特許異議申立
2023-700857
ポリウレタン樹脂組成物
- 審判番号
- 2023-700857
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2022-550014
- 登録番号
- 7227675
- 請求日
- 2023年08月18日
- 審決日
- 2024年12月04日
- 公報発行日
- 2025年03月28日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】サンユレック株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人三枝国際特許事務所
- 【異議申立人】高橋 和秀
- 審判長/審判官
- 審判長 藤原 浩子
- 審判官 松本 直子
- 審判官 藤井 勲
- 分類
- P1651.113-YAA(C08G) / P1651.121-YAA(C08G) / P1651.536-YAA(C08G) / P1651.537-YAA(C08G)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項、特許法第120条の5第5項、特許法第36条第6項第2号、特許法第36条第4項第1号、特許法第120条の8第1項、特許法第120条の5第7項、特許法第131条の2第1項、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の5第2項、特許法第29条第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7227675号発明「ポリウレタン樹脂組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7227675号の明細書、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-9〕について訂正することを認める。
特許第7227675号の請求項1、2、4ないし9に係る特許を維持する。
特許第7227675号の請求項3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7227675号(以下「本件特許」という。)の請求項1ないし9に係る特許についての出願は、令和4年3月29日を国際出願日とする特願2022-550014号に係る出願であって、令和5年2月14日にその特許権の設定登録(請求項の数9)がされ、同年同月22日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、本件特許に対し、令和5年8月18日に、請求項1ないし9に係る特許に対して、特許異議申立人 高橋 和秀(以下「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされた。
その後の手続は以下のとおりである。
令和5年11月10日付け 取消理由通知書
令和6年 1月12日 訂正請求書及び意見書の提出(特許権者)
同年 1月19日付け 訂正請求があった旨の通知
(特許法第120条の5第5項)
同年 2月21日 意見書の提出(申立人)
同年 5月 8日付け 取消理由通知書(決定の予告)
同年 7月10日 訂正請求書及び意見書の提出(特許権者)
同年 同月18日付け 手続補正指令書(方式)
同年 8月21日 手続補正書(方式)の提出
同年 同月30日付け 訂正請求があった旨の通知
(特許法第120条の5第5項)
同年 9月30日 意見書の提出(申立人)
なお、令和6年1月12日付けの訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。
第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
令和6年8月21日提出の手続補正書により補正された同年7月10日提出の訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は以下のとおりである(下線は当審にて付与した。)。なお、当該手続補正書による補正は、令和6年7月18日付けの手続補正指令書(方式)に対してなされたもので、特許法第131条の2第1項ただし書第3号に該当するものである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「前記可塑剤のSP値が8.76以上であり、」とあるのを、「前記可塑剤のSP値が8.80以上であり、」に訂正する(請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2、4~9についても同様に訂正する)。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に「前記可塑剤は、SP値が8.75以上の可塑剤aと、SP値が8.75未満の可塑剤bとを含有する、」とあるのを、「前記可塑剤は、SP値が8.75以上8.96以下の可塑剤aと、SP値が8.75未満の可塑剤bとを含有する、」に訂正する(請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2、4~9についても同様に訂正する)。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3を削除する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4に「請求項1~3のいずれかに記載のポリウレタン樹脂組成物。」とあるのを、「請求項1又は2に記載のポリウレタン樹脂組成物。」に訂正する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5に「請求項1~4のいずれかに記載のポリウレタン樹脂組成物。」とあるのを、「請求項1、2又は4に記載のポリウレタン樹脂組成物。」に訂正する。
(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項6に「請求項1~5のいずれかに記載のポリウレタン樹脂組成物。」とあるのを、「請求項1、2、4又は5に記載のポリウレタン樹脂組成物。」に訂正する。
(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項7に「請求項1~6のいずれかに記載のポリウレタン樹脂組成物。」とあるのを、「請求項1、2、4、5又は6に記載のポリウレタン樹脂組成物。」に訂正する。
(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項8に「請求項1~7のいずれかに記載のポリウレタン樹脂組成物からなる封止材。」とあるのを、「請求項1、2、4、5、6又は7に記載のポリウレタン樹脂組成物からなる封止材。」に訂正する。
(9)訂正事項9
訂正前の明細書の段落【0119】に記載された【表6】を、次のように訂正する。
・訂正後の【表6】
[図:0001420295000001.jpg]
なお、訂正前の請求項1~9は、訂正事項1及び2に係る請求項1の記載を、請求項2~9が直接又は間接的に引用しているものであるから、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
2 訂正の目的の適否、新規事項追加の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1
ア 訂正事項1は、訂正前の請求項1において、「前記可塑剤のSP値が8.76以上であり、」と規定していたのを、「前記可塑剤のSP値が8.80以上であり、」とすることにより、可塑剤のSP値をより限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
イ 「前記可塑剤のSP値が8.80以上」である点については、願書に添付した明細書の【0043】に「可塑剤のSP値は、・・・8.80以上が更に好ましく」と記載されているから、訂正事項1は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正である。
(2)訂正事項2
ア 訂正事項2は、訂正前の請求項1において、「前記可塑剤は、SP値が8.75以上の可塑剤aと、SP値が8.75未満の可塑剤bとを含有する、」と規定していたのを、訂正後の請求項1において、「前記可塑剤は、SP値が8.75以上8.96以下の可塑剤aと、SP値が8.75未満の可塑剤bとを含有する、」とすることにより、可塑剤aのSP値をより限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
