特許異議申立
2023-700447
抗カビ基体
- 審判番号
- 2023-700447
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-187383
- 登録番号
- 7165711
- 請求日
- 2023年04月28日
- 審決日
- 2023年10月16日
- 公報発行日
- 2023年11月24日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】イビデン株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人WisePlus
- 【異議申立人】丸野 悟史
- 審判長/審判官
- 審判長 木村 敏康
- 審判官 宮崎 大輔
- 審判官 野田 定文
- 分類
- P1651.121-Y (A01N) / P1651.536-Y (A01N) / P1651.537-Y (A01N)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第4項第1号、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7165711号発明「抗カビ基体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7165711号の請求項1~6に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7165711号(以下「本件特許」という。)の請求項1~6に係る特許についての出願は、平成30年11月16日を出願日とする特願2018-215710号の一部を、令和2年11月10日に特願2020-187383号として新たに特許出願したものであって、令和4年10月26日に特許権が設定登録され、同年11月4日にその特許掲載公報が発行され、その後、その請求項1~6に係る特許に対して、令和5年4月28日に特許異議申立人 丸野悟史(以下「申立人」という。)から、特許異議の申立てがされたものである。
第2 本件請求項1~6に係る発明
本件特許の請求項1~6に係る発明(以下、請求項の番号順に「本件発明1」等といい、まとめて「本件発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1~6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
基材表面に、銅化合物及び還元力のある光重合開始剤を含み、脂肪酸で被覆された一価の銅化合物粒子を含まない電磁波硬化型樹脂からなるバインダの硬化物が固着し、前記銅化合物は、X線光電子分光分析法により、925~955eVの範囲にあるCu(I)とCu(II)に相当する結合エネルギーを5分間測定することで算出される、前記銅化合物中に含まれるCu(I)とCu(II)とのイオンの個数の比率(Cu(I)/Cu(II))が0.4~50であり、前記銅化合物の少なくとも一部は、前記バインダの硬化物の表面から露出していることを特徴とする抗カビ基体。
【請求項2】
前記バインダの硬化物はTiO2を含まない請求項1に記載の抗カビ基体。
【請求項3】
前記銅化合物は、光触媒物質の表面に担持された一価の銅化合物と二価の銅化合物の混合物を含まない請求項1又は2に記載の抗カビ基体。
【請求項4】
前記光重合開始剤は、水に不溶性の光重合開始剤である請求項1~3のいずれか1項に記載の抗カビ基体。
【請求項5】
前記光重合開始剤には、アルキルフェノン系の重合開始剤とベンゾフェノン系の重合開始剤を含み、アルキルフェノン系の重合開始剤とベンゾフェノン系の重合開始剤の比率は、重量比でアルキルフェノン系の重合開始剤/ベンゾフェノン系の重合開始剤=1/1~4/1である請求項1~4のいずれか1項に記載の抗カビ基体。
【請求項6】
前記銅化合物は、銅錯体を含まない請求項1~5のいずれか1項に記載の抗カビ基体。」
第3 申立人が申し立てた理由の概要
申立人が主張する申立理由1~3の概要は、以下のとおりである。
1 申立理由1(進歩性)
本件発明1~4は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2~4号証に記載された事項から当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明5及び6は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2~6号証に記載された事項から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって、本件発明1~6に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
2 申立理由2(実施可能要件)
(1)イオンの個数の比率を計算するために必要な測定
出願時の技術常識(甲第7及び8号証)からみて、X線光電子分光分析法による925~955eVの範囲にある結合エネルギーでの測定では、Cu(0)とCu(I)とを区別できないから、本件発明1~6で規定された「Cu(I)/Cu(II)」を当業者が算出できず、本件発明1~6は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないものである。
よって、本件発明1~6に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
(2)イオン個数の比率を特定することの効果
本件明細書に記載の実施例と比較例は、バインダ硬化物の形状及び大きさが異なり、それらを比較しても、Cu(I)/Cu(II)を特定の範囲とすることによる効果を理解できないから、本件発明1~6は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないものである。
よって、本件請求項1~6に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
3 申立理由3(サポート要件)
本件発明1~6の課題は、抗カビ・抗菌性に優れるとともに、透明性等に優れ、基材の透明性や基材表面の色彩等の特性をそのまま維持することが可能な抗カビ・抗菌性基体を提供することであるが、本件明細書の記載からみて、上記課題を解決するためには、バインダの硬化物が基材表面に対して島状に固着されていることが必須構成であって、その特定がない本件発明1~6の範囲にまで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないものである。
よって、本件発明1~6に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
4 申立人が提示する甲第1~8号証の一覧
甲第1号証:特開平5-117554号公報
甲第2号証:米国特許出願公開第2013/0323642号明細書
甲第3号証:特表2008-518712号公報
甲第4号証:特表2008-534708号公報
甲第5号証:特開2015-193678号公報
甲第6号証:特開2014-065785号公報
甲第7号証:広川吉之助、表面科学、第7巻第3号、p.231-236、1986年
