリン酸塩の割合を、「100ppmから5000ppm」程度とすることは、ポリマーの溶融安定性を改善するという課題の解決するための数値範囲の最適化又は好適化であり、当業者の通常の創作能力の発揮に過ぎない。」点を、それぞれ主張している。
しかしながら、リン酸塩の下限値が100ppmのごく少量であることのみを根拠として、甲1発明のリン酸塩の含有量が直ちに「100ppmから5000ppm」と推測できるとはいえないし、甲1の第4表の4BのAlの含有量の記載から直ちにリン酸塩の含有量を推測できるともいえない。そして、甲1発明のリン酸塩の割合が「100ppmから5000ppm」である蓋然性が高いとはいえないことは、上記イで検討したとおりである。
さらに、上記イで検討したとおり、甲1には、リン酸二水素ナトリウム水溶液を用いることの作用効果、特にリン酸二水素ナトリウムが溶融安定性を考慮して添加することについて具体的に記載されていないことから、甲3の技術事項を適用する動機付けがあるとはいえない。
したがって、申立人の当該主張は採用できない。
エ 本件発明1についてのまとめ
上記ア~ウのとおりであるから、相違点1-1及び相違点1-2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)本件発明3~7及び11について
本件発明3~7及び11は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、上記(2)で本件発明1について検討したと同様の理由により、本件発明3~7及び11は、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(4)本件発明12について
ア 対比
本件発明12と甲1方法発明とを対比すると、上記(2)ア(ア)~(エ)と同様の相当関係が成り立つ。
甲1方法発明の「方法」は、オートクレーブにポリマー200gと0.092Mのリン酸二水素ナトリウム水溶液900mLとを加え」ることにより、組み込まれているといえることから、本件発明12の「温度及び二酸素の影響下での熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法」と、「剤を組み込む工程を含む、方法」である限りにおいて一致する。
そうすると、両者は次の点で一致する。
「剤を組み込む工程を含む、方法であって、剤が水性溶液中の水溶性リン酸塩又は水溶性リン酸塩の混合物であり、前記リン酸塩が、次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択される、方法。」
そして、両者は次の点で相違する。
・相違点1-4
方法に関して、本件発明12は「温度及び二酸素の影響下での熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法」であるのに対し、甲1方法発明はそのような特定がない点
・相違点1-5
本件発明12は「組み込みがその水性溶液の湿式含浸によって行われ」るのに対し、甲1方法発明はそのような特定がない点
・相違点1-6
ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物中の前記リン酸塩の割合に関して、本件発明12は「100ppmから5000ppmである」のに対し、甲1方法発明は不明である点
イ 判断
事案に鑑み、上記相違点1-6について検討すると、上記(2)アの相違点1-3と同旨であるから、上記(2)イ及びウと同様に判断される。
ウ 本件発明12についてのまとめ
上記ア及びイのとおりであるから、相違点1-4及び相違点1-5について検討するまでもなく、本件発明12は、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(5)取消理由1及び申立理由1についてのまとめ
以上のとおりであるから、取消理由1及び申立理由1はその理由がない。
2 申立理由2(甲2を主引例とする進歩性)について
(1)甲2に記載された発明
甲2には、請求項1及び4のリン化合物又はその塩及び芳香族ポリエーテルケトンの製造方法に着目すると、以下の発明が記載されている。
「芳香族ポリエーテルケトンを生成させた後の任意の工程において、芳香族ポリエーテルケトンを処理する、
式( I )
[図:0001425708000001.jpg]
(式中、R1~R20はそれぞれ水素原子、ハロゲン原子、炭化水素基、又はアルコキシ基を示し、Xは直接結合、又は酸素原子を示し、lは0~2の整数を示し、mは0~3の整数を示し、nは0又は1である)の繰り返し単位を有する芳香族ポリエーテルケトンであって、空気中400℃で1時間加熱処理した時の重量減少率が2%以下である芳香族ポリエーテルケトンの製造方法のための、リンに結合する結合基の少なくとも1個が酸性基であるリン化合物又はその塩。」(以下「甲2発明」という。)
「芳香族ポリエーテルケトンを生成させた後の任意の工程において、リンに結合する結合基の少なくとも1個が酸性基であるリン化合物又はその塩にて芳香族ポリエーテルケトンを処理することを特徴とする、
式( I )
[図:0001425708000002.jpg]
(式中、R1~R20はそれぞれ水素原子、ハロゲン原子、炭化水素基、又はアルコキシ基を示し、Xは直接結合、又は酸素原子を示し、lは0~2の整数を示し、mは0~3の整数を示し、nは0又は1である)の繰り返し単位を有する芳香族ポリエーテルケトンであって、空気中400℃で1時間加熱処理した時の重量減少率が2%以下である、芳香族ポリエーテルケトンの製造方法。」(以下「甲2方法発明」という。)
(2)本件発明1について
ア 対比
(ア)甲2発明の「芳香族ポリエーテルケトン」は、上記1(2)ア(ア)及び(イ)で述べたとおりであるから、本件発明1の「ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)」及び「ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物」に相当する。
