特許異議申立
2023-700894
摺動部材及び該摺動部材を用いた摺動装置
- 審判番号
- 2023-700894
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2018-181237
- 登録番号
- 7230399
- 請求日
- 2023年08月31日
- 審決日
- 2024年03月26日
- 公報発行日
- 2024年06月28日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】日産自動車株式会社
- 【権利者代理人】的場 基憲
- 【異議申立人】寺澤 佳奈美
- 審判長/審判官
- 審判長 三崎 仁
- 審判官 松井 裕典
- 審判官 金 公彦
- 分類
- P1651.113-YAA(C23C) / P1651.121-YAA(C23C)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条1項特許法29条2項特許法113条2号特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第29条第1項第3号、特許法第120条の5第2項、特許法第29条第1項、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7230399号発明「摺動部材及び該摺動部材を用いた摺動装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7230399号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1、〔2-5〕について訂正することを認める。
特許第7230399号の請求項2ないし5に係る特許を維持する。
特許第7230399号の請求項1に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7230399号の請求項1~5に係る特許についての出願は、平成30年 9月27日を出願日とする出願であり、令和 5年 2月20日にその特許権の設定登録がされ、同年 3月 1日に特許掲載公報が発行され、その後、同年 8月31日に、その請求項1~5に係る特許を対象として、特許異議申立人寺澤 佳奈美(以下、「申立人」という。)により、特許異議の申立てがなされ、同年11月15日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である令和 6年 1月16日に特許権者より訂正の請求があり、これに対し、令和 6年 2月20日に申立人より意見書の提出があったものである。
第2 訂正の適否
1 訂正の内容
上記令和 6年 1月16日に請求された訂正の請求(以下、この訂正を「本件訂正」という。)の趣旨は、本件特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1、〔2-5〕について訂正することを求めるものであって、その具体的な訂正事項である訂正事項1~5は次のとおりである(下線は訂正箇所を示す。)。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1を削除する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2の「上記硬質炭素膜の強度比(ID/IG)が、0.3以上であることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。」を独立形式に改め、「基材と、上記基材表面に形成された硬質炭素膜と、を備える摺動部材であって、上記硬質炭素膜が、炭素の元素濃度が98原子%を超え、かつラマン分光スペクトルのDバンドのピーク強度(ID)とGバンドのピーク強度(IG)との強度比(ID/IG)が0.3以上0.55以下であり、表面粗さ(Ra)が、0.05μm以下であることを特徴とすることを特徴とする摺動部材。」に訂正する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3に「表面粗さ(Ra)が、0.02μm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の摺動部材。」とあるのを「表面粗さ(Ra)が、0.02μm以下であることを特徴とする請求項2に記載の摺動部材。」に訂正する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4に「内燃機関用ピストンピンであることを特徴とする請求項1~3のいずれか1つの項に記載の摺動部材。」とあるのを「内燃機関用ピストンピンであることを特徴とする請求項2又は3に記載の摺動部材。」に訂正する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5に「摺動部材と、該摺動部材と摺動する相手部材と、を備えた摺動装置であって、上記相手部材が、アルミニウム合金及び/又は銅合金をから成る摺動面を有し、上記摺動部材が上記請求項1~4のいずれか1つの項に記載の摺動部材であることを特徴とする摺動装置。」とあるのを「摺動部材と、該摺動部材と摺動する相手部材と、を備えた摺動装置であって、上記相手部材が、アルミニウム合金及び/又は銅合金をから成る摺動面を有し、上記摺動部材が上記請求項2~4のいずれか1つの項に記載の摺動部材であることを特徴とする摺動装置。」に訂正する。
2 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の在否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1を、削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号で規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正事項1により請求項1が削除されたことに整合させるため、請求項2を独立形式請求項に改める訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号で規定する「明瞭でない記載の釈明」及び同第4号で規定する「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項を引用しないものとすること」を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
(3)訂正事項3~5について
訂正事項3~5は、請求項3~5が、それぞれ引用する請求項数の削減を行うものであると共に、訂正事項1により請求項1が削除されたことに整合させるため、請求項3~5がそれぞれ請求項1を引用しないようにするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号で規定する「特許請求の範囲の減縮」及び同第3号で規定する「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
3 一群の請求項について
上記2のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号、第3号、第4号に掲げる事項を目的とするものに該当し、且つ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものであるから、本件訂正は適法である。そして、訂正請求書において、「訂正後の請求項2~5については、当該請求項についての訂正が認められる場合には、一群の請求項の他の請求項とは別途訂正することを求める。」としているので、訂正後の請求項〔2~5〕は請求項1とは別の訂正単位として扱う。
4 小括
上記3のとおり、本件訂正は適法であり、かつ、訂正後の請求項2~5について別途訂正することを求めるものであるから、訂正後の請求項1、〔2~5〕について訂正することを認める。
第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正は容認し得るものであるから、異議申立ての対象である本件訂正後の請求項1~5に係る発明(以下、各請求項に係る発明及び特許を項番に対応させて「本件発明1」、「本件特許1」などといい、併せて「本件発明」、「本件特許」ということがある。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1~5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】(削除)
【請求項2】
基材と、上記基材表面に形成された硬質炭素膜と、を備える摺動部材であって、
上記硬質炭素膜が、炭素の元素濃度が98原子%を超え、かつラマン分光スペクトルのDバンドのピーク強度(ID)とGバンドのピーク強度(IG)との強度比(ID/IG)が0.3以上0.55以下であり、
表面粗さ(Ra)が、0.05μm以下であることを特徴とすることを特徴とする摺動部材。
【請求項3】
表面粗さ(Ra)が、0.02μm以下であることを特徴とする請求項2に記載の摺動部材。
【請求項4】
内燃機関用ピストンピンであることを特徴とする請求項2又は3に記載の摺動部材。
【請求項5】
摺動部材と、該摺動部材と摺動する相手部材と、を備えた摺動装置であって、
