特許異議申立
2022-700724
液晶ポリマーフィルム、及び液晶ポリマーフィルムから成る積層体
- 審判番号
- 2022-700724
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-210267
- 登録番号
- 7012812
- 請求日
- 2022年07月27日
- 審決日
- 2023年06月12日
- 公報発行日
- 2023年09月29日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】長春人造樹脂廠股▲分▼有限公司
- 【権利者代理人】山口 朔生
- 【権利者代理人】大島 信之
- 【権利者代理人】山口 真二郎
- 【権利者代理人】松本 忠大
- 【異議申立人】松永 健太郎
- 【異議申立人】掛樋 美佐保
- 審判長/審判官
- 審判長 平塚 政宏
- 審判官 加藤 友也
- 審判官 中村 和正
- 分類
- P1651.537-YAA(C08G) / P1651.536-YAA(C08G) / P1651.16 -YAA(C08G) / P1651.113-YAA(C08G) / P1651.121-YAA(C08G) / P1651.112-YAA(C08G)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条2項特許法113条2号特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第2号、特許法第29条の2、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、特許法第120条の5第9項、特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第1項第2号、特許法第120条の5第5項、特許法第120条の5第2項、特許法第120条の5第4項、特許法第36条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7012812号発明「液晶ポリマーフィルム、及び液晶ポリマーフィルムから成る積層体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7012812号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ないし12〕について訂正することを認める。
特許第7012812号の請求項1ないし3及び6ないし12に係る特許を維持する。
特許第7012812号の請求項4及び5に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7012812号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし12に係る特許についての出願は、令和2年12月18日(パリ条約の例による優先権主張 2019年12月23日、アメリカ合衆国)を出願日とする出願であって、令和4年1月20日にその特許権の設定登録(請求項の数12)がされ、同年同月28日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、同年7月27日に特許異議申立人 松永 健太郎(以下、「特許異議申立人A」という。)及び特許異議申立人 掛樋 美佐保(以下、「特許異議申立人B」という。)のそれぞれにより特許異議の申立て(対象請求項:請求項1ないし12)がされ、同年11月10日付けで取消理由が通知され、令和5年2月10日に特許権者 長春人造樹脂廠股▲分▼有限公司(以下、「特許権者」という。)から意見書が提出されるとともに訂正請求がされ、同年同月17日付けで訂正請求があった旨の通知(特許法第120条の5第5項)がされ、同年3月29日に特許異議申立人Aから意見書が提出され、同年同月31日に特許異議申立人Bから意見書が提出されたものである。
第2 本件訂正について
1 訂正の内容
令和5年2月10日にされた訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という)の内容は、次のとおりである。なお、下線は訂正箇所を示すものである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義する」と記載されているのを、「前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義し、前記液晶ポリマーフィルムは互いに相対する第1表面及び第2表面から成り、前記第1表面の尖度(Sku)は10以上300以下であり、前記Skuは標準法ISO25178‐2:2012に従って定義する」に訂正する。請求項1の記載を直接又は間接的に引用する他の請求項も同様に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項4を削除する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項5を削除する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項6に「請求項4に記載の液晶ポリマーフィルム。」と記載されているのを、「請求項1に記載の液晶ポリマーフィルム。」に訂正する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項7に「前記液晶ポリマーフィルムは互いに相対する前記第1表面及び前記第2表面から成り、前記第1表面の表面相加平均高さ(Sa)は0.29μm以下であり、前記Saは標準法ISO25178‐2:2012に従って定義する、」と記載されているのを、「前記第1表面の表面相加平均高さ(Sa)は0.29μm以下であり、前記Saは標準法ISO25178‐2:2012に従って定義する、」に訂正する。請求項7の記載を直接又は間接的に引用する他の請求項も同様に訂正する。
(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項7に「請求項1~6のいずれか1項に記載の液晶ポリマーフィルム。」と記載されているのを、「請求項1~3、6のいずれか1項に記載の液晶ポリマーフィルム。」に訂正する。
(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項10に「請求項1~9のいずれか1項に記載の液晶ポリマーフィルム。」と記載されているのを、「請求項1~3、6~9のいずれか1項に記載の液晶ポリマーフィルム。」に訂正する。
(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項11に「第1金属箔、及び請求項1~10のいずれか1項に記載の液晶ポリマーフィルムから成る積層体であって、」と記載されているのを、「第1金属箔、及び請求項1~3、6~10のいずれか1項に記載の液晶ポリマーフィルムから成る積層体であって、」に訂正する。
2 訂正の目的、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内か否か及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)請求項1についての訂正について
訂正事項1による請求項1についての訂正は、「液晶ポリマーフィルム」が「互いに相対する第1表面及び第2表面から成る」ことを特定した上で、「第1表面の尖度(SKu)」の数値範囲を特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項1による請求項1についての訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(2)請求項2及び3についての訂正について
訂正事項1による請求項2及び3についての訂正は、請求項1についての訂正と同様に、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項1による請求項2及び3についての訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(3)請求項4についての訂正について
訂正事項2による請求項4についての訂正は、請求項4を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項2による請求項4についての訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(4)請求項5についての訂正について
訂正事項3による請求項5についての訂正は、請求項5を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項3による請求項5についての訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(5)請求項6についての訂正について
訂正事項1による請求項6についての訂正は、請求項1についての訂正と同様に、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
訂正事項4による請求項6についての訂正は、請求項4が削除されたことに伴い、引用先を請求項1にするものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、訂正事項1及び4による請求項6についての訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(6)請求項7についての訂正について
訂正事項1による請求項7についての訂正は、請求項1についての訂正と同様に、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
訂正事項5による請求項7についての訂正は、請求項1についての訂正に伴い、重複する記載を削除するものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
訂正事項6による請求項7についての訂正は、請求項4及び5が削除されたことに伴い、これらを、引用請求項から削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項1、5及び6による請求項7についての訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(7)請求項8及び9についての訂正について
訂正事項1による請求項8及び9についての訂正は、請求項1についての訂正と同様に、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
訂正事項5による請求項8及び9についての訂正は、請求項7についての訂正と同様に、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、訂正事項1及び5による請求項8及び9についての訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(8)請求項10についての訂正について
訂正事項1による請求項10についての訂正は、請求項1についての訂正と同様に、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
訂正事項5による請求項10についての訂正は、請求項7についての訂正と同様に、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
訂正事項7による請求項10についての訂正は、請求項4及び5が削除されたことに伴い、これらを、引用請求項から削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項1、5及び7による請求項10についての訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(9)請求項11についての訂正について
訂正事項1による請求項11についての訂正は、請求項1についての訂正と同様に、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
訂正事項5による請求項11についての訂正は、請求項7についての訂正と同様に、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
訂正事項8による請求項11についての訂正は、請求項4及び5が削除されたことに伴い、これらを、引用請求項から削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項1、5及び8による請求項11についての訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(10)請求項12についての訂正について
訂正事項1による請求項12についての訂正は、請求項1についての訂正と同様に、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
訂正事項5による請求項12についての訂正は、請求項7についての訂正と同様に、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、訂正事項1及び5による請求項12についての訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
3 むすび
以上のとおり、訂正事項1ないし8による請求項1ないし12についての訂正は、いずれも、特許法120条の5第2項ただし書第1又は3号に掲げる事項を目的とするものである。
また、訂正事項1ないし8による請求項1ないし12についての訂正は、いずれも、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5及び6項の規定に適合する。
なお、訂正前の請求項1ないし12は一群の請求項に該当するものである。そして、訂正事項1ないし8による請求項1ないし12についての訂正は、それらについてされたものであるから、一群の請求項ごとにされたものであり、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。
また、特許異議の申立ては、訂正前の請求項1ないし12に対してされているので、訂正を認める要件として、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件は課されない。
したがって、本件訂正は適法なものであり、結論のとおり、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ないし12〕について訂正することを認める。
第3 本件特許発明
上記第2のとおりであるから、本件特許の請求項1ないし12に係る発明(以下、順に「本件特許発明1」のようにいい、総称して「本件特許発明」という。)は、それぞれ、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし12に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
液晶ポリマーフィルムであって、前記液晶ポリマーフィルムの材料は式(1)、
‐L1‐Ar‐L2‐ (1)
で表す構造単位から成る液晶ポリマー樹脂であり、
式中、‐L1‐及び‐L2‐はそれぞれ‐O‐又は‐CO‐であり、‐Ar‐はアリーレン基であり、
式(1)は、以下の構造単位、
【化1】
[図:0001401640000001.jpg]
及び
【化2】
[図:0001401640000002.jpg]
から成り、
式(1)で表す前記構造単位の総モル数に基づいて、式(I)で表す前記構造単位のモル数は15mol%~40mol%の範囲であり、