(イ)甲2発明の「リンに結合する結合基の少なくとも1個が酸性基であるリン化合物又はその塩」と、本件発明1の「リン酸塩」とは、「リン化合物又はその塩」である限りにおいて一致する。
(ウ)甲2発明は、「リン化合物又はその塩」は、「芳香族ポリエーテルケトンを処理する」ことにより、「空気中400℃で1時間加熱処理した時の重量減少率が2%以下」にするものであり、「リン化合物又はその塩」が酸化雰囲気での加熱に対して安定化すると解され、さらに、甲2の「加熱溶融時のガスの発生及びゲル化が著しく抑制され、熱安定性が著しく改善された」(2頁右下欄10~12行)との記載から、溶融状態での安定性であることは明らかであるから、本件発明1の「溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化させるための安定化剤」に相当するといえる。
そうすると、両者は次の点で一致する。
「ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物を、溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化させるための安定化剤であって、
前記安定化剤はリン化合物又はその塩である、安定化剤。」
そして、両者は次の点で相違する。
・相違点2-1
溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化させる工程が、本件発明1は「前記安定化剤をその水性溶液の湿式含浸によって前記組成物に組み込むことによるものであり、前記安定化剤は水溶性リン酸塩又は水溶性リン酸塩の混合物を水性溶液中に含み、」「前記組成物中の前記リン酸塩の割合が100ppmから5000ppmである」のに対し、甲2発明はそのような特定がない点
・相違点2-2
安定化剤が、本件発明1は「リン酸塩が、次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択される」のに対し、甲2発明は「リン化合物又はその塩」である点
イ 判断
上記相違点2-1について検討する。
甲2には、リン化合物又はその塩で処理する工程が、「通常アセトン、ベンゼン、トルエン、ヘキサン、テトラヒドロフラン、メチルエチルケトン等の溶媒に希釈して使用される」こと(5頁左上欄1~4行)、及び、「アセトン、ベンゼン等の溶媒に希釈してブレンドした後、80℃で終夜減圧乾燥した」こと(6頁左上欄1~3行)が記載されており、リン化合物又はその塩を、アセトン、ベンゼン等の有機溶媒に希釈して、芳香族ポリエーテルケトンにブレンドし、80℃で終夜減圧乾燥する工程であることが示されているが、「水性溶液の湿式含浸」によって処理することは記載されていない。
また、甲2には、「リン化合物の添加は、リンの原子量で式(I)の芳香族ポリエーテルケトンに対して、通常0.001%~1.0%、好ましくは0.003%~0.05%である」(4頁右下欄17~20行)と記載されているが、実施例及び比較例の記載も参酌すると、この添加量は、芳香族ポリエーテルケトンとリン化合物をブレンドする際の仕込み量であり、上記処理によって芳香族ポリエーテルケトンに組み込まれたリン化合物の含有量ではない。このことから、甲2発明において、芳香族ポリエーテルケトンに組み込まれるリン化合物又はその塩の含有量は不明であるといわざるを得ない。
そして、甲2には、リン化合物又はその塩を、アセトン、ベンゼン等の有機溶媒に希釈して、芳香族ポリエーテルケトンにブレンドし、80℃終夜減圧乾燥することが記載されるにとどまり、リン化合物又はその塩が、「水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる」こと、「水性溶液中に含」むこと、及び「100ppmから5000ppmの割合で組成物に組み込まれる」ことが動機づけられるとはいえない。
したがって、相違点2-1に係る発明特定事項は、甲2発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。
ウ 本件発明1についてのまとめ
上記ア及びイのとおりであるから、相違点2-2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)本件発明3~7及び11について
本件発明3~7及び11は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、上記(2)で本件発明1について検討したと同様の理由により、本件発明3~7及び11は、甲2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(4)本件発明12について
ア 対比
本件発明12と甲2方法発明とを対比すると、上記(2)ア(ア)~(ウ)と同様の相当関係が成り立つ。
甲2方法発明の「芳香族ポリエーテルケトンの製造方法」は、「リン化合物又はその塩にて芳香族ポリエーテルケトンを処理する」ものであり、「リン化合物の添加は、リンの原子量で式(I)の芳香族ポリエーテルケトンに対して、通常0.001%~1.0%、好ましくは0.003%~0.05%である」(4頁右下欄17~20行)の記載から、当該処理はリン化合物又はその塩を添加する、すなわち組み込む工程であるといえるから、本件発明12の「温度及び二酸素の影響下での熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法」に相当するといえる。
そうすると、両者は次の点で一致する。
「温度及び二酸素の影響下での熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法であって、安定化剤がリン化合物又はその塩である、方法。」
そして、両者は次の点で相違する。
・相違点2-3
