特許異議申立
2023-700520
リチウムイオン二次電池用正極活物質及びリチウムイオン二次電池
- 審判番号
- 2023-700520
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2019-091631
- 登録番号
- 7180532
- 請求日
- 2023年05月18日
- 審決日
- 2024年06月06日
- 公報発行日
- 2024年09月27日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】株式会社プロテリアル
- 【権利者代理人】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
- 【異議申立人】竹下 瑞恵
- 審判長/審判官
- 審判長 井上 信一
- 審判官 ▲高▼橋 徳浩
- 審判官 須原 宏光
- 分類
- P1651.113-YAA(H01M) / P1651.121-YAA(H01M) / P1651.537-YAA(H01M)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第36条第6項第1号、特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第1項、特許法第29条第2項、特許法第120条の5第7項、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7180532号発明「リチウムイオン二次電池用正極活物質及びリチウムイオン二次電池」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7180532号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-10〕について訂正することを認める。
特許第7180532号の請求項9及び10に係る特許を維持する。
特許第7180532号の請求項1ないし8に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7180532号の請求項1ないし10に係る特許についての出願は、平成30年8月28日(優先権主張 平成30年3月7日)を国際出願日とする出願である特願2019-522341号の一部を、令和1年5月14日に新たな特許出願としたものであって、令和4年11月21日にその特許権の設定登録がされ、令和4年11月30日に特許掲載公報が発行された。その後、本件特許に対して特許異議の申立てがなされたものであり、以後の本件に係る手続の概要は以下のとおりである。
令和5年 5月19日 :特許異議申立人竹下瑞恵による請求項1ない
し10に係る特許に対する特許異議の申立て
令和5年 7月27日付け:取消理由通知
令和5年 9月29日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和5年12月25日 :特許異議申立人による意見書の提出
令和6年 2月15日付け:取消理由通知(決定の予告)
令和6年 4月17日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
なお、令和6年4月17日提出の訂正請求書による訂正請求がされたので、令和5年9月29日提出の訂正請求書による訂正の請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。
第2 訂正の適否
1.訂正の内容
令和6年4月17日の訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)は、特許第7180532号の明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1ないし10について訂正することを求めるものであり、その訂正の内容は、以下の訂正事項のとおりである(なお、下線は訂正された箇所を示す。)。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1を削除する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3を削除する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4を削除する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5を削除する。
(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項6を削除する。
(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項7を削除する。
(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項8を削除する。
(9)訂正事項9
特許請求の範囲の請求項9に「M1は、Al、Ti、Zn、Ga、Zr、Mo、Nb、V、Sn、Mg、Ta、Ba、W及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素を表し、a、b、c、p、q及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦1.0、0≦c≦0.06、0<p<0.20、b+c+p+q=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物であるリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、」とあるのを「M1は、Al、Ti、Zn、Zr、Sn、Ta、Ba及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素を表し、a、b、c、p、q及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦0.95、0.01≦c≦0.06、0<p<0.20、b+c+p+q=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物であるリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、」に訂正する。
(10)訂正事項10
特許請求の範囲の請求項10に「請求項1から請求項9のいずれか一項」とあるのを「請求項9」に訂正する。
(11)訂正事項11
明細書の段落【0014】に「下記組成式(1);Li1+aNibCocMdO2+α ・・・(1)[但し、組成式(1)において、Mは、Li、Ni及びCo以外の1種以上の金属元素を表し、a、b、c、d及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦1.00、0≦c≦0.06、b+c+d=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、前記結晶構造におけるa軸の格子定数が2.878×10-10m以上、比表面積が0.2m2/g以上1.5m2/g以下である。」とあるのを「下記組成式(2);Li1+aNibCocMnpM1qO2+α ・・・(2)[但し、組成式(2)において、M1は、Al、Ti、Zn、Zr、Sn、Ta、Ba及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素を表し、a、b、c、p、q及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦0.95、0.01≦c≦0.06、0<p<0.20、b+c+p+q=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物であるリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、前記結晶構造におけるa軸の格子定数が2.878×10-10m以上である。」に訂正する。
