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特許拒絶査定不服審判

2023-004020

聴覚損失の治療のための遺伝子治療構成物および方法

審判番号
2023-004020
法域
特許
審判種別
拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
出願番号
特願2020-500024外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
請求日
2023年03月08日
審決日
2025年11月26日
公報発行日
2026年05月29日
結論
請求不成立
審判長/審判官
分類
P18 .537-WZ (C12N) / P18 .536-WZ (C12N)
根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
特許法36条4項1号特許法36条6項1号
条文(本文から自動抽出・参考)
特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号
データ出所
審決公報(XML)

事件の表示

特願2020-500024「聴覚損失の治療のための遺伝子治療構成物および方法」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 9月20日国際公開、WO2018/170402、令和 2年 4月 2日国内公表、特表2020-509786〕について、次のとおり審決する。

結論

結 論 本件審判の請求は、成り立たない。

理由

理 由 第1 手続の経緯 本願は、平成30年 3月16日(パリ条約による優先権主張 2017年 7月12日 (US)アメリカ合衆国、2017年 3月17日 (US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、令和 4年10月28日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、令和 5年 3月 8日に拒絶査定不服審判請求がなされるとともに手続補正がなされたものである。その後の当審における手続の経緯は、以下のとおりである。 令和 7年 2月13日付け 拒絶理由通知書 令和 7年 8月18日 意見書、手続補正書、手続補足書の提出 (以下、この手続補正書による手続き補正を「本件補正」という。) 第2 本願発明 本願の請求項に係る発明は、本件補正によって補正された特許請求の範囲における請求項1~7に記載された事項により特定されるものと認められるところ、その請求項2に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。 「 【請求項2】 聴覚損失の治療または予防のための方法において使用のための医薬組成物であって、 核酸であって、核酸配列が配列ID NO:1に示される核酸、およびプロモーターを含むAAV2アデノ-関連ウイルス発現ベクターを含み、前記プロモーターは、ヒトサイトメガロウイルス(HCMV)プロモーターである、 医薬組成物。」 (下線は、本件補正において、補正箇所として請求人が付したものである。) 第3 拒絶の理由の概要 令和 7年 2月13日付けの拒絶理由通知書で当審が本件補正前の請求項3~11に係る発明に対して通知した拒絶理由は、概略、次のとおりのものである。 理由1.(実施可能要件) 過度の試行錯誤を要することなく、核酸配列が配列ID NO:1に示される核酸、およびヒトサイトメガロウイルス(HCMV)を含むAAV2アデノ-関連ウイルス発現ベクターを含む医薬組成物が、聴覚損失の治療または予防に、当業者が使用できる程度に、発明の詳細な説明が明確かつ十分に記載されているとはいえないから、この出願は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。 理由2.(サポート要件) 本願明細書の発明の詳細な説明において、核酸配列が配列ID NO:1に示される核酸、およびヒトサイトメガロウイルス(HCMV)を含むAAV2アデノ-関連ウイルス発現ベクターを含む医薬組成物が、聴覚損失を治療または予防することについて、当業者が理解できるように記載されているとはいえないから、本願発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるとはいえず、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。 なお、本願発明の「核酸であって、核酸配列が配列ID NO:1に示される核酸」という事項は、本件補正前の請求項3を引用する形式で記載された請求項4において特定されていた事項であるから、以下、本件補正前の請求項4に対して通知した拒絶理由について、検討する。 第4 当審の判断 1.本願明細書の記載事項 本願明細書には、以下の事項が記載されている。 (ア)【0033】段落 「【0033】 ・・・本発明は、変異したTMPRSS3またはLOXHD1遺伝子の活性を回復させ、有毛細胞の生存を促進し、聴覚損失または難聴で苦しむ患者の聴覚を回復させるために、内耳にTMPRSS3またはLOXHD1のウイルスベクター遺伝子を伝達する組成物および方法、並びに当該組成物および方法を試験するための細胞に基づくモデル、および動物に基づくモデルを記述する。」 (イ)【0034】段落 「【0034】 本願に開示されるのは、配列ID No:1もしくは配列ID No:2の核酸配列を含む、または配列ID NO:1もしくは配列ID No:2の核酸に少なくとも90%の配列同一性を有する核酸配列を含む発現ベクターであり、ここで、核酸配列は、プロモーターに作動可能に連結される。さらに本願に開示されるのは、聴覚損失の治療または予防のための方法に使用するための医薬組成物であり、配列ID No:1もしくは配列ID No:2の核酸配列を有する、または配列ID NO:1もしくは配列ID No:2の核酸に少なくとも90%の配列同一性を有する核酸配列を有する発現ベクターを含み、ここで、核酸配列はプロモーターに作動可能に連結される。いくつかの実施形態において、核酸配列は、配列ID NO:1または配列ID No:2の核酸配列に少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、または少なくとも99%の配列同一性を有する。いくつかの実施形態において、発現ベクターは、アデノ-関連ウイルスベクター、アデノウイルスベクター、単純ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、ヘルバー依存的アデノウイルスベクター、およびレンチウイルスベクターから選択される。いくつかの実施形態において、ベクターは、AAV2、AAV2/Anc80、AAV5、AAV6、AAV6.2、AAV7、AAV8、AAV9、AAVrh8、AAVrh10、AAVrh39、AAVrh43、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、およびAnc80から選択されるアデノ-関連ウイルスベクターである。いくつかの実施形態において、アデノ-関連ウイルスベクターは、AAV2またはAnc80である。