式(I)及び(II)で表す前記構造単位の合計モル数は80mol%~100mol%の範囲であり、
前記液晶ポリマーフィルムは、μmの単位で表す厚さ及び透過率(TT%)を有し、
前記厚さ及び前記透過率の値を式(III)
:Log(1/TT%)/(厚さ)0.5
に代入すると、0.055より大きく0.090より小さい値が得られ、
前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義し、
前記液晶ポリマーフィルムは互いに相対する第1表面及び第2表面から成り、前記第1表面の尖度(Sku)は10以上300以下であり、前記Skuは標準法ISO25178‐2:2012に従って定義することを特徴とする、
液晶ポリマーフィルム。
【請求項2】
前記液晶ポリマーフィルムの厚さは10μm~200μmの範囲である、請求項1に記載の液晶ポリマーフィルム。
【請求項3】
前記液晶ポリマーフィルムの透過率は8%以上60%未満である、請求項1又は2に記載の液晶ポリマーフィルム。
【請求項4】(削除)
【請求項5】(削除)
【請求項6】
前記第1表面のSkuは15以上300以下である、請求項1に記載の液晶ポリマーフィルム。
【請求項7】
前記第1表面の表面相加平均高さ(Sa)は0.29μm以下であり、前記Saは標準法ISO25178‐2:2012に従って定義する、請求項1~3、6のいずれか1項に記載の液晶ポリマーフィルム。
【請求項8】
前記第1表面のSaは0.02μm以上0.29μm以下である、請求項7に記載の液晶ポリマーフィルム。
【請求項9】
前記第1表面のSaは0.03μm以上0.20μm以下である、請求項7に記載の液晶ポリマーフィルム。
【請求項10】
式(1)で表す前記構造単位の前記総モル数に基づいて、式(I)で表す前記構造単位のモル数は22mol%~27mol%の範囲であり、式(I)及び(II)で表す前記構造単位の合計モル数は100mol%である、請求項1~3、6~9のいずれか1項に記載の液晶ポリマーフィルム。
【請求項11】
第1金属箔、及び請求項1~3、6~10のいずれか1項に記載の液晶ポリマーフィルムから成る積層体であって、
前記液晶ポリマーフィルムは互いに相対する第1表面及び第2表面から成り、
前記第1金属箔は前記液晶ポリマーフィルムの前記第1表面上に配置することを特徴とする、
積層体。
【請求項12】
前記積層体は第2金属箔から成り、前記第2金属箔は前記液晶ポリマーフィルムの前記第2表面上に配置する、請求項11に記載の積層体。」
第4 特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由の概要
1 特許異議申立人Aが提出した特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由の概要
令和4年7月27日に特許異議申立人Aが提出した特許異議申立書(以下、「特許異議申立書A」という。)に記載した特許異議申立ての理由の概要は次のとおりである。
(1)申立理由A1(実施可能要件)
本件特許の請求項1ないし12に係る特許は、下記ア及びイの点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
ア 本件特許の発明の詳細な説明に記載の実施例を再現できない。
本件特許の発明の詳細な説明をみても、「Tダイから鋳造ホイールまでの距離」が、具体的にTダイのどの位置から鋳造ホイールのどの位置までの距離であるのか、当業者(なお、「当業者」とは、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者のことであるが、特許法第36条の規定の適用に当たっては、その出願前であり、同法第29条及び同法第29条の2の規定の適用に当たっては、その優先日前である。)が理解し得る記載はないし、また、当業者が理解し得る技術常識が本件出願時に存在していたとも認められない。
そうすると、当業者は、本件特許発明に係るLCPフィルムを得るための重要な製造パラメータの一つである「Tダイから鋳造ホイールまでの距離」をどのように設定すればよいのか分からず、その結果、本件実施例に係るLCPフィルムを製造することもできない。
イ 本件特許発明に係る液晶ポリマーフィルムを作るには過度の試行錯誤を要する。
上記アで述べたとおり、本件特許の発明の詳細な説明の実施例それ自体が再現できないものであるが、仮に実施例それ自体は再現できたとしても、以下で述べるとおり、本件特許発明全体にわたって液晶ポリマーフィルムを実施すること(すなわち、液晶ポリマーフィルムを作ること)ができない。
実施例で用いられている三種類のLCP樹脂とは異なる構造単位の割合を有するLCP樹脂を用いた場合において、どのような条件で液晶ポリマーフィルムを作れば、本件特許発明1における式(III)の値が所定の範囲内となるのか、当業者が理解できる記載は本件特許の発明の詳細な説明に一切ない。
そして、本件特許の発明の詳細な説明にそのような記載がなくても、実施例で用いられている三種類のLCP樹脂とは異なる構造単位の割合を有するLCP樹脂を用いた場合において、本件特許発明1における式(III)の値が所定の範囲である液晶ポリマーフィルムを当業者が容易に作れるといえる技術常識が存在していたとも認められない。
以上より、本件特許の発明の詳細な説明の記載及び本件特許出願時の技術常識を参酌しても、当業者が、本件特許発明1に係る液晶ポリマーフィルム(とりわけ、実施例で用いられている三種類のLCP樹脂とは異なる構造単位の割合を有するLCP樹脂を用いた場合)を作るには、過度の試行錯誤を要する。
(2)申立理由A2(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし12に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
・本件特許発明1が解決しようとする課題は、「LCPフィルムの誘電特性を向上させ、それにより信号伝送用積層体に塗布したLCPフィルムが挿入損失を低減できるようにすること」であると認められる(本件特許の発明の詳細な説明の【0007】)。
そこで、どのようなLCPフィルムであれば、「LCPフィルムの誘電特性を向上させ、それにより信号伝送用積層体に塗布したLCPフィルムが挿入損失を低減できる」といえるのか、その具体的な基準をみてみると、本件特許の発明の詳細な説明の【0066】ないし【0069】には以下の記載がある。
「【0066】
厚さ15μmのLCPフィルムを備える積層体の種類については、積層体の挿入損失が-3.9dB/10cm以下である場合、積層体の挿入損失の評価結果を「O」で表し、それ以外では、積層体の挿入損失が-4.0dB/10cm以上である場合、積層体の挿入損失の評価結果を「X」で表した。」
「【0067】
厚さ25μmのLCPフィルムを備える積層体の種類については、積層体の挿入損失が-3.6dB/10cm以下である場合、積層体の挿入損失の評価結果を「O」で表し、それ以外では、積層体の挿入損失が-3.7dB/10cm以上である場合、積層体の挿入損失の評価結果を「X」で表した。」
「【0068】
厚さ50μmのLCPフィルムを備える積層体の種類については、積層体の挿入損失が-2.9dB/10cm以下である場合、積層体の挿入損失の評価結果を「O」で表し、それ以外では、積層体の挿入損失が-3.0dB/10cm以上である場合、積層体の挿入損失の評価結果を「X」で表した。」
「【0069】
厚さ100μmのLCPフィルムを備える積層体の種類については、積層体の挿入損失が-2.2dB/10cm以下である場合、積層体の挿入損失の評価結果を「O」で表し、それ以外では、積層体の挿入損失が-2.3dB/10cm以上である場合、積層体の挿入損失の評価結果を「X」で表した。」
以上の記載から分かるように、「LCPフィルムの誘電特性を向上させ、それにより信号伝送用積層体に塗布したLCPフィルムが挿入損失を低減できる」か否か(すなわち、課題を解決できるか否か)の基準は、LCPフィルムの厚さによって異なっている。このようにLCPフィルムの厚さによって挿入損失の低減の可否の判断基準を変えるべき理由は本件特許の発明の詳細な説明に記載されておらず、また、本件出願時の技術常識であったとも認められない。
そうすると、上記のような本件特許の発明の詳細な説明の記載に接した当業者は、本件特許の発明の詳細な説明の実施例における課題を解決できるか否かの判断基準は、きわめて恣意的なものであって、まったく客観性がなく、技術的な意義もないものであると理解する。そして、本件特許の発明の詳細な説明の実施例において、挿入損失が測定され、課題が解決できるか否かの判断基準が設定されているのは、厚さが15μm、25μm、50μm又は100μmのLCPフィルムだけであり、その判断基準の設定の仕方が恣意的である(客観性がない)以上、それ以外の厚さのLCPフィルムについては、挿入損失がどのような値になれば課題を解決できるといえるのか、当業者はその判断基準すら理解することができない。
したがって、厚さが15μm、25μm、50μm又は100μmのLCPフィルム以外については、当業者は、課題を解決できるか否かの判断基準すら理解できないのであるから、当然、本件特許発明1によって課題が解決できると認識することもできない。
また、上記の点は措くとしても、LCPフィルムが式(III)を満たすことにより、誘電特性が向上し、挿入損失が低減することの作用機序(メカニズム)は、本件特許の発明の詳細な説明において一切記載されていないし、本件出願時の技術常識であったとも認められない。
例えば、「式(III)」は、「Log(1/TT%)/(厚さ)0.5」で表されるものであるが、技術常識からすれば、LCPフィルムのTT%(透過率)や厚さは、誘電特性や挿入損失とはまったく異なる種類の特性であると当業者に理解されるところ、なぜこれらのまったく異なる特性の間に相関があるのか、その作用機序を当業者はまったく理解できないし、「式(III)」において、なぜLogをとるのか、なぜ厚さが0.5乗されるのかなど、その技術的意義を当業者はまったく理解できない。
さらに、本件特許の発明の詳細な説明の【0066】ないし【0071】では、挿入損失の大きさについて具体的な値が記載されておらず、「O」か「X」かの二段階で評価されているだけであるから、「式(III)」の値が変化するのに伴って、挿入損失の大きさが具体的にどのような挙動を示すのか、当業者が本件特許の発明の詳細な説明の実施例から推測することもできない。
仮に当業者が、本件特許の発明の詳細な説明の実施例における試料No.E1~E13については課題を解決できると認識できたとしても、実施例におけるそれらの試料とは異なる種類のLCP樹脂を用いたLCPフィルムや、異なる「式(III)」の値を有するLCPフィルムを用いた場合については、どのような挿入損失の値となるのかまったく予想がつかない。
したがって、実施例から本件特許発明1の範囲まで拡張ないし一般化できず、当業者は、本件特許発明1全体にわたって課題が解決されると認識することはできない。
以上より、本件特許発明1にはサポート要件違反の不備がある。請求項1を引用して特定する本件特許発明2ないし12についても同様である。
(3)申立理由A3(明確性要件)
本件特許の請求項4ないし12に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
・本件特許発明4では「前記液晶ポリマーフィルムは互いに相対する第1表面及び第2表面から成り、前記第1表面の尖度(Sku)は1以上300以下であり、前記Skuは標準法ISO25178-2:2012に従って定義する」と特定され、本件特許発明5では「前記第1表面のSkuは10以上300以下である」と特定され、本件特許発明6では「前記第1表面のSkuは15以上300以下である」と特定されている。
ここで、尖度の値は測定方向によって変わり得るため、尖度を表記する場合には、測定方向を明記すること、または複数の測定方向による測定値を提示する必要があることは、本件出願時の技術常識であった(例えば、下記甲第A1号証の46頁14-16行)。しかし、「ISO25178-2:2012」には測定方向は記載されておらず、また、本件特許の発明の詳細な説明にも測定方向は記載されていない。そうすると、本件特許発明4ないし6で特定される尖度(Sku)の値は一義的に決まらない。
したがって、本件特許発明4ないし6は不明確である。また、請求項4ないし6を直接又は間接的に引用して特定する本件特許発明7ないし12についても同様である。
(4)申立理由A4(甲第A2号証に基づく進歩性)
本件特許発明1ないし12は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第A2号証に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(5)申立理由A5(甲第A5号証に基づく進歩性)
本件特許発明1ないし12は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第A5号証に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(6)証拠方法
甲第A1号証:幾何及び色彩情報を用いた単純重ね合せ接着継手の強度評価(吉田瞬、2015年3月25日)
甲第A1号証の2:甲第A1号証のダウンロード元のWebページ(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9506532)
甲第A2号証:国際公開第2014/046014号
甲第A3号証:国際公開第2012/117850号
甲第A4号証:特開2003-340918号公報
甲第A5号証:特開平8-90570号公報
甲第A6号証:日経エレクロトニクス、2017年8月号(45-50頁)、「5Gで低損失基板が表舞台に FR-4やポリイミドを代替」、2017年8月発行、野澤哲生
甲第A6号証の2:甲第A6号証のダウンロード元のWebページ(https://xtech.nikkei.com/dm/atcl/mag/15/318381/201708/)
甲第A7号証:株式会社グリーンユーティリティーのウェブページ https://greenutility.co.jp/led-light-bulb-color/
甲第A8号証:RITAエレクトロニクス株式会社のウェブページ https://www.ritaelco.jp/archive/20060401a04/
甲第A7及びA8号証は令和5年3月29日に提出された意見書に添付されたものである。証拠の表記は、特許異議申立書A及び上記意見書の記載におおむね従った。以下、順に「甲A1」のようにいう。
2 特許異議申立人Bが提出した特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由の概要
令和4年7月27日に特許異議申立人Bが提出した特許異議申立書(以下、「特許異議申立書B」という。)に記載した特許異議申立ての理由の概要は次のとおりである。
(1)申立理由B1(明確性要件)
本件特許の請求項1ないし12に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
ア どのような厚さであっても、μm単位で記載することは可能であるから、本件特許の請求項1の「前記液晶ポリマーフィルムは、μmの単位で表す厚さ及び透過率(TT%)を有し」との記載は、厚さの範囲を記載したものとすれば不明確である。
イ 「式(III)」において、Log(1/TT%)は、常用対数を示すものと見られるので、括弧内の1/TT%は、何等かの数値でなければならない。これを当業者が字義通り解釈すれば、括弧内に代入される数値は、パーセント(百分率)で示される透過率の値の逆数である。実際、本件特許の発明の詳細な説明の【表3】には、TT%の列に、実施例1の55など、百分率での透過率の値が列挙されている。ここで、Log1=0であるから、「式(III)」の数値が「0.055より大きく0.090より小さい値」となるためには、透過率(TT%)は、1%未満の値でなければならないが、特許明細書の実施例には、16%(E12)~55%(E1)の数値しか示されていない。
