特許異議申立
2023-700213
蒸着マスクを製造するための金属板並びに蒸着マスク及び蒸着マスクの製造方法
- 審判番号
- 2023-700213
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2021-133631
- 登録番号
- 7125683
- 請求日
- 2023年02月24日
- 審決日
- 2023年05月11日
- 公報発行日
- 2023年06月30日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】大日本印刷株式会社
- 【権利者代理人】宮嶋 学
- 【権利者代理人】堀田 幸裕
- 【権利者代理人】岡村 和郎
- 【権利者代理人】高田 泰彦
- 【権利者代理人】柏 延之
- 【権利者代理人】中村 行孝
- 【異議申立人】小海 善史
- 審判長/審判官
- 審判長 日比野 隆治
- 審判官 原 賢一
- 審判官 後藤 政博
- 分類
- P1651.536-Y (C23C) / P1651.537-Y (C23C)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法36条4項1号特許法36条6項特許法113条4号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第6項第2号、特許法第36条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7125683号発明「蒸着マスクを製造するための金属板並びに蒸着マスク及び蒸着マスクの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7125683号の請求項1ないし11に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7125683号の請求項1~11に係る特許についての出願は、2018年(平成30年)11月13日(優先権主張 平成29年11月14日、同年12月26日、平成30年1月11日)を国際出願日とする特願2019-554211号の一部を新たな特許出願として令和2年10月28日に出願された特願2020-180577号の一部をさらに新たな特許出願として令和3年8月18日に出願されたものであり、令和4年8月17日にその特許権の設定登録がされ、同年同月25日に特許掲載公報が発行され、その後、請求項1~11(全請求項)に係る特許について、令和5年2月24日に特許異議申立人小海善史(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。
第2 本件発明
本件特許の請求項1~11に係る発明(以下、各請求項に係る発明及び特許を項番に対応して「本件発明1」、「本件特許1」などといい、併せて「本件発明」、「本件特許」ということがある。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1~11に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
蒸着マスクを製造するための金属板であって、
前記金属板は、前記金属板の表面に位置する複数の窪みを有し、
前記表面は、0.1mm2以上の面積を有する検査領域を含み、前記複数の窪みの一部が、前記検査領域に位置し、
前記金属板は、12000μm3/mm2以下の窪み補正容積密度(V2(0.2μm))を有し、前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、窪み補正容積を前記検査領域の面積で割ることによって算出され、
前記窪み補正容積は、前記検査領域に位置する前記複数の前記窪みの前記一部の、前記金属板の厚み方向において前記表面から0.2μm以上離れた部分の容積の総和であり、
前記容積は、前記複数の前記窪みの前記一部の深さをレーザー顕微鏡によって測定した結果に基づいて算出され、
前記金属板は、6000μm3/mm2以下の窪み補正容積密度(V2(0.3μm))を有し、
前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))は、前記検査領域に位置する前記複数の前記窪みの前記一部の、前記金属板の厚み方向において前記表面から0.3μm以上離れた部分の容積の総和を、前記検査領域の面積で割ることによって算出され、
前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))の2.16倍以上8.66倍以下である、金属板。
【請求項2】
前記検査領域の面積は1.5mm2以下である、請求項1に記載の金属板。
【請求項3】
前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))が996μm3/mm2以上である、請求項1又は2に記載の金属板。
【請求項4】
前記金属板は、ニッケルを含む鉄合金からなる、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の金属板。
【請求項5】
蒸着マスクを製造する方法であって、
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の金属板を準備する工程と、
前記金属板をエッチングして前記金属板に貫通孔を形成する加工工程と、を備える、蒸着マスクの製造方法。
【請求項6】
蒸着マスクであって、
表面に位置する複数の窪みを有する金属板と、
前記金属板に形成された貫通孔と、を備え、
前記表面は、0.1mm2以上の面積を有する検査領域を含み、前記複数の窪みの一部が、前記検査領域に位置し、
前記金属板は、12000μm3/mm2以下の窪み補正容積密度(V2(0.2μm))を有し、前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、窪み補正容積を前記検査領域の面積で割ることによって算出され、
前記窪み補正容積は、前記検査領域に位置する前記複数の前記窪みの前記一部の、前記金属板の厚み方向において前記表面から0.2μm以上離れた部分の容積の総和であり、
前記容積は、前記複数の前記窪みの前記一部の深さをレーザー顕微鏡によって測定した結果に基づいて算出され、
前記金属板は、6000μm3/mm2以下の窪み補正容積密度(V2(0.3μm))を有し、
前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))は、前記検査領域に位置する前記複数の前記窪みの前記一部の、前記金属板の厚み方向において前記表面から0.3μm以上離れた部分の容積の総和を、前記検査領域の面積で割ることによって算出され、
前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))の2.16倍以上8.66倍以下である、蒸着マスク。