イ 「SP値が8.75以上8.96以下の可塑剤a」については、願書に添付した明細書の【0087】の【表3】において、TOTMのSP値が「8.96」であることが記載されており、同【0119】【表6】の実施例6において、TOTM(可塑剤a:SP値8.96)及びDUP(可塑剤b:SP値8.73)を用いることが記載されているから、訂正事項2は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正である。
(3)訂正事項3
訂正事項3は、請求項3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正である。
(4)訂正事項4~8
訂正事項4~8は、訂正前の請求項4~8において、請求項3の削除に伴い、請求項3を引用しないものとする訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正である。
(5)訂正事項9
ア 訂正事項9の内容及び特許権者の主張
訂正事項9は、願書に添付した明細書(以下「訂正前明細書」という。)の段落【0119】の【表6】において、実施例1~9並びに比較例1及び2における「液状特性」の「混合物のSP値」(「(1)全体(A+B+D)」、「(2)水酸基含有化合物+可塑剤(B+D)」、「(3)可塑剤(D)」)をそれぞれ訂正したものである。
特許権者は、訂正前明細書の段落【0119】において、計算間違いにより記載された【表6】における混合物のSP値を、正しい値に訂正したものであり(乙第2号証参照)、計算間違いによる錯誤により表意者の本来の意図を表示していないものとなっている訂正前の液状特性の混合物のSP値を、表意者が本来意図する数値に訂正するものであるから、誤記の訂正を目的とするものであると主張している。
イ 訂正の目的の適否について
(ア)「誤記の訂正」目的の適否の判断手法
「誤記の訂正」とは、本来その意であることが明細書、特許請求の範囲又は図面の記載などから明らかな内容の字句、語句に正すことをいい、訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるものをいうので、以下、この観点に沿って検討する。
(イ)検討
a 訂正前明細書の【0102】には、混合物のSP値の算出方法について、以下のとおり記載されている(下線は当審による。)。
「上記のようにして得られた各成分のSP値を基に、混合物のSP値((1)(A)イソシアネート基含有化合物+(B)水酸基含有化合物+(D)可塑剤のSP値;(2)(B)水酸基含有化合物+(D)可塑剤のSP値;(3)複数の(D)可塑剤の混合物のSP値)を算出した。算出方法は、特開2011-194508号広報の0020段落に記載の式(3)の算出方法を参照し、下記式により混合物のSP値を算出した。
(混合物のSP値)=[ΣXn(モル分率)×Vn(モル容積)×σn(各材料のSP値)]/[ΣXn(モル分率)×Vn(モル容積)]
なお、上記式において、各成分のモル分率、モル容積は、(A)イソシアネート基含有化合物、(B)水酸基含有化合物、(D)可塑剤、各組成の配合部数、分子量、比重から算出した。」
そして、上記【0102】においてSP値の算出方法の根拠として引用されている特開2011-194508号公報(参考資料1)の【0019】及び【0020】には、以下の記載があり、式(3)が、上記【0102】に記載された「混合物のSP値」を求めるための計算式と一致する。
「・・・SP値については、J.H.Hildebrandら・・・により提唱されたもので、SP値δ[単位:(cal・cm3)1/2]が下式(1)で表される。式(1)において、ΔEは分子凝集エネルギー(単位:cal/mol)、Vはモル容積(単位:ml/mol)を示しており、SP値は凝集エネルギー密度の平方根に相当する。2種の樹脂を混合する場合では、SP値が近い樹脂ほど凝集エネルギー密度が小さく、親和性が高くなることとなる。また、Hansenら・・・やHoy・・・によって、双極子間力や水素結合力も考慮し、分子引力定数法に基づくと、SP値を下式(2)で算出することができる。式(2)において、ΔFは分子引力定数の総和(単位:(Cal・cm3)1/2mol-1)である・・・。また、複数の樹脂を混合した樹脂全体のSP値については、下式(3)により算出することができる。式(3)において、δmixは混合樹脂全体のSP値、Xnは成分nのモル分率、Vnは成分nのモル容積、δnは成分nのSP値である。・・・
【0020】
【数1】
[図:0001420295000002.jpg]
」
そして、参考資料1には、「Vはモル容積(単位:ml/mol)」と記載されているところ、「モル容積」は物質1molに占める体積を意味する技術用語(必要であれば、小学館、デジタル大辞泉「モル体積」及び「モル容積」の項、(https://kotobank.jp/word/%E3%83%A2%E3%83%AB%E4%BD%93%E7%A9%8D-172919、https://kotobank.jp/word/%E3%83%A2%E3%83%AB%E5%AE%B9%E7%A9%8D-143030)を参照)である。
そうすると、「混合物のSP値」を求めるために上記【0102】の計算式を用いることは、当業者の技術常識であるといえる。
b 一例として、上記【0102】の計算式を用い、訂正前明細書の実施例1の可塑剤(可塑剤混合物)のSP値を計算してみる。
(a)可塑剤混合物中の各成分のモル分率
訂正前明細書の【表3】によれば、DUPの分子量は475、DINPの分子量は419であり、【表6】によれば、実施例1におけるDUPの含有量は11.3質量%、DINPの含有量は13.2質量%であるから、
DUPのモル分率=0.430
(=(11.3/475)/(11.3/475+13.2/419))
DINPのモル分率=0.570
(=(13.2/419)/(11.3/475+13.2/419))
(b)混合物中の各成分のモル容積
上記【表3】によれば、DUPの比重は0.95、DINPの比重は0.97であり、
モル容積=モル質量/密度=分子量/比重であるから、
DUPのモル容積=500.00(=475/0.95)
DINPのモル容積=431.96(=419/0.97)
(c)DUP、DINPのSP値
上記【表3】によれば、DUPのSP値は8.73、DINPのSP値は8.93である。
(d)可塑剤(可塑剤混合物)のSP値
上記(a)~(c)の値を上記aの混合物のSP値の計算式に当てはめると
可塑剤混合物のSP値=8.84
(=(0.430×500.00×8.73+0.570×431.96×8.93)/(0.430×500.00+0.570×431.96))
よって、実施例1の可塑剤(可塑剤混合物)のSP値は8.84と算出され、訂正前の8.86と整合しない。
同様に、実施例1~9並びに比較例1及び2の各混合物のSP値を、上記計算式に従って求めると、以下の表に示すように、訂正前明細書の【表6】に記載された混合物のSP値と整合しない(以下の表において、「算出値」は上記計算式に従って算出されたSP値、「明細書」は、訂正前明細書の【表6】に記載されたSP値である。)。
[図:0001420295000003.jpg]
c 上記bによれば、訂正前明細書の【0102】の計算式によって算出される混合物のSP値と、同【0119】の【表6】における混合物のSP値は異なり、いずれかが誤りということになるが、上記aにおいて述べたように、「混合物のSP値」を求めるために上記【0102】の計算式を用いることは、当業者の技術常識であるといえるから、当該計算式に基づいて算出された混合物のSP値が技術的に正しく、訂正前明細書の【表6】における混合物のSP値が誤りであることは明らかである(なお、申立人も、申立書において、上記計算式に基づき、正しい算出値を導くことができている。)。
そして、訂正前明細書の記載に接した当業者であれば、混合物のSP値は、【0102】に記載の計算式によって算出されるものであること、そして、混合物のSP値が本来訂正後の算出値であることを客観的に理解できるものといえる。
そうすると、訂正前明細書の【表6】における混合物のSP値を、訂正後の【表6】の混合物のSP値にする訂正は、本来その意であることが明細書、特許請求の範囲の記載などから明らかな内容の字句、語句に正すものであり、訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるものであるから、「誤記の訂正」を目的とするものと認められる。
