特許異議申立
2021-700760
ポリ(アリーレン-エーテル-ケトン)(PAEK)から製造された組成物を安定化させる方法
- 審判番号
- 2021-700760
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2018-503131
- 登録番号
- 6824956
- 請求日
- 2021年08月03日
- 審決日
- 2024年11月28日
- 公報発行日
- 2025年03月28日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】アルケマ フランス
- 【権利者代理人】村山 靖彦
- 【権利者代理人】実広 信哉
- 【権利者代理人】阿部 達彦
- 【異議申立人】エボニック オペレーションズ ゲーエムベーハー
- 【異議申立人代理人】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
- 【異議申立人代理人】バーナード 正子
- 審判長/審判官
- 審判長 細井 龍史
- 審判官 近野 光知
- 審判官 小出 直也
- 分類
- P1651.113-YAA(C08L) / P1651.121-YAA(C08L) / P1651.536-YAA(C08L) / P1651.537-YAA(C08L)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第2項、特許法第36条第6項第1号、特許法第120条の5第7項、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の5第9項、特許法第113条第2項、特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第2号、特許法第36条第4項第1号、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
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特許第6824956号発明「ポリ(アリーレン-エーテル-ケトン)(PAEK)から製造された組成物を安定化させる方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第6824956号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-7〕について訂正することを認める。
特許第6824956号の請求項1、3~7に係る特許を維持する。
特許第6824956号の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本件特許第6824956号に係る出願(特願2018-503131号)は、平成28年7月21日(パリ条約に基づく優先権主張:平成27年7月22日、フランス共和国)の国際出願日に出願人アルケマ フランス(以下「特許権者」ということがある。)によりされたものとみなされる特許出願であり、令和3年1月15日に特許権の設定登録(請求項の数7)がされ、令和3年2月3日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、本件特許につき、令和3年8月3日に特許異議申立人エボニック オペレーションズ ゲーエムベーハー(以下「申立人」という。)により、「特許第6824956号の特許請求の範囲の全請求項に記載された発明についての特許を取り消すべきである。」という趣旨の本件特許異議の申立てがされた。(以下、当該申立てを「申立て」といい、特許異議申立書を「申立書」という。)
本件申立てにおける手続の経緯は、以下のとおりである。
令和3年11月30日付け 取消理由通知
令和4年 3月 2日 意見書・訂正請求書
同年 3月14日付け 訂正請求があった旨の通知(申立人宛)
同年 4月28日 意見書(申立人)
同年 9月 5日付け 取消理由通知(決定の予告)
同年12月 8日 意見書・訂正請求書
同年12月22日付け 訂正請求があった旨の通知(申立人宛)
令和5年 3月 1日 意見書(申立人)
同年 6月30日付け 取消理由通知(決定の予告)
同年10月 3日 意見書・訂正請求書
同年10月16日付け 訂正請求があった旨の通知(申立人宛)
同年12月 8日 意見書(申立人)
同年12月13日 上申書(申立人)
令和6年 1月11日付け 取消理由通知(決定の予告)
同年 4月12日 意見書・訂正請求書
同年 4月26日付け 訂正請求があった旨の通知(申立人宛)
令和4年3月2日、同年12月8日、令和5年10月3日に提出された訂正請求書による訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたとみなす。
なお、申立人に対して、令和6年4月26日付け通知書により、訂正請求があった旨の通知をしたが、申立人からの応答はなかった。
第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
令和6年4月12日提出の訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「前記リン酸塩が、より具体的には、次の化合物、すなわち無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、六方晶系無水リン酸三ナトリウム、立方晶系無水リン酸三ナトリウム、リン酸三ナトリウム半水和物、リン酸三ナトリウム六水和物、リン酸三ナトリウム八水和物、リン酸三ナトリウム十二水和物又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1種から選択され、」と記載されているのを、
「前記リン酸塩が、より具体的には、次の化合物、すなわち無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1種から選択され、」に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に「前記安定化剤が、その水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる、方法。」と記載されているのを、
「前記リン酸塩が1000ppmから50000ppmの割合で組成物に組み込まれ、
前記安定化剤が、その水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる、方法。」に訂正する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項2を削除する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項3に「リン酸塩が100から5000ppmの割合で組成物に組み込まれることを特徴とする」と記載されているのを、
「リン酸塩が1000から5000ppmの割合で組成物に組み込まれることを特徴とする」に訂正する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項3に「請求項2に記載の方法。」と記載されているのを、「請求項1に記載の方法。」に訂正する。
(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項4に「請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。」と記載されているのを、「請求項1又は3に記載の方法。」に訂正する。
(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項5に「請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。」と記載されているのを、「請求項1、3及び4のいずれか一項に記載の方法。」に訂正する。
本件訂正前の請求項1~7について、請求項2~7は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、本件訂正前の請求項1~7に対応する本件訂正後の請求項1~7は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
2 訂正事項に係る訂正の目的
訂正前の請求項1~7をそれぞれ「旧請求項1」~「旧請求項7」といい、訂正後の請求項1~7をそれぞれ「新請求項1」~「新請求項7」という。
(1)訂正事項1及び2に係る訂正ついて
訂正事項1は、旧請求項1に記載された「六方晶系無水リン酸三ナトリウム、六方晶系無水リン酸三ナトリウム、リン酸三ナトリウム半水和物、リン酸三ナトリウム六水和物、リン酸三ナトリウム八水和物、リン酸三ナトリウム十二水和物」を削除するものであり、訂正事項2は、旧請求項2及び本件明細書の【0061】の記載を基に「前記リン酸塩が1000ppmから50000ppmの割合で組成物に組み込まれ」を直列的に付加するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(2)訂正事項3に係る訂正について
訂正事項3に係る訂正は、旧請求項2に記載されていた事項が全て削除されて新請求項2となったものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(3)訂正事項4に係る訂正について
訂正事項4に係る訂正は、旧請求項3に記載された事項に、本件明細書の【0061】の記載を基に、リン酸塩の含有量の下限値を100ppmから1000ppmにするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(4)訂正事項5~7に係る訂正について
訂正事項5~7に係る訂正は、それぞれ、訂正事項3によりその内容が全て削除された旧請求項2を引用することで引用関係が不明瞭となった旧請求項3~5につき、単に引用関係を正して新請求項3~5としたものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
3 新規事項の追加の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の有無
本件訂正に係る訂正事項1~4は、上記2でそれぞれ検討したとおり、リン酸塩の選択肢の削除、請求項の削除、又は願書に添付した明細書又は特許請求の範囲の記載を基に訂正するものであり、訂正事項5~7は、訂正事項3による請求項の削除に伴い、請求項3~5の引用関係を正したものであるから、新規事項の追加に該当せず、また、各訂正によって本件訂正の前後で特許請求の範囲が実質的に拡張又は変更されたものでないことは明らかである。
したがって、本件訂正は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に規定する要件を満たすものといえる。
4 独立特許要件
本件申立ては、全請求項に係る特許について申し立てられたものであるから、独立特許要件につき判断すべき訂正事項に係る訂正はない。
5 本件訂正に係る検討のまとめ
以上のとおり、本件訂正は、いずれも特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は第3号に掲げる目的要件を満たすものであり、同法同条第5項及び第6項に規定の要件を満たすものである。したがって、本件訂正は、適法にされたものであるから、これを認める。
第3 訂正後の本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1~7に係る発明は、訂正された特許請求の範囲の請求項1~7に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。(以下、請求項1~7に係る発明を、項番に従い「本件発明1」等といい、これらを併せて「本件発明」ということがある。また、本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)
「【請求項1】
熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法であって、組み込まれる安定化剤がリン酸塩又はリン酸塩の混合物であることを特徴とし、
前記リン酸塩が、より具体的には、次の化合物、すなわち無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1種から選択され、
前記リン酸塩が1000ppmから50000ppmの割合で組成物に組み込まれ、
前記安定化剤が、その水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる、方法。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
リン酸塩が1000から5000ppmの割合で組成物に組み込まれることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
PAEKをベースとする組成物が、より具体的には次のポリマー:PEKK、PEEK、PEEKK、PEKEKK、PEEEK又はPEDEKのうちの1種をベースとする組成物であることを特徴とする、請求項1又は3に記載の方法。
【請求項5】
PAEKをベースとする組成物が、より具体的にはポリ(エーテルケトンケトン)(PEKK)組成物であることを特徴とする、請求項1、3及び4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
PAEKをベースとする組成物が、より具体的にはPEKKをベースとする組成物であり、かつ、PEKKに加えて次のポリマー:PEK、PEEKEK、PEEK、PEEKK、PEKEKK、PEEEK、PEDEKのうちの少なくとも1を、組成物の50重量%未満の含有量で含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記組成物が、次のポリマー:PEK、PEEKEK、PEEK、PEEKK、PEKEKK、PEEEK、PEDEKのうちの少なくとも1を、組成物の30重量%未満の含有量で含む、請求項6に記載の方法。」
第4 申立書に記載した申立ての理由及び申立人が提出した証拠方法
1 申立書に記載した申立ての理由
本件特許の請求項1~7に係る特許は、下記(1)~(5)のとおり、特許法第113条第2項及び第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(1)申立理由1(新規性)
本件特許第6824956号の特許請求の範囲の請求項1~5に係る発明は、請求項1~3に係る発明が甲第1号証に記載された発明であり、請求項1~5に係る発明が甲第3号証、甲第5号証又は甲第6号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができるものではないから、本件特許の請求項1~5に係る発明についての特許は、同法同条に違反してされたものであって、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
(2)申立理由2(進歩性)
本件特許第6824956号の特許請求の範囲の請求項1~7に記載された発明は、甲第1号証~甲第6号証に記載の各発明に基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができるものではないから、本件特許の請求項1~7に係る発明についての特許は、同法同条に違反してされたものであって、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
(3)申立理由3(明確性)
本件特許第6824956号の請求項1~7は記載不備であり、各項記載の発明が明確でないから、本件の請求項1~7に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
その具体的理由は、概ね、以下のとおりである。
ア 「請求項1には、「熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む」との記載があるが、PAEKをベースとする組成物を安定化するとは、当該組成物のどのような特性を安定化することを意味するのかが不明確である。」(申立書47頁2~4行)
イ 「請求項1には、「安定化する剤を組み込む」との記載があるが、組成物に剤を組み込むとは、組成物に剤を添加し、混合することであるのか、組成物中の特定の成分と剤とを化学的に反応させることであるのか、またはそれ以外のことを意味するのかが不明確である。」(申立書47頁9~12行)