甲第8号証:池田卓也、外2名、Journal of MMIJ、Vol.132、No.2、p.39-46、2016年
第4 当審の判断
1 申立理由1(進歩性)について
(1)甲第1~4号証の記載事項
(1-1)甲第1号証には、次の記載がある。
摘記1a:
「【請求項1】 有機酸銅、もしくは、有機酸銀0.5~10重量部を、アクリル酸3~20重量部、下記化1(構造式1)で示される3官能アクリレート40~80重量部、下記化2(構造式2)で示される二官能性アクリル酸エステル5~55重量部の混合物を固形分モノマー100重量部当り少なくとも80重量%以上含有する組成からなる特定された混合モノマー100重量部に溶解させた抗菌性塗料
【化1】
[図:0001403678000001.jpg]
【化2】
[図:0001403678000002.jpg]
」
摘記1b:
「【0002】
【従来の技術】銅イオン、銀イオンが優れた抗菌性を示すことは公知のことである。これら金属イオンは塩の形で、殺菌剤または消毒剤として各分野で用いられている。一方、高分子に金属イオンを結合させ、抗菌性材料を得ようとの研究もなされている。例えば、特公昭60ー45643号等がそれである。これは、スルフォン酸基含有のアクリル酸アルキルエステルを重合することによって得られた重合体を成型後、硝酸銀水溶液で処理して銀イオンを結合させようとの提案である。しかし、塩の形で、殺菌剤または消毒剤として用いる場合は、溶液状でしか存在し得ないため用途が限定されるのが現状である。又、特公昭60ー45643号等においては、成型物を成型した後、金属溶液処理を行ってはじめて金属イオンを結合させるものであるため、成型体全体の抗菌性はなく、表面の抗菌性も脱落による効果の低下を招くという問題点がある。更に、一般にスルフォン酸基は耐熱性に乏しく、樹脂の成型にあたって多くのスルフォン酸基を含有することが困難で、結果的に金属イオンを多く結合することは困難であった。即ち、種々の成型体に簡単に抗菌性を付与出来る方法で、且つその抗菌特性が優れ、しかも安定で、長時間持続する材料が求められている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】解決しようとする問題点は、成型体を金属イオン処理して抗菌性を持たせる方法ではなく、種々の成型体に簡単に抗菌性を付与出来る方法で、且つその抗菌特性が優れ、しかも安定で、長時間持続する優れた抗菌性付与可能な有用な抗菌材を開発することである。」
摘記1c:
「【0008】アクリル基を官能基とするアクリル酸エステルモノマ-は、比較的容易に紫外線により硬化し、良好なコート材料として知られる。しかし、アクリル酸エステルを主成分とするモノマ-には、銅イオンや銀イオンを多量に溶解させる事は出来ない。この為、本発明では、銅イオンや銀イオンを多量に溶解させる為に、特定量のアクリル酸を用い、且つ、これら混合モノマ-に溶解し易い銅及び銀化合物として、有機酸銅もしくは有機酸銀を本発明では使用する。本発明で使用される有機酸銅もしくは有機酸銀の具体例を示すと、例えば次のような化合物を挙げることが出来る。ギ酸銅、酢酸銅、酪酸銅、シュウ酸銅、クエン酸銅、アクリル酸銅、安息香酸銅、シクロヘキサン酪酸銅、オレイン酸銅、酒石酸銅、ナフテン酸銅、ステアリン酸銅、トルエンスルフォン酸銅等の有機カルボン酸の銅化合物、更に、酢酸銀、安息香酸銀、クエン酸銀、シクロヘキサン酪酸銀、デカン酸銀、トリフロロ酢酸銀等の有機カルボン酸の銀化合物等を挙げることが出来る。本発明では、これらの他、有機酸銅もしくは、有機酸銀の水和物も用いることが出来る。しかし、本発明はこれらのみに限定されない。」
摘記1d:
「【0019】・・・本発明では、これらモノマーを有機溶剤に溶解させる際に、紫外線で分解し、ラジカル重合を開始させる各種の重合開始剤は無論、塗膜の平滑性を出させるレベリング剤、耐候性を向上させる為の抗酸化剤等の添加剤を加えることができることは言う迄もない。このようにして得られた本発明の塗料は、種々の成型体に簡単にコート、紫外線により硬化、抗菌性を付与出来且つ基材との密着性、その抗菌特性が優れ、しかも安定で、長時間持続する優れた抗菌性付与可能な有用な抗菌材を提供するものである。・・・」
摘記1e:
「【0020】
【実施例】
実施例(1)
1、4-ブタンジオールジアクリレート20重量部、アクリル酸12重量部、下記化9(構造式1)で示されるトリアクリレート(東亜合成化学社製 アロニックスM-315)60重量部、トリメチロールプロパントリアクリレート8重量部を良く混合し、イソプロパノール100重量部、メチルエチルケトン200重量部に溶解させた。
【0021】
【化9】
[図:0001403678000003.jpg]
【0022】これに紫外線重合開始剤として、1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンを0.8重量部、酢酸銅(3水和物)8重量部を加え、50℃で溶解させ塗料モノマー溶液とした。本発明のこの塗料を厚さ約1.2mmのアクリル板にコートし、約10分間風乾させた。これに照射距離10cmで80Wの高圧水銀灯を12秒間照射したところ完全に固化した。コート膜厚は約8ミクロンであった。固化後のアクリル板の可視光線全光線透過率(ASTM D1003-52)を求めたところ91%を示し、塗布膜は極めて透明であることが示された。次に、アクリル板上の塗膜のJIS K5400(鉛筆引っかき試験)に準じる鉛筆硬度を求めたところ、3Hを示し強い硬度を示した。又、JIS K5400(碁盤目試験)に準じる密着テストを行ったところ、全く剥離は認められず、強い密着性を示した。更に、この板の表面を蛍光エックス線分析により銅含有率を求めたところ、1.9%含有していることが確認された。
【0023】次に、この板から試験片を作製し、抗菌テストを行った。上記試験片(100mmディスク)及び、通常のPMMA100mmディスクを用いて、細菌(Escherichia coli.Staphylococcus aureus)及び、かび(Aspergillus niger)に対する抗菌効果を調べた。細菌については、35℃で24時間培養した培養液を測定用寒天培地に添加してその上にディスクをのせ、35℃で24時間、かびについては、25℃で7日間培養後、胞子を0.05%ポリソルベート水溶液に約106~107/mlとなるように遊離したものを測定用寒天加ブドウ糖ペプトン培地に添加してその上にディスクをのせ、25℃で5日間培養した後、ディスクの周りの阻止帯形成の有無を観察した結果、本発明によるディスクの周りには、阻止帯が形成されていたが、通常のPMMAの周りには、阻止帯が全く形成されて居らず、本発明による抗菌材の優れた効果が確認出来た。」
(1-2)甲第2号証には、和訳にして、次の記載がある。
摘記2a:図1A
「
[図:0001403678000004.jpg]
」
摘記2b:図1B
「
[図:0001403678000005.jpg]
」
摘記2c:
「[0005] ・・・この反応は、Cu(I)触媒を用いたアジド-アルキン環化付加反応(CuAAC)と呼ぶのが適切である。」
摘記2d:
「[0010] ・・・ラジカルを介したCu(II)の銅金属への還元は、有害廃棄物の除去や銅ナノ粒子の生成のために最近再び注目を集めている(Litter, 1999, Appl. Catal. B-Environ. 23:89-114; Sakamoto et al., 2008, Chem. Mater. 20:2060-2062)。Cu(II)/Cu(I)半反応(還元)電位が0.16Vであることにより、様々な有機ラジカルがこれを還元することができる。例えば、ビス(アシル)ホスフィン、α-ヒドロキシルケトン、ベンゾフェノンなどの一般的な光開始剤によって生成するケチル、ホスピノイル、セミピナコールのラジカルがそうである。この反応は、典型的には、Cu(II)からCu(I)への還元、それに続く銅金属への還元(それぞれ図1Aの反応R1及びR2)を介して起こると説明されている(Kateda et al., 1968, Bull. Chem. Soc. Jpn. 41:268; Sakamoto et al., 2009, J. Photochem. Photobiol. C-Photochem. Rev. 10:33-56)。銅金属へのさらなる還元の他に、Cu(I)は空気に敏感であり、また不均化しやすい(図1Aの反応D)(Simmons et al., 1980, J. Chem. Soc.-Dalton Trans. 1827-1837)。これらの3つの反応すべてが、CuAAC反応の光媒介触媒において複雑な役割を果たし得ると予想される。」
摘記2e:
「[0071] 本発明は、アルキンベース基質、アジドベース基質、銅(II)塩および光化学還元剤を含む系を照射することにより、CuAAC反応を光誘導することができるという予想外の発見に関するものである。系の照射により、少なくとも1つの還元剤が生成し、この還元剤は、Cu(II)塩と相互作用してCu(I)種を局所的に生成し、CuAAC反応を触媒して1,2,3-トリアゾールを形成させる。一実施形態において、光化学還元剤は、タイプ(I)光重合開始剤である。
[0072] 1,3-双極アジドアルキン環化付加反応は、従来の光生成活性種(カルボカチオンやラジカルなど)の影響を受けないが、触媒量のCu(I)によって反応速度が約107倍になる(Meldal, 2008, Macromol. Rapid Comm. 29(12-13):1016)。この触媒作用により、従来の光重合プロセスにおけるラジカル種やカルボカチオン種の生成に類似した方法でCu(I)の光化学的生成を利用することができ、CuAAC反応の空間および時間制御を可能にする。図1に示すように、開裂型光開始剤を用いてラジカルを発生させ、Cu(II)をCu(I)に還元することができる。一時的に生成したCu(I)は1,3-双極性環化付加反応を触媒し、光誘導性アジド・アルキン環化付加反応(pCuAAC)後にCu(0)に還元されることがある。不均化は、Cu(I)とラジカルのもう一つの潜在的な運命である。」
摘記2f:
「[0081] 本発明内で企図される少なくとも1つの還元剤の非限定的な例は、以下の通りである:
[0082] 1-ヒドロキシ-シクロヘキシル-フェニル-ケトン(Irgacure 184;Ciba、Hawthorne、N.J.);
[0083]1-ヒドロキシ-シクロヘキシル-フェニル-ケトンとベンゾフェノンの1:1混合物(Irgacure 500; Ciba, Hawthorne, N.J.);」
摘記2g:
「[0143] 触媒作用のあるCu(I)の持続性は、照射停止(光を消す)後、反応物が完全に消費されるまでの反応挙動をモニターすることで探った。この調査から、一度反応が始まると、暗所でも長時間にわたって反応が持続することが示唆された(図4)。1つの側面では、この反応の継続は、Cu(I)が暗所反応中(すなわち、照射を停止した後)に急速に消費されないことを示唆し、Cu(I)のCu(II)およびCu(0)への不均化反応は、(もはやラジカルが還元に利用できないため)CuAAC反応より長い時間スケールで起こることを示唆した。・・・」
摘記2h:
「[0161] 同様に、初期のCu(II)濃度を10mMで一定にした場合、光重合開始剤濃度が5mMになると、反応速度は急激なスケールの変化を見せた。この光開始剤の閾値濃度以上では、反応速度は光開始剤濃度に依存しなかった。Cu(I)の銅金属への還元が起こっているとすれば、光重合開始剤を多く添加すれば、ラジカルが多くなり、Cu(I)が少なくなると予想される。CuAACの反応速度は、通常、Cu(II)濃度に対して2次依存性を示すので(Rodionov et al.,2005, Angew. Chem.-Int. Edit. 44:2210-2215; Rodionov et al., 2007, JACS 129:12705-12712)、最初の光開始剤濃度を上げるとCuAAC反応速度が低下すると予想される。光開始剤濃度が高くなるとCuAAC反応速度が独立することから、この系ではこの条件ではCu(I)から銅金属への還元はあまり起こっていないことが示唆された。ラジカル還元は、これまで銅ナノ粒子の合成に用いられてきた(Sakamoto et al., 2009, J. Photochem. Photobiol. C-Photochem. Rev. 10:33-56)。しかし、アルキンまたはトリアゾールの配位子は、溶存酸素による酸化、不均化、ラジカルによるさらなる還元という3つの副反応のそれぞれからCu(I)を保護するように見える。実際、銅金属の形成は、Cu(II)の濃度が反応物とほぼ等モルである非常に希薄なハイドロゲルを使用した場合にのみ認められた。)」
(1-3)甲第3号証には、次の記載がある。
摘記3a:
「【0001】
本発明は痛み、ヘルペス、皮膚開口、潰瘍、擦過傷、病変、火傷及び皮膚症状の治療方法、並びに、痛み、ヘルペス、皮膚開口、潰瘍、病変、擦過傷、火傷及び皮膚症状の治療のための非水溶性銅化合物を組み込んだ材料の使用に関する。
【0002】
より詳しくは、本発明は、液体と接触してCu+イオン、Cu++イオン又はそれらの組合せを放出する非水溶性銅化合物を組み込んだ創傷治療材料をそこに投与することを含む、痛み、ヘルペス、皮膚開口、潰瘍、病変、擦過傷、火傷及び皮膚症状の治療方法に関する。
【0003】
また、本発明は、液体と接触してCu+イオン、Cu++イオン又はそれらの組合せを放出する非水溶性銅化合物を、痛み、擦過傷、潰瘍、病変、皮膚開口、火傷及び皮膚症状を有する体表面に、その治療及び治癒のために接触させるファブリック又は押出しフィルム、フィラメント又はシース等の材料の製造のための使用に関する。シース又は押出しフィルムは、脱湿性又は微小孔を有する新しいタイプの一体化した単層であってもよい。」
摘記3b:
「【0010】
より具体的には、今回、驚くべきことに、本発明の材料が、糖尿病、床擦れ、火傷、座瘡痛、ヘルペス痛等により引き起こされる潰瘍痛及び/又は病変の治癒に有効であり、湿疹、乾癬、ヘルペス等の細菌、真菌又はウイルスに関連した皮膚症状の治癒にも有効であることを見出した。」
摘記3c:
「【0117】
本プロセスは、酸化銅化合物の一部として、Cu(I)とCu(II)の両方を産生する。本プロセスによって形成された残留酸化銅粉末の解析は、表面上に形成されたのは70%のCu(I)と30%のCu(II)である酸化銅化合物であることを示している。これらの化合物は、痛み、擦過傷、火傷及び皮膚症状の治療に非常に有効であることが証明された。銅の活性は、水とカチオン種の酸化還元反応を利用しており、水と接触した際に、Cu(II)とCu(I)との間の転換を許容する。Cu(I)は、HIVに対してCu(II)よりも有効であり、Cu(II)はCu(I)よりも安定である。」