本件特許の発明の詳細な説明の段落【0056】には、「実施例1を例に取ると、実施例1におけるLCPフィルムの厚さは15μm、透過率は55%(即ち0.55)であったため、関連する式(III)に代入するとLog(1/0.55)/(15)0.5=0.0670となった。」と記載されている。しかし、当業者は「透過率」という概念で見た場合に、100%を最大値とした場合の55%と、1を最大値とした場合の0.55が同じ割合を示すものと理解できるが、単に代入すべき数値として見た場合、55と0.55は同じ数値ではない。
したがって、本件特許の請求項1の「式(III)」に関する記載は、本件特許発明を明確に記載したものとはいえない。
ウ 本件特許の請求項1の「前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義する」との記載が不明確であるため、当業者は、権利範囲を明確に理解することができない。
ASTM D1003(下記第B1号証)は、「透明プラスチックのヘーズ(曇り度)および光透過率の測定法」に関する規格であるから、当業者は「透過率」が光透過率であることは理解できる。しかし、ASTM D1003には、測定結果から全光線透過率(Total Transmittance)と、拡散透過率(Diffuse Transmittance Td)を算出する方法が記載されているところ、 本件の請求項および明細書には、単に「透過率」としか記載されていない。ASTM D1003には「TT%」との略号は用いられていないので、「透過率」が全光線透過率か、拡散透過率か明確であるとはいえない。
また、透過率が全光線透過率のことであるとしても、測定に用いる光の波長、または分光強度分布(波長対強度の分布)が不明であれば、当業者は本件特許発明1の範囲を把握することはできない。
ASTM D1003には、ヘーズメータ(曇り度計、濁度計)を用いる手順Aと、分光計を用いる手順Bとが記載されているが、本件実施例で使用された透過率計(NDH5000)は、他の特許文献や製造元の日本電色工業株式会社のHPに記載の後継機種(NDH8000)の説明で確認したところ、ヘーズメータであるから、透過率の測定は手順Aに基づいて行われたものと判断できる。
しかし、ASTM D1003は、測定光源として、CIE(国際照明委員会)規格の標準光C又は標準光Aを使用し、特に全光線透過率の測定値の報告にあたっては、どちらの光源を用いたのか明記するように記載している。
例えば、下記甲第B2及びB3号証に例示されるように、現在でもどちらの光源を用いるかきまりがあるわけではない。
ここで、下記甲第B4号証に記載するように、標準光Aは色温度約2856Kの黒体輻射(いわゆる電球色)、標準光Cは色温度6774K(紫外線を除く)の平均昼光であり、両者の分光強度分布は下記甲第B5号証の図28-(1)に示すように全く異なっている。その場合、下記甲第B7号証が例証するように、樹脂フィルムの光透過率は光の波長に応じて異なるものであるから、分光強度分布の異なる光源Aと光源Cのどちらを用いるかによって、液晶ポリマーフィルムの全光線透過率の測定値が異なることは明らかである。
しかし、本件特許の発明の詳細な説明には、「透過率」を「標準法ASTM D1003」に従って定義することは記載されているものの、測定にあたって標準光Aと、標準光Cのどちらを用いたかは記載されていない。そのため、当業者は、本件特許発明1の権利範囲を明確に把握することができず、自己が扱う液晶ポリマーフィルムが本件特許発明1の権利範囲に入るのか否かを検証することもできない。
(2)申立理由B2(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし12に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
・「式(III)」の「Log(1/TT%)」との記載を字義通り解釈すれば、括弧内に代入すべきは、百分率で示される透過率の数値である。その場合、「式(III)」の計算値が0.055より大きく、つまり正の数値となるためには、「透過率(TT%)」は、1%未満の数値でなければならない。ところが、本件特許の発明の詳細な説明には、透過率が16%以上の実施例しか示されていない。
したがって、現在の請求項1の記載に基づく、本件特許発明1及び請求項1を引用して特定する本件特許発明2ないし12は、本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものではない。
(3)申立理由B3(実施可能要件)
本件特許の請求項1ないし12に係る特許は、下記の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
ア 本件特許発明1は、積層体を構成する金属箔に対し、液晶ポリマーの溶液を塗布する流延成形法により形成される液晶ポリマーフィルムも下位概念に含むものである。
そして、本件特許の発明の詳細な説明の【0007】の記載を見れば、発明が解決しようとする課題は、下位概念のフィルムによって解決されるものであり、本件特許発明1はその上位概念を記載したものであると認められる。
しかし、本件特許明細書には、積層体を構成する金属箔に対し、液晶ポリマーの溶液を塗布する流延成形法により形成される液晶ポリマーフィルムの製法は、全く記載されていない。
従来周知のII型液晶ポリマーにおいては、難溶性で流延成形法によるフィルムの成形は困難とされており、通常、溶融押し出し法によるフィルムの製造がおこなわれているところ、本件特許明細書には、II型液晶ポリマーを溶解し得る溶媒は何ら示されていない。したがって、当業者は、特許明細書の発明の実施の形態の記載によっては、下位概念(積層体を構成する金属箔に対し、液晶ポリマーの溶液を塗布する流延成形法により形成される液晶ポリマーフィルム)に属する液晶ポリマーフィルムを作製することはできない。
イ 本件特許の発明の詳細な説明には、本件特許発明1の下位概念に属する溶融押し出しフィルムの製法も明確に説明されているとはいえない。
(4)申立理由B4(甲第B8号証に基づく新規性)
本件特許発明1ないし3及び10ないし12は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第B8号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし3及び10ないし12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(5)申立理由B5(「ベクスター」(登録商標)に基づく新規性)
本件特許の請求項1ないし3、7、8、11及び12に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において「ベクスター」(登録商標)として公然実施をされた発明であり、特許法第29条第1項第2号に該当し特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし3、7、8、11及び12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(6)申立理由B6(甲第B9号証に記載された周知技術に基づく進歩性)
本件特許発明1ないし3、7、8及び10ないし12は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第B9号証に記載された周知技術に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし3、7、8及び10ないし12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(7)申立理由B7(甲第B13号証に基づく進歩性)
本件特許発明1ないし3及び7ないし12は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第B13号証に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし3及び7ないし12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(8)申立理由B8(甲第B21号証に基づく進歩性)
本件特許発明4、7ないし9、11及び12は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第B21号証に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項4、7ないし9、11及び12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(9)申立理由B9(甲第B22号証に基づく進歩性)
本件特許発明4ないし6は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第B22号証に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項4ないし6に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(10)申立理由B10(甲第B23号証に基づく進歩性)
本件特許発明1ないし12は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第B23号証に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(11)申立理由B11(甲第B26号証に係る日本語特許出願(特願2022-531857号)に基づく拡大先願)
本件特許の請求項1ないし3、11及び12に係る発明は、本件特許の優先日前を優先日とする日本語特許出願であって、本件特許の優先日後に国際公開がされた下記の甲第B26号証に係る日本語特許出願(特願2022-531857号)の国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面と同一であり、しかも、本件特許の出願の発明者が上記日本語特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また本件特許の出願の時において、本件特許の出願人が上記日本語特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができない(同法第184条の13参照)ものであるから、本件特許の請求項1ないし3、11及び12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(12)証拠方法
甲第B1号証: ASTM D1003-13 220-222頁、2013年11月15日採択、同月公開、ASTM International
甲第B2号証:特開2019-123255号公報
甲第B3号証:特表2022-508617号公報
甲第B4号証:新編 色彩科学ハンドブック【第3版】日本色彩学会編、財団法人 東京大学出版会発行 1980年2月25日初版第1刷 2011年4月20日第3版第1刷130-131、1700-1701頁、東京大学出版会
甲第B5号証:楽しく学べる知恵袋 色色雑学 測色計の基礎知識 光源が変わると、色の見え方はこんなに変わります。
https://www.konicaminolta.jp/instruments/knowledge/color/section3/04.htmlより、2022年3月17日プリントアウト、コニカミノルタ株式会社
甲第B6号証:JIS K7375:2008 プラスチック-全光線透過率及び全光線反射率の求め方(JISハンドブック2009年版より抜粋)、2009年1月30日、財団法人 日本規格協会
甲第B7号証:岡本他 LCPのLED周辺部材への展開 技術誌住友化学2011-I、18-30、2011年5月31日、住友化学株式会社
甲第B8号証:国際公開第2011/118449号
甲第B9号証:小出直之監修 液晶ポリマーの開発技術 高性能・高機能化 p74-83、p136-158、2004年7月30日初版、株式会社シーエムシー出版
甲第B10号証:株式会社クラレ 2010年1月13日付 プレスリリース
https://www.kuraray.co.jp/news/2010/100113 印刷日2022年3月17日、株式会社クラレ
甲第B11号証:特開2016-131193号公報
甲第B12号証:砂本辰也、小野寺稔 複素誘電率の異方性を改善した液晶ポリマーフィルムの特性と応用 エレクトロニクス実装学会誌、2015年11月1日、エレクトロニクス実装学会
甲第B13号証:特開2013-158935号公報
甲第B14号証:株式会社キーエンスのHP所載「粗さ入門.com」より抜粋 https:www.keyence.co.jp/ss/microscope/roughness、印刷日2022年2月25日、株式会社キーエンス
甲第B15号証:特開2018-172790号公報
甲第B16号証:特開昭59-157115号公報
甲第B17号証:特開平8-90570号公報
甲第B18号証:特開平8-281817号公報
甲第B19号証:福田金属箔粉工業株式会社 FLEQ(登録商標)リーフレット、2019年12月1日改訂版、福田金属箔粉工業株式会社
甲第B20号証:特開2014-60449号公報
甲第B21号証:国際公開第2016/104420号
甲第B22号証:特開2022-169598号公報
甲第B23号証:特開平7-251438号公報
甲第B24号証:特開2017-203702号公報
甲第B25号証:特開平3-17156号公報
甲第B26号証:国際公開第2021/256491号
甲第B27号証:特願2020-105862号
甲第B28号証:米国仮出願第62/952,553号明細書
甲第B29号証:JIS K7136:2000 プラスチック-透明材料のへーズの求め方(JISハンドブック2009年版より抜粋)、2009年1月30日、財団法人日本規格協会
甲第B30号証:JIS K7361-1:1997 プラスチック-透明材料の全光線透過率の試験方法-第1部:シングルビーム法、2009年1月30日、財団法人日本規格協会
甲第B31号証:LED Lights: What is the difference between Wan White and Cool White? (LED光:暖白色と冷白色の違いは何か)
https://www.renovatorstore.eom.au/blog/led-lights-what-is-the-difference-between-warm-white-and-cool-white/ 作成者: renovationstore(オーストラリア)
甲第B32号証:What's the difference Between Warm White and Cool White LEDs?(暖白色LEDと冷白色LEDの違いは何か)
https://socketstore.co.uk/page/help/lighting/leds-difference-between-warm-white-and-cool-whites 作成者:socketstore(英国)
甲第B33号証:Experience the beauty of warm white LED lighting(ワームホワイト LED照明の美を経験ください)
https://www.lighting.philips.eom.sg/consumer/led-lights/warm-led-light 作成者:フィリップス
甲第B34号証:白色LED:白い光はどうやって作る?