2.訂正の適否についての判断
(1)一群の請求項について
訂正前の請求項1ないし8及び10について、請求項2ないし8及び10は、請求項1を直接的または間接的に引用しているものであって、訂正事項1によって訂正される請求項1に連動して訂正されるものであり、一群の請求項を構成する。
また、訂正前の請求項9及び10について、請求項10は、請求項9を直接的に引用しているものであって、訂正事項9によって訂正される請求項9に連動して訂正されるものであり、一群の請求項を構成する。
そして、これら一群の請求項は共通する請求項10を有することから組み合わされて、訂正前の請求項1ないし10に対応する訂正後の請求項1ないし10は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
(2)訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否及び明細書の訂正に係る請求項の訂正請求の有無
ア.訂正事項1について
訂正事項1は、請求項1を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。また、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
イ.訂正事項2について
訂正事項2は、請求項2を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。また、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
ウ.訂正事項3について
訂正事項3は、請求項3を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。また、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
エ.訂正事項4について
訂正事項4は、請求項4を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。また、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
オ.訂正事項5について
訂正事項5は、請求項5を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。また、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
カ.訂正事項6について
訂正事項6は、請求項6を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。また、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
キ.訂正事項7について
訂正事項7は、請求項7を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。また、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
ク.訂正事項8について
訂正事項8は、請求項8を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。また、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
ケ.訂正事項9について
訂正事項9は、請求項9に係る発明において、「リチウム遷移金属複合酸化物」の組成式(2)について、
・「M1」の金属元素を、「Al、Ti、Zn、Ga、Zr、Mo、Nb、V、Sn、Mg、Ta、Ba、W及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素」から「Al、Ti、Zn、Zr、Sn、Ta、Ba及びYからなる群より選択される1種以上の金属元素」に限定し、
・「b」の組成範囲の上限値を、「1.0」から「0.95」に限定し、
・「c」の組成範囲の下限値を、「0」から「0.01」に限定するものである。
したがって、訂正事項9は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
そして、「リチウム遷移金属複合酸化物」の組成式(2)について上記限定を付加することに関して、本件特許明細書の段落【0039】には、「組成式(2)において、M1は、Al、Ti、Zn、Ga、Zr、Mo、Nb、V、Sn、Mg、Ta、Ba、W及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素を表し」と記載され、段落【0031】には、「ニッケルの係数bは、0.95以下としてもよい」と記載され、また、段落【0033】には、「コバルトの係数cは、0.01以上としてもよい」と記載されている。
したがって、訂正事項9は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。
また、訂正事項9は上述のとおり、請求項9に係る発明において、「リチウム遷移金属複合酸化物」の組成式(2)について、
・「M1」の金属元素を、「Al、Ti、Zn、Ga、Zr、Mo、Nb、V、Sn、Mg、Ta、Ba、W及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素」から「Al、Ti、Zn、Zr、Sn、Ta、Ba及びYからなる群より選択される1種以上の金属元素」に限定し、
・「b」の組成範囲の上限値を、「1.0」から「0.95」に限定し、
・「c」の組成範囲の下限値を、「0」から「0.01」に限定することによって特許請求の範囲を減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、または変更するものでもなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。
コ.訂正事項10について
訂正事項10は、訂正前の請求項10が請求項1ないし請求項9のいずれか一項を引用するものであったものを、訂正前の請求項10について、請求項1ないし請求項8の引用を削除し、請求項9を引用するようにしたものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。また、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
サ.訂正事項11について
訂正事項11は、訂正事項1ないし10に基づき、特許請求の範囲と明細書の記載との整合を図るための訂正であり、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。したがって、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