温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化する剤を組み込む工程が、本件発明12は「安定化剤が水性溶液中の水溶性リン酸塩又は水溶性リン酸塩の混合物であり、組み込みがその水性溶液の湿式含浸によって行われ、」「前記組成物中の前記リン酸塩の割合が100ppmから5000ppmである」のに対し、甲2方法発明はそのような特定がない点
・相違点2-4
安定化剤が、本件発明12は「リン酸塩が、次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択される」のに対し、甲2方法発明は「リン化合物又はその塩」である点
イ 判断
上記相違点2-3について検討すると、上記(2)アの相違点2-1と同旨であるから、上記(2)イと同様に判断される。
ウ 本件発明12についてのまとめ
上記ア及びイのとおりであるから、相違点2-4について検討するまでもなく、本件発明12は、甲2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(5)申立理由2についてのまとめ
以上のとおりであるから、申立理由2はその理由がない。
3 申立理由3(甲3を主引例とする進歩性)について
(1)甲3に記載された発明
甲3の記載は当審訳により示す。
甲3には、「従って本発明は、ポリアリーレンエーテルケトンを、ポリマーの重量に基づいて0.1~5重量%の無機リン酸化合物またはホスホン酸化合物を含む希薄な水溶液と、0~80℃の温度で10分~3時間接触させる方法に関する。
本発明による方法に適した化合物は、オルトリン酸、リン酸二水素のアルカリ金属塩、二リン酸(ピロリン酸)、ポリリン酸、メタポリリン酸、ホスホン酸、またはこれらの混合物である。」(3頁2~8行)と記載され、「本発明による方法でリン酸をポリアリーレンエーテルケトンへ適用することは、次のような利点をもたらす・・・
・溶融加工性は、非常に良好な溶融安定性により大幅に改善される。」(3頁47~52行)が記載されている。
そうすると、上記記載の水溶液及び方法に着目して、次の発明が記載されているといえる。
「ポリアリーレンエーテルケトンを、ポリマーの重量に基づいて0.1~5重量%の無機リン酸化合物又はホスホン酸化合物を含む希薄な水溶液と、0~80℃の温度で10分~3時間接触させて、ポリアリーレンエーテルケトンの溶融安定性を改善するための、無機リン酸化合物又はホスホン酸化合物を含む希薄な水溶液。」(以下「甲3発明」という。)
「ポリアリーレンエーテルケトンを、ポリマーの重量に基づいて0.1~5重量%の無機リン酸化合物又はホスホン酸化合物を含む希薄な水溶液と、0~80℃の温度で10分~3時間接触させて、ポリアリーレンエーテルケトンの溶融安定性を改善する方法。」(以下「甲3方法発明」という。)
(2)本件発明1について
ア 対比
(ア)甲3発明の「ポリアリーレンエーテルケトン」は、上記1(2)ア(ア)及び(イ)で述べたとおりであるから、本件発明1の「ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)」及び「ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物」に相当する。
(イ)甲3発明の「無機リン酸化合物又はホスホン酸化合物を含む希薄な水溶液」は、「ポリアリーレンエーテルケトンの溶融安定性を改善するため」のものであり、溶融状態で安定化させるための安定化剤であることは明らかであるから、本件発明1の「溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化させるための安定化剤」とは、「溶融状態で、安定化させるための安定化剤」である限りにおいて一致する。
(ウ)甲3発明の「無機リン酸化合物又はホスホン酸化合物を含む希薄な水溶液」は、安定化剤を含む水溶液であるから、本件発明1の「前記安定化剤は水溶性リン酸塩又は水溶性リン酸塩の混合物を水性溶液中に含」むこととは、「前記安定化剤を水性溶液中に含」む限りにおいて一致する。
そうすると、両者は次の点で一致する。
「ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物を、溶融状態で、安定化させるための安定化剤であって、前記安定化は前記安定化剤をその水性溶液の湿式含浸によって前記組成物に組み込むことによるものであり、
前記安定化剤は水性溶液中に含む、安定化剤。」
そして、両者は次の点で相違する。
・相違点3-1
溶融状態での安定化が、本件発明1は、「温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して」であるのに対し、甲3発明はそのような特定がない点
・相違点3-2
溶融状態で、安定化させる工程が、本件発明1は「前記安定化剤をその水性溶液の湿式含浸によって前記組成物に組み込むことによるものであり、前記安定化剤は水溶性リン酸塩又は水溶性リン酸塩の混合物を水性溶液中に含み、」「前記組成物中の前記リン酸塩の割合が100ppmから5000ppmである」のに対し、甲3発明はそのような特定がない点
・相違点3-3
安定化剤が、本件発明1は「リン酸塩が、次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択される」のに対し、甲3発明は「無機リン酸化合物又はホスホン酸化合物」である点
イ 判断
事案に鑑みて、相違点3-2及び相違点3-3をまとめて検討する。
甲3発明における「ポリマーの重量に基づいて0.1~5重量%の無機リン酸化合物又はホスホン酸化合物を含む希薄な水溶液」は、水溶液中の無機リン酸化合物又はホスホン酸化合物の濃度であって、ポリアリーレンエーテルケトンに組み込まれる無機リン酸化合物またはホスホン酸化合物の割合ではないと解される。
そして、甲3には、「リン酸類の適用濃度は、ポリマーの重量を基準にして0.1~5重量%」(3頁22~25行)と記載されているが、これは甲3発明の「ポリマーの重量に基づいて0.1~5重量%の無機リン酸化合物又はホスホン酸化合物を含む希薄な水溶液」と同内容であると解される。