d したがって、訂正事項9は、誤記の訂正を目的とするものである。
ウ 新規事項追加の有無
「誤記の訂正」を目的とする訂正の適否を判断する際に基準となる明細書、特許請求の範囲又は図面は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「当初明細書等」という。)であるところ、当初明細書等には、上記イで検討した訂正前明細書の記載内容が記載されている。
そして、上記イにおいて説示したように、当初明細書等の記載に接した当業者であれば、混合物のSP値は、【0102】に記載の計算式によって算出されるものであること、そして、混合物のSP値が本来訂正後の算出値であることを客観的に理解でき、訂正事項9は、訂正前明細書の段落【0119】の【表6】における混合物のSP値を、本来その意であることが明らかな、当該計算式に基づいて算出された混合物のSP値に正したものである。
そして、そのような訂正は、当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものといえる。
したがって、訂正事項9は、当初明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。
エ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
上記イにおいて説示したとおり、訂正前明細書の記載に接した当業者であれば、混合物のSP値は、【0102】に記載の計算式によって算出されるものであることを理解できるから、【0119】の【表6】における混合物のSP値を、訂正後の【表6】の混合物のSP値にする訂正明細書における誤記の訂正により、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更することにはならない。
3 申立人の主張について
(1)申立人は、令和6年9月30日提出の意見書(1頁下から4行~19頁20行)において、訂正事項9に対し、以下のように主張する。
ア 新規事項を追加する訂正であること
請求項1における混合物のSP値は、【0102】の記載及び同段落で引用された特開2011-194508号公報の記載に鑑みれば、モル容積を「分子量/比重」とする算出方法(以下「方法1」という。)により算出される値と解されるが、方法1により算出される値は、訂正前の【表6】に記載の混合物のSP値とは全く整合しておらず、むしろ、特許権者による令和6年1月12日提出の意見書に記載のとおり、「Vn(モル容積)」を「モル数/比重」とする算出方法(以下「方法2」という。)により算出される値が、訂正前の【表6】に記載の混合物のSP値とほぼ整合していることから、当初明細書等に鑑みると、混合物のSP値は、方法1により算出される値であるとも、方法2により算出される値であるとも解釈することができ、そのどちらが正しいか判然としない。そのため、【表6】における混合物のSP値を方法1により算出される値に書き換えようとする訂正事項9は、訂正後の内容が当初明細書等に記載されていると同然であると理解する事項であるとはいえず、当初明細書等から自明な事項であるとはいえない。
イ 誤記の訂正の要件を満たさないこと
上記アのように方法1と方法2のいずれが正しいか明らかでない以上、「本来その意であることが明細書、特許請求の範囲又は図面の記載などから明らかな内容の字句、語句に正すことをいい、訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるものをいう」との誤記の訂正の要件も満たさない。
ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものであること
本件発明は、実施例及び比較例における実験結果に基づいて、課題が解決できるように混合物のSP値の数値範囲、特にその境界が設定されているはずであり、そうでなければ、特許権者が意見書で主張するような数値限定による予想外の優れた効果も得られないはずである。そして、訂正前の本件発明の混合物のSP値は、当初明細書の【表6】に記載のSP値を根拠としたものであるところ、訂正事項9によって【表6】のSP値が変更されると、数値限定の根拠となるSP値が異なることになるから、実質的な数値範囲がずれることになり、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものとして、第三者に不測の不利益を及ぼす可能性がある。
(2)申立人の主張について検討する。
ア 上記2(5)イにおいて説示したとおり、「混合物のSP値」を求めるために上記【0102】の計算式を用いることは、当業者の技術常識であるといえ、また、「モル容積」は物質1molに占める体積を意味する技術用語であり、以下の式に示すように「分子量/比重(ml/mol)」として表すことができ、その単位は、参考資料1に記載の「モル容積」の単位「ml/mol」とも整合する。
・モル容積=モル質量(g/mol)/密度(g/ml)=分子量/比重(ml/mol)(当審注:上記の式においては、比重を密度と同等であると解して、単位を示している。)
そうすると、当該計算式に基づいて算出された混合物のSP値、すなわち、申立人が主張する方法1により算出される値が技術的に正しく、当初明細書等の【表6】における混合物のSP値が誤りであることは明らかである。そのため、方法1と方法2のどちらが正しいか判然としないことを前提とする主張は採用できず、訂正事項9は、訂正前明細書の【0119】の【表6】における混合物のSP値を、本来その意であることが明らかな、当該計算式に基づいて算出された混合物のSP値に正したものであるから、当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものといえる。
イ 上記アのとおり、混合物のSP値は、方法1により算出される値が技術的に正しいことが明らかであり、上記2(5)イにおいて説示したとおり、訂正事項9は、「誤記の訂正」を目的とするものと認められる。
ウ 【表6】の実施例のSP値の訂正は、明らかな誤記を正しいものに訂正するものであって、訂正されたSP値の具体的な数値に基づいて特許請求の範囲が訂正されたわけでもないから、【表6】の実施例のSP値の訂正は、特許請求の範囲を、拡張又は変更するものとはいえない。
したがって、申立人の主張はいずれも採用できない。
5 訂正の適否についての判断のまとめ
以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は第2号に掲げる事項を目的とするものであり、また、同法同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、本件訂正は適法なものであり、本件特許の明細書、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-9〕について訂正することを認める。
第3 本件発明及び本件明細書の記載の概要
1 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正が認められたため、本件特許の請求項1、2、4ないし9に係る発明(以下、順に「本件発明1」のようにいい、本件発明1、2、4ないし9を総称して「本件発明」ともいう。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1、2、4ないし9に記載された事項により特定される以下のとおりのものと認める。
「【請求項1】
イソシアネート基含有化合物、水酸基含有化合物、及び、可塑剤を含有するポリウレタン樹脂組成物であって、
前記水酸基含有化合物と、前記可塑剤との混合物のSP値が8.75以上であり、
前記可塑剤のSP値は、8.80以上であり、
前記可塑剤は、SP値が8.75以上8.96以下の可塑剤aと、SP値が8.75未満の可塑剤bとを含有する、
ことを特徴とするポリウレタン樹脂組成物。
【請求項2】
前記水酸基含有化合物と、前記可塑剤との混合物のSP値が8.77以上9.20以下であり、且つ、120℃の弾性率と、-30℃の弾性率との差が25MPa以下である、請求項1に記載のポリウレタン樹脂組成物。
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
更に、無機充填剤を含有し、前記無機充填剤の含有量が、前記ポリウレタン樹脂組成物を100質量%として、50~80質量%である、請求項1又は2に記載のポリウレタン樹脂組成物。
【請求項5】
前記水酸基含有化合物は、ポリオレフィンポリオールを含有する、請求項1、2又は4に記載のポリウレタン樹脂組成物。
【請求項6】