(3)独立特許要件について
訂正事項1ないし10は「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであるが、本件においては、訂正前の請求項1ないし10の全請求項について特許異議の申立てがなされているので、訂正前の請求項1ないし10に係る訂正事項1ないし10に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。
3.訂正の適否についてのむすび
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号または第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
よって、明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付した訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-10〕について訂正することを認める。
第3 本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1ないし10に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明10」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1ないし10に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(なお、下線は訂正された箇所を示す。)。
「【請求項1】(削除)
【請求項2】(削除)
【請求項3】(削除)
【請求項4】(削除)
【請求項5】(削除)
【請求項6】(削除)
【請求項7】(削除)
【請求項8】(削除)
【請求項9】
α-NaFeO2型の結晶構造を有し、下記組成式(2);
Li1+aNibCocMnpM1qO2+α ・・・(2)
[但し、組成式(2)において、M1は、Al、Ti、Zn、Zr、Sn、Ta、Ba及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素を表し、a、b、c、p、q及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦0.95、0.01≦c≦0.06、0<p<0.20、b+c+p+q=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物であるリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、
前記結晶構造におけるa軸の格子定数が2.878×10-10m以上であるリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項10】
請求項9に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質を含有する正極を備えるリチウムイオン二次電池。」
第4 取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由について
1.取消理由の概要
令和6年2月15日付け取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由の概要は、次のとおりである。
(1)令和5年7月27日付け取消理由通知書の取消理由2(サポート要件)
請求項1ないし5、7及び10に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものでない。よって、請求項1ないし5、7及び10に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(2)令和5年9月29日の訂正請求による訂正により新たに生じた取消理由(サポート要件)
請求項1ないし5、7及び10に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものでない。よって、請求項1ないし5、7及び10に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
2.当審の判断
訂正事項1ないし8及び10により、請求項1ないし8及びこれらの請求項を引用する請求項10は削除された。
したがって、令和6年2月15日付け取消理由通知(決定の予告)で指摘した上記(1)及び(2)のサポート要件違反の対象とされた請求項は全て存在しないものとなったことから、当該取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由はいずれも解消された。
第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1.申立理由の概要
取消理由通知(決定の予告)において採用しなかった特許異議申立理由の概要は、次のとおりである。
(1)理由1(新規性、甲第1号証を主引例とする場合)
請求項1ないし10に係る発明は、本件特許出願前に日本国内または外国において頒布された下記の甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、請求項1ないし10に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
(2)理由2(新規性、甲第2号証を主引例とする場合)
請求項1及び10に係る発明は、本件特許出願前に日本国内または外国において頒布された下記の甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、請求項1及び10に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
(3)理由3(進歩性)
請求項1ないし10に係る発明は、本件特許出願前に日本国内または外国において頒布された下記の甲第1号証に記載された発明に基いて、または、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証ないし甲第4号証に記載された技術事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1ないし10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
(4)理由4(サポート要件)
請求項1ないし8及び10に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものでない。よって、請求項1ないし8及び10に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
記
甲第1号証:特開2011-82150号公報
甲第2号証:特開平9-298061号公報
甲第3号証:特開2017-102995号公報
甲第4号証:特開2005-26141号公報
2.甲第1号証ないし甲第4号証の記載事項
(1)甲第1号証
ア.甲第1号証(特開2011-82150号公報)には、「正極活物質」について、以下の各記載がある(なお、下線は当審で付与した。)。