(4)申立理由4(サポート要件)
本件特許第6824956号の請求項1~7は記載不備であり、各項記載の発明が本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものでないから、本件の請求項1~7の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものでなく、同法同条同項(柱書)に規定する要件を満たしておらず、本件の請求項1~7に係る特許は、同法同条同項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
その具体的理由は、概ね、以下のとおりである。
「本件特許明細書には、実施例で使用されているPEKKの構造、エーテル/ケトン比もしくはテレフタル酸とイソフタル酸の比は何ら記載されていない。そのため、実施例で使用されているPEKK以外の(当審注:中略)PEKKを使用した場合、またはその他のPAEK(当審注:中略)を含有する組成物であった場合に、380℃での粘度の変化率(EV%)に関して、実施例と同様に「熱酸化の現象に対して安定化」する効果が奏されるかは不明である。」(申立書50頁12~21行)
(5)申立理由5(実施可能要件)
本件明細書の発明の詳細な説明の記載では、本件特許第6824956号の請求項1~7に係る発明を、当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、同法同条同項同号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであって、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
その具体的理由は、概ね、以下のとおりである。
ア 「さらに実施例には、(当審注:中略)これらの組成物の組成は、PEKKがベースであること以外について、つまりPEKK以外の成分についての記載がなく、どのような成分を含む組成物であるのかが不明である。」(申立書51頁23~27行)。
イ 「段落【0054】~【0056】等の記載によれば、PEKKをベースとする組成物自体の湿式含浸によって調整し、ここに特定のリン化合物を組み込んだことが記載されているため、湿式含浸は、PAEKをベースとする組成物を製造するために行うものであるのか、または従来技術から公知の重縮合反応によって合成されたPAEKをベースとする組成物を安定化するために行うのかも不明である。」(申立書51頁27行~52頁5行)
(6)申立人が提出した証拠方法
ア 申立書に添付した証拠方法
甲第1号証:特表平4-500088号公報
甲第2号証:特開平3-227320号公報
甲第3号証:ドイツ連邦共和国特許出願公開第4207555号明細書及びその抄訳
甲第4号証:H.H.Kausch編、“Advanced Thermoplastic Composites”Hanser社発行、1993年、p.57~81及びその抄訳
甲第5号証:欧州特許出願公開第2169012号明細書及びその抄訳
甲第6号証:ダイセルエボニック株式会社が発行しているものと解される「VESTAKEEP」なるポリエーテルエーテルケトン樹脂製品のカタログ(発行日不明)
甲第7号証:EVONIC INDUSTRIESが2007年10月8日に最終修正したものと解される「VESTAKEEP 5000G」なる製品の製品安全シート及びその抄訳
甲第8号証:作成者不明の2021年7月7日に作成されたものと解される「VESTAKEEP 5000G」なる製品に係る試験報告書及びその翻訳文
甲第9号証:作成日不明のRoland Wursche博士の宣誓供述書及びその翻訳文
イ 令和4年4月28日の意見書に添付した証拠方法
甲第10号証:Chung-Hwei SU, et. al., "The Assessment of Fire Suppression Capability for the Ammonium Dihydrogen Phosphate Dry Powder of Commercial Fire Extinguishers”, Procedia Engineering 84 (2014), pp. 485-490、及びその抄訳
URL:https://www.researchgate,net/pub1ication/275540b83_The_Assessment of_Fire_Suppression Capability, for the_Ammonium_Dihydrogen_Phosphate_Dry_Powder,of_Commercial_Fire_Extinguishers
ウ 令和5年3月1日の意見書に添付した証拠方法
甲第11号証:リン酸塩が組み込まれた、PEEKに基づいた組成物の溶融粘度および熱酸化の現象に対する安定性についての実験データ及びその翻訳文
甲第12号証:Anna Kipshagen博士の宣誓供述書及びその翻訳文
エ 令和5年12月13日の上申書に添付した証拠方法
甲第13号証:無水リン酸三ナトリウム(Na3PO4)が組み込まれたPEEKと、リン酸塩により処理しなかったPEEKとにおける溶融粘度および熱酸化の現象に対する安定性についての実験データ及びその翻訳文
(以下、甲第1~13号証を、それぞれ「甲1」等という。)
第5 取消理由通知書(決定の予告)の取消理由
1 令和6年1月11日付け取消理由通知(決定の予告)の取消理由
この取消理由通知(決定の予告)の取消理由は、以下のとおりである。
(1)取消理由1(サポート要件)
本件特許の請求項1及び3~7に係る発明は、特許請求の範囲の記載が不備であり、請求項1及び3~7に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定された要件を満たさない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号の規定により取り消すべきものである。
その具体的な理由は、概ね以下のとおりである。
甲13のグラフ1(1 von 3)から、380℃での初期粘度及び30分後の粘度をそれぞれ読み取ると(初期粘度の値は上記グラフの各曲線の傾きから推定した。)、参照用サンプルのPEEK(以下「参照サンプル」という。)では約2000及び4800Pa・s、無水リン酸三ナトリウム(Na3PO4)を3000ppmの割合で組み込んだPEEK(以下「Na3PO4(3000)」という。)では約2000及び6700Pa・sである。これらの値を基にEV%を算出すると、参照サンプルでは約140%(=(4800-2000)/2000×100)、Na3PO4(3000)では約235%(=(6700-2000)/2000×100)となり、無水リン酸三ナトリウムを組み込んだPEEKの方が粘度の変化率が高くなっており、無水リン酸三ナトリウムは熱酸化に対して不安定化させるといえるから、本件発明1に係る方法が上記課題を解決できると解することはできない。
第6 当審の判断
以下に述べるように、当審が通知した取消理由通知(決定の予告)の取消理由、及び、特許異議申立書の申立理由によっては、本件発明1、3~7に係る特許は取り消すことはできない。
そして、本件発明2に係る特許に対する申立ては、本件訂正により請求項2が削除されたから却下する。
1 本件発明2に係る特許に対する申立ての却下
第2及び第3で示したとおり、本件特許の請求項2は本件訂正により削除され、この特許に対する申立ては、申立ての対象を欠くこととなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により決定をもって却下すべきものである。
2 令和6年1月11日付け取消理由通知(決定の予告)の取消理由1(サポート要件)について
申立理由4は、取消理由1と同じサポート要件であるから、併せて検討する。
(1)本件明細書に記載された事項
本件明細書には、次の事項が記載されている。
ア 「【0003】
ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)の総称は、高い熱機械的特性を有する高性能ポリマーの族を指す。このようなポリマーは、酸素原子(エーテル)及び/又はカルボニル基(ケトン)によって連結された芳香環からなる。それらの特性は、主にエーテル/ケトン比によって決まる。PAEK族の物質を称するのに使用される略語で、文字Eはエーテル官能基を表し、文字Kはケトン官能基を表す。以後、本明細書において、これらの略語は、それらが指す化合物を称するのに慣習的な名称の代わりに使用される。
【0004】
PAEK族のグループは、より具体的には、次のように分類される:ポリ(エーテルケトン)(PEK)、ポリ(エーテルエーテルケトン)(PEEK)、ポリ(エーテルエーテルケトンケトン(PEEKK)、ポリ(エーテルケトンケトン)(PEKK)、ポリ(エーテルケトンエーテルケトンケトン)(PEKEKK)、ポリ(エーテエーテルルケトンエーテルケトン)(PEEKEK)、ポリ(エーテルエーテルエーテルケトン)(PEEEK)、及びポリ(エーテルジフェニルエーテルケトン)(PEDEK)。
【0005】
これらのポリマーは、温度及び/又は機械的応力、さらには化学的応力の点で制限的な用途に使用される。これらのポリマーは、航空学、海洋掘削又は医療用インプラント等の様々な分野で見られる。これらは、性質及び用途に応じて、成形、押出、圧縮成形、コンパウンディング、射出成形、カレンダー加工、熱成形、回転成形、含浸、レーザー焼結又はその他、例えば一般的には320~430℃の温度で行われる熱溶解積層法(FDM)等の様々な既知の技術によって加工することができる。
【0006】
PAEKは、典型的には300℃を超える高い融点を有する。したがって、加工可能となるためには、PAEKは、典型的には320℃超、好ましくは350℃超、より一般的には350℃~390℃程度の高温で溶融されなければならない。当然、これらの温度は、当該のPARK構造及び粘度に依存する。先行技術では、当該PAEKの融点よりも少なくとも20℃高い温度でPAEKを溶融することが必要であると考えられる。
【0007】
しかし、そのような加工温度では、溶融PAEKは、その組成が最適化されていない場合、及び/又は構造を安定化させ得る添加物がない場合、熱酸化に関して安定ではない。やがて構造変化の現象が、鎖の末端又は欠損からの分枝及び/又はカップリングによって誘導される鎖切断及び/又は延長機構のいずれかによって証明される。このような欠損は、温度と大気からの二酸化炭素の影響下での酸化反応からのものであるか、又は既にポリマー中に存在するものである。このような構造変化は、ポリマーの架橋まで及ぶことがあり、また、二酸化炭素(CO2)、一酸化炭素(CO)、フェノール、及び芳香族エーテルなどの化合物の放出にもつながる。このような構造変化の現象は、PAEKの物理化学的及び/又は機械的特性の低下と溶融粘度の変化をもたらす。これらの変化は、溶融状態での該ポリマーの加工をより困難にし、例えばポリマーを変形させるために用いられる機械の運転パラメーターのバリエーションのみならず、変形後に得られる製品の外観及び寸法のバリエーションにも影響を及ぼす。
【0008】
PAEK組成物を溶融状態で安定化させるための解決策は既に考えられているが、それでも完全に満足できるものではない。」
イ 「【0011】
文献 米国特許第5063265号、同5145894号、及び国際公開第2013/164855号は、単独又は別の添加剤との相乗作用のいずれかで使用される、溶融PAEK組成物を安定化するための芳香族有機リン化合物の使用を記載している。文献 米国特許第5063265号は、PAEKを安定化するための、例えばホスホナイト、より具体的にはテトラキス(2,4-ジ-tert-ブチルフェニル)[1,1’-ビフェニル]-4,4’-ジイルビスホスホナイト(以後PEP-Qと称される)の使用、及び有機酸の使用を記載している。このような有機リン化合物は、比較的低い酸化度を有する。それらは、典型的には酸化数2又は3であり、したがって溶融ポリマー中の過酸化物基の還元剤の役割を担う。ホスホナイト又はホスファイトなどの芳香族有機リン化合物の主な欠点は、例えば、それらが加水分解に対して感受性があり、その結果、水性経路で又は合成プロセス中にそれらを組み込むことが非常に困難であるという点にある。加えて、それらは変換温度において十分に安定ではなく、結果としてそれらは、揮発性有機化合物を分解し、放出を生じる。
【0012】
例えば、含浸による構造複合体の製造の分野では、以下の3つの主要な経路が可能である。
- いずれの含浸も、ポリマーをその融点より高く、しばしば空気の存在下で溶融することによって行われる。したがって、ポリマーマトリックスは、熱酸化現象に対してあまり感受性であってはならないことが理解される。さらに、揮発性有機化合物が生成される場合、これは、最終複合材料の特性に有害であり得る多孔性の形成を伴う含浸における欠陥をもたらし得る。
- 又は溶媒経路が使用される。しかし、PAEKは、少数の、一般に高度に酸性の有機溶媒か又は高温条件下でジフェニルスルホンなどの重質溶媒にのみ溶解する。この種の溶媒を使用することの難しさに加えて、それを完全に除去することは非常に困難であり、これは揮発性有機化合物と同じ困難さを生じさせる可能性がある。
- 又は最後に、「Wet impregnation as route to unidirectional carbon fibre reinforced thermoplastic composites manufacturing(一方向炭素繊維強化熱可塑性複合体の製造経路としての湿式含浸)」というタイトルの文献(K.K.C.Ho et al., Plastics, Rubber and Composites, 2011, Vol. 40, No. 2, p. 100 -107)に記載されているように、PAEK粉末の水性懸濁液がより一般的に使用される。したがって、例えばPAEK粉末及び界面活性剤の懸濁液が使用され、これは、例えば炭素繊維又はガラス繊維上に堆積される。繊維をオーブンに通して水を蒸発させ、その後ポリマーが溶融して炭素繊維をコーティングするように、典型的には400℃を超える高温でダイに入れる。その後、得られた予備含浸したストリップを使用し、それらを再び高温で加熱することによって複合体を形成する。
【0013】
したがって、安定化剤が加水分解に対して感受性であり、熱劣化するという事実は、溶融ポリマーへの安定化剤の組み込み中及び/又はポリマーの高温加工中の問題を提起する。さらに、安定化剤の分解中に放出される揮発性有機化合物は、不快臭を有し、環境及び/又は健康に有害であり、製造中の複合材料の中に気孔を作り、完成した複合部品に機械的欠陥をもたらす。最後に、繊維の含浸中に放出された揮発性有機化合物はまた、繊維のコーティングを妨害し、そこから生じる材料に重大な機械的欠陥を生じる可能性がある。」
ウ 「【0014】
文献 国際公開第9001510号は、リン酸塩の水溶液中のPAEK族のポリマーの粉末を高温及び加圧下で3時間処理して、不純物のレベルを低減することを記載している。その後、このようにして処理したポリマーを濾過し、水で3回洗浄し、その後16時間乾燥させる。この文献には、水溶性であるリン酸塩がポリマー粉末中に効果的に残留することが全く示されていない。さらに、記載されている処理は、実施するには煩雑で時間がかかり、付加的なもの(additivation)とは全く異なる。最後に、この文献では、密閉媒体でのみ安定性が評価されているため、熱酸化の現象に対して効果的であるとは全く述べられていない。実際に、リン酸塩は、ポリマーに含まれる酸及び塩化化合物を掃去するために、例えばポリスルホン又はポリ塩化ビニルなどの他のポリマーマトリックスに使用されていることが知られている。そのような使用は、例えば文献 米国特許第3794615号又はEP第0933395号、さもなければ米国特許出願公開第2013/0281587号に記載されているが、これらの事例でも、空気の存在下での安定化作用は記載されていない。
【0015】
[技術的問題]
したがって本発明の目的は、PAEKをベースとする組成物を、溶融状態で、温度単独の影響下に限らず、熱酸化現象に対して安定化させる方法を提案することである。
【発明の概要】
【0016】
驚くべきことに、熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む工程を含むポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)をベースとする組成物の安定化のための方法が発見され、前記方法は、組み込まれる安定化剤がリン酸塩又はリン酸塩の混合物であること、該安定化剤が空気の存在下でさえ揮発性有機化合物を放出することなく、溶融状態で熱酸化に対して非常に高い安定性を有する、PAEKをベースとする組成物を得ることを可能することを特徴とし、この使用される安定化剤は、高温、典型的には350℃より高い温度で非常に安定であり、かつ、加水分解に対して感受性ではない。リン酸塩は主に水に可溶であるため、それをPAEKをベースとする組成物に組み込むのは容易である。
