2020-015227
たばこプロテアーゼ遺伝子
- 審判番号
- 2020-015227
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2017-502853外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2020年11月02日
- 審決日
- 2022年10月26日
- 公報発行日
- 2023年04月28日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 分類
- P18 .536-WZ (C12N) / P18 .537-WZ (C12N) / P18 .64 -WZ (C12N)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法36条6項1号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
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結論
理由
目次 ▾ 11項目
第1 手続の経緯
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本願は、平成27年 7月16日(パリ条約による優先権主張 2014年 7月18日 欧州特許庁)を国際出願日とする出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。
第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、令和4年6月6日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】突然変異体であるか、非天然であるか、もしくは遺伝子組み換えのたばこ植物体細胞であって、(i)機能的プロテアーゼをコードし、かつ配列番号1、5、または10 のうちのいずれか一つと少なくとも95%の配列同一性を持つ配列を含むか、それから成るか、またはそれから実質的に成るポリヌクレオチド、(ii)(i)に記載した前記ポリヌクレオチドによりコードされるポリペプチド、(iii)配列番号81、85、または90のうちのいずれか一つと少なくとも95%の配列同一性を持つ機能的プロテアーゼの配列を含むか、それから成るか、またはそれから実質的に成るポリペプチド、または(iv)(i)に記載した前記ポリヌクレオチドを含む構築物、ベクター、または発現ベクターを含み、 前記たばこ植物が、オリエント種タイプ、バージニア種タイプ、またはバーレー種タイプであり、かつ前記突然変異誘発または遺伝子組み換えが、前記プロテアーゼの発現または活性が変化されていない対照のたばこ植物体細胞と比較して、結果的に前記プロテアーゼの前記発現又は活性の上方調節を直接もたらす、たばこ植物体細胞。」
第3 当審で通知した拒絶の理由
令和4年2月3日付けで当審が通知した拒絶理由のうちの理由1の概要は、次のとおりのものである。
本願において、請求項1~21に記載の特許を受けようとする発明が、次のア~エの点で、発明の詳細な説明に記載したものとは認められないから、本願は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
ア 1つ程度のプロテアーゼの調節では課題が解決できないこと
イ アミノ酸含有量について
ウ プロテアーゼとしての機能を確認していないことについて
エ 風味以外の特性の変化について
第4 当審の判断
1 発明の詳細な説明の記載事項
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発明の詳細な説明には、次の事項が記載されている。
「【技術分野】【0001】本発明は、乾燥処理したたばこ製品の特性を変化させるためにたばこ中に発現されるプロテアーゼの使用に関する。特に本発明は、一つ以上のたばこプロテアーゼ遺伝子の発現を調節することによって、たばこ葉の乾燥処理を変化させ、かつたばこの葉の組成を調節するための工程を提供する。」
「【背景技術】【0002】たばこの乾燥処理は、各品種のたばこの芳香および風味を引き出す物理的および生化学的な変化の工程である。たばこが収穫された後、その風味を改善するために摂取前にこれを乾燥処理し、次にエージングする必要がある。四つの一般的な乾燥処理の方法があり、使用される方法はたばこのタイプおよびその意図される使用に依存する。」
