特許異議申立
2022-700877
感染症検査方法
- 審判番号
- 2022-700877
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2021-568917
- 登録番号
- 7031957
- 請求日
- 2022年09月07日
- 審決日
- 2024年02月15日
- 公報発行日
- 2024年05月31日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】株式会社島津製作所
- 【権利者代理人】阿久津 好二
- 【権利者代理人】妹尾 明展
- 【権利者代理人】岸本 雅之
- 【権利者代理人】江口 裕之
- 【異議申立人】田中 眞喜子
- 審判長/審判官
- 審判長 長井 啓子
- 審判官 鶴 剛史
- 審判官 福井 悟
- 分類
- P1651.113-YAA(C12Q) / P1651.121-YAA(C12Q) / P1651.841-YAA(C12Q) / P1651.851-YAA(C12Q) / P1651.854-YAA(C12Q)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項、特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7031957号発明「感染症検査方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7031957号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~5〕について訂正することを認める。
特許第7031957号の請求項1~7に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯及び証拠方法
1 手続の経緯
特許第7031957号(請求項の数7。以下、「本件特許」ということがある。)は、令和 3年 6月18日(優先権主張:令和 3年 3月25日)を国際出願日とする特許出願(特願2021-568917号)に係るものであって、令和 4年 2月28日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は、令和 4年 3月 8日である。)。
その後、令和 4年 9月 7日に、本件特許の請求項1~7に係る特許に対して、特許異議申立人 田中眞喜子(以下、「申立人」という。)より、特許異議の申立てがなされた。
手続の経緯は以下のとおりである。
令和 4年 9月 7日提出 特許異議申立書
令和 4年12月13日付け 取消理由通知書
令和 5年 2月17日付け 意見書(特許権者)
令和 5年 3月29日提出 上申書(申立人)
令和 5年 5月 9日付け 取消理由通知書(決定の予告)
令和 5年 7月11日付け 訂正請求書、意見書(特許権者)
令和 5年 9月21日提出 意見書(申立人)
なお、本件申立てに係る審理においては、請求項1~7、すなわち、全請求項を審理対象とし、審理対象でない請求項は存しない。
2 証拠方法
申立人が、異議申立書に添付した証拠方法は、以下のとおりである。
・甲第1号証:Science of the Total Environment,2021年3月13日,Vol.779,146408,p.1-7
・甲第2号証:ビルと環境,2021年3月1日発行,172号,p.49-55
・甲第3号証:宮城県保健環境センター年報,第35号,2017年,p.50-54
・甲第4号証:モダンメディア 52巻6号 2006[水中の健康関連微生物シリーズ],p.185-190
・甲第5号証:特開2002-304474号公報(以下、「甲第1号証」~「甲第5号証」を、それぞれ「甲1」~「甲5」という。)
第2 訂正の適否
令和 5年 7月11日付けの訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の請求は、特許請求の範囲を、上記の訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおりに訂正することを求めるものであり、その内容は、以下のとおりのものである。下線は、訂正箇所を示す。
1 訂正の内容
特許請求の範囲の請求項1に「採取期間中における当該下水から試料を採取する採取工程」とあるのを「前記下水中に採取期間だけ継続して採取手段を配置し、前記採取期間経過後に前記採取手段を回収することにより、前記採取期間中における当該下水から試料を採取する採取工程」に訂正する。(請求項1の記載を直接的に引用する請求項2~5も同様に訂正する。)
2 一群の請求項について
本件訂正前の請求項2~5は、本件訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用する関係にあり、訂正事項1によって記載が、訂正される本件訂正前の請求項1に連動して訂正されるから、本件訂正前の請求項1~5は、一群の請求項に該当するものである。
3 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
上記訂正事項は、本件特許の設定登録時の願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。)の【0008】及び【0027】の記載に基づき、本件訂正前の請求項1に記載されていた「採取期間中における当該下水から試料を採取する採取工程」を、「前記下水中に採取期間だけ継続して採取手段を配置し、前記採取期間経過後に前記採取手段を回収する」ものに限定するものであるから、当該訂正事項は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものともいえない。
4 独立特許要件
本件特許異議の申立ては、訂正前の全ての請求項に対してされているので、訂正を認める要件として、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件は課されない。
5 まとめ