いくつかの実施形態において、プロモーターは、任意の有毛細胞プロモーターから選択され、発達初期に作動可能に連結される核酸の発現を誘導し、例えば、TMPRSS3プロモーター、ヒトサイトメガロウイルス(HCMV)プロモーター、サイトメガロウイルス/チキンベータ-アクチン(CBA)プロモーター、Myo7aプロモーター、またはPou4f3プロモーター等の発現を生涯にわたって維持する。」 (ウ)【0036】段落 「【0036】 本願に開示されるのは、配列ID No:1もしくは配列ID No:2の核酸配列を含む、または配列ID NO:1もしくは配列ID No:2の核酸に少なくとも90%の配列同一性を有する核酸配列を含む発現ベクターの有効量を必要な被検体に投与することを含む、聴覚損失を治療する、または予防する方法であり、ここで、核酸配列はプロモーターに作動可能に連結される。いくつかの実施形態において、核酸配列は、配列ID NO:1または配列ID NO:2の核酸配列に少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、または少なくとも99%の配列同一性を有する。いくつかの実施形態において、発現ベクターは、アデノ-関連ウイルスベクター、アデノウイルスベクター、単純ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、ヘルバー依存的アデノウイルスベクター、またはレンチウイルスベクターから選択される。いくつかの実施形態において、ベクターは、AAV2、AAV2/Anc80、AAV5、AAV6、AAV6.2、AAV7、AAV8、AAV9、AAVrh8、AAVrh10、AAVrh39、AAVrh43、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、およびAnc80から選択されるアデノ-関連ウイルスベクターである。いくつかの実施形態において、アデノ-関連ウイルスベクターは、AAV2またはAnc80である。いくつかの実施形態において、プロモーターは、任意の有毛細胞プロモーターから選択され、発達初期に作動可能に連結される核酸の発現を誘導し、例えば、TMPRSS3プロモーター、ヒトサイトメガロウイルス(HCMV)プロモーター、サイトメガロウイルス/チキンベータ-アクチン(CBA)プロモーター、Myo7aプロモーター、またはPou4f3プロモーター等の発現を生涯にわたって維持する。いくつかの実施形態において、発現ベクターは、被検体の内耳に、例えば、注射によって投与される。いくつかの実施形態において、伝達方法は、蝸牛開口術、蝸牛窓膜、半規管開口術(canalostomy)、およびそれらの任意の組み合わせから選択される(Erin E.Leary Swan,et al.(2008)聴覚適用のための内耳薬物伝達(Inner Ear Drug Delivery for Auditory Applications.Adv Drug Deliv Rev.60(15):1583-1599)。いくつかの実施形態において、発現ベクターは、内リンパ嚢を介して中央階に伝達される(Colletti V,et al.(2010)ヒト内耳における内リンパ嚢から内リンパ部分へのガドリニウム分布の証拠(Evidence of gadolinium distribution from the endolymphatic sac to the endolymphatic compartments of the human inner ear).Audiol Neurootol.15(6):353-63;Marco Mandala,MD,et al.(2010)メニエール病における内リンパ嚢から蝸牛への誘導された内リンパ流入(Induced endolymphatic flow from the endolymphatic sac to the cochlea in Meniere’s disease).Otolaryngology-Head and Neck Surgery.143,673-679;Yamasoba T,et al.(1999)内リンパ嚢でのアデノウイルスベクター接種後の内耳導入遺伝子発現(Inner ear transgene expression after adenoviral vector inoculation in the endolymphatic sac).Hum Gene Ther.10(5):769-74)。いくつかの実施形態において、被検体は、聴覚損失と関連する一つ以上の遺伝的危険因子を有する。いくつかの実施形態において、遺伝的危険因子の一つは、TMPRSS3遺伝子の変異である。いくつかの実施形態において、TMPRSS3遺伝子の変異は、聴覚損失の原因となる公知の任意の一つ以上のTMPRSS3変異から選択される(例えば、表2参照)。いくつかの実施形態において、遺伝的危険因子の一つは、LOXHD1遺伝子の変異である。いくつかの実施形態において、LOXHD1遺伝子の変異は、聴覚損失の原因となる公知の任意の一つ以上のLOXHD1変異から選択される(例えば、表3参照)。いくつかの実施形態において、被検体は、聴覚損失の任意の臨床指標を示さない。」 (エ)【0044】~【0048】段落 「【0044】 本願に使用される用語「活性剤」は、本願に記述される組成物および方法において使用されることを目的とする、および例えば聴覚損失を治療する目的のために生物学的に活性化することを目的とする分子(例えば、本願に記述されるAAVベクター)に関する。 【0045】 本願に使用される用語「医薬組成物」は、本願に記述される少なくとも一つの活性剤または二つ以上の活性剤の組み合わせ、または、例えば担体、安定化剤、希釈剤、分散剤、懸濁剤、増粘剤、賦形剤などのような薬物伝達において使用のために適している一つ以上の成分、を含む組成物に関する。 【0046】 本願において同じ意味で使用される用語「被検体(subject)」または「患者(patient)」は、ヒト、非-ヒト患者、齧歯動物(ラット、マウスおよびモルモットのような)などを含む哺乳類を包含するが限定されない。本発明のいくつかの実施形態において、被検体はヒトである。 【0047】 本発明における活性剤の用量は、活性剤の有効性および/または有効量を決定するために行われるヒトまたは他の哺乳類における試験に基づいて算出されてもよい。投与量、および投与頻度または投与時期は、当該技術分野において公知の方法によって決定されてもよく、活性剤の医薬品形態、投与経路、単一の活性剤が使用されるのか複数の活性剤が使用されるのか(例えば、必要とされる第一の活性剤の用量は、当該活性剤が第二の活性剤と組み合わせて使用される場合より低くなってもよい)、および年齢、体重または薬物代謝に影響を及ぼす任意の医学的状態の存在を含む患者の特徴、などのような要因に依存してもよい。 【0048】 一実施形態において、単回投与で投与されてもよい。他の実施形態において、複数回投与は、ある期間にわたって、例えば1日4回、1日2回、1日1回、週に1回、月に1回などのような特定の間隔で、投与されてもよい。 ・・・」 (オ)【0055】段落 「【0055】 ・・・ [TMPRSS3遺伝子変異は聴覚損失を誘導する]:TMPRSS3(DFNA8/10)の変異に関連する聴覚損失は、様々な異なる表現型で存在することができる。