【0017】
有利には、リン酸塩は、ドライブレンド、コンパウンディング、湿式含浸の技術のいずれか1つによって、又はPAEKポリマーを合成するためのプロセス中に、PAEKをベースとする組成物に組み込まれる。」
エ 「【0027】
本明細書において、「溶融状態で安定なポリマー」とは、溶融時に構造がほとんど変化しないポリマーを意味し、その物理化学的特性、特に粘度は限られた範囲内でしか変化しない。より詳細には、ポリマーは、380℃で、又は融点が370℃より高い場合には融点よりも20℃高い温度で、振動数1Hzで振動レオメーターによって窒素下で測定し、溶融状態での粘度の変化が30分で100%未満、特に50%未満、特に20%未満、最も具体的には-20%から+20%の間である場合、窒素下、溶融状態で安定であると考えられる。同様に、ポリマーは、空気下であることと、振動数が0.1Hzであること以外は上記の通りに測定し、溶融状態での粘度の変化が30分で150%未満、特に100%未満、特に50%未満、最も具体的には-20%から+50%の間である場合、空気下、溶融状態で安定であると考えられる。
【0028】
一変形によれば、組成物に組み込まれる安定化剤は、リン酸塩の混合物であってもよい。
【0029】
実際に、そのようなリン酸塩は空気下でも窒素下でも溶融状態でのPAEK組成物の安定化を可能にすることができることが発見されている。空気下、溶融状態でPAEKを安定化させるこの効果は非常に驚くべきものであり、熱酸化現象に対して、溶融状態でPAEKを安定化させるためにリン酸塩を組み込むことを選択することは、当業者にとって直感的に理解できることではなかった。実際、リン酸塩は最大の酸化度を有し、その結果、酸化防止剤であることは知られていない。しかし、空気中の酸素の存在下では、溶融状態で熱酸化の現象に対してポリマーを安定化させることができる。実際、組成物は溶融状態で、リン酸塩を含まない同一の組成物と比較して、より安定した粘度が得られており、これは特に分枝現象による鎖延長の現象がより限定されていることを意味する。
【0030】
したがってリン酸塩は、空気の存在下でさえ、芳香族有機リン化合物と同等の高い効力で、PAEK組成物を溶融状態で安定化させる作用剤として存在する。そうでなくとも、リン酸塩は、加水分解せず、揮発性有機化合物の放出も全く生じないため、芳香族有機リン化合物と比較してかなりの利点を有する。リン酸塩が水和形態で存在するか、又はリン酸塩が二量体化するような特定の場合には、水のみが生成され得る。」
オ 「【0036】
PAEKをベースとする組成物へのリン酸塩の組み込みに関連する別の驚くべき効果は、リン酸塩が核形成剤として作用することを可能にするという事実にある。標準的な変形条件下で、又は例えばレーザー焼結で結晶化可能な生成物を生成させ、それにより半晶質PEKKを有するように結晶化速度を上げることは、耐薬品性などの特定の特性にとって有利である。さらに、そのような核形成剤は、ポリマーの処理条件にかかわらずポリマーの機械的特性の一貫性を確保するために、ポリマーの結晶形態、特に結晶領域の大きさ(又は球晶)を制御することを可能にする。」
カ 「【0039】
PAEKを合成するための方法は一般に、重縮合からなる。合成は、2つの経路、すなわち重合工程中にエーテル結合が形成される求核経路、又は重合工程中にカルボニル架橋が形成される求電子経路に従って行われ得る。例えばPEKKは、DPE(ジフェニルエーテル)と塩化テレフタロイル及び/又は塩化イソフタロイルとの間のフリーデルクラフツ重縮合反応の結果として生じる。
【0040】
PAEKをベースとする安定化組成物が、それを得るためのプロセス中にPAEKの含浸により得られる場合、このリン酸塩溶液によるPAEKの含浸は、PAEKの重合の後、その乾燥の前に行われる。溶媒は、PAEK粒子の少なくとも50%を構成する溶媒相に可溶である一方で、金属リン酸塩を溶解することができるように選択される。この含浸は、均質化を促進するために、有利には撹拌しながら実施される。有利には、水で湿ったPAEK及び金属リン酸塩水溶液が選択される。」
キ 「【0045】
PAEKをベースとする安定化組成物は、湿式ブレンドによっても得ることができる。この目的のために、乾燥PAEKに金属リン酸塩溶液を含浸させる。この溶液は、リン酸塩が水溶性であれば、好ましくは水性である。混合は、均質化を促進するために、好ましくは撹拌しながら実施される。その後、混合物を乾燥させ、それにより溶媒を除去する。」
ク 「【0048】
リン酸塩の主な利点の1つは、例えば350℃以上の非常に高い温度に加熱しても、揮発性有機化合物の放出を生じさせず、ただ、蒸気の形態で水を失うだけである。結果として、リン酸塩は、環境及び/又は健康に対するいかなるリスクももたらさず、また、繊維のコーティングを妨害し、及び/又は最終的に製造された物体に欠陥を生じさせるおそれがあり、ひいては機械的特性の低下をもたらすおそれのある気孔を作らない。
【0049】
上に記載のPAEK及びリン酸塩をベースとする組成物は、本発明による組成物及び任意選択的に他の添加剤、フィラー又はその他のポリマーを含む均質ブレンドを得ることを可能にする、任意の既知の方法によって調製することができる。このような方法は、ドライブレンド(例えばロールミルを使用する)、溶融押出、コンパウンディング又は湿式含浸の技術から選択されてもよく、又はポリマーの合成プロセス中であってもよい。」
ケ 「実施例1:窒素下での粘度の測定
【0053】
PEKKをベースとするいくつかの組成物を調製した。安定化剤を含まない、PEKKの対照組成物CTを、重縮合反応による従来の合成方法によって調製した。
【0054】
PEKKをベースとする第2の組成物(参照番号C1)を、湿式含浸によって調製し、下記の式(1)のPEP-Q(テトラキス(2,4-ジ-tert-ブチルフェニル)[1,1’-ビフェニル]-4,4’-ジイルビスホスホナイト)を1000ppmの量で組み込んだ。このホスホナイトは、PEKK組成物の安定化についての比較例として使用される。
[図:0001420288000001.jpg]
【0055】
PEKKをベースとする第3の組成物(参照番号C2)を、水性含浸によって調製し、下記の式(2)の無水リン酸一ナトリウム(NaH2PO4)(リン酸二水素ナトリウムとも呼ばれる)を1000ppmの量で組み込んだ。
[図:0001420288000002.jpg]
【0056】
PEKKをベースとする第4の組成物(参照番号C3)を、第2及び第3の組成物と同じ方法で、水性含浸によって調製し、下記の式(3)のトリメタン酸ナトリウム(Na3P3O9)(無水リン酸三ナトリウムとも呼ばれる)を1000ppmの量で組み込んだ。
[図:0001420288000003.jpg]
…
【0058】
その後、これらの組成物CT~C4の溶融粘度を、380℃、窒素下、振動数(応力とも呼ばれる)1Hz、ひずみ振幅0.5%で、振動レオメーターを用いて時間の関数として測定した。
【0059】
図1の曲線は、このようにして測定されたPEKKの対照組成物CTの粘度を表す。初期粘度及び30分後の粘度から、経時的なポリマーの安定性を算出し、380℃での粘度の変化率(EV%)として表す。ポリマーの安定性は、以下の式によって算出される。
EV%=(30分時点の粘度-初期粘度)/初期粘度×100
【0060】
図1の曲線から、窒素下、1Hzの応力での、PEKKベースのポリマーに基づく対照組成物CTの粘度EVの変化率として表される安定性が160%に等しいことがわかる。
【0061】
以下の表Iは、安定化剤の有無にかかわらず、湿式含浸によって得られた異なる組成物CT~C4の窒素下での安定性(EV%)に関するデータをまとめたものである。
[図:0001420288000004.jpg]
【0062】
表Iに示す結果から、PEKKをベースとする組成物中にリン酸塩が存在すると、対照組成物CTとは異なり、経時的により安定な粘度を有する溶融状態の組成物を得ることが可能であり、その粘度は時間と共に急速に増加し、鎖延長を示し、ゆえにポリマーの特徴の有意な変化を示していることがわかる。
【0063】
有機リン酸塩(組成物C4中)はリン酸塩に比べて効果が低いが、PEKKの対照組成物CTよりも安定な粘度を有する溶融状態の組成物を得ることも可能にする。」
コ 「実施例2:窒素下及び空気下での粘度の測定
【0064】
PEKKをベースとするいくつかの化合物をコンパウンディング技術により調製した。押出機を用い、PEKKをベースとしたくいくつかの組成物から異なる化合物を製造する。380℃、窒素下及び空気下での、異なる組成物の挙動を比較した。
【0065】
粒状で、かつ、いかなる安定化剤も含まない、PEKKの第1の対照組成物CTを調製した。
【0066】
PEKKをベースとする第2の組成物(参照番号C5)を、コンパウンディング技術によって調製し、上記の式(1)のリン酸一ナトリウム(NaH2PO4)を1000ppmの量で組み込んだ。
【0067】
PEKKをベースとする第3の組成物(参照番号C6)を、コンパウンディング技術によって調製し、上記の式(3)の無水リン酸三ナトリウム(Na3P3O9)を1000ppmの量で組み込んだ。
【0068】
PEKKをベースとする第4の組成物(参照番号C7)を、コンパウンディング技術によって調製し、下記の式(5)のADK STAB NA-11UH PEP-Q(リン酸2,2’-メチレン-ビス(4,6-ジ-tert-ブチルフェニル)ナトリウム)を1000ppmの量で組み込んだ。
[図:0001420288000005.jpg]
【0069】
その後、これらの組成物CT’、C5、C6及びC7の溶融粘度を、380℃、窒素下、その後空気下でそれぞれ1Hzと0.1Hzの振動数(応力とも呼ばれる)、ひずみ振幅0.5%で、振動レオメーターを用いて時間の関数として測定した。
【0070】
以下の表IIは、安定化剤の有無にかかわらず、コンパウンディングによって得られた異なる組成物の窒素下及び空気下での安定性(EV%)に関するデータをまとめたものである。
[図:0001420288000006.jpg]
【0071】
表IIの結果から、リン酸塩はPEKKの優れた安定化剤であり、窒素下でも空気下でも同等であることがわかる。安定化の最も驚くべき現象は、空気中でさえ、溶融状態で測定された粘度が比較的安定したままであるという事実にある。したがって、リン酸塩は、空気の存在下であっても、熱酸化の現象に対して非常に有効な安定化剤である。」
サ 「実施例3:組み込まれたリン酸塩の比率の影響
【0072】
PEKKをベースとするいくつかの組成物を調製した。安定化剤を含まない、PEKKの対照組成物CTを、重縮合反応による従来の合成方法によって調製した。他の組成物はPEKKをベースとし、それぞれが異なる含有量で無水リン酸三ナトリウムを含む。
【0073】
比較組成物は、水性含浸によって調製される。
【0074】
以下の表III中の参照番号C8の組成物は500ppmの無水リン酸三ナトリウムを含むのに対し、参照番号C9の組成物は、それを1000ppm含み、参照番号C10の組成物は、それを3000ppm含む。
【0075】
その後、これらの組成物CT、C8、C9及びC10の溶融粘度を、380℃、窒素下、応力1Hz、ひずみ振幅0.5%で、振動レオメーターを用いて時間の関数として測定した。
【0076】
以下の表IIIは、これらの異なる組成物の窒素下の安定性(EV%)に関するデータをまとめたものである。
[図:0001420288000007.jpg]
【0077】
この表3から、溶融状態での組成物の粘度の経時的な安定性は、リン酸塩の含有量と共に増加することがわかる。」
シ 「実施例4:カチオンの影響
【0078】
PEKKをベースとするいくつかの組成物を調製した。安定化剤を含まない、PEKKの対照組成物CTを、重縮合反応による従来の合成方法によって調製した。他の組成物はPEKKをベースとし、それぞれが異なる対アニオンを有するリン酸二水素塩を含む。
【0079】
以下の表IV中の参照番号C11の組成物は、1000ppmの(上記式(1)の)無水リン酸二水素ナトリウムを含み、一方、参照番号C12の組成物は、1000ppmのリン酸二水素アンモニウムを含む。
【0080】
その後、これらの組成物CT、C11、及びC12の溶融粘度を、380℃、窒素下、応力1Hz、ひずみ振幅0.5%で、振動レオメーターを用いて時間の関数として測定した。
【0081】
以下の表IVは、これらの異なる組成物の窒素下の安定性(EV%)に関するデータをまとめたものである。
[図:0001420288000008.jpg]
【0082】
この表IVから、PEKKをベースとする組成物中にン酸二水素アンモニウム又は無水リン酸二水素ナトリウムが存在すると、対照組成物CTとは異なり、経時的により安定な粘度を有する溶融状態の組成物を得ることが可能であり、その粘度は時間と共に急速に増加し、鎖延長を示し、ゆえにポリマーの特徴の有意な変化を示していることがわかる。」
ス 「実施例4:熱安定性
【0083】
さらに、PAEKをベースとする組成物に組み込まれるリン酸塩は、熱的に非常に安定である。実際、リン酸塩については、測定された重量損失は、水の損失に相当する。例えばリン酸一ナトリウムを用いると、その後に起こる現象は、以下の式(A)の通り、脱水及び二量体化である。
[図:0001420288000009.jpg]
【0084】
一方、PEP-Qも、200℃程度の温度で分解して有機化合物を放出し始める。
【0085】
図2のグラフに示される温度T(℃)の関数としての熱重量(TG)曲線により、水の損失によるリン酸塩の重量損失が説明され得る一方、ホスホナイトPEP-Qは、200℃から急速に分解し、揮発性有機化合物を放出する。
【0086】
したがって、リン酸塩は、熱酸化現象に対する高い安定性も兼ね備えた高い熱安定性を有する。」
セ 「実施例5:リン酸塩の追加の核形成効果
【0088】
結晶化の試験を、以下の表Vに列挙した、異なる組成の異なる試料(参照番号E1~E4)で実施した。
【0089】
DSCと記される示差走査熱量測定により結晶化の試験を実施する。DSCは、分析する試料と参照試料との間の熱交換の差異を測定することを可能にする熱分析技術である。
【0090】
この結晶化試験を実施するために、TA Instrumentsの装置Q2000を使用した。この試験は、非等温及び等温結晶化で実施した。
【0091】
試験試料は、粒状である。参照番号E1のPEKKをベースとする対照試料を、PEKKとリン酸塩を同じ比率でベースとしている試料E2及びE3と比較する。異なる試料が、より詳細に以下の表Vに記載されている。
[非等温結晶化]
【0092】
異なる試料E1~E3による、非等温条件でのDSCに関するプロトコールは第一に、温度を20℃で安定させることにある。その後、温度を、毎分20℃の勾配で380℃まで徐々に上げ、その後毎分20℃の逆勾配によって徐々に下げて再び20℃にする。
【0093】
結晶化は、冷却工程中に試験する。熱流量を温度関数として測定し、各試験試料について、温度の関数としての熱流量の変化を表す曲線を得る。その後、Tcと記され、摂氏で表わされる結晶化温度は、対応する曲線の最大値を横軸に投影することにより、各試料について決定される。この決定は、使用するDSC装置で直接実施される。E1~E3の各試料について測定された結晶化温度Tcを、以下の表Vに示す。
[等温結晶化]
【0094】
半結晶化時間を測定するために、試料E1~E3について等温条件下でもDSC分析を実施した。この目的のために、等温DSCのプロトコールは、次の3つの工程を含む。すなわち第1の工程は、まず温度を20℃で安定させることにあり、続いて第2の工程は、その温度を毎分20℃の勾配で380℃まで徐々に上げることにある。最後に、その温度を毎分20℃の勾配により380℃から315℃まで下げ、その後温度を315℃で1時間安定させる。
[図:0001420288000010.jpg]
【0095】
表Vの得られた結果から、半結晶化時間は対照PEKK顆粒の試料E1の場合、約3.1分であることがわかる。ポリマーの半結晶化時間は、当該ポリマーの50%の結晶化に必要な時間である。
【0096】
結晶化温度が上昇する間、組成がリン酸塩を含む試料E2及びE3の半結晶化時間が短縮される。この現象は、リン酸塩の核形成効果に起因する。したがって、このような組成により得られる大きな棒について、核形成効果は、大きな結晶領域の出現を回避し、良好な機械的特性を得ることを可能にする。