【請求項7】
前記検査領域の面積は1.5mm2以下である、請求項6に記載の蒸着マスク。
【請求項8】
前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))が996μm3/mm2以上である、請求項6又は7に記載の蒸着マスク。
【請求項9】
前記金属板は、ニッケルを含む鉄合金からなる、請求項6乃至8のいずれか一項に記載の蒸着マスク。
【請求項10】
前記金属板は、前記蒸着マスクを介して蒸着材料が付着される基板に対面する第1面と、前記第1面の反対側に位置する第2面と、を含み、
前記貫通孔は、前記第1面に位置する第1凹部と、前記第2面に位置し、前記第1凹部に接続されている第2凹部と、を含む、請求項6乃至9のいずれか一項に記載の蒸着マスク。
【請求項11】
前記金属板の前記第2面は、平面視において隣り合う2つの前記第2凹部の間に位置し、平面視において2μm以下の寸法を有するトップ部を含む、請求項10に記載の蒸着マスク。」
第3 特許異議の申立理由
(1)特許法第36条第4項第1号所定の規定違反(実施可能要件違反)(以下、「申立理由1」という。)
本件特許1~11は、明細書の記載が後記第4の1(1)の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
申立理由1について、以下の証拠が提出されている。
甲第1号証:J-PlatPat、特許情報プラットフォーム、特許・実用新案検索、テキスト検索対象:和文、文献種別:国内文献、検索項目:全文、キーワード:窪み補正容積密度による検索結果の出力物、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/p0100
甲第2号証:J-PlatPat、特許情報プラットフォーム、経過情報照会、特許出願2021-133631 公開2021-193211、分割出願情報タブの出力物、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/h0000
甲第3号証:J-PlatPat、特許情報プラットフォーム、経過情報照会、意見書(特許出願2021-133631)の出力物、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/h0101
(2)特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反)(以下、「申立理由2」という。)
本件特許1~11は、特許請求の範囲の記載が後記第4の2(1)の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(3)特許法第36条第6項第2号所定の規定違反(明確性要件違反)(以下、「申立理由3」という。)
本件特許1~11は、特許請求の範囲の記載が後記第4の3(1)の点で不備のため、特許法第36条6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
申立理由3について、以下の証拠が提出されている。
甲第4号証:新村 出 編「広辞苑 第七版」株式会社岩波書店、2018年1月12日、939頁、「けん・さ【検査】」
第4 当審の判断
1 申立理由1(実施可能要件違反)について
(1)特許異議申立書に記載の論拠
ア 「窪み補正容積密度」の制御に関する記載について
本件発明は、「窪み補正容積密度」というパラメータを用いて、窪み補正容積密度V2(0.2μm)の数値範囲、窪み補正容積密度V2(0.3μm)の数値範囲、及びこれらの大小関係を定量的に規定することで、「従来技術における表面起伏の指標を用いた場合よりも、金属板に形成される貫通孔の寸法精度との相関を高める(本件特許の課題を解決する)」ことを技術的思想としている。このように、「窪み補正容積密度」は、本件発明の課題に直結する極めて重要なパラメータである。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に照らして、当業者が、窪み補正容積密度の制御方法を認識できる必要があり、かかる要件を満足しない場合には、本件発明は、特許法36条第4項第1号に規定する実施可能要件を満足しないと考えるべきである。
ここで、「窪み補正容積密度」は、分割出願である本件出願の原出願において規定された独自のパラメータであるから、窪み補正容積密度の制御方法は、出願時の技術常識に照らして、当業者が認識できないと評価すべきである(甲第1号証、甲第2号証)。
次に、本件明細書の記載内容について考察すると、本件明細書には、「窪み補正容積密度」の制御方法について、【0069】、【0070】、【0072】~【0076】には、圧延ロールの直径、圧延速度、クーラントの供給量、クーラントの種類及び圧延ロールの表面粗度Raを制御することによって、「窪み補正容積密度」を制御できる点が一応開示されている。
しかしながら、上記の【0070】、【0073】、【0076】から明らかなように、本件明細書には、「窪み補正容積密度」を制御するための製造条件である圧延ロールの直径、圧延速度及び圧延ロールの表面粗度Raの好ましい数値範囲が単に列挙されているに過ぎず、これらの製造条件の数値をどのように組み合わせれば、窪み補正容積密度が制御され、本件発明に係る金属板が製造できるか、本件明細書に開示も示唆もない。
また、一般的に、実施例には実施形態よりも詳細な製造条件の記載が求められるところ、本件明細書に記載されている実施例には、工程名称の記載しかなく、実施例の記載を参照しても、「窪み補正容積密度」を制御するための製造条件(圧延ロールの直径、圧延速度、クーラントの供給量、クーラントの種類及び圧延ロールの表面粗度Ra)をどのように制御すれば本件発明1に係る金属板が得られるのか、全く不明である。
さらに、特許権者(出願人)は、拒絶理由通知に対する意見書(甲第3号証)において、「本件特許発明1に係る金属板は、本件特許明細書に記載された製造条件(圧延ロールの直径、圧延速度、クーラントの供給量及び圧延ロールの表面粗度Ra)および数値範囲を満たすのみでは製造することができず、被圧延材の組成や圧延によって得られる金属板の仕様など、本件特許明細書に記載されていない種々の条件を考慮して適切な製造条件を設定することによって、初めて製造することができる」ことが主張されている。してみると、本件明細書において、本件発明に係る金属板を製造するために必要十分な製造条件が開示されていないことは、本件特許の権利者自身も認めるところであり、窪み補正容積密度が本件特許の独自パラメータであることに鑑みれば、当業者が実施できるように本件明細書は記載されていない、と考えざるを得ない。
このように、本件明細書の発明の詳細な説明には、「圧延ロールの直径、圧延速度、クーラントの供給量及び圧延ロールの表面粗度Raをどのように制御すれば、本件発明に係る金属板を製造できるか」について開示も示唆もなく、また、特許権者の意見書における主張を参酌すると、本件明細書に記載されていない製造条件も窪み補正容積密度に影響を及ぼすと考えざるを得ないから、本件明細書の発明の詳細な説明に基づいて、どのように窪み補正容積密度を本件発明規定の範囲に制御し、本件発明に係る金属板を製造することができるのかを理解することができない。