https://www.rohm.co.jp/electronics-basics/led/led_what3 作成者:ローム株式会社
甲第B35号証:ヘイズガードi(ヘイズメーター/ヘーズメーター)
https://www.tetsutani.eo.jp/sokutei/hazegard.html 作成者:株式会社テツタニ
甲第B36号証:色温度交換フィルター(LA.LB)製品情報
https://www.hoyacandeo.eo.jp/japanese/products/eo/color/06.html 作成者:HOYA株式会社オプティクス部門
甲第B31ないしB36号証は令和5年3月31日に提出された意見書に添付されたものである。証拠の表記は、特許異議申立書B及び上記意見書の記載におおむね従った。以下、順に「甲B1」のようにいう。
第5 取消理由の概要
令和4年11月10日付けで通知した取消理由(以下、「取消理由」という。)の概要は次のとおりである。
1 取消理由1(明確性要件)
本件特許の請求項1ないし12に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
なお、該取消理由1は申立理由B1のイ及びウとおおむね同旨である。
(1)本件特許の請求項1に「前記液晶ポリマーフィルムは、μmの単位で表す厚さ及び透過率(TT%)を有し、
前記厚さ及び前記透過率の値を式(III)
:Log(1/TT%)/(厚さ)0.5
に代入すると、0.055より大きく0.090より小さい値が得られ」と記載されている。
これを字義通り解釈すれば、Logの括弧内に代入される数値は、パーセント(百に対していくつに当たるかで示す割合、百分率)で示される透過率の値の逆数である。実際、本件特許の発明の詳細な説明の【0071】の【表3】には、「TT%」の列に、実施例1の「55」など、パーセントでの透過率の値が列挙されている。ここで、Log1=0であるから、「式(III)」の数値が「0.055より大きく0.090より小さい値」となるためには、「透過率(TT%)」は、「1」未満の値でなければならないが、本件特許の発明の詳細な説明における実施例には、「16」(E12)~「55」(E1)の数値しか示されていない。
そうすると、本件特許の請求項1の上記記載は、本件特許の発明の詳細な説明の記載と整合していない。
したがって、請求項1の記載により特定される本件特許発明1は明確であるとはいえないし、請求項1を直接又は間接的に引用して特定する本件特許発明2ないし12も明確であるとはいえない。
(2)本件特許の請求項1に「前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義する。」と記載されている。
ASTM D1003(甲B1)は、「透明プラスチックのヘーズ(曇り度)および光透過率の測定法」に関する規格であるから、当業者は「透過率」が光透過率であることは理解できる。しかし、ASTM D1003には、測定結果から全光線透過率(Total Transmittance)と、拡散透過率(Diffuse Transmittance Td)を算出する方法が記載されているところ、本件特許の請求項1及び発明の詳細な説明には、単に「透過率」としか記載されていないし、ASTM D1003には「TT%」との略号は用いられていないので、「透過率」が全光線透過率か、拡散透過率か明確であるとはいえない。
また、透過率が全光線透過率のことであるとしても、測定に用いる光の波長又は分光強度分布(波長対強度の分布)が不明であり、当業者は本件特許発明1の範囲を把握することはできない。
すなわち、ASTM D1003には、ヘーズメータ(曇り度計、濁度計)を用いる手順Aと、分光計を用いる手順Bとが記載されているが、本件実施例で使用された透過率計(NDH5000)は、他の特許文献や製造元の日本電色工業株式会社のHPに記載の後継機種(NDH8000)の説明で確認したところ、ヘーズメータであるから、透過率の測定は手順Aに基づいて行われたものと判断できる。
しかし、ASTM D1003は、測定光源として、CIE(国際照明委員会)規格の標準光C又は標準光Aを使用し、特に全光線透過率の測定値の報告にあたっては、どちらの光源を用いたのか明記するように記載している。
例えば、甲B2(【0019】)及び甲B3(【0020】)に例示されるように、現在でもどちらの光源を用いるかきまりがあるわけではない。
ここで、甲B4(第130及び131ページの「4.1 標準イルミナント」の欄)に記載するように、標準光Aは色温度約2856Kの黒体輻射(いわゆる電球色)、標準光Cは色温度6774K(紫外線を除く)の平均昼光であり、両者の分光強度分布は甲B5の図28-(1)に示すように全く異なっている。その場合、甲B7(第23ページのTable 3及びFig.11)が例証するように、樹脂フィルムの光透過率は光の波長に応じて異なるものであるから、分光強度分布の異なる光源Aと光源Cのどちらを用いるかによって、液晶ポリマーフィルムの全光線透過率の測定値が異なることは明らかである。
しかし、本件特許の発明の詳細な説明には、「透過率」を「標準法ASTM D1003」に従って定義することは記載されているものの、測定にあたって標準光Aと、標準光Cのどちらを用いたかは記載されていない。そのため、当業者は、本件特許発明1の権利範囲を明確に把握することができない。
したがって、請求項1の記載により特定される本件特許発明1は明確であるとはいえないし、請求項1を直接又は間接的に引用して特定する本件特許発明2ないし12も明確であるとはいえない。
2 取消理由2(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし12に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
なお、該取消理由2は申立理由A2及びB2とおおむね同旨である。
本件特許の発明の詳細な説明の【0007】によると、本件特許発明1ないし9が解決しようとする課題は、「LCPフィルムの誘電特性を向上させ、それにより信号伝送用積層体に塗布したLCPフィルムが挿入損失を低減できる」ようにした「LCPフィルム」を提供することであり、本件特許発明10及び11が解決しようとする課題は、上記「LCPフィルム」と「金属箔」からなる「積層体」を提供することである(以下、総称して「発明の課題」という。)と認められる。
他方、本件特許の発明の詳細な説明の【0066】ないし【0069】によると、「LCPフィルムの誘電特性を向上させ、それにより信号伝送用積層体に塗布したLCPフィルムが挿入損失を低減できる」か否か、即ち、発明の課題を解決できるか否かの基準は、LCPフィルムの厚さによって異なっている。このようにLCPフィルムの厚さによって挿入損失の低減の可否の判断基準を変えるべき理由は本件特許の発明の詳細な説明に記載されておらず、また、本件特許の出願時の技術常識であったとも認められない。
そうすると、判断基準が設定されている15μm、25μm、50μm又は100μmの厚さのLCPフィルム以外の厚さのLCPフィルムについては、挿入損失がどのような値になれば課題を解決できるといえるのか、当業者は理解することができない。
また、本件特許発明1における「式(III)」は、「Log(1/TT%)/(厚さ)0.5」で表されるものであるが、「LCPフィルム」の「TT%(透過率)」や「厚さ」は、誘電特性や挿入損失とは全く異なる種類の特性であるから、なぜこれらの全く異なる特性の間に相関があるのか、その作用機序を当業者は理解できないし、「式(III)」において、なぜ、Logをとるのか、なぜ、厚さが0.5乗されるのかなど、その技術的意義を、当業者は理解することができない。
そして、本件特許の発明の詳細な説明には、「LCPフィルム」において、「式(III)」の値が「0.055より大きく0.090より小さい」という条件を満たすことにより、如何なる作用機序により、誘電特性が向上し、挿入損失が低減するのかを説明する記載はなく、また、そのような作用機序が本件特許の出願時の当業者の技術常識であったとも認められない。
さらに、本件特許の発明の詳細な説明の【0066】ないし【0071】には、挿入損失の大きさについて具体的な値が記載されておらず、「O」か「X」かの二段階で評価されているだけであるから、「LCPフィルム」において、「式(III)」の値が変化するのに伴って、挿入損失の大きさが具体的にどのような挙動を示すのか、当業者が実施例の記載から推測することもできない。
そうすると、本件特許の出願時の当業者の技術常識に照らしても、本件特許の発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものを特定することはできない。
したがって、本件特許発明1が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえないし、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえない。
また、請求項1を直接又は間接的に引用して特定する本件特許発明2ないし12についても同様である。
3 取消理由3(特許異議申立人Bが提出した甲B26に係る日本語特許出願(特願2022-531857号)に基づく拡大先願)
本件特許の請求項1ないし3、11及び12に係る発明は、本件特許の優先日前を優先日とする日本語特許出願であって、本件特許の優先日後に国際公開がされた特許異議申立人Bが提出した甲B26に係る日本語特許出願(特願2022-531857号)の国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面と同一であり、しかも、本件特許の出願の発明者が上記日本語特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また本件特許の出願の時において、本件特許の出願人が上記日本語特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない(同法第184条の13参照)ものであるから、本件特許の請求項1ないし3、11及び12に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
なお、該取消理由3は申立理由B11とおおむね同旨である。
第6 取消理由についての当審の判断
1 取消理由1(明確性要件)について
(1)明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
そこで、検討する。
(2)特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の記載は上記第3のとおりである。
(3)明確性要件の判断
ア まず、取消理由1で指摘した点について検討する。
(ア)取消理由1の(1)の点について
本件特許の発明の詳細な説明(以下、「発明の詳細な説明」という。)の【0056】に「実施例1を例に取ると、実施例1におけるLCPフィルムの厚さは15μm、透過率は55%(即ち0.55)であったため、関連する式(III)に代入するとLog(1/0.55)/(15)0.5=0.0670となった。」と記載されている。
したがって、本件特許の請求項1の「Log(1/TT%)」の「TT%」に代入される値は、「パーセント」の値ではなく、その100分の1の値であると当業者は理解する。
よって、願書に添付した明細書の記載を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎とすれば、取消理由1の(1)の点では、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。
(イ)取消理由1の(2)の点について
本件特許の請求項1には、「前記液晶ポリマーフィルムは、μmの単位で表す厚さ及び透過率(TT%)を有し」及び「前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義し」と記載されている。
「ASTM D1003」(甲B1)は、「透明プラスチックのヘーズ(曇り度)および光透過率の測定法」に関する規格であり、該規格において、「全光線透過率」を「Tt」と略しており、また、特許権者から令和5年2月10日に提出された意見書に添付された乙第1号証(日本精化株式会社のウェブページ(https://www.nipponseika.co.jp/business/nsc/flexible-display/)のプリントアウト)に「全光線透過率TT%」と記載されていることから、当業者は「透過率」が「全光線透過率」のことであると理解できる。
また、「ASTM D1003」は、測定光源として、CIE(国際照明委員会)規格の標準光C又は標準光Aを使用し、特に全光線透過率の測定値の報告にあたっては、どちらの光源を用いたのか明記するように記載しているところ、発明の詳細な説明には、CIE(国際照明委員会)規格の標準光C又は標準光Aのどちらを使用するかの記載はなく、また、甲B2(【0019】)及び甲B3(【0020】)に例示されるように、どちらかの光源に特定されるといった当業者の技術常識もない。
そうすると、本件特許発明1において、使用される測定光源は、CIE(国際照明委員会)規格の標準光C又は標準光Aのいずれか一方ではなく、両方であると当業者は理解する。すなわち、本件特許発明1における「式(III)」の値は、CIE(国際照明委員会)規格の標準光C又は標準光Aのどちらを使用したとしても、「0.055より大きく0.090より小さい値が得られ」という発明特定事項を満足するものであると当業者は理解する。
なお、このように理解することは、特許権者の令和5年2月10日に提出された意見書における「異なる光の波長間での反射率の違いは有意なものではない。従って、異なる光の波長での反射率の違いから、光源が異なることによって生じる、異なる光の波長での全光線透過率の違いが、有意であろうと推測することはできない。」(上記意見書第4ページ)旨の主張とも整合する。
したがって、願書に添付した明細書の記載を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎とすれば、取消理由1の(2)の点では、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。
なお、特許権者は、令和5年2月10日に提出された意見書において、「乙第2号証(「製品ナビ(登録商標):濁度計 HAZE METER NDH 5000」のウェブページ)によれば、HAZE METER NDH5000は、光源に白色LEDを採用している。また、光源としての白色LEDは交換することができず、白色LEDの波長を切り替えることはできない。・・・(略)・・・また、白色LEDの色温度は約6500Kであるため、当業者であれば、本件特許の実施例の透過率が標準法ASTM D1003に従って測定され、光源Cの色温度に類似した色温度の光源が用いられたことを理解することができる。」(上記意見書第4及び5ページ)旨主張するが、「白色」であるからといって、「色温度」は「約6500K」であるとは限らない(甲A7及び甲B31ないしB33参照。)し、「白色LED」の交換ができないからといって、「白色LED」の「波長」を切り替えることができないとは限らない(甲B35及びB36参照。)から、「光源Cの色温度に類似した色温度の光源が用いられた」とはいえず、該主張は採用できない。