また、甲3には、ポリアリーレンエーテルケトンを、0.2%リン酸水溶液を用いて40℃で1時間、強力に撹拌した後、更に40℃の水1Lを加えて30分の撹拌を3回繰り返したことが記載されているが(4頁16行~5頁16行)、ポリアリーレンエーテルケトンに組み込まれるとしてもリン酸であって、上記相違点3-3に係るリン酸塩は記載されていないし、「40℃の水1Lを加えて30分の撹拌を3回繰り返した」ことによって、一旦組み込まれたリン酸の一部が洗い流されることも想定される。
このように、甲3発明において、「リン酸塩が100ppmから5000ppmの割合で組成物に組み込まれる」ことは、甲3の記載に基づいて動機づけられるとはいえない。
さらに、甲3は、上記無機リン酸化合物としてリン酸二水素のアルカリ金属塩が例示されるにとどまり、リン酸一ナトリウム、リン酸二ナトリウムの無水物又は水和物が、PAEKをベースとする組成物に組み込まれることは記載されておらず、甲3の他の記載を見ても、ポリアリーレンエーテルケトンに、無機リン酸化合物が100ppmから5000ppmの割合で組み込まれることは記載も示唆もされていない。
そうすると、甲3には、甲3発明において、「リン酸塩が100ppmから5000ppmの割合で組成物に組み込まれ」、リン酸塩として「無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択される」ものを用いる動機づけとなる記載はない。
したがって、相違点3-2及び相違点3-3に係る発明特定事項は、甲3発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。
ウ 本件発明1についてのまとめ
上記ア及びイのとおりであるから、相違点3-1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)本件発明3~7及び11について
本件発明3~7及び11は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、上記(2)で本件発明1について検討したと同様の理由により、本件発明3~7及び11は、甲3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(4)本件発明12について
ア 対比
本件発明12と甲3方法発明とを対比すると、上記(2)ア(ア)と同様の相当関係が成り立つ。
甲3方法発明の「ポリアリーレンエーテルケトンの溶融安定性を改善する方法」は、無機リン酸化合物又はホスホン酸化合物を含む希薄な水溶液と接触させるものであり、PAEKをベースとする組成物を安定化させる剤を組み込むことは明らかであるから、本件発明12の「温度及び二酸素の影響下での熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法」とは、「安定化する剤を組み込む工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法」である限りにおいて一致する。
甲3方法発明の「無機リン酸化合物又はホスホン酸化合物を含む希薄な水溶液」は、安定化剤を含む水溶液であるから、本件発明1の「安定化剤が水性溶液中の水溶性リン酸塩又は水溶性リン酸塩の混合物であ」ることとは、「安定化剤が水性溶液中であ」る限りにおいて一致する。
そうすると、両者は次の点で一致する。
「安定化する剤を組み込む工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法であって、安定化剤が水性溶液中である、方法。」
そして、両者は次の点で相違する。
・相違点3-4
安定化剤が、本件発明12は、「温度及び二酸素の影響下での熱酸化の現象に対して安定化する剤」であるのに対し、甲3方法発明はそのような特定がない点
・相違点3-5
安定化する剤を組み込む工程が、本件発明1は「組み込みがその水性溶液の湿式含浸によって行われ、」「前記組成物中の前記リン酸塩の割合が100ppmから5000ppmである」のに対し、甲3方法発明はそのような特定がない点
・相違点3-6
安定化剤が、本件発明1は「リン酸塩が、次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択される」のに対し、甲3方法発明は「無機リン酸化合物又はホスホン酸化合物」である点
イ 判断
上記相違点3-5及び相違点3-6について検討すると、上記(2)アの相違点3-2及び相違点3-3と同旨であるから、上記(2)イと同様に判断される。
ウ 本件発明12についてのまとめ
上記ア及びイのとおりであるから、相違点3-4について検討するまでもなく、本件発明12は、甲3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(5)申立理由3についてのまとめ
以上のとおりであるから、申立理由3はその理由がない。
4 申立理由4(甲4を主引例とする進歩性)について
(1)甲4に記載された発明
甲4の記載は当審訳により示す。
甲4には、72頁表下7~9行の記載に着目すると、以下の発明が記載されている。
「精製PEEKに導入する、精製PEEKの熱安定化をもたらすための、リン酸塩緩衝液(0.8重量%のNaH2PO4/Na2HPO4、pH=7、水中のスラリー)。」(以下「甲4発明」という。)
「精製PEEKにリン酸塩緩衝液(0.8重量%のNaH2PO4/Na2HPO4、pH=7、水中のスラリー)を導入することにより、精製PEEKの熱安定化する方法。」(以下「甲4方法発明」という。)
(2)本件発明1について
ア 対比
(ア)甲4発明の「精製PEEK」は、上記1(2)ア(ア)及び(イ)で述べたとおりであるから、本件発明1の「ポリ(アリールエーテルケトン)(PAEK)」及び「ポリ(アリールエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物」に相当する。