生まれつき深刻な聴覚損失、および成人で発症する進行性聴覚損失が記述されている(Weegerink et al.,2011)。現在のところ、Tmprss3機能障害によるメカニズムは知られていない。出生時の聴覚損失マウス、および少し遅い時期であるがまだ聴覚の成熟前に聴覚損失を発症するマウス、の2つのマウスモデルが、今まで発展されている。Fasquelle et al.は、Tmprss3におけるタンパク質ー短縮型ナンセンス変異を有するエチル-ニトロソウレア-誘導変異マウスを生成した。これは、出生後12日、聴覚の成熟の前後における有毛細胞の損失および聴覚の悪化を示した。加えて、嚢状の有毛細胞に影響を及ぼし、螺旋神経節の遅延型変性が観察された(Fasquelle et al.2011)。螺旋神経節の変性が、コルチ器官の変性に関連するのか、螺旋神経節におけるTmprss3の機能障害に起因するのかはマウスモデルから明確でない。多くの研究では、マウス内耳におけるTmprss3の分布を評価しており、有毛細胞および螺旋神経節細胞におけるTmprss3の存在を証明している(Fan,Zhu,Li,Ji,&Wang,2014;Fasquelle et al.,2011)。マウスTmprss3の発現を、抗体抗-TMPRSS3を用いて1月齢のC57B15マウスで評価した(1:100,ab167160,アブカム社(Abcam),ケンブリッジ、マサチューセッツ)。標識は、内有毛細胞および外有毛細胞、血管条、並びに螺旋神経節細胞の約50%において観察された(図5)。このことは、蝸牛内電位の変化がないことがFasquelleマウスモデルにおいて観察されたけれども(Fasquelle et al.,2011)、Tmprss3機能の損失は、さらに、strial機能の損失をもたらす恐れがあることを示す。」 (カ)【0056】段落 「【0056】 Tmprss3遺伝型-表現型研究は、生まれつき~成人に発症する深刻な進行性聴覚損失に至るまでの聴覚損失における広範な異なる型を証明する(Chung et al.,2014;Gao et al.,2017;Weegerink et al.,2011)。研究では、Tmprss3変異に起因する聴覚損失は、成人の人工内耳移植を受けている患者の2%~5%を構成し得ることを示す(Jolly et al.,2012;Miyagawa,Nishio,&Usami,2016;Sloan-Heggen et al.,2016)。これらの変異を有する多くの患者は、かなりの量の残聴を有する。このことは、治療可能な細胞の基質があることになるので、可能性のある救援治療のために魅力的な標的になるだろう。この変異を有する患者の人工内耳移植の成功についてのいくつかの異なる研究がある。Tmprss3の損失によって誘導される少なくともいくつかの聴覚損失の形態は、遺伝的難聴の他の形態より、人工内耳移植を伴なう聴覚損失を有する形態と同様に研究できない(Shearer et al.2017)。このことは、Tmprss3遺伝子が有毛細胞および最大50%のらせん神経節細胞の両方に発現されるという事実に潜在的に関する(図5参照)。これらの相違は、伝達のためのベクターシステムを選択する場合に考慮される必要がある。ベクターは、強い有毛細胞指向性、並びに有毛細胞と、らせん神経節との組み合わされた指向性を用いて試験されるだろう。ベクター指向性における相違は、新生児の内耳伝達および成人の内耳伝達を比較する場合にも見られている(Shu,Tao,Li,et al.,2016;Shu,Tao,Wang,et al.,2016a)。標的の臨床集団は成熟した聴覚システムを有するヒトであるので、本願に開示されるのは、聴覚の成熟後に聴覚損失の発症を有するマウスモデルであり、病気の進行(実施例1参照)および成人の蝸牛への救援治療のモデル伝達(実施例2参照)の両方のためのモデルとして使用されることができる。 [内耳への伝達のためのAAV血清型]:広範囲の異なるAAV血清型は、内耳組織へトランスフェクションするのに有用であることが証明されている(Gyorgy et al.,2017;Shu,Tao,Wang,et al.,2016b;Xia,Yin,&Wang,2012)。新生児の、および成人の動物においてベクター伝達導入遺伝子の分布に明らかな違いがあり、さらに、有毛細胞へのトランスフェクションを評価する場合、内リンパ、対、内リンパへの伝達に違いがある(Kilpatrick et al.,2011;Wang et al.,2013)。マウスモデルにおいて、内リンパへのベクター伝達は、有毛細胞における向上したトランスフェクションをもたらすが、残聴の損失をもたらし、このことは、進行性聴覚損失のモデルを作ることを難しくする。潜在的に多くの動物またはヒトにおいて、ベクターは、聴覚損失を引き起こすことなく内リンパ嚢へ伝達することが可能であるので、トランスフェクション効率を上昇させることが可能である(Colletti et al.,2010)。プラスミド研究の目的のために、外リンパへの伝達は、マウスの聴覚を評価することを可能にするだろう。AAV2は、成人動物における有毛細胞、および螺旋神経節への伝達を示している(Tao et al.,2017)。AAV2の付加的利点は、ヒト遺伝子治療臨床試験において、すでに広範囲の実績および安全性データを有していることである(Santiago-Ortiz&Schaffer,2016)。最近、様々な研究は、合成AAV(AAV2/Anc80)が有毛細胞への伝達を向上させるが、天然の(native)AAV2と同等の螺旋神経節への伝達を提供しないことを示している(Landegger et al.,2017;Suzuki,Hashimoto,Xiao,Vandenberghe,&Liberman,2017)。本発明は、聴覚損失を成人で発症し、およびAAV2またはAAV2/Anc80 Tmprss3遺伝子治療が聴覚および螺旋神経節機能におけるより良い救出をもたらすかどうかを比較するためのマウスモデルを提供する。 ・・・」 (キ)【0057】~【0066】段落 「【0057】 [実施例1-患者に見られる出生後に発症する進行性聴覚損失を正確に映し出すTMPRSS3変異のマウスモデル] [マウスにおけるCRISPR/Cas9システムを有するヒトTMPRSS3変異[c.916G>A(p.Ala306Thr)]の標的化変異]:存在するマウスモデルは、TMPRSS3遺伝子の完全なノックアウトを有し、生まれつきの聴覚損失、または出生後12日で聴覚の発症時の有毛細胞の変性をもたらす(Fasquelle et al.,2011)。この例は、ヒトTMPRSS3変異を有するノックインマウスの発展を記述する。TMPRSS3におけるc.916G>A(p.Ala306Thr)は、最も一般的な変異であり、中国、ドイツ、オランド、および韓国からの10以上の様々な民族の聴覚障害のある患者で同定されており、この変異がDFNB8/DFNB10表現型の主な原因になることを示す(Chung et al.,2014;Elbracht et al.,2007;Gao et al.,2017;Weegerink et al.,2011)。ヒト変異を有するマウスモデルは、Harms et al.