前記水酸基含有化合物は、平均水酸基価が80mgKOH/g以上である、請求項1、2、4又は5に記載のポリウレタン樹脂組成物。
【請求項7】
前記水酸基含有化合物は、ポリブタジエンポリオール及びポリエステルポリオールを含有する、請求項1、2、4、5又は6に記載のポリウレタン樹脂組成物。
【請求項8】
請求項1、2、4、5、6又は7に記載のポリウレタン樹脂組成物からなる封止材。
【請求項9】
請求項8に記載の封止材を有する電気電子部品。」
2 本件明細書の記載の概要(本件発明の技術的意義等について)
(1)本件訂正後の明細書(以下「本件明細書」という)には、本件発明の技術的意義等について、以下の記載がある(下線は当審による。)。
「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、相溶性に優れ、耐熱性及びヒートサイクル性に優れたポリウレタン樹脂組成物を提供することを目的とする。」
「【発明の効果】
【0010】
本発明のポリウレタン樹脂組成物は、相溶性に優れ、耐熱性及びヒートサイクル性に優れている。また、本発明の封止材も、上記ポリウレタン樹脂組成物からなるので、耐熱性及びヒートサイクル性に優れている。更に、本発明の電気電子部品は、上記封止材を有するので、十分に樹脂封止がされ、高い信頼性を示すことができる。」
「【0015】
本発明者等は、ポリウレタン樹脂組成物において、水酸基含有化合物と、可塑剤との混合物のSP値を特定の範囲とすることで、これらの相溶性に優れ、-20℃~-30℃の温度領域でもポリウレタン樹脂の弾性率の上昇を抑制できることを見出した。通常、ポリウレタン樹脂の低温での弾性率とガラス転移温度を低下させる場合は、DUP、DIDAのように脆化温度が-30℃以下の可塑剤が用いられる。しかし、DIDAは耐熱性が十分でなく、また、DUPと、ポリブタジエンポリオール、及び、ポリエステルポリオールとを配合したポリウレタン樹脂組成物では、ポリウレタン樹脂とした際にこれらの相溶性が十分でなく、-40℃以下の弾性率は低下するが、-20℃~-30℃の弾性率は低下しない。
【0016】
これに対し、本発明では、ポリウレタン樹脂組成物において、水酸基含有化合物と、可塑剤との混合物のSP値を8.75以上に調整することにより、相溶性に優れ、耐熱性及びヒートサイクル性に優れたポリウレタン樹脂組成物を提供することができる。」
「【0041】
(可塑剤)
本発明のポリウレタン樹脂組成物において用いられる可塑剤としては、水酸基含有化合物と、可塑剤との混合物のSP値を8.75以上に調整できれば特に限定されず、ポリウレタン樹脂組成物において従来可塑剤として用いられているものを各種使用することが可能である。・・・
【0043】
可塑剤のSP値は、8.70以上が好ましく、8.75以上がより好ましく、8.80以上が更に好ましく、8.90以上が特に好ましい。また、可塑剤のSP値は、12.00以下が好ましく、11.00以下がより好ましく、10.00以下が更に好ましく、9.70以下が特に好ましい。
【0044】
可塑剤のSP値は、後述の実施例に記載のSmall法により測定する。」
「【0075】
本発明のポリウレタン樹脂組成物は、水酸基含有化合物がポリオレフィンポリオールを含有し、可塑剤は、SP値が8.75以上の可塑剤aと、SP値が8.75未満の可塑剤bとを含有することが好ましい。上記構成とすることで、ポリウレタン樹脂組成物のガラス転移温度が下がりヒートサイクル性がより向上する。」
(2)すなわち、本件明細書の記載によれば、本件発明について、「相溶性に優れ、耐熱性及びヒートサイクル性に優れたポリウレタン樹脂組成物を提供すること」を発明が解決しようとする課題とするものであり(【0008】)、「水酸基含有化合物と、可塑剤との混合物のSP値を8.75以上」に調整することにより、相溶性に優れ、耐熱性及びヒートサイクル性に優れたポリウレタン樹脂組成物を提供することができること、可塑剤としては、水酸基含有化合物と、可塑剤との混合物のSP値を8.75以上に調整できれば特に限定されず、従来可塑剤として用いられているものを各種使用することが可能であるが、「可塑剤のSP値」は「8.75以上がより好ましく、8.80以上が更に好ましい」こと、「可塑剤は、SP値が8.75以上の可塑剤aと、SP値が8.75未満の可塑剤bとを含有する」ことが好ましく、それにより、ポリウレタン樹脂組成物のガラス転移温度が下がりヒートサイクル性がより向上することが理解できる(【0015】、【0016】、【0041】、【0043】、【0075】)。
第4 特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要、証拠方法及び取消理由の概要
1 特許異議申立書(以下「申立書」という。)に記載した申立ての理由の概要
(1)申立理由1(甲第1号証に基づく新規性、進歩性)
本件特許の請求項1ないし9に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである、又は甲第1号証に記載された発明に基づいて、その出願日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の上記請求項に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(2)申立理由2(甲第2号証に基づく新規性、進歩性)
本件特許の請求項1ないし9に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである、又は甲第2号証に記載された発明に基づいて、その出願日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の上記請求項に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(3)申立理由3(明確性要件)
本件特許の請求項1ないし9に係る特許は、以下の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
ア 本件特許の請求項1に規定される混合物のSP値については、本件明細書の【0102】に定義として算出方法が記載されているが、本件明細書の【表6】に記載の混合物のSP値は、上記方法により算出した混合物のSP値と全く整合しておらず、請求項1に記載の混合物のSP値をどのように算出するか不明確である。
イ 本件特許の請求項3に規定される「脆化温度」について、本件明細書の【0048】及び【0088】によれば、可塑剤の「脆化温度」はJIS K7216に準拠して測定した値であるが、JIS K7216は「プラスチックのぜい化温度試験方法」(甲6)であって、プラスチックの脆化温度は、同じ可塑剤であっても樹脂組成が異なれば異なる値となることは自明であるところ、上記本件明細書において、可塑剤の脆化温度を測定する際の樹脂組成が特定されておらず、可塑剤の脆化温度を特定することはできないから、請求項3における「脆化温度」は不明確である。
(4)申立理由4(実施可能要件)
本件特許の請求項1ないし9に係る特許は、以下の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
ア 上記(3)アのように、本件特許の請求項1に記載の混合物のSP値は不明確であるため、請求項1に記載の混合物のSP値が規定された請求項1に係る発明を実施しようとした場合に、どのように実施するか当業者が理解できない。
イ 上記(3)イのように、本件特許の請求項3に記載の「脆化温度」は不明確であるため、可塑剤として、「脆化温度」の範囲が規定された請求項3に係る発明を実施しようとした場合に、どのように実施するか当業者が理解できない。
2 証拠方法
(1)申立人が申立書に提出した証拠方法は、以下のとおりである。
甲第1号証 特開2015-89909号公報
甲第2号証 特許第6905135号公報
甲第3号証 飯場雅実他2名「ヒマシ油系ポリウレタンの特性と応用」日本接着学会誌、Vol.55、No.5(2019)、p.41-49
甲第4号証 「難燃剤」、出力日:令和5年8月7日
(https://www.daihachichem.co.jp/product_search/pdf/itiran_01.pdf)
甲第5号証 特開2019-182887号公報
甲第6号証 「JIS K 7216-1980 プラスチックのぜい化温度試験方法」平成14年(2002年)1月31日(第8刷) 財団法人日本規格協会
甲第7号証 「TAOKA化成品グループ製品案内」、出力日:令和5年8月7日、2016年 (https://www.taokachem.co.jp/business/pdf/catalog_chemical.pdf)
