特許拒絶査定不服審判
2023-007294
操作されたトランスフェリン受容体結合ポリペプチド
- 審判番号
- 2023-007294
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2019-545273
- 請求日
- 2023年05月02日
- 審決日
- 2025年04月15日
- 公報発行日
- 2025年09月26日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】デナリ セラピューティクス インコーポレイテッド
- 【請求人代理人】清水 初志
- 【請求人代理人】小寺 秀紀
- 【請求人代理人】山口 裕孝
- 【請求人代理人】刑部 俊
- 【請求人代理人】井上 隆一
- 【請求人代理人】佐藤 利光
- 【請求人代理人】新見 浩一
- 【請求人代理人】小林 智彦
- 【請求人代理人】大関 雅人
- 【請求人代理人】川本 和弥
- 審判長/審判官
- 審判長 上條 肇
- 審判官 柴原 直司
- 審判官 加々美 一恵
- 分類
- P18 .536-Z (C12N) / P18 .537-Z (C12N) / P18 .121-Z (C12N) / P18 .56 -Z (C12N) / P18 .575-Z (C12N) / P18 .574-Z (C12N)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法36条4項1号特許法36条6項1号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号、特許法第17条の2第5項第2号、特許法第17条の2第6項、特許法第17条の2第5項第4号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2019-545273「操作されたトランスフェリン受容体結合ポリペプチド」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 8月23日国際公開、WO2018/152326、令和 2年 3月19日特許出願公表、特表2020-508049〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、2018年2月15日(パリ条約による優先権主張 2017年2月17日、2017年8月10日、2017年11月8日、いずれも米国)を国際出願日とする出願であって、その手続の概要は次のとおりである。
令和2年 2月 2日 :手続補正書の提出
令和4年 3月11日付け:拒絶理由通知
令和4年 9月 8日 :意見書、手続補正書の提出
令和4年12月27日付け:拒絶査定
令和5年 5月 2日 :審判請求書、手続補正書提出
令和5年 6月 8日 :審判請求書の請求の理由に対する手続補正書提出
第2 補正却下の決定
令和5年 5月 2日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正却下の決定の結論]
令和5年 5月 2日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
1 本件補正について
本件補正は、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項8を引用する請求項10(以下、「本件補正前の請求項10」という。」を、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項6を引用する請求項8(以下、「本件補正後の請求項8」という。)のように補正することを含むものである。
(補正前)
「【請求項1】 ヒトトランスフェリン受容体タンパク質1(TfR1)に結合し、かつ血液脳関門(BBB)を通過して輸送され得る、改変CH3ドメインを含むFc領域。」
「【請求項8】 CH3ドメイン内のアミノ酸の組を置換することで前記改変CH3ドメインが生成される、請求項1~7のいずれか1項に記載のFc領域。」
「【請求項10】 前記改変CH3ドメインが、157位、159位、160位、161位、162位、163位、186位、189位、及び194位を含むアミノ酸位置の組において、5個、6個、7個、8個、または9個の置換を含み、前記置換及び前記位置がCH3ドメイン配列である配列番号1のアミノ酸114~220を基準として決められる、請求項8または9に記載のFc領域。」
とあったものを、
(補正後)
「【請求項1】 ヒトトランスフェリン受容体タンパク質1(TfR1)に結合し、かつ血液脳関門(BBB)を通過して輸送され得る、改変CH3ドメインを含むFc領域を含む、Fc-Fabポリペプチド二量体であって、ここで、該Fc領域は、ヒトTfR1との結合について、配列番号4~46、236~299、302、及び347~553で示されるポリペプチドのいずれか1つと競合する、Fc-Fabポリペプチド二量体。」
「【請求項6】 CH3ドメイン内のアミノ酸の組を置換することで前記改変CH3ドメインが生成される、請求項1~5のいずれか1項に記載のFc-Fabポリペプチド二量体。」
「【請求項8】 前記改変CH3ドメインが、157位、159位、160位、161位、162位、163位、186位、189位、及び194位を含むアミノ酸位置の組において、5個、6個、7個、8個、または9個の置換を含み、前記置換及び前記位置が配列番号1を基準として決められる、請求項6または7に記載のFc-Fabポリペプチド二量体。」
とする補正事項を含むものである。(下線は補正箇所である。)
なお、便宜のため、請求項の引用形式を、引用形式を使用しない方式で書き下すと、以下のとおりとなる。
「(本件補正前の請求項10)
ヒトトランスフェリン受容体タンパク質1(TfR1)に結合し、かつ血液脳関門(BBB)を通過して輸送され得る、改変CH3ドメインを含むFc領域であって、
CH3ドメイン内のアミノ酸の組を置換することで前記改変CH3ドメインが生成され、
前記改変CH3ドメインが、157位、159位、160位、161位、162位、163位、186位、189位、及び194位を含むアミノ酸位置の組において、5個、6個、7個、8個、または9個の置換を含み、前記置換及び前記位置がCH3ドメイン配列である配列番号1のアミノ酸114~220を基準として決められる、
Fc領域。」
「(本件補正後の請求項8)
ヒトトランスフェリン受容体タンパク質1(TfR1)に結合し、かつ血液脳関門(BBB)を通過して輸送され得る、改変CH3ドメインを含むFc領域を含む、Fc-Fabポリペプチド二量体であって、ここで、該Fc領域は、ヒトTfR1との結合について、配列番号4~46、236~299、302、及び347~553で示されるポリペプチドのいずれか1つと競合する、Fc-Fabポリペプチド二量体であって、
CH3ドメイン内のアミノ酸の組を置換することで前記改変CH3ドメインが生成され、
前記改変CH3ドメインが、157位、159位、160位、161位、162位、163位、186位、189位、及び194位を含むアミノ酸位置の組において、5個、6個、7個、8個、または9個の置換を含み、前記置換及び前記位置が配列番号1を基準として決められる、
Fc-Fabポリペプチド二量体。」
2 補正の適否
本件補正は、本件補正前の請求項10の「Fc領域」を、「Fc領域を含む」「Fc-Fabポリペプチド二量体」に限定した上で、当該「Fc-Fabポリペプチド二量体」について「Fc領域は、ヒトTfR1との結合について、配列番号4~46、236~299、302、及び347~553で示されるポリペプチドのいずれか1つと競合する」という限定を付加するものであって、本件補正前の請求項10に記載された発明と、本件補正後の請求項8に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一である。