の以前の研究において詳細に記述されるようにCRISPR/Cas9技術を用いて生成されるだろう(Harms et al.,2014)。簡潔に、ガイドRNA(gRNA)設計ツールは、遺伝子および対象の変異のための適切なgRNAを選択するために使用され;最小限の予測されたオフ-ターゲットゲノム部位編集を有するgRNAが選択され、対象のゲノム遺伝子座および他の予測されたオフ-ターゲットゲノム部位を増幅するためのプライマーと共に、サービスプロバイダーによって合成されるだろう。 【0058】 一旦設定されると、マウスは遺伝子型が同定され、ABRおよびDPOAEを用いて2週齢、4週齢、および12週齢での聴覚損失を評価されるだろう。遅れて発症する聴覚損失において、ABR試験およびDPOAE試験の比較は、Tmprss3機能の減少が有毛細胞機能または螺旋神経節機能に非対称に影響を与えるかどうかを証明し得る。このことは、Shearer et al.の観察で与えられた臨床発展のためのベクターの選択に影響を及ぼすだろう(Shearer et al.,2017)。ヒトにおける顕著な表現型はないけれども、マウス変異は、嚢状有毛細胞のわずかな変性を示している。前庭系の組織学的評価およびロータロッド試験は、平衡機能障害を検査するために使用されるだろう。蝸牛における変異Tmprss3の発現は、定量的RT PCRによって決定されるだろう。結果は、野生型マウスおよびホモ接合体Tmprss3c.916G>Aのために分析されるだろう。出生後3日齢、並びに2週齢、4週齢および12週齢の蝸牛における組織学的および免疫組織化学的分析は、有毛細胞損失のパターンを特定するために行われるだろう。組織化学的データに基づいて、選択された時点は、有毛細胞生存における基礎頂端勾配があるかどうか決定するための有毛細胞生存における全載分析のために選択されるだろう。示された試料は、不動毛束形態を評価するために走査型電子顕微鏡法によって評価されてもよい。統計学的分析は、反復測定のためにANOVAを用いてグラフバッド(Graphpad) プリズム(Prism)第7版によって行われるだろう。推定された動物は、変異体では時点につきn=10を使用し、対照では時点につきn=3を使用する。 【0059】 [c.916G>A(p.Ala306Thr)]によって誘導される聴覚損失の経時変化の確立は、救出研究を行うための時点を設定するだろう。うまくいく場合には、側音(lateral)臨床前安全性研究の経時変化を定義することにもなるだろう。 【0060】 標的変異が、マウスにおいて完全な生まれつきの聴覚損失をもたらす場合、誘導型ノックアウトマウスが設計されてもよい。ヒトは非常に様々な表現型を示すので、このことはマウスにおいて観察されてもよく、統計学的分析を難しくする。このことは、救出実験のために対照として反対側未処理耳を用いることによって対処されることが可能である。交互に、Tmprss3の役割を、ヒトiPSCモデルにおいて評価してもよい(実施例4に記述されるように)。聴覚損失の進行は、実験的観察が6月齢にまで拡大される場合に遅延されるかもしれない。[実施例2-マウスモデルにおける聴覚損失は、TMPRSS3遺伝子治療によって阻害される、または回復されることができるかどうかの評価] 様々なベクターが内耳へ遺伝子を伝達するために提案されている。より小さい遺伝子の長期伝達のために、AAVベクターは広範囲に研究されており、安全であり、広範囲の細胞への伝達を提供する。しかしながら、外有毛細胞へのAAV伝達は、より高力価のベクターでさえ不完全であることが示されている。最近、合成アデノ関連ウイルスベクターAAV2/Anc80が開発されており、内有毛細胞および外有毛細胞への優れた伝達を提供する。2つの異なるベクターシステムが試験され、Tmprss3機能が螺旋神経節の救出にも必要とされ得るという潜在性に基づかれるものである。聴覚の救出は、これらの2つのベクターシステムを用いるマウスモデルで比較されるだろう。潜在性結果は、AAV2/Anc80の場合においてより悪いABRを伴なうDPOAEの救出を含み、このことは有毛細胞に加えて螺旋神経節を治療することの必要性を示すだろう。簡潔にベクターは、実施例1の結果に基づいて聴覚損失の発症を確認される前の1~2週間で後半規管に半規管開口術で伝達されるだろう。対数倍異なる3つの濃度のベクターはマイクロポンプを用いて注入されるだろう。動物の聴覚は、実施例1で決定された時点で一連のABRおよびDPOEAを用いて評価されるだろう。3~6月齢の動物において、蝸牛における組織学的、免疫組織化学的および全載評価によって有毛細胞生存が評価されるだろう。対照は、ベクター(AAV2.hCMV.GFP、またはAAV2/Anc80.hCMV.GFP)を発現するGFPのみで処理された動物からなる。マウスは、任意の前庭システムをさらに示す場合、前庭システム組織学およびロータロッド試験によって評価もされるだろう。加えて、Tmprss3治療の毒性は、Tmprss3発現する両ベクターを用いてトランスフェクションする野生型マウスによって評価されるだろう。統計学的分析は、反復測定のためにANOVAを用いてグラフバッド(Graphpad)プリズム(Prism)第7版によって行われるだろう。結果は、ベクター力価当たりの聴覚に基づいて評価されるだろう。推測される動物は、変異体では時点当たりn=60(2つのベクター、3つの濃度のベクター、組織学的および全載評価)を使用し、対照では時点当たりn=3を使用する。過剰発現研究は、2つのベクターを用いてn=5を使用するだろう。 【0061】 Tmprss3遺伝子治療は、聴覚損失の進行を防ぐことを予期される。Tmprss3遺伝子治療では、量的効果と同じように聴覚を救出するための種々のベクターで違いがあってもよい。 【0062】 聴覚の救出が不完全であることが明らかにされる場合、異なるベクターを設計してもよい。潜在的にTmprss3の発現は、異なる長さのプロモーターを使用することによって、またはTmprss3の調節領域を含むことによって最適化される必要があるかもしれない。潜在的にTmprss3遺伝子治療は、非常に速い時点で内耳に提供されなければならないかもしれない。 [AAV2TMPRSS3伝達システムの評価]:ヒトCMV(hCMV)プロモーターによって引き起こされるヒトTMPRSS3(BC074847)は、AAV2ベクターシステムにおいてクローン化された。ベクターは、塩化セシウム勾配で精製された。力価はpPCRによって決定された(1.1×1013GC/ml)。合成および精製後、ベクターを20μl体積にアリコートし、5%グリセロールを有するPBS中に80℃で保存した。 [TMPRSS3伝達のためのアッセイシステムの発展]:ベクター機能の効率性を評価するために、我々はTMPSS3産生を分析するためのシステムを発展させたかった。これは、異なるプロモーターを用いるベクター設計を後に評価するために、およびベクター安全性を評価するためにも役立つだろう。細胞系列は、異なるAAV血清型を用いるトランスフェクション効率について様々である(Ellis et al.,2013)。様々な細胞系列は、AAV2を用いてトランスフェクションされる能力の検査を受けた。残念ながら、AAV2を用いてトランスフェクションすることができるいくつかの一般的に使用される細胞系列は、天然の(native)TMPRSS3を発現する。