「【0009】今日まで、提唱されてきた乾燥処理工程を変化させるための唯一の方法は、選ばれた乾燥処理手順でたばこが露出される実際の条件を変化させることに基づいていた。乾燥処理の間のたばこ内での遺伝子発現についてはほとんど知られておらず、さらに、たばこ葉およびそれらから得られる製品内のプロテアーゼの活性に関しては少数のデータしか報告されていない。【0010】発明者らは、バーレー種、バージニア種、およびオリエント種の三つの主要なたばこのタイプで、葉の乾燥処理の間に活性化された80個のプロテアーゼ遺伝子を特定した。発明者らは、特異的なプロテアーゼ発現がたばこ内の特定の風味プロファイルと関連付けられることを見出した。」
「【発明の概要】【発明が解決しようとする課題】【0011】空気乾燥処理の時にバーレー種たばこで、熱風送管乾燥処理の時にバージニア種たばこで、および日光乾燥処理の時にオリエント葉たばこで上方調節される80個のプロテアーゼ遺伝子(配列番号1~80)が特定された。異なるたばこのタイプの一つ以上におけるこのような上方調節の詳細が、図2および表1および表2に要約されている。続きを表示(全17行)【0012】乾燥処理の間にプロテアーゼ活性を調節または修飾するために、このような遺伝子配列およびその調節配列を使用することができる。配列番号1~80のポリヌクレオチド配列はエクソン配列およびイントロン配列を含む。配列番号1~80のポリヌクレオチド配列のコード配列部分に関するタンパク質配列は、配列番号81~160に図示される。【0013】従って、突然変異体であるか、非天然であるか、もしくは遺伝子組み換えのたばこ植物体細胞であって、(i)機能的プロテアーゼをコードし、かつ配列番号1~配列番号80のうちのいずれか一つと少なくとも95%の配列同一性を持つ配列を含むか、それから成るか、またはそれから実質的に成るポリヌクレオチド、(ii)(i)に記載したポリヌクレオチドによりコードされるポリペプチド、(iii)プロテアーゼをコードし、かつ配列番号81~配列番号160と少なくとも95%の配列同一性を持つ配列を含むか、それから成るか、またはそれから実質的に成るポリペプチド、または(iv)(i)に記載した単離ポリヌクレオチドを含む構築物、ベクター、または発現ベクターを含み、かつプロテアーゼの発現または活性が、前記プロテアーゼの発現または活性が変化されなかった対照のたばこ植物体細胞と比較して調節される、たばこ植物体細胞が提供される。【0014】乾燥処理工程の間のたばこ細胞内のプロテアーゼ発現の変更は、乾燥処理したたばこおよびこれらから製造された製品に異なる風味を付与する。異なるたばこ風味プロファイルに対する異なる遺伝子の効果は、以下でさらに考察される。【0015】実施形態では、前記プロテアーゼの発現または活性は、対照たばこ植物体細胞と比較して上方調節される。ところが、一定の実施形態において、前記プロテアーゼの発現または活性は対照たばこ植物体細胞と比較して下方調節される。またさらなる実施形態において、同一の細胞内で少なくとも一つのプロテアーゼを下方調節するのと同時に少なくとも一つのプロテアーゼを上方調節することができる。」
「【図面の簡単な説明】【0046】・・・【図2】 三つの主要なたばこのタイプで増大された80の老化活性化したプロテアーゼ遺伝子の発現。」
「【0204】実施例2差次的発現。組織試料は、RNA配列を使用して配列決定され、読取値はTophat2を使用して3つの品種のゲノムにマッピングされる。以前出版された遺伝子モデルが、差次的遺伝子発現分析に対するベースとして使用される。乾燥処理間の発現の変化は、Cuffdiff2ソフトウェアを使用してマッピングした読取値に基づいて計算される。その発現レベルが乾燥処理の最初の48時間の間に著しく増大した場合、および変化が著しくないかまたは低下した場合、遺伝子は上方調節されたと見なされる。たばこタンパク質は、3つの品種の転写物のデータベースに対するBLAST検索によって特定され、また3つの品種の中で等価な遺伝子転写物は、3つの品種(バーレー種、バージニア種、およびオリエント種)の相互の最も良好なBLASTヒット検索によって特定される(e-値カットオフ1e-80)。【0205】データ(図2)は、3つの乾燥処理した品種での老化活性化した遺伝子の数を示す。」