(イ)甲4発明の「リン酸塩緩衝液(0.8重量%のNaH2PO4/Na2HPO4、pH=7、水中スラリー)」は、本件発明1の「水溶性リン酸塩又は水溶性リン酸塩の混合物を水性溶液中に含み、前記リン酸塩が、次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択され」るものに相当する。
(ウ)甲4発明の「リン酸塩緩衝液(0.8重量%のNaH2PO4/Na2HPO4、pH=7、水中スラリー)」は、安定化剤であることは明らかであるから、本願発明1の「溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化させるための安定化剤」と、「安定化剤」である限りにおいて一致する。
そうすると、両者は次の点で一致する。
「ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物を、安定化させるための安定化剤であって、
前記安定化剤は水溶性リン酸塩又は水溶性リン酸塩の混合物を水性溶液中に含み、
前記リン酸塩が、次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択される、安定化剤。」
そして、両者は次の点で相違する。
・相違点4-1
安定化剤について、本件発明1は「溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化させるための」ものであるのに対し、甲4発明はそのような特定がない点。
・相違点4-2
本件発明1は「前記安定化は前記安定化剤をその水性溶液の湿式含浸によって前記組成物に組み込むことによるもの」であるのに対し、甲4発明はそのような特定がない点
・相違点4-3
ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物中の前記リン酸塩の割合に関して、本件発明1は「100ppmから5000ppmである」のに対し、甲4発明は不明である点
イ 判断
上記相違点4-1について検討する。
甲4発明の「熱安定化」について、甲4には、「3 不活性雰囲気における溶融PEEKの熱安定性 このセクションでは、不活性雰囲気(真空または窒素)で保持された市販のPEEKの分子量の変化について検討します。」(63頁下から6~4行)と記載され、「図7は、市販のPEEKと精製したPEEKとの窒素雰囲気中400℃での溶融保持時間の機能としてTccとΔHccの推移を示している。精製プロセスにより、最も短い溶融保持時間tholdのときに結晶化速度を増加する。しかし、精製PEEKの溶融保持時間tholdに伴って、その結晶化温度はずっと速く低下する。同時により大きい結晶化エンタルピーの低下が観察される。」(71頁12~16行)と記載され、「精製ポリマーにリン酸塩緩衝液(0.8重量%のNaH2PO4/Na2HPO4、pH=7、水中のスラリー)を導入することにより、精製PEEKの明確な熱安定化がもたらされる。図7はこの効果を示す:結晶化エンタルピーと結晶化温度の溶融保持時間tholdに伴う推移は、中性の緩衝液によってプラスの影響がある;実際に、緩衝液を添加することにより、精製されたポリマーを、未精製のポリマーの熱安定性に戻す。」(72頁表下7~12行)と記載されているが、「窒素雰囲気中400℃」での不活性雰囲気における溶融PEEKの熱安定性が記載されているにとどまり、温度及び二酸素の影響下での熱酸化に対してPEEKを安定化することは記載も示唆もない。
そうすると、甲4には、甲4発明において、安定化剤を「溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化させるための」ものとする動機づけとなる記載はない。
次に、上記相違点4-3について検討する。
甲4には、甲4発明において精製PEEKに組み込まれる、「NaH2PO4/Na2HPO4」の割合は記載されていない。
また、甲4には、上記相違点4-1で述べたとおりの記載はあるが、PEEKをベースとする組成物に、リン酸塩が組み込まれる割合について何ら記載されていないから、リン酸塩が100ppmから5000ppmの割合で組成物に組み込まれることが動機付けられるとはいえない。
したがって、相違点4-1及び相違点4-3に係る発明特定事項は、甲4発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。
ウ 本件発明1についてのまとめ
上記ア及びイのとおりであるから、相違点4-2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)本件発明3~7及び11について
本件発明3~7及び11は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、上記(2)で本件発明1について検討したと同様の理由により、本件発明3~7及び11は、甲4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(4)本件発明12について
ア 対比
本件発明12と甲4方法発明とを対比すると、上記(2)ア(ア)と同様の相当関係が成り立つ。
甲4方法発明の「精製PEEKの熱安定化する方法」は、リン酸塩緩衝液(0.8重量%のNaH2PO4/Na2HPO4、pH=7、水中のスラリー)を導入するものであり、PAEKをベースとする組成物を安定化させる剤を組み込むことは明らかであるから、本件発明12の「温度及び二酸素の影響下での熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法」とは、「安定化する剤を組み込む工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法」である限りにおいて一致する。
そうすると、両者は次の点で一致する。
「安定化する剤を組み込む工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法であって、安定化剤が水性溶液中の水溶性リン酸塩又は水溶性リン酸塩の混合物であり、前記リン酸塩が、次の化合物:無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択される、方法。」