【0097】
射出成形又は押出での使用を目的とした顆粒に関しては、加速された結晶化により、結晶形態、特に球晶の大きさを制御することが可能になり、それによって特定の機械的特性及び球晶の大きさの一貫性が保証される。」
ソ 「【0098】
水性含浸経路での使用を目的とした顆粒に関しては、水和リン酸塩(hydrated phosphate salt)を組成物中に使用することができる。しかし、組成物のその後の処理中に水が放出され、組成物の物理的特性に悪影響を及ぼす可能性があるため、無水リン酸塩が好ましい。
【0099】
したがってリン酸塩は、PAEKの、より具体的には、限定的ではないがPEKKの良好な安定化剤である。これらのリン酸塩はまた、いくつかの非常に有利な効果も併せ持つ。実際、リン酸塩は、空気の有無にかかわらず温度安定性を提供し、かつ、ホスファイト又はPEP-Qのようなホスホナイトなどの他のリン系安定化剤とは異なり、加水分解に対しても安定であり、揮発性有機化合物は生成せず、単に水蒸気を生じるのみである。リン酸塩はまた、変形に対する安定化剤の全ての優れた効果を併せ持つ。すなわち、変形中の色の変化を制限することを可能にし、溶融状態の構造の安定性を向上させ、ポリマー鎖の変化を有意に減少させ、それによって材料の結晶性及び機械的特性を保持することが可能になる。最後に、リン酸塩は、核形成剤及び残留酸の調節剤(緩衝剤効果)として作用し、その結果、装置を腐食から保護するのにも役立つ可能性がある。」
タ 「【図2】
[図:0001420288000011.jpg]
」
(2)本件発明1における「PAEKをベースとする組成物」
本件明細書には、ポリ(アリーレンエーテルケトン)(PAEK)の総称は、高い熱機械的特性を有する高性能ポリマーの族を指すこと、PAEKが酸素原子(エーテル)及び/又はカルボニル基(ケトン)によって連結された芳香族からなるポリマーであり、PAEK族はPEK、PEEK等の各グループに分類されることが記載されており(【0003】、【0004】)、PAEKはエーテル基及びケトン基によって連結された芳香族からなるポリマーの族であって、PEK,PEEK等のポリマーを技術的に包含すると解される。
そして、本件明細書には、「PAEKをベースとする組成物」として、PEKKに加えて、PEK、PEEKEK、PEEK、PEEKK、PEKEKK、PEEEK、PEDEKの少なくとも1を、組成物の50重量%未満の含有量で含むものが例示されており(【0025】)、これは、PEKKと、PEKK以外のPAEK族のポリマーによって実質的に構成されるものであると解される。
これらの本件明細書の記載からみて、「PAEKをベースとする組成物」は、PAEKが2種以上のポリマーを含み得るために「組成物」と呼ばれ、1種又は2種以上のPAEK族のポリマーのみで構成されていても「PAEKをベースとする組成物」に包含されると解釈するのが合理的である。
そして、本件明細書には、PAEKの重合後であってその乾燥前に、リン酸塩溶液によるPAEKの含浸が行われること(【0040】)、乾燥PAEKに金属リン酸溶液を含浸させること(【0045】)、さらに、実施例1では、PEKKの対照組成物CTを重縮合反応による従来の合成方法によって調製し(【0053】)、これに湿式(水性)含浸によって無水リン酸一ナトリウムを1000ppmの量で組み込んだ第3の組成物C2を調製したことが記載されており(【0055】)、これらはいずれも、PAEK又はその単独のポリマーであるPEKKにリン酸塩を湿式含浸で組み込んでおり、「PAEKをベースとする組成物」の上記解釈と符合するものであると解される。
なお、本件明細書には、「上に記載のPAEK及びリン酸塩をベースとする組成物は、本発明における組成物及び任意選択的に他の添加剤、フィラー又はその他のポリマーを含む均質ブレンドを得ることを可能にする。」(【0048】)と記載されているが、上記「本発明における組成物」と、当該組成物と他の添加剤等を含む上記「均質ブレンド」とは異なるものであると解される。
(3)甲11に記載された事項
甲11(申立人が提出した翻訳文を当審訳とする。)には、以下の事項が記載されている。以下、甲11の記載は、グラフ以外は、甲11翻訳文の記載及び記載箇所により示す。
「
[図:0001420288000012.jpg]
[図:0001420288000013.jpg]
[図:0001420288000014.jpg]
[図:0001420288000015.jpg]
[図:0001420288000016.jpg]
[図:0001420288000017.jpg]
[図:0001420288000018.jpg]
」(甲11翻訳文の1~7頁)
「
[図:0001420288000019.jpg]
」(甲11の5頁)
(4)甲13に記載された事項
甲13(申立人が提出した翻訳文を当審訳とする。)には、以下の事項が記載されている。以下、甲13の記載は、グラフ以外は、甲13翻訳文の記載及び記載箇所により示す。
「
[図:0001420288000020.jpg]
[図:0001420288000021.jpg]
[図:0001420288000022.jpg]
[図:0001420288000023.jpg]
[図:0001420288000024.jpg]
[図:0001420288000025.jpg]
」(甲13翻訳文の第1~6頁)
「
[図:0001420288000026.jpg]
」(甲13の1von3)
甲13には、「cNa3PO4」なる記載があり、「c」の意味は不明であるが、無水リン酸三ナトリウムの化学式は「Na3PO4」であり、その結晶系は六方晶又は立方晶であることは、本件特許出願時の技術常識であるから(必要があれば、特表2018-502109号公報の【0049】を参照されたい。)、甲13の実験で用いられた「cNa3PO4」は六方晶系又は立方晶系無水リン酸三ナトリウムのいずれかであると解される。
(5)取消理由1(サポート要件)の判断
ア 特許法第36条第6項第1号(サポート要件)の判断手法
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。以下、この観点に立って判断する。
イ 本件発明の課題
本件明細書には、「本発明の目的は、PAEKをベースとする組成物を、溶融状態で、温度単独の影響下に限らず、熱酸化現象に対して安定化させる方法を提案することである」(【0015】)と記載され、また、「前記方法は、組み込まれる安定化剤がリン酸塩又はリン酸塩の混合物であること、該安定化剤が空気の存在下でさえ揮発性有機化合物を放出することなく、溶融状態で熱酸化に対して非常に高い安定性を有する、PAEKをベースとする組成物を得ることを可能することを特徴とし」(【0016】)と記載され、本件発明に係る方法により安定化剤が組み込まれたPAEKをベースとする組成物は、空気の存在下でも、溶融状態で熱酸化現象に対して高い安定性を有するものである。
そうすると、本件発明が解決しようとする課題は、PAEKをベースとする組成物が、溶融状態で、温度単独の影響下に限らず、例えば空気の存在下でも、熱酸化現象に対して安定化する方法を提供することであると解される。
ウ 本件発明1について
本件訂正により、本件発明1におけるリン酸塩の化合物から、リン酸三ナトリウムの無水物及び水和物が削除され、リン酸塩の化合物は、リン酸一ナトリウム、リン酸二ナトリウムの無水物及び水和物、又はリン酸二水素アンモニウムになった。
本件明細書(特に【0059】及び表I~表IV)によれば、本件発明1が上記イで述べた課題を解決できるか否かは、380℃での初期粘度(380℃に達した直後の粘度)及び30分後の粘度から粘度の変化率(EV%=30分時点の粘度-初期粘度/初期粘度×100)を算出して評価するものと解される。
そして、本件明細書には、リン酸一ナトリウムの無水物、及びリン酸二水素アンモニウムをPEKKに1000ppmの量で組み込んだ具体例(実施例1、2及び4)が記載されており、特に実施例2は、リン酸一ナトリウムの無水物を組み込むことにより、窒素下及び空気下での安定性(EV%)が高まることが示されている。また、リン酸二ナトリウムはリン酸一ナトリウムと類似の構造を有するものであり、リン酸一ナトリウムと同様に、熱酸化の現象に対してPAEKをベースとする組成物を安定化するものと推認できる。
そうすると、本件明細書は、本件発明1が上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されており、本件の請求項1に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすといえる。
エ 本件発明3~7について
本件発明3~7は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、上記ウで本件発明1について述べたのと同じ理由により、本件明細書は、本件発明3~7が上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されているといえる。
オ 甲11及び甲13について
なお、申立人が提出した実験データである甲11及び甲13には、PEEKに対するリン酸三ナトリウムの含有量が3000ppmであっても、窒素下又は空気下で380℃での溶融粘度の安定性に劣ることが示されているにとどまり、リン酸一ナトリウム、リン酸二ナトリウムの無水物もしくは水和物、又はリン酸二水素アンモニウムをPAEKに組み込んだ場合であっても、溶融粘度の安定性に劣ることは記載も示唆もされていない。
(6)申立理由4(サポート要件)の判断
申立人は、「本件特許明細書には、実施例で使用されているPEKKの構造、エーテル/ケトン比もしくはテレフタル酸とイソフタル酸の比は何ら記載されていない。そのため、実施例で使用されているPEKK以外の(当審注:中略)PEKKを使用した場合、またはその他のPAEK(当審注:中略)を含有する組成物であった場合に、380℃での粘度の変化率(EV%)に関して、実施例と同様に「熱酸化の現象に対して安定化」する効果が奏されるかは不明である。」(申立書50頁12~21行)と主張する。
しかしながら、本件発明は、「安定化剤を組み込む」対象物を「PAEKをベースとする組成物」に限定したものであり、PAEK族のポリマーは、酸素原子(エーテル)及びカルボニル基(ケトン)によって連結された芳香族からなる共通した構造を有し(本件明細書の【0003】)、この構造に伴い、300℃を超える高い融点を有し(【0006】)、溶融PAEKは、熱酸化によって、鎖の末端又は欠損からの分枝及び/又はカップリングによって誘導される鎖切断及び/又は延長機構のいずれかの構造変化の現象があり、PAEKの物理化学的及び/又は機械的特性の低下と溶融粘度の変化をもたらす(【0007】)と解される。
また、本件訂正により、組み込まれる安定化剤が、リン酸一ナトリウム及びリン酸二ナトリウムの無水物及び水和物、並びにリン酸二水素アンモニウムに限定された。本件明細書の実施例には、リン酸一ナトリウムの無水物、及びリン酸二水素アンモニウムを組み込んだ具体例(実施例1、2及び4)が記載されており、特に実施例2は、リン酸一ナトリウムの無水物を組み込むことにより、窒素下及び空気下での安定性(EV%)は同様に高まることが示されていると解される。また、リン酸二ナトリウムは、リン酸一ナトリウムと類似の構造を有し、熱酸化の現象に対してPAEKをベースとする組成物を安定化すると推認できる。
そして、本件発明は、そのような「PAEKをベースとする組成物」に1000~50000ppmのリン酸塩を組み込むことにより、熱酸化の現象に対して安定化する方法であり、PAEKの構造やエーテル/ケトン比が異なることで、融点や溶融粘度、熱分解温度が異なるために、本件発明の課題を解決できないことを示す本件特許出願時の技術常識は見当たらない。
また、申立人は、実施例以外のPAEKをベースとする組成物である場合に、本件発明の課題を解決できるかは不明であることを主張するのみであり、その具体的な証拠を何ら示していない。
(7)まとめ
したがって、本件の請求項1及び3~7に係る特許は、特許法第36条第6項第1号の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものでなく、同法第113条第4号の規定により取り消すことはできない。
3 特許異議申立書に記載した申立理由について
(1)申立理由1(新規性)及び申立理由2(進歩性)について
ア 本件発明の技術的意義
本件明細書には、PAEKは320℃超の高温で溶融される(【0006】)が、このような加工温度では、溶融PAEKは熱酸化に安定ではなく、分枝、鎖切断、延長等の構造変化の現象があること(【0007】)、PAEKを安定化するために使用される芳香族有機リン化合物は、加水分解に対して感受性があり、水性経路で組み込むことが困難であること、及び、高温加工中に分解して有害な揮発性有機化合物を放出し、完成部品に気孔を作って機械的欠陥をもたらすこと(【0011】)ことが記載されている。
また、本件明細書には、リン酸塩は、空気下でも窒素下でも溶融状態でのPAEK組成物の安定化を可能にし(【0029】、実施例、【0099】)、溶融時に構造がほとんど変化せず、粘度は限られた範囲でしか変化しないこと(【0027】)、加水分解せず、揮発性有機化合物の放出も全く生じず(【0030】、図2)、また、水に可溶であるため水性経路でPAEKをベースとする組成物に組み込むのが容易であること(【0016】)、リン酸塩が核形成剤として作用し、半結晶化時間を短縮し、大きな結晶領域の出現を回避し、良好な機械的特性を得ることができること(【0096】、【0097】)、がそれぞれ記載されている。
これらのことから、本件発明は、リン酸塩の使用により、以下の技術的意義を有すると解される。
(i)PAEKをベースとする組成物は、熱酸化の現象に対する安定性が付与され、溶融時に構造がほとんど変化せず、溶融状態の粘度が安定している。
(ii)揮発性有機化合物を放出しない。
(iii)リン酸塩を水性経路でPAEKをベースとする組成物に組み込むことができる。
(iv)PAEKの大きな結晶領域の出現を回避し、良好な機械的特性を得ることができる。
イ 甲1を主引例とする理由
(ア)甲1に記載された事項及び甲1に記載された発明
甲1には、次の事項が記載されている。
a 「請求の範囲
1.ポリ(アリーレンエーテルケトン)の溶融加工に先立ってポリ(アリーレンエーテルケトン)を約240℃~約325℃の温度で約0.5~約24時間加熱することから成るポリ(アリーレンエーテルケトン)を安定化する方法。
2.加熱を空気または窒素雰囲気中で行う請求項1記載の方法。
3.加熱を真空下で行う請求項1記載の方法。
4.加熱を約275℃~約310℃の温度で約2~約17時間行う請求項1記載の方法。
5.ポリ(アリーレンエーテルケトン)を水に接触させながら少なくとも160℃の温度に加熱することによってポリ(アリーレンエーテルケトン)を水熱処理することから成るポリ(アリーレンエーテルケトン)を安定化する方法。
6.水熱処理を約240℃~約300℃の温度で約0.25~約5時間行う請求項5記載の方法。
7.水熱処理を、ポリ(アリーレンエーテルケトン)が水性媒体に少なくとも部分的に浸漬されている加圧容器の中で行う請求項5記載の方法。
8.水性媒体が本質的に水から成る請求項7記載の方法。
9.水熱処理を、ポリ(アリーレンエーテルケトン)を過熱蒸気に接触させることによって行う請求項5記載の方法。
10.ポリ(アリーレンエーテルケトン)が
[図:0001420288000027.jpg]
および
[図:0001420288000028.jpg]
から成る群から選ばれた繰り返し単位を持つ請求項1または5記載の方法。
11.ポリ(アリーレンエーテルケトン)かルイス酸触媒を用いたフリーデル・クラフツ重合によって製造されたものである請求項1または5記載の方法。
12.ルイス酸触媒が塩化アルミニウムである請求項11記載の方法。」
b 「本発明者らは、PAEKの安定性、特に溶融加工状態下の安定性は、ワークアップまたは単離工程中に高温処理することによって実質的に改善され得ることを発見した。本発明を通じて達成できる利点の中には、最終重合体中の塩化物および/またはアルミニウムのような不純物のレベルが下がること、溶融加工をしたとき色の薄い押出物になること、溶融粘度が低いことおよび/または溶融安定性が改良されることがある。」(第3頁左下欄5~11行)
c 「解離は重合の完了後に重合反応混合物を解離用塩基で処理することによって行える。塩基を反応媒体に加えてもよく、あるいは反応媒体を塩基に加えてもよい。解離用塩基はポリマー鏡上の塩基性基と少なくとも同程度にルイス酸に対して塩基性でなければならない。そのような解離は、ポリマーを反応混合物から単離して本発明による熱処理をする前に行うべきである。」(5頁右下欄15行~6頁左上欄4行)