また、本件補正は、本件補正前の請求項10の「前記置換及び前記位置がCH3ドメイン配列である配列番号1のアミノ酸114~220を基準として決められる」という表現を、「前記置換及び前記位置が配列番号1を基準として決められる」とすることで、アミノ酸の置換と位置の基準が配列番号1自体であることを明確化するものである。そして、当該補正は、令和4年3月11日付け拒絶理由通知の理由2で「『前記改変CH3ドメインが、153位、164位、165位、及び188位を含む位置に1個、2個、3個、または4個の置換を更に含み、前記置換及び前記位置がSEQ ID NO:1のアミノ酸114~220を基準として決められる』と記載されているが、この場合『SEQ ID NO:1のアミノ酸114~220を基準として』とは、アミノ酸の置換及び位置の決定においてどのような意味を有するかが理解できない。」とする拒絶理由に対応しようとするものである。
このため、上記の本件補正前の請求項10に係る補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするもの、および、特許法第17条の2第5項第4号に掲げる明りようでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)を目的とするものに、該当する。
上述のとおり、本件補正は特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものを含むため、本件補正後の請求項8に係る発明(以下、「本件補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について以下に検討する。
3 独立特許要件について
(1)発明の詳細な説明等の記載内容
本願の発明の詳細な説明および図面には以下の記載がある。(下線は合議体が付与した。)
「【0406】
実施例2 操作されたトランスフェリン受容体結合ポリペプチドの設計及び特性分析
・・・
【0446】
CH3Cクローンの作製及び特性分析
トランスフェリン受容体(TfR)に対するCH3Cライブラリーによる選択
CH3Cに対する酵母ライブラリーを上記に述べたようにしてTfRに対してパニングし、分取した。最初の3回の分取ラウンドの集団濃縮FACSプロットを図6に示す。更なる2ラウンドの分取後、1種類のクローンをシークエンシングし、4個の固有の配列(すなわち、クローンCH3C.1(SEQ ID NO:4)、CH3C.2(SEQ ID NO:5)、CH3C.3(SEQ ID NO:6)、及びCH3C.4(SEQ ID NO:7))を特定した。これらの配列は、161位に保存的Trpを有し、いずれも194位に芳香族残基(すなわち、Trp、Tyr、またはHis)を有していた。他の位置では高い多様性がみられた。
【0447】
第1世代CH3Cクローンの特性分析
CH3Cライブラリーから選択した4種類のクローンを、CHOまたは293細胞でFabフラグメントとのFc融合体として発現させ、Protein A及びサイズ排除クロマトグラフィーにより精製した後、ELISAによりホロTfの存在下または非存在下でカニクイザル及びヒトTfRに対する結合についてスクリーニングした。図7に示されるように、各クローンはいずれもヒトTfRに結合し、結合は過剰量(5μM)のホロTfの添加によって影響されなかった。しかしながら、各クローンはカニクイザルTfRにはそれほど結合しなかった。各クローンをヒトTfRを内因性に発現する293F細胞に対する結合についても試験した。図8は、各クローンは293F細胞に結合したものの、全体的な結合は高親和性の陽性対照と比較して大幅に弱かったことを示している。
【0448】
次に、クローンCH3C.3がTfR発現細胞内に内在化するかについて試験を行った。接着性HEK293細胞を96ウェルで約80%コンフルエンスにまで増殖させ、培地を除去し、以下の各試料を1μMの濃度で加えた。すなわち、CH3C.3抗TfRベンチマーク陽性対照抗体(Ab204)、抗BACE1ベンチマーク陰性対照抗体(Ab107)、及びヒトIgGアイソタイプ対照(Jackson Immunoresearchより入手したもの)。細胞を37℃及び8%CO2濃度で30分間インキュベートした後、洗浄し、0.1%Triton(商標)X-100で透過処理し、抗ヒトIgG-Alexa Fluor(登録商標)488二次抗体で染色した。更なる洗浄後、細胞をハイコンテント蛍光顕微鏡(すなわちOpera Phenix(商標)システム)下でイメージングし、図9に示されるように細胞当たりの斑点の数を定量した。1μMでは、クローンCH3C.3は、抗TfR陽性対照と同様の内在化の傾向を示したが、陰性対照は内在化を示さなかった。
【0449】
CH3Cクローンの二次操作
ヒトTfRに対する初期のCH3Cのヒットの親和性を改善し、カニクイザルTfRに対する結合を導入する試みとして更なるライブラリーを作製した。ソフトランダム化のアプローチを用い、DNAオリゴを作製して最初の4つのヒットのそれぞれに基づいてソフト突然変異誘発を導入した。レジスターの第1の部分(WESXGXXXXXYK;SEQ ID NO:113)とレジスターの第2の部分(TVXKSXWQQGXV;SEQ ID NO:114)を別々のフラグメントにより構築することにより、ソフトランダム化された各レジスターをPCR増幅でシャッフルした(例えば、クローンCH3C.1からのレジスターの第1の部分が、クローンCH3C.1、CH3C.2、CH3C.3、及びCH3C.4からのレジスターの第2の部分と混合される、といった具合)。各フラグメントをすべて混合してから、表面発現及び選択を行うために酵母に導入した。
【0450】
選択スキームを図10に示す。1ラウンドのMACSと3ラウンドのFACSの後、個々のクローンをシークエンシングした(クローンCH3C.17(SEQ ID NO:8)、CH3C.18(SEQ ID NO:9)、CH3C.21(SEQ ID NO:10)、CH3C.25(SEQ ID NO:11)、CH3C.34(SEQ ID NO:12)、CH3C.35(SEQ ID NO:13)、CH3C.44(SEQ ID NO:14)、及びCH3C.51(SEQ ID NO:15))。選択されたクローンは2つの大きな配列グループに分類された。グループ1のクローン(すなわち、クローンCH3C.18、CH3C.21、CH3C.25、及びCH3C.34)は、157位に半保存的Leuを、159位にLeuまたはHisを、160及び162位にそれぞれ保存的及び半保存的Valを、186、189、及び194位にそれぞれ半保存的P-T-Wモチーフを有していた。グループ2のクローンは、157位に保存的Tyrを、159~163位にモチーフTXWSX(SEQ ID NO:602)を、186、189、及び194位にそれぞれ保存的モチーフS/T-E-Fを有していた。クローンCH3C.18及びCH3.35を、それぞれの配列グループの代表的な構成員として更なる実験で使用した。クローンCH3C.51は、そのレジスターの第1の部分はグループ1から、そのレジスターの第2の部分はグループ2からのものを有する点が着目された。
【0451】
ソフト突然変異誘発ライブラリーからのCH3Cクローンの結合特性分析
ソフト突然変異誘発ライブラリーからの各クローンをFc-Fab融合ポリペプチドとして再フォーマット化し、上記に述べたようにして発現させ、精製した。図12に示されるように、これらの変異体は、最初のライブラリーセレクションからの最も上のクローン(CH3C.3)と比較してヒトTfRに対する改善されたELISA結合を有し、また、ホロTfと競合もしなかった。下記表7に示されるEC50値は、ホロTfの存在または非存在によって実験の誤差の範囲を超えて大きく影響されなかった。
【0452】
(表7)ホロTfの存在下または非存在下でのTfRに対するCH3C変異体のELISA結合のEC50値(nM)
[図:0001426197000001.jpg]
【0453】
注目すべき点として、クローンCH3C.35は、高親和性の抗TfR対照抗体Ab204と概ね同程度にヒトTfRに結合した。図13に示されるように、ソフトランダム化ライブラリーから選択された各クローンは、293F細胞に対しても改善された細胞結合を有していた。同様な細胞結合アッセイにおいて、これらのクローンを、その表面に高いレベルのヒトまたはカニクイザルTfRを安定的に発現するCHO-K1細胞に対する結合について試験した。ソフトランダム化ライブラリーから選択された各クローンは、カニクイザルTfR(図14(B))と同程度に、ヒトTfRを発現する細胞に結合した(図14(A))が、親CHO-K1細胞には結合しなかった(図14(C))。その大きさ及び結合EC50値は、ヒトTfRと比較してカニクイザルTfRでは大幅に低かった。データを下記表8に要約する。