そして、両者は次の点で相違する。
・相違点4-4
安定化剤について、本件発明12は「温度及び二酸素の影響下での熱酸化の現象に対して安定化する剤」であるのに対し、甲4方法発明はそのような特定がない点。
・相違点4-5
本件発明12は「組み込みがその水性溶液の湿式含浸によって行われ」るのに対し、甲4方法発明はそのような特定がない点
・相違点4-6
ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物中の前記リン酸塩の割合に関して、本件発明12は「100ppmから5000ppmである」のに対し、甲4方法発明は不明である点
イ 判断
上記相違点4-4及び相違点4-6について検討すると、上記(2)アの相違点4-1及び相違点4-3と同旨であるから、上記(2)イと同様に判断される。
ウ 本件発明12についてのまとめ
上記ア及びイのとおりであるから、相違点4-5について検討するまでもなく、本件発明12は、甲4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(5)申立理由4についてのまとめ
以上のとおりであるから、申立理由4はその理由がない。
5 申立理由5(甲5を主引例とする進歩性)について
(1)甲5に記載された発明
甲5には、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)である「VESTAKEEP(R)(当審注:(R)は○囲みのRである。以下同様。)」は、ハイドロキノンと4,4’-ジフルオロベンゾフェノンを使用し、複数の重合工程を経て製造されることが記載されており(5頁3~5行)、そのグレードには「VESTAKEEP 5000G」があることが記載されている(10頁)。
そうすると、甲5には、次の発明が記載されているといえる。
「ハイドロキノンと4,4’-ジフルオロベンゾフェノンを使用し、複数の重合工程を経る、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)である、VESTAKEEP 5000G。」(以下「甲5発明」という。)
「甲5発明の製造方法。」(以下「甲5方法発明」という。)
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲5発明を対比すると、両者は少なくとも以下の点で相違している。
相違点5-1:本件発明1は、「ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物を、溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化させるための安定化剤」であるのに対して、甲5発明は、そのような安定化剤についての特定はない点
イ 判断
上記相違点5-1について検討する。
甲6には、「VESTAKEEP 5000G」の最終製品の化学組成は、ポリエーテルエーテルケトン99.9405質量%、NaH2PO4・2H2O0.0330質量%、Na2HPO40.0165質量%を含有することが記載されており、「NaH2PO4・2H2O」及び「Na2HPO4」は、本件発明1の「水溶性リン酸塩」である「リン酸一ナトリウム二水和物」及び「無水リン酸二ナトリウム」に相当する。
そうすると、甲5発明の「VESTAKEEP 5000G」は、「リン酸一ナトリウム二水和物」及び「無水リン酸二ナトリウム」を含有すると解される。
しかしながら、甲5には、VESTAKEEP(R)コンパウンドが「非常に高い耐熱性」(1頁)を有することが記載され、「VESTAKEEP 5000G」が「ギヤ部品、医療部品、フィルム、シート、中間素材などの製品向けの高粘度ベースグレード」(11頁)であることが記載されているにとどまり、「VESTAKEEP(R)」が「溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化させる」ことについての記載はないし、「VESTAKEEP 5000G」に含有する「リン酸一ナトリウム二水和物」及び「無水リン酸二ナトリウム」が「溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化させるための安定化剤」であることについての記載も示唆もない。
そうすると、甲5には、甲5発明において、「溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化させる」動機づけとなる記載はない。
したがって、相違点5-1に係る発明特定事項は、甲5発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。
ウ 本件発明1についてのまとめ
上記ア及びイのとおりであるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲5に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)本件発明3~7及び11について
本件発明3~7及び11は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、上記(2)で本件発明1について検討したと同様の理由により、本件発明3~7及び11は、甲5に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(4)本件発明12について
ア 対比
本件発明12と甲5方法発明を対比すると、両者は少なくとも以下の点で相違している。
相違点5-2:本件発明12は、「温度及び二酸素の影響下での熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法」であるのに対して、甲5方法発明は、そのような特定はない点
イ 判断