d 「実施例1
4.4’-ジフェノキシベンゾフェノン(DPBP)およびテレフタロイルクロライド(TCl)をモノマーとして、塩化ベンゾイルをキャッピング剤として、塩化メチレンを溶媒として、塩化アルミニウムを触媒として用いて、ジメチルスルホン・ルイス塩基の存在下に、ジャンソンズらのアメリカ合衆国特許第4,709,007号の一般的方法に従って、重合反応を行った。TCl/ジメチルスルホン/塩化アルミニウムのモル比は1/1.5/5.4で、配合は16重量%ポリマー固形分になるようにした。DPBPを最後に加えた成分とし、反応体を容器中で撹拌下-15℃以下で混合した。室温まで暖める内に反応体のスラリーが均質になった。約30分以内に反応物は固まってゲルになった。
反応を約3時間進行させ、その後反応混合物を下記のワークアップ方法でワークアップした。ポリマーを解離させるためゲルを水の存在下にグラインダーに移した。次にポリマーを濾過し、水中でスラリー化することによって3回洗った(ポリマー1gにつき水約25g)。次いでポリマーを0.15重量%の塩酸に入れて6時間にわたって撹拌した(ポリマー1gにつき溶液約25g)。塩化メチレンを逃しながらこのスラリーを数時間沸騰させた。ポリマーを再び濾過し、3回洗い(ポリマー1gにつき水約25g)、その後0.15重量%のアンモニア水(ポリマー1gにつき溶液約25g)中で約2時間沸騰させた。次いてポリマーを濾過して3回洗った(ポリマー1gにつき水約25g)。
上記のワークアップの後、湿パウダー200gを、水900mLを含む2LのハステロイBオートクレーブ(Parrボンベ)に入れた。オートクレーブを所望の温度(第1表)まで加熱して3時間保持した。次にポリマーを濾過して3回水で洗った(ポリマー1gにつき水約25g)。同様のバッチからのコントロール試料(第1表、ランIA)を5時間水中で沸騰させ、上記のようにして3回水洗した。次にすべての試料を200℃で16時間乾燥させた。第1表はシーグラフ・マツケルヴイー細管流動計の溶融粘度データ並びに処理後のポリマー中の残存アルミニウムおよび塩化物のレベルを表す。すべての水熱処理した試料に対して品質の向上が見られる。処理された試料は、流動計のバレル内で400℃で保持した後も溶融粘度の変化が少ないことを示し、溶融安定性がよいことを示した。すべての試料はまた残存塩化物の低いレベルを示し、また275℃以上で処理したものも残存アルミニウムの測定レベルが低かった。
[図:0001420288000029.jpg]
」
e 「実施例4
実施例1と同様に反応を行ったが、オートクレーブ処理に先立ってポリマーを200℃で乾燥した。オートクレーブにポリマー20gと0.092Mのリン酸二水素ナトリウム水溶液900mLとを加えた。系を300℃に3時間加熱した。第4表は、コントロールに比較してこの試料の初期の溶融粘度の低下と溶融粘度保持性の向上を示す。また、ラン4Bの押出物はラン4Bの押出物よりも色が薄かった。
[図:0001420288000030.jpg]
」
甲1には、「ポリ(アリーレンエーテルケトン)を水に接触させながら少なくとも160℃の温度に加熱することによってポリ(アリーレンエーテルケトン)を水熱処理することから成るポリ(アリーレンエーテルケトン)を安定化する方法。」(摘記aの請求項5)が記載され、その具体例である実施例1として、ポリ(アリーレンエーテルケトン)であるポリマーの重合反応を行って反応混合物を得た後、ワークアップしてポリマーを解離させ、上記ワークアップの後、湿パウダーと水をオートクレーブで水熱処理し、ポリマーを水洗及び乾燥したことが記載されており(摘記d)、また、実施例4のラン4Bとして、実施例1と同様に重合反応を行い、オートクレーブ処理に先立ってポリマーを乾燥し、オートクレーブにポリマーとリン酸二水素ナトリウム水溶液とを加えて300℃に3時間したことが記載されている(摘記e)。
ここで、実施例4(摘記e)には、重合反応後のワークアップやオートクレーブで水熱処理した後の工程は記載されていないが、上記ワークアップは重合反応の反応混合物からポリマーを解離する工程であるから、実施例4においても実施例1と同様にワークアップを行うと解するのが自然であり、また、水熱処理した後にポリマーを水洗及び乾燥することは、通常行われる処理であると解される。
そうすると、甲1には、実施例4のラン4Bに着目して、次の発明が記載されている。
「4.4’-ジフェノキシベンゾフェノン(DPBP)およびテレフタロイルクロライド(TC1)をモノマーとして、塩化ベンゾイルをキャッピング剤として、塩化メチレンを溶媒として、塩化アルミニウムを触媒として用いて、ジメチルスルホン・ルイス塩基の存在下に、TCl/ジメチルスルホン/塩化アルミニウムのモル比は1/1.5/5.4で、16重量%ポリマー固形分になるように配合し、DPBPを最後に加えた成分とし、反応体を容器中で撹拌下-15℃以下で混合して重合反応を行い、室温まで暖める内に反応体のスラリーが均質になり、約30分以内に反応物は固まってゲルになり、
反応を約3時間進行させ、その後反応混合物を、ポリマーを解離させるためゲルを水の存在下にグラインダーに移し、ポリマーを濾過し、水中でスラリー化することによって3回洗い(ポリマー1gにつき水約25g)、次いでポリマーを0.15重量%の塩酸に入れて6時間にわたって撹拌し(ポリマー1gにつき溶液約25g)、塩化メチレンを逃しながらこのスラリーを数時間沸騰させ、PAEKを再び濾過し、3回洗い(ポリマー1gにつき水約25g)、その後0.15重量%のアンモニア水(ポリマー1gにつき溶液約25g)中で約2時間沸騰させ、ポリマーを濾過して3回洗い(ポリマー1gにつき水約25g)、
上記のワークアップの後、オートクレーブ処理に先立ってポリマーを200℃で乾燥し、ポリマー200gと0.092Mのリン酸二水素ナトリウム水溶液900mLとを2LのハステロイBオートクレーブ(Parrボンベ)に入れ、系を300℃に3時間加熱し、ポリマーを濾過して3回水で洗った(ポリマー1gにつき水約25g)後、200℃で16時間乾燥させた、PAEKを安定化させる方法。」(以下「甲1発明」という。)
(イ)本件発明1について
a 対比
甲1発明の「PAEK」及び「ポリマー」は、上記2(2)で検討したように、1種又は2種以上のPAEK族のポリマーのみで構成されていても「PAEKをベースとする組成物」に該当すると解されるから、本件発明1の「PAEK」及び「PAEKをベースとする組成物」に相当する。
甲1発明の「リン酸二水素ナトリウム」は、別名がリン酸一ナトリウムであるから、本件発明1の「無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物」と、「リン酸一ナトリウム」である限りにおいて一致する。
甲1発明の「PAEK200gと0.092Mのリン酸水素二ナトリウム水溶液900mLとを2LのハステロイBオートクレーブ(Parrボンベ)に入れ、系を300℃に3時間加熱し」は、本件明細書の記載(特に【0040】、【0045】)によると、PAEKをベースとする組成物をリン酸塩水溶液と接触させて「湿式含浸」しており、当該「湿式含浸」によってリン酸塩が組み込まれると解されるから、本件発明1の「安定化剤が、その水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる」に相当するといえる。
甲1発明の「PAEKを安定化させる」ことは、ポリマーを400℃で保持した後の溶融粘度保持性によって評価されたものであるから(摘記eの第4表)、本件発明1の「熱酸化の現象に対して安定化する」とは、「熱に対して安定化する」限りにおいて一致する。
そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「熱に対して安定化する工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法であって、リン酸塩又はリン酸塩の混合物を用い、
前記リン酸塩が、リン酸一ナトリウムであり、
前記安定化剤が、その水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる、方法。」の点で一致し、次の点で相違する。
相違点1a:「リン酸一ナトリウム」が、本件発明1は、「無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物」であるのに対して、甲1発明は、そのようなものであるのかが不明である点
相違点1b:本件発明1は「リン酸塩が1000ppmから50000ppmの割合で組成物に組み込まれる」のに対して、甲1発明は組成物に組み込まれるリン酸塩の量が不明である点
b 検討
事案に鑑みて、相違点1bから検討する。
甲1発明は、オートクレーブにポリマーとリン酸二水素ナトリウム水溶液とを加えて300℃に3時間加熱した後、PAEKを3回水洗(ポリマー1gにつき水約25g)するものであり、オートクレーブ処理によりPAEKにリン酸二水素ナトリウムが取り込まれるとしても、上記水洗後に、水溶性であるリン酸二水素ナトリウムがPAEKに残存している量は不明であるといわざるを得ないから、相違点1bは実質的な相違点である。
次に容易想到性について検討する。
甲1には、リン酸二水素ナトリウム水溶液を用いることの作用効果について具体的に記載されておらず、オートクレーブ処理が、PAEKにリン酸二水素ナトリウムを組み込むことを意図したものであるとはいえず、上述したとおり、甲1発明は、PAEKとリン酸二水素ナトリウム水溶液とを加熱した後、3回水洗するものであるから、PAEKに組み込まれるリン酸二水素ナトリウムの質量は不明である。
そして、甲6には、ハイドロキノンと4,4’-ジフルオロベンゾフェノンを重合したポリエーテルエーテルケトン(PEEK)である「VESTAKEEP」(エボニック社製)シリーズの吸水率(23℃)は0.5%程度であることが記載されており(後記カ(ア)の摘記c)、甲6のPEEKと甲1発明のPAEKの吸水率が同じであると仮定しても、甲1発明において、0.092M(0.092mol/L)のリン酸二水素ナトリウム水溶液を吸収してPAEKに組み込まれるリン酸二水素ナトリウム(NaH2PO4、分子量119.8)の質量は約50ppm(119.8×0.092/1000×0.005×106により概算した。)であると推認され、本件発明1におけるリン酸塩の割合の下限値である1000ppmには及ばない。
また、甲3には、ポリマーの溶融安定性などの改善を意図して、ポリマーの重量に基づいて0.1~5重量%の無機リン酸化合物を含む希薄な水溶液と、0~80℃の温度で10分~3時間という温度・時間条件で接触させることが記載されているが(後記ウ(ア)の摘記b)、これを甲1発明に適用できるとしても、甲1発明のPAEKに組み込まれる無機リン酸化合物の質量は5~250ppmであり(上記甲6に記載の吸水率(約0.5%)を用いて算出した。)、上述したように、甲1発明ではPAEKを3回水洗しているから、PAEKに残存する無機リン酸化合物の質量は不明である。さらに、甲3には、無機リン酸塩化合物として「リン酸二水素のアルカリ金属塩」(後記ウ(ア)の摘記b)が例示されているにとどまる。
このように、甲1発明において、「リン酸塩が1000ppmから50000ppmの割合で組成物に組み込まれる」ことは、甲1の記載に基づいて動機づけられるとはいえない。
c 小括
したがって、本件発明1は、相違点1aについて検討するまでもなく、甲1に記載された発明でないし、甲1に記載された発明及び甲1に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
(ウ)本件発明3~7について
本件発明3~7は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1について上記(イ)で述べたのと同じ理由により、本件発明3は甲1に記載された発明でないし、本件発明3~7は甲1に記載された発明及び甲1に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
ウ 甲2を主引例とする理由
(ア)甲2に記載された事項及び甲2に記載された発明
甲2には、次の事項が記載されている。
a 「特許請求の範囲
(1) 式( I )
[図:0001420288000031.jpg]
(式中、R1~R20はそれぞれ水素原子、ハロゲン原子、炭化水素基、又はアルコキシ基を示し、Xは直接結合、又は酸素原子を示し、lは0~2の整数を示し、mは0~3の整数を示し、nは0又は1である)の繰り返し単位を有する芳香族ポリエーテルケトンであって、空気中400℃で1時間加熱処理した時の重量減少率が2%以下である芳香族ポリエーテルケトン。
(2)窒素中400℃で30分間加熱処理した時の粘度上昇率が5%以下である請求項(1)記載の芳香族ポリエーテルケトン。
(3)請求項(1)又は(2)記載の芳香族ポリエーテルケトンからなる成形品。
(4)芳香族ポリエーテルケトンを生成させた後の任意の工程に於て、リンに結合する結合基の少なくとも1個が酸性基であるリン化合物またはその塩にて芳香族ポリエーテルケトンを処理することを特徴とする、請求項(1)記載の芳香族ポリエーテルケトンの製造方法。」
b 「ところが、これら芳香族ポリエーテルケトンは、原料化合物を重合した後、精製しただけでは、これを溶融・加熱処理するとガス発生及びゲル化による不融化が著しく、熱的に不安定であるという問題点を有している。
従来、ポリマーの熱安定性を改良するためには各種の熱酸化防止剤などの安定化剤が使用されてきた。ところが、これら安定化剤はそれ自体の安定性や揮発性の関係で、-船釣には300℃以下の条件下で使用される。かかる安定化剤をポリエーテルケトンの安定化を目的として使用しようとした場合、ポリエーテルケトンの成形・加工時の温度が400℃前後の高温であることを考えると、安定化剤自体の熱安定性や揮発性の問題により、実質上使用不可能であることが予想される。つまり、式(1)の繰り返し単位を有する芳香族ポリエーテルケトンの成形・加工温度域でポリマーの安定化を図ろうとすることは非常に困難なことと言わざるを得ない。」(2頁左上欄下2行~右上欄17行)
c 「〔課題を解決するための手段〕
本発明者等は、上記の目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、原料化合物を反応させて、式(1)の芳香族ポリエーテルケトンを生成させた後の工程に於て、リンに結合する結合基の少なくとも1個が酸性基であるリン化合物またはその塩で処理することにより、加熱溶融時のガスの発生及びゲル化が著しく抑制され、熱安定性が著しく改善された芳香族ポリエーテルケトンが得られることを見出し本発明を完成するに至った。」(2頁右下欄4~13行)
d 「本発明の耐熱性芳香族ポリエーテルケトン(1)は、空気中400℃で1時間加熱処理した時の重量減少率が1%以下であるが、その重量減少率は好ましくは1.5%以下、さらに好ましくは0.8%以下である。
さらに、本発明の耐熱性芳香族ポリエーテルケトン(+)は、窒素中400℃で30分間加熱処理した時の粘度上昇率が5%以下であることが特に好適であり、その粘度上昇率は、好ましくは3%以下、さらに好ましくは2%以下である。」(3頁右上欄10~19行)
e 「リン化合物による処理は、反応終了後のいずれの時期でもよく、例えば生成ポリマーの洗浄時、濾過時(濾滓に添加してもよい)、乾燥時、乾燥終了後成形・加工時などであり、特に乾燥時及び成形・加工時の時期が好ましい。
当該リン化合物による処理は、通常式(I)の芳香族ポリエーテルケトンにリン化合物を添加することにより行われる。
リン化合物の添加は、リンの原子量で式(1)の芳香族ポリエーテルケトンに対して、通常0.001%~1.0%、好ましくは0.003%~0.05%である。」(4頁右下欄9~20行)
f 「当該リン化合物は、通常アセトン、ベンゼン、トルエン、ヘキサン、テトラヒドロフラン、メチルエチルケトン等の溶媒にて希釈して使用される。
使用するリン化合物は、リンに結合する結合基の少なくとも1個が酸性基であるリン化合物またはその塩であり、換言すればリンに結合する結合基の少なくとも1つは有機基、金属、アミノ基等と直接結合しない酸性基を有するリン化合物である。リン化合物の塩としては、アルカリ金属塩(ナトリウム塩、カリウム塩など)などが例示される。
リン化合物としては、3価のリン化合物、5価のリン化合物のいずれも使用可能である。
3価のリン化合物の具体的な例としては、亜リン酸、メチルホスフィン酸、エチルホスフィン酸、フェニルホスフィン酸、エチルフェニルホスフィン酸、亜リン酸-ナトリウム、亜リン酸-カリウム、メチルホスフィン酸-ナトリウム、フェニルホスフィン酸-ナトリウム、フェニルホスフィン酸-カリウム、ジメチルホスフィン酸、ジエチルホスフィン酸、ジフェニルホスフィン酸等が挙げられるが、これらに特に限定されるものではない。