上記相手部材が、アルミニウム合金及び/又は銅合金をから成る摺動面を有し、
上記摺動部材が上記請求項2~4のいずれか1つの項に記載の摺動部材であることを特徴とする摺動装置。」
第4 令和 5年11月15日付けで通知した取消理由、及びこの取消理由において採用しなかった異議申立人による特許異議の申立理由の概要
1 令和 5年11月15日付けで通知した取消理由の概要
(1)特許法第29条第1項第3号所定の規定違反(新規性欠如)(取消理由1)
ア 訂正前の請求項1に係る発明は、下記に記載の甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、その特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
イ 訂正前の請求項1、3に係る発明は、下記に記載の甲第5号証(甲第6、7号証を参考とする。)に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、その特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
(2)特許法第29条第2項所定の規定違反(進歩性欠如)(取消理由2)
ア 訂正前の請求項1に係る発明は、下記に記載の甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
イ 訂正前の請求項4、5に係る発明は、下記に記載の甲第1号証に記載された発明及び周知技術(甲第2~4号証を周知技術を示す文献とする。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
ウ 訂正前の請求項1、3に係る発明は、下記に記載の甲第5号証(甲第6、7号証を参考とする。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
エ 訂正前の請求項4、5に係る発明は、下記に記載の甲第5号証(甲第6、7号証を参考とする。)に記載された発明及び周知技術(甲第2~4号証を周知技術を示す文献とする。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
なお、取消理由では甲2~4を周知技術を示す文献としたが、特許異議申立書では、甲1~5、7、9号証を周知技術を示す文献としている。
2 取消理由において採用しなかった異議申立人による特許異議の申立理由の概要
(1)特許法第29条第2項所定の規定違反(進歩性欠如)(申立理由1)
ア 訂正前の請求項2、3に係る発明は、下記に記載の甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
イ 訂正前の請求項2に係る発明は、下記に記載の甲第5号証に記載された発明、甲第6、7号証に記載された事項及び周知技術(甲第1、7号証を周知技術を示す文献とする。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
記
甲第1号証:馬渕豊,水素非含有ダイヤモンドライクカーボン膜の油中摩擦摩耗特性,名古屋大学,2014年10月31日,1~123頁,URL:<https://nagoya.repo.nii.ac.jp/record/18664/files/o7095_thesis.pdf>
甲第2号証:特開2012-184841号公報
甲第3号証:国際公開第2012/073717号
甲第4号証:国際公開第2007/119400号
甲第5号証:特開2015-151611号公報
甲第6号証:三宅浩二,ダイヤモンド・ライク・カーボン(DLC)膜とその応用展開,Journal of the Vacuum Society of Japan,一般社団法人日本真空学会,60巻,11号,14~22頁,2017年12月14日,URL:<https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvsj2/60/11/60_17-RV-030/_pdf/-char/ja>
甲第7号証:滝川浩史,フィルタードアーク蒸着によりDLCを創る,プラズマ・核融合学会誌,一般社団法人プラズマ・核融合学会,92巻,6号,466~471頁,2016年6月,URL:<https://www.jspf.or.jp/Journal/PDF_JSPF/jspf2016_06/jspf2016_06-466.pdf>
甲第8号証:耐摩耗・高摺動DLC膜 ジニアスコート DLC(ダイヤモンドライクカーボン)シリーズ,日本アイ・ティ・エフ株式会社,2020年
甲第9号証:大原久典(他4名),バルブリフター用水素DLCコーティング技術の開発,日新電機技報,2008年10月,53巻,46~50頁
(以下、甲各号証を略して、「甲1」などという。なお、甲8は、特許異議申立書において、ジニアスコートHAの基本的な仕様が本件特許出願前後において変更されていないことを示す文献として提示されたものである。)
第5 当審の判断
当審は、上記取消理由1、2及び申立理由1のいずれにも理由がないと判断する。
その理由は以下のとおりである。
1 甲1~7に記載の事項(「・・・」は省略を表す。下線は当審にて付与した。)
(1)甲1に記載の事項(当審注:下線は当審が付与した。また「・・・」は省略を示す。以下同様である。)
甲1には、以下の事項が記載されている。
ア「Fig.1-4に、直動型の動弁機構を採用したエンジンの、各回転数の部位毎の機械損失を示す。直動型の動弁機構とは、Fig.1-4右上のシリンダーヘッド断面写真の、カムシャフトが直接エンジンバルブを駆動して開閉させる機構であり、更に右の写真にあるカップ状のバルブリフターを介して、回転するカムシャフトの運動をバルブの開閉運動に変換する。直動型の動弁機構の場合、図中の点線で囲まれた700-2000rpmのエンジン常用域において、最も大きい機械損失となる約20%の比率を占める。更にその約80%がカム/バルブリフター間の摩擦で生じるため、ここでの摩擦損失の低減は燃費向上に大きく寄与する。
[図:0001411338000001.jpg]
Fig. 1-4 Mechanical loss in engine.」(2頁11行~3頁7行)
イ「一方、ダイヤモンドと同じ構造のsp3結合の比率が高まるにつれ、DLC膜の硬さは増大する。例えば、イオンプレーティング法による成膜では、sp3結合比(=sp3/(sp2+sp3))が70%のta-C膜(tetrahedral carbon:ta-C)が得られ、ナノインデンテーション硬さ(nano-indentation hardness)は70GPaを超える[6,7]。これは現在広く用いられているプラズマCVD法の成膜によるa-C:H膜の硬さが20から30GPaであるのに対し[8]、非常に高い数値である。
DLC膜の無潤滑下での摩擦係数は、固体潤滑剤であるMoS2やグラファイトと同レベルの低い値を示す一方で、これらの固体潤滑剤には無い、優れた耐摩耗性や耐焼き付き性を併せ持ち、摺動を伴う機械部品への保護膜として期待され、電気製品や自動車の摺動部への適用が拡大している[9-15]。
・DLC膜の製法
DLC膜の製法は、物理気相成長(Physical vapor deposition:PVD)と化学気相成長(Chemical vapor deposition:CVD)とに分類でき、いずれも真空中にて行われる。ここでは市場で普及している以下の代表的な3つの製法についてまとめる。
PVD法のカソード式アークイオンプレーティング法(Cathodic arc ion plating)は、原料のグラファイトをグロー放電にさらすことで蒸発させ、電荷を付与した上で、バイアス電圧で加速し、被加工物に堆積させて成膜する[16,17]。原料がクラファイトのみのため膜に水素を含まない。また成膜時のエネルギーが高く、ナノインデンテーション硬さで70GPa前後の硬さを持つta-C膜が得られる。この製法による膜の特徴として、成膜する際に、蒸発した原子レベルの炭素の他に、黒鉛が溶融した状態で飛来する場合があり、この粗大な粒子を核に成長した粒子状のドロップレットが表面に分布する[18]。ドロップレットは摺動時の膜の品質を低下させる要因となる為、蒸発した炭素の飛来する経路に磁場を与え、経路をまげて重い粗大粒子のみ補足しドロップレットの生成を抑制した、フィルター付き成膜法としてFCVA(Filtered cathodic vacuum arc ion plating)がある[19]。」(5頁16行~6頁22行)
ウ「・DLC膜の分析方法
・・・
更に、非破壊でDLC膜の構造を推定する方法として、ラマン分光法(Raman Spectroscopy:Raman)が多く用いられている。ラマン分光法によるピークはそのほとんどがsp2結合由来のもので、sp3結合を直接識別することは困難である。しかし、sp2の結晶性を示すIgとsp2結合の端部が反映されるIdのピーク強度比;Id/Ig、及びそれぞれの波長のシフトから、製法の異なる膜の比較や、摺動前後の表面のsp2結合とsp3結合の比に関する相対的な比較を行うことは可能である[25]。」(7頁8~29行)
エ「2-2 試料及び実験方法
2-2-1 試料