したがって、本件特許の発明の詳細な説明には、本件発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない(13頁17行~19頁25行)。
イ 本件発明の課題を解決することに関する「窪み補正容積密度」の記載について
本件発明は、後記2(1)イのとおり、課題解決のために窪み補正容積密度V2の数値範囲を限定している一方、実施例には、従来技術における表面起伏の指標(算術平均粗さRa) と、金属板に形成される貫通孔の寸法精度との間の相関を示す比較例が記載されていない。したがって、窪み補正容積密度V2の数値限定によって、「従来技術における表面起伏の指標を用いた場合よりも、金属板に形成される貫通孔の寸法精度との相関を高めることができる(本件特許の課題が解決できる)」ということはできない。
このような、課題解決の可否すらも不明な金属板をどのように製造すればよいか、本件明細書の発明の詳細な説明に基づいても、当業者は当然に理解することができない。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない(24頁3~19行)。
ウ 「検査領域」等の記載について
後記3(1)のとおり、本件発明において、「検査領域(適不適や異状・不正の有無を調べる検査工程に供される領域)」及び「検査工程」によって金属板の何を特定しようとしているのか、不明であり、本件発明の「検査領域」、「前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、窪み補正容積を前記検査領域の面積で割ることによって算出され」、「前記容積は、前記複数の前記窪みの前記一部の深さをレーザー顕微鏡によって測定した結果に基づいて算出され」及び「前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm)は、前記検査領域に位置する前記複数の前記窪みの前記一部の、前記金属板の厚み方向において前記表面から0.3μm以上離れた部分の容積の総和を、前記検査領域の面積で割ることによって算出され」の技術的意義を物の発明の構成要件として理解することができない。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいても、技術的意義が理解できない構成要件を備えた本件発明の金属板を、どのようにすれば製造することができるのか、当業者は当然に理解することができない。
このように、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない(26頁17行~27頁4行)。
(2)実施可能要件に関する当審の判断
ア 本件発明における実施可能要件の判断手法
発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に係る規定(実施可能要件)に適合するというためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要すると解される。そして、この規定のいう「実施」とは、物の発明においては、当該発明にかかる物の生産、使用等をいうものであるから、実施可能要件を満たすといえるためには、明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が当該発明に係る物を生産し、使用することができる程度のものでなければならない。
そして、本件発明は、「窪み補正容積密度」というパラメータを用いて、窪み補正容積密度V2(0.2μm)の数値範囲、窪み補正容積密度V2(0.3μm)の数値範囲、及びこれらの大小関係の範囲を特定するものであるから、本件発明における実施可能要件の判断は、窪み補正容積密度V2(0.2μm)の数値範囲、窪み補正容積密度V2(0.3μm)の数値範囲、及びこれらの大小関係の範囲を特定する本件発明に係る金属板(蒸着マスク)を、当業者が、明細書の発明の詳細な説明及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、生産することができる程度の記載があるか否かで判断する。
イ 窪み補正容積密度に関する本件明細書の発明の詳細な説明の記載
本件明細書には、本件発明の金属板の概略的な製造方法が、特に、【0069】~【0076】に記載され、【0069】には、「圧延工程においては、母材60に接触する圧延ロール66a,66bの直径を調整することにより、金属板64の表面粗さを調整することができる。例えば、圧延ロール66a,66bの直径を小さくすることにより、金属板64の表面に存在する後述する窪みの容積を小さくすることができる。これにより、例えば、後述する窪み補正容積密度を15000μm3/mm2以下にすることができる。」との記載があり、圧延工程における圧延ロールの直径を小さくすることにより、窪み補正容積密度を小さくする方向に調整することができることが理解でき、【0070】には、圧延ロールの好ましい直径の範囲が記載されている。
そして、【0072】には、「圧延工程においては、圧延速度、すなわち母材の搬送速度を調整してもよい。なお、窪み補正容積密度をより小さくするという観点においては、圧延速度を遅くすることが好ましい。圧延速度を遅くすることにより、母材60と圧延ロール66a,66bとの間に巻き込まれる圧延オイルなどのクーラントの量を減少させることができる。これにより、金属板64の表面に形成されるオイルピットの数、面積などを減少させることができる。」との記載があり、圧延工程における圧延速度を遅くすることにより、窪み補正容積密度を小さくする方向に調整することができること、母材と圧延ロールとの間に巻き込まれる圧延オイルなどのクーラントの量を減少させることにより、金属板の表面に形成されるオイルピットの数、面積などを減少させることができること、すなわち、窪み補正容積密度を小さくする方向に調整することができることが理解でき、【0073】には、好ましい圧延速度の範囲が記載されている。