また、5価のリン化合物の具体的な例としては、リン酸、メタリン酸、ポリリン酸、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素ニナトリウム、リン酸水素二カリウム、メチルホスホン酸、エチルホスホン酸、フェニルホスホン酸、ジメチルホスホン酸、ジエチルホスホン酸、ジフェニルホスホン酸、メチルフェニルホスホン酸、エチルフェニルホスホン酸、メチルリン酸、エチルリン酸、フェニルリン酸、ジメチルリン酸、ジエチルリン酸、ジフェニルリン酸、エチルフェニルリン酸、メチルホスホン酸-ナトリウム、メチルホスホン酸-カリウム、フェニルホスホン酸ナトリウム、フェニルホスホン酸-カリウム等が挙げられるが、これらに特に限定されるものではない。」(5頁左上欄1行~右上欄17行)
g 「実施例1~5
窒素導入管、温度計、撹拌装置を備えた1?4つ口反応フラスコにジフェニルエーテル56.68g(0.3330モル)、テレフタル酸ジクロリド43.94g(0.2165モル)、イソフタル酸ジクロリド23.66g(0.1166モル)を投入し、1,2-ジクロルエタン1lに溶解した。反応系を氷冷し、10℃以下に保ちながら撹拌下に無水塩化アルミニウム111.1 g(0.8325モル)を50分間で徐々に投入した。投入終了後反応系を約15℃に保持し、5時間撹拌、反応を続けた。メタノール600mlを投入することにより反応を停止し、析出したポリマーを濾取した。得られたポリマーはメタノール1l中室温下、引き続きメタノール1lで還流下洗浄を行った。続いて酢酸1l中、更にメタノール中で還流下洗浄を行った後ポリマーを濾取し、130℃で終夜減圧乾燥した。乾燥後のポリマーに蟻酸100ml及び酢酸900ml中で還流下精製を行った後、メタノール1l中で還流下洗浄を行い、ポリマーを濾取した。濾取したポリマーは130℃で終夜減圧乾燥した。得られたポリマーの対数粘度は0.95、収率はほぼ100%であった。
かようにして得られたポリマー5gに、表1に示したリン化合物をアセトン、ベンゼン等の溶媒に希釈してブレンドした後、80℃で終夜減圧乾燥した。リン化合物を添加したポリマーについて、重量減少率及び粘度上昇率を評価した。その結果は表1に示した通りであり、いずれも極めて良好であった。
比較例1~4
対照としたポリマーにリン化合物を添加しない場合、及び表1の比較例の項で示したリン化合物について、実施例1~5と全く同様に熱安定性を評価した。その結果は、表1に示した通りであり、ガスの発生量も多く、又処理後のポリマーは均一融解していなかった。」(5頁左下欄17行~6頁左上欄13行)
h 「
[図:0001420288000032.jpg]
」
(7頁表1)
甲2には、請求項1及び4に着目して、以下の発明が記載されているといえる。
「芳香族ポリエーテルケトンを生成させた後の任意の工程に於て、リンに結合する結合基の少なくとも1個が酸性基であるリン化合物またはその塩にて芳香族ポリエーテルケトンを処理することを特徴とする、
式( I )
[図:0001420288000033.jpg]
(式中、R1~R20はそれぞれ水素原子、ハロゲン原子、炭化水素基、又はアルコキシ基を示し、Xは直接結合、又は酸素原子を示し、lは0~2の整数を示し、mは0~3の整数を示し、nは0又は1である)の繰り返し単位を有する芳香族ポリエーテルケトンであって、空気中400℃で1時間加熱処理した時の重量減少率が2%以下である芳香族ポリエーテルケトンの製造方法。」(以下「甲2発明」という。)
(イ)本件発明1について
a 対比
甲2発明の「芳香族ポリエーテルケトン」は、上記2(2)で検討した事項を踏まえて、本件発明1の「PAEKをベースとする組成物」に相当する。
甲2発明の「リンに結合する結合基の少なくとも1個が酸性基であるリン化合物またはその塩」と、本件発明1の「リン酸塩」とは、「リン化合物またはその塩」である限りにおいて一致する。
甲2発明は、「リン化合物またはその塩にて芳香族ポリエーテルケトンを処理する」ことにより、「空気中400℃で1時間加熱処理した時の重量減少率が2%以下」にするものであり、「リン化合物またはその塩」は、酸化雰囲気での加熱に対して安定化するものであるといえるから、甲2発明の「空気中400℃で1時間加熱処理した時の重量減少率が2%以下である」は、本件発明1の「熱酸化の現象に対して安定化する」及び「安定化させる」に相当し、これらは「熱酸化の現象に対して安定化する剤で処理する」限りにおいて一致するといえる。また、甲2発明の「リン化合物またはその塩」は、本件発明1の「安定化剤」に相当するといえる。
そうすると、本件発明1と甲2発明とは、
「熱酸化の現象に対して安定化する剤で処理する工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法。」の点で一致し、次の点で相違する。
相違点2a:安定化剤が、本件発明1では、「より具体的には、次の化合物、すなわち無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1種から選択され」る「リン酸塩又はリン酸塩の混合物」であるのに対し、甲2発明では、「リン化合物またはその塩」である点
相違点2b:熱酸化の現象に対して安定化する剤で処理する工程が、本件発明1は、「1000ppmから50000ppmの割合で組成物に」「安定化する剤を組み込む」及び「前記安定化剤が、その水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる」のに対し、甲2発明は「リン化合物またはその塩」が芳香族ポリエーテルケトンに水性溶液の湿式含浸によって組み込まれるものであるか不明である点
b 検討
事案に鑑みて、相違点2bから検討する。
甲2には、リン化合物またはその塩で処理する工程が、「通常アセトン、ベンゼン、トルエン、ヘキサン、テトラヒドロフラン、メチルエチルケトン等の溶媒に希釈して使用され」ること(摘記f)、及び、「アセトン、ベンゼン等の溶媒に希釈してブレンドした後、80℃で終夜減圧乾燥した」こと(摘記g)が記載されており、リン化合物またはその塩を、アセトン、ベンゼン等の有機溶媒に希釈して、芳香族ポリエーテルケトンにブレンドし、80℃で終夜減圧乾燥する工程であることが示されているが、「水性溶液の湿式含浸」によって処理することは記載されていない。
また、甲2には、「リン化合物の添加は、リンの原子量で式(I)の芳香族ポリエーテルケトンに対して、通常0.001%~1.0%、好ましくは0.003%~0.05%である」(摘記e)と記載されているが、実施例及び比較例の記載も参酌すると、この添加量は、芳香族ポリエーテルケトンとリン化合物をブレンドする際の仕込み量であり、上記処理によって芳香族ポリエーテルケトンに組み込まれたリン化合物の含有量ではない。このことから、甲2発明において、芳香族ポリエーテルケトンに組み込まれるリン化合物またはその塩の含有量は不明であるといわざるを得ない。
そして、甲2には、リン化合物またはその塩を、アセトン、ベンゼン等の有機溶媒に希釈して、芳香族ポリエーテルケトンにブレンドし、80℃終夜減圧乾燥することが記載されるにとどまり、リン化合物またはその塩が、「水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる」ことや、「1000ppmから50000ppmの割合で組成物に組み込まれる」ことが動機づけられるとはいえない。
c 小括
したがって、本件発明1は、相違点2aについて検討するまでもなく、甲2に記載された発明及び甲2に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
(ウ)本件発明3~7について
本件発明3~7は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1について上記(イ)で述べたのと同じ理由により、本件発明3~7は甲2に記載された発明及び甲2に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
エ 甲3を主引例とする理由
(ア)甲3に記載された事項及び甲3に記載された発明
甲3には、次の事項が記載されている。甲3の記載は当審訳により示す。
a 「溶融処理に必要な温度は一般に、それぞれの融点より15~20℃高い。このような高い処理温度を長時間にわたって適用すると、溶融物の粘度が望ましくないほど上昇してしまう。
ポリアリーレンエーテルケトンの溶融加工において、溶融安定性を向上させるために有機リン化合物が適用されていることが知られている。例えば、英国特許第1446962号明細書には、芳香族リン酸エステルを添加することで溶融安定性が向上することが記載されている。」(2頁9~46行)。
b 「従って本発明は、ポリアリーレンエーテルケトンを、ポリマーの重量に基づいて0.1~5重量%の無機リン酸化合物またはホスホン酸化合物を含む希薄な水溶液と、0~80℃の温度で10分~3時間接触させる方法に関する。
本発明による方法に適した化合物は、オルトリン酸、リン酸二水素のアルカリ金属塩、二リン酸(ピロリン酸)、ポリリン酸、メタポリリン酸、ホスホン酸、またはこれらの混合物である。」(3頁2~8行)
c 「リン酸類の適用濃度は、ポリマーの重量を基準にして0.1~5重量%、好ましくは0.5~2重量%である。濃度が0.1重量%以下では溶融安定性にほとんど影響がなく、5重量%以上では悪影響はないが不経済である。」(3頁22~25行)
d 「1)以下の装置で重縮合を実施した:
底部ドレンバルブ、窒素保護ガスの注入口、V4A鋼製攪拌機、内部温度測定用サーモセンサー、水に浸漬した排気管(バブルカウンター)を備えたV4A鋼製2lダブルジャケット攪拌容器(伝熱油により加熱)。
反応溶液の粘度は、スターラーシャフトのトルクを測定することで測定した。反応中に発生した水を除去するために、反応の全過程で窒素ガスの定常流を反応混合物に導通させる。
攪拌容器に、1,4ービスー(4'ーフルオロベンゾイル)ベンゼン322.3g、ハイドロキノン105.7g、炭酸ナトリウム(乾燥および粉砕)127.2g、ジフェニルスルホン10000gを秤量した。
まず、攪拌容器の内容物を200℃に加熱した。200℃で30分後、4時間かけて温度を315℃まで上昇させた。315℃で、反応液が所望の粘度になるまで、少量のハイドロキノンを少量ずつ添加した。引き続き、連鎖中断剤として1,4ービス(4'ーフルオロベンゾイル)ベンゼン8gを添加し、この溶液をさらに30分攪拌した。
その後、粘性の反応溶液を板の上に流して薄いプレート状にし、冷却後に粉砕し、この反応混合物200gを以下の条件で抽出した:1.5lのアセトンで2回、45℃、30分、1.5lの水で2回、50℃、1時間。
サンプルを分割し、1部は120℃で減圧下(ウォータージェット)に、一定重量になるまで乾燥させた(サンプル1)。他方のサンプル(サンプル2)は、0.2%リン酸水溶液1lを用いて40℃で1時間、強力に撹拌した。その後、40℃の水1lを加えて30分間3回攪拌した後、サンプル1と同様に120℃で重量が一定になるまで乾燥させた。いずれのポリマーサンプルも、DSC測定では、ガラス転移温度が165℃、溶融温度が365℃であった。
コーンプレートレオメーターの結果
サンプル1 : 2829[Pa・s](5分値)
10110[Pa・s](30分値)
サンプル2: 2750[Pa・s](5分値)
2793[Pa・s](30分値)
メルトインデックステスターの結果
サンプル1 : 22.6[g/10分](5分値)
13.5[g/10分](30分値)
サンプル2: 22.9[g/10分](5分値)
22.2[g/10分](30分値)
溶融安定性の測定のために、サンプル1(参照サンプル)およびサンプル2を、コーンプレートレオメーター、タイプ「Rheometrics Spectrometer RDS-2」(測定温度400℃、せん断速度1(rad/s))およびメルトインデックステスター、タイプ「Gottfert,model MPS-D」(測定条件:400℃、5℃、5.5rad/s)で試験した。(測定条件:400℃、5kgのテストウェイト)。)
その結果、ポリマーをリン酸水溶液で処理することにより、非常に溶融安定なポリマーが得られることがわかった。
2)装置:内部温度測定用センサー、圧カセンサー、加熱.冷却装置、ガス入口および出ロ、製品排出用の浸漬管を備えた、モネルメタル製の300ml撹拌式オートクレーブ。
アルゴン保護ガスを用いて、以下の成分を反応器に装入した:6.492gの1,4-ジフェノキシベンゼン、5.025gのテレフタル酸二塩化物、14mgの4ーフェノキシベンゾフェノン。引き続き、反応器を-10℃に冷却し、この温度で120gのフッ化水素酸を投入し、内容物を15℃の温度で1時間撹拌した。その際に構築された圧力は1時間後に解放された。引き続き、反応器を-20℃まで冷却し、2バールの圧力に達するまで三フッ化ホウ素ガスをゆっくりと導入した。反応混合物を15℃にして、この温度で6時間撹拌した。引き続き、反応溶液をさらに100gのフッ化水素酸で希釈し、2lの冷メタノール(-78℃)で沈殿させた。析出したポリマーを濾別し、次のように抽出した:1.5lの水で2回、50℃、1時間、1.5lのアセトンで1回、45℃、30分。
サンプルを分割し、1部は実施例1と同様に120℃で一定重量になるまで乾燥させた(サンプル1)。他方のサンプル(サンプル2)は、0.1%ポリリン酸水溶液(水道水で調製)200mlを用いて、60℃で1時間、強力に撹拌した。その後、50℃の水1lを加えて30分間3回攪拌した後、サンプル1と同様に120℃で一定重量になるまで乾燥させた。いずれのポリマーサンプルもDSC測定では36℃の溶融温度を示した。
溶融安定性を測定するために、サンプル1および2をそれぞれ実施例1と同様の測定に供した。その結果、ポリリン酸溶液で処理したサンプル2が高い溶融安定性を示すことが判明した。」(4頁16行~5頁16行)
甲3には、摘記bに着目して、次の発明が記載されているといえる。
「ポリアリーレンエーテルケトンを、ポリマーの重量に基づいて0.1~5重量%の無機リン酸化合物またはホスホン酸化合物を含む希薄な水溶液と、0~80℃の温度で10分~3時間接触させて、ポリマーの溶融安定性を向上する方法。」(以下「甲3発明」という。)
(イ)本件発明1について
a 対比
甲3発明の「ポリアリーレンエーテルケトン」及び「ポリマー」は、上記2(2)で検討した事項を踏まえて、本件発明1の「PAEK」及び「PAEKをベースとする組成物」に相当する。
甲3発明の「無機リン酸化合物」及び「無機リン酸化合物を含む希薄な水溶液」と、本件発明1の「リン酸塩又はリン酸塩の混合物」及び「その水性溶液」とは、「リン酸化合物」及び「リン酸化合物の水性溶液」である限りにおいて一致する。そして、甲3発明の「溶融」と本件発明1の「熱酸化」は、いずれもポリマーを高温加熱した際の現象であり、甲3発明の「無機リン酸化合物」は「ポリマーの溶融安定性を改良する」から、両者のリン酸化合物は、高温加熱の現象に対して安定化する剤である限りにおいて一致するといえる。
甲3発明における、ポリアリーレンエーテルケトンを、無機リン酸化合物を含む希薄な水溶液と接触させる工程と、本件発明1の「前記安定化剤が、その水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる」工程とは、リン酸化合物の水性溶液に接触させる限りにおいて一致する。
そうすると、本件発明1と甲3発明とは、
「高温加熱の現象に対して安定化する剤を接触させる工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法であって、安定化剤がリン酸化合物であることを特徴とし、
前記安定化剤が、その水性溶液によって接触される、方法。」の点で一致し、次の点で相違する。
相違点3a:本件発明1は、「PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法」であるのに対して、甲3発明は、「ポリマーの溶融安定性を向上する方法」である点
相違点3b:安定化剤であるリン酸化合物が、本件発明1は、「リン酸塩又はリン酸塩の混合物」であり、「前記リン酸塩が、より具体的には、次の化合物、すなわち無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1種から選択され」るのに対して、甲3発明は、「無機リン酸化合物」である点