様々なヒト癌細胞系列が検査され、TMPRSS3を発現することがないRNAseqが確認されている。原発性若年性鼻咽頭血管線維種(JNA)細胞は、AAV2hcmv.gfpを用いてトランスフェクションすることが明らかになった。細胞を、DMEMおよび10%熱不活性化ウシ胎児血清(FBS)(インビトロジェン(Invitrogen)、カールスバッド、カリフォルニア)を補充されたT-75フラスコに、37℃で5%CO2を維持しながらプレートに置いた。培地交換は48時間ごとに行った。細胞がP4に達し90~100%密集になった時、3mlの0.05%トリプシンを洗浄のために加え、吸引し、その後、細胞を除去するために3mlのトリプシンを加えた。インキュベーションを37度で3~5分間行った。トリプシンを10%FBS/DMEMを用いて中和した。細胞溶液を15mlの円すい状の瓶に集め、1200rpmで5分間、4度で回転した。細胞を、その後、10mlの10%FBS/DMEMで懸濁し、プレートに置き、24時間付着させた。AAV2-TMPRSS3の導入は、細胞を4ウェルチャンバーミリセル(Millicell)EZ スライド(PEZGS0416、ミリポアシグマ社、バーリントン、マサチューセッツ)に置き、500μLの培地に2μl/ml濃度のAAV2.hcmv.TMPRSS3を有する培地に細胞を播種することによって行った。細胞培地を24時間後に交換し、その後、トランスフェクション後48時間ごとに細胞が分析されるまで交換した。 [AAV2-TMPRSS3トランスフェクション細胞の免疫細胞化学]:トランスフェクションされたJNA細胞を、PBSを用いて最初に洗浄し、その後PBS中に4%パラホルムアルデヒドを有する溶液を用いて室温で10分間固定化した。細胞を、1%トリトン-X100/1%ウシ胎児血清/10%正常血清を用いて、1時間室温でブロッキングし透過処理した。一次抗体(1:100、ab167160、アブカム社(Abcam)、ケンブリッジ、マサチューセッツ/1:50、GTX81644、ジェーンテックス(GeneTex)社、アーバイン、カリフォルニア)を、4℃で一晩インキュベーションした。次の日、細胞を、PBSを用いてリンスし、その後、アレクサ(Alexa)フルオロ(Fluor)488(1:500、インビトロジェン(Invitrogen)社、カールスバッド、カリフォルニア)を用いて標識化した。これらの細胞を、PBSを用いてさらに洗浄し、その後、プロロング(ProLong)ゴールド(Gold)退色防止封入培地(インビトロジェン(Invitrogen)社、カールスバッド、カリフォルニア)を用いて0.2μg/ml 4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドールと共に染色した。 【0063】 [AAV/Anc80-TMPRSS3-IRES-GFPの構築]我々は、ヒトTMPRSS3全長cDNAをAAV/Anc80ベクターにeGFPマーカーと共にクローン化するだろう。このため、ウイルス感染した細胞をGFP発現によって確認することができる。我々は証明された配列を有するヒトTMPRSS3全長cDNAを得る。我々は、クローン化するためにAAV/Anc80ベクターを使用するだろう。以前に、ヒトISL1遺伝子を同じベクターにクローン化し、新生児のマイスの内耳および成人のマウスの内耳に、蝸牛開口術および半規管開口術それぞれによって、AAV/Anc80-ISL1-IRES-GFPを注入した。AAV/Anc80は、有毛細胞損傷または聴覚損失を引き起こすことなく、新生児の有毛細胞および成人の有毛細胞に効率的に遺伝子伝達を仲介する。導入遺伝子の更なる発現は経時的に維持され、このことは、遺伝子発現を修復するために、および聴覚を回復させるために、Tmprss3-/-有毛細胞におけるTMPRSS3遺伝子を発現するという我々の目標に理想的である(Shu et al.,2016;Tao et al.,2017)。 【0064】 TMPRSS3をAAV/Anc80-TMPRSS3-IRES-GFPベクターにクローン化後、ベクターは1012のウイルス価を達成する目的で増幅され、パッケージ化されるだろう。我々は、感染ヒト細胞によってAAV/Anc80-TMPRSS3-IRES-GFPを最初に試験するだろう。我々は、TMPRSS3およびGFPが同じ細胞に発現したかどうか試験するために、抗-TMPRSS抗体と共に免疫標識を行い、GFPと共局在化するだろう。インビボ(in vivo)研究のために、我々は、蝸牛開口術によって野生型新生児内耳に、半規管開口術によって成人の内耳にそれぞれ、注入することによってベクターを試験するだろう。注入後2週間、GFP信号が有毛細胞に限定されるかどうか試験するために、マウスの蝸牛を採取するだろう。我々の以前の研究において、我々は100%の内有毛細胞で強いGFP発現、および95%を超える外有毛細胞で減速した発現を観察した。したがって、我々はTMPRSS3遺伝子と同様の発現パターンを観察することを期待する。 【0065】 AAV/Anc80-TMPRSS3-GFPを、続いて、聴覚研究された1月後に蝸牛開口術によってTmprss3-/-蝸牛に注入するだろう。我々は、注入されていない対照内耳と比較して注入された内耳がより良い聴覚を観察することを期待する。このことは、特にTmprss3-/-マウスが深刻な早期に発症する聴覚損失を患う場合に明白になるだろう。Tmprss3-/-における聴覚損失が、遅発型の進行性である場合に、我々は、例えば2月齢および3月齢などの後の段階で聴覚救出を観察し始めるかもしれない。聴覚研究はABRおよびDPOAEによって行われるだろう。ABRおよびDPOAE閾値が、注入された耳において任意の周波数で重大に低い場合に、Tmprss3-/-マウスにおけるAAV-介在聴覚救出の兆候である。我々は、聴覚回復が維持されるかどうか決定するために、6月間、聴覚救出の進行を観察するだろう。 【0066】 Tmprss3-/-マウスにおいて、有毛細胞は最終的に死亡するだろう。AAV-介在遺伝子伝達を用いて、有毛細胞機能の回復は、経時的に有毛細胞生存につながるようであり、経時的に有毛細胞を蝸牛の長さに沿って数えることによって確認されるだろう。我々は、注入されていない対照の蝸牛と比較して、注入された蝸牛において著しく有毛細胞を観察することを期待する。聴覚結果と細胞生存との比較は、救出治療のために最適なベクターおよびベクター量を決定するだろう。 [実施例3-TMPRSS3] [TMPRSS3-変異マウスモデルの発展]ヒトの状態とできる限り近く似ているマウスモデルの発展は、更なる治療への鍵となる。ノックアウトTmprss3マウスモデルは、商業業者から入手でき、これらの実施例に記述される実験において使用されてもよい。しかしながら、上述されるような聴覚損失を引き起こす公知のヒト変異体を心にとどめることは、マウスモデルを発展させることに、より関連性があるだろう。モデルは、ヒト変異がヒトと同様にマウスにおいても聴覚損失を引き起こすことを示すことを期待され、このことは、そのモデルを治療のために研究されるのに役立つものにする。遺伝子導入マウス系列を産生する方法は、当該技術分野において日常的に使用され、当業者に公知であるだろう。重要なことに、マウスモデルを生成する時間は、わずか数年前では平均2年であり近頃ではCRISPR/Cas9技術を用いると数か月になり著しく短くなっている。