以下、順に「甲1」等という。
(2)特許権者が令和6年1月12日提出の意見書に添付して提出した証拠方法は、以下のとおりである。
乙第1号証 「サンソサイザーDUP」カタログ 新日本理化株式会社
以下「乙1」という。
(3)申立人が令和6年2月21日提出の意見書に添付して提出した証拠方法(参考資料)は、以下のとおりである。
参考資料1 特開2011-194508号公報
参考資料2 「アデカサイザーRSシリーズ」カタログ、旭電化工業株式会社、1996年2月20日発行
(4)特許権者が令和6年8月21日提出の手続補正書に添付して提出した証拠方法は、以下のとおりである。
乙第2号証 各実施例の数値の計算式
以下「乙2」という。
3 当審で通知した令和6年5月8日付け取消理由通知(決定の予告)の取消理由
当審で通知した取消理由(決定の予告)の概要は以下のとおりである。
(1)取消理由1(甲2に基づく新規性)
本件特許の請求項1ないし9に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲2に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、これらの請求項に係る特許は特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(2)取消理由2(甲2に基づく進歩性)
本件特許の請求項1ないし9に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲2に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、これらの請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(3)取消理由3(明確性)
本件特許の請求項1ないし9に係る特許は、以下の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
ア 請求項1において、「前記水酸基含有化合物と、前記可塑剤との混合物のSP値が8.75以上であり、前記可塑剤のSP値は、8.76以上であり」と特定される混合物のSP値については、本件明細書の【0102】によれば、これらのSP値は「混合物のSP値」の式に基づき算出されるものであるが、実施例1~9及び比較例1、2について上記「混合物のSP値」の式に従って算出された「水酸基含有化合物と、可塑剤との混合物のSP値」と「可塑剤のSP値」の値は本件明細書の【表6】に記載された値と一致しておらず、請求項1に記載された「前記水酸基含有化合物と、前記可塑剤との混合物のSP値」及び「可塑剤のSP値」がどのように求められる値であるのか不明である。
イ 請求項3は、「前記可塑剤は、脆化温度が-30℃未満の可塑剤Aと、脆化温度が-30℃以上-20℃以下の可塑剤Bとを含有する」との特定を有するところ、本件明細書の【0048】及び【0088】によれば、可塑剤の脆化温度はJIS K7216に準拠して測定した値であって、当該JIS K7216は「プラスチックのぜい化温度試験方法」(甲6)であるから、本件発明3の可塑剤の脆化温度も、可塑剤を何らかのプラスチック材料に配合した試験片についての脆化温度を測定した値であると解されるが、本件明細書のいずれの箇所をみても、試験片を形成するプラスチック材料がどのようなものであるかは記載されておらず、また、プラスチック材料によってJIS K7216に準拠して測定される値は異なることは明らかであるから、請求項3に記載された可塑剤の「脆化温度」の意味するところが明確であるとはいえない。
(4)取消理由4(実施可能要件)
本件特許の請求項1ないし9に係る特許は、以下の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
ア 上記(3)アのとおり、「水酸基含有化合物と、可塑剤との混合物のSP値」と「可塑剤のSP値」について、実施例1~9及び比較例1、2について、本件明細書の【0102】に記載された「混合物のSP値」の式に基づき算出された値と【表6】に記載された値と一致しておらず、また、そのような数値の差異を説明する技術常識も存在しないため、当業者といえども、どのように「水酸基含有化合物と、可塑剤との混合物のSP値」と「可塑剤のSP値」を求めればよいのか理解することはできないから、請求項1に記載された発明の「水酸基含有化合物と、可塑剤との混合物のSP値」と「可塑剤のSP値」が所定の値を満たす組成物を製造することは過度の試行錯誤を要する。
イ 上記(3)イのとおり、請求項3の可塑剤の脆化温度を測定する際にどのようなプラスチック材料を用いて測定したのかが不明であるから、当業者といえども、どのように試験片を製造してどのように脆化温度を測定すればよいのか理解することはできず、請求項3に記載された発明の「前記可塑剤は、脆化温度が-30℃未満の可塑剤Aと、脆化温度が-30℃以上-20℃以下の可塑剤Bとを含有する」という特定を有する組成物を製造することは、過度の試行錯誤を要する。
第5 当審の判断
1 本件発明3に係る特許に対する申立ての却下
上記第2で示したとおり、本件特許の請求項3は本件訂正により削除され、この特許に対する申立ては、申立ての対象を欠くこととなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下すべきものである。
2 当審で通知した取消理由通知(決定の予告)の取消理由及び申立理由について
(1)取消理由1及び2並びに申立理由2(甲2に基づく新規性、進歩性)について
取消理由1及び2並びに申立理由2は、いずれも甲2に基づく新規性及び進歩性についてのものであるので、まとめて検討する。
ア 甲2に記載された発明
甲2には、「水酸基含有化合物(A)、イソシアネート基含有化合物(B)、金属水酸化物(C)、および可塑剤(D)を含有するポリウレタン樹脂組成物」について記載されており(請求項1)、実施例1(【0050】~【0056】、【0064】【表1】)に着目すると、甲2には以下の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。
「水酸基価46.6mgKOH/gのポリブタジエンポリオール(商品名:Poly bd R-45HT、出光興産(株)製)a1-1を4.6質量部、水酸基価102.7mgKOH/gのポリブタジエンポリオール(商品名:Poly bd R-15HT、出光興産(株)製)a1-3を3.6質量部、水酸基価161mgKOH/gのひまし油脂肪酸-多価アルコールエステル(官能基数2価)(商品名:ひまし油D、伊藤製油株式会社製)a2-1を0.9質量部、ヘキサメチレンジイソシアネートのイソシアヌレート変性体(商品名:デュラネートTPA-100-D、旭化成ケミカルズ(株)製)b1を1質量部、ヘキサメチレンジイソシアネートのイソシアヌレート変性体(商品名:デュラネートTLA-100、旭化成ケミカルズ(株)製)b2を0.9質量部、水酸化アルミニウムc1を68質量部、フタル酸ジイソノニル(商品名:DINP、株式会社ジェイ・プラス製)d1を5.2質量部、フタル酸ジウンデシル(商品名:サンソサイザーDUP、新日本理化(株)製)d2を15.8質量部、触媒(ジオクチル錫ジラウレート(商品名:ネオスタンU-810、日東化成株式会社製)を0.005質量部、を配合して調製されたポリウレタン樹脂組成物。」
イ 本件発明1について
(ア)対比
甲2発明の「ヘキサメチレンジイソシアネートのイソシアヌレート変性体(商品名:デュラネートTPA-100-D、旭化成ケミカルズ(株)製)b1」と「ヘキサメチレンジイソシアネートのイソシアヌレート変性体(商品名:デュラネートTLA-100、旭化成ケミカルズ(株)製)b2」は、本件発明1の「イソシアネート基含有化合物」に相当する。
甲2発明の「水酸基価46.6mgKOH/gのポリブタジエンポリオール(商品名:Poly bdR-45HT、出光興産(株)製)a1-1」、「水酸基価102.7mgKOH/gのポリブタジエンポリオール(商品名:Poly bd R-15HT、出光興産(株)製)a1―3」及び「水酸基価161mgKOH/gのひまし油脂肪酸-多価アルコールエステル(官能基数2価)(商品名:ひまし油D、伊藤製油株式会社製)a2-1」は、本件発明1の「水酸基含有化合物」に相当する。
甲2発明の「フタル酸ジイソノニル(商品名:DINP、株式会社ジェイ・プラス製)d1」と「フタル酸ジウンデシル(商品名:サンソサイザーDUP、新日本理化(株)製)d2」は可塑剤である(甲2の【0054】)から、本件発明1の「可塑剤」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲2発明とは、