「【0206】実施例3実施例2で特定されたプロテアーゼ遺伝子は、既知のプロテアーゼファミリーのメンバーシップについて分析された。結果は表1に記載される。【0207】80個の乾燥処理で活性化されるプロテアーゼ遺伝子は、21個の異なるプロテアーゼファミリーに属することが分かっている。【0208】表において、ACは空気乾燥、FCは熱風送管乾燥処理、SCは日光乾燥処理である。AC+FC+SCは三つすべてのタイプのたばこで上方調節され、AC+FCは空気乾燥処理および熱風送管乾燥処理したたばこで上方調節され、AC+SCは空気乾燥処理および日光乾燥処理したたばこで上方調節され、FC+SCは熱風送管乾燥処理および日光乾燥処理したたばこで上方調節され、AC、FC、およびSCはそれぞれのたばこのタイプでのみ上方調節された。【表1】[図:0001395557000001.jpg]」
「【0210】実施例5 表2は、空気乾燥処理したバーレー種(AC)、熱風送管乾燥処理したバージニア種(FC)および日光乾燥処理したオリエント種(SC)の三つのたばこのタイプの中の配列番号1~80の差次的上方調節を例証する。【表2】[図:0001395557000002.jpg][図:0001395557000003.jpg][図:0001395557000004.jpg]」
「【図2】[図:0001395557000005.jpg]」
2 判断
(1)本願発明
本願発明は、上記第2に記載したとおりの、特定の種タイプの「突然変異体であるか、非天然であるか、もしくは遺伝子組み換えのたばこ植物体細胞」であって、(i)~(iv)で特定される「機能的プロテアーゼ」またはそれを発現するためのポリヌクレオチド等を含み、「前記プロテアーゼの発現または活性が変化されていない対照のたばこ植物体細胞と比較して、結果的に前記プロテアーゼの前記発現又は活性の上方調節を直接もたらす」というものである。ここで、(i)~(iv)で特定される「機能的プロテアーゼ」は、「配列番号1、5または10のうちのいずれか一つ(及びその同等物)」によりコードされるポリペプチドであり、それぞれ「配列番号81、85または90のうちのいずれか一つ(及びその同等物)」のポリペプチドに相当するので、本願発明は、代表的には、「配列番号1、5または10のうちのいずれか一つ」の遺伝子によりコードされる「配列番号81、85または90のうちのいずれか一つ」の「機能的プロテアーゼ」の「発現または活性が変化されていない対照のたばこ植物体細胞と比較して、結果的に前記プロテアーゼの前記発現又は活性の上方調節を直接もたらす、たばこ植物体細胞」であると認められる。
よって、以下においては、これについてのサポート要件を検討する。
(2)本願発明が解決しようとする課題
発明の詳細な説明には【発明が解決しようとする課題】の項目は存在するものの(【0011】~【0045】)、当該箇所の記載をみても、発明やその実施形態が記載されるだけで、本願発明が、如何なる課題を解決しようとするものか理解できるようには記載されていない。
そこで、【発明が解決しようとする課題】に先立って記載された【技術分野】及び【従来技術】の記載より、本願発明が解決しようとする課題を検討すると、まず、冒頭の【技術分野】欄の【0001】には、「本発明は、乾燥処理したたばこ製品の特性を変化させるためにたばこ中に発現されるプロテアーゼの使用に関する。特に本発明は、一つ以上のたばこプロテアーゼ遺伝子の発現を調節することによって、たばこ葉の乾燥処理を変化させ、かつたばこの葉の組成を調節するための工程を提供する。」と記載されている。そして、【従来技術】として、【0002】に、「たばこの乾燥処理は、各品種のたばこの芳香および風味を引き出す物理的および生化学的な変化の工程である。」、【0009】に、「今日まで、提唱されてきた乾燥処理工程を変化させるための唯一の方法は、選ばれた乾燥処理手順でたばこが露出される実際の条件を変化させることに基づいていた。」と記載されていることからすると、本願発明は、たばこ中に発現されるプロテアーゼ遺伝子の発現を調節するという手段を用いることで、乾燥処理したたばこ製品の特性を変化させることを企図したものと解される。