以上のとおり、本件訂正請求による訂正事項は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とするものであり、同法同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合している。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおりに訂正することを認める。
第3 本件発明
上記のとおり本件訂正は適法なので、訂正後の本件の請求項1~7に係る発明(以下、「本件発明1」~「本件発明7」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1~7に記載された、以下の事項によって特定されるとおりものである。
「【請求項1】
施設から排出される下水が公共の下水管に流入するまでの経路において、前記下水中に採取期間だけ継続して採取手段を配置し、前記採取期間経過後に前記採取手段を回収することにより、前記採取期間中における当該下水から試料を採取する採取工程と
当該試料を分析して、当該試料中における感染性病原体の存在に関する情報を得る分析工程と、
前記情報を前記採取期間と共に前記施設に通知をする通知工程と、を含み、
当該通知された情報と前記採取期間は、少なくとも前記採取期間内における前記施設の滞在者中に前記感染性病原体の感染者が存在する可能性を示す、
感染症検査方法。
【請求項2】
前記採取工程は、
当該施設の下水の内、施設のトイレからの排水が流入する汚水桝から試料を採取することを特徴とする、請求項1記載の感染症検査方法。
【請求項3】
前記採取工程に先立って、前記施設の下水の内、前記試料を採取すべき場所及び/又は前記試料を採取する前記採取期間を特定する採取計画工程を更に含むことを特徴とする、
請求項1記載の感染症検査方法。
【請求項4】
前記採取工程は、前記施設の下水中に、試料採取用の吸収体を留置した後に回収し、前記吸収体に保持された物質を前記試料として回収することを特徴とする、請求項1記載の感染症検査方法。
【請求項5】
前記情報が、少なくとも前記採取期間内における前記施設の滞在者中に前記感染性病原体の感染者が存在する可能性があることを示していた場合に、前記採取期間内における前記施設の滞在者の少なくとも一部に対して、前記感染性病原体に対する感染の有無を検査する工程を更に実行することを特徴とする、請求項1記載の感染症検査方法。
【請求項6】
施設から排出される下水が公共の下水管に流入するまでの経路において、採取期間中における当該下水から採取された試料について、前記採取期間と前記試料を特定する情報とを対応付けて記憶する採取結果データベースと、
前記試料を分析して得た、当該試料中における感染性病原体の存在に関する情報を、前記試料を特定する情報と共に記憶する分析結果データベースと、
前記施設における滞在者を特定する情報を、当該滞在者が前記施設に滞在した期間と共に記録する滞在者データベースと、
前記各データベースにアクセス可能なコンピュータプログラムと、を備え、
前記コンピュータプログラムが、
前記試料中における感染性病原体の存在に関する情報が、少なくとも前記採取期間内における前記施設の滞在者中に前記感染性病原体の感染者が存在する可能性があることを示していた場合に、前記各データベースに記憶されたデータに基づいて、前記採取期間と前記滞在者が前記施設に滞在した期間とが重複する前記滞在者のリストを抽出するステップを実行可能である、
感染症管理システム。
【請求項7】
前記施設を特定する情報を格納する施設データベースをさらに備え、
前記施設を特定する情報は、ログインIDとパスワードを含み、
前記コンピュータプログラムは、前記ログインIDと前記パスワードの入力を受け付ける入力受付手段と、当該ログインIDとパスワードを認証する手段と、当該認証されたログインIDに対応する前記施設についての、前記試料中における感染性病原体の存在に関する情報及び前記滞在者のリストを表示する表示手段とを備える、
請求項6記載の感染症管理システム。」
第4 異議申立ての取消理由及び当審が通知した取消理由
1.異議申立ての取消理由の概要
申立人が、異議申立書に記載した取消理由(以下、「申立理由」という。)は、以下の通りである。
理由1.(新規性)
本件特許の訂正前の請求項1~3、5に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物である甲1、2に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するから、それらの発明に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである(以下、「申立理由1」という。)。
理由2.(進歩性)
本件特許の訂正前の請求項1~7に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲1、2に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである(以下、「申立理由2」という。)。
2.当審が通知した取消理由の概要
当審が通知した取消理由(以下、「取消理由」という。)の概要は、以下のとおりである。
(1)令和4年12月13日付け取消理由通知書
理由1.(新規性)
本件特許の訂正前の請求項1~3、5に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において頒布された甲1又は甲2に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである(以下、「取消理由1」という。)。
理由2.(進歩性)
本件特許の訂正前の請求項1~3、5に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において頒布された甲1又は甲2に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、同請求項4に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において頒布された甲1又は甲2、及び甲4に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、同請求項6、7に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において頒布された甲1及び当審で引用した下記の引用文献Aに記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである(以下、「取消理由2」という。)。
