特許異議申立
2025-700620
方向性電磁鋼板
- 審判番号
- 2025-700620
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2024-512993
- 登録番号
- 7602187
- 請求日
- 2025年06月12日
- 審決日
- 2026年03月13日
- 公報発行日
- 2026年04月24日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】日本製鉄株式会社
- 【権利者代理人】松沼 泰史
- 【権利者代理人】大浪 一徳
- 【権利者代理人】勝俣 智夫
- 【権利者代理人】山口 洋
- 【権利者代理人】堀田 耕一郎
- 【権利者代理人】山口 健吾
- 【権利者代理人】飯田 恭宏
- 【権利者代理人】井口 翔太
- 【異議申立人】前田 洋志
- 審判長/審判官
- 審判長 富永 泰規
- 審判官 石川 雄太郎
- 審判官 酒井 英夫
- 分類
- P1651.537-Y (C22C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7602187号発明「方向性電磁鋼板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7602187号の請求項1~3に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本件の特許第7602187号(以下「本件特許」という。)の請求項1~3に係る特許についての出願(特願2024-512993号。以下「本願」という。)は、2023年(令和 5年) 9月22日(優先権主張 令和 4年 9月22日)を国際出願日とする出願であって、令和 6年12月10日にその特許権の設定登録がされ、同年12月18日に特許掲載公報が発行されたものである。
本件は、その後、令和 7年 6月12日に、その請求項1~3(全請求項)に係る特許について、特許異議申立人である前田 洋志(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、同年 9月29日付けで取消理由が通知され、これに対して、同年11月25日に、特許権者から意見書(以下、単に「意見書」という。)が提出されたものである。
第2 本件発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1~3に係る発明は、本願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1~3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。なお、以下において、本件特許の特許請求の範囲の請求項1~3に係る発明を「本件発明1」~「本件発明3」といい、総称して「本件発明」という。また、本願の願書に添付した明細書及び図面を「本件明細書等」という。
「【請求項1】
母材鋼板と、
前記母材鋼板の表面に形成されたフォルステライト皮膜と、
前記フォルステライト皮膜の表面に形成された絶縁皮膜と、
を備え、
前記母材鋼板の化学組成が、質量%で、Si:0.80~7.00%を含有し、
前記母材鋼板の前記表面の、圧延方向の結晶粒の粒界間の距離が3.0mm以上13.0mm以下である結晶粒の、面積率が70%以上であり、
800A/mの磁化力で発生する磁束密度であるB8が1.88T以上であり、
前記母材鋼板の板厚を単位mmでtとしたとき、周波数が50Hz、最大磁束密度が1.7Tのときの鉄損であるW17/50が、単位W/kgで、13.1×t2-4.3×t+1.2以下であり、
磁歪波形の200Hz成分であるLvA200Hzが60~78dBAであり、
前記母材鋼板の前記表面に、圧延方向に交差する方向に延在する複数の線状の歪が形成され、前記複数の線状の歪の前記圧延方向の間隔が3~10mmである、
ことを特徴とする、方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記母材鋼板において、前記表面に観察される短冊状の還流磁区の面積割合が10%以下で、かつ、ストライプ状の主磁区の幅が1.2mm以下である、
ことを特徴とする、請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記磁束密度が1.92T以上であり、前記板厚が0.18~0.23mmの場合において、前記W17/50が0.74W/kg以下である、
ことを特徴とする、請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板。」
第3 申立理由、取消理由の概要
1 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として下記3の甲第1号証~甲第11号証(以下「甲1」等という。)を提出し、以下の理由により、本件特許の請求項1~3に係る特許は取り消されるべきものであることを主張している。
(1)申立理由1-1(明確性、取消理由として採用)