(1-4)甲第4号証には、次の記載がある。
摘記4a:
「【請求項1】
抗菌性(antimicrobal)かつ抗真菌性かつ抗ウイルス性のポリマー材料を製造するためのポリマーマスターバッチであって、
熱可塑性樹脂のスラリー、イオン性酸化銅の水不溶性粒子から本質的になる抗菌性(antimicrobal)かつ抗真菌性かつ抗ウイルス性薬剤、ポリマーワックス、並びに、イオン性酸化銅の電荷を占めるための薬剤を含む、ポリマーマスターバッチ。」
摘記4b:
「【0004】
本明細書中に記載された発明により、包装材料を形成するために少ない割合のCu++を水不溶性酸化銅粒子の形態で、ポリマーのスラリーに添加することで、そのパッケージは抗菌性、抗ウイルス性かつ抗真菌性が付与されることを発見した。従って、このようなポリマーフィルムは、食品産業、野菜用袋、花用袋、防カビ種子用袋及び遺体袋の1つの層としても使用しうる。」
摘記4c:
「【0099】
Cu+のイオン型とCu++のイオン型との間の区別は明確である。さらに、出願人により実施された実験において、CuO粉末(Cu+を放出する)は大腸菌又は黄色ブドウ球菌に対する抗菌性の薬剤として有効ではなかった一方で、驚くべきことにCu2O(Cu++を放出する)は有効であり、かつ驚くべきことにCu2O及びCuOの組み合わせが、Cu2O自体より有効であった。本実験はATCC試験法47を使用し、半湿潤の寒天上で約1グラムのサンプルの周りに創出された阻害の範囲を測定した。OyamadaはCu2O(Cu++を放出する)の分離した(discreet)粒子の使用も、Cu2O及びCuOの組み合わせの使用も記載しておらず、本発明をそのまま直ちに特許請求し、予想することはできない。」
(2)甲第1号証に記載された発明
上記(1)の摘記1dの「本発明の塗料は、・・・抗菌材を提供する」との記載、及び摘記1eの「実施例(1)」に関する記載からみて、甲第1号証には以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているといえる。
「アクリル板に、1、4-ブタンジオールジアクリレート20重量部、アクリル酸12重量部、化9(構造式1)で示されるトリアクリレート(東亜合成化学社製 アロニックスM-315)60重量部、トリメチロールプロパントリアクリレート8重量部、イソプロパノール100重量部、メチルエチルケトン200重量部、紫外線重合開始剤として1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン0.8重量部、及び酢酸銅(3水和物)8重量部を含む塗料モノマー溶液をコートし、風乾させ、これに照射距離10cmで80Wの高圧水銀灯を12秒間照射して完全に固化させた、かび(Aspergillus niger)に対して抗菌効果を有する、抗菌材。」
(3)本件発明1
ア 本件発明1と甲1発明の対比
甲1発明の「アクリル板」及び「酢酸銅(3水和物)」は、それぞれ本件発明1の「基材」及び「銅化合物」に相当する。
また、甲1発明の「紫外線重合開始剤」である「1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン」は、紫外線が光の一種であることから「光重合開始剤」であり、かつ、1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンは甲第2号証に還元剤であると記載されていることからみて(摘記2f)「還元力のある」剤であると認められるから、本件発明1の「還元力のある光重合開始剤」に相当する。
さらに、甲1発明の「1、4-ブタンジオールジアクリレート」、「アクリル酸」、「化9(構造式1)で示されるトリアクリレート(東亜合成化学社製 アロニックスM-315)」及び「トリメチロールプロパントリアクリレート8重量部」は、いずれも不飽和結合を有し、電磁波である紫外線の照射により硬化するから、いずれも本件発明1の「電磁波硬化型樹脂からなるバインダ」に相当し、甲1発明の「アクリル板に、1、4-ブタンジオールジアクリレート20重量部、アクリル酸12重量部、化9(構造式1)で示されるトリアクリレート(東亜合成化学社製 アロニックスM-315)60重量部、トリメチロールプロパントリアクリレート8重量部・・・を含む塗料モノマー溶液をコートし、風乾させ、これに照射距離10cmで80Wの高圧水銀灯を12秒間照射して完全に固化させた」ものは、本件発明1の「基材表面に・・・電磁波硬化型樹脂からなるバインダの硬化物が固着し」たものに相当する。
加えて、甲1発明の「かび(Aspergillus niger)に対して抗菌効果を有する、抗菌材」は、本件発明1の「抗カビ基体」に相当する。
最後に、甲1発明の「1、4-ブタンジオールジアクリレート20重量部、アクリル酸12重量部、化9(構造式1)で示されるトリアクリレート(東亜合成化学社製 アロニックスM-315)60重量部、トリメチロールプロパントリアクリレート8重量部、イソプロパノール100重量部、メチルエチルケトン200重量部、紫外線重合開始剤として1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン0.8重量部、及び酢酸銅(3水和物)8重量部を含む塗料モノマー溶液」を固化した組成は、「脂肪酸で被覆された一価の銅化合物粒子」を含んでいない。
してみると、本件発明1と甲1発明は、「基材表面に、銅化合物及び還元力のある重合開始剤を含み、脂肪酸で被覆された一価の銅化合物粒子を含まない電磁波硬化型樹脂からなるバインダの硬化物が固着した、抗カビ基体。」という点において一致し、以下の(α1)及び(α2)の点において相違する。
(α1)本件発明1では、「前記銅化合物は、X線光電子分光分析法により、925~955eVの範囲にあるCu(I)とCu(II)に相当する結合エネルギーを5分間測定することで算出される、前記銅化合物中に含まれるCu(I)とCu(II)とのイオンの個数の比率(Cu(I)/Cu(II))が0.4~50である」のに対して、甲1発明では、Cu(I)/Cu(II)の値が不明である点。
(α2)本件発明1では、「前記銅化合物の少なくとも一部は、前記バインダの硬化物の表面から露出している」のに対して、甲1発明では、銅化合物がバインダの硬化物の表面から露出しているか否か不明である点。
イ 判断
相違点α1について検討する。
まず、甲1発明は、銅化合物として酢酸銅(3水和物)(技術常識からみて銅の価数は2である)と、紫外線重合開始剤として1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンを含む塗料モノマー溶液をコートし、風乾させた後、高圧水銀灯を照射して固化させるものである。
ここで、甲第2号証には、1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンが還元剤であること(摘記2f)、及び、銅(II)と還元剤を含む系に照射することにより、Cu(II)からCu(I)が生成されることが記載されている(摘記2e)。