(ウ)特許異議申立人A及びBの主張について
特許異議申立人A及びBの主張について検討する。
a 特許異議申立人Aの主張について
特許異議申立人Aは、令和5年3月29日に提出された意見書において、「そうすると、当業者は、本件実施例においては、ASTM D1003に記載の標準光A、標準光Cのどちらにも該当しない光源(白色LED)が使用されている可能性も充分にあると理解するのであって、結局のところ、本件発明1で特定される「透過率」がどのような光源を用いて測定されたものであるのか一義的に理解することができない。」(上記意見書第3ページ)旨主張するが、上記(イ)のとおり、使用される測定光源は、CIE(国際照明委員会)規格の標準光C又は標準光Aのいずれか一方ではなく、両方であると当業者は理解し、「透過率」がどのような光源を用いて測定されたものであるのか一義的に理解することができないとはいえないから、該主張は採用できない。
b 特許異議申立人Bの主張について
特許異議申立人Bは、令和5年3月31日に提出された意見書において、「透過率(TT%)の定義や式(III)の意味するところを特許権者の主張に沿って解釈したとしても、対比のため使用すべき光源の規格が不明であれば当業者は、特許権の範囲を明確に把握することはできません。」(上記意見書第7ページ)旨主張するが、上記(イ)のとおり、使用される測定光源は、CIE(国際照明委員会)規格の標準光C又は標準光Aのいずれか一方ではなく、両方であると当業者は理解し、使用すべき光源の規格が不明であるとはいえないから、該主張は採用できない。
イ 他に本件特許の請求項1にそれ自体不明確な記載はなく、また、本件特許の請求項1の記載は発明の詳細な説明の記載とも整合する。
ウ 本件特許の請求項2、3及び6ないし12にもそれ自体不明確な記載はなく、また、本件特許の請求項2、3及び6ないし12の記載は発明の詳細な説明の記載とも整合する。
エ したがって、本件特許発明1及び請求項1を直接又は間接的に引用して特定する本件特許発明2、3及び6ないし12に関して、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。
よって、本件特許発明1ないし3及び6ないし12は明確である。
(4)取消理由1についてのむすび
したがって、本件特許の請求項1ないし3及び6ないし12に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえないから、同法第113条第4号に該当せず、取消理由1によっては取り消すことはできない。
2 取消理由2(サポート要件)について
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
そこで、検討する。
(2)特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の記載は上記第3のとおりである。
(3)サポート要件の判断
発明の詳細な説明の【0007】によると、本件特許発明1ないし3及び6ないし10が解決しようとする課題は、「LCPフィルムの誘電特性を向上させ、それにより信号伝送用積層体に塗布したLCPフィルムが挿入損失を低減できる」ようにした「LCPフィルム」を提供することであり、本件特許発明11及び12が解決しようとする課題は、上記「LCPフィルム」と「金属箔」からなる「積層体」を提供することである(以下、総称して「発明の課題」という。)と認められる。
発明の詳細な説明の【0008】ないし【0018】、【0021】、【0029】及び【0030】には、本件特許発明1ないし3及び6ないし12に対応する事項が記載されている。
発明の詳細な説明の【0013】には「LCPフィルムを作成する特定の含有量範囲でそれぞれナフタレン含有構造単位とベンゼン含有構造単位を有するサーモトロピック液晶樹脂を用い、LCPフィルムの厚さ及びと透過率の値を協調制御することで、式(III)から求めた値を特定の範囲内に制御することが可能になり、このようなLCPフィルムの誘電特性が向上し、高周波でのLCPフィルムの挿入損失が減少する。」と記載されている。
発明の詳細な説明の【0041】ないし【0080】において、「式(1)で表す前記構造単位の総モル数に基づいて、式(I)で表す前記構造単位のモル数は15mol%~40mol%の範囲であり、式(I)及び(II)で表す前記構造単位の合計モル数は80mol%~100mol%の範囲であり、前記液晶ポリマーフィルムは、μmの単位で表す厚さ及び透過率(TT%)を有し、前記厚さ及び前記透過率の値を式(III):Log(1/TT%)/(厚さ)0.5に代入すると、0.055より大きく0.090より小さい値が得られ、前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義」される「液晶ポリマーフィルム」の実施例が、「挿入損失を低減できる」ことを確認している。
そうすると、当業者は、「式(1)で表す前記構造単位の総モル数に基づいて、式(I)で表す前記構造単位のモル数は15mol%~40mol%の範囲であり、式(I)及び(II)で表す前記構造単位の合計モル数は80mol%~100mol%の範囲であり、前記液晶ポリマーフィルムは、μmの単位で表す厚さ及び透過率(TT%)を有し、前記厚さ及び前記透過率の値を式(III):Log(1/TT%)/(厚さ)0.5に代入すると、0.055より大きく0.090より小さい値が得られ、前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義」される「液晶ポリマーフィルム」及び該「液晶ポリマーフィルム」と「金属箔」からなる「積層体」は、発明の課題を解決できると認識できる。
そして、本件特許発明1ないし3及び6ないし10は、上記発明の課題を解決できると認識できる「液晶ポリマーフィルム」をさらに限定したものであり、本件特許発明11及び12は上記発明の課題を解決できると認識できる「積層体」をさらに限定したものである。
したがって、本件特許発明1ないし3及び6ないし12は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。
よって、本件特許発明1ないし3及び6ないし12に関して、特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合する。
なお、LCPフィルムの厚さによって挿入損失の低減の可否の判断基準を変えるべき理由は本件特許の発明の詳細な説明に記載されておらず、また、本件特許の出願時の技術常識であったとは認められないが、上記発明の課題を解決できると認識できる「液晶ポリマーフィルム」及び「積層体」の範囲内であれば、範囲外のものと比べれば、発明の課題を多少は解決すると当業者は理解する。
また、発明の詳細な説明には、「式(III)」に関して、Logをとる理由及び厚さを0.5乗する理由が記載されていないとしても、「式(III)」の値が「0.055より大きく0.090より小さい」という範囲内であれば、「挿入損失を低減できる」という効果が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載されているといえる。
したがって、取消理由2で指摘した点では、特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するものではないとすることはできない。
また、特許異議申立人Aは、令和5年3月29日に提出された意見書において、特許権者の主張は認められない又は採用できるものではない旨(上記意見書第3ないし12ページ)主張するが、該主張は特許権者の主張の不備を指摘するに過ぎず、上記サポート要件の判断を左右するものではないので、特許異議申立人Aの上記主張は採用できない。
(4)取消理由2についてのむすび
したがって、本件特許の請求項1ないし3及び6ないし12に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえないから、同法第113条第4号に該当せず、取消理由2によっては取り消すことはできない。
3 取消理由3(甲B26に係る日本語特許出願(特願2022-531857号)に基づく拡大先願)について
(1)特許法第29条の2の判断の基準日について
本件特許の優先権主張の基礎出願(米国特許出願第62/952,553号)の明細書又は特許請求の範囲(甲B28)には、本件特許発明1及び請求項1を直接又は間接的に引用して特定する本件特許発明2ないし12の発明特定事項である「前記液晶ポリマーフィルムは、μmの単位で表す厚さ及び透過率(TT%)を有し、
前記厚さ及び前記透過率の値を式(III)
:Log(1/TT%)/(厚さ)0.5
に代入すると、0.055より大きく0.090より小さい値が得られ、
前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義する」に関する記載はない。
したがって、本件特許の本件特許発明1及び請求項1を直接又は間接的に引用して特定する本件特許発明2ないし12は、優先権の利益を享受することはできず、特許法第29条の2の判断に際しての基準日は本件特許の現実の出願日である令和2年12月18日である。
(2)甲B26に係る日本語特許出願(特願2022-531857号)の国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面に記載された事項等
ア 甲B26に係る日本語特許出願(特願2022-531857号)の国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面に記載された事項
甲B26に係る日本語特許出願(特願2022-531857号)は、本件特許の現実の出願日である令和2年12月18日前の同年6月19日を優先日とするものであり、その国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面(以下、「甲B26先願明細書等」という。)には、「熱可塑性液晶ポリマー成形体、金属張積層体および回路基板」に関して、おおむね次の事項が記載されている。
・「[0023] 本発明の第2の構成は、金属張積層体であって
フィルム状の上記熱可塑性液晶ポリマー成形体と、
上記成形体の少なくとも一方の面(片面、または両面)に接合された金属層とを備える、積層体である。」
・「[0040]
熱可塑性液晶ポリマーが、p-ヒドロキシ安息香酸(A)および6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸(B)との繰り返し単位を含む共重合体の場合、そのモル比(A)/(B)は、(A)/(B)=10/90~90/10が好ましく、50/50~90/10がより好ましく、75/25~90/10がさらに好ましく、75/25~85/15がよりさらに好ましく、77/23~80/20が特に好ましい。」
・「[0073](2)全光線透過率
全光線透過率はHAZEMETER、HM-150(株式会社村上色彩技術研究所製)を用い、JIS K7136に準じて測定した。」
・「[0079][参考例]
熱可塑性液晶ポリマー成形体の原料は、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸と、p-ヒドロキシ安息香酸の共重合物で、融点が310℃である熱可塑性液晶ポリマーを単軸押出機で加熱混錬し、ダイ直径33.5mm、ダイスリット間隔500μmのインフレーション装置の円形ダイより押出し、平均膜厚が25~100μmの熱可塑性液晶ポリマーフィルムとした。25μm厚みのフィルムの融点は310℃、全光線透過率は26.8%、ヘイズ値は99.6%、吸光係数は0.053/μmであった。
得られた25~100μm厚みの熱可塑性液晶ポリマーフィルムと、銅箔としてJX金属株式会社製「JXEFL-BHM」を用い、温度300℃、圧力4.0MPaの条件下で5分間積層し、銅張積層板を作製した。
[0080][実施例1~5]
参考例で得られた銅張積層板を、330℃の窒素雰囲気の熱風乾燥機中で水平に静置し、表7に示す時間熱処理した。次いで、塩化第二鉄溶液を用いて、銅箔を除去し、熱可塑性液晶ポリマーフィルムを得た。
[0081][実施例6]
参考例と同様にして得られた厚み50μmの熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面に、同種の銅箔を同様の条件で積層し、両面銅張積層板を作成した。これを、330℃の窒素雰囲気の熱風乾燥機中で4秒水平に静置した後、塩化第二鉄溶液を用いて、銅箔を除去し、熱可塑性液晶ポリマーフィルムを得た。」
・「[0084]
[表7]
[図:0001401640000003.jpg]
」
イ 甲B26先願明細書等に記載された発明
甲B26先願明細書等に記載された事項を、実施例1ないし6に関して整理すると、甲B26先願明細書等には次の発明(以下、「甲B26先願発明」という。)が記載されていると認める。
<甲B26先願発明>
「熱可塑性液晶ポリマー成形体の原料は、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸と、p-ヒドロキシ安息香酸の共重合物で、融点が310℃である熱可塑性液晶ポリマーを単軸押出機で加熱混錬し、ダイ直径33.5mm、ダイスリット間隔500μmのインフレーション装置の円形ダイより押出し、平均膜厚が25~100μmの熱可塑性液晶ポリマーフィルムとし、得られた25~100μmの厚みの熱可塑性液晶ポリマーフィルムと、銅箔としてJX金属株式会社製「JXEFL-BHM」を用い、温度300℃、圧力4.0MPaの条件下で5分間積層し、銅張積層板を作製し、銅張積層板を、330℃の窒素雰囲気の熱風乾燥機中で水平に静置し、表7の実施例1ないし6に示す時間熱処理し、次いで、塩化第二鉄溶液を用いて、銅箔を除去し、得た表7の実施例1ないし6に示す厚み及びJIS K7136に準じて測定した全光線透過率の熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」(当審注:「表7の実施例1ないし6」については上記ア参照。)
(3)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲B26先願発明を対比する。
両者は次の点で一致する。
<一致点>
「液晶ポリマーフィルムであって、前記液晶ポリマーフィルムの材料は式(1)、
‐L1‐Ar‐L2‐ (1)
で表す構造単位から成る液晶ポリマー樹脂であり、
式中、‐L1‐及び‐L2‐はそれぞれ‐O‐又は‐CO‐であり、‐Ar‐はアリーレン基であり、
式(1)は、以下の構造単位、
【化1】
[図:0001401640000004.jpg]
及び
【化2】