請求項1の「圧延方向の粒界間の距離が3.0mm以上13.0mm以下である結晶粒の、面積率が70%以上」との記載における「圧延方向の粒子間の距離」が、本件明細書等の記載を参酌しても明確ではない。
したがって、本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2~3の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず、特許法第36条第6項第2号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(2)申立理由1-2(明確性、取消理由として採用)
請求項1の「圧延方向の粒界間の距離が3.0mm以上13.0mm以下である結晶粒の、面積率が70%以上」との記載における「粒界」が、本件明細書等の記載を参酌しても明確ではない。
したがって、本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2~3の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず、特許法第36条第6項第2号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(3)申立理由1-3(明確性、取消理由として採用)
請求項1の「磁歪波形の200Hz成分であるLvA200Hz」との記載は、本件明細書等の記載を参酌しても明確ではない。
したがって、本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2~3の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず、特許法第36条第6項第2号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
2 取消理由の概要
令和 7年 9月29日付けで通知した取消理由1-1~1-3の概要は、上記1に示した申立理由1-1~1-3と同旨である。
3 証拠方法
甲1 :中島正三郎、外3名、「板厚の薄い一方向性電磁鋼板の2次再結晶に及ぼすSn添加の影響」、日本金属学会誌、1991年、第55巻、第12号、p.1392~1399
甲2 :特開平11-293340号公報
甲3 :本間穂高、外1名、「方向性電磁鋼板の二次再結晶過程に観察される小角粒界移動」、鉄と鋼、2003年、第89巻、第10号、p.1044~1049
甲4 :特開2002-12918号公報
甲5 :国際公開第2004/083465号
甲6 :特開平2-138421号公報
甲7 :特開2001-40449号公報
甲8 :特開2020-169374号公報
甲9 :特開2021-123752号公報
甲10:特開2021-123755号公報
甲11:Jumpei Kobori外2名、「The international round robin test of magnetostriction measurement of grain-oriented electrical steel by means of a single sheet tester and an optical sensor」、Journal of Magnetism and Magnetic Materials、2020年、第513巻、第166541番
第4 当合議体における判断
当合議体は、以下に示すとおり、上記第3の申立理由及び取消理由によっては、本件特許の請求項1~3に係る特許を取り消すことはできないと判断する。
1 申立理由1-1、取消理由1-1(明確性)
(1)請求項1には、「前記母材鋼板の前記表面の、圧延方向の結晶粒の粒界間の距離が3.0mm以上13.0mm以下である結晶粒の、面積率が70%以上であ」る「方向性電磁鋼板」と記載されている。
(2)一方、本件明細書等には、以下の記載がある(なお、下線は当合議体が付したものである。以下同様。)。
「【0036】
(ミクロ組織)
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、そのミクロ組織において、圧延方向の結晶粒径が制御される。具体的には、母材鋼板の表面の、圧延方向の結晶粒の粒界間の距離が3.0mm以上13.0mm以下である結晶粒の、面積率が70%以上である。
圧延方向に対して横切る結晶粒界は磁区模様を変化させる。特に、その粒界間の距離が短くなると磁歪波形の200Hz成分(LvA200Hzという場合がある)が低減する。これは、粒界間の距離が短くなると主磁区の幅が狭くなるため、粒内の還流磁区(ランセット)を抑える効果があることが影響していると推測される。
圧延方向の結晶粒の粒界間の距離(粒界間隔)が3.0mm以上13.0mm以下である結晶粒の面積率が70%未満では、LvA200Hzを低減する効果が十分に得られない。粒界間隔が3.0mm以上13.0mm以下である結晶粒の面積率は、75%以上が好ましく、80%以上がより好ましく、90%以上がさらに好ましい。面積率の上限は限定されず、100%でもよい。