また、【0074】には、「冷間圧延工程においては、母材60と圧延ロール66a,66bとの間に灯油やニート油などのクーラントを供給してもよい。これにより、母材の温度を制御することができる。なお、窪み補正容積密度をより小さくするという観点においては、クーラントの供給量を少なくすることが好ましい。」との記載があり、冷間圧延工程において、母材と圧延ロールとの間に供給するクーラントを少なくすることにより、窪み補正容積密度を小さくする方向に調整することができること、【0075】には、「クーラントを適切に選択することによっても、金属板64の表面に形成されるオイルピットや圧延筋の数、面積などを調整することができる。例えば、クーラントとしてニート油を用いることができる。ニート油は、圧延時の粘度の上昇が生じにくいという特性を有する。このため、クーラントとしてニート油を用いることにより、母材60と圧延ロール66a,66bとの間に巻き込まれるクーラントの量を低減することができる。これにより、金属板64の表面にオイルピットが形成されることを抑制することができる。」との記載があり、クーラントを適切に選択することによって、金属板の表面に形成されるオイルピットや圧延筋の数、面積などを調整することができること、例えば、クーラントとしてニート油を用いることにより、母材と圧延ロールとの間に巻き込まれるクーラントの量を低減することができ、金属板の表面にオイルピットが形成されることを抑制することができること、すなわち、窪み補正容積密度を小さくする方向に調整することができることが理解できる。
さらに、【0076】には、「圧延ロールの表面粗さを適切に選択することによっても、金属板64の表面に形成されるオイルピットや圧延筋の数、面積などを調整することができる。例えば、圧延ロールの表面粗度Raを小さくすることにより、金属板64の表面に圧延筋が形成されることを抑制することができる。」との記載があり、圧延ロールの表面粗さを適切に選択することによって、金属板の表面に形成されるオイルピットや圧延筋の数、面積などを調整することができること、例えば、圧延ロールの表面粗度Raを小さくすることにより、金属板の表面に圧延筋が形成されることを抑制することができること、すなわち、窪み補正容積密度を小さくする方向に調整することができることが理解でき、同段落には、圧延ロールの好ましい表面粗度Raの範囲が記載されている。
ウ 上記イの記載を踏まえた実施可能要件の判断
上述のような圧延ロールの直径を小さくすることによる調整、圧延速度を遅くすることによる調整、圧延オイル等のクーラントを減少させることによる調整、クーラントとしてニート油等を用いることによる調整、圧延ロールの表面粗さを小さくすることによる調整により、窪み補正容積密度を減少させることができることが記載されているのであるから、これらの窪み補正容積密度を小さくする方向に各条件を調整することにより、本件発明に特定される「12000μm3/mm2以下の窪み補正容積密度(V2(0.2μm))を有し」、また、「6000μm3/mm2以下の窪み補正容積密度(V2(0.3μm))を有し」との条件を満たす金属板を製造することは、十分可能であるといえる。
また、本件発明の「前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))の2.16倍以上8.66倍以下である」との条件については、【0159】~【0181】に記載される本件発明の実施例において製造された第1サンプル~第10サンプルの内、本件発明における窪み補正容積密度(V2(0.2μm))及び窪み補正容積密度(V2(0.3μm))の条件を満たす第1、第2、第4~第9サンプルの内、そのほとんどである第2、第4~第9サンプルで、上記の条件を満たしていることを考慮すると、本件発明における「12000μm3/mm2以下の窪み補正容積密度(V2(0.2μm))を有し」、また、「6000μm3/mm2以下の窪み補正容積密度(V2(0.3μm))を有し」との条件を満たす調整を行えば、さらに何らかの特別な調整を要することなく、本件発明で特定される「前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))の2.16倍以上8.66倍以下である」との条件を満たすように調整することも、各窪み補正容積密度の条件を考慮しながら、製造条件を最適化していくという、製造工程を確立する上で当業者が通常行う条件設定の作業の範囲内で可能であるといえる。
加えて、本件明細書に記載される金属板の製造工程は、【0114】~【0123】に記載されるように、本件発明の窪み補正容積密度の条件を満たす金属板のみを選別する工程を備えるものであり、上述の圧延工程における各条件の調整により、本件発明の窪み補正容積密度の条件を満たす金属板「のみ」を製造しなければならないというものでもないから、本件発明の窪み補正容積密度の条件を満たす金属板を、過度の試行錯誤を行わなければ製造することができないということはない。
そうすると、本件発明の金属板を製造するのに、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤又は複雑高度な実験等をする必要があるとはいえず、当業者であれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により、本件発明(本件発明1~11)を実施することができるというべきであるから、本件明細書の詳細な説明の記載は、本件発明(本件発明1~11)についての実施可能要件を満たしているというべきである。
(3)特許異議申立書に記載の論拠に対する判断
ア 上記(1)アに対する判断
上記(1)アの理由は、要は(i)「窪み補正容積密度」は、分割出願である本件出願の原出願において規定された独自のパラメータであるから、窪み補正容積密度の制御方法は、出願時の技術常識に照らして、当業者が認識できないと評価すべきである、(ii)「窪み補正容積密度」を制御するための製造条件である圧延ロールの直径、圧延速度及び圧延ロールの表面粗度Raの好ましい数値範囲等の製造条件の数値をどのように組み合わせれば良いのか本件明細書に開示も示唆もない、(iii)特許権者が本件特許出願の審査段階での意見書で行った「本件特許発明1に係る金属板は、本件特許明細書に記載された製造条件(圧延ロールの直径、圧延速度、クーラントの供給量及び圧延ロールの表面粗度Ra)および数値範囲を満たすのみでは製造することができず、被圧延材の組成や圧延によって得られる金属板の仕様など、本件特許明細書に記載されていない種々の条件を考慮して適切な製造条件を設定することによって、初めて製造することができる」との主張を考慮すると、本件明細書には、本件発明に係る金属板を製造するために必要十分な製造条件が開示されていない、というものである。
しかしながら、(i)「窪み補正容積密度」の用語自体は、独自のものであるとしても、「窪み補正容積密度」の内容自体は、本件明細書の【0090】、【0111】~【0113】等の記載により十分理解できるものであるし、その内容は、従来よりよく知られている金属板表面に存在するオイルピットなどの凹部を対象とするものである。そうすると、用語自体が、独自のものであるから、その制御方法が、出願時の技術常識に照らして、当業者が認識できないということはない。
また、(ii)上記(2)イ及びウで述べたように、窪み補正容積密度を調整するための製造条件である圧延ロールの直径、圧延速度及び圧延ロールの表面粗度Ra等の条件は、例えば窪み補正容積密度を小さくする調整に対してそれぞれ相反するものであるとはいえず、それらの条件の組み合わせまでを開示しなければ、本件発明の金属板が製造できないということはない。