【0454】
(表8)細胞に結合するCH3CクローンのEC50及び最大MFI(蛍光強度中央値)値
[図:0001426197000002.jpg]
【0455】
エピトープマッピング
操作されたCH3C Fc領域がTfRのアピカルドメインに結合するかを調べるため、TfRアピカルドメイン(ヒト及びカニクイザルについてそれぞれSEQ ID NO:107及び108)をファージの表面で発現させた。アピカルドメインを適正にフォールディングしてディスプレイするには、ループの1つを短縮する必要があり、配列を環状に並び替える必要がある(ファージ上で発現された配列は、ヒト及びカニクイザルでそれぞれSEQ ID NO:109及び110として特定される)。クローンCH3C.18及びCH3C.35をELISAプレートにコーティングし、上記に述べたファージELISAプロトコールに従った。要約すると、1%PBSAによる洗浄及びブロッキング後、ファージディスプレイの各希釈液を加え、室温で1時間インキュベートした。次いで各プレートを洗浄し、抗M13-HRPを加え、更なる洗浄後、各プレートをTMB基質で発色させ、2NのN2SO4でクエンチした。このアッセイではCH3C.18及びCH3C.35の両方ともアピカルドメインに結合した。
【0456】
カニクイザルTfRに対する結合はヒトTfRに対する結合よりも大幅に弱いことが知られているため、カニクイザルとヒトのアピカルドメインのアミノ酸の相違の1つ以上が、結合の差の要因となっている可能性が高いと仮説を立てた。したがって、ヒトの残基を対応するカニクイザル残基に置き換えた6つの一連の点突然変異をヒトTfRのアピカルドメインに導入した。これらの変異体をファージ上にディスプレイさせ、ファージ濃度をOD268により正規化し、CH3C.18及びCH3C.35に対する結合をファージELISA滴定により試験した(図16(B)及び(C))。抗Myc抗体9E10への捕捉は、すべての変異体のディスプレイレベルが同様であったことを示した(図16(A))。ヒトTfR変異に対する結合によって、R208G変異の強い影響が明らかに示され、この残基がエピトープの重要部分であり、カニクイザル残基によってこの位置で負の影響が及ぼされることが示唆された。ファージにディスプレイさせたカニクイザルアピカルドメインにG208R変異を導入したところ、この変異がカニクイザルアピカルドメインに対する結合を著しく改善することが示された(図16(D)及び(E))。これらの結果は、各CH3CクローンがTfRのアピカルドメインに結合したこと、及び208位が結合に重要であるのに対して247、292、364、370、及び372位は重要度が大幅に低かったことを示すものである。
【0457】
パラトープマッピング
Fcドメイン内のどの残基がTfRへの結合に最も重要であるかを理解するため、各変異体のTfR結合レジスター内の1個の位置を野生型に復帰変異させた変異体CH3C.18及びCH3C.35の一連のクローンを作製した。得られた変異体を組換えによりCH3C Fc-Fab融合体として発現させ、ヒトまたはカニクイザルTfRに対する結合について試験した(図17)。CH3C.35では、161及び194位は結合に絶対的に重要であり、これらのいずれかの野生型への復帰変異はヒトTfRに対する結合を完全に消失させた。驚くべきことに、163位を野生型に復帰変異させることで、カニクイザルTfRへの結合が顕著に上昇したのに対して、ヒトへの結合に影響はほとんどなかった。これに対して、残基163の野生型への復帰変異はCH3C.18ではほとんど影響がなかったが、この変異体では189及び194位の復帰変異がヒトTfRへの結合を完全に消失させた。どちらの変異体においても、他の単一の復帰変異はヒトTfRへの結合に若干の(負の)影響を示したのに対して、多くの場合でカニクイザルTfRに対する結合は消失した。
【0458】
カニクイザルTfRに対する結合を改善するための更なる操作
カニクイザルTfRに対するCH3C変異体の親和性を更に高めるために更なるライブラリーを調製した。これらのライブラリーは、理論上の多様性に関しておよそ107種類よりも少ないクローンとなるように設計されており、酵母表面ディスプレイを用いて多様性空間全体を網羅することが可能なものであった。これらのライブラリーの設計を図18に示す。4つのライブラリーの設計を用い、すべてのライブラリーはNNKまたは他の縮重コドン位置で縮重オリゴを使用して作製し、上記に述べたようにしてオーバーラップPCRにより増幅した。
【0459】
第1のライブラリーは、CH3C.35様配列のコンセンサスに基づいたものとした(図18(A))。この場合、157~161位をYGTEW(SEQ ID NO:115)として一定に保つ一方で、162、163、186、189、及び194位を飽和突然変異誘発を用いて変異させた。
【0460】
第2のライブラリーは、CH3C.18様配列のコンセンサスに基づいたものとした(図18(B))。この場合、157位をLeu及びMetに限定し、159位をLeu及びHisに限定し、160位をValとして一定に保ち、161位をTrp及びGlyに限定し、162位をVal及びAlaに限定し、163位を完全にランダム化し、164位をレジスターに追加して完全にランダム化し、186位をソフトランダム化し、189位を完全にランダム化し、194位を芳香族アミノ酸及びLeuに限定した。
【0461】
第3のライブラリーでは、新たなランダム化された位置をライブラリーに追加した(図18(C))。CH3C.18及びCH3C.35をそれぞれ出発レジスターとする2つのバージョンを作製し、次いで、E153、E155、Y164、S188、及びQ192の更なる位置を飽和突然変異誘発によりランダム化した。
【0462】
第4のライブラリーは、CH3C.18の特定の位置を一定に保ったが、コンセンサスライブラリーよりも低いバイアスで他の位置を変異させた(図18(D))。160、161、及び186位を固定し、157、159、162、163、及び189位を飽和突然変異誘発によりランダム化し、194位は変異させたが芳香族残基及びLeuに限定した。
【0463】
上記に述べたようにして、各ライブラリーを酵母でカニクイザルTfRに対して4~5ラウンド選択し、単一のクローンをシークエンシングしてポリペプチド-Fab融合体に変換した。カニクイザルTfRへの結合における最大の濃縮が第2のライブラリー(すなわちCH3.18親の誘導体)から観察されたが、ヒトTfRへの結合に若干の低下もみられた。
【0464】
CH3C成熟クローンの結合の特性分析
上記に述べたようにして、精製したCH3C Fc-Fab融合変異体と、プレートにコーティングしたヒトまたはカニクイザルTfRとの結合ELISAを行った。CH3C.18成熟ライブラリーからの変異体であるCH3C3.2-1、CH3C.3.2-5、及びCH3C.3.2-19がヒト及びカニクイザルTfRとおおよそ等しいEC50値で結合したのに対して、親クローンのCH3C.18及びCH3C.35は、カニクイザルTfRに対してヒトTfRに、10倍よりも高い結合を示した(図19)。
【0465】
次に、新規なポリペプチドがヒト及びサルの細胞内に内在化するかについて試験を行った。「第1世代CH3Cクローンの特性分析」と題したセクションで上記に述べたプロトコールを用いて、ヒトHEK293細胞及びアカゲザルLLC-MK2細胞における内在化を試験した。図20に示されるように、ヒト及びカニクイザルTfRに対して同様に結合した変異体であるCH3C.3.2-5及びCH3C.3.2-19は、CH3C.35と比較して顕著に改善された内在化をLLC-MK2において示した。
【0466】
CH3Cクローンの更なる操作