・引用文献A:特開2015-143924号公報
(2)令和5年5月9日付け取消理由通知書<決定の予告>
理由1.(新規性)は、令和4年12月13日付け取消理由通知書と同じである。
理由2.(進歩性)は、令和4年12月13日付け取消理由通知書の請求項1~5に係る発明に対するものと同じである。
第5 当審の判断
本件発明1~7に係る特許は、以下で述べるように、当審が通知した上記の取消理由通知書に記載した取消理由1、2及び申立理由1、2によっては、取り消すことができない、と判断する。
1 取消理由1、2(本件発明1~5に対する甲1を主引用例とした新規性、進歩性の欠如)
(1)甲1の記載事項
甲1には、以下の記載がある。英語で記載されているため、当審による翻訳文で示す。下線は当審による。
(ア)(第1頁 要約)
「廃水ベースの疫学調査は、COVID-19の存在をコミュニティで判断するための早期警告ツールとして期待されている。アリゾナ大学(UArizona)では、秋に学生がキャンパスに戻ってきたときに、コミュニティのSARS-CoV-2をほぼリアルタイムで監視するために、WBE(合議体注:廃水ベースの疫学調査Wastewater-based epidemiologyの略称である。)と臨床検査の組み合わせをサーベイランスツールとして使用した。廃水中でのウイルスRNA陽性により、選別された臨床検査の実施、ウイルスの特定、3人の感染者(有症者1人、無症状者2人)の隔離を通じて、感染を防ぐことができた。このケーススタディは、COVID-19の予防と対応にリソースを効率的に活用するためのツールとして、WBEの価値を実証した。そこで、秋学期の間、13の寮でWBEと標的臨床試験をさらに実施した(表3)。合計91の排水サンプルからSARS-CoV-2 RNAが検出され、寮に住む住民の間で少なくとも1件の新たな感染者(臨床検査陽性)が報告されることを早期に警告することに成功した。全体として、WBEはCOVID-19の新しい症例に対して、陽性予測値82.0%、陰性予測値88.9%と、正確な診断法であることが証明された。休日に関連した活動後に、排水サンプルと臨床検査が陽性となるケースが増加することが確認された。」
(イ)(第2頁左欄1~35行)
「1.はじめに
2021年2月現在、世界保健機関(WHO)に報告されている新型コロナウイルス感染症COVID-19の確定症例は、世界で1億人を超えている(WHO(World Health Organization),2020)。COVID-19の原因物質である重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染した人は、曝露後2~14日で発熱、咳、息切れが生じ、その後、体液中に高いウイルス排出が見られる(ロングら、2020年)。COVID-19の無症状または軽症例によるウイルス排出も一般的であり(Gao et al.,2020)、COVID-19の感染性と世界における負担に影響を及ぼしている。特に、SARS-CoV-2の無症状感染は、接触追跡の取り組みに困難であるが(Peirlinckら、2020)、前症状感染は接触追跡の取り組みが行われている(Heら、2020; Kimballら、2020; Yuら、2020)。その結果、廃水ベースの疫学調査(WBE)などの感染症監視は、新興感染症への対応を提供するが、COVID-19の封じ込めは依然として大きな課題である(Daughton,2020; Knoll et al,2020; Wee et al,2020)。当初はポリオウイルスの再興を検出するために実施されたが(Hoviet al.,2001; Manor et al., 1999)、WBEは下水中のSARS-CoV-2の濃度を利用し、集団レベルのCOVID-19症例をモニタリングが行われている(Bivins et al.,2020; Daughton,2018; Sinclair et al.,2008)。
現在、WBEは公衆衛生の決定を支援する有望な先行指標である(Bivinsら、2020;Medemaら、2020a)。ここでは、WBEは、アリゾナ大学(UArizona)の学生寮(以降、寮A)におけるCOVID-19の存在を検出し、2020年秋学期の学生のキャンパスへの再入場後に起こりうる疾患の発生を抑制する戦略の基礎として使用された。排水サンプルからウイルスRNAが検出されると、寮に住むすべての人に臨床検査が実施された。また、学期半ばから大学コミュニティに導入された介入策、すなわち学生への「避難命令」の効果を評価するために、廃水検査を実施した。」
(ウ)(第2頁左欄36行~右欄25行)
「2. 材料と方法
2.1. 排水のサンプリング
2020年3月13日、コロナウイルスパンデミックの発生を受け、アリゾナ大学は学生および従業員にリモート勤務を勧告した。夏の間、アリゾナ大学の管理部門は、学生の安全な帰還に備えるため、タスクフォースとキャンパス再入場ワーキンググループを立ち上げた。COVID-19の臨床検査(体温測定と健康チェック)、接触追跡、ヘルスケアとガイダンス、隔離、データプラットフォームとコミュニケーション、WBEからなる7つの専門家チームが作られた。学生寮における感染症の早期発見には、臨床検査にWBEを併用することが重要であると考えられた。
WBE専門家チームは、1)各寮には既知の集団がいる、2)寮生はキャンパスの健康状態全体を表す、3)排水サンプルは個々の建物から収集できる、4)排水が陽性となった場合、実行可能な公衆衛生対応を開始できる、という理由から、寮内の特定コミュニティの監視がCOVID-19の新しい症例を特定する効果的な手段になると仮定した。排水サンプルは、他の下水道管と合流または混合する前に、各寮の下流にある下水道マンホールから収集され、その結果、明確なコミュニティを持つ個々の建物に固有のサンプルが得ることができた。