面積率の制御の対象とする結晶粒を、粒界間の距離が3.0mm以上13.0mm以下の結晶粒(領域)としたのは、粒界間隔が13.0mm超の結晶粒では、磁壁間隔が十分に狭くならず、LvA200Hzを低減する効果が小さいからである。一方、LvA200Hzの低減の点では粒界間隔が短い方が好ましいが、粒界間隔が3.0mm未満の結晶粒は、磁壁の移動を妨げることで、鉄損特性を劣化させることが懸念されるからである。
図1に、本実施形態に係る方向性電磁鋼板で観察した磁区模様の一例を示す。
【0037】
上記のミクロ組織を得るためには、母材鋼板の圧延方向に対し、レーザの走査方向が圧延方向を横切るようにレーザを照射する方法があるが、照射痕上に微細粒が生じないように照射することが好ましい。微細粒が生じないようにすることで、母材鋼板の表面の、圧延方向の結晶粒の粒界間の距離が3.0mm未満である結晶粒の生成を抑制することができる。
圧延方向の平均粒径は、3.0~20.0mmであることが好ましい。
平均結晶粒径が小さいと、圧延方向の結晶粒の粒界間の距離(粒界間隔)が3.0mm以上13.0mm以下である結晶粒の面積率を70%以上とすることが難しくなるとともに、磁壁の移動が妨げられることで、鉄損特性が劣化することが懸念される。一方、平均粒径が20.0mmを超えると、3.0mm以上13.0mm以下である結晶粒の面積率を70%以上とすることが難しくなるとともに、騒音が大きくなることが懸念される。
【0038】
圧延方向の結晶粒の粒界間の距離が3.0mm以上13.0mm以下である結晶粒の面積率は、以下の方法で求めることができる。
まず、圧延方向の粒界間の距離は、方向性電磁鋼板の表面に対し、磁区観察用の素子を用いて磁区を観察することで測定する。具体的には、方向性電磁鋼板の表面を、反射電子顕微鏡やファラデー効果を利用したMOセンサーを用いて観察して、画像を得て、画像から、磁壁の方向、間隔、コントラストの不連続によって、粒界を判断し、その粒界間の圧延方向の距離を測定することで求める。」
(3)ア 上記(1)のとおり、本件発明1は方向性電磁鋼板の発明である。そして、下記イにおいて甲1に示されるように、一般に、方向性電磁鋼板表面の結晶粒は、複雑な形状となることが知られている。
イ 甲1には、「板厚の薄い一方向性電磁鋼板の2次再結晶に及ぼすSn添加の影響」について、以下の記載がある。
(ア)「II.実験方法
C:0.07,Si:3.1,Mn:0.08,S:0.025,sоl.Al:0.028,N:0.008mass%を含有する鋼を真空溶解炉で溶解し,(A)Sn無添加(Sn;0.002mass%以下)および(B)Sn添加(Sn;0.15mass%)の2種類のインゴットに分注し,Table1に示す実験条件(熱延板厚;2.5mm,製品板厚;0.30,0.25,0.20および0.15mm)で各工程を処理した.処理後,磁化力800A/mにおける磁束密度(B8:T)と周波数50Hz,磁束密度1.5Tにおける鉄損(W15/50:W/kg)を測定した.磁気測定後,表面酸化層を除去し,マクロ組織を観察した.」(第1393頁左欄第5~14行)
(イ)「1. 2次再結晶
Fig.1に,仕上焼鈍後のマクロ組織を示す.板厚の減少に伴い2次再結晶しない細粒の残留が観察される.Sn添加材の方が,細粒が残留するようになる限界板厚が薄い.」(第1394頁左欄第13~16行)
(ウ)「
[図:0001434175000001.jpg]
」(第1393頁下欄)
(エ)上記(ア)~(ウ)をみるに、甲1には、Siを3.1mass%含有する方向性電磁鋼板における仕上焼鈍後のマクロ組織を観察したことが記載されており、該マクロ組織において、各結晶粒がランダムで複雑な形状をしており、圧延方向(RD)における粒界間距離は様々であることが看取できる(特に、図1(e)参照)。
(4)そうすると、ある結晶粒における「圧延方向の結晶粒の粒界間の距離」は、その結晶粒内の圧延直角方向(RD方向と直交する方向)で一定ではなく、測定する位置によって様々な値を取り得ると解される。
(5)上記(4)に関し、特許権者は意見書において、方向性電磁鋼板における結晶粒形状は圧延方向に伸張するものであること、楕円形に近い結晶粒形状においては、結晶粒の最大値である長軸と短軸からアスペクト比を評価する方法が用いられるものであることを挙げ、本件発明における「圧延方向の結晶粒の粒界間の距離」は、圧延方向の結晶粒界間の結晶粒における粒界間の距離の最大値を意味すると理解すべきであることを主張する(意見書第4頁参照)。
(6)上記(5)の主張について検討する。まず、上記(4)のアのとおり結晶粒の圧延方向の長さは、圧延方向に垂直方向の位置によって変動するものであるから、何らかの代表値を採用していることは明らかである。そして、採用する代表値として、最大値は、明確にその値を測定することのできるものであって、合理的な測定方法のひとつであるといえる。さらに、一般に、圧延された鋼材において、その結晶粒が圧延方向に伸張した長尺形状となることはよく知られるところであり、そのような結晶粒の伸長度合いを評価するに際し、長軸方向の最大長さを代表値として用いることは、技術常識からみて合理的である。また、上記(5)の主張は、本件明細書等の記載と矛盾するものでもない。
(7)そうすると、本件特許の請求項1に記載された「圧延方向の結晶粒の粒界間の距離」は、圧延方向の結晶粒界間の結晶粒における粒界間の距離の最大値であると理解され、この定義によれば、「圧延方向の結晶粒の粒界間の距離」は明確である。該請求項1を直接または間接的に引用する本件特許の請求項2、3の記載についても同様である。