さらに、本件明細書の段落0012等には、重合開始剤により銅(II)が銅(I)に還元されることが記載されており、本件明細書に記載の実施例(段落0143)では、酢酸銅と、1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンを含む重合開始剤(Omnirad500、Omnirad184)が用いられている。
してみると、甲第2号証の記載又は本件明細書の記載からみて、Cu(II)を含む酢酸銅と、重合開始剤である1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンを含み、高圧水銀灯を照射して固化させたものである甲1発明では、1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンによりCu(II)の一部がCu(I)に還元され、銅化合物がCu(II)とCu(I)の混合物の状態で存在している可能性があるといえる。
しかし、還元反応によりCu(I)が生成すると仮定しても、甲1発明において、どの程度のCu(I)及びCu(II)が存在しているのかは、各成分の含有量や光の照射条件等に依存するから、甲1発明のCu(I)/Cu(II)の比率が本件発明1で特定された範囲内(0.4~50)となるか否かは、依然として不明である。
また、甲第1号証には、銅の価数及びその比率を好適化することについて記載も示唆もないから、甲1発明において、Cu(I)/Cu(II)の値を調整することが、当業者にとって容易になし得たものであるともいえない。さらに、甲第1~6号証の記載を精査しても、Cu(I)/Cu(II)の値を0.4~50の範囲内にすることを動機付ける記載や示唆は見当たらない。
そして、本件発明1は、Cu(I)とCu(II)とを所定の比率で共存させることにより、高い抗カビ・抗菌性が得られるという効果を奏するものであり(段落0031等)、本件明細書にはその理由について技術的説明がされるとともに(段落0015)、実施例及び比較例により具体的に確認されている(特に、Cu(I)/Cu(II)の比率が0.4~50の範囲外である試験例1が、他の実施例よりも抗微生物活性に劣ることが示されている。)から、Cu(I)/Cu(II)の比率を特定の範囲に特定することが技術的に無意味な構成要件の付加であるとはいえない。
よって、相違点α1は技術的に意味のある実質的な相違点であり、相違点α1のイオンの個数の比率を好適な範囲に設定することが、当業者にとって容易に想到し得るとはいえないので、相違点α2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明及び甲第1~6号証に記載された技術的事項から当業者が容易に発明することができたものとはいえない。
ウ 異議申立書における申立人の主張について
(ア)主張の内容
申立人は、申立ての理由において、以下の主張を行っている。
主張1:
「ここで、本件特許発明1におけるCu(I)とCu(II)のイオン個数比率(Cu(I)/Cu(II)が0.4~50)については、銅としてCu(I)が29%~98%の割合で存在することを意味するものであることから、Cu(I)の存在割合は比較的広範囲にわたるものと解される。そして、甲1発明の成型体においては、紫外線重合開始剤が銅の還元剤として機能することでCu(II)の一部が還元され、Cu(I)の存在割合が本件特許発明1に規定される数値範囲を満たす蓋然性が高いものとなる。」
主張2:
「甲第3号証([0117])や甲第4号証の([0099])に記載されるように、Cu(I)は抗菌性が高く、Cu(II)は安定性に優れることから、Cu(I)とCu(II)の両方を共存させることで、抗菌性向上及び抗菌性能の維持を図ることが可能であることは知られている。特に、甲第4号証には、Cu(I)単独よりも、Cu(I)とCu(II)を併用することで殺菌効果が高くなることが記載されている([0099])。なお、甲第3号証には、Cu(I)/Cu(II)が約2.33となるものが記載されている([0117])。
したがって、甲第1号証に記載の発明においては、甲第2号証の記載からCu(I)及びCu(II)が共存している蓋然性が高いことと併せ、甲第3号証及び甲第4号証の記載に基づき、抗菌性向上及び抗菌性能維持のために、Cu(I)/Cu(II)の値を調整することに格別の困難性を有しないとともに、その効果についても甲第3号証及び甲第4号証の記載に基づき、当業者が予測し得るものである。」
(イ)主張1~2の検討
まず、上記主張1について検討すると、上記イにおいて、相違点α1について検討したとおり、甲1発明では、銅化合物がCu(II)とCu(I)の混合物の状態で存在している可能性があるとまではいえるものの、その存在割合は、各成分の含有量や光の照射条件等に依存するから、甲1発明において、Cu(I)/Cu(II)が本件発明1で規定された範囲内(0.4~50)である蓋然性が高いとまではいえない。そして、申立人は追試等による具体的な根拠に基づく主張をしていないので、申立人の主張ないし立証方法によっては、甲1発明のCu(I)/Cu(II)が本件発明1で規定された範囲内(0.4~50)にあると認めるに至らない。
よって、上記主張1は採用できない。
つぎに、上記主張2について検討する。
甲第1号証と甲第3号証の組み合わせについて検討する。
甲第1号証には、成型体に抗菌性を付与するために、抗菌性塗料を成型体に塗布する発明が記載されており(摘記1a及び1b)、甲1発明はその具体的な実施例である(摘記1e)。
一方、甲第3号証には、「70%のCu(I)と30%のCu(II)である酸化銅化合物」を含む材料が記載されているものの(摘記3c)、甲第3号証に記載されているのは、皮膚の治療に用いられる材料であり(摘記3a及び3b)、Cu(I)の利点として記載されているのは「HIVに対してCu(II)よりも有効」であるということである(摘記3c)。
よって、成型体に抗菌性を付与する発明である甲1発明と、皮膚の治療に用いられる材料に関する甲第3号証に記載された技術的事項は、技術分野が相違するものである。
また、甲第3号証に記載されたCu(I)の利点は「HIVに対してCu(II)よりも有効」であるというものであるが、成型体に抗菌性を付与する発明である甲1発明において、HIVに対する有効性は通常想定される課題であるとはいえないから、両者の課題は共通しない。
してみると、甲1発明において、甲第3号証に記載された技術的事項を適用することは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
甲第1号証と甲第4号証の組み合わせについて検討する。
甲1発明は、モノマーと紫外線重合開始剤を含む塗料モノマー溶液をコートし、風乾させ、これに高圧水銀灯を照射して固化させた抗菌材の発明である(上記(2)参照)。
一方、甲第4号証には、「大腸菌又は黄色ブドウ球菌に対する抗菌性」について、「Cu2O及びCuOの組み合わせが、Cu2O自体より有効であった」と記載されているものの(摘記4c)、甲第4号証に記載されているのは、熱可塑性樹脂のスラリーを含むポリマーマスターバッチであり(摘記4a、4b)、紫外線硬化性樹脂の塗料である甲1発明とは、銅化合物を含有させる対象が異なっている。