さらに、【0010】の「発明者らは、特異的なプロテアーゼ発現がたばこ内の特定の風味プロファイルと関連付けられることを見出した。」との記載、【0014】における「乾燥処理工程の間のたばこ細胞内のプロテアーゼ発現の変更は、乾燥処理したたばこおよびこれらから製造された製品に異なる風味を付与する。」との記載、及び、「風味」以外の「特性」は何ら記載されていないことを考慮すると、上記「乾燥処理したたばこ製品の特性を変化させる」の「特性」とは、「風味」であり、異なる風味を付与するというヒトが官能できる程度に「変化」させること、つまり、「乾燥処理したたばこ製品の風味をヒトが官能できる程度に変化させること」が本願発明の解決しようとする課題であると認められる。
(3)発明の詳細な説明に記載された内容
発明の詳細な説明には、たばこの乾燥処理はたばこの芳香および風味を引き出す物理的化学的変化の工程であるが、乾燥処理の間の遺伝子発現やプロテアーゼ活性に関してほとんど知られていなかったという背景技術の下、発明者らは、乾燥処理時に上方調節される特異的な80個のプロテアーゼ遺伝子(配列番号1~80)を特定し、それらの発現がたばこ内の特定の風味プロファイルと関連付けられることを見出し、上記課題を解決した旨記載されている(【0001】、【0002】、【0009】~【0015】)。
そして、実施例として、空気乾燥処理したバーレー種(AC)、熱風送管乾燥処理したバージニア種(FC)、および日光乾燥処理したオリエント種(SC)について、乾燥処理の最初の48時間に発現レベルが増大した計80個の遺伝子を特定したこと(実施例2、図2、配列番号1~80)、当該80個の遺伝子を既知のプロテアーゼファミリーのメンバーシップについて分析して21個のファミリーに分類し、それぞれのファミリーに属する遺伝子のうちの何個がどの乾燥処理において発現レベルが増大したかの個数をまとめたデータ(実施例3、表1)、当該80個の遺伝子のそれぞれがいずれの乾燥処理たばこ試料で上方調節されたかをまとめたデータ(実施例5、表2)が記載されている。すなわち、表1は、既知のプロテアーゼファミリーに属する配列の個数を提供するものにすぎず、具体的な配列番号ごとの情報を提供するものではないが、表2によれば、配列番号1、5及び10の遺伝子は、AC、FC及びSCのいずれにおいても上方調節された17個の遺伝子(配列番号1~17)のうちの3個であることまでは理解できる。
しかしながら、発明の詳細な説明には、配列番号1、5及び10の遺伝子を含め、80個のいずれの遺伝子についても、実際にプロテアーゼとして機能するポリペプチドをコードしていることを実証するデータも、その発現産物や発現レベルの増大がたばこ製品の風味に与える影響を示すデータも記載されていない。また、これらの80個の遺伝子が、それぞれ異なるプロテアーゼをコードするものであったとしても、各プロテアーゼがどのような機序でたばこの風味に寄与しているのかについての合理的な説明も記載されていない。さらに、風味以外の特性については、何ら記載されていない。
要するに、発明の詳細な説明において、配列番号1、5及び10の遺伝子について開示された事項は、AC、FC及びSCの乾燥処理後に発現レベルが上昇すること、それぞれの塩基配列、及びそれぞれがコードするポリペプチドのアミノ酸配列である配列番号81、95及び90のアミノ酸配列、にとどまっている。
(4)プロテアーゼとしての機能を確認していないことについて(当審拒絶理由のウ)
本願発明は、上記(1)のとおりのものであって、「配列番号1、5または10のうちのいずれか一つ」の遺伝子によりコードされる「配列番号81、85または90のうちのいずれか一つ」のポリペプチドが「機能的プロテアーゼ」であることを発明特定事項とするものである。
それに対して、上記(3)のとおり、発明の詳細な説明には、配列番号1、5及び10の遺伝子によりコードされるポリペプチドがプロテアーゼとして機能することを確認できる記載はない。それどころか、配列番号1、5及び10の遺伝子を含む上記80個の遺伝子それぞれが「プロテアーゼ遺伝子」であると特定したことの具体的な根拠も記載されていない。すなわち、実施例3には、「実施例2で特定されたプロテアーゼ遺伝子は、既知のプロテアーゼファミリーのメンバーシップについて分析された。結果は表1に記載される。」と記載されているが、実施例2にはRNA配列を使用して配列決定され、たばこゲノムにマッピングされ、それがコードするタンパク質は転写物のデータベースに対するBLAST検索によって特定されたことが一般的に記載されるにとどまり、例えば、どのようなデータベースを用いてBLAST検索を行い、どのようなプロテアーゼ遺伝子とどの程度の同一性を有していたかなど、配列番号1、5及び10の遺伝子を含む上記80個の遺伝子それぞれを「プロテアーゼ遺伝子」であると特定するために必要な情報についての具体的な記載がない。しかも、本願出願日当時、遺伝子の塩基配列やそれがコードするアミノ酸配列のみから、直ちに当該遺伝子がコードするポリペプチドの活性を自明のものとして当業者が理解できるという技術常識があったとも認められないので、上記(3)のとおりの発明の詳細な説明の記載内容からは、当業者といえども、配列番号1、5及び10の遺伝子が「機能的プロテアーゼ」をコードすることを認識できるとはいうことができない。