(ア)「【0012】
(実施形態1)
先ず、本発明の電気化学素子用電極(以下、単に「電極」という場合がある。)を説明する。本発明の電気化学素子用電極は、一般組成式(1):Li1+xMO2で表されるリチウム含有複合酸化物を活物質として含む電極合剤層を備えている。また、上記一般組成式(1)において、-0.3≦x≦0.3であり、且つ、Mは、Ni、Mn及びMgを含む元素群を表す。また、上記元素群Mの全元素量に対する、上記元素群Mに含まれるNi、Mn及びMgの割合を、それぞれmol%単位でa、b及びcとしたとき、70≦a≦97、0.5<b<30、0.5<c<30、-10<b-c<10及び-8≦(b-c)/c≦8である。また、上記Niの平均価数は2.5~3.2価であり、上記Mnの平均価数は3.5~4.2価であり、上記Mgの平均価数は1.8~2.2価である。
【0013】
上記リチウム含有複合酸化物は、リチウム二次電池などの電気化学素子の正極活物質として作用し、上記リチウム含有複合酸化物を活物質として使用することにより、高容量で安定性が高い電気化学素子用電極を提供できる。」
(イ)「【0018】
また、上記リチウム含有複合酸化物は、元素群Mの全元素量を100mol%としたとき、Mnの割合b(mol%)及びMgの割合c(mol%)を、0.5<b<30及び0.5<c<30とし、且つ-10<b-c<10及び-8≦(b-c)/c≦8として、その結晶格子中にMn及びMgを存在させている。これにより、Liの脱離及び挿入によってリチウム含有複合酸化物の相転移が起こる際に、Mg2+がLiサイトに転移することから不可逆反応が緩和され、空間群R3-mとして表されるリチウム含有複合酸化物の層状の結晶構造の可逆性が向上する。また、4価のMnが2価のMgを安定化させることから、充放電サイクル寿命の長い電気化学素子を構成することが可能となる。」
(ウ)「【0147】
(実施例1)
参考例8と同様にして合成したNiとCoとMnとMgとを93:3:2:2のモル比で含有する水酸化物:0.190molと、Ga2O3粉末:0.003molと、0.204molのLiOH・H2Oとを乾式混合した後、参考例8と同様にして、元素群MにおけるGaの割合が3mol%であるリチウム含有複合酸化物を合成した。
【0148】
このリチウム含有複合酸化物は、BET比表面積が0.20m2/gであり、タップ密度は2.83g/cm3であった。また、上記リチウム含有複合酸化物粉体において、参考例1と同様にして測定される、一次粒子の全体積に対する、粒径が1μm以下の一次粒子の割合は8体積%であった。
【0149】
そして、上記リチウム含有複合酸化物を用いた以外は、参考例1と同様にして正極及びリチウム二次電池を作製した。このリチウム二次電池に使用した正極における正極合剤層の密度は、3.52g/cm3であった。」
(エ)「【0178】
表1及び表2に、実施例1~5、参考例1~8及び比較例1~11の正極に用いたリチウム含有複合酸化物の組成を、また、表3及び表4に、実施例1~5、参考例1~8及び比較例1~11の正極に用いたリチウム含有複合酸化物の構成元素である、Ni、Co、Mn及びMgの平均価数、及びX線回折における積分強度比〔I(003)/I(104)〕を、それぞれ示す。
【0179】
【表1】
[図:0001414163000001.jpg]
」
イ.上記記載から、甲第1号証には、次の技術的事項が記載されているものと認められる。
(ア)甲第1号証に記載の「正極活物質」は、上記「ア.(ア)」の段落【0013】の記載によれば、リチウム二次電池などの電気化学素子の正極活物質であって、リチウム含有複合酸化物からなるものである。
(イ)上記「ア.(イ)」の段落【0018】の記載によれば、リチウム含有複合酸化物は、空間群R3-mとして表され、層状の結晶構造を有するものである。
(ウ)上記「ア.(ウ)」の段落【0147】、「ア.(エ)」の段落【0178】の記載、及び、「ア.(エ)」の段落【0179】の【表1】によれば、実施例1のリチウム含有複合酸化物の組成は、組成式Li1.02Ni0.90Co0.03Mn0.02Mg0.02Ga0.03O2で表されるものである。
ウ.以上のことから、実施例1に着目し、上記記載を総合勘案すると、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。
「リチウム二次電池などの電気化学素子の正極活物質であって、リチウム含有複合酸化物からなり、
リチウム含有複合酸化物は、空間群R3-mとして表され、層状の結晶構造を有し、
リチウム含有複合酸化物の組成は、組成式Li1.02Ni0.90Co0.03Mn0.02Mg0.02Ga0.03O2で表される、
正極活物質。」
(2)甲第2号証
ア.甲第2号証(特開平9-298061号公報)には、以下の各記載がある(なお、下線は当審で付与した。)。
(ア)「【0011】
ニッケル酸リチウムの基本的な組成式はLiNiO2と書くことができる。この活物質を非水系二次電池、特にリチウム二次電池として用いた場合、充放電を行うことによりリチウムが挿入・脱離するために物質中のリチウムの組成比は1~0まで変化する。」
(イ)「【0016】
本発明で使用される正極活物質のニッケル酸リチウムは、好ましくはX線を用いた粉末回折法により得られた回折パターンのリートベルト解析により得られた、六方晶系対する格子定数はa軸では0.2870~0.2880nm、c軸では1.4175~1.4210nmである。a軸の格子定数が0.2870より小さい、またはc軸の格子定数が1.4175より小さいときには、不純物が格子中に含まれており、好ましくない。a軸の格子定数が0.2880より大きい、またはc軸の格子定数が1.4210より大きいときには、電極特性、特に充放電容量、サイクル特性の低下を招くので好ましくない。」
(ウ)「【0038】(実施例1)
・ニッケル酸リチウムの合成
水酸化リチウムと、オキシ水酸化ニッケル(NiOOH)をリチウムとニッケルの比Li:Niが1.1:1になるように秤量した後、乳鉢で混合し、100kg/cm2の圧力をかけて、ペレットを作った。これを750℃で10時間、酸素雰囲気中で焼成し、活物質であるニッケル酸リチウムを得ることができた。この活物質の、X線源にCuKα線を用いた、粉末X線回折を行い、上述に示したごとくリートベルト解析を行った。その結果を表1に示す。さらに、粉末X線回折より求められるパラメータI(003)/I(104)またはI(104)/I(003)((003)面の強度と(104)面の強度比)、(003)面のピークに対する半価幅、化学分析(ICP発光分光分析)により求めたLi/Ni比、窒素吸着BET法により求めた比表面積も表1に示す。
【0039】
【表1】
[図:0001414163000002.jpg]
」
イ.上記記載から、甲第2号証には、次の技術的事項が記載されているものと認められる。
(ア)上記「ア.(ア)」の段落【0011】の記載によれば、組成式LiNiO2であるニッケル酸リチウムからなる、リチウム二次電池として用いる活物質が構成されている。
(イ)上記「ア.(イ)」の段落【0016】の記載によれば、不純物が格子中に含まれず、かつ、充放電容量、サイクル特性の低下を招かないために、正極活物質のニッケル酸リチウムは、六方晶系に対する格子定数はa軸では0.2870~0.2880nm、c軸では1.4175~1.4210nmである。
(ウ)上記「ア.(ウ)」の段落【0038】の記載、及び、「ア.(ウ)」の段落【0039】の【表1】によれば、実施例1のニッケル酸リチウムは、a軸長が0.28784nmである。