「イソシアネート基含有化合物、水酸基含有化合物、及び、可塑剤を含有するポリウレタン樹脂組成物。」である点で一致し、以下の点で相違する。
【相違点1】
本件発明1においては、「前記水酸基含有化合物と、前記可塑剤との混合物のSP値が8.75以上」であるのに対して、甲2発明ではそうであるか不明である点
【相違点2】
本件発明1においては、「前記可塑剤のSP値は、8.80以上」であるのに対して、甲2発明ではそうであるか不明である点
【相違点3】
可塑剤について、本件発明1においては、「SP値が8.75以上8.96以下の可塑剤aと、SP値が8.75未満の可塑剤bとを含有する」のに対して、甲2発明ではそうであるか不明である点
(イ)判断
事案に鑑み、相違点3から判断する。
a 相違点3について
甲2発明の「フタル酸ジイソノニル(商品名:DINP、株式会社ジェイ・プラス製)d1」及び「フタル酸ジウンデシル(商品名:サンソサイザーDUP、新日本理化(株)製)d2」は、それぞれ本件明細書に記載された「DINP」及び「DUP」(【0083】、【0087】)と同一の可塑剤であると解されるから、本件明細書の【表3】によれば前者のSP値は8.93であって、SP値が8.75以上8.96以下である「可塑剤a」に相当し、後者のSP値は8.73であって、SP値が8.75未満である「可塑剤b」に相当する。
よって、相違点3は実質的な相違点ではない。
b 相違点2について
以下では、甲2発明の各成分を単にa1-1などということがある。
(a)混合物のSP値は、本件明細書の【0102】によれば、参考資料1の【0020】に記載の式(3)の算出方法を参照した下記計算式により算出される。
(混合物のSP値)=[ΣXn(モル分率)×Vn(モル容積)×σn(各材料のSP値)]/[ΣXn(モル分率)×Vn(モル容積)]
上記計算式を用いて甲2発明の可塑剤混合物のSP値を計算する。
○混合物中の各成分のモル分率
本件明細書の【表3】によれば、d1の分子量は419、d2の分子量は475であるから、
d1のモル分率=0.27
(=(5.2/419)/(5.2/419+15.8/475))
d2のモル分率=0.73
(=(15.8/475)/(5.2/419+15.8/475))
○混合物中の各成分のモル容積
本件明細書の【表3】によれば、d1の比重は0.97であり、d2の比重は0.95であり、分子量は上記のとおりであり、
モル容積=モル質量/密度=分子量/比重であるから、
d1のモル容積=431.96(=419/0.97)
d2のモル容積=500.00(=475/0.95)
○d1、d2のSP値
上記aのとおり、
d1のSP値=8.93
d2のSP値=8.73
○可塑剤混合物のSP値
上記の各値を上記計算式に当てはめると
可塑剤混合物のSP値=8.78
(=(0.27×431.96×8.93+0.73×500.00×8.73)/(0.27×431.96+0.73×500.00))
よって、甲2発明の可塑剤混合物のSP値は8.78であり、「8.80以上」には該当しないから、相違点2は実質的な相違点である。
(b)そして、甲2には、可塑剤について、【0031】~【0034】に、所定の沸点や平均水酸基価とする旨の記載はあるものの、可塑剤のSP値を調整することについて何らの記載も示唆もないから、甲2発明において、可塑剤混合物のSP値を、「8.80以上」とすることは当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
したがって、相違点2に係る発明特定事項は、甲2発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。
そして、本件発明1は、上記第3の2に示したとおり、相溶性に優れ、耐熱性及びヒートサイクル性に優れているという効果(【0010】)を奏するものである。
(ウ)小括
したがって、相違点1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2に記載された発明(甲2発明)ではなく、甲2に記載された発明(甲2発明)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
ウ 本件発明2、4ないし9について
本件発明2、4ないし9は、本件発明1を直接又は間接的に引用する発明であるから、少なくとも、上記イ(ア)で述べた甲2発明との相違点を有しており、相違点2についての判断も上記イ(イ)で述べたとおりである。
したがって、他の相違点を検討するまでもなく、本件発明2、4ないし9は、甲2に記載された発明(甲2発明)ではなく、甲2に記載された発明(甲2発明)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
エ 申立人の主張について
(ア)申立人は、令和6年9月30日提出の意見書(19頁22行~22頁14行)において、以下のように主張する。
a 甲2発明は可塑剤のSP値が8.78である点で、8.80以上と規定する本件発明と相違するが、その違いはわずかであって、甲2発明において可塑剤d1(DINP)と可塑剤d2(DUP)との配合比を変更することを妨げる事情はなく、耐熱性や弾性率変化率等を改善するために数値範囲を最適化又は好適化することは、当業者が適宜になし得る設計的事項に過ぎない。
また、本件発明に係る実施例1~3、5及び6と、訂正後の発明から外れる実施例4とでは、可塑剤の組成だけでなく、イソシアネート含有化合物や水酸基含有化合物の配合比を含めた組成においても相違しており、これらの違いによっても弾性率は当然に変化するため、上記実施例の対比のみでは、可塑剤のSP値のわずかな違いによる予想外の優れた効果が示されているとはいえない。
b 特許権者は、訂正後の発明から外れる実施例7では、SP値が8.96を超える可塑剤aを用いているため、耐熱性及びヒートサイクル性が低下すると主張するが、実施例7における可塑剤TCPのSP値を計算すると、【0083】に記載の「9.70」ではなく、「8.83」であるため、SP値が8.96を超える可塑剤aを用いているとの主張は誤りであり、発明の構成と効果との関係が不明瞭である。
(イ)申立人の主張について検討する。
a 上記イ(イ)bにおいて説示したように、甲2には、可塑剤について、【0031】~【0034】に、所定の沸点や平均水酸基価とする旨の記載はあるものの、可塑剤のSP値を調整することについて何らの記載も示唆もないため、たとえ、甲2発明の可塑剤のSP値を計算してみたときに、本件発明1で特定される可塑剤のSP値との差がわずかであったとしても、これを調整する動機付けがあるとはいえないから、甲2発明において、可塑剤混合物のSP値を、「8.80以上」とすることは当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
b TCP(トリクレジルホスフェート)のSP値は、井上徹裕、「可塑剤」、日本ゴム協会誌、1977年、30巻10号、672~680頁
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/gomu1944/50/10/50_10_672/_pdf)の674頁の表3を参照すると、本件明細書の【0083】に記載されているとおりの「9.70」であると認められるから、可塑剤TCPのSP値に誤りがあるとはいえない。
したがって、申立人の主張はいずれも採用できない。
オ 取消理由1及び2並びに申立理由2(甲2に基づく新規性、進歩性)についてのまとめ
したがって、本件発明1、2、4ないし9は、甲2に記載された発明ではなく、甲2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、取消理由1及び2並びに申立理由2(甲2に基づく新規性、進歩性)によっては、本件特許を取り消すことはできない。
(2)取消理由3及び申立理由3(明確性)について
上記第4の1(3)の申立理由3において指摘する点は、上記第4の3(3)の取消理由3において指摘する点と同旨であるので、まとめて検討する。
ア 判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
イ 検討
上記第2の1(9)において説示したように、「混合物のSP値」を求めるために本件明細書の【0102】に記載の計算式を用いることは、当業者の技術常識であるといえるから、本件発明1において特定される「水酸基含有化合物と、可塑剤との混合物のSP値」と「可塑剤のSP値」は、当業者であれば、上記【0102】に記載の計算式によって算出されるものであると明確に理解することができる。そして、訂正後の【表6】に記載された値は、上記計算式によって算出された値とも一致するものとなった。