したがって、配列番号1、5及び10の遺伝子がコードする配列番号81、85及び90のポリペプチドが「機能的プロテアーゼ」であることを発明特定事項とする本願発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるとは認めることができない。
(5)1つ程度のプロテアーゼの調節では課題が解決できないこと(当審拒絶理由のア)
本願発明は、上記(1)のとおりのものであるから、「配列番号1、5または10のうちのいずれか一つ」の遺伝子によりコードされる「配列番号81、85または90のうちのいずれか一つ」の「機能的プロテアーゼ」の「発現または活性が変化されていない対照のたばこ植物体細胞と比較して、結果的に前記プロテアーゼの前記発現又は活性の上方調節を直接もたらす」ことにより、上記(2)で認定した「乾燥処理したたばこ製品の風味をヒトが官能できる程度に変化させる」という課題を解決するものと認められる。
しかしながら、発明の詳細な説明には、「配列番号1、5または10のうちのいずれか一つ」の遺伝子によりコードされる「配列番号81、85または90のうちのいずれか一つ」のポリペプチドが「機能的プロテアーゼ」であることが開示されていないし(上記(4))、その発現レベルの増大がたばこ製品の風味に与える影響を示すデータも、プロテアーゼがどのような機序でたばこの風味に寄与しているのかについての合理的な説明も記載されていない(上記(2))。
本願発明は、たばこの乾燥処理はたばこの芳香および風味を引き出す物理的化学的変化の工程であるが、乾燥処理の間の遺伝子発現やプロテアーゼ活性に関してほとんど知られていなかったという背景技術の下でなされたものなのだから(【0009】)、仮に、「配列番号1、5または10のうちのいずれか一つ」の遺伝子によりコードされる「配列番号81、85または90のうちのいずれか一つ」のポリペプチドがプロテアーゼとしての機能を有するものであったとしても、その上方調節がたばこ製品の風味を変化させることが具体的あるいは合理的に開示されていない以上、本願発明は、上記(2)で認定した課題が解決できることを当業者が認識できるように発明の詳細な説明に記載したものと認めることはできない。
そして、実施例2でプロテアーゼとされるものだけでも80個の遺伝子が同定されたことから、たばこの乾燥処理において発現レベルが上方調節される遺伝子は、上記の80個以外にも機能を特定できないものやプロテアーゼ以外の機能を有するもの等も含め多数存在すると考えられるから、「配列番号1、5または10のうちのいずれか一つ」の遺伝子によりコードされる「配列番号81、85または90のうちのいずれか一つ」というわずか一つのプロテアーゼのみが上方調節されるだけで、たばこ製品の風味がヒトが官能できる程度に変化することは、当業者といえども発明の詳細な説明から認識し得えないことである。
したがって、本願発明は、発明の詳細な説明に、上記(2)で認定した課題を解決できると当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものである。
(6)風味以外の特性の変化について(当審拒絶理由のエ)
仮に、本願発明の課題が、風味以外の特性を変化させることであるとしても、発明の詳細な説明には、「配列番号1、5または10のうちのいずれか一つ」の遺伝子によりコードされる「配列番号81、85または90のうちのいずれか一つ」のポリペプチドがたばこの風味以外の特性に関与することについては、全く記載されていない。
したがって、本願発明は、発明の詳細な説明に、上記(2)で認定した課題を解決できると当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものである。
(7)審判請求人の主張に対して