相違点3c:本件発明1は「熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む工程を含」み、「前記リン酸塩が1000ppmから50000ppmの割合で組成物に組み込まれ」、「前記安定化剤が、その水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる」のに対し、甲3発明は、「ポリアリーレンエーテルケトンを、ポリマーの重量に基づいて0.1~5重量%の無機リン酸化合物またはホスホン酸化合物を含む希薄な水溶液と接触させ」る点
b 検討
事案に鑑みて、相違点3b及び相違点3cをまとめて検討する。
甲3発明における「ポリマーの重量に基づいて0.1~5重量%の無機リン酸化合物またはホスホン酸化合物を含む希薄な水溶液」は、水溶液中の無機リン酸化合物またはホスホン酸化合物の濃度であって、ポリアリーレンエーテルケトンに組み込まれる無機リン酸化合物またはホスホン酸化合物の割合ではないと解される。
甲3には、「リン酸類の適用濃度は、ポリマーの重量を基準にして0.1~5重量%」(摘記c)と記載されているが、これは甲3発明の「ポリマーの重量に基づいて0.1~5重量%の無機リン酸化合物またはホスホン酸化合物を含む希薄な水溶液」と同内容であると解される。
また、甲3には、ポリアリーレンエーテルケトンを、0.2%リン酸水溶液を用いて40℃で1時間、強力に撹拌した後、更に40℃の水1Lを加えて30分の撹拌を3回繰り返したことが記載されているが(摘記d)、ポリアリーレンエーテルケトンに組み込まれるリン酸の質量は記載されていないし、「40℃の水1Lを加えて30分の撹拌を3回繰り返した」ことによって、一旦組み込まれたリン酸の一部が洗い流されることも想定される。
このように、甲3発明において、「リン酸塩が1000ppmから50000ppmの割合で組成物に組み込まれる」ことは、甲3の記載に基づいて動機づけられるとはいえない。
また、甲3は、上記無機リン酸化合物としてリン酸二水素のアルカリ金属塩が例示されるにとどまり、リン酸一ナトリウム、リン酸ニナトリウムの無水物又は水和物が、PAEKをベースとする組成物に組み込まれることは記載されていない。
したがって、相違点3b及び相違点3cは実質的な相違点である。
そして、甲3の他の記載を見ても、ポリアリーレンエーテルケトンに、無機リン酸化合物が1000ppmから50000ppmの割合で組み込まれるは記載されていないし、その示唆もされていない。
そうすると、甲3発明において、甲3の記載に基づき、「リン酸塩が1000ppmから50000ppmの割合で組成物に組み込まれ」ること、及び、リン酸塩としてリン酸一ナトリウム、リン酸二ナトリウムの無水物又は水和物を用いることは動機づけられず、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
c 小括
したがって、本件発明1は、相違点3aについて検討するまでもなく、甲3に記載された発明でないし、甲3に記載された発明及び甲3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
(ウ)本件発明3~7について
本件発明3~7は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1について上記(イ)で述べたのと同じ理由により、本件発明3~5は甲3に記載された発明でないし、本件発明3~7は甲3に記載された発明及び甲3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
オ 甲4を主引例とする理由
(ア)甲4に記載された事項及び甲4に記載された発明
甲4には、次の事項が記載されている。甲4の記載は、図表以外は当審訳により示す。
a 「
[図:0001420288000034.jpg]
」(68頁のTable 2.2)
b 「精製ポリマーにリン酸塩緩衝液(0.8重量%のNaH2PO4/Na2HPO4、pH=7、水中のスラリー)を導入することにより、精製PEEKの明確な熱安定化がもたらされる。図7はこの効果を示す:結晶化エンタルピーと結晶化温度の溶融保持時間tholdに伴う推移は、中性の緩衝液によってプラスの影響がある;実際に、緩衝液を添加することにより、精製されたポリマーを、未精製のポリマーの熱安定性に戻す。しかし、緩衝液を添加した後の結晶化温度Tccの測定値は、未精製のポリマーの当初値よりも低い。実際に、緩衝液は、溶融保持時間tholdが短いときの結晶化速度にマイナスの効果があるが、溶融保持時間tholdが長いときの熱安定性にプラスの効果がある。市販のPEEKで、ナトリウムとリンの存在が、実験分析により検出されたので、市販のPEEKを熱分岐に対して安定化させる添加剤はリン酸緩衝液である。溶融保持時間tholdが短いときの未精製のPEEKと緩衝液で安定化させた精製PEEKとの結晶化温度Tccの違いは、添加された緩衝液の量の違いによるものである。緩衝液を添加することにより、溶融保持時間tholdが短いときのPEEKの結晶化温度Tccが低下することは明らかだからである。」(72頁表下7~21行)。
c 「図7は、市販のPEEKと精製したPEEKとの窒素雰囲気中400℃での溶融保持時間の機能としてTccとΔHccの推移を示している。精製プロセスにより、最も短い溶融保持時間tholdのときに結晶化速度を増加する。しかし、精製PEEKの溶融保持時間tholdに伴って、その結晶化温度はずっと速く低下する。同時により大きい結晶化エンタルピーの低下が観察される。」(71頁12~16行)
d 「
[図:0001420288000035.jpg]
」(71頁のFig.2.7)
甲4には、摘記bに着目すると、次の発明が記載されているといえる。
「精製PEEKにリン酸塩緩衝液(0.8重量%のNaH2PO4/Na2HPO4、pH=7、水中のスラリー)を導入する、精製PEEKの熱安定化をもたらす方法。」(以下「甲4発明」という。)
(イ)本件発明1について
a 対比
本件発明1と甲4発明を対比する。
甲4発明の「精製PEEK」は、上記2(2)で検討した事項を踏まえて、本件発明1の「PAEK」及び「PAEKをベースとする組成物」に相当する。
甲4発明の「熱安定化をもたらす」は、リン酸塩を導入した精製PEEKを、窒素雰囲気中400℃で所定時間にわたり溶融保持したときの結晶化温度Tccと結晶化エンタルピーΔHccを安定化させることに基づくものであり、酸化雰囲気で溶融したときの安定化を示すものではないから、本件発明1の「熱酸化の現象に対して安定化する」とは、熱に対して安定化する限りにおいて一致するといえる。
甲4発明の「NaH2PO4」及び「Na2HPO4」は、本件発明1の「無水リン酸一ナトリウム」及び「無水リン酸二ナトリウム」に相当し、また、甲4発明において「熱安定化をもたらす」ものであるから、本件発明1の「安定化剤」に相当するといえる。
甲4発明の「リン酸塩緩衝液(0.8重量%のNaH2PO4/Na2HPO4、pH=7、水中のスラリー)」は、「NaH2PO4」及び「Na2HPO4」はいずれも水によく溶解し、0.8重量%の濃度では水溶液になると解されるから、本件発明1の「安定化剤」の「水性溶液」に相当するといえる。そして、甲4発明の「精製PEEKにリン酸塩緩衝液(0.8重量%のNaH2PO4/Na2HPO4、pH=7、水中のスラリー)を導入すること」は、精製PEEKにリン酸塩水溶液を浸透させることであるといえるから、本件発明1の「安定化剤が、その水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲4発明とは、
「熱に対して安定化する剤を組み込む工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法であって、組み込まれる安定化剤がリン酸塩又はリン酸塩の混合物であることを特徴とし、
前記リン酸塩が、より具体的には、次の化合物、すなわち無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1種から選択され、
前記安定化剤が、その水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる、方法。」
相違点4a:「熱に対して安定化する」事項が、本件発明1は「熱酸化の現象に対して安定化する」と特定されているのに対して、甲4発明はそのような特定がされていない点
相違点4b:本件発明1は、「前記リン酸塩が1000ppmから50000ppmの割合で組成物に組み込まれ」るのに対して、甲4発明は、そのような割合で組み込まれるのか不明である点
b 検討
相違点4bについて検討する。
甲4には、甲4発明において精製PEEKに組み込まれる、「NaH2PO4/Na2HPO4」の割合は記載されていない。
そこで、甲4発明において、精製PEEKに組み込まれる「NaH2PO4/Na2HPO4」の割合について検討する。ハイドロキノンと4,4’-ジフルオロベンゾフェノンを重合したポリエーテルエーテルケトンである「VESTAKEEP」(エボニック社製)シリーズの吸水率(23℃)は約0.5%であること(甲6の14~17頁)を考慮すると、「NaH2PO4/Na2HPO4」は精製PEEKに約40ppm(=0.008×0.005×106)の割合で含浸されると推認され、本件発明1におけるリン酸塩の割合の下限値である1000ppmに及ばないと解される。
そうすると、相違点4bは実質的な相違点である。
次に、相違点4bの容易想到性について検討する。
甲4には、精製PEEKと、リン酸塩緩衝液を導入した精製PEEKとの比較から、緩衝液は、溶融保持時間tholdが短いときの結晶化速度にマイナスの効果があるが、溶融保持時間tholdが長いときの熱安定性にプラスの効果があることが示されているにとどまり、PEEKをベースとする組成物に、リン酸塩緩衝液(NaH2PO4/Na2HPO4)のリン酸塩が組み込まれる割合について何ら記載されていないから、リン酸塩が1000ppmから50000ppmの割合で組成物に組み込まれることが動機付けられるとはいえない。
さらに、相違点4aについて検討する。
本件発明1の「熱酸化の現象に対して安定化する」は、初期粘度及び380℃で30分加熱後の粘度から、ポリマーの安定性を示すEV%を(30分後の粘度-初期粘度)/初期粘度×100の計算式により算出した値を基に評価したものである。
一方、甲4発明の「熱安定化」は、リン酸塩を導入した精製PEEKを、窒素雰囲気中400℃で所定時間にわたり溶融保持したときの結晶化温度Tccと結晶化エンタルピーΔHccを安定化させることに基づくものである。そして、甲4には、熱酸化の現象に対してPEEKを安定化することは記載も示唆もされていない。
そうすると、甲4発明において、甲4の記載を基に、精製PEEKを「熱酸化の現象に対して安定化する」ことが動機づけられず、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
c 小括
したがって、本件発明1は、甲4に記載された発明及び甲4に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
(ウ)本件発明3~7について
本件発明3~7は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1について上記(イ)で述べたのと同じ理由により、本件発明3~7は甲4に記載された発明及び甲4に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
カ 甲5を主引例とする理由
(ア)甲5に記載された事項及び甲5に記載された発明
甲5には、次の事項が記載されている。甲5の記載は、表以外は当審訳により示す。
a 「[0001]本発明は、水性分散液中に存在する少なくとも1つの焼結性または溶融可能なポリマーからなる層を製造する際の水銀効果の改善、ならびにそのような層を製造する方法に関する。」
b 「[0006]水性分散液中に存在する焼結性または溶融可能なポリマーから層を製造する際に、所望の、いわゆる「水銀効果」を有する層が得られないという問題が存在する。
「水銀効果」という用語は、結果として得られる層、すなわち焼結された、もしくは溶融したポリマーが、実際にはコーティングが完全に硬化し、焼結しているとしても、濡れたような外観、つまり視覚的には液体のような効果を有していることであると理解される。」
c 「[0008]本発明の課題は、水性分散液として存在する焼結性または溶融可能なポリマーから製造されるコーティングの水銀効果を改善する方法を提供することである。」
[0009]前記課題は本発明により、水性分散剤として存在する焼結性または溶融可能なポリマーから層を製造する際のレベリング剤として、および湿潤剤として、リン酸および/またはリン酸エステルの使用によって解決される。」
d 「[0016]リン酸またはリン酸エステルは、それぞれの場合において、分散液中の焼結性および溶融可能なポリマーの総重量に基づいて、有利には0.01~2重量%の量で、好ましくは0.1~1.0重量%の量で使用される。
[0017]焼結性または溶融可能なポリマーは、好ましくは高機能性ポリマーである。本発明に適した高機能性ポリマーは、特に高機能性熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂であり、非常に好ましいものは、ポリスルホン(PSU)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリフェニルエーテルスルホン(PPSU)、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリアリーレンエーテルケトン(PAEK)、ポリイミド(PI)、ポリアリールイミド(PAI)、ポリエーテルケトン(PEK)である。前記のポリマーが少なくとも2つの異なったモノマーフラグメントから構成されている場合、ポリマー内のフラグメントの配列や分布を変化させることで生成されるすべてのポリマーが上記の定義に含まれる。
[0018]例えば、ポリエーテルケトン(PEK)という呼び名は、「ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)」または「ポリエーテルケトンケトン(PEKK)」と呼ばれるポリマーも含むとも理解される。とりわけ好ましいポリマーはPEK、PEEK、PESおよび/またはPPSである。」
e 「例1(本発明による)
[0025]1.5Lのバッチ容器に、第I表に記載の出発成分を記載の順序で混合する:まず、ビス(2-エチルヘキシル)ホスフェートを1:1でジアセトンアルコールと混合する。次いで記載の量のアンモニア溶液(32%)と水100mlとを撹拌下でゆっくり添加し、撹拌機を運転しながら清澄な溶液が得られるまで継続する。その後、高機能性ポリマーを添加し、できるだけ空気が入らないように手でかき混ぜる。次いで、適切な分散装置(高性能溶解機)を用いて材料を分散させる。引き続き、規定量の脱イオン水を添加し、混合物を処理粘度に、つまり材料を最適に処理することができる粘度に調整する。その後、完成した混合物をスターラーで約2分間にわたって均質化する。
得られた分散液は、固形分が27%で、粘度が約1dPas(ブルックフィールド回転粘度計)である。」
f 「
[図:0001420288000036.jpg]
[図:0001420288000037.jpg]
」(第I表)
甲5には、水性分散液として存在する焼結性または溶融可能なポリマーから層を製造する際のレベリング剤が記載されており(摘記c)、その具体例として、第I表に例4の水性分散液の製造方法が記載されている(摘記f)。
そうすると、甲5には、例4に着目して、次の発明が記載されているといえる。
「1.5Lのバッチ容器に、75%リン酸10部とジアセトンアルコール10部とを混合し、アンモニア溶液(32%)10部と脱イオン水100mlとを撹拌下でゆっくり添加し、撹拌機を運転しながら清澄な溶液が得られるまで継続し、その後、Vitrex708(PEK)を添加し、できるだけ空気が入らないように手でかき混ぜ、適切な分散装置(高性能溶解機)を用いて材料を分散させ、引き続き、脱イオン水609部を添加し、混合物を最適に処理することができる粘度に調整し、その後、完成した混合物をスターラーで約2分間にわたって均質化する、レベリング剤用水性分散液の製造方法。」(以下「甲5発明」という。)
(イ)本件発明1について
a 対比
本件発明1と甲5発明を対比する。
甲5発明の「Vitrex708(PEK)」は、上記2(2)で検討した事項を踏まえると、本件発明1の「PAEK」及び「PAEKをベースとする組成物」に相当する。
甲5発明において、「75%リン酸10部とジアセトンアルコール10部とを混合し、アンモニア溶液(32%)10部と脱イオン水100mlとを撹拌下でゆっくり添加し、撹拌機を運転しながら清澄な溶液が得られるまで継続し」ており、また、リン酸とアンモニアは水の存在下でリン酸アンモニウムを形成し、これは本件発明1の「リン酸塩」及び「剤」に相当し、上記「清澄な溶液」はリン酸塩を含む水溶液であり、本件発明1の「水性溶液」に相当するといえる。