[図:0001401640000005.jpg]
から成る、液晶ポリマーフィルム。」
そして、両者は次の点で相違又は一応相違する。
<相違点B26-1>
本件特許発明1においては、「式(1)で表す前記構造単位の総モル数に基づいて、式(I)で表す前記構造単位のモル数は15mol%~40mol%の範囲であり、
式(I)及び(II)で表す前記構造単位の合計モル数は80mol%~100mol%の範囲であり」と特定されているのに対して、甲B26先願発明においては、そのようには特定されていない点。
<相違点B26-2>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは、μmの単位で表す厚さ及び透過率(TT%)を有し、
前記厚さ及び前記透過率の値を式(III)
:Log(1/TT%)/(厚さ)0.5
に代入すると、0.055より大きく0.090より小さい値が得られ、
前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義し」と特定されているのに対して、甲B26先願発明においては、「表7の実施例1ないし6に示す厚み及びJIS K7136に準じて測定した全光線透過率の熱可塑性液晶ポリマーフィルム」と特定されている点。
<相違点B26-3>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは互いに相対する第1表面及び第2表面から成り、前記第1表面の尖度(Sku)は10以上300以下であり、前記Skuは標準法ISO25178‐2:2012に従って定義する」と特定されているのに対して、甲B26先願発明においては、そのようには特定されていない点。
イ 判断
事案に鑑みて、相違点B26-3について検討する。
甲B26には、「液晶ポリマーフィルム」の表面の「尖度(Sku)」に関する記載は全くなく、甲B26先願発明における「第1表面の尖度(Sku)」が「10以上300以下」である蓋然性が高いともいえない。
したがって、相違点B26-3は実質的な相違点である。
また、相違点B26-3は課題解決のための具体化手段における微差であるともいえない。
ウ まとめ
したがって、本件特許発明1は甲B26先願発明と同一であるとはいえない。
(4)本件特許発明2及び3について
本件特許発明2及び3は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有するものであるから、本件特許発明1と同様に、甲B26先願発明と同一であるとはいえない。
(5)本件特許発明11及び12について
本件特許発明11及び12は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有する液晶ポリマーフィルムを用いた積層体であるから、本件特許発明1が甲B26先願発明と同一であるといえない以上、本件特許発明11及び12は甲B26先願明細書等に記載された発明と同一であるとはいえない。
(6)取消理由3についてのむすび
したがって、本件特許発明1ないし3、11及び12は特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない(同法第184条の13参照)ものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし3、11及び12に係る特許は、同法第113条第2号に該当せず、取消理由3によっては取り消すことはできない。
第7 取消理由に採用しなかった特許異議申立書A及びBに記載した特許異議申立ての理由について
取消理由に採用しなかった特許異議申立書A及びBに記載した特許異議申立ての理由は、申立理由A1(実施可能要件)、申立理由A3(明確性要件)、申立理由A4(甲A2に基づく進歩性)、申立理由A5(甲A5に基づく進歩性)、申立理由B1(明確性要件)のうちのア、申立理由B3(実施可能要件)、申立理由B4(甲B8に基づく新規性)、申立理由B5(「ベクスター」(登録商標)に基づく新規性)、申立理由B6(甲B9に記載された周知技術に基づく進歩性)、申立理由B7(甲B13に基づく進歩性)、申立理由B8(甲B21に基づく進歩性)、申立理由B9(甲B22に基づく進歩性)及び申立理由B10(甲B23に基づく進歩性)である。
そこで、検討する。
1 申立理由A1(実施可能要件)及び申立理由B3(実施可能要件)について
(1)実施可能要件の判断基準
上記第3のとおり、本件特許発明1ないし3及び6ないし12は物の発明であるところ、物の発明について実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、使用することができる程度の記載があることを要する。
そこで、検討する。
(2)実施可能要件の判断
発明の詳細な説明の【0008】ないし【0039】には、本件特許発明1ないし3及び6ないし12の各発明特定事項について具体的に記載されている。
発明の詳細な説明の【0040】ないし【0080】には、本件特許発明1ないし3及び6ないし12の実施例について、その製造方法を含め具体的に記載されている。
すなわち、発明の詳細な説明には、本件特許発明1ないし3及び6ないし12の各発明特定事項について具体的に記載され、実施例についてもその製造方法を含め具体的に記載されているといえる。
したがって、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく、本件特許発明1ないし3及び6ないし12を生産し、使用することができる程度の記載があるといえる。
よって、本件特許発明1ないし3及び6ないし12に関して、発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を充足する。
(3)特許異議申立人A及びBの主張について
特許異議申立人A及びBの主張について検討する。
ア 申立理由A1のアの主張について
発明の詳細な説明の【0046】の「実施例1~15と比較例1~4との工程の違いとしては:LCP樹脂の種類、Tダイから鋳造ホイール表面までの距離、送り速度、及び押出温度が挙げられる。実施例1~15及び比較例1~4の製造パラメータをそれぞれ以下の表1に収載する。」という記載によると、「Tダイから鋳造ホイールまでの距離」とは、「Tダイ」の「鋳造ホイール表面」に最も近接する箇所(Tダイの先端とは限らない。)と「鋳造ホイール表面」の「Tダイ」に最も近接する箇所の間の距離のことを意味すると当業者は理解する。
したがって、当業者は、発明の詳細な説明の記載から、「Tダイから鋳造ホイールまでの距離」をどのように設定すればよいか理解でき、本件特許発明に係るLCPフィルムを製造することができるといえる。
よって、申立理由A1のアの主張は採用できない。
イ 申立理由A1のイの主張について
実施例で用いられている三種類のLCP樹脂とは異なる構造単位の割合を有するLCP樹脂を用いた場合でも、発明の詳細な説明の【0046】の記載及び【表1】に収載された製造パラメータの値を参考に、当業者であれば、「Tダイから鋳造ホイール表面までの距離」、「送り速度」及び「押出温度」を適宜調整して、「式(III)」の値を所定の範囲内とすることは可能であるといえる。
また、「Tダイから鋳造ホイール表面までの距離」、「送り速度」及び「押出温度」を適宜調整しても、「式(III)」の値を所定の範囲内とすることは不可能であるという具体的根拠は何ら示されていない。
したがって、申立理由A1のイの主張は採用できない。
ウ 申立理由B3のア及びイの主張について
発明の詳細な説明に、積層体を構成する金属箔に対し、液晶ポリマーの溶液を塗布する流延成形法により形成される液晶ポリマーフィルムの製法は、全く記載されていないとしても、上記(2)のとおり、当業者であれば、発明の詳細な説明の記載に基づき、本件特許発明1ないし3及び6ないし12を実施することはできる。
したがって、申立理由B3のア及びイの主張は採用できない。
(4)申立理由A1及びB3についてのむすび
したがって、本件特許の請求項1ないし3及び6ないし12に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるとはいえないから、同法第113条第4号に該当せず、申立理由A1及びB3によっては取り消すことはできない。
2 申立理由A3(明確性要件)及び申立理由B1(明確性要件)のうちのアについて
(1)明確性要件の判断
上記第6 1のとおり、本件特許発明1ないし3及び6ないし12は明確である。
(2)特許異議申立人A及びBの主張について
特許異議申立人A及びBの主張について検討する。
ア 申立理由A3の主張について
本件特許の請求項1には、「前記Skuは標準法ISO25178‐2:2012に従って定義する」と「標準法ISO25178‐2:2012」に従って測定することが記載されており、本件特許発明1ないし3及び6ないし12は明確である。
なお、甲A1は、「ショットブラスト加工表面」の「尖度」を表記する場合に測定方向を明記する必要がある旨記載するものであり、この証拠からでは、測定方向を明記する必要があることが、本件特許発明に係る「LCPフィルム」の「尖度」を表記する場合の技術常識であるとはいえない。
したがって、申立理由A3の主張は採用できない。
イ 申立理由B1のアの主張について
本件特許の請求項1の「μmの厚さ」という記載は、「式(III)」に代入する際の厚さの単位を「μm」にするという意味に過ぎず、本件特許発明1ないし3及び6ないし12を不明確にするものではない。
したがって、申立理由B1のアの主張は採用できない。
(3)申立理由A3及びB1についてのむすび
したがって、本件特許の請求項1ないし3及び6ないし12に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるとはいえないから、同法第113条第4号に該当せず、申立理由A3及びB1によっては取り消すことはできない。
3 申立理由A4(甲A2に基づく進歩性)について
(1)甲A2に記載された発明
甲A2に記載された事項を、特に[0149]に関して整理すると、甲A2には次の発明(以下、「甲A2発明」という。)が記載されていると認める。
<甲A2発明>
「p-ヒドロキシ安息香酸と6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸の共重合物(モル比:73/27)で、融点が280℃、厚さが50μmである熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」
(2)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲A2発明を対比する。
両者は次の点で一致する。
<一致点>
「液晶ポリマーフィルムであって、前記液晶ポリマーフィルムの材料は式(1)、
‐L1‐Ar‐L2‐ (1)
で表す構造単位から成る液晶ポリマー樹脂であり、
式中、‐L1‐及び‐L2‐はそれぞれ‐O‐又は‐CO‐であり、‐Ar‐はアリーレン基であり、
式(1)は、以下の構造単位、
【化1】
[図:0001401640000006.jpg]
及び
【化2】
[図:0001401640000007.jpg]
から成り、
式(1)で表す前記構造単位の総モル数に基づいて、式(I)で表す前記構造単位のモル数は15mol%~40mol%の範囲であり、
式(I)及び(II)で表す前記構造単位の合計モル数は80mol%~100mol%の範囲である、
液晶ポリマーフィルム。」
そして、両者は次の点で相違する。
<相違点A2-1>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは、μmの単位で表す厚さ及び透過率(TT%)を有し、
前記厚さ及び前記透過率の値を式(III)
:Log(1/TT%)/(厚さ)0.5
に代入すると、0.055より大きく0.090より小さい値が得られ、
前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義し」と特定されているのに対して、甲A2発明においては、そのようには特定されていない点。
<相違点A2-2>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは互いに相対する第1表面及び第2表面から成り、前記第1表面の尖度(Sku)は10以上300以下であり、前記Skuは標準法ISO25178‐2:2012に従って定義する」と特定されているのに対して、甲A2発明においては、そのようには特定されていない点。
イ 判断
甲A2発明において、相違点A2-1及びA2-2に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用する動機付けとなる記載は甲A2にはないし、他の証拠にもない。
したがって、甲A2発明において、相違点A2-1及びA2-2に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
ウ まとめ
したがって、本件特許発明1は甲A2発明並びに甲A2及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(3)本件特許発明2、3及び6ないし10について
本件特許発明2、3及び6ないし10は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有するものであるから、本件特許発明1と同様に、甲A2発明並びに甲A2及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(4)本件特許発明11及び12について
本件特許発明11及び12は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有する液晶ポリマーフィルムを用いた積層体であるから、本件特許発明1が甲A2発明並びに甲A2及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるといえない以上、本件特許発明11及び12は甲A2に記載された発明並びに甲A2及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(5)申立理由A4についてのむすび
したがって、本件特許発明1ないし3及び6ないし12は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし3及び6ないし12に係る特許は、同法第113条第2号に該当せず、申立理由A4によっては取り消すことはできない。
4 申立理由A5(甲A5に基づく進歩性)について
(1)甲A5に記載された発明
甲A5に記載された事項を、特に【0091】に関して整理すると、甲A5には次の発明(以下、「甲A5発明」という。)が記載されていると認める。
<甲A5発明>
「6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸単位27モル%及びp-ヒドロキシ安息香酸単位73モル%からなるサーモトロピック液晶ポリエステルを単軸押出機を用いて280~300℃の温度で加熱混練し、直径40mm、スリット間隔0.6mmの円形ダイより押出して得られた、厚さ30μm、融点(Tm)280℃、熱変形温度220℃の液晶ポリマーフィルム。」