更なる親和性成熟クローンであるCH3C.18及びCH3C.35に対する更なる操作において、骨格(すなわちレジスター以外の)位置に更なる変異を加えて、直接的相互作用、第2水和殻相互作用、または構造的安定化を介して結合を向上させた。これは、「NNKウォーク」または「NNKパッチ」ライブラリーの作製、及びこれらのライブラリーからの選択を行うことによって実現された。NNKウォークライブラリーでは、パラトープの近傍の残基に1つずつNNK変異を導入した。FcgRIに結合したFc(PDB ID:4W4O)の構造をみることにより、図21に示されるように、元のライブラリーレジスターの近くの44個の残基が調査の候補として特定された。詳細には、以下の残基、すなわち、K21、R28、Q115、R117、E118、Q120、T132、K133、N134、Q135、S137、K143、E153、E155、S156、G158、Y164、K165、T166、D172、S173、D174、S176、K182、L183、T184、V185、K187、S188、Q191、Q192、G193、V195、F196、S197、S199、Q211、S213、S215、L216、S217、P218、G219、及びK220をNNK突然変異誘発の標的とした。Kunkel突然変異誘発を用いてこれらの44種類のシングルポイントNNKライブラリーを作製し、他の酵母ライブラリーについて上記に述べたように各産物をプールして電気穿孔法により酵母に導入した。
【0467】
これらのミニライブラリー(それぞれ1個の位置を変異させ、20種類の変異体を生じる)の組み合わせによって小さいライブラリーが作製され、このライブラリーを、酵母表面ディスプレイを用いてより高い親和性の結合を生じる位置について選択した。TfRアピカルドメインタンパク質を用い、上記に述べたようにして選択を行った(図22)。3ラウンドの分取の後、濃縮された酵母ライブラリーからのクローンをシークエンシングしたところ、特定の点突然変異がアピカルドメインタンパク質に対する結合を顕著に改善させるいくつかの「ホットスポット」位置が特定された。CH3C.35では、これらの変異として、E153(Trp、Tyr、Leu、またはGlnに変異させた)及びS188(Gluに変異させた)が含まれた。CH3C.35の単一変異体及び複合変異体の配列は、SEQ ID NO:21~23、236~241、及び297~299に記載される。CH3C.18では、これらの変異には、E153(Trp、Tyr、またはLeuに変異させた)及びK165(Gln、Phe、またはHisに変異させた)が含まれた。CH3C.18の単一変異体の配列は、SEQ ID NO:242~247に記載される。
【0468】
「NNKパッチ」アプローチは、CH3Bライブラリーについて上記に述べたものと似ているが、各パッチはCH3レジスターに直接隣接している。クローンCH3C.35を出発点として使用して以下のライブラリーを作製した。すなわち、
CH3Cパッチ1:アミノ酸位置:K21、R28、Y164、K165、及びT166。
CH3Cパッチ2:アミノ酸位置:Q115、R117、E118、Q120、及びK143。
CH3Cパッチ3:アミノ酸位置:T132、K133、N134、Q135、及びS137。
CH3Cパッチ4:アミノ酸位置:E153、E155、S156、及びG158。
CH3Cパッチ5:アミノ酸位置:D172、S173、D174、S176、及びK182。
CH3Cパッチ6:アミノ酸位置:L183、T184、V185、K187、及びS188。
CH3Cパッチ7:アミノ酸位置:Q191、Q192、G193、V195、及びF196。
CH3Cパッチ8:アミノ酸位置:S197、S199、Q211、S213、及びS215;ならびに
CH3Cパッチ9:アミノ酸位置:L216、S217、P218、G219、及びK220。
TfRアピカルドメインタンパク質を用い、上記に述べたようにして選択を行った。しかしながら、結合が向上したクローンは特定されなかった。
【0469】
別の態様では、本開示は、標的(例えば、トランスフェリン受容体)に対する非天然結合部位を有する改変Fcポリペプチドの結合性を高めるための方法であって、(a)非天然部位の10Å以内(例えば、9Å、8Å、7Å、6Å、5Å、4Å、3Å、2Å、1Å以内)の1つ以上の位置に1つ以上の置換を導入することと、(b)標的への結合について改変Fcポリペプチドを試験することと、を含む方法を特徴とする。標的(例えばトランスフェリン受容体)に対する改変Fcポリペプチドの結合特性は、例えば、ファージ及び酵母選択法、ELISA、表面プラズモン共鳴(SPR、すなわち、Biacore(商標)装置を使用するもの)、及びFACSなどの当該技術分野で利用可能な方法を用いて測定することができる。
【0470】
いくつかの実施形態では、非天然結合部位は、以下の位置、すなわち、157位、159位、160位、161位、162位、163位、186位、189位、及び194位のうちの1つ以上に置換を含む。
【0471】
いくつかの実施形態では、非天然結合部位の10Å以内の1つ以上の位置における1つ以上の置換は、SEQ ID NO:1を基準として、K21、R28、Q115、R117、E118、Q120、T132、K133、N134、Q135、S137、K143、E153、E155、S156、G158、Y164、K165、T166、D172、S173、D174、S176、K182、L183、T184、V185、K187、S188、Q191、Q192、G193、V195、F196、S197、S199、Q211、S213、S215、L216、S217、P218、G219、及びK220からなる群から選択される。
【0472】
CH3C.35の親和性を改善するための更なる成熟ライブラリー
NNKウォークライブラリーから変異の組み合わせを特定する一方でこれらの周辺にいくつかの更なる位置を追加するための更なるライブラリーを、上記の酵母ライブラリーについて述べたようにして作製した。このライブラリーでは、YxTEWSS及びTxxExxxxFモチーフを一定に保ち、以下の6つの位置、すなわちE153、K165、K187、S188、S197、及びS199を完全にランダム化した。位置E153及びS188は、これらの位置がNNKウォークライブラリーにおいて「ホットスポット」であったことから含めた。位置K165、S197、及びS199は、これらの位置が結合領域の位置を決定し得るコアの部分を構成することから含め、K187は、188位に隣接していることから選択した。
【0473】
このライブラリーを、上記に述べたようにして、カニクイザルTfRのアピカルドメインのみによって分取した。5ラウンドの後に濃縮されたプールをシークエンシングし、特定された固有のクローンのCH3領域の配列はSEQ ID NO:248~265に記載される。
【0474】
CH3C.35.21の元のレジスター内の許容される多様性及びホットスポットの調査
次のライブラリーは、主要な結合パラトープ内の許容される多様性の全体像を調べるために設計した。用いたアプローチは、NNKウォークライブラリーと同様のものであった。元のレジスター位置(157、159、160、161、162、163、186、189、及び194)のそれぞれ、ならびに2個のホットスポット(153及び188)をNNKコドンで個々にランダム化することにより、酵母上で一連の単一位置飽和突然変異誘発ライブラリーを作製した。更に、それぞれの位置を個々に野生型残基に復帰変異させ、これらの個々のクローンを酵母上にディスプレイさせた。図23は、野生型復帰変異及び単一位置のNNKライブラリーと比較した親クローンCH3C.35.21の結合を示す。153、162、163、及び188位は、野生型残基に復帰変異させた際にTfRに対する相当の結合を維持した唯一の位置であった点が着目された(186位の野生型への復帰変異で若干の残留はあるものの大幅に消失した結合が認められた)。
【0475】
単一位置のNNKライブラリーを、ヒトTfRアピカルドメインに対して3ラウンドで分取して、結合したもののうち、上位の約5%を回収し、次いで少なくとも16種類のクローンを各ライブラリーからシークエンシングした。これらの結果は、CH3C.35クローンと関連して、各位置でどのアミノ酸がヒトTfRに対する結合を大きく低下させることなく許容され得るかを示している。以下に要約を示す。
位置153:Trp、Leu、またはGlu;
位置157:TyrまたはPhe;
位置159:Thrのみ;
位置160:Gluのみ;
位置161:Trpのみ;
位置162:Ser、Ala、またはVal(野生型のAsn残基は若干の結合を維持するようにみえたが、その後のライブラリー分取ではそのようにみえなかった点が着目された);
位置163:SerまたはAsn;
位置186:ThrまたはSer;