(8)ア 申立人は、異形の結晶粒においては、一の結晶粒が圧延方向の特定の直線に複数回かかるケースがあり、この場合の「圧延方向の結晶粒の粒界間の距離」をどのように決めるのかも不明である(特許異議申立書第12頁参照。)旨主張する。
しかし、上記(7)のとおり、該「圧延方向の結晶粒の粒界間の距離」は、「圧延方向の結晶粒界間の結晶粒における粒界間の距離の最大値」と解するものであるから、申立人の上記主張の理由によって明確ではないとはいえない。
イ また、申立人は、「圧延方向の結晶粒の粒界間の距離」が、ある結晶粒における粒界間の距離の平均値や最大値といった何らかの代表値であると解することもできるが、本件明細書等には、上記(2)及びその他の記載をみても、どのような値を当該代表値として用いるのかについて記載されておらず、代表値とする方法が不明であるから、依然として、「圧延方向の結晶粒の粒界間の距離」を決めることができない(特許異議申立書第13~16頁参照。)旨主張する。
しかし、上記(5)のとおり、意見書において特許権者が主張するように、圧延方向の結晶粒界間の結晶粒における粒界間の距離の最大値を意味すると理解することができ、上記(6)で検討したように、代表値が最大値であると解することに一定の合理性があり、本件明細書等の記載に照らしても矛盾するものではない。
2 申立理由1-2、取消理由1-2(明確性)
(1)請求項1には、「前記母材鋼板の前記表面の、圧延方向の結晶粒の粒界間の距離が3.0mm以上13.0mm以下である結晶粒の、面積率が70%以上であり」と記載されている。また、請求項1には、「圧延方向に交差する方向に延在する複数の線状の歪」が形成されることも記載されている。
(2)ここで、請求項1の「前記母材鋼板の前記表面の、圧延方向の結晶粒の粒界間の距離が3.0mm以上13.0mm以下である結晶粒の、面積率が70%以上であり」なる記載における「圧延方向の粒界間の距離」は、上記1(2)に示した本件明細書等の記載(特に段落【0038】)によれば、方向性電磁鋼板の表面に対し、磁区観察用の素子を用いて磁区を観察すること、具体的には、方向性電磁鋼板の表面を、反射電子顕微鏡やファラデー効果を利用したMOセンサーを用いて観察して、画像を得て、画像から、磁壁の方向、間隔、コントラストの不連続によって、粒界を判断し、その粒界間の圧延方向の距離を測定することで求めるもの」と認められる。
(3)ア ここで、請求項1には、「圧延方向に交差する方向に延在する複数の線状の歪」が形成されることも記載されており、この線状の歪について検討する。
イ 該「線状の歪」に関連して、本件明細書等には、以下の記載がある。
(ア)「【0045】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、磁区制御の結果、上述したB8及びW17/50を有し、LvA200Hzが60~78dBAである。すなわち、本実施形態に係る方向性電磁鋼板は磁区制御材である。
磁区制御の方法については限定されないが、例えば後述する条件でレーザ照射を行うことで磁区制御を行うことが好ましい。この場合、母材鋼板の表面に、圧延方向に交差する方向に延在する複数の線状の歪が形成され、複数の線状の歪の圧延方向の間隔が3~10mmとなる。そのため、複数の線状の歪の圧延方向の間隔は3~10mmが好ましい。
線状の歪の圧延方向の間隔とは、線状の歪の幅方向の中心から、隣り合う線状の歪の幅方向の中心までの、圧延方向の距離である。
また、線状の歪は、鉄損特性の向上への寄与の点で、圧延方向の幅が250μm以下であることが好ましい。線状には連続的な線状である直線状、断続的な線状である点線状を含む。」
(イ)「【0062】
(レーザ照射工程)
レーザ照射工程では、絶縁皮膜が形成された方向性電磁鋼板に対し、レーザビームを照射し、磁区制御を行う。これにより磁気特性を向上させることができる。
レーザ照射条件としては、例えば、レーザ投入エネルギUaを、1.0~4.0mJ/mm2とし、レーザパワー密度Ipを、500~4000W/mm2とする。また、レーザビームは、圧延方向に対し交差する方向(例えば圧延方向に対し60~120°の方向)に延在するように(好ましくは鋼板の幅方向端部からもう一方の端部に亘って)照射し、圧延方向の間隔PLが3~10mmとなるように、かつ、それぞれの照射方向が略平行になるように複数回(好ましくは鋼板の全長に亘って)照射する。
Uaが1.0mJ/mm2未満、またはIpが500W/mm2未満ではでは十分な磁区細分化効果が得られない。一方、Uaが4.0mJ/mm2超またはIpが4000W/mm2超では騒音特性が劣化する。これは還流磁区が多く発生するためであると考えられる。Ipは好ましくは、2000W/mm2以下である。」
(4)上記(3)イによれば、例えばレーザ照射により形成された「圧延方向に交差する方向に延在する複数の線状の歪」においては、磁区制御により還流磁区が生じ、磁区を観察すると、不連続が観察されると認められるが、当該箇所が請求項1の「圧延方向の粒界間の距離」を測定する際の粒界と判断されるか否かは不明である。