Pin/Disk試験に用いたディスクは、硬さ60-62HRCのSCM420浸炭材を基材として用い、これにTable2-1に記載の表面処理を行った。ピン側は62-64HRCのSUJ2材(AISI52100)を用いた。ピンの表面粗さはRa0.03μmである。リン酸被膜、MoS2分散樹脂膜は馴染み性向上が主目的のため表面粗さRa0.1-0.3μmの基材を用いた。リン酸被膜は化成処理により成膜し、表層に軟質なリン酸鉄の被膜が形成される。MoS2分散樹脂膜は、ポリイミドアミド(Polyamideimide、PAI)中に粒子状の固体潤滑剤MoS2を分散した樹脂膜であり、溶剤で希釈された溶液をスプレー塗布し、その後、焼成過程で溶剤を揮発させ成膜した。その他の薄膜3種は硬質で、膜自体のなじみによる粗さ変化が期待できないことや、基材表面粗さがそのまま摩擦力や相手攻撃性に影響するため、表面粗さRa0.01-0.02μmに研磨した基材を用いた。水素含有DLC膜(a-C:H膜)はプラズマCVD法により成膜し、TiN膜、水素非含有DLC膜(ta-C膜)はアーク式イオンプレーティング法にて成膜を行った。TiN膜とta-C膜は成膜後の粗さが悪化傾向にあった為、この2種のみ成膜後に砥粒による湿式研磨を行い、a-C:H膜と同等のRaで0.05μm以下の範囲に抑えた。DLC膜の水素含有量は、水素前方散乱方にて計測した。
・・・
[図:0001411338000002.jpg]
」(16頁1行~17頁1行)
オ「第5章 油中のカーボンブラックがDLC膜の摩耗に及ぼす影響
・・・
そこで第5章では、すすを含む潤滑下におけるDLC膜の摩耗影響を把握するために、すすの代替としてカーボンブラックを用い、カーボンブラックを添加した油中での摩耗試験を行った。そしてすすによる摩耗を加速する要因を探るため、摩耗に影響する因子として、摩耗防止剤ZnDTPによる反応被膜の生成状況、各条件の摺動部の最小油膜厚さとカーボンブラックの油中分散状態での粒径の比較、DLC膜の相手材移着状況、DLC膜表層のsp3結合からsp2結合への構造変化層に着目して解析を行った。
・・・
5-2 実験方法
5-2-1 DLC膜及び試料
本試験で用いた水素非含有DLC膜は、DC電源をもつアーク式蒸着法(DC arc deposition)により黒鉛を原料に成膜した。DLC膜はベアリング用ころ(ピン)であるSUJ2鋼(JIS-SUJ2、AISI 52100またはDIN 100Cr6相当材)の円筒面に成膜を行った。DLC膜の膜厚さは約1μm、ナノインデンテーション試験による表面硬さは約70GPa、sp3結合比81%である[7]。成膜中に溶融した黒鉛が飛来して形成されるDLC膜表面の粗大なドロップレット粒子は[8]、脱落して摺動部に巻き込まれることでDLC膜のアブレシブ摩耗や膜の剥離につながる場合がある[9,10]。そこで、粗大なDLC膜表面のドロップ粒子を除去するために、Yamashita Works製AERO LAP YT-100を用いて、噴射時のエア圧0.5MPa、照射時間10秒の条件にてドロップレットの除去を行った。ドロップレット除去後のDLC膜の表面SEM像をFig.5-1に示す。粗大なドロップレットの脱落で形成されたクレーター状の穴(凹部)と、1μm前後の粒径の小さいドロップレットが依然として表面に残存している様子が認められる。またDLC膜の摩耗機構を解析するために、DLC膜の基材に用いたSUJ2製のベアリング鋼での摩耗試験を行い比較を行った。未処理のピンの表面粗さはRa0.03-0.05μm、硬さは64HRC、ナノインデンテーションでの硬さで14GPaである。またDLC膜成膜後の表面粗さは基材の粗さとほぼ同等であった。相手材のディスクにはシリンダーボアなどのエンジン部品に用いられるねずみ鋳鉄材(FC200; JIS G5501, 5502)を選定し、表面粗さをRa0.2~0.3μmに仕上げた。試験片の形状はピンがΦ5mm×5mm、ディスクがΦ22.5mm×4mmとなる。
・・・
5-2-2 摩耗試験方法
DLC膜の摩耗評価には、Fig.5-2に示す試験片構成のPin/Disk型の摩耗試験装置を用いた。ピン3本がFCAのディスクに線接触する。ピンは固定された状態でディスクに接するため、100%すべりの条件となる。ピンよりディスク側に均等な垂直荷重を加えた状態で、ディスク側が回転する機構となっている。潤滑はオイルバス方式で、ピン及びディスク試験片が絶えず潤滑油に浸った状態で試験を行い、試験中の油温は所定の温度一定に保たれるよう制御を行った。試験後に光学顕微鏡にてピンの摩耗幅を計測することで摩耗量を算出した。ディスク側は、摺動部の面積がピン側に比べ圧倒的に大きく、摩耗量はディスクの表面粗さの振幅の範囲内で定量的な比較が困難なことから評価を行なわなかった。
[図:0001411338000003.jpg]
Fig. 5-2 Apparatus of pin-on-disk wear test
5-2-3 試験条件
評価仕様および試験条件の組み合わせをTable5-1に示す。試験荷重はピン1本に対し16.7Nを負荷し(計3本で合計50N)、その際のディスクとの間のヘルツ最大接触面圧は244MPaとなる。試験条件NO.1にてDLC膜を成膜したピンと鋼のピンの比較を行った。
・・・
[図:0001411338000004.jpg]
」(74頁1行~77頁24行)
カ「5-3-7 DLC膜の構造変化による影響
摺動時の発熱やせん断力の入力により、DLC表層部のsp3結合がsp2結合に変態し、軟化する機構がLiuら[25,26]より報告されている。そこで、試験中のDLC膜の構造変化と摩耗の関係を明らかにするために、Table1の試験油温を変えた条件No.4,5,6の摩耗試験を実施した。
Fig.5-16に、試験油温30℃、80℃、130℃の3条件で試験したGF-3、およびGF-3/CBでのDLC膜の摩耗量の推移を示す。
・・・
次に、摩耗試験前後でのDLC膜の構造変化を調べた。Fig.5-17に、試験前のDLC膜、及び試験後の各油種および各油温条件での、DLC膜のラマン分光分析による解析結果を示す。ここで、DLC膜の構造変化の指標としてId/Ig比を用いた[12]。
Fig.5-17より、サンプル間のばらつき幅が重複する範囲があるものの、平均値の比較において特徴的な傾向が認められた。GF-3で試験したDLC膜は、
試験前のId/Ig比が0.28であるのに対し、30℃の試験後で0.33、80℃の試験後で0.48、120℃の試験後で0.53と、油温と共に増大する傾向を示した。一方、GF-3/CBで30℃で試験したDLC膜では、GF-3の場合とは逆の傾向を示し、Id/Ig比は0.18と試験前の値からむしろ減少する傾向を示した。更に、80℃の油温のDLC膜では、試験時間が極端に短い時間であったにもかかわらず、30℃で試験した結果に対し僅かに低い0.17の値を示した。
・・・
[図:0001411338000005.jpg]
Fig. 5-17 Id/Ig ratios obtained by Raman spectroscopy for DLC-coated pins before and after tests in GF-3 and GF-3/CB at 30, 80 and 130 degrees Celsius.」(90頁3行~92頁12行)
キ「本研究の成果として得た下記の水素非含有DLC膜の仕様をバルブリフター冠面の表面処理に適用し、2004年から量産を開始し、現在年間約4000万個の生産規模に至っている(2014/3月時点)。またバルブリフターに加えてピストンリング、燃料ポンプリフターにも拡大しており、更なる部品展開に向けて現在も開発中である。」(115頁7~10行)
(2)甲2に記載の事項
甲2には、以下の事項が記載されている。
ア「【0001】
本発明は摺動部材およびその製造方法に関するものであり、特には、優れた摺動特性と耐摩耗性の両立を図ることのできる摺動部材とその製造方法に関するものである。」
イ「【0046】
基部を構成する前記第1材料としては、金属材料、セラミックス材料、および炭素系材料よりなる群から選択される1種からなるものが挙げられる。
・・・
【0048】
また、基部が硬質皮膜である場合には、前記金属材料として、例えばステンレス鋼、その他の鋼、純チタン、チタン合金、純アルミニウム、アルミニウム合金、純銅、銅合金、マグネシウム、超硬合金等の純金属または合金を使用することが挙げられる。また、前記セラミックス材料として、例えば各種炭化物、窒化物、ホウ化物や、これらを複合したセラミックス材料を使用することが挙げられる。更に、前記炭素系材料として、例えばグラファイト、ダイヤモンドライクカーボン、ダイヤモンドなどを好適に用いることができる。
【0049】
基部が硬質皮膜である場合、該硬質皮膜は基材上に形成されるが、この場合の基材も特に限定されず、例えばステンレス鋼、その他の鋼、純チタン、チタン合金、純アルミニウム、アルミニウム合金、純銅、銅合金、マグネシウム、超硬合金等の純金属または合金や、セラミックス(例えば各種炭化物、窒化物、ホウ化物や、これらを複合したセラミックス材料)などを使用することができる。」
ウ「【0141】
本発明の摺動部材とは、回転や往復運動によって相手材と接触する部材を意味する。ドライ環境、各種潤滑環境(油、水等)で用いられるもの全てを含み、例えば自動車、二輪車、建設機械、産業用ロボット等で使用される、駆動系や内燃機関、油圧機器、水圧機器の内部の各種摺動部材を指す。部品名を例に挙げると、ピストンリング、ピストンピン、カム、シムや各種ギア、ベアリングなど回転や往復運動によって相手材と接触する部材が挙げられる。
・・・
【0143】