さらに、(iii)本件発明に対する実施可能要件は、まずは、本件明細書の発明の詳細な説明の記載で判断すべきであるところ、本件明細書の発明の詳細な説明の記載が本件発明に対する実施可能要件を満たしていることは上記(2)で述べたとおりである。仮に、本件特許出願の審査段階での意見書で主張されたように、窪み補正容積密度が、「被圧延材の組成や圧延によって得られる金属板の仕様」などの条件に影響されるとしても、これらの仕様を前提とした上で、圧延ロールの直径、圧延速度及び圧延ロールの表面粗度Ra等の調整を行えば、本件発明の窪み補正容積密度の条件を満たす金属板を製造することは、十分可能であるといえる。
そうすると、上記(i)~(iii)の点を考慮したとしても、本件発明に対する本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たしていないとすることはできない。
イ 上記(1)イに対する判断
本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たしているか否かは、上記(2)アで述べた判断基準により判断すべきものであるから、上記(1)イの理由は、本件明細書の発明の詳細な説明における実施可能要件の判断を左右するものではない。
念のため、上記(1)イの点を考慮したとしても、本件発明が、窪み補正容積密度V2の数値限定によって、「従来技術における表面起伏の指標を用いた場合よりも、金属板に形成される貫通孔の寸法精度との相関を高めることができる」ものであることは、後記2(3)イで述べるとおりである。
ウ 上記(1)ウに対する判断
後記3(2)で述べるように、本件発明において、「検査領域」に関する記載は、本件発明の金属板の構造を特定するパラメータである「窪み補正容積密度(V2(0.2μm))」及び「窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」を特定するためのものであり、「検査工程」を意味するものではないし、「検査領域」によって金属板の何を特定しているのか不明であるということはない。
そうすると、特に本件発明に記載された構成要件の技術的意義を物の発明の構成要件として理解することができないということはないから、上記(1)ウの点で、本件発明に対する本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たしていないとすることはできない。
(4)小括
以上のとおりであるから、申立理由1には、理由がない。
2 申立理由2(サポート要件違反)について
(1)特許異議申立書に記載の論拠
ア 「窪み補正容積密度」の制御に関する記載について
本件発明には、窪み補正容積密度V2(0.2μm)の数値範囲、窪み補正容積密度V3(0.3μm)の数値範囲、及びこれらの大小関係がそれぞれ規定されている。
一方、上記1(1)アのとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、「圧延ロールの直径、圧延速度、クーラントの供給量及び圧延ロールの表面粗度Raをどのように制御すれば、本件発明に係る金属板を製造できるか」について、開示も示唆もない。また、特許権者(出願人)の意見書における主張を参酌すると、本件明細書に記載されていない製造条件も窪み補正容積密度に影響を及ぼすと考えざるを得ない。
してみると、本件発明において規定されている窪み補正容積密度の数値範囲及び大小関係を有する金属板は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された制御方法のみでは製造することができない。
したがって、本件特許の請求項1に記載されている事項は、本件特許の発明の詳細な説明に記載された範囲を超えるものである(19頁末行~20頁13行)。
イ 本件発明の課題を解決することに関する「窪み補正容積密度」の記載について
本件発明は、「窪み補正容積密度」というパラメータを用いて、窪み補正容積密度V2(0.2μm)の数値範囲、窪み補正容積密度V2(0.3μm)の数値範囲、及びこれらの大小関係を定量的に規定することで、「従来技術における表面起伏の指標を用いた場合よりも、金属板に形成される貫通孔の寸法精度との相関を高める(本件発明の課題を解決する)」ことを技術的思想としている。
ここで、サポート要件に関しては、「特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。」と示されている(平成17年(行ケ)第10579号)。
当該判示に鑑みれば、本件発明における、窪み補正容積密度V2(0.2μm)の数値範囲、窪み補正容積密度V2(0.3μm)の数値範囲、及びこれらの大小関係の規定によって、「従来技術における表面起伏の指標を用いた場合よりも、金属板に形成される貫通孔の寸法精度との相関を高めることができる」との効果を奏し、本件発明の課題が解決できることが、本件明細書の記載を根拠として認識できる必要がある。
ここで、以下の表は、本件図面の図34の引用であり、本件発明の実施例に対応する窪み補正容積密度V2の算出結果である。
[図:0001398316000001.jpg]
実施例の算出結果における、第2サンプル、第4サンプル~第9サンプルが、本件発明1の数値範囲に属する実施例である。
本件明細書の実施例以外の部分において、本件発明の数値範囲を満たすことで本件特許の課題を解決することができる旨の開示も示唆もない点に鑑みると、本件発明によって本件発明の課題が解決できることを示すためには、上記実施例の第2サンプル、第4サンプル~第9サンプルによって「従来技術における表面起伏の指標を用いた場合よりも、金属板に形成される貫通孔の寸法精度との相関を高めることができる(本件特許の課題が解決できる)」ことが示されている必要がある。
しかしながら、本件発明の実施例には、従来技術における表面起伏の指標(算術平均粗さRa)と、金属板に形成される貫通孔の寸法精度と、の間の相関を示す比較例について、開示も示唆もない。すなわち、本件発明の実施例には、「窪み補正容積密度V2の数値範囲等を本件発明の範囲に限定することで、従来技術における表面起伏の指標を用いた場合よりも、金属板に形成される貫通孔の寸法精度との相関を高めることができる(本件特許の課題が解決できる)」ことが示されていない。したがって、上記実施例を根拠として本件発明1によって本件特許の課題が解決できるということはできない。
また、上記1(1)アにおいて説明したように、本件発明のパラメータ「窪み補正容積密度」は本件発明の独自パラメータであるため、「窪み補正容積密度」の制御方法は、技術常識に基づいて理解することができない。したがって、本件発明1は、当業者が出願時の技術常識に照らし、本件特許の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない(20頁15行~24頁2行)。
ウ 「検査領域」等の記載について