また、上記の点以外に、本件発明1及びこれを直接又は間接的に引用する本件発明2、4ないし9について明確性違反とする理由を発見しない。
なお、本件訂正により、「脆化温度」の特定を有する請求項3は削除された。
したがって、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
ウ 取消理由3及び申立理由3(明確性)についてのまとめ
したがって、本件発明1、2、4ないし9は明確であり、取消理由3及び申立理由3(明確性)によっては、本件特許を取り消すことはできない。
(3)取消理由4及び申立理由4(実施可能要件)について
上記第4の1(4)の申立理由4において指摘する点は、上記第4の3(4)の取消理由4において指摘する点と同旨であるので、まとめて検討する。
ア 判断基準
本件発明1、2、4ないし9は「組成物」、「封止材」又は「電気電子部品」という物の発明であるところ、発明の詳細な説明が物の発明について実施可能要件を満たすためには、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を製造し、使用することができる程度の記載があることを要するものと解される。
イ 検討
(ア)本件明細書の発明の詳細な説明には、上記第3の2に示したとおりの記載があり、本件発明について、「相溶性に優れ、耐熱性及びヒートサイクル性に優れたポリウレタン樹脂組成物を提供すること」を発明が解決しようとする課題とするものであり(【0008】)、「水酸基含有化合物と、可塑剤との混合物のSP値を8.75以上」に調整することにより、相溶性に優れ、耐熱性及びヒートサイクル性に優れたポリウレタン樹脂組成物を提供することができること、可塑剤としては、水酸基含有化合物と、可塑剤との混合物のSP値を8.75以上に調整できれば特に限定されず、従来可塑剤として用いられているものを各種使用することが可能であるが、「可塑剤のSP値」は「8.75以上がより好ましく、8.80以上が更に好ましい」こと、「可塑剤は、SP値が8.75以上の可塑剤aと、SP値が8.75未満の可塑剤bとを含有する」ことが好ましく、それにより、ポリウレタン樹脂組成物のガラス転移温度が下がりヒートサイクル性がより向上することが理解できる(【0015】、【0016】、【0041】、【0043】、【0075】)。
そして、発明の詳細な説明には、ポリウレタン樹脂組成物に含有されるイソシアネート基含有化合物(【0018】~【0025】)、水酸基含有化合物(【0026】~【0040】)、可塑剤(【0041】~【0048】)の各成分についても説明されている。
さらに、実施例1~3、5及び6には、イソシアネート基含有化合物、水酸基含有化合物及び「SP値が8.75以上の可塑剤aと、SP値が8.75未満の可塑剤b」を含有し、「水酸基含有化合物と、可塑剤との混合物のSP値を8.75以上」であり、「可塑剤のSP値は、8.80以上」であるという本件発明1の規定を満たすポリウレタン樹脂組成物を製造し、所定の硬化物物性及びヒートサイクル性を示し、相溶性に優れ、耐熱性及びヒートサイクル性に優れるため、電気製品等の分野で利用可能であることが記載されている(【0103】~【0120】)。
そうすると、発明の詳細な説明には、当業者が過度の試行錯誤を要することなく、本件発明1、2、4ないし7に係るポリウレタン樹脂組成物、当該組成物からなる本件発明8の封止材及び当該封止材を有する本件発明9の電気電子部品を製造及び使用できる程度の記載があるといえる。
(イ)上記第4の1(4)及び上記第4の3(4)の点について
上記(2)イのとおり、本件発明1において特定される「水酸基含有化合物と、可塑剤との混合物のSP値」と「可塑剤のSP値」は、当業者であれば、本件明細書の【0102】に記載の計算式によって算出されるものであると明確に理解することができるから、当業者が、当該計算式に従って、「水酸基含有化合物と、可塑剤との混合物のSP値」と「可塑剤のSP値」を求めることについて、過度の試行錯誤を要するとはいえない。
なお、本件訂正により、「脆化温度」の特定を有する請求項3は削除された。
ウ 取消理由4及び申立理由4(実施可能要件)についてのまとめ
したがって、発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1、2、4ないし9を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるといえるから、取消理由4及び申立理由4(実施可能要件)によっては、本件特許を取り消すことはできない。
3 その他の理由:申立理由1(甲1に基づく新規性、進歩性)について
(1)甲1に記載された発明
甲1の実施例6、19、20に着目すると、甲1には、以下の発明が記載されていると認められる。
ア 実施例6に着目した場合
「平均水酸基価103mgKOH/gのポリブタジエンポリオールA1(商品名 :Poly bd R-15HT、出光興産社製)を7質量部と、ひまし油E1を3質量部と、ヘキサメチレンジイソシアネートのイソシアヌレート変性体B1(商品名:デュラネートTPA-100、旭化成ケミカルズ社製)を3質量部と、ヘキサメチレンジイソシアネートのアロファネート変性体C(商品名:デュラネートA201H、旭化成ケミカルズ社製)を1質量部と、水酸化アルミニウムD1を62質量部と、トリクレジルホスフェート(商品名:TCP、大八化学工業社製)F2を4質量部と、ジウンデシルフタレート(商品名:サンソサイザー DUP、新日本理化社製)F3を20質量部配合したポリウレタン樹脂組成物。」(以下「甲1発明1」という。)
イ 実施例19に着目した場合
「平均水酸基価103mgKOH/gのポリブタジエンポリオールA1(商品名:Poly bd R-15HT、出光興産社製)を6質量部と、ひまし油E1を4質量部と、ヘキサメチレンジイソシアネートのイソシアヌレート変性体B1(商品名:デュラネートTPA-100、旭化成ケミカルズ社製)を1質量部と、ヘキサメチレンジイソシアネートのアロファネート変性体C(商品名:デュラネートA201H、旭化成ケミカルズ社製)を2質量部と、水酸化アルミニウムD1を70質量部と、トリキシレニルホスフェート(商品名:TXP、大八化学工業社製)F1を7質量部と、ジウンデシルフタレート(商品名:サンソサイザーDUP、新日本理化社製)F3を10質量部配合したポリウレタン樹脂組成物。」(以下「甲1発明2」という。)
ウ 実施例20に着目した場合
「平均水酸基価103mgKOH/gのポリブタジエンポリオールA1(商品名:Poly bd R-15HT、出光興産社製)を6質量部と、ひまし油E1を4質量部と、ヘキサメチレンジイソシアネートのイソシアヌレート変性体B1(商品名:デュラネートTPA-100、旭化成ケミカルズ社製)を2質量部と、ヘキサメチレンジイソシアネートのアロファネート変性体C(商品名:デュラネートA201H、旭化成ケミカルズ社製)を2質量部と、水酸化アルミニウムD1を50質量部と、トリキシレニルホスフェート(商品名:TXP、大八化学工業社製)F1を12質量部と、ジウンデシルフタレート(商品名:サンソサイザーDUP、新日本理化社製)F3を24質量部配合したポリウレタン樹脂組成物。」(以下「甲1発明3」という。)
(2)本件発明1について
ア 甲1発明1を主引例とした場合について
(ア)対比
甲1発明1の「ヘキサメチレンジイソシアネートのイソシアヌレート変性体B1(商品名:デュラネートTPA-100、旭化成ケミカルズ社製)」と「ヘキサメチレンジイソシアネートのアロファネート変性体C(商品名:デュラネートA201H、旭化成ケミカルズ社製)」は、本件発明1の「イソシアネート基含有化合物」に相当する。
甲1発明1の「平均水酸基価103mgKOH/gのポリブタジエンポリオールA1(商品名:Poly bd R-15HT、出光興産社製)」と「ひまし油E1」は、本件発明1の「水酸基含有化合物」に相当する。
甲1発明1の「トリクレジルホスフェート(商品名:TCP、大八化学工業社製)F2」と「ジウンデシルフタレート(商品名:サンソサイザー DUP、新日本理化社製)F3」はいずれも可塑剤である(【0043】)から、本件発明1の「可塑剤」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲1発明1とは、
「イソシアネート基含有化合物、水酸基含有化合物、及び、可塑剤を含有するポリウレタン樹脂組成物」である点で一致し、以下の点で相違する。