排水サンプルは、他の下水道管からの集合や混合がない状態で、寮Aのマンホールから採取された。サンプル(1L)は、ポール/ディッパーを使用し、滅菌ナルゲンボトルを満杯になるまで流れる廃水に沈めてマンホールから採取した。サンプルは、学生が寮に引っ越してきた週の8月18日と20日の午前8時に採取された。8月25日から31日まで、授業が始まる最初の週に排水中のSARS-CoV-2 RNAをモニターするために、毎日サンプルを収集した。8月26日には、サンプル採取中のサンプルのばらつきを調べるため、トイレの使用量が最大となるピークフローが発生する午前8時30分から8時50分の間に5つのサンプルが5分間隔で採取された。8月27日には、朝(9時30分)と午後(13時15分)の2回、寮Aからサンプルを採取し、異なる時間帯でのウイルスの有無を確認した。
また、秋学期(2020年8月24日~11月20日)中、13の寮をモニターするために、下水道マンホールから週2回、排水サンプルを採取した。各排水サンプルは、個々の寮に固有のマンホールから採取されたため、すべての排水サンプルは、各寮に住む限られたコミュニティに固有のものであった。また、ゲストや寮生以外の従業員が廃水に寄与している可能性もあるが、早朝にこのようなことが起こる可能性は低い。すべてのサンプルは、氷を入れたクーラーで実験室に運ばれ、直ちに処理された。」
(エ)(第3頁左欄1~17行)
「2.3. ウイルスの検出と定量
SARS-CoV-2とHCoV229Eの核酸は、QIAGEN QIAmp Viral Mini Kit (Qiagen,Valencia,CA)を用いて最終濃縮サンプル量(0.2mL)から抽出し、RNA溶出には 2×40μL Buffer AVE を使用した。SuperScript IVFirst-Strand Synthesis reverse transcription kit(Invitrogen,Carlsbad,CA)を用い、製造元の指示に従いランダムヘキサマーを用いて、抽出したRNAからcDNA合成を行った。サンプルは、Integrated DNA Technologies(IDT,Coralville,IA)で製造された研究用(RUO)のRT-PCRアッセイを使用してSARS-CoV-2をアッセイした。RUOキットは、疾病管理予防センターによって開発されたヌクレオカプシド遺伝子N1およびN2に対するすべての公表されたアッセイを含んでいる(表S1)。同様に、サンプルは、臨床サンプルにおけるこのウイルスの迅速な検出および定量のために以前に開発されたリアルタイム定量的逆転写酵素PCR(RT-qPCR)アッセイを用いてHCoV229Eについてアッセイされた(Vijgenら、2005年)。」
(オ)(第3頁右欄9~47行)
「2.4. 臨床検査と公衆衛生プロトコル
・・・
寮に住んでいる間、個人は2つのルート(キャンパスヘルスサービス(CHS)とテストオールテストスマート(TATS))で臨床検査の対象となった。CHS検査は、症状があり、臨床検査と診断のために保健サービス棟に報告された個人に対してのみ実施された。TATS検査は、排水からSARS-CoV-2が検出され、寮生に感染が広がっていると考えられる場合、寮生全員を対象に実施された。ただし、同日中にすでにCHSに検査報告をしている者、または隔離から復帰して症状がなくなったことを証明できる者は、TATS検査の対象から除外された。要するに、CHSは症状のある人を検査し、TATSは無症状またはまだ症状を報告していない人を検査した。CHSとTATSはともに、前鼻腔スワブサンプルを抗原および/またはPCR検査に使用した。」
(カ)(第3頁右欄57行~第4頁21行)
「廃水サンプルからウイルスRNAが検出されたため、寮に住む住民を対象に臨床検査を実施した。アリゾナ大学では、前鼻腔スワブによる抗原検査(1時間のターンアラウンド)とRT-PCRの2種類の臨床検査が、学期中CHSやTATSを通じて実施された。
排水中のSARS-CoV-2 RNAの基本調査は、秋学期前に、一部の学生がすでに秋学期に戻った2020年8月18日から20日にかけて、複数の寮の排水サンプル採取により実施された。これらのサンプルからは、SARS-CoV-2 RNAは検出されなかった。陰性結果は、すべての学生が入寮前に陰性と判定されるという要件に対応するものであった。8月24日の授業開始の3日前、8月21日に最も多くの学生が学内の寮に入居した(図1)。8月25日、寮Aからの排水がSARS-CoV-2 N1遺伝子(1.61×105 copies/L)が陽性であった(表1)。この陽性サンプルをきっかけに、緊急タスクフォース会議が開かれ、寮Aの居住者を対象とした排水の追加サンプリングと臨床検査が実施された(図1)。
翌日(2020年8月26日)、午前8時30分から8時50分の間、5分おきに5つの排水サンプルが採取された。重要なことは、採取期間中に推定1000ガロンの排水が下水道を流れたにもかかわらず、5つのサンプルすべてからほぼ同じSARS-CoV-2濃度が検出されたことである(表1)。このことから、寮に住む住民を代表する排水サンプルにSARS-CoV-2が検出されたことが確認された。」
(キ)図1、表1
「
[図:0001410180000001.jpg]
[図:0001410180000002.jpg]
」
(ク)(第5頁右欄15~26行)
「4. 結論
WBEの活用と標的臨床試験の組み合わせ戦略は、COVID-19の封じ込めに重要であった。WBE戦略により、少なくとも3人の学生からの感染の可能性を回避することができた。その結果、大学は開校を維持し、学生のための限定的な対面授業を行うことができた。本研究で得られたデータは,レイバーデー後に急増した症例に代表される学生の集まりが,COVID-19の発生を増加させた可能性を示すかもしれない。本研究の結果は,WBEが、COVID-19の感染に介入し,最終的に生命を救うために,診断および感染予防の実践と同時に使用することができる重要なツールであることを立証するものであることに注目すべきである。」
(2)甲1発明の認定
上記記載事項1(1)(ア)、(ウ)、(カ)、(キ)によれば、甲1には、秋学期(2020年8月24日~11月20日)中、13の寮におけるCOVID-19の原因物質である重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV-2)のモニターのため、他の下水道管と合流または混合する前に、各寮の下流にある下水道マンホールから排水サンプルを収集したことが記載されている。
上記記載事項1(1)(エ)、(カ)によれば、甲1には、当該ウイルスの迅速な検出および定量のために、収集したサンプルを、RT-PCRアッセイを用いてアッセイしたことが記載されている。