後記3(1)のとおり、本件発明1において、「検査領域(適不適や異状・不正の有無を調べる検査工程に供される領域)」及び「検査工程」によって金属板の何を特定しようとしているのか、不明であり、本件発明の「検査領域」、「前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、窪み補正容積を前記検査領域の面積で割ることによって算出され」、「前記容積は、前記複数の前記窪みの前記一部の深さをレーザー顕微鏡によって測定した結果に基づいて算出され」及び「前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm)は、前記検査領域に位置する前記複数の前記窪みの前記一部の、前記金属板の厚み方向において前記表面から0.3μm以上離れた部分の容積の総和を、前記検査領域の面積で割ることによって算出され」の技術的意義を物の発明の構成要件として理解することができない。
技術的意義が理解できない構成要件を備えた本件発明によって、本件発明の課題を解決することができるか、当然ながら不明である(25頁25行~26頁16行)。
(2)サポート要件に関する当審の判断
ア 本件発明におけるサポート要件の判断手法
特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
イ 本件発明におけるサポート要件に関する判断
(ア)本件発明の課題について
本件明細書の発明の詳細な説明には、【0006】に「本開示の実施形態は、蒸着マスクの製造に適した金属板を提供すること、及び、蒸着マスク及び蒸着マスクの製造方法を提供することを目的とする。」との記載があり、本件発明の課題は、蒸着マスクの製造に適した金属板を提供すること、及び、蒸着マスク及び蒸着マスクの製造方法を提供することであると理解できる。
(イ)本件発明の課題を解決することができることに関する発明の詳細な説明の記載について
本件明明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、【0001】には、本開示の実施形態は、蒸着マスクを製造するための金属板に関することが記載され、【0004】には、蒸着マスクとして用いられる金属板は、フォトリソグラフィー技術を用いたエッチングによって貫通孔が形成されるものであることが記載されている。
そして、【0096】の「図17は、金属板64の窪み64cに起因して、第1面20a側における貫通孔25の開口寸法の精度が低下する様子を説明するための図である。容積の大きな窪み64cが存在していた部分においては、エッチング工程の開始時点で、エッチング液が窪み64cの内部に浸入することができる。このため、容積の大きな窪み64cが存在していた部分においては、その他の部分に比べて早くエッチングが金属板64の厚み方向及び面方向に進行することができる。従って、例えば、容積の大きな窪み64cが、金属板64のうち第1レジストパターン65aの開口部の端部近傍や第2レジストパターン65bの開口部の端部近傍に存在していた場合、窪み64cが存在していた部分において、金属板64の面方向における貫通孔25の寸法が大きくなり得る。この結果、図17において符号30_1で示すように、大きな容積の窪み64cが存在していた場所においては、貫通孔25を構成する第1凹部30の、第1面20a上における寸法r3のばらつきが生じ得る。また、第1凹部30と第2凹部35とが接続される接続部41によって構成される貫通部42の寸法r2のばらつきも生じ得る。この結果、有機EL基板92上に付着する蒸着材料の寸法精度や位置精度が低下してしまうと考えられる。なお、このような開口寸法のばらつきは、第2面20b側の第2凹部35にも生じ得る。」との記載によれば、金属板に大きな容積の窪みが存在していた場合、貫通孔の開口寸法の精度が低下し、有機EL基板等に付着する蒸着材料の寸法精度や位置精度が低下してしまうことが理解できる。そして、有機EL基板等に付着する蒸着材料の寸法精度や位置精度が低下することがない金属板は、上記(ア)で述べた発明の課題の「蒸着マスクの製造に適した金属板」ということであるから、上記(ア)で述べた発明の課題を解決する金属板とは、大きな容積の窪みが存在していない金属板ということになる。
これに対し、【0111】、【0112】には、「金属板64の厚み方向において基準面RPから所定の補正距離dCだけ第2面64b側に位置する補正面CPを設定する。続いて、検査領域711に位置する窪み64cのうち金属板64の厚み方向において補正距離dCよりも第2面64b側に位置する部分の容積の総和を算出する。例えば、検査領域711に位置する窪み64cのうち補正距離dCよりも大きな深さを有する部分について、深さd(k)から補正距離dCを差し引いた値d(k)-dCを算出する。続いて、値d(k)-dCにピクセル713の面積U2を乗算する。これによって、各ピクセル713において、窪み64cのうち補正面CPよりも第2面64b側に位置する部分の容積V(k)(={(d(k)-dC)×U2}を算出する。続いて、各容積V(k)を検査領域711の全域にわたって積算する。これによって、検査領域711に位置する窪み64cのうち補正面CPよりも第2面64b側に位置する部分の容積の総和(以下、窪み補正容積とも称する)V1を算出することができる。続いて、窪み補正容積V1を、検査領域711の面積U1によって割る。これによって、単位面積当たりの窪み補正容積(以下、窪み補正容積密度とも称する)V2を算出することができる。)」との記載があり、蒸着マスクの製造に適した金属板を特定するため、窪みの容積が反映される「窪み補正容積密度」による評価を行うことが理解できる。
そして、【0115】には、「閾値TH1は、蒸着マスク20の構成要素に求められる寸法精度や、補正距離dCの設定などに基づいて適切に定められる。例えば、上述の第1凹部30のr3や貫通部42の寸法r2などの、蒸着マスク20の貫通孔25の開口寸法の誤差が±1.0μm以下であることが求められ、且つ補正距離dCが0.2μmである場合、閾値TH1を15000μm3/mm2に定めることができる。閾値TH1は、12000μm3/mm2であって・・・もよい。」との記載があり、蒸着マスク20の貫通孔25の開口寸法の誤差が±1.0μm以下、すなわち、有機EL基板等に付着する蒸着材料の寸法精度や位置精度が低下してしまうことがない「蒸着マスクの製造に適した金属板」とは、補正距離dCが0.2μmである場合、より厳しい条件として閾値TH1を12000μm3/mm2とし、この条件を満たす金属板であることが理解できる。
また、【0114】~【0122】には、窪み補正容積密度が所定の範囲にある金属板を良として判定し、それを選別することが記載されている。