本発明の摺動部品の相手材としては、例えば超硬合金、ステンレス鋼や、純チタン、チタン合金、純アルミニウム、アルミニウム合金、純銅、銅合金、マグネシウム、超硬合金等の純金属または合金、セラミックス材料(各種炭化物、窒化物、ホウ化物やこれらを複合したセラミックス材料)、炭素系材料(グラファイト、ダイヤモンドライクカーボン、ダイヤモンドなど)であっても良いし、本発明と同様の構造を持つ摺動部材であっても良い。」
(3)甲3に記載の事項
甲3には、以下の事項が記載されている。
ア「[0020] 具体例を示して説明すると、例えば、図1(a)~(c)に示すような摺動構造部材1(自動車用エンジン)であれば前記した部材11がピストンリング11aに相当し、相手部材12がシリンダ12aに相当する。また、部材11がクランクシャフト12bとコネクティングロッド13の間に用いられるコンロッドベアリング11bに相当し、相手部材12がクランクシャフト12bに相当する。もちろん、前記した例において、DLC膜2が設けられる部材11をシリンダとし、相手部材12をピストンリングとしてもよいことはいうまでもなく、DLC膜2が設けられる部材11をクランクシャフトとし、相手部材12をコンロッドベアリングとしてもよいことはいうまでもない。本発明に係る摺動構造部材1はこのように部材同士が互いに摺動する軸部材、ベアリング、歯車などの部材を組み合わせたものであればどのようなものも含まれる。また、DLC膜2が設けられる部材11としては、この他にピストンピンやピストンの溝およびスカート部などを挙げることができる。」
イ「[0022] 部材11および相手部材12は、潤滑剤3に添加されている添加剤が表面に吸着しやすく、良好な潤滑性を得ることができるため、いわゆる普通鋼および特殊鋼を含む鉄鋼製の部材であるのが好ましいが、非鉄金属製の部材またはセラミック製の部材などであってもよい。なお、潤滑剤3および添加剤については後述する。
・・・
[0025] 非鉄金属としては、アルミニウム、マグネシウム、チタンまたはこれらから選択されるいずれか一つを主成分とする合金を挙げることができる。」
(4)甲4に記載の事項
甲4には、以下の事項が記載されている。
ア「[0025]本発明の潤滑油添加剤およびそれを含む潤滑油組成物を、摺動部の少なくとも一部にダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜を有する低摩擦摺動部材の適応箇所として以下のような例が挙げられる。
内燃機関においては、ピストンリングとシリンダー、ピストンスカートとシリンダー、ピストンピンとコンロッド、ピストンピンとブッシュ、カムとシム、カムとロッカーアーム、カムジャーナルとカムシャフト、ローラーロッカーアームのニードルベアリング部、ロッカーカームとロッカーシャフト、ローラータペットとカム、クラクシャフトのピンとコンロッド、クラクシャフトの軸受部、タイミングチェーンを構成するプレートとピン、タイミングチェーンとスプロケット、タイミングチェーンガイド用シューとチェーン、タイミングチェーンのテンショナー用シューとチェーン、バルブシート面とバルブフェース面、バルブのステム面とステムガイド、ステム面とステムシール、ステムエンドとバルブリフター、オイルポンプのアウターギアとインナーギア、オイルポンプのアウターロータとインナーロータ、ターボチャージャーの転がり部、ターボチャージャーのスラスト軸受部等を挙げることができる。
・・・
[0026]ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜を有する低摩擦摺動部材の相手部材については特に制限はなく、例えば、鉄基部材、アルミニウム合金部材あるいは樹脂やゴム材などの有機材料を挙げることができる。」
(5)甲5に記載の事項
甲5には、以下の事項が記載されている。
ア「【0002】
自動車に搭載される内燃機関などは、多くの摺動部材(例えばカムとカムフォロア、シリンダーとピストン、種々の軸と軸受け)からなる。このような摺動部材を備える機械(摺動機械)では、各摺動部における摩擦係数を減少させ、摩擦損失の低減等を図ることが強く要求されている。
【0003】
これを実現するために、例えば、摩擦係数の低減を図れるダイヤモンドライクカーボン膜と呼ばれる非晶質炭素膜(適宜「DLC膜」という。)を摺動面に形成することが提案されている。」
イ「【0031】
《試料の製造》
表1に示す種々の試料(摺動部材)を製造した。各試料は、ブロック試験片(15.7mm×6.5mm×10mm)の摺動面(特定摺動面)となる一面に種々の被膜を形成したものである。但し、試料C1は、基材の研磨面をそのまま摺動面とした。
【0032】
〈基材〉
試料C1を除き、ブロック試験片の基材には、マルテンサイト系ステンレス鋼(JIS SUS440C)の焼入れ焼戻し材(HRC58)を用いた。試料C1の基材には、浸炭鋼(JIS SCM420)の焼入れ焼戻し材(HV700±50)を用いた。なお、被膜を形成される各基材表面(被処理面)は、研磨により表1に示す表面粗さ(Ra)とした。この点は試料C1の摺動面も同様である。なお、本実施例でいう表面粗さは全て、特に断らない限り、JIS B0601:’01に準拠した算術平均粗さ(Ra)に基づく。
【0033】
〈成膜〉
(1)試料1~3、C5およびC6は、各基材表面に組成の異なるB-DLC膜を形成したものである。これらの成膜は、図1に示す成膜装置1を用いて、表1に示す各成膜条件の下で、直流プラズマCVD(PCVD)法により行った。具体的には次の通りである。
・・・
【0040】
(3)試料C4は、ブロック試験片の表面に市販のHフリーDLC膜(日本アイ・ティ・エフ株式会社製ジニアスコートHA)を形成したものである。
・・・
【0042】
《測定・観察》
表1に示した各試料について、各特性をそれぞれ測定し、その結果を表1に併せて示した。具体的にいうと、表面粗さ(Ra)は、白色干渉法非接触形状測定機(New View 5022,ザイゴ株式会社製)により測定した。膜厚は、精密膜厚測定器(CALOTEST、CSEM社製)により測定した。硬さは,ナノインデンター試験機(TRIBOSCOPE,HYSITRON社製)により測定した。被膜中のB量はEPMA分析(日本電子製、JXA-8200)により測定し、H量はRBS/HFS分析(National Electrostatics Corporation製、Pelletron 3SDH)により測定した。
【0043】
《摩擦試験》
上述した各試料の被覆面(試料C1を除く)を摺動面として、リング・オン・ブロック型摩擦試験機(LFW-1、FALEX社製)により摩擦試験を行った。この様子の概略を図2に示した。具体的にいうと、各試料に係るブロック試験片21の摺動面21f(15.7mm×6.5mm)を、潤滑油Lが入った浴槽20内で回転するリング試験片22の摺動面22fに押圧しつつ摺接させて、そのときの摩擦係数と試験後の摩耗深さを測定した。リング試験片22には、浸炭材(SAE4620、φ35mm×8.8mm、表面粗さRa0.2±0.1μm)を用いた。潤滑油は、トヨタ自動車株式会社の純正エンジン油(トヨタキャッスル SN 0W-20/ILSAC規格:GF-5、MoDTC非含有)を用いた。また、リング試験片22に対してブロック試験片21を押圧する荷重F:133N、両試験片のすべり速度:0.3m/s、潤滑油の油温:80℃(一定)、試験時間:30分間とした。なお、摩擦係数は、試験終了直前の1分間における平均値とした。また摩耗深さは、白色干渉法非接触形状測定機により得られた形状から、非摺動面から摺動面の最深部までの深さとして算出した。こうして得られた結果を表1に併せて示した。
【0044】
《評価》
(1)摩擦係数
各試料に係る摩擦係数を図3に示した。図3および表1から明らかなように、試料1~3の摩擦係数が他の試料よりも群を抜いて小さくなっている。具体的にいうと、試料2、試料3の摩擦係数は0.02以下であり、試料1の摩擦係数は0.01以下さらには0.005以下と、極めて小さくなった。
・・・
【0049】
以上のことから、BおよびHを比較的多く含有した本発明に係るB-DLC膜は、摩耗しつつ摺動面を平滑化させ、それによって潤滑油が存在する湿式条件下で著しい低摩擦性を発揮することが明らかとなった。
【0050】
【表1】
[図:0001411338000006.jpg]
」
ウ「【図2】
[図:0001411338000007.jpg]
【図3】
[図:0001411338000008.jpg]
」
(6)甲6に記載の事項
甲6には、以下の事項が記載されている。
ア「Table2に,日本アイ・ティ・エフ(株)におけるDLCの成膜方法と分類を示す.」(16頁右欄3~4行)
イ「
[図:0001411338000009.jpg]
」(16頁)
(7)甲7に記載の事項
甲7には、以下の事項が記載されている。
ア「4.3.3 DLCの特性
水素フリーのDLCを分類して理解する場合,硬さ,密度,光学定数を把握するのが適当であろう.これらはもちろん相互に関係しており,ダイヤモンドやグラファイト(黒鉛)とも関連している.
図5は,膜密度と硬さとの関係を示したものである.硬さおよび密度は,それぞれ,ナノインデンタおよびXRR(X線反射率法)で計測した.図中のta-C(H)とta-C(S)は,それぞれ,硬めおよび柔らかめのta-Cであり,基板バイアスを変えて作り分けた.同図から,高密度であれば硬いという関係が明確である.水素フリーDLC(ta-C,a-C)に関しては,その関係がほぼ直線的である.水素が入ると密度が低くなり,硬さも小さくなる.