(5)上記(4)の点に関し、特許権者は意見書において、磁区制御を行うと、下記図1及び2のように人工的な歪により規則正しい直線が見られるが、この直線と複雑な形状を示す結晶粒の粒界は容易に区別できることを挙げ、磁区制御が行われて還流磁区が生じても、当該箇所が粒界と判断されることはなく、結晶粒の粒界間の距離を特定することができるものであることを主張する(意見書第5頁参照)。
[図:0001434175000002.jpg]
(6)上記(5)の主張について検討するに、一般に、方向性電磁鋼板表面の結晶粒は不規則な形状を有していること、還流磁区が直線状の人工的な歪みにおいて主として形成され、規則正しい直線として観察されることは、いすれも技術常識としてよく知られた事項である。該技術常識に照らせば、上記(5)の主張は合理的なものと認められる。
(7)そうすると、請求項1の「前記母材鋼板の前記表面の、圧延方向の結晶粒の粒界間の距離が3.0mm以上13.0mm以下である結晶粒の、面積率が70%以上であり」なる記載における「圧延方向の粒界間の距離」は、磁区観察用の素子を用いて磁区を観察することで、画像を得て、画像から、磁壁の方向、間隔、コントラストの不連続によって、粒界を判断し、その粒界間の圧延方向の距離を測定することで求めるものであって、規則正しい直線で見られる磁区制御のよる歪みは、その形状から粒界とは明確に区別され、粒界とは判断されないものであるから、本件特許の請求項1の記載における粒界及び結晶粒の粒界間の距離は明確であって、その発明が明確である。
該請求項1を直接または間接的に引用する本件特許の請求項2、3の記載についても同様である。
3 申立理由1-3、取消理由1-3(明確性)
(1)請求項1には、「磁歪波形の200Hz成分であるLvA200Hzが60~78dBA」と記載されている。
(2)また、本件明細書等には、以下の記載がある。
「【0043】
(騒音特性)
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、磁歪波形の200Hz成分であるLvA200Hzが60~78dBAである。これにより、変圧器の材料として用いた際に、変圧器の騒音を低減することができる。LvA200Hzが78dB超では、騒音低減効果が小さい。一方、所定の磁気特性を確保する場合、LvA200Hzを60dBA未満とすることは容易ではないので、LvA200Hzを60dBA以上とする。
【0044】
LvA200Hzは、IECの規格IEC 606404-17 ED1に従って、レーザードップラーによる振動測定器で鋼板の伸び縮みを測定することで求める。
測定に際し、鋼板の伸び縮みは外部から50Hzの磁場を加えて発生させる。時間に対する長さの伸縮が磁歪波形として得た上でこの波形を周波数分析し、100Hz、200Hz成分に分離して評価する。」
(当合議体注:上記「IECの規格IEC 606404-17 ED1」は、「IECの規格IEC 60404-17 ED1」の誤記と認められる。)
(3)上記(2)によれば、請求項1に記載の「磁歪波形の200Hz成分であるLvA200Hz」は、IECの規格IEC 60404-17 ED1に従って、レーザードップラーによる振動測定器で鋼板の伸び縮みを測定することで求めるものであること、鋼板の伸び縮みは外部から50Hzの磁場を加えて発生させるものと認められる。
しかしながら、磁歪の測定に際してのその他の条件は、本件明細書等に記載はなく、上記IEC 60404-17 ED1にも特段の規定はない。
(4)ア 一般に、磁性体の磁歪波形は、測定の際に印加する磁場の周波数のみならず、例えば、最大磁束密度等にも依存して変化するものであり、その磁歪波形の変化にともなって、磁歪波形の200Hz成分であるLvA200Hzの値も、当然に変化するものである。
イ このことは、例えば、甲11の記載からも明らかである。
(ア)甲11には、方向性電磁鋼板の磁歪測定について、以下の記載がある。
a 「2.4. Test conditions and magnetostriction measurement parameters to be reported
Test conditions are as follows:
- Test frequency:50 Hz,
- Test magnetic polarization(Jp) :1.5 and l.7 T in the longitudinal direction to the rolling direction(hereafter L direction),
- 1.3 and l.4 T in the longitudinal direction to the cross direction of the rolling direction(hereafter C direction),
- Application of stress: Stress-free conditions without any weight connected to the ends of test specimen,
- Repetition of measurement: Five times resetting a test specimen.