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審判請求人が、審判請求書、令和3年9月7日付け上申書、または令和4年6月6日付け意見書においてした主張とそれらに対する合議体の判断は次のとおりである。
ア 本願発明の課題について
(ア)審判請求人の主張
本願発明の最終的な課題は、拒絶理由で指摘されたとおり、乾燥処理したたばこ製品の特性を変化させることであるが、当該変化には多数の酵素やタンパク質(アミノ酸)が複雑に関係しており、当該最終的な課題を解決しうる手段を特定することは容易ではない。一方、アミノ酸がたばこ製品の風味や香りに寄与することは既に当該技術分野において確立された事実であり、タンパク質をアミノ酸に分解するプロテアーゼが乾燥処理の間にたばこの風味を変更する役割を有していることは従来知られていたといえるのだから、乾燥処理によるたばこの風味の変更において調節されるプロテアーゼを特定することは重要である。
したがって、本願発明の課題は、乾燥処理の間にプロテアーゼ活性が調節される遺伝子及びその配列を特定し、提供することであり、特に、補正後の本願発明の課題は、「オリエント種タイプ、バージニア種タイプ、またはバーレー種タイプであ」るたばこ植物において、「乾燥処理の間にプロテアーゼの発現又は活性の上方調節を直接もたらす」プロテアーゼ遺伝子及びその遺伝子配列を特定することである。
そして、発明の詳細な説明の実施例には、バーレー種、バージニア種及びオリエント種の三つの主要なたばこのタイプで、葉の乾燥処理の間に活性化されたプロテアーゼ遺伝子を具体的に特定したことが記載されているのだから、上記課題は解決していると当業者は理解しうる。
(イ)判断
請求人が主張する「乾燥処理の間にプロテアーゼ活性が調節される遺伝子及びその配列を特定し、提供する」という課題では、プロテアーゼ活性の調節により「乾燥処理したたばこ製品の風味をヒトが官能できる程度に変化させる」ことが可能であるとは限らず、本願発明の遺伝子及びその配列が、乾燥処理したたばこ製品の風味を変化させるうえにおいて有用なものであることまでは求められていない。
しかし、上記(2)でも述べたとおり、本願発明は、たばこ中に発現されるプロテアーゼ遺伝子の発現を調節するという手段を用いることで、乾燥処理したたばこ製品の特性を変化させることを企図したものであるから、当該遺伝子の調節が「たばこ製品の風味をヒトが官能できる程度に変化させる」ことを含めずに本願発明の課題を認定することはできないといえる。したがって、請求人が主張する課題は妥当性を欠くものである。
もっとも、上記(4)のとおり、発明の詳細な説明には、本願発明の「配列番号1、5または10のうちのいずれか一つ」の遺伝子によりコードされる「配列番号81、85または90のうちのいずれか一つ」のポリペプチドがプロテアーゼとして機能することを当業者が認識できるように記載されていないのだから、請求人が主張する課題についてさえも、解決できると当業者が認識できるように記載されてはいない。
イ プロテアーゼとしての機能について
(ア)審判請求人の主張
たばこ植物の既知の配列に対する配列の単純なBLAST検索の結果からポリペプチドの名称(酵素名)、ひいては機能を理解し、特定することが可能である。令和3年9月7日付けで提出した、配列番号81、85及び90について公的データベースを検索した結果(資料1)及びBLAST整列で最も近い配列の特定の結果(資料2。本願優先日前の日付を有する最も近い配列を特定した。)のとおり、配列番号81、85及び90のポリペプチドはシステインプロテアーゼであると理解し、特定することが可能である。
(イ)判断
特許法第36条第6項第1号(サポート要件)は、特許請求の範囲の記載について「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」を規定するものであるから、本願発明がサポート要件を満たすためには、発明の詳細な説明及び図面の記載事項に加えて本願出願時の技術常識を考慮することにより、配列番号1、5及び10がコードする配列番号81、85及び90のポリペプチドがプロテアーゼとして機能すると当業者が認識できることが必要である。
それに対して、審判請求人が主張する、既知の配列に対する配列のBLAST検索の結果から配列番号81、85及び90のポリペプチドをシステインプロテアーゼであると理解し、特定することは、発明の詳細な説明及び図面の記載事項に加え本願出願時の技術常識を考慮しても、当業者が認識できる範囲を超えている。