そして、銅化合物を含有させる対象がポリマーマスターバッチである甲第4号証に記載された技術的事項を、紫外線硬化性樹脂の塗料である甲1発明に適用することを積極的に動機づけるものは見当たらない。
してみると、甲1発明において、甲第4号証に記載された技術的事項を適用することは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
以上のとおりであるから、甲1発明において、甲第3及び4号証に記載された技術的事項を適用することが当業者にとって容易になし得たことであるとする上記主張2は採用できない。
よって、申立人の主張1及び2はいずれも採用できない。
(4)本件発明2~6
本件発明2~6は、本件発明1を更に限定するものである。
したがって、本件発明1が、甲1発明及び甲第1~6号証に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないことに鑑みると、本件発明2~6の進歩性を否定できるとはいえない。
(5)まとめ
よって、申立理由1(進歩性)には、理由がない。
2 申立理由2(実施可能要件)の(1)について
(1)判断
本件発明では、請求項1において、「X線光電子分光分析法により、925~955eVの範囲にあるCu(I)とCu(II)に相当する結合エネルギーを5分間測定することで算出される、前記銅化合物中に含まれるCu(I)とCu(II)とのイオンの個数の比率(Cu(I)/Cu(II))が0.4~50である」と規定されている。
ここで、一般に、銅には、価数2の銅(Cu(II))と、価数1の銅(Cu(I))以外に、価数0の銅(Cu(0))があるところ、本件発明の銅化合物が、Cu(II)及びCu(I)とともにCu(0)を含み、かつ、銅化合物のCu(II)及びCu(I)の個数とCu(0)の個数とを区別して定量できない場合には、上記Cu(I)/Cu(II)を算出できないから、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないこととなる。
以下、この点について検討する。
まず、本件発明の銅化合物が、Cu(II)及びCu(I)に加えてCu(0)を含むか否かについて検討する。
本件明細書には、Cu(0)の生成について記載されていないところ、出願時の技術常識を考慮しても、本件発明において、Cu(II)とCu(I)が共存している状態(Cu(II)がまだ残存している状態)で、重合開始剤によってCu(I)の還元が更に生じ、Cu(0)が生成されるものとする合理的な理由は見当たらない。
よって、本件発明の銅化合物が、Cu(II)及びCu(I)に加えてCu(0)を含むとはいえない。
つぎに、仮に、本件発明の銅化合物が、Cu(II)及びCu(I)とともにCu(0)を含む場合に、銅化合物のCu(II)及びCu(I)の個数とCu(0)の個数とを区別して算出することができるか否かについて検討する。
本件発明は、銅化合物のCu(II)及びCu(I)の個数を、X線光電子分光分析法による925~955eVの範囲にある結合エネルギーのピーク(以下「Cu2p3/2スペクトルのピーク」という。)の測定結果から算出するものであるところ、Cu2p3/2スペクトルのピークでは、Cu(II)とCu(0)とは区別できるが、Cu(I)とCu(0)とを区別することは困難であることが、出願時の技術常識である(例えば、甲第8号証の40頁右欄31行~41頁左欄1行)。
しかし、Cu(I)とCu(0)は、Cu2p3/2スペクトルとは別に、オージェスペクトルにおける特定のピーク(以下「CuLMMスペクトルのピーク」という。)で区別できることもまた出願時の技術常識である(例えば、甲第8号証の上記摘記箇所)。
したがって、銅化合物がCu(0)を含む場合は、Cu2p3/2スペクトルに加えてCuLMMスペクトルの測定を行い、CuLMMスペクトルからCu(I)とCu(0)の個数の比率を算出し、それを用いてCu2p3/2スペクトルにおけるCu(I)とCu(0)のピークからCu(I)に帰属される個数を算出し、そこからCu(II)の個数を除して、Cu(I)/Cu(II)を算出することができる。
したがって、出願時の技術常識を考慮すれば、仮に、本件発明の銅化合物が、Cu(II)及びCu(I)とともにCu(0)を含む場合であっても、銅化合物中に含まれるCu(I)とCu(II)とのイオンの個数の比率(Cu(I)/Cu(II))を算出することができる。
以上のとおり、本件発明の銅化合物が、Cu(II)及びCu(I)に加えてCu(0)を含むとはいえないし、仮に、銅化合物がCu(0)を含むとしても、出願時の技術常識を考慮すれば、Cu(I)とCu(II)とのイオンの個数の比率(Cu(I)/Cu(II))を算出することができるといえるから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者において、その記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、当該発明に係る物を作り、使用することができる程度のものといえる。
(2)異議申立書における申立人の主張について
ア 主張の内容
申立人は、申立ての理由において、以下の主張を行っている。
主張3:
甲第2号証に、光重合開始剤の存在下では、Cu(II)がCu(I)に還元される反応が進行するとともに、Cu(I)がCu(0)に還元される反応も進行することが記載されていることからみても(2(1)(1-2)の摘記2b)、本件明細書に記載された実施例においては、Cu(II)及びCu(I)に加えてCu(0)も存在している蓋然性が高い。
主張4:
Cu(II)及びCu(I)に加えてCu(0)も存在しているのであれば、本件発明の請求項1で規定された「X線光電子分光分析法により、925~955eVの範囲にあるCu(I)とCu(II)に相当する結合エネルギーを5分間測定することで算出される、前記銅化合物中に含まれるCu(I)とCu(II)とのイオンの個数の比率(Cu(I)/Cu(II))」を算出するために、Cu(I)及びCu(II)とCu(0)とを区別しなければならないところ、X線光電子分光分析法による925~955eVの範囲にある結合エネルギーは、Cu(0)とCu(I)とでほぼ等しく、X線光電子分光分析法による測定では両者を区別できないことが、出願時の技術常識である(甲第7及び8号証)。
イ 主張3~4の検討
まず、上記主張3について検討する。
本件発明の銅化合物が、Cu(II)及びCu(I)とともにCu(0)を含むとはいえないことは、上記(1)に記載したとおりである。
申立人が挙げる甲第2号証には、Cu(I)がCu(0)に還元される反応について記載されている(1(1)(1-2)の摘記2a、2b及び2d等)。
しかし、甲第2号証に記載されたCuAAC反応はCu(I)に触媒されるものであるから(1(1)(1-2)の摘記2c、2e等)、Cu(I)が生成しているといえるものの、Cu(0)は、反応による生成が文献の知見等から示唆されているにとどまり(1(1)(1-2)の摘記2d等)、実際にそれが生成され、組成物中に一定の割合で存在することを実験により確認してはいない。