図6に可視光顕微ラマン分光計測におけるID/IG比(強度)と膜密度との関係を示す.一部公開データ[17]を用いた.スパッタ法,通常アーク法(VAD),およびFADで作製したDLC(a-Cおよびta-C)膜は,両者の関係が直線的であることがわかる.図中には経験式を記載した.図5および図6の関係を用いれば,比較的計測が容易なラマン分析計測の結果から,大凡の硬さや密度を推定することができる.」(469頁左欄)
イ「
[図:0001411338000010.jpg]
」(469頁)
(8)甲8に記載の事項
甲8には、以下の事項が記載されている。
ア「
[図:0001411338000011.jpg]
」(2頁)
イ「
[図:0001411338000012.jpg]
」(4頁)
(9)甲9に記載の事項
甲9には、以下の事項が記載されている。
ア「5.DLCの将来展望
多種多様な機械部品において、滑り摩擦に伴うエネルギー損失を低減することのできるDLCは、地球環境問題が深刻化する中、今後ますます用途が広がると思われる。このような背景の中で、月産100万個規模での品質安定性を実証した本製品は、ひとつの大きなブレークスルーであったと考えられる。
当社においては、本製品に適用した水素フリーDLC(ジニアスコートHA)のほか、汎用性の高い水素含有DLC(ジニアスコートHT,HR)、樹脂やゴムに最適なフレキシブルDLC(ジニアスコートF)などをとり揃え、適材適所でDLCを使い分けるノウハウを蓄積してきた。今後も地球環境への一助となるよう、用途発明・新膜材料開発に取り組みたい。」(49頁右欄11~24行)
2 甲1、5に記載された発明
(1)甲1に記載された発明
ア 上記1(1)オには「Pin/Disk型の摩耗試験装置」に用いられる「ピン」が記載されている。
イ この摩耗試験装置は、「ピンよりディスク側に均等な垂直荷重を加えた状態で、ディスク側が回転する機構」(上記1(1)オ)を備えた装置である。
ウ また、上記ピンについて、上記1(1)オには「ベアリング用ころ(ピン)であるSUJ2鋼(JIS-SUJ2、AISI 52100またはDIN 100Cr6相当材)の円筒面に」「DLC膜」を「成膜」したものであること、及び、「未処理のピンの表面粗さはRa0.03-0.05μm」であり、「DLC膜成膜後の表面粗さは基材の粗さとほぼ同等であ」ることが記載されている。
エ また、上記DLC膜について、上記1(1)カには「ラマン分光分析による解析結果」から計算される「Id/Ig比が0.28である」ことが記載されており、上記1(1)イには「原料がクラファイトのみのため膜に水素を含まない」ことが記載されており、上記1(1)オには「ナノインデンテーション試験による表面硬さは約70GPa」であることが記載されている。
オ さらに、上記ディスクについて、上記1(1)オには「ねずみ鋳鉄材」からなることが記載されている。
カ 上記ア~オを踏まえると、甲1には次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「Pin/Disk型の摩耗試験装置のピンであって、
前記ピンは、ベアリング用ころ(ピン)であるSUJ2鋼(JIS-SUJ2、AISI 52100またはDIN 100Cr6相当材)の円筒面にDLC膜を成膜したものであり、
未処理のピンの表面粗さはRa0.03-0.05μmであり、DLC膜成膜後の表面粗さは基材の粗さとほぼ同等であり、
前記DLC膜は、ラマン分光分析による解析結果から計算されるId/Ig比が0.28であり、
前記DLC膜は、原料がクラファイトのみのため膜に水素を含まず、
前記DLC膜は、ナノインデンテーション試験による表面硬さが約70GPaであり、
前記摩耗試験装置は、ピンよりディスク側に均等な垂直荷重を加えた状態で、ディスク側が回転する機構を備え、
前記ディスクはねずみ鋳鉄材からなる、
Pin/Disk型の摩耗試験装置のピン」
(2)甲5に記載された発明
ア 上記1(5)イには「ブロック試験片の表面に市販のHフリーDLC膜(日本アイ・ティ・エフ株式会社製ジニアスコートHA)を形成した」「試料C4」が記載されている。
イ 上記試料C4は、「ブロック試験片21の摺動面21f(15.7mm×6.5mm)を、潤滑油Lが入った浴槽20内で回転するリング試験片22の摺動面22fに押圧しつつ摺接させて、そのときの摩擦係数と試験後の摩耗深さを測定」する「リング・オン・ブロック型摩擦試験機」による「摩擦試験」(上記1(5)イ)で用いられるものである。
ウ 上記試料C4の「表面粗さRa」は「白色干渉法非接触形状測定機(New View 5022,ザイゴ株式会社製)により測定」(上記1(5)イ)されるものであり、【表1】によれば、「0.01μm」である。また、上記試料C4の「硬さ」は「ナノインデンター試験機(TRIBOSCOPE,HYSITRON社製)により測定」(上記1(5)イ)されるものであり、【表1】によれば、「68GPa」である。
エ 上記試料C4のDLC膜組成は、【表1】によれば、B(ホウ素)を含有せず、H(水素)が「2at%以下」である。
オ また、上記1(5)イには、上記イの「リング試験片22」が「浸炭材(SAE4620、φ35mm×8.8mm、表面粗さRa0.2±0.1μm)」からなることが記載されている。
カ 上記ア~オを踏まえると、甲5には次の発明(以下、「甲5発明」という。)が記載されていると認められる。
「ブロック試験片の表面に市販のHフリーDLC膜(日本アイ・ティ・エフ株式会社製ジニアスコートHA)を形成した試料C4であって、
前記試料C4は、ブロック試験片の摺動面を、潤滑油が入った浴槽内で回転するリング試験片の摺動面に押圧しつつ摺接させて、そのときの摩擦係数と試験後の摩耗深さを測定する、リング・オン・ブロック型摩擦試験機による摩擦試験に用いられるものであり、
前記試料C4の表面粗さRaは、白色干渉法非接触形状測定機(New View 5022,ザイゴ株式会社製)により測定され、0.01μmであり、
前記試料C4の硬さは、ナノインデンター試験機(TRIBOSCOPE,HYSITRON社製により測定され、68GPaであり、
前記試料C4のDLC膜組成は、B(ホウ素)を含有せず、H(水素)が2at%以下であり、
前記リング試験片が浸炭材(SAE4620、φ35mm×8.8mm、表面粗さRa0.2±0.1μm)からなる、
試料C4」
3 甲1を主引用文献とする場合
(1)本件発明2について
ア 甲1発明との対比
(ア)甲1発明の「ピン」は、「ピンよりディスク側に均等な垂直荷重を加えた状態で、ディスク側が回転する」「摩耗試験装置」に用いられるものであるので、「ディスク」との間で摺動することになる。そのため、甲1発明の「ピン」は、本件発明2の「摺動部材」に相当する。
(イ)甲1発明の「ベアリング用ころ(ピン)であるSUJ2鋼」は、表面に膜が成膜される部材であるので、本件発明2の「基材」に相当する。また、甲1発明の「SUJ2鋼」の「円筒面」は、膜が成膜される表面であるので、本件発明2の「基材表面」に相当する。
(ウ)甲1発明の「DLC膜」は「原料がクラファイトのみ」からなるものである。グラファイトは、下記のとおり、和名を石墨といい、炭素のみからなる鉱物のことである。また、甲1発明の「DLC膜」は「表面硬さが約70GPa」という硬い膜である。してみると、甲1発明の、「表面硬さが約70GPa」であり「原料がクラファイトのみ」からなる「DLC膜」は、本件発明2の「硬質炭素膜」に相当する。
グラファイト【graphite】
石墨に同じ。[株式会社岩波書店 広辞苑第六版]
せき‐ぼく【石墨】
炭素だけから成る鉱物。ダイヤモンドの同質異像。六方晶系に属する板状結晶。金属光沢があり、電気の良導体。鉄黒色または鋼鉄灰色。鉛筆の芯・るつぼ・電気材料などに使用。黒鉛。グラファイト。[株式会社岩波書店 広辞苑第六版]
(エ)上記(ア)~(ウ)を踏まえると、甲1発明の、「ベアリング用ころ(ピン)であるSUJ2鋼」と、「SUJ2鋼」の「円筒面」に成膜され「表面硬さが約70GPa」であり「原料がクラファイトのみ」からなる「DLC膜」とを備えた「ピン」は、本件発明2の「基材と、上記基材表面に形成された硬質炭素膜と、を備える摺動部材」に相当する。
(オ)甲1発明の「DLC膜」は「原料がクラファイトのみ」からなるものである。上記(ウ)で述べたとおり、グラファイトは炭素のみからなる鉱物であるので、「DLC膜」は炭素の元素濃度が概ね100%であるといえる。そのため、甲1発明の、「原料がクラファイトのみ」からなる「DLC膜」は、本件発明2の「炭素の元素濃度が98原子%を超え」るという数値範囲を満たしている。
(カ)ラマン分光スペクトルは、「ラマン分光分析」による解析結果のことであるので、甲1発明の「ラマン分光分析による解析結果から計算されるId/Ig比」は、本件発明2の「ラマン分光スペクトルのDバンドのピーク強度(ID)とGバンドのピーク強度(IG)との強度比(ID/IG)」に相当する。そして、甲1発明の「Id/Ig比が0.28」は、本件発明2の「強度比(ID/IG)が」「0.55以下」という数値範囲を満たしている。