(2)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲A5発明を対比する。
両者は次の点で一致する。
<一致点>
「液晶ポリマーフィルムであって、前記液晶ポリマーフィルムの材料は式(1)、
‐L1‐Ar‐L2‐ (1)
で表す構造単位から成る液晶ポリマー樹脂であり、
式中、‐L1‐及び‐L2‐はそれぞれ‐O‐又は‐CO‐であり、‐Ar‐はアリーレン基であり、
式(1)は、以下の構造単位、
【化1】
[図:0001401640000008.jpg]
及び
【化2】
[図:0001401640000009.jpg]
から成り、
式(1)で表す前記構造単位の総モル数に基づいて、式(I)で表す前記構造単位のモル数は15mol%~40mol%の範囲であり、
式(I)及び(II)で表す前記構造単位の合計モル数は80mol%~100mol%の範囲である、
液晶ポリマーフィルム。」
そして、両者は次の点で相違する。
<相違点A5-1>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは、μmの単位で表す厚さ及び透過率(TT%)を有し、
前記厚さ及び前記透過率の値を式(III)
:Log(1/TT%)/(厚さ)0.5
に代入すると、0.055より大きく0.090より小さい値が得られ、
前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義し」と特定されているのに対して、甲A5発明においては、そのようには特定されていない点。
<相違点A5-2>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは互いに相対する第1表面及び第2表面から成り、前記第1表面の尖度(Sku)は10以上300以下であり、前記Skuは標準法ISO25178‐2:2012に従って定義する」と特定されているのに対して、甲A5発明においては、そのようには特定されていない点。
イ 判断
甲A5発明において、相違点A5-1及びA5-2に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用する動機付けとなる記載は甲A5にはないし、他の証拠にもない。
したがって、甲A5発明において、相違点A5-1及びA5-2に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
ウ まとめ
したがって、本件特許発明1は甲A5発明並びに甲A5及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(3)本件特許発明2、3及び6ないし10について
本件特許発明2、3及び6ないし10は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有するものであるから、本件特許発明1と同様に、甲A5発明並びに甲A5及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(4)本件特許発明11及び12について
本件特許発明11及び12は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有する液晶ポリマーフィルムを用いた積層体であるから、本件特許発明1が甲A5発明並びに甲A5及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるといえない以上、本件特許発明11及び12は甲A5に記載された発明並びに甲A5及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(5)申立理由A5についてのむすび
したがって、本件特許発明1ないし3及び6ないし12は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし3及び6ないし12に係る特許は、同法第113条第2号に該当せず、申立理由A5によっては取り消すことはできない。
5 申立理由B4(甲B8に基づく新規性)について
(1)甲B8に記載された発明
甲B8に記載された事項を、特に[0091]に関して整理すると、甲B8には次の発明(以下、「甲B8発明」という。)が記載されていると認める。
<甲B8発明>
「p-ヒドロキシ安息香酸と6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸の共重合物(モル比:80/20)で、融点325℃、膜厚50μmである熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」
(2)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲B8発明を対比するに、両者は次の点で一致する。
<一致点>
「液晶ポリマーフィルムであって、前記液晶ポリマーフィルムの材料は式(1)、
‐L1‐Ar‐L2‐ (1)
で表す構造単位から成る液晶ポリマー樹脂であり、
式中、‐L1‐及び‐L2‐はそれぞれ‐O‐又は‐CO‐であり、‐Ar‐はアリーレン基であり、
式(1)は、以下の構造単位、
【化1】
[図:0001401640000010.jpg]
及び
【化2】
[図:0001401640000011.jpg]
から成り、
式(1)で表す前記構造単位の総モル数に基づいて、式(I)で表す前記構造単位のモル数は15mol%~40mol%の範囲であり、
式(I)及び(II)で表す前記構造単位の合計モル数は80mol%~100mol%の範囲である、
液晶ポリマーフィルム。」
そして、両者は次の点で相違又は一応相違する。
<相違点B8-1>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは、μmの単位で表す厚さ及び透過率(TT%)を有し、
前記厚さ及び前記透過率の値を式(III)
:Log(1/TT%)/(厚さ)0.5
に代入すると、0.055より大きく0.090より小さい値が得られ、
前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義し」と特定されているのに対して、甲B8発明においては、そのようには特定されていない点。
<相違点B8-2>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは互いに相対する第1表面及び第2表面から成り、前記第1表面の尖度(Sku)は10以上300以下であり、前記Skuは標準法ISO25178‐2:2012に従って定義する」と特定されているのに対して、甲B8発明においては、そのようには特定されていない点。
イ 判断
甲B8には、「式(III)」及び「液晶ポリマーフィルム」の表面の「尖度(Sku)」に関する記載は全くなく、また、甲B8発明における「式(III)」の値が「0.055より大きく0.090より小さい値」である蓋然性が高いとはいえないし、「第1表面の尖度(Sku)」が「10以上300以下」である蓋然性が高いともいえない。
したがって、相違点B8-1及びB8-2は、いずれも実質的な相違点である。
ウ まとめ
したがって、本件特許発明1は甲B8発明であるとはいえない。
(3)本件特許発明2、3及び10について
本件特許発明2、3及び10は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有するものであるから、本件特許発明1と同様に、甲B8発明であるとはいえない。
(4)本件特許発明11及び12について
本件特許発明11及び12は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有する液晶ポリマーフィルムを用いた積層体であるから、本件特許発明1が甲B8発明であるといえない以上、本件特許発明11及び12は甲B8に記載された発明であるとはいえない。
(5)申立理由B4についてのむすび
したがって、本件特許発明1ないし3及び10ないし12は特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし3及び10ないし12に係る特許は、同法第113条第2号に該当せず、申立理由B4によっては取り消すことはできない。
6 申立理由B5(「ベクスター」(登録商標)に基づく新規性)について
(1)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と本件特許の優先日前に日本国内又は外国において「ベクスター」(登録商標)として公然実施をされた発明(以下、「ベクスター発明」という。)を対比する。
両者は次の点で一致する。
<一致点>
「液晶ポリマーフィルムであって、前記液晶ポリマーフィルムの材料は式(1)、
‐L1‐Ar‐L2‐ (1)
で表す構造単位から成る液晶ポリマー樹脂であり、
式中、‐L1‐及び‐L2‐はそれぞれ‐O‐又は‐CO‐であり、‐Ar‐はアリーレン基であり、
式(1)は、以下の構造単位、
【化1】
[図:0001401640000012.jpg]
及び
【化2】
[図:0001401640000013.jpg]
から成る、
液晶ポリマーフィルム。」
そして、両者は次の点で相違又は一応相違する。
<相違点α―1>
本件特許発明1においては、「式(1)で表す前記構造単位の総モル数に基づいて、式(I)で表す前記構造単位のモル数は15mol%~40mol%の範囲であり、
式(I)及び(II)で表す前記構造単位の合計モル数は80mol%~100mol%の範囲である」と特定されているのに対して、ベクスター発明においては、そのようには特定されていない点。
<相違点α-2>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは、μmの単位で表す厚さ及び透過率(TT%)を有し、
前記厚さ及び前記透過率の値を式(III)
:Log(1/TT%)/(厚さ)0.5
に代入すると、0.055より大きく0.090より小さい値が得られ、
前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義し」と特定されているのに対して、ベクスター発明においては、そのようには特定されていない点。
<相違点α-3>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは互いに相対する第1表面及び第2表面から成り、前記第1表面の尖度(Sku)は10以上300以下であり、前記Skuは標準法ISO25178‐2:2012に従って定義する」と特定されているのに対して、ベクスター発明においては、そのようには特定されていない点。
イ 判断
事案に鑑み、相違点α-2及びα-3について検討する。
ベクスター発明における「式(III)」の値が「0.055より大きく0.090より小さい値」である蓋然性が高いとはいえないし、「第1表面の尖度(Sku)」が「10以上300以下」である蓋然性が高いともいえない。
したがって、相違点α-2及びα-3はいずれも実質的な相違点である。
ウ まとめ
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1はベクスター発明であるとはいえない。
(2)本件特許発明2、3、7及び8について
本件特許発明2、3、7及び8は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有するものであるから、本件特許発明1と同様に、ベクスター発明であるとはいえない。
(3)本件特許発明11及び12について
本件特許発明11及び12は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有する液晶ポリマーフィルムを用いた積層体であるから、本件特許発明1がベクスター発明であるといえない以上、本件特許発明11及び12はベクスター発明であるとはいえない。
(4)申立理由B5についてのむすび
したがって、本件特許発明1ないし3、7、8、11及び12は特許法第29条第1項第2号に該当し特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし3、7、8、11及び12に係る特許は、同法第113条第2号に該当せず、申立理由B5によっては取り消すことはできない。
7 申立理由B6(甲B9に記載された周知技術に基づく進歩性)について
(1)甲B9に記載された周知技術
甲B9(特に第139ページ参照。)には、周知技術として、p-ヒドロキシ安息香酸(HBA)と6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸(HNA)の重縮合物からなるII型LCPを原料樹脂とする「ベクスター」(以下、「甲B9周知発明」という。)が記載されている。
(2)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲B9周知発明を対比する。
両者は次の点で一致する。
<一致点>
「液晶ポリマーフィルムであって、前記液晶ポリマーフィルムの材料は式(1)、
‐L1‐Ar‐L2‐ (1)
で表す構造単位から成る液晶ポリマー樹脂であり、
式中、‐L1‐及び‐L2‐はそれぞれ‐O‐又は‐CO‐であり、‐Ar‐はアリーレン基であり、
式(1)は、以下の構造単位、
【化1】
[図:0001401640000014.jpg]
及び
【化2】
[図:0001401640000015.jpg]
から成る、
液晶ポリマーフィルム。」
そして、両者は次の点で相違する。
<相違点β―1>
本件特許発明1においては、「式(1)で表す前記構造単位の総モル数に基づいて、式(I)で表す前記構造単位のモル数は15mol%~40mol%の範囲であり、
式(I)及び(II)で表す前記構造単位の合計モル数は80mol%~100mol%の範囲である」と特定されているのに対して、甲B9周知発明においては、そのようには特定されていない点。
<相違点β-2>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは、μmの単位で表す厚さ及び透過率(TT%)を有し、
前記厚さ及び前記透過率の値を式(III)
:Log(1/TT%)/(厚さ)0.5
に代入すると、0.055より大きく0.090より小さい値が得られ、
前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義し」と特定されているのに対して、甲B9周知発明においては、そのようには特定されていない点。
<相違点β-3>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは互いに相対する第1表面及び第2表面から成り、前記第1表面の尖度(Sku)は10以上300以下であり、前記Skuは標準法ISO25178‐2:2012に従って定義する」と特定されているのに対して、甲B9周知発明においては、そのようには特定されていない点。