位置188:GluまたはSer;
位置189:Gluのみ;及び
位置194:Pheのみ。
【0476】
上記の残基は、1個の変化として、または組み合わせでクローンCH3C.35内に置換された場合にTfRアピカルドメインに対する結合を維持するパラトープの多様性を表す。これらの位置に変異を有するクローンが表9に示されており、これらのクローンのCH3ドメインの配列はSEQ ID NO:237~241、264、及び266~296に記載される。
【0477】
一価のポリペプチド-Fab融合体
一価のTfR結合ポリペプチド-Fab融合体の作製
Fcドメインは自然でホモ二量体を形成するが、一方のFc単位がT139Wのノブ変異(EU番号付けスキームを用いた場合に366位に相当)を有し、他方のFc単位がT139S、L141A、及びY180Vのホール変異(EU番号付けスキームを用いた場合にそれぞれ366、368、及び407位に相当)を有する「ノブ・イン・ホール」として知られる一連の非対称的変異によって2個のFcフラグメントの選択的ヘテロ二量体化を生じ得る。いくつかの実施形態では、本発明の改変CH3ドメインは、139位にTrpを含む。いくつかの実施形態では、本発明の改変CH3ドメインは、139位にSerを、141位にAlaを、180位にValを含む。ヘテロ二量体のTFR結合ポリペプチドを、2種類のプラスミド(すなわち、ノブFcとホールFc)の一過性の同時トランスフェクションにより293またはCHO細胞で発現させる一方で、ポリペプチド-Fab融合体を3種類のプラスミド(すなわち、ノブ-Fc-Fab重鎖、ホール-Fc-Fab-重鎖、及び一般的な軽鎖)の一過性の同時トランスフェクションにより発現させた。分泌されたヘテロ二量体ポリペプチドまたはポリペプチド-Fab融合体の精製を、ホモ二量体におけるのと同じようにして行った(すなわち、Protein Aを使用した2カラム精製に続いてサイズ排除クロマトグラフィーを行い、その後、必要に応じて濃縮及びバッファー交換を行う)。質量分析または疎水性相互作用クロマトグラフィーを用いて形成されたホモ二量体(例えば、ノブ-ノブ、またはホール-ホールで対合したFc)に対するヘテロ二量体の量を決定した。典型的な調製物では、ポリペプチドの95%超、しばしば98%超がヘテロ二量体であった。明確さのため、この方法で作製されたすべての一価TfR結合物(Fcホモ二量体)を、ZZがポリペプチドの名前であるものとし、「.一価」が一価のTfR結合を示すものとして「ZZ.一価」と命名した。特に断らない限り、ヘテロ二量体ポリペプチド及びポリペプチド-Fab融合体において、TfR結合を与える変異には「ノブ」変異が含まれたのに対して、TfRに結合しないFc領域は「ホール」領域とともに用いた。ある場合では、これらのコンストラクトには、L7A/L8A、M25Y/S27T/T29E、N207S、または改変されたFcγRもしくはFcRn結合に対してそれぞれN207S/M201Lなど、Fcの特性を変化させる更なる変異も含まれていた。
【0478】
CH3C.一価Fcポリペプチドの結合の特性分析
一価のCH3Cポリペプチドの結合を、上記に述べた方法の改法を用いてELISAで測定した。ストレプトアビジンをPBS中、1μg/mLで一晩、96ウェルELISAプレートにコーティングした。洗浄後、プレートをPBS中、1%BSAでブロッキングした後、ビオチン化したヒトまたはカニクイザルTfRを1μg/mLで加え、30分間インキュベートした。更に洗浄した後、ポリペプチドを各プレートに連続希釈で加え、1時間インキュベートした。各プレートを洗浄し、二次抗体(すなわち、抗κ-HRP、1:5000)を30分間加え、プレートを再び洗浄した。各プレートをTMB基質で発色させ、2N H2SO4でクエンチした後、BioTek(登録商標)プレートリーダーで450nmの吸光度を読み取った。結果を図24に示すが、これはスタンダード(すなわち、二価のTfR結合)と一価のTfR結合ポリペプチドとを直接比較したものである。Ab204は、高親和性の抗TfR対照抗体である。
【0479】
ヒトTfRを内因性に発現する293F細胞、及びヒトTfRまたはカニクイザルTfRを安定的にトランスフェクトしたCHO-K1細胞に対する結合について更に試験を行った(図25)。
【0480】
一般的に、一価のポリペプチドでは二価のポリペプチドと比較してヒトTfRに対して大幅に低下した結合が観察され、一価のポリペプチドではカニクイザルに対する結合は弱すぎてこれらのアッセイで検出されなかった。
【0481】
次に、CH3Cポリペプチドの一価のバージョンが、ヒトTfRを発現するHEK293細胞内に内在化するかどうかについて試験した。内在化アッセイについて上記に述べた方法を用いた。二価と一価のポリペプチドを比較した図26に示されるように、一価のペプチドも内在化することができたが、全体的なシグナルは、恐らくは結合アフィニティー/アビディティーの喪失のために対応する二価のバージョンよりも弱かった。
【0482】
バイオレイヤー干渉法によって測定したCH3Cポリペプチドの結合速度論
結合速度論を、抗BACE1 Fabに融合されたいくつかの一価及び二価CH3Cポリペプチド変異体について測定し、バイオレイヤー干渉法を用いてそれらの二価の相当物と比較した(すなわち、Octet(登録商標)REDシステムを用いた)。TfRをストレプトアビジンセンサー上に捕捉し、次いでCH3Cポリペプチドを結合させて洗い流した。センサーグラムを1:1の結合モデルにフィッティングしたところ、二価ポリペプチドのKD(app)値は、TfR二量体に対する強い結合を示した。結果を、表10ならびに図27及び28に示す。
【0483】
(表10)Octet(登録商標)REDを用いたCH3Cポリペプチドの速度論
[図:0001426197000003.jpg]
n.d.=低すぎる結合シグナルのために測定されず。
【0484】
一価のフォーマットに変換されたポリペプチドは、アビディティーの喪失により、有意に弱いKD(app)値を有した。ELISAによって上記でヒト及びカニクイザルTfRに対して同様の結合を有することが示されたクローンCH3C.3.2-1、CH3C.3.2-5、及びCH3C.3.2-19は、ヒトTfRとカニクイザルTfR間で極めて近いKD(app)値も有していた。これらのポリペプチドの一価の形態を試験することを試みたが、このアッセイにおける結合は弱すぎて速度論パラメータは計算できなかった。
【0485】
実施例3 Biacore(商標)を用いた更なるCH3C変異体の結合の特性分析
組換えTfRのアピカルドメインのクローン変異体の親和性をBiacore(商標)T200装置を使用して表面プラズモン共鳴により測定した。Biacore(商標)シリーズS CM5のセンサーチップを抗ヒトFabとともに固定化した(GE Healthcareより販売されるヒトFab捕捉キット)。5μg/mLのポリペプチド-Fab融合体を各フローセル上に1分間捕捉させ、ヒトまたはカニクイザルアピカルドメインの連続3倍希釈液を流速30μL/分で室温で注入した。各試料を45秒間の結合及び3分間の解離により分析した。それぞれの注入後、10mMグリシン-HCl(pH2.1)を用いてチップを再生した。結合応答を、無関連のIgGを同様の密度で捕捉させたフローセルからのRUを引くことによって補正した。Biacore(商標)T200 Evaluation Software v3.1.を用いて平衡状態の応答を濃度に対してフィッティングすることによって、安定状態の親和性を得た。
【0486】
組換えTfR細胞外ドメイン(ECD)のクローン変異体の親和性を求めるため、Biacore(商標)シリーズS CM5センサーチップをストレプトアビジンとともに固定化した。ビオチン化したヒトまたはカニクイザルTfRのECDを各フローセル上に1分間捕捉させ、各クローン変異体の連続3倍希釈液を流速30μL/分で室温で注入した。各試料を45秒間の結合及び3分間の解離により分析した。結合応答を、同様の密度でTfR ECDを有さないフローセルからのRUを引くことによって補正した。Biacore(商標)T200 Evaluation Software v3.1.を用いて平衡状態の応答を濃度に対してフィッティングすることによって、安定状態の親和性を得た。
【0487】