(キ)甲1発明では、「未処理のピンの表面粗さはRa0.03-0.05μmであり、DLC膜成膜後の表面粗さは基材の粗さとほぼ同等であ」る。つまり、甲1発明では、DLC膜が「Ra0.03-0.05μm」であり、甲2発明の「表面粗さ(Ra)が、0.05μm以下」という数値範囲を満たしている。
(ク)上記(ア)~(キ)によれば、本件発明2と甲1発明は
「基材と、上記基材表面に形成された硬質炭素膜と、を備える摺動部材であって、
上記硬質炭素膜が、炭素の元素濃度が98原子%を超え、かつラマン分光スペクトルのDバンドのピーク強度(ID)とGバンドのピーク強度(IG)との強度比(ID/IG)が0.55以下であり、
表面粗さ(Ra)が、0.05μm以下である摺動部材。」
の点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点1>
強度比(ID/IG)が、本件発明2では、「0.3以上」であるのに対し、甲1発明は「0.28」である点。
イ 判断
(ア)甲1は、「油中のカーボンブラックがDLC膜の摩耗に及ぼす影響」(上記1(1)オの74頁)を調べた実験について開示されており、特に「DLC膜の構造変化による影響」(90頁)に着目し、「試験油温30℃、80℃、130℃の3条件で試験」(90頁)したものである。
このように、甲1発明において、着目されているのは「試験油温」であって、「試験前のId/Ig比」ではない。
また、通常、影響因子を調べる実験においては、変更するパラメータを2種類にしてしまうと、得られた結果が、変更したパラメータの一方に起因するのか、他方に起因するのか、両パラメータの相乗効果に起因するのか判別不能となるため、変更するパラメータは1つに留めるのが定石であると解されるから、甲1発明において、「試験油温」に加えて、「試験前のId/Ig比」についてまで変更するのは不合理である。
以上の点を考え併せると、甲1発明には「試験前のId/Ig比」を変更する、すなわち「0.28」から「0.3以上」の値に変更する動機がないというほかない。
そのため、甲1発明からは、前記相違点1に係る本件発明2の発明特定事項を有するものには至ることができない。
(イ)加えて、甲2~9について検討すると、甲2には、摺動部材がピストンピンであり、摺動部材の相手材がアルミニウム合金又は銅合金製である点(上記1(2)イ及びウ)が、甲3にはDLC膜が設けられる部材がピストンピンであり、相手部材にはアルミニウム合金が用いられる点(上記1(3)ア及びイ)が、甲4にはダイヤモンドライクカーボン膜を有する低摩擦摺動部材の適用箇所がピストンピンであり、相手部材がアルミニウム合金部材である点(上記1(4)ア)が、甲5には日本アイ・ティ・エフ株式会社製ジニアスコートHAからなる試料C4の表面粗さRaが0.01μm、硬さが68GPaである点(上記1(5)イ)が、甲6にはジニアスコートHA(Geniuscoat HA)の水素含有量(H contents)がほぼ0atom%である点(上記1(6)イ)が、甲7にはナノインテンデーション硬さと密度との間に「ナノインテンデーション硬さ=2.2×(密度)3」の式が成り立つ点(上記1(7)イ)が、甲8にはジニアスコートHAの代表的用途が自動車部品である点(上記1(8)ア)が、甲9にはDLCの用途が今後ますます広まると思われる点(上記1(9)ア)が記載されているが、いずれの文献にも、硬質炭素膜の強度比(ID/IG)を0.3以上とする点については記載されていない。
そうすると、甲1発明に、甲2~9に記載されている事項を適用したとしても、相違点1に係る本件発明2の発明特定事項を有するものには至らない。
ウ 小括
本件発明2は、甲1発明ではないし、甲1発明及び甲2~9に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(2)本件発明3~5について
本件発明3~5はいずれも本件発明2を直接又は間接的に引用し、本件発明2の構成をすべて具備するものであるから、本件発明2と同様に、本件発明3~5は、甲1発明ではないし、本件発明3~5は、甲1発明及び甲2~9に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明できたものでもない。
4 甲5を主引用文献とする場合
(1)本件発明2について
ア 甲5発明との対比
(ア)甲5発明の「ブロック試験片」は、表面に膜が形成される部材であるので、本件発明2の「基材」に相当する。また、甲5発明の「ブロック試験片の表面」は、本件発明2の「基材表面」に相当する。
(イ)甲5発明のHフリーDLC膜(水素フリーダイヤモンドライクカーボン膜)は、カーボン、つまり、炭素からなる膜である。そして、硬さが「68GPa」と硬質である。そのため、甲5発明の、硬さが「68GPa」の「HフリーDLC膜」は、本件発明2の「硬質炭素膜」に相当する。
(ウ)甲5発明の「試料C4」は、摩擦試験時に、リング試験片の摺動面に押圧しつつ摺接されるものであるから、本件発明2の「摺動部材」に相当する。
(エ)上記(ア)~(ウ)を踏まえると、甲5発明の、「ブロック試験片」と、「ブロック試験片の表面」に形成された硬さが「68GPa」の「HフリーDLC膜」とからなる「試料C4」は、本件発明2の「基材と、上記基材表面に形成された硬質炭素膜と、を備える摺動部材」に相当する。
(オ)甲5発明の試料C4の表面粗さRaは「0.01μm」であり、これは、本件発明2の「表面粗さ(Ra)が、0.05μm以下」という数値範囲に含まれる。
(カ)上記(ア)~(オ)を踏まえると、本件発明2と甲5発明は
「基材と、上記基材表面に形成された硬質炭素膜と、を備える摺動部材であって、
表面粗さ(Ra)が、0.05μm以下である、
摺動部材。」
の点で一致し、以下の点で一応相違する。
<相違点2>
硬質炭素膜について、本件発明2では、「炭素の元素濃度が98原子%を超え」るのに対し、甲5発明では、炭素の元素濃度が特定されていない点。
<相違点3>
さらに、硬質炭素膜について、本件発明2では、「ラマン分光スペクトルのDバンドのピーク強度(ID)とGバンドのピーク強度(IG)との強度比(ID/IG)が0.3以上0.55以下であ」るのに対し、甲5発明は、ラマン分光スペクトルのDバンドのピーク強度(ID)とGバンドのピーク強度(IG)との強度比(ID/IG)が特定されていない点。
イ 判断
事案に鑑み、前記ア(カ)の相違点3から検討する。
(ア)甲5発明の「試料C4の硬さは、ナノインデンター試験機(TRIBOSCOPE,HYSITRON社製により測定され」るものであり、「68GPa」である。
(イ)DLCにおいては、ナノインテンダー試験機で測定される硬さであるところのナノインテンデーション高さと、DLCの密度との間に、
ナノインテンデーション高さ=2.2×(密度)3
の関係が成り立つことが、本件特許の出願前より知られている(上記1(7)イの図5中の式)。
この関係式の「ナノインテンデーション高さ」に、上記aの「68GPa」を代入して密度を計算すると、密度は約3.14となる。
(ウ)さらに、DLCにおいては、DLCの密度と、ID/IGとの間に、甲7の図6の対応関係が成り立つことが、本件特許の出願前より知られている。
この図6の対応関係を利用して、密度が3.14の場合のID/IGを特定すると0.2となる(下図は図6に当審で目印の線を加筆したものである。)。
[図:0001411338000013.jpg]
(エ)つまり、ナノインデンター試験機により測定されるDLCの硬さが68GPaであることは、ID/IGが0.2であることを意味している。
(オ)ここで、甲5発明の「試料C4」は、具体的には、日本アイ・ティ・エフ株式会社製の市販のHフリーDLC膜である「ジニアスコートHA」を用いた試料であり(上記1(5)イの【0040】)、B-DLC膜である試料No.1~3の比較対象として用意されたものである。すなわち、甲5には、上記1(5)イで摘記した【0033】に「(1)試料1~3、C5およびC6は、各基材表面に組成の異なるB-DLC膜を形成したものである。」との記載が、【0044】に「図3および表1から明らかなように、試料1~3の摩擦係数が他の試料よりも群を抜いて小さくなっている。」との記載が、【0049】に「以上のことから、BおよびHを比較的多く含有した本発明に係るB-DLC膜は、摩耗しつつ摺動面を平滑化させ、それによって潤滑油が存在する湿式条件下で著しい低摩擦性を発揮することが明らかとなった。」との記載があり、さらに上記1(5)ウの【図3】において、試料1~3と、試料C4とが異なる塗りつぶし色で表現されていることからもわかるとおり、この「試料C4」は、単なる比較用の試料にすぎないのである。