上記記載事項1(1)(ア)、(イ)、(カ)によれば、甲1には、排水サンプルからの当該ウイルスRNA検出をきっかけに臨床検査を実施する、廃水ベースの疫学調査(WBE)などの感染症監視は、学生寮におけるCOVID-19の存在を早期に検出し、疾患の発生を抑制する戦略の基礎となることが記載されている。
以上の記載事項からすると、甲1には、以下の発明が記載されていると認められる。
「13の寮におけるCOVID-19の原因物質である重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV-2)をモニターするために、他の下水道管と合流または混合する前に、各寮の下流にある下水道マンホールから排水サンプルを収集し、当該ウイルスの迅速な検出および定量のために当該排水サンプルをRT-PCRアッセイを用いてアッセイして、当該サンプルからSARS-CoV-2 RNAが検出された場合には、臨床検査を実施する、学生寮におけるCOVID-19の存在を早期に検出し、疾患の発生を抑制する感染症監視方法。」(以下、「甲1発明1」という。)
「他の下水道管と合流または混合する前に、各寮の下流にある下水道マンホールから収集した排水サンプル、当該排水サンプルをRT-PCRアッセイを用いてアッセイして得られたウイルスの検出および定量結果、寮全員を対象にした臨床検査の実施結果を用いた、学生寮におけるCOVID-19の存在を検出し、疾患の発生を抑制する感染症監視システム。」(以下、「甲1発明2」という。)
(3)本件発明1と甲1発明1の対比・判断
ア.本件発明1と甲1発明1の対比
本件発明1と甲1発明1とを対比すると、
甲1発明1における「寮」は、本件明細書の段落【0008】に「『施設』とは、介護施設、病院、学校、企業等の、主たる滞在者(従業員や入居者、来訪者等)を特定可能な建屋を言い、棟の単一複数を問わない」と記載されていることから、本件発明1における「施設」に相当する。
甲1発明1における「当該ウイルスの迅速な検出および定量のために当該排水サンプルをRT-PCRアッセイを用いてアッセイして、当該サンプルからSARS-CoV-2 RNAが検出」する工程は、本件発明1における「当該試料を分析して、当該試料中における感染性病原体の存在に関する情報を得る分析工程」に相当する。
また、本件明細書の段落【0006】によると、本件発明1における「感染症検査方法」は、施設の滞在者(従業員や入居者、来訪者等、施設に居住する者(居住者)、施設に宿泊する者(宿泊者)、施設を日中のみ利用する者(利用者))に対して定期的なPCR検査を実施することなく、滞在者の感染可能性を判定する検査方法であるから、甲1発明の「排水サンプル」による「SARS-CoV-2 RNA」の「検出」と「臨床検査」の「実施」結果を用いる「学生寮におけるCOVID-19の存在を早期に検出し、疾患の発生を抑制する感染症監視方法」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲1発明1は、
「施設から排出される下水が公共の下水管に流入するまでの経路において、
当該下水から試料を採取する採取工程と、
当該試料を分析して、当該試料中における感染性病原体の存在に関する情報を得る分析工程と、を含む感染症検査方法。」で一致し、以下の点で相違する。
(相違点1)
本件発明1は、「採取工程」が、「下水中に採取期間だけ継続して採取手段を配置し、前記採取期間経過後に前記採取手段を回収することにより、当該採取期間中に試料を採取」するものであって、当該「採取期間」は、「通知された情報(試料中における感染性病原体の存在に関する情報)」と併せて、「少なくとも前記採取期間内における前記施設の滞在者中に前記感染性病原体の感染者が存在する可能性を示す」ものであり、当該「採取期間」と当該「情報」が「通知工程」で「施設に通知」されるのに対して、
甲1発明1は、「排水サンプルを収集」する工程(採取工程)において「採取期間」の特定がなく、その結果、本件発明1の「前記情報を前記採取期間と共に前記施設に通知をする通知工程」及び「当該通知された情報と前記採取期間は、少なくとも採取期間内における前記施設の滞在者中に前記感染性病原体の感染者が存在する可能性を示す」という発明特定事項を有さない点
イ.相違点の検討
相違点1について検討する。
甲1には、排水の採取方法として、「サンプル(1L)は、ポール/ディッパーを使用し、滅菌ナルゲンボトルを満杯になるまで流れる廃水に沈めてマンホールから採取した」との記載があり(上記記載事項(ウ))、排水サンプルの採取期間に関するものとして、「8月25日から31日まで、授業が始まる最初の週に排水中のSARS-CoV-2 RNAをモニターするために、毎日サンプルを収集した。8月26日には、サンプル採取中のサンプルのばらつきを調べるため、トイレの使用量が最大となるピークフローが発生する午前8時30分から8時50分の間に5つのサンプルが5分間隔で採取された。8月27日には、朝(9時30分)と午後(13時15分)の2回、寮Aからサンプルを採取し、異なる時間帯でのウイルスの有無を確認した。」、「秋学期(2020年8月24日~11月20日)中、13の寮をモニターするために、下水道マンホールから週2回、排水サンプルを採取した。」との記載、8月18、20、25~31日の採取時間についての記載がある(上記記載事項(ウ)、(キ))。
上記記載から、甲1には、午前8時30分から8時50分の間の5分間隔、朝(9時30分)、午後(13時15分)等の時間に滅菌ナルゲンボトル(採取手段)を用いて排水サンプル(試料)を採取したことが記載されていると認められる。
しかし、甲1には、滅菌ナルゲンボトルを下水中に継続して配置する期間、すなわち、本件発明1の「採取期間」に関する記載がないので、甲1の記載より、「採取期間」と排水サンプルからSARS-CoV-2 RNAを検出した結果(試料中における感染性病原体の存在に関する情報)が、「採取期間」内における学生寮(施設)の滞在者中にSARS-CoV-2(感染性病原体)の感染者が存在する可能性を示すことを、当業者が導き出せるとはいえない。
よって、相違点1として挙げた本件発明1の発明特定事項は、甲1に記載されたものとも、甲1の記載より当業者が容易に想到し得たものともいえない。