結合親和性を表11に要約する。親和性は安定状態のフィッティングにより得た。
【0488】
(表11)更なるCH3C変異体の結合親和性
[図:0001426197000004.jpg]
【0489】
更なるCH3C変異体としてCH3C.35.20.1.1、CH3C.35.23.2.1、CH3C.35.23.1.1、CH3C.35.S413、CH3C.35.23.3.1、CH3C.35.N390.1、及びCH3C.35.23.6.1を作製し、ヒトTfRに対するそれらの結合親和性を上記に述べたものと同じプロトコールに従って測定した。CH3C.35.20.1.1、CH3C.35.23.2.1、CH3C.35.23.1.1、CH3C.35.S413、CH3C.35.23.3.1、CH3C.35.N390.1、及びCH3C.35.23.6.1の結合親和性は、それぞれ620nM、690nM、750nM、1700nM、1900nM、2000nM、及び2100nMである。」
「【0514】
実施例6 CH3C.18Fc及びトランスフェリン受容体アピカルドメインの結晶化
本実施例では、CH3C.18とトランスフェリン受容体のアピカルドメイン(TfR-AD)との間の結合界面の結晶化及び分析について述べる。
・・・
【0522】
結合界面の相互作用
CH3C.18 FcとTfR-ADとの結合界面が図35(A)及び図35(B)ならびに図36(A)及び36(B)に示されている。図37(A)及び図37(B)に示されるように、
CH3C.18のTrp154と、TfR-ADのArg208;
CH3C.18のGlu155と、TfR-ADのArg208;
CH3C.18のSer156と、TfR-ADのArg208及びLeu212;
CH3C.18のLeu157と、TfR-ADのSer199及びAsn215;
CH3C.18のHis159と、TfR-ADのLys188、Ser199、及びArg208;
CH3C.18のVal160と、TfR-ADのGly207及びArg208;
CH3C.18のTrp161と、TfR-ADのArg208、Val210、及びLeu212;
CH3C.18のAla162と、TfR-ADのArg208;
CH3C.18のVal163と、TfR-ADのLeu209;
CH3C.18のSer188と、TfR-ADのTyr211;
CH3C.18のThr189と、TfR-ADのTyr211及びLeu212;
CH3C.18のGln192と、TfR-ADのLys158及びGlu294;
CH3C.18のTrp194と、TfR-ADのLeu212、Val213、Glu214、及びAsn215;ならびに
CH3C.18のPhe196と、TfR-ADのArg208
の間で相互作用が認められた。更に、実施例2の「パラトープマッピング」と題したセクションで述べ、また、図37(A)及び図37(B)に示されるように、CH3Cレジスターの外側のいくつかの位置もTfRに対する結合に関与している。」
そして、図37(A)(B)はそれぞれ以下のとおりである。
「図37(A)
[図:0001426197000005.jpg]
図37(B)
[図:0001426197000006.jpg]
」
「【0523】
実施例7 CH3C.35 Fc及びトランスフェリン受容体アピカルドメインの結晶化
本実施例では、CH3C.35とトランスフェリン受容体のアピカルドメイン(TfR-AD)との間の結合界面の結晶化及び分析について述べる。
・・・
【0531】
結合界面の相互作用
CH3C.35 FcとTfR-ADとの結合界面が図39(A)~39(C)に示されている。図39(A)は、3.4ÅにおけるCH3C.35 FcとTfR-ADとの複合体を示す。図39(B)は、CH3C.35 Fc内の残基W161がTfR-AD内の残基L209、L212、及びY211によって安定化されていることを示す。図39(C)は、CH3C.35 Fc内の残基E160とTfR-AD内の残基R208間の中心的結合相互作用としての塩橋を示す。この相互作用は、FcポリペプチドのヒトTfRに対する結合親和性(208位のArg)とカニクイザルTfRに対する結合親和性(208位のGly)との差を一部説明し得る。図40(A)は、CH3C.35 FcとTfR-ADとの複合体と、CH3C.18 FcとTfR-ADとの複合体(実施例6で述べたもの)とを重ね合わせた構造を示し、CH3C.18とCH3C.35との間で大きなFc骨格のコンフォメーション変化がみられないことを示している。図40(B)は、図40(A)の重ね合わせ構造の拡大図を示す。CH3C.35 Fc/TfR-AD複合体のTfR-AD内の残基206~212は、CH3C.18 Fc/TfR-AD複合体のTfR-AD内の残基とは異なるコンフォメーションを取っていた。TfR-AD内の残基R208は、CH3C.18 Fc/TfR-AD複合体の表面内に埋もれているようにみえるが、CH3C.35 Fc/TfR-AD複合体では溶媒に露出しているようにみえる。更に、CH3C.35 Fc/TfR-AD複合体のTfR-ADの残基L209は、180°回転されて表面に結合しているようにみえるが、CH3C.18 Fc/TfR-AD複合体では表面から離れているようにみえる。
【0532】
図41A及び図41Bに示されるように、
CH3C.35のThr159と、TfR-ADのGly207、Arg208、Lys188、及びLeu209;
CH3C.35のGlu160と、TfR-ADのArg208及びLeu209;
CH3C.35のSer162と、TfR-ADのArg208及びLeu209;
CH3C.35のSer156と、TfR-ADのLeu209;
CH3C.35のTrp161と、TfR-ADのLeu209、Tyr211、及びLeu212;
CH3C.35のGlu189と、TfR-ADのTyr211及びLeu212;
CH3C.35のPhe194と、TfR-ADのLeu212、Asn215、及びVal213;
CH3C.35のTyr157と、TfR-ADのLeu212、Asn215、及びSer199;
CH3C.35のGln192と、TfR-ADのVal213及びLys158;ならびに
CH3C.35のPhe196と、TfR-ADのVal213及びLeu212
の間で相互作用が認められた。
【0533】
更に、実施例2の「パラトープマッピング」と題したセクションで述べ、また、図41(A)及び図41(B)に示されるように、CH3Cレジスターの外側のいくつかの位置もTfRに対する結合に関与している。」
図41(A)(B)は、それぞれ以下のとおりである。
「 図41(A)
[図:0001426197000007.jpg]
図41(B)
[図:0001426197000008.jpg]
」
「【0550】
実施例11 CH3C.18変異体の構築
本実施例では、CH3C.18変異体のライブラリーの構築について述べる。
・・・
【0561】
(表6)CH3Cレジスターの位置及び変異
[図:0001426197000009.jpg]
【0562】
(表9)CH3C.35.21のレジスター内の許容される多様性の探索及びホットスポットの位置
[図:0001426197000010.jpg]
」
(2)実施可能要件についての検討
ア 実施可能要件の判断規範
物の発明について実施をすることができるとは、その物を作れることが必要である。そして、物の有する機能、特性等からその物の構造等を予測することが困難な技術分野において、機能、特性等で特定された物のうち、発明の詳細な説明に具体的に製造方法が記載された物及びその物から技術常識を考慮すると製造できる物以外の物について、当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、どのように作るか理解できない場合(例えば、そのような物を作るために、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要がある場合)は、実施可能要件を満たさないと解するべきである。
イ 判断