ウ.以上のことから、実施例1に着目し、上記記載を総合勘案すると、甲第2号証には、次の技術事項が記載されている。
「組成式LiNiO2であるニッケル酸リチウムからなる、リチウム二次電池として用いる活物質において、
不純物が格子中に含まれず、かつ、充放電容量、サイクル特性の低下を招かないために、正極活物質のニッケル酸リチウムは、六方晶系に対する格子定数はa軸では0.2870~0.2880nm、c軸では1.4175~1.4210nmであり、
実施例1のニッケル酸リチウムは、a軸長が0.28784nmであること。」
(3)甲第3号証
ア.甲第3号証(特開2017-102995号公報)には、以下の記載がある(なお、下線は当審で付与した。)。
「【0024】
さらに、本形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物について、粉末X線回折測定により得られる(003)面の回折ピークの半値幅は、0.115以下であることが好ましく、より好ましくは0.103以下である。リチウム遷移金属複合酸化物の組成によっては、かような構成とすることにより、結晶子サイズを上述した好ましい値に制御することが可能となり、最終的には本発明の作用効果の発現に寄与することとなる。なお、このような結晶性のパラメータは、原料、組成や焼成条件などによって制御されうる。」
イ.上記「ア.」の記載を総合勘案すると、甲第3号証には、次の技術事項が記載されている。
「リチウム遷移金属複合酸化物において、結晶子サイズを好ましい値に制御するために、粉末X線回折測定により得られる(003)面の回折ピークの半値幅を、0.115以下、より好ましくは0.103以下とすること。」
(4)甲第4号証
ア.甲第4号証(特開2005-26141号公報)には、以下の記載がある(なお、下線は当審で付与した。)。
「【0064】
これらの各表に示した結果から明らかなように、一般式Li1+xNi1-x-y-zCoyMzO2(0≦x≦0.2、0.1≦y≦0.35、0.05≦z≦0.25、MはAl、Ti、Cr、Mn、Fe、Yから選ばれる1種以上の金属元素)で表され、BET比表面積が0.1~0.7m2/gである非水電解質二次電池用正極活物質は優れたサイクル寿命特性および優れた高率放電特性を示した。中でも、CuKα線を使用して25℃で測定した粉末X線回折図形において2θ=18~20°の(003)面に対応する回折線の半価幅が0.05~0.15°である非水電解質二次電池用正極活物質は特に優れた結果であった。」
イ.上記「ア.」の記載を総合勘案すると、甲第4号証には、次の技術事項が記載されている。
「非水電解質二次電池用正極活物質において、優れたサイクル寿命特性及び優れた高率放電特性を得るために、BET比表面積が0.1~0.7m2/gであり、CuKα線を使用して25℃で測定した粉末X線回折図形において2θ=18~20°の(003)面に対応する回折線の半価幅が0.05~0.15°であるものを用いること。」
3.当審の判断
(1)理由1(新規性、甲第1号証を主引例とする場合)について
ア.本件発明1ないし8について
本件訂正請求による訂正により、請求項1ないし8は削除された。
したがって、もはや特許異議申立書に記載された甲第1号証を主引例とする新規性についての申立理由の対象とされた請求項1ないし8は存在しないものとなった。
イ.本件発明9について
(ア)対比
本件発明9と甲1発明とを対比する。
a.甲1発明における「正極活物質」は、「リチウム二次電池などの電気化学素子」を構成するものであり、本件発明9における「リチウムイオン二次電池用正極活物質」に相当する。
そして、甲1発明における「正極活物質」は、「リチウム含有複合酸化物からなり」、「空間群R3-mとして表され、層状の結晶構造を有」するものであり、α-NaFeO2型の結晶構造を有するといえる。
したがって、本件発明9と甲1発明とは、「α-NaFeO2型の結晶構造を有」するものである点で一致する。
b.甲1発明における「リチウム含有複合酸化物」は「組成式Li1.02Ni0.90Co0.03Mn0.02Mg0.02Ga0.03O2で表される」ものであるところ、Ni、Co、Mnは遷移金属であり、本件発明9における「リチウム遷移金属複合酸化物」に相当する。
そして、甲1発明において、「リチウム含有複合酸化物の組成は、組成式Li1.02Ni0.90Co0.03Mn0.02Mg0.02Ga0.03O2で表される」ことは、本件発明9において、「リチウム遷移金属複合酸化物」の「組成式(2)」が「Li1+aNibCocMnpM1qO2+α ・・・(2)」で表されることに相当する(この場合、甲1発明における「Mg」及び「Ga」が本件発明9の「M1」に相当することになる)。そして、甲1発明における「リチウム含有複合酸化物」の組成のうち、「Li」の組成比は1.02、「Ni」の組成比は0.90、「Co」の組成比は0.03、「Mn」の組成比は0.02、「Mg」の組成比は0.02、「Ga」の組成比は0.03、「O」の組成比は2であるから、それぞれ本件発明9の「組成式(2)」においてa、b、c、p、q及びαが満たすべき条件(-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦0.95、0.01≦c≦0.06、0<p<0.20、b+c+p+q=1、及び、-0.2<α<0.2)を満たしている。
したがって、本件発明9と甲1発明とは、「下記組成式(2);Li1+aNibCocMnpM1qO2+α ・・・(2)[但し、組成式(2)において、a、b、c、p、q及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦0.95、0.01≦c≦0.06、0<p<0.20、b+c+p+q=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物である」点では一致する。
しかしながら、本件発明9では、「M1」が、「Al、Ti、Zn、Zr、Sn、Ta、Ba及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素」であることを特定するのに対して、甲1発明では、「M1」に相当する金属元素が「Mg」及び「Ga」である点で相違する。
c.本件発明9では、「結晶構造におけるa軸の格子定数が2.878×10-10m以上である」ことを特定するのに対して、甲1発明では、a軸の格子定数が特定されていない点で相違する。
d.そして、甲1発明における「正極活物質」は、本件発明9における「リチウムイオン二次電池用正極活物質」に相当するものである。
よって、上記「a.」ないし「d.」によれば、本件発明9と甲1発明とは、
「α-NaFeO2型の結晶構造を有し、下記組成式(2);
Li1+aNibCocMnpM1qO2+α ・・・(2)
[但し、組成式(2)において、a、b、c、p、q及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦0.95、0.01≦c≦0.06、0<p<0.20、b+c+p+q=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物であるリチウムイオン二次電池用正極活物質。」
である点で一致し、次の点で相違する。
[相違点1]