また、甲2~5の記載を参照しても、相違点1として挙げた本件発明1の発明特定事項を当業者に動機付ける記載は見当たらない。
したがって、本件発明1は、甲1発明1、すなわち甲1に記載された発明ではなく、また、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)申立人の意見について
申立人は、令和 5年 9月21日付け意見書において、「甲1発明においても『採取期間』は必ず存在する」、「本件訂正特許発明では『採取期間』がどの程度の時間であるかについては何ら規定されていないのであるから、時間が短くても長くても「採取期間」であることに変わりはない」と主張している。
しかしながら、請求項1の記載によると、本件発明1の「採取期間」は、下水中に採取手段を継続して配置する期間であるところ、甲1に記載された午前8時30分から8時50分の間の5分間隔、朝(9時30分)、午後(13時15分)等の時間は、滅菌ナルゲンボトルによる採取を行った時間を記載したものに過ぎず、滅菌ナルゲンボトルを継続して配置した期間、すなわち、本件発明1の「採取期間」に当たらないので、本件発明1の「採取期間」が甲1に記載されているとはいえない。そして、甲1に、本件発明1の「採取期間」の記載がない以上、甲1の記載より、「採取期間」と試料中における感染性病原体の存在に関する情報が、「採取期間」内における施設の滞在者中に感染性病原体の感染者が存在する可能性を示すことを、当業者が導き出せるとはいえない。
ここで、念のため、滅菌ナルゲンボトルを沈め始めてから満杯になるまでのごく短い時間が本件発明1の「採取期間」に相当すると解釈した場合についても検討してみると、甲1には、当該「採取期間」内における施設の滞在者、即ち、滅菌ナルゲンボトルを沈め始めてから満杯になるまでの間に施設に滞在した者を特定することについて、記載も示唆もない。したがって、上記のように解釈しても、甲1の記載に接した当業者にとって、採取の「期間」に着目し、「採取期間」とその期間の「施設の滞在者」とを紐付けて「採取期間内における施設の滞在者」を特定し、「感染性病原体の感染者が存在する可能性」を当該「採取期間内における施設の滞在者」と対応付けようとする動機付けがあるとはいえない。
よって、申立人の上記主張は採用できない。
また、申立人は、上記意見書において、本件発明1は、滅菌ナルゲンボトルを採取手段とした場合に「採取期間」の概念がないと判断する場合には実施可能要件及びサポート要件を欠くこと、及び「採取期間」が如何なる期間のことを意味するのか明確に理解できないから、明確性要件を欠くことを主張している。
しかしながら、上述したとおり、本件発明1における「採取期間」は、下水中に採取手段を継続して配置する期間であり、滅菌ナルゲンボトルを採取手段とした場合であっても変わりないから、当該「採取期間」は当業者が明確に理解できるものであり、このことで本件発明1が明確性要件、実施可能要件及びサポート要件を欠くものになるとはいえない。
したがって、申立人の上記主張についても採用できない。
(5)本件発明2~5の新規性、進歩性の検討
本件発明2~5は、本件発明1を直接的に引用するものであるから、本件発明1と同様の理由により、甲1発明1、すなわち甲1に記載された発明ではなく、また、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(6)小括
以上のとおりであるから、本件発明1~5に対する甲1を主引用例とした取消理由1、2は理由がない。
2 取消理由1、2(本件発明1~5に対する甲2を主引用例とした新規性及び進歩性の欠如)
(1)甲2の記載事項
甲2には、以下の記載がある。下線は当審による。
(ア)(第49頁左欄第16~24行)
「COVID-19の病因である新型コロナウイルス(SARS-CoV-2,severe acute respiratory syndrome coronavirus-2)の主な伝播経路はヒト-ヒト間での飛沫感染や接触感染であり、気道や肺などの呼吸器が主な感染部位である。ところが、SARS-CoV-2は呼吸器のみならず腸管でも増殖し、不顕性感染者を含むCOVID-19患者の糞便中にウイルスが排出される。そのため、下水中には複数の感染者から排出されたSARS-CoV-2が集積すると考えられている。」
(イ)(第51頁左欄第4~24行)
「4.下水中のSARS-CoV-2の濃縮および検出方法
COVID-19の下水疫学調査においては、基本的には、PCR(遺伝子検査)により下水中の新型コロナウイルスの核酸を検出するが、糞便中に排出された新型コロナウイルスは下水中で希釈されるため、その検出のためには濃縮操作が必須となる。下水中のウイルス濃縮法として、これまでノロウイルス等の腸管系ウイルスに対して多くの手法が開発されてきており、ウイルス粒子が水中で主に負に帯電していることを利用して陽・陰電荷膜への吸着により濃縮する方法や、限外ろ膜法、超遠心法、ポリエチレングリコール沈殿法等が開発されている。」
(ウ)(第53頁左欄第18行~右欄第24行)
「7.施設・建物単位の下水疫学調査
下水疫学調査の方法論は、下水処理場における都市下水の調査だけなく、病院や高齢者施設や寮などの施設・建物単位での感染者の存在状況の把握にも適用可能である。施設・建物単位の下水疫学調査を実装するにあたって、実証事例が不可欠である。そこで著者らの研究グループでは、感染者が存在する施設においては下水から確実にSARS-CoV-2が検出可能であることを証明することを目的として、COVID-19軽症者等宿泊施設の下水を対象とした実証調査を実施した。この施設の下水はCOVID-19感染症患者由来の汚水・生活排水が大半を占めるため、上記の目的を比較的容易に達成できることが期待される。調査の結果、COVID-19軽症者等宿泊施設の未処理下水からは高濃度でSARS-CoV-2 RNAが検出され、感染者が多数存在する施設の下水からは確実に定量検出が可能であることを実証した。