(ア)本件補正発明は、「Fc-Fabポリペプチド二量体」という物に係る発明であって、「ヒトトランスフェリン受容体タンパク質1(TfR1)に結合し、かつ血液脳関門(BBB)を通過して輸送され得る」という、機能、特性によって特定された物である。そして、一般的に「Fc-Fabポリペプチド二量体」はヒトトランスフェリン受容体タンパク質1(TfR1)に結合するものではなく、また、血液脳関門(BBB)を通過して輸送され得るものでもない。また、「ヒトトランスフェリン受容体タンパク質1(TfR1)に結合し、かつ血液脳関門(BBB)を通過して輸送され得る」という機能や特性を実現するための具体的な構造が明らかにされているといった事情も本願の出願日当時に見当たらない。このため、本件補正発明は、物の有する機能、特性等からその物の構造等を予測することが困難な技術分野に属する発明であるといえる。
とすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、本件補正発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである、といえるか否かを判断するには、上記アの判断規範にしたがって判断することとなる。
(イ)上記(1)を見るに、本願の発明の詳細な説明や図面からは、CH3ドメインの157位、159位、160位、161位、162位、163位、186位、189位、及び194位がトランスフェリン受容体タンパク質との結合に関与していることがうかがわれる。特に、【0475】には、「位置157:TyrまたはPhe;位置159:Thrのみ;位置160:Gluのみ・・・」のように、当該結合に関与するこれらの位置のアミノ酸の種類が各位置毎に具体的に挙げられ、【0522】や【0532】には、「CH3C.18のLeu157と、TfR-ADのSer199及びAsn215;CH3C.18のHis159と、TfR-ADのLys188、Ser199、及びArg208;CH3C.18のVal160と、TfR-ADのGly207及びArg208・・・」のように、CH3ドメインの各位置のアミノ酸とトランスフェリン受容体タンパク質のアミノ酸とが相互作用することで両者の結合が生じ得ることについても説明されている。
しかしながら、これらに記載されているのは、CH3ドメインの特定種類のアミノ酸がトランスフェリン受容体タンパク質と相互作用することでCH3ドメインとトランスフェリン受容体タンパク質との結合が生じ得ることであって、いかなる種類のアミノ酸であってもトランスフェリン受容体タンパク質と相互作用することでCH3ドメインとトランスフェリン受容体タンパク質との結合が生じるかについては、何ら記載されていない。
(ウ)ここで、タンパク質同士の結合は、水素結合によるものや、疎水性相互作用によるものが知られている(なお、本願図41ABにおける「非結合接触」が疎水性相互作用を指し示すものであることは、当業者に自明である。)。そして、水素結合によるものは、水素結合を可能にする側鎖を有するアミノ酸同士で初めて実現し、疎水性相互作用によるものは、疎水性相互作用を可能にする側鎖を有するアミノ酸同士で初めて実現するものであって、あらゆるアミノ酸同士で生じるものではないことは、当業者にとって技術常識である。
(エ)本件補正発明は「改変CH3ドメインが、157位、159位、160位、161位、162位、163位、186位、189位、及び194位を含むアミノ酸位置の組において、5個、6個、7個、8個、または9個の置換を含」むとの特定があるにとどまり、それぞれの位置にどのような種類のアミノ酸を有するかについては何らの特定もなく、タンパク質を構成するアミノ酸が20種類あることに鑑みると、それぞれの位置に20種類の選択肢が存在することとなる。
とすると、「改変CH3ドメインが、157位、159位、160位、161位、162位、163位、186位、189位、及び194位を含むアミノ酸位置の組において、5個、6個、7個、8個、または9個の置換を含」む本件補正発明の場合、一番少ない5個の置換を含む場合でも9C5*205=403,200,000通り、9個の置換を含む場合は209=512,000,000,000通りもの可能性があり、本願明細書に記載されている例を除いて、それぞれについて、CH3ドメインを作成し、実際にCH3ドメインと配列番号4~46、236~299、302、及び347~553として挙げられた、315種類のポリペプチドとトランスフェリン受容体タンパク質との結合について競合するか否かを確認する作業、さらには血液脳関門(BBB)を通過して輸送されることを確認する作業が必要となり、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤が必要であるといわざるを得ない。
さらに、本件補正発明の場合、発明の対象となる「もの」は、「ヒトトランスフェリン受容体タンパク質1(TfR1)に結合し、かつ血液脳関門(BBB)を通過して輸送され得る、改変CH3ドメインを含むFc領域」であって、「該Fc領域は、ヒトTfR1との結合について、配列番号4~46、236~299、302、及び347~553で示されるポリペプチドのいずれか1つと競合する」、「Fc-Fabポリペプチド二量体」という「もの」であるから、当業者は明細書の記載自体から「ヒトトランスフェリン受容体タンパク質1(TfR1)に結合し、かつ血液脳関門(BBB)を通過して輸送され得る」ものであって、「ヒトTfR1との結合について、配列番号4~46、236~299、302、及び347~553で示されるポリペプチドのいずれか1つと競合する」ものを化合物自体として特定して把握することができること、いいかえれば、明細書の記載自体からある化学構造の化合物が本願発明に該当するかどうかを認識・判断することができなければならないというべきである。そうすると、当業者がポリペプチド競合試験や血液脳関門通過試験工程を含む試験過程を経なければ発明の対象となる化合物を把握することができないという点において、候補化合物の多寡、スクリーニング対象となる化合物群ないしライブラリーの入手のしやすさ、検出に要する時間の長短、スクリーニング操作が簡便であるかなどにかかわらず、本願明細書の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。
(オ)実施可能要件についての小括
以上のとおり、本願の発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
(3)サポート要件についての検討
ア 本件補正発明の課題
本願明細書の「【0003】本発明者らは、トランスフェリン受容体(TfR)に結合可能なCH2及びCH3ドメインを含むポリペプチドを開発した。これらのポリペプチドは、新規なTfR結合部位を生成するCH2またはCH3ドメイン内の置換により操作されている。TfRは血液脳関門(BBB)で高度に発現され、TfRはトランスフェリンを血液から脳内に自然に移動させる。これらのポリペプチドはTfRに結合することから、これらのポリペプチドもまた、BBBを通過して輸送され得て、これらのポリペプチドを更に利用して、結合させた治療剤(例えば、治療ポリペプチド、Fabのような抗体可変領域、及び小分子など)をBBBを通過して輸送することができる。このアプローチは、治療剤の脳への取り込みを大幅に改善することができるため、脳への送達が効果的である障害及び疾病を治療するうえで極めて有用である。」との記載より、本件補正発明の解決しようとする課題は、「トランスフェリン受容体(TfR)に結合可能で、血液脳関門を通過して輸送され得る、CH3ドメインを含むポリペプチドの開発」であると認められる。
イ 判断
本願明細書には、(表8)及び(表9)に記載されているように157~194位に対応するCH3Cレジスターに変異を導入したクローンCH3C.1~CH3C.35.23.6.1が作成されたことが記載され、そのうち、CH3C.3、CH3C.17、CH3C.18、CH3C.25、CH3C.35、CH3C.51はヒトトランスフェリン受容体タンパク質と結合したこと(表7)、(表8)、(表10)、(表11)が記載されている。
しかしながら、これらはいずれも、例えば159位がT又はH、160位がE又はV、161位がW、162位がS、V又はA、189位がD、E又はT、194位がH、F又はWのような特定のアミノ酸の組み合わせでしかなく、またこれら特定のアミノ酸の組み合わせは発明を特定する事項ではない。