そして、甲5発明は、清澄な溶液に「Vitrex708(PEK)」を添加して分散させるものであるから、上記ア(イ)aで述べたように、本件発明1の「水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲5発明とは、「PAEKをベースとする組成物に組み込む工程を含む方法であって、組み込まれるのがリン酸塩又はリン酸塩の混合物であることを特徴とし、リン酸塩の水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる、方法。」の点で一致し、次の点で相違する。
相違点5a:本件発明1は、「PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法」であるのに対して、甲5発明は、「Vitrex708(PEK)」を分散した「レベリング剤用水性分散液の製造方法」である点
相違点5b:リン酸塩又はリン酸塩の混合物が、本件発明1は、「無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1種から選択され」るのに対して、甲5発明は、リン酸アンモニウムである点
相違点5c:本件発明1は「熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む工程を含」み、「前記リン酸塩が1000ppmから50000ppmの割合で組成物に組み込まれ」るのに対し、甲3発明は、そのようなものであるか不明である点
b 検討
(a)相違点5a及び5cについて
甲5発明は、水性分散液として存在する焼結性または溶融可能なポリマーから製造されるコーティングの水銀効果を改善する方法の提供を課題とする、レベリング剤用水性分散液の製造方法であって、甲5には、PAEKをベースとする組成物に熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込んで、該組成物を安定化させるための方法については何ら記載も示唆もされていない。
そうすると、甲5発明において、甲5の記載を基に、「熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む工程を含」み、「前記リン酸塩が1000ppmから50000ppmの割合で組成物に組み込まれ」、「PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法」が動機づけられるとはいえず、相違点5a及び5cに係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到し得たことでない。
(b)相違点5bについて
甲5発明の「リン酸アンモニウム」の化学式は(NH4)3PO4であり、本件発明1の「リン酸二水素アンモニウム」の化学式は(NH4)H2PO4であるから、両者は別異の化合物である。そして、甲5には、「Vitrex708(PEK)」とリン酸二水素アンモニウム水溶液を接触させることは記載されていない。
そうすると、甲5発明において、甲5の記載を基に、リン酸塩としてリン酸二水素アンモニウムを用いることが動機づけられるとはいえず、本件発明1の相違点5bに係る構成は、当業者が容易に想到し得たことでない。
c 小括
したがって、本件発明1は、甲5に記載された発明でないし、甲5に記載された発明及び甲5に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(ウ)本件発明3~7について
本件発明3~7は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1について上記(イ)で述べたのと同じ理由により、本件発明3~5は甲5に記載された発明でないし、本件発明3~7は甲5に記載された発明及び甲5に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
キ 甲6を主引例とする理由
(ア)甲6に記載された事項及び甲6に記載された発明
甲6には、次の事項が記載されている。
a 「PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)、「VESTAKEEP(R)」は、2007年より日本国内での本格販売を開始しました。」(2頁)
b 「
[図:0001420288000038.jpg]
」(5頁)
c 「
[図:0001420288000039.jpg]
」(10頁)
d 「
[図:0001420288000040.jpg]
」(11頁)
e 「
[図:0001420288000041.jpg]
」(14頁)
f 「
[図:0001420288000042.jpg]
」(15頁)
g 「
[図:0001420288000043.jpg]
」(16頁)
h 「
[図:0001420288000044.jpg]
」(17頁)
甲6はその公知日が明らかでないが、「VESTAKEEP 5000G」が記載されており(摘記c)、甲7は「VESTAKEEP 5000G」の安全データシート(SDS)であって、最終更新日が2007年10月8日であるから、甲6に記載された「VESTAKEEP 5000G」は、遅くとも本件特許の優先日前の2007年10月8日に公然と知られた商品である。
甲6には、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)である「VESTAKEEP(R)」は、ハイドロキノンと4,4’-ジフルオロベンゾフェノンを使用し、複数の重合工程を経て製造されることが記載されており(摘記b)、そのグレードには「VESTAKEEP 5000G」があることが記載されている(摘記c)。
そうすると、甲6には、次の発明が記載されているといえる。
「ハイドロキノンと4,4’-ジフルオロベンゾフェノンを使用し、複数の重合工程を経る、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)である「VESTAKEEP 5000G」の製造方法。」(以下「甲6発明」という。)
(イ)甲7に記載された事項
甲7には、次の事項が記載されている。甲7の記載事項として当審訳を示す。
a 「義務のある製品の名称 : VESTAKEEP 5000G
(シートAに記載のとおり)
(当審注:中略)
[図:0001420288000045.jpg]
」
(ウ)甲8に記載された事項
甲8には、次の事項が記載されている。甲8の記載事項として当審訳を示す。
「
[図:0001420288000046.jpg]
」
「
[図:0001420288000047.jpg]
」
(エ)甲9に記載された事項
甲9には、次の事項が記載されている。甲9の記載事項として当審訳を示す。
[図:0001420288000048.jpg]
[図:0001420288000049.jpg]
[図:0001420288000050.jpg]
(オ)本件発明1について
a 対比
本件発明1と甲6発明を対比する。
甲6発明の「PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)である「VESTAKEEP 5000G」」は、上記2(2)で検討した事項を踏まえると、本件発明1の「PAEK」及び「PAEKをベースとする組成物」に相当する。そして、甲7によると、「VESTAKEEP 5000G」の化学成分は、ポリエーテルエーテルケトン99.9405質量%の他、「NaH2PO4・2H2O」(リン酸一ナトリウム二水和物)0.0330質量%、「Na2HPO4」(無水リン酸二ナトリウム)0.0165質量%を含有し、これらは、本件発明1の「リン酸塩」である「リン酸一ナトリウム二水和物」及び「無水リン酸二ナトリウム」に相当する。
そして、甲6発明及び本件発明1は、いずれもリン酸塩を含むPAEKをベースとする組成物を製造するための方法である限りにおいて一致するといえる。
そうすると、本件発明1と甲6発明とは、
「リン酸塩が組み込まれた、PAEKをベースとする組成物を製造するための方法であって、
前記リン酸塩が、より具体的には、次の化合物、すなわち無水リン酸一ナトリウム、リン酸一ナトリウム一水和物又はリン酸一ナトリウム二水和物、無水リン酸二ナトリウム、リン酸二ナトリウム二水和物、リン酸二ナトリウム七水和物、リン酸二ナトリウム八水和物又はリン酸二ナトリウム十二水和物、又はリン酸二水素アンモニウムのうちの少なくとも1種から選択される、方法。」の点で一致し、次の点で相違する。
相違点6a:本件発明1は、「PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法」であるのに対して、甲5発明は、「「VESTAKEEP 5000G」の製造方法」である点
相違点6b:本件発明1は「熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む工程を含」み、「前記リン酸塩が1000ppmから50000ppmの割合で組成物に組み込まれ」、「前記安定化剤が、その水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる」のに対し、甲6発明は、そのようなものであるか不明である点
b 検討
事案に鑑みて、相違点6bから検討する。
甲6には、甲6発明の「NaH2PO4・2H2O」及び「Na2HPO4」が、その水性溶液の湿式含浸によって組み込まれることは何ら記載されていない。また、上記「NaH2PO4・2H2O」及び「Na2HPO4」の割合は、それぞれ0.0330質量%(330ppm)及び0.0165質量%(165ppm)であって、甲6発明は、これらが1000~50000ppmの割合でポリエーテルエーテルケトンに組み込まれる工程を含むものではない。
そして、甲6~甲9の記載を見ても、「VESTAKEEP 5000G」の化学組成が上述のとおりであることが把握できるにとどまり、リン酸塩を1000~50000ppmの割合で組成物に組み込まれ、その湿式含浸によって組み込まれることが動機づけられるとはいえず、当業者が容易に想到し得たことでない。
c 小括
したがって、本件発明1は、甲6に記載された発明でないし、甲6に記載された発明及び甲6~甲9に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(カ)本件発明3~7について
本件発明3~7は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1について上記(イ)で述べたのと同じ理由により、本件発明3~5は甲6に記載された発明でないし、本件発明3~7は甲6に記載された発明及び甲6~甲9に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
ク 申立理由1及び申立理由2についてのまとめ
したがって、本件発明1、3~7に係る特許は、申立理由1及び申立理由2によっては、取り消すことができない。
(2)申立理由3(明確性)について
ア 申立人は、「請求項1には、「熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む」との記載があるが、PAEKをベースとする組成物を安定化するとは、当該組成物のどのような特性を安定化することを意味するのかが不明確である。」(申立書47頁2~4行)と主張する。
しかしながら、請求項1の「PAEKをベースとする組成物を安定化する」とは、「熱酸化の現象に対して安定化」することであり、熱酸化の現象に対して安定化する特性は、本件明細書の【0029】、【0059】、【0064】~【0071】(実施例2)等の記載から、PAEKを380℃での溶融したときの溶融粘度の変化率(EV%、【0059】)により評価されることは明らかである。
したがって、請求項1に記載された「PAEKをベースとする組成物を安定化する」及び「熱酸化の現象に対して安定化する」は、その技術的意味が明確であるといえる。
イ 申立人は、「請求項1には、「安定化する剤を組み込む」との記載があるが、組成物に剤を組み込むとは、組成物に剤を添加し、混合することであるのか、組成物中の特定の成分と剤とを化学的に反応させることであるのか、またはそれ以外のことを意味するのかが不明確である。」(申立書47頁9~12行)と主張する。
まず、本件発明1には「安定化する剤を組み込む」及び「安定化剤が、その水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる」と特定されており、上記「安定化する剤を組み込む」方法は、PAEKをベースとする組成物に「安定化剤が、その水性溶液の湿式含浸によって組み込まれる」のであり、また、上記2(2)で検討したように、「PAEKをベースとする組成物」は、PAEK族のポリマーのみで構成される材料を包含するものであるから、上記湿式含浸させることにより安定化剤が上記組成物に浸透することを意味すると解される。
そして、上記(1)アで述べたとおり、リン酸塩は、PAEKの結晶化時間を短縮する核形成剤として作用するものであるし、加水分解に対して感受性ではなく、加熱しても揮発性有機化合物を放出するものではないから、PAEK中で比較的安定して存在すると解される。
これらのことから、本件発明1の「安定化する剤を組み込む」とは、リン酸塩がPAEKに浸透することによって混合された状態を意味すると解するのが相当である。
ウ したがって、本件発明1は明確であり、本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明3~7も明確である。
(3)申立理由5(実施可能要件)について
ア 申立人は、「さらに実施例には、(当審注:中略)これらの組成物の組成は、PEKKがベースであること以外について、つまりPEKK以外の成分についての記載がなく、どのような成分を含む組成物であるのかが不明である。」(申立書51頁23~27行)と主張する。
しかしながら、上記2(2)で検討したように、「PAEKをベースとする組成物」は、PAEK族のポリマーのみで構成される材料を包含するものである。そして、実施例1では、重縮合反応による従来の合成方法により調製された参照PEKK組成物CTにリン酸塩水溶液を含浸して、1000ppmの無水リン酸一ナトリウムを組み込んだPEKKをベースとする第3の組成物(参照番号C2)を得ている。
そうすると、本件明細書は、本件発明1の「PAEKをベースとする組成物」の構成成分を当業者が理解できるように記載されている。
イ また、申立人は、「段落【0054】~【0056】等の記載によれば、PEKKをベースとする組成物自体の湿式含浸によって調整し、ここに特定のリン化合物を組み込んだことが記載されているため、湿式含浸は、PAEKをベースとする組成物を製造するために行うものであるのか、または従来技術から公知の重縮合反応によって合成されたPAEKをベースとする組成物を安定化するために行うのかも不明である。」(申立書51頁27行~52頁5行)と主張する。
しかしながら、本件発明1は「熱酸化の現象に対して安定化する剤を組み込む工程を含む、PAEKをベースとする組成物を安定化させるための方法」と特定されており、「安定化する剤を組み込む」ことにより「PAEKをベースとする組成物を安定化させる」ことは明らかである。
また、本件明細書には、「リン酸塩は(当審注:中略)湿式含浸の技術のいずれか1つによって(当審注:中略)PAEKをベースとする組成物に組み込むことができる」(【0038】)、「乾燥PAEKに金属リン酸塩溶液を含浸させる」(【0045】)と記載され、また、本件発明1の具体例である「PEKKをベースとする第3の組成物(参照番号C2)」(【0055】)は水性含浸、すなわち湿式含浸により「PAEKをベースとする組成物」にリン酸塩である無水リン酸一ナトリウムを組み込んだものである。
このように、本件明細書は、本件発明1の「湿式含浸」は、「PAEKをベースとする組成物」を安定化するために行うものであることを当業者が理解できるように記載されている。
したがって、申立人の主張は採用することができない。
第7 むすび
請求項2に係る特許に対する申立ては、本件訂正により請求項2が削除されたから、これを却下する。
本件の請求項1、3~7に係る特許は、取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に請求項1、3~7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2021-700760