【相違点1】
本件発明1においては、「前記水酸基含有化合物と、前記可塑剤との混合物のSP値が8.75以上」であるのに対して、甲1発明1ではそうであるか不明である点
【相違点2】
本件発明1においては、「前記可塑剤のSP値は、8.80以上」であるのに対して、甲1発明1ではそうであるか不明である点
【相違点3】
可塑剤について、本件発明1においては、「SP値が8.75以上8.96以下の可塑剤aと、SP値が8.75未満の可塑剤bとを含有する」のに対して、甲1発明1ではそうであるか不明である点
(イ)判断
事案に鑑み、相違点3について判断する。
a 甲1発明1の「トリクレジルホスフェート(商品名:TCP、大八化学工業社製)F2」)及び「ジウンデシルフタレート(商品名:サンソサイザーDUP、新日本理化社製)F3」は、それぞれ本件明細書に記載された「TCP」及び「DUP」(【0083】、【0087】)と同一の可塑剤であると解されるから、本件明細書の【表3】によれば、後者のSP値は8.73であって、8.75未満である「可塑剤b」に相当するものの、前者のSP値は9.70であって、8.75以上8.96以下である「可塑剤a」には該当しない。
そうすると、甲1発明1は、「可塑剤a」を含有するものではなく、相違点3は実質的な相違点である。
b そして、甲1の【0036】には、配合し得る可塑剤が複数例示されているものの、SP値に着目して可塑剤を選択することについて何らの記載も示唆もないから、甲1発明1において、「TCP」に代えて又は加えて、「SP値が8.75以上8.96以下の可塑剤a」を含有することは当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
したがって、相違点3に係る発明特定事項は、甲1発明1に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。
イ 甲1発明2及び3を主引例とした場合について
(ア)対比
上記ア(ア)と同様に検討すると、本件発明1と甲1発明2及び3とは、
「イソシアネート基含有化合物、水酸基含有化合物、及び、可塑剤を含有するポリウレタン樹脂組成物」である点で一致し、以下の点で相違する。
【相違点4】
本件発明1においては、「前記水酸基含有化合物と、前記可塑剤との混合物のSP値が8.75以上」のに対して、甲1発明2又は3ではそうであるか不明である点
【相違点5】
本件発明1においては、「前記可塑剤のSP値は、8.80以上」であるのに対して、甲1発明2又は3ではそうであるか不明である点
【相違点6】
可塑剤について、本件発明1においては、「SP値が8.75以上8.96以下の可塑剤aと、SP値が8.75未満の可塑剤bとを含有する」のに対して、甲1発明2又は3ではそうであるか不明である点
(イ)判断
事案に鑑み、相違点6について判断する。
a 甲1発明2又は3の可塑剤は、トリキシレニルホスフェート(商品名:TXP 、大八化学工業社製)F1と、ジウンデシルフタレート(商品名:サンソサイザーDUP、新日本理化社製)F3である。
(a)「トリキシレニルホスフェート(商品名:TXP、大八化学工業社製)F1」は、以下の式で表される化合物であり、そのSP値は、本件明細書【0096】~【0098】に従いSmall法により算出すると9.55である。ここで、SP値の算出にあたっては、3置換ベンゼン環の分子引力恒数Gとしては、類似の構造を有するフェニレンの「658」の値を使用した(本件明細書の【表5】)。
[図:0001420295000004.jpg]
(b)「ジウンデシルフタレート(商品名:サンソサイザーDUP、新日本理化社製)F3」のSP値は8.73である(本件明細書【表3】)。
(c)そうすると、F3のSP値は8.73であって、8.75未満である「可塑剤b」に相当するものの、F1のSP値は9.55であって、8.75以上8.96以下である「可塑剤a」には該当しない。
なお、上記第5の2(1)エ(イ)において参照した日本ゴム協会誌の673頁の表1によると、「PO4(有機リン酸エステル)」の分子引力定数Gは、「~500」であるとも解されるが、例えば「500」とした場合、本件明細書の【0098】【表5】における「160」として算出した上記(a)のSP値よりさらに大きな値となることは明らかであるから、いずれにしても、「可塑剤a」には該当しない。
そうすると、甲1発明2又は3は、「可塑剤a」を含有するものではなく、相違点6は実質的な相違点である。
b そして、上記ア(イ)bにおいて説示したのと同様に、甲1発明2又は3において、「F1」に代えて又は加えて、SP値が8.75以上8.96以下である「可塑剤a」を含有することは当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
したがって、相違点6に係る発明特定事項は、甲1発明2又は3に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。
ウ 小括
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明(甲1発明1~3)ではなく、甲1に記載された発明(甲1発明1~3)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)本件発明2、4ないし9について
本件発明2、4ないし9は、本件発明1を直接又は間接的に引用する発明であるから、少なくとも、上記(2)ア(ア)及び(2)イ(ア)で述べた甲1発明1~3との相違点を有しており、相違点3又は相違点6についての判断も上記(2)ア(イ)及び(2)イ(イ)で述べたとおりである。
したがって、他の相違点を検討するまでもなく、本件発明2、4ないし9は、甲1に記載された発明(甲1発明1~3)ではなく、甲1に記載された発明(甲1発明1~3)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(4)申立人の主張について
ア 申立人は、令和6年2月21日提出の意見書(4頁4行~5頁2行)において、以下のように主張する。
甲1の【0036】には、本件明細書の実施例と同様の、ジイソノニルフタレート(DINP)やトリメリット酸エステル(TOTM)のように、SP値が8.75以上8.96以下の可塑剤も記載されているから、甲1発明1~3において、SP値が8.96を超えるトリクレジルホスフェート(TCP)やトリキシレニルホスフェート(TXP)に代えて、上記の可塑剤を用いてみることは、当業者が容易に想到し得ることにすぎない。そして、実施例1~6と実施例7との効果の違いは、可塑剤のSP値の違いのみによるものであるとはいえず、個々の可塑剤のSP値の違いによる予想外の優れた効果は、本件明細書から明らかであるとはいえない。
イ 申立人の主張について検討する。
上記(2)ア(イ)において説示したように、甲1の【0036】には、配合し得る可塑剤が複数例示されているものの、SP値に着目して可塑剤を選択することについて何らの記載も示唆もないから、甲1発明1~3において、「TCP」又は「TXP」に代えて又は加えて、SP値が8.75以上8.96以下である「可塑剤a」を含有することは当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
したがって、申立人の主張は採用できない。
(5)申立理由1(甲1に基づく新規性、進歩性)についてのまとめ
以上によれば、本件発明1、2、4ないし9は、甲1に記載された発明ではなく、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、申立理由1(甲1に基づく新規性、進歩性)によっては、本件特許を取り消すことはできない。
第6 むすび
以上のとおりであるから、当審で通知した取消理由通知(決定の予告)の取消理由及び特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては、本件特許の請求項1、2、4ないし9に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1、2、4ないし9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、本件訂正により請求項3は削除されたので、請求項3に係る特許異議の申立ては、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
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2023-700857