著者らの研究グループでは現在、COVID-19軽症者等宿泊療養施設だけではなく、医療・介護施設等においても下水疫学調査の実証試験を進めている。施設・建物の下水中のSARS-CoV-2を高頻度かつ継続的にモニタリングし、SARS-CoV-2が検出された場合には速やかに対象施設の入居者に対してPCR検査を実施し感染者の早期特定・隔離等の対策を講じることで、施設内でのクラスター発生の防止に貢献できると期待される。実際に、欧米においては、大学の寮や高齢者施設等において下水調査により感染者の早期発見と感染拡大防止に成功した事例も報告されている。著者らは、施設・建物単位の下水疫学調査を実施し、施設におけるCOVID-19感染者の存在状況の把握と感染拡大防止に貢献することを目指している。」
(2)甲2発明の認定
上記記載事項2(1)(イ)、(ウ)によれば、甲2には、COVID-19軽症者等宿泊施設の下水を対象とした感染者の存在状況の把握のためにPCR(遺伝子検査)により下水中の新型コロナウイルスの核酸を検出し、下水疫学調査を実施したこと、当該調査の結果、COVID-19軽症者等宿泊施設の未処理下水からは高濃度でCOVID-19の病因である新型コロナウイルスSARS-CoV-2のRNAが検出され、感染者が多数存在する施設の下水からは確実に定量検出が可能であることが記載され、これらの結果より、施設・建物の下水中のSARS-CoV-2を高頻度かつ継続的にモニタリングし、SARS-CoV-2が検出された場合には速やかに対象施設の入居者に対してPCR検査を実施し感染者の早期特定・隔離等の対策を講じることで、施設内でのクラスター発生の防止に貢献できることが記載されている。
以上の記載事項からすると、甲2には、以下の発明が記載されていると認められる。
「施設・建物の下水中のSARS-CoV-2(COVID-19の病因である新型コロナウイルス)を、PCR(遺伝子検査)により高頻度かつ継続的にモニタリングし、SARS-CoV-2が検出された場合には速やかに対象施設の入居者に対してPCR検査を実施して、感染者の早期特定・隔離等の対策を講じる方法。」(以下、「甲2発明」という。)
(3)本件発明1と甲2発明の対比・判断
ア.本件発明1と甲2発明との対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明における「施設・建物の下水」は、当該施設・建物ごとに排出される下水であり、他の施設・建物からの排水と混合する前に採取される下水であることから、本件特許発明1の「公共の下水管に流入するまでの経路において」採取される「下水」に相当する。
また、甲2発明の「下水中のSARS-CoV-2(COVID-19の病因である新型コロナウイルス)を、PCR(遺伝子検査)により高頻度かつ継続的にモニタリング」が、下水から試料を採取する工程を含むことは自明であり、甲2発明の「PCR(遺伝子検査)」は、本件発明1の「試料中における感染性病原体の存在に関する情報を得る」ものである「分析」に該当する。
さらに、本件特許明細書の段落【0006】によると、本件特許発明1における「感染症検査方法」は、施設の滞在者(従業員や入居者、来訪者等、施設に居住する者(居住者)、施設に宿泊する者(宿泊者)施設を日中のみ利用する者(利用者))に対して定期的なPCR検査を実施することなく、滞在者の感染可能性を判定する検査方法であるから、甲2発明の「SARS-CoV-2が検出された場合には速やかに対象施設の入居者に対してPCR検査を実施して、感染者の早期特定・隔離等の対策を講じる方法」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲2発明は、
「施設から排出される下水が公共の下水管に流入するまでの経路において、
当該下水から試料を採取する採取工程と、
当該試料を分析して、当該試料中における感染性病原体の存在に関する情報を得る分析工程と、を含む感染症検査方法。」で一致し、以下の点で相違する。
(相違点2)
本件発明1は、「採取工程」が、「下水中に採取期間だけ継続して採取手段を配置し、前記採取期間経過後に前記採取手段を回収することにより、当該採取期間中に試料を採取」するものであって、当該「採取期間」は、「通知された情報(試料中における感染性病原体の存在に関する情報)」と併せて、「少なくとも前記採取期間内における前記施設の滞在者中に前記感染性病原体の感染者が存在する可能性を示す」ものであり、当該「採取期間」と当該「情報」が「通知工程」で「施設に通知」されるのに対して、
甲2発明は、「モニタリング」する工程(採取工程を含む)において「採取期間」の特定がなく、その結果、本件発明1の「前記情報を前記採取期間と共に前記施設に通知をする通知工程」及び「当該通知された情報と前記採取期間は、少なくとも採取期間内における前記施設の滞在者中に前記感染性病原体の感染者が存在する可能性を示す」という発明特定事項を有さない点
イ.相違点の検討
相違点2について検討する。
甲2には、施設・建物の下水中のSARS-CoV-2をモニタリングすることが記載されているものの、当該下水をどのような採取手段を用いてどのように採取するのか、何ら記載されておらず、施設・建物の下水中に継続して採取手段を配置する「採取期間」の記載もないから、甲2の記載より、「採取期間」とSARS-CoV-2が検出された結果(試料中における感染性病原体の存在に関する情報)が、「採取期間」内における施設・建物(施設)の入居者(滞在者)中にSARS-CoV-2(感染性病原体)の感染者が存在する可能性を示すことを、当業者が導き出せるとはいえない。
よって、相違点2として挙げた本件発明1の発明特定事項は、甲2に記載されたものとも、甲2の記載より当業者が容易に想到し得たものともいえない。
また、甲1、3~5の記載を参照しても、相違点2として挙げた本件発明1の発明特定事項を当業者に動機付ける記載は見当たらない。
したがって、本件発明1は、甲2発明、すなわち甲2に記載された発明ではなく、また、甲2記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)本件発明2~5の新規性、進歩性の検討
本件発明2~5は、本件発明1を直接的に引用するものであるから、本件発明1と同様の理由により、甲2に記載された発明ではなく、また、甲2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(5)小括
以上のとおりであるから、本件発明1~5に対する甲2を主引用例とした取消理由1、2は理由がない。
3 取消理由2(本件発明6~7に対する甲1を主引用例とした進歩性の欠如)の検討
(1)本件発明1と甲1発明2の対比・判断