すなわち、発明の詳細な説明には、配列番号81、85及び90のポリペプチドがシステインプロテアーゼであることは記載されていないし、アミノ酸配列や塩基配列を目視しただけではそれらの機能をできないというのが本願出願時の技術常識であるから、当業者といえども、発明の詳細な説明の記載に接し、配列表に記載された配列番号81(370アミノ酸)、85(357アミノ酸)及び90(357アミノ酸)のアミノ酸配列やそれらをコードする配列番号1(2695塩基)、5(3496塩基)及び10(3872塩基)の塩基配列といった長大な配列を目視しても、それらがプロテアーゼやシステインプロテアーゼである(をコードする)と認識することはできない。
そして、たとえ、あるアミノ酸配列のポリペプチドの機能を推定するために、既知の配列に対するBLAST検索を行うという手法自体が本願出願時の技術常識であるとしても、発明の詳細な説明に記載された個別具体的な配列について当該手法を適用して得た個別具体的な結果は、本願発明の内容を理解、認識するために考慮できる本願出願時の技術常識ではない。
さらに、審判請求人が主張するように、既知のアミノ酸配列に対する配列のBLAST検索の結果からポリペプチドが有する活性を推定できる場合があり得るとしても、アミノ酸配列の同一性の程度やアミノ酸の置換位置によっては、推定されたものとは異なる活性を示す場合があることは特段珍しくない。そして、本願明細書の実施例2には、例えば、どのようなデータベースを用いてBLAST検索を行い、どのプロテアーゼ遺伝子とどの程度の同一性を有していたかなどの情報が不足しているため、本願出願時の技術常識を勘案しても、配列表に記載された配列番号81、85及び90のアミノ酸配列やそれらをコードする配列番号1、5及び10の塩基配列のみを手かがりに、それらがシステインプロテアーゼとしての機能を有することを推定はできない。もっとも、配列番号81、85及び90のポリペプチドが、システインプロテアーゼとしての機能を有することを推定できたとしても、上記のとおり、推定されたものとは異なる活性を有する場合は特段珍しくないから、いずれにしても、配列番号81、85及び90のポリペプチドが、システインプロテアーゼとしての機能を有することを当業者が理解し、特定することはできないといえる。
したがって、審判請求人の上記主張は失当である。
ウ アミノ酸含有量について
(ア)審判請求人の主張
酵素的加水分解によって生じた遊離アミノ酸がたばこ中に存在する風味化合物を生成するのに重要であることが知られていたから、当業者であれば、本願で特定されたプロテアーゼが乾燥処理の間の遊離アミノ酸含量の変化やそれによる風味プロファイルの変化の要因であることを理解し得る。
(イ)判断
上記(4)のとおり、配列番号1、5及び10の遺伝子によりコードされる配列番号81、85及び90のポリペプチドが「機能的プロテアーゼ」であることは、発明の詳細な説明によって裏付けられておらず、それらが酵素的加水分解を行い、遊離アミノ酸を生じさせることを当業者は認識できないから、審判請求人の上記主張は前提において誤りである。
仮に、上記ポリペプチドが加水分解を行うことが可能であったとしても、たばこの乾燥処理において発現レベルが上方調節される遺伝子は、上記の80個以外にも、機能を特定できないものやプロテアーゼ以外の機能を有するもの等も含め多数存在すると考えられるから、「配列番号1、5または10のうちのいずれか一つ」の遺伝子によりコードされる「配列番号81、85または90のうちのいずれか一つ」のポリペプチドだけを上方調節するだけで、たばこ製品の風味をヒトが官能できる程度に変化させるように遊離アミノ酸含量や組成を変化させることができるとは、当業者といえども発明の詳細な説明から認識し得ないといえる。
(8)小括
このとおり、本願発明は、発明の詳細な説明に記載したものであるとは認められないから、本願は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
第5 むすび
以上のとおり、本願は、請求項1について、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、他の請求項について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
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2020-015227