本件発明9では、「M1」が、「Al、Ti、Zn、Zr、Sn、Ta、Ba及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素」であることを特定するのに対して、甲1発明では、「M1」に相当する金属元素が「Mg」及び「Ga」である点。
[相違点2]
本件発明9では、「結晶構造におけるa軸の格子定数が2.878×10-10m以上である」ことを特定するのに対して、甲1発明では、a軸の格子定数が特定されていない点。
(イ)判断
上記のとおり、相違点があるから、本件発明9は、甲第1号証に記載された発明ではなく、特許法第29条第1項第3号に該当しない。
ウ.本件発明10について
請求項10は請求項9を引用するものであり、本件発明10は、本件発明9の発明特定事項をすべて含みさらに他の発明特定事項を追加して限定したものであるから、上記本件発明9についての判断と同様の理由により、本件発明10は、甲第1号証に記載された発明ではない。
エ.まとめ
以上のとおり、本件発明9及び10に係る発明は、甲第1号証に記載された発明ではなく、本件請求項9及び10に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるということはできない。
(2)理由2(新規性、甲第2号証を主引例とする場合)について
特許異議申立書に記載された甲第2号証を主引例とする新規性についての申立理由は、当該申立理由が請求項9を対象としていないことから、請求項1及び請求項1を引用する請求項10に対してなされた申立理由であることは明らかであるところ、本件訂正請求による訂正により、請求項1及び請求項1を引用する請求項10は削除された。
したがって、もはや特許異議申立書に記載された甲第2号証を主引例とする新規性についての申立理由の対象とされた請求項は存在しないものとなった。
(3)理由3(進歩性)について
ア.本件発明1ないし8について
本件訂正請求による訂正により、請求項1ないし8は削除された。
したがって、もはや特許異議申立書に記載された進歩性についての申立理由の対象とされた請求項1ないし8は存在しないものとなった。
イ.本件発明9について
(ア)対比
本件発明9と甲1発明とを対比すると、上記「(1)イ.(ア)」に記載したとおり、次の相違点1及び相違点2において相違する。
[相違点1]
本件発明9では、「M1」が、「Al、Ti、Zn、Zr、Sn、Ta、Ba及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素」であることを特定するのに対して、甲1発明では、「M1」に相当する金属元素が「Mg」及び「Ga」である点。
[相違点2]
本件発明9では、「結晶構造におけるa軸の格子定数が2.878×10-10m以上である」ことを特定するのに対して、甲1発明では、a軸の格子定数が特定されていない点。
(イ)判断
そこで、上記相違点1及び相違点2について検討する。
a.相違点1について
甲第1号証の段落【0014】に記載されているように、甲1発明に係る「正極活物質」は、リチウム含有複合酸化物として少なくとも「Ni、Mn及びMg」を含むことを前提としており、甲1発明において、「Mg」を「Al、Ti、Zn、Zr、Sn、Ta、Ba及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素」に置換して「Mg」を含まないものとすることの動機がなく、むしろ阻害要因があるといえる。
また、甲第2号証ないし甲第4号証にも、本件発明9における組成式(2)を満たすリチウム遷移金属複合酸化物に相当するものは一切記載されていない。
したがって、甲第2号証ないし甲第4号証を参照したとしても、甲1発明において、相違点1に係る構成を導きだすことはできない。
b.相違点2について
甲第1号証には、段落【0192】に、c軸方向の層間距離を伸長させることにより、標準容量が大きく、安全性が優れており、充放電サイクル特性も良好であるリチウム二次電池を得ることは記載されているものの、a軸の格子定数を大きくすることや、a軸の格子定数を調整することについての記載は一切ない。
また、甲第2号証には、「組成式LiNiO2であるニッケル酸リチウムからなる、リチウム二次電池として用いる活物質において、不純物が格子中に含まれず、かつ、充放電容量、サイクル特性の低下を招かないために、正極活物質のニッケル酸リチウムは、六方晶系に対する格子定数はa軸では0.2870~0.2880nm、c軸では1.4175~1.4210nmであり、実施例1のニッケル酸リチウムは、a軸長が0.28784nmである」技術事項が記載(上記「2.(2)ウ.」を参照)されているものの、当該技術事項は組成式LiNiO2であるニッケル酸リチウムについてのものであり、化学組成が異なる甲1発明のリチウム含有複合酸化物において、当該技術事項のa軸長のみを切り取って甲1発明に適用すべき動機がない。
更に、甲第3号証には、回折ピークの半値幅についての技術事項が記載(上記「2.(3)イ.」を参照)されており、甲第4号証には、BET比表面積及び回折線の半価幅についての技術事項が記載(上記「2.(4)イ.」を参照)されているにすぎず、これらはいずれも結晶構造におけるa軸の格子定数に寄与する技術ではない。
したがって、甲第2号証ないし甲第4号証を参照したとしても、甲1発明において、相違点2に係る構成を導きだすことはできない。
よって、本件発明9は、甲第1号証に記載された発明に基いて、または、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証ないし甲第4号証に記載された技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
ウ.本件発明10について
請求項10は請求項9を引用するものであり、本件発明10は、本件発明9の発明特定事項をすべて含みさらに他の発明特定事項を追加して限定したものであるから、上記本件発明9についての判断と同様の理由により、本件発明10は、甲第1号証に記載された発明に基いて、または、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証ないし甲第4号証に記載された技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
エ.まとめ
以上のとおり、本件請求項9及び10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。
(4)理由4(サポート要件)について
特許異議申立書に記載されたサポート要件違反についての申立理由は、特許異議申立書の第35頁第28及び29行に記載されているように、請求項1ないし8及びこれらの請求項を引用する請求項10に対してなされた申立理由であるところ、本件訂正請求による訂正により、請求項1ないし8及びこれらの請求項を引用する請求項10は削除された。
したがって、もはや特許異議申立書に記載されたサポート要件違反についての申立理由の対象とされた請求項は存在しないものとなった。
4.特許異議申立人の主張について
(1)特許異議申立人は、令和5年12月25日提出の意見書において、新規性及び進歩性の判断に関して概略以下のように主張する。