そうである以上、試料C4のID/IGが上記(エ)に記載したとおり0.2であるところ、これを本件発明2の数値を満たす0.3以上に変更した場合、それはもはや市販のHフリーDLC膜である「ジニアスコートHA」とは別物であり、市販品としての比較ができなくなることからして、試料C4のID/IGを0.2から0.3以上に変更する動機はないといわざるを得ない。
(カ)また、市販のHフリーDLC膜である「ジニアスコートHA」を、ID/IGを0.2から0.3以上に変更した特注品にあえて切り替える合理的理由があるとはいえず、この点からも試料C4のID/IGを0.2から0.3以上に変更する動機はない。
(キ)加えて、甲1には試験前のId/Ig比が0.28である点(上記1(1)カ)が記載されており、上記3(1)イ(イ)で記載したとおり、甲2には、摺動部材がピストンピンであり、摺動部材の相手材がアルミニウム合金又は銅合金製である点(上記1(2)イ及びウ)が、甲3にはDLC膜が設けられる部材がピストンピンであり、相手部材にはアルミニウム合金が用いられる点(上記1(3)ア及びイ)が、甲4にはダイヤモンドライクカーボン膜を有する低摩擦摺動部材の適用箇所がピストンピンであり、相手部材がアルミニウム合金部材である点(上記1(4)ア)が、甲6には、ジニアスコートHA(Geniuscoat HA)の水素含有量(H contents)がほぼ0atom%である点(上記1(6)イ)が、甲7にはナノインテンデーション硬さと密度との間に「ナノインテンデーション硬さ=2.2×(密度)3」の式が成り立つ点(上記1(7)イ)が、甲8にはジニアスコートHAの代表的用途が自動車部品である点(上記1(8)ア)が、甲9にはDLCの用途が今後ますます広まると思われる点(上記1(9)ア)が記載されているが、いずれの文献にも、「硬質炭素膜の強度比(ID/IG)」を「0.3以上」とする点については記載されていない。
そのため、甲5発明に甲1~4、6~9に記載の事項を適用したとしても、相違点3に係る本件発明2の発明特定事項を有するものとするには至らない。
(ク)してみれば、相違点2について検討するまでもなく、本件発明2は甲5発明ではないし、本件発明2は甲5発明及び甲1~4、6~9に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
ウ 小括
本件発明2は、甲5発明ではないし、甲5発明及び甲1~4、6~9に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(2)本件発明3~5について
本件発明3~5はいずれも本件発明2を直接又は間接的に引用し、本件発明2の構成をすべて具備するものであるから、本件発明2と同様に、本件発明3~5は、甲5発明ではないし、本件発明3~5は、甲5発明及び甲1~4、6~9に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明できたものでもない。
5 申立人の主張について
(1)申立人は、意見書において、おおむね以下の主張をしている。
ア 甲1を主引用文献とした場合の判断について
「甲1の第91頁には第92頁のFig.5-17に関して以下のように記載されている。なお、引用に際し、強調のために下線を付した。
「…Fig.5-17より、サンプル間のばらつき幅が重複する範囲があるものの、平均値の比較において特徴的な傾向が認められた。GF-3で試験したDLC膜は、試験前のId/Ig比が0.28であるのに対し、30℃の試験後で0.33、80℃の試験後で0.48、120℃の試験後で0.53と、油温と共に増大する傾向を示した。…」
[図:0001411338000014.jpg]
Fig.5-17においては、各プロットに対してエラーバーのようなH状の印が付されている。「As deposited」のプロットに付されたH状の印の上端は「Id/Ig比」が0.33 (「30℃」のプロットの平均値)よりも大きい値(本件発明2に係る「0.3以上」を満たす値)を示していると確実に言える。一方、「As deposited」のプロットに付されたH状の印の上端は「Id/Ig比」が0.4よりも小さい値(訂正前の本件発明1及び訂正後の本件発明2に係る「0.55以下」を満たす値)を示していると確実に言える。
Fig.5-17におけるH状の印の上端が示す値はデータセット内の最大値を意味すると認められる。そうだとすると、甲1は「Id/Ig比」が0.33よりも大きく且つ0.4よりも小さい硬質炭素膜を開示していると言うことができ、上述のとおり、本件発明2は訂正前後を通じて甲1発明に対して新規性及び進歩性がない。以下に述べる理由から、Fig.5-17におけるH状の印の上端は複数のサンプルの「Id/Ig比」のうちの最大値を意味すると解釈すべきである。
すなわち、上記のとおり、甲1の第91頁には「Fig.5-17より、サンプル間のばらつき幅が重複する範囲がある・・・」と記載されており、Fig.5-17におけるH状の印は「サンプル間のばらつき幅」を意味すると認められる。甲1において「ばらつき幅」という文言がどのような意味で使われているかについて確認すると、甲1の第33頁に以下のように「バラツキの幅」の文言がある。
「ta-CIにおいては、バラツキの幅が多いものの、ta-C:NIの場合と同様にsp3結合比の低いほど増加する傾向が認められた。」
そして、甲1の第33頁の冒頭には以下の記載がある。
「Fig.3-4にta-C:NI(図中に◇で表示)とta-CI(□で表示)及び比較材のta-CII(○で表示)の摩擦試験の結果を示す。摩擦係数を縦軸に、sp3結合比を横軸にとり整理した。ta-C:NI及びta-CIはn=2で、比較材のta-CIIはn=1で試験を実施している。」
[図:0001411338000015.jpg]
これらの開示からすると、Fig.3-4 における「ta-CI」の摩擦係数の値を示す上下に延びる線は試験で得られた実データ(摩擦係数)のばらつき幅を表していると解され、その上端はデータセット内の最大値(二つのサンプル(n=2)のうちの大きい方の測定値)を意味し、下端はデータセット内の最小値(二つのサンプル(n=2) うちの小さい方の測定値)を意味すると解釈できる。Fig.5-17もFig.3-4と同様に試験で得られた実データ(Id/Ig比)をプロットしたグラフである。しかも、Fig.5-17に示されたH状の印もFig.3-4 と同様に「サンプル間のばらつき幅」を示していることから、上端はデータセット内の最大値を意味し、下端はデータセット内の最小値を意味すると解釈すべきである。
なお、甲1のFig.3-4及びFig.5-17のような印を用いてデータセット内の最大値と最小値(ばらつき幅)を示すものとして「データ範囲エラーバー」と称されるものが知られている。一般に「エラーバー」として、「データ範囲エラーバー」の他に(ア)「標準偏差エラーバー」、(イ)「標準誤差エラーバー」及び(ウ)「信頼区間エラーバー」がよく知られている。そのため、エラーバーを表示する場合はどの種類のエラーバーであるかを表示すべきところ、甲1にはかかる表示がない。しかし、上記(ア)~(ウ)のエラーバーはデータセットが正規分布をしていると仮定したものであり、平均値からエラーバーの上端までの長さと、平均値からエラーバーの下端までの長さは同じである。一方、甲1に示されたエラーバーは、Fig.5-17に示されたエラーバーも含めて、平均値からエラーバーの上端までの長さと、平均値からエラーバーの下端までの長さが異なっており、かかる点においても、甲1に示されたエラーバーは、データセット内の最大値と最小値を示すもの(データ範囲エラーバー)であると解釈することができる。
上記の事項を踏まえると、甲1には次の発明(以下、「甲1’発明」と言う。)が記載されていると言える。
「Pin/Disk型の摩耗試験装置のピンであって、
前記ピンは、ベアリング用ころ(ピン)であるSUJ2鋼OIS-SUJ2、AISI52100またはDIN100Cr6相当材)の円筒面にDLC膜を成膜したものであり、
未処理のピンの表面粗さはRaO.03-0.05μmであり、DLC膜成膜後の表面粗さは基材の粗さとほぼ同等であり、
前記DLC膜は、ラマン分光分析による解析結果から計算されるId/Ig比が0.3より大きく且つ0.4よりも小さく、
前記DLC膜は、原料がクラファイトのみのため膜に水素を含まず、
前記DLC膜は、ナノインデンテーション試験による表面硬さが約70GPaであり、
前記摩耗試験装置は、ピンよりディスク側に均等な垂直荷重を加えた状態で、ディスク側が回転する機構を備え、
前記ディスクはねずみ鋳鉄材からなる、
Pin/Disk型の摩耗試験装置のピン」