したがって、マウスモデルを産生するのにかかる時間は、もはや速度制限因子ではない。我々は、我々の研究のためにヒト変異を有するTMPRSS3マウスモデルを作成することを提案している。TMPRSS3ノックアウトマウスにおいて、有毛細胞は死に、マウスは深刻な聴覚損失を示す。Tmprss3ノックインマウスモデルの作成後、我々はABRおよびDPOAEによって有毛細胞の生存および聴覚損失を研究するだろう。マウスモデルが有毛細胞の損失における進行性聴覚損失を示す場合、そのことは我々がヒトDFNB8のためのTmprss3マウスモデルを生成しているという証明である。 [遺伝子治療用のAAV-TMPRSS3を産生するために]我々は、Tmprss3変異マウスを治療するためにAAV-介在遺伝子治療を使用するだろう。我々は、研究用に2つのAAVベクター(Anc80およびAAV2)を同定しているが、アデノウイルスベクター、単純ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、ヘルバー依存的アデノウイルスベクター、レンチウイルスベクター、または例えば、AAV5、AAV6、AAV6.2、AAV7、AAV8、AAV9、AAVrh8、AAVrh10、AAVrh39、AAVrh43、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、もしくはAAV8のような他のアデノ関連ウイルスベクターのような、他の発現ベクターを試験してもよい。Anc80およびAAV2は共に、正常な聴覚に副作用を及ぼすことなく哺乳類の新生児有毛細胞に遺伝子を高効率的に伝達する。さらに最近、Anc80およびAAV2は共に、正常な聴覚に影響を及ぼすことなく成人のマウス有毛細胞に遺伝子を伝達するために使用されることができることを示す(Zinn,E.et al.,ウイルス進化系統におけるインシリコ再構築は、潜在的な遺伝子治療ベクターを生成する(In Silico Reconstruction of the Viral Evolutionary Lineage Yields a Potent Gene Therapy Vector),Cell Rep.2015 Aug 11;12(6):1056-68;およびAskew,C.et al.,Tmc遺伝子治療は、聴覚障害マウスにおける聴覚機能を回復させる(Tmc gene therapy restores auditory function in deaf mice),Sci Transl Med.2015 Jul 8;7(295):295ra108)。我々は、AAV-TMPRSS3ウイルスを産生するためにヒトTMPRSS3cDNAをベクターにクローン化するだろう。我々は、TMPRSS3がインビトロ(in Vitro)培養システムにおいて使用するために産生されるということを示すために研究を行うだろう。その確認に続いて、AAV-TMPRSS3が、内耳の細胞分析によって、および聴覚研究(ABRおよびDPOAE)によって示されるように副作用を有さないことを示すために、AAV-TMPRSS3を新生児の野生型マウス内耳に注入するだろう。 [聴覚の回復におけるAAV-TMPRSS3の研究]我々は、AAV-TMPRSS3を新生児のTmprss3ノックイン変異マウス内耳に注入するだろう。分析は、AAV-TMPRSS3注入マウスおよびAAV-GFPを注入された対照マウスで行われ、分析には聴覚試験、細胞分子生物学研究、および長期効果を含むだろう。細胞レベルにおいて、我々は、AAV-TMPRSS3が1月齢で有毛細胞生存を促進するかどうか決定するだろう。AAV-GFPを注入された対照変異耳において、我々はこの時点における有毛細胞の損失を観察することを期待する。対照的に、我々はAAV-TMPRSS3を注入されると有毛細胞の生存が観察されることを期待する。我々は、注入工程(蝸牛開口術、蝸牛窓膜、半規管開口術)および聴覚回復をより良くするための用量を最適化するだろう。重要なことに、我々は、成人(1月~6月齢)マウスに注入を行い、聴覚回復を評価するだろう。成人への注入結果は、新生児への注入結果と比較され、そのことは、介入が未だ効果的である時間窓について我々に情報を与えるだろう。 ・・・ [実施例6-実験方法] [ABR測定]:ABR閾値を知的聴覚システムスマートEPプログラム(Intelligent Hearing Systems Smart EP program)(IHS社,マイアミ,フロリダ,米国)を用いて記録した。動物は上述されるように麻酔され、温熱パッドで保温した(37℃)。針電極を、頂点(+)、左耳の後ろ(-)、反対の耳の後ろ(グランド)に置いた。トーンバーストを、高周波数変換器を用いて500μsの期間で、4kHz、8kHz、16kHz、および32kHzにおいて示した。記録は、100Kと等しい総ゲインを用いて、高周波および低周波通過フィルターのための100Hz設定および15kHz設定を用いて行われた。最小の128スイープを90dB SPLで示した。SPLは10dBステップで減少した。閾値レベルに近い、最大1024プレゼンテーションまで用いて5dB SPLステップを各周波数で行った。閾値は、少なくとも一つの波が2以上の反復記録で同定されることが可能であるSPLとして定義された。術前閾値は最初の操作前に測定され、最後の術後閾値は動物を犠牲にする前に測定された。我々は、各ベクター伝達前および最後のベクター伝達後3日にマウスを試験した。 [DPOAE測定]:OHCにおける機能的損傷を評価するために、歪成分耳音響放射(DPOAE)および入/出力関数(I/O関数)を上述のIHSプログラムを用いて両側で記録した。歪成分を、IHS高周波数変換器を用いて2kHz~32kHzの純音のために測定した。エティモティック(Etymotic)10B+プローブを外耳管に挿入した。L1レベルを65dBに設定し、L2レベルを55dBに設定した。周波数は、16スイープを用いてF2-F1比が1.22と得られた。I/O関数は、16kHzの周波数で得られた。65dB SPL~31dB SPLの範囲の9つの刺激レベルを5dBステップで使用した。マウスは、各ベクター伝達前および最後のベクター伝達後3日に試験された。 [内耳へのTMPRSS3発現AAVの伝達]全ての手順は、適切な動物実験委員会によって検査され承認された。成人マウスを、0.9%塩化ナトリウム液中にケタミン(150mg/kg)、キシロカイン(6mg/kg)、およびアセプロマジン(2mg/kg)の混合物を有する溶液のi.p.注射で麻酔した。ベクターは、後部半規管にいずれも伝達された。背面耳介後部切開を行って、後部または外側半規管を露出した。マイクロドリルを用いて、蝸牛開口術によって、外リンパ空間を作成し露出した。続いて、0.5μlのベクターを、0.1μl目盛りを有するハミルトンマイクロシリンジ、および36ゲージ針を用いて注射した。蝸牛開口術は、骨ろうを用いて密封され、動物を回復させることができた。 ・・・」 2.