The magnetostriction is expressed as:
- the peak-to-peak value λp-p,
- the zero-to-peak value λ0-p,
- numerical data for the typical butterfly loop.」(第3頁左欄第24行~右欄第8行)
(当合議体訳)
「2.4. 報告すべき試験条件および磁歪測定パラメータ
テスト条件は次のとおり:
- テスト周波数:50Hz、
- テスト磁気分極(Jp):長手方向を圧延方向(以下L方向)として1.5および1.7T、
- 長手方向を幅方向(以下C方向)として1.3および1.4T、
- 応力の印加:供試体の端部に重りを接続していない無応力状態、
- 測定の繰り返し:試料を5回リセットする。
磁歪は次式で表される:
-ピーク・トゥー・ピーク値λp-p、
-ゼロ・トゥー・ピーク値λO-p
-典型的なバタフライループの数値データ」
b 「Fig. 15 shows the harmonic component of magnetostriction strain λ(fi) at the frequency of the i-th harmonic component of magnetostriction fi=2if0,where i is the natural number l, 2, 3..., F0 is the magnetizing frequency 50Hz.」(第10頁左欄第23~ 26行)
(当合議体訳)
「図15は、磁歪のi次高調波成分の周波数fi=2if0における磁歪ひずみλ(fi)の高調波成分を示している。ここで、iは自然数1、2、3・・・、f0は磁化周波数50Hzである。」
c 「
[図:0001434175000003.jpg]
」
(当合議体訳)
「図15 各実験室において平均化された磁歪ひずみλ(t)の高調波成分」
(イ)甲11には、上記(ア)a、bをみるに、テスト周波数50Hzの磁場を印加して、方向性電磁鋼板の磁歪を測定し、得られた磁歪波形を高調波成分の周波数で分析することが記載されている。
また、上記(ア)cに示した図15には、その周波数分析結果が記載されている。該図15(a)及び(b)は、35CGO_Lなる同一の材料について、それぞれ、1.5T及び1.7Tの磁束密度を印加して測定した磁歪波形の周波数分析結果であるが、両者の結果は大きく異なっている。例えば、周波数200Hzにおけるλ値をみるに、1.5Tの磁束密度では、ほとんどが0.01μm/mを下回っているが、1.7Tの磁束密度では、全て0.01μm/mを上回っている。
(5)上記(2)~(4)を踏まえると、請求項1に記載された「磁歪波形の200Hz成分であるLvA200Hzが60~78dBA」という事項は、磁束密度等の磁歪波形の測定条件の違いによって該当したりしなかったりという事態が生じるといえる。
(6)上記(5)の点に関し、特許権者は意見書において、本件発明の課題は、本件明細書の【0012】に記載されるように鉄損と騒音が低い方向性電磁鋼板を提供することであり、同じ条件のときに鉄損と騒音が低いものでなければならないから、本件特許の請求項1に記載された「磁歪波形の200Hz成分であるLvA200Hzが60~78dBA」は、鉄損測定と同じ、周波数が50Hz、最大磁束密度が1.7Tのときの測定であることは明らかであると主張する(意見書第5~6頁)。
(7)そして、上記(6)の主張は、本件明細書等の【0012】、【0041】等の記載に整合し、妥当なものであるから、本件特許の請求項1の「磁歪波形の200Hz成分であるLvA200Hzが60~78dBA」という記載の「LvA200Hz」は、鉄損測定と同じ、周波数が50Hz、最大磁束密度が1.7Tの条件下で測定されるものであって、その値が変動するものであるとはいえないから、その発明が明確であるといえる。
該請求項1を直接または間接的に引用する本件特許の請求項2、3の記載についても同様である。
4 小括
以上のとおり、本件特許の請求項1、及び、該請求項1を直接または間接的に引用する本件特許の請求項2~3の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるといえる。したがって、申立理由1-1~1-3、取消理由1-1~1-3によっては、同発明に係る特許を取り消すことはできない。
第5 むすび
以上のとおりであるから、令和 7年 9月29日付けで通知した取消理由、申立人が提出した特許異議申立書に記載された特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1~3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1~3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-700620