ア.組成式(2)は、例えば実施例1~7の場合も、0.80≦b≦0.95、0.01≦c≦0.06、0<p<0.20、b+c+p+q=1が成立しているため、0=qを含むものであるところ、甲第1号証の比較例3の組成は、「Li1.02Ni0.90Co0.05Mn0.05O2」であり、a=0.02、b=0.90、c=0.05、p=0.05、q=0、b+c+p+q=1、α=0であるから、請求項9の組成式(2)を満たす。そして、甲第1号証の比較例3も、甲第1号証の比較例4の焼成条件と同様であるから、本件特許明細書に記載の熱処理条件を満たしており、甲第1号証の比較例3は、本件特許明細書の実施例1~7と同様の組成を具備している以上、「a軸の格子定数が2.878×10-10m以上である」という発明特定事項を具備している蓋然性が極めて高い。よって、甲第1号証の比較例3に係るリチウム遷移金属複合酸化物は、請求項9の発明特定事項をすべて備えるため、請求項9に記載の本件特許発明は新規性を具備しない。(第6頁第6ないし25行)
イ.特開2017-4696号公報(参考資料2)にも、NMC複合酸化物として、LiNi0.90Mn0.05Co0.05O2の組成を有する正極活物質が開示されており(段落【0062】)、当該NMC複合酸化物を含むリチウムニッケル複合酸化物の組成式として、「一般式(1):LiaNibMncCodMxO2(但し、式中、a、b、c、d、xは、0.9≦a≦1.2、0.3≦b≦0.9、0<c≦0.5、0<d≦0.5、0≦x≦0.3、b+c+d=1を満たす。MはTi、Zr、Nb、W、P、Al、Mg、V、Ca、Sr、Cr、Feから選ばれる元素で少なくとも1種類である)で表される組成を有する」が開示されているところ、上記NMC複合酸化物の組成は、甲第1号証の比較例3に係るリチウム遷移金属複合酸化物と同様であり、甲第1号証の比較例3に係るリチウム遷移金属複合酸化物は、比較例として提示されているものの、その組成は本件特許の優先日前において当業者により一般的に採用可能なものである。(第6頁第26ないし38行)
ウ.甲第1号証は、Ni、Mn及びMgに対してさらに添加される形態ではあるが、添加元素Mとして、「Ti、Cr、Fe、Cu、Zn、Al、Ge、Sn、Ag、Ta、Nb、Mo、B、P、Zr、Ga、Ba、Sr、Ca、Si、W、V及びS」が挙げられており(段落【0022】)、「Al、Ti、Zn、Zr、Sn、Ta、Ba」についても、リチウム遷移金属複合酸化物の添加元素として甲第1号証の出願時において一般的に適用されていたものであり、また、参考資料2により、NMC複合酸化物における添加元素として、「Al、Ti、Zr」が適用可能であることは公知であったといえる。また、甲第1号証の段落【0026】には、「Niに比べイオン半径の大きな元素をリチウム含有複合酸化物に含有させることにより、初めから層間距離を伸長させて、充放電での結晶の膨張・収縮の割合を低減させることができ、よりサイクル特性の優れた材料とすることができる」との示唆がなされており、甲第1号証では、「Ti、Cr、Fe、Cu、Zn、Al、Ge、Sn、Ag、Ta、B、P、Zr、Ba、Sr、Ca、Si及びS」についても、Niよりイオン半径が大きい元素については、上記の作用効果が生ずることが開示されている。よって、甲第1号証の比較例3に示される公知技術に相当するリチウム遷移金属複合酸化物に対して、「Al、Ti、Zn、Zr、Sn、Ta、Ba及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素」を添加した内容も、甲第1号証に実質的に開示されていた、或いは、当業者の設計事項の範囲であるといえ、甲第1号証には、上記添加元素の添加割合についても、本件特許発明と同様の内容(q≦0.15、好ましくは、0.07、より好ましくは0.03)が開示されている(段落【0025】)。よって、請求項9及び10に記載の本件特許発明のうち、添加元素M1を含むリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質についても、甲第1号証に基づき、新規性或いは進歩性を具備しない。(第7頁第2ないし28行)
(2)特許異議申立人の上記各主張について検討する。
ア.主張ア.について
特許異議申立人が意見書において主張する甲第1号証の比較例3の焼成条件は、具体的には、甲第1号証の段落【0114】に記載されているように、「上記混合物をアルミナ製のるつぼに入れ、2dm3/分のドライエアーフロー中で600℃まで加熱し、その温度で2時間保持して予備加熱を行い、更に700℃に昇温して酸素雰囲気中で12時間焼成すること」であり、当該焼成条件は、本件特許明細書の段落【0073】に記載された第2熱処理工程S32の条件(「第1前駆体を450℃以上700℃以下の熱処理温度で、2時間以上50時間以下にわたって熱処理」)、及び、本件特許明細書の段落【0081】に記載された第3熱処理工程S33の条件(「第2前駆体を700℃以上920℃以下の熱処理温度で、2時間以上50時間以下にわたって熱処理」)を満たしている。しかしながら、甲第1号証の実施例1ないし5も比較例3と同等の熱処理条件で焼成が行われているところ(甲第1号証の段落【0114】、【0147】~【0161】、【0168】参照)、甲第1号証の段落【0191】の【表6】に記載されているように、格子定数の比c/aの値は4.94~4.96とばらつきがあることに鑑みれば、本件特許明細書の実施例1~7と同様の組成を具備しており、かつ、本件特許明細書の段落【0073】、【0081】に記載された第2熱処理工程S32の条件及び第3熱処理工程S33の条件を満たしていたとしても、「結晶構造におけるa軸の格子定数が2.878×10-10m以上である」という条件を満たす程度にまでa軸の格子定数を推認できるとはいえない。
そして、本件特許明細書の段落【0113】~【0120】に記載されているように、本件特許明細書の実施例1~7においては、「造粒体を、連続搬送炉で、大気雰囲気下、360℃で1.5時間にわたって熱処理して第1前駆体を得」(第1熱処理工程S31)、「第1前駆体を、酸素ガス雰囲気に置換した焼成炉で、酸素気流中、650℃で6時間にわたって熱処理して第2前駆体を得」(第2熱処理工程S32)、「第2前駆体を、酸素ガス雰囲気に置換した焼成炉で、酸素気流中、850℃で2時間にわたって熱処理(本焼成)してリチウム遷移金属複合酸化物を得」(第3熱処理工程S33)ており、本件特許明細書の段落【0073】、【0081】に記載された第2熱処理工程S32の条件及び第3熱処理工程S33の条件よりも詳細な熱処理条件が設定されているのだから、「結晶構造におけるa軸の格子定数が2.878×10-10m以上である」という条件を満たすためには、本件特許明細書の実施例1~7における熱処理条件と同等の熱処理条件を満たす必要がある。一方、甲第1号証には、そのような詳細な焼成条件までは記載されておらず、甲第1号証の比較例3において、「結晶構造におけるa軸の格子定数が2.878×10-10m以上である」という発明特定事項を具備している蓋然性が高いとまではいえない。
してみれば、仮に、上記「2.(1)ウ.」において甲1発明を認定する際に、実施例1ではなく比較例3に着目し、上記「3.(1)イ.(ア)」において本件発明9と甲1発明とを対比する際に、相違点1が存在しなかったとしても、依然として、相違点2があるから、本件発明9は、新規性を有するものである。
イ.主張イ.について
特許異議申立人が参考資料2として提示した特開2017-4696号公報は、甲第1号証の比較例3に係るリチウム遷移金属複合酸化物と同様の組成を有するNMC複合酸化物について記載された文献であるものの、結晶構造におけるa軸の格子定数について記載された文献ではなく、上記相違点2に関しての新規性・進歩性の判断を特段左右するものではない。