ア.本件発明1と甲1発明2の対比
本件発明6と甲1発明2とを対比すると、
甲1発明2における「寮」は、本件明細書の段落[0008]に「『施設』とは、介護施設、病院、学校、企業等の、主たる滞在者(従業員や入居者、来訪者等)を特定可能な建屋を言い、棟の単一複数を問わない」と記載されていること から、本件発明6における「施設」に相当し、甲1発明2における「他の下水道管と合流または混合する前に、各寮の下流にある下水道マンホールから収集した排水サンプル」は、本件特許発明6における「施設から排出される下水が公共の下水管に流入するまでの経路において、採取期間中における該当下水から採取された試料」に相当する。
また、本件明細書の段落【0006】によると、本件発明6における「感染症検査システム」は、施設の滞在者に対して定期的なPCR検査を実施することなく、滞在者の感染可能性を判定する検査システムであるから、甲1発明2の「排水サンプル」より「得られたウイルスの検出および定量結果」と「臨床検査の実施結果」を用いた「学生寮におけるCOVID-19の存在を検出し、疾患の発生を抑制する感染症監視システム」に相当する。
そうすると、本件特許発明6と甲1発明2は、
「施設から排出される下水が公共の下水管に流入するまでの経路において、採取期間中における当該下水から採取された試料について、前記試料を分析して得た、当該試料中における感染性病原体の存在に関する情報を備える感染症管理システム。」で一致し、以下の点で相違する。
(相違点3)
本件発明6では、
下水から採取された試料について、採取期間と試料を特定する情報とを対応付けたデータ、感染性病原体の存在に関する情報を、試料を特定する情報と共に記憶する分析結果データ、施設における滞在者を特定する情報を、当該滞在者が前記施設に滞在した期間と共に記録する滞在者データを、それぞれデータベースとして記憶しているのに対し、
甲1発明2では、
上記のデータ及びデータベースを備えていない点
(相違点4)
本件発明6では、
試料中における感染性病原体の存在に関する情報が、少なくとも採取期間内における施設の滞在者中に感染性病原体の感染者が存在する可能性があることを示していた場合に、各データベースに記憶されたデータに基づいて、前記採取期間と前記滞在者が前記施設に滞在した期間とが重複する前記滞在者のリストを抽出するステップを実行可能である、各データベースにアクセス可能なコンピュータプログラムを備えているのに対し、
甲1発明2では、
上記のコンピュータプログラムを備えていない点
イ.相違点の検討
事案に鑑み、相違点4の検討を優先する。
本件発明6の「採取期間」は、請求項1及び本件明細書の【0008】の記載より、下水中に採取手段を継続して配置する「期間」であると認められるところ、上記1(3)イ及び上記1(4)で検討したとおり、甲1には、「採取期間」に関する記載がなく、甲1の記載より、試料中における感染性病原体の存在に関する情報が、「採取期間」内における施設の滞在者中に感染性病原体の感染者が存在する可能性を示すことを、当業者は導き出せないから、相違点4として挙げた本件発明6の発明特定事項は、甲1に記載されたものとも、甲1の記載より当業者が容易に想到し得たものともいえない。
また、甲2~5及び文献Aの記載を参照しても、相違点4として挙げた本件発明6の発明特定事項を当業者に動機付ける記載は見当たらない。
そうすると、本件発明6は、相違点3について検討するまでもなく、甲1発明2、すなわち甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
更に、本件発明7は、本件発明6を直接的に引用するものであるから、本件発明1と同様の理由により、甲1発明2、すなわち、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(2)小括
以上のとおりであるから、本件発明6~7に対する甲1を主引用例とした取消理由2は理由がない。
4.取消理由通知書で採用しなかった申立理由の検討
(1)取消理由通知書で採用しなかった申立理由
申立理由1(新規性)は、取消理由通知書で採用した取消理由1(新規性)と同じである。
申立理由2(進歩性)のうち本件発明1~5に対する甲1又は2を主引用例とする取消理由は、取消理由通知書で採用した取消理由2(進歩性)と同じである。
申立理由2(進歩性)のうち本件発明6~7に対する甲1を主引用例とする取消理由は、取消理由通知書で採用した取消理由2(進歩性)と同じである。
よって、取消理由通知書で採用しなかった申立理由は、申立理由2(進歩性)のうち本件発明6~7に対する甲2を主引用例とする申立理由である。
(2)本件発明6~7に対する甲2を主引用例とする申立理由の検討
上記2(3)イで述べたとおり、甲2には、施設・建物の下水をどのような採取手段を用いて、どのように採取するのか何ら記載されておらず、施設・建物の下水中に継続して採取手段を配置する「採取期間」の記載もないから、甲2の記載より、試料中における感染性病原体の存在に関する情報が、「採取期間」内における施設の滞在者中に感染性病原体の感染者が存在する可能性を示すことを、当業者が導き出せるとはいえない。
してみれば、3(1)イで検討した場合と同様に、甲2の記載より、相違点4として挙げた本件発明6の発明特定事項を当業者が容易に想到し得たとはいえない。
また、甲1、3~5及び文献Aの記載を参照しても、相違点4として挙げた本件発明6の発明特定事項を当業者に動機付ける記載は見当たらない。
そうすると、本件発明6は、甲2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
更に、本件発明7は、本件発明6を直接的に引用するものであるから、本件発明6と同様の理由により、甲2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
第6 まとめ
以上のとおり、本件特許の請求項1~7に係る発明の特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1~7に係る発明の特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
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2022-700877