上記相違点5-2について検討すると、「温度及び二酸素の影響下での熱酸化の現象に対して安定化する」との特定事項について、上記(2)アの相違点5-1と同旨であるから、上記(2)イと同様に判断される。
ウ 本件発明12についてのまとめ
上記ア及びイのとおりであるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明12は、甲5に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(5)申立理由5についてのまとめ
以上のとおりであるから、申立理由5はその理由がない。
6 申立理由6(サポート要件)について
(1)特許法第36条第6項第1号(サポート要件)の判断手法
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。以下、この観点に立って判断する。
(2)本件発明の課題
本件明細書には、「本発明の目的は、PAEKをベースとする組成物を、溶融状態で、温度単独の影響下に限らず、熱酸化現象に対して安定化させる方法を提案することである」(【0015】)と記載され、また、「前記方法は、組み込まれる安定化剤がリン酸塩又はリン酸塩の混合物であること、該安定化剤が空気の存在下でさえ揮発性有機化合物を放出することなく、溶融状態で熱酸化に対して非常に高い安定性を有する、PAEKをベースとする.組成物を得ることを可能することを特徴とし」(【0016】)と記載され、本件発明に係る方法により安定化剤が組み込まれたPAEKをベースとする組成物は、空気の存在下でも、溶融状態で熱酸化現象に対して高い安定性を有するものである。
そうすると、本件発明が解決しようとする課題は、PAEKをベースとする組成物が、溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化する方法を提供することであると解される。
(3)本件発明1について
本件訂正により、本件発明1における「水溶性リン酸塩」の化合物から、リン酸三ナトリウムの無水物及び水和物が削除され、当該化合物は、「無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1から選択され」るものとなった。
本件明細書(特に【0059】及び表I~表IV)によれば、本件発明1が上記(2)で述べた課題を解決できるか否かは、380℃での初期粘度(380℃に達した直後の粘度)及び30分後の粘度から粘度の変化率(EV%=30分時点の粘度-初期粘度/初期粘度×100)を算出して評価するものと解される。
そして、本件明細書には、無水リン酸一ナトリウム及びリン酸二水素アンモニウムをPEKKに1000ppmの量で組み込んだ具体例(実施例1、2及び4)が記載されており、特に実施例2は、無水リン酸一ナトリウムを組み込むことにより、窒素下及び空気下での安定性(EV%)が高まることが示されている。また、リン酸一ナトリウム一水和物、リン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物、リン酸二ナトリウム十二水和物は、無水リン酸一ナトリウム又はリン酸二水素アンモニウムと類似の構造を有するものであり、無水リン酸一ナトリウム及びリン酸二水素アンモニウムと同様に、溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対してPAEKをベースとする組成物を安定化するものと推認できる。
そうすると、本件明細書は、本件発明1が上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されており、本件の請求項1に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすといえる。
(4)本件発明3~7及び11について
本件発明3~7及び11は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、上記(3)で述べたと同様の理由により、本件明細書は、本件発明3~7及び11が上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されているといえる。
(5)本件発明12について
本件発明12は、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法に関するものであるが、本件発明1と同様の特定事項を備えるものであるから、上記(3)で検討したと同様の理由により、本件明細書は、本件発明12が上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されているといえる。
(6)申立人の主張について
ア 上記第4の6(1)の主張について
申立人は特許異議申立書の50~51頁において、上記第4の6(1)のとおり主張している。
しかしながら、本件訂正により、本件発明1及び12における「水溶性リン酸塩」の化合物から、リン酸三ナトリウムの無水物及び水和物が削除された。
したがって、当該主張については、その理由がない。
イ 上記第4の6(2)の主張について
申立人は特許異議申立書の51頁において、上記第4の6(2)のとおり主張している。
しかしながら、本件明細書の実施例4(【0080】~【0085】)には、無水リン酸二水素ナトリウム及びリン酸二水素ナトリウムにおいて、経時的により安定な粘度を有する溶融状態の組成物を得ることが可能であり、上記課題を解決することが示されていることから、他のカチオンについても同様に上記課題を解決することを当業者は推認できるところ、リン酸塩のカチオンが「カルシウム、亜鉛、アルミニウム、カリウム、マグネシウム、ジルコニウム、バリウム、リチウム又は希土類」である場合に、上記課題を解決しないとする具体的な技術的根拠を示していないことから、当該主張については採用できない。
ウ 上記第4の6(3)の主張について
申立人は特許異議申立書の51~53頁において、上記第4の6(3)のとおり主張している。