ウ.主張ウ.について
上記「3.(3)イ.(イ)a.」で述べたように、甲第1号証の「正極活物質」は、リチウム含有複合酸化物として少なくとも「Ni、Mn及びMg」を含むことを前提とするものであり、わざわざ比較例として記載された発明に着目しこれを基礎としてさらに発明をしようとは通常考えないことであることも踏まえると、甲第1号証において「Mg」を含まない比較例3に着目する一方で、甲第1号証の段落【0022】に記載された技術事項を適用し、上記相違点1に係る構成を導き出すことはできない。また、上記「(1)イ.」に記載したように、仮に、特許異議申立人が参考資料2として提示した特開2017-4696号公報等を参照することにより、甲第1号証の比較例3に示される公知技術に相当するリチウム遷移金属複合酸化物を引用発明として認定できたとしても、依然として、相違点2があるから、本件発明9は、新規性を有しており、また、上記「主張ウ.」を考慮しても、当該相違点2に係る構成を導き出すためのその他の根拠も発見されないから、本件発明9は、進歩性も有するものである。
エ.まとめ
以上から、特許異議申立人の主張ア.ないしウ.はいずれも採用できない。
第6 その他の特許異議申立人の主張について
1.特許異議申立人は、令和5年12月25日提出の意見書において、以下のようにも主張している。
訂正後の請求項9では、添加元素M1として、「Al、Ti、Zn、Zr、Sn、Ta、Ba及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素」を挙げている。
これらのうち、「Ti、Zr、Al」を除く元素については、実施例において何らの実証もなされておらず、その添加によりa軸の格子定数がさらに増加することについて何らの開示もなされていない。また、「Ti、Zr、Al」のうち、Tiについては、その添加により、a軸の格子定数が増加することについての実証はなされているが、「Zr、Al」については、これらを含まない実施例1~7と同様の数値にとどまっており、例えば、甲第1号証の比較例3の組成のリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質と同様の実施例1~7に対して、「Zr、Al」を添加した場合に、a軸の格子定数がさらに増加することについても何らの開示もない。
以上のように、添加元素M1の効果については、Tiを除き、実施例における何らの実証もなされていない。
したがって、訂正後の請求項9及び10に係る発明は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを認識できるように記載された範囲を超えており、出願時の技術常識に照らしても、訂正後の請求項9及び10に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示した内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
よって、訂正後の請求項9及び10に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではないから、サポート要件を具備しない。(第7頁第33行~第8頁第12行)
2.上記主張についての検討
本件特許明細書の段落【0013】には、発明が解決しようとする課題として、「充放電容量が高く、充放電サイクル特性や出力特性も良好で、生産性にも優れるリチウムイオン二次電池用正極活物質、及び、それを用いたリチウムイオン二次電池を提供すること」が記載されている。
そして、本件特許明細書の段落【0026】、【0034】には、金属元素Mとして、3価の陽イオンや4価の陽イオンとなり得る金属を遷移金属サイトに異種元素置換させるか、または、イオン半径の大きな元素を選ぶことにより、イオン半径の大きな2価のニッケルの割合が増加し、遷移金属サイトを占有するニッケルの多くが、3価よりも相対的にイオン半径が大きい2価で安定に存在するようになり、六方晶系の単位格子におけるa軸の格子定数も増加し、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪み、結晶構造変化及び拡散移動抵抗が低減され、その結果、高い充放電容量を示す化学組成において、良好な充放電サイクル特性や出力特性を得ることが記載されている。更に、本件特許明細書の段落【0034】、【0039】、【0040】には、金属元素Mとしては、Mnと、その他の金属元素M1との組み合わせが好ましく、マンガンが添加されていると、4価が安定なマンガンにより電荷補償がなされるので、2価のニッケルが、3価のニッケルよりも安定に存在でき、良好な充放電サイクル特性や出力特性が得られることが記載されている。また、本件特許明細書のすべての実施例において、金属元素Mとして、Mnが必ず含まれている。
そうすると、本件特許明細書において、段落【0013】に記載された発明が解決しようとする課題を解決するためには、金属元素Mとして少なくともMnが添加されていれば足りるというべきものであり、本件発明9において、組成式(2)によりリチウム遷移金属複合酸化物には少なくともMnが含まれているのだから、当該Mnの組成比に応じてa軸の格子定数も多少なりとも増加し、良好な充放電サイクル特性及び出力特性が得られるといえる。そして、本件発明9において、添加元素M1として特定されている「Al、Ti、Zn、Zr、Sn、Ta、Ba及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素」も、本件特許明細書の段落【0034】において、3価の陽イオンや4価の陽イオンとなり得る金属またはイオン半径の大きな元素として提示されているのだから、添加元素M1として、例えば、1価の陽イオンが主体的な金属や、イオン半径の極端に小さな元素など、3価のニッケルの割合が増加するように作用する特段の事情を有する元素が含まれていない以上、添加元素M1を添加することにより、充放電サイクル特性及び出力特性が更に改善されることはあっても、金属元素MとしてMnを添加したことによる効果を打ち消すことはないといえる。
してみれば、本件特許明細書において、Tiを除き、実施例における添加元素M1の効果が実証されていなかったとしても、そのことにより、発明が解決しようとする課題が解決できなくなるとはいえない。
よって、特許異議申立人のサポート要件についての上記主張は採用することができず、本件請求項9ないし10に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえない。
第7 むすび
以上のとおり、本件請求項9及び10に係る特許は、取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由、及び、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては取り消すことはできない。また、他に本件請求項9及び10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
そして、本件請求項1ないし8に係る特許については訂正により削除され、本件特許の請求項1ないし8に対して特許異議申立人がした特許異議申立についてはその対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-700520