さらに、【0159】~【0173】に記載される(第1検査例)において、第1~第10サンプルの金属板(【0161】)から切り出した枚葉状の金属板をエッチングして各金属板に凹部及びリブ部のパターンを形成し(【0167】)、各金属板に形成されたリブ部の幅を、レーザー顕微鏡を用いて合計25箇所で測定し、その幅の測定結果の標準偏差を3倍した値(以下、3σ(D1)とも記す)を算出した(【0168】)ところ、窪み補正容積密度V2(0.2μm)とリブ部の幅の3σ(ave)との間の相関係数R2は、0.8081である(【0173】)と共に、窪み補正容積密度V2(0.2μm)とリブ部の幅の3σ(ave)との相関を示す散布図である図33によれば、窪み補正容積密度V2(0.2μm)が12000μm3/mm2以下の範囲のサンプルから形成された金属板であれば、3σ(ave)が、小さくなっていること、すなわち、エッチング部における寸法精度の高い金属板が得られていることが理解できる。
以上によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、上記(ア)の発明の課題である蒸着マスクの製造に適した金属板を提供するには、少なくとも、窪み補正容積密度V2(0.2μm)が12000μm3/mm2以下の範囲の金属板であることが肝要であるといえる。
ウ 本件明細書の発明の詳細な説明に記載される本件発明の課題を解決することができると認識できる範囲と本件発明の対比
上記イ(イ)で述べたように、「少なくとも、窪み補正容積密度V2(0.2μm)が12000μm3/mm2以下の範囲の金属板」であれば、上記イ(ア)の本件発明の課題を解決することができることが理解できる。
一方、本件発明(本件発明1、6及び本件発明1、6をそれぞれ直接又は間接的に引用する本件発明2~5、7~11)は、上記イ(ア)の発明の課題を解決するのに必要な手段である「前記金属板は、12000μm3/mm2以下の窪み補正容積密度(V2(0.2μm))を有」するものであることを特定事項として少なくとも含んでいる。
そうすると、本件発明は、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであって、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであるといえるから、特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合するものということができる。
(3)特許異議申立書に記載の論拠に対する判断
ア 上記(1)アに対する判断
上記(2)で述べたように、本件発明がサポート要件を満たしているか否かは、上記(2)アで述べた判断手法に従って判断すべきであるから、上記(1)アの理由は、本件発明におけるサポート要件の判断を左右するものではない。
念のため、上記(1)アの点を考慮したとしても、本件発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づいて、本件発明において規定されている窪み補正容積密度の数値範囲及び大小関係を有する金属板を製造することができることは、上記1(2)及び(3)アで述べたとおりである。
イ 上記(1)イに対する判断
上記(1)イでの理由は、本件発明の課題が、「従来技術における表面起伏の指標を用いた場合よりも、金属板に形成される貫通孔の寸法精度との相関を高める」ことであることを前提としている。
しかしながら、上記(2)イ(ア)で述べたように、本件発明の課題は、蒸着マスクの製造に適した金属板を提供すること、及び、蒸着マスク及び蒸着マスクの製造方法を提供することであり、この発明の課題が本件発明の特定事項により解決されることは、上記(2)イ(イ)及び同ウで述べたとおりであるから、上記(1)イの理由は、前提において誤りがある。
仮に、本件発明の課題が、「従来技術における表面起伏の指標を用いた場合よりも、金属板に形成される貫通孔の寸法精度との相関を高める」ことであるとして、以下念のため検討する。
本件明細書の発明の詳細な説明の【0093】の「図14には、3種類の窪みが示されている。左側に位置する窪み64c_1と、中央に位置する窪み64c_2とは、同一の開口径Aを有する。窪み64c_1の壁面は、金属板に向かって凸となる形状を有する。一方、窪み64c_2の壁面は、窪み64c_1とは反対に、外方に向かって凸となる形状を有する。右側に位置する2つの窪み64c_3は、開口径A/2を有する。すなわち、2つの窪み64c_3の開口径の和が、窪み64c_1の開口径、及び窪み64c_2の開口径と同一である。3種類の窪み64c_1,64c_2,64c_3の深さはいずれもBである。
3種類の窪み64c_1,64c_2,64c_3に起因する表面粗さを測定器で測定する場合・・・3種類の窪み64c_1,64c_2,64c_3が算術平均粗さRaの測定値に及ぼす影響は同一である。
一方、図15乃至図17に示すように、金属板64をエッチングすることによって形成される貫通孔25、第1凹部30、第2凹部35、トップ部43、リブ部などの寸法は、窪み64cの深さの影響だけでなく、窪み64cの容積の影響も受ける。後述するように、本実施の形態においては、表面粗さを窪みの容積に基づいて評価する。この場合、3種類の窪み64c_1,64c_2,64c_3が後述する窪み補正容積密度に与える影響度は異なる。具体的には、窪み64c_1が窪み補正容積密度に与える影響度が最大になる。また、1つの窪み64c_2が窪み補正容積密度に与える影響度は、2つの窪み64c_3が窪み補正容積密度に与える影響度よりも小さくなる。」との記載、【0094】の「図15は、図14に示す金属板64を、第1レジストパターン65aをマスクとして第1面64a側からエッチングして第1凹部30を形成する工程を示す断面図である。左側の窪み64c_1の容積は、右側の窪み64c_2の容積よりも大きい。このため、左側の窪み64c_1が存在していた場所においては、右側の窪み64c_2が存在していた場所よりも早くエッチングが金属板64の厚み方向及び面方向に進行する。このため、左側の窪み64c_1が存在していた場所に形成される第1凹部30_1の寸法は、右側の窪み64c_2が存在していた場所に形成される第1凹部30_2の寸法よりも大きくなる。」との記載、【0097】の「上述のように、金属板64に貫通孔25を精密に形成できるか否かは、金属板64の表面に形成されている窪み64cの深さだけでなく、窪み64cの容積にも大きく依存する。一方、従来の算術平均粗さRaなどに基づく技術は、窪み64cの容積に関する情報を適切に取得することができない。このため、算術平均粗さRaを用いて金属板64の検査を行う場合、蒸着マスク20の製造に不適切な金属板64が検査に合格することを防ぐためには、合否判定の閾値を必要以上に厳しくする必要がある。この結果、金属板64の歩留まりが低下してしまうと考えられる。」との記載、及び【0098】の「本実施の形態においては、金属板64の検査を、窪み64cの容積を考慮して行うことを提案する。これにより、窪み64cに起因して生じる、蒸着マスク20の貫通孔25の寸法精度の低下の程度を、より正確に予測することができる。このため、合否判定の閾値を必要以上に厳しくすることなく、金属板64の検査を行うことができ、金属板64の歩留まりを高めることができる。」との記載等によれば、金属板に貫通孔を精密に形成できるか否かは、金属板の表面に形成されている窪みの深さだけでなく、窪みの容積にも大きく依存するところ、従来の算術平均粗さRaなどに基づく技術では、異なる容積の窪みでも深さが同じであれば算術平均粗さRaの測定値に及ぼす影響は同一となってしまうのに対し、本件発明における「窪み補正容積密度」に基づく評価では、エッチングに大きな影響を与える窪みの容積を考慮することができるのであるから、本件発明における「窪み容積密度」に基づく評価は、従来の算術平均粗さRaなどに基づく評価に比べて、エッチング後における金属板の寸法精度をより反映しているものであることは、具体的な実施例による評価がなされていないとしても、明らかな事項である。