イ 判断
事案に鑑み、相違点β-2及びβ-3について検討する。
甲B9周知発明において、相違点β-2及びβ-3に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用する動機付けとなる記載は甲B9にはないし、他の証拠にもない。
したがって、甲B9発明において、相違点β-2及びβ-3に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
ウ まとめ
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は甲B9周知発明並びに甲B9及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(3)本件特許発明2、3、7、8及び10について
本件特許発明2、3、7、8及び10は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有するものであるから、本件特許発明1と同様に、甲B9周知発明並びに甲B9及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(4)本件特許発明11及び12について
本件特許発明11及び12は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有する液晶ポリマーフィルムを用いた積層体であるから、本件特許発明1が甲B9周知発明並びに甲B9及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるといえない以上、本件特許発明11及び12は甲B9に記載された周知技術並びに甲B9及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(5)申立理由B6についてのむすび
したがって、本件特許発明1ないし3、7、8及び10ないし12は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし3、7、8及び10ないし12に係る特許は、同法第113条第2号に該当せず、申立理由B6によっては取り消すことはできない。
8 申立理由B7(甲B13に基づく進歩性)について
(1)甲B13に記載された発明
甲B13に記載された事項を、特に【0054】に関して整理すると、甲B13には次の発明(以下、「甲B13発明」という。)が記載されていると認める。
<甲B13発明>
「厚さ50μm、幅250mmのロール状液晶ポリマーフィルム(クラレ(株)製のVecster(登録商標)CT-Z)。」
(2)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲B13発明を対比する。
両者は次の点で一致する。
<一致点>
「液晶ポリマーフィルムであって、前記液晶ポリマーフィルムの材料は式(1)、
‐L1‐Ar‐L2‐ (1)
で表す構造単位から成る液晶ポリマー樹脂であり、
式中、‐L1‐及び‐L2‐はそれぞれ‐O‐又は‐CO‐であり、‐Ar‐はアリーレン基であり、
式(1)は、以下の構造単位、
【化1】
[図:0001401640000016.jpg]
及び
【化2】
[図:0001401640000017.jpg]
から成る、
液晶ポリマーフィルム。」
そして、両者は次の点で相違する。
<相違点B13-1>
本件特許発明1においては、「式(1)で表す前記構造単位の総モル数に基づいて、式(I)で表す前記構造単位のモル数は15mol%~40mol%の範囲であり、
式(I)及び(II)で表す前記構造単位の合計モル数は80mol%~100mol%の範囲である」と特定されているのに対して、甲B13発明においては、そのようには特定されていない点。
<相違点B13-2>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは、μmの単位で表す厚さ及び透過率(TT%)を有し、
前記厚さ及び前記透過率の値を式(III)
:Log(1/TT%)/(厚さ)0.5
に代入すると、0.055より大きく0.090より小さい値が得られ、
前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義し」と特定されているのに対して、甲B13発明においては、そのようには特定されていない点。
<相違点B13-3>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは互いに相対する第1表面及び第2表面から成り、前記第1表面の尖度(Sku)は10以上300以下であり、前記Skuは標準法ISO25178‐2:2012に従って定義する」と特定されているのに対して、甲B13発明においては、そのようには特定されていない点。
イ 判断
事案に鑑み、相違点B13-2及びB13-3について検討する。
甲B13発明において、相違点B13-2及びB13-3に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用する動機付けとなる記載は甲B13にはないし、他の証拠にもない。
したがって、甲B13発明において、相違点B13-2及びB13-3に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
ウ まとめ
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は甲B13発明並びに甲B13及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(3)本件特許発明2、3及び7ないし10について
本件特許発明2、3及び7ないし10は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有するものであるから、本件特許発明1と同様に、甲B13発明並びに甲B13及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(4)本件特許発明11及び12について
本件特許発明11及び12は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有する液晶ポリマーフィルムを用いた積層体であるから、本件特許発明1が甲B13発明並びに甲B13及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるといえない以上、本件特許発明11及び12は甲B13に記載された発明並びに甲B13及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(5)申立理由B7についてのむすび
したがって、本件特許発明1ないし3及び7ないし12は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし3及び7ないし12に係る特許は、同法第113条第2号に該当せず、申立理由B7によっては取り消すことはできない。
9 申立理由B8(甲B21に基づく進歩性)について
(1)判断
申立理由B8は、本件特許発明1が周知であることを前提とした理由であるところ、本件特許発明1は周知であるとはいえないので、申立理由B8はその前提から誤っている。
したがって、本件特許発明4、7ないし9、11及び12は、甲B21に記載された発明並びに甲B21及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(2)申立理由B8についてのむすび
したがって、本件特許発明4、7ないし9、11及び12は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項4、7ないし9、11及び12に係る特許は、同法第113条第2号に該当せず、申立理由B8によっては取り消すことはできない。
10 申立理由B9(甲B22に基づく進歩性)について
(1)判断
申立理由B9は、本件特許発明1が周知であることを前提とした理由であるところ、本件特許発明1は周知であるとはいえないので、申立理由B9はその前提から誤っている。
したがって、本件特許発明4ないし6は、甲B22に記載された発明並びに甲B22及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(2)申立理由B9についてのむすび
したがって、本件特許発明4ないし6は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項4ないし6に係る特許は、同法第113条第2号に該当せず、申立理由B9によっては取り消すことはできない。
11 申立理由B10(甲B23に基づく進歩性)について
(1)甲B23に記載された発明
甲B23に記載された事項を、特に【0029】に関して整理すると、甲B23には次の発明(以下、「甲B23発明」という。)が記載されていると認める。
<甲B23発明>
「一対の加熱ロール(直径20mm、幅600mm、温度320℃)のクリアランスを250μmに設定し、この間に2枚の延伸多孔質PTFEフィルム(平均孔径0.2μm、空孔率80%、厚さ40μm)を供給し、更にその間にサーモトロピック液晶ポリエステル(ポリプラスチックス社製:ベクトラA-950)を、単軸押出機(スクリュー径50mm)とTダイ(リップ長さ500mm、リップクリアランス1mm、ダイ温度300℃)により溶融押出し、溶融樹脂溜めを作り、引き取った(2m/min)後、冷却ロール(直径50mm、温度150℃)で冷却し、焼成(240℃×10min)後、延伸多孔質PTFEフィルムを剥離し巻取って得たサーモトロピック液晶ポリエステルフィルム。」
(2)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲B23発明を対比する。
両者は次の点で一致する。
<一致点>
「液晶ポリマーフィルムであって、前記液晶ポリマーフィルムの材料は式(1)、
‐L1‐Ar‐L2‐ (1)
で表す構造単位から成る液晶ポリマー樹脂であり、
式中、‐L1‐及び‐L2‐はそれぞれ‐O‐又は‐CO‐であり、‐Ar‐はアリーレン基であり、
式(1)は、以下の構造単位、
【化1】
[図:0001401640000018.jpg]
及び
【化2】
[図:0001401640000019.jpg]
から成る、
液晶ポリマーフィルム。」
そして、両者は次の点で相違する。
<相違点B23-1>
本件特許発明1においては、「式(1)で表す前記構造単位の総モル数に基づいて、式(I)で表す前記構造単位のモル数は15mol%~40mol%の範囲であり、
式(I)及び(II)で表す前記構造単位の合計モル数は80mol%~100mol%の範囲である」と特定されているのに対して、甲B23発明においては、そのようには特定されていない点。
<相違点B23-2>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは、μmの単位で表す厚さ及び透過率(TT%)を有し、
前記厚さ及び前記透過率の値を式(III)
:Log(1/TT%)/(厚さ)0.5
に代入すると、0.055より大きく0.090より小さい値が得られ、
前記透過率は標準法ASTM D1003に従って定義し」と特定されているのに対して、甲B23発明においては、そのようには特定されていない点。
<相違点B23-3>
本件特許発明1においては、「前記液晶ポリマーフィルムは互いに相対する第1表面及び第2表面から成り、前記第1表面の尖度(Sku)は10以上300以下であり、前記Skuは標準法ISO25178‐2:2012に従って定義する」と特定されているのに対して、甲B13発明においては、そのようには特定されていない点。
イ 判断
事案に鑑み、相違点B23-2及びB23-3について検討する。
甲B23発明において、相違点B23-2及びB23-3に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用する動機付けとなる記載は甲B23にはないし、他の証拠にもない。
したがって、甲B23発明において、相違点B23-2及びB23-3に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
ウ まとめ
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は甲B23発明並びに甲B23及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(3)本件特許発明2、3及び7ないし10について
本件特許発明2、3及び7ないし10は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有するものであるから、本件特許発明1と同様に、甲B23発明並びに甲B23及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(4)本件特許発明11及び12について
本件特許発明11及び12は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有する液晶ポリマーフィルムを用いた積層体であるから、本件特許発明1が甲B23発明並びに甲B23及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるといえない以上、本件特許発明11及び12は甲B23に記載された発明並びに甲B23及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(5)申立理由B10についてのむすび
したがって、本件特許発明1ないし3及び7ないし12は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし3及び7ないし12に係る特許は、同法第113条第2号に該当せず、申立理由B10によっては取り消すことはできない。
第8 結語
上記第6及び7のとおり、本件特許の請求項1ないし3及び6ないし12に係る特許は、取消理由及び特許異議申立書A及びBに記載した申立ての理由によっては、取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1ないし3及び6ないし12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、本件特許の請求項4及び5に係る特許は、訂正により削除されたため、特許異議申立人A及びBによる請求項4及び5に係る特許についての特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったので、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
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2022-700724