上記取消理由通知書における審判官殿のご認定からすると、訂正前後を通じて本件発明2と甲1’発明との間に、相違点は存在しない。したがって、本件発明2は甲1’発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、本件発明2に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものである。また、本件発明2と甲1’発明との間に相違があるとしても、その相違は当業者が容易に想到し得たものであり、本件発明2は、甲1’発明に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明2に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。」(令和6年2月20日提出の意見書2頁5行~5頁24行)
イ 甲5を主引用文献とした場合の判断について
「審判官殿は上記取消理由通知書の第23頁において以下の判断をされた。
「c さらに、DLCにおいては、DLCの密度と、ID/IGとの間に、甲7の図6の対応関係が成り立つことが、本件特許の出願前より知られている。
この図6の対応関係を利用して、密度が3.14の場合のID/IGを特定すると0.2となる。
d つまり、ナノインデンター試験機により測定されるDLCの硬さが68GPaであることは、ID/IGが0.2であることを意味している。そして0.2という数字は、本件発明1の「強度比(ID/IG)が0.55以下」の数値範囲に含まれるものである。よって、相違点4は実質的な相違点ではない。」
ところで、甲7の図6を参照すると、以下のとおり、密度が3.14の場合、ID/IGの複数のプロットが0.3~0.45の間に位置している。
[図:0001411338000016.jpg]
このことから、甲7は密度が3.14の場合のID/IGが0.3~0.45の範囲であるDLCを開示していると言える。この範囲は、訂正後の本件発明2の「強度比(ID/IG)が0.3以上0.55以下」の数値範囲と重複するものである。よって、訂正後の本件発明2における「強度比(ID/IG)が0.3以上0.55以下」という事項は甲5発明に対する実質的な相違点ではない。
上記事項及び上記取消理由通知書における審判官殿のご認定からすると、訂正前後を通じて本件発明2と甲5発明との間に、相違点は存在しない。したがって、本件発明2は甲5発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、本件発明2に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものである。また、本件発明2と甲5発明との間に相違があるとしても、その相違は当業者が容易に想到し得たものであり、本件発明2は、甲5発明に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明2に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。」(令和6年2月20日提出の意見書6頁15行~7頁16行)
(2)申立人の主張に対する当審の判断
ア (1)アの主張について
申立人は、甲1のFig.5-17はエラーバー付きのグラフであることを主張しているが、甲1には、Fig.5-17はエラーバー付きのグラフであることが明記されていない。しかしながら、申立人の主張のとおりFig.5-17はエラーバー付きのグラフとして、以下検討する。
(ア)データ範囲エラーバー付き棒グラフとは、測定には誤差が伴い、測定の度に測定値は変動することから、平均値を実質的な測定値として丸印で示し、さらに丸印を貫くバーで誤差範囲を示しているものである。この種のグラフにおいては、バー上の値で、かつ、丸印から外れた位置にある値は、測定された最大値と最小値の間の値ではあるものの、実質的な測定値ではなく、実質的な測定値に測定誤差を考慮した値とみなされるものである。
(イ)甲1のFig.5-17では、実質的な測定値である丸印は強度比(Id/Ig)0.28の位置にあり、丸印よりも上方にあるバーの一部分が、本件発明2で特定された「0.3以上」の範囲に位置している。
上記(ア)で記載したとおり、バー上の値で、かつ、丸印から外れた位置にある値は、実質的な測定値ではなく、実質的な測定値に測定誤差を考慮した値とみなされるものであるので、丸印の値である0.28よりも大きく、バーの上方にある「0.3以上」は、実質的な測定値ではなく、実質的な測定値に測定誤差を考慮した値である。
そのため、甲1のFig.5-17が仮に申立人の主張するようにデータ範囲エラーバーであるとしても、強度比(Id/Ig)は、あくまで「0.28」であると認定すべきであり、誤差を含んだ測定値である「0.3以上」についてまで強度比(Id/Ig)の値として認定することはできず、申立人の「甲1には次の発明(以下、「甲1発明」と言う。)が記載されていると言える・・・Id/Ig比が0.33より大きく且つ0.4よりも小さく」との主張は採用できない。そのため、上記(1)アの主張によって、当審の上記4で記載した新規性・進歩性の判断が覆ることはない。
イ (1)イの主張について
(ア)甲7の図5及び図6のグラフは、密度とナノインテンデーション硬さ、密度とID/IGについて、多数の測定を行い、かつ、多数の測定に基づく関係(図5は放物状の線及び式(ナノインテンデーション硬さ=2.2×(密度)3)、図6は直線)を記載したものである。
ところで、測定には誤差が伴うため、1つの測定値のみを用いて異なるパラメータ間の関係を定義したとしても、それは誤差の影響を大きく受けている可能性があるため信頼性に欠け、採用できるものではないが、多数の測定値から総合的に導き出された関係であれば、ある程度信頼できるものであるといえる。
このことを踏まえて図5及び図6を見てみると、図5及び図6にプロットされた特定の1つの測定値から、密度とナノインテンデーション硬さの関係、密度とID/IGの関係を定義したとしても、その定義は信頼性にかけるが、多数の測定値から総合的に導き出された関係、すなわち、図5に図示された放物状の線及びその線を示す式(ナノインテンデーション硬さ=2.2×(密度)3)、図6に図示された直線であれば、信頼できるものであるといえる。
申立人の主張は、要するに、図6に基づきID/IGを算出する際に、関係を示す直線に基づき、密度3.14の場合のID/IGを0.2と求めるのではなく、関係を示す直線から外れた位置にある□のプロット値に基づき、密度3.14の場合のID/IGを0.3~0.45と求めるべきであるというものであるが、前述のとおり、このような1つの測定値から導かれる密度とID/IGの関係は信頼性に欠けるため、直線から外れた位置にある□のプロット値に基づき計算されたID/IGの値(0.3~0.45)は信頼性に欠けるものとなり、確かな数値として認めることはできない。そのため、上記(1)イの申立人の主張は採用することができない。
(イ)上記(ア)で述べたように、申立人の主張は、図6に基づきID/IGを算出する際に、一定の関係を示す直線に基づき、密度3.14の場合のID/IGを0.2と求めるのではなく、一定の関係を示す直線から外れた位置にある□のプロット値に基づき、密度3.14の場合のID/IGを0.3~0.45と求めるべきであるというものであるが、その理屈に則るならば、ナノインテンデーション硬さから密度を算出する際も、同様に、一定の関係性を示す式(ナノインテンデーション硬さ=2.2×(密度)3)ではなく、一定の関係を示す式を示す直線から外れた位置にある□のプロット値を用いることを許容することになり、この場合、甲7には、日本アイ・ティ・エフ株式会社製ジニアスコートHAのHフリーDLC膜について、図6に示されたどの□のプロット値が該当するのかが記載されていないため、硬さから密度を算出することができなくなる。
つまり、ID/IGを算出する前提となる、密度3.14の値の算出が不可能となり、ひいては密度3.14に基づきID/IGを0.3~0.45と求めることも不可能となることから、この点においても、上記(1)イの申立人の主張は採用することができない。
第6 むすび
上記第5で検討したとおり、本件特許2~5は、特許法第29条第1項及び第2項の規定に違反してされたものであるということはできず、同法第113条第2号に該当するものではないから、上記取消理由1、2及び申立理由1では、本件特許2~5を取り消すことはできない。
また、他に本件特許2~5を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、本件特許1についての特許異議の申立ては、本件訂正により請求項1が削除された結果、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項において準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
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2023-700894