また、甲第2号証には、「銅金属の形成は、Cu(II)の濃度が反応物とほぼ等モルである非常に希薄なハイドロゲルを使用した場合にのみ認められました」という記載もあり(1(1)(1-2)の摘記2h)、甲第2号証には、必ずCu(0)が生成されると記載されていないし、実際、出願時の技術常識からみても、銅化合物がCu(0)まで還元されるか否かは、銅化合物の種類及び量、還元剤の種類及び量並びに還元する条件等に左右されるものと考えられる。
以上のことを考慮すれば、甲第2号証を根拠に、本件明細書に記載された実施例において、Cu(0)が存在している蓋然性が高いとまではいえない。
よって、上記主張3は採用できない。
つぎに、上記主張4について検討する。
上記(1)に示したとおり、Cu(0)とCu(I)とは、X線光電子分光分析法による925~955eVの範囲にある結合エネルギーのピーク(Cu2p3/2スペクトルのピーク)で区別できなくても、CuLMMスペクトルのピークで区別できるから、Cu(I)/Cu(II)は算出できるものである。
よって、上記主張4は採用できない。
以上のとおり、申立人の主張3及び4はいずれも採用できない。
(3)まとめ
よって、申立理由2の(1)には、理由がない。
3 申立理由2(実施可能要件)の(2)について
(1)判断
本件発明1は、「基材表面に、銅化合物及び還元力のある光重合開始剤を含み、脂肪酸で被覆された一価の銅化合物粒子を含まない電磁波硬化型樹脂からなるバインダの硬化物が固着し、前記銅化合物は、X線光電子分光分析法により、925~955eVの範囲にあるCu(I)とCu(II)に相当する結合エネルギーを5分間測定することで算出される、前記銅化合物中に含まれるCu(I)とCu(II)とのイオンの個数の比率(Cu(I)/Cu(II))が0.4~50であり、前記銅化合物の少なくとも一部は、前記バインダの硬化物の表面から露出していることを特徴とする抗カビ基体」に関するものである。
ここで、本件明細書の記載及び出願時の技術常識からみて、「基材表面に、銅化合物及び還元力のある光重合開始剤を含み、脂肪酸で被覆された一価の銅化合物粒子を含まない電磁波硬化型樹脂からなるバインダの硬化物が固着し」た「抗カビ基体」を作れること、及び使用できることは、当業者にとって明らかである。
また、本件明細書の段落0012には「重合開始剤が銅(II)に対する還元力を持つ」、「銅化合物を重合開始剤が還元することで銅(I)の存在割合を増やすことができる」、「重合開始剤としては、光重合開始剤が望ましい。電磁波を照射してラジカルやカチオンを発生させる際に、銅を還元できるからである」と記載され、また、段落0031には「銅化合物中のCu(I)/Cu(II)の比率は、バインダ、光重合開始剤、銅化合物の選択、これらの濃度調整および紫外線などの電磁波の照射時間や強度で調製することができる」と記載されており、さらに、本件明細書に記載の実施例では、光重合開始剤を含むバインダに紫外線を照射することでCu(II)の一部がCu(I)に変化すること、及び、紫外線の照射時間によりCu(I)/Cu(II)の比率が調節されることが具体的に示されているから、本件明細書をみた当業者は、「銅化合物及び還元力のある光重合開始剤を含み、脂肪酸で被覆された一価の銅化合物粒子を含まない電磁波硬化型樹脂からなるバインダの硬化物」において、「バインダ、光重合開始剤、銅化合物の選択、これらの濃度調整および紫外線などの電磁波の照射時間や強度」を調整することで、Cu(I)/Cu(II)の比率を0.4~50とすることが可能であると理解できる。
さらに、上記2で検討したとおり、当業者は、本件明細書の記載及び出願時の技術常識から、Cu(I)/Cu(II)を算出する方法も理解できる。
加えて、本件明細書の段落0049には「バインダの硬化時に収縮が生じるため、硬化収縮時に銅化合物をバインダ表面から露出せしめることができ、容易にカビ・菌などを失活させることができる」と記載されていることから、本件明細書の記載をみた当業者は、バインダを硬化させることで「前記銅化合物の少なくとも一部は、前記バインダの硬化物の表面から露出している」抗カビ基体を得られると理解できる。
してみると、本件明細書の記載及び出願時の技術常識から、当業者は、本件発明1を作れ、かつ使用できるから、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。
同様に、本件明細書の記載及び出願時の技術常識から、当業者は、本件発明2~6を作れ、かつ使用できるから、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明2~6を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。
(2)異議申立書における申立人の主張について
ア 主張の内容
申立人は、申立ての理由において、以下の主張を行っている。
主張5:
「・・・本件特許明細書には、実施例として・・・バインダの硬化物が島状に散在してなる・・・抗カビ基体を得ることが記載されており([0143]~[0146])、比較例としては、銅化合物や光重合開始剤を含む樹脂組成物・・・基材表面に対して塗布した基体が記載されており([0152][0153])、比較例では膜状の硬化物が形成されているものと解される。そして・・・実施例の方が比較例よりも抗カビ・抗菌活性が高いことが記載されている([0164][0165])。
ここで、本件特許明細書の段落0017には、「バインダの硬化物が島状に散在して固着されている・・・場合は・・・高い抗カビ・抗菌性を発現できる」ことが記載されており、高い抗カビ・抗菌活性を発現するには、Cu(I)/Cu(II)のイオン個数比率以外の要素が存在するものと解される。一方で、本件特許明細書・・・に記載された比較例は、バインダの硬化物が膜状に形成され、かつCu(II)のみを含むものである。
してみると、バインダの硬化物が島状に形成された実施例と、バインダの硬化物が膜状に形成された比較例とを対比しても、本件特許発明1における構成内容(主にCu(I)/Cu(II)のイオン個数比率を規定すること)のみによって、高い抗カビ・抗菌活性を発現できることを示していることにはならない。・・・適切な評価がなされていない状況下では、本件特許発明1における構成内容(主にCu(I)/Cu(II)のイオン個数比率を規定すること)のみによる効果を当業者が当然に理解できるものでもない。」よって、「本件特許明細書における発明の詳細な説明は、本件特許発明1・・・について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。」
イ 主張5の検討
上記主張5について検討すると、本件発明は、バインダの硬化物の形状に着目して効果の改善を図ったものではなく、主としてCu(I)/Cu(II)のイオン個数比率に着目して、効果の改善を図ったものであるところ、バインダの硬化物の形状を島状以外に拡張・一般化できるか否かという観点や、効果があるか否かという観点は、本件明細書が本件発明を実施可能な程度に記載しているか否かに関係がない。そして、本件明細書が本件発明を実施可能な程度に記載していることは、上記(1)に示したとおりである。
したがって、申立人の上記主張5は採用できない。
(3)まとめ
よって、申立理由2の(2)には、理由がない。
4 申立理由3(サポート要件)について
(1)判断