本願発明の実施可能要件・サポート要件の判断 (1)実施可能要件の判断規範 発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するか否かは、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているか否かを検討して判断すべきものと解され、医薬の用途発明においては、一般に物質名、化学構造等が示されることのみによっては、当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり、当該医薬を当該用途に使用することができないから、医薬用途発明において実施可能要件を満たすためには、本願明細書の発明の詳細な説明は、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らして、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要があると解される。 (2)実施可能要件の判断 上記(ア)によれば、内耳にTMPRSS3のウイルスベクター遺伝子を伝達し、変異したTMPRSS3遺伝子の活性を回復させ、有毛細胞の生存を促進し、聴覚損失または難聴で苦しむ患者の聴覚を回復させる、という本願発明の概略が記載され、上記(イ)及び(ウ)によれば、配列ID NO:1の核酸、発現ベクターとしてのAAV2ウイルスベクター、発現ベクターの投与方法が公知であることが記載され、上記(エ)によれば、上記医薬組成物を上記患者に投与する際に必要な投与量、投与回数や製剤化方法が記載され、上記(オ)によれば、TMPRSS3遺伝子変異は聴覚損失を誘導することが公知であることが記載され、上記(カ)によれば、AAV2は、成人動物における有毛細胞、および螺旋神経節への伝達を示していること、AAV2の付加的利点は、ヒト遺伝子治療臨床試験において、すでに広範囲の実績および安全性データを有していること、及び、合成AAV(AAV2/Anc80)が有毛細胞への伝達を向上させるが、天然の(native)AAV2と同等の螺旋神経節への伝達を提供しないことが記載されている。 また、上記(キ)の実施例1には、患者に見られる出生後に発症する進行性聴覚損失を正確に映し出すTMPRSS3変異のマウスモデルの作成方法が記載され、実施例2には、前記マウスモデルを用いた薬理試験方法、及び、ヒトTMPRSS3遺伝子をHCMVプロモーターに動作可能に連結した核酸配列を含むAAV2発現ベクターを構築したこと、前記発現ベクターの機能の効率性を評価するためのアッセイシステムを構築したことが記載され、実施例3には、TMPRSS3変異のマウスモデルの作成方法、及び、前記マウスモデルを用いた薬理試験方法が記載され、実施例6には、ABR及びDPOAEを用いた聴力検査の方法、及び、内耳有毛細胞へのTMPRSS3発現AAVの伝達方法が記載されているが、これらはいずれも実験の目的や背景、使用する動物、試薬及び器具、実験の具体的な手順を開示したに過ぎない。 さらに、実施例1~3には、存在するマウスモデルは、TMPRSS3遺伝子の完全なノックアウトを有し、生まれつきの聴覚損失、または出生後12日で聴覚の発症時の有毛細胞の変性をもたらすこと(実施例1)、我々は、注入されていない対照内耳と比較して注入された内耳がより良い聴覚を観察することを期待すること(実施例2)、分析は、AAV-TMPRSS3注入マウス及びAAV-GFPを注入された対照マウスで行われ、分析には聴覚試験、細胞分子生物学研究、及び長期効果を含むこと、細胞レベルにおいて、我々は、AAV-TMPRSS3が1月齢で有毛細胞生存を促進するかどうか決定するだろうこと(実施例3)等が記載されているが、聴覚機能全体を回復させることができた具体的な実験結果は何ら示されていない。 実施例1に記載されたとおり、TMPRSS3遺伝子に係る体内における全ての働きや聴覚を司る有毛細胞等の分化及び内耳組織構成のメカニズムは出願時において明らかではなく、当該遺伝子の異常により聴覚に関連する有毛細胞の変性がもたらされる他、どのような悪影響が聴覚を司る内耳組織又はそれ以外の神経組織に及ぼされているかさえ不明なのであり、その可逆性も明らかではない。 したがって、単にTMPRSS3遺伝子を補うことにより既に変性したり死滅した細胞の機能が復活したり、聴覚機能全体を回復させることができるか否かは仮説の域を出るものではなく、そのことは実施例2に期待すると記載され、今後分析の上で決定されることが記載されている(実施例3)とおりであるから、上記実施例の各記載を含め上記(ア)~(キ)の記載いずれも、上記医薬組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る薬理試験結果の記載であるということはできない。 また、上記医薬組成物が上記薬理作用を示すことは本願発明の出願時の技術常識に属する事項であったというような、薬理試験結果の記載がなされていなくても上記組成物が上記薬理作用を示すこと、特に内耳有毛細胞が失われた状態における聴覚損失を治療できることを当業者が認識できるといえる、格別の事情も見いだせない。 してみると、本願明細書の発明の詳細な説明は、出願時の技術常識に照らして、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されているとはいえない。 (3)サポート要件の判断規範 次に、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と明細書の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、明細書に記載された発明で、明細書の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、本願明細書のサポート要件の存在は、本願出願人すなわち審判請求人が証明責任を負うと解される。 (4)サポート要件の判断 ここで、本願発明は、第2に記載のとおり、聴覚損失の治療または予防のための方法において使用のための医薬組成物の発明であるから、その課題は、聴覚損失を治療または予防するという薬理作用をもたらすことにほかならない。 しかしながら、上記したように、本願明細書には、上記医薬組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る記載がなされているとはいえないし、上記医薬組成物が上記薬理作用を示すことについて、具体例をもって示さなくとも当業者が認識できると認めるに足る、格別の事情も見いだせない。 してみると、本願明細書の記載により当業者が本願発明の課題を解決でき ず、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし本願発明の課題を解決できると認識できないものとするほかはないから、本願明細書の特許請求の範囲の記載は、明細書のサポート要件に適合するものとはいえない。 したがって、本願発明は、本願明細書に記載したものでない。 (5)審判請求人の主張ア 審判請求人は、令和7年8月18日提出の意見書において、上記薬理作用について、以下のように主張している。 「また、本願明細書には、当業者が、医薬組成物が薬理効果、すなわちTMPRSS3の不足に起因する聴覚損失の治療効果を発揮することを認識できる十分な記載がなされていると考えます。本願明細書には、TMPRSS3の変異が聴覚損失を引き起こす可能性があること、そのような変異を有する多くの患者が人工内耳に反応しないことが教示されています(本願明細書の段落[0007]等)。