しかしながら、PEKK以外のポリアリーレンエーテルケトンは、PEKKと構造上の相違があることは、本件優先日時点の技術常識であるといえるが、当該構造上の相違が、上記課題を解決するか否かに影響を与える程度のものであることについて、何ら具体的な技術的根拠を示していないことから、当該主張については採用できない。
エ 上記第4の6(4)の主張について
申立人は特許異議申立書の53~54頁において、上記第4の6(4)のとおり主張している。
しかしながら、上記(3)で検討したように、特定のリン酸塩を用いることにより上記課題を解決できると当業者は認識できるところ、PEKK以外の成分によって、上記課題を解決しないとする具体的な技術的根拠を示していないことから、当該主張については採用できない。
(7)申立理由6についてのまとめ
以上のとおりであるから、申立理由6はその理由がない。
7 申立理由7(実施可能要件)について
(1)実施可能要件の判断基準
上記第3のとおり、本件発明1、3~7及び11は物の発明であるところ、発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、物の発明にあっては、当業者が発明の詳細な説明及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産でき、かつ、使用できる程度の記載があることを要する。また、本件発明12は方法の発明であるところ、方法の発明にあっては、当業者が発明の詳細な説明及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その方法を使用できる程度の記載があることを要する。
そこで、検討する。
(2)実施可能要件の判断
本件明細書には、本件発明1、3~7及び11の物について、ポリアリーレンエーテルケトン(PAEK)が具体的に記載され(【0023】~【0028】)、リン酸塩がその組み込まれる割合を含めて具体的に記載され(【0034】~【0038】)、PAEKをベースとする組成物が溶融状態で、温度及び二酸素の影響下での熱酸化現象に対して安定化させることが具体的に記載され(【0032】、【0033】)、PAEKをベースとする組成物にリン酸塩を組み込む方法が水性溶液の湿式含浸を含めて具体的に記載され(【0040】~【0043】)。
また、本件明細書には、本件発明12の方法について、PAEKをベースとする組成物にリン酸塩を組み込む方法が水性溶液の湿式含浸を含めて具体的に記載されている(【0040】~【0043】)。
そして、本件特許の発明の詳細な説明には、本件発明の実施例である実施例1~5についても、その安定化させるための方法を含め具体的に記載されている(【0055】~【0099】)。
したがって、本件発明1、3~7及び11について、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び本件出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産でき、かつ、使用できる程度の記載があるといえるし、本件発明12について、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び本件出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その方法を使用できる程度の記載があるといえる。
よって、本件発明1、3~7、11及び12に関して、本件明細書の記載は実施可能要件に適合する。
(3)申立人の主張について
ア 上記第4の6(1)~(3)に基づく上記第4の7の主張について
申立人は特許異議申立書の51~53頁において、上記第4の6(1)~(3)に基づく上記第4の7の主張をしている。
しかしながら、上記(2)で検討したように、本件明細書の記載は実施可能要件に適合するところ、当該主張は上記(2)の判断に影響しないから、当該主張は採用できない。
イ 上記第4の6(4)に基づく上記第4の7の主張について
申立人は特許異議申立書の53~54頁において、上記第4の6(4)に基づく上記第4の7の主張をしている。
しかしながら、上記1(2)ア(イ)で述べたように、「PAEKをベースとする組成物」は、PAEK族のポリマーのみで構成される材料を包含するものである。そして、実施例1では、重縮合反応による従来の合成方法により調 製された参照PEKK組成物CTにリン酸塩水溶液を含浸して、1000ppmの無水リン酸一ナトリウムを組み込んだPEKKをベースとする第3の組成物(参照番号C2)を得ている。
そうすると、本件明細書は、本件発明の「PAEKをベースとする組成物」の構成成分を当業者が理解できるように記載されている。
さらに、本件明細書には、PAEKをベースとする組成物にリン酸塩を組み込む方法が水性溶液の湿式含浸を含めて具体的に記載され(【0040】~【0043】)、また、本件発明の具体例である「PEKKをベースとする第3の組成物(参照番号C2)」(【0055】)は水性含浸、すなわち湿式含浸により「PAEKをベースとする組成物」にリン酸塩である無水リン酸一ナトリウムを組み込んだものである。
そうすると、本件明細書は、本件発明の「湿式含浸」は、「PAEKをベースとする組成物」を安定化するために行うものであることを当業者が理解できるように記載されている。
したがって、申立人の主張は採用できない。
(4)申立理由7についてのまとめ
以上のとおりであるから、申立理由7はその理由がない。
第7 結語
本件特許の請求項1、3~7、11及び12に係る特許は、取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に請求項1、3~7、11及び12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
そして、請求項2及び8~10に係る特許に対する申立ては、本件訂正により請求項2及び8~10が削除されたため却下する。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-700953