一方で、【0457】には、「CH3C.35では、161及び194位は結合に絶対的に重要であり、これらのいずれかの野生型への復帰変異はヒトTfRに対する結合を完全に消失させた。」と記載されているように、個々の1アミノ酸の種類によってヒトトランスフェリン受容体タンパク質への結合の有無が左右されることも記載されている。そして本件補正発明の発明特定事項のうち、「Fc-Fabポリペプチド二量体」の化学構造を規定する発明特定事項で特定される範囲に、このようなヒトトランスフェリン受容体タンパク質に結合しないものが含まれている。
このように、実施例の記載は、単に上記特定のアミノ酸の組み合わせを有するクローンがヒトトランスフェリン受容体タンパク質と結合したことを示すのみであって、このような実施例の記載から、157位、159位、160位、161位、162位、163位、186位、189位、及び194位を含むアミノ酸位置の組において、5個、6個、7個、8個、または9個の置換を含み、前記置換及び前記位置がSEQ ID NO:1のアミノ酸114~220を基準として決められる、Fc領域という膨大な組み合わせのうち、どのような変異クローンがヒトトランスフェリン受容体タンパク質と結合するか、さらには血液脳関門を通過して輸送されるかどうかについては、当業者といえども理解することはできない。
したがって、本件補正発明の課題である、「トランスフェリン受容体(TfR)に結合可能で、血液脳関門を通過して輸送され得る、CH3ドメインを含むポリペプチドの開発」が、本件補正発明の発明特定事項によって解決できているとはいえない。
以上のとおり、本件補正発明は特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。
(4)請求人の主張について
ア 請求人の主張
請求人は、令和5年 6月 8日の手続補正で補正された審判請求書において、概ね以下の主張をしている。
「本発明者らは、CH3ドメインの変異誘発のための適切な出発点を特定し(実施例2参照)、ヒトTfR1結合CH3ドメインを特定するための明確なプロトコルを定め(実施例2~4参照)、そのようなTfR1結合改変CH3ドメインがマウス及びサルの両方においてインビボのBBBを有効に通過することを示しました(実施例5及び8参照)。補正後の請求項で規定される特徴を有する多数の例示的な修飾CH3ドメインは、本願によって提供されています(例えば、実施例10及び11、表1~5、6及び9、並びに、段落[0563]から始まる配列リスト参照)。したがって、本願は、当業者が、ヒトTfR1に特異的に結合し、BBBを通過することができる更なる改変CH3ドメインを同定するための全てのツール及び手法を提供するものであります。このようなツールおよび手法は先行技術に欠けていたため、本願におけるこれらの提供は、脳を標的とする治療薬の全く新しい分野を切り開くものであります。」
イ 判断
請求人は、「本願は、当業者が、ヒトTfR1に特異的に結合し、BBBを通過することができる更なる改変CH3ドメインを同定するための全てのツール及び手法を提供するものであります。このようなツールおよび手法は先行技術に欠けていたため、本願におけるこれらの提供は、脳を標的とする治療薬の全く新しい分野を切り開くものであります。」と主張するが、本件補正発明は、「ヒトトランスフェリン受容体タンパク質1(TfR1)に結合し、かつ血液脳関門(BBB)を通過して輸送され得る、改変CH3ドメインを含むFc領域」であって、「該Fc領域は、ヒトTfR1との結合について、配列番号4~46、236~299、302、及び347~553で示されるポリペプチドのいずれか1つと競合する」、「Fc-Fabポリペプチド二量体」という「もの」の発明であって「ツール」や「手法」そのものではなく、これら「ツール」や「手法」を用いて得られる可能性がある全ての「もの」に係る発明である。
そして、本願明細書で所望のCH3ドメインをスクリーニングするプロトコルが記載されていたとしても、上記(2)イで述べたとおり、本件補正発明には天文学的数字ともいえる膨大な選択肢があり、かつ【0457】に、「CH3C.35では、161及び194位は結合に絶対的に重要であり、これらのいずれかの野生型への復帰変異はヒトTfRに対する結合を完全に消失させた。」と記載されているように、個々の1アミノ酸の種類によってヒトTfRへの結合の有無が左右されるのであるから、当該膨大な選択肢についてプロトコルを実施して所望のCH3ドメインが得られるかを確認することは、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤が必要であって、本件補正発明の課題を解決する手段に対応したものでもない。よって、当該請求人の主張は採用することができない。
4 補正却下の決定の小括
よって、本件補正は、特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するので、同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。
第3 本願発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項に係る発明は、令和4年 9月 8日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1~22に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1を引用する請求項8を引用する請求項10(すなわち、本件補正前の請求項10)に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、前記第2[理由]1に(補正前)として記載のとおりのものである。
第4 原査定の概要
拒絶査定の理由は、概略、次のものを含む。
CH3ドメインは本来TfR1に結合しない分子である。また、発明の詳細な説明には、TfR1に結合する特定の配列のCH3ドメインが開示されているのみである。そして、一般にタンパク質は、置換されるアミノ酸の位置が決定されたとしても、置換後のアミノ酸の種類によってその性質は大きく変化するが、その変化の正確な予想はおよそ不可能であったといえ、また出願人も認めるように、ヒトTfR1との結合活性に寄与するアミノ酸の種類はスクリーニングを新たに行うことによって初めて明らかにされるものであったことを鑑みると、上記の位置からおのずと置換するべきアミノ酸の種類が決定されるものではなかったといえ、TfR1に結合しないものの方がはるかに多い中から目的のものを得るといったように、当業者といえども過度の負担を要するものであったといえる。
したがって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項10に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
また、発明の詳細な説明の記載、及びCH3ドメインに関する出願時の技術常識に照らしても、ヒトTfR1に対する結合が裏付けられていないCH3ドメインに関する請求項10に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できないため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
第5 判断
第2の3で述べたとおり、本件補正発明は発明の詳細な説明に記載したものとはいえないところ、本願発明は本件補正発明を態様として明らかに含むものであるから、本願の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないし、本願発明は発明の詳細な説明に記載したものとはいえず、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
第6 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、本願の発明の詳細な説明は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、特許を受けることができないものであるから、他の請求項に係る発明について言及するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
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2023-007294