さらに、本願明細書には、hTMPRSS-3(配列番号1)と少なくとも90%の配列同一性を有する核酸配列を有するAAV2ベクターが記載されています(本願明細書の段落[0034]等)。本願明細書に記載されているTMPRSS3を発現するためのAAV2などの発現ベクターを送達するためには、ウイルスベクターがしばしば用いられます。当業者は、ウイルスベクターが発現ベクターを送達し、TMPRSS3を発現することができると合理的に予測するであろうと考えます。また、当業者であれば、AAV2-hTMPRSS3などのAAV2ベクターを当技術分野で既知の方法で作製できます。」 しかしながら、上記(1)及び(3)で述べたように、本願明細書の発明の詳細な説明は、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らして、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。 そして、TMPRSS3遺伝子に係る体内における全ての働きは出願時において明らかではなく、当該遺伝子の異常により聴覚に関連する有毛細胞の変性がもたらされる他、どのような悪影響を聴覚を司る体内の機構におよぼされているかさえ不明なのであり、その可逆性も明らかでなく、単にTMPRSS3遺伝子を補うことにより既に変性したり死滅した細胞の機能が復活したり、聴覚機能全体を回復させることができることは、出願時点における技術常識でもなく、発明の詳細な説明に医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されてもいないのであるから、請求人の主張を採用することはできない。 (6)審判請求人の主張イ また、審判請求人は、上記薬理作用について、令和4年7月11日付けの意見書及び令和5年3月8日付けの審判請求書において、「参考文献2」として提出した、米国の審査の過程で提出された宣誓書と、令和7年8月18日付けで提出した手続補足書において、参考文献(Wan Duらによる論文)として提出したStaecker博士が共著者として記載されている学術文献を根拠に、令和7年8月18日提出の意見書において、以下のように主張している。 「上述の宣誓書において試験されたAAV2のプロモーターはhCMVプロモーターでした。本参考文献中の図5Cは参考文献2の宣誓書の図3と同一です。そして、本参考文献の2806ページ左欄の2番目の段落には、プロモーターがhCMVプロモーターであることが示されています。また、AAV2-hTMPRSS3の有効性を示す追加の実験が、本参考文献に記載されています。本参考文献において注目すべきは、驚くべきことに、マウスTMPRSS3が重度の有毛細胞喪失と重度の聴覚損失を引き起こすのに対し、ヒトTMPRSS3はマウスTMPRSS3とタンパク質配列が88%同一という高い相同性を持つにもかかわらず、有毛細胞喪失や聴覚損失を引き起こさないことが明らかになったことです(本参考文献2804ページから2805ページにかけての段落)。マウスでは、注入後4ヶ月で聴力の改善が確認されました(本参考文献2805ページ左欄)。 このような参考文献の記載、及び本願明細書の実施例及び令和4年7月11日付けの意見書及び令和5年3月8日付けの審判請求書において「参考文献2」として提出した米国の審査の過程で提出された宣誓書に基づき、必ずしもヒトでの臨床試験のデータがなくとも、動物モデルから得られたこれらのデータにより、ヒト治療の実施可能性を示すのには十分であると考えます。」 しかしながら、(1)に示したとおり、医薬用途発明において実施可能要件を満たすためには、本願明細書の発明の詳細な説明は、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らして、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要があり、(3)に示したとおり、明細書の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識である範囲のものであるか、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである必要があるから、明細書に記載されていなかった医薬としての有用性を当業者が理解できるような事項や当業者が出願時の技術常識に照らし発明の課題を解決できると認識できる事項について、本願出願後の2022年6月15日付けの宣誓書(参考文献2)や2023年9月に公開されたWan Duらによる論文に補充した実験結果等を参酌することは許されない。 そして、審判請求人が主張する宣誓書の実験結果のAAV2-hTMPRSS3のプロモーターがhCMVプロモーターであったとしても、宣誓書に記載される(c.916G->A)を有するノックインCBA/Jマウスの難聴が、10.5ヶ月後のある時点で始まり、すべての周波数を通して、約22.5ヶ月まで進行し続けること(第2~3頁:7.)、当該事実に基づき、18.5ヶ月の時点でAAV2-hTMPRSS3を治療し、20.5ヶ月で聴覚機能を評価すること(第7頁:15.)は、本願の当初明細書(キ)に記載された、AAV-TMPRSS3を1月~6月齢マウスに注入し、聴覚回復を評価するものとは明らかに別異のものである。 さらに、参考文献(Wan Duらによる論文)によると、AAV2-hTMPRSS3に用いられた、hTMPRSS3遺伝子は、GenBankのアクセッション番号がBC074846である塩基配列1362bp、453アミノ酸残基からなるコーディング配列であり、当該遺伝子がコードするhTMPRSS3のアミノ酸配列と、本願発明の配列ID NO:1に示される核酸配列がコードするhTMPRSS3のアミノ酸配列を比較すると以下のようになり、 [図:0001434428000001.jpg] 参考文献(Wan Duらによる論文)において用いられているhTMPRSS3遺伝子がコードするhTMPRSS3アミノ酸配列は、本願発明の配列ID NO:1に示される核酸配列がコードするhTMPRSS3のアミノ酸配列の350番目のアラニンを欠いたものであるから、本願発明と参考文献(Wan Duらによる論文)で用いられたAAV2-hTMPRSS3は別異のものである。 したがって、上記宣誓書の実験結果は、明細書記載の実験条件を忠実に追試し、発明の詳細な説明の記載を再現したものですらない。 (7)小括 よって、審判請求人の主張ア及びイはいずれも採用できないから、本願の発明の詳細な説明の記載は、本願発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとは認められない。 第5 むすび 以上のとおり、本願は、請求項3に係る発明について、特許法第36条第4項第1号及び同法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、特許を受けることができないものである。 したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。

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2023-004020

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