ア 本件明細書の段落0006の「特許文献1~3に記載された抗菌剤や抗菌成形体では、抗カビ性が十分とは言えるものではなかった」との記載や、本件明細書の段落0164に記載の実施例において、抗菌活性値や抗カビ活性値の優劣が評価されていることを含めた本件明細書全体の記載からみて、本件発明の課題は、「抗カビ・抗菌性に優れる抗カビ基体を提供すること」であると認められる。
イ そして、本件発明1では、Cu(I)/Cu(II)が0.4~50であることが特定されている。
ウ ここで、本件明細書の段落0012に「一般に、銅(I)の方が銅(II)よりも抗カビ・抗菌活性が高い」と記載されていることからも分かるように(下線は当審合議体による。)、Cu(I)がCu(II)よりも抗カビ・抗菌性に優れることは従来から知られていることであるから、Cu(I)が存在することによる効果、つまり、Cu(I)/Cu(II)が0を超えることによる効果は、出願時の技術常識から理解できる。
エ また、本件明細書に記載の実施例において、バインダの硬化物の形態や組成は同一で、紫外線の照射時間のみを変化させることで、Cu(I)/Cu(II)が異なる実験例である、実施例1、実施例5及び試験例1をみると、Cu(I)/Cu(II)が50を超える試験例1に対して、Cu(I)/Cu(II)が50以下である実施例1及び実施例5では、抗カビ・抗菌性が優れるという結果になっており、このことから、Cu(I)だけでなくCu(II)もある程度の量で共存すること、具体的には、Cu(I)/Cu(II)が50以下であることにより、抗カビ・抗菌性がさらに優れるという効果を奏することが理解できる。
オ さらに、本件明細書の段落0015には、「二価の銅イオンは、細胞との親和性に優れ、細胞表面で錯体を形成して、呼吸系酵素群を失活させ、一方、一価の銅イオンは、水と反応して、OH(-)やOH・ラジカルなどを生じさせ、これらのOH(-)やラジカルが細胞を構成するタンパク質を攻撃して損傷させると考えられ、どちらかに耐性がある細胞であっても、確実に細胞を死滅させることができるからであると推測される」と記載されており、Cu(I)とCu(II)が共存することにより抗カビ・抗菌性が優れることの技術的説明もされているといえる。
カ 以上述べた出願時の技術常識、本件明細書に記載の実施例及び技術的説明を考慮すれば、当業者は、Cu(I)/Cu(II)を0.4~50とすることにより、「抗カビ・抗菌性に優れる抗カビ基体を提供する」という本件発明の課題を解決できると理解できる。
キ したがって、本件発明1は、当業者が本件特許発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものである。
同様に、本件発明2~6は、当業者が本件特許発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものである。
(2)異議申立書における申立人の主張について
ア 主張の内容
申立人は、申立ての理由において、以下の主張を行っている。
主張6:
本件特許明細書に記載された比較例は、バインダの硬化物が膜状に形成され、かつCu(II)のみを含むものであるため、実施例と比較例との対比から、Cu(I)/Cu(II)のイオン個数比率を規定することのみで、高い抗カビ・抗菌活性を発現できることが示されるとはいえず、バインダの硬化物が基材表面に対して島状に固着されていることも必須構成の一つであるものと解される。
主張7:
本件発明1に示された構成(Cu(I)/Cu(II)のイオン個数比率を規定することや電磁波硬化型樹脂に含まれる成分を規定すること等)のみによって、本件発明の目的である「透明性に優れ、基材の透明性や基材表面の色彩等の特性をそのまま維持する」という目的が達成されるとは、出願時の技術常識をもってしても認められるものではなく、上記目的を達成するためには、バインダの硬化物が基材表面に対して島状に固着されていることが必須構成である。
イ 主張6~7の検討
(ア)主張6について
上記主張6について、本件発明は、バインダの硬化物の形状に着目して課題の解決を図ったものではなく、主としてCu(I)/Cu(II)のイオン個数比率を好適な範囲にすることで、上記「抗カビ・抗菌性に優れる抗カビ基体を提供すること」という課題の解決を図ったものである。
そして、上記(1)エに示したように、抗カビ・抗菌成分として「酢酸銅」を使用した実施例1、実施例5及び試験例1をみると、Cu(I)/Cu(II)のイオン個数比率が、55.0の試験例1と比較して、1.9の実施例1及び50.0の実施例5では、抗カビ・抗菌性が優れるという結果となっており、硫酸銅を使用し、イオン個数比率が0.4の実施例2の結果も参酌すると、本件発明1の「銅化合物中に含まれるCu(I)とCu(II)とのイオンの個数の比率(Cu(I)/Cu(II))が0.4~50」であるものが、上記「抗カビ・抗菌性に優れる抗カビ基体を提供すること」という課題を解決できると認識できる範囲にあるといえるものであって、当該比率を「0.4~50」の範囲に調整すれば、当該範囲外のものに比較して「抗カビ・抗菌性に優れる抗カビ基体」が得られるものとして認識できるものである。
ここで、仮にバインダの硬化物の形状を、島状にした場合のものの方が、膜状などの他の形状にした場合に比較して、抗カビ・抗菌性に優れる抗カビ基体が得られるとしても、本件発明は、イオン個数比率の範囲を特定のものにすることで、その範囲外にあるものに比して、抗カビ・抗菌性に優れた抗カビ基体が得られるという観点からの技術思想の創作に係るものであるから、そのような観点と無関係の、バインダの硬化物が基材表面に対して島状に固着されていることも必須構成の一つとすべきであるとする申立人の主張6は採用できない。
(イ)主張7について
上記主張7について、本件明細書の段落0007には、「本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであり、抗カビ・抗菌性に優れるとともに、透明性等に優れ、基材の透明性や基材表面の色彩等の特性をそのまま維持することが可能な抗カビ・抗菌性基体・・・を提供することを目的とする。」と記載されているが、同段落0073及び0109の「本発明の抗カビ・抗菌性基体の基材の材料は、・・・例えば、金属、ガラス等のセラミック、樹脂、繊維織物、木材等が挙げられる。また、本発明の抗カビ・抗菌性基体の基材となる部材も、・・・ドアノブ、トイレのスライド鍵などでもよい。」等の記載にあるように、本件発明の「抗カビ基体」の中には、透明性などの性能が求められない基体の材料や部材が含まれている。
してみると、申立人の「透明性に優れ、基材の透明性や基材表面の色彩等の特性をそのまま維持する」という目的の達成を前提として、本件発明が、バインダの硬化物が基材表面に対して島状に固着されていることが必須構成であるとする主張は、その前提において誤りがあり、島状に固着されていることが必須構成でないことは、上記(ア)に示したとおりであるから、申立人の主張7は採用できない。
(3)まとめ
よって、申立理由3(サポート要件)には、理由がない。
第5 むすび
以上のとおりであるから、申立人が申し立てた理由及び証拠によっては、本件請求項1~6に係る発明の特許を取り消すことはできない。
また、他に当該特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-700447