そうすると、窪み補正容積密度(V2(0.2μm))及び窪み補正容積密度(V2(0.3μm))等の窪み補正容積密度で金属板の評価を行っている本件発明は、従来の算術平均粗さRaなどに基づく評価に比べ、よりエッチング後における金属板の寸法精度との相関を高めるという課題を達成しているといえ、上記(1)イの点で、本件発明がサポート要件を満たしていないとすることはできない。
ウ 上記(1)ウに対する判断
後記3(2)で述べるように、本件発明1において、「検査領域」に関する記載は、本件発明1の金属板の構造を特定するパラメータである「窪み補正容積密度(V2(0.2μm))」及び「窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」を特定するためのものであり、「検査工程」を意味するものではないし、「検査領域」によって金属板の何を特定しているのか不明であるということはない。
そうすると、特に本件発明に記載された構成要件の技術的意義を物の発明の構成要件として理解することができないということはないから、上記(1)ウの点で、本件発明がサポート要件を満たしていないとすることはできない。
(4)小括
以上のとおりであるから、申立理由2には、理由がない。
3 申立理由3(明確性要件違反)について
(1)特許異議申立書に記載の論拠
・「検査領域」等の記載について
本件発明は、構成要件として、「前記表面は、0.1mm2以上の面積を有する検査領域を含み、前記複数の窪みの一部が、前記検査領域に位置し、」を含む。
「検査」とは「(基準に照らして)適不適や異状・不正の有無などをしらべること」を意味する(甲第4号証)から、「検査領域」とは「(基準に照らして)適不適や異状・不正の有無を調べる検査工程に供される領域」の意である。
ここで、構成要件として規定する「前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、窪み補正容積を前記検査領域の面積で割ることによって算出され」、「前記容積は、前記複数の前記窪みの前記一部の深さをレーザー顕微鏡によって測定した結果に基づいて算出され」及び「前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm)は、前記検査領域に位置する前記複数の前記窪みの前記一部の、前記金属板の厚み方向において前記表面から0.3μm以上離れた部分の容積の総和を、前記検査領域の面積で割ることによって算出され」は、いずれも検査工程における検査内容を記載したものであるから、かかる検査工程に供される領域を特定するために「検査領域」なる文言が使用されている、と解釈すべきである。
しかしながら、本件発明の「金属板」は「物の発明」であるから、「検査領域(適不適や異状・不正の有無を調べる検査工程に供される領域)」及び「検査工程」によって金属板の何を特定しようとしているのか、全く不明であり、上記「検査領域」、「前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、窪み補正容積を前記検査領域の面積で割ることによって算出され」、「前記容積は、前記複数の前記窪みの前記一部の深さをレーザー顕微鏡によって測定した結果に基づいて算出され」及び「前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm)は、前記検査領域に位置する前記複数の前記窪みの前記一部の、前記金属板の厚み方向において前記表面から0.3μm以上離れた部分の容積の総和を、前記検査領域の面積で割ることによって算出され」の技術的意義を物の発明の構成要件として理解することができない。
したがって、本件発明は、特許を受けようとする発明が明確でない(24頁21行~25頁24行)。
(2)明確性要件違反に対する当審の判断
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術的常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるかという観点から判断されるべきである。
そして、本件発明の「検査領域」との記載を含め「前記表面は、0.1mm2以上の面積を有する検査領域を含み、前記複数の窪みの一部が、前記検査領域に位置し」、「前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、窪み補正容積を前記検査領域の面積で割ることによって算出され」、「前記容積は、前記複数の前記窪みの前記一部の深さをレーザー顕微鏡によって測定した結果に基づいて算出され」、「前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm)は、前記検査領域に位置する前記複数の前記窪みの前記一部の、前記金属板の厚み方向において前記表面から0.3μm以上離れた部分の容積の総和を、前記検査領域の面積で割ることによって算出され」との記載は、いずれも、本件発明の金属板の構造を特定するパラメータである「窪み補正容積密度(V2(0.2μm))」及び「窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」を特定するためのものであり、「検査工程」を意味するものではないし、「検査領域」によって金属板の何を特定しているのか不明であるということはない。
そうすると、本件発明1の上記の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるということはない。
(3)小括
以上のとおりであるから、申立理由3には、理由がない。
第5 むすび
上記第4で検討したとおり、本件特許1~11は、特許法第36条第4項第1号又は第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということはできず、同法第113条第4号に該当するものではないから、上記第3に記載の申立理由では、本件特許1~11を取り消すことはできない。
また、他に本件特許1~11を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-700213